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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  H01M
審判 全部無効 特174条1項  H01M
管理番号 1183564
審判番号 無効2007-800220  
総通号数 106 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-10-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-10-10 
確定日 2008-08-28 
事件の表示 上記当事者間の特許第3731142号発明「試験用非水系電池セル」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3731142号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3731142号に係る出願(特願平8-143384号)は、平成8年5月1日に出願され、その特許権の設定登録は、平成17年10月21日にされ、その後、請求人東洋システム株式会社から無効審判が請求されたものである。以下、請求以後の経緯を整理して示す。

平成19年10月10日付け 審判請求書の提出
平成19年11月20日付け 審判請求書の手続補正書(方式)の提出
平成19年11月28日付け 上申書の提出(請求人より)
平成20年 1月28日付け 審判事件答弁書及び訂正請求書の提出
平成20年 2月14日付け 訂正拒絶理由の通知
平成20年 3月11日付け 弁駁書の提出(請求人より)
平成20年 3月18日付け 意見書の提出(被請求人より)
平成20年 5月19日付け 上申書(第二回)の提出(請求人より)
平成20年 5月19日付け 訂正請求書の手続補正書(方式)の提出
平成20年 5月19日 口頭審尋の実施
平成20年 6月 2日付け 口頭審理陳述要領書の提出(請求人より) 平成20年 6月12日付け 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人より)平成20年 6月23日 口頭審理の実施

第2 訂正請求による訂正の適否の判断

1.訂正の内容
平成20年5月19日付け手続補正書により補正された平成20年1月28日付けの訂正請求の内容は、以下のとおりである。(下線部は訂正箇所である。)

(1)訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1において、
「前記電池要素の他の一方の極に接続し前記第二の容器または第三の容器を通って外部に導通し且つ前記第一の容器に設けられた前記第一の導体とは絶縁されてなる第二の導体を有し」とあるのを、
「前記第二の容器及び前記第三の容器は、前記電池要素の他の一方の極に接続し、それらを通って外部に導通し且つ前記第一の容器に設けられた前記第一の導体とは絶縁された第二の導体と兼ねており」と訂正する。

(2)訂正事項b
特許請求の範囲の請求項1において、
「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる」とあるのを、
「第一の容器側と第三の容器側とは、前記第二の容器につながる板に設けられてなる電解液注入用の穴により連通してなる」と訂正する。

(3)訂正事項c
明細書の段落【0004】において、
「前記電池要素の他の一方の極に接続し前記第二の容器または第三の容器を通って外部に導通し且つ前記第一の容器に設けられた前記第一の導体とは絶縁されてなる第二の導体を有し、且つ前記電池要素と前記第二の導体との間に介在する導電性のピンとばね要素を有するとともに、第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる試験用非水系電池セルである」とあるのを、
「前記第二の容器及び前記第三の容器は、前記電池要素の他の一方の極に接続し、それらを通って外部に導通し且つ前記第一の容器に設けられた前記第一の導体とは絶縁された第二の導体と兼ねており、且つ前記電池要素と前記第二の導体との間に介在する導電性のピンとばね要素を有するとともに、第一の容器側と第三の容器側とは、前記第二の容器につながる板に設けられてなる電解液注入用の穴により連通してなる試験用非水系電池セルである」と訂正する。

(4)訂正事項d
特許請求の範囲の請求項2において、
「電解液注入用の穴は、第二の容器につながる挿入板に設けられてなる」とあるのを、
「前記第二の容器につながる板が挿入板である」と訂正する。

2.訂正拒絶理由の概要

前記訂正請求に対する平成20年2月14日付け訂正拒絶理由の概要は、下記のとおりである。



訂正事項bに関し、
本件特許明細書には、【0007】における「第二の容器につながる挿入板の電解液注入用の穴12から電解液を入れる」との記載、及び、特許請求の範囲の請求項2における「電解液注入用の穴は、第二の容器につながる挿入板に設けられてなる」との記載から、挿入された形態で用いられる、「第二の容器につながる挿入板」に、電解液注入用の穴が設けられていることは記載されているものの、挿入された形態で用いられているかを問わない、単なる「板」に、電解液注入用の穴が設けられることについては、記載があったとすることはできない。
したがって、訂正事項bは、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものとすることはできない。
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項の規定に適合しないので、認められない。

3.当審の判断

当審において通知された平成20年2月14日付け訂正拒絶の理由は、前記「第2 2.」のとおりであるところ、以下の理由から、訂正拒絶の理由は妥当なものと認められるから、本件訂正は、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項の規定に適合しないので、認めることができない。
すなわち、本件訂正事項bである、訂正後の「第一の容器側と第三の容器側とは、前記第二の容器につながる板に設けられてなる電解液注入用の穴により連通してなる」との記載事項について、訂正前の願書に添付した明細書又は図面には、請求項2において、「請求項1において、電解液注入用の穴は、第二の容器につながる挿入板に設けられてなる」、すなわち、「第一の容器側と第三の容器側とは、第二の容器につながる挿入板に設けられてなる電解液注入用の穴により連通してなる」との事項が記載され、【0007】には、「第二の容器8につながる挿入板の電解液注入用の穴12から電解液を入れる。」との事項が記載され、さらに、図1には、第一の容器1と第二の容器8との間に、両容器とは別体として挿入された板状の部材に穴12が設けられている構造のものが記載されているといえるが、「第一の容器側と第三の容器側とは、前記第二の容器につながる、挿入された形態で用いられているかを問わない、単なる「板」に設けられてなる電解液注入用の穴により連通してなる」との事項については、記載があったとすることができず、また、訂正前の願書に添付した明細書又は図面に記載された事項から、当業者にとって、自明の事項であったとすることもできない。

被請求人は、前記訂正拒絶の理由に対し、以下のとおり主張している。(口頭審理陳述要領書第3頁下から1行?第4頁21行、参照。)
「本件特許の明細書の段落【0007】の記載から、電解液注入用の穴12の技術的意義は、第二の容器8を第一の容器1に置き、且つ、第三の容器15をとめない状態で、電解液を入れることを可能にすることであることが把握される。そして、この技術的意義を考慮すれば、電解液注入用の穴が設けられる板は、第一の容器1の側と第三の容器15の側とを仕切るという性質、即ち、「(第一の容器1と第三の容器15の間に設けられる)第二の容器につながる」ものであるという性質を有するものであれば足りることが理解できる。即ち、電解液注入用の穴12が設けられる板が挿入される形態で使用されるか否かは、第二の容器8を第一の容器1に置き、且つ、第三の容器15をとめない状態で電解液を入れるという電解液注入用の穴12の機能と何ら関係ないことは、当業者には明らかである。してみれば、訂正事項bの「第二の容器につながる板に設けられてなる電解液注入用の穴」という発明特定事項は、本件特許の明細書及び図面に記載された技術的事項から導き出すことができるものである。」
すなわち、被請求人の主張は、「電解液注入用の穴の技術的意義は、第二の容器を第一の容器に置き、且つ、第三の容器をとめない状態で、電解液を入れることを可能にすることであるから、電解液注入用の穴が設けられる板は、第一の容器の側と第三の容器の側とを仕切るという性質、即ち、「(第一の容器と第三の容器の間に設けられる)第二の容器につながる」ものであるという性質を有するものであれば足りることが理解でき、このことは、電解液注入用の穴が設けられる板が挿入される形態で使用されるか否かとは、何ら関係のないことであるから、「第二の容器につながる板に設けられてなる電解液注入用の穴」という発明特定事項は、本件特許の明細書及び図面に記載された技術的事項から導き出すことができるものである。」というものである。

しかしながら、被請求人の主張する、「電解液注入用の穴が設けられる挿入板が、仕切るという性質を有するものであれば足りること」について、願書に添付した明細書又は図面には、何ら根拠となるべき記載は見当たらず、また、示唆する記載も見当たらないし、当業者にとって自明の事項であるとすることもできない。してみれば、被請求人の上述した主張は、その前提において失当である。
また、仮に、電解液注入用の穴が設けられる「板」が、第一の容器の側と第三の容器の側とを仕切るという性質を有することが、願書に添付した明細書又は図面の記載において、当業者に自明な事項であるとしても、仕切るという性質を有する「挿入板」が記載されているのみで、挿入されているかを問わない「板」が記載されていた訳ではない。
よって、被請求人の主張には理由がない。

したがって、訂正事項bは、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものとすることはできない。

4.まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第134条の2第5項において準用する同法第126条第3項の規定に適合しない。
よって、本件訂正は認められない。

第3 当事者の主張の概要

1.請求の趣旨と請求人の主張する無効理由
請求人は、「特許第3731142号の請求項1、2及び3に係る発明についての特許を無効とする。審判請求の費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めることを請求の趣旨としている。
そして、その無効理由は、以下のとおりのものであると認める。

(1)無効理由A(新規事項の追加)
本件特許は、明細書又は図面についての、平成17年7月13日付け手続補正書により補正された平成17年4月1日付け手続補正が、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。
したがって、本件特許は、特許法第123条第1項第1号に該当し、無効とすべきである。
そして、具体的には、以下の点を理由として主張しているものと認める。 すなわち、願書に最初に添付した明細書又は図面には、「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる」と記載された発明特定事項を有する試験用非水系電池セルについて、記載があったとすることはできない点。

(2)無効理由B(サポート要件違反)
本件特許の、特許請求の範囲請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、また、上記発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないのであるから、請求項1を引用する請求項2又は3に係る発明も、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、前記本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しておらず、同第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
したがって、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
そして、具体的には、以下の点を理由として主張しているものと認める。a)請求項1に係る発明は、「電池要素を仮押さえ」する「第二の容器」を発明特定事項とするものであるが、本件の発明の詳細な説明には、該事項を有する試験用非水系電池セルは記載されていないから、上記発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない点、
b)請求項1に係る発明は、「前記電池要素の他の一方の極に接続し前記第二の容器または第三の容器を通って外部に導通し且つ前記第一の容器に設けられた前記第一の導体とは絶縁されてなる第二の導体」又は「前記電池要素と前記第二の導体との間に介在する導電性のピンとばね要素」を発明特定事項とするものであるが、本件の発明の詳細な説明には、該事項を有する試験用非水系電池セルは記載されていないから、上記発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない点、
c)請求項1に係る発明は、「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる」ことを発明特定事項とするものであるが、本件の発明の詳細な説明には、該事項を有する試験用非水系電池セルは記載されていないから、上記発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない点。

(3)無効理由C(明確性違反)
本件特許の、特許請求の範囲請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、また、上記発明が明確であるとはいえないのであるから、請求項1を引用して記載する請求項2又は3に係る発明も、明確であるとはいえず、前記本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に適合しておらず、同第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
したがって、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。
そして、具体的には、以下の点を理由として主張しているものと認める。 「電解液注入用の穴」との発明特定事項は、記載が不明りょうであるから、上記発明は明確であるとはいえない点。

また、請求人は審判手続において、証拠方法として以下のものを提出している。

証拠方法
甲第1号証:特願平8-143384号(本件特許に係る出願)の願書面 、明細書
甲第2号証:特願平8-143384号に係る平成16年11月5日付け 拒絶理由通知書
甲第3号証:特願平8-143384号に係る平成16年12月28日付 け手続補正書
甲第4号証:特願平8-143384号の図面(受付日 平成8年5月1 日)
甲第5号証:特許第3731142号公報
甲第6号証の1:特願平8-143384号に係る平成17年4月1日付 け手続補正書
甲第6号証の2:特願平8-143384号に係る平成17年4月1日付 け手続補正書を補正する平成17年7月13日付け手続 補正書

2.答弁の趣旨と被請求人の主張
被請求人は、「本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決を求めている。
そして、請求人の主張する無効理由に理由はない、と主張するとともに、乙第1?4号証を提出している。

乙第1号証:特開平7-254413号公報
乙第2号証:特開平7-230803号公報
乙第3号証:特開平6-290783号公報
乙第4号証:特開平6-163033号公報

第4 当審の判断

1.本件特許の発明

前記「第2 訂正請求による訂正の適否の判断」において述べたとおり、平成20年1月28日付けの訂正請求は認められないので、本件願書に添付した明細書又は図面は、平成17年7月13日付けで補正された平成17年4月1日付け手続補正書(甲第6号証の1、甲第6号証の2)及び平成16年12月28日付け手続補正書(甲第3号証)に記載されたとおりのものであるところ、その特許請求の範囲の記載は、甲第6号証の2によれば、次のとおりのものと認める。

「【請求項1】
正極とセパレータと負極からなる平板状の積層体の電池要素を収容する凹部を有し且つ該凹部の底部に前記電池要素の一方の極に接続し外部に導通する第一の導体を有し平面状の接合面を有する第一の容器と、前記電池要素を仮押さえし前記第一の容器とゴム状の気密封止部を介して接合されてなる平面状の接合面を有する第二の容器と、前記第二の容器とゴム状の気密封止部を介して接合されてなり前記電池要素を密閉する平面状の接合面を有する第三の容器とからなり、前記電池要素の他の一方の極に接続し前記第二の容器または第三の容器を通って外部に導通し且つ前記第一の容器に設けられた前記第一の導体とは絶縁されてなる第二の導体を有し、且つ前記電池要素と前記第二の導体との間に介在する導電性のピンとばね要素を有するとともに、第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなることを特徴とする試験用非水系電池セル。
【請求項2】
請求項1において、電解液注入用の穴は、第二の容器につながる挿入板に設けられてなる試験用非水系電池セル。
【請求項3】
請求項1において、第一の容器と第二の容器とがゴム状の気密封止部以外の場所に設けられたネジ要素により脱着自在に接合されてなる試験用非水系電池セル。」

2.無効理由に対する判断

(1)無効理由Aについて
無効理由Aについて、以下検討する。

本件に係る平成17年4月1日付けの手続補正は、特許請求の範囲、請求項1の記載を、
「【請求項1】
正極とセパレータと負極からなる平板状の積層体の電池要素を収容する凹部を有し且つ該凹部の底部に前記電池要素の一方の極に接続し外部に導通する第一の導体を有し平面状の接合面を有する第一の容器と、前記電池要素を仮押さえし前記第一の容器とゴム状の気密封止部を介して接合されてなる平面状の接合面を有する第二の容器と、前記第二の容器とゴム状の気密封止部を介して接合されてなり前記電池要素を密閉する平面状の接合面を有する第三の容器とからなり、前記電池要素の他の一方の極に接続し前記第二の容器または第三の容器を通って外部に導通し且つ前記第一の容器に設けられた前記第一の導体とは絶縁されてなる第二の導体を有し、且つ前記電池要素と前記第二の導体との間に介在する導電性のピンとばね要素を有するとともに、第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなることを特徴とする試験用非水系電池セル。」とする補正を有するものである。
そして、甲第1号証又は甲第4号証によれば、願書に最初に添付した明細書又は図面には、以下の事項が記載されている。
a)「【請求項2】請求項1において、第二の容器またはそれにつながる挿入板に第一の容器側と第三の容器側とを連通せしめる注液用の穴を設けてなる試験用非水系電池セル。」
b)「【0007】例えば、図1に示すように、・・・・。第二の容器8の開口部に減圧装置を付けて減圧し脱気し、注入用の穴12から電解液を入れる。」
c)「【図面の簡単な説明】【図1】・・・【符号の説明】・・12:注入孔」
d)図1には、「第一の容器1と第二の容器8との間に、両容器とは別体の板状の部材が挿入され、該板状の部材に注入孔12が設けられた構造」が記載されているものと認める。
上記a)における「注液用の穴」なる記載に関し、b)における「図1に示すように、・・・注入用の穴12から電解液を入れる。」との記載やc)、d)の記載によれば、「注液用の穴」は、「電解液注入用の穴」であることは明らかであるから、「電解液注入用の穴」は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された事項から自明な事項ということができ、さらに、a)?d)の記載によれば、「第一の容器側と第三の容器側とは、第二の容器またはそれにつながる挿入板に設けた電解液注入用の穴により連通してなる」試験用非水系電池セルは願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された事項から自明な事項ということもできる。
しかしながら、第一の容器側と第三の容器側とが、その穴が設けられる部材を問わない、単なる「電解液注入用の穴」により連通してなる、試験用非水系電池セル、即ち、「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなること」との発明特定事項を有する試験用非水系電池セルについての発明は、上記a)?d)の記載事項によっては、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載があったとすることはできないし、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された事項から自明な事項とすることもできない。

これに対し、被請求人は、以下のとおり主張している。(口頭審理陳述要領書第22頁1行?14行、参照。)
すなわち、「請求項1の補正についてみれば、第二の容器8を第一の容器1に置き、且つ、第三の容器15をとめない状態で、電解液注入用の穴を介して電解液を入れるという技術的思想を実現する上では、電解液注入用の穴が「第一の容器1の側と第三の容器15側とを連通せしめる」という機能を有していることは重要であるが、その電解液注入用の穴が設けられる具体的な位置(例えば、第二の容器またはそれにつながる挿入板)が、何らの技術上の意義を有さないものであることは明らかである。したがって、電解液注入用の穴が設けられる具体的な位置が特定されていなくても、補正により新たな技術上の意義が追加されないことが明らかである。
よって、請求項1に「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる」という発明特定事項を追加する補正は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たすものであり、上記の請求人の主張は、失当である。」というものである。
しかしながら、「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」とは、願書に最初に添付した明細書又は図面に現実に記載されているか、記載されていなくとも、現実に記載されているものから自明であり、現実に記載されたものから自明な事項であるというためには、現実には記載がなくとも、現実に記載されたものに接した当業者であれば、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解するような事項であるといえなければならず、その事項について説明を受ければ簡単に分かる、という程度のものでは、自明ということはできないというものである(東京高裁判決平成15年7月1日(平成14年(行ケ)第3号参照)ところ、被請求人は、前記発明特定事項が、「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」であること、或いは、自明の事項であることの根拠となるべき具体的な記載事項に基づき主張を行っていない。
よって、被請求人の主張は採用することはできない。

以上のとおり、前記手続補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものということはできないから、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。
よって、本件特許は、特許法第123条第1項第1号に該当し、無効とすべきである。

(2)無効理由Bについて

(2-1)願書に添付した明細書又は図面における記載事項
(下線は、関連箇所を示すものである。)

(A)「【0004】【課題を解決するための手段】
本発明は、正極とセパレータと負極からなる平板状の積層体の電池要素を・・・・・第一の容器と、前記電池要素を仮押さえし前記第一の容器とゴム状の気密封止部を介して接合されてなる平面上の接合面を有する第二の容器と、・・・第三の容器とからなり、・・・第二の導体を有し、・・・第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる試験用非水系電池セル」

(B)「【0006】即ち本発明は、電池要素を押さえる機構と電極端子とを分離し、各容器の間の接合には平面状の接合面を介してゴム状の気密封止部例えばOリングを用い、電池要素の押圧にはピンをばねで押す方法を採用することにより、気密性の確保と、組み立て時の位置ずれ防止を達成している。」

(C)「【0007】例えば、図1に示すように、金属製の第一容器に・・・電池要素2を置き、・・・絶縁リング3と・・・円板4を配置する。・・・。ネジ付きガイドピン5を通して・・・小リング6と・・・Oリング7とをはめて金属製の第二の容器8を置く。・・・ツバ付きリング9をはめて蝶ネジ10でとめる。円板4の中心にはアルミニウムの押しピン11の先端が嵌合するようにしておく。第二の容器8の開口部に減圧装置を付けて減圧し脱気し、第二の容器8につながる挿入板の電解液注入用の穴12から電解液を入れる。スプリング13を取り付け、フッ素ゴム製のOリング14をはめて金属製の第三の容器15をとめる。」及び「図1」

(D)「【0009】【発明の効果】以上の説明から明らかな通り、本発明によれば、電池要素を押さえる機構と電極端子とを分離した結果、組み立て時に位置ずれが無く、仮組み立て状態で減圧下で電解液を注入できるので、妨害ガスの影響が少なく、また、ゴム状の気密封止を平面で加圧する構造とすることにより気密性に優れた試験用非水系電池セルが得られ、産業上極めて有用である。」

(2-2)無効理由B-a)について
特許請求の範囲に記載された、「電池要素を仮押さえ」する「第二の容器」との発明特定事項を有する試験用非水系電池セルが、発明の詳細な説明に記載されていたものであるのかについて以下検討する。

願書に添付した明細書又は図面において、「試験用非水系電池セル」とは、これを構成する第一の容器や、第二の容器、他が、組み立てられた状態でのものであることは、図1に記載のものを「本発明に係わる試験用非水系電池セルの断面図である。」としていることから明らかで、「電池要素を仮押さえ」する「第二の容器」とは、試験用非水系電池セルが組み立てられた状態において、「第二の容器」が「電池要素を仮押さえ」していることであると認める。
そして、「仮押さえ」なる用語について、発明の詳細な説明には、具体的に定義されていないが、一般的に「仮」の状態で「押さえる」ことと解されるから、当該発明特定事項は、試験用非水系電池セルが組み立てられた状態において、「第二の容器」が「電池要素」を「仮」の状態で「押さえ」ていることであると認める。
ところで、発明の詳細な説明には、「第二の容器」が「電池要素」を「仮押さえ」することについて、具体的な記載が見当たらない。また、先の図1を見ても、第二の容器8が電池要素2を押さえることについてすら記載されているとすることはできないから、ましてや「第二の容器」が「電池要素」を「仮押さえ」することも記載されているとすることはできない。
してみると、発明の詳細な説明には、「電池要素を仮押さえ」する「第二の容器」を有する試験用非水系電池セルが記載されているということはできない。

これに対し、被請求人は、以下のとおり主張する。(口頭審理陳述要領書第15頁12行?18行にて援用する第5頁5行?第7頁5行、参照。)
(イ)「第二の容器が電池要素を仮押さえすること」は、本件特許の明細書の段落【0004】に記載されている。
(ロ)「仮押さえ」という用語の意味について、「仮」とは、前記明細書の段落【0009】の「組み立て時に位置ずれが無く、仮組み立て状態で減圧下で電解液を注入できるので」との記載から、「第二の容器8を置き、第三の容器15をとめる前の状態(仮組み立て状態)」である。また、容器が電池要素を「押さえる」構造、すなわち、電池セルのカバーがばねを介して正極、セパレータ、負極から構成される電池要素を押さえる構造は、乙第1?4号証に示されるように本件特許の出願時、試験用電池セルの技術分野において周知の技術であるから、請求項1の第二の容器が「前記電池要素を仮押さえ」するという発明特定事項は、試験用電池セルの技術分野における周知技術を参酌すれば、実質的にも、本件特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されているものといえる。

しかしながら、(イ)の主張について、
(A)によれば、【0004】には、【課題を解決するための手段】として、「前記電池要素を仮押さえし前記第一の容器とゴム状の気密封止部を介して接合されてなる平面状の接合面を有する第二の容器」との記載は認められるものの、該記載は単に特許請求の範囲の請求項1を形式的に記載したにすぎないものであり、実質的に、すなわち、「電池要素を仮押さえ」する「第二の容器」が具体的に記載されているものとはいえないから、当該記載をもって、前記発明特定事項を有する試験用非水系電池セルが、発明の詳細な説明に記載されていたとすることはできない。
また、(ロ)の主張について、
前記したとおり、「電池要素を仮押さえ」する「第二の容器」とは、試験用非水系電池セルが組み立てられた状態において、「第二の容器」が「電池要素を仮押さえ」しているものといえるから、「仮押さえ」における「仮」の状態が、(D)【0009】における「仮組み立て状態」を表現したものとすることはできない。
また、仮に、「仮押さえ」が「仮組み立て状態」を表現したものとしても、以下の理由により、発明の詳細な説明には、「電池要素を仮押さえ」する「第二の容器」が記載されていたとすることはできない。
すなわち、(D)における「仮組み立て状態で減圧下で電解液を注入できる」との記載によれば、「仮組み立て状態」とは、電解液を注入する際の試験用非水系電池セルの状態をいうものといえる。そして、(C)【0007】の記載によれば、電解液を注入する際の試験用非水系電池セルの状態とは、第一の容器に電池要素を置き、さらに絶縁リングと円板を配置し、ネジ付きガイドピンを通し、小リングとOリングとをはめた第二の容器を置き、つば付きリングをはめて蝶ネジでとめ、円板の中心にはアルミニウムの押しピンの先端が嵌合するようにしておき、第二の容器の開口部に減圧装置を付けて減圧し脱気した状態をいうものであって、その後に行われる、電解液を注入し、スプリングを取り付け、Oリングをはめて第三の容器でとめるということは行われていない状態をいうものといえる。
つまり、かかる「仮組み立て状態」においては、アルミニウムの押しピンは、第一の容器に置かれた電池要素に配置された円板の中心にその先端が嵌合しているものの、(B)【0006】において、「電池要素の押圧にはピンをばねで押す方法を採用する」とされた、「ばね」に相当する「スプリング」や図1において「スプリング」を押す第三の容器は配置されていない状態である。そして、かかる状態において、第二の容器は、電池要素を押さえている状態にはなく、また、仮に第二の容器を押圧したとしても、第二の容器によって電池要素を押さえることができるとはいえない。
してみれば、「仮押さえ」の「仮」が、「仮組み立て状態」をいうものとしても、発明の詳細な説明に「電池要素を仮押さえ」する「第二の容器」が記載されているとすることはできない。
また、被請求人の主張するように、容器が電池要素を「押さえる」構造が、乙第1?4号証に明らかなとおり、本件特許の出願時、試験用電池セルの技術分野において周知技術であるとしても、前記周知技術は、例えば、仮組み立て時において容器が電池要素を押さえる際の構造を示すものではなく、当該発明特定事項とは何ら関連のないものであるから、かかる当該発明特定事項とは何ら関連のない周知技術をもって、当該発明特定事項が、本件特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されていたとすることはできない。
よって、被請求人の主張は、理由がない。

してみれば、本件特許の、特許請求の範囲請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、前記本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しておらず、同第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
(2-3)無効理由B-c)について
特許請求の範囲に記載された、「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる」との発明特定事項を有する試験用非水系電池セルが、発明の詳細な説明に記載されているものであるのかについて以下検討する。

本件発明に係る試験用非水系電池セルにおいて、「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる」というためには、単に電解液用の穴があれば良いというものではなく、少なくとも何らかの部材に穴が設けられることにより、第一の容器側と第三の容器側という二つの領域が得られるものといえる。
そして、発明の詳細な説明の【0007】における、「第二の容器8につながる挿入板の電解液注入用の穴12から電解液を入れる。」との記載を、【0007】において引用する図1の記載と合わせ見ると、発明の詳細な説明には、「第一の容器側と第三の容器側とは第二の容器につながる挿入板の電解液注入用の穴により連通してなる」、試験用非水系電池セルが記載されているということができる。
しかしながら、発明の詳細な説明において、「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる」というための穴を設けるべき部材の記載としては、前記挿入板の記載に留まるものであって、挿入板以外の部材、例えば、第一の容器であるとか、第三の容器であるとか、その他なんらかの部材に電解液注入用の穴を設けることについての記載は見当たらない。
してみると、発明の詳細な説明には、電解液注入用の穴が設けられる部材を問わない、単なる電解液注入用の穴によって、第一の容器側と第三の容器側とが連通することについては記載されているとすることはできない。

なお、(A)には、【0004】、【課題を解決するための手段】として、「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる」との記載が認められるが、該記載は単に特許請求の範囲の請求項1を形式的に記載したにすぎないものであり、実質的に、すなわち、「第一の容器側と第三の容器側とは電解液注入用の穴により連通してなる」との発明特定事項が具体的に記載されているものとはいえないから、当該記載をもって、前記発明特定事項を有する試験用非水系電池セルが、願書に添付した明細書又は図面の発明に詳細な説明に記載されていたとすることはできない。

してみれば、本件特許の、特許請求の範囲請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、前記本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しておらず、同第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものである。
以上のとおりであるから、本件特許は、(2-2)及び(2-3)により、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(3)補足
上記「第4 2.無効理由に対する判断(1)、(2)」においては、本件訂正請求が認められないものとして、無効理由について検討を行ったが、仮に本件訂正請求が認められたとしても、少なくとも、無効理由B-a)については、依然として無効の理由を解消するものではない。

すなわち、請求人は、本件訂正請求が認められた場合においても、無効理由Bのa)を主張するものであるところ、その主張は、前記「第3 1.(2)のa)」のとおりである。
また、本件訂正が認められた場合の願書に添付した明細書又は図面は、平成20年1月28日付けで訂正された明細書(以下、「訂正明細書」という。)及び甲第3号証に記載されたとおりのものであるところ、その特許請求の範囲の記載は、次のとおりのものと認める。

「【請求項1】
正極とセパレータと負極からなる平板状の積層体の電池要素を収容する凹部を有し且つ該凹部の底部に前記電池要素の一方の極に接続し外部に導通する第一の導体を有し平面状の接合面を有する第一の容器と、前記電池要素を仮押さえし前記第一の容器とゴム状の気密封止部を介して接合されてなる平面状の接合面を有する第二の容器と、前記第二の容器とゴム状の気密封止部を介して接合されてなり前記電池要素を密閉する平面状の接合面を有する第三の容器とからなり、
前記第二の容器及び前記第三の容器は、前記電池要素の他の一方の極に接続し、それらを通って外部に導通し且つ前記第一の容器に設けられた前記第一の導体とは絶縁された第二の導体と兼ねており、且つ
前記電池要素と前記第二の導体との間に介在する導電性のピンとばね要素を有するとともに、
第一の容器側と第三の容器側とは、前記第二の容器につながる板に設けられてなる電解液注入用の穴により連通してなることを特徴とする試験用非水系電池セル。
【請求項2】
請求項1において、前記第二の容器につながる板が挿入板である試験用非水系電池セル。
【請求項3】
請求項1において、第一の容器と第二の容器とがゴム状の気密封止部以外の場所に設けられたネジ要素により脱着自在に接合されてなる試験用非水系電池セル。」

そして、特許請求の範囲の請求項1における、「電池要素を仮押さえ」する「第二の容器」との発明特定事項は、訂正後においても、記載事項を変更するものではなく、また、技術的事項についても変更するものではないから、訂正前の特許請求の範囲の請求項1に対して行った無効理由B-a)の判断を左右するものではない。
よって、前記「第4 2.(2)」に記載した理由により、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

第5 むすび
以上のとおり、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してなされたものであるから、同法第123条第1項第1号に該当し、また、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しておらず、同第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
そして、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定により準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2008-07-17 
出願番号 特願平8-143384
審決分類 P 1 113・ 55- ZB (H01M)
P 1 113・ 841- ZB (H01M)
P 1 113・ 537- ZB (H01M)
最終処分 成立  
前審関与審査官 高木 正博  
特許庁審判長 山田 靖
特許庁審判官 鈴木 由紀夫
坂本 薫昭
登録日 2005-10-21 
登録番号 特許第3731142号(P3731142)
発明の名称 試験用非水系電池セル  
代理人 福田 賢三  
代理人 加藤 恭介  
代理人 吉岡 誠  
代理人 中尾 圭策  
代理人 福田 伸一  
代理人 工藤 実  
代理人 福田 武通  

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