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審決分類 審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない。 A23L
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A23L
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 A23L
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A23L
管理番号 1209189
審判番号 不服2006-27975  
総通号数 122 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-02-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-12-12 
確定日 2009-12-21 
事件の表示 特願2002-55110「抗う蝕機能を有する組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成14年11月12日出願公開、特開2002-325557〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成14年2月28日(優先権主張 平成13年2月28日)の出願であって、平成18年5月24日付けの第1回目の拒絶理由通知に対して同年7月25日に意見書及び手続補正書が提出され、同年8月14日付けの第2回目の最後の拒絶理由通知に対して同年10月16日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年10月16日付けの手続補正は同年11月6日付けの補正の却下の決定により却下されるとともに同日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年12月12日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに同日付けで手続補正がなされ、平成20年9月29日付けで審尋が通知され、同年12月1日付けで回答書が提出されたものである。

第2 平成18年12月12日付けの手続補正についての補正の却下の決定
1 補正の却下の決定の結論
平成18年12月12日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 補正の内容
平成18年12月12日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1である、
「抗う蝕機能を有する飲食用組成物であって、ここで該組成物は、口腔内でpH緩衝作用を有する緩衝剤を含み、ただし該緩衝剤が、以下の(1)または(2):
(1)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカンであり、リン酸化オリゴ糖;または
(2)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンである、リン酸化オリゴ糖、
ではない、組成物であって、
ここで、該緩衝剤が、以下からなる群:
リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコールであって、該リン酸化オリゴ糖は、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカン、リン酸化オリゴ糖、もしくは、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンであり、但し、ジャガイモデンプンを除くデンプンから調製される、リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコール;
コンドロイチン硫酸;
コンドロイチン硫酸オリゴ糖;
グルコース-6-リン酸;
オリゴガラクツロン酸;および
酒石酸、
から選択され、
ここで、該緩衝剤が、カルシウム塩の形態であり、
かつ、該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる、
飲食用組成物。」
を、
「抗う蝕機能を有する飲食用組成物であって、ここで該組成物は、口腔内でpH緩衝作用を有する緩衝剤を含み、ただし該緩衝剤が、以下の(1)または(2):
(1)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカンであり、リン酸化オリゴ糖;または
(2)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンである、リン酸化オリゴ糖、
ではない、組成物であって、
ここで、該緩衝剤が、以下からなる群:
リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコールであって、該リン酸化オリゴ糖は、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカン、リン酸化オリゴ糖、もしくは、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンであり、但し、ジャガイモデンプンを除くデンプンから調製される、リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコール;
コンドロイチン硫酸;
コンドロイチン硫酸オリゴ糖;
グルコース-6-リン酸;
オリゴガラクツロン酸;および
酒石酸、
から選択され、
ここで、該緩衝剤が、カルシウム塩の形態であり、
かつ、該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.28?1.12にすることができる、
飲食用組成物。」
とする補正事項を含むものである。

2 補正の目的要件について
本件補正後における「口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.28?1.12にすることができる」という事項は、本件補正前の「口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という事項を減縮したものではない。すなわち、本件補正前においては、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する下限値が「0.4」であったところ、本件補正によりこの下限値を「0.28」とすることにより、補正前のリン:カルシウムに関するモル比(Ca/P)に関する下限値を超える範囲に規定することになるから、かかる補正事項は、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する下限値について、特許請求の範囲における発明特定事項を拡張するものである。
したがって、上記補正は、平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前特許法」という。)17条の2第4項2号に規定する限定的減縮に該当せず、また、請求項の削除、誤記の訂正又は明りょうでない記載の釈明のいずれをも目的とするものでもない。
よって、本件補正は、平成18年改正前特許法17条の2第4項の規定に違反するので、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。

3 独立特許要件について
以上のとおり、本件補正は平成18年改正前特許法17条の2第4項の規定に違反するため、却下されるべきものであるが、以下、仮に上記補正が平成18年改正前特許法17条の2第4項2号に規定する限定的減縮に該当するとした場合に、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載されている事項により特定される発明(本件補正発明)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(すなわち、同法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反しないものであるか)否かについても、念のため、検討しておくことにする。

ア 本件補正発明
平成18年12月12日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明は以下のとおりのものである。
「抗う蝕機能を有する飲食用組成物であって、ここで該組成物は、口腔内でpH緩衝作用を有する緩衝剤を含み、ただし該緩衝剤が、以下の(1)または(2):
(1)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカンであり、リン酸化オリゴ糖;または
(2)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンである、リン酸化オリゴ糖、
ではない、組成物であって、
ここで、該緩衝剤が、以下からなる群:
リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコールであって、該リン酸化オリゴ糖は、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカン、リン酸化オリゴ糖、もしくは、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンであり、但し、ジャガイモデンプンを除くデンプンから調製される、リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコール;
コンドロイチン硫酸;
コンドロイチン硫酸オリゴ糖;
グルコース-6-リン酸;
オリゴガラクツロン酸;および
酒石酸、
から選択され、
ここで、該緩衝剤が、カルシウム塩の形態であり、
かつ、該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.28?1.12にすることができる、
飲食用組成物。」
(以下、これを「本件補正発明」という。)

イ 刊行物について
本願出願前(優先権主張日前)に頒布された刊行物である特開平8-104696号公報(原審の平成18年5月24日付け拒絶理由通知における引用文献2。以下、「刊行物1」という。)には、以下の事項が記載されている。
(1-a) 「【請求項1】分子内に少なくとも1個のリン酸基を有するリン酸化された糖であって、該糖が、グルカン、マンナン、デキストラン、寒天、シクロデキストリン、フコイダン、ジェランガム、ローカストビーンガム、グアーガム、タマリンドガム、およびキサンタンガムからなる群から選択される糖である、リン酸化糖。
【請求項2】前記糖がグルカンであり、該グルカン1分子あたり少なくとも1個のリン酸を有する、請求項1に記載のリン酸化糖。
【請求項3】前記糖がグルカンであり、該グルカンが、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして該グルカンに1個のリン酸基が結合している、請求項1に記載のリン酸化糖。
【請求項4】前記糖がグルカンであり、該グルカンが、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして該グルカンに2個のリン酸基が結合している、請求項1に記載のリン酸化糖。
・・(略)・・
【請求項7】請求項1から5のいずれかに記載のリン酸化糖あるいは請求項6に記載のリン酸化誘導体とアルカリ土類金属または鉄とを結合させた、リン酸化糖誘導体。
【請求項8】リン酸基を有する澱粉または化工澱粉を分解して生成する、請求項2から5のいずれかに記載のリン酸化糖の製造方法。
【請求項9】リン酸基を有する澱粉または化工澱粉に、澱粉分解酵素、糖転移酵素、あるいはα-グルコシダーゼ、あるいは、それら1種以上の組み合わせ(但し、α-グルコシダーゼ1種のみを除く)を作用させる、請求項2から5のいずれかに記載のリン酸化糖の製造方法。
・・(略)・・
【請求項14】リン酸化糖にアルカリ土類金属の塩または鉄の塩を作用させる、請求項8に記載のリン酸化糖の誘導体の製造方法。
【請求項15】請求項1から5のいずれかに記載のリン酸化糖、あるいは請求項7または8に記載のリン酸化誘導体を含む、肥料、飼料、食品、飲料、口腔用組成物、洗浄剤用組成物、またはそれらの添加用組成物。
【請求項16】請求項1から5のいずれかに記載のリン酸化糖、あるいは請求項6あるいは7に記載のリン酸化誘導体と、リン酸化糖とが結合している物質を含む、肥料、飼料、食品、飲料、口腔用組成物、洗浄剤用組成物、またはそれらの添加用組成物。
【請求項17】リン酸化糖体またはその誘導体を含む、肥料、飼料、食品、飲料、口腔用組成物、洗浄剤用組成物、またはそれらの添加用組成物。」(特許請求の範囲)、
(1-b) 「本発明は、リン酸化された糖(以下、リン酸化糖と称する)に関する。さらに本発明は、リン酸化糖とタンパク質またはペプチドとの複合体であるリン酸化糖誘導体、もしくはリン酸化糖あるいはリン酸化糖誘導体とアルカリ土類金属あるいは鉄との結合体であるリン酸化糖誘導体に関する。これらのリン酸化糖あるいはリン酸化糖誘導体は、カルシウムなどのアルカリ土類金属または鉄の沈殿阻害効果(以下、可溶化という)、あるいはカルシウムの吸収促進作用を有している。従って、本発明は、食品、飲料、飼料、あるいは肥料に含まれるまたは含有させたカルシウムなどのアルカリ土類金属、または鉄の生体への吸収を促進させることによって、ヒトや動物の健康を増進して各種の疾患を予防する原料、飲食用組成物、食品添加用組成物、あるいは飼料の原料または組成物として有用である。・・・さらに、本発明は、虫歯の予防効果を有しており、詳細には食品、飲料、飼料はもとより、練り歯磨き、マウスウオッシュ、トローチなどの口腔用組成物にも添加され得る。」(段落【0001】、「産業上の利用分野」の項)、
(1-c) 「植物が貯蔵する澱粉の多くには、澱粉を構成するグルコースに一部リン酸基がエステル結合している。澱粉中のリン酸含有量としては微量であるが、芋類の澱粉には比較的多く、中でも馬鈴薯澱粉はリン酸基を多く含んでおり、リン酸含有量の非常に高い品種も存在している(矢木敏博ら、澱粉化学、20巻、51頁、1973年)。馬鈴薯澱粉中では、これを構成するグルコース残基の3位および6位にリン酸基が比較的多くエステル結合していることが知られている(Y.Takedaら、Carbohydrate Research、102巻、321-327頁、1982年)。」(段落【0019】)、
(1-d) 「本発明のリン酸化糖の製造原料である糖としては、グルカン、マンナン、デキストラン、寒天、シクロデキストリン、フコイダン、ジェランガム、ローカストビーンガム、グアーガム、タマリンドガム、およびキサンタンガムが挙げられる。以下、グルカンの場合について説明する。一般の粗製植物澱粉、好ましくは馬鈴薯の粗製澱粉などのリン酸基が多く結合した澱粉が適しているが、精製品でもよい。化工澱粉もまた、好適に用いられ得る。さらに、リン酸基を化学的に結合させた各種糖質を用いることもまた可能である。馬鈴薯澱粉中では、これを構成するグルコースの3位および6位にリン酸基が比較的多くエステル結合している。リン酸基は主にアミロペクチンに存在する。」(段落【0044】)、
(1-e) 「リン酸化糖を含有する糖混合物からリン酸化糖を精製するには、炭素数1?3のアルコールを添加してリン酸化糖を沈澱させる方法もまた、用いられ得る。簡単に言えば、試料溶液にアルコールを添加することにより、リン酸化糖のみが沈澱として得られ得る。10%以上の糖濃度であれば容積比で3倍量以上のアルコールを添加することが望ましい。
アルコールに加えて、金属塩、好ましくはカルシウム塩または鉄塩の存在下で、本発明のリン酸化糖はリン酸化糖誘導体を形成し、沈澱が生じやすくなる。このため、金属塩の存在下では、先に示したアルコールのみによる沈澱化に比べ、少量のアルコールでもリン酸化糖の回収が容易となる。好ましくはアルカリ条件下で実施する。用いる塩の種類は特に限定するものではないが、例えば、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、または塩化第一鉄が、溶解性もよく、好適に用いられ得る。アルコールを添加することで生じた沈澱の採取は、一般に使用される方法、例えば、デカンテーション、濾過、遠心分離などにより行われる。リン酸化糖と金属塩との化合物であるリン酸化糖誘導体の沈澱は、上述のようなアルコール沈澱で得られる。必要ならば、回収した沈澱を水あるいは適当な溶液に再溶解し、アルコールを再度添加する操作を繰返し行ってもよい。この操作により、中性糖および過剰の塩などの不純物が除去され得る。塩など不純物の除去には限外濾過膜もまた用いられ得る。」(段落【0060】?【0061】)、
(1-e') 「上記のようにグルコアミラーゼを作用させて得られるリン酸化糖は、リン酸基がグルコースの6位に結合していれば、その直前まで非還元末端側から切断され得る。従って、このリン酸化糖は、6位に結合したグルコースを非還元末端に有するオリゴ糖あるいは少なくとも非還元末端側から2個目のグルコースの6位に結合している構造になる。」(摘示【0073】)
(1-f) 「以上のように調製されたリン酸化糖は、以下のような性質を有する。
・・・
(3)虫歯の原因であるミュータンス菌に資化されない非う蝕性の糖であり、グルカンの生成を行わない。」(段落【0077】?【0080】)
(1-g) 「さらに、上記リン酸化糖はまた、う蝕の原因であるミュータンス菌の栄養源にならず、非水溶性のグルカンを生成しない糖質である。従って、歯垢が生じず、ミュータンス菌の酸発酵も起こさない。さらに、本発明のリン酸化糖は緩衝作用を有し、pHの低下を防ぐ効果をも有する。従って、リン酸化糖は、食品または口腔組成物において、風味に影響を与えることなく、歯垢内の発酵産物である乳酸によるpHの低下を防ぐ効果を有する。リン酸化糖は、練り歯磨き、マウスウオッシュ、トローチなどの口腔用組成物などに添加され得る。また本発明により、リン酸化糖がカルシウムその他のアルカリ土類金属、あるいは鉄と複合体を形成し、生体への吸収を促進することが可能となると同様に、アルカリ土壌およびアルカリ条件下における植物へのカルシウムなどの微量金属の吸収を促すこともまた可能となる。例えば、本発明により、切り花、果樹、果実の老化抑制および日持ち向上に効果のある、安全なカルシウム吸収促進剤を提供できる。金属を吸着する性質は、金属類の沈着を防止するスケール防止剤や洗浄剤としても有効である。」(段落【0089】)、
(1-h) 「本発明のリン酸化糖は、ほとんど全ての飲食用組成物または食品添加物用組成物に使用することが可能である。この飲食用組成物とは、ヒトの食品、動物あるいは養魚用の飼料、ペットフードを総称する。」(段落【0091】)、
(1-i) 「(実施例1)馬鈴薯澱粉の1%溶液を、5mlの6mM塩化ナトリウムおよび2mM塩化カルシウムを含む溶液に溶解しつつ100℃まで迅速に温度上昇させて糊化した後、α-アミラーゼ(フクタミラーゼ;上田化学製)を35U作用させて、50℃で30分間保持した。この反応液を少量分取して0.2%糖溶液とし、0.01Mのヨウ素-ヨウ化カリウム溶液を1/10量添加しヨード呈色が陰性であることを確認後、プルラナーゼ(林原生物化学研究所製)2Uとグルコアミラーゼ(東洋紡績製)6Uとを同時に40℃で20時間作用させた。反応を停止し、この溶液を、遠心分離後、上清を20mM酢酸緩衝液(pH4.5)で平衡化した陰イオン交換樹脂(キトパールBCW2501;富士紡績製)に供した。十分に同緩衝液で洗浄して中性糖を除去し、続いて、0.5M塩化ナトリウムを含む同緩衝液で溶出した。各溶出画分をエバポレーターを用いて濃縮してから脱塩後、凍結乾燥することにより、リン酸化糖を得た。」(段落【0104】)、
(1-j) 「(実施例2)実施例1により得たリン酸化糖を20mM酢酸緩衝液(pH4.5)で平衡化した陰イオン交換樹脂カラム(キトパールBCW2501)に再び供した。十分にカラムを同緩衝液で洗浄して中性糖を除去した。まず0.15M塩化ナトリウムを含む同緩衝液で、次に0.5M塩化ナトリウムを含む同緩衝液で溶出する画分を集めた。上記の構造決定法に基づいて分析した結果、これらの画分を脱塩し凍結乾燥することで、0.15M塩化ナトリウム溶出画分からはグルコースが3個以上5個以下α-1,4結合したグルカンにリン酸基が1個結合しているリン酸化糖(PO-1画分)が、0.5M塩化ナトリウム溶出画分からはグルコースが2個以上8個以下α-1,4結合したグルカンにリン酸基が2個以上結合しているリン酸化糖(PO-2画分)が得られた。」(段落【0105】)、
(1-k) 「(実施例6)リン酸化糖のカルシウム、鉄、またはマグネシウムとの化合物形成能を、ゲル濾過法によっても確認した。実施例1のリン酸化糖10%溶液100μlに、100mM塩化カルシウム溶液100μlを添加し、20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4)を用いて平衡化したゲル濾過(セファデックスG-10;ファルマシア社製、φ1.2×10cmカラム)に供した。その結果、リン酸化糖とカルシウムのピークが一致し、同時に溶出したので,そのリン酸化糖とカルシウムとの化合物を分取した。また、100mM塩化カルシウム溶液100μlも同カラムに供した。これらの溶出パターンを、図1に示した。塩化第一鉄や、塩化マグネシウムについても同様にカラムに供し、リン酸化糖の影響を調べた。これらを、図2、図3に示した。
ここで、図1は、以下の3種類の溶液によるゲル濾過溶出パターンを示す:実施例1の10%リン酸化糖100μlのみの溶液(溶出液をリン酸化糖濃度で測定;図中□で表す);10%濃度リン酸化糖100μlと共に供した場合の100mM塩化カルシウム100μlの溶液(溶出液をカルシウム濃度で測定;図中●で表す);および100mM塩化カルシウム100μlのみの溶液(溶出液をカルシウム濃度で測定;図中○で表す)。横軸に溶出時間、左の縦軸にリン酸化糖濃度を示し、そして右の縦軸に溶出したカルシウム濃度を示す。
・・・
これらより、リン酸化糖と金属塩とを同時に供した場合、金属塩はリン酸化糖と同じ溶出時間で溶出することが判った。金属塩とリン酸化糖とを同時に供した場合の溶出時間は、塩のみを供した場合の溶出時間とは明らかに異なっていた。従って、本実施例により、リン酸化糖のカルシウム、鉄、およびマグネシウムとの化合物形成について確認できた。」(段落【0110】?【0114】)、
(1-l) 「【図1】

」(21頁下欄左上)

ウ 対比・判断
(ア) 刊行物1に記載された発明
a 刊行物1には、
「【請求項1】分子内に少なくとも1個のリン酸基を有するリン酸化された糖であって、該糖が、グルカン、マンナン、デキストラン、寒天、シクロデキストリン、フコイダン、ジェランガム、ローカストビーンガム、グアーガム、タマリンドガム、およびキサンタンガムからなる群から選択される糖である、リン酸化糖。
【請求項2】前記糖がグルカンであり、該グルカン1分子あたり少なくとも1個のリン酸を有する、請求項1に記載のリン酸化糖。
【請求項3】前記糖がグルカンであり、該グルカンが、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして該グルカンに1個のリン酸基が結合している、請求項1に記載のリン酸化糖。
【請求項4】前記糖がグルカンであり、該グルカンが、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして該グルカンに2個のリン酸基が結合している、請求項1に記載のリン酸化糖。
・・(略)・・
【請求項7】請求項1から5のいずれかに記載のリン酸化糖あるいは請求項6に記載のリン酸化誘導体とアルカリ土類金属または鉄とを結合させた、リン酸化糖誘導体。
【請求項8】リン酸基を有する澱粉または化工澱粉を分解して生成する、請求項2から5のいずれかに記載のリン酸化糖の製造方法。
【請求項9】リン酸基を有する澱粉または化工澱粉に、澱粉分解酵素、糖転移酵素、あるいはα-グルコシダーゼ、あるいは、それら1種以上の組み合わせ(但し、α-グルコシダーゼ1種のみを除く)を作用させる、請求項2から5のいずれかに記載のリン酸化糖の製造方法。
・・(略)・・
【請求項15】請求項1から5のいずれかに記載のリン酸化糖、あるいは請求項7または8に記載のリン酸化誘導体を含む、肥料、飼料、食品、飲料、口腔用組成物、洗浄剤用組成物、またはそれらの添加用組成物。」
に関する発明が記載されている。
ここで、請求項15には「請求項7または8に記載のリン酸化誘導体」とあるところ、請求項7には「リン酸化誘導体」ではなく「リン酸化糖誘導体」と記載されているので、請求項15の「請求項7または8に記載のリン酸化誘導体」は「請求項7または8に記載のリン酸化糖誘導体」の誤記と認める。
したがって、刊行物1の請求項15には、
「請求項1から5のいずれかに記載のリン酸化糖、あるいは請求項7または8に記載のリン酸化糖誘導体を含む、肥料、飼料、食品、飲料、口腔用組成物、洗浄剤用組成物、またはそれらの添加用組成物」(摘示1-a)
に関する発明が記載されているので、刊行物1には
「請求項7に記載のリン酸化糖誘導体を含む、食品、飲料。」
に関する発明が記載されていると認められる。

b ところで、請求項7には
「請求項1から5のいずれかに記載のリン酸化糖あるいは請求項6に記載のリン酸化誘導体とアルカリ土類金属または鉄とを結合させた、リン酸化糖誘導体。」
に関する発明が記載されているところ、請求項7が引用する請求項3には
「前記糖がグルカンであり、該グルカンが、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして該グルカンに1個のリン酸基が結合している、請求項1に記載のリン酸化糖。」
に関する発明が記載されており、また、請求項4には
「前記糖がグルカンであり、該グルカンが、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして該グルカンに2個のリン酸基が結合している、請求項1に記載のリン酸化糖。」
に関する発明が記載されているので、結局、刊行物1の請求項7には、
「グルカンがα-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして該グルカンに1個のリン酸基が結合している、または、グルカンが、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして該グルカンに2個のリン酸基が結合している、リン酸化糖とアルカリ土類金属または鉄とを結合させた、リン酸化糖誘導体。」
に関する発明が包含されているということができる。

c 次に、刊行物1には、
「リン酸基を有する澱粉または化工澱粉を分解して生成する、請求項2から5のいずれかに記載のリン酸化糖の製造方法。」(摘示(1-a)の【請求項8】)
と記載されていることから明らかなように、前記の請求項3及び4に係るリン酸化糖は、「リン酸基を有する澱粉を分解して生成する」、言い換えると、「リン酸基を有する澱粉から調製される」ものであるということができる。
そして、刊行物1には
「本発明のリン酸化糖の製造原料である糖としては、グルカン、・・・が挙げられる。以下、グルカンの場合について説明する。一般の粗製植物澱粉、好ましくは馬鈴薯の粗製澱粉などのリン酸基が多く結合した澱粉が適している・・・」(摘示(1-d))
と記載されており、この記載によると、「リン酸基を有する澱粉」としては、「一般の粗製植物澱粉、好ましくは馬鈴薯の粗製澱粉などのリン酸基が多く結合した澱粉」が適していることが明らかである。
したがって、刊行物1に記載された発明におけるリン酸化糖は、「一般の粗製植物澱粉、好ましくは馬鈴薯の粗製澱粉などのリン酸基が多く結合した澱粉」から調製される態様を包含すると認められる。

d また、刊行物1には、
「上記リン酸化糖はまた、う蝕の原因であるミュータンス菌の栄養源にならず、非水溶性のグルカンを生成しない糖質である。」(摘示(1-g))
「本発明は、虫歯の予防効果を有しており、詳細には食品、飲料、飼料はもとより、練り歯磨き、マウスウオッシュ、トローチなどの口腔用組成物にも添加され得る。」(摘示(1-b))
と記載されており、また、虫歯とは「う蝕」を意味する(必要ならば、例えば、原審の平成18年5月24日付け拒絶理由通知における引用文献1である特開平11-158197号公報、段落【0015】参照。)から、刊行物1に記載されたリン酸化糖に関する発明は、「抗う蝕機能を有する」ものであるということができる。

e また、刊行物1には、
「本発明は、リン酸化された糖(以下、リン酸化糖と称する)に関する。・・・これらのリン酸化糖あるいはリン酸化糖誘導体は、カルシウムなどのアルカリ土類金属または鉄の沈殿阻害効果(以下、可溶化という)、あるいはカルシウムの吸収促進作用を有している。」(摘示(1-b))
「アルコールに加えて、金属塩、好ましくはカルシウム塩または鉄塩の存在下で、本発明のリン酸化糖はリン酸化糖誘導体を形成し、沈澱が生じやすくなる。」(摘示(1-e))
と記載されていることなどからみて、刊行物1に記載された発明における「アルカリ土類金属塩」としては、代表的なものとして、「カルシウム塩」を包含することが明らかである。

f さらに、刊行物1には、
「このリン酸化糖は、6位に結合したグルコースを非還元末端に有するオリゴ糖あるいは少なくとも非還元末端側から2個目のグルコースの6位に結合している構造になる。」(摘示(1-e'))
と記載されていることから明らかなように、「グルカンがα-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして該グルカンに1個のリン酸基が結合している、または、グルカンが、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして該グルカンに2個のリン酸基が結合している」リン酸化糖(及びリン酸化糖誘導体)はオリゴ糖の一種であることが明らかである。
(なお、化学構造的にみても、前記のリン酸化糖(及びリン酸化糖誘導体)がオリゴ糖の一種であることは明らかである。)

g そして、刊行物1に、
「さらに、本発明のリン酸化糖は緩衝作用を有し、pHの低下を防ぐ効果をも有する。」(摘示(1-g))
と記載されているように、刊行物1に記載された発明におけるリン酸化糖は「緩衝作用を有し、pHの低下を防ぐ効果」を有するものと認められる。

h 以上、a?gで述べた事項を総合的に勘案すると、刊行物1には、
「抗う蝕機能を有する食品、飲料であって、ここで該食品、飲料は、緩衝作用を有し、pHの低下を防ぐ効果を有し、リン酸化オリゴ糖のカルシウム塩を含み、該リン酸化オリゴ糖は、一般の粗製植物澱粉、好ましくは馬鈴薯の粗製澱粉などのリン酸基が多く結合した澱粉から調製され、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカン、または、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンである、食品、飲料。」
という発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

(イ) 本件補正発明と引用発明1との対比
引用発明1における「食品、飲料」は、刊行物1において「本発明のリン酸化糖は、ほとんど全ての飲食用組成物または食品添加物用組成物に使用することが可能である。この飲食用組成物とは、ヒトの食品、動物あるいは養魚用の飼料、ペットフードを総称する。」(摘示(1-h))と記載されていることからみて、本件補正発明における「飲食用組成物」に対応する。
また、引用発明1における「食品、飲料」が「緩衝作用を有し、pHの低下を防ぐ効果」を奏するということは、「食品、飲料」は口腔内に入れるものであるから、口腔内で「緩衝作用を有し、pHの低下を防ぐ効果」を奏することを意味しているので、「該食品、飲料は、緩衝作用を有し、pHの低下を防ぐ効果を有し、」とは、「該食品、飲料」は「口腔内でpH緩衝作用を有する緩衝剤」として作用することを意味していることが明らかである。

そこで、本件補正発明と引用発明1とを対比すると、両者は、
「抗う蝕機能を有する飲食用組成物であって、ここで該組成物は、口腔内でpH緩衝作用を有する緩衝剤を含み、
ここで、該緩衝剤が、以下からなる群:
リン酸化オリゴ糖であって、該リン酸化オリゴ糖は、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカン、リン酸化オリゴ糖、もしくは、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンであり、但し、デンプンから調製されるリン酸化オリゴ糖;
から選択され、
ここで、該緩衝剤が、カルシウム塩の形態である、飲食用組成物。」
である点において一致するが、以下のa及びbの点において一応相違すると認められる。
a 本件補正発明が
「ただし該緩衝剤が、以下の(1)または(2):
(1)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカンであり、リン酸化オリゴ糖;または
(2)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンである、リン酸化オリゴ糖、
ではない、組成物であって、」
とするとともに、
「リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコールであって、該リン酸化オリゴ糖は、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカン、リン酸化オリゴ糖、もしくは、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンであり、但し、ジャガイモデンプンを除くデンプンから調製される、リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコール」
とするのに対し、引用発明1においては
「リン酸化オリゴ糖は、一般の粗製植物澱粉、好ましくは馬鈴薯の粗製澱粉などのリン酸基が多く結合した澱粉から調製され、」(注.以上、下線は当審による。)
としている点
b 口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)について、本件補正発明が、
「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.28?1.12にすることができる」と規定するのに対し、引用発明1ではかかる規定は特になされていない点
(以下、これらを「相違点a」及び「相違点b」という。)

(ウ) 相違点についての判断
a 相違点aについて
(a) 上記のように、相違点aは複雑に表現されているが、相違点aにおける実質的な相違点は、リン酸化オリゴ糖(またはその糖アルコール)について、本件補正発明が「ジャガイモデンプンを除くデンプンから調製される」とするのに対し、引用発明1は「好ましくは馬鈴薯の粗製澱粉などのリン酸基が多く結合した澱粉から調製される」とする点にあるので、相違点に対する判断を分かりやすく示すため、以下、この点について検討する。
(b)引用発明1においては「リン酸化オリゴ糖は、一般の粗製植物澱粉、好ましくは馬鈴薯の粗製澱粉などのリン酸基が多く結合した澱粉から調製され、」としているところ、この記載において言及されている「馬鈴薯の粗製澱粉」は、「一般の粗製植物澱粉」のうちの好ましい一例を単に示しているにすぎないから、引用発明1において用いられるリン酸化オリゴ糖は、馬鈴薯の粗製澱粉以外の一般の粗製植物を原料とする澱粉を原料として用いる態様を包含していることは明らかである。
このことは、刊行物1には「植物が貯蔵する澱粉の多くには、澱粉を構成するグルコースに一部リン酸基がエステル結合している。澱粉中のリン酸含有量としては微量であるが、芋類の澱粉には比較的多く、中でも馬鈴薯澱粉はリン酸基を多く含んでおり」(摘示(1-c))と、植物が貯蔵する澱粉の多くには、澱粉を構成するグルコースに一部リン酸基がエステル結合していることが記載されていることからも明らかである。
したがって、引用発明1には、リン酸化オリゴ糖がジャガイモデンプンを除くデンプンから調製される場合も包含しているので、相違点aは実質的な相違点であるとは認められない。
(c) また、原審の平成18年5月24日付け拒絶理由通知における引用文献1である特開平11-158197号公報の段落【0033】に
「以上のようにリン酸化糖は馬鈴薯澱粉より調製できるが、特に原料澱粉を限定するものではない。馬鈴薯澱粉以外にも、キャッサバ澱粉、米澱粉、食用カンナ澱粉等の植物由来の結合リン含有澱粉が好適に用いられる」
と記載されているように、リン酸化オリゴ糖(リン酸化糖)がジャガイモデンプン(馬鈴薯澱粉)を除くデンプン(例えばキャッサバ澱粉、米澱粉、食用カンナ澱粉等の植物由来の結合リン含有澱粉)から調製されることも知られているので、相違点aが実質的な相違点であるとしても、引用発明1において、「ジャガイモデンプンを除くデンプンから調製される」とすることは当業者が容易に想到し得ることである。

b 相違点bについて
(a) 刊行物1には、「実施例6」として、リン酸化糖とカルシウムとが化合物形成能を有する(摘示(1-k))ことが示されているとともに、図1(摘示(1-l))には「10%濃度リン酸化糖100μlと共に供した場合の100mM塩化カルシウム100μlの溶液(溶出液をカルシウム濃度で測定;図中●で表す)」(摘示(1-k))とした、ゲル濾過溶出パターンが示されている。
そして、図1のゲル濾過溶出パターンによると、リン酸化糖とカルシウムとの化合物形成物の濃度を示す●のピーク値は、リン酸化糖濃度が約35×10^(-2)%で、カルシウム濃度は約6mMであることが読み取れる。
ところで、刊行物1の実施例6におけるリン酸化糖とカルシウムとの化合物形成物は実施例1のリン酸化糖を用いている(摘示(1-k))ところ、実施例1のリン酸化糖は「グルコースが3個以上5個以下α-1,4結合したグルカンにリン酸基が1個結合しているリン酸化糖」を含んでいる(摘示(1-j))から、当該リン酸化糖に含まれる各成分の分子量のいくつかを計算すると、
(i) グルコースが3個でα-1,4結合したグルカンにリン酸基が1個結合しているリン酸化糖とカルシウムとの化合物形成物の場合の分子量は約624、
(ii) グルコースが5個でα-1,4結合したグルカンにリン酸基が1個結合しているリン酸化糖とカルシウムとの化合物形成物の場合の分子量は約948、
となる。
したがって、上記(i)の場合においては、リン濃度は約5.6mM(審決注.3500÷624=5.6)であるから、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)は、最大で約1.1(審決注.6÷5.6=1.1)であり、また、上記(ii)の場合においては、リン濃度は約3.7mM(審決注.3500÷948=3.7)であるから、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)は、最大で約1.6(審決注.6÷3.7=1.6)である。
そして、通常の唾液にはカルシウムが1mM、リンが3mM含有されていること、すなわち、通常の唾液中におけるリン:カルシウムのモル比(Ca/P)は約0.33(審決注.1÷3=0.33)であること、は周知である(必要なら、例えば、飯島洋一,熊谷 崇著「カリエスコントロール 脱灰と再石灰化のメカニズム」( 医歯薬出版株式会社,1999年3月10日 第1版第1刷発行),50頁の図24及び本文13?14行参照。)。
してみると、刊行物1の実施例6におけるリン酸化糖とカルシウムとの化合物形成物は、摂取された後、口腔内においてリン:カルシウムのモル比(Ca/P)が約0.33である唾液により希薄化されることを考慮すれば、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.28?1.12にすることができる」場合が引用発明1に包含されていることは明らかであるから、上記の相違点bは実質的な相違点であるとは認められない。
(b) 歯は主にハイドロキシアパタイトからなること、ハイドロキシアパタイトのリン:カルシウムのモル比(Ca/P)は1.67であること、(歯のエナメル質が脱灰された後に)唾液とエナメル質が直接反応するようになると、唾液由来のCa^(2+)、HPO_(4)^(2-)等のエナメル質内への浸潤・拡散が優勢となり、再石灰化エナメル質が形成されること、及び(カルシウム及びリンなどの)共通イオン濃度の増加は脱灰を抑制し、再石灰化を促進することになること、は周知である(それぞれ、例えば、飯島洋一,熊谷 崇著「カリエスコントロール 脱灰と再石灰化のメカニズム」( 医歯薬出版株式会社,1999年3月10日 第1版第1刷発行),30頁下から5?4行、35頁上の表5、34頁16?18行、及び36頁8?9行参照。)。
また、先に(a)で述べたように、通常の唾液中におけるリン:カルシウムのモル比(Ca/P)は約0.33(審決注.1÷3=0.33)であることも周知である。
してみると、上記の相違点bが実質的な相違点であるとしても、引用発明1における抗う蝕機能を有する飲食用組成物について、歯の脱灰を抑制し、再石灰化を促進するために、唾液中におけるカルシウム及びリンなどの共通イオン濃度を増加させるとともに、唾液中におけるリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を、歯の再石灰化を考慮して、通常の唾液中におけるリン:カルシウムのモル比(Ca/P)である約0.33から、歯の成分であるハイドロキシアパタイトのリン:カルシウムのモル比(Ca/P)である1.67に近づけることを意図して、引用発明1において、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.28?1.12にすることができる」と規定することは当業者が容易になし得ることである。
しかも、かかる規定により、本件補正発明が格別顕著な効果を奏し得たものとは認められない。

エ 小括
以上のとおり、上記各相違点は実質的な相違点であるとは認められないので、本件補正発明は、刊行物1に記載された発明(引用発明1)であるから、特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないものであり、また、仮に上記各相違点が実質的な相違点であったとしても、本件補正発明は、刊行物1に記載された発明(引用発明1)、特開平11-158197号公報に記載された発明、及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件補正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、本件補正は、平成18年改正前特許法17条の2第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するので、同法第159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。


第3 本願発明
平成18年12月12日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願発明は、平成18年7月25日付けの手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち、請求項1、5、11及び15には、以下の事項が記載されている。
「【請求項1】 抗う蝕機能を有する飲食用組成物であって、ここで該組成物は、口腔内でpH緩衝作用を有する緩衝剤を含み、ただし該緩衝剤が、以下の(1)または(2):
(1)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカンであり、リン酸化オリゴ糖;または
(2)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンである、リン酸化オリゴ糖、
ではない、組成物であって、
ここで、該緩衝剤が、以下からなる群:
リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコールであって、該リン酸化オリゴ糖は、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカン、リン酸化オリゴ糖、もしくは、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンであり、但し、ジャガイモデンプンを除くデンプンから調製される、リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコール;
コンドロイチン硫酸;
コンドロイチン硫酸オリゴ糖;
グルコース-6-リン酸;
オリゴガラクツロン酸;および
酒石酸、
から選択され、
ここで、該緩衝剤が、カルシウム塩の形態であり、
かつ、該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる、
飲食用組成物。」
「【請求項5】 抗う蝕機能を有する飲食用組成物であって、ここで該組成物は、口腔内でpH緩衝作用を有する緩衝剤と、リンカルシウム補償剤、リン製剤および/またはカルシウム製剤とを含み、ただし該緩衝剤が、以下の(1)または(2):
(1)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカンであり、リン酸化オリゴ糖;または
(2)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンである、リン酸化オリゴ糖、
ではない、組成物であって、
かつ、該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる、
組成物。」
「【請求項11】 抗う蝕機能を有する口腔用組成物であって、ここで該口腔用組成物は、口腔内でpH緩衝作用を有する緩衝剤を含み、ただし該緩衝剤が、以下の(1)または(2):
(1)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカンであり、リン酸化オリゴ糖;または
(2)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンである、リン酸化オリゴ糖、
ではない、組成物であって、
ここで、該緩衝剤が、以下からなる群:
リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコールであって、該リン酸化オリゴ糖は、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結 合しているグルカン、リン酸化オリゴ糖、もしくは、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンであり、但し、ジャガイモデンプンを除くデンプンから調製される、リン酸化オリゴ糖またはその糖アルコール;
コンドロイチン硫酸;
コンドロイチン硫酸オリゴ糖;
グルコース-6-リン酸;
オリゴガラクツロン酸;および
酒石酸、
から選択され、
ここで、該緩衝剤が、カルシウム塩の形態であり、
かつ、該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる、
飲食用組成物。」
「【請求項15】 抗う蝕機能を有する口腔用組成物であって、ここで該組成物は、口腔内でpH緩衝作用を有する緩衝剤と、リンカルシウム補償剤、リン製剤および/またはカルシウム製剤とを含み、ただし該緩衝剤が、以下の(1)または(2):
(1)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した3?5個のグルコースからなり、そして1個のリン酸基が結合しているグルカンであり、リン酸化オリゴ糖;または
(2)ジャガイモデンプンから調製され、α-1,4結合した2?8個のグルコースからなり、そして2個のリン酸基が結合しているグルカンである、リン酸化オリゴ糖、
ではない、組成物であって、
かつ、該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる、
組成物。」
(以下、請求項1、5、11及び15に記載された発明を、それぞれ「本願発明1」、「本願発明5」、「本願発明11」及び「本願発明15」といい、これらを包括して「本願発明」ということがある。)

第4 原査定の理由
原査定における拒絶の理由は、以下の点を含むものである。
「平成18年7月25日付けでした手続補正は、下記の点で願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

請求項1において、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」との記載を加えているが、当初明細書等においては、特定のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を示す組成物が記載されているのみであり、上記のようなモル比の上限値、下限値が記載されているものとは認められない。
したがって、上記補正は、新規事項を追加する補正であると言える。
同様の補正がなされた請求項5、11、15、及び、該請求項を引用する請求項2-4、6-10、12-14、16-20に係る発明についても同様である。」

第5 当審の判断
1 本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「当初明細書」という。)における、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)の値に関する記載としては、以下のものがある。
(1) 「正常な人体の場合、唾液におけるリン:カルシウムのモル比(以下、「Ca/P」と称する)と称する)は、一般的に0.25?0.67(P/Ca=1.45?3.9)であり、リンが過多に存在する(すなわち、ほぼリン3モル対カルシウム2モル?リン3.9モル対カルシウム1モル)。対して、歯の組成成分であるハイドロキシアパタイト(これは、Ca_(10)(PO_(4))_(6)(OH)_(2)で表される)におけるCa/Pは1.67(P/Ca=0.6)であり、歯のエナメル質を構成する組成物においては、Ca/Pは1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)である。従って、Ca/Pを1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)、好ましくは1.67(P/Ca=0.6)に近づけるように、緩衝剤と共に、リンおよび/またはカルシウムを供給することにより、これらの物質のハイドロキシアパタイトへの結晶化が促進できる。
・・(略)・・
ここでCa/Pの補償とは、Ca/Pを前述した実質的に1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)と近似できる範囲に維持することをいう。この場合、厳密に1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)である必要はなく、実質的にほぼ1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)と近似できる値である限り1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)を越えてもよい。
・・(略)・・
唾液中はリンが過多であるため、カルシウム製剤の添加により、Ca/Pを1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)の比率に調整する場合もまた考えられる。ヒト唾液のリン量は、3?3.5mM、カルシウム量は、0.9?2mMであるために、カルシウムが約4?5mM添加されることが好ましい。」(段落【0091】?【0093】)、
(2) 「上記リンカルシウム補償剤、リン製剤、もしくはカルシウム製剤は、Ca/Pを1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)、好ましくは1.67(P/Ca=0.6)に近づけるように、単独で、または組み合わせて、本発明の飲料用組成物および口腔用組成物中に添加され得る。」(段落【0095】)、
(3) 当初明細書の実施例3には、「各処理が終わった後、再石灰化処理後溶液のカルシウムおよびリンの濃度の分析もまた行った。溶液を、10,000gで2分間遠心処理し、上清を分析した。リンの濃度は、モリブデン酸法(新版分析化学実験(第1版)、第313?314頁、株式会社化学同人発行に記載)によって、およびカルシウムの濃度は、OCPC法(和光純薬株式会社製:「カルシウムCテストワコー」キットを用いて測定)によって決定した。この結果を表1に示す。」(段落【0132】)とした上で、「表1」に、「POsCa」(審決注.「リン酸化オリゴ糖カルシウム」のこと。)が「0.2%」、「0.07%」の場合、「Pi(mM)」は各々「1.2」、「1.2」であり、「Ca(mM)」は各々「2.66」、「1.80」であることが記載されている。(段落【0133】)、
(4) 当初明細書の実施例4には、「リン酸化オリゴ糖を使用したCa/P濃度比=1.67(P/Ca濃度比=0.6に相当する)での再石灰化効果への影響」(段落【0140】)として、「表2」(段落【0141】)に、Ca/P濃度比=1.67の比率を一定にして、カルシウムの添加濃度を変化させた表が記載されている。
また、「リン酸化オリゴ糖を使用した種々のCa/Pでの再石灰化効果への影響」として、「カルシウムとリンの濃度比を、以下の表3に示すように変化させて、上記簡易試験系を使用して、37℃で17.5時間または1週間インキュベートした(但し、表3中では、P/Caで示す)。
・・(略)・・
この結果を図6A?Cに示す(縦軸に再石灰化促進率(%)を示し、横軸にP/Caを示す)。図6Aは、リン酸化オリゴ糖塩無添加のコントロールの結果を示し、白四角は17.5時間処理を、黒菱形は、1週間処理を表す。図6Bは、リン酸化オリゴ糖ナトリウム塩の結果を示し、白三角は17.5時間処理を、黒三角は、1週間処理を表す。図6Cは、リン酸化オリゴ糖カルシウム塩の結果を示し、白丸は17.5時間処理を、黒丸は、1週間処理を表す。図6A?Cに示したように、Caを1.5mMと一定にして、リン濃度を変化させてP/Ca比を変化させた場合、リン酸化オリゴ糖のナトリウム塩およびカルシウム塩ともに、比較的効果的に再石灰化が生じると考えられた。本結果により、カルシウム塩の方が高濃度のリンにおいても安定しているとも考えられる。」(段落【0142】?【0143】)との記載とともに、「表3」(段落【0143】)には、CaCl_(2)と脱イオン水を用いた場合(No.1?5)、CaCl_(2)と2.4%POs-Naを用いた場合(No.6?10)、2.4%POs-Caと脱イオン水を用いた場合(No.11?15)に、「Y(Ca)」を「15」とし、「X(P)」を各々「9」、「18」、「27」、「36」、「45」に変化させたことが記載されている。
また、「図6C」には、横軸にP/Ca、縦軸に再石灰化促進率(%)を示した表が記載されている。
(5) 当初明細書の実施例7には、「本実施例は、再石灰化効果について、リン酸化オリゴ糖のフッ素との相乗効果を示す。」(段落【0147】)として、「表4」(段落【0149】)に「リン酸化オリゴ糖」が「0.20%」、「Ca(mM)」が「3.0」、「P(mM)」が「1.8」、及び「F(ppm)」が「0」?「1000.00」の組成のものが記載されている。
(6) 当初明細書の実施例16には、「本実施例は、リン酸化オリゴ糖を配合したチューイングガムが初期う蝕においてエナメル質の再石灰化を促進する効果を有したことを示す。」(段落【0177】)として、「また唾液中のCa/P比の変化(図19;横軸はガム咀嚼時間を示し、縦軸はCa/P比を示す)も算定した。いずれの図においても、POs Ca含有ガム(+POs Ca含有ガム)を四角で、POs Ca非含有ガム(-POsCa含有ガム)を菱形で示す。」(段落【0183】)の記載とともに、「図19」には、「咀嚼時間」が、「1分」から「20分」に経過すると、「Ca/P比」が縦軸目盛りの「1.0」?「1.5」の間から「0」?「0.5」の間にプロットされることが記載され、また、「健常な被験者12名において、POs Ca含有ガムあるいはPOs Ca非含有ガム2粒(3.0g)をそれぞれ20分間咀嚼した際の唾液Aおよび唾液Bの分析結果を以下の表9に示す。表9は、唾液容量、pH、およびミネラル含量の比較を示す。」(段落【0185】)として、「表9」(段落【0186】)には、「Ca/P」の値が、「+POs-Ca」の場合、「Asaliva」では「1.12±0.31」、「Bsaliva」では「0.28±0.08」であることが記載されている。
(7) 当初明細書の実施例18には、「本実施例は、リン酸化オリゴ糖を配合したキャンデーを摂取した際に分泌される唾液の成分分析を行った。」(段落【0195】)として、「POs-Ca」を「2.94%」配合したキャンデーを作成し、被検者に摂取させた際の分泌唾液を採取し、その上清につき、「図24」には、唾液中のカルシウム含量およびリン含量が、横軸に摂取時間(分)および左の縦軸にカルシウムまたはリン含量(mM)、そして右の縦軸にCa/P比をもってグラフが示されている。
(8) 当初明細書の実施例19には、「本実施例において、リン酸化オリゴ糖を配合するキャンデーおよびソフトキャンデーを作製し、再石灰化促進効果を検討した。」(段落【0199】)として、「表12」(段落【0202】)に、作成したソフトキャンデー及びキャンデーの抽出物におけるCa及びPのミネラル含量として、「Ca/P」の値が「Soft candy」では「2.13」、「Candy」では「2.42」であることが示されている。

2 以上の当初明細書に記載されている事項を踏まえ、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)」について、どのような数値範囲にすることが当初明細書に開示されているのかを検討すると、当初明細書に具体的かつ明示的に記載されている技術的事項、特に、
「歯の組成成分であるハイドロキシアパタイト(これは、Ca_(10)(PO_(4))_(6)(OH)_(2)で表される)におけるCa/Pは1.67(P/Ca=0.6)であり、歯のエナメル質を構成する組成物においては、Ca/Pは1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)である。従って、Ca/Pを1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)、好ましくは1.67(P/Ca=0.6)に近づけるように、緩衝剤と共に、リンおよび/またはカルシウムを供給することにより、これらの物質のハイドロキシアパタイトへの結晶化が促進できる。
・・(略)・・
ここでCa/Pの補償とは、Ca/Pを前述した実質的に1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)と近似できる範囲に維持することをいう。この場合、厳密に1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)である必要はなく、実質的にほぼ1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)と近似できる値である限り1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)を越えてもよい。
・・(略)・・
唾液中はリンが過多であるため、カルシウム製剤の添加により、Ca/Pを1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)の比率に調整する場合もまた考えられる。ヒト唾液のリン量は、3?3.5mM、カルシウム量は、0.9?2mMであるために、カルシウムが約4?5mM添加されることが好ましい。」(摘示(1))
との記載、及び
「上記リンカルシウム補償剤、リン製剤、もしくはカルシウム製剤は、Ca/Pを1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)、好ましくは1.67(P/Ca=0.6)に近づけるように、単独で、または組み合わせて、本発明の飲料用組成物および口腔用組成物中に添加され得る。」(摘示(2))
との記載からみて、本願発明においては、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)」を「1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)に近づける」という技術的事項が当初明細書に開示されていると認められる。
してみると、本願発明1、5、11及び15における「なおかつ該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項は、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関し、当初明細書に開示されている技術的事項の下限である1.0を0.4に拡大し、当初明細書に開示されている技術的事項の上限である1.67を3.0に拡大するものであるから、平成18年7月25日付けの手続補正書において、本願明細書の特許請求の範囲の請求項1、5、11及び15、並びにこれらの請求項を引用する請求項2-4、6-10、12-14、16-20について、「なおかつ該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という事項を加入する補正は、当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものというべきである。

3 ここで、出願人(請求人)は平成18年7月25日付けの意見書における「3.補正について:」の項目において、
「この補正を支持する記載は、例えば、実施例3(表1)、実施例16(図18)、実施例18(図23)、実施例19(表11)にあります。」
と主張しているので、念のため、出願人(請求人)の主張を考慮して、上記1の項目における摘示(1)?摘示(8)で指摘した記載に基づいて、本願発明における「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項、とりわけ、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲、が、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであるといえるか否かについて検討しても、当初明細書における、先に摘示(1)?摘示(8)として指摘した部分には、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項、とりわけ、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲、に関する記載はなされておらず、当初明細書のその他の部分にも、それらに関する記載ないし示唆はなされていないものと認められる。
以下、詳述する。
摘示(1)には、正常な人体の唾液におけるCa/Pは「0.25?0.67」であること、歯のエナメル質を構成する組成物においては、Ca/Pは「1.0?1.67」であるから、Ca/Pを1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)、好ましくは1.67(P/Ca=0.6)に近づけるように、リン酸化オリゴ糖と共に、リンおよび/またはカルシウムを供給することにより、これらの物質のハイドロキシアパタイトへの結晶化が促進できること、Ca/Pの補償とは、Ca/Pを前述した実質的に1.0?1.67(P/Ca=0.6?1.0)と近似できる範囲に維持することをいうこと、及び唾液中はリンが過多であるため、P/Caを「0.6?1.0」の比率に調整する場合もまた考えられること、が記載されているが、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲についての記載ないし示唆はなく、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項に関する記載ないし示唆はない。
摘示(2)には、「リンカルシウム補償剤、リン製剤、もしくはカルシウム製剤は、Ca/Pを1.0?1.67に近づける」という記載はあるが、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲についての記載ないし示唆はなく、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項に関する記載ないし示唆はない。
摘示(3)には、「表1」に、試験群として、「POsCa」が「0.2%」、「0.07%」の場合、「Pi(mM)」は各々「1.2」、「1.2」であり、「Ca(mM)」は各々「2.66」、「1.80」であることが記載されており、これらの数値からCa/Pの値を求めると、「POsCa」が「0.2%」、「0.07%」の場合は、各々「2.22」、「1.5」と計算される。しかし、これらの値から、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲を導き出すことはできず、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項を導き出すこともできない。
摘示(4)には、「表2」に、Ca/P濃度比=1.67の比率を一定にして、カルシウムの添加濃度を変化させた表が記載されているものの、Ca/Pの値については、1.67という一定の比率についてだけであるから、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲を導き出すことはできず、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項を導き出すこともできない。
また、「表3」には、CaCl_(2)と脱イオン水を用いた場合(No.1?5)、CaCl_(2)と2.4%POs-Naを用いた場合(No.6?10)、2.4%POs-Caと脱イオン水を用いた場合(No.11?15)に、「Y(Ca)」を「15」とし、「X(P)」を各々「9」、「18」、「27」、「36」、「45」に変化させたことが記載されているところ、これらの数値から、Ca/Pの値を求めると、それぞれ「1.67」、「0.83」、「0.56」、「0.42」、「0.33」と計算される。また、「図6C」にはP/Caの値が「0.6」、「1.2」、「1.8」、「2.4」、「3」の場合、すなわち、逆数であるCa/Pの値に換算すると、前述の「1.67」、「0.83」、「0.56」、「0.42」、「0.33」の場合、における再石灰化促進率の値についてのグラフが示されている。しかしながら、これらの値から、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲を導き出すことはできず、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項を導き出すこともできない。
摘示(5)には、「表4」に「リン酸化オリゴ糖」が「0.20%」、「Ca(mM)」が「3.0」、「P(mM)」が「1.8」の組成のものが記載されており、この数値からCa/Pの値を求めると、「約1.67」と計算されるが、この値から、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲を導き出すことはできず、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項を導き出すこともできない。
摘示(6)には、「図19」として、リン酸化オリゴ糖のカルシウム塩(POs Ca)を含有するガムを咀嚼した際の「Ca/P比」と「咀嚼時間(分)」との関係について記載されているものの、示されている値(中心値)は最小値が約0.3で最大値が約1.3であるから、これらの値から、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲を導き出すことはできず、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項を導き出すこともできない。
また、「表9」には、「Ca/P」が「+POs-Ca」の場合、「Asaliva」では、「1.12±0.31」、「Bsaliva」では、「0.28±0.08」であることが記載されているが、これらの値から、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲を導き出すことはできず、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項を導き出すこともできない。
摘示(7)には、「POs-Ca」を「2.94%」配合したキャンデーを作成し、被検者に摂取させた際の分泌唾液を採取し、その上清についての「Ca/P比」が「図24」に示されているが、示されている値は最大値が約0.8で最小値が約0.5であるから、これらの値から、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲を導き出すことはできず、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項を導き出すこともできない。
摘示(8)には、「表12」に、「Ca/P」の値が「Soft candy」では「2.13」、「Candy」では「2.42」と記載されているが、これらの値から、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲を導き出すことはできず、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項を導き出すこともできない。
そして、当初明細書における、摘示(1)?摘示(8)で指摘した記載やその他の記載を併せて考慮しても、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲を導き出すことはできず、当然、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項を導き出すこともできない。

4 以上のとおり、当初明細書における、上記1の項目における摘示(1)?摘示(8)として指摘した部分には、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項、とりわけ、リン:カルシウムのモル比(Ca/P)に関する「0.4?3.0」という特定の数値範囲、に関する記載ないし示唆はなされておらず、当初明細書のその他の部分を含め総合的に検討しても、「該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」ことに関する記載ないし示唆はなされていない。
してみると、結局、本願発明1、5、11及び15における「なおかつ該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という発明特定事項は、当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものというべきであるから、平成18年7月25日付けの手続補正書において、本願明細書の特許請求の範囲の請求項1、5、11及び15、並びにこれらの請求項を引用する請求項2-4、6-10、12-14、16-20について、「なおかつ該組成物を摂食することにより、口腔内における唾液中のリン:カルシウムのモル比(Ca/P)を0.4?3.0にすることができる」という事項を加入する補正は、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものでないので、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

第6 むすび
したがって、平成18年7月25日付けでした手続補正は、当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものではない事項を包含しているから、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないので、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-10-20 
結審通知日 2009-10-21 
審決日 2009-11-09 
出願番号 特願2002-55110(P2002-55110)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (A23L)
P 1 8・ 575- Z (A23L)
P 1 8・ 55- Z (A23L)
P 1 8・ 121- Z (A23L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 飯室 里美  
特許庁審判長 唐木 以知良
特許庁審判官 西川 和子
松本 直子
発明の名称 抗う蝕機能を有する組成物  
代理人 安村 高明  
代理人 山本 秀策  
代理人 森下 夏樹  

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