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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 G06Q
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 G06Q
管理番号 1202710
審判番号 不服2007-8105  
総通号数 118 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-10-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-03-20 
確定日 2009-08-20 
事件の表示 特願2001- 44264「構造物の維持管理コスト計算方法およびシステム、この計算方法をコンピュータに実行させるプログラム、並びに、このプログラムを記録した記録媒体」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 8月30日出願公開、特開2002-245146〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯

特許願 平成13年 2月20日
出願審査請求書 平成16年 4月28日
拒絶理由通知書 平成18年10月16日
(平成18年10月24日発送)
意見書 平成18年12月21日
手続補正書 平成18年12月21日
拒絶査定 平成19年 2月 9日
(平成19年 2月20日発送)
審判請求書 平成19年 3月20日
手続補正書 平成19年 4月18日
手続補正書(方式) 平成19年 6月 6日
審尋 平成21年 3月 3日
(平成21年 3月10日発送)
回答書 平成21年 5月11日




第2 特許法第36条第6項第2号違反について

1.原査定の理由

(1)平成18年10月16日付けの拒絶理由通知書

平成18年10月16日付けの拒絶理由通知書に記載された、特許法第36条第6項第2号違反に関する拒絶理由は以下のとおりのものである。

「<理由2>
この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

請求項1-8の記載からは、コンピュータがどのような具体的情報処理を実行するのか、また、その処理に際して、コンピュータが備えるいかなるハードウエア資源がどのように用いられているのかが明らかでない
よって、請求項1-8に係る発明は明確でない。」


なお、平成18年10月16日付けの拒絶理由通知書を受けて、出願人(審判請求人)は、平成18年12月21日付けの意見書において、

「2.補正の内容及び根拠
同日提出の手続補正書による補正後の請求項1および2では、維持管理コストを計算するべくコンピュータが実行する処理を、本願補正前の請求項2、請求項3、請求項5、明細書の段落【0025】、【0029】?【0032】、【0035】?【0050】及び図4?図6の記載に基づいて具体的に記載いたしました。また、補正後の請求項3?5は補正前の請求項6?8に相当します。・・・」

と主張して、平成18年12月21日付けの手続き補正書によって特許請求の範囲を補正している。


(2)平成19年2月9日付けの拒絶査定

平成19年2月9日付けの拒絶査定の備考の欄に記載された、特許法第36条第6項第2号違反の拒絶理由に関する指摘事項は以下のとおりのものである。

「<理由2について>
補正された請求項1-5の記載によっても、コンピュータがどのような具体的情報処理を実行するのか、また、その処理に際して、コンピュータが備えるいかなるハードウエア資源がどのように用いられているのかが明らかでない(例えば、「?を決定する」、「?を判定する」等)。
よって、補正された請求項1-5に係る発明は明確でないから、この出願は、特許請求の範囲の記載が、依然として、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。」


なお、平成19年2月9日付けの拒絶査定を受けて、審判請求人は、審判請求書において、
「上記手続補正書による補正では、請求項1及び2について、補修又は更新を行なう時期であるか否かの判定を具体的にすべく、劣化レベルあるいは劣化進行曲線の値が所定の基準値以上である場合に補修又は更新を行う時期であると判定し、所定の基準値以上でない場合に補修又は更新を行う時期でないと判定することを明確にした。・・・」

と主張して、平成19年4月18日付けの手続き補正書によって特許請求の範囲を補正している。



2.当審における判断

まず、平成19年4月18日付けの手続補正書によって補正された請求項1について判断する。

(1)特許請求の範囲の請求項1について

平成19年4月18日付けの手続補正書に記載された特許請求の範囲の請求項1は以下の通りのものである。

「 【請求項1】 構造物を維持管理するための補修・更新に要する維持管理コストをコンピュータにより計算する方法であって、
前記コンピュータが、以下のステップ(1)?(13)を実行することを特徴とする方法。
(1)初期建設コストを含む初期建設工法に関するデータの入力を受け付ける。
(2)初期建設後の経過期間Tを0に初期化し、前記入力を受け付けた初期建設工法に関するデータに含まれる初期建設コストを維持管理コストの初期値とすると共に、当該初期建設工法に関するデータに基づいて初期劣化進行曲線p(t)を決定する。
(3)経過期間Tにおける前記初期劣化進行曲線p(T)の値が所定の基準値以上である場合に補修又は更新を行う時期であると判定し、所定の基準値以上でない場合に補修又は更新を行う時期でないと判定する。
(4)補修又は更新を行う時期でなければ、経過期間Tに所定値を加算することにより経過期間Tを更新し、前記ステップ(3)に戻る。
(5)補修又は更新を行う時期であれば、今回行うべき補修又は更新の工法の施工条件および当該工法のコストを取得する。
(6)前記取得した施工条件に基づいて、補修又は更新後の劣化進行曲線r(t)および劣化レベルGbを決定する。
(7)前記取得したコストを前記維持管理コストに加算する。
(8)経過期間Tに所定値を加算して経過期間Tを更新する。
(9)前記決定した劣化進行曲線r(t)および劣化レベルGbに基づいて経過期間Tにおける劣化レベルG(T)を計算する。
(10)経過期間Tが所定の耐用期間Tdに達していれば、現在の維持管理コストを維持管理コストの計算結果として計算処理を終了する。
(11)劣化レベルG(T)の値が所定の基準値以上である場合に補修又は更新を行う時期であると判定し、所定の基準値以上でない場合に補修又は更新を行う時期でないと判定する。
(12)補修又は更新を行う時期であれば前記ステップ(5)に戻る。
(13)補修又は更新を行う時期でなければ前記ステップ(8)に戻る。」


そして、平成19年2月9日付けの拒絶査定において、

「・・・、コンピュータがどのような具体的情報処理を実行するのか、また、その処理に際して、コンピュータが備えるいかなるハードウエア資源がどのように用いられているのかが明らかでない(例えば、「?を決定する」、「?を判定する」等)。」

というように、「(例えば、「?を決定する」、「?を判定する」等)。」という箇所を指摘しているが、当該指摘に対応する箇所は、

(発明特定事項2)
コンピュータが「(2)初期建設後の経過期間Tを0に初期化し、前記入力を受け付けた初期建設工法に関するデータに含まれる初期建設コストを維持管理コストの初期値とすると共に、当該初期建設工法に関するデータに基づいて初期劣化進行曲線p(t)を決定する。」ステップを実行する

(発明特定事項3)
コンピュータが「(3)経過期間Tにおける前記初期劣化進行曲線p(T)の値が所定の基準値以上である場合に補修又は更新を行う時期であると判定し、所定の基準値以上でない場合に補修又は更新を行う時期でないと判定する。」ステップを実行する

(発明特定事項6)
コンピュータが「(6)前記取得した施工条件に基づいて、補修又は更新後の劣化進行曲線r(t)および劣化レベルGbを決定する。」ステップを実行する

(発明特定事項11)
コンピュータが「(11)劣化レベルG(T)の値が所定の基準値以上である場合に補修又は更新を行う時期であると判定し、所定の基準値以上でない場合に補修又は更新を行う時期でないと判定する。」ステップを実行する

という4箇所である。



(2)コンピュータ・ソフトウエア関連発明に関する「発明が明確であること」について

発明特定事項2,3,6,11について問題となっている、特許法第36条第6項第2号の「発明が明確であること」について以下検討を行う。


(a)
特許法第36条第6項第2号には、

「6 第三項第四号の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 ・・・(中略)・・・
二 特許を受けようとする発明が明確であること。
三 ・・・(中略)・・・
四 ・・・(後略)・・・」

と規定されている。


(b)
また、当該規定中の「発明」に関して、特許法第2条第1項には、

「この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」

と定義されている。


(c)
更に、当該規定中の「技術」に関しては、特許法には定義されていないものの、我が国の最高裁判所による、

・昭和39年(行ツ)第92号審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/7FD8AED5EEA613C249256A85003122E3.pdf)
「発明は、自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であるが、特許制度の趣旨にかんがみれば、その創作された技術内容は、その技術分野における通常の知識・経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果をあげることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならない。」

・昭和49年(行ツ)第107号審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/5EAC05562AD2622749256A850031207F.pdf)
「「発明」は技術的思想、すなわち技術に関する思想でなければならないとしているが、特許制度の趣旨に照らして考えれば、その技術内容は、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当であり、技術内容が右の程度にまで構成されていないものは、発明として未完成なものであって、法2条1項にいう「発明」とはいえないものといわなければならない(当裁判所昭和三九年(行ツ)第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決民集二三巻一号五四頁参照。)」

・平成10年(行ツ)第19号審決取消請求事件
「発明は、自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であるが、その創作された技術内容は、その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならない」

という判示事項(なお、下線部は、当審において付加)から、特許法上の「技術」であるためには、具体的、客観的、反復実施可能の三要件を満たすことを求めているといえる。

なお、上記判示事項は、それぞれ、エネルギー発生装置、薬物製品、黄桃に関するものであって、本出願が属するコンピュータ・ソフトウエア技術に関するものではないが、
特許法第49条及び第51条の規定から明らかなように、特許法第32条に規定された「公の秩序、善良の風俗又は公衆の衛生を害するおそれがある発明」を除き、特許法においては、特許にするべきか否かの判断をする際に、技術分野による差別を行うことは予定されていないのであるから、
上記判決の「技術」に関する判示事項は、コンピュータ・ソフトウエア関連発明にも適用されることは明らかである。


(d)
以上のことから、上記(a)(b)(c)、すなわち、

・特許法第36条第6項第2号は、特許請求の範囲の記載において「特許を受けようとする発明が明確であること。」と規定されていること、

・特許法が「明確であること」を要求している「(特許を受けようとする)発明」は、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義されていること、

・「発明」の定義にある「技術」とは、具体的、客観的、反復実施可能の三要件を満たすものであると最高裁判所が判示しているといえること、

を纏めると、特許法第36条第6項第2号の要件を満たすためには、特許請求の範囲の記載において、少なくとも、具体的、客観的、反復実施可能という観点から明確でなければならないといえる。


(e)
なお、特許法第36条第6項第2号について判断する場合、「発明の詳細な説明」の記載に基づいて解釈することが許されないことは、旧特許法36条5項及び6項に関する判決ではあるものの、

昭和62年(行ツ)第3号審決取消請求事件(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/75CB63A39AC99F3449256A8500311EAF.pdf)を引用した、
平成13年(行ケ)第346号審決取消請求事件
(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/2462A9ACD430027949256D4400110B02.pdf)
「 原告は,特許請求の範囲の記載が,それ自体で不明確であったとしても,発明の詳細な説明の記載を参酌してそれが明確になる場合は,出願に係る発明の要旨の確定には何ら支障がないのであるから,このような特許請求の範囲の記載も,旧特許法36条5項及び6項に規定する要件を満たしているというべきである,このことは,最高裁平成3年3月8日判決(民集45巻3号123頁)からも明らかである,と主張する。
しかし,上記判例は,特許出願に係る発明の新規性あるいは進歩性を判断する場合における,特許出願に係る発明の請求項の要旨の認定について述べた判例であり,旧特許法36条5項について判断をしたものではないから,本件については,その適用はない,と解すべきである。このことは,上記判例が,「特許法第29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,この発明を同条1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるに過ぎない。」(下線付加)と判示しているところから,明らかである。特許出願に係る発明の新規性あるいは進歩性を判断する場合における,当該発明の要旨を認定する場合において,特許請求の範囲の記載を前提として,当該発明の要旨を認定し,あるいは,上記判例がいうような例外的な場合に明細書における発明の詳細な説明を参酌して要旨を認定した上で,その発明の新規性あるいは進歩性の判断をする,ということには十分合理性がある。しかし,新規性あるいは進歩性の判断の前提としての発明の要旨の認定をいかにして行うか,ということと,特許出願の願書に添付された明細書の特許請求の範囲の記載が,旧特許法36条5項が規定する要件に合致しているかどうかとは,問題を全く異にするものである。特許請求の範囲の記載は,できる限り,それ自体で,特許出願に係る発明の技術的範囲が明確になるように記載されるべきであり,旧特許法36条5項2号の「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」すべきであるとした規定は,この考え方を具体化した規定であると解すべきである。原告の上記主張は,旧特許法36条5項の規定の解釈としては採用することができない。」

の判示事項から明らかである。



(3)発明特定事項6についての判断

(a)
以上の「発明が明確であること」の意義を踏まえた上で、発明特定事項6、すなわち、

コンピュータが「(6)前記取得した施工条件に基づいて、補修又は更新後の劣化進行曲線r(t)および劣化レベルGbを決定する。」ステップを実行する

という発明特定事項について検討する。

なお、発明特定事項6中の「前記取得した施工条件」は、発明特定事項6の直前の「(5)補修又は更新を行う時期であれば、今回行うべき補修又は更新の工法の施工条件および当該工法のコストを取得する。」という記載中の「今回行うべき補修又は更新の工法の施工条件」を指していることは明らかである。


(b)
建築された構造物の補修又は更新に携わっている専門家であれば、建築された構造物に対する補修又は更新の工法が特定されれば、「知識」や「経験」に基づく『技能』などを駆使して、補修又は更新の工法で施工した後の劣化レベルを予測することは可能であるとは推測されるものの、
発明特定事項6によれば、当該「専門家」が劣化レベルGbを決定するのではなく、「コンピュータ」が劣化レベルGbを決定するステップを実行するのであるから、
今回行うべき補修又は更新の工法の施工条件に基づいて、補修又は更新後の劣化レベルGbを決定するステップを実行する、ということが、『コンピュータを用いた情報処理技術』として(特許法第36条第6項第2号で規定するところの)「明確」でなければならない。

一方、『コンピュータを用いた情報処理技術』に関して、コンピュータは、
(コンピュータのハードウエア資源と協働することを前提とする)「コンピュータ・アルゴリズム」に基づいて作成されたコンピュータ・プログラムに従って動作するものであることは明らかである。

そうすると、今回行うべき補修又は更新の工法の施工条件から劣化レベルGbを決定するステップを実行するための「コンピュータ・アルゴリズム」が、特許請求の範囲の記載において、少なくとも、具体的、客観的、反復実施可能という観点から明確でなければならないことになる。


(c)
それにも関わらず、発明特定事項6の記載では、
「前記取得した施工条件」(すなわち、「今回行うべき補修又は更新の工法の施工条件」)という具体的でも客観的でもない漠然とした条件を前提とし、「前記取得した施工条件」として当業者が一般的に考える多種多彩な条件についての情報から、劣化レベルGbを決定するために必要な情報が、『具体的かつ客観的』に特定されていない上に、
「前記取得した施工条件に基づいて・・・劣化レベルGbを決定する。」というように、「基づいて」(「基礎にする。よりどころにする。」株式会社岩波書店 広辞苑第六版)という具体的でも客観的でもない漠然とした表現が用いられているため、取得した施工条件から劣化レベルGbを決定するステップを実行するための「コンピュータ・アルゴリズム」を想定できる程度に『具体的かつ客観的』に把握できる程度にまで明確に記載されていない、
といえる。

そのため、発明特定事項6の記載では、
「コンピュータが」という枕詞を形式的に付すことによって、取得した施工条件から劣化レベルGbを決定するステップを実行することをコンピュータに行わせたいということ(抽象的かつ主観的で、反復実施可能なのか定かでないこと)を規定したに過ぎないといえる。
また、取得した施工条件を入力すると劣化レベルGbが出力されるという(具体的、客観的、反復実施可能であることが明らかにされていない)所謂「ブラックボックス」を規定したとしても、
具体的、客観的、反復実施可能という観点から「明確」であるとはえいない。


(d)
したがって、発明特定事項2,3,11について検討するまでもなく、特許請求の範囲の請求項1の記載では、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

なお、上記判断は、審査基準「第I部第1章 明細書及び特許請求の範囲の記載要件 2.2.2.1 第36条第6項第2号違反の類型」、及び当該事項を引用している審査基準「第VII部第1章 コンピュータ・ソフトウエア関連発明 1.1.3 発明が明確でない例」の(6)における説明と矛盾しない。



3.まとめ

以上のことから、本出願の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。




第3 特許法第36条第4項違反について

1.原査定の理由

(1)平成18年10月16日付けの拒絶理由通知書

平成18年10月16日付けの拒絶理由通知書に記載された、特許法第36条第4項違反に関する拒絶理由は以下のとおりのものである。

「<理由3>
この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

発明の詳細な説明には、請求項1-8に記載の発明を特定する各処理手順について、それらを実現するための具体的構成が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1-8に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。」


(2)平成19年2月9日付けの拒絶査定

平成19年2月9日付けの拒絶査定の備考の欄に記載された、特許法第36条第4項違反の拒絶理由に関する指摘事項は以下のとおりのものである。

「<理由3について>
発明の詳細な説明には、補正された請求項1-5に記載の発明を特定する各処理手順について、それらを実現するための具体的構成が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない(例えば、請求項に記載の「?を決定する」、「?を判定する」等)。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が補正された請求項1-5に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、この出願は、発明の詳細な説明の記載が、依然として、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。」



2.当審における判断

(a)
はじめに、発明の詳細な説明に、前記発明特定事項6を実現するための具体的構成が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているか否かを判断する。


(b)
本出願明細書には、発明特定事項6に関して以下の記載がある。

(ア)
「 【0019】
本実施形態では、劣化レベルGとして、主筋位置での塩化物イオン濃度、鉄筋腐食量、ひび割れ幅、および中性化深さを用いる。このうち、塩化物イオン濃度、鉄筋腐食量、および、ひび割れ幅は塩化物イオンの浸透に係わる劣化である。すなわち、劣化の進行に応じて、先ず塩化物イオンがコンクリート内部へ浸透していき、主筋表面の塩化物イオン濃度が鉄筋腐食限界値に達すると、鉄筋の腐食が始まる。そして、腐食の程度がひび割れ発生腐食量に達すると、コンクリートのひび割れが発生する。そこで、劣化初期の段階では、劣化レベルGとして主筋表面位置での塩化物イオン濃度を用いるものとし、その値を、例えば、塩化物イオンの拡散方程式を用いた浸透解析により計算する。こうして計算された塩化物イオン濃度が上記の鉄筋腐食限界値以上になると、劣化レベルGとして鉄筋腐食量を用いる。この鉄筋腐食量は、例えば、酸素濃度および酸素拡散係数から腐食速度を計算し、この腐食速度を積分することにより計算する。そして、弾性解析によりひび割れ発生腐食量を計算し、腐食量がこのひび割れ発生腐食量以上になると、劣化レベルGとしてひび割れ幅を用いる。このひび割れ幅は、例えば、腐食量とひび割れ幅との間に直線的な関係があることを用いて、腐食量に所定の定数をかけることにより計算する。一方、中性化深さについては、その値が経過時間の平方根に比例することを用いて、構造物の建築後、または、前回の補修・更新後の経過年数に基づいて計算する。なお、劣化レベルGとして、上記したもののほか、凍害や化学的劣化を用いることとしてもよい。」

(イ)
「 【0020】
図2に示す例では、初期建設後、時間T1が経過した時点で劣化レベルが劣化基準レベルGaに達し、最初の補修施工が行われて劣化レベルGがGbまで回復している。そして、この補修後、更に時間T2が経過した時点で劣化レベルGが再びGaに達し、2度目の補修施工が行われて、劣化レベルGがGbまで回復している。このような劣化予測計算を構造物の設計耐用年数に達するまで繰り返し、その間に、補修コストおよび更新コストを累積していくことにより、ライフサイクルコストを計算する。なお、補修および更新の工法は、予め設定した補修・更新プランに従って、または、補修・更新を行う都度その工法を入力することにより決定される。」

(ウ)
「 【0039】
ステップ121では、補修・更新回数nに1が加算され、続くステップ122では、メンテナンスプランとしてn番目に設定された工法が補修であるか更新であるかが判別される。その結果、補修であれば、ステップ124で、その補修工法の詳細施工条件(断面修復の場合のはつり量、表面塗装の場合の表面イオン濃度低減倍率、減塩の場合の低減倍率、防食の場合の効果持続期間等)および施工単価mがデータベース22から読み出される。そして、読み出された詳細施工条件から補修後の劣化進行曲線r(t)および補修後の劣化レベルGbが決定されると共に、施工単価mに施工面積を掛けて補修コストMが計算される。次にステップ126では、現時点TでのライフサイクルコストLCC(T)が、前時点でのライフサイクルコストLCC(T-Δt)に補修コストMを加算した値に設定されると共に、劣化レベルG(T)がGbに設定される。一方、メンテナンスプランのn番目の工法が更新であれば、ステップ128において、その更新工法の詳細施工条件(コンクリート種類、セメント種類、表面塗装状態、鉄筋防錆処理状態、鉄筋径、鉄筋かぶり、初期塩分量等)および施工単価rがデータベース22から読み出される。そして、読み出された詳細施工条件から更新後の劣化進行曲線r(t)および更新後劣化レベルGbが決定されると共に、施工単価rに施工面積を掛けて更新コストRが計算される。次にステップ130において、現時点TでのライフサイクルコストLCC(T)が、前時点でのライフサイクルコストLCC(T-Δt)に更新コストRを加算した値に設定されると共に、劣化レベルG(T)がGbに設定される。」

(エ)
「 【0046】
その結果、補修が選択された場合は、ステップ162において、補修工法の選択入力が行われる。図13は、補修工法を選択するための補修工法選択画面を示す。図13に示す補修工法選択画面では、上記(1)?(13)の工法の中から何れかの工法が選択入力されると共に、施工面積が入力され、さらに、各工法の詳細条件についての設定も行われる。すなわち、断面修復効果がある補修については、はつり深さや修復後のかぶりが設定され、表面塗装効果がある補修については、表面塩化物イオン濃度の倍率や塗装効果の持続期間が設定され、脱塩効果がある補修については、濃度の低減倍率や脱塩限界濃度が設定され、鉄筋防食効果がある補修については、防食効果の持続期間が設定される。また、工法が選択されると、それに対応する単価がデータベース22から読み出されて自動的に入力されるようになっている。
【0047】
次にステップ164では、ステップ162で入力された補修工法およびその詳細内容に基づいて、補修コストM、補修後の劣化進行曲線r(t)、補修後の劣化レベルGbが決定される。そして、ステップ166では、現時点TでのライフサイクルコストLCC(T)が、前時点でのライフサイクルコストLCC(T-Δt)に補修コストMを加算した値に設定されると共に、劣化レベルG(T)がGbに設定される。」

(オ)
「 【0048】
一方、ステップ160において更新が選択された場合は、ステップ168において、更新工法の選択入力が行われる。この更新工法の入力画面は上記図9に示す初期建設工法と同じであり、更新工法として上記(a)?(f)の中から何れかの工法が選択入力されると共に、各工法について、表面塗装の有無、鉄筋防食処理の有無、水セメント比、鉄筋のかぶり、鉄筋径、表面積、初期塩分量、施工費用が設定される。
【0049】
次にステップ170では、ステップ168で入力された更新工法およびその詳細内容に基づいて、更新コストR、更新後の劣化進行曲線r(t)、および更新後の劣化レベルGbが決定される。そして、ステップ172では、ライフサイクルコストLCC(T)が、前時点でのライフサイクルコストLCC(T-Δt)に更新コストRを加算した値に設定されると共に、劣化レベルG(T)がGbに設定される。」


(c)
本出願明細書の上記(ア)乃至(オ)によれば、

劣化レベルGとして、主筋位置での塩化物イオン濃度、鉄筋腐食量、ひび割れ幅、および中性化深さを用いること(上記(ア)を参照)、

(補修の場合)
その補修工法の詳細施工条件(断面修復の場合のはつり量、表面塗装の場合の表面イオン濃度低減倍率、減塩の場合の低減倍率、防食の場合の効果持続期間等)から補修後の劣化レベルGbが決定されること(上記(ウ)を参照)、
又は、施工面積が入力され、さらに、各工法の詳細条件(すなわち、断面修復効果がある補修については、はつり深さや修復後のかぶり、表面塗装効果がある補修については、表面塩化物イオン濃度の倍率や塗装効果の持続期間、脱塩効果がある補修については、濃度の低減倍率や脱塩限界濃度、鉄筋防食効果がある補修については、防食効果の持続期間)が設定され、入力された補修工法およびその詳細内容に基づいて、補修後の劣化レベルGbが決定されること(上記(エ)を参照)、

(更新の場合)
その更新工法の詳細施工条件(コンクリート種類、セメント種類、表面塗装状態、鉄筋防錆処理状態、鉄筋径、鉄筋かぶり、初期塩分量等)から更新後劣化レベルGbが決定されること(上記(ウ)を参照)、
又は、各工法について、表面塗装の有無、鉄筋防食処理の有無、水セメント比、鉄筋のかぶり、鉄筋径、表面積、初期塩分量、施工費用が設定され、入力された補修工法およびその詳細内容に基づいて更新後の劣化レベルGbが決定されること(上記(オ)を参照)

が開示されており、補修後又は更新後の劣化レベルGb、及び更新後の劣化進行曲線r(t)を決定するために用いる情報の候補は具体的に記載されているといえる。

しかしながら、当該情報から如何なるコンピュータ・アルゴリズムに適用することによって劣化レベルGbを決定するのか(例:各種低減倍率から劣化レベルを求める方法。)、また、当該情報から如何なるコンピュータ・アルゴリズムに適用することによって劣化進行曲線r(t)を決定するのか、「発明の詳細な説明」の記載では不明である。

しかも、劣化レベルGとして、主筋位置での塩化物イオン濃度、鉄筋腐食量、ひび割れ幅、および中性化深さを用いる事情から、劣化レベルGb及び劣化進行曲線r(t)は、補修又は更新直後における、コンクリート表面位置から主筋位置までの劣化状況に依存することは明らかであることを鑑みれば、
補修又は更新によっても劣化が残る可能性を考慮して劣化レベルGbを決定したり、コンクリート表面位置から主筋位置までの劣化状態に基づいて劣化進行曲線r(t)の決定を行ったりする必要があるが、
劣化レベルGb及び劣化進行曲線r(t)を決定するために、当該劣化をどのように評価(又は近似)してコンピュータ・アルゴリズムに組み込むのかも、「発明の詳細な説明」の記載では不明である。


(d)
なお、審判請求人は、審判請求書において、

「しかし、例えば、本願明細書の段落[0038]には、劣化進行曲線あるいは劣化レベルに基づいて補修又は更新を行なう時期であるかどうかを判定する処理の内容が具体的に記載されている。また、補修又は更新の施工条件から、補修又は更新後の劣化レベル及び劣化進行曲線を求めることは、別途提出する参考資料(「コンクリート標準示方書 [維持管理編]、土木学会、平成13年1月、83?85頁、99?102頁)の記載からも明らかなように本願出願前に周知の事項である。」

と主張すると共に、平成19年6月 6日付けの手続補足書によって、上記参考資料を提出している。

また、審判請求人は、審判請求書における主張と同様の主張を、平成21年5月11日付けの回答書においても行っている。


しかしながら、本出願明細書段落【0038】には、

「 【0038】
ステップ116では、初期劣化進行曲線p(t)を用いて、初期建設後の経過年数Tにおける劣化レベルG(T)が計算される。次に、ステップ118において、補修または更新を行う時期であるか否かが判定される。この判別は、メンテナンスプラン中の最初の補修または更新について、図11に示すプラン入力画面において何れの選択方法が選択されたかに応じて行われる。すなわち、(イ)「限界状態になったら選択する」が選択された場合は、劣化レベルG(T)が基準レベルGa以上であれば補修または更新を行う時期であると判定され、 (ロ)「限界状態の何%かになったら選択する」が選択された場合は、劣化レベルG(T)の基準レベルGaに対する割合が指定されたパーセント値W以上であれば補修または更新を行う時期であると判定され、(ハ)「補修年を指定する」が選択された場合は、経過年数Tが入力された年度Tsに達していれば補修または更新を行う時期であると判定される。その結果、補修または更新を行う時期ではないと判定された場合は、ステップ120において、ライフサイクルコストLCC(T)が前時点(T-Δt)での値LCC(T-Δt)と等しい値に設定された後、上記ステップ114以降において、Δt年先についての処理が行われる。一方、補修または更新を行う時期であると判定された場合は、次に図5に示すステップ121の処理が実行される。」

というように、補修又は更新直後における劣化レベルGbを決定する方法について全く記載されておらず、
審判請求人が提出した上記参考資料についても、補修又は更新直後における劣化レベルGbの設定方法を開示していないので、
審判請求人の主張は採用できない。



3.まとめ

以上のことから、その余の記載について検討するまでもなく、本出願の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。




第4 まとめ

以上のことから、本出願は、特許法第36条第4項及び第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

したがって、本出願は、拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-06-10 
結審通知日 2009-06-16 
審決日 2009-07-03 
出願番号 特願2001-44264(P2001-44264)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (G06Q)
P 1 8・ 536- Z (G06Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 篠原 功一  
特許庁審判長 田口 英雄
特許庁審判官 小曳 満昭
和田 財太
発明の名称 構造物の維持管理コスト計算方法およびシステム、この計算方法をコンピュータに実行させるプログラム、並びに、このプログラムを記録した記録媒体  
代理人 一色国際特許業務法人  

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