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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20056282 審決 特許
不服200627219 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特39条先願 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1218775
審判番号 不服2007-7677  
総通号数 128 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-08-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-03-15 
確定日 2010-06-15 
事件の表示 特願2003-194619「アルツハイマー病のトランスジェニック動物モデル」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 3月25日出願公開、特開2004- 89187〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続きの経緯
本願は,平成4年12月29日(パリ条約による優先権主張1992年1月7日,1992年7月16日,米国)を国際出願日とする特願平5-512475号の一部を特許法第44条第1項の規定により平成15年6月5日に新たな特許出願としたものであって,平成18年12月12日付で拒絶査定がされ,平成19年3月15日に拒絶査定不服審判が請求され,平成21年7月2日付で当審による拒絶理由が通知され,平成22年1月4日に特許請求の範囲について手続補正がなされたものである。

2.本願発明
本願の請求項1及び5に係る発明(以下「本願発明1及び5」という。)は,平成22年1月4日付手続補正書によって補正された特許請求の範囲に記載された以下のとおりのものと認める。
「【請求項1】
組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンに対して作動可能に連結したヒト血小板由来成長因子B(PDGF-B)鎖遺伝子プロモーターを含む遺伝子構築物を,げっ歯動物細胞またはげっ歯動物胚に導入することを含む,アルツハイマー病のトランスジェニックモデルを形成するための方法であって;
前記発現クローンはAPP770をコードするcDNA配列または天然に存在する変異を有するAPP770をコードするcDNA配列を含有し,
エキソン6およびスプライシングのために十分な領域を有する隣接する下流イントロン,KIコード領域およびOX-2コード領域およびスプライシングのために十分な領域を有するそれぞれのそれらの上流および下流イントロン,そしてエキソン9およびスプライシングのために十分な領域を有する隣接する上流イントロンからなるゲノムAPP DNA配列を,APP770をコードするcDNA配列または天然に存在するAPP770の残基717番目に位置するPhe変異を有するAPP770をコードするcDNAの対応する領域に置換し,
前記構築物は,哺乳類細胞中で,転写され,そして選択的にスプライシングされて,APP695,APP751およびAPP770をコードしそしてAPP695,APP751およびAPP770に翻訳されるmRNA分子を形成する,前記方法。
【請求項5】
組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンに対して作動可能に連結したヒト血小板由来成長因子B(PDGF-B)鎖遺伝子プロモーターを含む遺伝子構築物を含有する非ヒトトランスジェニック哺乳類細胞であって,
前記発現クローンは,APP770をコードするcDNA配列または天然に存在する変異を有するAPP770をコードするcDNA配列を含有し,
エキソン6およびスプライシングのために十分な領域を有する隣接する下流イントロン,KIコード領域およびOX-2コード領域およびスプライシングのために十分な領域を有するそれぞれのそれらの上流および下流イントロン,そしてエキソン9およびスプライシングのために十分な領域を有する隣接する上流イントロンからなるゲノムAPP DNA配列を,APP770をコードするcDNA配列または天然に存在するAPP770の残基717番目に位置するPhe変異を有するAPP770をコードするcDNAの対応する領域に置換し,
そして前記構築物は,哺乳類細胞中で,転写され,そして選択的にスプライシングされて,APP695,APP751およびAPP770をコードし,そしてAPP695,APP751およびAPP770に翻訳されるmRNA分子を形成する,前記非ヒトトランスジェニック哺乳類細胞。」

3.平成6年改正前の特許法第36条第4項並びに第36条第5項1号及び第6項について
(1)拒絶理由
当審における平成21年7月2日付拒絶理由通知書の理由1)及び2)の概要は,本願発明1は,実際に本願発明の目的を達成するために使用できるものとして,発明の詳細な説明に記載されたものではなく,また,本願の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明1を実施することができる程度に,発明の目的,構成及び効果を記載していない,というものである。

(2)当審の判断
本願の明細書には,本願発明の目的は,トランスジェニック技術により構築される,アルツハイマー病用の動物モデルの提供,アミロイド前駆体タンパク質の異なる型の発現を正確に反映する,トランスジェニック動物の提供,及びアミロイド前駆体タンパク質の発現における,ある種の遺伝子異常に特徴付けられる,トランスジェニック動物の提供であることが説明されている(公開公報第7頁第3?9行)。
そして,本願発明は,上記目的を達成するために,特定の組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンに対して作動可能に連結したヒト血小板由来成長因子B(PDGF-B)鎖遺伝子プロモーターを含む遺伝子構築物を含有するトランスジェニックげっ歯動物であって,トランスジェニックげっ歯動物中で,上記構築物が転写され,そして選択的にスプライシングされて,APP695,APP751及びAPP770をコードし,そしてAPP695,APP751及びAPP770に翻訳されるmRNA分子を形成する,アルツハイマー病のトランスジェニックモデルを形成することを構成としている。
また,本願明細書(公開公報第9頁第47行?第11頁第29行)では,上記特定の組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンの構築の手順が説明され,遺伝子プロモーターとしては,メタロチオネインプロモーターやヒトAPP遺伝子プロモーターが使用できることが説明され,その他にPDGF-B鎖遺伝子プロモーター等の複数のプロモーターが例示され説明されている。
しかしながら,実施例1及び2では,メタロチオネインプロモーターを含むpMTAPP-1及びヒトAPP遺伝子プロモーターを含むpEAPP-1をNIH3T3細胞及びPC12細胞に導入し,APPを発現したことは記載されているが,ヒトAPPの3種のmRNAが発現されていたことは確認されておらず,実施例4では,pMTAPP-1を用いて9匹のトランスジェニックマウスを作出したことが記載されているが,得られたマウスにおいて,ヒトAPPや,3種のmRNAが発現されたことを確認したことは記載されておらず,アルツハイマー病に見られる症状を呈したことも記載されていない。
さらに,実施例3では,メタロチオネインプロモーターを含むpMTA4をPC12細胞にトランスフェクトしたことは記載されているが,mRNAの発現も確認していない。 ここで,本願発明1は,PDGF-B鎖遺伝子プロモーターを含む遺伝子構築物を構成要件としており,明細書に記載された上記実施例は,本願発明1の実施例ではない。
そして,本願発明1とは異なるメタロチオネインプロモーターを用いた実施例4のトランスジェニックマウスにおいてでさえ,上述のとおり,実際にマウス体内において,ヒトAPPの3種のmRNAが発現されているか否かは確認されておらず,また,アルツハイマー病のモデルとして使用できることも確認されていない。

請求人は平成22年1月4日付の意見書において,PDGF-B鎖プロモーターを使用した実施例の記載がないことに関して,「トランスジェニック動物の特徴は,プロモーターの種類に依存して達成されるのではなく,導入されるトランスジーンの特徴的な構造から導かれるものです。アルツハイマー病の動物モデルとして機能するために必要な特徴を含有するトランスジーンのデザインを提供してしまえば,トランスジーンを動物の体内に導入する残りの工程は,周知なものに過ぎず,プロモーターは発現が求められる細胞とのマッチングに従って,当業者が容易に選択することができるものに他なりません。」と述べている。
しかしながら,本願明細書の発明の背景において説明されているように,本願出願時当時,βペプチドを発現するトランスジェニックマウスからは,プロモーターの種類によって異なる結果が得られていた。
さらに,請求人が平成21年3月9日付回答書とともに提出した参考文献5(Behavioural Brain Research, 1993, Vol.57, p.207-213)には,APP転写物には三つのタイプがあり,組織によって発現パターンが異なることが記載され,三つのタイプの転写物か,又は三つのタイプの転写物の割合がアルツハイマー病発症に重要である可能性があること,及び,最も自然な構築物による遺伝子組換えがβアミロイド沈着を示すかもしれないことが示唆されるとともに,YACを用いたヒトAPP遺伝子導入マウスにおいて,適切な組織に適切な転写物のパターンでヒトAPPが発現されたが,このマウスにおいてアルツハイマー病発症はまだ評価されておらず,マウスの寿命ではβアミロイドの沈着が不十分であるためか,マウスのβアミロイド転写物がβアミロイド沈着を保護するために,アルツハイマー病を発症しない可能性もあることが記載されている(第210頁右下欄下から10行?第211頁第29行)。
ここで,YACはプラスミドベクターと異なり,数Mbの遺伝子が挿入できるベクターであり,組織に応じた適切な転写物のパターンでヒトAPPが発現されたという記載から,上記参考文献5に記載されたYACを用いたトランスジェニックマウスは,APP遺伝子の全長配列か,少なくとも三つのタイプのAPP転写物を発現できる配列を導入されたものと認められるが,このトランスジェニックマウスにおいても,実際にアルツハイマー病を発症できるかどうかは判らないことが記載されている。
また,ヒトβ-APP遺伝子全体を含むYACを導入したトランスジェニックマウスがアルツハイマー病を発症しなかったことは,請求人が平成17年12月14日付意見書において提出した参考文献3(Neruodegeneration, 1995, Vol.4, p.117-129, 第121頁左欄第9?23行)にも記載されている。
すなわち,上記参考文献3及び5によれば,三種のヒトAPP転写物を発現できるトランスジェニックマウスを作出しても,マウスが確実にアルツハイマー病を発症するとはいえず,APP転写物の異なる型の比率がアルツハイマー病発症にどのように関与するかは,本願出願日後の1993年においても判明していない。
そして,組織や時期における遺伝子の発現パターンはプロモーターの種類によって異なるものであるから,本願出願日当時において,用いるプロモーターの種類が,組織や年齢によってAPP転写物の異なるタイプの比率にどのように影響し,それがアルツハイマー病発症にどのように影響するかについては,実際にトランスジェニックマウスを作出してみなければ予測のできないものであった。
したがって,「アルツハイマー病のトランスジェニックモデルを形成する」ことを構成要件とする本願発明1に関して,請求人の,トランスジェニック動物の特徴は,プロモーターの種類に依存して達成されるのではないという主張には,それを裏付ける根拠がなく,プロモーターは発現が求められる細胞とのマッチングに従って当業者が容易に選択することができるとの主張は採用できない。

さらに,請求人は平成22年1月4日付意見書において,本願発明1におけるトランスジェニックマウスがをアルツハイマー病のモデルとして使用できることを,実際に示すことなく予測できる理由について,以下のように述べている。

「本願明細書の説明を参照した当業者であれば,アルツハイマー病の以前のモデルでは,一つのアイソフォームを発現はするが天然の変異を取り込まないために,望ましくない結果しか得られなかったこと,そして天然の変異を含みAPPのアイソフォームの比率をヒトで生じるように組織型および動物の年齢により変化させることができる構築物を使用することにより,よりよい結果を得ることができることを理解することができます。当業者であればさらに,本願明細書において開示される“代替スプライシングカセット”が,“天然の代替スプライシング機構”によりAPPアイソフォームの比率を制御するための手段をもたらすことを,理解することができます。
本願発明者らが,一つのアイソフォームを発現する従来のモデルからでは十分な実験結果が得られないという事実,組織型およびヒトの年齢によりアイソフォーム比が変化する可能性,そして提供された代替スプライシングカセットがそのようなスプライシングをもたらすという予測に基づいて,天然のスプライシング機構を使用するための必要性を推測したことが,本願明細書には明確に記載されていますので,これらの記載を前提として,当業者であれば,さらにデータを参照することなく,請求項に記載されたトランスジェニック動物がアルツハイマー病の有用なモデルであり,そしてそのモデルを作出することができることを十分に理解することができます。」

しかしながら,請求人が平成21年3月9日付回答書において述べているように,本願出願後においても,APP遺伝子を導入したトランスジェニック動物が作出されてはいたが,より本物に近い病態を示すアルツハイマー病モデル動物を作出することは,非常に実現困難なものであった。
さらに,上述のように,上記参考文献3及び5によれば,組織や年齢によって異なるアイソフォームの比率で三種のヒトAPP転写物を発現できるトランスジェニックマウスを作出しただけでは,マウスが確実にアルツハイマー病を発症するとはいえないことが示されている。
以上のような本願出願日当時の技術水準に鑑みれば,理論的に天然のスプライシング機構を使用するための必要性を推測したことが本願明細書には明確に記載されていても,本願発明1に特定される遺伝子構築物を導入したトランスジェニックマウスがアルツハイマー病を発症するか否かは,実際に作出して発症を確認してみなければ判らないものであったといえる。

してみると,本願発明1の特定の組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンに対して作動可能に連結したヒトPDGF-B鎖遺伝子プロモーターを含む遺伝子構築物を含有するトランスジェニックげっ歯動物が,アルツハイマー病のモデルとなる,APPの異なる型の発現を正確に反映する,又はAPPの発現におけるある種の遺伝子異常に特徴付けられるといった効果を有するものであることを当業者が理解できるように,発明の詳細な説明に記載されていない。
したがって,本願発明1は,実際に本願発明の目的を達成するために使用できるものとして,発明の詳細な説明に記載されたものではない。
また,本願の発明の詳細な説明は,当業者が容易に本願発明1を実施することができる程度に,発明の目的,構成及び効果を記載していない。


4.特許法第29条第2項について
(1)引用例
原査定の拒絶理由に引用された,本願優先日前に頒布された刊行物であるGene,Vol.87,1990,p.257-263(以下,「引用例」という。)には,以下の事項が記載されている。
ア.「アルツハイマー脳において沈着しているアミロイドβタンパク質(BP)は,大きな前駆体(BPP)の切断物である。BPP遺伝子は選択的スプライシングによって生成される3つの型のmRNAをコードし,その内2つはKunitz型セリンプロテアーゼインヒビター(セルピン)をコードする配列を含む。BPP合成の制御メカニズムを遺伝子レベルで調べるために,我々はヒトBPP遺伝子の全てのエキソンを包含する36のゲノムDNAクローンを単離した。この遺伝子は18のエキソンからなり170kb以上にまたがる。BPは第16及び第17エキソンにコードされ,セルピンドメインは第7エキソンにコードされる。配列解析は第7及び第8イントロンがスプライシングのための典型的な分枝点を欠くことを示した。このことは選択的スプライシングに関与するのかもしれない。」(第257頁要約1?6行)

イ.「BPPはヒト組織において広範に発現する(Tanziら,1987;1988; Neveら,1988;Ponteら,1988)。脳においては,海馬は例外であるが,特に連合野においてセルピンドメインを含まないBPPが優勢である(Neveら,1988)。面白いことに,BPPmRNAの量及び位置は健常者とアルツハイマー病患者の脳で異なる(Goedert,1987;Cohenら,1988;Higginsら,1988;Lewisら,1988)。セルピンドメインを含まないBPPはアルツハイマー病患者の脳の基底核と青斑核において2倍に増加し(Palmertら,1988),一方セルピンドメインを含むBPPはアルツハイマー患者の前頭皮質においてかなり増加する(Tanakaら,1988)。これらの結果はおそらくアルツハイマー病の病理過程におけるBPP遺伝子制御の役割を意味づける。」(第258頁左欄第9?23行)

ウ.「(a)ヒトBPP遺伝子の全体構造 3つのヒトゲノムライブラリーがプラークハイブリダイゼーション法でスクリーニングされ,合計36の陽性クローンが得られた。これらのクローンは制限酵素マッピング,cDNAをプローブとして用いたサザンブロッティング及び,エキソンを含むフラグメントの配列決定によって特徴付けられた。制限酵素地図とエキソンの位置は図1に示す。地図は7箇所で中断され,このように8つの断片からなる。BPP遺伝子は18のエキソンからなり,170kb以上にまたがる。
cDNA構造に基づけば,BPPはいくつかの機能性ドメインからなる(Kangら,1987)。BPPのエキソンと推定機能性ドメインとの間の関係は図2に示す。エキソン組成と蛋白のドメイン構造との関係が注目される。シグナルペプチドは第1エキソンに,Kunitz型セルピンドメインは第7エキソンに,そして膜貫通ドメインは第17エキソンにコードされる。BPは第16及び第17エキソンにコードされており,BPは転写後に生成され,異常なスプライシングによって生成されるものではないことを示している(Lemaireら,1989;Johnstoneら,1989)。」(第258頁左欄下から3行?第259頁左欄第8行)

エ.「

図2 BPPの機能性ドメインとBPP遺伝子のエキソン組成との関係。(a)アミノ酸残基の参照番号を付したBPPの推定機能性ドメイン(Kangら,1987;Kitaguchiら,1988),SP,シグナルペプチド;A,システインリッチ領域;B,高度に負に荷電するドメイン;C,Kunitz型セルピンドメイン;D,付加的な19アミノ酸残基;E,膜貫通ドメイン;F,細胞内ドメイン;BPPの他の部分は水平な線で示される。CHO,N-糖鎖付加部位;黒塗りのボックス,BP, (b)エキソンの境界によって分割されたcDNA (c)BPP遺伝子のエキソン組成;18のエキソンが黒いボックスで示される。イントロンと5’-,3’-隣接領域は水平な線で示される。ギャップ領域は二本の平行な垂直線で示される。」(第259頁)

オ.「BPP遺伝子の中には,第14イントロン(TCTTGAT)を除いては,コンセンサス配列と完全に一致する分枝点はなかった。第6イントロンでは,TTTTCAT又はTGCTAAA(6/7コンセンサス配列に一致)が分枝点であろう。一方,第7イントロンでは,推定分枝点配列はコンセンサス配列との類似性がより少なく(TAGTTAT,5/7の一致),この配列の周辺領域は非常にTリッチであった。第7イントロンにある推定分枝点のコンセンサス配列に対するより低い類似性は,第8エキソン配列を含むBPPmRNAが全てのヒト組織において豊富でない理由を説明するかもしれない。第8イントロンには,-69?-63のTATTAAA(6/7一致)がコンセンサス配列に類似したが,エキソン-イントロン接合点からは離れていた。第6,第7及び第8イントロンに見つかったこれらの配列は,BPPプレmRNAの選択的スプライシングに関与するかもしれない。」(第259頁右欄第3?18行)。

引用例の記載事項ア?オによれば,引用例には,ヒトBPP遺伝子のcDNA配列を用いて,ゲノムDNA配列を決定したこと,ヒトBPP遺伝子は18のエキソンからなり,170kb以上の長さを有していたこと,及びイントロン6,7,8に見られる配列が,選択的スプライシングに関与するかもしれないことが記載されている。

(2)対比
本願発明5と引用例に記載された発明とを対比する。
本願発明5において「APP」という表現は,本願明細書によると,「βアミロイド前駆体タンパク質」を意味するものであって(公開公報第5頁左下欄下9行?下8行),引用例に記載された「BPP(アミロイドβタンパク質前駆体)」は,本願発明5の「APP」に相当するものである。
そして,本願発明5における「APP770」とは,代替スプライシングにより生じるAPPcDNAの3つの型のうち,一番大きいサイズのものであって,セリンプロテアーゼ阻害剤Kunitzファミリーに相同性を有するドメインを含むものである(同第4頁右上欄11行?左下欄9行,第7頁左上欄下1行?右上欄4行,及び第1a図)から,引用例に記載された「Kunitz型セリンプロテアーゼインヒビターをコードする配列を含む2つの型のBPPmRNA」のうち,大きい方のBPPmRNAに対応する「BPPcDNA」は,本願発明5の「APP770」に相当するものであって,哺乳動物細胞中においては,転写されて対応するmRNA分子を形成するものである。
また,本願の図7等に記載されているように,本願発明5における「KIコード領域」及び「OX-2コード領域」は,ヒトAPP遺伝子のエキソン7及び8に相当するので,引用例の記載事項エにおけるKunitz型セルピンドメイン(C)及び付加的な19アミノ酸残基(D)をコードするエキソン7及びエキソン8は,本願発明5における「KIコード領域」及び「OX-2コード領域」にそれぞれ相当し,引用例に記載された第6,第7及び第8イントロンは,本願発明5における「スプライシングのために十分な領域を有する隣接する(エキソン6の)下流イントロン」,「スプライシングのために十分な領域を有するそれぞれのそれら(KIコード領域およびOX-2コード領域)の上流及び下流イントロン」及び「スプライシングのために十分な領域を有する隣接する(エキソン9の)上流イントロン」にそれぞれ相当する。

したがって,本願発明5と引用例に記載された発明は,APP770をコードするcDNA配列を有し,哺乳動物中で転写され,mRNA分子を形成するAPP遺伝子フラグメントに関するものである点で一致し,
本願発明5は,「組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンに対して作動可能に連結したヒト血小板由来成長因子B鎖遺伝子プロモーターを含む遺伝子構築物を含有する非ヒトトランスジェニック哺乳類細胞」であって,該「組み合わせcDNA/ゲノム発現クローン」は,「エキソン6およびスプライシングのために十分な領域を有する隣接する下流イントロン,KIコード領域およびOX-2コード領域およびスプライシングのために十分な領域を有するそれぞれのそれらの上流および下流イントロン,そしてエキソン9およびスプライシングのために十分な領域を有する隣接する上流イントロンからなるゲノムAPP DNA配列を,該cDNA配列の対応する領域に置換した」ものであり,前記「遺伝子構築物」が「哺乳類細胞中で,転写され,そして選択的にスプライシングされて,APP695,APP751及びAPP770をコードしそして,APP695,APP751及びAPP770に翻訳されるmRNAを形成する」ものであるのに対し,引用例に記載された発明では,APP遺伝子において,3つの型のmRNAを生じさせる選択的スプライシングには,APP遺伝子のゲノム配列中のイントロン6,7,8内の配列が関与していることが示唆されているに留まり,組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンに対して作動可能に連結したヒト血小板由来成長因子B鎖遺伝子プロモーターを含む遺伝子構築物を含有するトランスジェニック非ヒト哺乳類細胞については記載されていない点で相違する。

(3)判断
引用例には,APPゲノム遺伝子内のイントロン6,7,8内の配列が選択的スプライシングに関与することが記載され(記載事項ア及びオ),脳内において部位によって異なるAPPmRNAの発現制御が行われており,また,異なるAPPmRNAの発現量の変化がアルツハイマー病に関与することも示唆されている(記載事項イ)。
一方,トランスジェニックマウスを作出して,制御配列による遺伝子の組織特異的な発現を解析することは周知技術であるから(必要であれば,Ann.Rev.Genet.,1985, Vol.19, P.273-296を参照。),引用例に記載された選択的スプライシングに関与すると推定される配列の実際の機能の解析や,組織特異的発現を解析するために,選択的スプライシングに関与すると推定される配列を含み,異なるAPPmRNAを発現し得る遺伝子構築物を用いてトランスジェニックマウスを作出することは,当業者が容易に想到し得たものである。
そして,本願優先日当時,トランスジェニックマウスを作出するための遺伝子構築物に挿入できるDNAの長さは,長くても45kb程度であり(必要であれば,Nucleic Acids Research,1991, Vol.19, No.23, p.6654, 左欄第1パラグラフを参照。),遺伝子導入のために,必要なゲノム制御配列とエキソン配列との組み合わせを含むミニジーンを構築することも周知技術であった(必要であれば,Ann.Rev.Genet.,1985, Vol.19, P.273-296を参照。)。
このような本願優先日当時の技術水準を考慮すれば,上記異なるAPPmRNAを発現する遺伝子構築物を作出するためには,引用例に記載された170kB以上にもなるAPPゲノム配列をそのままの大きさで挿入することはできないのであるから,スプライシングに関与する部位であるエキソン6からエキソン9にかけての配列についてはゲノム配列を用い,スプライシングに関与しないその他の配列についてはエキソンのみからなるcDNA配列を用いることで,遺伝子構築物に挿入する配列を短くすることは,当業者が適宜なし得る設計的事項である。
また,遺伝子構築物に使用するPDGF-B鎖プロモーターについては,周知のプロモーター配列の中から適宜選択し得るものに過ぎない。
よって,引用例に記載された発明に基づき,本願発明5のトランスジェニック非ヒト哺乳動物細胞からなるトランスジェニック非ヒト哺乳動物を作出することは,当業者が容易に想到し得たものである。
そして,3.に記載したとおり,本願の明細書には,本願発明5のトランスジェニック非ヒト哺乳動物細胞において,APPの3種類のアイソフォームが発現されたことや,該細胞からなるトランスジェニック動物において,アルツハイマー病を発症したことは示されていない。
したがって本願発明5が,引用例及び周知技術から予測できない効果を有するものではない。

(4)請求人の主張について
請求人は,平成22年1月4日付意見書において,引用例を参照しても,当時の技術水準から判断して,APPの3種類のアイソフォームのバランスのとれた発現が重要であるという技術思想を想到することは極めて困難なことであったと述べ,仮に3種類のAPPのアイソフォームのバランスのとれた発現が重要であると当業者が認識したとしても,3つのベクターを使用して3重のトランスジェニックを行うことにより,3種類のAPPのアイソフォームを発現するトランスジェニック動物を作出することしか想起できず,1つのトランスジーンから3つのAPPアイソフォームを作製できる特殊な構造のトランスジーンを想到することは,全く不可能であったと述べている。
しかしながら,引用例に,アルツハイマー病モデルを作成する上で,APPの3種類のアイソフォームのバランスのとれた発現が重要であるという技術思想がないとしても,上述のように,APPの選択的スプライシングの制御に関する解析を行うために,トランスジェニック動物を作出することは,当業者が容易に想到し得たものである。
また,1つのトランスジーンから選択的スプライシングによって,複数のcDNA産物を作製できるトランスジーンは,当審における拒絶理由において指摘したように,周知技術である(必要であれば,Cell,1987, Vol.49,P.389-398, Cell, 1987, Vol.48, P.703-712を参照。)。そして,請求人の主張するように,3つのベクターを使用して3重のトランスジェニックを行った場合には,選択的スプライシングにより3つのアイソフォームを発現するのではなく,常に3つのアイソフォームを発現する細胞が得られてしまうことから,選択的スプライシングの解析のためには,選択的スプライシングが行える1つのベクターを使用して遺伝子を導入する必要がある。
したがって,本願発明5における組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンを含む遺伝子構築物を想到することが不可能であったという請求人の主張は採用できない。

さらに請求人は,本願発明5によって,3種類のAPPアイソフォームのバランスのとれた発現を実現でき,その結果としてより本物に近いアルツハイマー病の表現型特性を引き起こせることが明らかになったと述べるとともに,参考文献3及び4を引用し,当該技術分野において高く評価されていることを主張している。
しかしながら,3.に記載したように,本願明細書には,本願発明5により,3種類のAPPアイソフォームがバランスのとれた発現を示したこと及びアルツハイマー病の表現型特性を引き起こせたことは記載されていない。
また,参考文献3及び4についても,これらの文献は本願明細書ではなく,本願出願後の1995年に発表された,実際にトランスジェニックマウスにおいてアルツハイマー病の表現型特性が引き起こせたことが報告されている参考文献1について言及しており,しかも,参考文献1に記載されたアルツハイマー病モデルマウスは,本願明細書の実施例4に記載されるトランスジェニックマウスとはプロモーターの種類及び用いたAPPの遺伝子型(本願明細書記載のマウスでは野生型であるのに対し,参考文献1では変異型が使用されている。)が異なるものである。
そして,本願明細書の実施例4に記載されたトランスジェニックマウスが,実際にアルツハイマー病を発症したか否かについては,本願出願日後においても不明である。
したがって,本願発明5に包含される非ヒトトランスジェニック哺乳類細胞を含む,参考文献1に記載されたトランスジェニックマウスが,本願出願後に実際にアルツハイマー病の表現型を示すことが明らかになったとしても,それは本願明細書の実施例4におけるトランスジェニックマウスに関する記載から予測できるものとはいえず,本願明細書の記載に基づかない効果であるから,本願発明5の進歩性の判断において,参酌することはできない。

(5)小括
よって,本願発明5は,引用例及び周知技術に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5.平成10年改正前の特許法第39条第2項について
本願を分割出願したもとの特許出願である特願平5-512475号(特表平7-506720号)の平成15年6月5日付手続補正書によって補正された特許請求の範囲には,以下の発明が記載されている。
「【請求項1】 組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンを含む遺伝子フラグメントであって,前記組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンはAPP770をコードするcDNA配列または天然に存在する変異を有するAPP770をコードするcDNA配列を含有し,エキソン6およびスプライシングのために十分な領域を有する隣接する下流イントロン,KIコード領域およびOX-2コード領域およびスプライシングのために十分な領域を有するそれぞれのそれらの上流および下流イントロン,そしてエキソン9およびスプライシングのために十分な領域を有する隣接する上流イントロンからなるゲノムAPP DNA配列を,APP770をコードするcDNA配列または天然に存在する変異を有するAPP770をコードするcDNAの対応する領域に置換し,そして フラグメントは哺乳動物細胞中で転写され,mRNA分子を形成する,前記遺伝子フラグメント。
【請求項2】 転写されたフラグメントが,哺乳動物細胞中で選択的にスプライシングされて,APP695,APP751およびAPP770をコードし,そしてAPP695,APP751およびAPP770に翻訳されるmRNA分子を形成する,請求項1に記載の遺伝子フラグメント。
【請求項3】 請求項1または2に記載の組み合わせcDNA/ゲノム発現クローンと機能可能に連結するプロモーターを含む,遺伝子構築物。
【請求項4】 プロモーターが,ヒトAPPプロモーター,マウスAPPプロモーター,ラットAPPプロモーター,メタロチオネインプロモーター,ラットニューロン特異的エノラーゼプロモーター,ヒトアクチン遺伝子プロモーター,ヒト血小板由来成長因子B(PDGF-B)鎖遺伝子プロモーター,ラットナトリウムチャンネル遺伝子プロモーター,マウスミエリン塩基性タンパク質遺伝子プロモーター,ヒト銅-亜鉛スーパーオキシドジスムターゼ遺伝子プロモーター,そして哺乳類POU-ドメイン調節遺伝子プロモーターからなる群から選択される,請求項3に記載の遺伝子構築物。
【請求項5】 構築物を哺乳類細胞の染色体中に組み込むことができる,請求項3または4に記載の遺伝子構築物。
【請求項6】 トランスジェニック疾患モデル動物を作製するための,請求項3?5のいずれか1項に記載の遺伝子構築物。
【請求項7】 疾患がアルツハイマー病である,請求項6に記載の遺伝子構築物。
【請求項8】 請求項3?7のいずれか1項に記載の遺伝子構築物を含有する,トランスフェクトされた哺乳動物細胞。」

本願発明5は,上記もとの特許出願の請求項8に係る発明のうち,請求項4を引用する態様に係る発明と同一である。
そして, 上記もとの特許出願は拒絶査定が確定しており,すでに協議をすることができない状態となっている。

請求人は,平成22年1月4日付意見書において,本願発明5が目的とするミニジーンを「APP770の残基717番目に位置するPhe変異を有するAPP770をコードするcDNAの対応する領域に置換」することを特徴とする点で異なっていると述べているが,本願発明5には,「APP770をコードするcDNA配列または天然に存在するAPP770の残基717番目に位置するPhe変異を有するAPP770をコードするcDNAの対応する領域に置換し」と記載され,変異を有するAPP770の他,変異のないAPP770をコードするcDNA配列の対応する領域に置換する態様を包含している。
一方,もとの特許出願の請求項8に係る発明が間接的に引用する請求項1においては,「APP770をコードするcDNA配列または天然に存在する変異を有するAPP770をコードするcDNAの対応する領域に置換」することを発明の特定事項としており,本願発明5と同様に,変異のないAPP770をコードするcDNA配列の対応する領域に置換する態様を包含する。さらに,もとの特許出願における発明の詳細な説明を参照すれば,この「天然に存在する変異」が,「残基717番目に位置するPhe変異」を包含するものであることは明らかである。

よって,本願発明5は,同一出願人が同日出願した上記のもとの出願の発明と同一と認められ,特許法第39条第2項の規定により特許を受けることができない。

6.むすび
したがって,本願は平成6年改正前の特許法第36条第4項並びに第5項第1号及び6項に規定する要件を満たしておらず,本願発明5は,特許法第29条第2項及び平成10年改正前の特許法第39条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-01-19 
結審通知日 2010-01-20 
審決日 2010-02-02 
出願番号 特願2003-194619(P2003-194619)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C12N)
P 1 8・ 4- WZ (C12N)
P 1 8・ 534- WZ (C12N)
P 1 8・ 531- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 森井 隆信  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 齊藤 真由美
吉田 佳代子
発明の名称 アルツハイマー病のトランスジェニック動物モデル  
代理人 千葉 昭男  
代理人 小林 泰  
代理人 深澤 憲広  
代理人 富田 博行  
代理人 増井 忠弐  
代理人 社本 一夫  

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