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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200680213 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  F16B
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F16B
審判 全部無効 2項進歩性  F16B
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  F16B
管理番号 1181662
審判番号 無効2007-800056  
総通号数 105 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-09-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-03-16 
確定日 2008-07-14 
事件の表示 上記当事者間の特許第3857496号発明「座金付きナット、座金付きボルト及び取り付け治具」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3857496号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件無効審判請求に係る特許第3857496号は、平成12年3月22日(優先権主張平成11年9月22日)の出願であって、平成13年6月12日に出願公開され、平成18年9月22日に特許の設定登録がなされ、平成18年12月13日に特許掲載公報が発行されたものである。
これに対して、平成19年3月16日に請求人株式会社晃和より本件無効審判の請求がなされた。被請求人は、同年6月4日付けで答弁書及び明細書及び図面に関する訂正請求書を提出した。請求人は同年7月13日付けで弁駁書を、被請求人は同年9月25日付けで上申書をそれぞれ提出した。そして、同年10月25日に第一回口頭審理が特許庁審判廷で実施され、同日付で請求人は口頭審理陳述要領書を提出し、被請求人は口頭審理陳述要領書及び上申書を提出した。その後、被請求人は同年10月29日付けで上申書及び同年6月4日付けの訂正請求書に関する手続補正書を提出したものである。

2.訂正について
(1)訂正請求の内容
平成19年6月4日付けの訂正請求は、願書に添付した明細書及び図面の記載を平成19年10月29日付けの手続補正で補正した訂正請求書のとおり訂正することを求めるものである。そして、平成19年10月29日付けの手続補正により補正した訂正請求書で、被請求人は97の訂正事項について願書に添付した明細書及び図面に対し訂正を求めている。そして、被請求人が平成19年10月29日付けで行った訂正請求書に対する手続補正は、手続補正前の訂正請求書の記載全体からみて訂正請求の要旨を変更するものではなく、また、この点について当事者間に争いもない。
被請求人が請求する訂正の内容のうち、訂正事項15、訂正事項25乃至28、訂正事項45及び46,訂正事項50及び52は以下の通りである。

訂正事項15:段落0011の第1行に「下面の厚さ」とあるのを「下面側の厚さ」と訂正する。

訂正事項25:段落0024の第6?10行に「座金付きナット20の取り付けは、図7に示す取り付け治具90bによって行う。取り付け治具90bは、図示しない電動工具を取り付けるための挿入孔92と、座金付きナット20と係合するための突出部93とを備えるソケットにより構成することができ、電動工具の回転力を座金付きナット20に伝えることによって、座金付きナット20とボルト(図示していない)との締結を行う。」とあるのを「この座金付きナット20の取り付けは、第1の形態の場合と同様に、電動工具にソケットを取り付けて行う。ソケットは、座金付きナット20と係合するための突出部を備える。」と訂正する。

訂正事項26:段落0025の記載は削除する。

訂正事項27:段落0026の記載は削除する。

訂正事項28:段落0027の第1行に「図5から図7」とあるのを「図5から図6」と訂正する。

訂正事項45:段落0033の記載を削除する。

訂正事項46:段落0034の記載を削除する。

訂正事項50:段落0036の第1行に「下面は切刃114に」とあるのを「下面には切刃114が」と訂正する。

訂正事項52:段落0037の第5?6行に「座金部」とある(2箇所)のをいずれも「座金部箇所」と訂正する。

(2)被請求人の主張
被請求人は、平成19年6月4日付けの訂正請求書及び平成19年10月25日の口頭審理において、概略以下のように指摘し、本件訂正請求は認められるべきものである旨主張している。

I 訂正事項15について
本件発明1は、「座金部とナット部を備え」、「座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で、下面に・・・複数の切刃を備え、」との構成を備えたものであるから、詳細な説明における「座金部の下面の厚さが周方向に沿って連続的に変化する・・・」との説明は不合理であり、本件発明1の構成の理解を混乱させ、明りょうでないものにしている。訂正事項15はこの点を正確に記載して明りょうにしたものであるから、明りょうでない記載の釈明に該当する。本件発明1は、座金部の下面に複数の切刃を備えるのであって、本来、座金部と切刃とは包含関係にないから、この点を明りょうにするだけの訂正事項15が実質的に特許請求の範囲を変更することにはならない。

II 訂正事項25乃至28について
本件発明1,2は取付け治具そのものを構成要件としておらず、しかも、第2の形態としての座金付きナットの工具掛け部は、旧図7の取り付け治具に適合するように特殊化されたものではなく、座金付きナットと係合するための突出部を備えたものであればよいことは自明である。訂正事項25乃至28は実質上特許請求の範囲を変更するものではない。
また、旧図7のように、取り付け治具に鑿部を備えるなどのことは、本件発明1と直接には関係のないことである上、甲第1号証に記載されている回転治具2の刃部21aの機能とまぎらわしく、本件発明に関する説明を他の記載との関係で不合理で明りょうでないものにしている。訂正事項25乃至28は明りょうでない記載の釈明である。

III 訂正事項45及び46について
本件発明1は座金部が下面に切刃を備えたものであるのに対して第7の形態は座金部が切刃を備えないのであるから、その説明は本件発明にとって不要であり、第7の形態に関する説明を残すことは不合理である。その結果、本件発明に関する説明を明りょうでないものにしている。したがって訂正事項45及び46は、明りょうでない記載の釈明に該当する。
この出願は第1回の拒絶理由通知を受けたとき、引用公報に記載される発明との関係で特許請求の範囲を大きく減縮し、本件発明1,2を特許請求の範囲としたものである。そして、本件発明1,2は第7の形態を包含しないものである。したがって、第7の形態に関する不合理であり不要な説明を削除したからといって、本件特許の解釈になんら影響を与えるものではない。 したがって、訂正事項45及び46は、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。

IV 訂正事項50及び52について
本件発明2は、座金部と切刃は別の部分であるから、特許明細書の座金部の一部が切刃であるような記載は適切でなく、本件発明2に関する説明として明りょうでない。訂正事項50はこれを明りょうにするものであるから、明りょうでない記載の釈明である。
本件発明の座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で、その下面に切刃を備えるものであるから、訂正事項50は、本件発明に関して適切でないために明りょうでない説明を明りょうにするだけで、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。
座金部とその下面に設けた切刃とから成る部分を座金部と称するのは、不合理であり、明りょうといえないので座金部箇所と称しただけである。これは、明りょうでない記載の釈明である。

(3)請求人の主張
請求人は、被請求人が行った訂正請求に対し、平成19年7月13日付けの弁駁書及び平成19年10月25日の口頭審理において、本件訂正請求に係る訂正は認められるべきではない旨主張し、概略以下の理由を指摘している。

I 訂正事項15について
訂正前の記載はそれ自体明りょうであり、また、特許明細書の他の箇所の記載との関係で不合理な記載ともいえないから、「明りょうでない記載」に該当せず、訂正は、「明りょうでない記載の釈明」に該当しない。
さらに、この訂正は、請求項1における座金部と切刃の解釈を、訂正前は包含関係にあったものから、訂正後は別体のものに変更するものであり、実質的に、特許請求の範囲を変更するものである。

II 訂正事項25乃至28について
特許明細書には、第2の形態として、取り付け治具が図7のもの以外の座金付きナットの形態は記載されていなかったのであるから、取り付け治具が図7のもの以外である座金付きナットを包含させるこの訂正は、本発明の座金付きナットの新たな形態を追加したものとなる。
また、訂正前の記載はそれ自体明りょうであるから、「明りょうでない記載」に該当せず、訂正は、「明りょうでない記載の釈明」に該当しない。

III 訂正事項45及び46について
訂正前の記載はそれ自体明りょうであり、本発明の第7の形態が、特許請求の範囲に記載された発明と異なることは明らかであるから、特許請求の範囲との関係で不合理な記載ともいえない。よって、訂正前の記載は、「明りょうでない記載」に該当せず、訂正は、「明りょうでない記載の釈明」に該当しない。
そして、上記訂正事項45及び46によって本発明の座金の第7の形態に関する説明を削除したことにより、本発明の座金の第7の形態のものは座金付きナットではなく、取り付け治具とセットの土台固定具であり、請求項1に係る本件発明1の座金付きナットは、第7の形態のものとは技術的思想が全く異なるものであると解されるようになるとすれば、上記訂正は、本件発明1の座金付きナットの解釈を変更するものである。

IV 訂正事項50及び52について
訂正事項50については、訂正事項15と同様に明りょうでない記載の釈明といえない上、訂正前には、座金部の下面は切刃であること、すなわち、切刃は座金部に含まれることが明示されていたのに、訂正後では、座金部が切刃を含むのか否かが不明りょうとなるから、明りょうでない記載の釈明といえないことは明らかである。また、訂正後の記載が、座金部と切刃とが別体であると解釈されるものであるとすれば、実質的に、特許請求の範囲を変更するものである。
訂正事項52については、座金部が切刃を含むことは明りょうであったことに加え、座金部箇所など新たな用語に変更することは、かえって明細書の記載を不明りょうにするものであり、明りょうでない記載の釈明とはいえない。

(4)訂正の可否に対する判断
当審では上記主張を踏まえ、訂正請求の可否についての検討を行った。

I 訂正事項15について
訂正前の願書に添付した明細書及び図面の段落【0009】の「座金部は、平面状の上面と下面とを備える平板円形形状」、「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」との記載、段落【0011】の「座金部の切刃は、座金部の下面の厚さが周方向に沿って連続的に変化する斜面・・・・・によって形成することができる。」との記載から、座金部の切刃は、座金部の下面を周方向に沿って連続的に変化する斜面により形成され、これにより、平板円形形状である座金部の上面と下面とで挟まれる軸方向の厚さが連続的に変化すると解するのが自然である。そうすると、訂正前の願書に添付した明細書及び図面の段落【0011】に記載された「下面の厚さ」は、座金部の「下面」及び「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」を指すことは明らかである。よって、訂正前の願書に添付した明細書及び図面全体の記載からみて、段落【0011】の「下面の厚さ」は明りょうでない記載とはいえない。
また、訂正後の「下面側の厚さ」について、訂正後の願書に添付した明細書及び図面の記載を参酌しても「下面側」が指す部位が明らかでなく、明りょうではない。したがって、仮に「下面の厚さ」が不明りょうであったとしても、「下面側の厚さ」と訂正することで本件発明1及び本件発明2の趣旨が明らかになるともいえない。そうすると、この訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。
さらに、被請求人の「本来、座金部と切刃とは包含関係にないから、この点を明りょうにするだけの訂正事項15が実質的に特許請求の範囲を変更することにはならない。」旨の主張を検討するに、本件発明1は、概略座金部とナット部を備える座金付きナットであり、その座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状であり、下面に複数の切刃を備え、上面と下面で挟まれる厚さは径方向において外周側と内周側で等しい厚さであることから、本件発明1の座金部には切刃を含むものと解される。また、訂正前の願書に添付した明細書及び図面の段落【0010】に「本発明の座金付きナットは、座金部に座堀り用の切削機構を備える。切削機構の第1の態様は、座金部の下面に備えた複数の切刃であって、」と記載されており、この記載からみても本件発明1の座金部は切刃を含むものである。してみると、この訂正により切刃を座金部に含まないとすることは、特許請求の範囲に影響を与えるものである。よって被請求人の上記主張は理由がない。
したがって、訂正事項15は、明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。そして、この訂正は誤記の訂正、特許請求の範囲の減縮を目的としたものでないことも明らかである。さらに、この訂正は、実質的に特許請求の範囲を変更するものであることから、特許法第134条の2第5項で準用する同法126条第4項の規定に違反するものである。

II 訂正事項25乃至28について
訂正前の願書に添付した明細書及び図面の段落【0023】乃至【0026】及び図7には、本件発明1の座金付きナットの第2の形態として、工具掛け部25(切り欠き部25a,25b,25c)を備える座金付きナット20及びこの座金付きナット20を先端部分に鑿部を備えた突出部93を備えた取り付け治具90bにより取り付けることが大略記載されている。そして、その記載内容自体が明りょうでないとはいえない。したがって、訂正事項25乃至28に係る訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。
また、訂正前の願書に添付した明細書及び図面の段落【0008】に「座金部の少なくとも上面に設ける取り付け治具と工具掛け部は座金部の周縁部に分散して設ける。これは座金部が平板状となったために配置することができない従来の六角状凹部に変わる工具掛け部である。」という記載からみて、特許明細書に記載された座金付きナットに用いる取り付け治具は、従来とは異なる特有のものであり、その形態の1つである第2の形態においても、取り付け治具は座金付きナット20の工具掛け部25に対応した特有のものと解される。そして、第2の形態は、段落【0024】に「座金付ナット20の取り付けは、図7に示す取り付け治具90bによって行う。」とのみ記載され、それ以外に取り付け治具の記載はないことに鑑みれば、第2の形態の取り付け治具は取り付け治具90bのみであり、それ以外は自明ではないと解するのが相当である。そうすると、第2の形態から取り付け治具90bに関する事項のみを削除し、それ以外の取り付け治具も座金付ナット20で使用可能であるように訂正する訂正事項25乃至28は、訂正前の願書に添付した明細書または図面に記載した事項の範囲内でなされたものではない。
したがって、訂正事項25乃至28は、明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。そして、これらの訂正は誤記の訂正、特許請求の範囲の減縮を目的としたものでもないことは明らかである。さらに、この訂正は、実質的に特許請求の範囲を変更するものであることから、特許法第134条の2第5項で準用する同法126条第3項の規定に違反するものである。

III 訂正事項45及び46について
訂正前の願書に添付した明細書及び図面の段落【0033】、【0034】及び図11には、第7の形態として、切刃94を取り付け治具90cに備え、座金部71の取り付け治具90cの切刃94に対応する位置に切刃94を通す工具掛け部75が形成される座金付ナット70が大略記載されている。そして、この段落【0033】、【0034】の記載自体は明りょうでないとはいえない。
したがって、訂正事項45及び46に係る訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。そして、これらの訂正は誤記の訂正、特許請求の範囲の減縮を目的としたものでもないことは明らかである。
なお、被請求人は、「第7の形態は座金部が切刃を備えないのであり、その説明は本件発明にとって不用であるから、第7の形態に関する説明を残すことは本件特許明細書の場合、不合理である。その結果、本件発明に関する説明を明りょうでないものにしている。したがって訂正事項(45)及び(46)は、明りょうでない記載の釈明に該当する」旨主張している。しかしながら、訂正前の願書に添付した特許明細書及び図面に記載された第7の形態はその記載自体は明らかであり、また、第7の形態が本件発明とは無関係であることもまたその記載から明らかである。そして第7の形態が本件発明1とは無関係であることは、被請求人のみならず請求人も認めている。してみると、被請求人の上記主張には理由はなく、第7の形態に係る訂正前の願書に添付した明細書及び図面の記載は明りょうであり、その訂正は明りょうでない記載の釈明を目的としたものに該当しないと解するのが相当である(不要な実施形態を削除することは、審査手続、拒絶査定不服審判手続の手続補正において当然対処されているはずである。)。

IV 訂正事項50及び52について
訂正前の願書に添付した明細書及び図面の段落【0036】には、「座金部111の下面は切刃114に構成されている。」と記載されており、この記載からみて座金部111の下面には切刃114が備わっていることは明らかである。そうすると、「下面は切刃114に」は明りょうでない記載ではない。したがって、訂正事項50は明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。また、請求人は「本件発明2は、座金部と切刃は別の部分であるから、特許明細書の座金部の一部が切刃であるような記載は適切でなく、本件発明2に関する説明として明りょうでない。訂正事項(50)はこれを明りょうにするものであるから、明りょうでない記載の釈明である。
本件発明の座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で、その下面に切刃を備えるものであるから、訂正事項(50)は、本件発明に関して適切でないために明りょうでない説明を明りょうにするだけで、実質上特許請求の範囲を変更するものではない。」旨の主張を検討するに、本件発明2は、概略座金部とボルト部を備える座金付ボルトであり、そして、座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状であり、下面に複数の切刃を備え、上面と下面で挟まれる厚さは径方向において外周側と内周側で等しい厚さであることから、本件発明2の座金部には切刃を含むものと解される。また、段落【0010】の「本発明の座金付きナットは、座金部に座堀り用の切削機構を備える。切削機構の第1の態様は、座金部の下面に備えた複数の切刃であって、」との記載及び段落【0014】の「座金部に関する技術的思想はそのまま座付きボルトに適用することができる。座付きボルトは、座金部とボルト部からなり、座金部は周縁部に分散された工具掛け部など、前記の座金付きナットと同じ構成を備え、同じ作用効果を発揮する。」との記載からも、本件発明2の座金部は切刃を含むものである。してみると、この訂正により切刃を座金部に含まないものとすることは、特許請求の範囲に影響を与えるものである。よって被請求人の上記主張は理由がない。
したがって、訂正事項50に係る訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。また、この訂正が誤記の訂正、特許請求の範囲の減縮を目的としたものでもないことは明らかである。さらに、この訂正は、実質的に特許請求の範囲を変更するものであることから、特許法第134条の2第5項で準用する同法126条第4項の規定に違反するものである。

次に、訂正前の願書に添付した明細書及び図面の段落【0037】に記載された「第2の実施形態における座金部の形態」、「座金付きボルトに関しての座金部の態様」における「座金部」は、願書に添付した明細書及び図面全般で同じ意味で用いられているものである。そうすると、「座金部」が明りょうでないとはいえない。また、訂正後の「座金部箇所」は、訂正後の願書に添付した明細書及び図面をみても「箇所」が指す部位が明らかでなく、その意味は明りょうなものではない。したがって「座金部」が明りょうでない記載であったとしても、それを「座金部箇所」に訂正することでその意味が明りょうになるものではない。したがって、訂正事項52は不明りょうな記載の釈明を目的とした訂正ではない。そして、被請求人は「座金部とその下面に設けた切刃とから成る部分を座金部と称するのは、不合理であり、明りょうといえないので座金部箇所と称しただけである。明りょうでない記載の釈明である。」旨主張しているが、上述のように、本件発明2の座金部は切刃を含むものと解される。したがって、訂正前の願書に添付した明細書及び図面の記載、特に段落【0037】の記載が明りょうでないとはいえず、被請求人の主張は理由がない。
したがって、訂正事項52に係る訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。また、この訂正が誤記の訂正、特許請求の範囲の減縮を目的としたものでもないことは明らかである。

(5)むすび
以上のとおりであるから、上記訂正事項15,25乃至28、45及び46、50及び52を含む本件訂正請求は、特許法第134条の2第1項ただし書き各号に規定する事項を目的としたものではなく、また、特許法第134条の2第5項で準用する特許法第126条第3項及び第4項の規定に違反する。よって、本件訂正を認めることはできない。

3.本件発明特許
本件特許の請求項1及び請求項2に係る発明(以下、「本件発明1」、「本件発明2」という。)は、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1、請求項2に記載される事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】 座金部とナット部を備え、座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で、下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備え、上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、取り付け治具との工具掛け部を座金部の周縁部に分散して備えており、ナット部は前記座金部の下面の径方向の中央部分から下方に向かって軸方向に延び、軸方向に座金部を貫通すると共に内部にねじ溝が切られたボルト挿通用の孔を有していることを特徴とした座金付きナット。
【請求項2】 座金部とボルト部を備え、座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で、下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備え、上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、取り付け治具との工具掛け部を座金部の周縁部に分散して備えており、ボルト部は前記座金部の下面の径方向の中央部分から下方に向かって軸方向に延びていることを特徴とした座金付きボルト。」

4.請求人の主張
請求人は、本件発明1及び本件発明2を無効とする、との審決を求め、証拠方法として、以下の証拠を提出している。

甲第1号証:特開平10-292498号公報
甲第2号証:特開平9-14228号公報
甲第3号証:特開平9-273527号公報
甲第4号証:実願平2-60278号(実開平4-18717号)のマイク ロフィルム
甲第5号証:特開平7-19218号公報
甲第6号証:実願昭52-21937号(実開昭53-117878号)の マイクロフィルム
甲第7号証:特開昭58-118320号公報
甲第8号証:特許権者(被請求人)が平成18年7月24日付けで特許庁審 判長宛に提出した意見書
甲第9号証:広辞苑(5版)
甲第10号証:特開昭63-280140号公報
甲第11号証:特開平8-296276号公報

そして、その主張の要旨は以下の通りである。

(1)特許法第36条第4項及び第6項第1号に係る無効理由
本件発明1の構成要件である「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、」とは、複数の切刃を備えた状態の座金部が、上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さと規定するものである。これに対して、本件明細書に記載された座金付ナットの形態は、座金部の上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとはなっておらず、また、座金部の上面と下面で挟まれる軸方向の厚さを径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとすることを示唆する記載もない。
そうすると、構成要件Dを有する本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に実施可能に記載されていないし、また、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ともいえない。
本件発明2も、その構成要件である「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、」は、本件明細書の形態にはなく、座金部の上面と下面で挟まれる軸方向の厚さを径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとすることを示唆する記載もない。
したがって、本件発明1及び本件発明2は、特許明細書の発明の詳細な説明に当業者がこれらの発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、また、特許を受けようとする発明が特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないことから、特許法第36条第4項及び同条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

(2)特許法第29条第2項に係る無効理由
本件発明1の構成要件「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、」に切れ刃を含まないと仮定した場合、本件発明1及び本件発明2は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証乃至甲第4号証に示された周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。また、本件発明2について同様の仮定をした場合、本件発明2は甲第1号証に記載された発明及び甲第6号証、甲第7号証、甲第10号証及び甲第11号証に示された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件発明1及び本件発明2は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

5.被請求人の主張
一方、被請求人は、平成19年6月4日付けの審判事件答弁書及び平成19年10月25日の口頭審理において、請求人の主張する無効理由に対し、概略次のように主張している。

(1)特許法第36条第4項及び第6項第1号に係る無効理由
本件発明1及び本件発明2の切刃を備えるとの構成要件は、「座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で」に付加される要件であって、「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さ」は切刃を含まない。
したがって、本件発明1及び本件発明2は特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであり、特許明細書の詳細な説明にはこれらの発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているから特許法36条第4項及び第6項第1号に規定する要件を満たしている。

(2)本件特許法第29条第2項に係る無効理由
甲第1号証の土台固定具は、座金付きナットと専用の回転治具とをセットにすることを必須の構成要件としているのであるから、これに替えて、甲第2号証乃至甲第4号証に示された従来周知の技術である、座金部に複数の刃部を形成することは、必須の構成要件を転換するのであり、容易になしうるものではない。
また、ナットとボルトはネジを締結手段とする締結体として共通するとしても、ナットとボルトは構造および用法が異なるのであるから、座金付きナットが周知であればボルトを座金付きボルトとすることにも困難性がないというのは根拠が不明である。
したがって、本件発明1及び本件発明2は、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。

そして、被請求人は、以下の証拠を提出している。
乙第1号証 :財団法人日本住宅・木材技術センター発行の株式会社 晃 和宛の「性能認定書」と性能認定評価書(認定番号:金物 SA41A04-1認定日:平成16年1月1日 変更日:平成1 6年9月24日)
乙第2号証 :株式会社カナイのテクニカルカタログ METAL-WARES NO.0605 表紙、第158頁、第167頁
乙第3号証 :特開平10-231824号公報
乙第4号証 :特開2001-173628号公報
乙第5号証 :写真No1?No17の簡単な説明
乙第5号証の1:写真No1,No2
乙第5号証の2:写真No3,No4,No5
乙第5号証の3:写真No6,No7,No8
乙第5号証の4:写真No9,No10,No11
乙第5号証の5:写真No12,No13,No14
乙第5号証の6:写真No15,No16,No17
乙第6号証 :特開2003-56071号公報
乙第7号証 :特開2001-193154号公報
乙第8号証 :商品名「ハイブリッド・II丸座金」に関する財団法人日本 住宅・木材技術センターの認定証(住木技発12第207 号 平成12年12月25日)
乙第9号証 :商品名「ハイブリッドII丸座金」 株式会社カナイのテ クニカルカタログ 137頁
乙第10号証 :商品名「ザボール」の道具道楽インターネットサイト掲載 頁(閲覧日2007年1月25日)
乙第11号証 :住宅金融公庫融資住宅 木造住宅工事共通仕様書(解説付 )平成7年度版(全国版)表紙、第26頁、奥付け頁

6.特許法第36条第4項及び第6項第1号に係る無効理由に対する当審の 判断
次に、請求人が主張する特許法第36条第4項及び第6項第1号に係る無効理由について検討する。
(1)本件発明1
本件発明1は、
A:座金部とナット部を備え、
B:座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で、
C:下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備え、
D:上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、
E:取り付け治具との工具掛け部を座金部の周縁部に分散して備えており、
F:ナット部は前記座金部の下面の径方向の中央部分から下方に向かって軸方向に延び、
G:軸方向に座金部を貫通すると共に内部にねじ溝が切られたボルト挿通用の孔を有している
H:ことを特徴とした座金付きナット。
というように、構成要件A乃至Hに分説することができる。
このうち、構成要件D:上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、と構成要件C:下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備え、の関係について、請求人は「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」に「複数の切刃」を含むと主張し、被請求人は「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」に「複数の切刃」は含まないと主張している。そこで、まず本件発明1における座金部の「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」に「複数の切刃」が含むか否かにつき検討する。
本件発明1の構成要件のうち座金部は、構成要件B記載の様に、平面状の上面と下面とを備える平板円形形状であり、構成要件Cの如くその下面に複数の切刃を備え、構成要件D記載の如く上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとなるものである。
そうすると、構成要件B、C、Dの関係からみて、構成要件Dの「下面」は、構成要件Bの「複数の切刃」を含まない「下面」あるいは構成要件Cの「複数の切刃」を含む「下面」のいずれかを意味するものであり、何れの意味に解しても本件発明1を明確に把握できるものである。そして、本件発明1は、拒絶査定不服審判の審理において、特許法第36条第4項及び36条第6項第1号の要件を満たすものとして特許査定がなされたものであることから、少なくとも上述の意味の一方は願書に添付した明細書及び図面に記載されていると解せられる。また、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない(特許法第70条第1項)ものであり、この場合、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする(特許法第70条第2項)と規定されている。 そこで、願書に添付した明細書及び図面の記載に基づき、構成要件Dの「下面」の意味の検討を行う。

そして、願書に添付した明細書及び図面には、次の事項が記載されている。
(あ)「従来の座金付きナット100では、中央部分に工具掛けとなる六角形状凹部105を1個設けるだけなので深く大きくならざるを得ず、このため座金部の断面形状が下方ヘ膨出した椀状あるいは杯状となる。すなわち、座金部101の厚さが大きいのでその分だけ座掘りの量も多く、このような座金付きナットは、座掘りに要する時間が長くなっている。・・・・・・アンカーボルトの施工ミスなどにより、アンカーボルトの上端部の位置が設定よりも高いと、土台表面と座金部101の上面を面一に形成することができなくなる。
そこで、本発明は上記課題を解決し、事前に座掘りを要することなく、また、多少アンカーボルトの上端部位置が上方に位置していても支障なくアンカーボルトの締結を行うことができる座金付きナットを提供することを目的とする。また、これと関連し技術的思想の主要部が一致する座付きボルトの提供・・・・・・を目的とする。」(第2頁第37行-第3頁第9行、段落【0005】乃至【0007】)

(い)「本発明は、従来の座付きナットや座付きボルトにおける杯状に肉厚な座金部を、肉厚がほとんど同じである平板状とすることによって、必要な座掘りの深さ軽減し、座掘りに要する時間を短縮する。
また、座金部の少なくとも上面に設ける取り付け冶具と工具掛け部は座金部の周縁部に分散して設ける。これは座金部が平板状となったために配置することができない従来の六角状凹部に変わる工具掛け部である。
本発明の座金付きナットは座金部とナット部を備える。座金部は、平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で、上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、取り付け冶具との工具掛け部を少なくとも上面に備える。工具掛け部は、座金付きナットを回転するために電動工具ヘ取り付ける取り付け冶具と係合する部分である。
座金部から六角状凹部の工具掛け部をなくし、座金部を平板円形形状としたので、座掘りを要する体積が従来の杯状、椀状をした座金部の場合と比較して減少し、座掘りに要する時間が短縮される。
本発明の座金付きナットは、座金部に座掘り用の切削機構を備える。切削機構の第1の態様は、座金部の下面に設けた複数の切刃であって、座金部が回転すると被取り付け材を円形に切削し、同時に自らが被取り付け材に埋入する。」(第3頁第12-30行、段落【0008】乃至【0010】)

(う)「はじめに、本発明の座金付きナットの第1の形態について、図1の座金付きナット10の斜視図、図2の座金付きナット10の平面図及び断面図、図3の取り付け治具の斜視図、図4の取り付け状態を説明するための斜視図を用いて説明する。・・・・・・座金部11は、平面状の上面14と下面13とを備える平板円形の形状であり、上面14と下面13で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さである。上面14の周縁部には、電動工具の取り付け冶具と係合する工具掛け部15(凹部)が分散して設けられる。・・・・・・下面13には、図示しない被取り付け材を切削して座金付きナット10の環状の座金部11を埋入する空隙を形成するための複数の切刃12a,12b,12cを備える。・・・・・・座金付きナット10の寸法は限定されず、アンカーボルトの太さ等に応じて適宜定めることができる。座金付きナット10の寸法は第1の寸法例としては、例えば、座金部11の外径D1を45mm、ナット部17の内径D2を12mm、外径D3を16mm、ネジ部の高さ及びネジ山の高さを0.5mm及び1.5mm、工具掛け部15の外径D4を3.5mmとし、座金付きナット10の軸方向長さL1を37mm、座金部11の厚さL2を4.5mm、ナット部17の長さL3を32.5mm、座金部11の最も薄い部分の厚さL4を2.5mm、切刃12の高さL5を2mmとすることができる。また、切刃12の曲線の半径を60mmとし、工具掛け部15の中心と座金の中心との距離を15mmとする。」(第4頁第27行-第5頁第24行、段落【0015】乃至【0018】)

(え)「次に、本発明の座金付きナット20の第2の形態について、図5の座金付きナット20の斜視図、図6の座金付きナット20の平面図及び断面図、図7の取り付け治具の斜視図を用いて説明する。・・・・・・本発明の座金付きナット20の第2の形態は第1の形態とほぼ同様の構成とし、取り付け治具と係合する工具掛け部25を、座金部の外周端において上面と下面とを連通する切り欠きにより形成するものである。
そこで、以下では、第1の形態と共通する構成については説明を省略し、主に取り付け治具と係合する部分の構成について説明する。
図5,6において、第2の形態の座金付きナット20は座金部21とナット部27とを備え、それぞれ第1の形態と同様の構成とする。」(第6頁第3-18行、段落【0022】乃至【0024】)

(お)「次に、本発明の座金付きナットの第3,4の形態について、図8の座金付きナット30の斜視図、図9の座金付きナット40の平面図及び断面図を用いて説明する。・・・・・・本発明の座金つきナットの第3,4の形態は、第1の形態及び第2の形態とほぼ同様の構成とし、切刃を異なる形状とするものである。そこで、以下では、第1,2の形態と共通する構成については説明を省略し、主に切刃の構成について説明する。
図8において、第3,4の形態の座金30,40は座金部31,41とナット部37,47とを備え、それぞれ切刃32,42の形状を除いて第1の形態及び第2の形態と同様の構成とする。」(第7頁第1-14行、段落【0028】、【0029】)

(か)「次に、本発明の座金付きナットの第5,6の形態について、図10の座金付きナット50、60の斜視図を用いて説明する。・・・・・・本発明の座金付きナットの第5,6の形態は、第1,2の形態及び第3,4の形態とほぼ同様の構成とし、座金の外周端に鑿部56,66を備えるものである。なお、図10では第3,4の形態に鑿部56,66を設けた構成を示している。以下では、第1,2,3,4の形態と共通する構成については説明を省略し、主に鑿部の構成について説明する。」(第7頁第26-33行、段落【0031】)

これらの摘記事項によれば、願書に添付した明細書の発明の詳細な説明には、従来の椀状又は杯状であった座金部を肉厚がほとんど同じ平板状とすることにより、従来技術が有していた課題を解決しようとするものであること、そして、実施形態における座金部は、平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で、上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとされ、このような座金部の下面に複数の切刃である座堀り用の切削機構を備えることが記載されているものである。そうすると、願書に添付した明細書及び図面の発明の詳細な説明における「上面と下面とで挟まれる軸方向の厚さ」の「下面」は、平面状の上面と下面とを備える平板円形形状の「下面」、すなわち切刃を含まない「下面」であり、この「下面」に切刃を含めることは記載されていないとみるのが相当である。なお、摘記事項ハ及び図2には、座金部11の厚さについて、座金部11の厚さL2と座金部11のもっとも薄い部分の厚さL4が記載されている。しかしながら、この座金部のもっとも薄い部分の厚さL4は、切刃12を形成した部分であり、願書に最初に添付した明細書及び図面の発明の詳細な説明の記載からみて、「上面と下面とで挟まれる軸方向の厚さ」に含まれない。よって、摘記事項ハ及び図2において、「上面と下面とで挟まれる軸方向の厚さ」は、座金部11の厚さL2を指すものと解される。

そうすると、願書に添付した明細書及び図面の発明の詳細な説明に基づけば、本件発明1の構成要件Dの「下面」は、構成要件Bの「下面」、すなわち切刃を含まない「下面」を意味するものと解せられる。してみれば、本件発明1における座金部の「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」に「複数の切れ刃」は含まないとみるのが相当である。
そして、そのように解される「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、」を構成要件Dとして含む本件発明1は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであり、また本件特許明細書の発明の詳細な説明には当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。
したがって、本件発明1に関しては、特許法第36条第4項及び第6項第1号に規定する要件を満たすものである。

(2)本件発明2
本件発明2は
I:座金部とボルト部を備え、
J:座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で、
K:下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備え、
L:上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし、
M:取り付け治具との工具掛け部を座金部の周縁部に分散して備えており、
N:ボルト部は前記座金部の下面の径方向の中央部分から下方に向かって軸方向に延びている
O:ことを特徴とした座金付きボルト。
というように分説することができる。そして、願書に最初に添付した明細書及び図面には、本件発明1における検討で指摘した摘記事項(あ)乃至(か)のほか、以下の事項が記載されている。

(き)「以上、座付きナットに関して説明したが、座金部に関する技術的思想はそのまま座付きボルトに適用することができる。座付きボルトは、座金部とボルト部からなり、座金部は周縁部に分散させた工具掛け部など、前記の座金付きナットの場合と同じ構成を備え、同じ作用効果を発揮する。ボルト部は通常の頭付きボルトのネジ部に相当する。」(第4頁第20-23行、段落【0014】参照)

(く)「図13,14は、座付きボルト110に関する(第8の実施形態)。座付きボルト110は、座金部111とボルト部112とからなり、一体に成形されている。座金部111は、前記の座金付きナット20(第2の実施形態)における座金部21と同様の構造を備え、平面状の上面と下面とを備える平板円形の形状であり、上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい。・・・・・・座金部111の下面は切刃114に構成されている。この切刃114は刃縁が直線で放射状に配置されており(図13)、座金部11の下面13の厚さが周方向に沿って連続的に変化する斜面(この場合は平面による斜面)により形成されている。」(第8頁第12-21行、段落【0035】、【0036】参照)

そして、これらの記載事項に基づけば、本件発明1における検討と同様、本件発明2の構成要件Lにおける「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」は「複数の切刃」を含まないものであり、そのように解される本件発明2は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであり、また本件特許明細書の発明の詳細な説明には当業者が本件発明2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。
したがって、本件発明2に関しては、特許法第36条第4項及び第6項第1号に規定する要件を満たすものである。

(3)むすび
以上のとおりであるから、本件発明1及び本件発明2に関して、特許法第36条第4項及び第6項第1号に規定する要件を満たしていないとする請求人の主張は理由がない。

7.特許法第29条第2項に対する当審の判断
本件発明1及び本件発明2における特許法第36条第4項及び第6項第1号に係る無効理由の検討を踏まえ、本件発明1及び本件発明2に対する特許法第29条第2項の検討を行う。

(1)証拠
請求人が提出した甲第1号証乃至甲第4号証、甲第6号証、甲第7号証、甲第10号証及び甲第11号証にはそれぞれ次の事項が記載されている。

I 甲第1号証
甲第1号証には次の事項が記載されている。
イ.「【請求項2】 木造建築物における基礎にアンカーボルトを用いて土台を固定する土台固定具において、
座金付ナットと該座金付ナット専用の回転治具とのセットからなり、各々が切削用の刃を有し、上記セットが回転されることで上記座金付ナットが上記土台の上端面上であって上記アンカーボルトの上部に螺合されるようになしてあることを特徴とする土台固定具。
【請求項3】 基礎に埋設された土台固定用のアンカーボルトに螺合される座金付ナットと、該座金付ナットを上記アンカーボルトに螺合させるための回転治具とからなる土台固定具であって、
上記座金付ナットが、内面にネジ溝が形成された円筒状のナット部と、該ナット部の一端に結合された平板状の座金部とからなり、複数の切込部又は複数の貫通孔が上記座金部中央の周囲に均等に形成されており、
上記回転治具が、先端に刃部が形成された複数の挿入部を下面に有し、インパクトレンチ等の回転用器具を係止させる係止穴を上面中央に有し、複数の上記挿入部が複数の上記切込部又は複数の上記貫通孔の位置に対応して形成されていることを特徴とする土台固定具。
【請求項4】 上記ナット部と上記座金部との結合部に、切削刃が形成されている、請求項3に記載の土台固定具。」(第2頁第1欄第9-31行、【特許請求の範囲】の欄)

ロ.「【発明の属する技術分野】本発明は土台固定方法及び土台固定具、詳しくは、予め座掘を施す必要がなく、且つ土台上面に突出部を形成させることなく、容易且つ確実に基礎上に土台を固定することのできる土台固定方法及び土台固定具に関する。」(第2頁第1欄第34-38行、段落【0001】)

ハ.「本発明の目的は、予め座掘を施す必要なく、且つ土台上面に突出部を形成させることなく、容易且つ確実に基礎上に土台を固定することのできる土台固定方法及び土台固定具を提供することにある。」(第2頁第2欄第21-24行、段落【0004】)

ニ.「本実施形態の土台固定具は、上述したように、上記座金付ナット1と該座金付ナット1専用の上記回転治具2とのセットからなり、各々が切削用の刃13,21aを有し、上記セットが回転されることで上記座金付ナット1が土台4の上端面上であって上記アンカーボルト3aの上部に螺合されるようになしてある。
上記座金付ナット1は、図1に示されるように、内面にネジ溝11aが形成された円筒状のナット部11と、該ナット部11の一端に結合された平板状の座金部12とからなり、一対の切込部12aが上記座金部12中央の周囲に均等に形成されている。」(第3頁第3欄第27-37行、段落【0011】、【0012】)

ホ.「上記座金部12は、中央に孔が形成された円盤状の部材であり、中央に形成された孔が上記ナット部11の内部と連通して、螺合孔14を形成している。上記螺合孔14を中心にして、一対の上記切込部12a,12aが上記座金部12の外周縁より切込形成されている。また、上記ナット部11と上記座金部12との結合部には、切削刃13が形成されている。
上記回転治具2は、図2に示されるように、先端に刃部21aが形成された一対の挿入部21を下面に有すると共に、インパクトレンチ等の回転用器具を係止させる係止穴22を上面中央に有しており、一対の上記挿入部21が一対の上記切込部12a,12aの位置に対応して形成されている。
上記回転治具2の下面中央には凹部23が形成されており、もし万が一、上記アンカーボルト3aの上端が上記土台4の上面より突出されて配置されてしまった場合や、上記座金付ナット1を上記土台4に埋設させ過ぎてしまったような場合であっても、上記座金部12中央の上記螺合孔14から突出してしまった上記アンカーボルト3a上端と上記回転治具2とが干渉しないようにされている。」(第3頁第3欄第44行-第4欄第14行、段落【0014】乃至【0016】)

ヘ.「上記切込部12aが上記座金付ナット1の中心に対称に形成され且つこれに対応して上記挿入部21が上記回転治具2の中心に対称に形成されると共に、上記切込部12aの切込形状と上記挿入部21の横断面形状とが等しい形状とされているため、上記挿入部21が上記切込部12aに挿入されると、上記座金付ナット1と上記回転治具2とは、その中心を一致させて互いに係合されるようになる。
また、上記挿入部21の長さが、上記座金部12の厚さよりも長く形成されているため、上記挿入部21が上記切込部12aに挿入されると、上記挿入部21先端の上記刃部21aが上記切込部12aから上記座金部12の下面側に突出される。上記回転治具2の下面側に磁石を配設させておけば、上記挿入部21を上記切込部12aに挿入させた状態で保持させておくことができ、作業を行い易いという利点がある。」(第3頁第4欄第26-41行、段落【0018】、【0019】)

ト.「上記座金付ナット1がある程度上記アンカーボルト3aに螺合されると、まず、上記切削刃13が上記土台4の上面と接触して該土台4を切り削り、次いで、上記挿入部21,21先端の上記刃部21a,21aが上記土台4の上面と接触して該土台4を切り削る。上記座金付ナット1の上面と上記土台4の上面とが同一高さとなったところでインパクトレンチによる螺合を終了する。
上記回転治具2を上記座金付ナット1から取り外すと、上記座金付ナット1は、図3(b) に示されるように、それ自身が埋設されるのに必要最小限の上記土台4上面部分のみを切り削り、上記土台4の上面を平坦面とした状態で上記土台4を上記基礎3上に固定する。」(第4頁第5欄第14-27行、段落【0022】、【0023】)

チ.「本実施形態の土台固定具は、座金付ナット1’と回転治具2’とからなっている。上記座金付ナット1’の上記座金部12に第1実施形態の上記切込部12aに相当する一対の円形の開口部12aが形成されており、該開口部12aの形状に対応して、上記回転治具2’の挿入部21が円柱状に形成されている。尚、上記挿入部21の先端は第1実施形態と同様に斜めにカットされて刃部21aが形成されている。
また、上記座金部12の外周縁には、一対の切欠部15,15が形成されており、該切欠部15,15の下端縁に刃部15a,15aが形成されている。上記刃部15aの先端は、上記座金付ナット1’が回転されたときに上記刃部15aによって上記土台4の上面を削り取れる側に鋭利になるように形成されている。」(第4頁第6欄第2-15行、段落【0027】、【0028】)

リ.「本発明の土台固定具は、上記実施形態に制限されることはない。例えば、上述した実施形態の上記土台固定具においては、上記切込部12a又は上記開口部12aは2つ一対にして形成されているが、3つや4つを均等に配して形成させても良く、この場合、上記挿入部21も対応した位置に3つや4つ形成されることはいうまでもない。また、その他の点に関しても、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更が可能である。」(第4頁第6欄第33-40行)

以上の記載に基づいて、明細書及び図面の記載を纏めると、甲第1号証には、「内面にアンカーボルトに螺合されるネジ溝が形成された円筒状のナット部と、中央に形成された孔により該ナット部の一端に結合された平板状で円盤状の座金部とからなり、複数の切込部が上記座金部中央の周囲に均等に形成された座金付ナットであって、ナット部と座金部との結合部には切削刃が形成されており、回転治具の複数の挿入部が、座金部の対応する切込部に挿入されて、回転治具の先端に形成された刃部が切込部から座金部の下面側に突出される座金付ナット。」なる発明が実質的に記載されているとすることができる。

II 甲第2号証
甲第2号証には次の事項が記載されている。
ヌ.「【請求項2】 円筒部と該円筒部の上端に連設した鍔部とで成り、円筒部に基礎コンクリートに立設したアンカーボルトに螺合する螺子孔を設け、該螺子孔の軸線上において連通する工具係止用の角孔を前記鍔部に設けると共に、該鍔部の下面には、基礎コンクリート上に載置する土台を切削する切削刃を突設した、土台緊締用ナット。」(第2頁第1欄第9-15行、【特許請求の範囲】の欄)

ル.「この土台緊締ナット10を、アンカーボルト1に円筒部11において螺合し、電動インパクトレンチの係合部を角孔14に係合してナット10を回動させると、アンカーボルト1に沿って降下して土台2を基礎コンクリートBCに締付ける一方、切削刃15が土台2の貫通孔3の周辺部を切削して円筒部11の鍔部12は土台2に埋入し、土台2上に無用な突出部が生じることなく、土台2は基礎コンクリートBCに緊締固定される。」(第3頁第3欄第36行-第4欄第4行、段落【0017】)

III 甲第3号証
甲第3号証には次の事項が記載されている。
ヲ.「【請求項1】 皿状の座金部と筒状のナット部とが一体に形成され、径方向の略中央にネジ溝を有するボルト挿通孔が設けられ、座金部の底壁外側に切刃を有し、座金部のボルト挿通孔の上端側に多角形状の周囲壁が設けられ、該周囲壁と座金の径方向端部との間に工具が嵌合可能な空隙が形成されていることを特徴とする埋込み座金一体型ナット。」(第2頁第1欄第2-8行、【特許請求の範囲】の欄)

ワ.「【発明の効果】以上説明したように本発明の埋込み座金一体型ナットは、皿状の座金部と筒状のナット部とが一体に形成され、径方向の略中央にネジ溝を有するボルト挿通孔が設けられ、座金部の底壁外側に切刃を有し座金部のボルト挿通孔の上端側に多角形状の周囲壁が設けられ、該周囲壁と座金の径方向端部との間に工具が嵌合可能な空隙が形成されている構成を採用したことにより、周囲壁の外方から締め付け工具を嵌合してナットを回動させることができるため、従来の工具取付け部分がボルト挿通孔上方に六角形状凹溝として形成された座金一体型ナットと比較して、アンカーボルトの埋設位置が所定位置よりも上方に位置した場合であっても、ナットの締め付けが可能であり、座金部を部材に完全に埋設することができる。」(第5頁第7欄第4-17行、段落【0029】)

IV 甲第4号証
甲第4号証には次の事項が記載されている。
カ.「上面中央部に環状凹部該凹部内に多角形孔を穿った座金における皿状底壁面にその外周縁部を残して該座金の中心部より等距離にして且つ円周方向の切り歯を突設し然して上記凹部内の多角形孔に、中軸線の上端部内側に多角形孔を穿ち且つ該多角形孔の下部に螺糸を刻した角筒状ナットの上端環状鍔部を嵌着した筒状ナット付き埋込み座金。」(第1頁第5-12行、「実用新案登録請求の範囲」)

V 甲第6号証
甲第6号証には次の事項が記載されている。
ヨ.「螺合部の一端部に皿頭を有するネジに於いて、円錐形皿頭の下面に螺合方向に刃を有する複数個の放射状段部を設けて成ることを特徴とする皿頭のネジ。」(第1頁第4-7行、「実用新案登録請求の範囲」の欄)

タ.「本考案、皿部のネジはネジを螺合する場合被締結部材に座ぐりを施こすことなくネジ頭をネジの螺合丈に依り完全に埋没せしめることができるため、螺合作業が短縮される」(第4頁第4?7行)

VI 甲第7号証
甲第7号証には次の事項が記載されている。
レ.「皿部及び/又はその近傍部に穿孔刃を設け、頭部を構造物中に沈潜せしめる構造の潜頭ボルト。」(第1頁左欄第5-7行、「特許請求の範囲」の欄)

VII 甲第10号証
甲第10号証には次の事項が記載されている。
ソ.「水平に配列したALCパネルを載置する梁上の短辺目地中央部にナットを軸方向を垂直に固定し、長辺方向側面に本実加工溝を有するALCパネルの長辺側を密接させ、或いは長辺方向側面に半丸溝の設けられたALCパネルの丸溝に接着剤を使用して密接させ、且つ短辺側は僅かに間隔をおいて梁上に配設し、円板中央部から直角にボルトを突出固定した座金付ボルトの円板部が埋設可能の凹部を前記ナット直上のパネル表面に予め設けた後、該座金付ボルトを該円板上面がALCパネル表面と同一になるように前記ナットに螺合してALCパネルを固定することを特徴とする水平に配列したALCパネルの取付工法。」(第1頁左欄第5-17行、「特許請求の範囲」の欄)

VIII 甲第11号証
甲第11号証には次の事項が記載されている。
ツ.「他に、ホールダウン金物を基礎に直接に固定せず座金ボルトにより土台に固定することも行われる。図5(a) は、ホールダウン金物(21)を座金ボルト(26)により土台(2) に固定した様子を示す斜視図である。図5(b) は土台専用座金付きボルトの一例を示す。一般住宅用には多くは外径16mmの鉄製ボルトが使われ一端は一辺80mmの正方形状で厚み9 mmの座金に形成されていて他端にはM16の雄ねじが切られている。このような座金ボルト(26)を用いて土台(2) を介して縛結する。
即ち、あらかじめホールダウン金物(21)の取り付く柱(3) の土台下部に座掘り加工を行い、座金付ボルトを貫通孔に下面から挿通させたまま、木製土台(2) をコンクリート製の基礎(1) の上面に載置し基礎(1) から突出して土台(2) を挿通したアンカーボルト(7) の先端ねじ部を座金をあて六角ナット(8) で縛結し土台(2) と基礎(1) を強固に固定する。そして柱(3) を組み合わせてから柱(3) にホールダウン金物(21)を六角ボルト等(24)で強固に取り付け、ホールダウン金物(21)の下部に挿通させた前述座金付きボルト(26)先端を六角ナット(8) でねじ止めし両者を強固に固定する。これによりやはり柱と土台そして基礎の各部が強固に固定され引き抜き応力に対しても十分な強度を有することとなる。無論、前出の形状の異なるホールダウン金物(21´) も同様に用いることができる。その後、梁等を組み合わせ固定されて所定の木製枠体(骨組み)が完成する。このように、ホールダウン金物と座金ボルトを用いた場合も、前述したと全く同様に柱と土台そして基礎の各部が十分な強度で固定され引き抜き応力に対して十分な強度を有する。」(第3頁第3欄第23行-第4欄第1行、段落【0008】、【0009】)

(2)対比・判断
I 本件発明1
本件発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両者は、審判請求書において請求人が相違点αとして指摘した以下の点でのみ相違することについて、両当事者間で争いはない。

相違点α
本件発明1では、座金部の下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備えているのに対し、引用発明(甲第1号証に記載された発明)では、回転治具に複数の刃部を備え、座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り、座金を埋設させるものである点、

そこで、相違点αについて検討するに、甲第2号証乃至甲第4号証の記載事項によれば、椀状あるいは杯状の座金部を有する座金付きナットではあるが、座金部の下面に複数の切刃を備え、この切刃により被取り付け材を切削して座金部を埋入する空隙を形成することと、座金部の上面に工具掛け具を設けることは、従来周知の技術である。そして、これら従来周知の技術は、建築物において土台の緊締に用いる座金付ナットに係る技術である点で、本件発明1及び甲第1号証に記載された発明と共通するものであり、また、形状は異なるものの座金付ナットにおける座金部の構成である点でもまた、これら従来周知の技術と本件発明1及び甲第1号証に記載された技術は共通する。また、甲第1号証の摘記事項ニ.、ホ.、チ.には、平板状で円盤状の座金部とナット部の結合部あるいは座金部の外周縁に切削刃を設けること、すなわち平板状で円盤状の座金部の下部に刃部を設けることが記載されていることを踏まえれば、甲第1号証に記載された発明に対し、これら従来周知の技術を適用することについて、格別な想到困難性を見出すことはできない。
そうすると、甲第1号証に記載された発明の回転治具に複数の刃部を備え、座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り、座金を埋設させることに換えて、座金部の下面に複数の切れ刃を備えるという従来周知の技術を適用し、相違点αに係る本件発明1の構成とすることは、当業者であれば容易に想到しうるものである。
また、甲第1号証の摘記事項、特に摘記事項ロ.、ハ.、ホ.の記載からみて、本件発明1の奏する効果も、甲第1号証に記載された発明及び従来周知の技術から、当業者が予測しうる範囲内のものである。
したがって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び従来周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができるものである。

なお、被請求人は、甲第1号証に記載された発明に関し、「甲第1号証の土台固定具は、前記のように、“各々”に切削用の刃を設けた座金付きナットと専用の回転治具とをセットにすることを必須の構成要件としているのであるから、これを前記の座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させることに替えて、座金部に複数の刃部を形成することは、“各々”に切削用の刃を設けた座金付きナットと専用の回転治具とのセットによる構成において、その必須の構成要件を転換するのであるから、到底、設計変更程度とはいえない。また、甲第1号証には土台固定具の一部を構成する座金付きナットだけを取りあげ、その独自の作用効果を開示する記載はない。」、「甲第1号証の明細書には、土台固定具が座金付きナットと専用の回転治具とからなり、座金付きナットと回転治具を個別に説明している箇所もあるから、甲第1号証明細書の記載から土台固定具の部品としての座金付きナットを認定することは充分に可能である。しかし、この部品は専用の回転治具と組み合わされて土台固定具として機能するものであって、この部品だけでは、商品として機能しない。いずれにしても、この部品と本件発明1とは異なる。」と主張している。しかしながら、上述したように、椀状あるいは杯状とはいえ、座金付きナットの座金部の下面に複数の切刃を設けることと上面に工具掛け部を設けることは従来周知の技術である以上、座金付ナットは取り付け用の部材との組み合わせで取り付けられることは従来周知の事項である。そして、本件発明1の座金付ナットもまた、願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、取り付け治具を用いて取り付けられるものである。そうすると、甲第1号証に記載された発明は本件発明1及び従来周知の座金付ナットと同じく技術に属するものである。そして、上述のとおり甲第1号証に記載された発明に対し、これら従来周知の技術を適用することに格別な想到困難性あるともいえない。従って、被請求人の上記主張は理由がない。
また、被請求人は、証拠として提出した乙第4号証に記載された事項を踏まえ、甲第1号証に記載された発明と比較による本件発明1の進歩性についての主張をしている。しかしながら、乙第4号証と本件発明1及び甲第1号証との間に関係はないことから、乙第4号証の存在が相違点αに係る上述の判断に影響を与えるものではない。よって、被請求人の該主張についても理由はない。

II 本件発明2
本件発明2と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両者は、審判請求書において請求人が相違点γ、相違点δとして指摘した以下の点でのみ相違することについて、両当事者間で争いはない。

相違点γ
ネジを有する締結体が、本件発明2ではボルトであるのに対し、引用発明(甲第1号証に記載された発明)ではナットである点

相違点δ
本件発明2では、下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備えているのに対し、引用発明(甲第1号証に記載された発明)では、回転治具に複数の刃部を備え、座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り、座金を埋設させるものである点

そこで、これら相違点について検討するに、
はじめに、相違点γについて検討するに、甲第10号証、甲第11号証の摘記事項からみて、座金付きボルトとナットを用いて2部材の締結を行うことは、従来周知の技術であると解される。また、座金付きナットとボルトと同様に建築物等における2部材の締結時に使用されるものである。そして、甲第6号証、甲第7号証の摘記事項からみて、ボルトの頭部の下面側に、切刃を設けることもまた従来周知の技術と解することができる。そうすると、甲第1号証に記載された発明及びこれら従来周知の技術を知り得た当業者であれば、甲第1号証に記載された発明の座金付ナットのナット部に換えてボルト部とし、相違点γに係る本件発明2の構成とすることは、当業者であれば容易になしうるものである。

つぎに、相違点δについて検討するに、甲第6号証及び甲第7号証の摘記事項からみて、ボルトの頭部の上面に工具掛け部を設けることは従来周知の技術にすぎない。そしてこの従来周知の技術は、建築物等における2部材の締結材に使用されるという点で本件発明2及び甲第1号証に記載された発明と同様の分野に属するものであり、これら従来周知の技術を甲第1号証に記載された発明に適用することに格段の想到困難性があるともいえない。
また、相違点γの検討において指摘したように、ボルトの頭部の下面側に切刃を設けることは従来周知の技術にすぎず、さらに、本件発明1の相違点αの検討において指摘したように、椀状あるいは杯状であるが、座金付きナットの座金部の上面に工具掛け部を備え、下面に切れ刃を備えることも従来周知の技術であることを踏まえれば、甲第1号証に記載された発明の回転治具に複数の刃部を備え、座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り、座金を埋設させることに換えて、座金部の下面に複数の切れ刃を備えるという従来周知の技術を適用し、相違点δに係る本件発明2の構成とすることは、当業者であれば容易に想到しうるものである。

また、本件発明2の奏する効果も、甲第1号証に記載された発明及び従来周知の技術から、当業者が予測しうる範囲内のものである。
したがって、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明及び従来周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができるものである。

(3)むすび
以上のとおりであるから、本件発明1及び本件発明2は甲第1号証に記載された発明及び従来周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

8.むすび
以上のとおり、本件発明1及び本件発明2は、甲第1号証に記載された発明及び従来周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1及び請求項2の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の規定により、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-11-14 
結審通知日 2007-11-19 
審決日 2007-12-03 
出願番号 特願2000-79666(P2000-79666)
審決分類 P 1 113・ 121- ZB (F16B)
P 1 113・ 853- ZB (F16B)
P 1 113・ 537- ZB (F16B)
P 1 113・ 536- ZB (F16B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 窪田 治彦山岸 利治  
特許庁審判長 溝渕 良一
特許庁審判官 町田 隆志
水野 治彦
登録日 2006-09-22 
登録番号 特許第3857496号(P3857496)
発明の名称 座金付きナット、座金付きボルト及び取り付け治具  
代理人 魚住 高博  
代理人 竹本 松司  
代理人 豊岡 静男  
代理人 小西 恵  
代理人 三好 秀和  
代理人 杉山 秀雄  
代理人 手島 直彦  
代理人 湯田 浩一  

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