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審決分類 審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1196971
審判番号 不服2005-7426  
総通号数 114 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-04-25 
確定日 2009-05-08 
事件の表示 平成 6年特許願第525508号「C型肝炎ウイルスE2/NS1領域の保存モチーフ」拒絶査定不服審判事件〔平成 6年11月24日国際公開、WO94/26306、平成 8年10月29日国内公表、特表平 8-510240〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成6年5月3日(パリ条約に基づく優先権主張1993年5月12日、米国)に国際出願されたものであって、平成17年1月18日付で拒絶査定がなされ、これに対し、平成17年4月25日に拒絶査定に対する審判請求がなされ、平成17年5月25日に願書に添付した明細書について手続補正がなされ、さらに平成19年10月29日付で審尋がなされ、平成20年4月25日に回答書が提出されたものである。


第2 平成17年5月25日付の手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成17年5月25日付の手続補正を却下する。

[理由]
1.請求項1に係る本件補正の内容
本件補正により、補正前の特許請求の範囲の請求項1
「【請求項1】HCVのE2HV超可変領域からの以下の共通配列:
-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLI
を含む抗原性ポリペプチド。」
は、
「【請求項1】HCVのE2HV超可変領域からの以下の共通配列:
X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLIを含む抗原性ポリペプチドであって、ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である、抗原性ポリペプチド。」
と補正された。

2.平成6年法律第116号改正附則第6条によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第2項において準用する同法第17条第2項の規定に関する当審の判断

(1)本件補正により、特許請求の範囲の請求項1に追加された技術的事項
上記補正は、補正前の請求項1に係る「抗原性ポリペプチド」の発明の構成に欠くことのできない事項のうち、HCVのE2HV超可変領域からの以下の共通配列:
-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLIのうち、N末端側から数えて1番目のアミノ酸を、補正前に「-」で表されていた「任意のアミノ酸」に代えて「親水性かつ酸性のアミノ酸」であるものとして特定し、3番目のアミノ酸を、補正前の「任意のアミノ酸」に代えて「親水性かつ塩基性のアミノ酸」であるものとして特定し、8番目、14番目及び27番目のアミノ酸を、補正前の「任意のアミノ酸」に代えて「疎水性かつ極性のアミノ酸」であるものとして特定し、16番目、17番目、21番目、22番目及び24番目のアミノ酸を、補正前の「任意のアミノ酸」に代えて「疎水性かつ非極性のアミノ酸」であるとの限定を新たに付加する(以下、「補正発明1の補正事項」という。)ものである。
当該補正により、請求項1に係る発明は、「抗原性」を有し、補正発明1の補正事項からなる特定のアミノ酸のグループから選択されたアミノ酸の組み合わせからなるアミノ酸配列を含むポリペプチドに補正されたことになる。

(2)本願の当初明細書又は図面の記載
本願の願書に添付された明細書又は図面(以下、当初明細書又は図面という。)には、上記「X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLIを含む抗原性ポリペプチドであって、ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である、抗原性ポリペプチド」という記載そのものはない。
従って、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)は、本願の当初明細書又は図面に明示的に記載された事項であるとはいえない。

本願の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下、当初明細書又は図面という。)には、上記補正により追加された、補正発明1の補正事項に関連するもの、すなわち、請求項1に規定する共通配列(モチーフ)と当該共通配列のアミノ酸可変部位において選択されうるアミノ酸の種類の関係に関するものとしては、以下の記載が挙げられる。

(a)「【請求項7】aa1-aa2-aa3-aa4-aa5-aa6により特徴づけられるモチーフを有する免疫原性ポリペプチド:ここで、
aa1は、S、G、A、D、K、R、あるいはTであり;
aa2は、L、F、I、M、あるいはWであり;
aa3は、FあるいはLであり;
aa4は、任意のアミノ酸であり;
aa5は、任意のアミノ酸であり;そして、
aa6は、GあるいはAであり、
但し該モチーフは、1993年5月12日の既知HCV分離株の天然に存在するE2HVドメインの31アミノ酸内に含まれない。

(b)「【請求項8】前記アミノ酸配列が、aa6に接続された付加アミノ酸aa7をさらに含み、ここでaa7は、A、P、あるいはSである、請求項7に記載の免疫原性ポリプチド。」

(c)「 本発明のさらなる局面では、aa1-aa2-aa3-aa4-aa5-aa6 により特徴づけられるモチーフを有する免疫原性ポリペプチドが提供され、ここで、aa1は、S、G、A、D、K、R、あるいはTであり;aa2は、L、F、I、M、あるいはWであり;aa3は、FあるいはLであり;aa4は、任意のアミノ酸であり;aa5は、任意のアミノ酸であり;そして、aa6は、GあるいはAであり、但しこのモチーフは、1993年5月12日の既知HCV分離株の天然に存在するE2HVドメインの31アミノ酸内に含まれない。さらなる実施態様では、aa7が存在し、aa6に接続され、aa7は、A、P、あるいはSである。」(明細書3頁21行-4頁4行)

(d)「実施例1
(E2HV中の保存モチーフの同定)
E2HVドメイン内の1つまたは複数の保存モチーフは、保存特性について世界中からの分離株由来の90のE2HV配列を調査することにより同定された。調査されたHCV配列を図2に示す。調査は、E2HV配列の有意な可変性を示した。
HCV感染後に引続く患者からのE2HV配列データは、変異が、アミノ酸395から407の間で高頻度に、そして時間とともに、E2HVドメインの残りの部分を通して現れることを示している。図3を参照のこと。」(明細書41頁6-15行)

(e)「 配列調査の結果を図4に示し、それは、アミノ酸384から407の特性の保存の程度を示す。2つのE2HV配列は同一ではないが、アミノ酸401から403および406から407は、それらの位置のアミノ酸の特性について強く保存されている。アミノ酸401は、S、G、A、D、K、R、あるいはTであり;アミノ酸402は、L、F、I、M、あるいはWであり;アミノ酸403は、FあるいはLであり;アミノ酸406は、GあるいはAであり;アミノ酸407は、A、P、あるいはSである。調査された90配列中のこれらの位置のアミノ酸の相対分布を、表2に示す。
【表2】(省略)」(明細書42頁9-17行)

(f)「ピンに接続されたHCV1の384から413のアミノ酸位にわたる配列由来の重複ペプチドを調製した。そのペプチドは、同じ領域由来の複合体化30量体ペプチドで免疫したヒツジからのIgG調製物と反応した。
抗HV E2抗体を含有するヒツジIgG調製物は、ジフテリアトキソイドに結合されたペプチドで免疫したヒツジから調製した。そのペプチドは、HCV1 E2HV領域にわたり、次の配列を有した:
アセチル-C-B-E-T-H-V-T-G-G-S-A-G-H-T-V-S-G-F-V-S-L-L-A-P-G-A-K-Q-N-V-Q-L-酸
ここで、Bはブチルアラニンである。」(明細書43頁4行-44頁7行)

(g)「 E2HVの保存領域内では、HCV1の保存モチーフ配列は、S-L-L-aa4-aa5-G-(A/P/S)である。S-L-F-aa4-aa5-G-(A/P/S)モチーフ中でのLのFへの置換は、アミノ酸特性に関して保存性である。」(明細書44頁18-21行)

(h)図2Aには、コンセンサス(配列)として、-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLIなる配列が記載されており、図2Aのうちその余及び図2Bには、90株のHCV分離株のE2HV配列が記載されている。

(i)図3には、HCV感染後に引き続いて起こる個体から見出されるウイルス株のHCV E2HV配列の時系列データが記載されている。

(j)図4は、E2HVの384位から407位の各アミノ酸の保存割合(パーセント)が記載されており、注記として「403位(F,L)、406位(G,A)、および407位(A,P,S)は、それぞれ、相同特性の2または3個のアミノ酸のみを用いている。
394位は 単独の強く保持された塩基性アミノ酸を示し、他の全ては、疎水性特性 および/または 大きさについて保存されている(アミノ酸位置407の場合)。
398位は 個々の患者において 引き続き一時的なHCV分離株のアミノ酸395?407の間で最小に保存されているようである(図3参照)。」と記載されている。

(3)当初明細書の記載事項と手続補正書の補正内容に係る判断
これら本願当初明細書又は図面の記載のうち、記載事項(a),(b),(c),(e),(g)には、コンセンサス配列「-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLI」のうち、N末端側から数えて15から24番目の「G--SLF--G-」モチーフの固定アミノ酸部分についての事項の記載に加えて、可変部分については23番目のGに続く24番目のアミノ酸として、「A/P/S」から選択すべきであると記載されている。
しかしながら、補正発明1の補正事項は、「24番目のアミノ酸を、補正前の「任意のアミノ酸」に代えて「疎水性かつ非極性のアミノ酸」から選択する」というものであって、記載事項(a),(b),(c),(g)に記載された選択肢には24番目のアミノ酸として、極性アミノ酸であるSが他の選択肢と等しく含まれているから、本願当初明細書又は図面の記載は補正発明1の補正事項と対応しない。
また、本願当初明細書又は図面には、1番目、3番目、8番目、14番目、16番目、17番目、21番目、22番目及び27番目のアミノ酸として「任意のアミノ酸」に代えてどのようなアミノ酸を選択するべきであるかについて何ら示唆するところはない。

また、記載事項(d),(h)には、90株のHCV分離株のE2HV配列が記載されている。しかしながら、図2A及び図2Bに挙げられた90株のHCV分離株の中で該コンセンサス配列に規定されたアミノ酸の配列の要件に合致する株は全く存在しない。
そして、図2A及び図2Bに挙げられた90株のHCV分離株には、N末端側から数えて1番目のアミノ酸としては、補正発明1の補正事項である「親水性かつ酸性のアミノ酸」である「D又はE」以外のもの、すなわち、A,S,Q,G,H・・・であるものも含まれており、図2A及び図2Bの記載から「D又はE」がコンセンサス配列として適切であるとの特別な技術的意義を持つことを読み取ることはできない。
また、特定のアミノ酸のグループがコンセンサス配列として適切であるとの特別な技術的意義を持つことを読み取ることができないことは、N末端側から数えて3番目以降のアミノ酸可変部位についても同様である。
また、記載事項(i)についても同様である。

また、記載事項(f)には、HCV1の384から413のアミノ酸位にわたる配列由来の重複ペプチド「アセチル-CBETHVTGGSAGHTVSGFVSLLAPGAKQNVQL-酸」を調製したことが記載されている。
しかしながら、当該人工ペプチドのアミノ酸配列は、補正発明1の補正事項に関連する共通配列(モチーフ)とは、以下に示すアライメントで「*」で示された部分が異なる
CBETHVTGGSAGHTVSGFVSLLAPGAKQNVQL
** * * * * *
-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLI

ことから明らかなとおり、補正発明1が出願当初明細書に記載されていたことの直接的な根拠とはなり得ないし、共通配列(モチーフ)として、何番目のアミノ酸としてどのようなものがコンセンサス配列として適切であるとの特別な技術的意義を持つことを読み取ることはできない。
したがって、これら記載からは、補正発明1の補正事項に係る特定のアミノ酸のグループがコンセンサス配列として適切であるとの特別な技術的意義を持つことを読み取ることができない。

また、記載事項(j)に記載された、保存割合(パーセント)、保存のアミノ酸置換においては、どのアミノ酸を基準として保存されたアミノ酸とするかについて全く言及していない。注記として挙げられた、394位、398位、403位、406位は、いずれも、本願補正発明1においてはモチーフの固定配列部分に相当し、407位は「A/P/S」が用いられているとされ、記載事項(a),(b),(c),(g)について述べたのと同様に、記載された選択肢には24番目のアミノ酸として、極性アミノ酸であるSが他の選択肢と等しく含まれているから、補正発明1の補正事項と対応しない。
したがって、これら記載からは、補正発明1の補正事項に係る特定のアミノ酸のグループがコンセンサス配列として適切であるとの特別な技術的意義を持つことを読み取ることができない。

以上、これら当初明細書に記載された記載事項(a)?(j)に記載された事項を参酌しても、補正発明1の補正事項は、当初明細書等の記載から自明である事項であるとはいえない。

これにつき、知的財産高等裁判所の判示によれば、「補正が、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる」ところ、逆に、補正が、新たな技術的事項を導入したものであるときは、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものではないということができるので、この観点から、更に本件補正を検討する。

そして、本願補正発明は、当初明細書に記載された
「(C.HCVのワクチン処置)
本発明の1つの実施態様では、SLF--Gモチーフを含有する抗原決定基に対して特異的な抗体を結合する領域を有するポリペプチドで構成される免疫原性組成物が、そのモチーフを含有する1つまたは複数のHCV抗原決定基に対する免疫応答性を刺激するためのワクチン適用に使用される。
予備的な証拠は、E2/NS1の1つまたは複数の超可変ドメインが逸出変異体に起因し得、それが慢性HCV感染に導くことを示唆する。しかし、超可変領域中の保存領域は、その保存領域が重要な機能を有し、ウイルス結合および/または宿主細胞への侵入および/または宿主細胞での複製に必須の役割をなすことを示唆する。ウイルス結合では、その結合が、細胞、および/または、ウイルスの結合および/または侵入および/または複製を促進する別の分子と行われ得ることが予想される。以下に示す実施例は、トランスチレチンおよび/または甲状腺結合グロブリン(TBG)へのウイルス結合が、感染過程に関与することを示唆する。従って、保存SLF--G配列を含有する抗原決定基に対する免疫応答を増大することは、HCV感染の予防および/または軽減だけではなく、HCV感染の慢性化の減少を導き得る。さらに、保存領域はまた、SLF--Gモチーフを有する領域を有する免疫反応性ポリペプチドで構成されるワクチンが交差反応性であり得ることを示唆する。」という記載や、
「SLF--Gモチーフで構成される1つまたは複数のHCVエピトープに対して特異的な抗体(モノクローナルおよびポリクローナルの両方)は、特に診断に有用であり、そして中和する抗体は受動免疫療法に有用である。特に、モノクローナル抗体は、抗イディオタイプ抗体を誘起するために使用され得る。」等のすべての記載を総合すると、複数のHCVの可変領域のアミノ酸配列から共通するモチーフを明らかにして、当該モチーフを持つ抗原性ポリペプチドを用いることでHCV感染の慢性化の減少や診断を可能とするという効果を目的とするものであるという事実に対応するものであると認められる。
しかしながら、補正発明の補正事項の付加によって、このような技術的な効果を奏するモチーフのアミノ酸配列の範囲など技術的な観点から本願出願時には明らかでなかった新たな事項が付加されることになる。
よって、本願補正発明は、当業者によって本願明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入したものであるということができる。
したがって、平成17年5月25日付手続補正は、本願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない。

3.請求人の主張
審判請求人は、平成20年4月25日付回答書において、新たな補正案を提示し、それに加えて、本願明細書には、「本発明は、免疫原性であって、アミノ酸特性に関して保存される、モチーフのこのサブ領域内での存在に関する。E2HVアミノ酸配列はこのモチーフ内で同一である必要はないが、一定のパターンが存在する。」(2頁下から3行目?3頁2行目 )と記載されており、当業者にとって、この「アミノ酸特性」とは、アミノ酸の生化学的特性であることが明らかであって、本願優先日当時の技術常識に照らせば、それは、酸性、塩基性、中性-非極性、および、中性-極性に分類されることから、本願明細書の「アミノ酸特性に関して保存される」および「E2HVアミノ酸配列はこのモチーフ内で同一である必要はないが、一定のパターンが存在する」とは、
1)親水性かつ酸性のアミノ酸は、他の親水性かつ酸性のアミノ酸に置換され得ること、
2)親水性かつ塩基性のアミノ酸は、他の親水性かつ塩基性のアミノ酸に置換され得ること、
3)疎水性かつ極性のアミノ酸は、他の疎水性かつ極性のアミノ酸に置換され得ること、
4)疎水性かつ非極性のアミノ酸は、他の疎水性かつ非極性のアミノ酸に置換され得ること、
を意味し、実際に、疎水性かつ非極性(中性-非極性)のアミノ酸の、他の疎水性かつ非極性(中性-非極性)のアミノ酸への置換が、本願明細書の44頁20行に記載されていると主張している。
そして、図2に記載された、90種のHCV分離株のE2HV配列のコンセンサスが、
-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-
であること、実施例2において実際に用いられた配列において上記コンセンサス
-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-
以外の部分の残基(すなわち、「-」で示した残基)は、
E・H・・・・S・・・・・S・FV・・・AP・A
となり、ここで、
Eは、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、
Hは、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、
Sは、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、
Fは、疎水性かつ非極性のアミノ酸であり、
Vは、疎水性かつ非極性のアミノ酸であり、
Aは、疎水性かつ非極性のアミノ酸であり、
Pは、疎水性かつ非極性のアミノ酸であるから、
そのため、E2HV配列のアミノ酸残基384?407は、
X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4) を含む抗原性ポリペプチドであって、ここで
X^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、
X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、
X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そして
X^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である、
として表され、本願優先日当時の技術常識に照らせば、本願明細書の記載が上記補正案に記載のアミノ酸配列を意味することが明らかであると主張している。

4.請求人の主張について
(1)アミノ酸特性の解釈について
しかしながら、「アミノ酸特性」は非常に多義的に解されうる用語である。図4の注記には、「疎水性特性 および/または 大きさ」とあるように、親水性と疎水性という観点のみ、あるいはアミノ酸の大きさ(嵩高さ)あるいはそれらの組み合わせというようにも解する余地があり、一義的に、本願優先日当時の技術常識に照らせば、それは、酸性、塩基性、中性-非極性、および、中性-極性に直ちに分類できるということはできないのである。
また、請求人自体、明細書図4に「各アミノ酸位置についての保存アミノ酸特性」としてアミノ酸401位を93%保存のアミノ酸置換、402位を100%保存のアミノ酸置換、407位を100%保存のアミノ酸置換と記載している。
図4の保存の割合を算出する根拠となったHCV変異体の各位置における配列をまとめた表2には、401位のアミノ酸は、疎水性かつ極性のアミノ酸であるSであるものが62株、疎水性かつ非極性のアミノ酸であるGであるものが18株、疎水性かつ非極性のアミノ酸であるAであるものが2株、疎水性かつ極性のアミノ酸であるTであるものが2株、親水性かつ酸性のアミノ酸であるDであるものが1株、親水性かつ塩基性のアミノ酸であるKであるものが1株、親水性かつ酸性のアミノ酸であるRであるものが4株、合わせて90株あったことが記載されている(最左列参照)。
ここで、「アミノ酸特性」が請求人が主張するように、本願優先日当時の技術常識に照らせば、それは、酸性、塩基性、中性-非極性、および、中性-極性という4種を意味するのであれば、保存の割合は
(疎水性かつ極性のアミノ酸である株数)÷90=(62+2)÷90=0.71=71%
となり、93%にはならないのである。
93%となるような「アミノ酸特性」の解釈とは、アミノ酸を疎水性のものと親水性のものとに2分する場合だけであり、そのような場合に初めて、
(疎水性のアミノ酸である株数)÷90=(62+18+2+2)÷90=0.93=93%となるのである。
このことは、402位のアミノ酸として、疎水性かつ非極性のアミノ酸(L,F,I,M)である株と疎水性かつ極性のアミノ酸(W)である株が含まれるにも関わらず、どちらも疎水性であるとして100%保存のアミノ酸置換と表記していること、407位のアミノ酸として、疎水性かつ非極性のアミノ酸(A,P)である株と疎水性かつ極性のアミノ酸(S)である株が含まれるにも関わらず、どちらも疎水性であるとして100%保存のアミノ酸置換と表記していることとも整合する。
このように、本願明細書においては、疎水性アミノ酸に属するもののうち極性のものと非極性のものとを区別せずに「保存アミノ酸特性」を導き出し、当該用語を親水性と疎水性というアミノ酸を2分する観点で使用しており、請求人自ら、「アミノ酸特性」という用語を酸性と塩基性の区別、極性と非極性の区別をせずに使用しているのである。
したがって、本願明細書に係る「アミノ酸特性」とは、アミノ酸の生化学的特性であることが明らかであって、本願優先日当時の技術常識に照らせば、それは、酸性、塩基性、中性-非極性、および、中性-極性の4種に分類されるとの請求人の主張は、請求人の記載した明細書の内容とも矛盾し、誤りであるという他はない。

(2)実施例2において実際に用いられた配列のコンセンサス配列への適用について
また、請求人は、実施例2において実際に用いられた配列である、CBETHVTGGSAGHTVSGFVSLLAPGAKQNVQLにおいて、図2に記載された、90種のHCV分離株のE2HV配列のコンセンサス配列 -T-VTGG-AARTT-G--SLF--G- 以外の部分の残基(「-」で示した残基)は、「E・H・・・・S・・・・・S・FV・・・AP・A」 となると主張するが、第2 2.(3)の記載事項(f)についてすでに述べたように、当該人工ペプチドのアミノ酸配列は、補正発明1の補正事項に関連する共通配列(モチーフ)とは、以下に示すアライメントで「*」で示された部分が異なる
CBETHVTGGSAGHTVSGFVSLLAPGAKQNVQL
** * * * * *
-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLI
のであるから、補正発明1の発明の構成であるコンセンサス配列を有していないのであり、また、実施例2において実際に用いられた配列は、そもそも本願補正発明1に包含されないものである。
そして、出願当初明細書には、図2に記載された、90種のHCV分離株のE2HV配列のコンセンサス配列として配列が決定されていないコンセンサス配列以外の部分のみに、実施例2において実際に用いられた人工ポリペプチドのアミノ酸配列を適用するべきであることについては何ら記載されていないし、当業者にとって自明でもない。

(3)コンセンサス配列部分以外の特定のアミノ酸を、酸性、塩基性、中性-非極性、および、中性-極性という4種のアミノ酸特性を満たすアミノ酸群へと拡張することについて
請求人は、実施例2において実際に用いられた人工ポリペプチドのアミノ酸配列としてコンセンサス配列以外の部分となる、「E・H・・・・S・・・・・S・FV・・・AP・A」の各アミノ酸の組み合わせを基に、本願明細書の「アミノ酸特性に関して保存される」および「E2HVアミノ酸配列はこのモチーフ内で同一である必要はないが、一定のパターンが存在する」なる記載を根拠に、本願優先日当時の技術常識に照らせば、本願明細書の記載が上記補正案に記載のアミノ酸配列を意味することが明らかであると主張しているが、「アミノ酸特性」が酸性、塩基性、中性-非極性、および、中性-極性という4種のグループを意味するとはいえないことは上述のとおりであり、さらに「アミノ酸特性に関して保存される」のはモチーフであってモチーフでないコンセンサス配列以外の部分について言及したものでもない。
したがって、補正発明1の発明の構成は、出願当初明細書に明示的に記載されていたものでもなく、そこから自明でもない。
そして、これらの補正事項は、いずれも「HCVのE2HV超可変領域の共通配列」というものが、本願の当初明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導き出されるどのような化学構造を満たすポリペプチドによってもたらされるかという技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入し、変更するものであるという他はない。
以上のとおりであるから、請求人のこれらの主張はいずれも採用することができない。

5.むすび
したがって、平成17年5月25日付手続補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでなく、平成6年法律第116号改正附則第6条によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第2項において準用する同法17条第2項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

6.独立特許要件について
本件補正は、上述のとおり、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないので、却下すべきものであるが、さらに、本件補正後の本願補正発明1が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)、どうかについて、以下に検討する。

(6-1)本願補正発明1
本願補正発明1は、平成17年5月25日付の手続補正書によって補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】HCVのE2HV超可変領域からの以下の共通配列:
X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLIを含む抗原性ポリペプチドであって、ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である、抗原性ポリペプチド。」

(6-2)原査定の理由
本願補正発明に対応する本件補正前の請求項1に係る発明を含む、本件補正前の発明について、原審の平成17年1月18日付の拒絶査定は、以下の拒絶の理由を指摘している。

理由3
本願明細書の実施例2には、ジフテリアトキソイドに結合された、アセチル-CBETHVTGGSAGHTVSGFVSLLAPGAKQNVQL-酸なるペプチドで免疫したヒツジから調製したヒツジIgG調製物が記載され、このものが、400VSLLA404エピトープや401SLLAPGA407及び403LAPGA407を含むペプチドと反応した旨記載されているが、この免疫に用いたペプチドは、本願発明のポリペプチドと並べて比較すると、
CBETHVTGGSAGHTVSGFVSLLAPGAKQNVQL
-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLI
** * * *
となり、両者は*のアミノ酸において異なっているから、上記実施例2は、有用性の内容や8量体を用いたペプスカン法の是非を論ずるまでもなく、補正後の本願ポリペプチドの発明の実施例とはいえないものである。また、上記エピトープやペプチドと反応したことをもって、上記IgG調製物が複数のHCV分離株と交差反応性であるとはいえない。また、仮に、上記IgG調製物が複数のHCV分離株と交差反応性であるといえたり、一つ又は数個の実施例があったとしても、本願発明のポリペプチドは、少なくとも10個の任意のアミノ酸を含むものであるから、任意のアミノ酸の数は、補正前の本願発明のポリペプチドにおける2つよりも大幅に増えていることとなり、化学構造上極めて広範なポリペプチドを包含し得るものであることにかわりはなく、その中から、複数のHCV分離株と交差反応性である抗体の産生を誘発し得るという所望の性質を有するものを選択するためには、通常当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤を行う必要がある。
本願発明のポリペプチドは、化学構造上極めて広範なポリペプチドを包含し得るものであり、その中から、複数のHCV分離株と交差反応性である抗体の産生を誘発し得るという所望の性質を有するものを選択するためには、通常当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤を行う必要がある。
したがって、本願明細書には、当業者が本願発明のポリペプチドを製造し使用することができる程度の記載がなされているとはいえない。本願発明の抗体についても同様である。
出願人は、上記意見書の中で、「まず第1に、補正後の本願発明は、「抗原性」ポリペプチド、または「抗原性」ポリペプチドを用いる免疫アッセイ法に係る発明です。そのため、補正後の本願発明のポリペプチドには、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」することは必要とされません。補正後の本願発明に係る抗原性ポリペプチドは、抗体との反応性を有すれば、十分です。」と主張する。しかしながら、本願明細書に記載されるポリペプチドは、本願明細書の記載及び上記意見書の「特許法第29条について」の主張からみて、もっぱら、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」することをその有用性の本質としているものと認められるので、本願発明のポリペプチドの有用性の裏付けが本願明細書になされているといえるためには、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」することを裏付けるに足る実施例の記載が必要とされるものというべきであり、出願人の上記主張は採用できない。
(なお、本願発明のポリペプチドが、単に抗原性を有すればよいものであるならば、本願発明のポリペプチドは、引用文献1?3の記載に基づいてアミノ酸配列を適宜変更して得たものにすぎないこととなる点付言する。)
よって、本願発明について、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

(6-3)理由3(特許法第36条第4項)についての判断

(6-3-1)本願の発明の詳細な説明における本願補正発明1に関する記載
本願補正発明1に係る「抗原性ポリペプチド」の機能及び用途に関連して、本願の発明の詳細な説明には、以下の(k)乃至(q)の事項が記載されている。

(k)「11.生物学的試料中の抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出するためのイムノアッセイ方法であって、該方法が、
a)抗HCV抗体を含有する疑いのある抗体含有生物学的試料を、項目7に記載の免疫原性ポリペプチドを含むプローブ抗原とインキュベートし、抗体-抗原複合体を形成させる工程;および
b)該プローブ抗原を含有する該抗体-抗原複合体を検出する工程;
を包含する、方法。」(特許請求の範囲第11項)

(l)「本発明のさらなる局面では、生物学的試料中の抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出するためのイムノアッセイ方法が提供され、この方法は、以下の(a)および(b)を包含する:(a)抗HCV抗体を含有することが予想される抗体含有の生物学的試料と、上記のような免疫原性ポリペプチドを含有するプローブ抗原とをインキュベートして、抗体-抗原複合体形成を行わせ得る;(b)プローブ抗原を含有する抗体-抗原複合体の検出。」(明細書第5頁2-8行)

(m)「C.HCVのワクチン処置
本発明の1つの実施態様では、SLF--Gモチーフを含有する抗原決定基に対して特異的な抗体を結合する領域を有するポリペプチドで構成される免疫原性組成物が、そのモチーフを含有する1つまたは複数のHCV抗原決定基に対する免疫応答性を刺激するためのワクチン適用に使用される」(明細書第27頁1-6行)

(n)「従って、保存SLF--G配列を含有する抗原決定基に対する
免疫応答を増大することは、HCV感染の予防および/または軽減だけではなく、HCV
感染の慢性化の減少を導き得る。さらに、保存領域はまた、SLF--Gモチーフを有す
る領域を有する免疫反応性ポリペプチドで構成されるワクチンが交差反応性であり得るこ
とを示唆する。」(明細書第27頁22行?第28頁3行)

(o)「ワクチンとして使用される免疫原性組成物は、免疫学的に有効な量の抗原性ポリペプチド、および上記のいずれもの他の成分を必要であれば含有する。」(明細書第33頁5-7行)

(p)「免疫原性組成物(例えば、抗原、薬学的に受容可能なキャリア、およびアジュバント)は典型的に、水、生理食塩水、グリセロール、エタノールなどのような希釈剤を含有する。さらに、湿潤あるいは乳化剤、pH緩衝物質などのような補助物質が、このような媒体(vehicle)に存在し得る。
典型的には、免疫原性組成物は、液体溶液あるいは懸濁液のいずれかとして、注射可能に調整され得る。注射の前に液体媒体に入れて溶液あるいは懸濁液とするのに適切な固形形態もまた、調製され得る。調製物はまた、薬学的に受容可能なキャリアについて上記で考察したように、アジュバント効果を増強するために、乳化され得るかあるいはリポソーム中にカプセル化され得る。
ワクチンとして使用される免疫原性組成物は、免疫学的に有効な量の抗原性ポリペプチド、および上記のいずれもの他の成分を必要であれば含有する。「免疫学的に有効な量」は、単回あるいは連続投与の一部として個体に投与される量が、治療に有効であることを意味する。この量は、処置される個体の健康あるいは生理的状況、処置される個体の分類群(例えば、ヒト以外の霊長類、霊長類など)、抗体を合成する個体の免疫系の能力、所望の防御程度、ワクチンの処方、処置医の医学的な状況の評価、および他の関連因子に依存して変化する。その量は、規定の試験により決定され得、比較的広範囲に及ぶことが予想される。」(明細書第32頁17行?第33頁15行)

(q)「本発明のさらなる実施態様では、上記のように調製された免疫原性ポリペプチドは、ポリクローナルおよびモノクローナルを含む、抗体を産生させるために使用される。」(明細書第34頁7行?9行)

(6-3-2)当審の判断
次に、以上のような本願明細書の発明の詳細な説明の記載からみて、本願補正発明1に係る「抗原性ポリペプチド」は当業者にとって容易に実施しうるといえる否かについて検討する。

上記(k)、(l)には、本願補正発明1に係る「抗原性ポリペプチド」は、「抗体-抗原複合体を生じさせることで抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出するためのもの」(有用性1)であることが記載され、上記(m)乃至(p)には、本願補正発明1は、「HCV感染の予防および/または軽減だけではなく、HCV感染の慢性化の減少を導き得る」「ワクチン」のためのもの(有用性2)であることが記載され、上記(q)には、「ポリクローナルおよびモノクローナルを含む、抗体を産生させるため」のもの(有用性3)であることが記載されている。

以下、「有用性1」について検討する。
本願補正発明1の抗原性ポリペプチドが、審判請求人が主張する「抗体-抗原複合体を生じさせることで抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出するためのもの」であるとすれば、当該抗原性ポリペプチドが、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」,「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」を含むものであれば、
抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出することができることについて、本願明細書の記載及び出願時の技術常識から明らかになっていなければならない。

明細書第2図には「-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLI」なる配列がHCV90株のコンセンサス配列であると請求人によって判断されたことが記載されている。
また、本明細書10頁では「本発明は、本明細書では401から406あるいは401から407のアミノ酸に対して「SLF--G」モチーフと呼ばれるアミノ酸の保存モチーフを有する、E2/NS1のE2HV内の領域を利用する。この領域は、少なくとも4つのHCV遺伝子型を包含する90の分離株の配列分析により発見された。保存モチーフによりこの領域と結合する抗体で構成される抗体調製物は、HCVに対する受動免疫に有用である。
アミノ酸は、免疫反応性に関するモチーフの特性をとどめている限り、他の分子、例えば、これらのアミノ酸アナログと置換され得ることが、もちろん理解される。SLF--Gモチーフで構成されるものに比較した抗原決定基の免疫反応性は、規定の方法によって当業者により決定され得る。例えば、公知の方法には、エピトープマッピングに使用される方法、およびこのモチーフを含む抗原決定基と免疫学的に反応する(結合する)抗体への競合結合が包含される。」と記載されている。
しかしながら、それらは、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」、かつ、「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」といった、範囲を満たすものであれば、抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出できることを直接裏付ける記載であるとはいえない。
また、本願出願時において、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」、かつ、「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」といった、範囲を満たすものであれば、抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出できることについて、具体例の開示がなくとも技術常識から直ちに当業者に理解できるものであったともいえない。
これについては、例えば、平成15年(行ケ)220号判決においても,HCVのアミノ酸配列と抗原性について,
「 イ さらに,本件明細書で開示されているHCVは,HCV1だけであり,それ以外のHCV株についても,上記のような実験を繰り返す必要がある。つまり,HCV1以外のHCVも,本件発明の対象となっていることについては,本件明細書の「図1に示す配列は,HCV1単離体の配列である。血液を媒介としたHCVのその他の株の配列は,特に,エンベロープ(S)およびヌクレオカプシド(C)ドメインにおいて,図1の配列と異なり得ることが予想される。このように異なる配列を有するHCV抗原の使用は,本発明の範囲内にあるものとする。」(甲第2号証8頁)との記載から明らかであり,また,異なるHCV株間で抗原抗体反応が異なり得ることも,本件明細書の上記記載や「出願人は,HCV抗原の血清学的研究をさらに行い,今日までに同定されているシングルHCVポリペプチドは,いずれもすべての血清に対して免疫学的に反応性をもつわけではないことを確認した。HCVを有する個体からのすべての血清に対して普遍的に反応するシングルポリペプチドがないのは,特に,HCVエピトープにおける株間の多様性・・・に起因する。」(同号証3頁)との記載から明らかであるから,HCV1以外のHCVについても,エピトープの位置・構造を探索していく必要があるのである。」(判示事項 第5,2(3)イ, 注;下線部は,当審による。上記「同号証3頁」は,特表平5-508219号公報の2頁右下欄に相当する。)としている。
そして,上記判決の「異なるHCV株間で抗原抗体反応が異なり得る」,「HCVを有する個体からのすべての血清に対して普遍的に反応するシングルポリペプチドがない」という事実認定は,そのまま,原告が明細書において記載するように,「SLF--G」モチーフと呼ばれるアミノ酸の保存モチーフを有すれば、直ちに抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出することができるとはいえないことを示すものである。

また、審判請求人は、別訴平成20年(行ケ)10272号,平成20年(行ケ)10273号,平成20年(行ケ)10274号,平成20年(行ケ)10275号の各審決取消請求事件において、HCVの抗原ポリペプチドについて、「1個の置換で抗原性を喪失することがほとんどである」(平成20年(行ケ)10272号第1準備書面63頁6行?64頁3行、平成20年(行ケ)10273号第1準備書面67頁8行?68頁6行、平成20年(行ケ)10274号第1準備書面66頁7行?67頁5行、平成20年(行ケ)10275号第1準備書面64頁15行?65頁14行)とも主張しており,アミノ酸のわずか1個の置換によっても、抗原性が影響を受け、特定のモチーフを有することが抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出することの裏付けとならないことはこの点からも明らかである。

さらに、当該事項を裏付けるために、必要であれば、審判請求人自身が出願した,米国特許出願759,575号に基づく優先権を主張する国際出願PCT/US/92/07683号(国際公開WO93/06126)の国内公表公報(特表平6-511149号公報)を挙げることもできる。
当該公報には,次のことが記載されている。

(ア) 「実施例
実施例において,以下の材料および方法を用いた。
被験体試料およびRNAの抽出
無症候性のHCV保菌者であるHCT18およびHCVJ1,および慢性的に感染しているHCV被験体のThは,Weinerら(1991)Virol.180:842-848中に,以前に記載されている。」
(16頁左上欄19行?右上欄1行)

(イ) 「実施例2
HCV E2/NS1 HVドメインのエピトープマッピング
HCT18(A,D),Th(B,E)およびHCV J1(C,F)のE2/NS1 HVドメイン(アミノ酸384?416位)に対応し,そしてそれを越えて伸長する重複ビオチン化8量体ペプチドを,ストレプトアビジンでコートしたプレートに結合し,HCT 18(A-C)またはTh(D-F)のいずれかに由来の血漿と反応させた。HCV単離体HCT 18(図6Aおよび6D),Th(図6Bおよび6E),およびHCVJ1(図6Cおよび6F)についての結果を図6に示す。HCT 18血漿を1:200に希釈し,Th血漿を1:500に希釈した。HVE-1,-2,-3,-4,および-5は単離体に特異的なエピトープを示す。
図6から分かるように,HCT 18配列(図6A中のHVE-I)から誘導されたペプチドで試験すると,HCT18血漿は線形エピトープ(407PKQNV411)を同定したが,2つの異なる株ThおよびHCVJ1のHVドメインに対応するペプチドとは反応しなかった(図6Bおよび6C)。対照的に,Th血漿は,ThのHVドメイン中の線形エピトープHVE-IV(409QNIQLI414,図6E)を同定し,そして株HCT 18(399IVRFFAP405,図6D)およびHCV J1中のエピトープをもまた同定した。IVの薬剤の使用者であるThは,HCVの複数の株に対して感染可能状態に置かれ得た。
Th血漿およびHCT 18血漿は両方とも,ELISAにおいて各単離体由来のピン合成された重複8量体ペプチドと共に使用された場合,3つの単離体すべてに共通なエピトープ(アミノ酸413-419位)とそれぞれ反応した(データを示していない)。
抗体結合の特異性を確認するために,アミノ酸403-407位を含むビオテン化ペプチドに結合している抗体を評価し,これを用いて,HCT 18血漿の反応性を,HCT 18HVドメインに対する重複8量体を含むピンで遮断した。これらのデータにより,以下のことが示される:1)E2/NS1 HVドメインが免疫原性であること,2)この領域をマップする複数のエピトープがあること,そして,3)HVドメイン中のエピトープのサブセット(図6中のHVE-1,-2,-3,-4または-5)が単離体特異的であること。」
(18頁左上欄19行?右上欄1行,下線は当審による。)

(ウ) 「図6は,HCV 18(パネルA-C)またはTh(パネルD-F)由来の血漿中の抗体と,HCV単離体HCT 18の384から415または416までのアミノ酸から誘導される部分的に重複するビオチニル化8量体ペプチドとの反応性を表す棒グラフである。」
(4頁左下欄14?18行,25頁図6)

当該公報における,「HVドメイン中のエピトープのサブセット(図6中のHVE-1,-2,-3,-4または-5)が単離体特異的であること。」(上記ウ(イ))という記載は,ある特定の単離体にとっては抗原性を持っている部位もアミノ酸が変異している他の単離体にとっては抗原性がない部分となるということであり、元来抗原性を持っている部位であっても変異によって抗原性を失うことは,実際上あり得ることを示すものといえる。
そうすると、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」、かつ、「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」といった、範囲を満足する抗原性ポリペプチドであれば、抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出できることを裏付ける記載としては、本願明細書図2や本明細書10頁の記載では足りず、その根拠を実施例の記載に求めざるを得ないといえる。

しかしながら、すでに拒絶査定において詳述したとおり、抗原性ポリペプチドと抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体との反応性について検討を行っている本願明細書中唯一の実施例である実施例2において用いられているポリペプチドは、ジフテリアトキソイドに結合された、アセチル-CBETHVTGGSAGHTVSGFVSLLAPGAKQNVQL-酸なるペプチドで免疫したヒツジから調製したヒツジIgG調製物であって、このものは、400VSLLA404エピトープや401SLLAPGA407及び403LAPGA407を含むペプチドと反応した旨記載されているが、この免疫に用いたペプチドは、本願発明のポリペプチドと並べて比較すると、
CBETHVTGGSAGHTVSGFVSLLAPGAKQNVQL
-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLI
** * * *
となり、両者は*のアミノ酸において異なっている。
そして、アミノ酸が1個でも置換されれば、抗原性や免疫反応性に影響があり、同様にはならないことは、上述のとおりであるから、補正発明1に係るアミノ酸配列とは異なるアミノ酸配列に係る当該実施例の記載をもって、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」、かつ、「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」といった、範囲を満足する抗原性ポリペプチドであれば、抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出できることを裏付ける記載であるということは到底できない。

次いで、「有用性2」について検討する。
本願補正発明1の抗原性ポリペプチドが、審判請求人が主張する「HCV感染の予防および/または軽減だけではなく、HCV感染の慢性化の減少を導き得る」「ワクチン」であるとすれば、当該抗原性ポリペプチドが、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」,「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」を含むものであれば、中和能を有する抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を誘発させることができることについて、本願明細書の記載及び出願時の技術常識から明らかになっていなければならない。
しかしながら、「有用性1」について既に述べたとおり、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」、かつ、「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」といった、範囲を満足する抗原性ポリペプチドであれば、抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出できることすら裏付けられておらず、ましてや中和能を有する抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を生じさせることができることについては、当業者が首肯しうる裏付けは何もない。
してみれば、当業者といえども、これらを疾患の予防に用いようとする場合には、どの抗原性ポリペプチドを疾患の予防に用いることが可能か否かすら、個々に解析して確かめなくてはならないというべきであって、本願明細書に記載された「有用性2」についてはその裏付けを欠き、その記載をもって本願補正発明1が当業者にとって容易に実施しうるように記載されていたとはいえない。

次いで、「有用性3」について検討する。
本願補正発明1の抗原性ポリペプチドが、審判請求人が主張する「ポリクローナルおよびモノクローナルを含む、抗体を産生させるため」のものであるとすれば、当該抗原性ポリペプチドが、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」,「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」を含むものであれば、抗体を産生できることについて、本願明細書の記載及び出願時の技術常識から明らかになっていなければならないだけではなく、さらに、その抗体が技術的に意味のある特定のウイルスなどと特異的に結合することができるなど技術的に意味のある診断アッセイ等に使用しうることが明らかにされていなければ、当業者が容易に実施しうるものとはいえない。
「有用性1」に関してすでに述べたとおり、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」、かつ、「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」といった、範囲を満足する抗原性ポリペプチドであれば、抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出でき、抗C型肝炎ウイルス検査など技術的に意味のある診断アッセイ等に使用しうることは、本願明細書の記載からは明らかにされていない。
そして、本願明細書の記載をみても、本願補正発明1の抗原性ポリペプチドによって産生された抗体が、それ以外の具体的な技術的に意味のある用途に用いうることについては何ら記載されていない。
したがって、本願補正発明1の抗原性ポリペプチドの有用性については、本願明細書においてその裏付けがなく、当業者が容易に実施しうるものとして認めることはできない。

以上述べたように、本願明細書に記載された「有用性1」乃至「有用性3」のいずれについても、本願明細書の記載及び出願時の技術常識をもって本願補正発明1が当業者にとって容易に実施しうるように記載されていたとはいえない。

(6-3-3)審判請求人の主張について
審判請求人は、審査官が通知した特許法第36条第4項違反の拒絶査定に対して提出した平成17年6月22日付審判請求の理由を補充する手続補正書において、

ア. HCVの超可変領域のアミノ酸401?407付近に存在するコンセンサス配列が免疫原性であること(すなわち、抗体を惹起し得ること)は本願明細書に示されており、異なる単離体の間で、本願発明のポリペプチドのアミノ酸401?407付近の領域の保存性が高いことから、異なる単離体がアミノ酸401?407付近の配列を共有するということであり、(1)この領域を用いて惹起された抗体は、異なる単離体に結合し得る抗体であること、すなわち、この領域は「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」し得る領域であること、そして(2)異なる単離体に感染した患者中の抗HCV抗体がこの領域と反応しうること、すなわち、この領域は複数のHCV単離体を検出し得る領域であることを意味する。(主張 ア)

イ. 実施例2において抗体の惹起に用いられたペプチドは、403位に対応するアミノ酸残基がロイシンであり、請求項1および2に記載のペプチドでは、フェニルアラニンである点において異なるが、これら残基の置換は、本願明細書の44頁下から6行?下から4行に記載されるように、保存的である。また、本願優先日当時の当業者は、この保存的置換によってもアミノ酸401?407付近の免疫原性および抗原性が影響を受けないことを理解しており、実際に、甲第1号証および甲第2号証に示されているように、「SLF」コンセンサス配列を含むペプチドによっても、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」したことが確認されている。(例えば、甲第1号証の実験1のペプチドEおよびFは、「SLF」コンセンサス配列を有するペプチドだが、これらのペプチドによって誘発された抗体は、甲第1号証の図1および表3に示されるように、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体」である。また、甲第2号証も、コンセンサス配列のペプチドによって、広範に交差反応性である抗体が誘発されていることを示す。)(主張 イ)

ウ. 甲第1号証および甲第2号証は、本願発明の出願後の実験データを示すものであるが、本願発明の実施可能要件の判断において、これらを参酌できることは、過去の東京高裁判決によって判示されている。例えば、平成10年(行ケ)第393号特許取消決定取消請求事件における東京高裁判決においては「上記公報(請求人注:当該事件に係る特許出願の出願日後に公開された特開平2-237999号公報)のこれらの記載によれば、ここに記載のヒトBNP-26及びヒトBNP-32を合成し、その薬理作用について検討を進めたところ、ナトリウム利尿作用、すなわち、ナトリウム排出亢進活性を有することを見いだしたことが認められる。また、これらペプチドのそれぞれは、配列Aで示されるペプチド群の中の1つのペプチドであって、上記ヒトBNP-32が配列-32で示されるペプチドであることも明らかである。したがって、上記公報の記載からみれば、該ペプチド群の中の一部のペプチドについて上記活性を有することが証明されていたものということはできる。」(甲第3号証、13頁、1の(2))として、出願日後に公開された公報を参酌したことが示されている。(主張 ウ)
と主張している。

主張アについて、検討する。
本願補正発明1の抗原性ポリペプチドは、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」,「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」を含むもの全てに係るものである。
請求人が主張するように、「異なる単離体の間で、本願発明のポリペプチドのアミノ酸401?407付近の領域の保存性が高い」ことから、抗原性ポリペプチドであって、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」,「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」を含むもの全ての中のいずれかに、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」し得るものが含まれる可能性を、当業者が理解したとしても、それがどのようなものであるかは、直ちに理解することはできない。また、そうでなくとも、どのようなものが、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」し得、またどのようなものが「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」し得ないかを判別する必要がなんらない程度に、抗原性ポリペプチドであって、「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」,「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」を含むものがみな「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」し得るということはできないことは、(6-3-2)当審の判断において「有用性1」について論じたようにアミノ酸が1個でも置換されれば、抗原性や免疫反応性に影響があり、同様にはならず、結果を予測することもできないことからも明らかである。
審判請求人の主張は、特許請求の範囲に係る発明が網羅的に実施可能であるように発明の詳細な説明が記載されていなければならないことを前提にしておらず、失当である。

主張イについて、検討する。
審判請求人は、「実施例2において抗体の惹起に用いられたペプチドは、403位に対応するアミノ酸残基がロイシンであり、請求項1および2に記載のペプチドでは、フェニルアラニンである点において異なるが、これら残基の置換は、本願明細書の44頁下から6行?下から4行に記載されるように、保存的である。」と主張する。
しかしながら、実施例2において抗体の惹起に用いられたペプチドは、408位に対応するアミノ酸残基がリジンであり、請求項1および2に記載のペプチドでは、セリンである点において異なり、かつ、リジンは親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、セリンは疎水性かつ極性のアミノ酸であって保存的ではない。
また、本願出願後の実験データである甲1号証を提出し、当該証拠によって、「SLF」コンセンサス配列を含むペプチドによっても、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」したことが確認されている、と主張している。
しかしながら、甲1号証に記載されている、表1のA?Gの各ペプチドのアミノ酸配列を見るに、これらはいずれも、本願補正発明1においてアミノ酸が規定されていない、405位のプロリン、407位のアラニン、409位のグルタミン、410位のアスパラギンを共通しているものであって、「SLF」コンセンサス配列を含むペプチドであれば、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」したことの証明にはなりえない。
したがって、これら位置のアミノ酸が規定されていない本願補正発明1の請求の範囲に含まれる発明が網羅的に実施可能であるように発明の詳細な説明が記載されていない全体について「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」しうるとは甲1号証の記載をもってしてもいうことはできない。
また、甲2号証は、提供されているコンピューターコンセンサス、ハイブリッドコンセンサスなどの配列がいかなるものであるか明らかにされていないために、「SLF」コンセンサス配列を含むペプチドであれば、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」したことの証明とはならないが、仮にこれらのアミノ酸配列が甲1号証におけるA?Fのアミノ酸配列に相当するものであったとしても、甲1号証について述べたことと同様に「SLF」コンセンサス配列を含むペプチドであれば、「複数のHCV単離株と交差反応性である抗体の産生を誘発」したことの証明にはなりえない。
主張ウは、甲1号証または甲2号証を参酌すれば、本願補正発明1が実施可能であったように発明の詳細な説明に記載されていたといえるという誤った前提の上に立つ主張であるから,主張ウの内容を検討するまでもないが、念のため,主張ウについて、以下、検討する。
審判請求人が本願発明の出願後の実験データとして提示した、甲第1号証は、その体裁及び内容から、研究者が出願後に試験した内容を報告する報告書であると認められ、また、本願出願後に頒布された、甲第2号証(5th International Meetingon Hepatitis C Virus and Related Viruses Molecular Virology and Pathogenesis (June25-28, 1998))は、その体裁及び内容から、研究者が出願後に試験した内容を報告する報文であると認められるが、そこに記載された内容は、本件出願日当時の当業者の技術常識であるということはできない。
明細書を理解する上での技術常識とは、当該特許出願の出願日当時、当業者が容易に実施できる程度、すなわち、当業者が当該発明を明細書の記載に基づいて特殊な知識を付加しなくても再現できる程度の一般的に知られている技術又は経験則から明らかなものをいう。明細書は、技術文献としての役割を持つものであるから、発明者が理解できれば足りるものではなく、当業者が明細書を読んで、そこに記載されている発明を理解できることが必要である。当業者であれば出願日当時の技術常識を理解しているから、技術常識を参酌するのは当然であるが、技術常識とはいえない出願日後に公知となった技術内容を参酌しなければ理解できないものは、当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえない。したがって、本願出願後に作成された文書である甲第1号証及び甲第2号証を入手して、そこに記載の事項を参酌することによって容易に実施できたということはできないのであって、出願人の主張は失当である。
よって、それらの記載内容を参酌して本件明細書の記載を理解すべきであるとする請求人の主張は、その前提において誤りである。
(同趣旨の判決として 「知財高判平成15年12月22日判決,平成13年(行ケ)99号 取消事由1(2) 本件優先日当時の技術常識の参酌について」)

なお、この点について、審判請求人は、甲3号証として平成10年(行ケ)第393号判決を引用し、本願発明の実施可能要件の判断において、本願発明の出願後の実験データを参酌することができると主張する。

しかしながら、同判決は、単に別の「公報の記載からみれば、該ペプチド群の中の一部のペプチドについて上記活性を有することが証明されていた」と認定しているに留まり、その記載から、「本件発明」が「本件の発明の詳細な説明」に実施可能に記載されていたと認めたものではない。
また、同判決の前提において原告が主張した決定取消事由は、「本件発明は完成した発明であって、特許法29条柱書の規定を満たしているにもかかわらず、決定はこの点を誤って判断したものであるから、取り消されるべきである」(審判請求人が平成17年6月24日付手続補足書とともに提出した甲3号証、8頁26行?28行)というものであるから、同判決は、そもそも特許法第36条に係る実施可能要件を判断したものではなく、特許法29条柱書きの規定について判断したものであって、両者は異なる条文に基づく異なる規定であるから、審判請求人の主張はその前提において失当である。

以上のことから、本願明細書に記載された有用性の記載についてはその裏付けを欠き、結局それらの記載をもって本願補正発明1が当業者にとって容易に実施しうるように記載されていたとはいえない。

(6-3-4)小括
以上のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願補正発明1について、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、記載されたものとはいえないので、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たさないから、本願補正発明1は、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(6-4)むすび
したがって、平成17年5月25日付手続補正は、平成6年法律第116号改正附則第6条によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第2項において準用する同法17条第2項の規定に違反するものであり、また、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


第3 本願発明について

1.本願発明について
平成17年5月25日付の手続補正は、「第2 平成17年5月25日付の手続補正についての補正却下の決定」のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は、平成16年11月30日付手続補正書に添付された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「1.HCVのE2HV超可変領域からの以下の共通配列:
-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLI
を含む抗原性ポリペプチド。」

2.原査定における拒絶の理由
平成17年1月18日付の拒絶査定の理由3の概要は、第2 6.(6-2)に記載されたとおりである。

3.判断
(3-1)特許法第36条第4項(理由3)について
本願発明1は、「共通配列:-T-VTGG-AARTT-G--SLF--G-SQ-IQLIを含む抗原性ポリペプチド。」を包含し、本願補正発明1に含まれる「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」,「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」抗原性ポリペプチドを包含するが、当業者が当該ポリペプチドについて容易に実施するためには、前記 第2 6.独立特許要件について(6-3-2)当審の判断、及び、(6-3-3)審判請求人の主張について検討した有用性1乃至3のいずれかを満たさなければならない。
しかしながら、既に本願補正発明1に含まれる「以下の共通配列X^(1)TX^(2)VTGGX^(3)AARTTX^(3)GX^(4)X^(4)SLFX^(4)X^(4)GX^(4)SQX^(3)IQLI」,「ここでX^(1)は、親水性かつ酸性のアミノ酸であり、X^(2)は、親水性かつ塩基性のアミノ酸であり、X^(3)は、疎水性かつ極性のアミノ酸であり、そしてX^(4)は、疎水性かつ非極性のアミノ酸である」抗原性ポリペプチドについて検討したとおり、特許請求の範囲を満足する抗原性ポリペプチドであれば、抗C型肝炎ウイルス(HCV)抗体を検出でき、抗C型肝炎ウイルス検査など技術的に意味のある診断アッセイ等や疾患の予防等に使用しうることは、本願明細書の記載からは明らかにされていない。
そして、本願明細書の記載をみても、本願発明1の抗原性ポリペプチドによって産生された抗体が、それ以外の具体的な技術的に意味のある用途に用いうることについては何ら記載されていない。
したがって、本願発明1の抗原性ポリペプチドの有用性については、本願明細書においてその裏付けがなく、当業者が容易に実施しうるものとして認めることはできない。

以上述べたように、本願明細書に記載された「有用性1」乃至「有用性3」のいずれについても、本願明細書の記載及び出願時の技術常識をもって本願発明1が当業者にとって容易に実施しうるように記載されていたとはいえない。
よって、本願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を容易に実施することができる程度に記載されておらず、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

第4.むすび

以上のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載されたものとはいえないので、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たさないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。


第5.付記

1.平成20年4月25日付回答書に記載された補正案の取り扱い
審判請求人は,特許法17条の2第1項5号により,その審判請求の日から30日以内に願書に添付した明細書又は図面について補正をする機会が与えられているところ,本件において,審判請求人は,平成17年4月25日の拒絶査定不服審判の請求の日から30日以内に回答書に記載の補正案に係る手続補正書を提出しなかったのであるから,補正の機会を逸したものであって,その後に補正の提案をしても,特許法の予定する補正手続ではない以上,審判合議体がこれを取り上げるべき義務があるとはいえない。(参考判決:平成17年(行ケ)第10839号 判示事項5 取消事由5(判断の遺脱)について)
したがって、平成20年4月25日付回答書に記載された補正案は審理の対象としないことを念のため付言する。
 
審理終結日 2008-12-12 
結審通知日 2008-12-15 
審決日 2008-12-26 
出願番号 特願平6-525508
審決分類 P 1 8・ 575- Z (A61K)
P 1 8・ 531- Z (A61K)
P 1 8・ 561- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 内藤 伸一  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 種村 慈樹
上條 肇
発明の名称 C型肝炎ウイルスE2/NS1領域の保存モチーフ  
代理人 森下 夏樹  
代理人 安村 高明  
代理人 山本 秀策  

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