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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20056282 審決 特許
不服200627219 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1214181
審判番号 不服2007-21692  
総通号数 125 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-05-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-08-06 
確定日 2010-03-31 
事件の表示 平成 7年特許願第528507号「密度増強タンパク質チロシンホスファターゼ」拒絶査定不服審判事件〔平成 7年11月 9日国際公開、WO95/30008、平成 9年 1月28日国内公表、特表平 9-500794〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は,1995年5月3日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 1994年5月3日,米国)を国際出願日とする国際出願であって,平成19年3月15日付で特許請求の範囲について手続補正がなされ,同年4月25日付で拒絶査定がなされ,これに対して同年8月6日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに,同年9月3日付で特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。

2.平成19年9月3日付の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成19年9月3日付の手続補正を却下する。
[理由]
(1)補正後の本願発明
本件補正により,特許請求の範囲の請求項1は,
「チロシンリン酸化基質を脱リン酸化するヒトIII型受容体様密度増強タンパク質-1チロシンホスファターゼポリペプチドをコードする単離したポリヌクレオチド,すなわち,配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドの単離されたアンチセンス鎖に対して,40mM Na_(2)HPO_(4),1%SDSおよび1mM EDTAを含有する緩衝液中で,65℃にて,ハイブリダイゼーションする,ことを特徴とするポリヌクレオチド。」から
「チロシンリン酸化基質を脱リン酸化し,かつ細胞の生育を促進するプロテインキナーゼ活性を阻害するヒトIII型受容体様密度増強タンパク質-1チロシンホスファターゼポリペプチドをコードする単離したポリヌクレオチド,すなわち,配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドの単離されたアンチセンス鎖に対して,40mM Na_(2)HPO_(4),1%SDSおよび1mM EDTAを含有する緩衝液中で,65℃にて,ハイブリダイゼーションする,ことを特徴とするポリヌクレオチド。」へと補正された。

(2)新規事項について
請求人は,補正後の請求項に記載された「細胞の生育を促進するプロテインキナーゼ活性を阻害する」点について,その補正の根拠として,「平成7年12月29日に提出した明細書の翻訳文(以下,「当初明細書」と称する)の第27頁第18?25行目の記載」を挙げている(平成19年9月3日付手続補正書により補正された審判請求書の請求の理由の【本願発明が特許されるべき理由】の第3段落)。
しかし,該当箇所には,本願発明に係るヒトIII型受容体様密度増強タンパク質-1チロシンホスファターゼポリペプチド(以下,「huDEP-1」という。)が「細胞の生育を促進するプロテインキナーゼ活性を阻害する」ことを示す結果が具体的に記載されておらず,「huDEP-1が,生育を促進するPTK活性の効果とは反対に,タンパク質の正味の(net)脱リン酸化の促進に関与することが示唆される。」及び「huDEP-1が細胞生育の接触阻害についての一般的な機構に関与するかもしれないことが示唆される。」と記載されているのみである。そして,その根拠とされているのは,「2つの別個の細胞系において,細胞が周密状態に近づくにつれて発現が誘導されるという実証がなされた」こと及び「huDEP-1発現の広範な分布」にすぎず,huDEP-1がどのタンパク質を脱リン酸化するのかは確認されていない。そして,生育中の細胞では多様なタンパク質のリン酸化と脱リン酸化が行われており,「細胞の生育を促進するプロテインキナーゼ」とhuDEP-1が共通のタンパク質に作用するのかどうかも明らかにされていなため,huDEP-1が「細胞の生育を促進するプロテインキナーゼ活性を阻害する」と推認することはできない。
よって,本願の出願当初の明細書又は図面に,huDEP-1が「細胞の生育を促進するプロテインキナーゼ活性を阻害する」ことが記載されているとも,その記載から自明であるともいうことはできない。

2.(3)独立特許要件について
また,仮に,この補正が,新規事項の追加に当たらないとした場合,すなわち,「細胞の生育を促進するプロテインキナーゼ活性を阻害する」点を付加することが限定的減縮に相当するとした場合であっても,補正後の請求項1に記載された発明(以下,「本願補正発明1」という。)は,以下のとおり,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(3-1)特許法第36条第4項
化学物質発明の本質が,新規で有用な化学物質の提供にあることを鑑みれば,本願補正発明1を当業者が容易に実施すること,すなわち,当該発明に係る物質を製造し,かつ,使用することができるためには,本願明細書中にその「有用性」が明らかにされていなければならない。
そこで,本願補正発明1の「ポリヌクレオチド」の有用性について検討する。
なお,本願補正発明1の「ポリヌクレオチド」のような化学物質発明については,平成17年10月19日に言い渡された知財高裁平成17年(行ケ)第10013号判決においても,下記のように判示されている。
「一般に,化学物質の発明は,新規で,産業上利用できる化学物質(すなわち有用性のある化学物質)を提供することにその本質があると解され,その化学物質が遺伝子等の,元来,自然界に存在する物質である場合には,単に存在を明らかにした,確認したというだけでは発見にとどまるものであり,自然界に存在した状態から分離し,一定の加工を加えたとしても,物の発明としては,いまだ産業上利用できる化学物質を提供したとはいえないものというべきであり,その有用性が明らかにされ,従来技術にない新たな技術的視点が加えられることで,初めて産業上利用できる発明として成立したものと認められるものと解すべきである。
そして,遺伝子関連の化学物質発明においてその有用性が明らかにされる必要があることは,明細書の発明の詳細な説明の記載要領を規定した特許法旧36条4項実施可能要件についても同様である。なぜならば,当業者が,当該化学物質の発明を実施するためには,出願当時の技術常識に基づいて,その発明に係る物質を製造することができ,かつ,これを使用することができなければならないところ,発明の詳細な説明中に有用性が明らかにされていなければ,当該発明に係る物質を使用することはできず,したがって,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に,発明の詳細な説明に記載する必要があるからである。」

(3-1-1)本願補正発明1を使用することができるように記載されているかどうかについて
本願の発明の詳細な説明には,本願補正発明1の「ポリヌクレオチド」がコードするポリペプチドhuDEP-1に関し,cDNAをクローニングしたこと(実施例1),mRNAの組織分布のノザン分析を行ったこと(実施例2),ポリクローナル抗体を作製したこと(実施例3),トランスフェクトした宿主細胞により発現させた組換えタンパク質のタンパク質チロシンホスファターゼ活性を確認したこと(実施例4),種々の細胞株における発現を確認したこと(実施例5),飽和密度にある細胞において最も高い発現が認められたが,散在培養細胞に対して中等度の細胞密度でも発現の増大が観察されたこと,発現のみでなく酵素活性も集密細胞培養において増大していたこと(実施例6)が記載されている。
しかし,これらの記載および本願出願時の技術常識を勘案しても,当該タンパク質にタンパク質チロシンホスファターゼ活性があり,集密培養において高発現するというだけのわずかな事実から,請求項1に係る「ポリヌクレオチド」をどのような用途に使用することができるのか当業者が具体的に認識することができるとは認められない。
一方,請求人は,平成19年9月3日付審判請求書の補正書において,
1)「本願実施例1において実証しておりますように,ヒトDEP-1とは,タンパク質チロシンホスファターゼであり,このものは,細胞の成長および分化,細胞周期の進行,および細胞骨格の機能を包含する基本的な細胞のプロセスを制御するシグナルトランスダクション経路(当初明細書の第1頁第14?17行目を御参照下さい)に関与する酵素でございます。」
2)「また,本願実施例6において実証しております通り,培養の進行に伴って細胞が密集状態に近づくにつれて,細胞内でヒトDEP-1の発現が誘発され,つまりは,細胞成長の接触阻害にヒトDEP-1が関与していることも示唆されております。」
3)「ところで,タンパク質チロシンキナーゼが,細胞の成長を促すことは,本願明細書で言及している通りであり,また,当該技術分野で周知の事項でもあります。そして,チロシンホスファターゼ活性に関する非特異的な阻害剤であるバナジウム酸塩で細胞を処理したところ,ホスファターゼ活性の阻害剤が,密度依存性の成長阻害を抑制し,また,形質転換細胞において特徴的な足場非依存性の細胞増殖を促すことも実証されております(当初明細書の第6頁第9?28行目を御参照下さい)。つまり,このような形質転換細胞は,ホスフォチロシンの上昇に寄与するものに他ならず,実際のところ,タンパク質チロシンホスファターゼの同定および利用が,潜在的な治療学上の価値を有することも指摘されております(当初明細書の第5頁第18行目?第6頁第8行目を御参照下さい)」
4)「本願で特許請求している物質および方法とは,その活性を改変(例えば,阻害または刺激)することが可能な未知の(新規の)タンパク質チロシンホスファターゼを提供するためのものであって,これらは,細胞の不正常な成長を抑制する細胞プロセスに影響を与える作用効果を以てして医療分野で貢献することを意図しているのであります。本願発明にしたがって,ヒトDEP-1ポリペプチドおよびその変異体を同定し,またそれらの特性を明らかにすることによって,制御不能な細胞の増殖および成長に起因する疾患の治療のために利用される治療用分子を開発する上で有用な細胞標的として利用可能な新規の酵素が提供されるのでございます。」
と主張している。
上記主張1)?4)について,検討する。
そもそも,本願出願前,タンパク質チロシンホスファターゼは,細胞の分裂,増殖,分化等に係わるタンパク質として,30種類程度が知られていたタンパク質ファミリーであり,このように多数種が存在するタンパク質チロシンホスファターゼの活性は,非特異的なタンパク質の脱リン酸化を避けるために高度に制御されていなければならないと考えられていた(要すれば,参考文献として挙げるTrends Biochem. Sci.,1994 Apr,19(4),p.151-155,p.151左欄参照。)。
これは,タンパク質チロシンホスファターゼが,それぞれ異なるタンパク質に特異的に作用し,様々な機能を奏するものとして認識されていたことを意味すると認められる。
してみると,huDEP-1がタンパク質チロシンホスファターゼに属するタンパク質であることが判明しても,それだけでは,huDEP-1が,細胞の分裂,増殖,分化等に係わるタンパク質である可能性があるという程度のことが想定されるに過ぎず,huDEP-1がどのタンパク質を脱リン酸化するのか,そして細胞の分裂,増殖,分化等において,具体的にいかなる特定の機能を果たすものであるかを当業者が理解することができるとは認められない。
したがって,タンパク質チロシンホスファターゼに係る一般的な記載,あるいは,huDEP-1が奏する特定の機能と直接関連するか否か不明である先行技術のバナジウム酸塩に係る実験結果を基とする主張1)及び3)は,huDEP-1の具体的な用途を特定するための根拠として不十分であり,採用することはできない。
また,主張2)については,本願実施例6の結果は,本願出願人自身が「huDEP-1が細胞生育の接触阻害について一般的な機構に関与するかもしれないことが示唆される」と述べたに留まるとおり,huDEP-1に関する今後の研究の方向性を示唆する事項が導き出された程度に過ぎないものであって,当該結果をもって,当業者がhuDEP-1をいかなる具体的な用途において,どのようにこれを使用することができるのか,当業者が理解できるとは認められない。
よって,主張2)も採用することはできない。
主張4)についても,「huDEP-1が,生育を促進するPTK活性の効果とは反対に,タンパク質の正味の(net)脱リン酸化の促進に関与することが示唆される。」及び「huDEP-1が細胞生育の接触阻害についての一般的な機構に関与するかもしれないことが示唆される。」という発明の詳細な説明の記載からは,制御不能な細胞の増殖および成長に起因する疾患の治療のために利用される治療用分子を開発する上で有用な細胞標的として利用できる可能性があるという程度のことが想定されるに過ぎず,huDEP-1がどのタンパク質を脱リン酸化するのか,そして細胞の分裂,増殖,分化等において,具体的にいかなる特定の機能を果たすものであるかが明らかにされていない以上,具体的な用途が特定されているとはいえない。
よって,主張4)も採用することはできない。
してみれば,本願の発明の詳細な説明には,当業者がhuDEP-1を使用できるように,発明の目的,構成及び効果が記載されていない。
そして,本願補正発明1の「ポリヌクレオチド」について,ポリペプチドhuDEP-1をコードする以外に,技術的に意味のある特定の用途が推認できるような機能は,開示されていない。
よって,本願の発明の詳細な説明には,本願補正発明1の「ポリヌクレオチド」を使用することができるように,発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえない。

(3-1-2)本願補正発明1を製造することができるように記載されているかどうかについて
本願補正発明1のポリヌクレオチドは,「配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドの単離されたアンチセンス鎖に対して,40mM Na_(2)HPO_(4),1%SDSおよび1mM EDTAを含有する緩衝液中で,65℃にて,ハイブリダイゼーションする」ポリヌクレオチドである。ここで,「配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドの単離されたアンチセンス鎖」(長さ5117塩基,GC含量50%)とハイブリダイズしうる核酸の同一性は,一般的に用いられる以下の式(必要であれば,Sambrook & Russell, Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 3rd. Ed., 2001, Vol.2, 10.47, 式(3)等参照)に基づき計算すると,以下のとおりとなる:
Tm =81.5℃+16.6×log([Na^(+)]/{1+0.7[Na^(+)]})+0.41(%GC)-0.63(%formamide)-500/L-P
=81.5℃+16.6×(-0.97)+0.41×50-0.63×0-500/5117-P
=85.8℃-P (Pはミスマッチによる修正:1%につき1℃)
当該温度条件(65℃)においてハイブリダイズしうる核酸の同一性(%)は,
100% - P = 100% - (85.8 -65)=79.2%
ここで,79.2%程度の配列同一性を有するポリヌクレオチドがコードするポリペプチドは,もとのポリペプチドが有する機能を喪失している蓋然性が高い。よって,そのような機能を喪失しているポリペプチドをコードする多数のポリヌクレオチドの中から,もとのポリペプチドが有する機能を維持しているポリペプチドをコードしているポリヌクレオチドを選択するためには,当業者といえども過度の試行錯誤を要する。
よって,本願の発明の詳細な説明には,本願補正発明1の「ポリヌクレオチド」を製造することができるように,発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえない。

(3-2)特許法第36条第5項第2号及び第6項
請求項1に「すなわち,」と記載されており,ここで「すなわち」は,前述の事項を後述の事項で言い換えることを意味していると認められるから,本願補正発明1のポリヌクレオチドは,「チロシンリン酸化基質を脱リン酸化し,かつ細胞の生育を促進するプロテインキナーゼ活性を阻害するヒトIII型受容体様密度増強タンパク質-1チロシンホスファターゼポリペプチドをコードする単離したポリヌクレオチド,」であり,「配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドの単離されたアンチセンス鎖に対して,40mM Na_(2)HPO_(4),1%SDSおよび1mM EDTAを含有する緩衝液中で,65℃にて,ハイブリダイゼーションする,ことを特徴とするポリヌクレオチド」である。
しかし,(3-1-2)で述べたとおり,「配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドの単離されたアンチセンス鎖に対して,40mM Na_(2)HPO_(4),1%SDSおよび1mM EDTAを含有する緩衝液中で,65℃にて,ハイブリダイゼーションする,ことを特徴とするポリヌクレオチド」は,もとのポリペプチドが有する機能を喪失している蓋然性が高く,ヒトIII型受容体様密度増強タンパク質-1チロシンホスファターゼポリペプチドをコードしていないものが大部分である。
よって,「すなわち」という語を用いていることから,「配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドの単離されたアンチセンス鎖に対して,40mM Na_(2)HPO_(4),1%SDSおよび1mM EDTAを含有する緩衝液中で,65℃にて,ハイブリダイゼーションする,ことを特徴とするポリヌクレオチド」であれば,ヒトIII型受容体様密度増強タンパク質-1チロシンホスファターゼポリペプチドをコードしていると解される請求項1の記載は,技術的に整合しておらず,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものでない。

(3-3)小括
以上のとおり,本願の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に本願補正発明1の実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されておらず,また,請求項1は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものでないので,本願は特許法第36条第4項,第5項第2号及び第6項に規定する要件を満たしておらず,特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(4)むすび
以上のことから,本件補正は新規事項を含むので,平成6年法律第116号改正附則第6条によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第2項において準用する同法17条第2項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
また,仮に,本件補正が,同法17条第2項の規定に違反せず,限定的減縮に該当するとした場合であっても,本願補正発明1は,特許法第36条第4項,第5項第2号及び第6項に規定する要件を満たしておらず,特許を受けることができないので,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反し,かつ,他の目的にも該当しないので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について
平成19年9月3日付の手続補正は上記のとおり却下されたので,本出願に係る発明は,平成19年3月15日付の手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて,その請求項1-36に記載された事項により特定されるものである。
そのうち,請求項1に係る発明(以下,「本願発明1」という。)は,以下のとおりである。
「チロシンリン酸化基質を脱リン酸化するヒトIII型受容体様密度増強タンパク質-1チロシンホスファターゼポリペプチドをコードする単離したポリヌクレオチド,すなわち,配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドの単離されたアンチセンス鎖に対して,40mM Na_(2)HPO_(4),1%SDSおよび1mM EDTAを含有する緩衝液中で,65℃にて,ハイブリダイゼーションする,ことを特徴とするポリヌクレオチド。」

4.原査定の理由
一方,原査定の拒絶の理由1.は以下のとおりであり,本願は特許法第36条第4項(平成6年改正前の特許法。以下同様)に規定する要件を満たしていないというものである。
「請求項1に係る「ヒトIII型受容体様密度増強タンパク質-1チロシンホスファターゼ(huDEP-1)ポリペプチドをコードする単離したポリヌクレオチド」について,発明の詳細な説明において具体的に記載されたのは,HeLa細胞のcDNAライブラリーから,既知の多くのホスファターゼに共通の保存されたアミノ酸配列に基づいて作製されたPCRプライマーを用いて,本願配列番号1に示される塩基配列からなるDNAを取得して,当該DNAにコードされるタンパク質の推定アミノ酸配列を決定したこと,当該タンパク質がタンパク質チロシンホスファターゼ活性を有すること(ただし,生体内における対象基質は明らかでない。),および集密培養において,当該タンパク質発現が増大することのみである。
そして,本願明細書の記載および本出願時の技術常識を勘案しても,当該タンパク質にタンパク質チロシンホスファターゼ活性があり,集密培養において高発現するというだけのわずかな事実から,請求項1に係る「ポリヌクレオチド」をどのような用途に使用することができるのか当業者が具体的に認識することができるとは認められない。
よって,本願の発明の詳細な説明は当業者が請求項1に係る発明を技術的に意味のある特定の用途に使用することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。」,及び
「平成19年3月15日付けの意見書において,本願出願人は,
1)本願発明に係る「ヒトIII型受容体様密度増強タンパク質-1チロシンホスファターゼ」と称するタンパク質が,「チロシンリン酸化基質を脱リン酸化」する作用を有すること
2)当該タンパク質が願書に最初に添付された明細書(以下,当初明細書という。)第1頁第14-17行で言及するように,成長および分化,細胞周期の進行,及び細胞骨格機能などの基本的な細胞プロセスを制御するシグナルトランスダクション経路に関与する酵素であること
3)当初明細書第5頁第18行-第6頁第8行における,形質転換細胞においてホスホチロシンのレベルが実際に増大しているとの記載を鑑みれば,タンパク質チロシンホスファターゼを同定および利用することが,治療目的の用途において有用であることは明らかであること
4)本願発明に係る当該タンパク質は,培養時の細胞の集密度が高まるにつれて発現が誘発されるものであり,このことは当該タンパク質が,細胞成長の接触阻害に関与することを指し示すものであること
を述べている。
上記1)-3)は,数多く存在するタンパク質チロシンホスファターゼに関する一般的な作用,生体内における機能,および期待される利用の方向性を述べたものに過ぎない。また,上記4)については,当該結果から,本願実施例6における「huDEP-1が細胞生育の接触阻害についての一般的な機構に関与するかもしれないことが示唆される」なる記載のごとく,当該タンパク質に関する今後の研究の方向性を示唆する程度の事項しか導き出されていない。
そして,本願発明に係るタンパク質については,一般的なアッセイによってタンパク質チロシンホスファターゼであることが確認されただけであって,具体的にいかなる「シグナルトランスダクション経路」において,どのタンパク質と相互作用し,その結果,具体的にどのような生理作用を引き起こすものであるのか全く不明であるから,本願明細書に開示された事項が学術上意味のある知見であることは認められるとしても,本願明細書の記載から,当該タンパク質を産業上の技術的に意味のある特定の用途において具体的にどのように用いることができるかを当業者が把握できるとは到底認められない。」

5.当審の判断
2.(3-1-1)で述べたとおり,本願の発明の詳細な説明には,当業者がhuDEP-1を使用できるように,発明の目的,構成及び効果が記載されていない。
そして,請求項1に記載の「ポリヌクレオチド」について,ポリペプチドhuDEP-1をコードする以外に,技術的に意味のある特定の用途が推認できるような機能は,開示されていない。
よって,本願の発明の詳細な説明には,請求項1に記載の「ポリヌクレオチド」の発明の実施をすることができるように,発明の目的,構成及び効果が記載されているとはいえない。

6.むすび
したがって,本願は,請求項1に係る発明について,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないので,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶をすべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-10-21 
結審通知日 2009-10-27 
審決日 2009-11-17 
出願番号 特願平7-528507
審決分類 P 1 8・ 561- WZ (C12N)
P 1 8・ 575- WZ (C12N)
P 1 8・ 531- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 渡邉 潤也  
特許庁審判長 鈴木 恵理子
特許庁審判官 鵜飼 健
深草 亜子
発明の名称 密度増強タンパク質チロシンホスファターゼ  
代理人 角田 嘉宏  

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