• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H02K
審判 一部無効 2項進歩性  H02K
審判 一部無効 特174条1項  H02K
管理番号 1220512
審判番号 無効2009-800009  
総通号数 129 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-09-24 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-01-15 
確定日 2010-07-20 
事件の表示 上記当事者間の特許第3357607号「アンモニア用回転機械に結合される回転電機」の特許無効審判事件についてされた平成21年 7月28日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消の決定(平成21年(行ケ)第10269号平成22年1月13日決定言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 特許第3357607号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯・本件発明
本件特許第3357607号に係る出願は、平成10年9月4日に出願され(特願平10-250565)、平成14年10月4日に設定の登録がなされたものである。
その後、平成21年1月15日に本件特許の請求項1及び請求項2に係る発明に対して特許の無効の審判が請求され、平成21年7月28日に本件特許の請求項1及び請求項2に係る発明(以下「本件特許発明1」及び「本件特許発明2」という。)についての特許を無効とする審決がなされたところ、知的財産高等裁判所において、特許法第181条第2項の規定による審決の取消決定(平成22年1月13日決定言渡)がなされた。
その後、特許法第134条の3第5項の規定により、本件無効審判における訂正の請求とみなされた訂正請求が、平成22年5月13日に取り下げられたので、本件特許発明1及び2は明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に記載の次のとおりのものである。

「冷媒のアンモニアを圧縮または膨張させる回転機械と一体に結合され、かつ耐圧力密封ケーシングに収納されて気密構造としたハーメチック型回転装置を構成する回転電機において、
前記回転電機の巻線が純度が99.6%以上のアルミニウム中間軟化材若しくは軟質材からなるアルミニウム電線を弗素樹脂で直接被覆された2層構造であるとともに、
前記アルミニウム中間軟化材の電線が、高純度アルミニウムの地金を線引き加工して得たアルミニウム硬質材を伸線した後、第1の焼き鈍しを行い、再度伸線して得た電線であり、又軟質材は前記中間軟化材を更に第2の焼き鈍しを行って得られた電線であることを特徴とするアンモニア用回転機械に結合される回転電機。」(本件特許発明1)
「前記中間軟化材からなる電線が、前記焼き鈍し前の電線を硬質材、中間軟化材を更に第2の焼き鈍しを行って得られた電線を軟質材とした場合に、中間軟化材では、伸びは軟質材より大幅に小さく硬質材に近い値であり、屈曲値は硬質材の約2倍であるとともに、捻回値が硬質材及び軟質材より高い数値である電線であることを特徴とする請求項1記載のアンモニア用回転機械に結合される回転電機。」(本件特許発明2)
なお、請求項1には「前記中間軟化剤を更に…」と記載されているが、これは「前記中間軟化材を更に…」の誤記と認め、上記のように認定した。

2.請求人の主張の概要
これに対して、請求人は、本件特許発明1及び本件特許発明2の特許を無効とする、との審決を求め、その理由として、本件特許発明1は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項に規定される特許要件を満たしておらず、同法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきであり(以下「無効理由1」という。)、また本件特許発明2は、特許請求の範囲の記載が極めて不明確であり、発明の詳細な説明にサポートされたものでもないのでその特許は、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしておらず、同法第123条第1項第4号の規定により無効とされるべきであり(以下「無効理由2」という。)、さらに、本件特許発明2は、平成14年6月27日提出の手続補正書による補正が、本件の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内でされたものではないので、特許法第17条の2第3項の規定に違反するから、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきである(以下「無効理由3」という。)と主張し、証拠方法として甲第1号証ないし甲第9号証を提出している。(なお、請求人は平成21年6月12日付の上申書に甲第10号証ないし甲第13号証を添付しているが、これは、審判請求書又は弁駁書とともに提出されたものではないので無効理由の証拠としては採用することができない。)

3.被請求人の主張の概要
一方、被請求人は、本件特許発明1と甲各号証記載の発明とは明りょうな差異を有するとともに、本件特許発明2は特許法第36条第6項第1号及び第2号の規定に違反するものではなく、平成14年6月27日提出の手続補正書による補正は、新規事項の追加には該当しないため無効とすべきものではない旨主張し、乙第1号証、乙第2号証を提出している。(なお、被請求人は平成21年6月12日付の上申書に乙第3号証の1ないし乙第5号証を添付しているがこれは答弁書とともに提出されたものではないので、乙号証としてではなく、参考資料として扱う。)

4.甲各号証
(1)甲第1号証(特開平10-112949号公報)には、次の事項が記載されている。
・「【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は、空気調和装置・家庭用冷却貯蔵装置・ショーケース・フリーザ・プレハブ貯蔵庫用冷却ユニット・自動販売機・冷菓製造機・業務用冷却貯蔵庫・製氷機など、つまり、家庭用または工業用などの広範囲な産業分野に用いられている冷凍装置・極低温冷凍装置などに用いる冷媒電動圧縮装置において、冷媒流体にアンモニア系の流体を用いる場合の構成に関するものである。」
・「【0003】図7・図8において、密封型の冷媒電動圧縮装置1000は、給電端子100から供給される電力により駆動する電動機200に連結した圧縮部300によって、吸入部500から与えられる冷媒流体600、例えば、フロンを圧縮して吐出部700から圧縮冷媒流体601として、吐出する構成を、密閉容器900の内部に設けて構成してある。」
・「【0019】
【課題を解決するための手段】この発明は、上記のようなアンモニアによる冷媒流体を圧縮する圧縮部と、この圧縮部を駆動する裸型の電動機とを密閉状の容器内に収納したアンモニア冷媒電動圧縮装置において、上記の電動機の各部の絶縁するための絶縁材を、……、フッ素系樹脂の共重合体、……樹脂のいずれか1つを用いて形成する絶縁材手段を設ける第1の構成と、
【0020】この第1の構成におけるアンモニア冷媒電動圧縮装置と同様のアンモニア冷媒電動圧縮装置において、上記の電動機の巻線の素線をニッケルめっき銅線または錫めっき銅線を用いて形成する素線形成手段と、上記の素線の絶縁皮膜を、……、フッ素系樹脂の共重合体、……樹脂のいずれか1つを用いて形成する絶縁皮膜形成手段とを設ける第2の構成と、
【0021】上記の第1の構成におけるアンモニア冷媒電動圧縮装置と同様のアンモニア冷媒電動圧縮装置において、上記の電動機の巻線の線束の外周に介在させて絶縁するための絶縁介在層を、……、フッ素系樹脂の共重合体、……樹脂のいずれか1つを用いて形成する絶縁介在層形成手段を設ける第3の構成と、」
・「【0031】なお、図7における回転子220は、アルミニウムの太い「かご型」巻線用の導線をダイキャストで鋳込んで形成してある。しかし、電動機の種類によって、回転子220にも巻線を施したものもあるが、ここでは、固定子210の巻線211の部分に、この発明を実施するようにした場合の構成について説明する。」
・「【0035】こうした各部の絶縁などに用いる材質として、冷媒流体のアンモニアに対する耐食が優れたものを、種々の材質の中から選択するために、図2のような試験を行った。」
・「【0040】図2において、〔第1工程〕では、ガラス材の試験管1の底部に、潤滑油401とアンモニア603を入れた後に、試料2として図4の各試料のうちからを選んだものを入れる。
【0041】〔第2工程〕では、試験管1を、ジュワびん3、つまり、ステンレス製の魔法びんに入れるとともに、ジュワびん3の底部に液体窒素11を入れて冷却し、ドライ真空ポンプで真空にしながら、試験管1の細首部分1Aをバーナーで加熱溶融して封止する。つまり、真空下でアンプル状に加工する。
【0042】〔第3工程〕では、封止した試験管1を、ステンレス鋼材の保護筒4に入れて、150°C程度の恒温状態で7日間放置して、エージングした後に、試料2を取り出して、外観状態を黙視検査し、使用可能な材質か否かを判定する。」
・「【0043】上記の試験工程によって試験した結果、図4の判定欄における判定結果を得たものである。なお、図4の試料のうち、アルミニウム線は、電気抵抗が大きいので、固定子210巻線211には適さないが、回転子220の「かご型」巻線は、従来技術として使用しているので、回転子220については、そのままで、よいものとした。なお、各皮膜線における皮膜の形成は、ワニス状塗布、静電塗装、粉体塗装、押出被覆などのうちの適宜の被覆方法を用いて形成した。」
・「【0046】◆素線211aには、ニッケルめっき銅線または錫めっき銅線を用いる。
◆次の各部材は、……樹脂、フッ素系樹脂の共重合体、……樹脂のいずれか1つを用いて形成する。
☆素線211aの絶縁皮膜211b
☆巻線211の外周に介在させて絶縁するための絶縁介在層211x
☆巻線211の線束211yを束ねるための結束紐211J
☆巻線211の接続部分を絶縁保護する管状覆211H
なお、絶縁介在層211xには、具体的には、単一の膜体、または、複数の膜体を貼り合わせて一体にしたものを用いることができる。」
・「【0054】この第1の構成におけるアンモニア冷媒電動圧縮装置1000と同様の冷媒電動圧縮装置1000において上記の電動機200の巻線211の素線211aをニッケルめっき銅線または錫めっき銅線を用いて形成する素線形成手段と、上記の素線211aの絶縁皮膜211bを、……樹脂、フッ素系樹脂の共重合体、……樹脂のいずれか1つを用いて形成する絶縁皮膜形成手段と」
・また、【図4】には、アンモニアとの相溶性が良好なエーテル系潤滑油をアンモニアとともに試験管に入れた後、試料を入れ、150°Cで7日間放置した後の外観状況の判定結果が銅線は「不可」であるのに対しアルミニウム線はニッケルメッキ線とともに「良」であることが示されている。

(2)甲第2号証(特開昭51-37017号公報)には、次の事項が記載されている。
・「本発明は強度及び延性のすぐれた導電用軟質強力アルミニウム合金に関するものであり、特に通信ケーブル、巻線及び屋内配線用導体のアルミニウム化に最適なアルミニウム材料を提案するものである。」(1頁左下欄10?14行)
・「巻線用および屋内配線用導体に使用するアルミニウムとしては、かかる電線ケーブルの製造上及び使用上の見地から導電率60%IACS以上で、かつ、強度および伸びのすぐれたものが要求される。」(1頁左下欄19行?右下欄3行)
・「たとえば、これら導電用アルミニウムのうち上記の要求に最も近い特性を有するものとして電気用アルミニウム(純度99.65%以上)があるが、該アルミニウムは軟質での引張り強さ及び耐力が低く軟質のままでは例えばサイズの細い通信ケーブルの製造時に引細りや断線を生じる欠陥がある。」(1頁右下欄7?13行)
・「上記比較例(5)は電気用純アルミニウムであり不純物として硅素0.05%、銅0.002%、鉄0.12%含有する一般電線用アルミニウム(純度99.8%)であり、」(2頁右下欄下から7?4行)
・「比較例の各合金は通常の製造法に従い、鋳造して得られた各鋳塊から熱間加工により12mmφの荒引線を得、ついで該荒引線より各種冷間加工度の供試線を得た。」(3頁左上欄1?4行)
・「第2表の軟材(加工度0%)は8mmφ荒引から1.1mmφまで冷間伸線したものを完全焼鈍して得た。ついで得られた軟材を冷間伸線し13%及び20%の冷間加工を与えたものが2次加工による半硬材である。」(3頁左上欄11?15行)

(3)甲第3号証(特開昭50-51015号公報)には、次の事項が記載されている。
・「99.5?99.85%純度のアルミニウムを連続鋳造圧延により荒引線となし、これを……時間焼鈍した後冷間伸線加工を加え、更に電流焼鈍を加えて……軟アルミニウム電線とすることを特徴とする軟アルミニウム電線の製造方法」(特許請求の範囲)
・「従来、軟アルミニウム電線の製造法は圧延押出し、あるいは連続鋳造圧延により得られた荒引線を冷間伸線し、これを必要な特性に従がい所定温度で焼鈍するかあるいは、所定サイズの中間サイズで完全焼鈍し更に要求サイズに冷間加工を加え要求性能を得ていた。」(1頁左下欄15?20行)

(4)甲第4号証(特開昭62-218537号公報)には、次の事項が記載されている。
・「ビレットを押出加工して直径12mmの伸線素材を作り、これを冷間にて第一段階として線径0.5mmまで伸線加工した。この伸線素材を300℃×4時間で中間焼鈍熱処理し、然る後、再び冷間にて線径0.15mmの最終細線にまで伸線加工し、然る後150℃×4時間で最終焼鈍熱処理した。」(3頁右上欄1?8行)
・また、3頁の第1表には純度99.99%のアルミニウム細線を製造することが示されている。

(5)甲第5号証(特開平10-141226号公報)には、次の事項が記載されている。
・「【0014】従来の固定子(ステータ)の巻線1はフロン22冷媒を使用する場はエナメル銅線を用いていたが、この巻線自体をアルミニウム製とし、かつ耐アンモニア用コーティング2を施すことにより高信頼性を確保する。」

(6)甲第6号証(奥田聡監修「防食技術ハンドブック」、株式会社化学工業社、平成2年3月10日改訂1刷発行、第376?379頁)には、次の事項が記載されている。
・「b.すぐれた耐薬品性 ふっ素樹脂は他の樹脂,金属などに較べていずれも化学的にすぐれた抵抗性がある。」(376頁下から7?6行)
・「c.電気的特性 ふっ素樹脂は電気絶縁性が良好で、」(377頁7行)
・「d.低摩擦係数 ふっ素樹脂は表14-1に示したように低い低摩擦係数を示すが、そのなかでも特にPTFEはすべての固体のなかでもっとも低い摩擦係数を示しているが、」(同頁10?12行)

(7)甲第7号証(村橋俊介、小田良平、井本稔著「プラスチックハンドブック」,株式会社朝倉書店、昭和49年8月1日6版発行、第454?456頁)には、次の事項が記載されている。
・「(i)ポリテトラフルオルエチレンの性能 ポリテトラフルオルエチレンは、白色のロウ状触感を有する熱可塑性樹脂で融点は327°であり、-100°の低温から260°の高温まで安定に使用が可能である.耐薬品性も極めて優れており、通常の薬品には侵されず」(454頁下から6?4行)
・「(2)電気的特性を利用して: 高周波特性に加うるに高度の耐熱、耐寒、耐水、耐老化性などの要求される場合には、きわめて適当な電気絶縁材料として用いられる.」(456頁20?21行)

(8)甲第8号証(宮川大海、吉葉正行著「金属材料通論-鉄鋼・非鉄・新材料-」、株式会社朝倉書店、1987年4月5日初版第1刷、第126?127頁)には、次の事項が記載されている。
・「9.1 工業用純アルミニウム(JIS 1000シリーズ)
……電気・熱の伝導性がCuについで良好で……展延性、成形性に富み、」(126頁2?6行)
・「Alのもうひとつの大きな特徴は耐食性が非常にすぐれていることである.」(126頁下から7行)
・「Alは以上のような特徴をもつので、……線材は高圧送電用ケーブル、……などに最も多用される」(127頁下から8?5行)

(9)甲第9号証(椙山正孝著「非鉄金属材料」、株式会社コロナ社、昭和52年1月25日 13版発行、第144?145頁)
・「3・1・3 アルミニウムの物理的性質……導電率は銅のそれの約60%以上あり、軽量、耐食性の性質と相まって電線用にかなり実用されている。」(144頁下から10?4行)
・また145頁の表3・5には電気用アルミニウム地金の化学成分がAlは99.65%以上であることが示されている。

5.無効理由1について
(1)甲1発明
4.(1)で抽出した甲第1号証の記載事項によれば、甲第1号証には次の事項からなる発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「冷媒のアンモニアを圧縮させる圧縮部に連結され、かつ密閉容器内に固定されて密閉型の冷媒電動圧縮装置を構成する電動機において、
前記電動機の巻線がニッケルメッキ銅線または錫メッキ銅線をフッ素樹脂などの絶縁材で被覆した電線であるアンモニアを圧縮させる冷媒電動圧縮装置に連結される電動機。」

(2)対比
そこで、本件特許発明1と、甲1発明とを対比すると、後者の「冷媒のアンモニアを圧縮させる圧縮部」は前者の「冷媒のアンモニアを圧縮または膨張させる回転機械」に相当し、以下同様に「に連結」は「と一体に結合」に、「密閉容器内に固定」は「耐圧力密封ケーシングに収納」に、「密閉型の冷媒電動圧縮装置」は「気密構造としたハーメチック型回転装置」に、「電動機」は「回転電機」に、それぞれ相当する。
また、後者の「ニッケルメッキ銅線または錫メッキ銅線をフッ素樹脂などの絶縁材で被覆した電線」と前者の「純度が99.6%以上のアルミニウム中間軟化材若しくは軟質材からなるアルミニウム電線を弗素樹脂で直接被覆された2層構造」である「電線」とは、「耐アンモニア性を有する電線」との概念で共通している。
そして、後者の「アンモニアを圧縮させる冷媒電動圧縮装置に連結される電動機」は前者の「アンモニア用回転機械に結合される回転電機」に相当する。

したがって両者は
[一致点]
「冷媒のアンモニアを圧縮または膨張させる回転機械と一体に結合され、かつ耐圧力密封ケーシングに収納されて気密構造としたハーメチック型回転装置を構成する回転電機において、
前記回転電機の巻線が耐アンモニア性を有する電線であるアンモニア用回転機械に結合される回転電機。」で一致し、
[相違点]
(ア)回転電機の耐アンモニア性を有する巻線が、本件特許発明1では「純度が99.6%以上のアルミニウム中間軟化材若しくは軟質材からなるアルミニウム電線を弗素樹脂で直接被覆された2層構造」の「電線」であるのに対し、甲1発明では「ニッケルメッキ銅線または錫メッキ銅線をフッ素樹脂などの絶縁材で被覆した電線」である点、及び
(イ)アルミニウム線に関し、本件特許発明1では「アルミニウム中間軟化材の電線が、高純度アルミニウムの地金を線引き加工して得たアルミニウム硬質材を伸線した後、第1の焼き鈍しを行い、再度伸線して得た電線であり、又軟質材は前記中間軟化材を更に第2の焼き鈍しを行って得られた電線」と特定しているのに対し、甲1発明ではそのような特定をしていない点で相違している。

(3)相違点に対する判断
相違点(ア)及び(イ)について
アルミニウム線がニッケルメッキ線と同程度に耐アンモニア性を有する電線であることが甲第1号証の、冷媒流体のアンモニアに対する耐食がすぐれたものを選択する(【0035】参照)ための試験結果を示す試験評価図である図4に示されている。
また、アンモニア冷媒に対応する圧縮機用モータの巻線に、エナメル銅線に替えて耐アンモニア用コーティングを施したアルミニウム線を用いることが甲第5号証(【0014】参照。)に記載されている。
さらに、「純度が99.6%以上」のアルミニウム導線が巻線に用いられることが甲第2号証、甲第3号証及び甲第4号証に記載されているように周知の事項である。
そしてフッ素樹脂が耐熱、耐薬品性に優れ、電気絶縁材料として用いられることは甲第6号証、甲第7号証に記載されているように周知の事項である。
そうすると、甲1発明においても回転電機の巻線として用いる耐アンモニア性を有する電線として、ニッケルメッキ線に替えてアルミニウム電線を用い、アンモニアに対する耐食が優れた絶縁材として示されたものの中からフッ素系樹脂を選択することで相違点(ア)に係る本件特許発明1の構成とすることは当業者が任意になし得る事項というべきである。
また、導電用アルミニウム線は、純度が99.6%以上のアルミニウムの荒引線を伸線し、焼鈍してから加工して半硬材(本件特許発明1の「中間軟化材」に相当)としたものを用いることが甲第2号証に記載されているように技術常識である。
したがって、甲1発明において、アンモニア用回転機械に結合される回転電機の巻線として「純度が99.6%以上のアルミニウム中間軟化材若しくは軟質材からなるアルミニウム電線を弗素樹脂で直接被覆された2層構造」の「電線」であって、前記「アルミニウム中間軟化材の電線が、高純度アルミニウムの地金を線引き加工して得たアルミニウム硬質材を伸線した後、第1の焼き鈍しを行い、再度伸線して得た電線であり、又軟質材は前記中間軟化材を更に第2の焼き鈍しを行って得られた電線」であるものとすることで相違点(ア)及び(イ)に係る本件特許発明1の構成とすることは当業者が容易になし得たことと認められる。
また、本件特許発明1の奏する効果は、甲第1号証記載の発明、甲第5号証記載の発明、及び甲第2?4号証、甲第6?9号証に記載の上記周知の事項から予測し得る程度のものと認められる。
したがって、本件特許発明1は、甲第1号証記載の発明、甲第5号証記載の発明、及び甲第2?4号証、甲第6?9号証に記載の上記周知の事項に基づいて当業者が容易になし得たことと認められる。

(4)無効理由1についてのむすび
以上のとおりであるから、本件特許発明1は、甲第1号証記載の発明、甲第5号証記載の発明、及び甲第2?4号証、甲第6?9号証に記載の上記周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明1についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。

6.無効理由2について
本件特許発明2の、請求項2の記載は「中間軟化材では、伸びは軟質材より大幅に小さく硬質材に近い値であり」という記載を含むものであるが、この「大幅に小さく」という記載は、軟質材と硬質材の中間より硬質材に近いのか、ほぼ硬質材と同じであるのか不明であるとともに、軟質材、及び硬質材自体の伸びがそれぞれどの程度であるのか特定されていないのであるから、本件特許発明2を構成する電線の伸び自体を特定することができないものであって、本件特許発明2の構成が不明であるといわざるを得ない。
この点につき、被請求人は、平成21年4月13日付の審判事件答弁書の10頁7行?20行において、本件明細書の【0028】の記載事項及び表1の記載事項に基づいて解釈する必要がある旨主張するが、この表1に記載された伸びは【0025】に記載された一実施例の場合の硬質材、中間軟化材、及び軟質材の数値に限られるものであって、このような特定のされていない本件特許発明2の構成においては、伸びの値の関係は単に相対的なものというべきであり、表1に記載される様な特定のものに対応する値に限られるものということはできない。
さらに、この点につき被請求人が平成21年6月12日に提出した上申書に添付された資料を見ても、その乙第3号証によれば、上記実施例に対応する径が1.2mmの硬アルミニウム線(本件特許発明2の硬質材が相当)の伸びは記載されていないが付表の数値からみて1.3%以下である可能性が高く、同じく乙第4号証によれば半硬アルミニウム線(本件特許発明2の中間軟化材が相当)の伸びも1.3%以下である可能性が高いことが推測される。
また、この「伸び」について乙第3号証及び乙第4号証では「…%以上」と記載されているのみであるとともに、その値は硬アルミニウム線と半硬アルミニウム線で同じ値となっていることから、中間軟化材と硬質材の伸びの関係は単に相対的なものというべきである。さらに、軟質材についての例示もないことから軟質材との関係も相対的なものと認めざるを得ない。
してみると、請求項2の「中間軟化材からなる電線が、焼き鈍し前の電線を硬質材、中間軟化材を更に第2の焼き鈍しを行って得られた電線を軟質材とした場合」という記載により特定される各材質の伸びがその実施例として本件特許明細書の表1に示されるような、中間軟化材の伸びが1.9程度で硬質材の伸びが1.5程度のものに特定すべき理由はなく、請求項2の「中間軟化材では、伸びは軟質材より大幅に小さく硬質材に近い値であり」という記載によりどのような伸びのものを特定しているのかは不明であるといわざるを得ない。
したがって、本件特許発明2は、特許請求の範囲の記載が不明確であり、発明の詳細な説明にサポートされたものでもないのでその特許は、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしておらず、同法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきものである。

7.無効理由3について
請求人は、本件特許発明2に関して、平成14年6月27日提出の手続補正書による補正が、本件の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内でされたものではない旨主張する。
しかし、「中間軟化材では、伸びは軟質材より大幅に小さく硬質材に近い値であり、屈曲値は硬質材の約2倍であるとともに、捻回値が硬質材及び軟質材より高い数値である電線である」という特定事項について、願書に最初に添付した明細書には、「伸び」については、表1に、軟質材が31.0、中間軟化材が1.9、硬質材が1.5と記載されており、【0028】には「屈曲値は硬質材の約2倍である」と記載され、「捻回値」については、表1に軟質材が102、中間軟化材が131、硬質材が88と記載されていることから、上記補正は願書に最初に添付した明細書に記載された事項の範囲内でなされたものと認めることができるので、請求人の主張する無効理由3には理由がない。

8.むすび
以上のとおりであるから、本件特許発明1は、無効審判請求人の主張する無効理由1によって、また本件特許発明2は、無効審判請求人の主張する無効理由2によって、いずれも無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-07-07 
結審通知日 2009-07-15 
審決日 2009-07-28 
出願番号 特願平10-250565
審決分類 P 1 123・ 121- Z (H02K)
P 1 123・ 537- Z (H02K)
P 1 123・ 55- Z (H02K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 下原 浩嗣  
特許庁審判長 田良島 潔
特許庁審判官 槙原 進
大河原 裕
登録日 2002-10-04 
登録番号 特許第3357607号(P3357607)
発明の名称 アンモニア用回転機械に結合される回転電機  
代理人 高橋 昌久  
代理人 石橋 克之  
代理人 菅河 忠志  
代理人 植木 久一  
代理人 酒迎 明洋  
代理人 植木 久彦  
代理人 松本 廣  
代理人 山崎 順一  
代理人 植村 純子  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ