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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B32B
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B32B
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  B32B
管理番号 1201435
審判番号 無効2007-800074  
総通号数 117 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-09-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-04-16 
確定日 2009-07-17 
事件の表示 上記当事者間の特許第3891876号「任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート」の特許無効審判事件についてされた平成20年3月18日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において請求項3についての部分の審決取消の判決(平成20年(行ケ)第10153号)があったので、審決が取り消された部分である請求項3についてさらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第3891876号の請求項3に係る発明についての請求は成り立たない。 審判費用は、2分の1を請求人の、2分の1を被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
平成14年4月18日に、名称を「任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート」とする発明につき特許出願(特願2002-116601号)がされ、平成18年12月15日に、特許第3891786号として設定登録を受けた(請求項の数3。以下、その特許を「本件特許」という。)。
平成19年4月16日に本件特許の請求項1ないし3につき本件特許無効審判の請求がされ、平成20年3月18日に「特許第3891876号の請求項に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決がされたところ、請求項1ないし3に対する審決の取消しを求め知的財産高等裁判所に出訴された。
その訴訟(平成20年(行ケ)第10153号事件)の審理の間の平成20年7月22日に、特許庁は上記審決中の「請求項に係る発明」を「請求項1?3に係る発明」とする更正決定をし(以下、上記決定による更正後の上記審決を「本件1次審決」という。)、原告(本件無効審判の被請求人(以下、「被請求人」という。))は、本件1次審決中、特許第3891876号の請求項1及び2に係る各発明についての特許を無効とした部分の取消しを求めた部分について、訴えを取り下げ、これにより、本件1次審決中、特許第3891876号の請求項1及び2に係る各発明について特許を無効とした部分は、確定した。
平成20年(行ケ)第10153号事件は更に審理された結果、平成21年3月25日に「特許庁が無効2007-800074号事件について平成20年3月18日にした審決中,特許第3891876号の請求項3に係る発明についての特許を無効とした部分を取り消す。」との判決が言い渡された。

第2 特許請求の範囲
本件特許の願書に添付した明細書(登録時のもの。以下、図面と併せ、「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項3の記載は、次のとおりである(以下、同請求項に係る発明を「本件発明3」といい、その発明に係る特許を「本件特許3」という。)。
「ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって、前記ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層することを特徴とする任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート。」

第3 当事者の主張の概要及び提出した証拠方法
1 請求人の主張する本件特許3についての無効の理由の概要
請求人は、本件特許3を無効とすべきとして次の理由1ないし3(以下、それぞれ「無効理由1」、「無効理由2」、「無効理由3」という。)を主張する。
(1) 無効理由 1
本件発明3は、その出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許3は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、無効とされるべきである。

(2) 無効理由2
本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明3の実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明を記載しておらず、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、本件特許3は、無効とされるべきである。

(3) 無効理由3
本件明細書の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでなく、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、本件特許3は、無効とされるべきである。

(4) 証拠方法
甲第1号証: 特開平10-72063号公報
甲第2号証: 特許第2658186号公報
甲第3号証: 特公昭61-51993号公報
甲第4号証: 特開昭59-78817号公報
甲第5号証: 特開平10-264246号公報

なお、甲第3号証について、審判請求書に「甲第3号証:特開昭61-51993号公報」(7ページの(5))及び「(3) 甲第3号証:特開昭59-78817号公報甲第3号証」(18ページ「8.」の項)と表記されている。しかし、添付された公報等からみて、甲第3号証は「特公昭61-51993号公報」であることは明らかであるから、上記のとおりに訂正した。
また、審判請求書に添付された甲第5号証は、「請求項2の発明」について低密度の「ポリエチレンのインフレーションによるフィルムの製造に当たって、ブロー比が2?4、とくに2.3?3.0の範囲は、ありふれた操業条件である」(審判請求書12ページ「B.請求項2の発明」の項)ことを裏付ける証拠として提出されたものであって、本件発明3についての各無効理由に関するものとは認められない。

2 被請求人の反論の概要
被請求人は、本件無効審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、無効理由1ないし無効理由3は何れも理由がない旨主張するとともに、証拠方法として乙第1号証ないし乙第10号証及び参考資料を提出した(なお、このうちの乙第4号証は、取り下げられた。)。

乙第1号証: 本件明細書(特許第3891876号公報)
乙第2号証: 特開2004-74725号公報
乙第3号証: 特開2006-35707号公報
乙第5号証: 特公昭37-13782号公報
乙第6号証: 特公昭38-330号公報
乙第7号証: 特開平11-171107号公報
乙第8号証: 特開2000-318070号公報
乙第9号証: 高分子学会編「プラスチック加工技術ハンドブック]
日刊工業新聞社(1995.6.12 )676ページ
(2行?8行)
乙第10号証:プラスチック大辞典編集委員会編「プラスチック大辞典]
(株)工業調査会1994.10.20発行、91ページ
右欄「blow up ratio ブローアップ比,
ブロー比,膨張比」の項
参考資料: 「口頭審理陳述要領書」に添付された第1図ないし第3図

第4 当審の判断
1 無効理由1について
無効理由1は、特許法第29条第2項についてのものであるところ、この理由について請求人は、本件発明3は、本件特許の出願前に頒布されたことが明らかな特開平10-72063号公報(甲第1号証。以下、「刊行物1」という。)に記載された発明を主たる引用発明として、本件特許の出願前に頒布されたことが明らかな刊行物(甲第2号証ないし甲第4号証。以下、それぞれ「刊行物2」、「刊行物3」、「刊行物4」という。)に記載された発明及び技術常識ないし周知技術を考慮することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであると主張すると認められる。
そこで、この理由について検討する。

(1) 刊行物1の記載事項
刊行物1には以下の事項が記載されている。
「【請求項1】プラスチックフィルムに多数の凸部を設けたキャップフィルムと、平坦なバックフィルムとを貼り合わせ、凸部に空気を封入してなるプラスチック気泡シートであって、長尺のシートを巻いた形態のものにおいて、シートを横断する切断用ミシン目を所定間隔で設けたことを特徴とする包装作業性を改善したプラスチック気泡シート。」
「【0002】
【従来の技術】プラスチックフィルムに多数の凸部を設けたキャップフィルムと、平坦なバックフィルムとを貼り合わせ、凸部に空気を封入してなるプラスチック気泡シートが、その緩衝能力を利用して、包装材料として広く使用されている。」
「【0017】【作用】本発明の包装作業性を改善したプラスチック気泡シートは、所定の間隔でミシン目が入っているので、長尺の巻物の形でこれを購入した需要者が包装作業に使用するに当り、カッターナイフなどを使用しなくても容易に一定寸法に切断することができる。ミシン目の位置を印刷などの目印により示しておけば、いっそう容易に切断を行なえる。切断しやすければ切り損じに起因する端材が出ないから、ゴミが散乱したりする心配もない。」

(2) 刊行物1に記載された発明
刊行物1には、【請求項1】によれば、包装作業性を改善した
「プラスチックフィルムに多数の凸部を設けたキャップフィルムと、平坦なバックフィルムとを貼り合わせ、凸部に空気を封入してなるプラスチック気泡シートであって、長尺のシートを巻いた形態のものにおいて、シートを横断する切断用ミシン目を所定間隔で設けたプラスチック気泡シート」
の発明(以下、この発明を「引用発明1」という。)が記載されているといえる。

(3) 本件発明3と引用発明1との対比
本件発明3と引用発明1と対比すると、引用発明1の「プラスチックフィルムに多数の凸部を設けたキャップフィルム」及び「平坦なバックフィルム」は、それぞれ、本件発明3の「片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2」及び「ベース側のフィルム1」に対応し、これら両者を引用発明1の貼り合わせることも、本件発明3の熱融着して成ることもともに、両者を接合して成ることであるといえ、引用発明1の「多数の凸部に空気を封入してなるプラスチック気泡シート」は、「緩衝能力を利用して、包装材料として広く使用されている」(段落【0002】)ものであって、その気泡は「エァセルラー」に他ならないから、本願発明3の「シート部材であって…エァセルラー緩衝シート」に相当する。
そして、引用発明1の「長尺のシートを巻いた形態のものにおいて、シートを横断する切断用ミシン目を所定間隔で設けた」ことは、「カッターナイフなどを使用しなくても容易に一定寸法に切断することができる」(段落【0017】)ためのものものであって、本件発明3の「ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層する」ことと同じく、シートを側縁箇所から横裂きを容易とする手段を設けたことといえるから、両者は、
「ベース側のフィルムの片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルムを接合して成るシート部材であって、そのシートを側縁箇所から横裂きを容易とする手段を設けた、側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート」
である点で一致するといえ、以下の点において相違するといえる。
(i) シートを側縁箇所から横裂きを容易とする手段が、本件発明3においては、「ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層する」ことであるのに対して、引用発明1においては、「長尺のシートを巻いた形態のものにおいて、シートを横断する切断用ミシン目を所定間隔で設けた」ことである点
(ii) シートの側縁箇所が、本件発明3においては、「任意」の箇所であるのに対し、引用発明1においては、「切断用ミシン目」の箇所である点
(iii) ベース側のフィルムとキャップフィルムとの接合が、本件発明3においては、「熱融着」であるのに対し、引用発明1においては、「貼り合わせ」である点
(以下、これらの点をそれぞれ「相違点(i)」、「相違点(ii)」「相違点(iii)」という。)

(4) 相違点についての判断
ア 特許法第29条第2項が定める要件の充足性について
特許法第29条第2項が定める要件の充足性、すなわち、特許発明について、当業者(その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者)が同条1項各号に該当する発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明をすることができたか否かは、通常、引用発明のうち、特許発明の構成とその骨格において共通するもの(以下「主たる引用発明」という。)から出発して、主たる引用発明以外の引用発明(以下「従たる引用発明」という。)及び技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を考慮することにより、特許発明の主たる引用発明に対する特徴点(主たる引用発明と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として、判断されるべきものである。ところで、特許発明の特徴点は、特許発明が目的とした課題を解決するためのものであるから、容易想到性の有無を客観的に判断するためには、特許発明の特徴点を的確に把握すること、すなわち、特許発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。
そこで、まず、本件発明3の課題について以下検討する。

イ 本件発明3の課題について
本件明細書には、特許請求の範囲の請求項3(前記第2)のほか、次の記載がある。
「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は、エァセルラー緩衝シート(air cellular cushioning sheet)の改良に関し、更に詳しくは、道具を用いなくとも、長尺のエァセルラー緩衝シートを手裂き動作だけで簡単に、真っ直ぐに横裂きできる実用性に優れた横裂き容易なエァセルラー緩衝シートに関するものである。
【0002】【従来の技術】ベースとなるフィルムと、このベースのフィルムとの間に多数のエァセルラーを形成して互いに熱融着されたキャップフィルムとを基本構造として作製されているエァセルラー緩衝シートは従来周知であり、包装資材・建築土木用の断熱資材・保護養生材として広い分野で重宝されている。
【0003】周知のとおり、かゝるエァセルラー緩衝シートは、通常、長尺の形態に製造されて中芯の周囲に巻き付けたロール状の製品形態で供給されるところから、使用にあたっては必要寸法ずつ幅方向に切り裂かねばならなかった。ところが、従来のエァセルラー緩衝シートは、長手方向(巻付け方向)へは比較的に真っ直ぐに引き裂くことができたのであるが、幅方向へ引き裂こうとすると、左右何れかの長手方向に曲がって切れる傾向が強いため、カッターとか鋏などの如き切断道具を使用しなければ必要な寸法に切り裂くことができず、使用の際には大変不便であった。
【0004】そこで、エァセルラー緩衝シートの横裂き性を改善しようとして、当該長尺シートの両側辺にV形の切欠を入れておくことも試みられたのであるが、シートの側縁では幾分裂き易くなっても少し中へ裂き進むと左右何れかに逸れて真っ直ぐに引き裂くことはできなかった。また、エァセルラー緩衝シートに横裂き性を付与しようとする試みとしては樹脂材料中に炭酸カルシウムやフィラーを添加することを行ってもみたが機械的強度の低下がみられ、また切り口に延伸が掛かったようにビリビリの状態になって切り口が非常に見苦しくなった。
【0005】このようなことから、エァセルラー緩衝シートを製造する際に、ベースを形成しているフィルムに小さな裂孔を横断方向に列成して成る切裂きラインを一定の間隔ごとに設けるという手段が採用された。なるほど、このような切裂きラインを一定ピッチで形成したエァセルラー緩衝シートは、その切裂きラインに沿って真っ直ぐに引き裂くことは可能になった。ところが、エァセルラー緩衝シートにあっては、必ず引裂きラインに沿って引き裂くことが必要になるわけではなく、長手方向へサイズを大きく取る場合には、その間に幾条もの引裂きラインが入ることがある。このような場合、裂き取ったエァセルラー緩衝シートについて気密性や水密性、あるいは機械的強度が求められると、前記切裂きラインの裂孔が障害をもたらす。
【0006】【発明が解決しようとする課題】本発明は、従来エァセルラー緩衝シートに採用されていた横裂き性改善の技術に前述のごとき欠点があったことに鑑みて為されたものであり、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほゞ真っ直ぐに横裂きすることができる実用的なエァセルラー緩衝シートを提供することを目的とする。
【0007】【課題を解決するために採用した手段】しかして、本発明者が上記目的を達成するエァセルラー緩衝シートの構成として採用した手段は、次に掲げるとおりである(符号・構造は添附図面を参照)。…
3) ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって、前記ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層することによって、任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シートを完成した。
【0008】ちなみに、上記ベース側のフィルム1又は11のフィルム1・11の横裂き性は、インフレーション成形法によってフィルムを製造する場合、ブロー比で4以上、好ましくは5以上で延伸させて成形し、フィルムにすることにより付与することができる。
【0009】また、上記ベース側のフィルム1又は11のフィルム1・11の横裂き性は、キャップフィルム2よりも高密度で硬性のポリオレフィン系樹脂フィルムによっても実現できる。高密度で硬性のポリオレフィン系樹脂フィルム(例えば、高分子量高密度ポリエチレンフィルム MRF0.1未満)は、ブロー比4以上、好ましくは、ブロー比5以上で延伸させて成形すると、それ自体にサクサクとした快裂性があって縦横何れの方向へも裂け易い性質を呈するが、エァセルラー緩衝シートのベース側のフィルム素材として使用するときは横裂き性増進の機能を発揮する。もっとも、素材として低密度ポリエチレンを用いる場合には、ブロー比を3以下にすることができる。」
「【0019】【発明の効果】以上説明したとおりの構成を採用したので、本発明のエァセルラー緩衝シートは、カッターや鋏などの道具を用いなくとも、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に真っ直ぐに横裂きすることができるのであり、また切裂きラインによる裂孔も生地面に作らないから、気密性や水密性も損なうことがなく、何処にでも使用可能である。
【0020】このように本発明によれば、従来のエァセルラー緩衝シートにおいて不満とされていた問題点を悉く解消することができるうえに、その構成も簡素で製造にも複雑な工程や設備を必要としないので、安価に量産することが可能であり、その産業上の利用価値は頗る大きい。」
本件明細書の上記各記載によれば、本件発明3について次のとおりのものと理解することができる。
すなわち、
(I)従来のエァセルラー緩衝シート(ベースとなるフィルムと、このベースのフィルムとの間に多数のエァセルラーを形成して互いに熱融着されたキャップフィルムとを基本構造として作製されているもの)では、幅方向へ引き裂こうとすると、左右いずれかの長手方向に曲がって切れる傾向が強いため、カッターや鋏などの切断道具を使用しなければ必要な寸法に切り裂くことができず、不便であったことなどから、ベースを形成しているフィルムに切裂きラインを一定の間隔ごとに設けるという手段が採用されたが、必ず引裂きラインに沿って引き裂くことが必要になるわけではないから、気密性や水密性、機械的強度との関係で、切裂きラインの裂孔が障害をもたらすという問題があった。
(II)本件発明3は、従来のエァセルラー緩衝シートの上記問題点を解決しようとするものであって、「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があること」に着目し、インフレーション成形された樹脂のフィルムを積層することを含む、請求項3の規定する構成を備えることにより、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができるエァセルラー緩衝シートを提供することを目的とする発明である。

ウ 相違点(i)について
まず、引用発明1から出発して、相違点(i)に係る本件発明3における「ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層する」との構成に到達することが当業者に容易であったかについて検討する。
(ア) 刊行物1について
刊行物1には、請求項1(前記(1))のほか、次の記載がある。
「【0001】【発明が属する技術分野】本発明は、プラスチック気泡シートにおいて、その主たる用途である包装材としての使用に向けたとき、包装作業の作業性が改善されるものに関する。」
「【0005】【発明が解決しようとする課題】本発明の基本的な目的は、プラスチック気泡シートを使用する包装作業の前段階である切り出しの問題を解決し、気泡シートの巻物から個々の包装作業に使用する上で適切な寸法の包装材を取り出すことが容易な気泡シート巻物を提供することにある。
【0006】本発明のより重要な目的は、適切な寸法の包装材を取り出すことが容易であって、しかも取り出された気泡シートを用いる包装作業の作業性が改善されるとともに、包装された製品の外観がすぐれたものを与えるような気泡シートを提供することにある。」
「【0008】必要であれば、図2に示すように、シートの長手方向にも1本または2本以上の切断用のミシン目(2B)を設けることができる。」
「【0017】【作用】本発明の包装作業性を改善したプラスチック気泡シートは、所定の間隔でミシン目が入っているので、長尺の巻物の形でこれを購入した需要者が包装作業に使用するに当り、カッターナイフなどを使用しなくても容易に一定寸法に切断することができる。ミシン目の位置を印刷などの目印により示しておけば、いっそう容易に切断を行なえる。切断しやすければ切り損じに起因する端材が出ないから、ゴミが散乱したりする心配もない。」
「【0028】【発明の効果】本発明のプラスチック気泡シートは、基本的な態様においては、ミシン目の存在により所定の寸法への切断が容易である。カッターナイフなどの使用を必要としないから危険がなくなり、切り損じによるロスの発生や端材の散乱などが防げる。 ミシン目の位置を示す目印を設けておれば、引き裂くべき個所が一目瞭然であって、いっそう切断が容易になる。」
刊行物1の上記各記載によれば、引用発明1の技術的意義は、カッターナイフなどを使用することなしに、所定間隔で設けられたミシン目の存在部分でシートを切断して所定の寸法(適切な寸法)のシートを取り出すことにあるといえる。
そうすると、引用発明1は、従来のプラスチック気泡シートは、カッターなどの切断道具を使用しなければ必要な寸法に切り裂くことができず、不便であったという課題を解決しようとするものであるという限りで、本件発明3と共通するところがある。
しかし、引用発明1は、解決手段として、所定間隔でシートを切断することを前提として、気泡シートを横断する切断用ミシン目を設けた構成を採用したものであり、刊行物1の記載を精査しても、「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があること」に着目して、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができるようにするという発想についての示唆等があるとは認められない。
また、刊行物1に、「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があること」を前提とした発明の構成を記載したと推測できるような箇所もない。
かえって、刊行物1の「必要であれば、図2に示すように、シートの長手方向にも1本または2本以上の切断用のミシン目(2B)を設けることができる。」(段落【0008】)との記載に照らすならば、「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があること」は何ら意識されていないことがうかがわれ、刊行物1に係る特許出願がされた当時(平成9年5月7日)、「従来のエァセルラー緩衝シートは、長手方向(巻付け方向)へは比較的に真っ直ぐに引き裂くことができた」ことや「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があること」は、当業者にとって、周知の知見ではなかったことが推認される。そして、刊行物1に係る特許出願がされた後、本件特許が出願されるまでの間に、上記の各知見が周知となったことをうかがわせる証拠は見当たらず、その他、本件特許の出願当時(平成14年4月18日)、「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていた」との事実を認めるに足りる証拠は、これを見いだすことができない。

(イ) 刊行物2ないし刊行物4について
a 刊行物2記載の知見及び刊行物3に記載された発明について
(a) 刊行物2(甲第2号証)には、以下の記載がある。
「引裂性(易引裂性及び引裂方向性の両方を含む:以下同じ)に優れ、且つヒートシール性の良好な合成樹脂フィルム」(1ページ2欄1行?3行)
「開封を容易にするための手段として、ヒートシール線に沿う方向に開封用の切れ目(実開昭57-80462)やノッチ(実開昭58-169044号、同58-156656号)をつけておく方法が採用されているが、フィルム自体の引裂性が良くないため引裂線が引裂途中から斜め方向に走り、粉粒状あるいは液状等の内容物を飛散させることも多い。そこで引裂方向に沿ってガイドテープを貼合する方法(実公昭53-27624号、同53-27627号等)や引裂方向に沿ってミシン目を入れる方法(実開昭58-134842号や実公昭58-33068号等)が考えられたが、こうした引裂性改善手段を講ずるにはそれなりの機械設備が必要であるため経済的な負担が大きく、しかも特に後者の場合は密封性が低下するという問題も生じてくる。上記以外の引裂性改善手段として、フィルム自体に引裂方向性を持たせる方法がある。たとえば特公昭61-41732号や特開昭61-24424号には、フィルムを一軸方向に延伸して分子配向を持たせ、それにより引裂方向性を改善する方法が開示されており、また特公昭61-51993号(判決注、刊行物3)には、熱可塑性樹脂層とポリプロピレン樹脂層を積層する延伸フィルムの場合において、各樹脂層の肉厚比や縦・横方向の延伸倍率等を規定することによって、引裂方向性を持たせる方法も提案されている。これらの方法の場合、引裂方向性については一方々向の延伸倍率を高めるのに比例して改善される…」(2ページ3欄12行?36行)
(b) 刊行物2の上記記載において引用されている刊行物3(甲第3号証)には、以下の記載がある。
「二次転移点が40℃?130℃の範囲にあり、20℃の引張破断時の伸び率が30%以下の熱可塑性樹脂層を中間層とし、その両側にポリプロピレン樹脂層を積層した延伸フイルムであつて、その延伸倍率は、縦方向の延伸倍率が2倍以上で横方向延伸倍率が縦方向の延伸倍率より大きく、かつ縦方向及び横方向の延伸倍率の積が4を越え56以下の範囲にあり、かつ前記中間層の厚みは積層した延伸フイルムの全厚さの30%?80%であり、さらに両側のポリプロピレン樹脂層同志の厚さの比が0.25?4の構成比率からなることを特徴とする横方向引裂性の優れた積層延伸フイルム。」(1ページ1欄2行?13行、特許請求範囲1)
「延伸倍率は、横方向の最低延伸倍率を2倍とし粘着テープ素材としての手引裂性を改良するため、横方向延伸倍率を縦方向延伸倍率より大とし、かつ、横方向及び縦方向の延伸倍率の積層が4を越え56以下の範囲がよい。縦方向延伸倍率が2倍未満であり、かつ縦方向、横方向の延伸倍率の積が4倍以下であると、粘着テープ用素材フイルムとして必要な縦方向の引張強さ得られず、また厚さ振れが大きく、手引裂性にばらつきが生じる。また、横方向延伸倍率が縦方向延伸倍率以下であると本発明の目的である横方向手引裂性の改良を達成することができない。」(2ページ4欄24行?36行)
(c) 刊行物2及び刊行物3の上記各記載によれば、刊行物2には、エァセルラー緩衝シートではなく、合成樹脂フィルムに関する知見ではあるが、フィルムにミシン目を入れる方法の問題点を解決するため、刊行物3に記載された発明のように縦・横方向の延伸倍率等を規定することによって、フィルム自体に引裂方向性を持たせる方法が提案されるに至っていることが開示されており、合成樹脂フィルムに関しては、そのような知見が周知のものであったことがうかがわれる。
そうすると、仮に、本件特許の出願当時において、合成樹脂フィルムに関する上記知見をエァセルラー緩衝シートにも等しく適用可能であると当業者が認識することができる技術水準にあったとすれば、刊行物2及び3の上記各記載は、当業者が、引用発明1の気泡シートを横断する切断用ミシン目を設けた構成に代えて、気泡シートを構成するフィルムの縦・横方向の延伸倍率等を規定することによって、当該フィルム自体に引裂方向性を持たせるという発想に至る契機となり得るものである(なお、刊行物3それ自体には、引用発明1に対して、刊行物3に記載された気泡シートを構成するフィルムの縦・横方向の延伸倍率等を規定するという構成を適用することの契機となる記載は見当たらない。)。
(d) しかし、前記(ア)において検討したとおり、本件特許の出願当時、「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていた」ということはできないから、合成樹脂フィルムに関する刊行物2及び刊行物3の上記知見等をエァセルラー緩衝シートにも等しく適用可能であると当業者が認識することができる技術水準にあったということはできない。
(e) なお、刊行物2には、以下の記載もある。
「フィルム加工においては、冷却巻取り後、あるいは冷却後連続して1軸若しくは2軸延伸を行なうのが通例であるが、本発明ではヒートシール性と一方々向易引裂性を確保することの必要上、延伸は行なわないか、あるいはテンター方式等を用いた一方々向延伸のみに止めなければならない。この場合の一方々向とは、一般的に横方向であるが、縦方向であることを排除するものではない。その理由は、縦・横2軸延伸加工を行なうと、フィルムのヒートシール性が乏しくなって商品の保護性に問題が出てくるばかりでなく、引裂方向性も悪くなるからである。しかし無延伸もしくは一方向のみに延伸したものでは、良好なヒートシール性が阻害されず、当該延伸方向の引裂性が良好なフィルムを得ることができる。また本発明の合成樹脂フィルムは単層フィルムとして使用し得るほか、他の延伸フィルム等と積層したりラミネートして使用することも可能である。」(3ページ5欄33行?49行)
この記載は、これに接した当業者に対して、積層させるフィルムとして、縦方向及び横方向に二軸延伸加工したフィルムを用いると、引裂方向性が悪くなるという問題があることを教示するものといえる。そして、インフレーション成形によりブロー比を調整することは、二軸延伸において縦方向と横方向の延伸倍率を調整することと同様の技術的意義があると考えられるから、仮に、引用発明1に対して、刊行物2記載の知見を適用することを想定したとしても、当業者が、引用発明1から出発して相違点(i)に係る本件発明3におけるインフレーション成形された樹脂のフィルムを積層するとの構成に到達することは、困難であったというべきである。

b 刊行物4に記載された発明について
刊行物4(甲第4号証)には、次の記載がある。
「密度0.94g/cc以下の線状低密度ポリエチレンを素材としたフィルムを縦軸方向若しくは横軸方向に対して6?20倍延伸し厚さ10?100μとなしたヒートシーラブル易引裂性フィルム」(1ページ左下欄5行?8行、特許請求の範囲(1))
「包装用、特に包装用袋体に供される場合、これに使用される複合フイルムは包装時には機械的加工処理されることから引裂性切断方向性についてはさほど問題とはならないが、消費段階では一般に手で開封されることが多く、従って容易に引き裂くことができることは極めて重要な条件となる。特に、食品、医薬品の包装袋の場合には、その使用に当たって個々の袋を開封する必要があることから指先で簡単に引き裂き開封することは使用上、重要な意義をもつ。更に、この種包装用袋は上記引き裂き性と同時に引き裂いた方向が直線的であり、しかも一定の方向に引き裂けることが望まれる。」(1ページ右下欄10行?2ページ左上欄3行)
「複合フイルムは専らその機能を持つ引裂性フィルムを基材フイルムに成層することにより行われている。」(2ページ左上欄8行?10行)
「本発明は密度0.94g/cc以下の線状低密度ポリエチレンを素材としたフイルムを縦軸方向若しくは横軸方向に対して6?20倍延伸し厚さ10?100μとなした構成よりなるため、従来品のようにシーラント層の他に更に引裂性フイルムを成層することなく指先で簡単にしかも直線的に引裂くことができる。また本発明はこのシーラント層を対面するように二重にして該シーラント層の延伸方向を揃えて重ね合わせ周囲を熱融着して袋体となした場合、該袋体は引裂きにより直線的に開封され、指先で開封したとき従来品の如く切口の一部が切り取られて開封できなかったり、袋全体に切口が波及して内容物が零れ出したりする不都合もない」(2ページ左下欄19行?右下欄12行)
「実施例1…該フイルムを厚さ7μのアルミニウム箔の一面に成層してなる複合フイルムを該フイルムの延伸方向を揃えて二重に合わせ、その周囲を融着して形成された袋体は指先で簡単に引裂け、また切断状態も殆ど直線状であり、ハンドカット性及び切断の方向性とも良好であり、…」(2ページ右下欄16行?3ページ左上欄7行)
刊行物4の上記各記載によれば、刊行物4に記載された発明に係るヒートシーラブル易引裂性フィルム(延伸フィルム)は、線状低密度ポリエチレンを素材としたフイルムを縦方向又は横方向のいずれか一方に対して延伸したものであって、ハンドカット性及び切断の方向性とも良好であるとされていることが認められるが、縦方向及び横方向に二軸延伸したものではなく、また、成層(積層)する対象として具体的に開示されているのも、アルミニウム箔であるということができる。
刊行物4それ自体には、引用発明1に対して、刊行物4に記載された発明の構成を適用することの契機となる記載は見当たらないところ、既に検討したとおり、本件特許の出願当時、「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていた」ということはできないし、アルミニウム箔の性質は、エァセルラー緩衝シートにおける「多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2」とは同様のものと認めるに足りる証拠は見いだすことができないから、ヒートシーラブル易引裂性フィルム(延伸フィルム)に関する刊行物4の上記の知見をエァセルラー緩衝シートにも等しく適用可能であると当業者が認識することができる技術水準にあったということはできない。
なお、前記a(e)のとおり、インフレーション成形によりブロー比を調整することは、二軸延伸において縦方向と横方向の延伸倍率を調整することと同様の技術的意義があると考えられるから、仮に、引用発明1に対して、刊行物4に記載された発明の構成を適用することを想定したとしても、当業者が、引用発明1から出発して、相違点(i)に係る本件発明3におけるインフレーション成形された樹脂のフィルムを積層するとの構成に到達することは、困難であったというべきである。

(ウ) その他の証拠などについて
被請求人が提出した、乙第1号証?乙第3号証、乙第5号証?乙第10号証及び参考資料、さらに、請求人が提出した甲第5号証は、いずれも、本件特許の出願当時、刊行物1発明から出発して、相違点(i)に係る本件発明3におけるインフレーション成形された樹脂のフィルムを積層するとの構成に当業者が到達することが容易であったことを裏付けるものとはいえない。

(エ) その他の事情について
以上のほか、相違点(i)に係る本件発明3におけるインフレーション成形された樹脂のフィルムを積層するとの構成を採用することにより、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができるエァセルラー緩衝シートを提供するという本件発明3とは異なる思考過程により、引用発明から出発して、相違点(i)に係る本件発明3におけるインフレーション成形された樹脂のフィルムを積層するとの構成に当業者が想到することが容易であったことを論理付けることができる旨の主張はされていないばかりか、そのようなことを認めるに足りる証拠は見いだすことができない。

エ 相違点についての判断についてのまとめ
上記検討したところによれば、引用発明1において、相違点(i)に係る本件発明3の構成のうち、インフレーション成形された樹脂のフィルムを積層するとの構成に到達することは容易であったということはできないから、相違点(i)に係る本件発明3のその余の構成をあわせた構成である「ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層する」ことに到達することの容易想到性、さらに、その他の相違点(ii)及び(iii)に係る本件発明3の構成に到達することの容易想到性について検討するまでもなく、本件発明3は、その出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、ということはできない。

(5) 無効理由1についてのまとめ
したがって、本件発明3は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである、ということはできないから、本件特許3は、同条の規定に違反してされたものであるということはできず、同法第123条第1項第2号に該当しない。

2 無効理由2について
(1) 請求人の主張
ア 無効理由2は、特許法第36条第4項についてのものであるところ、この理由について、請求人は、審判請求書の「第6(2)」(14ページ?15ページ)において、概略、以下の主張(以下、この主張を「主張ア」という。)をすると認められる。
延伸フィルムを融点又はそれ以上の温度に加熱すると、延伸効果が失われる。
本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、本件発明3の「ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルム」(以下「本件延伸フィルム」という。)は「ベース側のフィルム1」に熱融着により製造されるものであるといえる。
しかるに、本件延伸フィルムの延伸効果を失わずに、本件発明3のシートを当業者が熱融着により製造することができるように本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているということはできない。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件発明3を当業者が実施し得る程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。

イ また、請求人は審判請求書の「第6(3)」(15ページ?16ページ)において、以下の主張をする。
(イ-1) 本件延伸フィルムについて、ブロー比は、下限「4」という限定があるだけで、上限が示されていない。しかし、技術的にはおのずから上限が存在するはずであるから、それを示さないのでは、発明の開示が不十分であるといわざるを得ない(以下、この主張を「主張イ-1」という。)。
(イ-2) 段落【0008】は低密度ポリエチレンに関する説明であると思わせるものである。このことと、段落【0009】の最後の記述「素材として低密度ポリエチレンを用いる場合には、ブロー比を3以下にすることができる。」とは、両立することが困難である(以下、この主張を「主張イ-2」という。)。

(2) 当審の判断
ア 主張アについて
(ア) 本件発明3は、「ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材」であり、かつ、そのベース側のフィルム1に本件延伸フィルムを「積層」するものである。すなわち、「ベース側のフィルム1」に、本件延伸フィルムを「熱融着により積層」するとまで規定するものではない。
上記請求人の主張は、本件発明3の本件延伸フィルムが「熱融着により積層」することを前提とするものであるところ、そのような前提はないのであるから、請求人の主張は、前提を誤るものである。

(イ) そして、延伸フィルムを積層する方法は、フィルムを積層する技術において本件特許の出願当時において周知の技術(必要ならば、例えば、高橋儀作著「プラスチックフィルム(増補版)」日刊工業新聞社(昭和49年8月30日7版発行)144ページ?145ページ等を参照)であって、本件発明3の「ベース側のフィルム1」に本件延伸フィルムを積層するに際し、その周知の技術を適用できないという特段の理由もない。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明に具体的な積層方法の明示の記載がないとしても、本件発明3の属する技術分野における通常の知識を有する者(当業者)は、「前記ベース側のフィルム1」に、その周知の技術を適用して本件延伸フィルムを積層して本件発明3のエァセルラー緩衝シートを製造することができるといえる。
したがって、当業者の技術常識を考慮すれば、当業者が本件発明3を容易に実施することができるものであって、この主張アによっては、本件明細書の発明の詳細な説明が、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない、ということはできない。

(ウ) 上記(ア)のとおり、本件発明3の「ベース側のフィルム1」に、本件延伸フィルムを「熱融着により積層」すると規定するものではない。ただ、本件明細書の発明の詳細な説明には、[第2の実施の形態]が記載され、その形態において、「前記ベース側のフィルム1に幅方向に横裂き容易な熱可塑性フィルム11が熱融着により積層してある」ことが記載されている。そして、以下のとおり、この実施の形態は本願発明3の実施の形態であると認められるので、「ベース側のフィルム1」に、本件延伸フィルムを「熱融着により積層」することによって、本件発明3のエァセルラー緩衝シートを製造することができるかについて、さらに検討する。
熱可塑性樹脂のフィルム同士を熱接着する技術は、各種知られている(必要ならば、例えば、前掲書籍163ページ?172ページ等を参照)。そして、延伸フィルムは加熱すると、溶融する温度より低い温度から熱収縮を開始するので、この熱収縮を起こさないような方法で熱接着する必要がある(必要ならば、例えば、同書籍164ページ10行?12行等を参照)ものの、延伸フィルムであっても熱板接着、その他の熱接着法により接着が可能であることも知られている(必要ならば、例えば、同書籍164ページ「表5・1 主なプラスチックフィルムの接着法」等を参照)。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明に具体的な積層方法の明示の記載がないとしても、本件発明3の属する技術分野における通常の知識を有する者(当業者)は、これらの熱接着法、例えば、延伸フィルムに接着される相手方フィルムである、延伸されていないベース側のフィルムを加熱し、その表面に接着性を付与し、本件延伸フィルムを(裏面を冷却しつつ)圧着する等の方法により、「ベース側のフィルム1」に、本件延伸フィルムを「熱融着により積層」して、本件発明3のエァセルラー緩衝シートを製造することができるといえる。
したがって、「ベース側のフィルム1」に、本件延伸フィルムを「熱融着により積層」する方法も、当業者の技術常識を考慮すれば、当業者が本件発明3を容易に実施することができない、というものではない。

(エ) 主張アについてのまとめ
以上のとおり、請求人の、「ベース側のフィルム1」に、本件延伸フィルムを「熱融着により積層」する方法が本件明細書の発明の詳細な説明に明記されていないことをもって、本件明細書の発明の詳細な説明は当業者が本件発明3を製造することができるように記載していない、とする主張アは、そもそも本件発明3は積層する方法が「熱融着により積層」する方法に限られるものではなく、しかも、「熱融着により積層」する方法であったとしても、当業者の技術常識を考慮すれば、当業者が本件発明3を容易に実施することができない、というものではない。
よって、この主張アによっては、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明3の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないということはできないから、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない、ということはできない。

イ 主張イ-1について
(ア) 請求人の主張イ-1は、要するに本件明細書の発明の詳細な説明に本件延伸フィルムのブロー比の上限が示されていないから当業者が本件発明3を容易に実施することができない、というものというものであると認められる。

(イ) インフレーション成形におけるブロー比とは、「溶融樹脂が環状ダイより押し出されたときの口径とバブルが膨張した後,冷却されたときの円筒状フィルム径との比率」(乙第9号証)であるところ、本件明細書の発明の詳細な説明に、「上記ベース側のフィルム1又は11のフィルム1・11の横裂き性は、インフレーション成形法によってフィルムを製造する場合、ブロー比で4以上、好ましくは5以上で延伸させて成形し、フィルムにすることにより付与することができる。」(段落【0008】)という説明がされているとおり、このブロー比はフィルムの分子の配向、すなわち、延伸フィルムの裂けやすさに影響するものであるといえる。
また、本件明細書の発明の詳細な説明において、〔第2の実施形態〕について、以下の記載がされている。
「【0015】〔第2の実施形態〕図2および図5は、本発明エァセルラー緩衝シートの第1(審決注:図2および図5の記載からみて「第2」の誤記と認める。)実施形態を表わしており、符号1はエァセルラー緩衝シートのベースを構成するフィルム、符号2は前記ベースフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態にて熱融着されているキャップフィルムである。そして、本実施形態のエァセルラー緩衝シートにあっては、前記ベース側のフィルム1に幅方向に横裂き容易な熱可塑性フィルム11が熱融着により積層してある。
【0016】第2の実施形態のエァセルラー緩衝シートの構成は、次のとおりである。
a.ベース側のフィルム1=低密度ポリエチレン・フィルム(厚さ:10μm)
b.ベース側フィルム1に積層してある高密度(密度:0.945前後)ポリエチレン・フィルム(厚さ:10μm)
c.キャップフィルム2=低密度(密度: 0.920前後)ポリエチレン・フィルム(厚さ:8μm)
d.エァセルラー21 粒径=10mm、高さ=4mm、
【0017】上記第2実施形態として作製したエァセルラー緩衝シートの横裂き性能を、従来一般のエァセルラー緩衝シートと比較してみたところ、次のような結果が得られた。なお、こゝに比較例として使用したエァセルラー緩衝シートとしては、ベース側のフィルムには、厚さ20μmの低密度(密度:0.920前後)ポリエチレンフィルムを用い、キャップフィルムには厚さ8μmであって、何れもTダイ法によって成形したものを用い、また、エァセルラーの粒径は10mm、高さは4mm のものと第1実施形態品と同じ構造のものを用いた。
1) 比 較 例:幅方向(X)に JIS K 7128-2 エルメンドルフ引き裂き法に準じて引き裂いたところ45.8°Y方向に逸れた。その後は1?4cmは裂けて、後は完全にY方向に裂けた。
2) 第2実施形態:幅方向(X)にJIS K 7128-2 エルメンドルフ引き裂き法に準じて引き裂いたところ、3.1 °Y方向に逸れた程度であり、また幅方向(X)に手裂きしたところ、±2mm程度の逸れ具合で、十分満足できるまで真っ直ぐに横裂きすることができた。
ちなみに、本発明が目的とする横裂け性は、切り口における角度は15°以下、好ましくは10°以下の実現を目標としており、
また、直進性としては、逸れ具合が±10mm以下、目標としては±5mm以下の実現を目標としていた。」
この〔第2の実施形態〕に関する記載においては、「b.ベース側フィルム1に積層してある高密度(密度:0.945前後)ポリエチレン・フィルム(厚さ:10μm)」(段落【0016】)は、段落【0015】に記載された「幅方向に横裂き容易な熱可塑性フィルム11」に相当すると認められるものの、その「幅方向に横裂き容易」な性質がどのようにして付与されたかについて具体的に明示の記載はされてない。
しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明全体の記載からみて、その「横裂き容易」性は、「ブロー比4以上、好ましくは、ブロー比5以上で延伸させて成形」させたことにより付与されたものであると認められることは、以下のとおりである。
すなわち、本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0008】には上記のとおり、フィルム11の横裂き(容易)性について、「インフレーション成形法によってフィルムを製造する場合、ブロー比で4以上、好ましくは5以上で延伸させて成形し、フィルムにすることにより付与することができる。」という説明がされている。また、「高密度」のポリエチレンのフィルムの横裂き(容易)性の付与に関して本件明細書の発明の詳細な説明において記載されるのは、上記段落【0008】に続く段落【0009】のみであり、そこにおいては、「フィルム1・11の横裂き性は、キャップフィルム2よりも高密度で硬性のポリオレフィン系樹脂フィルムによっても実現できる。」とし、続いて「高密度…ポリオレフィン系樹脂フィルム(…)は、ブロー比4以上、好ましくは、ブロー比5以上で延伸させて成形すると、それ自体にサクサクとした快裂性があって縦横何れの方向へも裂け易い性質を呈するが、エァセルラー緩衝シートのベース側のフィルム素材として使用するときは横裂き性増進の機能を発揮する」と、「ブロー比4以上、好ましくは、ブロー比5以上で延伸させて成形」することによる方法のみが開示されるにすぎない。したがって、「b.ベース側フィルム1に積層してある高密度(密度:0.945前後)ポリエチレン・フィルム(厚さ:10μm)」は、ベース側のフィルム1に積層される「幅方向に横裂き容易な熱可塑性フィルム11」に相当するものであり、かつ、「高密度」のポリエチレンフィルムなのであるから、このフィルムは、「インフレーション成形法によってフィルムを製造」したものであって、しかも、「ブロー比4以上、好ましくは、ブロー比5以上で延伸させて成形」したものである、すなわち、ブロー比4が以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレンフィルムであると解するのが自然である。
そうすると、この〔第2の実施形態〕は、ベースフィルムに、ブロー比4が以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層したものといえ、本件発明3の実施の形態であるということができる。
この〔第2の実施形態〕の高密度ポリエチレン樹脂フィルムノのブロー比の具体的な数値は明らかではないものの、4以上であって、かつ技術的に成形が可能な範囲内のいずれかの値であることは明らかであり、そのエァセルラー緩衝シートについて、各層の積層法及び、具体的な各層の樹脂、それらの厚さ及びエァセルラーの形状が示され、そのシートを幅方向(X)に、JIS K 7128-2 エルメンドルフ引き裂き法に準じて引き裂いたところの結果の「3.1 °Y方向に逸れた程度」、手裂きしたところの結果の「±2mm程度の逸れ具合で、十分満足できるまで真っ直ぐに横裂きすることができた」という具体的数値が記載されている。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者であれば、横裂き性を「インフレーション成形法によってフィルムを製造する場合、ブロー比で4以上、好ましくは5以上で延伸させて成形し、フィルムにすることにより付与することができる」という知見と、〔第2の実施形態〕についての具体的な記載を参考にして、例えば、ブロー比4又は5付近の高密度ポリエチレンフィルムを用いてエァセルラー緩衝シートを製造し、その横裂き性の程度が所望より不足しているのであれば、ブロー比をより大きくすること等によって、容易に本件発明3のエァセルラー緩衝シートを製造することができると認められる。

(ウ) 主張イ-1についてのまとめ
請求人はブロー比の上限が記載されていないから、当業者が本件発明3を容易に実施することができないと主張するが、上記のとおり、この記載がないからといって当業者が本件発明3を容易に実施することができない、というものではない。
よって、主張イ-1の理由によっては、本件明細書の発明の詳細な説明が、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない、ということはできない。

ウ 主張イ-2について
主張イ-2は「低密度」ポリエチレンのブロー値についての本件明細書の発明の詳細な説明の記載不備をいうものである。しかし、本件発明3は「高密度」ポリエチレンの延伸フィルムを用いるものであるから、たとえ上記記載に不備があったとしても、当業者が本件発明3を容易に実施することができるか否かと直接関係するものではない。
よって、主張イ-2の理由によっては、本件明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない、ということはできない。

(3) 無効理由2についてのまとめ
したがって、上記請求人の主張する理由によっては、本件明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない、ということはできないから、本件特許3は、同項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということはできず、同法第123条第1項第4号に該当しない。

3 無効理由3について
(1) 請求人の主張
無効理由3は、特許法第36条第6項第1号(明細書のサポート要件)についてのものであるところ、この理由について、請求人は、審判請求書の「第7(1)」(16ページ?17ページ)において、概略、以下の主張をすると認められる(以下、この主張を「主張ウ」という。)。
本件明細書の発明の詳細な説明の「第2の実施形態」には高密度ポリエチレン・フィルムについて、ブロー比はおろか延伸されているという記述さえない。
この「第2の実施形態」は請求項3の発明を記載したものとはいえない。
結局、請求項3の発明については、具体的な開示が欠けている。
請求項3の発明に関しては、特許を受けようとする発明が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるということができない。

(2) 当審の判断
ア 明細書のサポート要件
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知的財産高等裁判所 平成17年(行ケ)10042号事件 平成17年11月11日判決参照)。
以下、上記の観点に立って、本件について検討することとする。

イ 本件明細書の特許請求の範囲の記載
本件請求項3には、「ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって、前記ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層することを特徴とする任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート」が記載されている。

ウ 本件明細書の発明の詳細な説明の記載
本件明細書の発明の詳細な説明によれば、
(I) 従来のエァセルラー緩衝シート(ベースとなるフィルムと、このベースのフィルムとの間に多数のエァセルラーを形成して互いに熱融着されたキャップフィルムとを基本構造として作製されているもの)では、幅方向へ引き裂こうとすると、左右いずれかの長手方向に曲がって切れる傾向が強いため、カッターや鋏などの切断道具を使用しなければ必要な寸法に切り裂くことができず、不便であったことなどから、ベースを形成しているフィルムに切裂きラインを一定の間隔ごとに設けるという手段が採用されたが、必ず引裂きラインに沿って引き裂くことが必要になるわけではないから、気密性や水密性、機械的強度との関係で、切裂きラインの裂孔が障害をもたらすという問題があったこと、
(II) 本件明細書の特許請求の範囲の本件請求項3に記載された発明は、従来のエァセルラー緩衝シートの上記問題点を解決しようとするものであって、「エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があること」に着目し、インフレーション成形された樹脂のフィルムを積層することを含む、請求項3の規定する構成を備えることにより、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができるエァセルラー緩衝シートを提供することを目的とする発明である、
ことが記載されていると認められることは、前記1(4)イのとおりである。
そして、インフレーション成形法によってフィルムを製造する場合、ブロー比で4以上、好ましくは5以上で延伸させて成形し、フィルムにすることによりフィルムに横裂き性を付与することができることが示され(段落【0008】)、具体的に、ブロー比4以上、好ましくは、ブロー比5以上で延伸させて成形したものと認められる、高密度(密度:0.945前後)ポリエチレンフィルム(厚さ:10μm)を、低密度ポリエチレンフィルム(厚さ:10μm)のベース側のフィルム1及び低密度(密度: 0.920前後)ポリエチレンフィルム(厚さ:8μm)のキャップフィルム2に積層して得られたと認められるエァセルラー緩衝シートの引き裂き特性が、「幅方向(X)にJIS K 7128-2 エルメンドルフ引き裂き法に準じて引き裂いたところ、3.1 °Y方向に逸れた程度」であり、「幅方向(X)に手裂きしたところ、±2mm程度の逸れ具合で、十分満足できるまで真っ直ぐに横裂きすることができた」ことが具体例として示されていると認められることは、前記2(2)イ(イ)のとおりである。
さらに、比較例として、上記具体例のエァセルラー緩衝シートのベース側フィルムと高密度ポリエチレンフィルム(合計厚さ:20μm)の2層を、低密度(密度:0.920前後)ポリエチレンフィルム(厚さ:20μm)1層としたエァセルラー緩衝シートが記載され、その引き裂き特性が、幅方向(X)にJIS K 7128-2 エルメンドルフ引き裂き法に準じて引き裂いたところ、「45.8°Y方向に逸れた。その後は1?4cmは裂けて、後は完全にY方向に裂けた。」、「切り口は、ガタガタで直線的には切れなかった。」というものであることが記載されていると認められる(段落【0015】?【0017】。審決注:この比較例のシートのキャップフィルムの樹脂について明示の記載はない。しかし、キャップの大きさ、ベースフィルムの樹脂、引き裂き試験の値が第1の実施の形態の記載において記載された比較例のもの(段落【0014】)と同じであることから、第2の実施の形態に関する記載における比較例のエァセルラー緩衝シートは、第1の実施の形態におけるエァセルラー緩衝シートと同じであると認められる。したがって、その比較例のシートのキャップフィルムの樹脂も同じ「低密度(密度:0.920前後)ポリエチレン」であるといえ、さらに、そのシートの引き裂き試験の結果である切り口の性状も、第1の実施の形態のものと同じ「ガタガタで直線的には切れなかった。」であると認められる。)。
この具体例と比較例の層構成及び引き裂き特性との対比によれば、「前記ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層すること」により、従来のフィルムが有する課題を解決し、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができることが示されているということができる。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、従来のフィルムが有する課題を解決し、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができるエァセルラー緩衝シートとして、本件請求項3に記載された「前記ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層すること」の構成を採用したことが記載され、その構成を採用することにより、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができることが示されているということができる。

エ 発明の詳細な説明に記載された発明と特許請求の範囲に記載された発明との対比
特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきことは、上記アで示したとおりである。
そこで、本件明細書の記載が、特許請求の範囲の本件請求項3の記載との関係で、上記アの明細書のサポート要件に適合するか否かについてみる。
上記ウのとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、従来のフィルムが有する課題を解決し、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができるエァセルラー緩衝シートとして、本件請求項3に記載された「前記ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層すること」構成を採用したことが記載され、その構成を採用することにより、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができることが示されていることが認められるのであるから、本件明細書に接する当業者において、本件請求項3の「前記ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層すること」により、従来のエァセルラー緩衝シートが有する課題を解決し、任意の側縁箇所から手裂き動作によって簡単に、ほぼまっすぐに横裂きすることができるエァセルラー緩衝シートを提供するという課題を解決するエァセルラー緩衝シートとなると認識することができることは明らかである。
よって、本件明細書の特許請求の範囲の本件請求項3の記載は、明細書のサポート要件に適合するということができる。

オ 請求人の主張ウについて
請求人の主張ウは、〔第2の実施形態〕は本件発明3を記載したものではなく、本件明細書の発明の詳細な説明には本件発明3の具体的開示(すなわち、実施例)が欠けているから、本件請求項3の記載は明細書のサポート要件に適合しない、というものである。
しかしながら、〔第2の実施形態〕は本件発明3を具体的に記載した実施例もいうことができることは、上記2(2)イ(イ)のとおりであるから、上記主張ウは前提を欠くものであるし、そもそも、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、上記アのとおりに判断されるべきものであって、単に実施例の有無により判断されるものではない。
よって、主張ウの理由によっては、本件明細書の特許請求の範囲が、特許法第36条第6項第1号に適合しない、ということはできない。

(3) 無効理由3についてのまとめ
したがって、本件明細書の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に適合しない、ということはできないから、本件特許3は、同6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものということはできず、同法第123条第1項第4号に該当しない。

第5 むすび
以上のとおり、請求人の主張及び証拠によっては、本件特許3は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえないから同法第123条第1項第2号に該当せず、さらに、同法第36条第4項及び第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたということはできないから同法第123条第1項第4号に該当しない。
審判に関する費用については、特許法第162条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、2分の1を請求人の、2分の1を被請求人の負担とすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
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(参考:本件1次審決(平成20年7月22日の更正決定後のもの))

審決

無効2007-800074

愛知県名古屋市中村区千成通2丁目50番地
請求人 川上産業 株式会社

東京都中央区佃2丁目1番1号 センチュリーパークタワー311 須賀国 際特許事務所
代理人弁理士 須賀 総夫

福井県福井市今市町66字鎧田28番地
被請求人 酒井化学工業 株式会社
福井県福井市順化2-9-18
代理人弁理士 戸川 公二

東京都新宿区高田馬場1丁目29番21号 みかどビル5階 白崎国際特許事務所
代理人弁理士 白崎 真二

福井県福井市順化2-9-18 戸川特許事務所
代理人弁理士 中出 朝夫

上記当事者間の特許第3891876号発明「任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結 論
特許第3891876号の請求項1?3に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は、被請求人の負担とする。

理 由
第1 手続の経緯
平成14年 4月18日 特許出願(特願2002-116601号)
平成18年12月15日 設定登録(特許第3891876号)
平成19年 4月16日 特許無効審判請求(無効2007-800074号)
平成19年 7月13日 答弁書提出
平成19年11月16日 口頭審理陳述要領書(1)(2)(請求人側)
平成19年11月16日 口頭審理陳述要領書(1)(2)(被請求人側)
平成19年11月16日 口頭審理
平成19年11月16日 第1回口頭審理調書
平成19年11月16日 書面審理通知(口頭)
平成19年11月27日 上申書(被請求人側)

第2 本件発明
本件特許第3891876号の請求項1ないし3に係る発明は、平成18年12月15日付で設定登録された、特許第3891876号の特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって、前記ベース側のフィルム1自体を、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムにより形成することを特徴とする任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート。
【請求項2】
ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって、前記ベース側のフィルム1自体を、ブロー比が2?3でインフレーション成形された低密度ポリエチレン樹脂フィルムにより形成することを特徴とする任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート。
【請求項3】
ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって、前記ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層することを特徴とする任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート。」
(以下、「本件発明1」、「本件発明2」及び「本件発明3」という。)

第3 当事者の主張の概要及び提出した証拠方法
1.無効審判請求人の主張の概要
無効審判請求人(以下、「請求人」という。)は、本件特許第3891876号の請求項1ないし3に係る特許を無効にするとの審決を求め、その理由として概ね次のように主張するとともに、証拠方法として甲第1ないし第5号証を提出している。
(1)無効理由
(1-1)無効理由1
本件特許の請求項1?3に係る発明は、その出願前に頒布された刊行物に記載の発明にもとづいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、無効とされるべきである。

(1-2)無効理由2
本件特許の明細書は、記載が不備であって、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明を記載してないから、特許法第36条第4項第1号に規定された要件を満たしておらず、無効とされるべきである。

(1-3)無効理由3
本件特許の特許請求の範囲は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものでないから、特許法第36条第6項第1号に規定された要件を満たしておらず、無効とされるべきである。

(2)証拠方法
甲第1号証: 特開平10-72063号公報
甲第2号証: 特許第2658186号公報
甲第3号証: 特公昭61-51993号公報
甲第4号証: 特開昭59-78817号公報
甲第5号証: 特開平10-264246号公報
なお、甲第3号証は審判請求書に「特開昭61-51993号公報」と表記されているが、添付された公報からみて、明らかに「特公昭61-51993号公報」の誤りであるから、上記のとおり訂正し、表記した。

2.無効審判被請求人の主張の概要
無効審判被請求人(以下、「被請求人」という。)は、本件無効審判請求は成り立たない、審判費用は、請求人の負担とする、との審決を求め、請求人が主張する特許無効の理由:無効理由1ないし無効理由3は、概ね、次のように、何れも根拠がなく、無効の理由がない旨主張するとともに、証拠方法として乙第1号証?乙第10号証を提出している。
(1-1)無効理由1に対して
従来一般のエアセルラー緩衝シートは、ベース側のフィルムの片面に空気を封入して帽子型に膨出した合成樹脂フィルムの立体的な気泡室が有り、この帽子型の気泡室を形成しているキャップフィルムは、キャップを成形する前のフィルム成形の際に縦方向に延伸されている。かつまた、ベース側のフィルムもまた縦方向に延伸されているので、かゝるエアセルラー緩衝シートは分子配向が縦方向に大きいため、横裂きしようとすると引裂き方向が目標から逸れて縦方向に裂け目が曲がってしまう。このように縦方向に裂け目が曲がるために多数並んだ気泡室の端に次々当ってゆくと段々に方向が逸れて、目標とする対向側縁とは全然違った方向へ破れてゆき、切り口も見苦しいものとなり使物にならなくなってしまい、かゝる横裂き上の難点を克服することが本発明者の最も苦心した技術的隘路であった。
しかして、このような隘路を克服する突破口が、帽子型のエアセルラーのない前述の平面的な易引裂性フィルム(積層フィルムを含む)の発想の延長線上に存しないことは明らかであり、これをエアセルラー緩衝シートに類推適用しようとした場合には明らかな阻害要因となり、かゝる阻害要因の打破には常識の壁を超えた発想の転換が必要であることは明らかである。そして、そのことはベース側のフィルムに横裂き容易なフィルムを積層することにより、当該シート全体が横裂き容易にならしめる示唆は、どの文献に記載されていない事実からも肯んじられよう。

(1-2)無効理由2に対して
キャップフィルムとベース側フィルムとの熱融着加工は、今日、当業者の間では常識技術として知悉されており、本件特許発明に係る「任意の側縁箇所から横裂き容易なエアセルラー緩衝シート」は、エアセルラー緩衝シート自体としては独特のものであるが、その製造する際に必要となる熱融着の技術などは、当業者が何ら設計的努力をすることなく容易に為し得る加工処理であり、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要がないので、ことさら熱融着加工技術の例示が記載してなくとも、特許法36条4項1号の所謂サポート要件を欠如したことにはならない(明細書及び特許請求の範囲の記載要件の改訂審査基準=3.2.実施可能要件の(2)参照)。
ちなみに、平成3年10月24日の東京高裁による昭和63年(行ヶ)290号判決も「発明の詳細な説明に開示すべき構成は、当業者が発明の構成の有する技術的意義を理解し、それにより発明の内容を把握し、その発明を容易に実施できる程度のものとみとめられれば足り、その技術的意義について理論的根拠の説明までは必要なく、また、常にすべてについて実施例による具体的な裏付が求められるものでもない」と判示している。
したがって、【0012】に記載された本件特許発明の第1実施形態の説明が実施不可能であるとする請求人の主張は単なる難癖に過ぎず、【0008】と【0009】、および【0012】?【0014】、ならびに【0015】?【0017】の記載に対する主張は、何れも失当である。

(1-3)無効理由3に対して
本件特許明細書の【0008】、【0009】に記載のとおり、請求項1の発明は「発明の詳細な説明」に記載されたものであると云える。この点については、判示されており、かゝる判例の趣旨に照らしても、請求人の主張は失当である。
また、本件特許明細書の段落【0008】、段落【0009】、段落【0015】、段落【0016】の記載から、実施の形態で使用しているベース側のフィルム1に積層してある高密度ポリエチレン・フィルムは、ブロー比4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムの例を示していることは明らかである。
してみれば、請求項3の発明が「発明の詳細な説明」に記載されたものでないとする請求人の主張は、失当である。

乙第1号証: 本件特許明細書(特許第3891876号公報)
乙第2号証: 特開2004-74725号公報
乙第3号証: 特開2006-35707号公報
乙第5号証: 特公昭37-13782号公報
乙第6号証: 特公昭38-330号公報
乙第7号証: 特開平11-171107号公報
乙第8号証: 特開2000-318070号公報
乙第9号証: 高分子学会編「プラスチック加工技術ハンドブック]、日刊工業新聞社、第676頁(2行?8行)1995.6.12
乙第10号証: プラスチック大辞典編集委員会編「プラスチック大辞典]、(株)工業調査会、第91頁右欄「blow up ratio ブローアップ比, ブロー比, 膨張率」の項、1994.10.20
参考資料: 陳述要領書に添付された第1図ないし第3図

なお、乙第4号証は、平成19年11月16日作成の第1回口頭審理調書 「陳述の要領」の被請求人1 (1)のとおり取り下げられ、欠番となった。

第4 当審の判断
まず、明細書の記載不備について検討し、その後、甲第2号証に記載された発明に基づく容易性について検討する。
1.本件特許の明細書の記載事項
そこで、本件特許の明細書及び図面(以下、「特許明細書」という。)に記載されている事項についてみると、特許明細書には、以下の記載が認められる。
ア.「従来のエァセルラー緩衝シートは、長手方向(巻付け方向)へは比較的に真っ直ぐに引き裂くことができたのであるが、幅方向へ引き裂こうとすると、左右何れかの長手方向に曲がって切れる傾向が強いため、カッターとか鋏などの如き切断道具を使用しなければ必要な寸法に切り裂くことができず、使用の際には大変不便であった。」(段落【0003】)
イ.「【課題を解決するために採用した手段】しかして、本発明者が上記目的を達成するエァセルラー緩衝シートの構成として採用した手段は、次に掲げるとおりである(符号・構造は添附図面を参照)。
1)ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって、前記ベース側のフィルム1自体を、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムにより形成することを特徴とする任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シートを完成した。
2)ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって、前記ベース側のフィルム1自体を、ブロー比が2?3でインフレーション成形された低密度ポリエチレン樹脂フィルムにより形成することによって任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シートを完成した。
3) ベース側のフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルム2を熱融着して成るシート部材であって、前記ベース側のフィルム1に、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層することによって、任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シートを完成した。」(段落【0007】)
ウ.「ちなみに、上記ベース側のフィルム1又は11のフィルム1・11の横裂き性は、インフレーション成形法によってフィルムを製造する場合、ブロー比で4以上、好ましくは5以上で延伸させて成形し、フィルムにすることにより付与することができる。」(段落【0008】)
エ.「また、上記ベース側のフィルム1又は11のフィルム1・11の横裂き性は、キャップフィルム2よりも高密度で硬性のポリオレフィン系樹脂フィルムによっても実現できる。高密度で硬性のポリオレフィン系樹脂フィルム(例えば、高分子量高密度ポリエチレンフィルム MFR 0.1未満)は、ブロー比4以上、好ましくは、ブロー比5以上で延伸させて成形すると、それ自体にサクサクとした快裂性があって縦横何れの方向へも裂け易い性質を呈するが、エァセルラー緩衝シートのベース側のフィルム素材として使用するときは横裂き性増進の機能を発揮する。もっとも、素材として低密度ポリエチレンを用いる場合には、ブロー比を3以下にすることができる。」(段落【0009】)
オ.「更に、上記ベース側のフィルム1又は11のフィルム1・11の横裂き性は、炭素数4以下ののオレフィンを主原料とするポリオレフィン系樹脂と、ポリメチルペンテンおよびジベンジリデンソルビトールとを所定の割合で含む合成樹脂を無延伸または一方向延伸して成形した周知の熱可塑性合成樹脂製のフィルム(特許第 2658186号公報参照)によっても得られる。」(段落【0010】)
カ.「〔第1の実施形態〕図1および図4は、本発明エァセルラー緩衝シートの・・・符号1はエァセルラー緩衝シートのベースを構成するフィルム、符号2は前記ベースフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態にて熱融着されているキャップフィルムである。このような構造のエァセルラー緩衝シートは、加熱ロールによって溶融状態で流送されてくるフィルムを、真空吸引ロールで引き取ってエァセルラーとなるべきキャップ形の凹凸を作出せしめたところで、この凹凸フィルムのベース側にシールロールによりフィルムを圧着することにより製造することができるのであり、このような方法は従来周知である。」(段落【0012】抜粋)
キ.「第1の実施形態のエァセルラー緩衝シートの構成は、次のとおりである。
a.ベース側のフィルム1=低密度ポリエチレン・フィルム(厚さ:20μm)
b.ベース側フィルム1の延伸比率 ブロー比=2
c.キャップフィルム2=低密度ポリエチレン・フィルム(厚さ:8μm)
d.エァセルラー21 粒径=10 mm 、高さ=4mm」(段落【0013】)
ク.「〔第2の実施形態〕図2および図5は、本発明エァセルラー緩衝シートの第1実施形態を表わしており、符号1はエァセルラー緩衝シートのベースを構成するフィルム、符号2は前記ベースフィルム1の片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態にて熱融着されているキャップフィルムである。そして、本実施形態のエァセルラー緩衝シートにあっては、前記ベース側のフィルム1に幅方向に横裂き容易な熱可塑性フィルム11が熱融着により積層してある。」(段落【0015】)
ケ.「第2の実施形態のエァセルラー緩衝シートの構成は、次のとおりである。
a.ベース側のフィルム1=低密度ポリエチレン・フィルム(厚さ:10μm)
b.ベース側フィルム1に積層してある高密度(密度:0.945前後)ポリエチレン・フィルム(厚さ:10μm)
c.キャップフィルム2=低密度(密度: 0.920前後)ポリエチレン・フィルム(厚さ:8μm)
d.エァセルラー21 粒径=10mm、高さ=4mm、」(段落【0016】)

2.無効理由について
2-1.無効理由2(明細書の記載不備)について
(1)請求人は、概ね、「キャップフィルムそれ自身では、もはや「熱融着」する力を失っている。また溶融状態で吐出されたポリエチレン樹脂を特定のブロー比でインフレーション成形し、それにより延伸を行なったのち、常温まで冷却することにより延伸状態を固定して得たベース側のフィルムにも、熱融着する力をもっていることを期待するわけにはいかない。
そのような、ベース側のフィルムに熱融着する力を与えるには、融点またはそれ以上の温度に加熱しなければならないが、そのような加熱をすれば、焼鈍作用により延伸効果が失われ、「横裂き容易」なエアセルラー緩衝シートを得るという目的が達成できなくなる。」と主張し、「どのような手段でこのエアセルラー緩衝シートを完成するのであろうか、本件明細書の記述からは不明であり、当業者がこれを製造することができないから、請求項1および2の発明は、当業者がその実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載されているとはいえない」旨主張するので、検討する。
請求人の主張は、要するに、ベースフィルムが延伸フィルムであり、融点又はそれ以上の温度に加熱すると、延伸効果が失われることから、延伸フィルムの延伸効果を失わずに、キャップフィルムとベースフィルムとをどのように「熱融着」するのかについて、明細書には、上記摘記カ、クの記載事項しかないので、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないということである。
しかしながら、熱溶融性のあるフィルム同士を熱融着する技術は、各種知られているところ(高橋儀作著「プラスチックフィルム(増補版)」日刊工業新聞社、第163?第172頁、49.8.30)であって、具体的な記載として、延伸フィルムのような「加熱すると、溶融する温度より低い温度から熱収縮を開始するので、この熱収縮を起こさないような方法で熱接着する必要がある.」(第164頁10?12行)、「表5・1 主なプラスチックフィルムの接着法」の熱板接着法などで、延伸フィルムでも熱融着できることが明記されている。また、「図5・1 種々のタイプのプラスチックフィルムのヒートシール法」には、一方のフィルムを冷却、他方のフィルムを加熱した金属板に当接し、熱接着させる方法が知られているところであり、さらに、被請求人が提出した乙第7号証には、熱風でエァセルラー緩衝シートのフィルム表面を溶融させ、熱融着する技術が記載されている。
前記したとおり、熱融着するに際し、溶融させる反対側を冷却することでフィルムを完全に溶融するのではなく、表面だけを溶融させることは可能であり、その状態において、フィルム表面のみが半溶融状態で、それでいてフィルムとしての性状が維持された状態を採り得るものといえ、フィルムの樹脂配向性が維持された状態とすることが技術的に可能であることは明らかである。そして、そのような方法は熱融着技術として通常に知られた技術といえる。
以上のことから、フィルムの裏面を冷却しつつ、表面を溶融させた状態とすることによりフィルムの表面だけを半溶融状態に加熱することは可能であり、そのような従来周知の熱融着技術をエァセルラー緩衝シートの製造に適用し、延伸フィルムの延伸状態を維持しつつ、キャップフィルムを熱融着することは、熱融着技術の技術常識を加味すれば当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているものということができる。

(2)また、請求人は審判請求書第15頁から第16頁の「(3)」で、本件特許明細書段落【0008】、段落【0009】の記載を引用し、
(2.1)ブロー比は、下限「4」という限定があるだけで、上限が示されていない。しかし、技術的にはおのずから上限が存在するはずであるから、それを示さないのでは、発明の開示が不十分であるといわざるを得ない。
(2.2)段落【0008】は低密度ポリエチレンに関する説明であると思わせるものである。このことと、段落【0009】の最後の記述「素材として低密度ポリエチレンを用いる場合には、ブロー比を3以下にすることができる。」とは、両立することが困難である。
旨主張する。
(2.1)の点について検討するに、段落【0008】の記載はベース側のフィルムの横引き裂き性を付与する仕方として、インフレーション成形によってフィルムを製造する場合、ブロー比4以上であれば付与できるという説明をしているものであり、インフレーションでフィルムが製造できる限り、ブロー比の上限はないのであり、フィルムが製造できないブロー比のものは当然入らないことは明らかであるから、この記載が明りょうでないとまではいえない。
(2.2)の点について検討するに、段落【0008】は(2.1)に記載したとおりの意味に解すべきもので、上記ベース側のフィルムと記載されているように段落【0007】に記載の1)?3)のベース側のフィルム1又は11であることは明らかであり、明りょうでないとはいえない。また、段落【0009】の低密度ポリエチレンに関する記載箇所は、高密度ポリエチレンにおいてブロー比4以上で横引裂き性が付与できるが、低密度ポリエチレンの場合はブロー比3以下で横引裂き性が付与できると記載しているのであり、不都合を生じる記載であるとはいえない。

(3)無効理由2のまとめ
したがって、本件特許の特許明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとまではいえない。

2-2.無効理由3(特許請求の範囲の記載不備)について
(1)審判請求書の「第7 本件特許を無効とすべき理由(その三 特許請求の範囲の記載不備)」の「(1)」で、本件特許明細書の「第1の実施形態」は、ベース側のフィルムが低密度ポリエチレンの場合、すなわち請求項2の一つの実施例であるから、請求項1に関しては、実施例が記載されていないし、また、「(2)」で、「第2の実施形態」の上記「ベース側のフィルム1に積層してある高密度ポリエチレン・フィルム」は、請求項3に従えば、ブロー比4以上で延伸されているはずであるが、ブロー比はおろか、延伸されているという記述さえなく、請求項3の発明を記載したものとはいえないから、請求項1、3に係る発明は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものであるといえない旨主張する。

そこで、本件発明1及び3の、幅方向に横裂き容易な熱可塑性フィルムとして使用するベース側のフィルムについてみると、本件発明1は、本件発明2の「ブロー比が2?3でインフレーション成形された低密度ポリエチレン」に代えて、「ブロー比4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレンフィルム」を用いたものであり、本件発明3は、エァセルラー緩衝シートのベース側のフィルムに「ブロー比4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレンフィルム」を積層するものである。
ところで、本件発明1及び3について特許明細書には、上記「第4 1.本件特許の明細書の記載事項」に摘記した摘記カないし摘記ケの記載が認められる。該摘記によれば、請求人が主張するとおり、本件発明1及び3のエアセルラー緩衝シートに係る発明を裏付ける実施例であるかどうか明らかでなく、その意味で本件発明1及び3の実施例がないものともいえる。
一方、摘記ウ及び摘記エに、フィルムの横裂き性は、高密度ポリエチレンフィルムにおいてブロー比4以上で延伸させて成形すると、それ自体さくさくとした快裂性があって裂け易い性質を呈することが記載され、高密度ポリエチレンフィルムをインフレーション成形によりブロー比4以上とすることが可能であることが記載されているものと認められる。しかも、周知技術(高分子学会編「プラスチック加工技術ハンドブック」日刊工業新聞社、P674?677、P683?P684、1995.6.12)を加味すればブロー比4以上のインフレーションフィルムは、周知のインフレーションフィルム成形技術を適用して製造できるフィルムにすぎない。
したがって、本件発明2に係るブロー比が2?3の低密度ポリエチレンの実施例が第1の実施形態として記載され、かつ、ベース側のフィルムに高密度ポリエチレンフィルムを積層した第2の実施形態の実施例が記載され、しかも、特許明細書に摘記ウないし摘記ケに記載の事項が記載されていることを参酌すれば、本件発明1及び3に係る特許を受けようとする発明そのものの記載はなくとも、実質的に本件発明1及び3は発明の詳細な説明に記載されていると解することができるから、直接的に、実施例の記載がないことをもって、本件発明1及び3が発明の詳細な説明に記載された発明ではないということはできない。

(2)無効理由3のまとめ
したがって、特許請求の範囲に記載の特許を受けようとする発明は、発明の詳細な説明に記載されているといえるので、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとまではいえない。

2-3.無効理由1(容易性)について
2-3-1.甲各号証の記載事項
無効理由1の証拠方法として挙げられた甲第1号証?甲第4号証には以下の事項が記載されている。
(a)甲第1号証
a1.「【請求項1】 プラスチックフィルムに多数の凸部を設けたキャップフィルムと、平坦なバックフィルムとを貼り合わせ、凸部に空気を封入してなるプラスチック気泡シートであって、長尺のシートを巻いた形態のものにおいて、シートを横断する切断用ミシン目を所定間隔で設けたことを特徴とする包装作業性を改善したプラスチック気泡シート。(特許請求の範囲 請求項1)
a2.「このような気泡シートの使用形態は、巻物を展開して切断するという作業を必要とする。 この切断はカッターナイフなどを使用して行なうが、危険を伴う上に、切断線が曲ったりして、なかなか快適には行なえないものである。 切り出した気泡シートは、被包装物を包んだ上で別途ひもで結束するか、粘着テープで固定するかしなければならない。 このひもによる結束または粘着テープによる固定は、気泡シートをあらかじめ被包装物の寸法に合わせて裁断した形で納入したとしても、常につきまとう作業である。 そして結束や固定は案外面倒である上に、できた包装体は、しばしば美観の点で好ましくないものである。(段落【0004】)
a3.「本発明のより重要な目的は、適切な寸法の包装材を取り出すことが容易であって、しかも取り出された気泡シートを用いる包装作業の作業性が改善されるとともに、包装された製品の外観がすぐれたものを与えるような気泡シートを提供することにある。」(段落【0006】)
a4.「気泡シートの材料としては任意のプラスチックが使用できるが、加工性やコストなどの点で、常用のポリエチレン、ポリプロピレン、あるいはEVA(エチレン-酢酸ビニル共重合体)が好適である。・・・(中略)・・・プラスチックを使用し、気泡シートの材料との関係において適切なものをえらべば、気泡シートの製造と同時に融着させることにより貼り合わせることができる。(段落【0013】)
a5.「【作用】本発明の包装作業性を改善したプラスチック気泡シートは、所定の間隔でミシン目が入っているので、長尺の巻物の形でこれを購入した需要者が包装作業に使用するに当り、カッターナイフなどを使用しなくても容易に一定寸法に切断することができる。 ミシン目の位置を印刷などの目印により示しておけば、いっそう容易に切断を行なえる。 切断しやすければ切り損じに起因する端材が出ないから、ゴミが散乱したりする心配もない。」(段落【0017】)
a6.図1



(b)甲第2号証
b1.「[従来技術]・・・(中略)・・・
開封を容易にするための手段として、ヒートシール線に沿う方向に開封用の切れ目(実開昭57-80462)やノッチ(実開昭58-169044号、同58-156656号)をつけておく方法が採用されているが、フィルム自体の引裂性が良くないため引裂線が引裂途中から斜め方向に走り、粉粒状あるいは液状等の内容物を飛散させることも多い。そこで引裂方向に沿ってガイドテープを貼合する方法(実公昭53-27624号、同53-27627号等)や引裂方向に沿ってミシン目を入れる方法(実開昭58-134842号や実公昭58-33068号等)が考えられたが、こうした引裂性改善手段を講ずるにはそれなりの機械設備が必要であるため経済的な負担が大きく、しかも特に後者の場合は密封性が低下するという問題も生じてくる。」(第1頁第2欄8行?第2頁第3欄25行)
b2.「上記以外の引裂性改善手段として、フィルム自体に引裂方向性を持たせる方法がある。たとえば特公昭61-41732号や特開昭61-24424号には、フィルムを一軸方向に延伸して分子配向を持たせ、それにより引裂方向性を改善する方法が開示されており、また特公昭61-51993号には、熱可塑性樹脂層とポリプロピレン樹脂層を積層する延伸フィルムの場合において、各樹脂層の肉厚比や縦・横方向の延伸倍率等を規定することによって、引裂方向性を持たせる方法も提案されている。
これらの方法の場合、引裂方向性については一方々向の延伸倍率を高めるのに比例して改善されるが、延伸倍率を高めるのに反比例してヒートシール性は低下傾向を示し、密封性に問題が出てくる。」(第2頁第3欄26?38行)
b3.「最も一般的なのは各構成々分を均一に溶融混合した後フィルム状に押出し、冷却ロールまたは冷却液槽に通して冷却しながら連続的に巻取る方法である。尚フィルム加工においては、冷却巻取り後、あるいは冷却後連続して1軸若しくは2軸延伸を行なうのが通例であるが、本発明ではヒートシール性と一方々向易引裂性を確保することの必要上、延伸は行なわないか、あるいはテンター方式等を用いた一方々向延伸のみに止めなければならない。この場合の一方々向とは、一般的に横方向であるが、縦方向であることを排除するものではない。
その理由は、縦・横2軸延伸加工を行なうと、フィルムのヒートシール性が乏しくなって商品の保護性に問題が出てくるばかりでなく、引裂方向性も悪くなるからである。しかし無延伸もしくは一方向のみに延伸したものでは、良好なヒートシール性が阻害されず、当該延伸方向の引裂性が良好なフィルムを得ることができる。
また本発明の合成樹脂フィルムは単層フィルムとして使用し得るほか、他の延伸フィルム等と積層したりラミネートして使用することも可能である。」(第3頁第5欄31?49行)
b4.「参考例19?22及び参考比較例14
第5表に示す各成分組成よりなるフィルムを用いて、スキン層I:5μm、中間層:15μm、スキン層II:5μmよりなる合計厚みが25μmの積層フィルムを作製し、夫々についてフィルム特性を調べた。尚用いた各フィルム構成素材は、前記参考例1?22で用いたのと同じである。
結果は第5表に示す通りであり、スキン層の一方もしくは中間層を構成する素材として前記成分(A)と(B)を適量併用したもの(参考例19?22)は、従来の積層フィルム(参考比較例14)に比べて横方向引裂強度が小さく、引裂性も良好であることが分かる。」(第4頁第7欄24行?同頁第8欄9行、第6頁第5表)

(c)甲第3号証
c1.「1 二次転移点が40℃?130℃の範囲にあり、20℃の引張破断時の伸び率が30%以下の熱可塑性樹脂層を中間層とし、その両側にポリプロピレン樹脂層を積層した延伸フイルムであつて、その延伸倍率は、縦方向の延伸倍率が2倍以上で横方向延伸倍率が縦方向の延伸倍率より大きく、かつ縦方向及び横方向の延伸倍率の積が4を越え56以下の範囲にあり、かつ前記中間層の厚みは積層した延伸フイルムの全厚さの30%?80%であり、さらに両側のポリプロピレン樹脂層同志の厚さの比が0.25?4の構成比率からなることを特徴とする横方向引裂性の優れた積層延伸フイルム。」(特許請求の範囲 第1項)
c2.「延伸倍率は、横方向の最低延伸倍率を2倍とし粘着テープ素材としての手引裂性を改良するため、横方向延伸倍率を縦方向延伸倍率より大とし、かつ、横方向及び縦方向の延伸倍率の積層が4を越え56以下の範囲がよい。
縦方向延伸倍率が2倍未満であり、かつ縦方向、横方向の延伸倍率の積が4倍以下であると、粘着テープ用素材フイルムとして必要な縦方向の引張強さ得られず、また厚さ振れが大きく、手引裂性にばらつきが生じる。
また、横方向延伸倍率が縦方向延伸倍率以下であると本発明の目的である横方向手引裂性の改良を達成することができない。」(第2頁第4欄24?36行)

(d)甲第4号証
d1.「包装用、特に包装用袋体に供される場合、これに使用される複合フイルムは包装時には機械的加工処理されることから引裂性切断方向性についてはさほど問題とはならないが、消費段階では一般に手で開封されることが多く、従って容易に引き裂くことができることは極めて重要な条件となる。
特に、食品、医薬品の包装袋の場合には、その使用に当たって個々の袋を開封する必要があることから、指先で簡単に引き裂き開封することは使用上、重要な意義をもつ。
更に、この種包装用袋は上記引き裂き性と同時に引き裂いた方向が直線的であり、しかも一定の方向に引き裂けることが望まれる。」(第1頁下右欄10?第2頁上左欄3行)
d2.「複合フイルムは専らその機能を持つ引裂性フィルムを基材フイルムに成層することにより行われている。」(第2頁上左欄8?10行)
d3.「本発明は密度0.94g/cc以下の線状低密度ポリエチレンを素材としたフイルムを縦軸方向若しくは横軸方向に対して6?20倍延伸し厚さ10?100μとなした構成よりなるため、従来品のようにシーラント層の他に更に引裂性フイルムを成層することなく指先で簡単にしかも直線的に引裂くことができる。
また本発明はこのシーラント層を対面するように二重にして該シーラント層の延伸方向を揃えて重ね合わせ周囲を熱融着して袋体なした場合、該袋体は引き裂きにより直線的に開封され、指先で開封したとき従来品の如く切口の一部が切り取られて開封できなかったり、袋全体に切口が波及して内容物が零れ出したりする不都合もない」(第2頁下左欄19行?同頁下右欄12行)
d4.「実施例1
・・・(中略)・・・
該フイルムを厚さ7μのアルミニウム箔の一面に成層してなる複合フイルムを該フイルムの延伸方向を揃えて二重に合わせ、その周囲を融着して形成された袋体は指先で簡単に引裂け、また切断状態も殆ど直線上であり、ハンドカット性及び切断の方向性とも良好であり、」(第2頁下右欄16行?第3頁上左欄7行)

2-3-2.対比・判断
(1)刊行物1発明について
摘記a1ないしa3、a5、特に摘記a3の記載によれば、刊行物1には、プラスチック気泡シートを包装に使用する場合、巻物状に製造され、使用に際し被包装物に合わせて適当な寸法に裁断するが、裁断するための工具を用いると危険であり、かつ包装の作業性が悪いことの改善が課題であるとの認識があり、また、その裁断された切断線が曲がることが包装という目的から外観上好ましくないということも課題として認識されていた。
そこで、摘記a5、a6によれば、刊行物1には工具を使わず切断線を綺麗に裁断するための手段として側縁箇所からシートを横断するミシン目を入れることが記載されていることから、刊行物1には、ミシン目を入れた位置ではあるが適当な寸法に側縁箇所からシートを横断するように引き裂き裁断するための手段を設けたプラスチック気泡シートが記載されるものと認められる。
そして、摘記a4にも記載されているようにプラスチック気泡シートの材料として、ポリエチレン、ポリプロピレンが常用され、プラスチック気泡シートを製造するため熱融着によりキャップフィルムとバック(ベース側の)フィルムが貼り合わされていることは、当該技術において周知の技術である。
してみると、刊行物1には、
「プラスチックフィルムに多数の凸部を設けたキャップフィルムと、平坦なプラスチックバックフィルムとを熱融着により貼り合わせて多数の凸部に空気を封入してなるプラスチック気泡シートであって、プラスチック材料としてポリエチレンを用い、長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から引き裂き裁断可能にするため、気泡シートに側縁箇所から横断する切断用ミシン目を設けたプラスチック気泡シート」の発明(以下、刊行物1発明」という。)が記載されているものと認められる。

(2)本願発明1について
a.対比
そこで、本件発明1と刊行物1発明と対比する。
刊行物1発明の「キャップフィルム」、「バックフィルム」、「プラスチック気泡シート」及び「多数の凸部に空気を封入してなる」部分は、それぞれ、本件発明の「キャップフィルム」、「ベース側のフィルム」、「エァセルラー緩衝シート」及び「多数のエァーセルラー」に相当するものである。
したがって、両者は、
「ベース側のフィルムの片面に多数のエァセルラー21・21…を形成した状態のキャップフィルムを熱融着して成るシート部材であって、長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするための手段を設けた側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート。」である点で一致し、以下の点で相違する。

b.相違点
相違点1:長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするため、本件発明1は、(キャップフィルムに)「ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルム」でベース側のフィルムを形成するのに対して、刊行物1発明では、気泡シートに気泡シートを横断する切断用ミシン目を設けた点
相違点2:長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所からの横断するように引き裂き裁断が、本件発明1は任意の側縁箇所からできるのに対し、刊行物1発明は横断する切断用ミシン目を設けた箇所からできる点

c.判断
相違点1について
本件発明で「ベース側のフィルム1自体を、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルム」を用いているのは、インフレーションブローにより形成されたフィルムは延伸され、延伸されたフィルムの延伸方向への引き裂き性が良くなり、切断線が延伸方向になることを利用して、幅方向に延伸方向がくるようにキャップフィルムと熱融着し横裂きを容易にするためであることは、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明から明らかである。
ところで、フィルムに易引裂性を与える手段としてフィルムに延伸を付与することは常套手段であり、そのような延伸フィルムが延伸方向に沿って引き裂き易く、直線的に引き裂ける傾向を有することも本出願前周知のことである。
また、延伸フィルムを製造する手段として、押出フィルムを延伸処理すること又はインフレーション成形によりブロー比を調整することで延伸倍率を変え、延伸フィルムを製造することは、延伸フィルムの製造技術として選択可能な周知技術である。
そして、甲第2ないし第4号証の摘記b1ないしb3、摘記c2及び摘記d1、d2、d4の記載にあるように、延伸フィルムを積層フィルムの少なくとも一層とすると延伸フィルムの延伸方向への引き裂き性が良いことから、切断線を延伸方向と一致させると延伸方向に易引裂性となることを利用して積層フィルム全体に引き裂き性を付与することができることもよく知られた技術であると認められる。
また、前記「第4 1 摘記ア」に従来エァセルラー緩衝シートにおいて長手方向へ比較的に真っ直ぐ引き裂くことができた旨記載されているように、エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていたのである。
上述したような技術的な知見が当業者にとって周知の技術であったと認めることができる以上、相違点である長尺の気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするため、延伸フィルムを適用する対象としてエァセルラー緩衝シートのキャップシートではなく、ベース側のフィルムを選択することは延伸方向への易引裂性の利用という点から当然に選択されることであり、横方向に切断し易くするためエァセルラー緩衝シートの幅方向に延伸方向を合わせ、延伸フィルムをベース側のフィルムとして採用することも当業者なら直ちに想到し得たことである。
その採用する延伸フィルムとして押出フィルムを延伸処理して製造したものを採用するか、インフレーション成形された延伸フィルムを採用するかは、特許明細書の記載からは、インフレーション成形により形成したフィルムを用いた点に格別の意味も見あたらないから、当業者が必要に応じて適宜選択し得る事項であると認められる。
以上のことから、本件発明1のようにエァセルラー緩衝シートを適当な寸法に側縁箇所から横裂き裁断可能にするため、刊行物1発明のキャップシートとベース側のシートとからなる気泡シートにおいて気泡シートを横断するミシン目を設ける代わりに、延伸フィルムの引裂き性及び延伸フィルムを採用した積層フィルムが延伸方向に引裂き性を有することに着目して、相違点に係る本件発明1のベース側のフィルムとしてインフレーション成形された横裂き容易な樹脂フィルムを採用することに格別の創意も困難性も認めることはできない。

ここで、本件発明1ではインフレーション成形されたフィルムとして、高密度ポリエチレン樹脂を用い、ブロー比が4以上でインフレーション成形したものと特定しているので、この点について検討する。
前記したとおり、エァセルラー緩衝シートにおいてポリエチレン樹脂を用いること自体は刊行物1発明も相違するところはない。そこで、高密度ポリエチレンが用いられているか検討すると、被請求人が提示した乙第6号証に記載されているとおり、低密度から高密度のポリエチレンまで通常に採用されているもので、従来周知の材料の選択肢の一つであり、刊行物1発明において高密度ポリエチレンを用いることは格別のものとは認められない。
そして、低密度のものにしろ高密度のものにしろポリエチレンフィルムをインフレーション成形により形成することも周知のことであり、その際のブロー比については、一般的に、BURについては、低密度ポリエチレンフィルムにおいてBUR:1?3、高密度ポリエチレンにおいてBUR:1?5を採り得ることが知られている(高分子学会編「プラスチック加工技術ハンドブック」日刊工業新聞社、P674?677、P683?P684、1995.6.12)ところであるから、高密度ポリエチレンフィルムにおいてブロー比が4以上のものはインフレーション成形において通常に製造されている範囲のものである。
また、この種の加工技術の分野においては、各種の操業条件が経験的に決定されるもので、本件特許明細書の記載からみて、低密度及び高密度のポリエチレンにおいて採用したブロー比に格別の意味も臨界的な意義をもつものでもなく、通常に必要とされる実験的に選択すべき好適な条件を指摘するにとどまるものと認められ、本件発明の如く引裂性を考慮して材料毎に最適ブロー比を検討し、決定することは当然にしてみることである。
以上のことから、高密度ポリエチレンにおいてブロー比4以上のものを採用することに、格別の技術的困難性を認めることはできない。
してみると、相違点である、横裂性を付与するために横方向に延伸方向を合せて積層し、その際インフレーション成形して得られるフィルムにブロー比4以上で横裂性を付与した高密度ポリエチレンを選択することは、甲第2ないし第4号証に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものである。
よって、刊行物1発明において、「長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするための手段」として、「気泡シートを横断する切断用ミシン目」に代えて、「ベース側のフィルム自体を、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムにより形成する」ことは、甲第2ないし第4号証に記載した事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。

相違点2について
エァセルラー緩衝シートの横裂きが、本件発明1では、任意の側縁箇所から横裂きできる点で相違するが、延伸フィルムは、その延伸方向に引き裂きが容易であるというものであるから、延伸フィルムであればフィルムのどの位置であっても延伸方向への引き裂き性を有していることは周知のことである。してみると、相違点2は、横裂き性を付与するため延伸フィルムを採用したことにより自ずと達成されるものであって、延伸フィルムが自ずと備えている周知の機能を単に明示したにすぎない。

そして、本件発明1の前記各相違点に基づく効果は、甲第1ないし第4号証に記載された事項に基づく効果から当業者が予測できる範囲のものである。
したがって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明、甲第2ないし第4号証に記載された発明及び当該技術分野における周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものである

d.まとめ
よって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明、甲第2ないし第4号証に記載された発明及び当該技術分野における周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。

(3)本件発明2について
a.対比
本件発明2と刊行物1発明とを対比すると、刊行物1発明は、前記「3-2.(1)」において記載したとおりであり、本件発明2は、本件発明1のベース側のフィルム1自体を、ブロー比が2?3でインフレーション成形された低密度ポリエチレン樹脂フィルムにより形成したものであるから、両者は前記「3-2.(2)a.」に記載した点で一致し、前記「3-2.(2)b.」に記載した相違点2に加えて、下記相違点3で相違する。

b.相違点
相違点3:長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするため、本件発明2は、(キャップフィルムに)「ブロー比が2?3でインフレーション成形された低密度ポリエチレン樹脂フィルム」でベース側のフィルムを形成するのに対して、刊行物1発明では、気泡シ-トに気泡シートを横断する切断用ミシン目を設けた点

c.判断
相違点3について
本件発明でキャップフィルムにブロー比が2?3でインフレーション成形された低密度ポリエチレン樹脂フィルムのベース側のフィルムを積層しているのは、延伸フィルムは延伸方向への引き裂き性が良いことから、切断線を延伸方向と一致させると延伸方向に易引裂性となることを利用して、キャップフィルムに熱融着した低密度ポリエチレンフィルムからなるエァセルラー緩衝シートを横裂きを容易にするためであることは、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明から明らかである。
ところで、フィルムに易引裂性を与える手段としてフィルムに延伸を付与することは常套手段であり、そのような延伸フィルムが延伸方向に沿って引き裂き易く、直線的に引き裂ける傾向を有することも本出願前周知のことである。
また、延伸フィルムを製造する手段として、押出フィルムを延伸処理すること又はインフレーション成形によりブロー比を調整することで延伸倍率を変え、延伸フィルムを製造することは、延伸フィルムの製造技術として選択可能な周知技術である。
そして、甲第2ないし第4号証の摘記b1ないしb3、摘記c2及び摘記d1、d2、d4の記載にあるように、延伸フィルムを積層フィルムの少なくとも一層とすると、延伸フィルムの延伸方向への引き裂き性が良いことから、切断線を延伸方向と一致させると延伸方向に易引裂性となることを利用して積層フィルム全体に引裂き性を付与することができることもよく知られた技術であると認められる。
また、前記「第4 1 摘記ア」に従来エァセルラー緩衝シートにおいて長手方向へ比較的に真っ直ぐ引き裂くことができた旨記載されているように、エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていたのである。
上述したような技術的な知見が当業者にとって周知の技術であったと認めることができる以上、相違点である長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするため、延伸フィルムを適用する対象としてエァセルラー緩衝シートのキャップシートではなく、ベース側のフィルムを選択することは延伸方向への易引裂性の利用という点から当然に選択されることであり、横方向に切断し易くするためエァセルラー緩衝シートの幅方向に延伸方向を合わせ、延伸フィルムをベース側のフィルムとして採用することも当業者なら直ちに想到し得たことである。
その採用する延伸フィルムとして押出フィルムを延伸処理して製造したものを採用するか、インフレーション成形された延伸フィルムを採用するかは、本件特許明細書の記載からは、インフレーション成形により形成したフィルムを用いた点に格別の意味も見あたらないから、当業者が必要に応じて適宜選択し得る事項であると認められる。
以上のことから、本件発明2のようにエァセルラー緩衝シートを適当な寸法に側縁箇所から横裂き裁断可能にするため、刊行物1発明のキャップシートとベース側のシートとからなる気泡シートにおいて気泡シートを横断する切断用ミシン目を設ける代わりに延伸フィルムの引裂き性を利用した積層フィルムが延伸方向に引裂き性を有することに着目して、相違点に係る本件発明2のベース側のフィルムとしてインフレーション成形された横引裂き容易な樹脂フィルムを採用することに格別の創意も困難性も認めることはできない。

ここで、本件発明2ではインフレーション成形されたフィルムとして、低密度ポリエチレン樹脂を用い、ブロー比が2?3でインフレーション成形したものを用いることを特定しているので、この点について検討する。
前記したとおり、エァセルラー緩衝シートにおいてポリエチレン樹脂を用いること自体は刊行物1発明も相違するところはない。そこで、低密度ポリエチレンが用いられているか検討すると、被請求人が提示した乙第6号証に記載されているとおり、低密度から高密度のポリエチレンまで通常に採用されているもので、従来周知の材料の選択肢の一つであり、刊行物1発明において低密度ポリエチレンを用いることは格別のものとは認められない。
そして、低密度のものにしろ高密度のものにしろポリエチレンフィルムをインフレーション成形により形成することは周知のことであり、その際のブロー比については、一般的に、BURについては、低密度ポリエチレンフィルムにおいてBUR:1?3、高密度ポリエチレンにおいてBUR:1?5を採り得ることが知られている(高分子学会編「プラスチック加工技術ハンドブック」日刊工業新聞社、P674?677、P683?P684、1995.6.12)ところであるから、低密度ポリエチレンフィルムにおいてブロー比が2?3のものはインフレーション成形において通常に製造されている範囲のものである。
また、この種の加工技術の分野においては、各種の操業条件が経験的に決定されるもので、本件特許明細書の記載からみて、低密度及び高密度のポリエチレンにおいて採用したブロー比に格別の意味も臨界的な意義をもつものでもなく、通常に必要とされる実験的に選択すべき好適な条件を指摘するにとどまるものと認められ、本件発明の如く引裂き性を考慮して材料毎に最適ブロー比を検討し、決定することは当然にしてみることである。
以上のことから、低密度ポリエチレンにおいてブロー比2?3のものを採用することに、格別の技術的困難性を認めることはできない。
してみると、相違点である、横引裂性を付与するために横方向に延伸方向を合せて積層し、その際インフレーション成形して得られるフィルムにブロー比2?3で横引裂性を付与した低密度ポリエチレンを選択することは、甲第2ないし第4号証に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものと認める。
よって、刊行物1発明において、長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするため、「気泡シートを横断する切断用ミシン目」に代えて、キャップフィルムと熱融着させて積層するベース側のフィルムとして「ベース側のフィルム1自体を、ブロー比が2?3でインフレーション成形された低密度ポリエチレン樹脂フィルム」を用いることによりエァセルラー緩衝シートを形成することは、甲第2ないし第4号証に記載した事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たことと認める。
また、相違点2については、前記「3-2.(2)c.」に記載したとおりである。

そして、本件発明2の前記各相違点に基づく効果は、甲第1ないし第4号証に記載された事項に基づく効果から当業者が予測できる範囲のものである。
したがって、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明、甲第2ないし第4号証に記載された発明及び当該技術分野における周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。

d.まとめ
よって、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明、甲第2ないし第4号証に記載された発明及び当該技術分野における周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。

(4)本件発明3について
a.対比
本件発明3と刊行物1発明と対比すると、刊行物1発明は、前記「3-2.(1)」において記載したとおりであり、本件発明3は、エァセルラー緩衝シートのベース側のフィルムに、ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層したものであるから、両者は前記「3-2.(2)a.」に記載した点で一致し、前記「3-2.(2)b.」に記載した相違点2に加えて、下記相違点4で相違する。

b.相違点
相違点4:長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするため、本件発明3は、エァセルラー緩衝シートのベース側のフィルムに「ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルム」を積層するに対して、刊行物1発明では、気泡シートに気泡シートを横断する切断用ミシン目を設けた点

c.判断
相違点4について
本件発明でエァセルラー緩衝シートのベース側のフィルムにブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルムを積層しているのは、延伸フィルムは延伸方向への引き裂き性が良いことから、切断線を延伸方向と一致させると延伸方向に易引裂性となることを利用して、エァセルラー緩衝シートのベース側のフィルムにインフレーション成形された高密度ポリエチレンフィルムを積層することにより高密度ポリエチレンを積層したエァセルラー緩衝シートを横裂き容易にするためであることは、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明から明らかである。
ところで、フィルムに易引裂性を与える手段としてフィルムに延伸を付与することは常套手段であり、そのような延伸フィルムが延伸方向に沿って引き裂き易く、直線的に引き裂ける傾向を有することも本出願前周知のことである。
また、延伸フィルムを製造する手段として、押出フィルムを延伸処理すること又はインフレーション成形によりブロー比を調整することで延伸倍率を変え、延伸フィルムを製造することは、延伸フィルムの製造技術として選択可能な周知技術である。
そして、甲第2ないし第4号証の摘記b1ないしb3、摘記c2及び摘記d1、d2、d4の記載にあるように、延伸フィルムを積層フィルムの少なくとも一層とすると、延伸フィルムの延伸方向への引き裂き性が良いことから、切断線を延伸方向と一致させると延伸方向に易引裂性となることを利用して積層フィルム全体に引き裂き性を付与することができることもよく知られた技術であると認められる。
また、前記「第4 1 摘記ア」に従来エァセルラー緩衝シートにおいて長手方向へ比較的に真っ直ぐ引き裂くことができた旨記載されているように、エァセルラー緩衝シートのような積層構造体においても延伸された方向へ引き裂かれる特性があることがよく知られていたのである。
上述したような技術的な知見が当業者にとって周知の技術であったと認めることができる以上、相違点である長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするため、エァセルラー緩衝シートのベース側のフィルムに幅方向に延伸方向を合わせ、延伸フィルムを積層することは当業者なら直ちに想到し得たことである。
その積層する延伸フィルムとして押出フィルムを延伸処理して製造したものを採用するか、インフレーション成形された延伸フィルムを採用するかは、本件特許明細書の記載からは、インフレーション成形により形成したフィルムを用いた点に格別の意味も見あたらないから、当業者が必要に応じて適宜選択し得る事項であると認められる。
以上のことから、本件発明3のようにエァセルラー緩衝シートを適当な寸法に側縁箇所から横裂き裁断可能にするため、刊行物1発明のキャップシートとベース側のシートとからなる気泡シートにおいて気泡シートを横断する切断用ミシン目を設ける代わりに延伸フィルムの引裂き性を利用した積層フィルムが延伸方向に引裂き性を有することに着目して、相違点に係る本件発明3のベース側のフィルムにインフレーション成形された横引裂き容易な樹脂フィルムを積層することに格別の創意も困難性も認めることはできない。

ここで、本件発明3ではインフレーション成形されたフィルムとして、高密度ポリエチレン樹脂を用い、ブロー比が4以上でインフレーション成形したものを用いることを特定しているので、この点について検討する。
前記したとおり、エァセルラー緩衝シートにおいてポリエチレン樹脂を用いること自体は刊行物1発明も相違するところはない。そこで、高密度ポリエチレンが用いられているか検討すると、被請求人が提示した乙第6号証に記載されているとおり、低密度から高密度のポリエチレンまで通常に採用されているもので、従来周知の材料の選択肢の一つであり、刊行物1発明において高密度ポリエチレンを用いることは格別のものとは認められない。
そして、低密度のものにしろ高密度のものにしろポリエチレンフィルムをインフレーション成形により形成することも周知のことであり、その際のブロー比については、一般的に、BURについては、低密度ポリエチレンフィルムにおいてBUR:1?3、高密度ポリエチレンにおいてBUR:1?5を採り得ることが知られている(高分子学会編「プラスチック加工技術ハンドブック」日刊工業新聞社、P674?677、P683?P684、1995.6.12)ところであるから、高密度ポリエチレンフィルムにおいてブロー比が4以上のものはインフレーション成形において通常に製造されている範囲のものである。
また、この種の加工技術の分野においては、各種の操業条件が経験的に決定されるもので、本件特許明細書の記載からみて、低密度及び高密度のポリエチレンにおいて採用したブロー比に格別の意味も臨界的な意義をもつものでもなく、通常に必要とされる実験的に選択すべき好適な条件を指摘するにとどまるものと認められ、本件発明の如く引裂き性を考慮して材料毎に最適ブロー比を検討し、決定することは当然にしてみることである。
以上のことから、高密度ポリエチレンにおいてブロー比4以上のものを採用することに、格別の技術的困難性を認めることはできない。
してみると、相違点である、エァセルラー緩衝シートのベース側のフィルムに横引裂性を付与するために横方向に延伸方向を合せて積層し、その際インフレーション成形して得られるフィルムにブロー比4以上で横引裂性を付与した高密度ポリエチレンを選択することは、甲第2ないし第4号証に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものと認める。

よって、刊行物1発明において、長尺の該気泡シートを適当な寸法に側縁箇所から横断するように引き裂き裁断可能にするため、「気泡シートを横断する切断用ミシン目」に代えて、キャップフィルムと熱融着させて積層するベース側のフィルムに「ブロー比が4以上でインフレーション成形された高密度ポリエチレン樹脂フィルム」を積層することにより延伸フィルムを積層したエァセルラー緩衝シートを形成することは甲第2ないし第4号証に記載した事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たことと認める。
また、相違点2については、前記「3-2.(2)c.」に記載したとおりである。

そして、本件発明3の前記各相違点に基づく効果は、甲第1ないし第4号証に記載された事項に基づく効果から当業者が予測できる範囲のものである。
したがって、本件発明3は、甲第1号証に記載された発明、甲第2ないし第4号証に記載された発明及び当該技術分野における周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。

d.まとめ
よって、本件発明3は、甲第1号証に記載された発明、甲第2ないし第4号証に記載された発明及び当該技術分野における周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。

2-3-3.被請求人の主張
被請求人は、答弁書等で下記のように主張し、本件発明1ないし本件発明3が容易想到でないと主張するので、以下検討する。
(1)甲第1号証のエアセルラー緩衝シートにあっては、必ず引裂きラインに沿って引き裂くことが必要になるわけではなく、長手方向へサイズを大きく取る場合には、ミシン目が形成された箇所からしか横裂きすることができないという致命的な欠点があり、作業上必要とされる任意の側縁箇所から手先動作によって自由簡単に横裂きするといった便利さは全く期待すべくもない旨主張し、また、甲第2、第3号証には、プラスチック気泡シートのバックフィルムと延伸フィルムを置換し、任意の箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シートを遂行せしめることを示唆する記載も存在しないし、動機付けもない旨主張する。
しかしながら、包装作業におけるシートの切断を容易にしたいという技術思想は甲第1号証の記載にあるとおり、当業者が課題として認識している事項であり、しかも、ミシン目を施すことにより切断箇所を設けるものであるから任意の箇所で切断できないことも当然に認識されていたことにすぎず、本件特許発明における課題は当業者にとって周知の解決すべき課題として認識されていることであるから、延伸フィルムを用いることで延伸方向に引き裂くことができ、また、延伸フィルムと積層することで積層フィルムを延伸方向に引き裂くことができるという知見を基に、延伸フィルムを用いることで任意の位置で切断できることは当然に予想できたことである以上、エァセルラー緩衝シートにおいて延伸フィルムを積層して易引裂性を付与してみるということの動機付けは当然にあったものといえる。

(2)ベース側のフィルムの片面に、空気を封入した帽子型に膨出した立体的なエァセルラー緩衝シートを構成したものであり、単に、平坦なプラスチックフィルムの面同士を熱融着させて張り(貼り)合わせて作成された積層フィルムとは全く異なる旨主張する。
確かに、単なるシート同士の積層と立体的なシートと平坦なシートとの積層体とでは、異なるとの主張は一見、もっともといえないこともない。
しかし、対象としているエァセルラー緩衝シートの各層の厚みが規定されたものではなく、本件発明は横裂き容易なエァセルラー緩衝シートというにすぎず、かつエァセルラー緩衝シートを構成するベース側のフィルム及びキャップフィルムのどちらを厚いものとするかによって、エァセルラー緩衝シートの延伸方向への引き裂き性の程度が調整できるであろうことは容易に推測できることであるから、当該エァセルラー緩衝シートにおいても積層によっても引き裂き性に影響のない厚みのものを前提としていることは明らかである。しかも、ベース側のフィルムの長手方向の延伸により従来のエァセルラー緩衝シートにおいても長手方向に引き裂かれる傾向があることが周知であることをも勘案すると、エァセルラー緩衝シートにおいて延伸フィルムと積層することにより立体的なシートであっても引裂性を付与できることは当業者にとって想到することができたことで、積層するシートが立体形状を有するからといって想到することが困難との主張は妥当なものではない。

2-4.無効理由のまとめ
以上のとおり、本件特許の特許明細書の発明の詳細な説明が、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとまではいえなし、特許請求の範囲に記載の特許を受けようとする発明が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとまではいえない。
しかしながら、本件発明1ないし本件発明3は、甲第1号証に記載された発明、甲第2ないし第4号証に記載された発明及び当該技術分野における周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。

第5.むすび
したがって、本件発明1ないし本件発明3に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反するものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第162条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

平成20年 3月18日

審判長 特許庁審判官 略
特許庁審判官 略
特許庁審判官 略
 
審理終結日 2008-03-04 
結審通知日 2009-05-22 
審決日 2009-06-03 
出願番号 特願2002-116601(P2002-116601)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (B32B)
P 1 113・ 536- Y (B32B)
P 1 113・ 537- Y (B32B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 川端 康之  
特許庁審判長 柳 和子
特許庁審判官 細井 龍史
西川 和子
登録日 2006-12-15 
登録番号 特許第3891876号(P3891876)
発明の名称 任意の側縁箇所から横裂き容易なエァセルラー緩衝シート  
代理人 中出 朝夫  
代理人 戸川 公二  
代理人 白崎 真二  
代理人 須賀 総夫  

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