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審決分類 |
審判 査定不服 産業上利用性 特許、登録しない。 C12N 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C12N 審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 C12N |
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管理番号 | 1216062 |
審判番号 | 不服2007-11663 |
総通号数 | 126 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2010-06-25 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2007-04-23 |
確定日 | 2010-05-06 |
事件の表示 | 特願2003-569844「動脈硬化特異的遺伝子とその利用」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 8月28日国際公開、WO03/70951〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯・本願発明 本願は,特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成15年2月21日(優先日,平成14年2月21日)を国際出願日とするものであって,平成19年3月16日に拒絶査定がされ,これに対して,平成19年4月23日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに,平成19年5月23日付で明細書について手続補正がなされたものである。 第2 平成19年5月23日付の手続補正についての補正却下の決定 [補正却下の決定の結論] 平成19年5月23日付の手続補正を却下する。 [理由] (1)平成19年5月23日付手続補正(以下,「本件補正」という。) 本件補正により,本願明細書段落番号【0059】は,平成18年12月8日付で補正がなされた, 「【0059】 ホモロジー検索の結果,クローンF277は,近似の遺伝子が報告されていない全く新規な遺伝子であることが確認された。また,クローンH2Aは,「正常」マウス全遺伝子データーベース検索によりヒットした相同遺伝子とC末端側のアミノ酸34個が全く相違している新規な遺伝子であることが確認された。 【0059】 (実施例2)「AK002873」(配列表の配列番号5)及び「NM_0032374」(配列表の配列番号7)遺伝子のクローニング及び同定 正常なヒト及びマウスの心臓cDNAライブラリーから,実施例1と同様にして,該細胞において発現し,かつ動脈硬化症において発現している実施例1の遺伝子と相同な遺伝子をクローニングし,同定した。該遺伝子を,一つは「AK002873」(配列表の配列番号5)と,及び他の一つは「NM_0032374」(配列表の配列番号7)と命名し,該遺伝子の構造を同配列表に示した。この実施例で取得したAK002873(健常マウス由来)及びNM_0032374(健常ヒト由来)遺伝子と,実施例1で取得したH2A(動脈硬化症発症マウス由来)遺伝子がコードするアミノ酸配列の対比を,図4に示す。」より, 「【0059】 ホモロジー検索の結果,クローンF277は,近似の遺伝子が報告されていない全く新規な遺伝子であることが確認された。また,クローンH2Aは,「正常」マウス全遺伝子データーベース検索によりヒットした相同遺伝子とC末端側のアミノ酸34個が全く相違している新規な遺伝子であることが確認された。 (実施例2) 「AK002873」(配列表の配列番号5)及び「NM_0032374」(配列表の配列番号7)遺伝子のクローニング及び同定 正常なヒト及びマウスの心臓cDNAライブラリーから,実施例1と同様にして,該細胞において発現し,かつ動脈硬化症において発現している実施例1の遺伝子と相同な遺伝子をクローニングし,同定した。該遺伝子を,一つは「AK002873」(配列表の配列番号5)と,及び他の一つは「NM_0032374」(配列表の配列番号7)と命名し,該遺伝子の構造を同配列表に示した。この実施例で取得したAK002873(健常マウス由来)及びNM_0032374(健常ヒト由来)遺伝子と,実施例1で取得したH2A(動脈硬化症発症マウス由来)遺伝子がコードするアミノ酸配列の対比を,図4に示す。AK002873(配列表の配列番号5)及びNM_0032374(配列表の配列番号7)の遺伝子は,正常の平滑筋細胞で発現し,かつ,動脈硬化症の病巣において発現しているが,正常の平滑筋細胞での発現は,極わずかであり,動脈硬化症の病巣において,その発現が亢進している。」と,補正された。 本件補正により,2つ重複して存在した段落番号【0059】の各々の記載内容を,一つの【0059】としてまとめるとともに,「・・・遺伝子がコードするアミノ酸配列の対比を,図4に示す。」の記載の後に, 「AK002873(配列表の配列番号5)及びNM_0032374(配列表の配列番号7)の遺伝子は,正常の平滑筋細胞で発現し,かつ,動脈硬化症の病巣において発現しているが,正常の平滑筋細胞での発現は,極わずかであり,動脈硬化症の病巣において,その発現が亢進している。」 という記載が追加された。 (2)新規事項について 請求人は,補正後の本願明細書段落番号【0059】に記載された,AK002873(配列表の配列番号5)及びNM_0032374(配列表の配列番号7)の遺伝子が,「正常の平滑筋細胞で発現し,かつ,動脈硬化症の病巣において発現しているが,正常の平滑筋細胞での発現は,極わずかであり,動脈硬化症の病巣において,その発現が亢進している。」点について,その補正の根拠として,本願明細書段落番号【0012】?【0014】における記載を挙げている(平成21年11月17日付審判審尋に対する平成22年1月18日付回答書におけるII.1.3))。 しかし,該当箇所には,動脈硬化の自然発症モデルであるApoEノックアウトマウスの動脈硬化プラーク及び正常部分よりそれぞれ培養平滑筋細胞を作製し,ディファレンシャル・ディスプレイ(Differential Display)法によって遺伝子発現を比較した結果,VIII型コラーゲン遺伝子に加え,「F227」(配列表の配列番号1)及び「H2A」(配列表の配列番号3)と命名する,今まで知られていない未知の遺伝子が存在することが確認されたこと,また,マウス及びヒトの正常な組織からは,該組織において発現している上記遺伝子に相同の遺伝子の「AK002873」(配列表の配列番号5)と「NM_0032374」(配列表の配列番号7)をクローニングしてその構造を決定したことが記載されているだけである。 すなわち,上記AK002873及びNM_0032374の遺伝子は,正常の平滑筋細胞よりクローニングされたことまでは記載されているものの,これに加えて,上記両遺伝子の正常の平滑筋細胞における発現の程度,及び,動脈硬化症の病巣における上記両遺伝子の発現の有無に係る事項である,「動脈硬化症の病巣において発現しているが,正常の平滑筋細胞での発現は,極わずかであり,動脈硬化症の病巣において,その発現が亢進している」ものであることを,確認したことについては全く記載されていない。 そして,当該箇所以外の本願明細書及び図面における全ての記載を詳細に検討しても,正常平滑筋細胞に由来する上記両遺伝子が,「動脈硬化症の病巣において発現しているが,正常の平滑筋細胞での発現は,極わずかであり,動脈硬化症の病巣において,その発現が亢進している」ものであることは確認されていない。また,そのことが,自明の事項であるともいえない。 よって,AK002873及びNM_0032374の遺伝子が,「動脈硬化症の病巣において発現しているが,正常の平滑筋細胞での発現は,極わずかであり,動脈硬化症の病巣において,その発現が亢進している」ものであることを追加する本件補正は,本願発明に係る配列番号5及び7のDNAの機能に関連する情報を追加するものであり,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものといわざるを得ない。 (3)むすび 以上のことから,本件補正は新規事項を含むものであり,平成6年法律第116号改正附則第6条によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第2項において準用する同法17条第2項の規定に違反するもので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 第3 本願発明について 平成19年5月23日付の手続補正は上記のとおり却下されたので,本願に係る発明は,平成18年12月8日付の手続補正により補正された明細書の記載からみて,その請求項1?33に記載された事項により特定されるものである。 そのうち,請求項1,2及び31は,以下のように記載されている。 「【請求項1】 配列表の配列番号1、配列表の配列番号3、配列表の配列番号5及び配列表の配列番号7のいずれかに示される塩基配列若しくはその相補的配列又はこれらの配列を含む配列からなることを特徴とするDNA。」 「【請求項2】 請求項1記載のDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし,かつ動脈硬化症において発現しているポリペプチドをコードすることを特徴とするDNA。」(以下,「本願発明2」という。) 「【請求項31】 動脈平滑筋細胞に,請求項1記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし,かつ動脈平滑筋細胞における該請求項1記載の塩基配列からなる遺伝子の発現を抑制するアンチセンスオリゴヌクレオチドを導入し,動脈平滑筋細胞における請求項1記載の塩基配列からなる遺伝子の発現を抑制することを特徴とする動脈硬化を発症する動脈平滑筋細胞の改変方法。」(以下,「本願発明31」という。) 第4 原査定の理由 1. 理由4(特許法第36条第4項第1号)について 一方,原査定の拒絶の理由4(2)は,以下のとおりであり,本願は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないというものである。 「請求項2には,請求項1記載のDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし,かつ動脈硬化症において発現しているポリペプチドをコードするDNAの発明が記載されている。 しかしながら,『動脈硬化症において発現しているポリペプチドをコードする』という記載では,該DNAの機能を十分に特定しているとは認められず,また,どのようなポリペプチドが『動脈硬化症において発現している』かについても具体的に示されていないため,請求項2に係る発明の『DNA』を,当業者が容易に製造することができるとは認められない。 よって,この出願の発明の詳細な説明は,当業者が請求項2に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。」,及び, 「本願出願人は,平成18年12月8日付意見書において,『請求項2の特定は,請求項1記載のDNAと「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし」というように構造的に極めて類似し,しかも「動脈硬化症において発現しているポリペプチドをコードするDNA」を,機能的に特定しているもので,このような発明の特定方法は,特許庁の審査基準においても許容されているものであると思料します。』と主張している。 しかしながら,『動脈硬化症において発現している』という記載では,該ポリペプチドが『存在する場所』を示しているに過ぎず,該ポリペプチドが有している『機能』が,十分に特定して記載されているとは認められない。」 2. 理由2(特許法第29条第1項柱書)について また,原査定の拒絶の理由2は以下のとおりであり,本願は特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていないというものである。 「請求項31?33に係る発明には,in vitroで行うことが明記されていないため,依然として,ヒトの治療方法が包含されているものと認められ,請求項31?33に係る発明は,産業上利用することができる発明に該当しない。」 第5 当審の判断 1. 理由4(2)(特許法第36条第4項第1号)について 当業者が,遺伝子関連の化学物質の発明を実施するためには,出願当時の技術常識に基づいて,その発明に係る物質を製造することができ,かつ,これを使用することができなければならないところ,発明の詳細な説明中に有用性が明らかにされていなければ,当該発明に係る物質を使用することはできず,したがって,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に,発明の詳細な説明に記載したことにならないから,明細書の発明の詳細な説明の記載要領を規定した特許法第36条第4項第1号の実施可能要件を満たすためには,当該化学物質発明についてその有用性,すなわち,技術的に意味のある特定の用途が推認できる化学物質の機能が明らかにされる必要がある。 そこで,以下に,本願発明2のDNAの有用性が明らかであるか検討する。 (1)本願明細書の記載 本願明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある(下線は,合議体による。)。 a. 「本発明者は,上記課題を解決すべく鋭意研究の結果,アポリポタンパクE(ApoE)欠損マウス(アポEノックアウトマウス)の動脈硬化症の病巣細胞から,該細胞において特異的に発現している遺伝子をクローニングし,更に,マウス及びヒトの正常な血管平滑筋細胞において発現している該遺伝子に相同の遺伝子をクローニングして本発明を完成するに至った。 即ち,今回本発明者は,正常および動脈硬化巣よりそれぞれ培養平滑筋細胞を作製し比較検討を行った。実験材料として,動脈硬化の自然発症モデルであるApoEのノックアウトマウスから胸部大動脈を摘出し,動脈硬化プラークおよび正常部分より移植片培養により培養平滑筋細胞を作製した。・・・ 一方ディファレンシャル・ディスプレイ(Differential Display)法によって遺伝子発現を比較した結果,数種類の遺伝子において発現の差がみられた。遺伝子配列を調べた結果それらの一つはVIII型コラーゲンであり,動脈硬化平滑筋細胞において発現が亢進していた。VIII型コラーゲンの発現亢進はin vivoにおいても確認された。 そして,発現が亢進している遺伝子について同定を行った結果,発現が亢進している遺伝子の中に,今まで知られていない未知の遺伝子が存在することが確認された。これらの新規遺伝子をクローニングして,その構造を決定し,一つは「F227」(配列表の配列番号1)と,及び他の一つは「H2A」(配列表の配列番号3)と命名した。更に,マウス及びヒトの正常な組織からは,該組織において発現している上記遺伝子に相同の遺伝子の「AK002873」(配列表の配列番号5)と「NM_0032374」(配列表の配列番号7をクローニングしてその構造を決定した。 本発明において取得,同定した遺伝子の発現及び該遺伝子によってコードされるタンパク質の生成を動脈硬化症診断用の遺伝子マーカー,ペプチドマーカーとして検出することで測定することにより,動脈硬化症の診断を行うことが可能であり,更に該遺伝子の発現及びタンパク質の生成の測定を行うことにより,動脈硬化症の予防又は治療薬のスクリーニングを行うことができる。更には,動脈平滑筋細胞における該遺伝子の発現を抑制することにより,或いは,該遺伝子の導入によりアポトーシスを誘導して,動脈硬化症の予防或いは治療を可能とする。」(段落番号【0011】?【0015】) b. 「本発明は,該配列表の配列番号1,配列番号3,配列番号5,及び配列番号7に示される塩基配列(遺伝子)若しくはその相補的配列又はこれらの配列の一部若しくは全部を含む配列,更には,該塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし,かつ動脈硬化症において発現しているポリペプチドをコードするDNA配列を含むものである。」(段落番号【0023】) c. 「なお,上記本発明の塩基配列において,「塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズする」条件としては,例えば,42℃でのハイブリダイゼーション,及び1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による42℃での洗浄処理を挙げることができ,65℃でのハイブリダイゼーション,及び0.1×SSC,0.1%のSDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理をより好ましく挙げることができる。なお,ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響を与える要素としては,上記温度条件以外に種々の要素があり,当業者であれば,種々の要素を組み合わせて,上記例示したハイブリダイゼーションのストリンジェンシーと同等のストリンジェンシーを実現することが可能である。」(段落番号【0027】) d. 「(実施例1)F277(配列表の配列番号1)及びH2A(配列表の配列番号3)遺伝子のクローニング及び同定 A.大動脈のプラーク(P)及びノンプラーク(NP)部分から得た平滑筋細胞の培養 ・・・ 上記比較,解析において,3匹のApoE欠損マウス(#1-3)に由来するプラーク(P)及びノンプラーク(NP)の培養平滑筋細胞の遺伝子発現を比較した結果のX線写真を図1に示す。なお,図中のJ212は,VIII型コラーゲンを意味する。 ・・・ 本発明において取得した遺伝子のDNA配列の分析結果について,F277の塩基配列を配列表の配列番号1に,及びH2Aの塩基配列を配列表の配列番号3に示す。該遺伝子のコーディング領域におけるペプチド配列を,それぞれ配列表の配列番号2(F277)及び4(H2A)に示す。 ・・・ [F277(配列表の配列番号1)及びH2A(配列表の配列番号3)遺伝子のホモロジー検索] 本発明において,取得し,同定した遺伝子について,BLASTホモロジー検索を実施した。クローンF277について実施したホモロジー検索の結果を図2に,及びクローンH2Aについて実施した結果を図3に示す。 ホモロジー検索の結果,クローンF277は,近似の遺伝子が報告されていない全く新規な遺伝子であることが確認された。また,クローンH2Aは,「正常」マウス全遺伝子データーベース検索によりヒットした相同遺伝子とC末端側のアミノ酸34個が全く相違している新規な遺伝子であることが確認された。」(段落番号【0044】?【0058】) e. 「(実施例2)「AK002873」(配列表の配列番号5)及び「NM_0032374」(配列表の配列番号7)遺伝子のクローニング及び同定 正常なヒト及びマウスの心臓cDNAライブラリーから,実施例1と同様にして,該細胞において発現し,かつ動脈硬化症において発現している実施例1の遺伝子と相同な遺伝子をクローニングし,同定した。該遺伝子を,一つは「AK002873」(配列表の配列番号5)と,及び他の一つは「NM_0032374」(配列表の配列番号7)と命名し,該遺伝子の構造を同配列表に示した。この実施例で取得したAK002873(健常マウス由来)及びNM_0032374(健常ヒト由来)遺伝子と,実施例1で取得したH2A(動脈硬化症発症マウス由来)遺伝子がコードするアミノ酸配列の対比を,図4に示す。」(段落番号【0059】) f.「(実施例3)動脈硬化症発現遺伝子の機能の解析 [動脈硬化症発現遺伝子(H2A)発現ベクターの作製] クローニングを容易に行うために,PCR法を用いてpcDNA-H2Aを作製した。・・・ [培養平滑筋細胞へのトランスフェクション] 説明書記載の方法で,陽イオン脂質リポフェクトアミン(Gibco-BRL社製)を用いてマウス血管平滑筋細胞(VSMC)へのトランスフェクションを行った。・・・ [アポトーシスを起こした細胞の形態的解析と核染色] 核の形態的な解析を行うため,VSMCを組織培養チェンバースライド(Nalge Nunc社製)を用いて培養した。・・・ トランスフェクトした細胞培養物の形態的解析により,コントロールにおいては細胞の生存に変化はなかったが(図5A),pcDNA-H2Aをトランスフェクトした培養細胞では細胞死が起こることが明らかになった(図5B)。コントロールにおいては染色体の染色は見られなかったが(図5C,E),(pcDNA-H2Aをトランスフェクトした細胞では,)染色体が均一に染色されたアポトーシスを起こしている核中に広がっていたことから,通常の核構造とアポトーシスの特性が失われていることが示唆された(第5図D,F)。以上の結果からH2Aの発現は血管平滑筋細胞にアポトーシスを起こさせていることが明らかになった。血管平滑筋細胞は動脈硬化の発症に際して活性化され,増殖,遊走と細胞外基質の産生を開始するが,H2Aは,血管平滑筋細胞にアポトーシスを誘導して動脈硬化形成を抑制しているものと考えられる。H2Aを動脈硬化血管で遺伝子治療により発現させれば動脈硬化の進展を抑制することができる。」(段落番号【0061】?【0064】) (2)判断 本願発明2のDNAは,上記第3において記載したとおり,請求項1に記載された,正常及び動脈硬化巣より得られたものである,配列表の配列番号1,配列表の配列番号3,配列表の配列番号5及び配列表の配列番号7のいずれかに示される塩基配列若しくはその相補的配列又はこれらの配列を含む配列からなるDNA自体ではなく,それらのDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし,かつ動脈硬化症において発現しているポリペプチドをコードするものである。 ここで,上記(1)cのとおり,ハイブリダイズに係る上記「ストリンジェントな条件」によれば,本願発明2のDNAは,配列番号1等に示される塩基配列のものの相補配列と,100%相同なものに限られない。また,その塩基鎖長についても何ら特定がない。 そのような,配列番号1等に示される塩基配列又はその相補的配列からなる,あるいは,それらの配列を含む請求項1記載のDNA自体とは異なるものまでをその範囲に含む,塩基鎖長も特定されない本願発明2の上記DNAの全てが,「動脈硬化症において発現しているポリペプチドをコードする」ものではあっても,動脈硬化症において発現しているということは,単に,上記ポリペプチドの発現パターンを表すものにすぎず,ポリペプチドが有している生物学的な機能(酵素,受容体,転写因子等)を特定するものでは何らない。そして,動脈硬化症において発現しているポリペプチドをコードする本願発明2の上記DNAが,請求項1記載の上記DNAのようなアポトーシス誘導等の具体的な生物学的機能を有しているか否かまでは,さらに,本願発明2に含まれるそれら個々のものについて,当業者をしても過度の試行錯誤が要求される,具体的な実験を逐一行って確認するまでは判明しないものである。 してみると,本願明細書の発明の詳細な説明において,本願発明2のDNAについてその有用性が明らかにされているとは認められないから,本願発明2のDNAを使用することはできず,したがって,本願発明2は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,発明の詳細な説明に記載されていないというべきである。 (3)付言 なお,拒絶査定においてなお書きにて記載され,請求人が,平成19年5月23日付手続補正書における審判請求書の請求の理由の3-3.(v)で反論している,請求項1に係るサポート要件について判断すると,以下のとおりである。 本願発明2が引用する請求項1に記載された,配列番号1に示される塩基配列を含むDNA(F277遺伝子)と,配列番号3に示される塩基配列を含むDNA(H2A遺伝子)とは,いずれも,動脈硬化の自然発症モデルであるApoEノックアウトマウスの動脈硬化プラーク及び正常部分より作製された培養平滑筋細胞を用いた,ディファレンシャル・ディスプレイ(Differential Display)法による遺伝子発現の比較により得られたものではあるものの,相互のその塩基配列の相同性は低く,かつ,それら遺伝子によりそれぞれコードされるポリペプチドを比較しても,そのアミノ酸配列の同一性又は類似性も低いものである。この一方,本願明細書の発明の詳細な説明において,血管平滑筋細胞への遺伝子トランスフェクションによりアポトーシスを誘導することを具体的に確認しているのは,両者のうちH2A遺伝子についてのみであって(実施例3),F277遺伝子については,それがどのような生物学的機能を有するものであるかに関して何らその具体的な裏付けはない。さらに,上記(1)dのとおり,F277遺伝子は,H2A遺伝子とは異なり,本願優先日当時,配列データベースを用いたホモロジー検索を行っても近似の遺伝子は存在しないものである。 以上のことからすると,本願発明2のDNAがストリンジェントな条件下でハイブリダイズする対象である,配列番号1に示される塩基配列を含むDNA自体の有用性が,そもそも,本願明細書の発明の詳細な説明において明らかにされていないのであるから,この点からしても,それにハイブリダイズするものである本願発明2のDNAも当然に,その有用性は明らかではない。 請求人は,配列番号1に示される塩基配列を含むDNAにつき,平成19年5月23日付手続補正書における審判請求書の請求の理由の3-3.(v),及び,平成21年11月17日付審判審尋に対する平成22年1月18日付回答書におけるII.4.において,本願明細書に記載するように,アテローム性動脈硬化プラーク由来細胞において,アポトーシスが起こりやすいことは既に知られており,そして,配列番号1に示された塩基配列(F277遺伝子)は,もともと,動脈硬化平滑筋細胞において,発現が亢進している遺伝子として取得されてきたものであって,動脈硬化症においてF277遺伝子が発現していることは明らかであり,また,明細書の実施例3により,そのような動脈硬化症において発現している遺伝子が,血管細胞にアポトーシスを誘導することを確認しているのであるから,かかる状況をふまえれば,本願明細書の発明の詳細な説明の記載により,F277遺伝子の機能の推認ができると主張する。 たしかに,上記(1)fのとおり,本願明細書の実施例3において,配列番号3に示される塩基配列を含むDNA(H2A遺伝子)の血管平滑筋細胞へのトランスフェクションによりアポトーシスが誘導されることは具体的に確認されているが,H2A遺伝子とF277遺伝子とがその配列に関し相当に相違することは,上述したとおりである。 そして,正常個体と罹患個体との間でその発現に差が認められ,複数同定される遺伝子のうちの,その一つの遺伝子について特定の生物学的機能が確認されたからといって,その場合に,その確認された特定の生物学的機能を,発現の差に基づいて同時に同定された他の上記遺伝子も全て等しく有しているとは限らないことは,当業者であれば当然に理解している技術常識である。また,遺伝子機能の推定に関し,請求人が上記説明するような論理が成立するのであれば,例えば,本願において,上記(1)dのとおり,F277遺伝子及びH2A遺伝子と同様に,培養平滑筋細胞の遺伝子発現の比較により,動脈硬化平滑筋細胞において発現が亢進している遺伝子として取得される,VIIIコラーゲンの遺伝子も,H2A遺伝子同様に,血管細胞にアポトーシスを誘導する機能を備えていなければならないことになるが,そのような技術的事項は見当たらない。 よって,請求人の上記主張は失当である。 (4)小括 以上のとおり,本願は,明細書の発明の詳細な説明の記載が,本願発明2を当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず,特許を受けることができない。 2. 理由2(特許法第29条第1項柱書)について (1)本願明細書の記載 本願明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある(下線は,合議体による。)。 g. 「本発明においては,本発明の遺伝子である,配列表の配列番号1,3,5又は7の塩基配列からなる遺伝子を用いてアンチセンスオリゴヌクレオチドを調製し,該アンチセンスオリゴヌクレオチドを動脈平滑筋細胞に導入して,該動脈硬化発症遺伝子の発現抑制を行い,動脈硬化症の予防又は治療を行うことができる。」(段落番号【0036】) (2)判断 本願発明31は,上記第3に記載したとおり,動脈平滑筋細胞に,請求項1記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズし,かつ動脈平滑筋細胞における該請求項1記載の塩基配列からなる遺伝子の発現を抑制するアンチセンスオリゴヌクレオチドを導入し,動脈平滑筋細胞における請求項1記載の塩基配列からなる遺伝子の発現を抑制することを特徴とする動脈硬化を発症する動脈平滑筋細胞の改変方法の発明である。 本願発明31の上記改変方法は,生物個体の生体内,生体外のいずれの状況下において行うものであるかについての特定は,その請求項の記載において何らない。また,上記改変方法が適用される生物個体が,ヒトを含まないことについての特定も,その請求項の記載において何らなされていない。 さらに,上記gによれば,アンチセンスオリゴヌクレオチドの導入による上記改変方法は,動脈硬化症の予防又は治療を行う方法も当然に含むものと解され,してみると,本願発明31は,「人間を治療する方法」を明らかに包含する。 そして,「人間を治療する方法」を特許することは,医師の行う医療行為自体が侵害となることを防ぐための措置を講じていない我が国の特許法のもとでは,医師を,特許侵害を恐れながら医療行為に当たるという状況に追い込むことになりきわめて不当であるから,ヒトの治療方法は産業上利用できない発明に該当すると扱わざるを得ない(必要であれば,東京高裁 平成14年4月11日 平成12年(行ケ)第65号判決参照)。 (3)小括 以上のとおり,本願発明31は,産業上利用することができる発明に該当せず,特許法第29条第1項柱書の規定により,特許を受けることができない。 第6 むすび 以上のとおりであるから,本願請求項2に係る発明は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず,また,本願請求項31に係る発明は,特許法第29条第1項柱書の規定により特許を受けることがでないものであり,他の請求項に係る発明については検討するまでもなく,本願は拒絶をすべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2010-03-05 |
結審通知日 | 2010-03-08 |
審決日 | 2010-03-19 |
出願番号 | 特願2003-569844(P2003-569844) |
審決分類 |
P
1
8・
14-
Z
(C12N)
P 1 8・ 561- Z (C12N) P 1 8・ 536- Z (C12N) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 松田 芳子 |
特許庁審判長 |
鵜飼 健 |
特許庁審判官 |
森井 隆信 鈴木 恵理子 |
発明の名称 | 動脈硬化特異的遺伝子とその利用 |
代理人 | 廣田 雅紀 |