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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特29条の2 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1227357
審判番号 不服2006-26715  
総通号数 133 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-01-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-11-27 
確定日 2010-11-17 
事件の表示 特願2003-518548「神経保護薬」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 2月20日国際公開、WO03/13539、平成17年 1月13日国内公表、特表2005-501076〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
1.手続の経緯

本願は、平成14年8月2日(パリ条約による優先権主張 2001年8月10日,米国)を国際出願日とする出願であって、平成18年2月1日付けで拒絶理由が通知され、平成18年8月4日に手続補正がなされるとともに意見書が提出され、同年8月23日付けで拒絶査定がなされたところ、同年11月27日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。


2.本願発明

本願の請求項1?6に係る発明は、平成18年8月4日付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?6に記載されたものであって、そのうち請求項1は以下のとおりのものである。(以下「本願発明」という。)
「【請求項1】
神経保護活性を有する医薬組成物を調製するための1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オン(必要に応じて薬剤的に許容される酸付加塩の形体であってもよく、また必要に応じて水和物又は溶媒和物の形態であってもよい。)の使用であって、神経変性疾患並びに種々の原因の脳虚血の治療及び/又は予防のための医薬組成物を調製するための前記使用。」


3.原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由の概要は、次のとおりである。

(理由1)本願発明は、その出願の日前の特許出願であって、その出願後に出願公開がされた特許出願の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができない。(原査定の理由(3)。以下、(理由1)という。)

(理由2)「本願明細書には、本願化合物の用途及び投与量は記載されているが、本願化合物の薬理データや、本願化合物の薬効を確認する試験法については何ら記載されていなかった。」、さらに、「本願発明のような医薬についての用途発明においては、一般に、当業者が実施をすることができる程度に記載されているというためには、明細書において、有効成分として記載されている物質が当該医薬用途に利用できることを薬理データ又はそれと同視すべき記載により裏付ける必要がある」として、本願の発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項(平成14年法律等24号附則第2条第1項の規定により、なお従前の例によるとされる特許法第36条第4項の意。以下、単に「特許法第36条第4項」という。)に規定する要件を満たしていない。(原査定の理由(4)。以下、(理由2)という。)

(理由3)「上記(理由2)の、いわば裏返しとして、医薬についての用途発明においては、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超えるものである場合には、その特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。」として、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。(原査定の理由(5)。以下、(理由3)という。)


4.理由1について

(4-1)引用例

原査定の拒絶の理由(3)に引用された、本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願2003-519029号(特表2004-537597号公報参照)の願書に最初に添付した明細書(以下、「先願明細書A」という。)には、以下の記載がある。

[先願明細書Aの記載事項]

A-1.「DSCを用いる熱解析による吸熱最大値が161℃である、結晶多形体A(A型)のフリバンセリン1。

」(請求項1)

A-2.「【請求項9】
うつ病、シゾフレニア、パーキンソン病、不安、睡眠障害、性病及び精神病、及び加齢に伴う記憶障害から選ばれる疾患の治療用薬剤を製造するための、請求項1、2及び6のいずれか1項に記載の多形体Aのフリバンセリン1の使用。」(請求項9)

A-3.「【0003】
フリバンセリンは、5-HT_(1A)及び5-HT_(2)レセプターに対する親和性(affinity)を示す。それは、従って、種々の疾患、例えば、うつ病、シゾフレニア、パーキンソン病、不安、睡眠障害、性病及び精神病、及び加齢に伴う記憶障害の治療に対して有望な治療剤である。…」(段落【0003】)

A-4.「【0018】
フリバンセリンの医薬的効果の観点から、本発明は、更に、フリバンセリン多形体Aの薬剤としての使用に関する。

本発明の更なる態様は、うつ病、シゾフレニア、パーキンソン病、不安、睡眠障害、性病及び精神病及び加齢に伴う記憶障害から選ばれる疾患治療用医薬組成物を製造するためのフリバンセリン多形体Aの使用に関する。
…」(段落【0018】)

(4-2)対比

先願明細書には、前記(4-1)の摘示記載(A-1)?(A-4)からみて、次の発明(以下、「先願発明」ともいう。)が開示されていると認められる。
「パーキンソン病の治療用医薬組成物を製造するための、多形体Aのフリバンセリン1の使用。」

そこで、本願発明と先願発明とを対比する。
先願明細書に記載される「結晶多形体Aのフリバンセリン1」は、「フリバンセリン1」の化学構造式(上記A-1)をみても明らかであるように、1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンの結晶形態の一つであるから、両者は、「医薬組成物を製造するための、1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンの使用。」である点で一致し、一方、医薬組成物が、前者においては、「パーキンソン病の治療用医薬組成物」であるのに対して、後者においては、「神経変性疾患並びに種々の原因の脳虚血の治療及び/又は予防のための医薬組成物」である点で一応相違する。

(4-3)当審の判断

先願発明との上記相違点について検討する。
本願の発明の詳細な説明には、「好ましくは、本発明は、…パーキンソン病の中から選択される、神経変性疾病及び種々の原因の脳虚血の治療並びに/又は予防のための医薬組成物を調製するための1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オン(…)の使用に関する。」(段落【0006】)ことが記載されるように、また、パーキンソン病は、神経変性疾患の一つであることもよく知られていることから、本願発明の医薬組成物の治療並びに/又は予防の対象となる疾患として、パーキンソン病が包含されることは明らかである。
したがって、上記相違点は実質的な相違点ではない。

なお、請求人は、平成19年2月21日付けの請求の理由において、平成18年8月4日提出の手続補正書により、請求項3からハンチントン病及びパーキンソン病が除かれているから、本発明は、フリバンセリンの多形体Aをパーキンソン病に適応することについて記載する先願当初明細書Aに記載された発明と同一ではない旨を主張している。
しかしながら、請求項3の記載から、ハンチントン病及びパーキンソン病を除いたとしても、請求項1から、パーキンソン病を除いたことにはならず、また、上記したとおり、発明の詳細な説明の記載並びに技術常識から、パーキンソン病は、本願発明の治療並びに/又は予防の対象となる疾患とされる「神経変性疾病」の一つであることは明らかであるから、本願発明の医薬組成物の治療並びに/又は予防の対象となる疾患として、パーキンソン病が包含されるものであり、本願発明と先願発明とは、区別することができないものである。

(4-4)小括

したがって、本願発明は、先願明細書に記載された発明と同一であり、しかも、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また、本願の出願時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。


5.理由2(特許法第36条第4項)について

(5-1)特許法第36条第4項に規定する要件と医薬発明の記載要件について

特許法第36条第4項は、「発明の詳細な説明は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」と規定し、その経済産業省令に当たる特許法施行規則24条の2は、明細書に「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」を記載すべきことを規定する。
つまり、特許法には、発明の詳細な説明には、「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術分野の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することにより」、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」ことが規定されている。
したがって、明細書及び図面に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識とに基づいて、当業者が発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかが理解できないとき(例えば、どのように実施するかを発見するために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)のみならず、明細書及び図面の記載に基づいて、当業者が発明の技術上の意義を理解することができないときもまた、発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たさないということになる。

本願発明は、有効成分の1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンを、神経変性疾患並びに種々の原因の脳虚血の治療及び/又は予防のための医薬組成物を調整するために使用するという、医薬についての用途発明(「以下、「医薬発明」という。)である。

医薬発明は、ある物の未知の属性の発見に基づき、当該物の新たな医薬用途を提供しようとする「物の発明」である。
ここで、医薬発明における、当業者が「発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」とは、その発明が、医薬としての有用性があることの確認に他ならず、医薬発明の場合には、その有効成分である化合物が、実際にその医薬用途において有用であることが確認できなければ、新たな医薬を提供しようという「課題」が解決できることが理解できないから、その発明において、有用な発明が提供されたという技術的な意義を理解することができないことになる。
そして、本願発明の有効成分である1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンは、化学物質であり、化学物質は、一般に物の構造や名称からその物をどのように作り、又はどのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属するものであって、化学物質の構造からその有用性を予測することは、通常の場合困難である。ここで、通常の場合でない場合がどのような場合であるかを考えると、例えば、ある化学構造上の特徴と薬理作用との関連性が十分研究されているような特殊な場合などが考えられるが、本願発明の場合、類似の化合物において、本願優先日前、神経保護作用が研究されていた等の事実はなく、また、本願発明の1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンにおいて既知の5-HT_(1A)及び5-HT_(2)受容体に対する親和性は、神経保護作用とは無関係の作用であり、1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンと神経保護作用とを関連づける技術が存在したものとは認められない。
また、このことは、請求人自身が、本願明細書の段落【0005】で「驚いたことに、化合物1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オン(必要に応じて薬剤的に許容される酸付加塩であってもよく、また必要に応じて水和物又は溶媒和物の形態であってもよい。)は、また神経保護活性を有する医薬組成物を調製するために使用できるがわかった。」と記載していることからも明らかである。
そうすると、本願発明の有効成分である化合物1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンが「神経変性疾患並びに種々の原因の脳虚血の治療及び/又は予防のための医薬組成物」という用途において有用であるというためには、該化合物が神経保護活性を有することが前提となるが、該化合物が神経保護活性を有するか否かは実験により該活性を有することが確認されて初めて分かることであり、単に、明細書に「神経保護活性がある」という記載をすれば、当業者がそのような有用性があると理解できるわけではない。
そして、発明の詳細な説明に有効量、投与方法、製剤化方法が記載されていても、明細書の記載から医薬としての有用性が確認できない場合には、当該化合物等が実際に医薬用途に使用し得るかどうかについて、当業者が予測することは困難であって、当業者が当該発明を実施できる程度に記載されているとはいえない。

以下、上記のような事情を踏まえて本願明細書の記載を検討する。

(5-2)有効成分の薬理活性に関する本願明細書の記載

本願発明に関し、本願明細書には、以下の記載がある。

(a)「【0004】
フリバンセリンは5-HT_(1A)及び5-HT_(2)受容体に対して親和性を示す。従って、多くの疾病を治療するためにフリバンセリンは治療学的に使用できる。これら疾病としては、例えば、うつ病、精神分裂病、パーキンソン病、不安神経症及び睡眠障害が挙げられる。」(段落【0004】参照)

(b)「【0005】
発明の詳細な説明
驚いたことに、化合物1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オン(必要に応じて薬剤的に許容される酸付加塩であってもよく、また必要に応じて水和物又は溶媒和物の形態であってもよい。)は、また神経保護活性を有する医薬組成物を調製するために使用できるがわかった。
従って、本発明は、神経保護活性を有する医薬組成物を調製するための1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オン(必要に応じて薬剤的に許容される酸付加塩であってもよく、また必要に応じて水和物又は溶媒和物の形態であってもよい。)の使用に関する。」(段落【0005】参照)

(c)「【0010】
本発明の使用に適した1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンの医薬製剤としては、例えば錠剤、カプセル剤、坐剤、溶液、特に注射用溶液(皮下注射、静注、筋注)及び輸液、シロップ剤、乳剤又は分散性粉体が挙げられる。各場合において、薬剤的に活性な化合物の比率は、全組成物の0.1?90重量%、好ましくは0.5?50重量%の範囲であり、すなわち以下で特定される投薬量範囲を達成するのに十分な量である。
本発明の使用のためのフリバンセリンの投薬量は、例えば1日当たり約0.1?500mgのフリバンセリンの範囲である。好ましくは、投薬量は、その遊離塩基の形体のフリバンセリンに基づいて1日当たり約1?300mgの範囲、より好ましくは1日当たり約2?200mgの範囲である。当業者は、体重又は投与の経路、薬に対する個体の応答性、処方物のタイプ及び投与される時間又は間隔に依存して、おそらく特定される量から外れることが必要となる場合があることを知っている。…」(段落【0010】参照)

(d)「【0011】
活性物質を含む錠剤は、例えば活性物質を公知の賦形剤、例えば炭酸カルシウム、…と混合することによって得てもよい。錠剤は、また複数の層を含んでいてもよい。…
【0012】
本発明の活性物質又はその組み合わせを含むシロップ剤又はエリキシル剤は、サッカリン、…をさらに含んでもよい。…
【0013】
1つ以上の活性物質又は活性物質の組み合わせを含むカプセル剤は、例えば…によって調製してもよい。
適した坐剤は、例えば…によって作製してもよい。
適した賦形剤の例としては、例えば水、…が挙げられる。
【0014】
製剤は、通常の方法で、好ましくは非経口的に、静脈内経路で、特に輸液によって投与される。経口的使用の場合、…。非経口使用の場合、…。…
本発明の方法によって調製できる処方物の以下の実施例は、本発明を例証するが、本発明の範囲を限定するものではない。
【0015】
医薬処方物の実施例
A)錠剤 …
B)錠剤 …
C)カプセル剤 …
D)アンプル剤 … 」(段落【0011】?【0015】参照)

(5-3)検討

本願明細書の発明の詳細な説明には、1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンの医薬用途に関して、上記摘示事項(b)として、1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンは、また神経保護活性を有する医薬組成物を調製するために使用できることがわかったと記載され、また、上記摘記事項(c),(d)として、1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンの医薬製剤の剤型の例示、投薬量、各製剤の製剤化方法、投与方法について記載され、実施例には、製剤例が開示されている。

しかしながら、これらの記載は、1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンが、神経保護活性を有することを単に記載するにとどまり、当該活性を具体的にいかなる薬理試験系において確認したのか、いかなる量で用いた場合に、どの程度の薬理効果が得られたのか、薬理活性試験の具体的なデータも何ら具体的に示されていない。
特に、薬理試験系が不明であるということは、そもそも請求人がいかなる作用を確認した結果、1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンが、神経保護活性を有すると結論づけたのか自体が不明であるということであり、また、神経保護活性の内容が分からなければ、神経変性疾患並びに種々の原因の脳虚血の治療及び/又は予防に利用できるかどうかも分からないのであるから、本願発明の神経保護活性についての技術上の意義が理解できるように、発明の詳細な説明が記載されているとは到底いえない。
さらに、薬理試験結果についても何ら具体的に開示されておらず、本願発明の詳細な説明の記載から、本願発明の有効成分である1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンの、神経変性疾患並びに種々の原因の脳虚血の治療及び/又は予防のための医薬組成物としての有用性が確認できない。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明における、上記摘記事項(b)?(d)の記載は、1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンが、神経変性疾患並びに種々の原因の脳虚血の治療及び/又は予防のための医薬組成物として有用であることの裏付けとなるものと認めることはできないものである。

(5-4)小括

以上、本願明細書の発明の詳細な説明には、単に 1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オンの医薬用途が形式的に述べられているのみであって、上記化合物が示す具体的な医薬としての効果について何ら開示がないのであるから、本願明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項に規定するように、当業者が本願発明を実施することができる程度に、明確かつ十分に記載されているとはいえない。


6.理由3(特許法第36条第6項第1号)について

(6-1)特許法第36条第6項第1号に規定する要件について

特許法第36条第6項第1号の規定によれば、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであることとの要件に適合するものでなければならない。
特許制度は、発明を公開させることを前提に、当該発明に特許を付与して、一定期間その発明を業として独占的、排他的に実施することを保障し、もって、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして、ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は、本来、当該発明の技術内容を一般に開示するとともに、特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから、特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。
そして、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(6-2)検討

以下、上記の観点に立って、本願の特許請求の範囲の請求項1の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合するか否かについて検討する。
上記(5-2),(5-3)に記載した通り、本願明細書の発明の詳細な説明には、単に 「1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オン」の医薬用途が形式的に述べられているのみであり、具体的な医薬としての効果について何ら開示がなく、上記化合物が、実際に「神経変性疾患並びに種々の原因の脳虚血の治療及び/又は予防のための医薬組成物」という医薬用途において有用であることが確認できないものであり、本願明細書の発明の詳細な説明は、本願発明の新たな医薬を提供しようという課題が解決できることを当業者において認識できるように記載されていないものである。
したがって、本願の特許請求の範囲の記載は、発明の詳細な説明において裏付けられた範囲を超えた発明が記載されているものというほかはなく、発明の詳細な説明に記載された発明を記載したものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合しないものである。

(6-3)小括

以上、本願明細書の発明の詳細な説明には、単に「1-[2-(4-(3-トリフルオロメチル-フェニル)ピペラジン-1-イル)エチル]-2,3-ジヒドロ-1H-ベンゾイミダゾール-2-オン」の医薬用途が形式的に述べられているのみであって、上記化合物が示す具体的な医薬としての効果について何ら開示がないのであるから、本願の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。


なお、請求人は、原審の平成18年8月4日付けの意見書及び平成19年2月21日付けの審判請求書に対する手続補正書(方式)において、局所性脳虚血の動物モデルを用いた薬理試験結果として、脳の虚血性領域がフリバンセリンの投与によって低減できたことを提示し、これらの結果は、本明細書の記載を裏付けている旨を主張している。
しかしながら、発明の詳細な説明に、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に、具体例を開示せず、本件出願時の当業者の技術常識を参酌しても、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていない場合、また、特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合において、特許出願後に実験デ-タを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって、特許法第36条第4項に規定する要件に適合させること、また、その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し、特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合させることは、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきであるから、上記薬理試験の結果は参酌することができないものである。


7.むすび

以上のとおり、本願は、特許法第29条の2,第36条第4項及び第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2010-06-15 
結審通知日 2010-06-21 
審決日 2010-07-02 
出願番号 特願2003-518548(P2003-518548)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61K)
P 1 8・ 16- Z (A61K)
P 1 8・ 537- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松浦 安紀子  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 上條 のぶよ
大久保 元浩
発明の名称 神経保護薬  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 浅井 賢治  
代理人 箱田 篤  
代理人 平山 孝二  
代理人 小川 信夫  

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