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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2007800128 審決 特許
無効2007800265 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B01D
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  B01D
管理番号 1184848
審判番号 無効2007-800261  
総通号数 107 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-11-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-11-20 
確定日 2008-09-16 
事件の表示 上記当事者間の特許第3764894号発明「水溶性有機物の濃縮方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3764894号の請求項1乃至9に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
優先日 平成15年2月21日(特願2003-44711号)
出願 平成16年2月20日(PCT/JP2004/001966)
審査請求日 平成17年8月26日
拒絶理由通知日 平成17年10月25日(発送日)
意見書提出日 平成17年12月9日
特許査定日 平成18年1月10日(発送日)
登録日 平成18年1月27日
特許第3764894号
無効審判請求日 平成19年11月20日
答弁書提出日 平成20年3月18日
口頭審理陳述要領書平成20年6月6日(請求人)
口頭審理 平成20年6月6日
口頭審理調書 平成20年6月6日

II.本件特許発明
本件特許の請求項1乃至9に係る発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1乃至9に記載された次のとおりのものである(以下、それぞれを「本件特許発明1」乃至「本件特許発明9」という。)。
「【請求項1】
A:水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、
B:前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を膜分離器に導入し、
C:前記膜分離器により前記混合物から水を分離する
D:前記水溶性有機物の濃縮方法において、
E:前記蒸留塔と前記分離器との間に設置された蒸発器に前記留分を導入し、
F:前記蒸発器内で前記留分を加熱することにより前記蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、
G:前記高圧力の蒸気を前記膜分離器に導入することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、
H:前記膜分離器の分離膜を透過した蒸気と透過しない蒸気の少なくとも一方を前記蒸留塔の加熱源及び/又はストリッピング蒸気とすることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、
I:前記蒸留塔の塔頂から取り出した留分を凝縮して得られた凝縮液の10?90%を前記蒸留塔に還流し、残部を前記蒸発器に導入することを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1?3のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、
J:前記非透過蒸気の凝縮熱により前記蒸留塔のリボイラを加熱することを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1?4のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、
K:前記蒸留塔の操作圧力が50?150kPaであることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1?5のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、
L:前記膜分離器の分離膜が無機物からなることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項6に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、
M:前記無機物がゼオライトであることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1?7のいずれかに記載の水溶性有機物の濃縮方法において、
N:前記水溶性有機物がアルコールであることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項8に記載の水溶性有機物の濃縮方法において、
O:前記水溶性有機物がエタノール又はi-プロピルアルコールであることを特徴とする方法。」(注:発明特定事項を審判請求人の方法に従い(A)?(O)に分説した。)

III.無効審判請求人の主張
III-1.審判請求書における主張
本件特許発明1乃至9に対して、審判請求人は、
甲第1号証(Pervaporation Membrane Separation Processes(1991)p509-534)には本件特許発明の発明特定事項A?G、K、N及びOが記載されている。また、本件特許発明の発明特定事項H及びJに関する記載がある。
甲第2号証(特開平5-255154号公報)には本件特許発明3の発明特定事項Iに関する記載がある。
甲第3号証(特開2000-42386号公報)には本件特許発明の発明特定事項L及びMに関する記載がある。
とした上で、
(a)本件特許発明1について
甲第1号証には、発明特定事項A?Gが一体の発明として記載されている。 従って、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当するものであり、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
仮に、甲第1号証において、図12に関して記載された、本件特許発明1の特定事項A「水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、」と同B「前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を膜分離器に導入し、」とが図10に関して記載された発明特定事項C?Gと、一体の発明として把握できないとしても、これらの発明特定事項A?Gを組み合わせて、本件特許発明1に想到することは、当業者に容易である。つまり、当業者にとって、図12に関して記載された発明特定事項A?Bの部分は、図10の装置の前段部分を示すことが容易に理解でき、かつこれらを図10の装置に適用可能なことも極めて容易に理解できる。
従って、本件特許発明1は、少なくとも特許法第29条第2項に該当し、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
(b)本件特許発明2について
本件特許発明2は、発明特定事項Hを本件特許発明1に追加限定した発明である。本件特許発明2と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、本件特許発明2は、Hを発明特定事項とするのに対して、甲第1号証に記載の発明は、膜分離器の分離膜を透過しない蒸気を蒸発器に供給する前の原料アルコールの予熱に用いる点で両者は相違する(相違点1)。
しかしながら、甲第1号証には、図17の装置として、左側の精留塔の塔頂から抜き出した蒸気の一部を右側の蒸留塔の加熱源として供給する点が記載されており、蒸留塔を備えたプラントにおいて余った熱を蒸留塔のリボイラで回収することは、図17にも記載されているように、当業者に周知慣用技術である。
また、図10のプラントにおける脱水後のアルコール蒸気は100℃よりわずかに低い温度であるが、蒸発器の運転圧力を高めれば脱水後のアルコール蒸気温度を100℃以上に上げることができ、常圧で運転される図12の精留塔のリボイラの熱源として、利用できることが、当業者に容易に理解できる。
従って、図10のプラントにおいて、分離膜を透過しない蒸気を原料アルコールの予熱に用いる代わりに、図12の精留塔のリボイラに供給することで、上記相違点1を有する本件特許発明2に想到することは、当業者に容易になし得ることであり、本件特許発明2は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
(c)本件特許発明3について
本件特許発明3は、発明特定事項Iを本件特許発明1に追加限定した発明である。本件特許発明3と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、本件特許発明3は、Iを発明特定事項とするのに対して、甲第1号証に記載の発明は、どの留分を蒸発器に導入するかの記載と、還流比に関して記載のない点で両者は相違する(相違点2)。
しかしながら、甲第2号証には、蒸留塔を用いてイソプロピルアルコールを蒸留する際、本件特許発明3の発明特定事項Iのように、「前記蒸留塔の塔頂から取り出した留分を凝縮して得られた凝縮液の33%以上を前記蒸留塔に還流し、残部を抜き出すこと」が記載されている。更に、甲第2号証には、蒸留分離効果を上げるためには還流比が大きい方がよいことが記載されている。一方、本件特許公報を参照しても、還流比を発明特定事項Iの数値範囲とすることの技術的意義又は臨界的意義は、全く記載されていない。
従って、上記相違点2に係わる還流比の数値範囲は、当業者に適宜決定可能な設計事項であると共に、イソプロピルアルコール等の蒸留を行う甲第1号証に記載の発明に対して、甲第2号証の上記記載を適用することによって、当業者に容易に想到できる発明である。このため、本件特許発明3は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
(d)本件特許発明4について
本件特許発明4は、発明特定事項Jを本件特許発明1に追加限定した発明である。本件特許発明4と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、本件特許発明4は、Jを発明特定事項とするのに対して、甲第1号証に記載の発明は、非透過蒸気により蒸発器に供給する前の原料アルコールの予熱を行う点で両者は相違する(相違点3)。
しかしながら、甲第1号証には、図17の装置として、左側の精留塔の塔頂から抜き出した蒸気の一部を右側の蒸留塔の加熱源として供給する点が記載されており、蒸留塔を備えたプラントにおいて余った熱を蒸留塔のリボイラで回収することは、図17にも記載されているように、当業者に周知慣用技術である。
また、図10のプラントにおける脱水後のアルコール蒸気は100℃よりわずかに低い温度であるが、蒸発器の運転圧力を高めれば脱水後のアルコール蒸気温度を100℃以上に上げることができ、常圧で運転される図12の精留塔のリボイラの熱源として、利用できることが、当業者に容易に理解できる。
従って、図10のプラントにおいて、分離膜を透過しない蒸気を原料アルコールの予熱に用いる代わりに、図12の精留塔のリボイラに供給することで、上記相違点3を有する本件特許発明4に想到することは、当業者に容易になし得ることであり、本件特許発明4は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
(e)本件特許発明5について
本件特許発明5は、発明特定事項Kを本件特許発明1に追加限定した発明である。本件特許発明5と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、本件特許発明5の発明特定事項A?G、及びK「前記蒸留塔の操作圧力が50?150kPaであること、」が、一体の発明として甲第1号証に全て記載されている。従って、本件特許発明5は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当するものであり、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
仮に、甲第1号証において、図12に関して記載された、本件特許発明5の特定事項A?B、及びKが、図10に関して記載された発明特定事項C?Gと、一体の発明として把握できないとしても、これらの発明特定事項A?G及びKを組み合わせて、本件特許発明5に想到することは、当業者に容易である。つまり、当業者にとって、図12に関して記載された発明特定事項A?B及びKの部分は、図10の装置の前段部分を示すことが容易に理解でき、かつこれらを図10の装置に適用可能なことも極めて容易に理解できる。
従って、本件特許発明5は、少なくとも特許法第29条第2項に該当し、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
(f)本件特許発明6について
本件特許発明6は、発明特定事項Lを本件特許発明1に追加限定した発明である。本件特許発明6と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、本件特許発明6は、Lを発明特定事項とするのに対して、甲第1号証に記載の発明は、「膜分離器の分離膜がポリマーからなる」点でのみ両者は相違する(相違点4)。
しかしながら、甲第3号証には、水-アルコール系混合物を分離する際に、本件特許発明6の発明特定事項L「前記膜分離器の分離膜が無機物からなること」が記載されており、当業者は、水-アルコール系混合物を分離する甲第1号証に記載のポリマー分離膜の代わりに、甲第3号証に記載された無機物からなる分離膜が使用可能なことが、容易に理解できる。
従って、相違点4に係わる無機物からなる分離膜は、水-アルコール系混合物の分離を行う甲第1号証に記載の発明に対して、甲第3号証の上記記載を適用することによって当業者が容易に想到できる発明である。このため、本件特許発明6は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
(g)本件特許発明7について
本件特許発明7は、発明特定事項Mを本件特許発明6に追加限定した発明である。本件特許発明7と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、本件特許発明7は、L及びMを発明特定事項とするのに対して、甲第1号証に記載の発明は、「膜分離器の分離膜がポリマーからなる」点でのみ両者は相違する(相違点5)。
しかしながら、甲第3号証には、水-アルコール系混合物を分離する際に、本件特許発明の発明特定事項L「前記膜分離器の分離膜が無機物からなること」及び本件特許発明の発明特定事項M「前記無機物がゼオライトであること」が記載されており、当業者は、水-アルコール系混合物を分離する甲第1号証に記載のポリマー分離膜の代わりに、甲第3号証に記載されたゼオライトからなる分離膜が使用可能なことが、容易に理解できる。
従って、相違点5に係わるゼオライトからなる分離膜は、水-アルコール系混合物の分離を行う甲第1号証に記載の発明に対して、甲第3号証の上記記載を適用することによって当業者が容易に想到できる発明である。このため、本件特許発明6は、特許法第29条第2項の規定に該当し、特許法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
(h)本件特許発明8について
本件特許発明8は、発明特定事項N「水溶性有機物がアルコールであること」を本件特許発明1に追加限定した発明である。本件特許発明8と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、本件特許発明8の発明特定事項A?G、及びNが、一体の発明として甲第1号証に全て記載されている。従って、本件特許発明8は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当するものであり、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
仮に、本件特許発明8の発明特定事項A?G、及びNが、一体の発明として甲第1号証に記載されていないとしても、本件特許発明1で記載したのと同様の理由により、本件特許発明8は、少なくとも特許法第29条第2項に該当し、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
(i)本件特許発明9について
本件特許発明9は、発明特定事項O「水溶性有機物がエタノール又はi-プロピルアルコールであること」を本件特許発明8に追加限定した発明である。
本件特許発明9と甲第1号証に記載の発明とを対比すると、本件特許発明5の発明特定事項A?G、N及びOが、一体の発明として甲第1号証に全て記載されている。従って、本件特許発明5は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当するものであり、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
仮に、本件特許発明8の発明特定事項A?G、N及びOが、一体の発明として甲第1号証に記載されていないとしても、本件特許発明1で記載したのと同様の理由により、本件特許発明9は、少なくとも特許法第29条第2項に該当し、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。
III-2.口頭審理陳述要領書における主張
(1)本件特許請求の範囲について
「留分」との文言は、広義には、「蒸留塔から取り出した留分であれば、一旦、タンク等に貯蔵した後、これを取り出したものまで含まれる」のに対し、狭義には、「蒸留塔から取り出した留分のみを指し、これをタンク等に貯蔵したものは含まない」解釈できる。どちらを意味するのか被請求人の釈明を求める。
(2)請求の理由の補足
図10に示されたVPプラントには、既設の精製システムからの留分が、一旦タンク等に貯蔵され、又は貯蔵されずに直接に、供給されていることが、当業者に明確に把握できる。
つまり、本件特許発明は、「留分」が広義に解釈されるならば、甲第1号証により新規性を有しておらず、「留分」が狭義に解釈されたとしても、進歩性を有していない。
(3)被請求人の主張に対する反論
答弁書「7.(2)b)」について
「grass-root plant」とは、図14のエントレーナー精留システムのように、精留システムを改造(retrofit design)するのではなく、図10に示されているプラントを既存の精留システムの後段に、新規に追加したことを述べている。また、「independent」とは、エントレーナー精留システムと比べて、前段の精留システムに対する独立性が高いことを述べているにすぎない。
答弁書「7.(2)c)」について
「The permeate condensate is completely recycled to a rectification column.」は、「透過流体の凝縮液はある一つの精留塔へ完全にリサイクルされる。」で、いくつかある精留塔のどれかに戻す程度の意味で、この記載から蒸発器の前段に蒸留塔に接続されているとする主張は誤りであると被請求人は主張するが、この記載は精留塔が特定されていないから「a」が用いられているのであって、この表現から図10の前段に精留塔が存在しないとする根拠には、ならない。
答弁書「7.(2)d)」について
被請求人は、「常圧の蒸留塔と蒸気透過を組み合わせる図12の方法は蒸留塔の塔頂蒸気を圧縮機で機械的に圧縮して膜分離器に供給する方法であり、本発明が提供する一旦凝縮して熱的に高い圧力を得る方法はここでは想到されていない。」と主張するが、図12の装置は、図10のVPプラントの代替技術として記載されており、図12で代替される部分は精留塔の出口より下流であり、精留塔からの供給液は図10のVPプラントと同じである。
答弁書「7.(2)f)」について
被請求人は、「the independent grass-root plant based on vapor permeation appeared to be the best option」に基づいて「蒸留塔と蒸留器とを膜分離器の蒸留側で組み合わせることを、甲第1号証が何ら示唆しないことは明らかである。」と主張するが、この記載は、Bruggemann社の既設の精製システムに対して、より独立性の高い図10のVPプラントが新設されたことを述べており、被請求人の主張は失当である。
答弁書「7.(2)g)」について
通常の精留塔には、塔頂から取り出した気体を液化して還流させる凝縮器などの液化装置を備えており、凝縮器の使用は周知といえる。図12に記載された精留塔から図10に示す蒸発器に留分を導くためには、凝縮器で凝縮後の留分を導くだけでよく、両者の組み合わせに困難性は存在しない。
答弁書「7.(2)h)」について
被請求人は、「本発明の請求項1に係る発明においては、プロセスの省エネルギー性を保ちつつ、蒸留塔の設定圧を低くし、かつ膜分離の効率を高めることできる」と主張するが、常圧で運転される既設のアルコール蒸留塔に、被請求人が一般的な装置と認める図10のVP装置を組み合わせた点に特許性があると主張するもので、失当である。
答弁書「7.(2)i)」について
Bruggemann社の既設の精製システムからの留分が直接接続されておらず、タンク等に一旦貯蔵されて独立したVP装置に供給されていたとすると、本件特許発明1と甲第1号証記載の発明との相違点は、蒸発器の前段に蒸留塔が接続されているか否かだけとなり、甲第1号証の図12に記載された精留塔から、図10に示す蒸発器に留分を導くだけでよく、両者の組み合わせに何ら困難性は存在しない。

IV.被請求人の主張
IV-1. 一方、被請求人は、平成20年3月18日付け答弁書において、以下のように主張している。
IV-1-1.本件特許発明1について
(a)審判請求人は、甲第1号証に本件特許発明1の発明特定事項A?Gが記載されていると主張するが、甲第1号証の記載内容を曲解した上でのものであり、容認できない。
(b)図10には、Aに該当する蒸留塔の記載はなく、Eに該当するように蒸発器が蒸留塔と膜分離器の間に設置されておらず、Fに該当するように蒸発器内で蒸留塔の操作圧よりも高圧力の蒸気を発生させていることは記載されていない。図10は一般的な蒸気透過プロセスを示しているにすぎない。
ここで、蒸気透過プロセスにおいては、分離膜への被処理物(水溶性有機物の水溶液)を液で行うのではなく、被処理物を気化させて供給する。従って、蒸気透過プロセスを単独で水溶性有機物の濃縮に適用する場合は必ず膜分離器の前段に蒸発器が設けられるもので、甲第1号証の図10はこれを示しているにすぎない。
図10に示されているプラントは、エタノールを共沸点近くまで蒸留する蒸気を用いたプラントとは、別個独立に設けられたもので、94%のアルコールを受け入れて99.9%まで濃縮することだけを行うもので、本件特許発明1が甲第1号証の図10に記載された内容と同一であるという主張は不当である。
(c)審判請求人の甲第1号証第522頁第9?12行について「透過流体の凝縮液は、・・・精留塔へリサイクルされる」と解釈し、これを根拠に本プラントが蒸留塔に接続されている、とする主張の根拠とする、「a rectification column」は「ある一つの精留塔へ」であるから、蒸発器の前段に蒸留塔に接続されているとする主張は、誤りである。
(d)甲第1号証は膜分離に関する教本的な役割を目的とした出版物である。その第13章において蒸気透過法の工業的なエタノール濃縮・脱水への適用方法を示している。本発明が提供する一旦凝縮して熱的に高い圧力を得る方法はここで想到されていない。
新規プラントについては、精留塔を加圧で操作し、塔頂から蒸気を直接膜分離器に供給することが提案され、この方法と本発明による方法を比較すると、本発明による方法は利点が多く、教科書的出版物である本書に記載がないということは過去に想到されていないことの証である。
(e)甲第1号証には、蒸発器と分離膜によりエタノールを脱水する方法(図10)(C、D)、既存の常圧蒸留塔と分離膜とを組み合わせてエタノールを脱水する方法(図12)(A?D)、新規のプラントを作製する場合の精留塔を加圧にして塔頂部から蒸気を直接分離膜に供給する方法(524頁第3?5行)(A?D)については記載はあるものの、A?Gといった構成は開示されておらず、技術常識を参酌しても開示されているに等しいものとなり得ない。。
(f)甲第1号証において、図10に示す構成と図12に示す構成とは、別個独立したエタノールの濃縮プラントとして記載されており、審判請求人の主張するような「図12に関して記載された構成A?Bの部分は、図10の装置の前段部分を示す」という点は開示も示唆もされていない。。
(g)蒸気透過システムを用いた水溶性有機物の濃縮方法においては膜分離器の蒸気透過を行うことを大前提とするもので、そのためにはせっかく蒸気化した被透過流体を一旦凝縮液化しこれを再度蒸留器で加熱して蒸気化するということになるが、当業者からすれば熱効率的に無駄な構成で、審判請求人の主張のようにはならない。
(h)蒸気透過システムは、操作圧力が高いほど透過速度が大きいので、高くすれば分離効率は向上するが、蒸留塔の操作圧も同時に上げなければならず、蒸留塔塔低温度が著しく高くなってしまう。
甲第1号証の図12に示されるシステムでは、塔頂蒸気を圧縮して膜分離器に供給することが示され、第524頁第3?5行に示されるシステムでは、精留塔を加圧にして塔頂部から蒸気を直接分離膜に供給する方法が示されるだけである
これに対し、本件特許発明1に係る発明においては、プロセスの省エネルギーを保ちつつ、蒸気塔の設定圧を低くし、かつ膜分離の効率を高めることができる。
(i)本件特許発明1が甲第1号証によりその新規性及び進歩性を否定されるものでなく、審判請求人の主張は失当である。
なお、審判請求が証拠として提示する甲第2号証は、金属イオン、混入微粒子の除去を目的とする単純な蒸留精製と不純物除去のためのフィルターとの組み合わせたシステムに関するのみであり、甲第3号証に記載されるところは、パーベーパレーション法、ベーパーパーミエーション法において使用されるゼオライト分離膜に関する記載のみであり、甲第1号証にこれらを組み合わせてみても、本件特許発明1がその進歩性を否定されるものではない。
IV-1-2.本件特許発明2?9について
a)本件特許発明2?9は、本件特許発明1にさらに発明特定事項を付加して成立しているものであり、本件特許発明1の新規性及び進歩性が否定されない以上、甲第1?3号証に記載された発明に基づいて、本件特許発明2?9の新規性及び進歩性も否定されるものではない。
b)甲第1号証の図17に示される装置は、精留、蒸気透過および共沸蒸留を組み合わせた、本件特許発明1乃至2とは別の構成において、精留塔の塔頂から抜き出した上記の一部循環流を、共沸蒸留のための別途の蒸留塔の加熱源としているのみであって、精留塔(本件特許発明の蒸留塔に相当)の加熱源及び/又はストリッピング蒸気として利用しているわけではない。
c)本件特許発明3の発明特定事項Iが甲第2号証に記載されている旨主張するが、甲第2号証は、金属イオン、混入微粒子の除去を目的とする単純な蒸留精製における還流量を示しているものであって、たまたま、発明特定事項Iの範囲内に入る数値が示されているからといって、本件特許発明3が容易に想到できる根拠となり得ない。
d)本件特許発明4に対しても、審判請求人は、本件特許発明2に対すると同様の主張を繰り返しているが、b)と同様の理由から、全く失当である。
IV-1-3.むすび
甲第1号証を証拠として本件特許発明1、5、8?9の新規性がないとする無効審判請求人の主張、並びに甲第1?3号証を証拠として、本件特許発明1?9の進歩性がないとする無効審判請求人の主張は妥当性を欠くものであり、本件特許無効の審判は成り立たないものである。

V.審判請求書において提出された証拠の記載事項について
V-1.甲第1号証は、Robert Y.M. Huang編「Pervaporation Membrane Separation Processes」(1991年、Elsevier Science Publishing Company発行)であって、記載事項は、以下のとおりである。
V-1-1.「5. INDUSTRIAL VAPOUR PERMEATION PLANT FOR ETHANOL DEHYDRATION
Fig.10 shows a simplfied scheme of the first commercial-size vapour permeation plant designed for the dehydration of 30,000l/d of 94% ethanol to a final cocentration of 99.9%.」(第521頁第1?4行)(翻訳文:5.エタノール脱水のための工業的な蒸気透過プラント
図10は、30,000L/dの94vol%エタノールを最終濃度99.9vol%まで脱水するよう設計された最初の実用サイズの蒸気透過(VP)プラントの簡略化した概要図を示す。)
V-1-2.「The feed alcohol of subazeotropic concentration is first preheated with the dehydrated alcohol vapour levaing the membrane permeation system. It is then fed to the boiler of the distillation unit where it is evaporated. The saturated vapour of 2.2 bar and 100℃ leaving the top of this unit passes directly through the first permeation unit.」(第521頁第8?13行)(翻訳文:亜共沸組成の原料アルコールは、まず膜透過システムを出た脱水後のアルコール蒸気で予熱される。これは次いで蒸発装置のボイラに供給され、蒸発させられる。圧力2.2バール、温度100℃の飽和蒸気が、この装置の頂部から出て、第一の透過ユニットに直接通される。)
V-1-3.「The dehydrated alcohol vapour leaving the third membrane module with a temperature of only slightly below 100℃ is passing to a recuperative heat exchanger for preheating the liquid feed alcohol. It is finally condensed in a water cooled condenser and released in liquid form as dehydrated product alcohol.」(第521頁第21?25行)(翻訳文:100℃よりわずかに低い温度で第三の膜モジュールから排出された、脱水後のアルコール蒸気は、液体の原料アルコールを予熱するための熱回収用の熱交換器に導かれる。)
V-1-4.「The permeate condensate is withdrawn from the condensate collector by a level-controlled pump. The permeate condensate is completely recycled to a rectification column. Thus the residual alcohol content of the permeate is fully recovered.」(第522頁第9?12行)(翻訳文:透過流体の凝縮液は、凝縮液受液器から液面制御されるポンプで引き抜かれる。透過流体の凝縮液は、完全に精留塔へリサイクルされる。このため、透過液に残ったアルコール成分は全て回収される。)
V-1-5.「The membranes are the same type of PVA composite membranes as used for pervaporation and have been manufactured by GFT.」(第522頁第21?22)(翻訳文:この膜はPV用の複合膜と同じタイプのPVA複合膜であり、GFT製である。)
V-1-6.「Upgrading of the saturated vapour leaving the top of the column by compression to a higher pressure and temperature level generally is more economic than installing larger membrane areas for a vapour permeation system.」(第523頁第23行?第524頁第2行)(翻訳文:蒸留塔の塔頂から出る飽和蒸気圧を圧縮器でより高い圧力と温度レベルへとアップグレードする方が、VPシステムの膜面積を大きくするより経済的であるようである。)
V-1-7.「8. OTHER APPLICATION OF VAPOUR PERMEATION
The results of an economic comparison of vapour permeation with other competing technologies may be even more favorable for other solvent mixtures than for dehydration of ethanol. This is true for instance of separation of water from isopropanol(IPA), which we also have tested extensively on a pilot scale.」(第528頁第14?19行)(翻訳文:8.蒸気透過法の他の応用
蒸気透過法と他の競合技術との経済性を対比した結果は、エタノールの脱水より他の溶媒混合物の方がより好ましいものかもしれない。これは、例えばイソプロピルアルコール(IPA)から水を分離するのに確かなことであり、我々はこれについてもパイロットスケールでテストした。)
V-1-8.「Fig.17 shows a diagram of a hybrid system which combines rectification, vapour permeaion and above-azeotropic distillation in one complex. The system is designed for the dehydration of recycled isopropanol required as a solvent of very high purity and very low residual water content.」(第530頁第12?16行)(翻訳文:図17は、精留、蒸気透過及び蒸気の共沸蒸留を1つの複合装置として組み合わせたハイブリッドシステムの図面を示す。このシステムは、超高純度の溶剤と非常に少ない残留含水量とが要求される、回収イソプロパノールの脱水のために設計されている。)
V-2.甲第2号証は、特開平5-255154号公報であって、記載事項は、以下のとおりである。
V-2-1.「以下添付図面に準じて本発明のイソプロピルアルコールを製造する代表的な方法を説明する。 図1は、本発明のイソプロピルアルコールを得る代表的な製造工程図である。図1において、蒸留工程は、蒸留塔1、溶剤蒸気を冷却し液体にするための冷却器4、該冷却器から出る液を受けるタンク5及びこれらを連結するラインから構成される。」(段落【0012】)
V-2-2.「環流比即ち、環流ライン6を経て戻す量と液抜出しライン7を経て取り出す量の比についても、蒸留分離効果を上げるために、大きい方がよく、0.5 以上更には1以上が好ましい。」(段落【0015】)
V-3.甲第3号証は、特開2000-42386号公報であって、記載事項は、以下のとおりである。
V-3-1.「多孔質支持体と、該多孔質支持体上に析出させたT型ゼオライト膜とからなる混合物分離膜。」(特許請求の範囲【請求項1】)
V-3-2.「本発明の分離膜は、パーベーパレーション法またはベーパーパーミエーション法による液体または気体混合物の分離に極めて有効に用いることができる。」(段落【0013】)
V-3-3.「本発明の混合物分離膜が特に優れた分離選択性を示す混合物の例としては、水-有機液体混合物、特に水-メタノール、水-エタノール等の水-アルコール系炭化水素混合物を挙げることができる。」(段落【0014】)

VI.当審の判断
VI-1.甲第1号証に記載された発明の認定
VI-1-1.記載事項V-1-1.は、「エタノール脱水のための工業的な蒸気透過プラント」と題し、「図10は、30,000L/dの94vol%エタノールを最終濃度99.9vol%まで脱水するよう設計された最初の実用サイズの蒸気透過(VP)プラントの簡略化した概要図」であることが記載され、同V-1-2.には、図10の説明として「亜共沸組成の原料アルコールは、まず膜透過システムを出た脱水後のアルコール蒸気で予熱される。これは次いで蒸発装置のボイラに供給され、蒸発させられる。圧力2.2バール、温度100℃の飽和蒸気が、この装置の頂部から出て、第一の透過ユニットに直接通される」ことが記載され、これらを本件特許発明1の記載ぶりに則って整理すると、甲第1号証には、「エタノールの脱水のため蒸気透過を用いる方法であって、94vol%の亜共沸組成の原料アルコールを蒸発装置のボイラに供給し、蒸発させ、圧力2.2バールの飽和蒸気として、膜透過システムの透過ユニットに直接通し最終濃度99.9vol%まで脱水する方法」の発明(以下、「甲1発明」という)が記載されているということができる。
VI-1-2.記載事項V-1-2.に「亜共沸組成の原料アルコールは、まず膜透過システムを出た脱水後のアルコール蒸気で予熱される」ことが記載されているから、「甲1発明において脱水後のアルコール蒸気を亜共沸組成の原料アルコールの予熱に用いる方法」の発明(以下、「甲1発明2」という)が記載されているということができる。
VI-1-3.記載事項V-1-5.に「PVA複合膜」を用いることが記載されているから、「甲1発明においてPVA複合膜を用いる方法」の発明(以下、「甲1発明3」という)が記載されているということができる。

VI-2.対比・検討
VI-2-1.本件特許発明1と甲1発明を対比すると、本件特許発明1の「水溶性有機物」の下位概念は、「エタノール」(本件特許発明9)であるから、甲1発明の「エタノール」は、本件特許発明1における「水溶性有機物」に相当することは明らかであり、甲1発明の「エタノールの脱水」は、「最終濃度99.9vol%まで脱水する」から、本件特許発明1の「水溶性有機物の濃縮」と同義であると認められ、甲第1発明の「原料アルコールを蒸発装置のボイラに供給し、蒸発させ、圧力2.2バールの飽和蒸気として、膜透過システムの透過ユニットに直接通」すことは、通常の蒸留装置が大気圧(1バール)で運転され、「気液平衡の関係で、加圧の蒸留ではエタノール濃度を90%以上にすることは難しい」(答弁書第7頁第1?2行)ことを考慮すれば「圧力2.2バール」は、「蒸留塔の操作圧力より高圧力」といえるから、本件特許発明1の「蒸発器に水溶性有機物と水との混合物を導入し、蒸発器内で水溶性有機物と水との混合物を加熱することにより蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、高圧力の蒸気を膜分離器に導入すること」に相当するといえるから、両発明は、「膜分離器により水溶性有機物と水との混合物から水を分離する前記水溶性有機物の濃縮方法において、蒸発器に前記水溶性有機物と水との混合物を導入し、前記蒸発器内で前記水溶性有機物と水との混合物を加熱することにより前記蒸留塔の操作圧力より高圧力の蒸気を生成し、前記高圧力の蒸気を前記膜分離器に導入することを特徴とする方法。」の点で一致し、両発明は以下の点で相違するものと認められる。
相違点<1>本件特許発明1は、「水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を膜分離器に導入し」ているのに対して、甲1発明では、「94vol%の亜共沸組成の原料アルコール」が膜透過システムに供給される点。
相違点<2>本件特許発明1は、蒸発器が「前記蒸留塔と前記分離器との間に設置され」るのに対して、甲1発明では、「蒸発器」が膜分離システムの前段に設けられるものの、蒸留塔を設けること及びその設置場所については記載のない点。
これら相違点について検討する。
相違点<1>については、口頭審理においても被請求人にも確認したように「30,000L/dの94vol%の亜共沸組成の原料アルコール」を得るには、蒸留法による他なく、口頭審理調書に記載されているように、本件特許発明1の「留分」は、「蒸留塔から取り出した留分であれば、一旦、タンク等に貯蔵した後、これを取り出したものまで含まれる。」と広義に解釈され、直接接続されているか否かは問題でないから、図10に示される工業的な蒸気透過プラントの前段階における蒸留塔の存在は甲1発明において記載されているに等しい事項と認められ、甲1発明においても原料アルコールは、「水溶性有機物と水との混合物を蒸留塔により蒸留し、前記蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分」であるということができ、相違点<1>は、実質的なものではない。
相違点<2>については、相違点<1>が実質的なものでなく、蒸留塔が実質的に存在すると認定した以上、蒸留塔は、留分を導入する蒸発器の前段に設けられることが記載されているに等しい事項と認められ、結局、甲1発明において蒸発器が「前記蒸留塔と前記分離器との間に設置され」るということになり、相違点<2>についても実質的なものでない。
したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有しており、例えそうでないとしても、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであるから、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-2.本件特許発明2は、本件特許発明1に発明特定事項「前記膜分離器の分離膜を透過した蒸気と透過しない蒸気の少なくとも一方を前記蒸留塔の加熱源及び/又はストリッピング蒸気とすること」を付加するものである。本件特許発明2と甲1発明2を対比すると、本件特許発明2が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明2は、脱水後のアルコール蒸気を亜共沸組成の原料アルコールの予熱に用いる点において相違する(以下、「相違点<3>」という)。
相違点<3>について検討すると、甲1発明2では脱水後のアルコール蒸気すなわち非透過蒸気が蒸留塔から来る原料の予熱に用いられており、蒸留塔側の熱源として利用されたものということができる。したがって、当業者であれば、この蒸気をさらに前段の蒸留塔の加熱に利用することを想起することは格別の困難がないというべきである。
したがって、本件特許発明2は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-3.本件特許発明3は、本件特許発明1又は2に発明特定事項「前記蒸留塔の塔頂から取り出した留分を凝縮して得られた凝縮液の10?90%を前記蒸留塔に還流し、残部を前記蒸発器に導入すること」を付加するものである。本件特許発明3と甲1発明2を対比すると、本件特許発明3が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明には、還流については記載がない点において相違する(以下、「相違点<4>」という)。
甲第2号証の記載事項V-2-1.に「イソプロピルアルコールを製造する代表的な方法を説明する。」として「蒸留工程は、蒸留塔1、溶剤蒸気を冷却し液体にするための冷却器4、該冷却器から出る液を受けるタンク5及びこれらを連結するラインから構成される」例を図1において示し、同V-2-2.には、「環流比即ち、環流ライン6を経て戻す量と液抜出しライン7を経て取り出す量の比についても、蒸留分離効果を上げるために、大きい方がよく、0.5 以上更には1以上が好ましい。」と記載され、蒸留塔に還流する比率は0.5?1が蒸留分離効果から選択されることが公知であることが記載されている。本件特許発明3の還流の数値限定の技術的意義については特許公報第3頁第27?29行に「蒸留塔の塔頂又は濃縮段から取り出した留分を凝縮した液の10?90質量%を蒸留塔に還流し、残部を加熱及び加圧するのが好ましい。」とあるだけで、臨界的意義を有するものとすることはできないから、相違点<4>の還流についても公知の蒸留工程における還流を参考にすれば、当業者が適宜採用しうる操業条件にすぎないものである。
したがって、本件特許発明3は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-4.本件特許発明4は、本件特許発明1?3に発明特定事項「前記非透過蒸気の凝縮熱により前記蒸留塔のリボイラを加熱すること」を付加するものである。本件特許発明4と甲1発明2を対比すると、本件特許発明4が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明2は、脱水後のアルコール蒸気を亜共沸組成の原料アルコールの予熱に用いる点において相違する(以下、「相違点<5>」という)。
相違点<5>について検討すると、甲1発明2では脱水後のアルコール蒸気すなわち非透過蒸気が蒸留塔から来る原料の予熱に用いられており、蒸留塔側の熱源として利用されたものということができる。したがって、当業者であれば、この蒸気をさらに前段の蒸留塔のリボイラを加熱することに利用することを想起することは格別の困難がないというべきである。
したがって、本件特許発明4は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-5.本件特許発明5は、本件特許発明1?4に発明特定事項「前記蒸留塔の操作圧力が50?150kPaであること」を付加するものである。本件特許発明5と甲1発明2を対比すると、本件特許発明5が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明は、蒸留塔を設けること及びその操作圧力については記載のない点において相違する(以下、「相違点<6>」という)。
しかしながら、V-2-1.において記載したように甲1発明において蒸留塔を設けることは記載されているに等しい事項であり、通常の蒸留装置が大気圧(1バール、約100kPa)で運転され、「気液平衡の関係で、加圧の蒸留ではエタノール濃度を90%以上にすることは難しい」(答弁書第7頁第1?2行)ことを考慮すれば、「30,000L/dの94vol%の亜共沸組成の原料アルコール」を得るために蒸留塔を大気圧前後すなわち50?150kPaで操作することも記載されているに等しい事項と認められ、相違点<6>は、実質的なものではない。
したがって、本件特許発明5は、甲第1号証に記載されたものであり、特許法第29条第1項第3号に該当するものであるから、同法第123条第1項第2号の無効理由を有しており、例えそうでないとしても、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであるから、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-6.本件特許発明6は、本件特許発明1?5に発明特定事項「前記膜分離器の分離膜が無機物からなること」を付加するものである。本件特許発明6と甲1発明3を対比すると、本件特許発明6が、前記の発明特定事項を有するのに対して、甲1発明3は、PVA複合膜を用いる点において相違する(以下、「相違点<7>」という)。
しかしながら、甲第3号証の、記載事項V-3-2.には、「本発明の分離膜は、パーベーパレーション法またはベーパーパーミエーション法による液体または気体混合物の分離に極めて有効に用いることができる。」とし、同V-3-3.には、「本発明の混合物分離膜が特に優れた分離選択性を示す混合物の例としては、水-有機液体混合物、特に水-メタノール、水-エタノール等の水-アルコール系炭化水素混合物を挙げることができる。」とし、同V-3-1.には材質として、「多孔質支持体と、該多孔質支持体上に析出させたT型ゼオライト膜とからなる混合物分離膜。」が記載されている。そして、「ゼオライト」が「無機物」であることは周知である。
してみれば、相違点<7>に係る「PVA複合膜」を甲第3号証に記載されるような「無機物」の分離膜とすることは当業者であれば容易に想到しうる材料変更にすぎないものということができる。
したがって、本件特許発明6は、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-7.本件特許発明7は、本件特許発明6に発明特定事項「前記無機物がゼオライトであること」を付加するものである。上記したように、甲1発明における「PVA複合膜」に代えて甲第3号証に記載された「T型ゼオライト膜とからなる混合物分離膜」とすることは、当業者であれば容易に想到し得る材料変更にすぎないものである。
したがって、本件特許発明7は、甲第1号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-8.本件特許発明8は、本件特許発明1?7に発明特定事項「前記水溶性有機物がアルコールであること」を付加するものである。
しかしながら、VI-1-1.に記載したように甲1発明は「原料アルコールを蒸発装置のボイラに供給」するものであり、本件特許発明8は、甲第1号証に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号に該当するものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
そして、例えそうでないとしても、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
VI-2-9.本件特許発明9は、本件特許発明8に発明特定事項「前記水溶性有機物がエタノール又はi-プロピルアルコールであること」を付加するものである。
しかしながら、VI-1-1.に記載したように甲1発明は「エタノールの脱水のため蒸気透過を用いる方法」であり、本件特許発明9は、甲第1号証に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号に該当するもので、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
そして、例えそうでないとしても、甲第1号証に記載された発明から、当業者が容易に想到できたものであるから、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号の無効理由を有している。
(なお、記載事項V-1-7.にも記載されるように、甲1発明がイソプロピルアルコールすなわちi-プロピルアルコールにも適用可能であることは明らかである。)

VII.むすび
以上のとおりであるから、本件特許発明1、8及び9は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当するものである。
さらに、本件特許発明1乃至9は、甲第1乃至3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることできたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
したがって、本件特許1乃至9は、特許法法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-07-03 
結審通知日 2008-07-08 
審決日 2008-08-04 
出願番号 特願2005-502781(P2005-502781)
審決分類 P 1 113・ 121- Z (B01D)
P 1 113・ 113- Z (B01D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 加藤 幹  
特許庁審判長 板橋 一隆
特許庁審判官 森 健一
松本 貢
登録日 2006-01-27 
登録番号 特許第3764894号(P3764894)
発明の名称 水溶性有機物の濃縮方法  
代理人 石川 泰男  
代理人 梶崎 弘一  
代理人 今木 隆雄  
代理人 谷口 俊彦  
代理人 尾崎 雄三  
代理人 木暮 隆一郎  

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