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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  C07C
審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  C07C
審判 全部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備  C07C
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C07C
管理番号 1205413
審判番号 無効2007-800030  
総通号数 120 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-12-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-02-20 
確定日 2009-09-03 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第2548051号「アクリルアミド水溶液の安定化法」の特許無効審判事件についてされた「訂正を認める。特許第2548051号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」とした平成20年3月18日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において、平成20年8月4日に「特許庁が無効2007-800030号事件について平成20年3月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は原告の負担とする。」との決定(平成20年(行ケ)第10161号決定言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
平成 3年 5月22日 出願
平成 8年 8月 8日 特許権の設定登録(特許第2548051
号)
平成19年 2月20日 請求人 :特許無効審判請求書・甲第1号
証?甲第2号証提出
平成19年 5月14日 被請求人:答弁書(以下、「第1答弁書」
という。)・訂正請求書・乙第1号証提出
平成19年 6月25日 請求人 :弁駁書(以下、「第1弁駁書」
という。)・甲第3号証?甲第4号証提出
平成19年 9月19日 請求人 :口頭審理陳述要領書
被請求人:口頭審理陳述要領書・乙第2号
証?乙第7号証提出
平成19年 9月19日 口頭審理(特許庁審判廷)
平成19年10月19日付け 無効理由通知書・職権審理結果通知書
平成19年11月19日 請求人 :意見書
平成19年11月22日 被請求人:意見書・訂正請求書
平成19年12月26日 請求人 :弁駁書(以下、「第2弁駁書」
という。)
平成20年 3月18日付け 審決(以下、「一次審決」という。)

一次審決の主文:
「訂正を認める。
特許第2548051号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。
審判費用は、被請求人の負担とする。」

平成20年 4月28日 一次審決取消訴訟提起(平成20年(行ケ
)10161号)
平成20年 7月24日 審判請求(訂正2008-390082号
)・甲第1号証提出
平成20年 8月 4日 一次審決取消決定:特許法第181条第2
項を適用し、差戻し決定

平成20年 8月14日付け 訂正請求のための指定期間通知
平成20年10月16日 請求人 :弁駁書(以下、「第3弁駁書」
という。)・甲第5号証?甲第7号証提出
平成20年12月 9日付け 補正許否の決定(許可する。)
平成21年 1月14日 被請求人:答弁書(以下、「第2答弁書」
という。)・訂正請求書・乙第8号証?乙
第9号証提出
平成21年 2月23日 請求人 :弁駁書(以下、「第4弁駁書」
という。)・甲第8号証提出
平成21年 3月31日 被請求人:上申書・乙第10号証提出

第2 訂正の適否
1.本件訂正請求
被請求人は、平成19年5月14日付け及び平成19年11月22日付けの訂正請求書、特許法第134条の3第5項の規定により、その訂正審判の請求書に添付された訂正した明細書を援用し、訂正の請求とみなされた平成20年7月24日付けの訂正審判請求書(訂正2008-390082号)及び平成21年1月14日付けの訂正請求書を提出し、願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを求めている。前3件の訂正請求は、その後に提出された訂正請求により、特許法第134条の2第4項の規定により、取り下げられたものとみなされるから、平成21年1月14日付けの訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)の適否について検討する。

2.訂正の内容
被請求人は、本件訂正請求において、本件特許明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書(以下、「本件訂正明細書」という。)のとおり訂正することを求めているところ、その内容は以下のとおりである。

(1)訂正事項1
本件特許明細書における特許請求の範囲の請求項1の
「アクリルアミド水溶液に炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加することを特徴とするアクリルアミド水溶液の安定化法。」

「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液に炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加することを特徴とする鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する方法。」
と訂正する。
(2)訂正事項2
本件特許明細書の段落【0009】8?9行目(特許公報段落【0009】第9?12行目)の
「また、添加方法としては、塩型に限らず酸型として添加しても、アクリルアミド水溶液中で塩が形成される状態であればよい。」

「また、モノカルボン酸塩の添加方法としては、アクリルアミド水溶液に塩型として添加することが挙げられる。さらに、上記塩型の添加に限らず、酸型として添加する場合であってもアクリルアミド水溶液中でその添加された酸の塩が形成されるならば、酸型として添加してもよい。但し、モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることは、モノカルボン酸塩の添加には含まれない。」
と訂正する。

3.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、特許請求の範囲の請求項1におけるアクリルアミド水溶液の安定化法について、a)アクリルアミド水溶液が硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液であること、b)アクリルアミド水溶液の安定化が鉄表面との接触下で行われること、及びc)同安定化がアクリルアミド水溶液の貯蔵中で行われるという訂正である。
訂正事項1の上記a)の訂正は、アクリルアミド水溶液の純度を特定したものであり、b)及びc)の各訂正は、アクリルアミド水溶液の安定化の条件を特定したものである。
したがって、訂正事項1は、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであり、また、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてする訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではない。
(2)訂正事項2について
訂正事項2は、本件特許明細書の「また、添加方法としては、塩型に限らず酸型として添加しても、アクリルアミド水溶液中で塩が形成される状態であればよい。」との記載における「アクリルアミド水溶液中で塩が形成される状態であればよい。」について、モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることがモノカルボン酸の添加には含まれるか否かが必ずしも明りょうではないため、モノカルボン酸塩の添加方法として、d)「アクリルアミド水溶液に塩型として添加する。」、e)「酸型として添加する場合であってもアクリルアミド水溶液中でその添加された酸の塩が形成されるならば、酸型として添加してもよい。」、及び、f)モノカルボン酸の添加は、塩型又は酸型いずれの場合であっても、「モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることは、モノカルボン酸の添加には含まれない。」とするものであって、モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることがモノカルボン酸の添加には含まれないことを明らかにするものであるから、特許法第134条の2第1項ただし書第3号に規定する「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものであり、また、同訂正事項は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてする訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではない。

4.訂正請求2に対する請求人の主張について
(1)請求人の主張
請求人は、第4弁駁書で、上記訂正事項2についての訂正請求が妥当でない理由として次の主張をしているので検討する。
「本件訂正事項2において、『但し、モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成中に生成されることは、モノカルボン酸塩の添加には含まれない』との文言を追加する訂正を行っている。しかしながら、本件明細書にその文言の根拠となる記載は全くなく、上記訂正事項2は、1)特許請求の範囲の減縮、2)誤記又は誤訳の訂正、3)明りょうでない記載の釈明のいずれにも該当せず、134条の2第1項ただし書きに適合しない訂正であることは明らかである。
また、本件明細書には、アクリルアミド生成反応中にどのような現象が起こるか一切記載されていないし、また、『モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることは、モノカルボン酸塩の添加には含まれない』との記載は、当初明細書の記載から自明な事項であるともいえず、本件訂正事項3(審決注:『本件訂正事項2』の誤記であると認める。)は、特許法第134条の2第1項および第5項において準用する第126条第3項に適合する訂正でないことは明らかである。」(第9頁3行?14行)

(2)請求人の主張に対する当審の判断
訂正前の本件特許明細書の段落【0009】には、
「モノカルボン酸塩:
本発明に用いられるモノカルボン酸塩は、炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩であり、飽和モノカルボン酸および不飽和モノカルボン酸の塩のいずれでもよい。具体的には、例えば、飽和モノカルボン酸としては酢酸、・・・が挙げられるが、臭気の強い酪酸などは好ましくない。また、不飽和モノカルボン酸としてはアクリル酸、・・・が挙げられる。塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等が代表的である。また、添加方法としては、塩型に限らず酸型として添加しても、アクリルアミド水溶液中で塩が形成される状態であればよい。pHは通常6?8の範囲に保たれる。モノカルボン酸塩の添加量は、酸として、アクリルアミドに対し20ppm未満では安定化の効果が不十分であり、5000ppmを越えても効果は頭打ちで、しかも高純度アクリルアミド水溶液とは言い難くなるため、アクリルアミドに対して20?5000ppm、好ましくは50?1000ppmの範囲である。本発明のモノカルボン酸塩は、アクリルアミド重合体を製造する際、上記添加量の範囲内において重合への影響はほとんどない。」との記載がある。
上記の「また、添加方法としては、塩型に限らず酸型として添加しても、アクリルアミド水溶液中で塩が形成される状態であればよい。」とは、モノカルボン酸塩を「アクリルアミド水溶液に塩型として添加する。」及び「酸型として添加する場合であってもアクリルアミド水溶液中でその添加された酸の塩が形成されるならば、酸型として添加してもよい。」と解され、「アクリルアミド水溶液中で塩が形成される状態であればよい。」との記載から、「添加されるモノカルボン酸塩は、アクリルアミド生成反応中に生成されるものを含んでいる。」という解釈を行うと、同文中の「添加方法としては、塩型に限らず酸型として添加しても、」との記載、すなわち、モノカルボン酸を塩型又は酸型として添加するという記載と整合がとれないものとなるから、「モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されること」は、「モノカルボン酸の添加」には含まれないと解される。
そして、本件特許明細書には、実施例その他、段落【0009】以外の部分についても添加されるモノカルボン酸塩がアクリルアミド生成反応中に生成されるものを含んでいると解される記載若しくは示唆はない。
したがって、訂正事項2の「但し、モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることは、モノカルボン酸塩の添加には含まれない。」との訂正は、訂正前の「また、添加方法としては、塩型に限らず酸型として添加しても、アクリルアミド水溶液中で塩が形成される状態であればよい。」において、「モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることは、モノカルボン酸塩の添加には含まれない」ことを明らかにしたものであるから、この訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
以上のとおり、モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることは、モノカルボン酸塩の添加には含まれないことが実質的に本件特許明細書に記載されていたものと認められるから、訂正事項2は、新規事項を含んでいるということはできず、本件特許明細書にこの文言の記載がない又はこの文言を導き出すための根拠が見いだせないという請求人の主張は採用できない。
さらに、「モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることは、モノカルボン酸塩の添加には含まれない」ことを明確にしただけのことであるから、訂正事項2の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

5.むすび
以上のとおりであるから、上記訂正は、特許法第134条の2第1項及び同条第5項において準用する第126条第3項及び第4項の規定に適合するので、本件訂正請求を認める。

第3 本件発明
以上のとおり、本件訂正請求は容認されたから、本件特許に係る発明は、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載される次のとおりのものと認める(以下、「本件発明1」という。)。
「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液に炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加することを特徴とする鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する方法。」

第4 当事者の主張の概要
1.審判請求人の主張する特許を無効とすべき理由の要点
審判請求人が提出した審判請求書、口頭審理陳述要領書、第1弁駁書?第4弁駁書及び下記甲第1号証?甲第8号証、その他によれば、審判請求人は、次に示すところの主張をするものと認められる。

無効理由a
本件発明1は、甲第1号証又は甲第2号証の刊行物に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し特許を受けることができない。

無効理由b
本件発明1は、甲第1号証?甲第8号証の刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

無効理由c?e
本件特許は、特許請求の範囲の記載が不明確であるから、平成6年改正前特許法第36条(以下、「旧特許法第36条」という。)第5項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされ(無効理由c)、また、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでないから、旧特許法第36条第5項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされ(無効理由d)、発明の詳細な説明が、当該特許発明を当業者が容易に実施し得る程度に明確かつ十分に記載されていないものであるから、旧特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされ(無効理由e)たものである。
したがって、本件特許は、特許法第123条第1項第2号及び同項第4号に該当し、無効とすべきである。


甲第1号証:特公昭52-35648号公報
甲第2号証:特開昭56-1888号公報
甲第3号証:特開昭63-203654号公報
甲第4号証:特開昭62-181245号公報
甲第5号証:米国特許第3,329,715号明細書
甲第6号証:「塗装技術」、1982年5月号、第133頁?第138頁
甲第7号証:特開昭61-213203号公報
甲第8号証:特開昭50-14623号公報

1.1 甲各号証に記載された事項
(1)甲第1号証に記載された事項
(甲1-1)「アンモニウム塩型陽イオン交換樹脂を用いることを特徴とするアクリロニトリルの接触水和法により得られるアクリルアミド水溶液の脱銅イオン方法。」(特許請求の範囲、第1項)
(甲1-2)「本発明は、アクリルアミド水溶液中の銅などの重金属を、陽イオン交換樹脂を用いて除く際に、重合等の困難を回避する方法に関する。・・・得られたアクリルアミド水溶液・・・は、水溶液のままか、結晶化されて商品となるが、いずれの場合も商品価値を高める為に、水溶液の段階で精製することが望ましい。」(第1頁第1欄24行?33行)
(甲1-3)「本発明者らは、このような銅イオンを除くことを主な目的とし、あわせて装置の腐食に起因する鉄化合物等を除く方法について種々検討した結果、・・・本発明の方法に到達した。」(第1頁第2欄20行?26行)
(甲1-4)「実施例1
比較例2のNa型のカラムに1N NH_(4)Clを流してNH_(4)型カラムに変え、比較例2と同様の硝酸銅含浸の活性炭カラムを準備し、比較例2と同様の条件で実験を行つた。NH_(4)型カラムを通過した水溶液の銅イオンは1ppm以下であつた。又そのpHは初期には6.5、12時間後には6.1、それ以後約3.5日は約5.8に保たれた。これ等の液は約6週間室温に放置されたが、アクリルアミドの重合はみられなかつた。」(第3頁第6欄24行?33行)

(2)甲第2号証に記載された事項
(甲2-1)「アクリロニトリルを水和してアクリルアミドを生成する能力を有する微生物または酵素を利用して,水和反応によりアクリロニトリルよりアクリルアミドを製造する方法において,水性媒体中で該微生物または該酵素にアクリロニトリルを,PH6?10,温度氷点?50℃の範囲で且つ反応終了後の反応液中のアクリルアミドの濃度が5重量%以上20重量%未満となるような条件で接触,反応させ,得られた反応液を濃縮することを特徴とする微生物による高濃度アクリルアミド水溶液の製造法。」(特許請求の範囲、第1項)
(甲2-2)「本発明者らは,これら微生物によるアクリロニトリルの水和反応について種々検討した結果,特定の反応条件下に該水和反応を行い,得られた反応液を濃縮することにより高濃度でしかも高品質のアクリルアミド水溶液が効率よく得られることを見出し本発明に到達した。」(第2頁左上欄13行?18行)

(3)甲第3号証に記載された事項
(甲3-1)「アクリロニトリルと水を銅系触媒と懸濁状で接触させ、アクリルアミドを連続的に製造するに際し、硝酸又は硝酸根を原料液に対し硝酸根として5?50ppm添加し、且つ添加した硝酸根の6?20倍当量の(メタ)アクリル酸根が反応液中に含有されるよう(メタ)アクリル酸及び/又はこれらの塩を添加することを特徴とするアクリルアミドの製造法。」(特許請求の範囲、第1項)
(甲3-2)「実施例1 〈反応〉ステンレス鋼製で内容積7lの反応器の内部を窒素ガスにて置換した後・・・アクリルアミド水溶液を得た。」(第5頁右上欄9行?右下欄6行)

(4)甲第4号証に記載された事項
(甲4-1)「金属銅系触媒の懸濁下にアクリロニトリルと水とを反応させてアクリルアミドを合成する方法において反応をけい続したのち反応器から触媒を排出して反応器を休止するに当り、反応器に残留する金属銅系触媒の銅酸化物の量を金属銅に換算して操業中に使用される金属銅触媒量に対して0.3重量%以下となるように排出または排出保持することを特徴とするアクリルアミド反応器の休止方法。」(特許請求の範囲、第1項)
(甲4-2)「比較例1
・・・
反応:
攪拌機つきで、加熱用スチームコイルと触媒ろ(審決注:「ろ」は偏の「シ」に「戸」、以下同じ。)過器を内蔵した10lのステンレススチール製の反応槽を用いた。まずその内部を窒素雰囲気とし、これに上記の触媒2kgを水に浸漬した状態のまま仕込んだ。これに、予め窒素ガスを吹込むことによって溶存酸素を除去したアクリロニトリルと水を夫々3kg/hrと6kg/hrの速度で供給し、攪拌しながらスチームコイルを用いて120℃に保って反応を約3週間続けた。
・・・
実施例IA
比較例1と同様にして、反応を約3週間行ない、次いで触媒を排出したが、その際反応槽内に空気か混入しないように、窒素を導入して加圧状態に1週間保った。」(第5頁右上欄4行?第6頁左上欄下から5行)

(5)甲第5号証に記載された事項(摘記する内容は、「甲第5号証」とともに提出された「甲第5号証の訳文」に記載されたものとする。摘記箇所については、同訳文の摘記箇所を併記する。)
(甲5-1)「単量体であるアクリルアミドに対する安定化剤として、0.001から0.1重量%の2価のマンガンイオンを添加することを特徴とする安定化アクリルアミドの製造方法。」(第2頁第3欄下から7行?下から4行、訳文4頁目下から13行?下から11行)
(甲5-2)「これらの目的は、0.001から0.3重量%の2価マンガンイオンを添加して単量体であるアクリルアミドを安定化することにより達成される。
添加は、すでに製造された安定化されていないアクリルアミドに対して行ってもよいし、従来から知られる方法によりアクリルアミドが製造される間に行ってもよい。」(第1頁第1欄32行?38行、訳文1頁目下から9行?下から6行)
(甲5-3)「好適なマンガン塩の例としては、例えば、塩化マンガン、フッ化マンガン、もしくは臭化マンガンなどのハロゲン化物、硫酸塩、またはリン酸塩、さらに、ギ酸塩、酢酸塩、シュウ酸塩、安息香酸塩、またはアクリル酸塩がある。」(第1頁第1欄57行?60行、訳文2頁目6行?8行)
(甲5-4)「実施例1
アクリルアミドは以下のように調整した。
攪拌器を備えた500mlのフラスコに85%硫酸150mlを入れ、アクリロニトリル150mlおよび30%硫酸マンガン水溶液0.25mlを、90分以内、85℃で、攪拌しながら、連続的に添加した。その混合物を、さらに3時間、75℃で攪拌し、その溶解物を、アンモニアガスを入れたpH3から6とされた約150mlの水の中で中和した。30から60℃で、硫酸アンモニアを濾別し、溶液を約0℃まで冷却し、アクリルアミドを濾別した。禁止効果を試験するため、100℃のアクリルアミド融液中で、高さ55mmから直径3mmの球が落下するまでの時間を測定した。」(第1頁第2欄13行?27行、訳文2頁目20行?下から4行)
(甲5-5)「実施例2
安定化剤を含まないアクリルアミドに、マンガン塩を添加して安定化させた。安定化効果を試験するため、実施例1と同様の方法により、粘度を測定した。結果を表3に示すが、(A)塩化マンガン、(B)酸性のリン酸マンガン、(C)ステアリン酸マンガン、および(D)酢酸マンガンの形態で、0.014%のマンガン-IIイオンで安定化された融液についての球が落下する時間を示している。」(第1頁第2欄下から6行?第2頁第3欄3行、訳文3頁目下から6行?末行)

(6)甲第6号証に記載された事項
(甲6-1)「5-3 貯蔵
(1)貯蔵上の注意
光重合性モノマーや光重合性オリゴマーには,重合防止用にMEHQ(ハイドロキノンモノメチルエーテル)が100?1000ppm程度配合されており,通常の取扱いでは重合が起らないようにしている。しかし,貯蔵には十分に注意し,重合を防止したり,品質低下を起さないようにしなければならない。サンプルは褐色(かっしょく)ビンか不透明容器に貯蔵する。」(第135頁右欄24行?33行)
(甲6-2)「(6)大量取扱い
光重合性モノマーはフェノール焼付炭素鋼,アルミニウム,SUS304などの容器に安全に貯蔵することができる。」(第137頁左欄下から6行?下から3行)

(7)甲第7号証に記載された事項
(甲7-1)「本発明は、光の照射により水溶性重合体を製造する方法に関する。」(第1頁左欄末行?右欄1行)
(甲7-2)「実施例1
25gのアクリルアミド、75gのイオン交換水及び0.01gのベンゾインメチルエーテルを混合撹拌して、均一な溶液とした。この溶液に20%の水酸化ナトリウム水溶液を添加し、pHを10に調節して単量体溶液を調製した。・・・単量体溶液を、N_(2)雰囲気下に置かれた不錆鋼製のバット上に厚さ4mmとなるように仕込んだ。このバットは下面より、20℃の水で冷却されている。
重合はパイレックス(Pyrex)製ガラス板を通し、蛍光ケミカルランプの光を2段階に照射することにより行なった。」(第5頁左上欄1行?14行)

(8)甲第8号証に記載された事項
(甲8-1)「本発明はアクリルアミドの安定化方法に関する。」(第1頁左欄14行?15行)
(甲8-2)「アクリルアミドは極めて重合しやすく、前記いずれの製造方法においても製造の各工程において、あるいは結晶や水溶液状製品を貯蔵する場合などに重合が進み、品質の劣化やアクリルアミドの収率の低下あるいは又、装置、配管内の流れを阻害するなどの各種の弊害を生じる。」(第1頁右欄12行?17行)
(甲8-3)「本発明者らはアクリルアミドを安定化させる化合物特にアクリルアミドの水溶液の場合でも効果があり、しかも前記の欠点の少ない化合物を種々検討した結果、特定のリン酸塩類がアクリルアミドの重合を極めて効果的に抑制することを見い出し、本発明に到達したものである。」(第2頁左上欄17行?右上欄2行)
(甲8-4)「実施例1
アクリロニトリルの接触水和反応によって得たアクリルアミド29%、アクリロニトリル5%を含む水溶液に第1表に示す種々の重合抑制剤を添加し、120℃の条件下に封管静止し、重合開始時間を粘度上昇試験方法で測定した。」(第3頁右上欄17行?左下欄3行)

2.被請求人の答弁
被請求人が提出した第1答弁書、第2答弁書、口頭審理陳述要領書、上申書、意見書及び下記乙第1号証?乙第10号証、訂正審判請求書に添付された甲第1号証、その他によれば、被請求人は、審判請求人の上記無効理由は、理由がなく、本件訂正明細書及びその特許請求の範囲の記載は、旧特許法第36条第4項、第5項第1号及び第2号に規定する要件を満たしているものであるから、本件特許は特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきものではなく、本件発明1は、特許法第29条第1項第3号の規定又第2項に違反して特許されたものではないから、本件特許は特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものではない、と答弁すると認められる。


乙第1号証:特許第2548051号公報
乙第2号証:「化学教育」、社団法人日本化学会、昭和51年10月20日、第24巻 第5号、第367頁?第371頁
乙第3号証:特開昭58-164558号公報
乙第4号証:特開昭58-49347号公報
乙第5号証:特開昭57-39792号公報
乙第6号証:特開昭49-81313号公報
乙第7号証:特開昭47-16416号公報
乙第8号証:アンモニア-水系溶解度曲線(Ullmann's Encyclopedia of Industrial Chemistry, Sixth Edition, 2000 Electronic Release)
乙第9号証:ダイヤニトリックス株式会社 森 賢治氏による意見書
乙第10号証:ダイヤニトリックス株式会社 村尾耕三氏による実験成績証明書

第5 当審の判断I(請求人の主張する無効理由についての判断)
1.無効理由a(特許法第29条第1項第3号)
1.1 本件発明1と甲第1号証に記載された発明との異同について
(1)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には、特許請求の範囲に「アンモニウム塩型陽イオン交換樹脂を用いることを特徴とするアクリロニトリルの接触水和法により得られるアクリルアミド水溶液の脱銅イオン方法。」(甲1-1)(以下、「甲1発明」という。)という発明が記載されている。

(2)本件発明1と甲1発明との対比
甲第1号証には、「本発明は、アクリルアミド水溶液中の銅などの重金属を、陽イオン交換樹脂を用いて除く際に、重合等の困難を回避する方法に関する。・・・得られたアクリルアミド水溶液・・・は、水溶液のままか、結晶化されて商品となるが、いずれの場合も商品価値を高める為に、水溶液の段階で精製することが望ましい。」(甲1-2)、「本発明者らは、このような銅イオンを除くことを主な目的とし、あわせて装置の腐食に起因する鉄化合物等を除く方法について種々検討した結果、・・・本発明の方法に到達した。」(甲1-3)及び「これ等の液は約6週間室温に放置されたが、アクリルアミドの重合はみられなかつた。」(甲1-4)とあり、精製されたアクリルアミド水溶液は、高純度であると認められる。また、上記の「重合等の困難を回避する方法に関する。」及び「これ等の液は約6週間室温に放置されたが、アクリルアミドの重合はみられなかつた。」との記載からみて、アクリルアミド水溶液の安定化に係わるものと認められる。
したがって、両者は、
「高純度のアクリルアミド水溶液を安定化する方法」
である点で一致し、下記の点で異なる。
(1-a)本件発明1では、アクリルアミド水溶液が「硫酸イオンの含有率が3ppm以下」であると特定されているのに対して、甲1発明では、硫酸イオンの含有率が明らかではない点(以下、「相違点(1-a)」という。)
(1-b)本件発明1では、「炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加する」と特定されているのに対して、甲1発明では、炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩を添加するとの特定はなされていない点(以下、「相違点(1-b)」という。)
(1-c)本件発明1では、「鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する方法」であると特定されているのに対して、甲1発明では、鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化するとの特定はなされていない点(以下、「相違点(1-c)」という。)

(3)相違点についての判断
甲第1号証には、実施例1に、「これ等の液は約6週間室温に放置されたが、アクリルアミドの重合はみられなかつた。」との記載はあるが、アクリルアミド水溶液を貯蔵する容器等の材質については記載がなく、貯蔵中に鉄表面と接触しているとの記載もない。また、アクリルアミド水溶液に炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種を添加することについても記載はない。
甲1発明は、アンモニウム塩型陽イオン交換樹脂を用いることによるアクリルアミド水溶液の脱銅イオン方法の発明であって、脱銅イオン後の処理については、一定期間放置したことによるアクリルアミドの重合性について記載されている他には、保存手段等、貯蔵中のアクリルアミド水溶液に加えられた操作について具体的な記載はない。
したがって、相違点(1-b)及び相違点(1-c)は、実質的な相違点である。

(4)相違点(1-b)及び相違点(1-c)については以上のとおりであるから、相違点(1-a)について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であるとすることはできない。

1.2 本件発明1と甲第2号証に記載された発明との異同について
(1)甲第2号証に記載された発明
甲第2号証には、
「アクリロニトリルを水和してアクリルアミドを生成する能力を有する微生物または酵素を利用して,水和反応によりアクリロニトリルよりアクリルアミドを製造する方法において,水性媒体中で該微生物または該酵素にアクリロニトリルを,PH6?10,温度氷点?50℃の範囲で且つ反応終了後の反応液中のアクリルアミドの濃度が5重量%以上20重量%未満となるような条件で接触,反応させ,得られた反応液を濃縮することを特徴とする微生物による高濃度アクリルアミド水溶液の製造法。」(甲2-1)(以下、「甲2発明」という。)という発明が記載されている。

(2)本件発明1と甲2発明との対比
甲2発明は、水和反応によりアクリロニトリルよりアクリルアミドを製造する方法に関するものであり、実施例1には、「反応液冷却器4へアクリロニトリル4.5部/hr0.1%のアクリル酸水溶液を炭酸ソーダ水溶液で中和したPH8の水溶液20部/hrおよび氷16部/hrを供給した。」とあって、アクリルアミドに対してアクリル酸を酸として2500ppm添加しており(審判請求書第9頁?第11頁)、生成したアクリルアミド水溶液にも添加したアクリル酸は残存しているものと認められるから、
両者は、
「アクリルアミド水溶液にアクリル酸塩をアクリルアミドに対し酸として2500ppm添加するアクリルアミド水溶液」
である点で一致し、下記の点で異なる。

(2-a)本件発明1では、「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液」であると特定されているのに対して、甲2発明では、硫酸イオンの含有率が明らかではなく、高純度であるという特定もなされていない点(以下、「相違点(2-a)」という。)
(2-b)本件発明1では、「鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する方法」であると特定されているのに対して、甲2発明では、鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化するとの特定はなされていない点(以下、「相違点(2-b)」という。)

(3)相違点についての判断
甲第2号証には、アクリルアミド水溶液を貯蔵することに関する記載はなく、それゆえ、貯蔵中に鉄表面との接触下にあるという記載又は示唆もない。
したがって、相違点(2-b)は、実質的な相違点である。

(4)相違点(2-b)については以上のとおりであるから、相違点(2-a)について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明であるとすることはできない。

1.3まとめ
以上のとおりであるから、無効理由aには理由がない。

2.無効理由b(特許法第29条第2項)
2.1 本件発明1の甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証?甲第4号証に記載された発明からの容易推考性について
(1)甲第1号証に記載された発明
「1.1の(1)甲第1号証に記載された発明」に記載されたとおりである。

(2)本件発明1と甲1発明との対比
「1.1の(2)本件発明1と甲1発明との対比」に記載されたとおりである。

(3)相違点についての判断
(ア)相違点(1-c)について
甲第3号証には、アクリルアミドの製造法が記載されていて(甲3-1)、その実施例1に、「実施例1 〈反応〉ステンレス鋼製で内容積7lの反応器の内部を窒素ガスにて置換した後・・・アクリルアミド水溶液を得た。」(甲3-2)との記載がある。また、甲第4号証には、アクリルアミド反応器の休止方法が記載されていて(甲4-1)、「比較例1 反応:攪拌機つきで、加熱用スチールコイルと触媒ろ過器を内蔵した10lのステンレススチール製の反応槽を用いた。・・・実施例1A 比較例1と同様にして、」(甲4-2)との記載がある。
上記のように甲第3号証及び甲第4号証には、アクリルアミドを製造する際に、それぞれステンレス鋼製の反応器を使用すること(甲3-2)、加熱用スチールコイルと触媒ろ過器を内蔵したステンレススチール製の反応槽を用いること(甲4-1)が記載されているが、アクリルアミド水溶液を貯蔵することに関する記載はなく、したがって、貯蔵中に鉄表面との接触下にあるという記載又は示唆はない。また、甲第2号証には、アクリルアミド水溶液を貯蔵することに関する記載又は示唆はない。
そして、被請求人が提出した乙第2号証には、アクリルアミド(AAM)の貯蔵に関して、「接触水和法AAMの特徴の一つは30?50%濃度の水溶液状態で貯蔵し、かつ、輸送しうる点である。当然であるが重合防止には細心の注意を払う必要がある。・・・貯蔵および輸送用の材質^(6))としては,フェノール樹脂,・・・が適している。これらの樹脂製(ライニング,コーティングも含む)の容器を用いると,ステンレス製容器に比して,きわめて安定にAAMを取り扱うことができる。」(第371頁左欄8行?21行)とあり、アクリルアミドを貯蔵する際には、ステンレスなどの鉄製の容器よりも樹脂製の容器が適しているとしているから、鉄表面との接触下でアクリルアミド水溶液を貯蔵することには阻害要因があり、甲第2号証?甲第4号証に記載された事項を考慮しても、甲1発明において、鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化することは、当業者が容易に推考し得たものではない。

(4)小括
したがって、相違点(1-a)及び(1-b)を検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲第2号証?甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2.2 本件発明1の甲第2号証に記載された発明及び甲第1号証、甲第3号証並びに甲第4号証に記載された発明からの容易推考性について
(1)甲第2号証に記載された発明
「1.2の(1)甲第2号証に記載された発明」に記載されたとおりである。

(2)本件発明1と甲2発明との対比
「1.2の(2)本件発明1と甲2発明との対比」に記載されたとおりである。

(3)相違点についての判断
(ア)相違点(2-b)について
甲第3号証には、アクリルアミドの製造法が記載されていて(甲3-1)、その実施例1に、「実施例1 〈反応〉ステンレス鋼製で内容積7lの反応器の内部を窒素ガスにて置換した後・・・アクリルアミド水溶液を得た。」(甲3-2)との記載がある。また、甲第4号証には、アクリルアミド反応器の休止方法が記載されていて(甲4-1)、「比較例1 反応:攪拌機つきで、加熱用スチールコイルと触媒ろ過器を内蔵した10lのステンレススチール製の反応槽を用いた。・・・実施例1A 比較例1と同様にして、」(甲4-2)との記載がある。
甲第3号証及び甲第4号証には、アクリルアミドを製造する際に、それぞれステンレス鋼製の反応器を使用すること(甲3-2)、加熱用スチールコイルと触媒ろ過器を内蔵したステンレススチール製の反応槽を用いること(甲4-1)が記載されているが、アクリルアミド水溶液を貯蔵することに関する記載はなく、したがって、貯蔵中に鉄表面との接触下にあるという記載若しくは示唆もない。甲第1号証には、「これ等の液は約6週間室温に放置されたが、アクリルアミドの重合はみられなかつた。」(甲1-4)との記載はあるが、保存手段等、貯蔵中のアクリルアミド水溶液に加えられた操作について具体的な記載はない。
そして、被請求人が提出した乙第2号証には、アクリルアミド(AAM)の貯蔵に関して、「接触水和法AAMの特徴の一つは30?50%濃度の水溶液状態で貯蔵し、かつ、輸送しうる点である。当然であるが重合防止には細心の注意を払う必要がある。・・・貯蔵および輸送用の材質^(6))としては,フェノール樹脂,・・・が適している。これらの樹脂製(ライニング,コーティングも含む)の容器を用いると,ステンレス製容器に比して,きわめて安定にAAMを取り扱うことができる。」(第371頁左欄8行?21行)とあり、アクリルアミドを貯蔵する際には、ステンレスなどの鉄製の容器よりも樹脂製の容器が適しているとしているから、鉄表面との接触下でアクリルアミド水溶液を貯蔵することには阻害要因があり、甲第1号証、甲第3号証及び甲第4号証に記載された事項を考慮しても、甲2発明において、鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化することは、当業者が容易に推考し得たものではない。

(4)小括
したがって、相違点(2-a)を検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明及び甲第1号証、甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2.3 本件発明1と甲第5号証に記載された発明及び甲第1号証?甲第4号証、甲第6号証?甲第8号証に記載された発明からの容易推考性について
(1)甲第5号証に記載された発明
甲第5号証には、特許請求の範囲に「単量体であるアクリルアミドに対する安定化剤として、0.001から0.1重量%の2価のマンガンイオンを添加することを特徴とする安定化アクリルアミドの製造方法。」(甲5-1)(以下、「甲5発明」という。)、
という発明が記載されている。

(2)本件発明1と甲5発明との対比
甲第5号証には、実施例1に「禁止効果を試験するため、100℃のアクリルアミド融液中で、高さ55mmから直径3mmの球が落下するまでの時間を測定した。」(甲5-4)との記載があり、実施例2に「安定化剤を含まないアクリルアミドに、マンガン塩を添加して安定化させた。」(甲5-5)との記載があるが、いずれもアクリルアミド水溶液ではなく、アクリルアミドそのものであり、また、同号証には、他にアクリルアミドを製造した後に水溶液にするという記載はない。したがって、甲5発明における安定化の対象はアクリルアミド水溶液ではなく、アクリルアミドそのものである。
次に、同各実施例は、高温でアクリルアミドを一定時間加熱した後、球が落下するまでの時間を測定し、粘度の上昇率を求めることによって、アクリルアミドの重合性について試験するものであって、2価のマンガンイオン等を添加することにより、アクリルアミドの重合禁止効果を調べているから、2価のマンガンイオンを添加することによる「アクリルアミドを安定化する方法」であるといえる。また、高温でアクリルアミドを一定時間加熱して試験する、すなわち、加速試験であって、アクリルアミドを長期間保存した際の安定性を調べるものと認められるから、「アクリルアミドを貯蔵中に安定化する方法」であるといえる。
次に、アクリルアミドの安定化のために添加する物質については、「これらの目的は、0.001から0.3重量%の2価マンガンイオンを添加して単量体であるアクリルアミドを安定化することにより達成される。」(甲5-2)とあって、「好適なマンガン塩の例としては、・・・酢酸塩、シュウ酸塩、安息香酸塩、またはアクリル酸塩がある。」(甲5-3)とされている。そこで、炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸である、酢酸マンガン、安息香酸マンガン、及びアクリル酸マンガンについてみると、それぞれのマンガン塩の酸としての添加量は、酢酸マンガン、10.9?3280ppm、安息香酸マンガン22.2?6670ppm、及びアクリル酸マンガン13.1?3940ppmになる(第3弁駁書第6頁)。これらの値は、本件発明1で規定される酸としての添加量である20?5000ppmと重複するものである。
したがって両者は、
「炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加するアクリルアミドを貯蔵中に安定化する方法。」
である点で一致し、下記の点で異なる。

(5-a)本件発明1は、「アクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する方法」であるのに対して、甲5発明は、アクリルアミド水溶液を安定化するものではない点(以下、「相違点(5-a)」という。)
(5-b)本件発明1では、「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液」であると特定されているのに対して、甲5発明では、硫酸イオンの含有率が明らかでない点(以下、「相違点(5-b)」という。)
(5-c)本件発明1では、「鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する」と特定されているのに対して、甲5発明では、鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化するとの特定はなされていない点(以下、「相違点(5-c)」という。)

(3)相違点についての判断
(ア)相違点(5-b)について
甲第5号証には、実施例1に「アクリルアミドは以下のように調整した。
攪拌器を備えた500mlのフラスコに85%硫酸150mlを入れ、アクリルニトリル150mlおよび30%硫酸マンガン水溶液0.25mlを、90分以内、85℃で、攪拌しながら、連続的に添加した。その混合物を、さらに3時間、75℃で攪拌し、その溶解物を、アンモニアガスを入れたpH3から6とされた約150mlの水の中で中和した。30から60℃で、硫酸アンモニアを濾別し、溶液を約0℃まで冷却し、アクリルアミドを濾別した。」とあって、生成したアクリルアミド溶液から硫酸アンモニアを濾別し、溶液を約0℃まで冷却して析出したアクリルアミドを濾別したことが記載されている。
しかしながら、同号証には、アクリルアミドの精製については、冷却して析出したアクリルアミドを濾別することまでであって、再結晶その他の手段により、高度に精製することまでは記載されていない。したがって、同号証に記載されたアクリルアミドの精製度は約0℃まで冷却してアクリルアミドを濾別した程度の精製度のアクリルアミドの安定化にかかわるものであるといえる。
そこで、同号証に記載された上記アクリルアミドが含有する硫酸イオンについて検討する。
硫酸アンモニア(硫安と同義)の水の溶解度は、30℃で44g/100g(水)で0℃では、41g/100g(水)であるから、30℃で溶解している硫酸アンモニアは0℃に冷却した際にアクリルアミドとともに析出するものと認められ、析出したアクリルアミドに含まれる量は硫酸根として、約2%、すなわち、20000ppm程度である(第2答弁書第6頁)。この含有量は、本件発明1の「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液」と比べるとはるかに硫酸イオンの含有率が高いものである。
したがって、甲第5号証に記載された「安定化アクリルアミドの製造方法」は、「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液」を対象とするものではなく、硫酸イオンの含有率は3ppmよりも高いアクリルアミドを対象としているものである。
請求人は、第3弁駁書で「甲5の記載Nには、晶析により高純度化されたアクリルアミドが記載されているのだから、イオン性の不純物が含まれない程度まで高純度化すること、例えば、被請求人が主張する鉄の腐食を促進するイオンの含有量が3ppm以下にすることは、当業者には自明であるか、容易に想到しうることである。」との主張をしているが、甲第5号証に記載されたアクリルアミドは、硫酸イオンの含有率が3ppm以下のものではなく、また、請求人が提出した他の証拠について検討すると、甲第1号証には、実施例1に、脱銅イオン化したアクリルアミド水溶液について、「これ等の液は約6週間室温に放置されたが、アクリルアミドの重合はみられなかつた。」との記載があるが、アクリルアミド水溶液の硫酸イオン含有率については記載されておらず、また、甲第2号証?甲第4号証、甲第6号証?甲第8号証にも硫酸イオンの含有率が3ppm以下のアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する方法は記載されていないから、甲5発明において、鉄の腐食を促進するイオンの含有量が3ppm以下にすることは当業者に自明であるか、容易に想到し得ることであるという請求人の主張は、是認することができないものである。
そうしてみると、甲第1号証?甲第4号証及び甲第6号証?甲第8号証の記載された事項を考慮しても、甲5発明において、硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液とすることは、当業者が容易に推考し得たものではない。

(イ)相違点(5-c)について
甲第5号証には、実施例1に「溶液を約0℃まで冷却し、アクリルアミドを濾別した。禁止効果を試験するため、100℃のアクリルアミド融液中で、高さ55mmから直径3mmの球が落下するまでの時間を測定した。」(甲5-4)との記載があり、実施例2に「安定化剤を含まないアクリルアミドに、マンガン塩を添加して安定化させた。」(甲5-5)との記載がある。
しかしながら、同各実施例には、アクリルアミドを貯蔵する容器及びその他のアクリルアミドが接触する器具に材質に関する記載はなく、同号証には実施例以外にもアクリルアミドが鉄表面と接触するとの記載はない。
甲第6号証には、光重合性モノマーや光重合性オリゴマーは、褐色(かっしょく)ビンか不透明容器に貯蔵する(甲6-1)、大量取扱いとして、「光重合性モノマーはフェノール焼付炭素鋼,アルミニウム,SUS304などの容器に安全に貯蔵することができる。」(甲6-2)と記載されているが、光重合性モノマーとしてアクリルアミドは挙げられていない。
甲第7号証には、アクリルアミドに光を照射することによって、水溶性重合体を製造する方法が記載されているが、アクリルアミド水溶液の貯蔵に関しての記載はない。
甲第8号証には、アクリルアミドは極めて重合しやすく、結晶や水溶液状製品を貯蔵する場合などに重合が進み、品質の劣化やアクリルアミドの収率の低下などの各種の弊害を生じること(甲8-2)、及びアクリルアミドの水溶液の場合でも効果がある化合物として特定のリン酸塩類が挙げられているが、アクリルアミドを貯蔵する容器及びその他のアクリルアミドが接触する器具の材質に関する記載はない。
また、甲第1号証には、「これ等の液は約6週間室温に放置されたが、アクリルアミドの重合はみられなかった。」(甲1-4)との記載はあるが、保存手段等、貯蔵中のアクリルアミド水溶液に加えられた操作について具体的な記載はなく、甲第2号証?甲第4号証にも、アクリルアミド水溶液の貯蔵についての記載はない。
そして、被請求人が提出した乙第2号証には、アクリルアミド(AAM)の貯蔵に関して、「接触水和法AAMの特徴の一つは30?50%濃度の水溶液状態で貯蔵し、かつ、輸送しうる点である。当然であるが重合防止には細心の注意を払う必要がある。・・・貯蔵および輸送用の材質^(6))としては,フェノール樹脂,・・・が適している。これらの樹脂製(ライニング,コーティングも含む)の容器を用いると,ステンレス製容器に比して,きわめて安定にAAMを取り扱うことができる。」(第371頁左欄8行?21行)とあり、アクリルアミドを貯蔵する際には、ステンレスなどの鉄製の容器よりも樹脂製の容器が適しているとしているから、鉄表面との接触下でアクリルアミド水溶液を貯蔵することには阻害要因があり、甲第1号証?甲第4号証及び甲第6号証?甲第8号証に記載された事項を考慮しても、甲5発明において、鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化することは、当業者が容易に推考し得たものではない。
請求人は、甲第6号証には、光重合性モノマーの安全性・貯蔵・取扱いが記載されるが、(6)大量取扱いの項には、光重合性モノマーはSUS304(ステンレス鋼)の容器に安全に貯蔵できることが記載され、水溶液中のアクリルアミドが光重合性モノマーであることは、甲第7号証に記載されており周知の事実である。これらのことからも、アクリルアミドは、その工業的過程の貯蔵において、ステンレス鋼、鉄と接触する条件に置かれ得ることは当業者に周知である旨の主張している(第3弁駁書第8頁)。
しかし、甲第6号証には、光重合性モノマーの重合を防止したり,品質低下を起さないようにするため、同モノマーを褐色(かっしょく)ビンか不透明容器に貯蔵すること及び大量に取扱う場合において、同モノマーをフェノール焼付炭素鋼,アルミニウム,SUS304(ステンレス鋼)などの容器に貯蔵することが記載されているのであって(甲6-1及び甲6-2)、鉄表面と接触しても重合がおきない光重合性モノマーについてはフェノール焼付炭素鋼やSUS304(ステンレス鋼)など鉄製の容器に貯蔵されることはあっても、アクリルアミド水溶液はステンレス製の容器に貯蔵した場合、貯蔵中に重合反応を引き起こすことがあるのであるから(乙第2号証第371頁左欄8行?21行参照)、容器の材質を検討し、鉄製ではなく樹脂製など重合反応が起きない容器を選択することは当然のことであって、「アクリルアミドは、その工業的過程の貯蔵において、ステンレス鋼、鉄と接触する条件に置かれ得ることは当業者に周知である」という請求人の主張は採用することができない。

(4)小括
相違点(5-b)及び(5-c)については以上のとおりであるから、相違点(5-a)を検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証?甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2.4 まとめ
以上のとおりであるから、無効理由bについては理由がない。

3.無効理由c?eについて(旧特許法第36条第4項、第5項第1号及び第2号)
3.1 請求人の主張の詳細
請求人は特許請求の範囲及び明細書の記載について以下の主張をしている。
(ア)「本件特許権者は、その答弁書(審決注:第1答弁書のことである。)において『固体鉄』なる用語を用い、訂正請求後の本件発明について説明をしている。しかしながら、本件明細書には、『固体鉄』なる用語について、何ら記載も示唆もない。したがって、『固体鉄』なる用語から導かれる本件発明の『鉄』がいかなるものを示すか、不明確である。例えば、『鉄表面』が、純鉄表面なのか、ステンレス鋼などに代表される鉄含有材表面なのか、あるいは鉄表面を樹脂などでコーティングしたものの表面を含むのか全く不明である。また、本件明細書の実施例では、ドーナツ型の『鉄片』をアクリルアミド水溶液に投入して、アクリルアミドの安定性を評価しているが、上記同様、この点が明瞭ではない。したがって、本件明細書には記載不備があり、特許法第36条第4項の規定を満たしていない。」(第1弁駁書第7頁)
「本件明細書には、『鉄表面』なる用語について何ら説明がない。したがって、『鉄表面』なる用語の技術的意味が不明確である。・・・なお、本件明細書の実施例では、ドーナツ型の『鉄片』をアクリルアミド水溶液に投入して、アクリルアミドの安定性を評価しているのみであり、アクリルアミド水溶液に鉄片を投入した場合のみが、本件発明における『鉄表面接触下』と解し得るだけである。したがって、本件明細書には記載不備があり、特許法第36条第4項または第6項の規定を満たしていない。」(口頭審理陳述要領書第5頁)(以下、主張(ア)という。)
(イ)「アクリルアミドの工業的な取扱いを実際に考慮すると、『貯蔵中』という文言は、当業者に明確に把握できるほど十分に特定できてはいない。
本件明細書段落[0002]?[0008]などから明らかなように、一般的に、アクリルアミドは、アクリロニトリルの水和反応、さらに必要に応じて精製を経て、製造される。そしてその製造されたアクリルアミドは、ドラム、ローリーなどに充填して、販売等の取引が行われる。
この上述した水和反応、精製などの実際の工業的な工程においては、工程全体の効率的な運転などの観点から、精製前のアクリルアミドを含む水溶液を、貯蔵タンクなどにおいて、一時的な『貯蔵』することが、訂正請求された『貯蔵中』という文言に含まれるのか明らかでない。
さらに、アクリルアミド製造後から販売等の取引が行われるまでの状況においても、製造工程あるいは精製工程を経て、最終製品を一次的に保管する『貯蔵タンク』に至るまでの配管中では、アクリルアミドが配管中を移動しており、このような配管中の移動もまた『貯蔵中』に該当しているか、また、ドラム、ローリーへの『充填作業』を行っている間、あるいはドラム、ローリーなどを取引者に『輸送』している間なども、『貯蔵中』に該当するのか明らかでない。
このようにアクリルアミドの工業的な取扱いを実際に考慮すると、『貯蔵中』という文言は、『製造工程』、『精製工程』を含むのか、さらに製造されたアクリルアミドを実際に取引するまでの過程においても、移送、保管する行為をも含むのか不明であり、『貯蔵中』という文言は、当業者に明確に把握できるほど十分に特定できてはいない」(第2弁駁書に記載の理由第5?6頁)(以下、主張(イ)という。)
(ウ)「本件発明において、アクリルアミド水溶液には、アクリル酸ナトリウムが存在することがありうるが、水溶液中で、アクリル酸ナトリウムは、アクリル酸イオンおよびナトリウムイオンとして存在する。これらのアクリル酸イオン、ナトリウムイオンなどのイオンが、本件発明でいう『鉄の腐食を促進するイオン』に該当するのか否か、本件明細書の記載からは明らかではない。このように本件発明1でいう『鉄の腐食を促進するイオン』が、一体いかなる範囲のイオンを示すのか不明確である。また、本件明細書を見ても、『鉄の腐食を促進するイオンが3ppm以下』であることはどのように確認すればよいのか、当業者が容易に実施できる程度に、明確に記載されているとはいえない。したがって、本件発明の訂正事項1は、特許法第36条5項2号及び6項、特許法第36条第4項違反である。」(第3弁駁書第9頁)(以下、主張(ウ)という。)
(エ)「被請求人は、平成21年1月14日付けの答弁書において、『硫酸イオンの含有量が3ppm以下』であることは、適宜イオンクロマトグラフィー法等で確認すればよい旨主張するが(被請求人答弁書7頁最終行?8頁1行目)、本件明細書を仔細にわたり確認しても、そのような記載は一切ないし、示唆すらなく、そのような主張に根拠はない。
また、そもそも、硫酸イオンの定量方法としては、イオンクロマトグラフィー法だけでなく、2-アミノペリミジン法およびクロラニル酸バリウム法など様々な方法があり、しかもいずれの測定方法も実際に使用されており、どれを使用するのが通常であるとの当業者の共通の認識があったとはいえない。
とすれば、『硫酸イオンの含油量が3ppm以下』であることはどのように確認すればよいのか、当業者が容易に実施できる程度に、本件明細書に明確に記載されているとはいえない。」(第4弁駁書第8頁)

3.2 請求人の主張する無効理由c?eについての当審の判断
(1)主張(ア)について
被請求人の提出した第1答弁書には、「なお、甲1には、『装置の腐食に起因する鉄化合物等を除く方法について種々検討した』と記載されているが・・・、これは、主目的であるアクリルアミド水溶液中から銅イオンをイオン交換樹脂により除去することに付随する何らかの効果を記載したものであり、しかも、『鉄化合物』はアクリルアミド水溶液に溶存している鉄であり、本件の固体鉄とは異なる。」(第6頁)と記載されている。
この記載からみて、「固体鉄」は溶存している鉄と対比したものである。したがって、同答弁書における、「固体鉄」とは、溶存していない固体の鉄と解するのが適当である。
「固体鉄」については、上記のように解することができ、また、本件訂正明細書には、「固体鉄」との記載はないのであるから、第1答弁書に「固体鉄」が記載されていることをもって、本件訂正明細書に記載不備があるとすることはできない。
そして、本件発明1において「鉄表面」とは、鉄が表面を有するものであるから、溶存した鉄ではなく、固体状態の鉄の表面を有するものであって、本件訂正明細書の「アクリルアミドは、多くの不飽和単量体と同様に光または熱により重合し易いのみならず、鉄表面に接触すると極めて重合し易い性質を有しており、」(段落【0004】)との記載からみて、アクリルアミドは、鉄表面に存在する鉄原子と反応するものと認められるから、鉄原子が表面に存在しているものの表面であると解される。
したがって、純鉄やステンレス鋼の表面は、鉄原子が固体の鉄の表面に存在しているから、「鉄表面」に含まれると解され、鉄表面を樹脂などでコーティングしたものの表面は、鉄原子が表面になく、アクリルアミド水溶液が鉄表面と接触しないから、「鉄表面」には、含まれないと解される。
また、請求人は、「ドーナツ型の『鉄片』をアクリルアミド水溶液に投入して、アクリルアミドの安定性を評価しているが、上記同様、この点が明瞭でない。」と主張しているが、鉄原子が表面に存在している鉄片について、アクリルアミドの安定性を評価すれば、純鉄やステンレス鋼など鉄原子を表面に有する物質についても同様の安定性を示すものと認められるから、「アクリルアミド水溶液に鉄片を投入した場合のみが、本件発明における『鉄表面接触下』と解し得るだけである。」との請求人の主張は是認できない。

(2)主張(イ)について
本件訂正明細書には、
「【実施例】実施例1
容量50mlのポリ容器に再結晶アクリルアミド(注1)の50wt%水溶液を30g採取し、ドーナツ型の鉄片(注2)1個を共存させ、それぞれ表-1に示す安定剤(注3)を加えシールした後、50℃に20時間、安定であった系についてはさらに70℃に70時間加熱保持する加速テストを行った。比較のため、安定剤無添加のものについても同様の操作を行った。結果を表-1に示す。」(段落【0011】)との記載があり、また、実施例2についても、「この脱イオン化した50wt%アクリルアミド水溶液を用いて実施例1と同様な加速テストを行った。結果を表-2に示す。」(段落【0014】)との記載がある。そして、表-1(段落【0011】)及び表-2(段落【0014】)には、安定剤として各種の酸塩を使用し、加熱温度・時間として、50℃に20時間加熱保持した場合に、鉄片は腐食せず、液も清澄であったことが記載されている。
このアクリルアミド水溶液の安定化試験は、加速テストであり、実際に貯蔵される時間より短い時間でアクリルアミド水溶液の安定性を評価することを目的として行われるものであるから、本件発明1は、アクリルアミド水溶液を少なくとも数日程度以上貯蔵することを目的としていることは明らかである。
また、一般的には、貯蔵時間は、貯蔵される対象となる物質の安定性、貯蔵手段、その他の要因によって異なるものではあるが、アクリルアミドは重合体の原料等となる物質であるから、この場合の貯蔵とは、合成後に重合等の次の反応までの一定期間、容器に保管することを指し、その期間は、鉄表面との接触下においてもアクリルアミドが重合を起こさないような短期間ではなく、少なくとも数日程度以上になるものと認められる。
そうしてみると、アクリルアミドの配管中の移動、ドラム、ローリーへの「充填作業」を行っている間、あるいはドラム、ローリーなどを取引者に「輸送」している間などの短期間のものは、貯蔵には含まれず、また、「製造工程」、「精製工程」についても貯蔵とは異なるから含まれないと解される。貯蔵タンクなどにおける一時的な「貯蔵」は、期間が定められていないものではあるが、少なくとも、鉄表面との接触下でもアクリルアミドが重合を起こさないような短期間のものは含まれないと解される。
したがって、請求人の「『貯蔵中』との文言を入れる訂正は、一見、明細書の記載を根拠とし減縮を行っているようにも見えるが、上記訂正により請求項の記載内容が明確ではなくな」るとの主張は、請求項の記載内容が明確でないといえる程のものではないので、請求人の主張する記載不備は認められない。

(3)主張(ウ)について
平成21年1月14日付けの訂正請求により、「鉄の腐食を促進するイオン」との記載は削除された。したがって、訂正後の請求項1の記載における「鉄の腐食を促進するイオン」がいかなるイオンを示すのか不明確である、及び、「鉄の腐食を促進するイオンが3ppm以下」であることはどのように確認すればよいのか、当業者が容易に実施できる程度に、明確に記載されているとはいえないという請求人が主張する無効理由は解消し、主張(ウ)については理由がないものとなった。

(4)主張(エ)について
本件訂正明細書には、「本発明において対象となるアクリルアミド水溶液は、初期の工業的製法である硫酸水和法、現在主たる工業的製法である銅触媒法、さらには最近工業化された微生物法で製造された何れのものでもよいが、製造の際の原料や触媒等に由来する、特に金属の腐食を促進するイオン類、例えば硫酸イオンなどを実質的に含んでいない(対アクリルアミド約3ppm以下)高純度のアクリルアミド水溶液が好適である。」(段落【0008】)と記載されている。この記載からみて、本件発明1のアクリルアミド水溶液は、不純物としての硫酸イオンが極めて少ない含有量であることを示すものであって、硫酸水和法などアクリルアミド製造後に硫酸イオンが多く含まれているアクリルアミドについては、硫酸イオンを高度に除去することによって高純度のアクリルアミド水溶液を得て、これを貯蔵の対象とするものと認められる。
本件訂正明細書には、具体的に硫酸イオン濃度を測定する手段は記載されていない。しかしながら、「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液」は、硫酸イオンの含有率が極めて低いものであって、硫酸イオンの定量方法として、イオンクロマトグラフィー法、2-アミノペリミジン法、クロラニル酸バリウム法など種々の方法があるとしても、いずれの方法でも硫酸イオンの含有率が3ppm以下であると解され、そのように解釈して不都合は見いだせないから、特に本件訂正明細書にアクリルアミド水溶液中に含まれる硫酸イオンの濃度の測定方法について具体的に記載されていないからといって、「『硫酸イオンの含油量が3ppm以下』であることはどのように確認すればよいのか、当業者が容易に実施できる程度に、本件明細書に明確に記載されているとはいえない。」とする請求人の主張は是認することができない。

3.3 まとめ
以上のとおりであるから、請求人の主張(ア)?(エ)についての主張はいずれも理由がないので、無効理由c?eについては理由がない。

第6 当審の判断II(当審で通知した無効理由についての判断)
当審は、平成19年10月19日付けで、両当事者に対し、概略以下のような無効理由を通知した。

1.当審の無効理由
1.1 無効理由1(特許法第29条第1項第3号)
当審における本件発明1が刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し特許を受けることができないとする理由は、次のとおりである。

「本件発明1は、その出願前日本国内において頒布された下記刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
1.刊行物及び刊行物に記載された事項

刊行物1:特開昭63-203654号公報

刊行物1には、以下の事項が記載されている。
(1-1)「1(注:○中1)反応液中に銅イオンが必ず溶出するが、触媒銅中の酸化銅を溶出させる原因物質は、アクリルアミドの加水分解生成物であるアクリル酸(塩)である。
2(注:○中2)触媒が新しい間はアクリル酸(塩)副生量が多い、即ち、触媒のアクリルアミド加水分解活性が大きいが、経日的にアクリル酸(塩)生成量は低下し、それと連動して銅イオン濃度も低下する。
その結果、急激な酸化銅蓄積が進行する。
3(注:○中3)添加した硝酸根に対し、反応液中にある限定された当量比のアクリル酸(塩)または、メタクリル酸(塩)を常時存在させれば、触媒活性の低下及び濾過性の悪化を防止することができる。更に前記したモノマー品質の悪化も防止できる。」(第2頁右下欄12行?第3頁左上欄5行)
(1-2)「実施例1
<反応>
ステンレス鋼製で内容積7lの反応器の内部を窒素ガスにて置換した後、脱酸素した水に懸濁したラネー銅を700g仕込んだ。該反応器は、撹拌装置及び内部に円筒形状で面積70cm^(2)、孔径10μのステンレス鋼製網状フィルターを設けてあり、反応液はこれを通って抜出される。
反応温度を105℃、圧力を窒素加圧で3Kg/cm^(2)として、脱酸素したアクリロニトリル及び水をそれぞれ毎時1.6Kg、3.5Kg該反応器に供給し、反応液は該フィルターを通って連続的に抜出した。原料液中には、硝酸根として原料液に対し30ppmに相当する硝酸銅を添加した。
反応液中のアクリル酸濃度を液体クロマトグラフィーにより測定した所、運転開始当初は反応液に対し約400ppmであったのが徐々に減少し、5日目に240ppmに減少したので、反応液中の濃度が260?300ppm(硝酸根とのイオン当量比として7.5?8.6倍となる。)となるようアクリル酸添加を開始した。この濃度を維持するのに必要な添加アクリル酸量は徐々に増加したが、10日目に原料液中の添加アクリル酸濃度を180ppmとしたところで一定となり、以後、添加濃度はこれを維持した。
反応液中の銅イオンは60?65ppmの一定濃度を保っていた。
アクリロニトリルの転化率が60%を維持し続けるのに必要な量のラネー銅触媒を概ね5日間隔で加えながら、運転を180日間続けた。結果を第1表に示す。
<ポリマー製造及びポリマー物性の評価>
こうして得られた反応液を、常法に従ってアクリロニトリルを留去し、強酸性カチオン交換樹脂により脱銅後、苛性ソーダで中和して、濃度40%、含有アクリロニトリル10ppm以下、含有銅イオン0.01ppm以下、pH=6.5のアクリルアミド水溶液を得た。このアクリルアミド水溶液から、次の方法でアクリルアミドポリマーを製造した。」(第5頁右上欄9行?右下欄7行)

2.刊行物に記載された発明
実施例1には、・・・との記載がある。
・・・同刊行物には、「ステンレス鋼製の反応器で、アクリルアミド水溶液にアクリル酸をアクリルアミドに対し酸として約80?240ppm添加するアクリルアミドの製造方法。」が記載されている(以下、「引用発明」という。)。
3.本件発明と引用発明との対比
本件発明と引用発明とを対比すると、・・・したがって、本件発明1は、上記刊行物1に記載された発明である。」

1.2 無効理由2(旧特許法第36条第5項第1号)
当審における本件発明1が発明の詳細な説明に記載したものでないから、特許請求の範囲の記載が旧特許法第36条第5項第1号に規定する要件を満たしていないとする理由は、次のとおりである。

「本件明細書には、『本発明者らは、鉄表面接触下での高純度のアクリルアミド水溶液の安定性について鋭意検討した結果、該水溶液の安定剤として炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の添加が極めて有効であるという、従来の知見からは全く予期し得ない事実を見出すことにより本発明を完成するに到った。』(段落【0007】)、『本発明において対象となるアクリルアミド水溶液は、・・・で製造された何れのものでもよいが、製造の際の原料や触媒等に由来する、特に金属の腐食を促進するイオン類、例えば硫酸イオンなどを実質的に含んでいない(対アクリルアミド約3ppm以下)高純度のアクリルアミド水溶液が好適である。』(段落【0008】)との記載があり、また、実施例に記載された試験対象のアクリルアミド水溶液も、再結晶アクリルアミド(実施例1)又は反応終了後、濃縮したアクリルアミド水溶液を混床カラムを通液して脱イオン化した高純度のアクリルアミド(実施例2)で、いずれも製造後、精製された高純度のアクリルアミド水溶液である。
・・・
特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないところ、上記のように製造後、精製された高純度のアクリルアミド水溶液ではないアクリルアミド水溶液にまで本件明細書の実施例1及び2に記載された作用効果と同様の効果が得られるかどうかは、上記のとおり本件明細書には開示されていない以上不明であり、技術常識上の手がかりもないものである。
そうすると、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載したものと実質的に対応しないものであるから、発明の詳細な説明に記載したものということができず、特許法第36条第5項第1号の規定に適合しない。」

2.被請求人の意見
被請求人は、意見書において、「本件発明1は、アクリルアミド水溶液に、炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種を、アクリルアミドに対し酸として20?5000ppmの濃度で添加することにより、鉄表面と接触する条件下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化させることを特徴とするものである。・・・本件訂正による本件発明1は、『鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化させる方法』を構成要件として含み、刊行物1には、『貯蔵中』のアクリルアミド水溶液に関する記載は全くない。よって、刊行物1には本件発明1は記載されていない。」(意見書第3頁?第4頁)と、また、「本件発明1は、鉄表面との接触下にあることに起因するアクリルアミド水溶液の安定性の問題を解決する安定化方法であり、本件明細書にはアクリルアミド水溶液にモノカルボン酸塩を添加することによる鉄表面との接触による問題を解決する、という作用効果を示す実施例を記載している。・・・本件発明1は、発明の詳細な説明に記載したものと実質的に対応するものであり、発明の詳細な説明に記載したものということができる。」(意見書第7頁?第8頁)と主張している。

3.当審で通知した無効理由についての判断
3.1 無効理由1について
平成21年1月14日付けの訂正により、本件発明1は、「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液に炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加することを特徴とする鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する方法。」となった。
刊行物1には、アクリルアミド水溶液を貯蔵することに関する記載はなく、貯蔵中に鉄表面との接触下にあるという記載若しくは示唆もない。
したがって、本件発明1は刊行物1に記載された発明ではない。
以上のとおりであるから、無効理由1は解消され、無効理由1については、その理由がなくなった。

3.2 無効理由2について
平成21年1月14日付けの訂正により、本件発明1は、「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液に炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加することを特徴とする鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する方法。」となり、アクリルアミド水溶液について、「硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度」のものであるという発明の構成要件が付加され、「高純度のアクリルアミド水溶液」が発明の構成に欠くことができない事項となった。
貯蔵されるアクリルアミド水溶液は、製造されたもの、すなわち、製造後のものであり、高純度のアクリルアミド水溶液は、精製することによって得られるものと認められ、「高純度のアクリルアミド水溶液」について、本件訂正明細書の実施例1及び2に記載された作用効果を奏するものであるから、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載したものと実質的に対応するものであり、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとなった。
以上のとおりであるから、無効理由2は解消され、無効理由2については、その理由がなくなった。

第7 むすび
以上のとおり、請求人の主張する無効理由a?eにはいずれも理由がないから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明1についての特許を無効とすることができない。
また、本件発明1についての特許を無効とすべきその他の理由もない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とすべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
アクリルアミド水溶液の安定化法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】硫酸イオンの含有率が3ppm以下の高純度のアクリルアミド水溶液に炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加することを特徴とする鉄表面との接触下にあるアクリルアミド水溶液を貯蔵中に安定化する方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、アクリルアミド水溶液の安定化法に関する。アクリルアミドは凝集剤、増粘剤、石油回収薬剤、製紙工業における紙力増強剤、抄紙用粘剤等数多くの用途を有する重合体の原料として極めて有用な物質である。
【0002】
【発明の背景】
アクリルアミドの工業的製造方法としては、古くはアクリロニトリルを硫酸および水と共に加熱してアクリルアミド硫酸塩を得る工程からなる硫酸加水分解法があるが、その後アクリロニトリルを銅触媒(金属銅、還元銅、ラネー銅等)の存在下に直接水和してアクリルアミドを得る銅触媒法に転換されている。さらに最近、より高純度のアクリルアミドを得る方法として微生物由来のニトリル水和酵素(ニトリルヒドラターゼ)を利用した微生物法のアクリルアミドの工業的製造も行われている。
【0003】
これらアクリルアミドの製法中、銅触媒法では一般に反応温度が60?150℃、反応圧力が0?20kg/cm^(2)と高いため副反応が起こり易く、これら副生物や触媒に由来する金属イオン等の不純物を除去する精製操作が必須である。一方、微生物法の場合には、金属イオン等の不純物は勿論のこと、反応が常温、常圧で行われるため銅触媒法に比べて反応副生物の量も極めて少なく、従って、精製操作は簡略化でき、あるいは省略することも可能であるが、上記凝集剤等の用途として、より高性能の重合体を得るためには、できるかぎりアクリルアミドの純度を上げることが必要となる。
【0004】
しかしながら、アクリルアミドは、多くの不飽和単量体と同様に光または熱により重合し易いのみならず、鉄表面に接触すると極めて重合し易い性質を有しており、この性質はアクリルアミド水溶液の純度が高くなっても変わらない。
【0005】
【従来の技術その課題】
そのため、アクリルアミドの安定化には、遮光し低温(約20℃)付近に保ち、鉄表面との接触を極力避ける一方、数多くの安定剤の使用が提案されている。
このような安定剤としては、例えば、8-ヒドロキシキノリン、クペロン鉄塩(特公昭39-23548号)、チオ尿素、ロダンアンモン、ニトロベンゾール(特公昭30-10109号)、フェロン(特公昭40-7171号)、フリルジオキシム(特公昭40-7172号)、クロムのシアン錯化合物(特公昭41-1773号)、p-ニトロソジフェニルヒドロキシアミン(特公昭45-111284号)、2,6-ジ-t-ブチル-3-ジメチルアミノ-4-メチルフェノール(特公昭47-4043号)、4-アミノアンチピリン、蓚酸、ヒドロキシルアミン硫酸塩(特公昭47-28766号)、マンガンとキレート化合物の混合物(特公昭48-3818号)などが挙げられる。
【0006】
以上の安定剤はいずれも、アクリルアミド製造工程での重合防止、析出結晶の安定化、アクリルアミド水溶液の安定化等に用いられるが、化合物としては所謂重合禁止剤または重合抑制剤に相当するものである。従って、これら安定剤のうち重合抑制能が低い化合物については相当多量に用いなければならなかったり、逆に、重合抑制能が大きい場合では少量の使用でも重合に悪影響を及ぼすなどの欠点を有する。その上、これら安定剤は鉄表面と接触しているアクリルアミド水溶液の安定化に対しては必ずしも満足し得るものではない。一方、現実問題として容器のライニングのピンホールや剥離、配管等の溶接部の露出などによる局部的な鉄表面との接触等、アクリルアミドの製造・精製工程や貯蔵中において鉄表面との接触を皆無にすることは不可能に近い。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、鉄表面接触下での高純度のアクリルアミド水溶液の安定性について鋭意検討した結果、該水溶液の安定剤として炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の添加が極めて有効であるという、従来の知見からは全く予期し得ない事実を見出すことにより本発明を完成するに到った。
すなわち、本願発明は、アクリルアミド水溶液に炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加することを特徴とするアクリルアミド水溶液の安定化法、である。
【0008】
【発明の具体的説明】
アクリルアミド水溶液:
本発明において対象となるアクリルアミド水溶液は、初期の工業的製法である硫酸水和法、現在主たる工業的製法である銅触媒法、さらには最近工業化された微生物法で製造された何れのものでもよいが、製造の際の原料や触媒等に由来する、特に金属の腐食を促進するイオン類、例えば硫酸イオンなどを実質的に含んでいない(対アクリルアミド約3ppm以下)高純度のアクリルアミド水溶液が好適である。
尚、微生物法のアクリルアミド製造に関しては、例えば、特公昭56-17918号公報、特公昭59-37951号公報および特開平2-470号公報記載の方法を挙げることができる。
【0009】
モノカルボン酸塩:
本発明に用いられるモノカルボン酸塩は、炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩であり、飽和モノカルボン酸および不飽和モノカルボン酸の塩のいずれでもよい。具体的には、例えば、飽和モノカルボン酸としては酢酸、プロピオン酸、n-カプロン酸などが挙げられるが、臭気の強い酪酸などは好ましくない。また、不飽和モノカルボン酸としてはアクリル酸、メタクリル酸、ビニル酢酸などが挙げられる。塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等が代表的である。また、モノカルボン酸塩の添加方法としては、アクリルアミド水溶液に塩型として添加することが挙げられる。さらに、上記塩型の添加に限らず、酸型として添加する場合であってもアクリルアミド水溶液中でその添加された酸の塩が形成されるならば、酸型として添加してもよい。但し、モノカルボン酸塩が何らかの形でアクリルアミド生成反応中に生成されることは、モノカルボン酸塩の添加には含まれない。pHは通常6?8の範囲に保たれる。
モノカルボン酸塩の添加量は、酸として、アクリルアミドに対し20ppm未満では安定化の効果が不十分であり、5000ppmを越えても効果は頭打ちで、しかも高純度アクリルアミド水溶液とは言い難くなるため、アクリルアミドに対して20?5000ppm、好ましくは50?1000ppmの範囲である。
本発明のモノカルボン酸塩は、アクリルアミド重合体を製造する際、上記添加量の範囲内において重合への影響はほとんどない。
【0010】
【効果】
本発明によれば、炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩の少なくとも1種をアクリルアミドに対し酸として20?5000ppm添加することにより、鉄表面接触下においてもアクリルアミドの重合等のトラブルが無く、極めて安定な高純度アクリルアミド水溶液を提供し得る。
また、副次的な効果として、鉄表面の腐食も抑制されてより一層のアクリルアミド水溶液の安定化効果が得られる。本発明のモノカルボン酸塩そのものには水溶液中での鉄表面に対する防錆効果は無く、このような安定化効果はアクリルアミド水溶液中でのみ発揮される特異の効果と考えられる。
【0011】
【実施例】
実施例1
容量50mlのポリ容器に再結晶アクリルアミド(注1)の50wt%水溶液を30g採取し、ドーナツ型の鉄片(注2)1個を共存させ、それぞれ表-1に示す安定剤(注3)を加えシールした後、50℃に20時間、安定であった系についてはさらに70℃に70時間加熱保持する加速テストを行った。比較のため、安定剤無添加のものについても同様の操作を行った。結果を表-1に示す。
注1:再結晶アクリルアミドは、和光純薬工業株式会社製、電気泳動用アクリルアミド-HG(純度99%)をそのまま用いた。
注2:ドーナツ型の鉄片は、使用直前に5?10%塩酸水溶液で15分間洗浄したのち水洗し、次に1N苛性ソーダに1分間浸漬したのち十分洗浄した。最後にアセトンで洗浄し、乾燥してからデシケータ中に保存し、使用した。同鉄片のサイズは、外径14mm、内径6mm、厚さ1mmである。
注3:対応するモノカルボン酸を苛性ソーダで中和し、pH6に調整してからアクリルアミド水溶液に添加した。
尚、以下の表中の安定剤の添加量は酸型として表示した。
【表1】

【0012】
実施例2
微生物法によるアクリルアミドを以下の条件で調製し実験に供した。
(1)生体触媒の調製:
下記培地に前記特開平2-470号公報記載のロドコッカス ロドクロウス J-1(微工研条寄第1478号)株を接種し、30℃で72時間培養を行った。得られた菌体を分離、洗浄したのち、常法によりポリアクリルアミドゲルで固定化し生体触媒とした。
【0013】
グルコース 10g/l
K_(2)HPO_(4) 0.5g/l
KH_(2)PO_(4) 0.5g/l
MgSO_(4)・7H_(2)O 0.5g/l
イーストエキス 1.0g/l
ペプトン 7.5g/l
尿素 7.5g/l
CoCl_(2) 10mg/l
【0014】
(2)アクリルアミド水溶液の調製:
上記生体触媒を1/400M硫酸ナトリウムに懸濁し、攪拌下、pH7、5℃でアクリロニトリルを逐次添加し、アクリルアミド濃度約30wt%の水溶液を得た。反応終了後、生体触媒を分離してから湯浴温度63℃、水柱60mmの条件で減圧濃縮し50wt%アクリルアミド水溶液を得た。さらに、このアクリルアミド水溶液をアンバーライトIR-118とアンバーライトIRA-68の混床カラムを通液して脱イオン化した高純度のアクリルアミド水溶液を得た。
この脱イオン化した50wt%アクリルアミド水溶液を用いて実施例1と同様な加速テストを行った。結果を表-2に示す。
【表2】

【0015】
以上の結果から明らかなように、高純度アクリルアミド水溶液に本発明の安定剤を添加せずに鉄片共存下に50℃に保持すると、約3時間後には鉄片表面上に重合物(ゲル)が生成し始め、約20時間後には全体がポップコーンポリマーになってしまうのに対して、炭素数2以上の水溶性モノカルボン酸塩をアクリルアミドに対し20?5000ppm添加した場合には、該アクリルアミド水溶液は極めて安定に維持され同時に鉄片の腐食も抑制される。さらに70℃に昇温し70時間保持しても上記結果はほとんど変らない。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2008-03-03 
結審通知日 2009-07-09 
審決日 2008-03-18 
出願番号 特願平3-145180
審決分類 P 1 113・ 532- YA (C07C)
P 1 113・ 113- YA (C07C)
P 1 113・ 534- YA (C07C)
P 1 113・ 121- YA (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 今村 玲英子爾見 武志  
特許庁審判長 原 健司
特許庁審判官 坂崎 恵美子
唐木 以知良
登録日 1996-08-08 
登録番号 特許第2548051号(P2548051)
発明の名称 アクリルアミド水溶液の安定化法  
代理人 鈴木 俊一郎  
代理人 片山 英二  
代理人 小林 純子  
代理人 北山 浩司  
代理人 小林 純子  
代理人 八本 佳子  
代理人 片山 英二  
代理人 小林 浩  
代理人 大森 規雄  
代理人 牧村 浩次  
代理人 小林 浩  
代理人 大森 規雄  

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