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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2010800062 審決 特許
無効200480238 審決 特許
無効2008800101 審決 特許
無効200680264 審決 特許
無効200680178 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A61K
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  A61K
管理番号 1224367
審判番号 無効2006-80265  
総通号数 131 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-11-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2006-12-15 
確定日 2010-03-08 
事件の表示 上記当事者間の特許第3664648号フルオロエーテル組成物及び、ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法の特許無効審判事件について、審理の併合のうえ、次のとおり審決する。 
結論 無効2006-80264 本件の審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。無効2006-80265 本件の審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。無効2007-800195 本件の審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。 
理由
第1 手続の経緯
本件特許第3664648号(以下、「本件特許」という。)に係る発明についての特許出願(特願2000-349024 以下、「本件出願」という。)の手続及び無効審判請求手続の経緯は以下のとおりである。

特願平10-532168(原出願)の出願 平成10年 1月23日
(優先日 平成9年1月27日)
本件出願(原出願の分割として出願) 平成12年11月16日
本件特許の設定登録 平成17年 4月 8日
特許公報の発行 平成17年 6月29日
審判請求(無効2006-80264) 平成18年12月15日
審判請求(無効2006-80265) 平成18年12月15日
併合審理通知(無効2006-80264 無効2006-80265)
平成19年 1月 9日
審判請求(無効2007-800195) 平成19年 9月14日
併合審理通知(無効2006-80264、無効2006-80265、無効2007-800195) 平成20年 1月 8日

第2 本件特許の請求項に係る発明

本件特許の請求項1ないし2に係る発明は、特許明細書の特許請求の範囲に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

【請求項1】
一定量のセボフルランの貯蔵方法であって、該方法は、内部空間を規定する容器であって、かつ該容器により規定される該内部空間に隣接する内壁を有する容器を供する工程、一定量のセボフルランを供する工程、該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程、及び該一定量のセボフルランを該容器によって規定される該内部空間内に配置する工程を含んでなることを特徴とする方法。
【請求項2】
上記空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤が、水、ブチル化ヒドロキシトルエン、メチルパラベン、プロピルパラベン、プロポホール、及びチモールからなる群から選択されることを特徴とする、請求項1に記載の方法。

以下、それぞれを「本件発明1」、「本件発明2」、これらを総称して「本件発明」ということがある。

また、本件発明1の方法は、
(A)一定量のセボフルランの貯蔵方法であって、以下の工程を含んでなることを特徴とする方法
(B)内部空間を規定する容器であって、かつ該容器により規定される該内部空間に隣接する内壁を有する容器を供する工程、
(C)一定量のセボフルランを供する工程、
(D)該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程、及び
(E)該一定量のセボフルランを該容器によって規定される該内部空間内に配置する工程
と分説することができるから、本審決中においては、これらの工程を(A)?(E)の記号を用いて記載することがある。

第3 無効2007-8000195

1.請求人の求めた審判

請求人は、「本件特許の請求項1ないし2に係る特許を無効とする。審判費用を被請求人の負担とする。」との審決を求め、以下の無効理由を主張し、証拠として甲第1?10号証を提出した。

本件特許は、原出願の出願当初明細書の開示の範囲を超えてなされた分割出願に係るものであり、平成18年改正前特許法第44条第1項に規定される分割要件を満たさないから、その出願日は平成12年11月16日となることを前提とし、原出願の国際公開公報(甲第1号証)に基づいて以下の無効理由を主張している。

(1)無効理由1
請求項1?2に係る本件発明は新規性がないから、特許法第29条第1項に該当し、その特許は特許法第123条第1項第2号により無効とされるべきである。
(2)無効理由2
請求項1?2に係る本件発明は進歩性がなく特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、その特許は特許法第123条第1項第2号により無効とされるべきである。

甲第1号証;国際公開公報98/32430号パンフレット
甲第2号証;本件特許の分割出願時の平成12年11月16日付け提出の願書及び願書に添付した明細書、図面及び要約書
甲第3号証;特許・実用新案審査基準第V部第1章第1節「出願の分割の要件」
甲第4号証;特許・実用新案審査基準第III部第I節「新規事項」
甲第5号証;原出願の国内段階移行時の国内書面(平成11年7月26日付け)および国内書面に添付した明細書、図面の簡単な説明、請求の範囲、要約書についての翻訳文
甲第6号証;東京地裁平成18年9月28日判決(平成17年(ワ)第10524号特許権侵害差止請求事件)
甲第7号証;丸石製薬 セボフルラン(販売名「セボフレン(登録商標)」)の医薬品インタビューフオーム(2005年)
甲第8号証の1;平成17年(ワ)第10524号特許権侵害差止請求事件における平成17年5月30日付け訴状
甲第8号証の2;平成18年(ネ)第10075号特許権侵害差止請求控訴事件における平成19年2月28日付け答弁書
甲第9号証;阪上ら SCAS NEWS 2000-I,7-11頁 医薬品の保存安定性試験(2000年)
甲第10号証;東京地裁平成18年9月8日判決(平成17年(ワ)第10907号特許権侵害差止請求控訴事件

2.被請求人の主張
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、上記請求人の主張する無効の理由はいずれも成り立たない旨主張し、下記の書証を提出している。

乙第1号証;平成18年(ネ)第10075号差止請求控訴事件
平成19年6月22日付控訴人第2準備書面
乙第2号証;平成17年(ワ)第10524号特許権侵害差止請求事件
平成17年11月18日付原告第2準備書面
乙第3号証;平成17年(ワ)第10524号特許権侵害差止請求事件
平成18年5月8日付原告第6準備書面
乙第4号証;平成3年11月15日付岩波書店発行の広辞苑(第四版)「貯蔵」の項

3.当審の判断

3-1 分割要件について

特許法第44条第1項には「特許出願人は、願書に添付した明細書又は図面について補正することができる期間内に限り、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな出願とすることができる。」(以下、これを「分割要件」という。)と規定されている。本件特許にかかる出願は、特願平10-532168を原出願とし、その出願に対する拒絶理由通知応答期間内(願書に添付した明細書又は図面について補正することができる期間内)に分割出願されたものである。
原出願は国際出願であるから、その翻訳文(甲第5号証)が原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面とみなされるが(以下、これを「原明細書」という。)、ここで、原明細書(甲第5号証)と本件分割出願当初明細書(甲第2号証)の記述をみると、前者の「発明の技術分野」から実施例7(第1?26頁)までの記載は、後者の【発明の詳細な説明】以下の【0001】?【0058】の段落番号が付された部分の記述と全く同一であり、図面にも変更はない。また、本件分割出願当初明細書の上記段落の記述は本件特許明細書(これを単に「本件明細書」という。)においても全く同一である。したがって、本審決中では原明細書の記載内容を対応する本件明細書の段落番号によって引用し、以下、分割要件について検討することとする。

3-1-1 原明細書の記載について
原明細書には、以下の記載がある。(下線は審決において付した。)
段落【0010】には「発明の要約」と題して、
「本発明は、そこに有効な安定化量のルイス酸抑制剤が付加されたアルファフルオロエーテル部分を有するフルオロエーテル化合物を含有する安定な麻酔薬組成物に関する。好適なフルオロエーテル化合物はセボフルランであり、また、好適なルイス酸抑制剤は水である。本組成物は、ルイス酸抑制剤をフルオロエーテル化合物に加えることにより、またはフルオロエーテル化合物をルイス酸抑制剤に加えることにより、あるいは容器をルイス酸抑制剤で洗浄した後、フルオロエーテル化合物を加えることにより調製することができる。」、段落【0011】には「また、本発明は、アルファフルオロエーテル部分を有するフルオロエーテル化合物の安定化法も含む。本方法は、有効な安定化量のルイス酸抑制剤をフルオロエーテル化合物に加えることにより、ルイス酸による該フルオロエーテル化合物の分解を防止することを含む。好適なフルオロエーテル化合物はセボフルランであり、また、好適なルイス酸抑制剤は水である。」と各々記載され、ルイス酸による分解を抑制する手段として「ルイス酸抑制剤」の利用がうたわれている。

段落【0017】?【0058】には「発明の詳細な説明」と題して安定な麻酔薬組成物、及びその調製方法の説明や実施例の開示がなされており、本件発明で使用する「ルイス酸抑制剤」に関しては以下の記載がある。

「【0026】「また、本発明の麻酔薬組成物は生理学的に許容可能なルイス酸抑制剤も含んでいる。本明細書で用いる「ルイス酸抑制剤」という用語は、ルイス酸の空軌道と相互作用し、それによりその酸の潜在的な反応部位を遮断するあらゆる化合物を表している。生理学的に許容可能なあらゆるルイス酸抑制剤を本発明の組成物に使用することができる。本発明で使用できるルイス酸抑制剤の例は、水、ブチル化ヒドロキシトルエン(1,6-ビス(1,1-ジメチル-エチル)-4-メチルフェノール)、メチルパラベン(4-ヒドロキシ安息香酸メチルエステル)、プロピルパラベン(4-ヒドロキシ安息香酸プロピルエステル)、プロポホール(2,6-ジイソプロピルフェノール)、及びチモール(5-メチル-2-(1-メチルエチル)フェノール)を含む。
【0027】
本発明の組成物は有効な安定化量のルイス酸抑制剤を含んでいる。本組成物に使用できるルイス酸抑制剤の有効な安定化量は、約0.0150%w/w(水当量)からフルオロエーテル化合物中におけるルイス酸抑制剤の約飽和レベルまでであると考えられる。本明細書で用いる「飽和レベル」という用語は、フルオロエーテル化合物中におけるルイス酸抑制剤の最大溶解レベルを意味している。・・・しかし、一旦本組成物がルイス酸に晒されると、本組成物とルイス酸抑制剤の望ましくない分解反応を防止するため、ルイス酸抑制剤がルイス酸と反応するので、本組成物中のルイス酸抑制剤量は減少し得ることに留意すべきである。
【0028】
本発明の組成物で使用するのに好適なルイス酸抑制剤は水である。精製水または蒸留水、あるいはそれらの組み合わせを使用することができる。先述の如く、本組成物に付加できる水の有効量は、約0.0150%w/wから約0.14%w/wであり、好適には約0.0400%w/wから約0.0800%w/wであると考えられる。他のルイス酸抑制剤の場合は、水のモル量に基づくモル当量を使用すべきである。
【0029】
フルオロエーテル化合物がルイス酸に晒されると、本組成物中に存在する生理学的に許容可能なルイス酸抑制剤がルイス酸の空軌道に電子を供与し、該抑制剤と該酸との間に共有結合を形成する。これにより、ルイス酸はフルオロエーテルのアルファフルオロエーテル部分との反応が妨げられ、フルオロエーテルの分解が防止される。」

これらの記載からルイス酸抑制剤の作用、ルイス酸抑制剤として使用可能な具体的化合物例、組成物の場合の有効量が明らかである。

また、段落【0030】の
「本発明の組成物は様々な方法で調製することができる。ある局面では、先ずガラス製ボトル等の容器をルイス酸抑制剤で洗浄またはすすぎ洗いした後、その容器にフルオロエーテル化合物が充填される。任意に、洗浄またはすすぎ洗いした後、その容器を部分的に乾燥させてもよい。フルオロエーテルを容器に付加した後、その容器を密封する。本明細書で用いる「部分的に乾燥」という用語は、乾燥された容器または容器内に化合物の残留物が残るような不完全な乾燥プロセスを表している。また、本明細書で用いる「容器」という用語は、物品を保持するために使用することができるガラス、プラスチック、スチール、または他の材料でできた入れ物を意味している。容器の例は、ボトル、アンプル、試験管、ビーカー等を含む。」及び段落【0033】の
「 ルイス酸抑制剤は製造プロセスのあらゆる適切なポイントで本組成物に加えることができ、例えば、500リットル入り出荷容器等の出荷容器に充填する前の最終製造ステップで加えることもできる。適当な量の本組成物をその容器から分注し、当産業分野で使用するのにより好適なサイズの容器、例えば250mL入りガラス製ボトル等の容器に入れて包装することができる。更に、適量のルイス酸抑制剤を含有する少量の本組成物を用いて容器を洗浄またはすすぎ洗いし、容器に残っている可能性のあるルイス酸を中和することができる。ルイス酸を中和したら容器を空にし、その容器に付加量のフルオロエーテル化合物を加え、容器を密封してもよい。」
の記載のほか、以下のタイトルを付した実施例の記載がある。実施例6,7についてはその内容も記載した。

実施例1;「ルイス酸としての活性アルミナ」
実施例2;「水を加えた場合と加えない場合の、加熱によるアンプル内でのセボフルランの分解」
実施例3;「水添加試験(109ppmから951ppm)によるアンプル内でのセボフルランの分解」
実施例4;「60℃または40℃における水添加セボフルラン試験によるアンプル内でのセボフルランの分解」
実施例5;「活性化されたタイプIIIの褐色ガラス製ボトル内におけるセボフルランの分解」
実施例6;「活性化されたタイプIII褐色ガラス製ボトル内でのセボフルランの分解に関する追加試験」
「実施例5の各ボトル内でのセボフルランの分解の程度をガスクロマトグラフィーで定量化した。10本のボトルを、対照Sevoグループ(ボトル2、3、5、7、8を含む)と試験Sevoグループ(ボトル1、4、6、9、10を含む)の2つのグループに分けた。
10本のボトルすべてを、約20ppmの水を含有する分解していないセボフルランで再度数回すすぎ洗いした。5本の対照Sevoグループのボトルに対しては、約20ppmの水を含有する100mLのセボフルランを各ボトルに入れた。一方、5本の試験グループボトルに対しては、約400ppmの水(添加)を含有する100mLのセボフルランを各ボトルに入れた。」【0054】・・・
表6の結果は、試験Sevoグループ(400ppmの水)ではセボフルランの分解度がかなり低減されたことを示している。分解産物P2(ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル)、及びS1(メチレングリコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテル)の量は、対照グループ1(20ppmの水)の場合よりもずっと少なかった。しかし、試験SevoグループのHFIP濃度はかなり高く、ガラス表面が尚も幾分活性状態にあったことを示唆している。」

実施例7;「活性化されたタイプIII褐色ガラス製ボトル内でのセボフルランの分解に関する追加試験」
「実施例6の試験Sevoグループの5本のボトルからセボフルランをデカントした。各ボトルを新鮮なセボフルランで充分にすすぎ洗いした。次いで、各ボトルに約125mLの水飽和セボフルランを入れた。その後、その5本のボトルを回転機に約2時間掛け、活性化されたガラス表面に水を被覆できるようにした。次いで、各ボトルから水飽和セボフルランを排液し、400(添加)ppmの水を含有する100mLのセボフルランで置換した。50℃で18時間、36時間、及び178時間加熱した後、すべてのサンプルをガスクロマトグラフィーで分析した。・・・
【0058】表7の結果は、活性化されたガラス表面を加熱する前に水飽和セボフルランで処理することにより、セボフルランの分解が大いに抑制されたことを示している。」

3-1-2 原出願に本件発明が包含されているか

原出願は、発明の名称を「フルオロエーテル組成物及び、ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法」とする出願であり、原明細書には上記の摘記にみるとおり本件発明の(A)?(E)の工程の結合がその文言どおりに記載されている箇所は存在しない。
しかしながら、上記実施例7では、活性化されたタイプIII褐色ガラス製ボトルを供する工程、容器に水飽和セボフルランを入れボトルを回転機に掛け、活性化されたガラス表面に水を被覆する工程、これを排液し、400ppmの水を含有するセボフルランで置換する工程が存在し、置換に先だって当該セボフルランを供する工程も当然に存在する。
また、実施例4の段落【0045】「表3の結果は、40℃で200時間貯蔵した場合、・・分解を抑制できることを示している。」の記載からすると、実施例7の50℃で18?178時間置く工程も「貯蔵」と解されるから、結局、実施例7には(B)?(E)の工程を含む(A)の貯蔵方法の発明の一態様が開示されている。
そして、実施例7の水飽和セボフルランで被覆処理をした場合の結果(表7)と実施例6の約20ppmの水を含有する分解していないセボフルランで再度数回すすぎ洗いした場合の結果(表6)とを対比するならば、水飽和セボフルランによる被覆がセボフルランの分解の抑制をもたらすことが明らかである。
すなわち、実施例6の「約20ppmの水を含有する分解していないセボフルランで再度数回すすぎ洗い」する処理は、段落【0018】に「本明細書で用いる「無水」という用語は・・・水の量が50ppm未満であることを意味している。」の記載にあるとおり、無水セボフルランによる処理と同じであって、これはむしろ通常化学実験で行われる共洗い(化学分析時に行う準備作業の名称。容器内部に付着している、分析対象となる液体以外の物質を予め除去するため、容器内部を分析対象の液体を用いて洗浄することをいい、容器洗浄に用いた水分が付着していることで、分析対象の液体の濃度に影響を与えることのないようにする目的もある)に相当し、その後、容器には400ppmの水を含有するセボフルランが配置される。
一方、実施例7では被覆に水飽和セボフルラン(水の含有量1400ppm)が使用され、その排液時に容器内壁に水飽和セボフルランが付着し残存するが、そこに含まれる水は極めて微量であって、その後置換される400ppmの水を含有するセボフルラン中の水分を実質的に増加させるものではないから、実施例6と7で容器内に配置されるセボフルランが含有する水の量は同じと考えられ、表6と7の結果の差は被覆処理そのものに由来する効果と理解することができる。
そして、この効果は、段落【0027】の「・・しかし、一旦本組成物がルイス酸に晒されると、本組成物とルイス酸抑制剤(審決注:ルイス酸の誤記と認められる。)の望ましくない分解反応を防止するため、ルイス酸抑制剤がルイス酸と反応する・・」の記載や段落【0033】の「適量のルイス酸抑制剤を含有する少量の本組成物を用いて容器を洗浄またはすすぎ洗いし、容器に残っている可能性のあるルイス酸を中和することができる。」の記載からみて、「水飽和セボフルラン」に含まれるルイス酸抑制剤である水が、容器に残っていたルイス酸と反応し、これを中和した結果であると解することができる。
また、上記【0033】に洗浄、すすぎ洗いによってもルイス酸の中和ができるとの記載があることや、実施例7の回転機に掛けガラス表面を水で被覆する処理は、水を流動させてむら無くガラス表面に接触させる処理であって、洗浄やすすぎ洗いも同様の処理であることからすると、洗浄、すすぎ洗いも容器内壁を被覆する一態様であると解することができる。
そうすると、段落【0030】、段落【0033】の組成物の調製において、容器をルイス酸抑制剤で洗浄やすすぎ洗いした後、その容器にフルオロエーテル化合物(セボフルラン)を充填する工程は、容器表面のルイス酸を中和すると共に、容器内壁に残存するルイス酸抑制剤をセボフルランに添加するものであるから、調製工程には、容器を供する工程、一定量のセボフルランを供する工程、容器内壁をルイス酸抑制剤で洗浄やすすぎ洗い(被覆)する工程、一定量のセボフルランを容器空間内に配置する工程が当然に含まれ、そこにも(B)?(E)の一連の工程を読み取ることができる。また、調製後の組成物は、当然に一定期間の貯蔵が予定されるのであるから貯蔵工程(A)も付随して存在する。
したがって、原出願は本件発明を包含していると認められる。
そして、原出願の明細書の「発明の技術分野」から実施例7(第1?26頁)までの記載は、分割直前においても同じであるから、本件発明は原出願の分割直前の明細書に記載された事項の範囲内のものでもあるということができる。よって、本件特許が分割要件に違反してなされたとすることはできない。

請求人は原明細書に、被覆の用語の記載があるのは実施例3及び7、貯蔵の用語の記載があるのは実施例4及び5のみであるとし、以下の点を指摘して原明細書には(D)や(A)の工程の記載がないとしている。

ア.実施例3では、ガラス表面の水被覆の有無でセボフルラン分解に有意な差がなく、実施例7では被覆によりセボフルランの分解が抑制されているから、どのような量の水でどのような態様の「被覆」を行えば一般にセボフルランの分解が抑制できるのかを容易に認識できるとは言えない。
イ.実施例3及び実施例7における水はセボフルランに溶解しているから、それ以外のルイス酸抑制剤で容器の内壁を「被覆」することでセボフルランの分解を抑制できることは理解できるといえない。
ウ.水を「おおいかぶせ」たとしても作用効果の見られない例(実施例3及び実施例6)があり、実施例7のみからは、あらゆる態様の「作用効果を奏する被覆」なるものが明らかでない。
エ.本件発明の「ルイス酸抑制剤」、「被覆」、「容器」は、実施例7の「水飽和セボフルラン」、「水飽和セボフルランを入れて、ボトルを回転機に2時間掛けること」、「正体不明の活性化されたガラス容器」の各々上位概念であるから、本件発明は、原出願の当初明細書等に記載された下位概念の発明をもとに、分割出願において上位概念の発明として特許請求の範囲に記載している。
オ.実施例4及び5は共に「容器内壁を被覆した貯蔵方法」とは無関係であるから、原出願の当初明細書には、本件発明にかかる容器内壁をルイス酸抑制剤で「被覆」 した「貯蔵方法」に関する記載はない。
カ.実施例7においてですら、長期間にわたる医薬品の保存(通常の条件下で2?3年)を含む「貯蔵方法」は全く記載されていない。

<イ、エ、オについて>
しかし、実施例4、5や3、7のみならず、原明細書全体、特に段落【0030】、段落【0033】をみるならば、上記したとおり、ルイス酸抑制剤で容器内壁を被覆し、その後セボフルランを配置して貯蔵するという上位概念での(A)及び(D)の工程を読み取ることができるのであるから、イ、エ、オの主張は何れも理由がない。

<ア、ウについて>
原明細書の実施例3の被覆処理されたセットAは、
「タイプIの透明ガラス製アンプルを用いて、様々なレベルの水がセボフルランの分解を抑制する効果について試験した。約20mLのセボフルランと、約109ppmから約951ppmの範囲の異なるレベルの水を各アンプルに入れた。その後、それらのアンプルをシールした。合計10本のアンプルにセボフルランと様々な量の水を充填した。そのうち5本のアンプルをセットAとし、残りの5本をセットBとした。次いで、それらのアンプルを119℃で3時間オートクレーブした。セットAのサンプルは一晩振とう機に掛け、水分をガラス表面に被覆できるようにした。セットBのサンプルはガラス表面を水で平衡化することなく調製した。幾つかの対照サンプルも調製した。・・・・上記表2の結果は、セットA及びセットBのアンプルの場合、少なくとも595ppmの水があれば充分にセボフルランの分解を抑制できることを示している。また、この結果は、一晩振とうしたアンプルと一晩振とうしなかったアンプルとの間に有意な差がないことを示している。」
の記載からみて、水を含有するセボフルランを容器内部空間に配置したまま一晩振とう機に掛け、水分をガラス表面に被覆する処理を行ったものである。
本件発明の貯蔵方法は(B)?(E)を含んでなるものであって、それらの工程の順序については格別特定されていないが、方法の発明の性格上、経時的要素が当然に含まれ、(A)は(E)工程の後に、(B)は少なくとも(D)(E)より前に、(C)は少なくとも(E)より前に存在しなければならないことは自明であり、また、被覆工程(D)は洗浄やすすぎの態様で行われるのであれば内容物の充填に先立つことは自明であるし、それ以外の態様の被覆であってもその処理の意義はルイス酸抑制剤による容器表面のルイス酸の中和にあるから、この工程が(E)工程に先立って行われる必要があることも明らかである。
これを実施例3についてみると、アンプルに水と貯蔵対象となるセボフルランを入れるという(E)工程の後、加熱後一晩おくという貯蔵の工程で被覆が行われているのであるから、実施例3のセットAの処理は本件発明の実施例にはあたらない。したがって、この記載によって、本件発明の被覆処理によるセボフルランの分解抑制についての理解が妨げられるものではない。
また、実施例6は「約20ppmの水を含有する分解していないセボフルランで再度数回すすぎ洗い」する処理を行っているが、この処理が容器内表面を水で被覆した工程と解することはできないのは上記で述べたとおりであるから、ルイス酸抑制剤による被覆の効果を実施例6から論ずることはできない。
したがって、ア、ウの主張も理由がない。

<カについて>
医薬品の保存に関して、安定性試験のガイドライン(甲第9号証 表2及び「4.安定性試験」の項)では、流通の間に遭遇する可能性のある過酷な条件における品質の安定性に関する情報を得るための試験として過酷試験が示されており、50℃という温度条件はこれに該当するが、その試験期間は試験目的に合うよう適宜設定するものであるとされ、さらに目的達成のためにより適切な方法がある場合にはガイドラインの記載にとらわれず、他の方法を用いることができるということが原則とされている。
したがって、実施例7の貯蔵条件である50℃で178時間までの試験はガイドラインにいう過酷試験に相当し、これに基づいて長期間にわたる医薬品の保存(通常の条件下で2?3年)の評価をすることは可能であって、カの主張も理由がない。

3-2 無効理由1、2について

無効理由1、2は本件特許が分割要件を満たさない分割出願に係るものであることを前提として主張されたものであるが、上記のとおり、本件特許は適法な分割出願に係るものであって、出願日の遡及が認められるから、請求人の提示する甲第1号証は特許法29条1項3号にいう本件特許出願日前に頒布された刊行物にはあたらない。したがって、これに基づく無効理由1、2は成り立たない。

4 無効2007-8000195についてのまとめ
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては本件請求項1及び2に係る特許を無効とすることはできない。

第4. 無効2006-80264について

1.請求人の求めた審判
請求人は、以下に示す理由を挙げ、本件特許の請求項1ないし2に係る特許を無効とし、審判費用を被請求人の負担とすることを求め、証拠方法として甲第1?36号証を提出した。

(1)無効理由1
請求項1?2は、特許法第36条第6項1号の要件を満たしていないから特許法第123条第1項第4号の規定により、無効とされるべきである。
(2)無効理由2
請求項1?2は、特許法第36条第4項の要件を満たしていないから特許法第123条第1項第4号の規定により、無効とされるべきである。
(3)無効理由3
請求項1?2は、特許法第36条第6項2号の要件を満たしていないから特許法第123条第1項第4号の規定により、無効とされるべきである。
(4)無効理由4
請求項1?2は、特許法第29条第1項柱書に規定する要件に違反してなされた特許であるので、特許法第123条第1項第2号の規定により、無効とされるべきである。

甲第1号証;平成17年(ワ)第10524号特許権侵害差止請求事件判決(平成18年9月28日判決言渡し)
甲第2号証;平成17年(行ケ)第10042号、平成17年11月11日知財高裁大合議判決
甲第3号証;シュライバー無機化学(上)(H13.3.22)玉虫伶太他訳
甲第4号証;有機化学ハンドブック(S43.7.10)有機合成化学協会編
甲第5号証;マクマリー有機化学(上)(H17.3.7)伊東椒他訳
甲第6号証;「Fluoroalkyl Ether Chemistry on A1umma . A Transmission 1nfrared Study of the Adsorption and Thermal Decomposition of(CF_(2)H)_(2)0 on A1_(2)0_(3)」(Langmuir,Vol.5,No.2,l989,p502-510)
甲第7号証;欠番
甲第8号証;本件親特許に対応する英国特許を無効とする判決
甲第9号証;本件特許に対応する欧州特許公報
甲第10号証;本件特許に関する北海道大学西村教授の鑑定意見書
甲第11号証;本件特許に関する京都大学年光教授の鑑定意見書
甲第12号証;本件特許と欧州特許(甲第9号証)との明細書対照表
甲第13号証;本件特許権を基にした侵害事件の控訴審(平成18年(ネ)10075事件)における平成19年2月28日付答弁書(控訴審答弁書)
甲第14号証;製薬用水の製造管理と品質管理 川村邦夫 2 0 0 7年
甲第15号証の1;米国訴訟判決 (米国侵害訴訟における米国バクスター社の提案にかかる事実認定及び法律による結論)
甲第15号証の2;バクスター医薬品輸入承認書
甲第15号証の3;合衆国地方裁判所イリノイ州北地区東部で行われた審理手続(米国侵害訴訟におけるマイケル・E・ユング博士の証言記録)
甲第15号証の4;平成13年6月l8日付けで米国食品医薬品局等に提出した文書(アボット・ラボラトリーズ社発書状)
甲第16号証;熊谷氏陳述書
甲第17号証;アボットジャパンホームページ (http://www.abbott.co.jp/press/2006/060529.asp)平成18年5月29日
甲第18号証;1996年11月の熊谷氏の書簡
甲第19号証;特開平7‐258138号公報
甲第20号証;英国訴訟におけるKilburn教授証人尋問調書(証人尋問6日目)
甲第21号証;本件対応米国特許において提出された情報開示陳述書(Information Disclosure Statement)
甲第22号証;英国訴訟におけるLessor博士第2専門家報告書:
甲第23号証;英国訴訟におけるKilburn教授第1専門家報告書
甲第24号証;英国訴訟におけるKilburn教授証人尋問調書
(証人尋問5日目)
甲第25号証;化学大事典3 縮刷版 67頁(クラーク数)化学大辞典編集委員会編 昭和38年
甲第26号証;西村教授第2鑑定意見書(平成2 0年1月2 9日付)
甲第27号証;アボット社による「Commercially Marketed Sevoflurane Vaporizers Contain Lewis Acid Metal Oxide That Can Potentially Degrade Sevoflurane Containing Insufficient Protective Water Content」と称する発表、2007年
甲第28号証;Liら、Angewandte Chemie, Internat1ona1 Edition, 2006,45,5652-5655
甲第29号証;Mukaiyama et al.,Chem.Lett.1981, 431‐432
甲第30号証;「超臨界流体」佐古猛編、(株)アグネ承風社(2001年8 月10 日発行)表紙、1?6、122?126頁及び奥付け
甲第31号証;化学大辞典1、 1 0 1 8 頁 1 9 6 0 年 「塩化アルミニウム」の項
甲第32 号証;WALLIN ら、Anesthesia and Ana1gesia,Vol.54, N0.6, 1975、758-766
甲第33号証;分析化学辞典、743頁「酸」の項 1971年
甲第34号証;化学便覧 基礎編 第5版 I-8 2 2?I-8 2 3
平成16年 丸善株式会社
甲第35号証;米国特許第6147174号
甲第36号証;本件特許に基づく侵害訴訟控訴審被控訴人第1準備書面(平成19年11月19日付)

2.被請求人の主張
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、上記請求人の主張する無効の理由1?4は、いずれも理由がない旨主張し、下記の書証を提出している。

乙1号証;米国訴訟における米国バクスター社の提案にかかる事実認定及び法律による結論(7、8頁)
乙2号証;化学大辞典8、第226?227頁
乙3号証;キレート安定度定数一覧表
乙4号証;岩波理化学辞典第4版279頁
乙5号証;化学大辞典、第277?278頁 (東京化学同人、平成1年10月20日発行)
乙6号証;本件特許の出願経過における平成16年11月15 日付拒絶理由通知書
乙7号証;本件特許の出願経過における平成17年2月23日付意見書
乙8号証;本件特許の出願経過における平成17年2月23日付意見書に添付した実験成績証明書3
乙9号証;「The Degradation,Absorption,and Solubility of Volatile Anesthet1cs in Soda Lime Depend on Water Content」
乙10号証;1995年版米国薬局方1781?1782頁
乙11号証;化学大辞典8、第596頁
乙12号証;化学大辞典5、第524頁
乙13号証;本件特許の出願経過における平成16年10月6日付意見書に添付した実験成績証明書1及び同2
乙14号証;本件特許の出願経過における平成16年6月30日付拒絶理由通知書
乙15号証;本件特許の出願経過における平成16年10月6日付意見書
乙16号証;特許庁編特許・実用新案審査基準第I部第1章、明細書の記載要件19?20頁
乙17号証;特許第3183520号(本件特許の親特許)に係る審決取消請求訴訟平成18年(行ケ)第10489号事件において提出された2007年11月14日付クロマック博士の陳述書(2)
乙18号証;特許第3183520号(本件特許の親特許)に対する無効審判第2005-80139号事件において提出された 2006年 4月11日付チェンバーズ教授の陳述書
乙19号証;平成19年10月25日付熊谷洋一氏の実験成績証明書
乙20号証の1;1996年12月18日付米国食品医薬品局執行報告書
乙20号証の2;1997年10月22 日付米国食品医薬品局執行報告書
乙21号証;平成19年6月22 日付侵害事件控訴審控訴人第2準備書面
乙22号証;平成17年11月18日付侵害事件第1審原告第2準備書面
乙23号証;平成18年5月8日付侵害事件第1審原告第6準備書面
乙24号証;平成17年7月1日付市川博士の鑑定意見書
乙25号証;平成19年10月31日付山崎博士の鑑定意見書

3.無効2006-80264についての当審の判断

3-1 無効理由1(サポート要件)について

特許法36条第6項第1号は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している(この要件を「サポート要件」ということがある)が、請求人は、本件明細書の請求項の記載がこの要件を満たさない理由として以下のア?キを挙げている。

ア.あるルイス酸を中和するに適切なルイス塩基の種類は,ルイス酸の種類によってはじめて経験的に求められるものであり、当業者が理論的に容易に理解できるものではない。
イ.ある物質が反応する相手方の物質によってルイス塩基として作用する場合とルイス酸として作用する場合とがある。
ウ.酸化アルミニウムをルイス酸と仮定した場合、ピリジン(ルイス塩基)を用いても、実際にフルオロエーテルの分解を抑制できない。
エ.本件発明の(D)に定める「ルイス酸抑制剤」として用いなければならない量は明確ではない。
オ.本件発明の実施例は、既に公知であった水をルイス酸抑制剤とする例しか記載されておらず、それ以外の特許請求の範囲が実施例によってサポートされていない。
カ.少なくともルイス酸の供給源が「ガラス」以外の場合について本件明細書には実証されたメカニズムが記載されていない。
キ.セボフルランが「医薬品として販売できる程度に分解が抑制され、安定化している状態」を保つためにどの程度の量の「ルイス酸抑制剤」をどのように容器内に被覆すべきかの開示がない。

そこで、以下順次検討する。

<アについて>
請求人は、この主張の根拠として甲第3、4号証を提示し、ルイス酸・ルイス塩基は一般に、経験上、硬いルイス酸・塩基、やわらかいルイス酸・塩基等に分類され、硬いルイス酸は硬いルイス塩基と、やわらかいルイス酸はやわらかいルイス塩基とより反応しやすく、相性による反応量の違いがあること、その他に、錯形成に際して起こりうる酸および塩基の置換基の再配列、立体的な反発、溶媒との競合なども反応の結果に影響を持ちうるなど、その反応の程度は理論的に導かれるものではなく、経験的に実験を行うことによってはじめて導かれる性質のものであることをあげ、反応量が極めて少ないルイス酸とルイス酸抑制剤の組み合わせで本件発明を実施すれば、場合によっては、ルイス酸が、用いられたルイス酸抑制剤よりもセボフルランと先に反応してしまい、結局セボフルランの分解を抑制するという作用効果を達成できない場合があることが容易に想定できること、例としてアルゴン(Ar)は,「ルイス塩基」の定義に包含されるが、非常に反応性の低い物質であり世の中のありとあらゆる物質に対して反応しない物質であることを挙げている。
この主張は本件発明におけるルイス酸は不特定のルイス酸を意味するという前提でされたものと解される。

しかし、本件の請求項1には、本件発明が上記(A)?(E)の一連の工程の結合によりなることを明記しており、そこにおける(D)の「該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程」はセボフルランの分解の抑制のために採用されている工程であることは明らかであるから、「ルイス酸」は当然に貯蔵中のセボフルランの分解に関与しうる「ルイス酸」であり、「ルイス酸抑制剤」は当該「ルイス酸」に対する抑制剤(ルイス塩基と同義)であることは請求項1の記載自体から明らかである。
そして、本件特許明細書の【発明の詳細な説明】の段落【0002】?【0009】の「発明の背景」には、麻酔薬として使用されるフルオロエーテル化合物の例としてセボフルラン等を示すと共に、ガラス製容器中でのフルオロエーテルの分解は容器中に存在する微量のルイス酸によって活性化されるものと考えられ、ルイス酸のソースはガラスの天然成分である酸化アルミニウムであり得ること、フルオロエーテルであるセボフルランが無水条件下でガラス容器中の1種類もしくはそれ以上のルイス酸と接触すると、ルイス酸はセボフルランをフッ化水素酸、ヘキサフルオロイソプロピルアルコール等の分解産物に分解し始め、フッ化水素酸が更にガラス表面への攻撃を進行させ、ガラス表面に更に多くのルイス酸を露出させ、この結果、セボフルランの分解が一層促進されるとして、ルイス酸の存在下におけるセボフルランの分解メカニズムが示され、実施例1では活性アルミナにより、実施例2?4ではフレームシールしたガラスアンプル内の活性化ガラス表面により、実施例5では分解したセボフルランの貯蔵に使用したガラス製ボトル内の活性化ガラス表面によりセボフルランの分解が生起されることが実証されている。さらに、実施例1?4、6、7を通して、水のセボフルランの分解抑制作用が確認され、特に実施例7においては、前記第3の3-1-2で述べたとおり水による被覆それ自体の効果が確認されている。
第1図及び第2図によれば、活性アルミナも、活性化ガラス表面もセボフルランに作用して同じ種類の分解産物を与えることから、これらはセボフルランに対し同じように作用していると見られること、活性アルミナがルイス酸であること(甲第3号証表5・3参照、甲第6号証)や活性化ガラス表面に存在すると推定される4価のケイ素もルイス酸であること(乙第5号証)、セボフルランからの脱フッ素化の反応はルイス酸(電子対受容体)の存在に依存する化学反応と考えられることからすれば、セボフルラン分解の原因物質を「ルイス酸」という概念で括ることが可能であり、段落【0007】に記載された分解メカニズムはセボフルランに対するルイス酸の作用と実際に生じる分解産物との関係を合理的に説明するものであることは当業者であれば十分理解することができる。
そして、分解反応は通常ルイス酸の空軌道の存在により起こると考えられるのであるから、ルイス酸の空軌道と相互作用し、その酸の潜在的な反応部位を遮断するルイス塩基がルイス酸抑制剤として利用可能であることも化学の常識から自然に導かれることである。
また、段落【0027】「しかし、一旦本組成物がルイス酸に晒されると、本組成物とルイス酸抑制剤の望ましくない分解反応を防止するため、ルイス酸抑制剤がルイス酸と反応するので、本組成物中のルイス酸抑制剤量は減少し得ることに留意すべきである。」の記載によれば、ルイス酸抑制剤がセボフルランよりもルイス酸に対する反応性が高いことは明らかであり、本件明細書中において「ルイス酸抑制剤」は、組成物の成分であっても、被覆に使用するものであってもその区別はないのであるから、本件発明の被覆におけるルイス酸抑制剤も当然にルイス酸に対する反応性はセボフルランより高いものと解されることは明らかである。そうであるから、不活性ガスとして周知のアルゴンを当業者が本件発明におけるルイス酸抑制剤(ルイス塩基)として利用しようとする事態は想定し得ないものである。
よって、誤った前提にたってなされた請求人のアの主張は理由がない。

<イ、ウについて>
請求人は甲第3号証や甲第5号証を挙げ、同一の物質であってもルイス酸やルイス塩基となりうるとする。しかし、これらの文献は、単に種々の物質の化学的な作用をルイス酸、ルイス塩基という観点から一般的に解説しているにすぎない。また、甲第6号証には、Al_(2)O_(3)上にピリジンを事前に吸着させ、さらにその上に(CF_(2)H)_(2)Oを吸着させて加熱し、Al^(3+)部位の関与の有無を検討した結果が記載されているが、これも本件発明で予定しているセボフルランの貯蔵とはかけ離れた条件での実験である。
したがって、これらの文献の記載によって、本件明細書に記載されているセボフルランの貯蔵時における分解抑制に対するルイス酸抑制剤の意義や作用効果に疑義が生じるものではない。

<エについて>
請求人は、本件明細書の実施例3や実施例6を挙げ、一定量に満たないルイス酸抑制剤を用いた場合には本件発明の作用効果を発揮しない場合があると主張する。
しかし、これらは被覆工程を必須とする本件発明の実施にあたらないことは前記第3の3-1-2ですでに述べたとおりである。そして、実施例7では容器内壁を被覆するルイス酸抑制剤として水飽和セボフルランを使用しその効果を確認しているが、水飽和セボフルランではなく水そのものであれば、より短時間の処理でルイス酸の中和が可能であることも当業者にとっては自明である。
請求人は、本件明細書にはいかなる場合にいかなるルイス酸抑制剤を加えれば本件発明の作用効果が得られ、いかなる量では得られないのかの基準が記載されていないとする。
しかし、本件明細書には、上記アに記載のとおり、ルイス酸によるセボフルランの分解メカニズムが示され、本件出願時においてセボフルランが、その貯蔵環境中において最も遭遇する可能性の高いと想定されるルイス酸である活性アルミナや活性化ガラス表面に接した状態で、通常の貯蔵条件より過酷な条件に置かれても、ルイス塩基である水(ルイス酸抑制剤)が温度条件やその濃度に応じた分解抑制効果を奏することを実施例1?4、6において示し、それを被覆に使用した場合の効果も実施例7により具体的に示している。
したがって、ルイス酸抑制剤の使用量の基準についての記載がないことをもって、本件発明がサポート用件を満足していないということはできない。

<オについて>
段落【0026】には「また、本発明の麻酔薬組成物は生理学的に許容可能なルイス酸抑制剤も含んでいる。本明細書で用いる「ルイス酸抑制剤」という用語は、ルイス酸の空軌道と相互作用し、それによりその酸の潜在的な反応部位を遮断するあらゆる化合物を表している。生理学的に許容可能なあらゆるルイス酸抑制剤を本発明の組成物に使用することができる。本発明で使用できるルイス酸抑制剤の例は、水、ブチル化ヒドロキシトルエン(1,6-ビス(1,1-ジメチル-エチル)-4-メチルフェノール)・・・及びチモール(5-メチル-2-(1-メチルエチル)フェノール)を含む。」との記載がある。
そして、硬いルイス塩基であることが周知(甲第3号証、表5・3参照、乙第5号証)である水(H_(2)O)が適切な量で存在すればセボフルラン分解を抑制し、ルイス酸抑制剤として作用していることが実施例1?4、6、7によって実証されている。したがって、これらの実施例によってルイス塩基のルイス酸抑制剤としての作用効果についてサポートされているものと認められる。
なお、請求人は、「セボフルランから水を除くことが全く不可能であるから水の態様は既にあった」「水をルイス酸抑制剤とする例は既に公知である」として、水以外のルイス酸抑制剤の実施例の開示を要する旨主張するが、水が公知であるか否かと本件発明が【発明の詳細な説明】に記載されているか否かとはなんら関わりがない。
したがって、請求人の主張は採用することはできない。

<カについて>
請求人は段落【0007】の分解メカニズム自体の正当性は実証されていないとし、その理由として、実施例3の容器のうち「タイプI」についてその内容が開示されていない点、「タイプIII」の容器も段落【0035】 において、主に二酸化珪素、酸化カルシウム、酸化ナトリウム、及び酸化アルミニウムからなっているとの記載があるだけであって、段落【0007】に記載のSi-OH(Siは4価の状態であるがここでは他の結合の記載は省略する。)構造は有していない点、もし仮に上記タイプIIIの二酸化珪素(SiO_(2))が一部変化しSi-OHの構造を有すると善解しても、それはガラスにのみ当てはまることであり、珪素(Si)を有しない酸化アルミニウム等他の物質には全く無関係である点を挙げている。
しかし、タイプIの透明アンプルについては硼珪酸ガラス、タイプIIIのボトルはソーダ石灰ガラスからなることは当業界ではよく知られており(乙第10号証)、これらの主成分が酸化ケイ素SiO_(2)であることも周知(乙第12、13号証)であるから、これらについて成分の記載がない点は何らサポート要件を害するものではなく、段落【0007】の反応式は、活性化されたガラス表面には二酸化珪素(SiO_(2))が一部変化してSi-OHとして存在し、これがルイス酸として作用すると推定し(Surface-Bound Lewis Acid)としたものであることは当業者が十分に理解することができる。

請求人は甲第26号証を提出し、Si-OHの酸素原子には2つの孤立電子対があるからルイス酸ではなくルイス塩基であるとする。しかし、上記のとおり段落【0007】の反応式におけるSi-OHの表記は、実施例2(フレームシールしたガラス製アンプル)や実施例5(分解したセボフルランを貯蔵したガラス製ボトル)において、セボフルランの分解が実施例1の典型的なルイス酸である活性アルミナと同様に起こることから、本件明細書では活性化ガラス表面上に存在しセボフルランを分解するルイス酸として作用するものを単に「Si-OH」と推定して表記したにすぎないと解されるから、反応式中でルイス酸を意味していることが明らかであるSi-OHを当該反応とは離れて独立して取り出し、ルイス塩基であるとする理由はない。
そして、実施例1では活性アルミナがルイス酸として作用しているのであるから、反応式中Si-OHはAl_(2)O_(3)と置き換えることも可能であって、セボフルランの分解をガラスに限ったものということもできない。

さらに、請求人は、段落【0007】の反応式によればHFIPの量はS1からP1を差し引いた差と等しくなるはずであるが、図1からはそのような関係が見られないとも主張する。しかし、段落【0007】記載のセボフルランの分解メカニズムは実際に起こっている多種多様な分解反応のうちの主たる反応を記載したものであると解されるから、分解産物が想定され得るメカニズムに従った量比で生じないことによりこのメカニズムの妥当性が損なわれるものでもない。
なお、請求人は、ガラスの内壁以外に由来する例えば空気中のルイス酸が如何なるメカニズムでセボフルランを分解するのか、本件明細書には何ら記載がないとも主張しているが、上記のとおり段落【0007】の反応における分解メカニズムは容器内でのルイス酸によるセボフルランの分解を合理的に説明する化学反応として理解できれば足り、その反応に関与するルイス酸がどこから来たものであるかはその理解に何ら影響しないものであるから、上記の点にしてもサポート要件を損なうものではない。

<キについて>
前記第3の3-1-2に記載のとおり、セボフルランの医薬品としての安定性は過酷試験によりある程度評価可能であるから、販売できる医薬品としての詳細な条件の開示が無いことをもって、本件発明が【発明の詳細な説明】に記載されていないとすることはできない。
なお、この主張の細部については後述する3-3において詳述する。

以上のとおりであるから、ア?キの何れの理由によっても本件特許がサポート要件を欠くとすることはできない。

3-2 無効理由2(実施可能要件)について

特許法第36条4項は「発明の詳細な説明は、通商産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない」(以下実施可能要件という。)としている。そして、特許法施行規則第24条の2は「特許法第36条第4項第1号の通商産業省令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と規定している。
請求人は、本件明細書が上記要件を満たさないとして上記3-1のア?エ及びカ、キの点を指摘しているので、以下、検討する。

<ア?ウについて>
請求人はア?ウを総合して、中和する対象である「ルイス酸」の種類及び量と、被覆する「ルイス酸抑制剤」の種類及び量、さらには中和する際の温度その他の条件によって、容器が「ルイス酸抑制剤」で「被覆」されたとしても、その後加えられたセボフルランが分解してしまい、本件発明の作用効果を奏しない(であろう)場合、すなわち構成要件Dを満たさない場合がさまざまに想定される結果、当業者が本件発明の作用効果を奏するようなルイス酸抑制剤を選定する、すなわち世の中に存在するありとあらゆる「ルイス酸」のすべてについて中和することができる適切な「ルイス塩基」を選択し、かつ、本件発明の作用効果を奏する条件を決めることには過度の試行錯誤を要すると主張している。
この主張が本件発明のルイス酸を世の中に存在するありとあらゆる「ルイス酸」とする誤った前提でされているものであることは3-1の<アについて>の項で既に述べたとおりである。
本件発明のルイス酸はセボフルラン貯蔵条件においてセボフルランを分解しうるルイス酸であることが前提である。
そして、本件特許の優先日当時、乙第20号証の2によれば、吸入麻酔薬として販売されていたセボフルラン製品がフッ化水素へ分解し、pHの規格からはずれてリコールされるという事態は発生していたが、甲第19号証にみられるようにセボフルランは3フッ化硼素や4フッ化チタンなどのルイス酸に対し安定であるとの認識があったという状況の中、本件明細書ではじめてその分解メカニズムが明らかにされ、段落【0005】【0035】において分解が起こるのは特定の条件(無水、酸性)下であることや、さらにセボフルランが遭遇する可能性が高くかつ活性化状態である、いわば最も危険なルイス酸と考えられるものが、活性アルミナや活性化ガラス表面であることも開示されたのである。
そして、甲第10号証(鑑定意見書 第3頁(5))においても「何らかの要因によりガラス容器表面にセボフルランを分解する原因となる活性化物質が生じた場合や鉄さびなどの酸化金属が特殊条件で活性化された場合セボフルランの分解が起こることが想定される。」とされ、本件明細書に記載のセボフルランの分解の原因が化学的に受け入れることのできるものであるとの意見が表明されている。
そうすると、本件明細書に接した当業者は、明細書に開示された以外のどのような種類、強さのルイス酸がどのような条件下でセボフルランに混入した場合に分解が生じるかということよりは、実際にセボフルランを分解させる可能性の高いルイス酸が混入したり発生したりする危険な条件に置かれてもセボフルランが分解を免れるような手段を講じ、有害分解産物の発生や製品リコールの発生を未然に防ぐことが、最も重要かつ緊急の処置であると理解するのが自然である。
理論上、活性アルミナや活性化ガラス表面以外のルイス酸による分解も十分想定できるものの、実際上セボフルランが遭遇する確率としては低いと考えられる他のルイス酸についての記載がないことが格別本件発明の実施を妨げるものではない。
また、本件発明の「ルイス酸抑制剤」はあくまで(B)?(E)の工程を経るセボフルランの貯蔵方法において、セボフルランという特定の物質の分解抑制を目的として(D)工程で使用されるのであるから、実施にあたって、ルイス塩基であれば何でもよいというものではなく、当然にセボフルランを分解しうるルイス酸を中和し、その結果セボフルランの分解抑制をもたらす化合物であること、容器を被覆することができる流動性を有していること、容器やセボフルランに対して有害な影響がないこと、医薬用途のセボフルランであれば被覆後にセボフルランを配置しても問題のない生理学的に許容可能な化合物であること等セボフルランの貯蔵上当然に留意すべき各種の観点から選択されるのであって、膨大な種類の化合物が想定されるものではなく、その範囲は自ずと限られるものである。 本件明細書には、前記3-1<オについて>でも引用した段落【0026】に、本件発明で使用できるルイス酸抑制剤の例示がされており、これらの例に従い「ルイス塩基」を選定し、作用効果を奏する条件を決めることに格別過度の試行錯誤を要するとすることはできない。(甲第27号証によれば、実際に販売されるセボフルラン製品に対してルイス酸抑制剤として採用されているのは、本件明細書の実施例で使用されている水である。)
なお、請求人は段落【0026】に列挙された化合物はフェノールであり、甲第3号証や甲第5号証によればルイス酸抑制剤(ルイス塩基)ではなくルイス酸であるとも主張する。しかし、乙第5号証によればフェノールは水と同様にルイス塩基(硬い塩基)に分類されているものであるし、反応条件の相違によって同じ化合物がルイス酸であったりなかったりするというのであればなおさらのこと、本件発明における「ルイス酸抑制剤」としてどのような化合物を使用すべきかは、あくまで本件明細書の記載に沿って理解されるべきである。実際、段落【0026】に例示の化合物が活性アルミナや活性化ガラスによるセボフルランの分解を抑制することは乙第13号証に示されるとおりである。
また、甲第6号証の実験結果が直ちに本件発明におけるルイス塩基の作用に疑義を与えるものではないことは3-1<ウについて>で述べたとおりであり、一般にルイス塩基と考えられている物質が本件発明のルイス酸抑制剤に該当するか否かは、本件明細書の実施例に倣った実験で容易に確認することが可能であるが、実際そのような手法でピリジンがルイス酸抑制剤であることも乙第8号証により確認されている。
したがって、ア?ウの点は何れも、本件発明の実施を困難とする理由とはならない。

<エについて>
請求人は実施例3、6の記載からはルイス酸抑制剤をどの程度の量加えれば作用効果を奏するのか明確ではなく実施可能な程度の記載がないとするが、これらの実施例は本件発明の(D)工程に該当しないことは第3の3-1-2<ア、ウについて>に記載のとおりである。
ルイス酸抑制剤による被覆の態様は実施例7に具体的な試験例が示されているが、実施例7ではボトルに約125mLの水飽和セボフルランを入れ、その後ボトルを回転機に約2時間掛けることで活性化されたガラス表面に水を被覆できるようにし、次いで水飽和セボフルランを排液し、400(添加)ppmの水を含有する100mLのセボフルランで置換している。被覆に使用するルイス酸抑制剤は置換するセボフルランより大量であり、セボフルランに置換する前には排液されるのであるから、結局容器内表面を被覆できる十分量を使用すれば足りることが理解可能である。また、水の濃度が高ければ被覆に要する時間はもっと短くて良いことも予想可能である。したがって、被覆処理に当たって厳密なルイス酸抑制剤の使用量の記載がされていなくても、貯蔵に使用する容器の内表面の大きさに応じ、それを被覆するに足りるルイス酸抑制剤の十分量を使用すればよいことは当業者にとって自明である。

<カについて>
3-1の<カについて>で述べたとおり、セボフルランのルイス酸による分解メカニズムについては具体的な裏付けを伴う十分理解可能な記載がされているのであるから、この点により本件発明の実施が不可能とすることはできない。

<キについて>
本件発明はそもそも販売対象となる医薬品としてのセボフルランの貯蔵に限定された発明ではないが、以下、念のため、この点の請求人の具体的主張についてみるに、請求人は、
(1)実施例7の記載はいかなる種類の、及び強さのルイス酸が対象となっているのか不明である
(2)実施例1に記載されたルイス酸の種類・量の記載では不十分であり、ほかに本件発明の課題となっているルイス酸の種類・量を記載している箇所は本件明細書に存在しない
(3)いかなる種類・量のルイス酸抑制剤を用いるかの開示もなされていない
(4)ルイス酸によってセボフルランが分解されるという事実のみを参考に、当業者が当該ルイス酸を抑制するに十分なルイス酸抑制剤の種類,量等を選択することは出来ない
の4点を挙げ、セボフルランのルイス酸による分解という極めて特殊かつ例外的な事象について、その発生条件が明細書に全く記載されておらず、かつ唯一関連すると思われる実施例7にも手掛かりとなる事実の開示が全くない上に、当業者の技術常識も極めて乏しい以上、当業者が医薬品としてのセボフルランについていかなる種類のいかなる量のルイス酸抑制剤をいかなる態様で被覆することが本件発明の作用効果を奏する上で必要であるのかを把握することはおよそ不可能であり、かかるルイス酸抑制剤の種類や量が本件明細書において明確に実施可能な態様で開示されていないとしている。
しかし実施例7における活性化されたタイプIIIの褐色ガラス製ボトルも実施例1の活性アルミナも本件特許の優先日当時のセボフルランの貯蔵環境において最も遭遇する可能性の高いルイス酸であることは上記<ア?ウについて>で既に述べたとおりである。
そして、本件明細書の記載に従えば、販売を意図した医薬品としてのセボフルランの貯蔵方法として本件発明の実施を目指すという場合であっても、製品が晒される具体的な環境条件(容器の材質、充填前後の周囲の環境、搬送や貯蔵時の環境)に基づいて、そこで遭遇しうる可能性の高いルイス酸による分解を想定し、医薬としての品質に影響しないルイス酸抑制剤の種類、使用量を選定することは、当業者にとって過度な試行錯誤を要するものではない。
請求人は、本件特許の優先日当時、当業者はセボフルランが通常の環境で存在するルイス酸となりうる物質には安定であり分解しないと認識しており、いかなる強さや種類のルイス酸をどの程度入れればセボフルランが分解するのかについて全く知識を有していなかったのであるから、セボフルランの容器内壁にルイス酸抑制剤を被覆した場合であってもルイス酸抑制剤が容器内壁のルイス酸を中和したためセボフルラン分解が抑制されたのかセボフルランが単に分解しなかっただけなのか当業者は判別しがたいとも主張する。
しかし、本件明細書には、現実にセボフルランがルイス酸の存在により分解される状況が発生することがあり、その分解物に毒性があること、ルイス酸抑制剤によりセボフルランの分解が抑制されることが十分開示されているのであるから、セボフルランの貯蔵にあたってルイス酸により分解される可能性を排除するためにルイス酸抑制剤を使用するその予防的な意義は明確であって、上記の点により本件発明の実施が妨げられるものではない。

以上のとおりであるから、ア?エ、カ、キの点により本件明細書が実施可能要件を満たさないとすることはできない。

3-3 無効理由3(明確性)について

特許法第36条6項2号は、特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が明確であること」を規定している。 請求人は、請求項1、2の記載が明確性を欠くとする理由として上記の無効理由1におけるア?エ及びキを挙げ、本件発明が不明確であるとする。
しかし、本件特許の請求項1においては、本件発明が上記(A)?(E)の一連の工程の結合により成り立つことを明記しており、(D)の「該容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程」はセボフルランの分解の抑制のために採用されている工程であることは3-1<アについて>で述べたとおり自明であるから、「ルイス酸」は当然に貯蔵中にセボフルランを分解に関与しうる「ルイス酸」であり、「ルイス酸抑制剤」は当該「ルイス酸」に対する抑制剤であることは請求項の記載自体から明らかである。
そして、本件明細書の段落【0007】にはルイス酸によるセボフルランの分解メカニズム、段落【0026】にはルイス酸抑制剤の用語の説明及び使用できるルイス酸抑制剤の例示もされており、請求項1,2の記載と【発明の詳細な説明】の記載に特段の矛盾はない。
そして、ア?ウおよびキの点は前記3-1、3-2の対応する項で記載したとおり、本件発明を不明確とする根拠になるものではない。
また、エのルイス酸抑制剤の使用量については前記3-1、3-2の<エについて>で述べたとおり、その量が特定されなければ本件発明が不明確となるものでもない。

3-4 無効理由4(発明未完成)について

請求人は本件発明が未完成であることの根拠として、水とガラス製容器の組合わせについての記載しかない点を挙げている。
しかし、前記3-1の<アについて>で述べたとおり、本件明細書の段落【0002】?【0009】の「発明の背景」の記載、実施例1?7及び図面により、セボフルラン分解の原因物質を「ルイス酸」という概念で括ることが可能であり、段落【0007】に記載された分解メカニズムはセボフルランに対するルイス酸の作用と実際に生じる分解産物との関係を合理的に説明するものであることを当業者は理解することができ、ルイス酸抑制剤として実施例で使用されている水は硬いルイス塩基(甲第3号証の表5・3参照、乙第5号証)であって、実施例1?4及び6、7の何れにおいてもセボフルラン分解を抑制し、ルイス酸抑制剤として作用していることが実証されている。
したがって、水以外については水に類するルイス塩基が考えられるが、段落【0026】 には、水以外のルイス酸抑制剤として、ブチル化ヒドロキシトルエン(1,6-ビス(1,1-ジメチル-エチル)-4-メチルフェノール)、メチルパラベン(4-ヒドロキシ安息香酸メチルエステル)等の例示があり、これらは乙第5号証においてROH(Rはアルキル又はアリール基を表す)で表記される化合物に相当するが、ROHは水と同様に硬いルイス塩基に分類されることからみても、セボフルランを分解しうるルイス酸に対し水と同様の挙動を示すことが予測される。
なお、これらの化合物が実際に活性化されたガラス容器中でのセボフルランの分解を抑制することは、審査段階において提出された実験成績証明書1及び2(乙第13号証;なお、この資料はあくまで明細書に記載された技術的事項の理解を補助するものであって、本件明細書の記載を補完するものではない。)においても示されている。
また、容器については段落【0030】で「「容器」という用語は、物品を保持するために使用することができるガラス、プラスチック、スチール、または他の材料でできた入れ物を意味している。容器の例は、ボトル、アンプル、試験管、ビーカー等を含む」と記載され、ガラス以外の素材についても言及している。
また、本件明細書で示されたセボフルランの分解メカニズムを見れば、3-1<アについて>で述べたとおり、セボフルランの分解は活性化されたガラス表面に限って起こるものではなく、それと同様に作用するルイス酸が存在すれば十分起こりうると理解可能である。
したがって、セボフルランを収容する容器としてスチールやプラスチックを採用する場合には、それらを使用する環境においてセボフルランが遭遇する可能性が最も高いと想定されるルイス酸を本件明細書の実施例に記載の手法に倣って確認し、それに対応するルイス酸抑制剤を適用することは当業者が当然に行うことであり、それは本件発明に包含される一態様にすぎず、また、ガラス以外の容器をルイス酸抑制剤によって被覆することが技術的に困難であるとする特段の事情もない。
以上のとおりであるから、水とガラスの組合わせを使用した場合のみならず、その他のルイス酸抑制剤やガラス以外の容器についても本件発明が適用しうることは本件明細書の記載から明らかであって、実施例における組合せが1通りであることをもって直ちに本件発明を未完成とすることはできない。

本件審判請求において主張された無効理由1?4の有無については、本件明細書の【発明の詳細な説明】の記載、特許請求の範囲の記載、及び必要に応じ出願当時の当業界における技術常識がその判断の基礎となるべきものである。請求人はこれらに関するもののほかに多数の証拠を提出しているが、それらを見ても上記の判断は何ら左右されるものではない。

4.無効2006-80264の判断のまとめ
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては本件請求項1及び2に係る特許を無効とすることはできない。

第5. 無効2006-80265について

1.請求人の求めた審判
請求人は、以下の理由により、本件特許の請求項1ないし2に係る特許を無効とし、審判費用を被請求人の負担とすることを求め、証拠として甲第1?22号証を提出した。

(1)無効理由1
本件特許の請求項1?2に係る発明は、水で被覆した容器によりセボフルランが貯蔵されている引用例(甲第2号証)が存在するため新規性が無く、特許法第29条第1項の規定に該当するものであるから、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(2)無効理由2
本件特許の請求項1?2に係る発明は、ア、イの理由により進歩性が無く、特許法第29条第2項の規定に違反して特許を受けたものであるから、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

ア.ルイス酸抑制剤である水により容器内壁を被覆する技術は本件特許出願時にすでに公知(甲第2号証)であったから、かかる公知技術に当時の技術常識を組み合わせることにより、本件特許は当業者が容易に発明することができるものである。
イ.本件特許発明の各工程で使用される容器は公知(甲第4?7号証)であり、この容器に技術常識を組み合わせることにより、当業者が容易に発明することができたものである

甲第1号証; 平成17年(ワ)第10524号特許権侵害差止請求事件判決甲第2号証;特開平5-57182号公報
甲第3号証;「PERFLUOROPOLYETHERS: THEIR PHYSICAL PROPERTIES AND BEHAVIOUR AT HIGH AND LOW TEMPERATURES」(Wear l8)1971年;D.SIANESI他
甲第4号証;特開平4-100871号公報
甲第5号証;特開平5-295319号公報
甲第6号証;特開昭62-158662号公報
甲第7号証;特公平5-12221号公報
甲第8?14号証;無効2006-80264で提出された甲第8?14号証と同じ
甲第15?21号証; 無効2006-80264で提出された甲第26?32号証と同じ
甲第22号証;無効2006-80264において提出された甲第36号証と同じ

2.被請求人の主張
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、上記請求人の主張する無効の理由1?2は、いずれも理由がない旨主張し、下記の書証を提出している。

乙1号証;甲2号証の実施例2を追試した結果を経時的に撮影した写真
乙2号証;特許第3183520号(本件特許の親特許)に係る審決取消請求訴訟平成18年(行ケ)第10489号事件において提出された2007年11月14 日付クロマック博士の陳述書(2)
乙3号証;特許第3183520号(本件特許の親特許)に対する無効審判第2005-80139号事件において提出された 2006年4月11日付チェンバーズ教授の陳述書
乙4号証;平成19年10月25日付熊谷洋一氏の実験成績証明書
乙5号証の1;1996年12月18日付米国食品医薬品局執行報告書
乙5号証の2;1997年10月22日付米国食品医薬品局執行報告書
乙6号証;平成19年6月22日付侵害事件控訴審控訴人第2準備書面
乙7号証;平成17年11月18日付侵害事件第1審原告第2準備書面
乙8号証;平成18年5月8日付侵害事件第1審原告第6準備書面
乙9号証;平成19年10月31日作成の甲2の実施例2における水分量を100%に増加して行った試験結果を経時的に撮影した写真
乙10号証;昭和50年12月発行Sevoflurane : A New Inhalational Anesthetic Agent
乙11第号証;平成18年7月10日付侵害事件第1審被告第5準備書面
乙12第号証;特開平7-267889号公報

3.無効2006-80265に係る当審の判断

3-1 無効理由1について

3-1-1 甲第2号証の記載の概要
甲第2号証は、二酸化炭素を効率的に吸収し、しかも麻酔剤の分解の少ない吸収剤の発明に関する特許文献であって、以下の事項が記載されている。

【請求項1】 マグネシウム化合物を用いることを特徴とする呼気中に含まれる二酸化炭素の吸収剤。(特許請求の範囲)
【0003】
吸入麻酔剤を通常の方法に従って閉鎖系において使用する場合に、呼気中の二酸化炭素を除く目的に供せられる水酸化カルシウムを主成分とする、水酸化ナトリウムや水酸化バリウムを加えた二酸化炭素吸収剤は、二酸化炭素吸収効果においては優れた能力を示し、本来求められる目的を達成しうることは言うまでもない。しかるに、ガラス製バイアル瓶に二酸化炭素吸収剤を入れ、そこへ更に吸入麻酔剤と二酸化炭素を入れて観察すると、二酸化炭素は吸収されるが同時に吸入麻酔剤の種類に応じ各種の不純物を生成することが見出されている。・・・・
【0004】
・・フルオロメチル-1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロピルエーテル(以下、セボフルレンという。)の場合に、二酸化炭素吸収剤として水酸化カルシウムを主成分とするソーダソーブを用いると、分解生成物として1,1,3,3,3-ペンタフルオロ-2-(フルオロメトキシ)-1-プロペン等を生成することが見出された。・・・
【0005】
・・従って、吸入麻酔剤を従来以上に安全に使用するためには、閉鎖及び半閉鎖系吸入麻酔において、二酸化炭素を効率的に吸収除去し、しかも吸入麻酔剤の分解による安全性の疑問な物質を生成することのない二酸化炭素吸収剤を提供することが求められていた。
【0006】
本発明者らは、・・・二酸化炭素吸収剤としてマグネシウム化合物を使用することにより、二酸化炭素を効率的に吸収し、しかも麻酔剤の分解の少ないことを見出し本発明に到達した。
【0010】
本発明の一実施態様である水酸化マグネシウムの場合、所望の二酸化炭素吸収能力を賦与せしめる目的は、水分を添加することで容易に達成できる。例えば、水酸化マグネシウムの重量の1%以上の水を添加することで実用上必要な二酸化炭素吸収能力が得られる。・・上限については特に制限はないが、成型品等の形状を保持する必要性から、水酸化マグネシウムの重量に対し、1から100%が好ましい。
【0013】・・・・・・・・・
実施例1
125mlのバイアル瓶に粉末状の水酸化マグネシウム21g(和光純薬工業(株)、試薬)とイオン交換水4ml(20重量%)を入れよくかき混ぜた。バイアル瓶のセプタムおよびバイアルキャップをクリンパーにて漏れのないよう閉じた後、バイアル瓶中の空気をアスピレーターで1分間排気した。セボフルレン20μlをバイアル瓶壁に伝わせ気化させながら添加した。次いで注射針をセプタムに刺して二酸化炭素を0.07vol%含有する空気で常圧に戻し37℃の恒温槽に入れた。その後10分毎に二酸化炭素を2.5ml注入した。
【0014】
セボフルレン添加後0.5時間、3時間、6時間後にヘッドスペースガスクロマトグラフィー法を用い、固気平衡状態にある試料の気相の一部を採取し、ガス成分を分析し、セボフルレン濃度および分解生成物濃度を算出した・・・。
【0015】
その結果、セボフルレン濃度の経時的減少はほとんど認められず、また分解生成物はいずれのサンプリング時も検出限界以下であった。また、24時間後の水酸化マグネシウムの重量増加分0.424gより算出したところ、加えた二酸化炭素のうち約60%が吸収されていた。

実施例2
実施例1と同様に、ただし水の添加量を6ml(30重量%)として試料を調整した。その結果、セボフルレン濃度の経時的減少は認められず、また分解生成物はいずれのサンプリング時も検出限界以下であった。表1参照。また、24時間後の水酸化マグネシウムの重量増加分0.495gより算出したところ、加えた二酸化炭素のうち約70%が吸収されていた。

3-1-2 本件発明は甲第2号証に記載されているか
甲第2号証の実施例1及び2には、水酸化マグネシウムを二酸化炭素吸収剤として使用した場合のセボフルレン(セボフルランと同義。以下セボフルランと表記する。)の分解程度と二酸化炭素の吸収率を評価した実験が記載されている。
当該実施例1、2では、125mlのバイアル瓶に粉末状水酸化マグネシウム21g及びイオン交換水4ml(20重量%)または6ml(30重量%)を入れよくかき混ぜるという工程がある。しかし、この処理は水分を添加することで水酸化マグネシウムに所望の二酸化炭素吸収能力を賦与するため、成型品などの形状を保持する程度に加えられるのであって、乙第1号証及び乙第9号証に見られるとおり、水は水酸化マグネシウムに吸収されてしまい、容器内表面を被覆することが可能な程度の流動性を有する状態にはないと認められる。
また、125mlの容量の容器に20μlというわずかな量のセボフルランが瓶壁を伝わせ気化させながら加えられ、さらに二酸化炭素を10分ごとに注入しながら24時間おくという処理は、閉鎖及び半閉鎖系吸入麻酔において、二酸化炭素の効率的な吸収除去、及び吸入麻酔剤の分解による安全性の疑問な物質の生成の有無を評価するためのものであるから、セボフルランの麻酔薬としての使用時の分解の有無であって、貯蔵時の分解にはあたらない。したがって、甲第2号証には本件発明1、2の貯蔵方法が記載されているとすることはできない。
なお、請求人は、弁ぱく書において水で被覆した容器にセボフルランを配置することは甲第2号証を持ち出すまでもなく公知であるとし、甲第14号証によれば、水で洗った容器(内壁を水で被覆した容器)は公知、公用であるから、これにセボフルランを充填して保管することは公然実施されていたとも主張する。しかし、甲第14号証には、原薬の製造形態、製造工程の段階、機器洗浄に用いられる用水についての一般的な記述がされているのみであって、セボフルランの貯蔵時に使用する容器を水で被覆することについての記載は一切ない。そして、日常生活において容器を水で洗浄して使用することが広く行われているとしても、セボフルランは水でさえ不純物としてその含有量が制限される医薬品であることからすれば、本件発明の(B)?(E)の工程がセボフルランの貯蔵にあたり当然に行われていたということはできない。

3-2 無効理由2のアについて
上記のとおり、甲第2号証にはセボフルランは二酸化炭素吸収剤として実質上水酸化カルシウムからなる製品(ソーダソーブなど)を用いると、分解生成物として1,1,3,3,3-ペンタフルオロ-2-(フルオロメトキシ)-1-プロペン等を生成することの記載はあるが、セボフルランのルイス酸による分解の記載はなく、セボフルランの貯蔵に関わる技術も、水による容器内表面の被覆についての記載もない。
また、甲第3号証にはペルフルオロポリエーテルの酸化物によって触媒される分解のトポケミカル機構が有機窒素塩基又は特定のルイス塩基の分解に対する抑制効果によって裏付けられること、Al_(2)O_(3)のルイス酸の性質は窒素塩基(例えばピリジン又はキノリン)での化学量論的滴定によって測定されうることの記載はあるが、セボフルランが貯蔵中にルイス酸により分解される点についての記載や示唆はされていない。
したがって、甲第3号証により「ルイス酸の反応を抑制するためにルイス塩基を使用すること」自体が技術常識であるといえたとしても、甲第2号証に記載された発明から本件発明を容易に導くことはできない。
請求人は、本件発明と甲第2号証の発明とを対比し「一定量のセボフルランの貯蔵方法であって、該方法は、内部空間を規定する容器であって、かつ該容器により規定される該内部空間に隣接する内壁を有する容器を供する工程、一定量のセボフルランを供する工程、該一定量のセボフルランを該容器によって規定される該内部空間内に配置する工程を含んでなることを特徴とする方法。」である点で一致するが、甲第2号証の発明が容器の内壁に水を被覆する工程のみ開示されているのに対し、本件発明は「容器の該内壁を空軌道を有するルイス酸の当該空軌道に電子を供与するルイス酸抑制剤で被覆する工程」である点で、前者よりも後者が広い概念を規定している点で相違するとし、本件明細書段落【0003】の「特定のフルオロエーテルは、1種類もしくはそれ以上のルイス酸が存在すると、フッ化水素酸等の潜在的に毒性を有する化学物質を含む幾つかの産物に分解することが明らかになった。」との記載から、本件発明の課題が公知であること、「ルイス酸の反応を抑制するためにルイス塩基を使用すること」が技術常識であることを根拠に本件発明の進歩性を否定している。
しかし、上記のとおり甲第2号証にはセボフルランの貯蔵に関わる技術も、水による容器内表面の被覆についての開示もなく、段落【0003】の課題に関する記載にしても、単に本件明細書中に記載されているというだけで
は本件出願前に公知であったとするには足りないから、これらの記載を根拠に本件発明が当業者にとって容易に発明できたとすることはできない。
したがって、上記主張は採用できない。

3-3 無効理由2のイについて
請求人の提出した甲第4?7号証には、エポキシ系樹脂で内壁を塗装された金属素材の容器が記載され、これらの容器における樹脂塗膜は、缶の素材である金属の腐食防止あるいは容器内容物の保護の観点から形成されているものであるとされている。しかし、これらの証拠には、セボフルランがルイス酸により分解されることやそれを抑制するためのルイス塩基の利用に関連する記述は全く存在しないし、これらの容器をセボフルランの貯蔵に使用することを動機づける記載もない。

請求人は、本件発明は、従来から存在していたエポキシ樹脂によって塗装されたアルミニウム容器に、ルイス酸とルイス塩基が反応してルイス酸によるフルオロエーテル化合物の分解を抑制するという技術的な常識を組み合わせたものにすぎず、この組み合わせにより、当業者が容易に発明できたものであると主張する。
しかしながら、前記3-2に記載のとおりセボフルランがルイス酸によって分解することが公知であったとするに足る証拠はなく、ルイス塩基により貯蔵時のセボフルランの分解を抑制することが技術常識であったとすることはできないし、エポキシ樹脂での塗装をルイス塩基での被覆とすべき根拠も何ら示されていない。
したがって、上記証拠から、セボフルランの貯蔵容器としてエポキシ樹脂で被覆された金属素材の容器を使用することや、ルイス塩基をルイス酸抑制剤として利用するという技術思想を導き出す余地はなく、本件発明の(B)?(E)の工程の結合を経てセボフルランの貯蔵を行うという本件発明1、2が甲第4?7号証に記載された発明から容易に発明できたとすることはできない。
そして、請求人が提出したその他の証拠は上記判断を左右するに足るものではない。

4.無効2006-80265の判断のまとめ
以上のとおり、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件請求項1及び2に係る特許を無効とすることはできない。

第6.むすび

上記のとおりであるから、無効2007-8000195、無効2006-80264、無効2006-80265については、その請求は何れも成り立たない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定により準用する民事訴訟法第61条の規定により、いずれも、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-02-13 
結審通知日 2008-02-18 
審決日 2008-03-13 
出願番号 特願2000-349024(P2000-349024)
審決分類 P 1 113・ 113- Y (A61K)
P 1 113・ 121- Y (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 典之井上 明子森井 隆信  
特許庁審判長 森田 ひとみ
特許庁審判官 塚中 哲雄
穴吹 智子
登録日 2005-04-08 
登録番号 特許第3664648号(P3664648)
発明の名称 フルオロエーテル組成物及び、ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法  
代理人 大崎 勝真  
代理人 川口 義雄  
代理人 川口 義雄  
代理人 大崎 勝真  
代理人 長谷部 真久  
代理人 森下 夏樹  
代理人 安村 高明  
代理人 坪倉 道明  
代理人 小野 誠  
代理人 駒谷 剛志  
代理人 坪倉 道明  
代理人 小野 誠  
代理人 山本 秀策  
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