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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09D
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C09D
審判 全部無効 産業上利用性  C09D
管理番号 1206565
審判番号 無効2008-800128  
総通号数 120 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-12-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-07-08 
確定日 2009-10-27 
事件の表示 上記当事者間の特許第4096736号発明「酸化チタン系熱放射性塗料」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許4096736号発明は、平成13年11月14日(優先権主張 平成12年11月15日)を国際出願日として出願されたものであって、平成20年3月21日にその発明について特許権の設定登録がなされたものである。
これに対し、請求人から本件無効審判の請求がなされた。審判における経緯は以下のとおりである。
審判請求(請求人):平成20年7月8日
答弁書提出(被請求人):平成20年9月24日
訂正請求(被請求人):平成20年9月24日
弁駁書提出(被請求人):平成20年10月27日
訂正拒絶理由通知:平成20年11月13日
意見書提出(被請求人):平成20年12月16日

なお、被請求人が提出した意見書副本を請求人に送付して意見を求めたが、請求人からの回答はなかった。

第2 訂正の適否
1 平成20年9月24日付け訂正請求は、特許請求の範囲を平成20年9月24日付け訂正請求書に添付した特許請求の範囲のとおり訂正することを求めるもので、その訂正内容は以下のとおりである。

訂正事項a:訂正前の特許請求の範囲における請求項1について、
「還元酸化チタン(Ti_(2)O_(3)、Ti_(3)O_(5)、Ti_(4)O_(7)、Ti_(5)O_(9)、Ti_(6)O_(11)など、TinO_(2)n-1、で表すことができる低次酸化チタン)を基材とし、これに、無機接着剤を配合し、場合によっては、クロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))及びシリカ(SiO_(2))を添加することを特徴とする、工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料。」

「還元酸化チタン(Ti_(2)O_(3)、Ti_(3)O_(5)、Ti_(4)O_(7)、Ti_(5)O_(9)、Ti_(6)O_(11)など、TinO_(2)n-1、で表すことができる低次酸化チタン)を基材としてなる、工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料。」
と訂正する。

訂正事項b:訂正前の特許請求の範囲における請求項2について、
「工業炉の内壁表面に、主に還元酸化チタンからなる塗膜を形成するための塗料であって、金属チタンの原料鉱物(チタン原鉱石及びチタンスラグを含む)を粉砕して得る粉末を基材とし、これに、無機接着剤を配合し、場合によっては、クロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))、及びシリカ(SiO_(2))を添加することを特徴とする、工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料。」

「工業炉の内壁表面に、主に還元酸化チタンからなる塗膜を形成するための塗料であって、金属チタンの原料鉱物(チタン原鉱石及びチタンスラグを含む)を粉砕して得る粉末を基材としてなる、工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料。」
と訂正する。

2 訂正の適否についての判断
(1) 訂正の目的について
訂正事項a及び訂正事項bは、何れも、訂正前の特許請求の範囲における発明特定事項である「無機接着剤を配合し、」を削除する事項を含むものであるところ、本件訂正により、本件訂正前には工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料に無機接着剤が必ず配合されていたものが、本件訂正後には工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料に無機接着剤が配合されない態様を含むものとなって、特許発明の技術的範囲が広がるため、訂正事項a及び訂正事項bは「特許請求の範囲の減縮」に該当しない。
また、「誤記の訂正」とは、本来その意であることが明細書又は図面の記載などから明らかな内容の字句や語句に正すことをいい、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められるものをいうところ、本件訂正により、本件訂正前には工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料に無機接着剤が必ず配合されていたものが、本件訂正後には工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料に無機接着剤が配合されない態様を含むものとなって、訂正前の記載が当然に訂正後の記載と同一の意味を表示するものと客観的に認められないので、訂正事項a及び訂正事項bは「誤記の訂正」に該当しない。
そして訂正前の特許請求の範囲における請求項1及び請求項2の記載は何れも明りょうであるから、訂正事項a及び訂正事項bは「明りょうでない記載の釈明」に該当しない。
したがって、平成20年9月24日付けの訂正の請求は、特許法134条の2第1項ただし書各号に掲げる事項を目的としていない。

(2) 実質拡張・変更について
訂正事項a及び訂正事項bは、何れも、訂正前の特許請求の範囲における発明特定事項である「無機接着剤を配合し、」を削除する事項を含むものであるところ、本件訂正により、本件訂正前には工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料に無機接着剤が必ず配合されていたものが、本件訂正後には工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料に無機接着剤が配合されない態様を含むものとなるので、訂正事項a及び訂正事項bは実質上特許請求の範囲を拡張するものである。
したがって、平成20年9月24日付けの訂正の請求は、特許法134条の2第5項において準用する同法126条4項の規定に適合しない。

(3) むすび
以上のとおりであるから、平成20年9月24日付けの訂正の請求における訂正事項a及び訂正事項bは、何れも、特許法134条の2第1項ただし書各号に掲げる事項を目的とせず、また、同第5項において準用する特許法126条4項の規定に適合しないので、平成20年9月24日付けの訂正の請求は認められない。

第3 本件発明
平成20年9月24日付けの訂正の請求は上記のとおり認められないので、本件請求項1及び請求項2に係る発明は、その願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された事項により特定される以下のとおりのものと認める。
「【請求項1】
還元酸化チタン(Ti_(2)O_(3)、Ti_(3)O_(5)、Ti_(4)O_(7)、Ti_(5)O_(9)、Ti_(6)O_(11)など、TinO_(2)n-1、で表すことができる低次酸化チタン)を基材とし、これに、無機接着剤を配合し、場合によっては、クロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))及びシリカ(SiO_(2))を添加することを特徴とする、工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料。
【請求項2】
工業炉の内壁表面に、主に還元酸化チタンからなる塗膜を形成するための塗料であって、金属チタンの原料鉱物(チタン原鉱石及びチタンスラグを含む)を粉砕して得る粉末を基材とし、これに、無機接着剤を配合し、場合によっては、クロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))、及びシリカ(SiO_(2))を添加することを特徴とする、工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料。」
(以下、請求項1及び請求項2に係る発明をまとめて「本件発明」という。)

第4 請求人の主張する、特許を無効とすべき理由の概要
請求人は、本件特許4096736号の請求項1及び請求項2に係る発明の特許を無効にする、審判費用は、被請求人の負担とする旨の審決を求める無効審判を請求し、証拠方法として甲第1号証?甲第3号証を提出して、以下のような無効理由を主張しているものと認められる。

1 無効理由1
本件発明における「無機接着剤」の技術的意義が明らかでなく、また発明の詳細な説明にも定義又は解説が存在しない。それゆえ、請求項に記載された発明を把握できないから、本願は特許法36条6項2号に規定する要件を満たしておらず、本件発明に係る特許は特許法123条1項4号に該当し、無効とすべきものである。(審判請求書2頁15行?4頁3行)

2 無効理由2
上述のように、当業者が本発明を実施しようとしても、「無機接着剤」の実体を知ることができず、適切な材料を選択し、使用条件等を定めることができないから、本発明を実施することができないので、本願は特許法36条4項に規定する要件を満たしておらず、本件発明に係る特許は特許法123条1項4号に該当し、無効とすべきものである。(審判請求書4頁5?11行)
(なお、請求人がいう「特許法36条4項1号」は、「特許法36条4項」の誤記と認める。)

3 無効理由3
今日一つの発明が社会に受け入れられるためには、技術面のみならず公害を出さないという環境対策面も完備されていなければならない。さもないと本来の産業上の利用自体が許されない。
その意味で、環境基準等の検討も不十分のまま、周囲の条件によって有毒物に転化する虞れのあるクロマイトの含有を、敢えて排除していない本発明に、特許法29条1項柱書の産業上の利用可能性を認めることはできないので、本件発明に係る特許は特許法123条1項2号に該当し、無効とすべきものである。(審判請求書4頁13行?5頁1行)

4 無効理由4
請求項1及び2における「場合によっては」なる記載は、具体的にどのような場合に添加し又はしないのか、また添加又は不添加は発明の効果にどう影響を及ぼすのかが一切明らかにされていない。
したがって、請求項1及び2における「場合によっては」なる記載は、この曖昧な記載により発明が不明確にされているので、本願は特許法36条6項2号に規定する要件を満たしておらず、本件発明に係る特許は特許法123条1項4号に該当し、無効とすべきものである。(審判請求書5頁2?9行)

5 無効理由5
「適量のクロマイト」(本件特許公報5頁46行)というが、それは環境基準を配慮した値か、具体的には如何なる数値か等について検討した跡は公報中には見られない。したがって、本発明に、特許法29条1項柱書の産業上の利用可能性を認めることはできないので、本件発明に係る特許は特許法123条1項2号に該当し、無効とすべきものである。(審判請求書5頁10?14行)

6 請求人の提出した証拠方法は以下のとおりである。
甲第1号証:特許第4096736号公報
甲第2号証:平成19年6月13日付けの拒絶理由通知書
甲第3号証:社団法人日本セラミック協会編「セラミック工学ハンドブック【第2版】[応用]」(2002年3月31日 2版1刷、技報堂出版株式会社発行),796?801頁

第5 被請求人の主張の概要
1 被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする旨の審決を求め、証拠方法として乙第1号証?乙第5号証を提出して、請求人の主張する本件特許の無効理由のいずれにも理由がない旨の主張をしているものと認められる。
(なお、請求人がいう「本件審判請求事件を却下する」は「本件審判の請求は成り立たない」の趣旨と認める。)

2 被請求人の提出した証拠方法は以下のとおりである。
乙第1号証:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』(http://ja.Wikipedia.org/wiki/%E6%8E%A5%E7%9D%80%E5%89%A4)(審決注.公開年月日は不明。)
乙第2号証:浜野健也編「ファインセラミックスハンドブック」(1984年12月20日、初版第2刷、株式会社朝倉書店発行),216?225頁.
乙第3号証:水熱科学ハンドブック編集委員会編「水熱科学ハンドブック」(1997年7月25日、1版1刷、技報堂出版株式会社発行),286?289頁.
乙第4号証:「セラミックスの接着と接合技術」(2002年4月27日、普及版第1刷、株式会社シーエムシー出版発行),24?35頁.
乙第5号証:「改訂増補 工業窯炉」(平成8年2月1日 改訂増補版、株式会社化学工業社発行),22?53頁.

第6 当審の判断
1 無効理由1について
(1) 請求人は、本件発明における「無機接着剤」の技術的意義が明らかでない旨主張するので、以下、検討する。
まず、本件明細書の発明の詳細な説明を参酌すると、その発明の詳細な説明には、「無機接着剤」について以下の記載がある。(以下、下線は当審による。)
「表(2)に記載のチタン・スラグを砕いて、粒径分布0.8?3μmに調整し、これに無機接着剤を配合した塗料組成物をつくり、場合によっては、適量のクロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))及びシリカ(SiO_(2))を加える。
Al_(2)O_(3)、SiO_(2)、Cr_(2)O_(3)は、高温の炉壁表面でスピネル型化合物を形成し、結合力及び密着性が強くなる。
チタン・スラグ、無機接着剤よりなる塗料組成物を、最後に、水に懸濁・分散して、スラリ状にし塗料に仕上げる。水と固形成分との混合の割合は、50:50(重量比)とする。
炉壁表面の塗膜・コーティング膜の成膜作業は、主として、スプレーガンによる吹きつけ法によって行うが、場合によっては、溶射法で行うこともできる。この場合は、塗料・コーティング材組成物の内、無機接着剤の配合を必要としない。」(段落【0018】)
以上の記載においては、「無機接着剤」という文言の定義はなされていないが、本件発明における「無機接着剤」という文言は、「無機」という用語と「接着剤」という用語を組み合わせてなるものであることから、「無機質の材質からなる接着剤」を意味すると、一応解することができる。

続いて、従来技術水準を参酌して「無機接着剤」の技術的意義を更に検討する。
乙第2号証の216頁の「表II.3.40 各種接合方法」として示された表における「接合方法」の欄には、以下の記載がある。
「○無機接着剤法(狭義の無機接着剤使用)
(1)ケイ酸アルカリ系接着剤
(2)リン酸塩系接着剤
(3)その他」
また、乙第3号証の286頁下から6行には「(3)耐熱性無機接着剤」という見出しがあり、乙第3号証の286頁下から5行?289頁8行には、耐熱性無機接着剤についての解説が記載されているが、そのうち、主要なものとしては、以下の記載がある。
「接着剤は,有機高分子系接着剤と無機系接着剤に大別される。前者の代表例としては,ゴムや澱粉などの天然有機高分子およびエポキシ樹脂などの合成有機高分子があげられる。この有機高分子系接着剤は,日常生活でも頻繁に使用されているが,その最高使用温度は約200℃であるため,電子工業や窯業などのようにより高温での接着が要求される場合には,耐熱性の高い,後者の無機系接着剤が使用される。無機系接着剤には,金属,ガラス,セメント,ケイ酸塩,リン酸塩などがある。」(287頁4?9行)
「これに対して,低温で硬化・接着し,耐熱温度が接着温度よりもかなり高い無機系接着剤がある。それは,ケイ酸アルカリ系接着剤,シリカゾル系接着剤,リン酸塩系接着剤である」(同18?20行)
また、「無機接着剤」に関する周知技術を参酌すると、特開平1-261282号には、以下の記載がある。
「[従来の技術]
近年、鉄鋼を始めとする各種の工業用窯炉においては、その断熱性を高めて省エネルギーを図る目的で、窯炉の内壁や外壁にセラミックファイバーをはじめ、各種の不定形耐火物や耐火断熱レンガ等の耐火材を貼り合わせることが行われている。そして、これらの耐火材を貼り合せるための無機接着剤としては、その目的や用途に合せて、例えばコロイダルシリカやアルミナゾル等を主体とする接着剤、水ガラス等の硅酸ナトリウム系接着剤、第一燐酸アルミニウム等を主体とする燐酸系接着剤がしばしば使用されている。」(1頁右下欄2?13行)
また、特開平5-192639号には、以下の記載がある。
「【従来の技術】耐熱性等の要求から種々の無機接着剤が用いられている。一般的な無機接着剤としてアルカリ金属シリケート系、コロイダルシリカ系、リン酸塩系が挙げられる。」(段落【0002】)

以上のことから総合的に判断すると、「無機接着剤」という文言は、「無機質の材質からなる接着剤」を意味するものと解するのが妥当であり、当業者に周知であるということができる。
してみると、「無機接着剤」の技術的意義は明確であるから、無効理由1には理由がない。

(2) 請求人は、併せて、以下のように主張している。
「甲第3号証第797頁2.10(2)『バインダの種類と分用方法』によれば、その第1行に『耐火物用バインダの種類は、非常に多い・・・』とあり、第798頁の表2.23中の『無機物』の欄には15種類のカテゴリが掲げられている。しかも各カテゴリの説明から、それぞれのバインダには個性があり、各カテゴリ間に必ずしも代替性があるとは限らず、バインダと呼ばれる材料ならどれでも同じという訳ではないことが分かる。このような実情の下では、単に『無機接着剤』というだけではその実体は何かを特定できないので、発明特定事項としての役割を果たすことができない。」(審判請求書3頁2?10行)、及び
「そもそも請求項1及び2に記載された『還元酸化チタン』は、被請求人が内壁用基材としての有用性を『発見』(公報第4頁第26行)したもので、あるから、極めて新規性の高い材料である。したがってこの材料にどのような無機接着剤を選択し配合すれば満足な焼結性と密着性を具える塗膜を形成できるかは、従来の知見範疇にはなく、また自明である筈もないから、発明者による教示なしには、無機接着剤の選定は不可能である。したがって発明者でもある被請求人は、可能な限り明確かつ懇切にその教示をなすべきであった。」(同11?17行)
しかしながら、上記(1)で述べたように、「無機接着剤」の技術的意義は明確である。そして、「無機接着剤」は、その種類により焼結性や密着性などの性能に差が生じるとしても、それは、いわば当然のことであって、「無機接着剤」の技術的意義が明確であるか否かとは関連がないことであるから、請求人の主張は上記(1)の結論を左右するものではない。

2 無効理由2について
上記(1)で述べたように、「無機接着剤」という文言は、「無機質の材質からなる接着剤」を意味するものと解するのが妥当であり、当業者に周知であるということができるから、当業者は「無機接着剤」の実体を明確に理解することができる。
そして、本件発明における「無機接着剤」は、「高温の炉壁表面」において、「炉壁表面の塗膜・コーティング膜の成膜作業」のために用いるためのものである(本願明細書の段落【0018】)ところ、「無機接着剤」という文言は当業者に周知であり、また、耐熱性の高い無機接着剤として、例えば、アルカリ金属シリケート系、コロイダルシリカ系、リン酸塩系などの無機接着剤などが知られている(例えば、乙第3号証の287頁18?20行、特開平1-261282号1頁右下欄2?13行、及び特開平5-192639号の段落【0002】参照。)ことにかんがみれば、本件明細書に無機接着剤に関する具体的な記述がなくても、当業者は技術常識に基づき、必要な性能を有する無機接着剤を選定し得るものと認められるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められるので、無効理由2には理由がない。

3 無効理由3について
本件明細書の段落【0002】には、「後者のクロマイトを基材とする塗料・コーティング材は、炉内温度が600℃以下では効果がない。また、クロマイトは1000℃を越える高温の炉内では、毒性をもつ六価クロム化合物を生成する致命的欠陥がある。1970年代後半の石油ショック以降、この種の商品が市場にかなり出回ったが、これらの商品は、今日では例外なく市場から姿を消してしまった。」と記載されている。
しかしながら、クロマイトは1000℃を越える高温の炉内では毒性をもつ六価クロム化合物を生成するとしても、1000℃を越えない炉においては、六価クロム化合物を生成しないから、クロマイトを用い得るので、本件発明は「産業上利用することができる発明」に該当する。
しかも、1000℃を越える高温の炉でクロマイトを用いる場合でも、クロマイトが炉内に止まる限り、クロマイトが毒性をもつ六価クロム化合物を生成する問題は何ら害を及ぼすものではないし、仮に六価クロム化合物が炉外に排出されるとしても、それに対しては六価クロム化合物を除去するための対策を別途講じればよいだけのことである。
したがって、クロマイトが1000℃を越える高温の炉内では毒性をもつ六価クロム化合物を生成することをもって、クロマイトを発明特定事項として含む本件発明が、特許法第29条第1項柱書の規定に違反することにはならないので、無効理由3には理由がない。

4 無効理由4について
本件明細書には、「場合によっては、適量のクロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))及びシリカ(SiO_(2))を加える。Al_(2)O_(3)、SiO_(2)、Cr_(2)O_(3)は、高温の炉壁表面でスピネル型化合物を形成し、結合力及び密着性が強くなる。」(段落【0018】)と記載されている。
してみると、本件発明においては「場合によっては、クロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))及びシリカ(SiO_(2))を添加する」と規定されているところ、ここにいう「場合によっては」とは、結合力及び密着性を強くする必要がある場合には適量のクロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))及びシリカ(SiO_(2))を添加し、逆に、結合力及び密着性を強くする必要がない場合には適量のクロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))及びシリカ(SiO_(2))を添加しなくてもよいという趣旨であることが明らかである。
したがって、本件発明は「場合によっては」なる文言を含むところ、「場合によっては」なる文言の意味内容は明確であるので、無効理由4には理由がない。

5 無効理由5について
本件明細書には、「場合によっては、適量のクロマイト(Cr_(2)O_(3))、アルミナ(Al_(2)O_(3))及びシリカ(SiO_(2))を加える。Al_(2)O_(3)、SiO_(2)、Cr_(2)O_(3)は、高温の炉壁表面でスピネル型化合物を形成し、結合力及び密着性が強くなる。」(段落【0018】)と記載されている。
してみると、上記の「適量のクロマイト」とは、「結合力及び密着性を強くするために必要な適量のクロマイト」という趣旨であることが明らかである。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明における「適量のクロマイト」という文言には請求人が主張する不備はないので、無効理由5には理由がない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により請求人が負担とすべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-03-23 
結審通知日 2009-03-25 
審決日 2009-04-10 
出願番号 特願2002-543601(P2002-543601)
審決分類 P 1 113・ 14- YB (C09D)
P 1 113・ 537- YB (C09D)
P 1 113・ 536- YB (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 藤原 浩子  
特許庁審判長 原 健司
特許庁審判官 坂崎 恵美子
唐木 以知良
登録日 2008-03-21 
登録番号 特許第4096736号(P4096736)
発明の名称 酸化チタン系熱放射性塗料  
代理人 吉原 達治  

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