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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200680029 審決 特許
無効200680154 審決 特許
無効200680197 審決 特許
無効200680136 審決 特許
無効200680255 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  F16C
管理番号 1168304
審判番号 無効2007-800062  
総通号数 97 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-01-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-03-28 
確定日 2007-11-22 
事件の表示 上記当事者間の特許第3636326号発明「複層摺動部材」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3636326号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯の概要
本件特許第3636326号(以下、「本件特許」という。)は、平成16年5月10日の出願に係り、平成17年1月14日に特許権の設定登録がされたものであって、平成19年3月28日に本件無効審判事件が請求され、それに対し被請求人より平成19年6月15日付けで審判事件答弁書が提出され、請求人及び被請求人より平成19年9月7日付けで口頭審理陳述要領書が提出された。
そして、平成19年9月7日に口頭審理が実施され、同日審理を終結したものである。

2.本件特許発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、それぞれ、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明3」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認める。

「【請求項1】
裏金上に形成された多孔質金属層と、該多孔質金属層に含浸被覆された摺動層とからなる複層摺動部材において、
前記摺動層は、平均粒子径が5?25μmであるオキシベンゾイルポリエステル樹脂10?20体積%、リン酸塩1?10体積%、硫酸バリウム5?20体積%、及び残部が最大リダクションレシオが1000を越えるポリテトラフルオロエチレン樹脂からなることを特徴とする複層摺動部材。
【請求項2】
前記リン酸塩としては、リン酸カルシウム、ピロリン酸カルシウム、リン酸マグネシウム、ピロリン酸マグネシウムのうち少なくとも1種又は2種以上を用いたことを特徴とする請求項1記載の複層摺動部材。
【請求項3】
前記摺動層には、さらに10体積%以下のグラファイト又は/及び二硫化モリブデンを含有したことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の複層摺動部材。」

3.請求人の主張
これに対して、請求人は、本件特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許は、これを無効にする、との審決を求め、下記の証拠方法をもって以下に示す無効理由により、本件特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許は無効にされるべきであると主張する。

(証拠方法)
甲第1号証:日東粉化工業株式会社、日東粉化商事株式会社のインターネットのホームページ<URL:http://www.nittofunka.co.jp/index.html>の「まめ知識」の「用語の解説」の「平均粒子径」
甲第2号証:神保元二外5名編、「微粒子ハンドブック」、初版第1刷、株式会社朝倉書店、1991年9月1日、p.52-61
甲第3号証:日本粉体工業協会編、「粉粒体計測ハンドブック」、初版第1刷発行、日刊工業新聞社、昭和56年5月10日、p.29-39
甲第4号証:特開2000-319472号公報
甲第5号証:里川孝臣編、「ふっ素樹脂ハンドブック」、初版第1刷発行、日刊工業新聞社、1990年11月30日、p.93-99、及びp.165-169
甲第6号証:伊保内賢編、「エンジニアリングプラスチック事典」、1版1刷発行、技報堂出版株式会社、1988年12月15日、p.491-493
甲第7号証:鈴木技術士事務所編、「エンジニアリングプラスチック便覧」、初版発行、(株)新技術開発センター、昭和60年6月15日、p.129-134
甲第8号証:特公昭61-38957号公報
甲第9号証:特開昭61-266451号公報
甲第10号証:特開平03-20347号公報
甲第11号証:特開平05-186790号公報
甲第12号証:特開2001-355634号公報
甲第13号証:特開昭62-98028号公報
甲第14号証:特開昭62-201996号公報
甲第15号証:特開平05-339593号公報
甲第16号証:「EKONOL技術資料」、住友化学工業株式会社
甲第17号証:特開昭60-127933号公報
甲第18号証:特開平06-93283号公報
甲第19号証:特開平06-200280号公報
甲第20号証:特開平07-316574号公報
甲第21号証:特開平11-302487号公報
甲第22号証:特開平11-257356号公報
甲第23号証:「エコノール」のパンフレット
甲第24号証:日本化学会編、「化学便覧 基礎編I」、丸善株式会社、p.114、140、及び142
甲第25号証:社団法人日本ゴム協会編、「ゴム工業便覧<新版>」、初版発行、社団法人日本ゴム協会、昭和48年11月15日、p.361
甲第26号証:里川孝臣外3名編、「ふっ素樹脂」、初版5刷発行、日刊工業新聞社、昭和56年1月30日、p.300
甲第27号証:津谷裕子編、「固体潤滑ハンドブック」、二版発行、株式会社幸書房、昭和57年3月15日、p.72、及び90
甲第28号証:「液晶ポリマー ザイダー」のカタログ、日本石油化学株式会社
甲第29号証:「エコノールE」のカタログ、住友化学工業株式会社
甲第30号証:「エコノールE」のカタログ、住友化学工業株式会社
甲第31号証:PLASTICS AGE ENCYCLOPEDIA 進歩編編集委員会編、「PLASTICS AGE ENCYCLOPEDIA<進歩編>1994」、株式会社プラスチックス・エージ、1993年10月15日、p.110-113
甲第32号証:日機装株式会社のインターネットのホームページの技術情報の「液相沈降法」<URL:http://nikkiso-b.co.jp/tech_file/bi/disk.html>

(無効理由)
【無効理由1】
本件特許は、特許法第36条第4項及び第6項2号に規定する要件を満たさない出願に対してなされたものであるから、特許法第123条第1項4号に該当し、無効とすべきである。
【無効理由2】
本件特許の請求項1から3に係る特許発明は、甲第4号証に記載された発明又は甲第4号証及び甲第5号証から甲第22号証に記載された発明又は周知技術若しくは慣用手段に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第123条第1項2号に該当し、無効とすべきである。

4.被請求人の主張
一方、被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、本件特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許は、上記無効理由1及び2によっては無効とすることができない旨主張する。

5.甲各号証の記載事項
5-A.甲第4号証
甲第4号証には、摺動部材用樹脂組成物及びこれを使用した摺動部材に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。
(A1)「鋼裏金上に形成された多孔質金属焼結層の孔隙および表面に樹脂組成物を充填被覆してなる摺動部材、または金属網状体の網目および表面を覆って樹脂組成物を充填被覆してなる摺動部材であって、樹脂組成物が、硫酸バリウム5?40重量%、リン酸塩1?30重量%、ポリイミド樹脂、焼成フェノール樹脂およびポリフェニレンスルホン樹脂から選択される1種または2種以上の樹脂1?10重量%、残部四ふっ化エチレン樹脂から成る樹脂組成物であることを特徴とする摺動部材。」(第2頁第1欄第20?29行、【特許請求の範囲】の【請求項6】参照)

(A2)「【請求項9】 リン酸塩は、リン酸三リチウム、リン酸水素リチウム、ピロリン酸リチウム、リン酸三カルシウム、リン酸水素カルシウム、ピロリン酸カルシウムから選択される請求項8に記載の摺動部材。」(第2頁第1欄第36?39行、【特許請求の範囲】の【請求項9】参照)

(A3)「【請求項10】 樹脂組成物は、さらに黒鉛または二硫化モリブデンを5重量%以下の割合で含有する請求項6から9のいずれか一項に記載の摺動部材。」(第2頁第1欄第40?42行、【特許請求の範囲】の【請求項10】参照)

(A4)「【発明の属する技術分野】本発明は、摩擦摩耗特性に優れた摺動部材用樹脂組成物及びこれを使用した摺動部材に関するものである。」(第2頁第1欄第45?47行、段落【0001】参照)

(A5)「本発明の樹脂組成物の充填材としての硫酸バリウム(BaSO4)は、上記主成分をなすPTFEに含有されて、PTFE単独の耐摩耗性および耐荷重性に劣る欠点を解消し、当該耐摩耗性および耐荷重性を大幅に向上させるものである。この硫酸バリウム含有の効果は、とくに摺動部材の低荷重側の使用条件で顕著に現れる。」(第3頁第3欄第44?50行、段落【0014】参照)

(A6)「本発明の樹脂組成物の充填材としてのリン酸塩はそれ自体、黒鉛や二硫化モリブデン等の固体潤滑剤のような潤滑性を示す物質ではないが、PTFEに配合されることにより、相手材との摺動において、相手材表面(摺動面)へのPTFEの潤滑被膜の造膜性を助長し、低摩擦性、耐摩耗性等の摺動特性の向上に効果を発揮する。」(第3頁第4欄第9?15行、段落【0016】参照)

(A7)「本発明において、リン酸塩としては、第二リン酸、第三リン酸、ピロリン酸、亜リン酸、メタリン酸等の金属塩およびこれらの混合物を挙げることができる。この中でも、第二リン酸、第三リン酸およびピロリン酸の金属塩が好ましい。金属としては、アルカリ金属およびアルカリ土類金属が好ましく、とくにリチウム(Li)、カルシウム(Ca)が好ましい。
具体的には、リン酸三リチウム(Li3PO4)、リン酸水素リチウム(Li2HPO3)、ピロリン酸リチウム(Li4P2O7)、リン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2)、ピロリン酸カルシウム(Ca2P2O7)、リン酸水素カルシウム(CaHPO4)などが例示され、とくにピロリン酸カルシウムは本発明で使用するリン酸塩として最も好ましい。
リン酸塩は、PTFEに対して少量、例えば1重量%配合することにより、前述した潤滑被膜の造膜性を助長する効果が現れ始め、30重量%まで当該効果は維持される。しかしながら、30重量%を超えて配合すると相手材表面への潤滑被膜の造膜量が多くなり過ぎ、却って耐摩耗性を低下させることになる。したがって、リン酸塩の配合量は1?30重量%、好ましくは5?25重量%、さらに好ましくは10?20重量%とされる。」(第3頁第4欄第16?38行、段落【0017】?【0019】参照)

(A8)「本発明の樹脂組成物の充填材としてのポリイミド樹脂、焼成フェノール樹脂およびポリフェニレンスルホン樹脂は耐摩耗性の向上および耐熱性の向上に寄与するもので、耐摩耗性については、とくに摺動部材の高荷重側の使用条件でその効果が顕著に現れる。また、これらの樹脂は前述した硫酸バリウムの高荷重側の使用条件における欠点を補い、前述した硫酸バリウムと共に配合されることにより、摺動部材の広範囲の使用条件での使用を可能とする。
ポリイミド樹脂としては、芳香族ポリイミド樹脂、例えばレンジング社製「P84ポリイミド(商品名)」、および熱硬化型ポリイミド樹脂、例えばチバガイギー社製「ビスマレイミド(商品名)」、三井化学社製「テクマイト(商品名)」、日清紡績社製「カルボジイミド(商品名)」が選択されて使用される。」(第3頁第4欄第39行?第4頁第5欄第3行、段落【0020】及び【0021】参照)

(A9)「上記ポリイミド樹脂、焼成フェノール樹脂およびポリフェニレンスルホン樹脂は単独でまたは2種以上を組み合わせて使用され、その配合量は1?10重量%、好ましくは1?7重量%、さらに好ましくは2?5重量%とされる。」(第4頁第5欄第25?29行、段落【0026】参照)

(A10)「本発明においては、上述した成分組成からなる樹脂組成物に、さらに耐摩耗性の向上を目的として、黒鉛、二硫化モリブデンから選択される固体潤滑剤を5重量%以下、好ましくは0.5?3重量%、さらに好ましくは0.5?2重量%の割合で配合することができる。」(第4頁第5欄第30?35行、段落【0027】参照)

(A11)「【0055】実施例1?20および比較例1?3
以下の諸例において、PTFEとして、「ポリフロンF201(商品名)」(ダイキン工業社製)、石油系溶剤として、脂肪族溶剤とナフテン系溶剤との混合溶剤(エクソン化学社製の商品名「エクソール」)を使用した。」(第6頁第9欄第19?23行、段落【0055】参照)

(A12)「まず、PTFEと表5?表10に示される充填材とをヘンシェルミキサー内に供給して攪拌混合し、得られた混合物100重量部に対し石油系溶剤20重量部を配合し、PTFEの室温転移点以下の温度(15℃)で混合し、樹脂組成物を得た。
得られた樹脂組成物を金属薄板からなる鋼裏金(厚さ0.70mm)上に形成された多孔質金属(青銅)焼結層(厚さ0.25mm)上に散布供給し、樹脂組成物の厚さが0.25mmとなるようにローラで圧延して焼結層の孔隙および表面に樹脂組成物を充填被覆した複層板を得た。得られた複層板を200℃の温度に加熱した熱風乾燥炉中に5分間保持して溶剤を除去した後、乾燥した樹脂組成物層をローラによって加圧力400kgf/cm2にて圧延し、焼結層上に被覆された樹脂組成物層の厚さを0.10mmとした。
つぎに、加圧処理した複層板を加熱炉で370℃、10分間過熱焼成した後、再度、ローラで加圧処理し、寸法調整およびうねり等の矯正を行なって複層摺動部材を作製した。矯正の終了した複層摺動部材を切断し、一辺が30mmの複層摺動部材試験片を得た。図1は、このようにして得られた複層摺動部材を示す断面図であり、図中、符号1は鋼裏金、2は鋼裏金に裏打ちされた多孔質金属焼結層、3は多孔質金属焼結層2の孔隙および表面に充填被覆された樹脂組成物からなる被覆層(摺動層)である」(第6頁第9欄第24行?同頁第10欄第27行、段落【0056】?【0058】参照)

以上の記載事項及び図面の記載からみて、甲第4号証には、次の発明(以下、それぞれ、「引用発明1」ないし「引用発明3」という。)が記載されていると認める。
【引用発明1】
鋼裏金上に形成された多孔質金属焼結層と、該多孔質金属焼結層に充填被覆された摺動層とからなる複層摺動部材において、前記摺動層は、ポリイミド樹脂1?10重量%、リン酸塩1?30重量%、硫酸バリウム5?40重量%、及び残部が四ふっ化エチレン樹脂の一品種である「ポリフロンF201(商品名)」(ダイキン工業社製)からなる複層摺動部材。
【引用発明2】
引用発明1において、前記リン酸塩がピロリン酸カルシウムである複層摺動部材。
【引用発明3】
引用発明1又は2において、前記摺動層には、さらに5重量%以下の黒鉛又は二硫化モリブデンを含有した複層摺動部材。

5-B.甲第5号証
甲第5号証には、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン樹脂、以下同じ)の一品種である「ポリフロンF-201」の最大リダクションレシオが3500であることが記載されている(第97頁の表II.1.23参照)。

5-C.甲第6号証
甲第6号証には、PTFEの耐摩耗性、耐クリープ性を向上させる充填材として、ポリイミド樹脂や芳香族ポリエステル系樹脂などの耐熱性有機ポリマーが使用されていることが記載されている(第491第24行?第493頁第1行、及び第492頁の表19.8参照)。

5-D.甲第7号証
甲第7号証には、芳香族ポリエステルの一品種である「エコノールE101」をPTFEに充填した品種である「エコノールS300」は、同じく有機充填材であるポリイミド粉末を充填したPTFEに比べて耐摩耗性がかなり優れていることが記載されている(第129頁左欄第1?15行、第130頁の表1、第131頁左欄下から第6行?同頁右欄本文第12行、及び、第132頁の図5参照)。

5-E.甲第8号証
甲第8号証には、摺動材組成物において、平均粒径20μを有するオキシベンゾイルポリエステル(住友化学工業製「エコノールE101」)をPTFEに充填材として添加することが記載されている。(特に、第3頁第5欄第29?31行参照)

5-F.甲第9号証
甲第9号証には、摺動部材用組成物において、PTFEにオキシベンゾイルポリエステルを20容量%充填した実施例(No.3)とポリイミドを20容量%充填した実施例(No.4)とが併記されている(第6頁の表1参照)。

5-G.甲第11号証
甲第11号証には、摺動部材において、PTFEにオキシベンゾイルポリエステルを15容量%充填した実施例(No.6)とポリイミドを10容量%充填した実施例(No.7)とが併記されている(第5頁の【表1】参照)。

5-H.甲第14号証
甲第14号証には、摺動部用部材において、四フッ化エチレン樹脂(ポリテトラフルオロエチレン樹脂)に芳香族ポリエステル樹脂(住友化学製品エコノールE101S)を充填材として添加することが記載されている(特に、第2頁左下欄第15?18行参照)。

5-I.甲第16号証
甲第16号証には、PTFEの充填材として用いられる住友化学工業株式会社製「エコノールE101-S」の平均粒径が15±5μであることが記載されている(第1頁の「§1.はじめに」の記載、及び、表-1参照)。

5-J.甲第23号証
甲第23号証には、オキシベンゾイルポリエステル樹脂である「エコノールE101」の比重が1.45であることが記載されている(右欄の表参照)。

5-K.甲第24号証
甲第24号証には、ピロリン酸カルシウムの比重が3.09であること、ピロリン酸マグネシウムの比重が2.598であること、リン酸カルシウムの比重が3.14であること、及びリン酸マグネシウムの比重が2.41であることが、それぞれ記載されている(114頁、140頁、及び142頁の各表参照)。

5-L.甲第25号証
甲第25号証には、硫酸バリウムの比重が4.3?4.5であることが記載されている(第361頁第13?14行参照)。

5-M.甲第26号証
甲第26号証には、PTFEの比重が2.14?2.20であることが記載されている(第300頁の表参照)。

6.対比・判断
以下、無効理由2について検討する。

6-1.本件特許発明1について
本件特許発明1と引用発明1とを対比すると、それぞれの有する機能からみて、引用発明1の「鋼裏金」は本件特許発明1の「裏金」に相当し、以下同様に、「多孔質金属焼結層」は「多孔質金属層」に、「充填被覆」は「含浸被覆」に、「四ふっ化エチレン樹脂」は「ポリテトラフルオロエチレン樹脂」に、それぞれ相当する。
また、本件特許発明1の「オキシベンゾイルポリエステル樹脂」と引用発明1の「ポリイミド樹脂」とは、いずれも耐熱性有機ポリマーである点で一致している(甲第6号証第492頁の表19.8参照)。
そして、甲第23ないし26号証に記載された各組成成分の比重を考慮すれば、本件特許発明1の「オキシベンゾイルポリエステル樹脂10?20体積%」、「リン酸塩1?10体積%」、「硫酸バリウム5?20体積%」、及び「残部」の「ポリテトラフルオロエチレン樹脂」は、重量%を用いて表記すると以下のとおりとなる。
(1)リン酸塩として「リン酸カルシウム:比重3.14」を使用した場合
オキシベンゾイルポリエステル樹脂 6.5?11.3重量%
リン酸カルシウム 1.4?12.3重量%
硫酸バリウム 9.6?33.5重量%
ポリテトラフルオロエチレン樹脂 82.5?42.9重量%
(2)リン酸塩として「ピロリン酸カルシウム:比重3.09」を使用した場合
オキシベンゾイルポリエステル樹脂 6.5?11.3重量%
ピロリン酸カルシウム 1.4?12.1重量%
硫酸バリウム 9.6?33.6重量%
ポリテトラフルオロエチレン樹脂 82.5?43.0重量%
(3)リン酸塩として「リン酸マグネシウム:比重2.41」を使用した場合
オキシベンゾイルポリエステル樹脂 6.5?11.6重量%
リン酸マグネシウム 1.1? 9.7重量%
硫酸バリウム 9.6?34.5重量%
ポリテトラフルオロエチレン樹脂 82.8?44.2重量%
(4)リン酸塩として「ピロリン酸マグネシウム:比重2.598」を使用した場合
オキシベンゾイルポリエステル樹脂 6.5?11.5重量%
ピロリン酸マグネシウム 1.2?10.4重量%
硫酸バリウム 9.6?34.3重量%
ポリテトラフルオロエチレン樹脂 82.7?43.8重量%

したがって、本件特許発明1の摺動層と引用発明1の摺動層とは、耐熱性有機ポリマー、リン酸塩、硫酸バリウム、及びポリテトラフルオロエチレン樹脂の含有比率の数値範囲が、それぞれ重なるものである。

以上のことから、本件特許発明1と引用発明1とは、以下に示す一致点で一致し、相違点1及び相違点2で一応相違するものであるといえる。
【一致点】
裏金上に形成された多孔質金属層と、該多孔質金属層に含浸被覆された摺動層とからなる複層摺動部材において、前記摺動層は、耐熱性有機ポリマー10?20体積%、リン酸塩1?10体積%、硫酸バリウム5?20体積%、及び残部がポリテトラフルオロエチレン樹脂からなる複層摺動部材。

【相違点1】
本件特許発明1は摺動層に添加する充填材としての耐熱性有機ポリマーが、平均粒子径が5?25μmであるオキシベンゾイルポリエステル樹脂であるのに対し、引用発明1はポリイミド樹脂である点。

【相違点2】
本件特許発明1はポリテトラフルオロエチレン樹脂の最大リダクションレシオが1000を越えるものであるのに対し、甲第4号証には四ふっ化エチレン樹脂(ポリテトラフルオロエチレン樹脂、以下同じ)の最大リダクションレシオに関しての直接的な記載がないため、引用発明1の四ふっ化エチレン樹脂である「ポリフロンF201」の最大リダクションレシオが1000を越えるものであるか否か不明である点。

上記各相違点について、以下に検討する。
(相違点1について)
甲第6、7、9、及び11の各号証の記載からみて、摺動部材用組成物において、PTFEに、耐摩耗性や耐クリープ性を向上させるために、充填材としてポリイミド樹脂を添加することも、オキシベンゾイルポリエステル樹脂を添加することも、いずれも本件特許出願前に周知の事項であると認められる。
また、甲第7号証の記載からみて、摺動部材用組成物において、PTFEに、充填材として、ポリイミド樹脂よりもオキシベンゾイルポリエステル樹脂(「エコノールE101」)を添加したもののほうが耐摩耗性に優れていることが示唆されていると認めることができる。
さらに、甲第8、14、及び16の各号証の記載からみて、摺動部材用組成物において、PTFEに、充填材として、平均粒子径が5?25μmであるオキシベンゾイルポリエステル樹脂(「エコノールE101-S」)を添加することは、本件特許出願前に周知の事項であると認められる。
そうしてみると、上記の各周知事項に鑑みれば、引用発明1において、PTFEの充填材として、ポリイミド樹脂に代えて平均粒子径が5?25μmであるオキシベンゾイルポリエステル樹脂を採用することは、それを妨げる特段の事情も認められないばかりか、甲第7号証の記載からみて十分な動機付けが存在するものであるといえるから、当業者が格別の創意を要することなく容易になし得ることである。

(相違点2について)
甲第5号証には、「ポリフロンF-201」の最大リダクションレシオが3500であることが記載されている。
そして、引用発明1の四ふっ化エチレン樹脂は「ポリフロンF201」であり、上記甲第5号証の「ポリフロンF-201」に相当するものであると認められるから、その最大リダクションレシオは3500、すなわち1000を越えるものであると認めることができる。
したがって、上記相違点2は実質的な相違点ではない。

また、本件特許発明1の奏する効果についてみても、引用発明1及び上記周知の事項から当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものとはいえない。
したがって、本件特許発明1は、甲第4号証に記載された発明及び本件特許出願前周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(被請求人の主張について)
なお、被請求人は、審判事件答弁書及び口頭審理陳述要領書において、概略次のように主張している。
【被請求人の主張の概略】
本件特許発明1においてPOB(オキシベンゾイルポリエステル樹脂、以下同じ)を摺動材料(PTFE)の強度及び耐摩耗性を向上させる目的だけで充填剤として選択したわけではなく、POBとリン酸塩及び硫酸バリウムとの相乗効果によってPTFEの相手材への移着を助長するという効果を狙って選択したものであるのに対し、甲第5号証乃至甲第17号証のいずれにも、POBをPTFEの相手材への移着を助長させる目的で添加する旨の記載は一切存在しないのであるから、甲第4号証に記載された発明の「ポリイミド樹脂、焼成フェノールおよびポリフェニレンスルホン樹脂から選択される1種または2種以上の樹脂」を甲第5号証乃至甲第17号証に記載されるPOBに置換する構成に、当業者が容易に想到し得るものではない(審判事件答弁書の2.「(ii)相違点1に対する反論」の項、及び口頭審理陳述要領書の2.「(i)相違点1について」の項参照)。
また、POBの平均粒子径を5?25μmと限定したことには、耐摩耗性の向上と摺動時の脱落防止という技術的意義があり、摺動時の脱落防止という技術的観点からみたときに、甲第14ないし17号証からは、オキシベンゾイルポリエステル樹脂をPTFEの摺動部材の充填剤を用いる場合に、平均粒子径5?25μmのものを用いることは、周知事項又は慣用手段であると断言できるものではない(審判事件答弁書の2.「(iii)相違点2についての反論」の項参照)。
また、本件特許発明において、ポリテトラフルオロエチレン樹脂が最大リダクションレシオが1000を越えると限定したのは、PTFE樹脂の繊維化を抑制して安定した構造体を得ることを目的としたものであり、これに対して、甲第4号証、及び甲第18ないし22号証には、PTFE樹脂の各種充填材と混合する工程、及び含浸被覆する工程における繊維化の抑制を目的として、最大リダクションレシオが1000を越えるものを採用するという技術思想は開示も示唆もされていないのであるから、甲第18ないし22号証が公知若しくは周知であるとしても、それらから繊維化の抑制を目的として「最大リダクションレシオが1000を越えるPTFE」を採用するという着想に当業者が容易に想到し得るものではない(審判事件答弁書の2.「(iv)相違点3についての反論」の項参照)。
【上記被請求人の主張の検討】
しかしながら、POBとリン酸塩及び硫酸バリウムとの相乗効果によってPTFEの相手材への移着を助長するという目的ないし効果が甲各号証に明記されていないことは、引用発明1のポリイミド樹脂をオキシベンゾイルポリエステル樹脂に置換することの阻害要因にはならず、上記に説示した進歩性の判断を左右するものではない。
また、本件特許発明1においてPOBの平均粒子径を5?25μmと限定したことについて、摺動時の脱落防止という技術的意義が甲各号証において明記されていない、あるいは考慮されていないとしても、甲第8、14、及び16の各号証の記載からみて、摺動部材用組成物においてPTFEに充填材として平均粒子径が5?25μmであるオキシベンゾイルポリエステル樹脂を添加することが本件特許出願前に周知の事項であると認められるものである以上、上記説示のとおり、引用発明1のポリイミド樹脂を平均粒子径が5?25μmであるオキシベンゾイルポリエステル樹脂に置換することは、当業者が格別の創意を要することなく容易になし得ることであるというべきである。
そして、本件特許発明1におけるポリテトラフルオロエチレン樹脂の最大リダクションレシオが1000を越えるものであることについて、PTFE樹脂の繊維化を抑制して安定した構造体を得るという目的ないし技術思想が甲各号証に明記されていない、あるいは考慮されていないことは、上記相違点2についての判断において説示したとおり、引用発明1の四ふっ化エチレン樹脂も最大リダクションレシオが1000を越えるものであると認められるものである以上、上記に説示した進歩性の判断を左右するものではない。
したがって、被請求人の上記主張は採用することができない。

6-2.本件特許発明2について
本件特許発明2と引用発明2とを対比すると、上記6-1.で検討した事項を踏まえれば、両者は上記6-1.に示した一致点に加えて、リン酸塩としてピロリン酸カルシウムを用いる点で一致し、上記6-1.に示した相違点1及び相違点2で一応相違する。
相違点1及び相違点2については、上記6-1.で既に検討しているから
、本件特許発明2も、甲第4号証に記載された発明及び本件特許出願前周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

6-3.本件特許発明3について
本件特許発明3と引用発明3とを対比すると、引用発明3の「黒鉛」は本件特許発明3の「グラファイト」に相当する。そして、本件特許発明3は、本件特許発明1又は2の摺動層に、さらに10体積%以下のグラファイト又は/及び二硫化モリブデンを含有したものであり、引用発明3は、引用発明1又は2の摺動層に、さらに5重量%以下の黒鉛(グラファイト)又は二硫化モリブデンを含有したものであるから、本件特許発明3の10体積%以下のグラファイト又は二硫化モリブデンと、引用発明3の5重量%以下の黒鉛(グラファイト)又は二硫化モリブデンとは、体積%を重量%に換算して比較したときに、数値範囲が重なることになることは明らかである。
したがって、本件特許発明3と引用発明3とは、上記6-1.で検討した事項を踏まえれば、上記6-1.で示した一致点に加えて、摺動層に、さらに10体積%以下のグラファイト又は/及び二硫化モリブデンを含有した点で一致し、上記6-1.で示した相違点1及び相違点2で一応相違する。
相違点1及び相違点2については、上記6-1.で既に検討しているから、本件特許発明3も、甲第4号証に記載された発明及び本件特許出願前周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

7.むすび
以上のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、他の無効理由1について判断を示すまでもなく、無効にすべきものである。
 
審決日 2007-10-11 
出願番号 特願2004-140388(P2004-140388)
審決分類 P 1 113・ 121- Z (F16C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 鳥居 稔  
特許庁審判長 村本 佳史
特許庁審判官 溝渕 良一
礒部 賢
登録日 2005-01-14 
登録番号 特許第3636326号(P3636326)
発明の名称 複層摺動部材  
代理人 高田 武志  
代理人 今崎 一司  

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