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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16C
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16C
管理番号 1168240
審判番号 不服2006-1156  
総通号数 97 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-01-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-01-18 
確定日 2007-11-22 
事件の表示 平成10年特許願第312868号「転がり軸受」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 5月16日出願公開、特開2000-136828〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成10年11月4日の出願であって、平成17年12月13日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成18年1月18日に審判請求がなされるとともに、平成18年2月15日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成18年2月15日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成18年2月15日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
(1)本件補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲は、
「【請求項1】 ふっ素系潤滑油を用いる転がり軸受であって、
軌道輪の軌道面あるいは転動体表面の少なくともいずれかに、ダイヤモンドライクカーボン膜が形成され、軸受内部空間には前記ふっ素系潤滑油が塗布され、前記ダイヤモンドライクカーボン膜に濡れ性良好に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成されている、ことを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】 ふっ素系潤滑油を用いる転がり軸受であって、
軌道輪の軌道面あるいは転動体表面の少なくともいずれかに、ふっ素を含有したダイヤモンドライクカーボン膜が形成され、軸受内部空間には前記ふっ素系潤滑油が塗布され、前記ダイヤモンドライクカーボン膜に濡れ性良好に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成されている、ことを特徴とする転がり軸受。
【請求項3】 前記ふっ素系潤滑油がパーフルオロポリエーテルであることを特徴とする請求項1または2に記載の転がり軸受。」と補正された。
本件補正は、請求項1についてみると、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「ふっ素潤滑油」を「ふっ素系潤滑油」と補正し、また同じく「軸受内部空間には前記ふっ素潤滑油が塗布され」ているという事項について「前記ダイヤモンドライクカーボン膜に濡れ性良好に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成されている」という限定を付加して請求項1とするものである。この前者の補正は、本件補正前の請求項1に「ふっ素系潤滑油を用いる転がり軸受であって、」と記載されていることから、平成15年改正前特許法第17条の2第4項3号の誤記の訂正を目的とするものに該当すると認められるものの、後者の補正は、平成15年改正前特許法第17条の2第4項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成15年改正前特許法第17条の2第5項において準用する特許法第126条第4項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(2)引用例
(2-1)引用例1
原査定の拒絶の理由に引用された特開平6-337016号公報(以下、「引用例1」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(あ)「【産業上の利用分野】本発明は、水中や溶融金属中、真空中、あるいは高温とか腐食性雰囲気などの特殊の環境下で選択的に使用できる耐食性転がり軸受に関する。」(段落【0001】参照)
(い)「【課題を解決するための手段】上記の目的を達成するため、本発明は、外輪,内輪,転動体が耐食性材料からなり、保持器が自己潤滑剤を含有する耐食性材料からなる耐食性転がり軸受において、軸受内に補助潤滑手段を有することを特徴とする。ここで、上記補助潤滑手段は、撥水性および撥油性を有するグリースとすることができ、具体的にはシリコーングリースまたはフッ素グリースとすることができる。
また、前記補助潤滑手段は、保持器が内輪または外輪の軌道面に接する構造を有するものとすることができる。また、前記補助潤滑手段は、保持器を多孔質として油を含浸させたものとすることができる。また、前記耐食性転がり軸受は、保持器と軌道輪との軌道面以外の対向面にラビリンス構造を有するものとすることができる。」(段落【0007】?【0008】参照)
(う)「また、補助潤滑手段として多孔質の自己潤滑性材料からなる保持器に潤滑油を含浸させた耐食性転がり軸受は、保持器自体の摩耗が抑制されると共に、その潤滑油が転動体に転移し、さらに軌道面に油膜を形成する。そのため、水中や腐食性ガス雰囲気下でも低トルク,低摩擦を維持して優れた潤滑作用を発揮する。しかも、潤滑油は保持器内部から少量づつ保持器表面へ浸出するため油膜が長期間維持される。この場合も保持器の一部が軌道面と接触させれば、油膜形成作用が一層高められる。また、本発明の耐食性転がり軸受の保持器の、軌道輪との対向面(ただし軌道面は除く)をラビリンス構造にすると、そのラビリンスすきまに保持器内から滲み出す潤滑油の油膜が形成されて、水や腐食性ガス等の軌道面への侵入を阻止する。そのため、長期にわたり汚染のない良好な潤滑環境が保たれる。
以下、本発明に係る耐食性転がり軸受並びにその構成部品の材質,作用等について詳細に説明する。本発明が対象とする転がり軸受は、全ての種類のラジアル玉軸受,ラジアルころ軸受,スラスト玉軸受.スラストころ軸受であり、外輪と内輪と転動体との接触態様もラジアル又はアキシアルコンタクト,アンギュラコンタクト,自動調心のいずれかを問わない。また、シールやシールドを有するものにも有しないものにも全て適用できる。
本発明の転がり軸受の構成部品である外輪,内輪,転動体及び保持器の材質については、外輪,内輪の少なくとも一方および転動体は、セラミック系または金属系の耐食性,耐熱性材料を用いて形成する。セラミック系材料の具体例としては、窒化けい素セラミックスSi3 N4 ,炭化けい素セラミックスSiC,アルミナセラミックスAl2 O3 ,ジルコニアセラミックスであるPSZ(部分安定化ジルコニア)等を挙げることができるが、特に溶融金属中で使用する軸受では耐熱衝撃性の点からSi3 N4 が最も望ましい。
金属系材料の具体例としては、耐食性,耐熱性に優れたSUS440C,SUS304,SUS630等のステンレス鋼をはじめとして、その他、ハイス系材料、Co系合金、或いは例えば米国インコネル社製のインコネル(登録名),米国キャボット社製のハステロイ(登録名)等のNi系合金を好適に使用できる材料として挙げることができる。
また、上記セラミックス系あるいは金属系材料で形成した内・外輪,転動体にコーティングを施して使用しても良い。そのコーティングとしては、Ni-P系の無電解メッキ,触媒Niメッキであるカニゼンメッキ(登録名、GATC社)等の無電解メッキ膜あるいは又プラチナ膜等が利用できる。また、無電解ニッケルメッキ被膜中に、SiC,BN(窒化ホウ素),Si3 N4 などのセラミックスの微粉末を共析させるようにした複合無電解ニッケルメッキであっても良い。
また、上記のセラミックスの微粉末を共析させる複合無電解ニッケルメッキの代わりに、母材面に直接にセラミックコーティングを施して母材表面をセラミックス膜で被覆するようにしても良い。その直接セラミックコーティングとしては、上記のSiC,Si3 N4 ,BN等に加えてTiC,TiN,TiAlN,TiCN等のCVD(化学蒸着)法またはスパッタやイオンプレーティング等のPVD法等による硬質被膜、TiCやステライト等のセラミックスの溶射膜、ダイヤモンドライクカーボンのような炭素系被膜、PTFE等の潤滑性を有する樹脂被膜などの単層または多層コーティングを、本発明の耐食性転がり軸受における内・外輪,転動体への好適なセラミックコーティングとして挙げることができる。」(段落【0013】?【0018】参照)
(え)「本発明の補助潤滑手段の一は、グリースを用いている。そのグリースの種類としては、軸受使用環境条件に応じて適宜に選定することができるが、特に水中または水が50%以上含まれている液体中に浸漬して使用するような特殊環境の場合は、撥水性を有するグリースが望ましく、具体的にはシリコーングリースやフッ素グリースが好ましい。このような撥水性のグリースは、通常環境での軸受に多用されているグリースのように水と混じり合うことがなく、水により除去され難いことから転動体と軌道輪とが接触する潤滑面に残り易く、長期にわたり潤滑作用を行って軸受寿命を延長させる。」(段落【0025】参照)
(お)「本発明の補助潤滑手段の三は、保持器を多孔質にして潤滑油を含浸させたものを用いている。」(段落【0027】参照)
(か)「多孔質保持器に含浸させる潤滑油としては、ポリ-α-オレフィン油,アルキルナフタレン油,アルキルベンゼン油,ポリフェニルエーテル油,(ジ)アルキルポリフェニルエーテル油,エステル油等の炭化水素系合成油、ポリジメチルシロキサンなどのシリコン油、パーフルオロポリエーテル油などのフッ素油等を挙げることができる。また、これらに増稠剤を加えてグリース状にしたものも使用可能である。」(段落【0030】参照)
(き)「【実施例】以下、本発明の耐食性転がり軸受の実施例を、図面を参照して説明する。
(実施例1)補助潤滑手段がグリースであるラジアル玉軸受およびスラスト玉軸受: 図1は、本発明を適用したラジアル玉軸受の断面図で、1は外輪、2は内輪、3は外輪1と内輪2との間に転動自在に間挿された複数個の転動体(玉)、4は転動体3をそれぞれに抱いて円周方向に等間隔に保持する保持器である。内部には、グリースGが充填されていて、両サイドのシール10でグリースGの外部への排出が防止されている。内輪2は回転軸7に嵌合され、外輪1はハウジング8に固定用止め輪9を用いて両サイドのシール10を介し装着されている。
軸受構成部品の材質については、次の通りとした。外輪1と内輪2は、セラミックス製の場合はSi3 N4 を使用し、耐食金属製の場合はSUS440Cを使用している。転動体3は、セラミックス製でSi3 N4 を使用している。保持器4は自己潤滑性材料であるグラファイトを使用している。補助潤滑手段としてのグリースGについては、シリコーングリースまたはフッ素グリースを使用している。」(段落【0035】?【0036】参照)
(く)「(実施例3)補助潤滑手段が、耐食性材料からなる多孔質体に潤滑油を含浸させた保持器であるラジアル玉軸受およびスラスト玉軸受:図7は、本発明を適用したシール付きラジアル玉軸受の断面図で、上半分は玉3の部分の断面、下半分は玉と玉との間の部分の断面を表している。
外輪1と内輪2との間に転動自在に間挿された複数個の転動体(玉)3は、それぞれ保持器4Bにより円周方向に等間隔に保持されている。軸受の両サイドは、外輪1に嵌着した非接触シール10で封じている。各軸受構成部品の材質は、外輪1と内輪2についてはセラミックス製の場合はSi3 N4 を使用し、耐食金属製の場合はSUS440Cを使用している。転動体3は、セラミックス製でSi3 N4 を使用している。保持器4については、自己潤滑性材料であるグラファイト製のものとPTFE製のものとの二種類を使用して、それぞれ多孔質焼結体としている。
この実施例の保持器4Bは、上記の実施例2の保持器4Aと同様に保持器の一部に突起4tを設けて軌道面に接触させるようになっているが、保持器自体が多孔質体である点が異なる。図7の突起4tは実施例2の場合と同じく、隣り合うポケットの中間部に位置して内外両側に突出し、それぞれ外輪1の軌道面1a及び内輪2の軌道面2aと接触するように形成されているが、内外の突起4tは必ずしも同じ位置でなく、円周方向に互い違いにずらしてあっても良く、また円周方向の複数箇所に設けても、あるいは一箇所だけに形成しても良い。
また、このような突起4tを有する保持器4Bを軸受内に組み込むため、内・外輪1,2の軌道面1a,2aの深さを通常より浅く形成し、保持器4Bの弾力性を利用して内外軌道輪間に挿入するようにして良い。又は組み込み易くするため、実施例2の場合と同じく、この場合も半割れタイプの保持器や冠タイプの保持器とすることが可能である。
この潤滑油含浸タイプの保持器の場合は、突起4tは必ずしも必要ではないが、図示のものは突起4tを介して保持器の一部を常時軌道面に接触せしめることで、潤滑油の軌道面への供給が円滑になり、潤滑特性をより良好にすることができる。またこの実施例の保持器4Bの、外輪1及び内輪2と向き合う内・外周面(ただし軌道面1a,2aと向き合う面を除く)には、複数の環状の溝からなるラビリンス11が形成してあり、ラビリンスすき間は0.1 ?0.6 mmの範囲にしてある。
この多孔質焼結体からなる保持器4Bには、潤滑油として「デムナムS-200」(商品名、ダイキン工業(株)製)が含浸されている。図8は、本発明の潤滑油含浸タイプの保持器4Bをシールなしスラストころ軸受に適用した断面図で、左半分はころ3Aの部分の断面、右半分はころところとの間の部分の断面を表している。外輪(下レース)1と内輪(上レース)2との間に転動自在に間挿された複数個のころ3Aを円周方向に等間隔に保持する保持器4Bは肉厚の円環状で、各軌道面1a及び2aとの対向面にはラビリンス11を有している。
なお、図示しないが、潤滑油含浸タイプの保持器4Bをラジアルころ軸受やスラスト玉軸受に適用することもできることはいうまでもない。この実施例3のタイプの耐食性転がり軸受は、自己潤滑性材料からなる保持器4Bを多孔質体として潤滑油を含浸させたため、保持器の摩耗が抑制される。すなわち保持器に含浸した潤滑油が転動体を介して、あるいは突起4tから直接に、軌道面1a,2aに転移し、少量づつ供給されて潤滑膜を形成する。そのため、ムラのない安定した十分な潤滑作用が可能であり、一般のグリースや潤滑油が使用できない水中や腐食性ガス雰囲気中や溶融金属等の特殊環境下でも、長期間にわたり使用することが可能である。
また、保持器4Bの軌道輪1,2との対向面をラビリンス構造11にすると、保持器4B内から滲み出す潤滑油によりそのラビリンスすき間に油膜が保持されて、水や腐食性ガス等の侵入を阻止できるから、一層長期間に及び汚染のない良好な潤滑が行われる。潤滑油含浸タイプのスラスト玉軸受の水中運転試験については後述する。」(段落【0047】?【0054】参照)
以上の記載事項及び図面からみて、引用例1には、次の2つの発明が記載されているものと認められる。
a.引用例1発明1
「フッ素グリースを用いる転がり軸受であって、
内・外輪、転動体の表面をダイヤモンドライクカーボン膜で被覆し、内部にはフッ素グリースGが充填されている転がり軸受。」
b.引用例1発明2
「フッ素油を用いる転がり軸受であって、
内・外輪、転動体の表面をダイヤモンドライクカーボン膜で被覆し、多孔質保持器にフッ素油を含侵させ、フッ素油が転動体に転移して軌道面に油膜を形成する転がり軸受。」

(3)対比・判断
(3-1)本願補正発明と引用例1発明1との対比・判断
(3-1-1)対比
本願補正発明と引用例1発明1とを比較すると、引用例1発明1の「内・外輪、転動体の表面をダイヤモンドライクカーボン膜で被覆し、」は本願補正発明の「軌道輪の軌道面あるいは転動体表面の少なくともいずれかに、ダイヤモンドライクカーボン膜が形成され、」に相当する。
したがって、本願補正発明の用語に倣ってまとめると、両者は、
「転がり軸受であって、
軌道輪の軌道面あるいは転動体表面の少なくともいずれかに、ダイヤモンドライクカーボン膜が形成されている転がり軸受。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
本願補正発明は、「ふっ素系潤滑油を用いる転がり軸受」であって、「軸受内部空間には前記ふっ素系潤滑油が塗布され、前記ダイヤモンドライクカーボン膜に濡れ性良好に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成されている」のに対し、引用例1発明1は、「フッ素グリースを用いる転がり軸受」であって、「内部にはフッ素グリースGが充填されている」点。
(3-1-2)判断
[相違点1]について
転がり軸受の潤滑のために潤滑油を塗布することは、例えば特開昭62-41421号公報(特に第1頁右下欄第7?8行の「従来このスラスト玉軸受の潤滑には潤滑油を塗布したり、グリースを封入して使用している。」の記載参照)、特開平5-149343号公報(特に段落【0014】の「上記した1?8の潤滑油をそれぞれ表1に示す塗布量でラジアル軸受の外輪転走面、内輪転走面、転動体および保持器の表面に以下の手法で塗着した。すなわち、実施例1、2、4、5、9?14では、それぞれの潤滑油に前記軸受を浸漬し、実施例3および6?8では潤滑油を石油ベンジンで50%に希釈し、比較例1?3では潤滑油を石油ベンジンで10%に希釈し、それぞれに軸受を浸漬後、石油ベンジンを蒸発させた。」の記載参照。なお、「1?8の潤滑油」の数字1、8は原文では○付きである。)に示されているように周知であり、また、引用例1にはフッ素油を用いる例も記載されていることから、引用例1発明1において、潤滑のために内部にフッ素グリースGを充填することに代えて、内部空間にフッ素油を塗布することは当業者が容易に想到し得たものと認められる。ここでフッ素油はふっ素系潤滑油に相当するから、このようにしたものが、「ふっ素系潤滑油を用いる転がり軸受」であって、「軸受内部空間には前記ふっ素系潤滑油が塗布され、前記ダイヤモンドライクカーボン膜に濡れ性良好に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成されている」ことは明らかである。
そして、引用例1には濡れ性良好の点については特に記載されていないものの、フッ素グリースGとフッ素油とは同じフッ素系の潤滑剤であって、ダイヤモンドライクカーボン膜に対する濡れ性がフッ素グリースGとフッ素油とで格別異なるとは認められず、また、「良好」と語句の意義がかなり漠然としていることも併せ考えると、ダイヤモンドライクカーボン膜に対する濡れ性が良好であることは引用例1発明1も奏し得る作用効果であるということができ、それは本願発明1に特有の効果ではない。そのほか、本願補正発明の作用効果は、引用例1発明1、及び周知事項から、当業者が予測できる範囲のものである。
この点に関して、審判請求の理由において「しかしながら、引用文献1では、軌道輪の軌道面または転動体表面の少なくともいずれかに形成されるダイヤモンドライクカーボン膜と、ふっ素系潤滑油の潤滑膜を形成することとを関係付ける記載は全くありません。したがって、引用文献1においては、「ふっ素系潤滑油」と「ダイヤモンドライクカーボン被膜」との両者を組み合わせた構成、すなわちダイヤモンド被膜にふっ素系潤滑油の潤滑油膜を形成することは記載されていません。」と主張しているが、上記周知事項に基づいて、引用例1発明1における内部にフッ素グリースGを充填することに代えて内部空間にフッ素油を塗布することは当業者が容易に想到し得たものであると認められることは上記のとおりである。同じく、「また、引用文献1の段落〔0016〕には、…と記載されていることから、金属材の表面自体にふっ素系潤滑剤が直接潤滑作用を行えるようにするものでなくてもよいものとしているので、本願の課題である「ふっ素系潤滑剤は、金属材に対する濡れ性つまり親和性が悪い」構成であっても良いとするものであり、このような記述からは、軌道輪の軌道面または転動体表面に対するふっ素系潤滑油の親和性をよいものとして、転動体の滑りがあってもふっ素系潤滑油が途切れないようにする本願発明の技術思想にまでは容易に到達できないものと思料する次第であります。」と主張しているが、内・外輪、転動体の表面をダイヤモンドライクカーボン膜で被覆し、内部にはフッ素グリースGが充填されている転がり軸受が引用例1に記載されていること、及び、ダイヤモンドライクカーボン膜に対する濡れ性が良好であることは引用例1発明1も奏し得る作用効果であるということができることは上記のとおりである。
したがって、本願補正発明は、引用例1に記載された発明(引用例1発明1)、及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(3-2)本願補正発明と引用例1発明2との対比・判断
(3-2-1)対比
本願補正発明と引用例1発明2とを比較すると、引用例1発明2の「フッ素油」は本願補正発明の「ふっ素系潤滑油」に相当し、同様に、「内・外輪、転動体の表面をダイヤモンドライクカーボン膜で被覆し、」は「軌道輪の軌道面あるいは転動体表面の少なくともいずれかに、ダイヤモンドライクカーボン膜が形成され、」に相当する。
したがって、本願補正発明の用語に倣ってまとめると、両者は、
「ふっ素系潤滑油を用いる転がり軸受であって、
軌道輪の軌道面あるいは転動体表面の少なくともいずれかに、ダイヤモンドライクカーボン膜が形成されている転がり軸受。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
本願補正発明は、「軸受内部空間には前記ふっ素系潤滑油が塗布され、前記ダイヤモンドライクカーボン膜に濡れ性良好に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成されている」のに対し、引用例1発明2は、「フッ素油を用いる転がり軸受」であるものの、「多孔質保持器にフッ素油を含侵させ、フッ素油が転動体に転移して軌道面に油膜を形成する」点。
(3-2-2)判断
[相違点1]について
転がり軸受の潤滑のために潤滑油を塗布することが周知であることは、上記「(3-1-2)判断」の「[相違点1]について」に述べたとおりである。そして、引用例1発明2は多孔質保持器に含侵されたフッ素油が転動体に転移して軌道面に油膜を形成するが、例えば初期状態からの安定した潤滑作用を得るために上記周知事項を採用して、引用例1発明2の内部空間にフッ素油を塗布することは当業者が容易に想到し得たものと認められる。ここで「フッ素油」が「ふっ素系潤滑油」に相当することは上記のとおりであるから、このようにしたものが、「軸受内部空間には前記ふっ素系潤滑油が塗布され、前記ダイヤモンドライクカーボン膜に濡れ性良好に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成されている」ことは明らかである。
そして、引用例1には濡れ性良好の点については特に記載されていないものの、引用例1発明2は、内・外輪、転動体の表面をダイヤモンドライクカーボン膜で被覆し、多孔質保持器にフッ素油を含侵させ、フッ素油が転動体に転移して軌道面に油膜を形成するのであるから、それによって、ダイヤモンドライクカーボン膜にフッ素油の潤滑油膜が形成されており、また、「良好」という語句の意義がかなり漠然としていることも併せ考えると、ダイヤモンドライクカーボン膜に対する濡れ性が良好であることは引用例1発明2も奏し得る作用効果であるということができ、それは本願発明1に特有の効果ではない。そのほか、本願補正発明の作用効果は、引用例1発明2、及び周知事項から、当業者が予測できる範囲のものである。
この点に関して、審判請求の理由において「さらに、引用文献1に記載の発明では、「多孔質保持器に含浸させるパーフルオロポリエーテル」から本願発明に係る「ダイヤモンドライクカーボン膜に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成された」構成により、ふっ素系潤滑油の濡れ性がきわめて良好になるので、仮に転動体3のすべりが発生しても、内・外輪1,2や転動体3の表面の潤滑油膜が途切れにくくなる効果について何ら記載されていません。」と主張しているが、内・外輪、転動体の表面をダイヤモンドライクカーボン膜で被覆し、多孔質保持器にフッ素油を含侵させ、フッ素油が転動体に転移して軌道面に油膜を形成することが引用例1に記載されていること、及び、ダイヤモンドライクカーボン膜に対する濡れ性が良好であることは引用例1発明2も奏し得る作用効果であるということができることは上記のとおりである。
したがって、本願補正発明は、引用例1に記載された発明(引用例1発明2)、及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(4)むすび
本願補正発明について以上のとおりであるから、本件補正は、平成15年改正前特許法第17条の2第5項で準用する特許法第126条第4項の規定に違反するものであり、本件補正における他の補正事項を検討するまでもなく、特許法第159条第1項において読み替えて準用する特許法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明
平成18年2月15日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?3に係る発明は、平成17年8月25日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】 ふっ素系潤滑油を用いる転がり軸受であって、
軌道輪の軌道面あるいは転動体表面の少なくともいずれかに、ダイヤモンドライクカーボン膜が形成され、軸受内部空間には前記ふっ素潤滑油が塗布されている、ことを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】 ふっ素系潤滑油を用いる転がり軸受であって、
軌道輪の軌道面あるいは転動体表面の少なくともいずれかに、ふっ素を含有したダイヤモンドライクカーボン膜が形成され、軸受内部空間には前記ふっ素潤滑油が塗布されている、ことを特徴とする転がり軸受。
【請求項3】 前記ふっ素系潤滑油がパーフルオロポリエーテルであることを特徴と
する請求項1または2に記載の転がり軸受。」

3-1.本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)について
(1)本願発明1は上記のとおりである。
(2)引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例1、及びその記載事項は上記「2.平成18年2月15日付けの手続補正についての補正却下の決定」に記載したとおりである。
(3)対比・判断
本願発明1は、上記「2.平成18年2月15日付けの手続補正についての補正却下の決定」で検討した本願補正発明の「ふっ素系潤滑油」(請求項1の第3行)を「ふっ素潤滑油」とし、また、本願補正発明の「軸受内部空間には前記ふっ素系潤滑油が塗布され、前記ダイヤモンドライクカーボン膜に濡れ性良好に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成されている」という事項から「前記ダイヤモンドライクカーボン膜に濡れ性良好に前記ふっ素系潤滑油の潤滑油膜が形成されている」という事項を省いたものである。
そうすると、本願発明1の構成要件をすべて含み、さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が、上記「2.平成18年2月15日付けの手続補正についての補正却下の決定」に記載したとおり、引用例1に記載された発明(引用例1発明1、引用例1発明2)、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明1も、同様の理由により、引用例1に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)むすび
以上のとおり、本願発明1は、引用例1に記載された発明、及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願発明1が特許を受けることができないものである以上、請求項2、3に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-09-18 
結審通知日 2007-09-25 
審決日 2007-10-09 
出願番号 特願平10-312868
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F16C)
P 1 8・ 121- Z (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鳥居 稔冨岡 和人  
特許庁審判長 亀丸 広司
特許庁審判官 山岸 利治
礒部 賢
発明の名称 転がり軸受  
代理人 岡田 和秀  

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