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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2007800205 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B23D
管理番号 1181365
審判番号 無効2007-800174  
総通号数 105 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-09-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-08-24 
確定日 2008-06-02 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3790949号発明「円盤状工具」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1. 手続の経緯
平成10年12月15日 本件出願
(優先権主張、平成9年12月16日)
平成18年 4月14日 設定登録(特許第3790949号)
平成19年 8月24日 無効審判請求
平成19年11月 7日 答弁書
平成20年 1月31日 請求人・口頭審理陳述要領書
平成20年 2月22日 請求人・口頭審理陳述要領書(その2)
被請求人・口頭審理陳述要領書(1?4)
口頭審理、無効理由通知
平成20年 3月 3日 請求人・上申書
平成20年 3月13日 訂正請求書
平成20年 3月19日 被請求人・上申書

第2.訂正請求について
1.訂正請求の内容
口頭審理において通知された無効理由を踏まえ、被請求人が求めた訂正の内容は、以下のとおりである。

(1)請求項1
「鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップが鑞付けされ、該基板の間に間座を同軸的に介装して、これら複数の基板の間に間隙を確保すると共に、該基板の前記間座外側となる外周に物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具において、
前記円盤状基板の直径をD(mm)とし、該基板の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は3.7×(1/10^(5))以下に収まっており、
前記円盤状基板の外周に前記コーティングが施される範囲を、該基板の直径(D)の0.75倍以上となるように設定したことを特徴とする円盤状工具。」を、
「鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップが鑞付けされ、該基板の間にリング状の間座を同軸的に介装して、これら複数の基板の間に間隙を確保すると共に、該基板の前記間座から外側となる外周に物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具において、
前記円盤状基板の直径をD(mm)とし、該基板の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は0.9×(1/10^(5))以上であり、かつ3.7×(1/10^(5))以下に収まっており、
前記円盤状基板の外周に前記コーティングが施される範囲を、前記間座のリング直径(ds)と該基板の直径(D)との比を0.75倍以上とすることによって設定したことを特徴とする円盤状工具。」と訂正する。

(2)請求項2
「前記コーティングを施す範囲を、直径(D)の0.85倍以上の大きい範囲となるよう設定した請求項1記載の円盤状工具。」を、
「前記コーティングを施す範囲を、前記間座のリング直径(ds)と該基板の直径(D)との比を0.85倍以上とすることによって設定した請求項1記載の円盤状工具。」と訂正する。

(3)段落0010
「これによって前記イオンボンバードは、間座の外側に集中する形となり、またコーティング層は該間座の外側だけに成膜されることになる。」を、
「これによって前記イオンボンバードは、間座から外側に集中する形となり、またコーティング層は該間座から外側だけに成膜されることになる。」と訂正する。

(4)段落0011
「鋼製の円盤状基板に・・・ことを特徴とする円盤状工具。」を、
「鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップが鑞付けされ、該基板の間にリング状の間座を同軸的に介装して、これら複数の基板の間に間隙を確保すると共に、該基板の前記間座から外側となる外周に物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具において、前記円盤状基板の直径をD(mm)とし、該基板の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は0.9×(1/10^(5))以上であり、かつ3.7×(1/10^(5))以下に収まっており、前記円盤状基板の外周に前記コーティングが施される範囲を、前記間座のリング直径(ds)と該基板の直径(D)との比を0.75倍以上とすることによって設定したことを特徴とする円盤状工具。」と訂正する。

(5)段落0032
「t/D^(2)が3.7×(1/10^(5))以下である」を、
「t/D^(2)が0.9×(1/10^(5))以上であり、かつ3.7×(1/10^(5))以下である」と訂正する。

2.訂正請求についての当審の判断
(1)請求項1
請求項1についての訂正は、「間座」について、段落0007の「リング状の間座(シム)20」なる記載、図4の記載に基づき、その構造を特定するとともに、「間座」の外側がコーティングされることを明確にするものであり、「t/D^(2)」について、段落0032の「t/D^(2)<0.9×(1/10^(5))の場合は、丸鋸として基板の剛性が不足する。」なる記載に基づき、本来、零になりえない「t/D^(2)」の下限値を特定するものである。
かかる訂正は、特許請求の範囲の減縮、及び明りょうでない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

(2)請求項2
請求項2についての訂正は、「間座」の外側がコーティングされることを明確にするものである。
かかる訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

(3)段落0010
段落0010についての訂正は、「間座」の外側がコーティングされることを明確にするものである。
かかる訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

(4)段落0011
段落0011についての訂正は、発明の詳細な説明の記載を、請求項1の訂正に伴い整合させるためのものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

(5)段落0032
段落0032についての訂正は、発明の詳細な説明の記載を、請求項1の訂正に伴い整合させるためのものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とし、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものでもない。

したがって、これらの訂正は、いずれも特許法第134条の2第1項の規定に適合し、同条第5項で準用する特許法第126条第3項、第4項の規定にも適合するので、上記訂正を認める。

第3.本件特許
本件特許の請求項1ないし2に係る発明(以下「本件特許1ないし2」という。)は、訂正された明細書によれば、以下のとおりである。

【請求項1】
鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップが鑞付けされ、該基板の間にリング状の間座を同軸的に介装して、これら複数の基板の間に間隙を確保すると共に、該基板の前記間座から外側となる外周に物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具において、
前記円盤状基板の直径をD(mm)とし、該基板の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は0.9×(1/10^(5))以上であり、かつ3.7×(1/10^(5))以下に収まっており、
前記円盤状基板の外周に前記コーティングが施される範囲を、前記間座のリング直径(ds)と該基板の直径(D)との比を0.75倍以上とすることによって設定したことを特徴とする円盤状工具。
【請求項2】
前記コーティングを施す範囲を、前記間座のリング直径(ds)と該基板の直径(D)との比を0.85倍以上とすることによって設定した請求項1記載の円盤状工具。

第4.請求人の主張
1.主張の概要
請求人は、本件特許1ないし2を無効とするとの審決を求めている。
その理由の概要は、本件特許1ないし2は、本件優先日前に頒布された刊行物(甲第2ないし5号証)、製造・納入された製品(甲第6ないし39号証の9)をもとに、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。
証拠のうち、甲第2ないし22号証は、審判請求書に添付され、甲第23ないし39号証の9は、その後提出されたものである。

甲第2号証:特開平9-192925号公報
甲第3号証:特開平7-88806号公報
甲第4号証:「チップソー」(坂井秀春著)1版2刷、昭和51年6月3 0日、槇書店発行
甲第5号証:特開平5-38621号公報
甲第6号証:昭和63年7月12日付けで日本コーティングセンター株式 会社が天龍製鋸株式会社宛に発行したチップソー、メタルソ ー PVDコーティング価格表の写し
甲第7号証:1991年9月28日付けで日本コーティングセンター株式 会社が天龍製鋸株式会社宛に発行したTiNコーティング価 格表(メタルソー、チップソー)の写し
甲第8号証:昭和63年2月12日付けで日本コーティングセンター株式 会社が天龍製鋸株式会社宛に発行した見積書の写し
甲第9号証:平成3年1月17日付けで日本コーティングセンター株式会 社が天龍製鋸株式会社宛に発行した見積書の写し
甲第10号証:平成9年1月28日に天龍製鋸株式会社が手配した製作 手配伝票(一般)
甲第11号証:平成9年1月28日に天龍製鋸株式会社が手配した製作 手配伝票(一般)
甲第11号証の2:甲第11号証に貼付した製作用図面
甲第12号証:平成9年5月28日に天龍製鋸株式会社が日本コーティン グセンター宛に発行した加工依頼書(控)
甲第13号証:天龍製鋸株式会社が富士物産(株)宛に発行した売上伝票 兼納品書(控)
甲第14号証:天龍製鋸株式会社が富士物産(株)宛に発行した得意先元 帳
甲第15号証:天龍製鋸株式会社が富士物産(株)宛に発行した請求書( 控)
甲第16号証:天龍製鋸株式会社が富士物産(株)宛に発行した売上伝票 兼納品書(控)
甲第17号証:天龍製鋸株式会社が富士物産(株)宛に発行した得意先元 帳
甲第18号証:天龍製鋸株式会社が富士物産(株)宛に発行した請求書( 控)
甲第19号証:平成9年7月17日に天龍製鋸株式会社が手配した製作 手配伝票(一般)
甲第20号証:平成9年10月3日に天龍製鋸株式会社が日本コーティン グセンター宛に発行した加工依頼書(控)
甲第21号証:天龍製鋸株式会社が、平成9年1月27日に手配した製作 手配伝票(一般)
甲第22号証:天龍製鋸株式会社が、平成9年4月17日に日本コーティ ングセンター株式会社宛に発行した「加工依頼書」
甲第23号証:本件特許出願人が平成15年5月12日に提出した意見書 の意見の内容
甲第24号証:本件特許出願人が平成15年8月8日に提出した手続補正 書
甲第25号証:日本コーティングセンター株式会社が天龍製鋸株式会社宛 に発行した証明書
甲第26号証:JFE精密株式会社が天龍製鋸株式会社宛に発行したメタ ルソー、チップソーの処理実績についての書面
甲第27号証:日本コーティングセンター株式会社が天龍製鋸株式会社宛 に発行した証明書
甲第28号証:富士物産株式会社が天龍製鋸株式会社宛に発行した証明書
甲第29号証:日本コーティングセンター株式会社が天龍製鋸株式会社宛 に発行した証明書
甲第30号証:池内精工株式会社が天龍製鋸株式会社宛に発行した証明書
甲第31号証:株式会社ロブテックスのCOMPANY PROFILE (会社案内)
甲第32号証:1992年10月発行の株式会社ロブテックスの商品カタ ログ
甲第33号証:日本理器株式会社(株式会社ロブテックスの旧社名)の商 品名「ゼットフラッシャー」の製品カタログ
甲第34号証:株式会社ロブテックスの商品名「スティールカッター」の 製品カタログ
甲第35号証:株式会社ロブテックスの会社案内、製品カタログに関する 説明書
甲第36号証:日本コーティングセンター株式会社の会社案内
甲第37号証:日本コーティングセンター株式会社の会社案内(甲第36 号証)に関する説明書
甲第38号証の1:09年04月30日締切 1頁、富士物産株式会社が 日銭建材工業株式会社 広畑製造所に販売した請求書 (写)の写し
甲第38号証の2:09年04月30日締切 3頁?4頁、富士物産株式 会社が日銭建材工業株式会社 広畑製造所に販売した 請求書(写)の写し
甲第38号証の3:09年04月30日締切 5頁?6頁、富士物産株式 会社が日銭建材工業株式会社 広畑製造所に販売した 請求書(写)の写し
甲第39号証の1:3年1月17日付けの日本コーティングセンター株式 会社が天龍製鋸株式会社に発行した見積書(甲第9号 証と同一)
甲第39号証の2:03年01月20日付け天龍製鋸株式会社が津根精機 株式会社入善工場に納品した得意先元帳
甲第39号証の3:03年02月20日付け天龍製鋸株式会社が津根精機 株式会社入善工場に納品した得意先元帳
甲第39号証の4:03年03月20日付け天龍製鋸株式会社が津根精機 株式会社入善工場に納品した得意先元帳
甲第39号証の5:03年04月20日付け天龍製鋸株式会社が津根精機 株式会社入善工場に納品した得意先元帳
甲第39号証の6:03年05月20日付け天龍製鋸株式会社が津根精機 株式会社入善工場に納品した得意先元帳
甲第39号証の7:03年06月20日付け天龍製鋸株式会社が津根精機 株式会社入善工場に納品した得意先元帳
甲第39号証の8:03年08月20日付け天龍製鋸株式会社が津根精機 株式会社入善工場に納品した得意先元帳
甲第39号証の9:04年03月20日付け天龍製鋸株式会社が津根精機 株式会社入善工場に納品した得意先元帳

2.間座について
請求人は、平成20年3月3日付け上申書において、本件特許1ないし2の「間座」が、マスキングプレートとスペーサからなるものではなく、リング状一体ものであったとしても、以下の理由により、本件特許1ないし2は無効とされるべきと主張している。
なお、原文の丸囲み数字は、「丸1」等で表記した。

ア.上申書第2ページ第3?27行
「丸1.「文言上の考察」について
被請求人の考察は意味不明のものである。
口頭審理陳述要領書(4)の陳述の要領第2頁2(二).における「・・・仮にスペーサー+上下のフランジを「間座」と見做した場合には、コーティングは、「間座の内側」によって行われており、・・・」なる記載は、全く意味不明で理解できない。
丸2.「歪の成否に即した考察」
押圧力が必要であることに関して
本件特許明細書中には「押圧」「押圧力」「加圧」に関する説明はなく、またこれを示唆する記載もない。
逆に、〔0003〕項には「このような高温処理では・・不均一な温度分布に起因する熱応力により該基板に高温塑性変形が発生し、これが歪みとして残留するので・・」、〔0009〕項には「・・「薄鋸」では、僅かな温度分布の差により様々な形態の変形・座屈を生ずる・・」、〔0025〕項には「すなわち、丸鋸の外周部は、高温により熱膨張しようとするにも拘らず、該丸鋸内部の低温部分により拘束されて・・」、〔0010〕項には「本発明は、この間座による成膜範囲の制限によって残留歪みの発生を有効に防止するものである。」
なる記載から、間座によって規制されたチップソー外側のボンバードによる加熱領域とそれより内側のボンバードされない非加熱領域の間の熱応力の関係の上に本技術の基本があるのであって、間座による押圧とは全く関係がないかの如く記載されている。
唯一押圧らしき面影のあるのが図4、しかし、図4は間座を介してチップソーを段積し中心軸とナットで締め付けたもののように思われるが、発明の詳細な説明中にはナットの締め具合、締め付けトルク、さらには中心軸や間座の材質(鋼種)の記述が皆無である。」

イ.上申書第4ページ第15行?第6ページ第11行
「しかしながら、かかる押圧力に関する説明は明細書中のどこにもない。
本件特許明細書では、間座の押圧による歪み防止など何ら想定しておらず、間座はあくまでもコーティング範囲を規制するものであって、その点から歪みの発生を防止する趣旨が記載さている。
従って、前記甲号証のマスキングプレート(又は当て板)とスペーサの構成からなる間座は本件特許の間座と同じである。
(2)リング状の要件を加える訂正について
間座としてリング状の要件を加えても、次のいずれかの理由により特許性はなお認められない。現実にはいずれの理由も該当する。
丸1.技術的意義がない(進歩性なし)
間座をリング状にするのに何の困難性もない。
しかも、リング状にすることで特に有利な効果がある訳でもない。複数のチップソーを同時にコーティングするには、チップソー間に間隙を確保するのは当然のことであり、重要なのは、ボンバード時や成膜時に加熱される領域を制限することによって歪みの発生を小さくしようとする点であって、コーティング領域を制限することにだけ基本的に意味がある。この点で、マスキングプレートとスペーサを併せたものとリング状のものとで何らの違いは生じない。
丸2.先行技術
甲第26号証にもあるように、JFE精密ではリング状のスペーサ(一体もの)を使う場合もあった。当業者がリング状一体もの間座を使うのは一般的であった、と云える。その一つの理由として、3ピース方式(マスキング円板2枚+スペーサ)は、マスキング円板は鋼板をレーザー溶断等で切断することにより簡単に作成でき、一方スペーサは間隔をあげるために数種類作っておけばよいため、簡便で製作期間が短い場合や試作品又数量の少ない場合に使われる。一方、1ピース方式(リング状一体もの)は、ワーク積の手間があまりかからないこと、及び間座の製作費は上記マスキング円板に比べ高いが、量産においてはチップソー1枚当たりにすると安くなるため、量産の場合に使われる。リング状スペーサの使用は公然実施であり、たとえリング状の要件を加える訂正をしても、なお新規性は認められない。
(3)押圧力をかけるとの要件を加える訂正について
押圧力をかけることを要件としても、なお特許性は認められない。次のいずれかの理由による。
丸1.進歩性なし
たとえ押圧力がかかることになっても、それで意義があるとは思われない。
リング状間座の部分は加熱されて高温になるのに対して、中心軸は比較的低温のままであるから中心軸部の膨張は大きくなく、中心軸をナットで締め付けていた場合、この相互間で、結果として大きな力がリング部にかかることは考えられる。この力によって、何か技術的な成果が得られるかのように特許権者は主張しているが、正しくない。リング部でチップソーをいくら押圧しても、それで歪みなどに対して効果があるとは思われない。
問題は、チップソーが高温になることによって生じる膨張の関係での歪みなのである。押圧することで特別な意味があるとは思われない。
丸2.特許請求の範囲に記載されるべき
また、もしもリング状間座で押圧することに意義があるとして、それを根拠として特許性を認めようというのであれば、その点が請求項においても明記されるべきである。これは、技術的範囲は、特許請求の範囲の記載だけによるのが原則であり(リパーゼ事件最高裁判決)、単なる手続中の主張によって、特許性の根拠と認めるべきものではないからである。
丸3.明細書の説明に欠ける
リング状間座によってチップソーが押圧されるという話は、明細書において、その意義の説明、押圧力の程度などは全くされていない。
それ故に、むしろ、新規事項というべきものである。新規事項であるが故に特許請求の範囲中の要件として加えることができないのであれば、特許性の根拠としてもやはり、それを特許請求の範囲において規定するかしないかとは無関係に、特許性の根拠とすることはできないはずである。」

第5.当審の無効理由
口頭審理における証拠の確認、両者の主張を踏まえ、訂正請求前の本件請求項1ないし2に係る発明に対して、特許法第153条の規定により通知された無効理由は、以下のとおりである。

【無効理由】
本件請求項1ないし2に係る発明は、以下の理由により、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、無効とされるべきである。

1.本件請求項1発明と甲2発明との対比
本件請求項1発明(以下「本件発明」という)と甲第2号証記載の発明(以下「甲2発明」という)とを対比すると、両者は、以下の点を除き、一致していると認める。
相違点1:本件発明は、「基板の間に間座を同軸的に介装して、これら複数の基板の間に間隙を確保すると共に、該基板の前記間座外側となる外周に」、「該基板の直径(D)の0.75倍以上」である範囲にコーティングを施してなるが、甲2発明は、明らかでない点。
相違点2:本件発明は、「円盤状基板の直径をD(mm)とし、該基板の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は3.7×(1/10^(5))以下に収まって」いるが、甲2発明は、明らかでない点。

2.相違点の検討
相違点1について検討する。
甲第31ないし34号証、無効2007-800205事件の甲第1号証は、その内容、体裁からみて、頒布を目的とした「刊行物」に該当すると認める。
甲第31号証の第9頁の「好評を呼んでいるチタンコーティング製品」と題する写真によれば、甲第35号証をふまえ、チタンコーティングにあたり、複数の工具間に、工具に接しその外径より小径のマスキングプレート、マスキングプレート間に、マスキングプレートに接しその外径より小径のスペーサがあることが看取できる。
本件発明の「間座」は、請求項1の記載上、形状・構造が特定されていない。
したがって、マスキングプレートとスペーサを合わせて、本件発明でいう「間座」に相当する。
してみると、甲第31号証には「基板の間に間座を同軸的に介装して、これら複数の基板の間に間隙を確保すると共に、該基板の前記間座外側となる外周に、コーティングを施すもの」が記載されていると認める。
コーティング範囲について検討する。
甲第32?34号証、無効2007-800205事件の甲第1号証に、製品写真が掲載され、甲第32?34号証の製品説明、無効2007-800205事件の甲第6?7号証、技術常識を踏まえると、製品写真の金色部分はコーティング部分と認められる。
写真の実測によれば、これらは0.75倍以上であるから、かかる範囲とすることに困難性は認められない。
同様な範囲である以上、同様の効果を奏すると認める。

相違点2については、甲第4号証を踏まえると、周知慣用技術にすぎない。

3.本件請求項2発明
請求項2で特定したコーティング範囲を0.85倍以上とする点については、同様に、甲第32?34号証、無効2007-800205事件の甲第1号証に記載されている。

第6.被請求人の主張
1.主張の概要
これに対し、被請求人は、本件審判請求は成り立たないとの審決を求めている。
その理由の概要は、以下のとおりである。
甲第2ないし5号証のいずれにも、間座を介装してコーティングを行う点、コーティング範囲については、記載されていない。
甲第6ないし22、25ないし39号証の9は、頒布された刊行物には該当しない。
また、これら証拠により、実際に製造・取引されたとは認められない。製造・取引されたとしても、コーティング工程における基板とコーティングされた製品との同一性は証明されていない。さらに、製造・取引された製品が、公然実施されたことは証明されていない。
甲第23ないし24号証における「基板の間座外側となる・・・コーティングを施した公知の円板状工具」なる記載は、単に請求人における認識状況を示しているにすぎず、公知性の客観的裏付けとはなり得ない。
(答弁書第2ページの第2、口頭審理陳述要領書(1)第2ページの第1、第4ページの第2)

2.間座について
被請求人は、平成20年2月22日付け口頭審理陳述要領書(4)、平成20年3月19日付け上申書において、以下の理由により、請求人の主張は理由がないと主張している。
本件特許1ないし2の「間座」は、甲第25、31、35号証に示されるような「マスキングプレート」と「スペーサ」からなるものとは異なり、訂正請求により明確にされたとおり「リング状」である。
そして、「リング状」の間座により、チップソーを押圧し、歪みの発生を防止するものである。
特許明細書中に「押圧」「押圧力」「加圧」に関する説明がないとしても、リング状間座の構造上、押圧力により歪みの発生を抑制することは明らかである。
甲第26号証は「リング上の大径スペーサー1点(一体もの)を使う場合」があったことを記載しているにすぎず、かかる記載を裏付ける証拠は存在せず、公知公用は証明されていない。

第7.当審の判断
1.本件特許
本件特許1ないし2は、上記第3.のとおりと認められる。

2.証拠について
(1)甲第2号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲第2号証には、以下の記載がある。

ア.段落0002
「【従来の技術】鋼板や鋼管の切断作業に、図1に示すような円板状の丸鋸が用いられている。・・・」

イ.段落0005
「【課題を解決するための手段】このような目的は、本発明によれば、超硬チップを刃先にろう付けしてなるチップソーであって、Ti、Al、Hf及びZrのうちいずれか1種若しくは2種以上を成分とする炭化物、窒化物、または炭窒化物からなり、膜厚が1μm以上10μm以下で、かつ表面硬度がビッカース硬度で1600以上であるセラミックス皮膜を、前記超硬チップの表面に成膜してなることを特徴とするチップソーを提供することにより達成される。」

ウ.段落0009
「また、刃先にろう付けされる超硬チップの表面に、Ti、Al、Hf及びZrのうちいずれか1種若しくは2種以上を成分とする炭化物、窒化物、または炭窒化物からなる膜厚1μm以上10μm以下のセラミックス皮膜を成膜するチップソーの製造方法において、イオンプレーティング法を用い、・・・成膜することを特徴とするチップソーの製造方法を提供することにより達成される。」

エ.段落0015
「まず、皮膜と基材との十分な密着性を確保するためには、両者の界面にTi及び/またはTiの窒化物を施すことが効果的である。これは、皮膜中に炭素が含有すると、鉄鋼をべースとした基材との密着性が劣ることによる。・・・」

これらを本件特許1に照らし、整理すると甲第2号証には、以下の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「鉄鋼の円板状基材に超硬チップがろう付けされ、イオンプレーティング法によるビッカース硬度で1600以上であるセラミックス皮膜を施してなるチップソー。」

(2)甲第4号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲第4号証には、以下の記載がある。

ア.第57ページ第8?10行
「チップソーでは,母体の強度の大きいことが望まれ,また,ロウ接面を広くして超硬チップの保持力を強くする必要のある・・・」

イ.第57ページ第18?19行
「一般に,丸のこは外径によってのこ身の厚さが規定してあって・・・」

ウ.第57ページ表8-2
外径、のこ身の厚さ、歯厚についての標準寸法範囲が表として記載されている。

表8-2において、外径とのこ身の厚さについて検討する。
外径が300、350、400、450mmの場合をみると、外径D(mm)、厚さT(mm)とし、T/D^(2)を計算すると、いずれも「0.9×(1/10^(5))以上、3.7×(1/10^(5))以下」となる。

したがって、甲第4号証には、以下の事項(以下「甲4事項」という。)が記載されていると認められる。
「超硬チップがロウ接された丸のこの直径をD(mm)とし、のこ身の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は0.9×(1/10^(5))以上、3.7×(1/10^(5))以下に収まっているもの。」

(3)甲第31号証
甲第31号証(株式会社ロブテックスのCOMPANY PROFILE(会社案内))には、以下の記載がある。

ア.第3?4ページ
「技術で拓いてきた1世紀は、これから100年への信頼のいしずえ。」と題して、株式会社ロブテックスの歴史が、年表形式で1888年から1992年まで記載されている。

イ.第5?6ページ
「DIYから、宇宙まで、第2世紀への大きな飛躍を可能にする、底力」と題して、ダイヤモンド工具、電設・油圧工具、作業工具、省力工具という株式会社ロブテックスの製品が紹介されている。

ウ.第9ページ
「好評を呼んでいるチタンコーティング製品」と題する写真によれば、「チタンコーティングにあたり、複数の工具間に、工具に接しその外径より小径の円板部材、円板部材間に、円板部材に接しその外径より小径の円筒部材があること」が看取できる。

エ.第13ページ
「会社概要」として、資本金、従業員数、事業内容、取引銀行、事業所等が記載され、事業所として、全国の営業所名が、3けたの郵便番号、住所、電話番号とともに記載されている。

オ.第14ページ
「売上高の推移」として、1960年から1992年までの棒グラフが記載されている。

甲第31号証は、製品の紹介、営業所名が連絡先とともに記載されていることから、営業を目的として、広く頒布するために作成されたものと認められる。よって、特許法第29条第1項の「頒布された刊行物」に該当する。
時期については、歴史年表、売上高の推移が1992(平成4)年までであり、特に売上高の推移が1990年前は5年ごとであること、郵便番号表示が3ケタであること(注、平成10年2月から7ケタ)から、1995年頃までに頒布されたものと認められ、これは本件優先日である平成9年12月16日前である。
甲第31号証の技術的記載事項について検討する。
第9ページの「好評を呼んでいるチタンコーティング製品」と題する写真から、前記ウ.のとおりのことが看取できる。
甲第35号証によれば、写真の「円板部材」、「円筒部材」は、それぞれ「マスキングプレート」、「スペーサ」であり、この点、技術常識からも不自然ではない。

したがって、甲第31号証には、以下の事項(以下「甲第31事項」という。)が記載されていると認められる。
「チタンコーティングにあたり、複数の工具間に、工具に接しその外径より小径のマスキングプレート、マスキングプレート間に、マスキングプレートに接しその外径より小径のスペーサがあるもの。」

(4)甲第32号証
甲第32号証(1992年10月発行の株式会社ロブテックスの商品カタログ)には、以下の記載がある。

ア.目次
作業工具、電設工具、省力工具、ダイヤモンド工具、新素材開発製品に大別された各種製品名が記載されている。

イ.第98ページ
「ダイヤモンド工具」の一つとして「FX-305T」なる型番の工具について、「超硬合金特殊チップ」、「特殊チップと基板強度のハーモニーを計り」、「チタンセラミックコーティングされたチップ」と記載され、その写真は、円盤状工具のチップを含む外周が金色である。

ウ.奥付ページ
「このカタログに記載されていない商品については当社までお問い合わせください。」、「発行日1992年10月 発行所 株式会社ロブテックス」と記載されている。

甲第32号証には、各種製品とともに、「このカタログに記載されていない商品については当社までお問い合わせください。」と記載されている。よって、甲第32号証は、営業を目的として、広く頒布するために作成されたものと認められるから、特許法第29条第1項の「頒布された刊行物」に該当する。
時期については、奥付から、本件優先日である平成9年12月16日前に頒布されたものと認められる。
甲第32号証の技術的記載事項について検討する。
「FX-305T」なる型番の工具は、「チタンセラミックコーティングされたチップ」を有するものであり、チップを含む外周が金色である。
ところで、チタンセラミックコーティングされた部分が金色となることは、無効2007-800205号の甲第6号証(JFE精密株式会社発行の技術資料)にもみられるごとく技術常識である。
してみると、「FX-305T」なる型番の工具は、チタンセラミックコーティングされた部分が金色と解することが相当である。
なお、請求人は、外周部を別部材とすることで金色となる可能性がある旨、主張するが、技術常識に照らし、無理があると言わざるを得ない。
そして、チタンセラミックコーティングの範囲は、写真の実測によれば、基板の直径(D)に対し、約0.9倍以上である。

したがって、甲第32号証には、以下の事項(以下「甲第32事項」という。)が記載されていると認められる。
「円盤状基板に超硬合金特殊チップが取り付けられ、チップを含む基板の外周に、基板の直径(D)に対し、約0.9倍以上の範囲にチタンセラミックコーティングを施したもの。」

(5)甲第3、5号証
甲第3、5号証は、特許法第29条第1項の「頒布された刊行物」であるが、「間座」、基板の「直径と厚み」については、記載されていない。

(6)甲第6?9、39号証の1
天龍製鋸が、日本コーティングセンターに、円盤状工具のコーティングの見積りを依頼したことが認められる。基板の「直径と厚み」も本件特許1に含まれる。
しかし、実際に、コーティングがされ、天龍製鋸に納品されたこと、これら証拠によりコーティングがされたものと、天龍製鋸が他社に納品した製品との同一性は、証明されていない。また、間座を介するコーティングが、公知・公用であることは証明されていない。

(7)甲第10?18号証
天龍製鋸が、甲第12号証により注番1-45702、外径330のものが、日本コーティングセンターに加工依頼し、甲第10号証により注番1-45702、外径330のものが、TMM3103-01として天龍製鋸で製作され、甲第13?15、28号証により注番1-65389、外径330のものが、TMM3103-01として富士物産を介して日鐵建材・広畑に納品されたことが認められる。
製作されたものと納品されたものとは注番が異なるものの、型番が同一であるから、同一仕様と推測される。
甲第10号証より、基板の「直径と厚み」は本件特許1に含まれる。
間座、コーティング範囲は、明らかでない。
納品されたとしても、公知・公用であることは証明されていない。

(8)甲第19?22、29?30号証
天龍製鋸が、甲第20号証により注番2-32208、甲第29号証により注番2-22212、外径360のものが、日本コーティングセンターに加工依頼し、甲第19号証により注番2-32208、外径360のものが、注番2-22212と同じものとして天龍製鋸で製作された。甲第30号証により注番2-22212、外径360のものが、池内精工に納品されたことが認められる。
甲第19号証より、基板の「直径と厚み」は本件特許1に含まれる。
間座は、明らかでない。
コーティング範囲は、日本コーティングセンターの証明書である甲第29号証によるが、以下(10)の理由により、証明されたとは言えない。
納品されたとしても、公知・公用であることは証明されていない。

(9)甲第23?24号証
特許権者による審査過程の意見書、請求理由であり、間座を利用した工具が公知と記載されている。しかし、客観的に公知か否かは、証明されていない。

(10)甲第25?30、35、37号証
甲第25?30、35、37号証は、関係各社による証明書、説明書である。
しかし、本件の場合、以下の理由により、これら証明書等のみによる立証事項については、立証されたとは認められない。
(ア)証明者の経歴、業務内容が不明であり、本件優先日前に、証明しようとする事項と証明者の業務との関係が明らかでない。証明者が直接体験した事項なのか、伝聞によるかも明らかでない。
(イ)請求人の求めに応じて提出されたものであるから、曖昧な事項は、請求人の希望どおり証明した可能性を否定しえない。証人尋問と異なり、宣誓がなされた上での証明ではなく、反対尋問もない。

(11)甲第33?34号証
立証事項は、甲第32号証と同一である。

(12)甲第36号証
コーティングされた工具の写真が看取できるが、間座を利用しているか否かは明らかでない。

(13)甲第38号証の1?3
富士物産が、日鉄建材に、平成9年4月に日付、サイズの異なる3回、メタルチップソーを納品したことが認められる。
間座、コーティング範囲は、明らかでない。
納品されたとしても、公知・公用であることは証明されていない。

(14)甲第39号証の2?9
天龍製鋸が、津根精機入善工場に、平成3年1月から平成4年3月にコーティングチップソーを継続的に納品したことが認められる。
間座、コーティング範囲は、明らかでない。
納品されたとしても、公知・公用であることは証明されていない。

3.本件特許と甲2発明との対比・判断
(1)本件特許1
ア.対比
本件特許1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「鉄鋼」、「円板状基材」、「超硬チップ」、「イオンプレーティング法」、「ビッカース硬度で1600以上であるセラミックス皮膜」、「チップソー」は、本件特許1の「鋼製」、「円盤状基板」、「超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップ」、「物理蒸着法」、「耐摩耗性膜のコーティング」、「円盤状工具」に相当する、又は含まれる。

したがって、両者は、以下の点で一致すると認める。
「鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップが鑞付けされ、物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具。」

そして、以下の点で相違すると認める。
相違点1:本件特許1は、「基板の間にリング状の間座を同軸的に介装して、これら複数の基板の間に間隙を確保する」ものであるが、甲2発明は、明らかでない点。
相違点2:本件特許1は、「基板の前記間座から外側となる外周に」、「前記間座のリング直径(ds)と該基板の直径(D)との比を0.75倍以上」である範囲にコーティングを施してなるが、甲2発明は、明らかでない点。
相違点3:本件特許1は、「円盤状基板の直径をD(mm)とし、該基板の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は0.9×(1/10^(5))以上であり、かつ3.7×(1/10^(5))以下に収まって」いるが、甲2発明は、明らかでない点。

イ.相違点の検討
相違点1(間座の利用)について検討する。
甲第31事項の「工具」は、本件特許1の「基板」に相当する。
また、甲第31事項の「複数の工具間」には、一対のマスキングプレートと、その間のスペーサが存在しているが、本件特許1の「リング状の間座」は存在しない。
そして、本件特許1の「リング状の間座」と、甲第31事項の「一対のマスキングプレートと、その間のスペーサ」とを比較すると、基板に接する部材の最外周部において、両基板間の軸線方向をみると、本件特許1においては、「リング状の間座」により、空間は存在せず、甲第31事項においては、マスキングプレート間に空間が存在する(被請求人の口頭審理陳述要領書(4)の図面1参照)。
してみると、本件特許1の「リング状の間座」は、その構造上、甲第31事項の「一対のマスキングプレートと、その間のスペーサ」に比べ、「チップソーを押圧し、歪みの発生を防止する」効果が一層であることは、明らかである。

請求人は、この点について、(ア)間座をリング状にするのに何の困難性もなく、リング状にすることで特に有利な効果がある訳でもない、(イ)甲第26号証のとおり、JFE精密ではリング状のスペーサ(一体もの)を使う場合があり、公然実施されていたから、特許性は認められない、(ウ)特許請求の範囲を含む特許明細書中に「押圧」に関する説明はないから、かかる効果は根拠がない旨、主張する。
しかしながら、(ア)間座をリング状にすることに困難性がないとする客観的裏付け(リング状間座が公知である等)は示されておらず、上記のとおり効果も明らかであり、(イ)甲第26号証の記載が事実であったとしても、社内での実施であって、公然実施が証明されているものではなく、(ウ)段落0011、0014等には、「間座」による「歪み防止」について記載され、前記のとおり「リング状の間座」という構造上、「歪みの発生を防止する」効果が一層であることは明らかであるから、「押圧」の文言そのものが特許明細書中にないからといって、効果に根拠がないとまでは言えない。
よって、請求人の主張は採用できず、相違点1については、困難性が認められる。

相違点2(コーティング範囲)について検討する。
甲第32事項は、上記のとおり、「円盤状基板に超硬合金特殊チップが取り付けられ、チップを含む基板の外周に、基板の直径(D)に対し、約0.9倍以上の範囲にチタンセラミックコーティングを施したもの。」であり、甲2発明と同一技術分野に関するものである。
甲2発明は、コーティング範囲が不明であるから、実施にあたり、甲第32事項を適用して、「約0.9倍以上」、すなわち、相違点2のコーティング範囲とすることに困難性は認められない。

相違点3(直径と厚み)について検討する。
甲4事項は、上記のとおり、「超硬チップがロウ接された丸のこの直径をD(mm)とし、のこ身の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は0.9×(1/10^(5))以上、3.7×(1/10^(5))以下に収まっているもの。」であり、相違点2に係る事項を充足し、甲2発明と同一技術分野に関するものである。
甲2発明は、直径と厚みについて、不明であるから、実施にあたり、甲第4事項を適用して、相違点3に係る事項とすることに困難性は認められない。

ウ.まとめ
したがって、本件特許1は、請求人の提出した証拠方法に基づき、当業者が容易に発明をすることができたとは認められない。

(2)本件特許2
本件特許2は、本件特許1に従属し、本件特許1をさらに特定したものであるから、本件特許2についても、同様の理由により、請求人の提出した証拠方法に基づき、当業者が容易に発明をすることができたとは認められない。

第7.むすび
以上、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許1ないし2を無効とすることはできない。
また、他に本件特許1ないし2を無効とする理由を発見しない。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
円盤状工具
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップが鑞付けされ、該基板の間にリング状の間座を同軸的に介装して、これら複数の基板の間に間隙を確保すると共に、該基板の前記間座から外側となる外周に物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具において、
前記円盤状基板の直径をD(mm)とし、該基板の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は0.9×(1/10^(5))以上であり、かつ3.7×(1/10^(5))以下に収まっており、前記円盤状基板の外周に前記コーティングが施される範囲を、前記間座のリング直径(ds)と該基板の直径(D)との比を0.75倍以上とすることによって設定したことを特徴とする円盤状工具。
【請求項2】
前記コーティングを施す範囲を、前記間座のリング径(ds)と該基板の直径(D)との比を0.85倍以上とすることによって設定した請求項1記載の円盤状工具。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は円盤状工具に関し、更に詳細には、鋼材・木質材料等の切断・溝切りに用いる付け刃丸鋸に代表される円盤状基板に刃先チップを鑞付けしてなる円盤状工具において、高い耐久性を有するチップを実現し得る耐摩耗性膜のコーティング技術に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来より鉄鋼切削用の工具、特にスローアウェイチップを機械的にクランプして用いる工具では、物理蒸着法により窒化チタン(TiN)、炭化チタン(TiC)、炭窒化チタン(Ti-C-N)等の膜のコーティング、或いはこれらチタン系の膜の組合せに係る積層コーティングを施したチップが広く使用されている。特に最近は、チタンアルミ系窒化物(Ti-Al-N)の膜が、前記の膜より耐久性に優れるものとして注目され、殊にTi/Al原子比で0.3?3のものが実用化されている。
【0003】
また前記のスローアウェイチップを機械的にクランプしてなる工具の外に、図1の(a)に示す如く、鋼材や木材等を切断する丸鋸に代表される鋼製の円盤状基板10に耐摩耗性のチップ12を鑞付けした円盤状工具14が広く使用されている。しかしながら、このチップ鑞付け工具14に前述した各種のコーティングを施す場合、円盤状基板10は比較的小さな熱応力によって大きな変形・座屈を生ずるため、膜質と密着性の双方において良好なコーティングを施すことは困難であった。すなわち、コーティングを施すには被コーティング部を数百℃程度の処理温度に保持して成膜を行なう必要があるが、このような高温処理では円盤状基板における不均一な温度分布に起因する熱応力により該基板に高温塑性変形が発生し、これが歪みとして残留するので高温処理ができない。そこで歪みの発生しない低温で処理すると、今度は良好な膜質と密着性が得られないことになる。
【0004】
このように円盤状基板に残留歪みを生ずると、その修正は殆ど困難であるか、或いは非常に手間が掛るために実用に供し得ないものであった。殊にこのような歪みは、円盤状基板の直径寸法Dに対し該基板の厚さtが比較的に小さい、所謂薄鋸(丸鋸の場合)に関して発生し易いことが確認されている。具体的な例を挙げると、基板直径Dが200mmで厚さtが1.4mm以下、直径Dが250mmで厚さtが1.75mm以下、直径Dが300mmで厚さtが2.2mm以下、直径Dが350mmで厚さtが2.5mm以下の如き比率である。但し、本明細書で円盤状基板の直径Dとは、該基板の外周から切込みを設けている場合には(例えば丸鋸では刃室となる切込み)、その切込みの底部位置の半径の2倍、換言すれば一方の切込みの底部から対向的に位置する他方の切込みの底部までの最小径を指すものである。
【0005】
またコーティングされる膜物質について観察すると、鉄鋼切削用工具に施される膜物質の中で、窒化チタン(TiN)は比較的に低い処理温度で良好な成膜が出来るのに対して、炭化チタン(TiC)は高い処理温度を必要としている。なおC/N原子比が略0.5を超える炭窒化チタン(Ti-C-N)も同様である。更に窒化アルミチタン(Ti-Al-N)の膜も、窒化チタン(TiN)に比較してより高温の処理で良好な成膜が出来る。これらの点は、例えば特許第2,560,541号公報に、超硬合金やサーメットの基材表面に対しチタン(Ti)とアルミニウム(Al)の複合窒化物被覆層が良好に密着する工具として、基材表面と窒化アルミチタン(Ti-Al-N)膜の間に、窒化チタン(TiN)からなる密着性被覆層を設けることが提案されている事実からも窺われる。これらの難成膜性物質を成膜するには、密着強さと膜質(内部応力や靭性)の双方において、成膜時の温度(処理温度)を高くすることが必要であって、望ましくはより高温で処理される。この点は、例えば表面技術協会の発行に係る「表面技術」誌(vol.44、No.9 1993年)”アークイオンプレーティング膜の特性と工業的応用”の「3.3膜と基材」の項に指摘がなされている。
【0006】
しかし、前述した如く円盤状工具には、コーティングの際の処理温度に起因する「歪みの発生」という固有の問題がある。このため従来は、高速度工具鋼の円盤状基板の外周縁に直接刃先を刻み形成してなる全鋼製の丸鋸(メタルソー)に窒化チタン(TiN)をコーティングしたものや、超硬合金付け刃丸鋸で鋸径に対し比較的厚み寸法のあるものに限って、窒化チタン(TiN)や炭窒化チタン(Ti-C-N)等のコーティングを施したものがあるに過ぎない。例えば、日本金属学会誌第58巻、第6号(1994年)に掲載の「イオンプレーティング低温成膜と鋸刃への応用」には、「外径280mmで厚さ3.7mmの超硬チップ付け刃丸鋸において、鋸刃が変形しない範囲の処理温度は250℃以下とする必要がある」との記載がなされている。この場合のコーティング膜は窒化チタン(TiN)を主体とし、膜の硬さを上げるためにTiC_(0.6)N_(0.4)を間に挟んでいる。またこの研究では、PVD装置としてアーク放電活性化反応性イオンプレーティング装置と称するやや特殊なものを用い、低温での成膜を可能にしている。
【0007】
耐摩耗性膜のコーティングが施されて実用化されている全鋼製の丸鋸(メタルソー)では、該丸鋸の外周から丸鋸直径(D)の0.40?0.6倍程度内側へ入った部分にまで成膜がなされている。その理由は、前記メタルソーは再研磨を繰返すことにより、半径で数10mm減少するまで使用するので、この範囲まで成膜を行なう必要があるからである。また超硬合金付け刃の丸鋸にも、前記のように広い範囲に亘って成膜されている理由は、▲1▼円盤状基板の耐食性向上や商品価値の向上という見地からの他に、▲2▼物理蒸着法でコーティング処理する際は多数枚の丸鋸を同軸的にセットして行なう必要のあることが挙げられる。すなわち複数の丸鋸をセットするときは、図4に示すように、丸鋸10の間にリング状の間座(シム)20を同軸的に介装してこれら丸鋸10の間に隙間を確保するが、その間座20の大きさとしては丸鋸直径の半分程度あればよい、という理由に基づく。何れにしても、成膜範囲を円盤状基板における外周の一定範囲に制限して、歪みを防止するという考えに基づく提案は従来全くなされていなかった。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
丸棒・パイプ等の鉄鋼を冷間で切断する合金付け刃丸鋸(コールドソー)や、木質材料・段ボール紙等を切断するチップソーは、鋸本体をなす円盤状基板の厚みを薄く設定して、切断時における材料歩留りの向上、機械負荷の低減その他粉塵の減少等を図る必要がある。例えば、鉄鋼切断専用機はガイドを備えて丸鋸の挽き曲りを抑制し、これにより鋸刃の剛性を補って薄鋸での効率的な切断を行ない得るようになっている。他方でこれらの用途に供される丸鋸は、ランニングコストおよび生産性を向上させる見地から、刃先チップにおける耐久性の向上が求められている。このため刃先チップ材料の最適化を図る他に、その刃先チップに表面処理を施すことで耐久性を更に向上させる必要性が重要課題になっている。
【0009】
この表面処理としては物理蒸着法(PVD)が好適に使用される。このPVDにおいて、コーティングによる膜質と密着性とを良好なものとするためには、成膜前にPVD装置の内部で円盤状基板にイオンボンバード(イオン衝撃)を行ない、被コーティング面の清浄化と昇温を実施する必要がある。なお円盤状基板の昇温は、PVD装置に別途内蔵したヒーターを用いて予熱してもよい。本体が円盤状基板からなる工具、特に丸鋸の如く基板の直径に対して相対的に厚みの薄い「薄鋸」では、僅かな温度分布の差により様々な形態の変形・座屈を生ずる。殊に円盤状基板が高温になっている状態で、このような変形や座屈が大きく生ずると塑性変形が発生し、常温に戻った後に歪みが残留してしまうことになる。この残留歪みには皿状の変形(節直径数n=0の変形)と、円盤状基板の側面が振れる変形(節直径数n=1,2,3等の変形)とが知られている。何れにしても歪みが残留すると、円盤状基板における煩わしい歪み修正が必要になったり、或いは歪み修正をなし得ない等の問題が生じる。従って強力なイオンボンバードを行なったり、或いは予熱温度を上げて被コーティング部の温度を高くして、膜質と密着強さを確保すると共に残留歪みの発生を防止することが課題であった。
【0010】
【発明の目的】
丸鋸をPVD処理する場合は、円筒状の真空チャンバにおける内部中央に立設した軸(図4に符号22で示す)に該丸鋸14の中心孔24を挿通し、これにより多数枚の丸鋸14を同心的にセットする。このとき丸鋸14と丸鋸14との間に適当な間隔を確保するために、前述の間座(シム)20が同軸的に介装されるものであり、簡便には該間座としてパイプを輪切りしたリングが用いられる。これによって前記イオンボンバードは、間座から外側に集中する形となり、またコーティング層は該間座から外側だけに成膜されることになる。本発明は、この間座による成膜範囲の制限によって残留歪みの発生を有効に防止するものである。すなわち本発明は、従来技術に係る耐摩耗性膜のコーティングを施した円盤状工具に内在している前記欠点に鑑み、高い耐久性を実現し得る耐摩耗性膜のコーティング技術を提供することを目的とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】
前記課題を克服し、所期の目的を好適に達成するために本発明は、鋼製の円盤状基板に超硬合金・サーメット・耐摩耗鋳造合金等の耐摩耗性チップが鑞付けされ、該基板の間にリング状の間座を同軸的に介装して、これら複数の基板の間に間隙を確保すると共に、該基板の前記間座から外側となる外周に物理蒸着法による耐摩耗性膜のコーティングを施してなる円盤状工具において、前記円盤状基板の直径をD(mm)とし、該基板の厚みをt(mm)とした場合に、t/D^(2)は0.9×(1/10^(5))以上であり、かつ3.7×(1/10^(5))以下に収まっており、前記円盤状基板の外周に前記コーティングが施される範囲を、前記間座のリング直径(ds)と該基板の直径(D)との比を0.75倍以上とすることによって設定したことを特徴とする。
【0012】
【発明の実施の形態】
PVDによるコーティングの金属蒸発源としてチタンを用い、アークイオンプレーティング装置を使用して表1および表3の実験を行なった。試験に供した基板として、例えば直径Dが360mmで厚さtが2.25mm等の各種円盤や丸鋸を用い、前記間座として使用されるリングの大きさdsを変更することで、イオンボンバード処理による残留歪みを調べた。リングの肉厚は、その材料となるパイプ材の寸法の都合から7?15mmの範囲とした。またリングの幅、すなわち積層される基板の間隔は20mmとした。イオンボンバードの強さは、供試円盤に印加される負電圧とアーク電流および時間によって決定される。表1の実験および表3の実験では、アーク電流100Aで一定としてイオンボンバードを行なった。また一部は、装置に内蔵したヒータにより予熱を60分行ない、その後直ちにイオンボンバードを行なった。予熱の欄に掲げた温度は、前記ヒータの温度である。表1の実験では、寸法20×5×2(単位mm)で、焼入れ後に180℃で焼戻し処理したJIS SKS2のテストピースを、供試円盤の最外周部およびリング直近内側に載置して同時にイオンボンバード処理し、処理後に測定した硬さの低下からイオンボンバード時の温度を推定して、これを表中に示した。ここでT_(1)はリング直近内側の温度、T_(2)は供試円盤における最外周の温度、△TはT_(2)-T_(1)の温度差である。
【0013】
【表1】

【0014】
この実験により、リングの直径dsと供試円盤の直径Dとの比(ds/D)が小さい方が最外周部の温度は低くなるが、歪みが出易くなることが判った。またリング径を大きくすると、歪みのモードが高次化することにより、歪みが発生し難くなることが判った。
【0015】
そこで以下の座屈解析を行なった。この解析は前記のリング直径dsと基板直径Dとの比(ds/D)を変更し、リングの内側と外側の温度差△Tを大きくしていって、供試基板が座屈する温度差△Tbとその変形のモードを有限要素法を用いて求めた。簡単化のために円盤を考え、該円盤の寸法を直径D=360、厚みt2.25、中心孔の直径φ40(寸法単位mm)とした。要素としては三角形薄肉シエルを用い、鋼材の物性として縦弾性係数E=21,000(kgf/mm^(2))、ポアソン比v=0.3、密度ρ=8g/cm^(3)とした。間座としてのリングの肉厚は7mmに設定し、該間座の当る部分と中心孔周縁とに厚み方向の変位がないよう拘束条件を設定した。
【0016】
前記の座屈解析における計算結果を図2に示す。図中の例えば(0,3)は、節円数m=0、節直径数n=3のモードでの座屈であることを示している。なお、節円数mが0でないモードの座屈は、解析結果でも実際に発生した歪みでも認められなかった。よって以下の説明では、m数を省略することにする。この図2から、リング直径dsと円盤直径Dとの比(ds/D)が0.70までの間は、▲1▼この比ds/Dが大きくなるに伴って座屈モードが高次になること、および▲2▼この間の座屈温度差△Tbは余り大きく変わらないことが判明した。またds/Dが0.70を超えると、座屈モードはn=0になり、△Tbが急に大きくなることが判明した。
【0017】
この解析結果ではds/Dが0.70を超えて座屈モードがn=0になると、△Tbが500?800℃にならないと座屈しない。実際には表1のデータから、このような温度差がPVD処理中に発生することはなく、従ってリングの大きさをds/D>0.70になるようにすれば、物理蒸着法の工程で座屈からの残留歪みが発生することはない、という解析結果を得たと云える。図2と表1の実験結果とを対照し、n=3?5の歪みが発生した実験No.1,2,8,10,11について見ると、実験結果では解析結果の△Tbより小さい温度差で歪みが発生しているが、発生した歪みのモードと解析による座屈のモードとは略合致している。またds/Dが略0.70以上では、歪みが発生していない点でも解析と実験の結果は一致している。このことから解析結果が、相当に実際的なものであることが推定できた。
【0018】
次に、円盤の直径と厚みの変化によりどうなるかを解析した。その結果は、表2に示す如く、t/D^(2)に正比例して△Tbが大きくなることが判明した。また、この比例定数はリング直径dsと円盤直径Dの比(ds/D)によって決まるものであり、従って直径Dや厚みtが異なる場合も、共通的に図2の曲線が成り立つものである。但し、この場合の縦軸の目盛りはt/D^(2)に正比例して増減する。
【0019】
【表2】

【0020】
前述した解析結果を更に検証するために、表1の実験よりもイオンボンバード条件を強くした実験No.12?14(表3)を行なった。この場合に、イオンボンバードは印加電圧を装置能力の上限である900Vまで高めて行なった(アーク電流は100Aとした)。この結果、実験No.3では歪みが発生しなかったリング直径dsと円盤直径Dの比(ds/D)が、0.69の条件でn=6の大きな歪みが発生した。これに対しds/Dが0.78および0.94では、前記の如き大きな歪みは発生しなかった。
【0021】
次に丸鋸の円盤状基板についての実験No.15?22を行なった。この丸鋸には刃数46個の刃室形状が形成されているので、図1の(a)および(b)に符号18で示す任意の刃底から中心孔24を通過して対向する刃底18に至るまでの直径(刃底径)をDとして、リング直径dsと刃底径Dの比(ds/D)を示した。この実験では、ds/Dが0.75以上で歪みが発生しなかった。
【0022】
【表3】

【0023】
表3に示す実験No.23?25は、略装置能力の実用的な限界で行なったもので、また実際にチップを鑞付けした鋸刃を処理すると、普通に超硬合金の鑞付けに用いた銀鑞が変質して強度が低下する程の温度になる、という意味でも限界的な条件で行なったものである。実際にこの条件の下で、最も普通に用いられるJIS BAg3相当のAg50-Cu15.5-Zn15.5-Cd16-Ni3(%)の銀鑞(固相線630℃、液相線690℃)で鑞付けした超硬付け刃丸鋸を処理すると、900Vのイオンボンバードの際に銀鑞成分からの放出ガスの発生が多くあり、かつ処理後に観察すると銀鑞層が部分的に溶融していた。また銀鑞層の強度が平均的に明らかに低下し、かつ著しく強度低下した刃も認められた。そして実際に鋼材を切断すると、簡単にチップが剥離した。
【0024】
従って、前記の如き限界的な条件の下で実施する場合には、融点がもっと高く、かつ亜鉛のような蒸発し易い成分を多く含まない銀鑞を用いる必要がある。この例として、デグッサ(DEGUSSA)社製の銀鑞6488(Ag64-Cu26-Mn2-Ni2-In6、固相線730℃、液相線770℃)を用いて製作した鋸刃では、前記の限界的条件で処理しても鑞付層の溶融は見られず、鑞付強度の低下も全く起きなかった。また田中貴金属製のT-14(Ag75-Cu20-Zn5、固相線732℃、液相線774℃)も、銀鑞成分からの放出ガスの発生がなく、鑞付層の再溶融も起きなかった。この結果から再溶融は、放出ガスに起因するガス圧上昇によって鑞付層に異常放電が起きることによる、と云う事実が判明した。従って実験No.23?25の如く強いボンバードを行なう必要がある場合には、亜鉛(Zn)が5%以下好ましくは0%である銀鑞を用いることで鑞付強度を確保し得るものである。
【0025】
実験No.23中で「歪みのモード」の欄におけるn=0(±)の意味は、皿型の変形はあるが、これは軽い力でボコボコと変形が反転する状態で丸鋸の外周部が緊張し過ぎている状態(過腰入れ状態)にあることを示している。すなわち丸鋸の外周部は、高温により熱膨張しようとするにも拘らず、該丸鋸内部の低温部分により拘束されて完全に膨張し切れず、その結果として塑性変形による縮みが残ったものである(所謂ヒートテンション)。この状態は、例えば1,500r.p.m.以上の高回転で使用される木材や木質材料の切断用薄鋸では、却って良好な挽材性能が得られる場合があり、必ずしも悪い状態ではない。しかし鉄鋼切断用の丸鋸は一般に鋸刃の周速度が遅いので、このような状態で実用に供されることは稀である。従って修正が必要であるが、歪みではないので、外周部を円周方向に均等にハンマリング或いはショットブラストして展伸させることで容易に元に戻すことが出来る。実験No.24とNo.25の場合も、前記ヒートテンションが生じたが、過腰入れ状態には至っておらず、修正なしで使用出来る状態であった。従って生産能率からみると、鉄鋼切断用の丸鋸ではリング直径dsと円盤直径Dの比(ds/D)は0.85以上とすることが好ましい。
【0026】
前記の実験に基づき、外径360(刃底径D=351.5)、鋸刃厚2.6、基板厚さt=2.25、中心孔40(何れも単位mm)で刃数100の鉄鋼切断用鋸刃について、本発明を実施した効果を以下に述べる。なお、この場合のコーティングを施した鋸刃のチップはJIS M20に相当する超硬合金であって、そのコーティング条件および成膜品質の評価を表4に示す。
【0027】
【表4】

【0028】
比較用に同一チップでコーティング無しの鋸刃と、サーメットチップを付けた鋸刃(サーメット鋸刃)とを用い、実験No.27?30に係るコーティング鋸刃の耐久切断試験を行なった。その結果を、図3に示す(図の縦軸は鋸厚1mm当たりの正味切断動力を示す)。この耐久試験では、被切断材としてJIS SCM440Hの熱間圧延鋼(ロックウエル硬度C28?35)で直径50mmの丸棒を選択し、該丸棒を軸回転数200r.p.m.、送り速度600mm/分の切削条件で切断した。この場合に使用したサーメットは強靱サーメットと称され、前記JIS M20に相当する超硬合金と共に、この種の用途に多数用いられている。刃形状は、図1の(a)に示す丸鋸14において、その図1(c)に示す如く、交互に左右にずらした位置に切粉分割溝16を設けた刃型を有し、第1すくい角がマイナス20°で外周逃げ角8°となっている。また刃先端部には、0.3Cの面取りが施されている。
【0029】
従来技術に係る実験No.26では歪みの発生はなかったが、膜の密着強さが不足しており、膜応力が大きいためチップの外周面や側面に部分的に視認し得る大きさの膜剥離があり(一部は母材チップ面が露出)、コーティング性能としては充分な期待をなし得ないものであった。実験No.27に係る窒化チタン(TiN)のコーティングでは、チップ刃先のC面取りや切粉分割溝の角部に微妙な剥離が見られるが、これは膜内剥離に留まるものであって、母材チップ面の露出はなく良好であった。この膜内剥離は膜厚の一部がはじけ飛んだ状態を指称し、結果的にその部分での膜が薄くなっているものである。また実験No.28に係る窒化アルミチタン(Ti-Al-N)のコーティングも、同様のコーティング品質であった。更に実験No.29に係る炭窒化チタン(Ti-C-N)のコーティングも膜内剥離であったが、先の実験No.27およびNo.28に比べると僅かに大きく出ていた。しかし良好な範囲にあった。
【0030】
これら実験No.27,No.28およびNo.29の何れも、コーティング無しの鋸刃に比較すると、特に外周逃げ面と側面の耐摩耗性が向上して、図3に示すような切断所要動力経過を示し、従ってコーティング品質が良好であることを確認できた。なお、窒化チタン(TiN)のコーティングや炭窒化チタン(Ti-C-N)のコーティングと、窒化アルミチタン(Ti-Al-N)のコーティングとの性能差は、高硬度材に対する高速微小切込み切削という本試験条件の特徴から、夫々の耐高温酸化性の差が顕著に現れて耐摩耗性に影響し、切削動力の差となったものである。実験No.30は、前記した銀鑞の変質・強度低下を防ぐために、前記デグッサ社製の銀鑞6488を用いた。図3に示した如く、実験No.30に係る窒化アルミチタン(Ti-Al-N)のコーティングが、耐久性において最も良好であった。
【0031】
本発明の実施に際しては、以下の点を考慮する必要がある。すなわち、コーティングを施すために丸鋸と丸鋸との間に間座を介装させる際には、全ての部材について高い同心精度が得られるよう積層することが望ましい。リング(間座)における偏心の度合が大きいと、丸鋸におけるコーティングゾーンが円周的に不均等になり、これが歪みを生ずる別の原因になりかねないからである。但し、リングを配置する際の偏心は若干は差し支えなく、また該リングの部分的な変形その他によりコーティングゾーンが円周上的に不均等になっても、必ずしも支障を来すものではない。その場合は、円周全体の平均値で見たリング直径dsと丸鋸直径Dの比(ds/D)を考慮すればよい。また真空排気を容易にするために、このリングに通気孔を設けると、該通気孔を通してリング内部に部分的にコーティングゾーンが出来るが、その影響は小さいので支障はない。
【0032】
本発明は、用途に合った耐摩耗性膜を密着性良く、また良好な膜質に成膜するためにコーティングゾーンを制限するものであるので、これとは別に耐食性や商品価値の面から必要ならば、更に広い範囲にコーティングを追加的に行なってもよい。例えば、窒化アルミチタン(Ti-Al-N)をds/Dが0.85以上の範囲にコーティングした後、別途に窒化チタン(TiN)をds/Dが0.50以上の範囲にコーティングする等である。なお、本件の実施例に係る円盤および丸鋸基板の直径D、厚さtとt/D^(2)との関係は、表5に示す通りである。丸鋸基板の直径Dに対し厚さtが薄過ぎると、すなわちt/D^(2)<0.9×(1/10^(5))の場合は、丸鋸として基板の剛性が不足する。また表5からは、丸鋸基板における直径Dと厚みtの関係t/D^(2)が3.68×(1/10^(5))以下の場合に、本発明を応用すれば良好な状態となることが判明している。従って、これを一般的な関係に敷衍すると、円盤状基板の直径がDで該基板の厚みがtである場合に、t/D^(2)が0.9×(1/10^(5))以上であり、かつ3.7×(1/10^(5))以下である円盤状工具に本発明を適用すると効果的である。
【0033】
【表5】

【0034】
【発明の効果】
以上に説明した如く、本発明に係る円盤状工具によれば、鋼材・木質材料等の切断・溝切りに用いる丸鋸に代表される円盤状基板に刃先チップを鑞付けしてなる円盤状工具において、該基板の直径(D)に対してコーティングを施す範囲を、該直径(D)の0.75倍以上となるように設定したことで、高い耐久性を有する耐摩耗性膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】耐摩耗性チップを鑞付けした円盤状工具の典型である丸鋸の説明図であって、この図1における(a)は丸鋸の平面図、(b)は前記丸鋸の隣接し合う刃の間に形成される刃底を示す部分拡大図、(c)は前記丸鋸において切粉分割溝を設けた刃型を半径方向から観察した部分拡大図である。
【図2】座屈解析における計算結果を示すグラフ図である。
【図3】コーティング鋸刃の耐久切断試験を示すグラフ図である。
【図4】丸鋸と丸鋸との間にリング状の間座を介装して、これら丸鋸間に隙間を確保するようにした状態を示す概略図である。
【符号の説明】
10 円盤状基板
12 チップ
14 円盤状工具(丸鋸)
16 切粉分割溝
18 刃底
20 間座(リング)
22 軸
24 中心孔
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2008-04-03 
結審通知日 2008-04-08 
審決日 2008-04-21 
出願番号 特願平10-356614
審決分類 P 1 113・ 121- YA (B23D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高田 元樹  
特許庁審判長 千葉 成就
特許庁審判官 豊原 邦雄
槻木澤 昌司
登録日 2006-04-14 
登録番号 特許第3790949号(P3790949)
発明の名称 円盤状工具  
代理人 増田 恒則  
代理人 赤尾 直人  
代理人 赤尾 直人  

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