• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  B23C
審判 全部無効 発明同一  B23C
審判 全部無効 2項進歩性  B23C
管理番号 1181458
審判番号 無効2006-80111  
総通号数 105 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-09-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2006-06-09 
確定日 2008-07-31 
事件の表示 上記当事者間の特許第3354905号「荒切削用総形フライス」の特許無効審判事件についてされた平成19年1月22日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消の決定(平成19年(行ケ)第10088号、平成19年6月13日決定言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認めない。 特許第3354905号の請求項1乃至4に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
1 本件特許第3354905号の請求項1乃至4に係る発明についての出願は、平成11年8月4日に出願され、平成14年9月27日にその発明について特許権の設定登録がされた。
2 これに対して、平成18年6月9日に審判請求人・オーエスジー株式会社により無効審判の請求がなされたところ、被請求人・日立ツール株式会社より平成18年8月28日付けで審判事件答弁書(以下「第1回答弁書」という。)の提出がなされるとともに、被請求人より平成18年11月28日付けで口頭審理陳述要領書及び同日付けで口頭審理陳述要領書(2)が提出され、請求人より平成18年11月28日付けで口頭審理陳述要領書及び同日付けで口頭審理陳述要領書(2)が提出され、平成18年11月28日に第1回口頭審理が実施された。
3 その後、被請求人より平成18年12月15日付けで上申書が提出され、請求人より平成18年12月15日付けで上申書が提出された。
4 平成19年1月22日に本件請求項1乃至4に係る特許を無効とする旨の審決(以下「一次審決」という。)がされた。
5 平成19年2月28日に当該審決の取消しを求める訴(平成19年(行ケ)第10088号)が知的財産高等裁判所に提起されたところ、平成19年4月10日に、訂正審判(訂正2007-390045号、平成19年7月27日にその取下登録がされた。)が請求され、それを受けて、平成19年6月13日に、知的財産高等裁判所において一次審決を取り消すとの決定がなされた。
6 上記訂正審判の請求書に添付した訂正明細書を援用する訂正請求が平成19年7月2日付けでなされたものとみなすこととなった(以下、上記訂正審判の請求書を「訂正請求書」という。)。
7 これに対して、請求人から平成19年8月30日付けで審判事件弁駁書が提出され、被請求人から平成19年10月11日付けで審判事件答弁書(以下「第2回答弁書」という。)が提出されたものである。

第2 訂正について
1 訂正の内容
平成19年7月2日付けの訂正請求は、本件特許第3354905号の願書に添付した明細書(以下「本件特許明細書」という。)を、訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正することを求めるものであり、その内容は以下のとおりである。
なお、下線は対比の便宜のために当審で付したものである。

(1)訂正事項a
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載される、
「曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えた総形フライスにおいて、該切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形で形成したことを特徴とする荒切削用総形フライス。」を、
「曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えた総形フライスにおいて、該切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形で形成し、切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して30度以下の角度で傾斜するとき、該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだことを特徴とする荒切削用総形フライス。」
と訂正する。

(2)訂正事項b
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(3)訂正事項c
本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項4を繰り上げて請求項3とするとともに、引用する請求項を「請求項1ないし請求項3記載の総形フライスにおいて」を「請求項1または請求項2記載の総形フライスにおいて」と訂正する。

(4)訂正事項d
本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0005】に記載される、
「本願発明は、上記の目的を達成するために、曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムからなる複数の切れ刃を備えた総形フライスにおいて、該切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形で形成し、主切れ刃とその側面は滑らかに連なるようにしたものである。」を、
「本願発明は、上記の目的を達成するために、曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムからなる複数の切れ刃を備えた総形フライスにおいて、該切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形で形成し、切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して30度以下の角度で傾斜するとき、該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだものである」
と訂正する。

(5)訂正事項e
本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0009】に記載される、
「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けることによって波形切れ刃凸部頂点の間隔を大きくして本来の波形切れ刃の効果を得ることができる。」を、
「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結ぶことにより、本来の波形切れ刃の効果を得ることができる。」
と訂正する。

(6)訂正事項f
本件特許明細書の発明の詳細な説明の段落【0012】に記載される、
「図6は急斜面部分で波形切れ刃の底に斜面の角度よりさらに小さい角度の直線部分を設けたものである。」を、
「図6は急斜面部分で波形切れ刃の底に斜面の角度よりさらに小さい角度の直線部分、すなわち凸略円弧のほぼ頂点と凹略円弧のほぼ底とを結ぶ直線部分を設けたものである。」
と訂正する。

2 訂正の適否
(1)被請求人の主張の概要
ア 「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだこと」については図6に示されている。 図6は特許公報では見づらいので、図6に対応する出願当初の明細書に添付の図8(以下「図6」と呼ぶ。)を拡大した参考図1、1’を添付した。参考図1、1’に示すように、該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだことは明らかである。(訂正請求書第3頁第7?25行、第2回答弁書第2頁第10行?第3頁第7行参照)

イ 凸略円弧8は上に凸の領域であり、凹略円弧9は下に凹の領域であるので、直線部分を凸略円弧8と凹略円弧9の間に設けるためには、凸略円弧8と凹略円弧9の間隔を開けて、そこに直線部分を設けるほかない。すなわち参考図2に示すように、凸略円弧8と凹略円弧9の間に直線部分12’を設けると(a)の波形形状から(b)の形状になるはずで、それに伴い隣接する凸略円弧8,8の頂点P,Pの間隔5は5’に拡大する。しかし(b)の形状は明らかに図6に示す波形切れ刃の形状と異なるだけでなく、直線部分12’は切れ刃のフォーム11と平行で「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分」という要件を満たさない。したがって「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けること」は誤記であることが分かる。また、度αより小さい角度θで傾斜する直線部分12で凸略円弧8のほぼ頂点と凹略円弧9のほぼ底とを結ぶと隣接する凸略円弧8,8の頂点P,Pの間隔5は変化しない。したがって「波形切れ刃凸部頂点の間隔を大きくして」も図6の記載と一致せず、誤記であることが分かる。(訂正請求書第4頁第16行?第5頁第5行参照)

ウ 参考図2’の(b)に示すように、凸略円弧8と凹略円弧9の間に設ける直線部分12’を傾斜させることはできるが、傾斜した直線部分12’は必ずフォーム11より下に来るので、切削に全く関与しない。これでは、擦過現象を低減するという段落【0009】に記載の目的と一致しない。仮に参考図2’の(c)に示すように、直線部分12’を参考図4の直線部分12と同じ傾斜とすると、直線部分12’は事実上フォーム11と一致し、参考図2の(b)の形状と実質的に変わらない。このように凸略円弧8と凹略円弧9の間に設けた直線部分12’を傾斜させても擦過現象の低減という目的を全く達成できず、技術的に意味がない。従って、段落【0009】の上記記載が誤記であるのは明らかである。(第2回答弁書第4頁下から2行?第5頁第7行、第6頁第12?17行参照)

エ 凸略円弧8と凹略円弧9とが波状に結ばれている場合、波形切れ刃の傾きは凸略円弧8の頂点Pと凹略円弧9の底Bとの中点Mにおいて最大となる。中点Mにおける切れ刃の傾きを表す直線17の傾斜角βは傾斜角α(30°以下)より小さいので、フライスの回転軸と直交する平面との傾斜が非常に小さくなる。その結果、中点M付近の波形切れ刃は切削に寄与せずに被削材の表面を滑る傾向が大きくなり、この擦過現象を防止するためには波形切れ刃の傾きを大きくする必要がある。そのため凸略円弧8のほぼ頂点Pと該凹略円弧9のほぼ底Bとを結ぶ直線部分12を設けると、直線部分12の傾斜角θは切れ刃11のフォーム11の傾斜角αより小さいが、直線17の傾斜角βより大きいので擦過現象が低減される。(訂正請求書第6頁第21行?第7頁第8行参照)

オ 擦過現象について知られている技術的事項、及び擦過現象を低減するために必要な技術的事項、並びに図6に示す波形切れ刃の形状から、凸略円弧8のほぼ頂点Pと凹略円弧9のほぼ底Bとを結んだ直線部分12が設けられていることは明らかである。この直線部分12による擦過現象の低減効果は直線17の傾斜角βと比較すると明らかであり、直線17の傾斜角βと比較した作用効果は、擦過現象の低減を理論的にしたもので、図6の形状から当然導き出されるものである。(第2回答弁書第3頁第11行?第4頁第24行参照)

(2)請求人の主張の概要
ア 被請求人も認めている通り図6は小さいため、図6から切れ刃の形状を把握することは困難であるとともに、図6に関して、明細書の段落【0012】には、「図6は急斜面部分で波形切れ刃の底に斜面の角度よりさらに小さい角度の直線部分を設けたものである。」と記載されているだけである。すなわち、「該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底と」を直線部分で結ぶという技術的事項は、本件特許の明細書および図面のどこにも記載されていないし、図6等から自明な技術的事項でもない。(審判事件弁駁書第2頁下から5行?第3頁第2行参照)

イ 参考図2の直線部分12’をフォーム11に対して傾斜させることは容易に可能であるため、段落【0009】の記載が誤記であるという被請求人の主張には理由ない。また、参考図2の(b)において直線部分12’を傾斜させれば、段落【0009】に記載の要件を満たすようになるため、段落【0009】の記載事項そのものについても技術的に間違っていると断定できる証拠は見当たらない。(審判事件弁駁書第3頁24行?第5頁第8行参照)

ウ 直線17の傾斜角βと比較した作用効果について、本件特許の明細書および図面のどこにも何等記載されていない。すなわち、請求項1に関する訂正では、このような新たな作用効果が得られる新たな技術事項が要件として追加されている。(審判事件弁駁書第3頁3?11行)

(3)当審の判断
訂正事項aにより、訂正後の請求項1に係る発明は、「切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して30度以下の角度で傾斜するとき、該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだこと」という事項を具備するものとなった。
そこで、上記事項が願書に添付した明細書又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてされたものであるか否かについて、以下検討する。

ア 本件特許明細書等の記載事項
本件特許明細書等には、以下のとおり記載されている。
(ア)【請求項3】
「請求項1または請求項2記載の荒切削用総形フライスにおいて、切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して30度以下の角度で傾斜するとき、該角度よりさらに小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けたことを特徴とする荒切削用総形フライス。」

(イ)段落【0009】
「次に、総形フライスの切れ刃のフォ-ムは多岐多様にわたるため、その態様について説明する。まず、切れ刃のフォ-ムが該フライスの回転軸と直交する平面に対して小さな角度である場合には、切れ刃の斜面が切削するように作用し、切屑厚みが薄くなって擦過現象が増し、また波形切れ刃を刻み込む方向が切削方向とは一致しなくなるため、その効果が希薄になって切削抵抗が増加する。従って切れ刃のフォ-ムが30゜以下の角度で傾斜するときは、該角度より小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けることによって波形切れ刃凸部頂点の間隔を大きくして本来の波形切れ刃の効果を得ることができる。」

(ウ)段落【0012】
「・・・ここで、波形切れ刃の詳細は図5、図6のとおりである。すなわち、図5は最外周の凸円弧部に設けた凸略円弧と凹略円弧の連続した波形状の波形切れ刃を示し、図6は急斜面部分で波形切れ刃の底に斜面の角度よりさらに小さい角度の直線部分を設けたものである。」

イ 記載事項の検討
本件特許明細書等には、「切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して30度以下の角度で傾斜するとき、該角度よりさらに小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設ける」ことに関して、上記(ア)?(ウ)の記載事項があるだけで、「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだこと」という明示的な記載はない。
そして、図6及び図6を拡大した参考図1,1’を見ても、直線部分の始点及び終点がどこであるか明確に把握することはできず、図6に「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだこと」が記載されているとまでいうことはできない。
ところで、訂正事項aにおける「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだこと」によって、波形切れ刃における隣接する凸略円弧の頂点の間隔は、被請求人も認めるとおり変化しないものである。
しかるに、本件特許明細書の段落【0009】には、「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けることによって波形切れ刃凸部頂点の間隔を大きくして本来の波形切れ刃の効果を得ることができる。」と記載されている。
そうすると、「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分で該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだ」という事項は、直線部分を設けることによって「波形切れ刃凸部頂点の間隔」が大きくなっていたものを該間隔が変化しないものとすることに訂正するものであり、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内ということはできない。
また、「該角度よりさらに小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設ける」に当たって「該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだこと」が、本件特許明細書等の記載から自明の事項ともいうことができない。

これに対して被請求人は、上記(1)イ、ウに示すように、段落【0009】の上記記載は誤記であるとして、概略、
(ア)直線部分を頂点の間隔を大きくして凸略円弧8と凹略円弧9の間に設けるためには、参考図2(b)に示すように、凸略円弧8と凹略円弧9の間に直線部分12’を設けるほかないが、この直線部分12’は、図6に示す切れ刃の形状と明らかに異なるだけでなく、切れ刃のフォーム11と平行で「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分」という要件を満たさない。
(イ)参考図2’の(b)に示すように、凸略円弧8と凹略円弧9の間に設ける直線部分12’を傾斜させることはできるが、傾斜した直線部分12’は必ずフォーム11より下に来るので、切削に全く関与しない。
と主張している。
しかしながら、「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けることによって波形切れ刃凸部頂点の間隔を大きくして」という記載は、直線部分を参考図2(b)に示すような凸略円弧と凹略円弧のそれぞれの終端部間に設けることを必ずしも意味するものではないことは明らかである。そして、例えば参考図2(b)において、凸略円弧と凹略円弧の両方に接する直線部分を設けることによっても、「該角度より小さい角度で傾斜する直線部分」を設け、凸部頂点の間隔を大きくすることが可能であり、こうする方が接続部分が滑らかとなるからむしろ自然である。この場合には、直線部分はフォーム11より上に来る部分があることは明らかである。
一方、参考図2’(b)に、傾斜した直線部分12’がフォーム11より下に来ることが示されているが、フォーム11より下に来るか上に来るかは、基準となるフォーム11をどこに置くかにより決まるものである。そうすると、フォーム11の位置を下方に下げれば傾斜した直線部分12’をフォーム11より上に来るように設けることも可能であり、傾斜した直線部分12’が必ずフォーム11より下に来るということはできない。
しかも、直線部分12’が切削に関与するか否かは、フォーム11の傾斜角と波形切れ刃の凸略円弧8との関係によって決まるものであり、フォーム11より上にあるか下にあるかだけで決まるものではないことは明らかである。
したがって、被請求人の上記主張は採用することができない。
また、凹略円弧の底は、隣接する凸略円弧の頂点間の中間位置に存在するものであるところ、直線部分を設けたことによって隣接する凸略円弧の頂点の間隔が変化しないのであれば、底の位置も該頂点間の中間位置に来るはずであるが、図6の記載によれば、凹略円弧の最も底の部分は該頂点間の中間位置よりも下側にずれた位置にあることが看取できる。このことは、直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けることによって凸部頂点の間隔を大きくしたことを示したものにほかならない。
よって、段落【0009】の上記記載が誤記であるということはできない。

さらに、被請求人は、上記(1)エ、オに示すように、凸略円弧の頂点と凹略円弧の底との中点Mにおける傾斜角βと比較した作用効果について主張し、該作用効果が図6の形状から当然導き出されるものであると主張している。
しかしながら、該中点Mにおける傾斜角βと比較した作用効果については本件特許明細書等には何ら記載されておらず、また、上述のとおり、「該凸略円弧のほぼ頂点と該凹略円弧のほぼ底とを結んだこと」が、図6等の記載から自明の事項ともいうことはできないものである。
したがって、被請求人の上記主張は採用することができない。

以上のとおりであるから、訂正事項aは、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内ということはできない。
また、訂正事項d、e、fについても、同様の理由により、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内ということはできない。

(4)まとめ
以上のとおり、訂正事項a、d?fは、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでなく、平成19年7月2日付けの訂正請求は、特許法第134条の2第5項において準用する特許法第126条第3項の規定に適合しないから、本件訂正は認められない。

第3 本件発明
平成19年7月2日付けの訂正請求は、上記のとおり認められないから、本件特許の請求項1乃至4に係る発明(以下「本件発明1」乃至「本件発明4」という。)は、本件特許明細書等の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1乃至4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】 曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えた総形フライスにおいて、該切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形で形成したことを特徴とする荒切削用総形フライス。
【請求項2】 請求項1記載の荒切削用総形フライスにおいて、該波形切れ刃の凹凸の差は隣接する波形切れ刃凸部頂点の間隔の0.01倍?0.8倍、及び/または切れ刃に連なる凸略円弧の半径は該間隔の0.2倍?5倍の値で設けたことを特徴とする荒切削用総形フライス。
【請求項3】 請求項1または請求項2記載の荒切削用総形フライスにおいて、切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して30度以下の角度で傾斜するとき、該角度よりさらに小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けたことを特徴とする荒切削用総形フライス。
【請求項4】 請求項1ないし請求項3記載の総形フライスにおいて、切れ刃のフォ-ムの一部を切れ刃ごとに交互に間引いたことを特徴とする荒切削用総形フライス。」

第4 請求人の主張の概要
請求人は、下記の甲第1号証?甲第3号証を提出し、第1に、本件請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり(以下「無効理由1」という。)、第2に、本件請求項1乃至4に係る発明は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり(以下「無効理由2」という。)、第3に、本件請求項1乃至3に係る発明は、甲第3号証に記載された発明と同一であるから特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものである(以下「無効理由3」という。)、と主張している。
[甲号各証]
甲第1号証:特開昭48-20176号公報
甲第2号証:特開平6-315817号公報
甲第3号証:特開平11-267916号公報(特願平10-7246 1号の願書に最初に添付した明細書または図面に記載された発明)

第5 被請求人の主張の概要
被請求人は、上記請求人の主張に対して、本件特許の請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明ではなく、また、本件特許の請求項1乃至4に係る発明は、甲第1乃至2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく、さらに、本件特許の請求項1乃至3に係る発明は、甲第3号証に記載された発明と同一ではないと反論している。

第6 甲号各証の記載内容及び引用発明
請求人が提出した甲第1号証?甲第3号証には、以下の技術的事項が記載されている。

1 甲第1号証
(1-イ)特許請求の範囲
「直径が漸次変化する切刃部にスパイラル状の切刃を形成するとともに、該切刃を連続した螺旋状の波形に形成したことを特徴とする粗削りフライスカッター。」

(1-ロ)第1頁左下欄第10?13行
「本発明は切刃を連続した螺旋状の波形に形成してなる粗削りフライスカッター、詳しくは、その切刃部における直径が漸次変化する切刃部を有する粗削りフライスカッターに関するものである。」

(1-ハ)第2頁左上欄第2?9行
「即ち、第3図に示されるように、柄部(12)に連続して切刃部先端から後端にいたるにしたがって直径が漸次変化する切刃部(13)を有し、該切刃部の外周面に工具軸の回りに巻回するスパイラル状の切刃(14)となるように刃溝(15)を研削あるいは切削加工し、この切刃(14)に前記刃溝と直交するように前記工具軸とわずかな角度でもって巻回するつる巻線に沿って波形切刃(16)を形成したものであり、・・・」

(1-ニ)第2頁右上欄第17行?左下欄第1行
「尚、本発明の粗削りフライスカッターは第4図の形態のものに限定されることなく第5図(a)?(d)に示されるように、任意の曲線を回転させた時に創成される外形輪郭を有する工具にも充分に適応されるものである。」

(1-ホ)第2頁左下欄第8?12行
「切刃を波形に形成することにより切刃に作用する切削抵抗を分散し、さらに、切削によって生成する切屑が小さなものとなり、切屑相互の干渉を減少せしめ、重切削を可能とし、極めて切削効率を高める等の効果を奏するものである。」

上記記載事項及び図面の記載からみて、甲第1号証には次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
[引用発明]
任意の曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えたフライスカッターにおいて、該切れ刃には波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は波形で形成した粗削りフライスカッター。

2 甲第2号証
(2-イ)段落【0001】?【0002】
「【産業上の利用分野】本発明は、金属材料等の荒切削に用いるラフィングエンドミルに関する。
【従来の技術】金属材料等の荒切削に用いるラフィングエンドミルについては、従来より、切れ刃にニックを施したものや切れ刃自体を波形状にする等により、切り屑を分断し、かつ切削抵抗を軽減する工夫がなされていた。後者は特開昭61-284313または、特開昭63-34010に示されるように、鈍角側に主切れ刃を設け、波形状の位相をずらす等、異常損耗の抑制及び切削抵抗の軽減等の工夫がなされている。」

(2-ロ)段落【0011】
「【実施例】図1?図3は本発明の一実施例であり、工具材質に高合金粉末高速度鋼を用い、TiCN膜をコーティングした4枚刃のラフィングエンドミルである。波形状の山部のアール半径R1及び谷部のアール半径R2をそれぞれ0.7mm、0.4mmに設定し、山部の頂点間のピッチPを1.5mmとした。この時の波高さHは数式1に示される計算式により0.295mmとなる。また軸直角断面における外周すくい角および外周2番角をそれぞれ10°、8°に設定し、外周切れ刃の工具軸直断面における内接円、すなわち心厚4を工具外径3の65%にあたる13mmとしたものである。ねじれ角θは30°である。」

(2-ハ)段落【0012】
「図4は従来のラフィングエンドミルによる切削過程を示す模式図、図5は本発明品による切削過程を示す模式図であり、ともに4枚刃のラフィングエンドミルにおいて、一刃送りが同等であることを想定した場合の図である。従来のラフィングエンドミルでは、局部的に切削量が多いのに対し、本発明品は切削量がなだらかになっており、切削による応力を分散している。」

(2-ニ)上記(2-ロ)の記載から、波形切れ刃の凹凸の差Hは隣接する波形切れ刃凸部頂点の間隔Pの0.197倍(0.295÷1.5)、及び、切れ刃に連なる凸略円弧の半径R1は該間隔Pの0.467倍(0.7÷1.5)の値で設けられることが明らかである。

上記記載事項及び図面の記載からみて、甲第2号証には次の発明が記載されていると認められる。
(ア)「複数の切れ刃を備えたエンドミルにおいて、該切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形で形成した荒切削用エンドミル。」
(イ)「上記エンドミルにおいて、該波形切れ刃の凹凸の差Hは隣接する波形切れ刃凸部頂点の間隔Pの0.197倍、及び、切れ刃に連なる凸略円弧の半径R1は該間隔Pの0.467倍の値で設けたこと。」

3 甲第3号証
(3-イ)段落【0001】
「【発明の属する技術分野】本発明は回転切削工具に係り、特に、軸方向において外周切れ刃の刃先径が変化している総形回転切削工具の改良に関するものである。」

(3-ロ)段落【0006】
「【課題を解決するための手段 かかる目的を達成するために、第1発明は、軸方向において刃先径が変化している外周切れ刃が切屑排出溝を挟んで軸心まわりに複数設けられ、軸心まわりに回転駆動されることにより刃先形状に対応する形状の切削加工を行う総形回転切削工具であって、(a) 前記外周切れ刃の逃げ角は、軸方向における前記刃先径の変化に拘らず略同じ大きさで、(b) 逃げ面は、軸心まわりに展開した状態において径寸法が一定の直線に対して前記逃げ角で略直線的に径寸法が小さくなるように定められ、軸心と直角な断面が略円弧形状を成している一方、(c) その複数の外周切れ刃には、それぞれ径寸法が周期的に滑らかに変化する波形のラフィング切れ刃が設けられているとともに、そのラフィング切れ刃の位相はその複数の外周切れ刃の相互間で軸方向にずれていることを特徴とする。」

(3-ハ)段落【0009】
「一方、複数の外周切れ刃には、それぞれ径寸法が周期的に滑らかに変化する波形のラフィング切れ刃が設けられているとともに、そのラフィング切れ刃の位相はその複数の外周切れ刃の相互間で軸方向にずれているため、そのラフィング切れ刃の波形の大きさに応じて切屑が細かく分断され、切削性能が一層向上する。」

(3-ニ)段落【0009】
「前記ラフィング切れ刃は、波形の凹凸を軸方向に連続して設けたものであるが、必ずしも外周切れ刃の全長に亘って連続して設ける必要はなく、例えば軸方向切れ刃長さに対して径寸法変化が比較的小さい部分、言い換えれば切削性能に大きく関与する部分のみに設けるようにしても良い。・・・」

(3-ホ)段落【0018】
「外周切れ刃38にはまた、図4に示すように径寸法が周期的に滑らかに変化する波形のラフィング切れ刃48が設けられている。このラフィング切れ刃48は、径寸法変化が比較的小さい部分、実施例では工具先端側へ向かうに従って径寸法が小さくなる部分のみに設けられており、波形凹凸の面直角方向における振幅Dは0.3mm程度で、凹部の曲率半径R1、凸部の曲率半径R2は何れも0.5mm程度である。また、複数の外周切れ刃38に設けられたラフィング切れ刃48の位相は、複数の外周切れ刃38の相互間で1/nピッチ(nは刃数で実施例では3)ずつ軸方向にずれている。このラフィング切れ刃48は、刃先44から逃げ面42の後端(ヒール)まで形成されている。なお、図4は、切屑排出溝36に沿って切断した断面図である。」

(3-ヘ)図4の記載によれば、総形回転切削工具は、曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えており、切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して小さな角度で傾斜している、工具先端側へ向かうに従って径寸法が大きくなる部分にはラフィング切れ刃が設けられておらず、凸略円弧と凹略円弧との間は、大径側の凸部円弧と小径側の凹部をつなぐ滑らかな切れ刃で接続されることが看取できる。

上記記載事項及び図面の記載からみて、甲第3号証には次の発明(以下「先願発明」という。)が記載されていると認められる。
[先願発明]
曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えた総形回転切削工具において、複数の切れ刃には、それぞれ径寸法が周期的に滑らかに変化する波形のラフィング切れ刃が設けられているとともに、そのラフィング切れ刃の位相はその複数の切れ刃の相互間で軸方向にずれており、このラフィング切れ刃は、径寸法変化が比較的小さい部分に設けられる荒切削用総形回転切削工具。

第7 対比・判断
1 無効理由1乃至2について
(1)本件発明1について
本件発明1と引用発明とを対比する。
引用発明における「任意の曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えたフライスカッター」は、曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えたフライスという限りにおいて、本件発明1における「曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えた総形フライス」と共通している。
したがって、両者の一致点及び相違点は以下のとおりと認められる。
[一致点]
「曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えたフライスにおいて、該切れ刃には波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は波形で形成した荒切削用フライス。」である点。
[相違点1]
本件発明1は、「曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えた総形フライス」であるのに対して、引用発明は、任意の曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えたフライスカッターである点。
[相違点2]
本件発明1では、切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形であるのに対して、引用発明は、波形切れ刃が1刃と次刃とで異なる位置にあるか否か、凸略円弧と凹略円弧であるか否か不明である点。

まず、相違点1について検討する。
甲第1号証には、「本発明の粗削りフライスカッターは第4図の形態のものに限定されることなく第5図(a)?(d)に示されるように、任意の曲線を回転させた時に創成される外形輪郭を有する工具にも充分に適応されるものである。」と記載されており(摘記事項(1-ニ)参照)、「任意の曲線」には、通常、曲率が変化する曲線が含まれることは明らかである。
ところで、被請求人は、第1回答弁書に添付した図1(以下「参考図」という。)によれば、甲第1号証第5図a,bに示す切刃形状は曲率一定であると主張している。しかしながら、参考図は、第5図a,bに記載された切刃形状の拡大図と認められる曲線輪郭に、曲率一定の円弧を単に重ねて表示した図面にすぎず、この参考図のみを根拠として第5図a,bに示す切刃形状が曲率一定であるということはできない。他方で、第5図a,bに記載されているような任意の曲線としては、曲率一定の円弧だけでなく、楕円や放物線、双曲線等の曲率が変化する曲線も広く知られているから(請求人の提出した参考文献である特開昭49-83090号公報の第5頁左上欄第9?18行参照)、甲第1号証における「任意の曲線」には曲率が変化する曲線が含まれると解するのが相当である。
そして、総形フライスは、「特殊形状の加工に用いるフライスの総称」であることからすれば、引用発明は、上記の任意の曲線を含んだフォ-ムを形成するフライスカッターであるから、総形フライスということができるものである。
してみると、上記相違点1は実質的な相違点ではない。

次に、相違点2について検討する。
甲第1号証には、上記第6の1に示したとおり、「直径が漸次変化する切刃部にスパイラル状の切刃を形成するとともに、該切刃を連続した螺旋状の波形に形成」することが記載されている。そして、「切刃を波形にすることにより切刃に作用する切削抵抗を分散し、さらに、切削によって生成する切屑が小さなものとなり、切屑相互の干渉を減少せしめ、重切削を可能とし、極めて切削効率を高める等の効果を奏するものである。」(摘記事項(1-ホ))との記載からみて、1刃と次刃とで同じ位置に波形切れ刃を設けたものとは認め難いが、波形の形状については「波形」とされているだけで、どのような形状であるか明らかでない。波形の形状としては、「凸略円弧と凹略円弧の連続した波形」以外にも、正弦波、台形波等種々の形状が想定されるところ、甲第1号証の記載からは、凸略円弧と凹略円弧の連続した波形が記載されているに等しいということはできず、本件発明1が甲第1号証に記載された発明とすることはできない。
しかしながら、甲第2号証には、上記第6の2に示したとおり、「複数の切れ刃を備えたエンドミルにおいて、該切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形で形成した荒切削用エンドミル」が記載されている。そして、引用発明と甲第2号証に記載された発明は、いずれも荒切削用のフライスにおける切刃形状という同一の技術分野に属するものであるから、引用発明における切れ刃の波形を設ける位置及び波形の形状として甲第2号証に記載された発明を採用して上記相違点2に係る本件発明の特定事項とすることは当業者が容易になし得たことである。

また、本件発明1の作用効果についてみても、引用発明及び甲第2号証に記載された発明から当業者が予測し得る範囲内のものであって、格別顕著なものとはいえない。

したがって、本件発明1は、引用発明及び甲第2号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

なお、被請求人は、概略、以下の(ア)?(ウ)の点について主張している。
(ア)甲第1号証に記載のフライスカッターは、いわゆる「テーパラフィングエンドミル」と呼ばれるものであり、刃先に向かって径が拡大する部分を有しないから、甲第1号証には「曲率が変化する曲線を含んだ[総形フライスの]フォ-ムを形成する」外形輪郭は全く記載されていないというべきである。
(イ)甲第2号証に記載の発明はラフィングエンドミルであって、総形フライスと外形輪郭が全く異なり、甲第2号証に記載の波形状の切れ刃を本件発明1のフォ-ムを形成する総形フライスに適用することは容易でないというべきである。
(ウ)甲第2号証の波形状の切れ刃の作用効果と本件発明の作用効果とは異なり、甲第1号証と甲第2号証とを組み合わせる必然性はない。

しかしながら、(ア)の点については、上述のとおり、甲第1号証の第5図a,bに示す切刃形状が曲率一定であるということはできず、甲第1号証における「任意の曲線」には曲率が変化する曲線が含まれると解するのが相当である。そして、総形フライスは、「特殊形状の加工に用いるフライスの総称」であることから、甲第1号証記載の発明は、刃先に向かって径が拡大する部分を有しないとしても、上記の任意の曲線を含んだフォ-ムを形成するフライスカッターであるから、総形フライスということができるものである。
次に(イ)の点については、甲第2号証に記載の発明はラフィングエンドミルであるとしても、引用発明と甲第2号証に記載された発明はいずれも荒切削用のフライスにおける切刃形状という同一の技術分野に属するものであるとともに、引用発明における切れ刃の波形として採用することができないという特段の理由も発見しないから、引用発明における切れ刃の波形を設ける位置及び波形の形状として甲第2号証に記載の発明を採用することは当業者が容易になし得たことというべきである。
また、(ウ)の点について、甲第2号証には、「チッピングおよび欠けの発生を抑制し、長寿命のラフィングエンドミルを提供しようとするものである。」(段落【0005】)との記載に加えて、「従来のラフィングエンドミルでは、局部的に切削量が多いのに対し、本発明品は切削量がなだらかになっており、切削による応力を分散している。」(摘記事項(2-ハ)参照)とも記載されている。してみると、甲第2号証に記載の発明は、引用発明(摘記事項(1-ホ)参照)及び本件発明1と共通する作用効果を有するものであることは明らかであり、引用発明における波形の形状として甲第2号証に記載の発明を適用できないとすることはできない。
よって、被請求人の上記主張は採用の限りではない。

(2)本件発明2について
本件発明2と引用発明とを対比すると、上記相違点1、2に加えて次の点で相違し、その余の点では一致する。
[相違点3]
本件発明2では、「該波形切れ刃の凹凸の差は隣接する波形切れ刃凸部頂点の間隔の0.01倍?0.8倍、及び/または切れ刃に連なる凸略円弧の半径は該間隔の0.2倍?5倍の値で設けた」のに対して、引用発明ではそのように特定されていない点。

相違点3について検討するに、甲第2号証には、上記第6の2に示したとおり、「荒切削用エンドミルにおける波形切れ刃の凹凸の差Hを隣接する波形切れ刃凸部頂点の間隔Pの0.197倍、及び、切れ刃に連なる凸略円弧の半径R1を該間隔Pの0.467倍の値で設けたこと」が記載されている。そして、引用発明と甲第2号証に記載された発明は、いずれも荒切削用のフライスにおける切刃形状という同一の技術分野に属するものであるから、引用発明における波形の形状として甲第2号証に記載された発明を採用して上記相違点3に係る本件発明の特定事項とすることは当業者が容易になし得たことである。

また、本件発明2の作用効果についてみても、引用発明及び甲第2号証に記載された発明から当業者が予測し得る範囲内のものであって、格別顕著なものとはいえない。

したがって、本件発明2は、引用発明及び甲第2号証に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件発明3について
本件発明3と引用発明とを対比すると、上記相違点1?3に加えて次の点で相違し、その余の点では一致する。
[相違点4]
本件発明3では、「切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して30度以下の角度で傾斜するとき、該角度よりさらに小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けた」のに対して、引用発明ではそのように特定されていない点。

相違点4について検討する。
切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して小さな角度で傾斜する部分を有する総形フライスは例示するまでもなく従来周知であるとともに、切れ刃のフォームの位置によって切削負荷等の切削性能が異なることも自明であるから、当該小さな角度で傾斜する部分に対して上記相違点4に係る本件発明3の特定事項のような直線部分を設けることは当業者が適宜設定することのできた設計的事項にすぎない。

また、本件発明3の作用効果についてみても、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び従来周知の事項から当業者が予測し得る範囲内のものであって、格別顕著なものとはいえない。

したがって、本件発明3は、引用発明、甲第2号証に記載の発明及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)本件発明4について
本件発明4と引用発明とを対比すると、上記相違点1?4に加えて次の点で相違し、その余の点では一致する。
[相違点5]
本件発明4では、「切れ刃のフォ-ムの一部を切れ刃ごとに交互に間引いた」のに対して、引用発明ではそのように特定されていない点。

相違点5について検討するに、上述のように切れ刃のフォームの位置によって切削性能が異なることは自明であるから、切れ刃のフォームで切削性が低下する部分においてフォ-ムの一部を切れ刃ごとに交互に間引くことは当業者が適宜採用しうる設計的な事項にすぎないものである。

また、本件発明4の作用効果についてみても、引用発明、甲第2号証に記載された発明及び従来周知の事項から当業者が予測し得る範囲内のものであって、格別顕著なものとはいえない。

したがって、本件発明4は、引用発明、甲第2号証に記載の発明及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)まとめ
以上のとおり、本件発明1乃至4は、引用発明、甲第2号証に記載の発明及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

2 無効理由3について
(1)本件発明1について
本件発明1と先願発明とを対比すると、先願発明における「波形のラフィング切れ刃」は本件発明1における「波形切れ刃」に相当する。
そして、先願発明における「波形のラフィング切れ刃」は、位相がその複数の切れ刃の相互間で軸方向にずれていることから、切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設けているということができる。また、凹部の曲率半径R1及び凸部の曲率半径R2を有していることから(摘記事項(3-ホ)参照)、波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の波形で形成したということができる。
したがって、両者の一致点及び相違点は以下のとおりと認められる。
[一致点]
「曲率が変化する曲線を含んだフォ-ムを形成する複数の切れ刃を備えた総形フライスにおいて、該切れ刃には1刃と次刃とで異なる位置に波形切れ刃を設け、該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の波形で形成した荒切削用総形フライス。」である点。
[相違点6]
本件発明1では、「該波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形で形成し」てあるのに対して、先願発明では、凸略円弧と凹略円弧の波形は径寸法変化が比較的小さい部分に設けられる点。

上記相違点6について検討する。
本件請求項1に記載された「波形切れ刃は凸略円弧と凹略円弧の連続した波形で形成し」に関して、本件特許明細書には、凸略円弧と凹略円弧の連続した波形が切れ刃のどの範囲に形成されるか、連続とはどのような意味であるか等について何ら記載されていない。
そうしてみると、本件発明1における「凸略円弧と凹略円弧の連続した波形」は、凸略円弧と凹略円弧が連なり続いていることを意味すると解されるところ、先願発明も、ラフィング切れ刃は、径寸法変化が比較的小さい部分に設けられるているが、該ラフィング切れ刃が設けられている箇所においては、凸略円弧と凹略円弧の連続した波形ということができるから、上記相違点6は実質的な相違点ではない。
したがって、本件発明1は先願発明と同一である。

なお、被請求人は、「請求項3には、「直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けた」と記載されているように、「凸略円弧と凹略円弧の連続した波形」でない場合には例えば「直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けた」のように記載されています。また段落0003に記載されているように、ニックとニックの間隔が広くては本件発明1の効果が得られません。このような従来技術の問題点に鑑みてなされた「凸略円弧と凹略円弧の連続した波形」という要件では、凸略円弧と凹略円弧とがほぼ直接に連続していると解釈すべきです。」と主張するとともに、「甲第3号証が開示したものは、工具先端側へ向かうに従って径寸法が小さくなる部分にのみラフィング切れ刃48を設け、工具先端側へ向かうに従って径寸法が大きくなる部分にはラフィング切れ刃48を設けていない総形回転切削工具であり、切れ刃全体に凸略円弧と凹略円弧の連続した波形切れ刃を設けた本件発明1の総形フライスではありません。」と主張している。
しかしながら、本件特許の請求項3は、請求項1を引用する形式で記載されており請求項1を技術的に限定したものであるから、本件請求項1に係る発明は、請求項3における「直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けた」事項、すなわち、凸略円弧と凹略円弧の間に間隔の開いたものも含むと解される。しかも、本件特許の請求項1には、切れ刃全体に凸略円弧と凹略円弧の連続した波形切れ刃を設けることについては何ら記載されておらず、また、本件発明1が切れ刃全体に凸略円弧と凹略円弧の連続した波形切れ刃を設けたものに限定されると解すべき特段の理由も存在しない。
また、たとえ本件発明1が切れ刃全体に凸略円弧と凹略円弧の連続した波形切れ刃を設けたものに限定されると解されたとしても、甲第3号証には、「前記ラフィング切れ刃は、波形の凹凸を軸方向に連続して設けたものであるが、必ずしも外周切れ刃の全長に亘って連続して設ける必要はなく、例えば軸方向切れ刃長さに対して径寸法変化が比較的小さい部分、言い換えれば切削性能に大きく関与する部分のみに設けるようにしても良い。」と記載されているように(摘記事項(3-ニ)参照)、径寸法変化が比較的小さい部分のみに設けたものをも含む記載となっており、外周切れ刃の全長に亘って連続して設けたものも開示されているというべきである。
してみると、本件発明1は甲第3号証に記載された発明と同一であり、被請求人の上記主張は採用することができない。

(2)本件発明2について
本件発明2と先願発明とを対比すると、上記相違点6に加えて次の点で相違し、その余の点では一致する。
[相違点7]
本件発明2では、「該波形切れ刃の凹凸の差は隣接する波形切れ刃凸部頂点の間隔の0.01倍?0.8倍、及び/または切れ刃に連なる凸略円弧の半径は該間隔の0.2倍?5倍の値で設けた」のに対して、先願発明では、そのように特定されていない点。

上記相違点7について検討するに、波形切れ刃の凹凸の差及び/または切れ刃に連なる凸略円弧の半径を適宜の寸法に設定することは、切れ刃形状や被切削材の材質に応じて当然行われる事項にすぎず、相違点7に係る本件発明2のように設定することは、課題解決のための具体化手段における微差にすぎないものである。
したがって、本件発明2は先願発明と同一である。

(3)本件発明3について
本件発明3と先願発明とを対比すると、上記相違点6,7に加えて次の点で相違し、その余の点では一致する。
[相違点8]
本件発明3では、「切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して30度以下の角度で傾斜するとき、該角度よりさらに小さい角度で傾斜する直線部分を凸略円弧と凹略円弧の間に設けた」のに対して、先願発明では、そのように特定されていない点。

相違点8について検討する。
上記第6の3に示したとおり、甲第3号証の図4の記載によれば、切れ刃のフォ-ムがフライスの回転軸と直交する平面に対して小さな角度で傾斜している、工具先端側へ向かうに従って径寸法が大きくなる部分にはラフィング切れ刃が設けられておらず、凸略円弧と凹略円弧との間は、大径側の凸部円弧と小径側の凹部をつなぐ滑らかな切れ刃で接続されることが看取できる。そして、本件発明3における直線部分の傾斜角度に格別意味があるということはできず、また、該大径側の凸部円弧と小径側の凹部をつなぐ滑らかな切れ刃として通常用いられる直線状とする場合に、凸略円弧と凹略円弧とを滑らかに接続するためには切れ刃のフォ-ムが傾斜する角度よりさらに小さい角度で傾斜する直線部分とするのが普通であるから、上記相違点8は、課題解決のための具体化手段における微差にすぎないものである。
したがって、本件発明3は先願発明と同一である。

(4)まとめ
以上のとおり、本件発明1乃至3は、本願の出願の日前の他の特許出願であって、本願の出願後に出願公開されたものの願書に最初に添付した明細書及び図面に記載された発明である甲第3号証に記載された発明と同一であり、しかも、他の出願に係る発明の発明者は本願に係る発明の発明者と同一の者ではなく、また、本願出願の時において、他の出願の出願人と本願の出願人とは同一の者でもないから、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないものである。

第8 むすび
以上のとおりであり、本件発明1乃至4は、甲第1号証に記載の発明、甲第2号証に記載の発明及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1乃至4についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
また、本件発明1乃至3は、甲第3号証に記載の発明と同一であるから、本件発明1乃至3についての特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものである。
したがって、本件発明1乃至4についての特許は、特許法第123条第1項第2号の規定に該当するので、無効とすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-12-28 
結審通知日 2007-01-09 
審決日 2007-01-22 
出願番号 特願平11-220850
審決分類 P 1 113・ 161- ZB (B23C)
P 1 113・ 121- ZB (B23C)
P 1 113・ 841- ZB (B23C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 関口 勇  
特許庁審判長 前田 幸雄
特許庁審判官 野村 亨
豊原 邦雄
登録日 2002-09-27 
登録番号 特許第3354905号(P3354905)
発明の名称 荒切削用総形フライス  
代理人 池田 治幸  
代理人 高石 橘馬  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ