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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服200220454 審決 特許
不服200413441 審決 特許
不服20068354 審決 特許
無効200135092 審決 特許
不服200424934 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1185624
審判番号 不服2006-7759  
総通号数 107 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-11-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-04-24 
確定日 2008-10-06 
事件の表示 特願2000-180997「多機能塩基配列及びそれを含む人工遺伝子」拒絶査定不服審判事件〔平成13年12月25日出願公開、特開2001-352990〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成12年6月16日に出願されたものであって、平成18年3月17日付で拒絶査定がなされ、これに対し、平成18年4月24日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、平成18年5月23日付で願書に添付した明細書について手続補正(以下、本件補正という。)がなされ、さらに平成20年1月25日付で審尋がなされ、平成20年3月25日付で回答書が提出されたものである。


第2 本願発明

本願の請求項1,3,4,及び8に係る発明は、平成18年5月23日付の手続補正書の特許請求の範囲の請求項1,3,4,及び8に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。(以下、「本願発明1」、「本願発明3」等という。)

【請求項1】 塩基配列の読み枠を異にした場合、該塩基配列が2以上の機能を有し、塩基配列の読み枠が1つずつずれた3つの読み枠のすべてにストップコドンが存在しない塩基配列からなることを特徴とするDNA又はRNA。
【請求項3】 塩基配列の6つの読み枠のすべてにストップコドンが存在しないことを特徴とする請求項1又は2記載のDNA又はRNA。
【請求項4】 塩基配列を重合したときの連結部にストップコドンが生起することがないことを特徴とする請求項3記載の塩基配列。
【請求項8】 塩基配列を重合するための修飾が施されていることを特徴とする請求項1?7のいずれか記載の塩基配列。


第3 原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由の概要は、次のとおりである。

理由1.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。



請求項1には、塩基配列の読み枠を異にした場合、該塩基配列が2以上の機能を有し、塩基配列の読み枠が1つずつずれた3つの読み枠のすべてにストップコドンが存在しないことを特徴とする塩基配列の発明が記載されているが、発明の詳細な説明に実施例等により具体的に記載されているのは、特定の塩基配列からなるDNAのみであり、それ以外の「塩基配列の読み枠を異にした場合、該塩基配列が2以上の機能を有し、塩基配列の読み枠が1つずつずれた3つの読み枠のすべてにストップコドンが存在しない塩基配列」については特定の機能が具体的に記載されておらず、上記特定の塩基配列からなるDNA以外の任意の「塩基配列」が使用できることを裏付ける記載が発明の詳細な説明に十分に示されているとはいえない。したがって、上記請求項に係る発明について、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。請求項2?44に係る発明も同様である。

理由3.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第1項第2号に規定する要件を満たしていない。



(1)請求項1の末尾に記載されている「多機能塩基配列」という用語は化学物質を表す用語としては不適切であり、上記請求項に係る発明が不明確となる。請求項2?29、31?33の記載も同様である。


第4 当審の判断

1.特許法第36条第4項についての判断

(1-1)当審の判断
(1-1-1)本願発明1、及び本願発明1に関連する明細書の記載
本願発明1は、上述のとおりの「塩基配列の読み枠を異にした場合、該塩基配列が2以上の機能を有し、塩基配列の読み枠が1つずつずれた3つの読み枠のすべてにストップコドンが存在しない塩基配列からなることを特徴とするDNA又はRNA。」というものである。
そして、本願発明1のDNA又はRNA(以下、「本願発明1の核酸分子」という。)について、本願明細書には、「本発明の課題は、産業上有用な人工タンパク質を創出する上で必要とされる、塩基配列の読み枠を異にした場合に2以上の機能を有する多機能塩基配列や、該多機能塩基配列が複数の読み枠が出現するように結合している人工遺伝子や、かかる人工遺伝子の翻訳産物である人工タンパク質又はその誘導体等を提供することにある。」(【0006】)、「本発明の、塩基配列の読み枠を異にした場合に2以上の機能を有する多機能塩基配列や該多機能塩基配列が複数の読み枠が出現するように結合している人工遺伝子を用いると、自然には存在しない産業上有用な人工タンパク質を探し出す(創り出す)ことができる。」(【0049】)と記載されている。
また、本願発明1で規定する「機能」について、本願明細書には「その塩基配列の全部又は一部の翻訳産物が有する機能とその全部又は一部の塩基配列が有する機能」に大別されると記載され、「翻訳産物が有する機能」(本願明細書では、これを「生物機能」と称している)としては、「αヘリックス形成等の二次構造を形成しやすい機能、ウイルス等の中和抗体を誘導する抗原機能、免疫賦活化する機能(Nature Medicine,3:1266-1270,1997)、細胞増殖を促進又は抑制する機能、癌細胞を特異的に認識する機能、プロテイン・トランスダクション機能、細胞死誘導機能、抗原決定残基呈示機能、金属結合機能、補酵素結合機能、触媒活性機能、蛍光発色活性機能、特定の受容体に結合してその受容体を活性化する機能、信号伝達に関わる特定の因子に結合してその働きをモジュレートする機能、タンパク質,DNA,RNA,糖などの生体高分子を特異的に認識する機能、細胞接着機能、細胞外へタンパク質を局在化させる機能、特定の細胞内小器官(ミトコンドリア、葉緑体、ERなど)にターゲットする機能、細胞膜に埋め込まれる機能、アミロイド繊維形成機能、繊維性タンパク質の形成機能、タンパク質性ゲル形成機能、タンパク質性フィルム形成機能、単分子膜形成機能、自己集合機能、粒子形成機能、他のタンパク質の高次構造形成を補助する機能」等が例示され、「塩基配列そのものが有する機能」としては、「金属結合機能、補酵素結合機能、触媒活性機能、特定の受容体に結合してその受容体を活性化する機能、信号伝達に関わる特定の因子に結合してその働きをモジュレートする機能、タンパク質,DNA,RNA,糖などの生体高分子を特異的に認識する機能、RNAを安定化させる機能、翻訳の効率をモジュレートする機能、特定遺伝子の発現を抑制する機能」などが例示されており、また、本発明の2以上の機能を有する多機能塩基配列の製造方法としては、「所定の機能を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列のすべての組合せの中から、前記所定の機能を有するアミノ酸配列の読み枠とは異なる読み枠において、前記所定の機能と同一又は異なる機能を有する塩基配列を選択する多機能塩基配列の製造方法であれば特に制限されるものではないが、所定の機能としては前記の生物機能が好ましく、また所定の機能と異なる生物機能が多様性を与えうる点で好ましい。」とされ、かかる「所定の機能」を有するアミノ酸配列としては、例えば、「エイズウイルス中和抗原の配列や、白血球に対するサイトカインであるαケモカインがもつGlu-Leu-Arg等のモチーフ構造などの既知の配列の他に、該既知配列に1又は2以上のアミノ酸が欠失、置換又は付加され、かつ該既知配列と同様な機能を有する配列や、各生物間でよく保存されている特定の生物機能に関する共通配列や、既存のヒトタンパク質に忌避されているアミノ酸配列からなるヒト免疫系の監視をすり抜ける可能性がある配列など未知の配列を例示することができる。」とされている(明細書【0017】?【0018】)。
そして、本願発明1において、読み枠を異にした塩基配列が有する2以上の機能の組み合わせについては何ら制限されていないから、「本願発明1の核酸分子」は、これら極めて多数の機能から選ばれた少なくとも1つの機能と、これら極めて多数の機能から選ばれた、それとは異なる別の機能をそれぞれ異なる読み枠において有する全ての核酸分子を包含するといえる。
一方、本願発明1で規定する2以上の機能を異なる読み枠において有する核酸分子に該当するものとして、発明の詳細な説明に具体的に記載されているのは、以下の実施例1乃至3に記載されているもののみである。
ここで、実施例1として記載されているものは、「エイズウイルス中和抗原性」を持つ「HIVウイルスの一群の亜種がもつgp120タンパク質の部分配列」である20アミノ酸(配列番号1)を第1読み枠にコードし、「2次構造を形成しやすいアミノ酸配列であると予想されるペプチド」(配列番号5)を第2読み枠にコードする「配列番号11に示される塩基配列を有するマイクロ遺伝子「デザイン-25」(明細書【0034】?【0044】欄)である。
また、実施例2として記載されているものは、細胞に接触させると細胞内部に導入されるというプロテイン・トランスダクション(protein transduction)活性を有している、HIVのtatと呼ばれるタンパク質のN末端配列(配列番号22)を第2読み枠にコードし、「2次構造を形成しやすいアミノ酸配列であると予想されるペプチド」(配列番号24)を第1読み枠にコードするマイクロ遺伝子(配列番号23)に、アデノウイルスベクターなどで人為的に細胞に導入すると細胞死が誘導されることが知られている(Science,288:1053-1058,2000)Noxaタンパク質において種間での保存性が高く、アポトーシス信号伝達系のいくつかのタンパク質がもつ、「BG3」モチーフ(配列番号25)を第1読み枠にコードし、αヘリックス構造を形成しやすいポリペプチド(配列番号27)を第3読み枠にコードするマイクロ遺伝子(配列番号26)を結合させたマイクロ遺伝子「デザイン-26」(明細書【0045】?【0047】欄)である。
また、実施例3として記載されているものは、αヘリックス構造を形成しやすいアミノ酸配列と「BG3」モチーフが融合したペプチド(配列番号33)を第1読み枠にコードし、プロテイン・トランスダクション活性を有するアミノ酸配列とαヘリックス構造を形成しやすいアミノ酸配列が融合したペプチド(配列番号34)を第3読み枠にコードするマイクロ遺伝子「デザイン-27」(明細書【0048】欄)である。

(1-1-2)「αヘリックス構造を形成しやすい」と予想される以外の機能
これら、本願明細書に具体的に記載されたマイクロ遺伝子「デザイン-25」乃至「デザイン-27」においては、いずれも、ある機能を有するとされるペプチドをコードする読み枠とは別の読み枠においてコードするポリペプチドは、全て計算科学的手法によって「αヘリックス構造を形成しやすい」と予想されるポリペプチドであって、本願明細書には、他の読み枠においてそれ以外のいずれかの機能を有するポリペプチドをコードするマイクロ遺伝子を得たことは記載されていない。
そして、本願明細書には、他の読み枠においてそのようなポリペプチドをコードさせるように塩基配列を設計する方法を具体的には開示していない。
すなわち、所定の具体的機能、例えば、特定の受容体に結合してその受容体を活性化する機能を有するポリペプチドと、他の具体的機能、例えば、信号伝達に関わる特定の因子に結合してその働きをモジュレートする機能を有するポリペプチドの双方を別の読み枠でコードするような遺伝子を、実施例1で開示されているように、所定の具体的機能を有するポリペプチドをコードする塩基配列の別の読み枠に他の具体的機能を有するポリペプチドがコードされるように設計しようとしても、そもそも「他の具体的機能」を有するポリペプチドをコードすべき遺伝子配列について、一般的にはなんらの手がかりも与えられていない上、例えば、本願明細書【0020】欄に記載されているような何等かの生物機能予測プログラムなど、そのような手がかりが知られているとされるポリペプチドであったとしても、所定の機能を有するアミノ酸配列をコードする塩基配列の中から、読み枠をずらすことでそのようなポリペプチドをコードする塩基配列を選択することは、αへリックス構造を形成しやすいと予想されるアミノ酸を適宜選択することよりも当該「他の具体的機能」を有するようにするために選択しなくてはならないアミノ酸の制約が格段に厳しいであろうことを考慮すると、はるかに困難であることが想定されるところ、そのような問題を回避するための方法を明細書には何ら開示していない。
してみると、当業者といえども本願明細書の開示に従って、異なる読み枠において異なる任意の機能を有する核酸分子を設計することができるとはいえない。

(1-1-3)他の読み枠がコードするポリペプチドが有する機能
一方、所定の機能を有するポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列の全ての組合せの中から、塩基配列の読み枠が1つずつずれた3つの読み枠の全てにストップコドンが存在しない塩基配列を選択することができれば、当該読み枠に応じた3つのポリペプチドを発現させることは可能である。そして、当該読み枠がずれた他の2つの読み枠は、所定の機能を有するもとのポリペプチドとは異なるポリペプチドをそれぞれコードすることになるから、これらのポリペプチドはもとのポリペプチドとは異なる何等かの機能を有することも想定される。しかしながら、このようなポリペプチドが有する機能がどのような機能であるかは一般的には不明である。
そして、本願発明1の核酸分子の有用性は、上述のとおり、「本発明の、塩基配列の読み枠を異にした場合に2以上の機能を有する多機能塩基配列や該多機能塩基配列が複数の読み枠が出現するように結合している人工遺伝子を用いると、自然には存在しない産業上有用な人工タンパク質を探し出す(創り出す)ことができる」ところにあるものと認められるところ、他の読み枠がコードするポリペプチドが有する機能が不明であれば、これらにより得られる人工タンパク質の有する機能もまた不明であるといえるから、当該人工タンパク質を作製するために用いられることに専ら有用性を有するべき本願発明1の核酸分子も、他の読み枠がコードするポリペプチドが有する機能が不明なものについては、有用性がないことになる。
そうすると、本願発明の詳細な説明は、当業者がこのような核酸分子を使用できる程度に記載されているとはいえない。

(1-1-4)広範な「機能」から選択された所定の複数の機能の設計可能性
以上のとおり、本願発明1で規定する広範な「機能」から選択された所定の複数の機能をそれぞれの読み枠でコードするポリペプチドが確かに設計しうるのか、そして、それがどのようなものであるのかを、当業者といえども本願明細書の開示及び出願時における技術常識から理解できるものとは認められない。
してみると、本願発明1で規定する2以上の「機能」を有するポリペプチドを異なる読み枠においてそれぞれコードする核酸分子をもれなく得るためには、所定の機能を有するポリペプチドをコードする極めて多数の核酸分子の候補から、読み枠をずらすことにより上述の極めて多数の機能を有するポリペプチドをコードするものを、あてもなく個々にスクリーニングしていくしかなく、このような作業は、当業者といえども、試行錯誤を伴う過度の実験を要するものというべきである。

(1-1-5)意図したポリペプチドの機能の裏付けについて
更にまた、本願発明1で規定する2以上の「具体的な機能」を有するポリペプチドを異なる読み枠においてそれぞれコードする核酸分子であれば、必ず有用なものであるともいえない。
例えば、本願明細書の実施例1乃至3においては、所定の機能を有するポリペプチドをコードする核酸分子を、他の読み枠において「αへリックス構造を形成しやすい」と予想されるポリペプチドをコードするように設計し、実施例2及び3においては、更に、「αヘリックス構造を形成しやすい」と予想されるポリペプチドをコードする読み枠に別の機能を有するポリペプチドをコードする読み枠をつなげることによって、当該所定の機能と「αへリックス構造を形成する機能」とを併せもつポリペプチドをコードする遺伝子が得られると予想している。
しかしながら、上記実施例においてαへリックス構造を形成しやすいと予想されている人工ポリペプチドについては、そもそも実際に「αへリックス構造を形成する機能」を有するものであることが確認されていないうえ、実際に「αへリックス構造を形成する機能」を有していたとしても、一般の融合タンパク質で用いられるグルタチオンS-トランスフェラーゼタグ、Hisタグ、Sタグ、T7タグ、HSVタグ等、それ独自で強くドメイン構造を形成することが分かっていたり、理論的には融合されるタンパク質の四次構造に影響を与えることが少ないことが分かっていたりするものとは異なり、融合されるポリペプチドの立体構造の形成に何ら影響を与えないとは限らないので、このような融合タンパク質により、意図したポリペプチドの機能が保持されるとは直ちにはいえない。
すなわち本願実施例1の核酸分子を縮合させたものや、本願実施例2及び3で行っているように、「αヘリックス構造を形成しやすい」と予想されるポリペプチドをコードする読み枠に別の機能を有するポリペプチドをコードする読み枠をつなげる場合には、当該「別の機能を有するポリペプチド」がもともとαヘリックス構造を大部分において含んでいるなどの特殊な事情がない限り、融合するポリペプチドの立体構造の形成に必然的に影響を与え、意図したポリペプチドの機能は全く裏付けられないといえる。
以上述べたとおり、本願発明1で規定する2以上の「具体的な機能」を有するポリペプチドを異なる読み枠においてそれぞれコードする核酸分子であっても、そのことをもって直ちに有用なものであるとはいえず、本願発明の詳細な説明は、当業者が当該核酸分子を使用できる程度に記載されているとは直ちにはいえない。

(1-2)小括
以上のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載されたものとはいえないので、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たさない。

(1-3)請求人の主張
審判請求人は、審査官が通知した特許法第36条第4項違反の拒絶理由に対して提出した平成18年2月24日付の意見書、平成18年5月23日付審判請求の理由を補充する手続補正書、平成20年1月25日付審尋に対して提出した平成20年3月25日付回答書において、要すれば、次の(a)乃至(c)のとおりに主張している。

(a)本願明細書には、〔0017〕?〔0021〕に記載されているように、当業者であれば容易に想到しうる“特定の機能”及び、本発明の多機能塩基配列の作製方法が具体的かつ詳細に説明されており、「特定の機能が具体的に記載されておらず、」との審査官殿の認定は誤っていること、本件明細書の段落[0018]?[0021]の記載、実施例の記載、図1等の作製方法に関する開示において、実際に3種の多機能塩基配列を作製しているから、本願明細書の開示は、任意の「多機能塩基配列」が使用できることを裏付けることを、主張している。

(b)また、本出願発明者が出願後に公開した学術論文を引用して、多機能塩基配列の説明及び例が記載されていると主張している。

(c)請求人は、K. Shiba et al., 2003 Third IEEE Conference on 2003 1(2): 386- 389 (2003)(以下、発明者第1論文という。)、K. Shiba et al., J Mol Catal B 28(4-6): 215-221 (2004) (以下、発明者第2論文という。)、K. Shiba et al., Chem Biol 11(6): 765-773 (2004) (以下、発明者第3論文という。)、及び学会で公表したとされる配列を挙げ、本願の手法を用いて多数の多機能塩基配列を実際に設計したと主張し、その塩基配列から得られる人工タンパク質が、実際に複数の機能性を発現することを確認しており、発明は技術的思想の創作であり、実施例はかかる思想の具現化の一例であることを考慮すると、本件明細書には“実施例記載の特定の塩基配列からなるDNA以外の任意の「多機能塩基配列」が使用できることを裏付ける記載”が発明の詳細な説明に十分に示されていること、審査官の認定は、実施例の裏付けのないものについては全て認められないということになり、特許法第36条第4項の規定の主旨を適切に理解したものといえないこと、を主張している。

(1-4)請求人の主張に対する当審の判断
しかしながら、(a)については、そもそも、特許法第36条4項の規定は、「発明の詳細な説明は、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない」というものである。
請求人が指摘する本件明細書の段落[0017]に記載されている事項は、「多機能塩基配列が有する機能は」・・・・「機能などを例示することができる。」というものであって、このような機能を複数盛り込みたいというポリペプチドの設計目標を例示することに止まるものである。そして、このような機能を複数盛り込みたいというポリペプチドの設計目標を発明の詳細な説明に例示することと、そのような機能を複数有するポリペプチドを設計取得できるように発明の詳細な説明に十分に記載されていることとは、全くもって相違するといわざるを得ない。
個々のアミノ酸残基やそれを含む領域が複雑に影響を及ぼし合って決まるポリペプチド全体の折りたたみ順序及び折りたたまれ方によって形成される全体としての構造がポリペプチドの機能を支配するため、出願当時の技術水準において提供されていた各種計算科学的手法、及び帰納的な手法で決定された各種モチーフの情報をもってしても、それら情報を演繹して本願発明に係る設計されたポリペプチドの機能を厳密に予測することはできるとはいえない。
例えば、タンパク質の二次構造の法則性という程度のものですら、単純に演繹できる性質のものではない。Chou-Fasman法やその改良法を挙げるまでもなく、例えば、アミノ酸Leuに対して、Asn-Leuはαへリックスを形成する傾向にあるが、それ以外のXXX-Leuではβシートを形成する傾向にあるなど単純な法則で表されるものでなく、βストランドの予測率に至っては、28-48%程度であったりするのである。
また、本願明細書の発明の詳細な説明における記載は、わずか3種の個別マイクロ遺伝子デザイン-25、マイクロ遺伝子デザイン-26、マイクロ遺伝子デザイン-27を設計し、それらを発現させたことを開示するのに止まるものであって、それらが設計した「機能」を有していたかどうかは確認されていないのである。ある機能を有するタンパク質群が特定のモチーフを持っているということは、当該モチーフを組み込んだタンパク質であれば当該機能を有するということを導き出す論理付けの基礎とはならないことは、例えば代表的なポリペプチドモチーフデータベースであるprositeにおける様々なモチーフについて、そのモチーフを有しているが、そのモチーフから類推される機能を有していないタンパク質がFalse positiveとして多数公開されていること、及び、審判請求の理由を補充する手続補正書において、PTDTatとBH3Noxaの単純な重合では、二つの機能をもつペプチドを作るのに十分ではなかったことを発明者自ら明かしていることから見ても明らかである。
よって、当業者にとって、本願明細書の開示は、本願明細書で開示したマイクロ遺伝子が意図した機能を有したものであるということを首肯できる程度の根拠となりうるということはできない。
このようなことから、当業者が本願明細書の記載にしたがって、塩基配列の読み枠が1つずつずれた3つの読み枠のすべてにストップコドンが存在しないことを特徴とするDNA又はRNAを合成しても、それの翻訳産物が意図した機能を有したものといえるか否かは合成したのち計測してみなければわからないので、本願発明の条件を満たすDNA又はRNAを得るためには当業者といえども無数の候補となる化合物を合成し、それぞれ実際に発現させて機能を検証しなければならないのであって、当業者が容易に実施できるということはできない。
また、拒絶査定の記載は、「発明の詳細な説明に実施例等により具体的に記載されているのは、特定の塩基配列からなるDNAのみであり、それ以外の「塩基配列の読み枠を異にした場合、該塩基配列が2以上の機能を有し、塩基配列の読み枠が1つずつずれた3つの読み枠のすべてにストップコドンが存在しない塩基配列」については特定の機能が具体的に記載されておらず、上記特定の塩基配列からなるDNA以外の任意の「塩基配列」が使用できることを裏付ける記載が発明の詳細な説明に十分に示されているとはいえない。」というものであって、ここで「特定の機能」とは、請求項1において意味するところの塩基配列によってコードされた実際に機能する「特定の機能」であるから、本願明細書の段落[0017]に記載されているような、「多機能塩基配列が有する機能は」・・・・「機能などを例示することができる。」というもののように、このような機能を複数盛り込みたいというポリペプチドの設計目標をいくら例示しても、機能させることができた機能が記載されていたことにはならない。
また、本件明細書の段落[0018]?[0021]の記載、実施例の記載、図1等の作製方法に関する開示をみても、いずれも、実際に複数の機能を有するポリペプチドをそれぞれの読み枠でコードするDNA又はRNAを、多数の候補化合物を合成して逐次その機能を確認するといった当業者にとっての過度の試行錯誤を必要とせずに、確実に設計しうる記載は全くないから、明確かつ十分に、記載されたものであるとはいえない。
したがって、主張(a)を採用することはできない。
また、主張(b)については、請求人が例挙した文献はいずれも、本願出願後に公開されたものであって、後に行われた研究や知見を含む書籍や論文を後に提出しても、当業者にとって、発明の詳細な説明は、当業者が本願発明1で規定する機能を有するポリペプチドをコードするDNA又はRNAを容易に得ることができ、かつ、使用することができる程度に明確かつ十分に、記載されたものではなかったという事実に変わりはない。
判決(知財高判平成15年12月22日判決,平成13年(行ケ)99号 取消事由1(2) 本件優先日当時の技術常識の参酌について)が判示するように、明細書を理解する上での技術常識とは、当該特許出願の出願日当時、当業者が容易に実施できる程度、すなわち、当業者が当該発明を明細書の記載に基づいて特殊な知識を付加しなくても再現できる程度の一般的に知られている技術又は経験則から明らかなものをいう。明細書は、技術文献としての役割を持つものであるから、発明者が理解できれば足りるものではなく、当業者が明細書を読んで、そこに記載されている発明を理解できることが必要である。当業者であれば出願日当時の技術常識を理解しているから、技術常識を参酌するのは当然であるが、技術常識とはいえない出願日後に公知となった技術内容を参酌しなければ理解できないものは、当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえない。したがって、本願出願後に頒布された各刊行物に記載の事項を参酌することによって容易に実施できたということはできないのであって、出願人の主張は失当である。
したがって、主張(b)を採用することはできない。
また、主張(c)について挙げられた「発明者第1論文」については、本願出願後に公開されたものであること、発現した人工タンパク質の機能が担保されていることがなんら確認されていないことから、当業者にとって、発明の詳細な説明は、当業者が機能を有するポリペプチドをコードするDNA又はRNAを容易に得られ、かつ、使用することができる程度に明確かつ十分に、記載されたものではなかったという事実を覆すものではない。
また、「発明者第2論文」については本願出願後の2004年においても未発表の特定のプログラムを用いて設計をしているのであって、本願出願時に当業者にとって、発明の詳細な説明は、当業者が機能を有するポリペプチドをコードするDNA又はRNAを容易に得られ、かつ、使用することができる程度に明確かつ十分に、記載されたものではなかったという事実を覆すものであるということはできない。
また、「発明者第3論文」についても、Noxa(54アミノ酸)から誘導されたもので、p53依存的アポトーシスを媒介すると見られているBH3モチーフ(BH3Noxa)の配列を用い、PTDTatとBH3Noxaを2つのアラニンでつなげた25アミノ酸からなる合成ペプチドの機能を調べたところ、PTD-BH3pepは細胞内に転位したが、いくつかの癌細胞の増殖抑制効果を示さず、細胞の形態にも影響を及ぼさず、PTDTatとBH3Noxaの単純な重合では、二つの機能をもつペプチドを作るのに十分ではなかったという事実は、むしろ当業者が機能を有するポリペプチドをコードするDNA又はRNAを容易に得られないということを支持するものですらあり、当業者が機能を有するポリペプチドをコードするDNA又はRNAを容易に得られ、かつ、使用することができる程度に明確かつ十分に、記載されたものではなかったという事実を覆すものではない。
また、同文献には、種々の細胞において、アポトーシスを誘導するということを示唆している、#284タンパク質は、2つのPTDTatモチーフの後に3つのBH3Noxaモチーフをもつ214アミノ酸からなるものが記載されているが、それは、その3’領域に相補的な8塩基と、3’-OH末端に不適正塩基を含め、プライマー対、3’5’エキソ+耐熱性DNAポリメラーゼとの変性及び伸張反応サイクルは、マイクロ遺伝子の頭-尾重合体を生じたこと、MPRは、ランダムに塩基を単位マイクロ遺伝子間に挿入あるいは欠失させるため、その接合部でマイクロ遺伝子の翻訳フレームがシフトすることを用いて、PTDTatとBH3Noxaモチーフからなる組み合わせライブラリーを構築し、それらのライブラリーから選択されたものである。
したがって、当該#284タンパク質は、特定の条件下でランダムに変異を加えて生じさせる工程を経て生じた多数のものの中から選んだものであって、第3者がその方法を正確に遂行することはできないし、本願出願時の明細書に接した当業者は、当該文献に記載されたような特定の条件下でそのようなスクリーニングを行うことを想起できたということもできない。また、それの翻訳産物が意図した機能を有したものといえるか否かは合成したのち計測してみなければわからないことは変わらない以上、本願発明の条件を満たすDNA又はRNAを得るためには当業者といえども無数の候補となる化合物を合成し、それぞれ実際に発現させて機能を検証しなければならないのであって、当業者が容易に実施できるということはできないのは上述のとおりである。
したがって、同文献も本願出願時に当業者にとって、発明の詳細な説明は、当業者が機能を有するポリペプチドをコードするDNA又はRNAを容易に得られ、かつ、使用することができる程度に明確かつ十分に、記載されたものではなかったという事実を覆すものであるということはできない。
また、学会で公表したとされる各配列については、出願後に公表されたものであり、本願明細書の記載及び出願時の技術常識のみをもって作製し得たものであるということを認めるに足る根拠はないのであるから、発明の詳細な説明は、当業者が機能を有するポリペプチドをコードするDNA又はRNAを容易に得られ、かつ、使用することができる程度に明確かつ十分に、記載されたことの根拠とすることはできない。
請求人は、「本出願以降に本件明細書に記載された手法により多機能塩基配列を構築した」ことについて本願明細書においての実施例として記載されていた事項のごとく主張するが、両者は厳然たる別物であって、本願出願時に当業者にとって、発明の詳細な説明は、当業者が機能を有するポリペプチドをコードするDNA又はRNAを容易に得られ、かつ、使用することができる程度に明確かつ十分に、記載されたものではなかったという事実を覆すものであるということはできない。
このように、本願発明は、明細書の実施例においてすら裏付けのないものであるが、仮にそうでないとしても、発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのであれば、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨からみて、発明の詳細な説明は当業者が容易にその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならないという要件を満たさないのはむしろ当然である。
原審審査官は、「実施例の裏付けのないものについては全て認められない」といっているわけではなく、実施例に裏付けられていないものであって、本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないものについては、発明の詳細な説明は当業者が容易にその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならないという要件を満たさないのであって、本願発明1に係る発明の詳細な説明は、本願発明1を実施するに際し過度の試行錯誤をせざるを得ない程度に不備である。
したがって、主張(c)を採用することはできない。
以上のとおりであるから、請求人のこれらの主張(a)?(c)はいずれも採用することができない。


2.特許法第36条第6項第2号についての判断

(2-1)当審の判断
本願発明4及び8は、
「【請求項4】 塩基配列を重合したときの連結部にストップコドンが生起することがないことを特徴とする請求項3記載の塩基配列。
【請求項8】 塩基配列を重合するための修飾が施されていることを特徴とする請求項1?7のいずれか記載の塩基配列。」
という、「塩基配列」に係るものである。
本願発明4及び8にいう「塩基配列」について明細書中に定義は置かれていない。
そこで、本願明細書を参酌すると、「【0021】 また、種類の異なる2以上の多機能塩基配列をリガーゼ等を用いて結合させることにより、あるいは多機能塩基配列と天然由来の塩基配列とをリガーゼ等を用いて結合させて本発明の多機能塩基配列とすることもできる。また、本発明の多機能塩基配列の一部を個別に作製し、その後これらをリガーゼ等を用いて結合させることにより本発明の多機能塩基配列とすることもできる。」と記載されており、「塩基配列」とはリガーゼを作用させることができる実態としての核酸化合物を指すとも読み取れる記載が存在する。
また、一方で、例えば、明細書【0010】?【0011】には、「そこで、同じ方向の他の読み枠2つのいずれかで「二次構造を形成しやすい」という性質を有するペプチドをコードする塩基配列を、上記約1,651億種の塩基配列の中から計算機により検索することにした。計算機としてSunのEnterprise250を用いて実行したところ、約1,651億種の塩基配列全てを同時に計算するには無理があることがわかったので、上記中和抗原ペプチドの両端を削除した「IRIQRGPGRTFVT」の13個のアミノ酸からなるペプチドについて計算することとした。1つの読み枠でこのペプチドをコードする可能性のある塩基配列を全て計算機内に書き出したところ、約5億種の塩基配列が作成された。これら5億種の塩基配列の、同じ方向の他の2つの読み枠を翻訳し、終止コドンが現れて翻訳が途中でストップするものや、ペプチド配列として重複するものを除いた、約1,506万種のペプチド配列の集団を計算機の中に作成した。次に、この約1,506万種のペプチドの中から「二次構造を形成しやすい」という性質をもつペプチドを、二次構造予測プログラムを用いて個別に計算してスコアづけを行った。この計算に1週間以上要したが、得られた結果をスコアの高い順にソートしたところ、第2読み枠でαヘリックスを非常に形成しやすい塩基配列として、「ATACGCATTCAGAGAGGCCCTGGCCGCACTTTTGTTACT」を選択することができた。」と記載されており、「塩基配列」とは実態としての化合物である「核酸」ではなく、計算機のメモリー上に書き出されることが可能な「化学構造情報」を指すとも読み取れる記載も存在する。
してみれば、本願発明4及び8における「塩基配列」は、化学物質を指すのか、化学構造情報を指すのかは本願明細書の記載から多義的に解する余地があり明確でない。少なくとも化学物質を指す名称としては不適切であることは、原審も指摘するとおりである。

(2-2)小括
したがって、本願発明4及び8は、特許を受けようとするものとして明確なものではなく、この出願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさない。


第5 むすび

以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願発明1について、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしておらず、また、本願特許請求の範囲の記載は、本願発明4,8について、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、他の請求項に係る発明や、拒絶査定の理由となった他の拒絶の理由について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-08-08 
結審通知日 2008-08-11 
審決日 2008-08-25 
出願番号 特願2000-180997(P2000-180997)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C12N)
P 1 8・ 537- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 長谷川 茜高堀 栄二  
特許庁審判長 種村 慈樹
特許庁審判官 鈴木 恵理子
上條 肇
発明の名称 多機能塩基配列及びそれを含む人工遺伝子  
代理人 廣田 雅紀  

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