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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 H01J
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01J
管理番号 1229529
審判番号 不服2010-14329  
総通号数 134 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-02-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-06-30 
確定日 2011-01-05 
事件の表示 特願2009-154651「ショートアーク型放電ランプ用の陽極およびショートアーク型放電ランプ」拒絶査定不服審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、平成21年6月30日の出願であって、平成22年3月31日付け(発送日:平成22年4月6日)で拒絶査定され、これに対して、平成22年6月30日に拒絶査定不服審判の請求がされるとともに、同日付けで手続補正がされたものである。

第2 平成22年6月30日付け手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成22年6月30日付け手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
本件補正で特許請求の範囲についてする補正は、特許請求の範囲を次のように補正しようとするものである。

(本件補正前、即ち、出願当初のもの)
「【請求項1】
陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成されたショートアーク型放電ランプ用の陽極であって、
前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備えることを特徴とするショートアーク型放電ランプ用の陽極。
【請求項2】
陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成された陽極と、陰極とが、発光管の内部に対向して配置されたショートアーク型放電ランプにおいて、
前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備えることを特徴とするショートアーク型放電ランプ。」

(本件補正後)
「 【請求項1】
陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成されたショートアーク型放電ランプ用の陽極であって、
前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された深さが0.1mm?0.5mmの平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備えることを特徴とするショートアーク型放電ランプ用の陽極。
【請求項2】
陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成された陽極と、陰極とが、発光管の内部に対向して配置されたショートアーク型放電ランプにおいて、
前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された深さが0.1mm?0.5mmの平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備えることを特徴とするショートアーク型放電ランプ。」
(下線は、補正箇所を明示するために請求人が付したものである。)

2 本件補正の適否
(1)本件補正の目的
本件補正で特許請求の範囲についてする補正は、本件補正前の請求項1,2に記載した発明特定事項である「陽極内底面」について、「深さが0.1mm?0.5mm」と限定する事項からなるものである。そして、当該事項は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

したがって、本件補正で特許請求の範囲についてする補正は、特許法第17条の2第5項第2号に規定される特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて検討する。

(2)独立特許要件
ア 本願補正発明
本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)は、本件補正により補正された特許請求の範囲、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。

「 陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成されたショートアーク型放電ランプ用の陽極であって、
前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された深さが0.1mm?0.5mmの平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備えることを特徴とするショートアーク型放電ランプ用の陽極。」

イ 引用文献に記載された発明
原査定の拒絶の理由に引用され、この出願の出願前に頒布された刊行物である特開2003-257365号公報(以下「引用文献」という。)には、以下の事項が記載されている。

<記載事項1>
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は放電灯、特に半導体集積回路(IC)等の露光装置に使用されるショートアーク型放電灯の電極およびショートアーク型放電灯に関する。」

<記載事項2>
「【0027】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態を図面を用いて説明する。図1(a)は本発明の好適な実施形態であるショートアーク型放電灯(以下、放電灯と称す)の切断側面図、(b)は放電灯の原理を説明するための電極の一部を断面にした正面図、(c)は電極の正面図、図2(a)(b)は陰極の構成を示す原理図、図3は放電灯の陰極最表面から陰極内部の深さ方向に対するThO_(2)濃度の推移を熱処理温度別に説明するグラフ図、図4は放電灯の照度維持率の推移を説明するグラフ図、図5は放電灯の照度維持率の推移を説明するグラフ図である。
【0028】図1(a)(b)(c)に示すように、放電灯20は、中央部が膨らんだ両端部に封止管6、7を有する発光管1と、この発光管1内に対向して配置された陰極2および陽極3と、これら電極2、3を支持する内部リード棒4、5と、外部電源(図示せず)に接続される外部リード棒10、11と、内部リード棒4、5を外部リード棒10、11にそれぞれ電気的に接続する金属箔8、9により構成され、封止管6、7内に内部リード棒4、5、金属箔8、9、外部リード棒10、11が封止されている。」

<記載事項3>
「【0035】また、前記放電灯20は、図1(b)(c)に示すように、陰極2と陽極3の距離L1を一定に対向配置し、陽極3の先端部に凹部3Aを設け、その凹部3Aが陰極2から放出される電子を受け止める点で発生する電界の強さを近づけるように形成すのが好ましい。
【0036】図1(b)に示すように陰極2の先端部を点電荷Qと考えたときに、陽極3の先端側の電界の強さは次式(1)で表される。
【0037】
E=Q/(4πε_(0)X^(2))・・・式(1)
ただし、Eは電界強度、ε_(0)は誘電率、Xは電極間の距離である。
【0038】前記式(1)は、点電荷Qからの距離Xが遠いほど電界Eが強くなるという意味である。したがって陽極3の凹部3Aがない場合には、陽極3の中央部は周辺部より距離Xが短いので電界強度が弱くなる。そのため、陽極3の中央部では、電流密度が高くなり、陽極3の消耗が激しく、点灯時間が長くなるほど、その陽極3の中央部がくぼんだ形になってくると考えられる。
【0039】しかしながら、図1(b)に示すように陽極3の先端部に凹部3Aを設けることにより、陽極3の中央部P_(0)、周辺部P_(1)の位置での距離X_(0)、X_(1)が等しくなり、それぞれの電界の強さが近づき、陽極3の表面での電流密度が分散される。これにより、点灯中、陰極2から放出される電子の衝突によって弾き出される陽極構成物質の度合いが低下し、陽極3の消耗が少なくなる。よって、放電灯の照度維持率も向上する。」

<記載事項4>
「【0040】また、凹部3Aの形状を、陰極2と陽極3とを結ぶ中心線の周りに形成した回転面で形成し、その回転面を、円錐面、球面、楕円面、円筒面またはこれらを2以上組み合わせたものとすることや、同一異種の回転面形状で一方を他方よりも小さくあるいは大きくした状態で重ねた形状の凹部として形成しても良い。この回転面により、陰極2からの電子がその回転面に一様に入射でき、陽極3先端部がほぼ均等に消耗する。よって、照度維持率がさらに向上する。」

<記載事項5>
「【0065】(実施例2)試料として、図1(c)に示すように陽極3の先端部に凹部3Aを設けた放電灯C1?C4を使用した。陽極3の先端平坦部直径D1を8mm、凹部3Aの直径D2を6mm、凹部3Aの深さHを1mm、電極間距離L1を5.5mmとした。前記以外の構成については前記放電灯B1?B4と同様である。表3に照度、照度安定性の測定結果、図5に照度維持率の測定結果を示す。その結果、放電灯C1?C4は、基準放電灯Bに対し、照度が高く、照度安定性が良かった。また、照度維持率は約16%向上した。」

<記載事項6>
図1の記載は次のとおりである。




(ア)記載事項1のとおり、引用文献には、ショートアーク型放電灯の電極が記載されている。また、記載事項2のとおり、当該電極の一方として陽極3が記載されている。

(イ)記載事項3のとおり、引用文献には、陽極3の先端部に凹部3Aを設けることが記載されている。

(ウ)記載事項4のとおり、引用文献には、当該凹部3Aの形状を、陰極2と陽極3とを結ぶ中心軸の周りに形成した回転面で形成することが記載されており、当該回転面の例として、円筒面が記載されている。

(エ)記載事項6の図1の記載も参酌すれば、上記(ウ)の陰極2と陽極3とを結ぶ中心軸は、陽極3の中心軸に一致することは明らかなことである。そうすると、上記(ア)?(ウ)から、引用文献には、陽極先端部の陽極の中心軸上に凹部3Aが形成されたショートアーク型放電灯の陽極3が記載されており、また、凹部3Aの形状を、陽極3の中心軸の周りに形成した円筒面とすることが記載されているといえる。

したがって、記載事項1?記載事項4及び記載事項6に基づけば、引用文献には次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
「 陽極先端部の陽極の中心軸上に凹部3Aが形成されたショートアーク型放電灯の陽極3であって、
前記陽極は、陽極先端部に陽極の中心軸の周りに形成した円筒面からなる凹部3Aを備えるショートアーク型放電灯の陽極。」

ウ 対比
本願補正発明と引用発明とを比較する。

(ア)引用発明の「ショートアーク型放電灯の陽極」は、本願補正発明の「ショートアーク型放電ランプ用の陽極」に相当し、以下同様に、「陽極先端部」は「陽極先端面」に、「陽極の中心軸上」は「陽極中心軸上」に、「凹部3A」は「凹部」に、それぞれ相当する。
したがって、引用発明の「陽極先端部の陽極の中心軸上に凹部3Aが形成されたショートアーク型放電灯の陽極3」は、本願補正発明の「陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成されたショートアーク型放電ランプ用の陽極」に相当する。

(イ)まず、引用発明の「陽極先端部に陽極の周りに形成した円筒面からなる凹部3A」は、その形状が円筒面であることを勘案すれば、本願補正発明の表現を用いれば、「陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面」と、「陽極内壁面に続いて陽極先端面よりも内方側に形成された陽極内底面」と、「陽極内壁面および陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部」とを備えることは、自明のことといえる。
また、一般に円筒といえばその底面は平坦であり、また、引用文献には円筒の底面が平坦であるという一般的な解釈を妨げる事情も認められないから、引用発明において当該陽極内底面が平坦な陽極内底面であることは、ごく自然に把握される事項である。
よって、引用発明の「前記陽極は、陽極先端部に陽極の中心軸の周りに形成した円筒面からなる凹部3Aを備える」と、本願補正発明の「前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された深さが0.1mm?0.5mmの平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備える」とは、前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備える点で共通するといえる。

よって、本願補正発明と引用発明の両者は、
「 陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成されたショートアーク型放電ランプ用の陽極であって、
前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備えることを特徴とするショートアーク型放電ランプ用の陽極。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点]
陽極内底面の深さについて、本願補正発明は深さが0.1mm?0.5mmであるのに対して、引用発明は深さが不明である点。

エ 相違点についての判断
上記相違点について検討する。

上記相違点に係る本願補正発明の発明特定事項は、陽極内底面の深さを数値限定したものであるところ、まず、当該数値限定の技術上の意義について検討する。

上記陽極内底面の深さの数値限定の技術上の意義に関連して、この出願の明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある。

「 【0033】
なお、陽極3に設けられた凹部30の深さH(陽極先端面3Dと陽極内底面30Bとの距離)は、放電ランプの仕様に応じて適宜決定されるが、0.1mm?0.5mmの範囲であることが好ましい。
【0034】
凹部30の深さHが0.1mm未満であると、環状角部30Cにおける電界強度が高くならないので、陰極2から発した電子を十分に引き付けることができないので、陽極の消耗を抑制することができない。
また、凹部30の深さHが0.5mmを超えると、陰極2と陽極3との間の距離が長くなって放電ランプのランプ電圧が上昇し、これにより、ランプ電流が低下するため(この種の放電ランプは、定電力の点灯用電源で点灯することが一般的であるから、ランプ電圧およびランプ電流のいずれか一方が上昇すれば、他方は低下する)、放射輝度が低下する。これに加え、凹部30の深さHが0.5mmを超えると、アークが径方向に広がるために、集光効率が低下して、露光装置等の露光面照度が低下する。」

上記の記載によれば、陽極内底面の深さの数値限定の技術上の意義は、以下のとおりである。
(ア)深さの下限を0.1mmとするのは、深さが0.1mm未満であると、環状角部における電界強度が高くならず、陰極から発した電子を十分に引き付けることができないので、陽極の消耗を抑制することができないためである。
(イ)深さの上限を0.5mmとするのは、深さが0.5mmを超えると、陰極と陽極との間の距離が長くなって放電ランプのランプ電圧が上昇し、これにより、ランプ電流が低下して放射輝度が低下し、また、アークが径方向に広がるために、集光効率が低下して、露光装置等の露光面照度が低下するためである。

まず、深さの下限を0.1mmとする点について検討する。
引用発明で凹部3Aを設ける目的は、上記記載事項3のとおり、陽極3の中央部と周辺部の位置での距離を等しくすることにより電界の強さを近づけ、陽極3の表面での電流密度を分散し、これにより陽極の消耗を少なくするためである。そして、これを実現するためには、凹部3Aの深さを所定以上とすべきことは当業者には自明のことである。したがって、陽極表面での電流密度を分散し、陽極の消耗を少なくする点を考慮して、凹部の深さ、すなわち陽極内底面の深さの下限を設定することは、当業者が容易になし得たことである。
また、深さの下限としての0.1mmという具体的な値についてみても、引用文献には、凹部3Aの形状が円筒面ではないものの、凹部3Aの深さを1mmとすることが記載されており(上記記載事項5参照)、格別のものではない。

次に、深さの上限を0.5mmとする点について検討する。
上記(イ)のとおり、深さの上限を0.5mmとすることは、凹部を形成した結果、陰極と陽極との電極間距離が長くなることによる不都合を避けることにその技術上の意義がある。
これに対して、本願補正発明や引用発明のようなショートアーク型放電灯は、そもそもが高輝度の点光源を得るために電極間距離を小さくした放電灯であることはよく知られており、電極間距離が長すぎると放射輝度が低下したり、集光効率が低下することは、例えば特開2002-358927号公報(【0020】の電極間距離が1.5mmを上回るとアークが広がり、輝度が低下してしまう旨の記載を参照)、特開平5-129002号公報(【0007】の電極間距離が8mmを超えると照明効率が低下する旨の記載を参照)、特開昭64-50358号公報(第2頁右下欄の1.5mmアーク長ランプの方が1.9mmアーク長ランプよりも光強度が高く得られる旨の記載を参照)にも見られるように周知の技術事項に過ぎない。
そして、引用発明において、凹部3Aの深さが変化すれば電極間距離が変化することは自明のことであるから、放射輝度や集光効率を考慮して所望の電極間距離が得られる程度に陽極内底面の深さを設定することは、当業者が適宜なし得る設計事項に過ぎない。また、0.5mmという値自体についても、電極間距離等の放電ランプの仕様に応じて当業者が適宜設定すべき事項である。

したがって、引用発明において上記相違点に係る発明特定事項を採用することは、引用文献の記載及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易になし得たことである。

また、本願補正発明によってもたらされる効果についても、引用文献及び各周知例の記載から当業者が予測し得る範囲内のものである。

オ 審判請求書における請求人の主張について
請求人は審判請求書において、概略以下の旨を主張している。
(ア)引用文献の段落0040には、「凹部3Aの形状を」と記載した上で、「その回転面を、円錐面、球面、楕円面、円筒面」とすることが記載されている。また、段落0039には「陽極3の中央部P_(0)、周辺部P_(1)の位置での距離X_(0)、X_(1)、が等しくなり、それぞれの電界の強さが近づき、陽極3の表面での電流密度が分散される。」と記載され、また、段落0040には、凹部の形状例として「円錐面、球面、楕円面、円筒面」が記載され、更に続けて「この回転面により、陰極2からの電子がその回転面に一様に入射でき、陽極3先端部がほぼ均等に消耗する。」とも記載されている。
これらのことから、引用文献には、凹部の各部と陰極との電極間の距離Xを等しくしてそれぞれの電界強度を近づけ、それによって電子が回転面に一様に入射し、陽極が均等に消耗することが開示されている。

(イ)ところが、引用文献の段落0040には、「円錐面、球面、楕円面、円筒面」の回転面形状の場合に、どのようにして電極間の距離Xを等しくできるのか、何故それぞれの電界の強さを近づけることができるのか、何故電子が回転面に一様に入射できるのか、何故陽極先端部がほぼ均等に消耗できるのか等に関しては、記載も示唆もない。
引用文献の段落0040には「円筒面」の言葉は記載されているが、凹部3Aの形状を「円筒面」とした場合に、凹部を形成する円筒面の側周面上や底面上の各位置と、陰極との電極間の距離Xはそれぞれ異なる。これによって、電極間の距離Xを等しくすることができず、それぞれの電界の強さが近づかず、電子は回転面に一様に入射せず、陽極が均等に消耗することができない。このように、引用文献の段落0040には凹部の例として「円筒面」の言葉は記載されているが、段落0039に開示の「それぞれの電界の強さが近づく」という技術思想を具体化した技術的に意味のある例として「円筒面」の開示がなされていない。
このように、引用文献の段落0040に記載の「円筒面」に関する記載は、開示が不十分であり、また段落0039に開示の技術思想の内容と整合していない。

(ウ)このように、引用文献は、「円筒面」に関する技術内容を充分に開示していないので、引用文献に「円筒面」の言葉が記載されていても、そのような引用文献から本願補正発明が新規性進歩性を否定されるものではない。

以下、請求人の主張について検討する。
まず、上記(ア)において、請求人は引用文献の段落0039の陽極3の中央部P_(0)、周辺部P_(1)の位置での距離X_(0)、X_(1)が等しくなる旨の記載を、凹部の「各部」と陰極との電極間の距離Xが等しくなると解しているが、誤りである。
すなわち、当該記載は、凹部の「各部」の距離を等しくする旨の記載ではなく、その記載のとおり、陽極3の中央部P_(0)、周辺部P_(1)の位置での距離X_(0)、X_(1)を等しくする旨の記載であると解すべきである。このことは、引用文献に凹部の形状として、凹部の各部の距離が等しくなる球面のみならず、円錐面、楕円面、円筒面が挙げられていることからも明らかである。
また、電子が回転面に一様に入射でき、陽極3先端部がほぼ均等に消耗する旨の記載については、陰極2と陽極3とを結ぶ中心線の周りに形成した「回転面」(球面には限られないのは上記と同様である)によるものであると記載されていることからみれば(上記記載事項4参照)、請求人の主張するように凹部の「各部」において電子が一様に入射し、陽極3先端部が均等に消耗することのみを述べたものではなく、回転面に電子が少なくとも周方向に一様に入射し、陽極3先端部が少なくとも周方向に均等に消耗することを意図したものと解するのが相当である。

次に、上記(イ)の主張については、引用文献の開示内容を凹部の「各部」において、距離Xが等しく、電界の強さを近づけ、電子が一様に入射し、陽極先端部がほぼ均等に消耗できると限定解釈することを前提とした主張であるが、当該前提を欠いていることは上記のとおりである。

そして、引用文献が上記のように、凹部を設けることにより陽極3の中央部P_(0)、周辺部P_(1)の位置での距離X_(0)、X_(1)を等しくし、凹部を回転面で形成することにより回転面に電子が少なくとも周方向に一様に入射し、陽極3先端部が少なくとも周方向に均等に消耗することを開示したものと解すれば、凹部3Aの形状を円筒面とすることは引用文献の開示内容と何ら矛盾するものではない。したがって、上記(ウ)の引用文献に円筒面に関する技術内容が開示されていない旨の主張は失当である。

したがって、請求人の主張は採用できない。

カ まとめ
よって、本願補正発明は、引用発明及び周知の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(3)補正の却下の決定についてのまとめ
以上のとおり、本件補正で請求項1を対象とする補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、本件補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されることになったから、この出願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、出願当初の特許請求の範囲、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。

「 陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成されたショートアーク型放電ランプ用の陽極であって、
前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備えることを特徴とするショートアーク型放電ランプ用の陽極。」

第4 原査定の拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由は、本願発明は、その出願前に頒布された上記引用文献に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、また、本願発明は、その出願前に頒布された上記引用文献に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含むものである。

第5 当審の判断
1 引用文献に記載された発明
引用文献の記載事項及び引用発明については、「第2 2(2)イ」の項に記載したとおりであり、引用発明を再掲すると次のとおりである。
「 陽極先端部の陽極の中心軸上に凹部3Aが形成されたショートアーク型放電灯の陽極3であって、
前記陽極は、陽極先端部に陽極の中心軸の周りに形成した円筒面からなる凹部3Aを備えるショートアーク型放電灯の陽極。」

2 対比
本願発明と引用発明とを比較する。

(ア)上記「第2 2(2)ウ(ア)」に記載したのと同様の理由により、引用発明の「陽極先端部の陽極の中心軸上に凹部3Aが形成されたショートアーク型放電灯の陽極3」は、本願発明の「陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成されたショートアーク型放電ランプ用の陽極」に相当する。

(イ)上記「第2 2(2)ウ(イ)」に記載したのと同様の理由により、引用発明の「前記陽極は、陽極先端部に陽極の中心軸の周りに形成した円筒面からなる凹部3Aを備える」は、本願発明の「前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備える」に相当する。

よって、本願発明と引用発明の両者は、
「 陽極先端面の陽極中心軸上に凹部が形成されたショートアーク型放電ランプ用の陽極であって、
前記陽極は、前記陽極先端面から内方側に向けて陥没して周方向に形成された陽極内壁面と、前記陽極内壁面に続いて前記陽極先端面よりも内方側に形成された平坦な陽極内底面と、前記陽極内壁面および前記陽極先端面の境界において周方向に形成され、陽極中心軸から径方向外方に離間した環状角部とを備えることを特徴とするショートアーク型放電ランプ用の陽極。」
の点で一致し、相違するところはない。

3 まとめ
したがって、本願発明は、引用文献に記載された引用発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。また、本願発明は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、また、同第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-10-25 
結審通知日 2010-11-02 
審決日 2010-11-15 
出願番号 特願2009-154651(P2009-154651)
審決分類 P 1 8・ 113- Z (H01J)
P 1 8・ 575- Z (H01J)
P 1 8・ 121- Z (H01J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山口 剛  
特許庁審判長 江塚 政弘
特許庁審判官 波多江 進
山川 雅也
発明の名称 ショートアーク型放電ランプ用の陽極およびショートアーク型放電ランプ  

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