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審決分類 審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備  F28F
審判 全部無効 2項進歩性  F28F
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  F28F
審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  F28F
審判 全部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  F28F
管理番号 1233547
審判番号 無効2008-800192  
総通号数 137 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-05-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-10-01 
確定日 2011-02-28 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3567000号発明「熱交換チューブ」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯

1.本件特許第3567000号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る発明は,平成6年12月13日(優先権主張 1993年12月14日,スウェーデン)に特許出願され,平成16年6月18日に,特許権の設定登録がなされたものである。

2.平成20年10月1日付けで,江林重工株式曾社(以下「請求人」という。)から,請求項1ないし3に係る発明についての特許に対して無効審判の請求がなされ,平成21年1月27日付けで,アールボルグ インダストリーズ アクティーゼルスカブ(以下「被請求人」という。)から答弁書が提出された。

3.平成21年4月27日に口頭審理を行った。
また,口頭審理と同日付けで,請求人から,口頭審理陳述要領書及び口頭審理陳述要領書(2)が,被請求人から口頭審理陳述要領書が,それぞれ提出された。
さらに,口頭審理と同日付けで,当審において無効理由を通知した。

4.請求人から平成21年6月4日付けで上申書が提出され,甲第4号証翻訳文が補充された。

5.被請求人から平成21年6月5日付けで意見書が提出されるとともに,同日付けで訂正請求がなされた。

6.平成21年6月12日付けで,請求人に対し訂正請求書副本及び意見書を送達(発送日:平成21年6月16日)した。

7.請求人は,平成21年7月27日付けで,弁駁書を提出した。

第2 当事者の主張

1.請求人の主張の概要

・審判請求書における主張

請求人は,審判請求書において,次の(1)-(3)により,本件特許は,特許法第123条第1項第2号,4号に該当し,無効とすべきであると主張し,証拠方法として,甲第1-9号証を提出した。

(1)無効理由1(特許法第29条1項第3号)

本件特許の請求項1に係る発明は,その出願前に日本国内において頒布された甲第1号証に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものである。

(2)無効理由2(特許法第29条第2項)

a.本件特許の請求項1に係る発明は,ア?エにより,当業者が容易に発明をすることができたものである。

ア.甲第1号証
イ.甲第1号証に甲第4号証,甲第5号証の周知技術を適用すること
ウ.甲第1号証に甲第6号証を適用すること
エ.甲第1号証に甲第7号証を適用すること

b.本件特許の請求項2に係る発明の「ピン(18)は,約0.05%以下の炭素含有量を有する材料から構成されている」点,及び,本件特許の請求項3に係る発明の「ピン(18)は,約0.03%の炭素含有量を有する材料から構成されている」点は,甲第8号証から当業者が必要に応じて適宜選択可能なもので設計的事項であり,当業者が容易に発明できたものであるから,いずれも特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

(3)無効理由3(特許法第36条第4項,第36条第5項第2号)

本件特許の請求項1,2,3に係る発明は,請求項1の「ピン(18)が,チューブ本体(17)を構成する材料より実質的に低い炭素含有量」の記載が技術的に明瞭でない,および請求項2の「約0.05%以下」,請求項3の「約0.03%」の数値限定の臨界的意義について,詳細な説明に記載がないため請求項の記載内容が技術的に明瞭でなく,いずれも特許法第36条第4項,第36条第5項第2号により特許を受けることができないものである。

・口頭審理陳述要領書における主張
請求人は,平成21年4月27日付け口頭審理陳述要領書において,次の(2’)のように主張をし,証拠方法として,甲第10-13号証を提出した。

(2’)無効理由2’

本件特許の請求項1に係る発明に対する無効理由2について,甲第1号証に甲第2?5号証を適用することによって当業者が容易に想到できたことを追加する。甲第1号証に甲第2?5号証,及び甲第10,11号証を適用することによって当業者が容易に想到できたことを追加する。

[証拠方法]

甲第1号証: 特開昭63-187002号公報
甲第2号証: ASTM A178/A178M-90aの写し
甲第3号証: ASTM A36/A36M-92の写し
甲第4号証: 「溶接工学」,韓国,源和出版社,1980年2月20日発行,
第241-242ページ
甲第5号証: 「機械材料」,韓国,普成文化社,1986年3月20日発行, 第179-180ページ
甲第6号証: 特表平4-500717号公報
甲第7号証: 米国特許第3731738号公報
甲第8号証: JIS G 3507-1991の写し
甲第9号証: JIS G 3461-1988 の写し
甲第10号証:「機械工学便覧 A.基礎編 B.応用編」,日本機械学会 編,1987年4月15日,B4-32ページ
甲第11号証:「溶接・接合便覧」,社団法人溶接学会,1990年9月3 0日,P852
甲第12号証:ASTM A178/A178M-85bの写し(参考資料)
甲第13号証:ASTM A36/A36M-84aの写し (参考資料)

2.被請求人の主張の概要

・答弁書及び口頭審理陳述要領書における主張

被請求人は,答弁書及び平成21年4月27日付け口頭審理陳述要領書において,次の(1)-(3)により,審判請求人の請求の理由は何れも理由がなく,本件特許の無効審判の請求は成立しない旨,主張している。

(1)本件特許の請求項1乃至3に記載された発明は,甲第1号証に何ら開示も示唆もされていない発明であり,また甲2号証及び甲3号証に記載の内容が本件特許の優先日である平成5年12月14日に公知であることは一切示されておらず,従って,特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものには該当しない。

(2)本件特許の請求項1乃至3に記載された発明は,甲第1号証それ自体を参照しても,甲第1号証に甲第4号証,甲第5号証の周知技術を適用したとしても,また,甲第1号証に甲第6号証(甲第7号証)を適用したとしても,当業者が容易に想到し得ない発明であることは明らかであるので,特許法第29条第2項にも該当しない。

(3)本件特許の請求項1乃至3に記載された発明は,甲第1号証に示されるような本件発明の属する分野の技術常識に照らして判断するとき,特許法第36条第4項および第5項を遵守して特許されたことは明らかである。

第3 当審における平成21年4月27日付け無効理由通知

当審における平成21年4月27日付け無効理由通知は,概略,次のとおりである。

[理由]

特許第3567000号の請求項1,2,3に係る発明は,本件の優先日前に頒布された刊行物である,特開昭57-60194号公報(以下「引用文献1」という。)に記載された発明及び周知技術(特開昭63-187002号公報,特表平4-500717号公報)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。

第4 無効理由通知後の当事者の主張

1.被請求人の主張の概要

無効理由通知に対して,被請求人は,平成21年6月5日付け意見書(以下「意見書」という。)において,本意見書と同時提出の訂正請求書における訂正明細書の訂正により,本件特許が特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものではなく,同法第123条第1項第2号に該当せず,無効とすべきものではない旨,主張している。

2.請求人の主張の概要

請求人は,平成21年6月5日付け訂正請求の後に提出された平成21年7月27日付け弁駁書(以下「弁駁書」という。)において,次の(1)-(3)のように主張している。

(1)訂正要件違反
本件訂正請求は,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正でなく,訂正要件に違反するから認められない。

(2)無効理由2’’
仮に訂正が認められたとしても,訂正後の請求項1に記載されている事項により特定される発明は,同法第29条第2項の規定により独立して特許を受けることができないものであるから,本件特許は無効である。

(3)無効理由3’
仮に訂正が認められたとしても,訂正後の請求項1に記載されている事項により特定される発明は,同法第36条第5項第1号,2号の規定により独立して特許を受けることができないものであるから,本件特許は無効である。

第5 訂正請求について

1.訂正請求の内容

被請求人が行った,平成21年6月5日付けの訂正請求(以下,「本件訂正」という。)は,本件特許の明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書に記載したとおりに,訂正しようとするものであり,その内容は次のとおりである。

(1)訂正事項a

特許請求の範囲の請求項1の「チューブ本体(17)とこのチューブ本体上に設けられた表面拡大要素からなる熱交換チューブ(16)であって,この表面拡大要素は,チューブ本体の外側に溶着されてチューブ本体から外向きに延在する多数のピン(18)から構成されており,前記チューブ本体と前記ピンとが共に炭素鋼から構成されている熱交換チューブ(16)において,ピン(18)が,チューブ本体(17)を構成する材料よりは実質的に低い炭素含有量を有する材料から構成されていることを特徴とする熱交換チューブ。」を,
「チューブ本体(17)とこのチューブ本体上に設けられた表面拡大要素からなる熱交換チューブ(16)であって,この表面拡大要素は,チューブ本体の外側に溶着されてチューブ本体から外向きに延在する多数のピン(18)から構成されており,前記チューブ本体と前記ピンとが共に炭素鋼から構成されている熱交換チューブ(16)において,チューブ本体(17)は少なくとも0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼から構成され,ピン(18)は0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から構成されていることを特徴とする熱交換チューブ。」と訂正する。

なお,下線部は訂正箇所である。

(2)訂正事項b

特許請求の範囲の請求項2及び3を削除する。

(3)訂正事項c

本件特許の明細書段落【0011】の「円筒ポイラ」を「円筒ボイラ」と訂正する。

2.訂正の適否

(1)訂正事項aについて

「チューブ本体(17)は少なくとも0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼から構成され」という訂正は,特許設定登録時の発明の詳細な説明の段落【0007】の「チューブ本体は,通常は少なくとも約0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼から構成される」なる記載に基づき,特許設定登録時の特許請求の範囲の請求項1の「チューブ本体」の構成を限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

「ピン(18)は0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から構成されている」という訂正は,特許設定登録時の特許請求の範囲の請求項2の「ピン(18)は,約0.05%以下の炭素含有量を有する材料から構成されている」なる記載,特許設定登録時の特許請求の範囲の請求項3の「ピン(18)は,約0.03%の炭素含有量を有する材料から構成されている」なる記載,及び,段落【0018】の「円筒ボイラに実際に適用した実施例での熱交換チューブの熱伝達計数の計算によれば,0.11%の炭素含有量を有する一般的工業ベースの炭素鋼からなるピンに代えて,僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特殊鋼材からなるピンを使用することにより,前記係数を約4%増大することができる。」なる記載に基づき,特許設定登録時の特許請求の範囲の請求項1の「ピン」の構成を限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(2)訂正事項bは,特許請求の範囲の請求項を削除するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(3)訂正事項cは,誤記を訂正するものであり,誤記又は誤訳の訂正を目的とするものである。

そして,上記訂正事項a-cは,いずれも特許設定登録時の明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(4)訂正要件違反(上記「第4 2.(1)」の主張)について

請求人は,上記「第4 2.(1)」において,訂正要件違反について主張しており,具体的には,訂正後の請求項1に係る訂正事項aについて,「訂正前の請求項2は「ピン(18)は,約0.05%以下の炭素含有量を有する材料からな構成されている」と記載されているため,上限値を意味するが,請求項3は「ピン(18)は,約0.03%の炭素含有量有する材料から構成され」を示しており,特定の含有量を示すだけであり何ら下限値を意味するものではない。すなわち,この約0.03%については,「ピンがチューブ本体に対する溶接工程の後で冷間屈曲される場合の熱交換チューブにおいては,ピンは,好適には僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する材料から構成される。」と記載され(特許公報段落0008),また同様の記載が段落0016にもある。さらに,段落0018には「・・・僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特殊鋼材からなるピンを使用することにより,前記係数を約4%増大することができる。」と記載されている。従って,約0.03%は,チューブ本体に溶接された後で冷間屈曲される場合に適した値を意味するものであって,ピン(18)の炭素含有量の下限値を意味するものではなく,願書に添付した明細書,特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内には下限値を示唆する記載は見られず,訂正内容の「ピン(18)は0.03?0.05%の炭素含有量を有する材料から構成され」は,新規事項を追加するものであることは明らかであり,特許法第134条の2第5項で準用する特許法第126条第3項に違反する訂正で,かかる訂正は認められない」と主張をしている(弁駁書第3ページ第7行-同24行)ので,この点について,以下に,検討する。

・訂正事項aについて

特許設定登録時の特許請求の範囲の請求項2には「ピン(18)は,約0.05%以下の炭素含有量を有する材料から構成されている」と記載されており,さらに,特許設定登録時の特許請求の範囲の請求項3には「ピン(18)は,約0.03%の炭素含有量を有する材料から構成されていることを特徴とする請求項2記載の熱交換チューブ」と記載されており,特許設定登録時の請求項3に係る発明は,特許設定登録時の請求項2に係る発明をさらに限定するものである。

また,特許設定登録時の明細書の段落【0016】には「ピン18を構成する材料は,好適には約0.05%未満の炭素含有量を有しなければならない。しかしながら,若しピンが,図2におけるピン18′に関して説明したようにチューブ本体に溶接された後で冷間屈曲される場合には,これらのピンは,好適には僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する材料から構成されなければならない。」と記載されているものの,段落【0018】には,「本発明に係る熱交換チューブは,極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンすなわち表面拡大要素に使用することにより,亀裂形成のリスクを減少するばかりでなく,低減された炭素含有量がピンの熱電導率を増大し,これによりピンの熱効率が改善され,ひいては熱交換チューブの全体的熱伝達効率が全般的に増大することができる。従って,円筒ボイラに実際に適用した実施例での熱交換チューブの熱伝達計数の計算によれば,0.11%の炭素含有量を有する一般工業用ベースの炭素鋼からなるピンに代えて,僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特種鋼材からなるピンを使用することにより,前記係数を約4%増大することができる。」と記載されているように,0.03%の炭素含有量を有する材料で構成されたピンを用いたものが,請求項2に係る発明の実施例として記載されており,段落【0008】に記載されているような「ピンがチューブ本体に対する溶接工程の後で冷間屈曲加工される」ことを必須の構成とするものではないことは明らかである。

さらに,特許設定登録時の明細書において,ピンを構成する材料の炭素含有量を「0.05%以下」とすることは,特許請求の範囲の【請求項2】,段落【0007】及び段落【0016】に,「0.03%」とすることは,特許請求の範囲の【請求項3】,段落【0009】,及び段落【0018】に,実施例の数値として記載されている。

よって,「ピン(18)は0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から構成されている」という訂正は,出願当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものといえ,特許設定登録時の明細書等に記載された事項の範囲内のものである。

3.まとめ

以上のとおりであるから,本件訂正は,平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し,特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合するので,当該訂正を認める。

第6 本件特許発明

上記「第5 訂正請求について」に記載のとおり,本件特許についての平成21年6月5日付け訂正請求は認められたので,本件特許の請求項1に係る発明は,訂正明細書(以下「本件特許明細書」という。)及び図面の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである(以下「本件特許発明」という。)。

「チューブ本体(17)とこのチューブ本体上に設けられた表面拡大要素からなる熱交換チューブ(16)であって,この表面拡大要素は,チューブ本体の外側に溶着されてチューブ本体から外向きに延在する多数のピン(18)から構成されており,前記チューブ本体と前記ピンとが共に炭素鋼から構成されている熱交換チューブ(16)において,
チューブ本体(17)は少なくとも0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼から構成され,
ピン(18)は,0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から構成されていることを特徴とする熱交換チューブ。」

第7 刊行物

1.引用文献1(特開昭57-60194号公報)

引用文献1には,図面とともに,次の事項が記載されている。

A.「(1)金属製のチューブと,このチューブに一体または別個に設けられた一連の金属製のフインからなる金属製フインチューブにおいて,前記チューブおよびフインの外表面にほうろう被膜が施こされていることを特徴とするフインチューブ。
(2)前記フインチューブの材質は通常の炭素鋼でありかつ各前記フインの材質は炭素含有率の低い低炭素鋼である特許請求の範囲第1項記載のフインチューブ。」(特許請求の範囲)

B.「本発明は熱交換器に含まれるフインチューブの改良に関するものである。
通常,硫黄分の少ない排ガスを用いる排熱回収用熱交換器においては炭素鋼,アルミニウム,ステンレス鋼等のフインチューブを使用しても特に問題を起こしていないが,ボイラーの燃焼排ガスなどのように硫黄分の多い排ガスから熱回収する多管式熱交換器の場合,酸露点腐食,すなわち排ガス中に含まれる硫黄酸化物がフインチューブに接触し,酸露点温度以下になるとフインチューブの表面に硫酸となつて付着し,その硫酸がフインチューブを腐食する現象が生じ,そのため多管式熱交換器の耐用年数を著しく短縮する問題があつた。
このような酸露点腐食の問題に対処するため従来はフインチューブにチタン等の高級材料を使用して熱交換器の寿命を延長するような努力がなされてきたが,これらの材料は高価でしかも加工性が悪く,その上熱交換性能が悪いためこの種の用途に用いられる熱交換器としては好適なものとは言えなかつた。また,酸露点腐食の防止のため安価な材料,例えば炭素鋼からなるフインチューブの表面に耐食性および耐熱性のある塗料をコーテイングすることも行われてきたが,冷却と加熱の繰り返しによつて被膜の剥離が生じ,コーテイング不完全な部分が酸露点腐食によって著しく浸食され,熱交換器の品質安定化が計れず,充分な耐用年数が得られない等の欠点があつた。」(第1ページ左下欄第16行-第2ページ左上欄第8行)

C.「第1図は適宜本数のフインチューブからなる熱交換器(1)の全体を示すものであり,フインチューブ(10),(10)は金属製のチューブ(11)と,溶接などの適当な方法によりチューブ(11)に一体または別個に取付けられた一連の金属製のフイン(12)からなり,熱交換器の両端に設けられたヘッダー(2),(3)の間に設置される。それらのヘッダーには,一方に入口管(4)が他方に出口管(5)が取付けられる。本発明によるフインチューブの特徴は,第2図に示すように,チューブ(11)およびフイン(12)の外表面にほうろう被膜(13)が施されていることであり,チューブ(11)およびフイン(12)の材料としては安価な炭素鋼を用いることができる。さらに好ましくは,チューブ(11)の材質は通常の炭素鋼であっても良いが,フイン(12)の材料としては炭素含有率の低い低炭素鋼,例えばほうろう用極低炭素鋼が用いられる。」(第2ページ左上欄第17行-同右上欄第15行)

D.「炭素鋼へのほうろう被膜の施行に関しては,その片面にのみ施す場合には炭素鋼の炭素含有率は被膜の性能にあまり影響を及ぼさないが,両面にほうろう被膜を施す場合には炭素鋼の炭素含有率が高いと,ほうろう被膜に所謂「つま飛び」現象なる欠陥や,焼成中に発泡が生じ,ほうろう被膜の性能を損なうのみでなく,被膜の生成さえも難しくなる。母材たる炭素鋼の両面にほうろう被膜を施すには例えば0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼を用いると両面に良好なほうろう被膜が形成される。従つて,チューブは外表面のみにほうろう被膜が施されるので通常の炭素鋼でよい。この方が安価に製作できる。フインにはその両面にほうろう被膜が施されるので,前記のように低炭素鋼が用いられるのが好ましい。」(第2ページ右上欄第16行-同左下欄第12行)

E.第2図には,チューブから外向きに延在する多数のフインが図示されている。

F.「フイン」が,表面拡大要素であることは,明らかである。

そこで,上記A-Fの記載事項及び図面の図示内容を総合すると,引用文献1には,次の発明(以下「引用文献1記載の発明」という。)が記載されているものと認められる。

「チューブとこのチューブに設けられたの表面拡大要素からなるフインチューブであって,この表面拡大要素は,チューブの外側に溶接されてチューブから外向きに延在する多数のフインから構成されており,前記チューブおよび前記フインの外表面にほうろう被膜が施され,前記チューブと前記フインとが共に炭素鋼から構成されているフインチューブにおいて,
チューブは通常の炭素鋼から構成され,フインは,0.003%程度の低炭素鋼から構成されていることを特徴とするフインチューブ。」

2.甲第1号証(特開昭63-187002号公報)

甲第1号証には,図面とともに,次の事項が記載されている。

a.「(1)ハウジング,該ハウジング内に設けた反応室,該反応室に設けた空気分配手段,該反応室内の流動床領域と共に設けた複数の熱交換管,及び該熱交換管の燃焼側温度を上昇させるために該熱交換管に設けたフィン手段からなる流動床ボイラー。」(特許請求の範囲)

b.「第4A図は,管10に円周フィン13を取付けることによって燃焼側温度を高くする,本発明による一つの方法を示す図である。これら円周フィンは,第6図に示すように,管に連続螺旋状に巻き付けることができる。第4B図に示すように,フィン間に縦方向に間隔sを維持するが,この間隔は管に隣接して不活性床材料の停滞層を維持するのに十分小さくなければならない。しかし,少なくとも垂直床管においては,円周フィンの使用による全体的な効果によって,伝熱(率)が低下することがある。本発明では,直径(D)が1?6インチの範囲にあるSA178及びSA106炭素鋼の管を使用することを意図している。また,A36炭素鋼,タイプ304Hステンレス鋼,又はタイプ316Hステンレス鋼から形成したフィンを使用した。」(第5ページ左上欄第19-同右上欄第15行)

c.「直径(D)が3.0インチ,そして肉厚(W)が0.120インチのSA178炭素鋼管及びA36炭素鋼フィンを使用すると共に,フィン・管間を完全浸透溶接した」(第5ページ右下欄第4-8行)

d.「円周フィンあるいは縦フィンのいすれも連続リボン材料で構成する必要はない。すなわち,連続円周パターン又は縦パターンを構成するように,管に取付けた異なる形状のスタッドから形成しても良い。」(第5ページ右下欄第18行-第6ページ左上欄第2行)

e.記載b.には「第4A図は,管10に円周フィン13を取付けることによって燃焼側温度を高くする,本発明による一つの方法を示す図である。」と記載されており,「円周フィン」が「表面拡大要素」であること,及び,「熱交換管」と「表面拡大要素」とによって,熱交換器を構成していることは,明らかである。

f.記載dには「連続円周パターン又は縦パターンを構成するように,管に取付けた異なる形状のスタッドから形成しても良い。」と記載されており,熱交換管には外向きに延在する多数のスタッドが取り付けられていることは,明らかである。

そこで,これらの記載事項及び図面の図示内容を総合すると,甲第1号証には,次の発明(以下「甲第1号証発明」という。)が記載されているものと認められる。

「熱交換管とこの熱交換管に設けられた表面拡大要素からなる熱交換器であって,この表面拡大要素は,熱交換管の外側に浸透溶接されて熱交換管から外向きに延在する多数のスタッドから構成されており,前記熱交換管と前記スタッドとが共に炭素鋼から構成されている熱交換器おいて,
熱交換管はSA178炭素鋼管から構成され,スタッドは,A36炭素鋼から構成されていることを特徴とする熱交換器。」

3.甲第2号証(ASTM A178/A178M-90aの写し)

甲第2号証には,次の事項が記載されている(引用するページ番号は,最下段中央に記載されたものとした。)。

a.「Standard Specification for Electric-Resistance-Welded Carbon Steel and Carbon-Manganese Steel Boiler Tubes (ボイラー及び加熱器用電気抵抗溶接炭素鋼管及び炭素マンガン鋼管に関する標準規格)」(標題,訳文は当審による。)

b.第2ページ左欄の[TABLE 1]には,Grade AのElementとして「Carbon 0.06-0.18」,Grade C のElementとして「Carbon 0.35max」と記載されており,[TABLE1]には,炭素含有量について「グレードA:0.06-0.18%」,「グレードC:最大0.35%」である点が示されている。

4.甲第3号証(ASTM A36/A36M-92の写し)

甲第3号証には,次の事項が記載されている(引用するページ番号は,最下段中央に記載されたものとした。)。

a.「Standard Specification for structural steel (構造用炭素鋼の標準仕様)」(標題)

b.第2ページの[TABLE 2]における「Carbon max %」には,「0.25?0.29」の範囲の数値が記載されており,[TABLE 2]には,炭素含有量が最大0.25?0.29%の炭素鋼が示されている。

5.甲第4号証(「溶接工学」,韓国,源和出版社,1980年2月20日発行,第241-242ページ)

甲第4号証には,次の事項が記載されている(平成21年6月4日付けて提出された上申書に添付された甲第4号証翻訳文により示す。)。

a.「(2)溶接後の冷却速度が比較的速いので,母材の成分がいずれであっても,溶着金属部または熱影響部が硬化することがあるが,C:0.2[%],Mn:0.7[%]以下であれば,亀裂の発生がない。」(第241ページ右欄2.(2) なお,(2)は原文では○の中に2)

b.「一般に,母材が急熱,急冷されるためスタッドは低炭素鋼が好ましく,高炭素鋼の場合は溶接部または熱影響部の硬度が高くなる。」(第241ページ右欄下から第2行-第242ページ左欄第1行)

6.甲第5号証(「機械材料」,韓国,普成文化社,1986年3月20日発行,第179-180ページ)

甲第5号証には,図面とともに次の発明が記載されている(甲第5号証翻訳文により示す。)。

a.「図3.9は炭素量による炭素鋼の物理的性質変化を示し,表3.2は炭素鋼の物理的性質を示す。図によれば,炭素鋼の比重(SG),熱膨張係数,熱伝導度は炭素量の増加に伴って減少するが,比熱,電気抵抗,抗磁力は増加する。炭素鋼の耐食性は炭素が増加するほど減少し,少量のCuが添加されると耐食性が急増する。」(180ページ第1-5行)

7.甲第6号証(特表平4-500717号公報)

甲第6号証には,図面とともに,次の事項が記載されている。

a.「1.実質的に四角型の薄板-金属片(11)からなり,前記薄板-金属片は一方の長手方向側部の中央-領域に180°以下の角度で延在する実質的に円形の凹部を備え,チューブに対して溶接するよう設計されている熱-交換器チュ-ブの表面拡大要素において,前記薄板-金属片は金属片の他方の長手方向側部から延在して薄板-金属片(11)の短手方向側部と略平行して進行するスリット(14,15,16)を有し,かつ中央部スリットは金属片の短手方向側部に最近接して位置するスリットに対して少なくとも同じ長さである熱-交換器チューブの表面拡大要素。」(請求の範囲)

b.「種々の表面拡大要素が年来開発されて来たが,これらの中には,チューブに沿ってもしくは直角方向に溶接されるピン,フィンおよびストリップやあるいはチューブの周りに螺旋状に適用されるリボン形状の要素などが含まれる。
公知の表面拡大要素では,熱交換器の製造コストを制限しかつこれと同時に比較的容易に外側表面に清浄度を保持できると共に作動中の変形を無視できる程度に維持できる熱交換器を提供することは困難であることが明らかにされている。
従って,本発明の1つの目的は,表面拡大要素が,それ自体を容易かつ低コストで製造できると共にチューブに対して簡単かつ安価に溶接され,そしてその構造が効率的に清掃できると共に作動中の変形を無視できる程度に維持できるような,前記形式の熱交換器チューブにおける表面拡大要素を提供することにある。」(第2ページ左上欄第15行-同右上欄第5行)

c.「要素11はチューブ11と同じ材料,例えば鋼から構成することができる。要素の材料は,効率を向上するために,高い熱伝導率を有することが重要である。従って,鋼を使用する場合には,低炭素含有量の鋼が好適に選定される。」(第3ページ左下欄第21-24行)

そこで,これらの記載事項及び図示内容を総合すると,甲第6号証には,次の発明(以下「甲第6号証発明」という。)が記載されている。

「チューブとこのチューブ上に設けられた表面拡大要素からなる熱-交換器チューブであって,この表面拡大要素は,チューブの外側に溶接された四角型の簿板-金属片から構成されており,前記チューブと前記簿板-金属片とが共に鋼から構成されてる熱-交換器チューブにおいて,チューブ本体は鋼から構成され,簿板-金属片は,低炭素含有量の鋼から構成されている熱-交換器チューブ。」

8.甲7号証(米国特許第3731738号公報)

甲第7号証には,図面とともに,次の点が記載されている。

a.「As seen in FIGS. 2 and 3, finned tubes 26 include tube walls 27 with fins 28 connected thereto (usually by welding) and projecting outwardly therefrom. Fins 28 have proximal portions 29 adjacent tube walls 27 and distal portions 31 remote therefrom. Fins 28 of FIG. 2 are serrated and wrapped helically about cylindrical tube walls 27. It will be understood that fins 28 need not be serrated, nor need they be wound helically. Fins 28 could likewise be in the form of studs or otherwise within the context of this disclosure.
According to the teaching of this invention, tube walls 27 and proximal portions 29 are made preferably of carbon steel or a like relatively-high heat-conducting and relatively-low heat-resisting material.(図2,図3に,チューブ壁27にフィン28が取り付けられた(通常は溶接)フィン付きチューブ26が示されている。フィン28は,チューブ壁27の近傍部位29と末端部位31を有する。 図2のフィン28は,鋸歯状であって,チューブ壁27の周りにらせん状に巻き付けられている。フィン28は鋸歯状である必要も,らせん状に巻き付けられている必要もないことは理解される。フィン28は,スタッド状のものであってもよい。チューブ壁27とその近傍部位29は好ましくは炭素鋼で作られ,または,比較的高い熱伝導性および比較的低い耐熱性の材料で作られるが,低炭素鋼で作られる。訳文は当審による。以下,同様。)」(第2欄第36-第49行)

b.「Also according to the teaching of this invention, distal portions 31 are made of a relatively-low heat-conducting and relatively-high heat-resisting material such as stainless steel, preferably with one of the compositions set forth in Table I. (さらに,本発明によれば,末端部分31は,ステンレス鋼のような比較的低い熱伝導性および比較的高い耐熱性の材料に,好ましくはテーブルIに述べられた配合のうちの1つで作られる。)」(第3欄第1行-第5行)

c.第2図には,チューブ壁から外向きに延在する多数のフィンが図示されている。

d.フィンが,表面拡大要素であることは,明らかである。

そこで,これらの記載事項及び図示内容を総合すると,甲第7号証には,次の発明(以下「甲第7号証発明」という。)が記載されている。

「チューブ壁とこのチューブ壁上に設けられた表面拡大要素からなるフィン付きチューブであって,この表面拡大要素は,チューブ壁の外側に溶接されてチューブ壁から外向きに延在する多数のスタッド状のフィンから構成されており,前記チューブ壁とスタッド状のフィンにおける近傍部位とが炭素鋼でから構成されているフィン付きチューブにおいて,チューブ壁は低炭素鋼から構成され,スタッド状のフィンは,チューブ壁の近傍部位は低炭素鋼で作られ,末端部分はステンレス鋼から構成されているフィン付きチューブ。」

9.甲第8号証(JIS G 3507-1991の写し)

甲第8号証には,次の事項が記載されている。

a.表2には,炭素含有量が0.08%以下の冷間圧造用炭素鋼線材であるSWRCH6R及びSWRCH6Aが記載されている。

10.甲第9号証(JIS G 3461-1988 の写し)

甲第9号証には,次の事項が記載されている。

a.表2.2には,炭素含有量が0.18%以下のSTB340が記載されている。

11.甲第10号証(「機械工学便覧 A.基礎編 B.応用編」,日本機械学会編,1987年4月15日,B4-32)

甲第10号証には,次の事項が記載されている。

a.「ボイラ用鋼は,冷間加工性,溶接性が良好であることと同時に,ボイラ水に対する耐食性を要し,さらに繰返し加熱冷却を受けた場合に集中応力の発生を少なくし,また時効硬化が少ないことが必要である。これには低炭素のキルド鋼が好適である。」(B4-32ページ 5・1・5 低炭素鋼)

12.甲第11号証(「溶接・接合便覧」,社団法人溶接学会,1990年9月30日,P852)

甲第11号証には,次の事項が記載されている。

a.「b.物理的・機械的性質
炭素鋼の大部分は圧延のまま,焼ならしまたは焼なまし状態で供給される。焼きならし状態での物理的性質と炭素含有量の関係を図2・6に示す。熱伝導率が炭素含有量の増加につれて急速に減少するほかは,いずれも緩やかな変化を示す。」(第852ページ左欄第3-8行)

b.「2・2・3 炭素鋼の溶接・接合性
炭素鋼の溶接性は炭素含有量により決定される。低炭素鋼は溶接性良好で,各種の溶接法を適用して容易に健全な溶接部を得ることができる。中・高炭素鋼と炭素量が増加するほど溶接性は悪化し,予熱や後熱を施す必要が生じてくる。」(第852ページ右欄第7-13行)

第8 当審の判断

1.当審無効理由について

本件特許発明と引用文献1記載の発明とを対比すると,引用文献1記載の発明における「チューブ」は,本件特許発明における「チューブ本体」に相当し,以下同様に,「溶接」は「溶着」に,「フインチューブ」は「熱交換チューブ」に,それぞれ相当する。
そして,引用文献1記載の発明の「フイン」と,本件特許発明の「ピン」は,ともに,「表面拡大部材」である点で共通している。

そうしてみると,本件特許発明と引用文献1記載の発明との一致点,及び,相違点は,次のとおりである。

[一致点]

「チューブ本体とこのチューブ本体上に設けられた表面拡大要素からなる熱交換チューブであって,この表面拡大要素は,チューブ本体の外側に溶着されてチューブ本体から外向きに延在する多数の表面拡大部材から構成されており,前記チューブ本体と前記表面拡大部材とが共に炭素鋼から構成されている熱交換チューブ」

[相違点]
(1)表面拡大部材について,本件特許発明では「ピン」であるのに対して,引用文献1記載の発明では「フイン」である点。

(2)チューブ本体について,本件特許発明では「少なくとも0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼」から構成されているのに対して,引用文献1記載の発明では,「通常の炭素鋼」ではあるものの,炭素含有量についての数値限定がなされていない点。

(3)表面拡大部材について,本件特許発明では「0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」から構成されているのに対して,引用文献1記載の発明では,「0.003%程度の低炭素鋼」から構成されている点。
そこで,上記相違点について検討する。

・相違点(1)について

熱交換チューブに溶着する表面拡大部材として「ピン」を用いることは,本件の優先日前周知の技術事項である(例えば,特開昭63-187002号公報(甲第1号証),特表平4-500717号公報(甲第6号証)参照。)。

そうしてみると,引用文献1記載の発明において,表面拡大部材である「フイン」に代えて,「ピン」を用いることは,上記周知技術に倣って,当業者が容易に想到し得たことである。

・相違点(2)について

JIS G3461 -1988(甲第9号証)は,ボイラ・熱交換器用炭素鋼鋼管に関する日本工業規格であって,また,ASTM A178/A178M-90a(甲第2号証)は,ボイラー及び加熱器用電気抵抗溶接炭素鋼管及び炭素マンガン鋼管に関するアメリカ材料試験協会設定の規格であって,これらの規格に示されているように,熱交換器における管として,少なくとも0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼を用いることは,本件の優先日前周知の技術事項である。

そうしてみると,引用文献1記載の発明における「通常の炭素鋼」として,上記周知の技術に倣って,少なくとも0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼を採用することは,当業者が容易に想到し得たことである。

・相違点(3)について

本件特許発明は,「極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンすなわち表面拡大要素に使用することにより,亀裂形成のリスクを減少するばかりでなく,軽減された炭素含有量がピンの熱電導率を増大し,これによりピンの熱効率が改善され,ひいては熱交換チューブの全体的熱伝達効率を全般的に増大する。」という課題を解決するためのものであり,極めて低い炭素含有量を有する鋼材からなるピンとして,従来の0.11%の炭素含有量を有する炭素鋼に代えて,0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料(特殊鋼材)からなる炭素鋼を用いるものである。

これに対し,引用文献1記載の発明は,「酸露点腐食の防止のため安価な材料,例えば炭素鋼からなるフインチューブの表面に耐食性および耐熱性のある塗料をコーテイングすることも行われてきたが,冷却と加熱の繰り返しによつて被膜の剥離が生じ,コーテイング不完全な部分が酸露点腐食によって著しく浸食され,熱交換器の品質安定化が計れず,充分な耐用年数が得られない等の欠点があつた。」という課題を解決するためのものであり,フインチューブの表面にコーティングとしてほうろう被膜を施すにあたり,所謂「つま飛び」現象なる欠陥や焼成中に発泡が生じ,ほうろう被膜の性能を損なうのみでなく,被膜の生成さえも難しくなることを防止し,良好なほうろう被膜を形成するために,フインの材料として,「0.003%程度」の低炭素鋼を用いるものである。

つまり,引用文献1記載の発明は,フインの両面にほうろう被膜を施すことは,必須の構成であり,フインの炭素含有量は,良好なほうろう被膜を形成することができる範囲である「0.003%程度」に限定されるといえ,さらに,一般に炭素鋼とは,炭素含有量が通常0.02%?約2%の範囲の鋼のことをいうことからみて,引用文献1記載の発明における「0.003%程度」の低炭素鋼と,本件特許発明の「炭素鋼」とは本質的に異なるものと認められる。

そして,引用文献1には「両面にほうろう被膜を施す場合には炭素鋼の炭素含有量が高いと,所謂「つま飛び」現象なる欠陥や焼成中に発泡が生じ,ほうろう被膜の性能を損なうのみでなく,被膜の生成さえも難しくなる」と記載されており,フインに用いる炭素鋼の炭素含有量を「0.003%」よりも増加させて,本件特許発明の「0.03乃至0.05%」の数値範囲とすることは,記載も示唆もされておらず,また,表面拡大要素に用いる炭素鋼の炭素含有量を「0.03乃至0.05%」とすることは,本件の優先日前周知の技術事項でもない。

したがって,本件特許発明は,引用文献1記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

2.請求人の主張について

(1)弁駁書における主張

上記「第4 2.(1)」の訂正要件違反については,上記「第5 2.(4)」で述べたとおりであるので,その他の主張について検討する。

a.無効理由2’’(上記「第4 2.(2)」の主張)について

請求人は,特許明細書には,特に,「ピン(18)は0.03?0.05%の炭素含有量」の範囲を特定する数値限定の臨界的意義については何ら開示されていないものである。従って,請求項1に記載の数値限定は特開昭57-60194号(引用文献1)および周知の技術(溶接技術,機械材料技術)によって適宜選択することができる単純な数値限定に過ぎない設計的事項と言わざるをえない旨主張している(弁駁書第4ページ第2-6行)。

ア.「ピンは0.03?0.05%の炭素含有量を有する材料」の範囲を特定する数値限定の臨界的意義が明細書に開示されているかどうかついて。

本件特許明細書には,「ピン18を構成する材料は,好適には約0.05%未満の炭素含有量を有しなければならない。」と記載されており(段落【0016】前段),これにより,「亀裂形成のリスクを減少する」,「ピンの熱電導率を増大し,これによりピンの熱効率が改善され,ひいては熱交換チューブの全体的熱伝達効率が全般的に増大される」という作用効果を奏するものである。
さらに,ピンを0.03%の炭素含有量を有する材料から構成することで,0.11%の炭素含有量を有する一般工業用ベースの炭素鋼からなるピンに代えて,僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特種鋼材からなるピンを使用することにより,前記係数を約4%増大することができる旨,記載されている(段落【0018】)。

以上のことから,本件特許明細書に「ピンは0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」の範囲を特定する数値限定の臨界的意義は開示されているといえる。

イ.「ピンは0.03乃至0.05%の炭素含有量」とする数値限定が,周知の技術(溶接技術,機械材料技術)によって適宜選択することができる単純な数値限定に過ぎない設計的事項であるかどうかについて

請求人が証拠として示した甲第1-13号証のうち,溶接技術または機械材料技術に関連するものは,甲第4-5,10-11号証であって,その記載事項は,上記「第7 刊行物」に,それぞれ,記載したとおりである。

そして,甲第4-5,10-11号証の記載事項からみて,炭素鋼の炭素含有量により決定される一般的な性質として,「低炭素鋼は,溶接性に優れている」点,及び,「熱伝導度は炭素量の増加に伴って減少する」点は,周知技術であるといえる。

また,甲第4-5,10-11号証は,炭素鋼の一般的な性質として,中炭素鋼または高炭素鋼との比較において,低炭素鋼の有利な点が記載されたものであって,言い換えれば,「溶接性に優れ,熱伝導度をよくする」ためには,低炭素鋼であれば足りることを示しているといえる。

そして,一般に,低炭素鋼と種別される炭素鋼の炭素含有量は,0.08?0.30%である(「溶接・接合便覧」,社団法人溶接学会,1990年9月30日,849ページ表2・2参照)のに対し,本件特許発明は,約0.1%の(低)炭素鋼を用いたとしても発生する亀裂形成のリスクを減少させるとともに,熱効率を改善するために,ピンを0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料(特殊鋼材)から構成するものである。

さらに,甲第4-5,10-11号証には,炭素鋼を熱交換チューブの表面拡大要素とした場合の炭素含有量についての記載はなく,熱交換チューブの表面拡大要素における炭素鋼の炭素含有量について,好適な数値範囲を示唆するものでもない。

そうしてみると,「ピンは0.03乃至0.05%の炭素含有量」とする数値限定が,周知技術によって適宜選択することができる単純な数値限定に過ぎない設計的事項ということはできない。

よって,上記「第4 2.(2)」の主張は,採用することができない。

b.無効理由3’(上記「第4 2.(3)」の主張)について

請求人は,訂正内容の「ピン(18)は0.03?0.05%の炭素含有量を有する材料から構成されている」について,その範囲を特定する数値限定の臨界的意義について明細書には何ら開示されていないものであるため,発明が不明瞭である。
また,その範囲を特定する数値限定の下限値である0.03%については,発明の詳細な説明には,チューブ本体に溶接された後で冷間屈曲される場合に適した値を意味するものであって,ピン(18)の炭素含有量の下限値を意味するものとして説明されているものではなく,いわゆるサポート要件に違反する旨主張している(弁駁書第4ページ第13-25行)。

しかしながら,上記「第8 2.(1).a.ア」に記載したとおり,「ピン(18)は0.03?0.05%の炭素含有量を有する材料から構成されている」について,その範囲を特定する数値限定の臨界的意義について明細書には何ら開示されていないとはいえず,発明が不明瞭であるとはいえない。

また,本件特許明細書には,次の記載事項がある。

ア.「極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンに使用することは,亀裂形成の前記リスクを減少するばかりでなく,更に別の好結果をももたらすことが判明した。すなわち,更に詳細には,低減された炭素含有量はピンの熱電導率を増大し,これによりピンの熱効率が改善され,ひいては熱交換チューブの全体的熱伝達効率が全般的に増大される。円筒ボイラに実際に適用した実施例に係わる熱交換チューブの熱伝達計数の計算によれば,0.11%の炭素含有量を有する一般工業用ベースの炭素鋼からなるピンに代えて,僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特種鋼材からなるピンを使用することにより,前記係数を約4%増大できることが判明した。」(段落【0009】)

イ.「ピン18を構成する材料は,好適には約0.05%未満の炭素含有量を有しなければならない。しかしながら,若しピンが,図2におけるピン18′に関して説明したようにチューブ本体に溶接された後で冷間屈曲される場合には,これらのピンは,好適には僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する材料から構成されなければならない。」(段落【0016】)

これらの記載からみて,発明の詳細な説明に,ピンを約0.05未満の炭素含有量を有する炭素鋼とする点,その実施例として,ピンを約0.03%の炭素含有量を有する特殊鋼材とする点が記載されていることは明らかであって,「0.03?0.05%」の数値範囲も発明の詳細な説明に記載されているといえることから,いわゆるサポート要件に違反するとはいえない。

よって,上記「第4 2.(3)」の主張は,採用することができない。

(2)審判請求書又は口頭審理陳述要領書における主張

a.無効理由1(上記「第2 1.(1)」の主張)について

本件特許発明と甲第1号証発明とを対比すると,甲第1号証発明の「熱交換管」は,本件特許発明の「チューブ本体」に相当し,以下同様に,「熱交換器」は「熱交換チューブ」に,「浸透溶接」は「溶着」に,「スタッド」は「ピン」に,それぞれ相当する。

そうしてみると,本件特許発明と甲第1号証発明との一致点は,次のとおりである。

[一致点]

「チューブ本体とこのチューブ本体に設けられてた表面拡大要素からなる熱交換チューブであって,この表面拡大要素は,チューブ本体の外側に溶着されてチューブ本体から外向きに延在する多数のピンから構成されており,前記チューブ本体と前記ピンとが共に炭素鋼から構成されている熱交換チューブ。」

そして,次の点で一応,相違していると認められる。

[相違点]
(4)チューブ本体の炭素含有量について,本件特許発明では「少なくとも0.1%」であるのに対して,甲第1号証発明では,SA178炭素鋼管ではあるものの,炭素含有量について数値限定がなされていない点。

(5)表面拡大要素について,本件特許発明では「0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」から構成されているのに対して,甲第1号証発明では,A36炭素鋼ではあるものの,炭素含有量についての数値限定がなされていない点。

そこで,上記相違点について検討する。
・相違点(4)について

甲第1号証発明の「SA178」は,甲第1号証の優先日からみて,参考資料として提出されて甲第12号証(ASTM A178/A178M -85bの写し)と同一のものと認められる。

そして,ASTM A178/A 178M-85bは,ボイラー及び加熱器用電気抵抗溶接炭素鋼管及び炭素マンガン鋼管に関するアメリカ材料試験協会設定の規格であって,甲第12号証の第3ページに記載された[TABLE 1]には,Grade AのElementとして「Carbon 0.06-0.18」,Grade C のElementとして「Carbon 0.35max」と記載されており,[TABLE1]には,炭素含有量として,「グレードA:0.06-0.18%」,「グレードC:最大0.35%」である点が示されている。

そうしてみると,甲第1号証には,SA178炭素鋼管として,「少なくとも0.1%」の炭素含有量を有するチューブ本体が記載されているに等しいと認められることから,相違点(4)とした点は相違点とはいえない。

・相違点(5)について

甲第1号証発明の「A178」は,甲第1号証の優先日からみて,参考資料として提出された甲第13号証(ASTM A36/A36M -84aの写し)と同一のものと認められる。

そして,ASTM A36A/A36M-84aは,構造用炭素鋼の標準仕様に関するアメリカ材料試験協会設定の規格であって,甲第13号証の第3ページの[TABLE 2]における「Carbon max %」には,「0.25?0.29」の範囲の数値が記載されており,[TABLE 2]には,炭素含有量が最大0.25?0.29%の炭素鋼が示されている。

これに対し,本件特許発明は,表面拡大要素であるピンを「0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」から構成するものであって,「極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンすなわち表面拡大要素に使用することにより,亀裂形成のリスクを減少するばかりでなく,軽減された炭素含有量がピンの熱電導率を増大し,これによりピンの熱効率が改善され,ひいては熱交換チューブの全体的熱伝達効率を全般的に増大する。」という課題を解決するためのものである。

そして,甲第13号証に炭素含有量を「最大0.25?0.29%」の炭素鋼が示されているとしても,甲第1号証には,A36炭素鋼の炭素含有量についての具体的な記載も示唆もなく,さらに,ピンの亀裂形成のリスクを減少させ,熱効率を改善させるといった課題を解決するために,A36炭素鋼の炭素含有量を調整する点は記載も示唆もされていないことから,ピンが「0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」から構成されている点が,甲第1号証に記載されているに等しい事項であるとは認められない。

そうしてみると,A36炭素鋼として「0.03乃至0.05%」の炭素含有量の表面拡大要素が,甲第1号証に記載されているに等しい事項とは認められない。

よって,本件特許発明は,その優先日前に日本国内において頒布された甲第1号証に記載された発明ではなく,上記「第2 1.(1)」の主張は認められない。

b.無効理由2及び無効理由2’(上記「第2 1.(2)a.ア.-エ.,b.及び(2’)」の主張)について

本件特許発明と甲第1号証発明を対比すると,上記「第8 2.(2).a」に記載したとおり,上記相違点(5)で相違している。

上記相違点(5)について検討する。

ア.上記「第2 1.(2)a.ア,イ及び(2’)」について

甲第4-5,10-11号証の記載事項からみて,「低炭素鋼は,溶接性に優れている」点,及び,「熱伝導度は炭素量の増加に伴って減少する」点は,炭素鋼の炭素含有量により決定される一般的な性質として,溶接技術,機械材料技術の周知技術であるといえる。

また,甲第4-5号証(甲第10-11号証)は,炭素鋼の一般的な性質として,中炭素鋼または高炭素鋼との比較において,低炭素鋼の有利な点が記載されたものであって,言い換えれば,「溶接性に優れ,熱伝導度をよくする」ためには,低炭素鋼であれば足りるとことを示しているといえる。

しかしながら,一般に,低炭素鋼と種別される炭素鋼の炭素含有量は,0.08?0.30%(「溶接・接合便覧」,社団法人溶接学会,1990年9月30日,849ページ表2・2参照)であるのに対し,本件特許発明は,約0.1%の(低)炭素鋼を用いたとしても発生する亀裂形成のリスクを減少させるとともに,熱効率を改善するために,表面拡大要素であるピンを「0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」から構成するものである。

さらに,甲第4-5号証(甲第10-11号証)には,炭素鋼を熱交換チューブの表面拡大要素とする場合の炭素含有量についての記載はなく,熱交換チューブの表面拡大要素における炭素鋼の炭素含有量について,好適な数値範囲を示唆するものでもない。

そして,A36炭素鋼について,甲第13号証(参考資料)に炭素含有量が「最大0.25?0.29%」の炭素鋼が示されているとしても,甲第1号証には,A36炭素鋼の炭素含有量についての具体的な記載も示唆もなく,さらに,ピンの亀裂形成のリスクを減少させ,熱効率を改善させるといった課題を解決するために,A36炭素鋼の炭素含有量を限定することの記載も示唆もされていない。

そうしてみると,表面拡大要素について,「0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」から構成することは,甲第1号証発明から,又は,甲第1号証発明に甲第4-5号証に記載された周知技術を適用すること,又は,甲第1号証発明に,甲第2-3号証に記載された規格を基に甲第4-5,10-11号証に記載された周知技術を適用しても,当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

イ.上記「第2 1.(2)a.ウ.」について

甲第6号証発明の「チューブ」は,本件特許発明の「チューブ本体」に相当し,以下同様に,「熱-交換器チューブ」は「熱交換チューブ」に相当する。
そして,甲第6号証発明の「簿板-金属片」と本件特許発明の「ピン」は,ともに,「表面拡大要素」である点で共通する。
さらに,甲第6号証発明の「低炭素含有量の鋼」と本件特許発明の「0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」とは「低炭素鋼」である点で共通している。

そうしてみると,甲第6号証発明は,次のように言い換えることができる。

「チューブ本体とこのチューブ本体上に設けられた表面拡大要素からなる熱交換チューブであって,表面拡大要素はチューブの外側に溶接されており,前記チューブと前記表面拡大要素とが共に鋼から構成されてる熱交換チューブにおいて,チューブ本体は鋼から構成され,表面拡大要素は,低炭素鋼から構成されている熱交換チューブ。」

また,甲第6号証には,上記「第7 7.c.」に摘記したように「要素の材料は,効率を向上させるために,高い熱伝導率を有することが重要である。従って,鋼を使用する場合には,低炭素含有量の鋼が好適に選定される。」ものであって,表面拡大要素の炭素含有量を低くすることで,熱交換チューブの効率を向上させる点が記載されているといえる。

しかしながら,甲第6号証には,表面拡大要素として「低炭素含有量の鋼」を用いる点が記載されているのみで,具体的な炭素含有量についての数値限定は記載されておらず,炭素鋼の炭素含有量により決定される一般的な性質が記載されているにすぎない。

これに対し,本件特許発明は,約0.1%の(低)炭素鋼を用いたとしても発生する亀裂形成のリスクを減少させるとともに,熱効率を改善するために,ピンを0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から構成するものである。

そして,一般に,低炭素鋼と種別される炭素鋼の炭素含有量は,0.08?0.30%(「溶接・接合便覧」,社団法人溶接学会,1990年9月30日,849ページ表2・2参照)であって,甲第6号証には,低炭素鋼と種別される炭素含有量より更に低い炭素含有量とすることは記載も示唆もされていない。

そうしてみると,表面拡大要素として,甲第1号証発明における「A36炭素鋼」からなるスタッドに代えて,甲第6号証発明の低炭素含有量の鋼を採用するに際し,周知技術を適用したとしても,表面拡大要素を「0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」から構成することは,当業者が容易に想到し得たこととは認められない。

ウ.上記「第2 1.(2)a.エ.」について

甲第7号証発明の「チューブ壁」は,本件特許発明の「チューブ本体」に相当し,以下同様に,「フィン付きチューブ」は「熱交換チューブ」に,「溶接」は「溶着」に,「スタッド状のフィン」は「ピン」に,それぞれ相当することから,甲第7号証発明は,次のように言い換えることができる。
「チューブ本体とこのチューブ本体上に設けられた表面拡大要素からなる熱交換チューブであって,この表面拡大要素は,チューブ本体の外側に溶着されてチューブ本体から外向きに延在する多数のピンから構成されており,前記チューブ本体とピンにおける近傍部位とが炭素鋼でから構成されている熱交換チューブにおいて,チューブ本体は低炭素鋼から構成され,ピンは,チューブ本体の近傍部位は低炭素鋼で作られ,末端部分はステンレス鋼から構成されている熱交換チューブ。」

そして,甲第7号証には,上記「第7 8.a.」に摘記したように,「比較的高い熱伝導性および比較的低い耐熱性の材料で作られるが,低炭素鋼で作られる。」ものであって,「比較的高い熱伝導性」を有する材料である低炭素鋼でスタッド状のフィンの一部を構成する点が記載されているのみで,第7号証発明における「スタッド状のフィン」は,チューブ壁の近傍を低炭素鋼とし,末端部分をステンレス鋼とするものであるから,本件特許発明のピンとは構成が異なるものであって,さらに,具体的な炭素含有量についての数値限定は記載も示唆もない。

これに対し,本件特許発明は,約0.1%の(低)炭素鋼を用いたとしても発生する亀裂形成のリスクを減少させるとともに,熱効率を改善するために,ピンを0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から構成するものである。

そして,一般に,低炭素鋼と種別される炭素鋼の炭素含有量は,0.08?0.30%(「溶接・接合便覧」,社団法人溶接学会,1990年9月30日,849ページ表2・2参照)であって,甲第7号証には,低炭素鋼と種別される炭素含有量より更に低い炭素含有量とすることは記載も示唆もされていない。

そうしてみると,表面拡大要素として,甲第1号証発明における「A36炭素鋼」からなるスタッドに代えて,甲第7号証発明のスタッド状のフィンを採用するに際し,周知技術を適用したとしても,表面拡大要素を「0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料」から構成することは,当業者が容易に想到し得たこととは認められない。

エ.上記「第2 1.(2)b.」について

甲第8号証には,炭素含有量が0.08%以下の冷間圧造用炭素鋼線材であるSWRCH6R及びSWRCH6Aが記載されている(表2)。

しかしながら,甲第8号証(JIS G 3507-1991) に記載されているSWRCH6R又はSWRCH6Aが,熱交換チューブにおける表面拡大要素であるピンに使用されることは,甲第1-13号証のいずれにも記載されておらず,示唆もされていない。

また,甲第10号証には,上記「第7 9.a.」に摘記したように,「ボイラ用鋼は,冷間加工性,溶接性が良好であることと同時に,ボイラ水に対する耐食性を要し,さらに繰返し加熱冷却を受けた場合に集中応力の発生を少なくし,また時効硬化が少ないことが必要である。これには低炭素のキルド鋼が好適である。」と記載されており,溶接性が良好な鋼として,「低炭素のキルド鋼が好適である」としている。
そこで,甲第8号証の表2に記載されている炭素鋼線材をみるに,その備考欄に「キルド鋼」と記載されている種類には,炭素含有量が0.08%以下のものはなく,JIS G 3507-1991 が冷間圧造用炭素鋼線材についての規格であることのみを根拠として,SWRCH6R又はSWRCH6Aを熱交換器チューブのピンに使用する炭素鋼線材として,選択して使用することはできない。

また,仮に,甲第1号証発明のA36炭素鋼からなるスタッドに代えて,SWRCH6R又はSWRCH6Aを選択することが設計的事項であったとしても,甲第1-13号証のいずれにも,ピンを0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料とする点は記載も示唆もされておらず,SWRCH6R又はSWRCH6Aの炭素含有量を「0.03乃至0.05%」とすることは,当業者が必要に応じて適宜選択可能な設計的事項とはいえない。

よって,上記「第8 2.(2)b.ア-エ」で述べたとおり,上記「第2 1.(2)a.ア-エ,b.及び(2’)」の主張は認められない。

c.無効理由3(上記「第2 1.(3)」の主張)について

本件特許明細書の【発明の詳細な説明】には,次の記載がある。
ア.「そこで,本発明の目的は,前記種類の亀裂形成のリスクを全て実質的に減少することができる前記形式の改良された熱交換チューブを提供することにある。」(段落【0004】)
イ.「チューブ本体は,通常は少なくとも約0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼から構成されるが,本発明においては,ピンは,好適には約0.05%未満の炭素含有量を有する材料から構成される。」(段落【0007】)
ウ.「本発明に係る熱交換チューブは,極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンすなわち表面拡大要素に使用することにより,亀裂形成のリスクを減少するばかりでなく,低減された炭素含有量がピンの熱電導率を増大し,これによりピンの熱効率が改善され,ひいては熱交換チューブの全体的熱伝達効率を全般的に増大することができる。従って,円筒ボイラに実際に適用した実施例での熱交換チューブの熱伝達計数の計算によれば,0.11%の炭素含有量を有する一般工業用ベースの炭素鋼からなるピンに代えて,僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特種鋼材からなるピンを使用することにより,前記係数を約4%増大できる。」(段落【0018】)

そして,上記「第8 2.(2).c.ア-ウ」をみれば,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術分野における通常の知識を有するものが容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているといえる。

また,特許法第36条第5項第2号では,特許請求の範囲には「特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項」が記載されていなければならないとしているが,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項」とは,一つの請求項に記載された事項に基づいて特許を受けようとする発明が把握できることを意味するものである。
そして,上記「第8 2.(2).c.イ,ウ」をみれば,本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1における「ピンは0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から構成される」点について,その数値限定の技術的意義は明確であって,不明瞭な点は認められない。

よって,上記「第2 1.(4)」の主張は認められない。

第9 むすび

以上のとおり,当審における無効理由は解消した。また,請求人の主張する理由及び提出された証拠方法によっては,本件発明の特許を無効とすることはできない。

また,他に,本件発明の特許を無効とすべき理由を発見しない。

審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
熱交換チューブ
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】チューブ本体(17)とこのチューブ本体上に設けられた表面拡大要素からなる熱交換チューブ(16)であって、この表面拡大要素は、チューブ本体の外側に溶着されてチューブ本体から外向きに延在する多数のピン(18)から構成されており、前記チューブ本体と前記ピンとが共に炭素鋼から構成されている熱交換チューブ(16)において、
チューブ本体(17)は少なくとも0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼から構成され、
ピン(18)は0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から構成されていることを特徴とする熱交換チューブ。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、チューブ本体とこのチューブ本体上に装着される表面拡大要素からなり、この表面拡大要素は、チューブ本体の外側に溶着されてチューブ本体から外向きに延在される多数のピンから構成されており、そして前記チューブ本体と前記ピンとが共に炭素鋼から構成されている形式の熱交換チューブに関する。
【0002】
【従来の技術】
上記形式の熱交換チューブ(ピンチューブとも称せられる)は、種々の形態のものがあり多数の異なる目的に使用されている。例えば、この種の熱交換チューブが可なりの範囲で使用されている1つの技術分野は円筒ボイラである。この種のボイラにおいて、上記形式の熱交換チューブは、排気ガスが排気ガスチューブ、すなわち煙道すなわちボイラ炉の上方に位置して蒸気および水スペースを形成する圧力容器を垂直方向上向きに貫通延在しているものを通過する間に、これから熱を回収すべく余程以前から使用されている。熱交換チューブは、排気ガスチューブ内に同心的に装着されると共に圧力容器に接続され、これにより前記容器内の流体へ熱を伝達するよう構成されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
上記形式の熱交換チューブは、従来は、ピンとチューブ本体間の溶接接合部或いはピンの隣接部分において亀裂形成の傾向を免れなかった。この傾向は、通常、ピンがチューブ本体に溶接された後で冷間屈曲加工される場合に殊に著しい。しかしながら、この傾向は別のピンと関連しても発生される。この亀裂形成の傾向は、実際問題として種々の異なる問題を誘発する。このため、最初は極めて小さくても、この小さな最初の亀裂が熱交換チューブの構成の間に次第に大きな亀裂に成長してピンを脆弱化し、ついにはこのピンが、例えば熱交換チューブが装着されている排気ガスチューブの煤除去に際して実質的な機械荷重にさらされると、チューブ本体から破断されるに至っていた。
【0004】
そこで、本発明の目的は、前記種類の亀裂形成のリスクを全て実質的に減少することができる前記形式の改良された熱交換チューブを提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明によれば、前記目的のために、ピンが、チューブ本体を構成する材料よりは実質的に低い炭素含有量を有する材料から構成されていることを主要特徴とする、前記形式の熱交換チューブが提供される。
【0006】
本発明は、この形式の公知の熱交換チューブに見られる亀裂形成の傾向は、溶接加工中に不可避的に発生される、ピンのチューブ本体に最近接する部分の加熱および冷却が、このピン部分に対する材料を反意図的に硬化して脆弱性を増大していた事実に起因していると言う知見に基づいている。本発明は、更にまた、前記反意図的な硬化は、ピンが、従来は、チューブ本体を構成する材料と少なくともほぼ同一の炭素含有量を有する一般工業用ベースの炭素鋼から構成されていた事実の結果であると言う知見にも基づいている。
【0007】
チューブ本体は、通常は少なくとも約0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼から構成されるが、本発明においては、ピンは、好適には約0.05%未満の炭素含有量を有する材料から構成される。
【0008】
殊に、ピンがチューブ本体に対する溶接工程の後で冷間屈曲加工される場合の熱交換チューブにおいては、ピンは、好適には僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する材料から構成される。
【0009】
【作用】
このように、極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンに使用することは、亀裂形成の前記リスクを減少するばかりでなく、更に別の好結果をももたらすことが判明した。すなわち、更に詳細には、低減された炭素含有量はピンの熱電導率を増大し、これによりピンの熱効率が改善され、ひいては熱交換チューブの全体的熱伝達効率が全般的に増大される。円筒ボイラに実際に適用した実施例に係わる熱交換チューブの熱伝達計数の計算によれば、0.11%の炭素含有量を有する一般工業用ベースの炭素鋼からなるピンに代えて、僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特種鋼材からなるピンを使用することにより、前記係数を約4%増大できることが判明した。
【0010】
【実施例】
以下、本発明を添付図面を参照しながら詳細に説明する。
【0011】
図1に全体的参照符号10で部分的にのみ示されている円筒ボイラは、炉11と、この炉の上部に位置してボイラの蒸気および水スペースを形成する圧力容器12とを有する。複数の垂直排気ガスチューブ、すなわち煙道13が、排気ガスを炉11から圧力容器12の頂部に位置する排気ガス溜り14へ導出すべく圧力容器12内を貫通延在し、そしてこの排気ガスは前記排気ガス溜りから排気ガス排出口15を経て排出されている。
【0012】
各排気ガスチューブ13内には、全体的に参照符号16で示されているように、チューブ本体17とこのチューブ本体上に装着される表面拡大要素とからなる熱交換チューブが設けられている。図2乃至4に最も良く示されているように、前記表面拡大要素は多数のピン18からなり、そしてこのピンは、チューブ本体17の外側に溶着されそしてチューブ本体から外向きに延在されている。各熱交換チューブ17は、その下端部に入口導管19を有し、そして囲繞する排気ガスチューブ13の壁部内開口部20を介して、圧力容器12で形成される蒸気および水スペースに連通されると共に、その下端部には出口導管21を有し、排気ガスチューブ13の壁部内開口部22を介して圧力容器12に連通されている。
【0013】
以上簡単に説明したボイラのより詳細な構造および機能は、それ自体は公知であるので、ここではこれ以上は説明されない。従って、適宜な装置(図示せず)を設けて炉11周りのダクト23内に水を連続して循環させることにより、熱が炉から、この炉の壁部を通して圧力容器12内の水へ伝達される、と説明すれば充分であろう。付加的な熱が、排気ガスチューブ13内を流れる排気ガスから前記水に対して、排気ガスチューブの壁部を通る熱伝導および熱交換チューブ16装置(これには、水が絶えず循環されている)の双方を介して伝達される。圧力容器12内では上記熱伝達により蒸気が発生され、そしてこの蒸気は、適宜の装置(図示せず)を介して圧力容器から導出される。
【0014】
熱交換チューブ16には、図2、図3および図4に示すように、チューブ本体17から正確に半径方向へ延在すると共に少なくともチューブ本体の大部分に亘って互いに同じ長さを有するピン18を設けることができる。しかしながら、このピン18の長さは、チューブ本体17の下部部分では、図3に示すようにむしろチューブ本体の下端部へ向けて減少し、これにより、ピンが許容不能な高温度まで加熱されないようにすることができる。また所望によっては、チューブ本体17の上部部分には増大した長さのピンを設けることができるが、この場合には、前記ピンはチューブ本体に溶接された後で屈曲される。このような増大された長さのピン18′の1つが、図2に点線で示されている。
【0015】
チューブ本体17は、ピン18と同様に炭素鋼から構成される。公知の方法では、チューブ本体17は、このチューブ本体を所望の強度に設定するのに適し且つ好適には少なくとも約0.1%の炭素含有量を有する材料から構成されている。従来技術においては、ピン18もまた、少なくとも約0.1%の炭素含有量を有する一般工業品質の炭素鋼、すなわち、チューブ本体を構成する材料とほぼ同じ炭素含有量を有する材料から構成されていた。しかるに、本発明においては、ピン18は、チューブ本体17を構成する材料より実質的に低い炭素含有量を有する材料から構成されなければならない。この結果、ピン18とチューブ本体17間の溶接接合部或いは前記ピンの隣接部分における、従来からの亀裂形成のリスクが可なり減少されることができる。また更に、ピン18の熱効率が改善されることにより、各熱交換チューブ16の全体的熱伝達効率が全般的に増大される。
【0016】
ピン18を構成する材料は、好適には約0.05%未満の炭素含有量を有しなければならない。しかしながら、若しピンが、図2におけるピン18′に関して説明したようにチューブ本体に溶接された後で冷間屈曲される場合には、これらのピンは、好適には僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する材料から構成されなければならない。
【0017】
本発明は、上述し且つ図1乃至図4に示す態様の熱交換チューブに限定されるものではなく、その他多くの態様の熱交換チューブに同様に適用されることができる。例えば、図5、図6および図7には、その他の用途に意図され且つ本発明が適用される熱交換チューブ16′、16″および16″′がそれぞれ図示されている。
【0018】
【発明の効果】
本発明に係る熱交換チューブは、極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンすなわち表面拡大要素に使用することにより、亀裂形成のリスクを減少するばかりでなく、低減された炭素含有量がピンの熱電導率を増大し、これによりピンの熱効率が改善され、ひいては熱交換チューブの全体的熱伝達効率を全般的に増大することができる。従って、円筒ボイラに実際に適用した実施例での熱交換チューブの熱伝達計数の計算によれば、0.11%の炭素含有量を有する一般工業用ベースの炭素鋼からなるピンに代えて、僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特種鋼材からなるピンを使用することにより、前記係数を約4%増大することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る形式の複数の熱交換チューブを備えた円筒ボイラを示す部分断面図である。
【図2】前記1つの熱交換チューブの上部部分を示す拡大長手方向部分断面図である。
【図3】前記1つの熱交換チューブの下部部分を示す長手方向部分断面図である。
【図4】前記1つの熱交換チューブを示す横断面図である。
【図5】特種な用途のための変形態様に係る熱交換チューブを示す横断面図である。
【図6】特種な用途のための変形態様に係る熱交換チューブを示す横断面図である。
【図7】特種な用途のための変形態様に係る熱交換チューブを示す横断面図である。
【符号の説明】
10 円筒ボイラ
11 炉
12 圧力容器
13 排気ガスチューブ(煙道)
14 排気ガス溜り
15 排気ガス排出口
16、16′、16″、16″′ 熱交換チューブ
17 チューブ本体
18、18′ ピン
19 入口導管
20 開口部
21 出口導管
22 開口部
23 ダクト
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2009-09-28 
結審通知日 2009-10-01 
審決日 2009-10-14 
出願番号 特願平6-308941
審決分類 P 1 113・ 121- YA (F28F)
P 1 113・ 113- YA (F28F)
P 1 113・ 531- YA (F28F)
P 1 113・ 841- YA (F28F)
P 1 113・ 534- YA (F28F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 丸山 英行  
特許庁審判長 岡本 昌直
特許庁審判官 豊島 唯
長浜 義憲
登録日 2004-06-18 
登録番号 特許第3567000号(P3567000)
発明の名称 熱交換チューブ  
代理人 浜田 治雄  
代理人 松本 廣  
代理人 石橋 克之  
代理人 浜田 治雄  
代理人 高橋 昌久  

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