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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C10M
管理番号 1233831
審判番号 不服2007-8518  
総通号数 137 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-05-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-03-23 
確定日 2011-03-23 
事件の表示 特願2000-284021「降雪地走行鉄道車両用車軸軸受グリース組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成14年3月27日出願公開、特開2002- 88386〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、平成12年9月19日の出願で、特許法第30条第1項の規定の適用を受けようとするものであり、平成17年10月7日付けで拒絶理由が通知され、同年12月19日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成19年2月16日付けで拒絶査定がされたところ、同年3月23日に拒絶査定に対する審判請求がされるとともに、同年4月20日に手続補正書が提出され、平成21年6月26日付けで審尋が通知され、同年8月31日に回答書が提出されたものである。

第2 平成19年4月20日付けの手続補正の却下の決定

〔補正の却下の決定の結論〕
平成19年4月20日付けの手続補正を却下する。

〔理由〕
1 本願補正
平成19年4月20日付けの手続補正(以下、「本願補正」という。)は、本願補正前の請求項1である
「40℃の動粘度が100?200mm^(2)/sの範囲であるポリα-オレフィン油及び/または鉱油からなる基油100重量部に、一般式(1) R^(l)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3)(式中、R^(l)及びR^(3)は、同一であっても又は異なっていてもよく、炭素数6?22の直鎖アルキルを示し、R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤を2?30重量部配合したグリース組成物に、有機モリブデン化合物を0.5?5.0重量部添加した降雪地走行鉄道車両用車軸軸受グリース組成物。」を、
「40℃の動粘度が100?200mm^(2)/sの範囲であるポリα-オレフイン油及び/または鉱油からなる基油100重量部に、一般式(1)
R^(l)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3)(式中、R^(l)及びR^(3)は、同一であっても又は異なっていてもよく、炭素数6?22の直鎖アルキルを示し、R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤を2?30重量部配合したグリース組成物に、有機モリブデン化合物を0.5?5.0重量部添加したNi、Te、Se、Cu、Feの中から選択される金属元素を有する有機金属化合物を一切含有していない降雪地走行鉄道車両用車軸軸受グリース組成物。」
とする補正を含むものである。

2 補正の適否
(1)補正の目的の適否
上記補正は、補正前の請求項1におけるグリース組成物において、「Ni、Te、Se、Cu、Feの中から選択される金属元素を有する有機金属化合物を一切含有していない」と特定するものである。
該補正は、願書に最初に添付された明細書(以下、「当初明細書」という。)には明示の記載がない事項ではあるものの、当初明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであるので、該補正は当初明細書に記載した事項の範囲内においてするものであり、特許法第17条の2第3項の規定に適合するものである。
また、該補正は、グリース組成物の発明特定事項である含有成分について、上記有機金属化合物を一切含有していないことを限定するものであるから、特許請求の範囲を減縮するものであって、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

(2)独立特許要件について
そこで、本願補正後の前記請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下、「本願補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)否かについて以下検討する。

ア 刊行物及び周知例
刊行物1:特開平11-310787号公報(原査定における引用例(2))
刊行物2:国際公開第97/15644号パンフレット(原査定における引用例(3))
刊行物3:特開平10-324885号公報(原査定における引用例(5))

また、周知例として、下記文献A及び文献Bを挙げる。
文献A:星野道男他2名共著、「トライボロジー叢書8 潤滑グリースと合成潤滑油」、株式会社 幸書房、昭和58年12月25日、52?53頁
文献B:資源エネルギー庁石油部精製課監修、「潤滑便覧 1996年版」、株式会社 潤滑通信社、平成8年7月21日、87?89頁、108?111頁

イ 刊行物及び周知例に記載された事項
(ア)この出願の出願前に頒布された刊行物である刊行物1には、以下の事項が記載されている。

1a「ポリα-オレフィン油及び鉱油から選ばれた少なくとも一種であって、40℃の動粘度が50?180mm^(2)/sの範囲である基油100重量部に、
一般式 R^(1)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3) (I)
(式中、R^(1)及びR^(3)は、同一又は異なって、n-オクチル基及びn-ドコシル基を示し、これらの構成割合は、モル%で、n-オクチル基:n-ドコシル基=95:5?50:50である。R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤を2?30重量部配合したことを特徴とする車軸軸受用グリース組成物。」(特許請求の範囲請求項1)
1b「従来、我国の新幹線やフランスのTGVのような高速鉄道の車軸軸受用潤滑剤としては、主として、潤滑油や鉱油を基油としリチウム石鹸を増ちょう剤としたグリース組成物が使用されている。
而して、近年、高速鉄道の高速化が進められるに伴い、車両の軽量化に寄与できる車軸軸受用グリース組成物の高性能化及び潤滑剤の交換作業等を軽減するメンテナンスフリー化が要望されている。」(段落【0002】?【0003】)
1c「本発明の目的は、例えばdN値10万以上という高速条件下においても、優れた潤滑特性を示し、且つ軸受寿命も十分に長い新規な車軸軸受用グリース組成物を提供することにある。」(段落【0006】)
1d「本発明のグリース組成物は、例えば、モノアミン類とジイソシアネート類を、70?110℃程度の基油中で十分に反応させた後、温度を上昇させ150?180℃で1?2時間程度保持し、その後冷却し、ホモジナイザー、3本ロールミル等を使用して均一化処理することにより、調製することができる。この際、必要に応じて、酸化防止剤、防錆剤、耐摩耗剤等の一般に潤滑油やグリースの分野で使用されている各種添加剤を添加しても良い。」(段落【0017】)
1e「実施例1?5及び比較例1?4
反応容器中で、モノアミン類とジイソシアネート類を、80?100℃の基油中で十分に反応させた後、温度を上昇させ150?170℃で1?2時間程度保持した。その後、120℃以下になるまで冷却し、酸化防止剤のオクチルジフェニルアミンを添加した。更に、室温まで冷却し、3本ロールミルを用いて均一化処理して、本発明又は比較用のグリース組成物を得た。」(段落【0020】)
1f「【表1】

」(段落【0028】)

(イ)この出願の出願前に頒布された刊行物である刊行物2には、以下の事項が記載されている。

2a「背景技術
潤滑剤組成物の一つであるグリースは、各種の産業機械や車両等の回転部材や摺動部材に広く適用されているが、特に上記に挙げたような高荷重下で使用されたり、転がり-滑り部での潤滑を伴う装置においては、使用条件が厳しくなると(負荷荷重の増大、滑り摩擦による油膜切れ等)、その転がり箇所、特に転がり-滑り部が境界潤滑になりやすい。その結果、かじりや潤滑剤の熱劣化による焼付き等で部品の潤滑寿命は著しく短くなる。この様な環境下で潤滑を良好に維持するには、耐荷重性を向上させたり、摩擦抵抗を軽減して発熱を抑制したりして、潤滑寿命を改善することが不可欠であるが、これはグリースの特性に大きく左右される。」(1頁19?28行)
2b「上記のような問題点を改善するために、グリースに極圧添加剤を配合する例が一般的である。グリースに用いる極圧添加剤は、MoS_(2)等の固体潤滑剤、S系、P系、S-P系有機化合物、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)、ジアルキルジチオリン酸モリブデン(MoDTP)等の有機モリブデン化合物、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)が知られており、また、MoS_(2)やS-P系有機化合物よりも、MoDTC、MoDTP、ZnDTPが効果があるとされている。」(2頁9?15行)

(ウ)この出願の出願前に頒布された刊行物である刊行物3には、以下の事項が記載されている。

3a「本発明は、高荷重下における潤滑性および耐摩耗性に優れるグリース組成物に関し、詳しくは負荷荷重の高い建設機械用重機(ショベルカー、クレーン車等のアーム支持部の回転、変角部位軸受け)、鉄道車両、軍用車両、重量物運搬車等の摩擦箇所の潤滑に使用することができる、耐荷重性および耐摩耗性に優れたグリース組成物に関する。」(段落【0001】)
3b「また、固体潤滑剤等の無機化合物を添加することにより、耐荷重性能を向上させたものがあるが、これは、無機化合物であるため、潤滑油へのなじみもあまり良くなく、潤滑性に劣るという問題がある。そこで、良好な潤滑性能および極圧性能を有するモリブデン化合物、チオリン酸亜鉛、硫黄化合物等、従来より極圧剤として使用されている種々の化合物を添加剤として用い、高荷重下においても、融着摩耗しない高い極圧性能を有するグリースが要望されている。」(段落【0003】)

(エ)文献Aには、以下の事項が記載されている。

A1「グリース用添加剤としては表3・5に示すような潤滑油用の添加剤が,潤滑油の場合と同様の目的で使用される.ほとんどは基油の中に溶解して働くもので,グリースの場合は液体潤滑油よりも基油の中の物質移動が悪いので多少必要濃度が高くなる.酸化防止剤,極圧添加剤,さび止め剤などの使い方は油の場合と同様である.」(52頁8?12行)
A2「表3・5 グリースに用いられる代表的添加剤
添加剤の種類 代表的な物質
極圧剤 ナフテン酸鉛,硫化まっこう油,塩素化パラフィン,
ジアルキルジチオりん酸塩類,りん酸エステル類,
ジアルキルジチオカルバミン酸塩類,
二硫化モリブデン,
グラファイト
・・・」(52頁表3・5)
A3「有機モリブデン化合物のなかで,ある種のジチオカーバメートは・・・,グリースには微結晶として添加して,潤滑面にはさまって摩擦されたとき金属表面と反応し,極圧添加剤として働く特殊な用例がある.」(53頁7?10行)

(オ)文献Bには、以下の事項が記載されている。

B1「添加剤としてグリースに用いられるものは,潤滑油に用いられるものとほとんど同じであるが,構造安定剤と充填剤はグリース特有の添加剤である。」(88頁右欄表7の下1?4行)
B2「潤滑油添加剤の種類は非常に多く,それを機能で分類したのが表16である。・・・
潤滑油添加剤の一般的な油種別用途を示したのが表17である。」(108頁右欄15?25行)
B3「表16 潤滑油添加剤
添加剤種類 目的および機能 化合物 添加量
耐荷重添加剤
・・・
耐摩耗剤 摩擦面で二次的化合物の りん酸エステル, 5?10%
保護膜を形成して摩耗を 金属ジチオホスフェー
防止する ト塩など
極圧剤 極圧潤滑状態における 有機硫黄化合物,
焼付きやスカッフィングを 有機ハロゲン化合物
防止し,潤滑油の潤滑性を 有機モリブデン化合物など
向上させる
・・・」(109頁表16)
B4「表17 潤滑油添加剤の一般的用途(表省略)」(110頁表17。表中、「○」は、「通常添加されるもの」であるところ、「グリース」には、「極圧剤」、「酸化防止剤」、「摩耗防止剤」、「防錆剤」、「腐食防止剤」に「○」が付されている。)
B5「○5(審決注:○付き数字)その他
その他の潤滑油添加剤として極圧剤,さび止め剤,消泡剤,乳化剤等がある。
極圧剤は,摩擦条件の過酷な歯車,軸受等の潤滑油に使用され,摩擦面で容易に金属と反応して被膜を形成し,金属同士の接触を防いで焼付を防止する。極圧剤にはS,P等を含む反応性の強い化合物が使用される。」(111頁左欄31?38行)

ウ 刊行物1に記載された発明
刊行物1には、「ポリα-オレフィン油及び鉱油から選ばれた少なくとも一種であって、40℃の動粘度が50?180mm^(2)/sの範囲である基油100重量部に、
一般式 R^(1)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3) (I)
(式中、R^(1)及びR^(3)は、同一又は異なって、n-オクチル基及びn-ドコシル基を示し、これらの構成割合は、モル%で、n-オクチル基:n-ドコシル基=95:5?50:50である。R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤を2?30重量部配合したことを特徴とする車軸軸受用グリース組成物。」(摘示1a)が記載されており、該車軸軸受は、「鉄道」「車両」の車軸軸受であるといえる(摘示1b)。また、該グリース組成物には、「必要に応じて、酸化防止剤、防錆剤、耐摩耗剤等の一般に潤滑油やグリースの分野で使用されている各種添加剤を添加しても良い。」(摘示1d)ことが記載されているから、酸化防止剤、防錆剤、耐摩耗剤等の添加剤を添加した態様を包含するものである。

そうすると、刊行物1には、
「ポリα-オレフィン油及び鉱油から選ばれた少なくとも一種であって、40℃の動粘度が50?180mm^(2)/sの範囲である基油100重量部に、
一般式 R^(1)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3) (I)
(式中、R^(1)及びR^(3)は、同一又は異なって、n-オクチル基及びn-ドコシル基を示し、これらの構成割合は、モル%で、n-オクチル基:n-ドコシル基=95:5?50:50である。R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤を2?30重量部配合したグリース組成物に、酸化防止剤、防錆剤、耐摩耗剤等の添加剤を添加した鉄道車両の車軸軸受用グリース組成物」
の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

エ 対比
本願補正発明と引用発明とを対比すると、引用発明の「ポリα-オレフィン油及び鉱油から選ばれた少なくとも一種であって、40℃の動粘度が50?180mm^(2)/sの範囲である基油」は、本願補正発明の「40℃の動粘度が100?200mm^(2)/sの範囲であるポリα-オレフィン油及び/または鉱油からなる基油」に、相当する。
また、引用発明の一般式(I)の定義である「R^(1)及びR^(3)は、同一又は異なって、n-オクチル基及びn-ドコシル基を示し」における、n-オクチル基及びn-ドコシル基は、それぞれ炭素数8及び22の直鎖アルキル基であるから、引用発明の「一般式 R^(1)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3) (I)
(式中、R^(1)及びR^(3)は、同一又は異なって、n-オクチル基及びn-ドコシル基を示し、これらの構成割合は、モル%で、n-オクチル基:n-ドコシル基=95:5?50:50である。R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤」は、本願補正発明の「一般式(1)
R^(l)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3)(式中、R^(l)及びR^(3)は、同一であっても又は異なっていてもよく、炭素数6?22の直鎖アルキルを示し、R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤」に相当する。
さらに、引用発明は、「酸化防止剤、防錆剤、耐摩耗剤等の添加剤を添加した」ものであり、本願補正発明は、「有機モリブデン化合物を0.5?5.0重量部添加した」ものであるから、両者は共に、グリース組成物に、添加剤を添加したといえるものである。
そして、引用発明の「鉄道車両の車軸軸受用グリース組成物」は、本願補正発明の「鉄道車両用車軸軸受グリース組成物」に相当する。

そうすると、両者は、
「40℃の動粘度が100?180mm^(2)/sの範囲であるポリα-オレフイン油及び/または鉱油からなる基油100重量部に、一般式(1)
R^(l)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3)(式中、R^(l)及びR^(3)は、同一であっても又は異なっていてもよく、炭素数8及び22の直鎖アルキルを示し、R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤を2?30重量部配合したグリース組成物に、添加剤を添加した鉄道車両用車軸軸受グリース組成物。」
である点で一致し、以下の点で相違するといえる。

A 添加剤について、本願補正発明においては、「有機モリブデン化合物を0.5?5.0重量部」添加したものであるのに対し、引用発明においては、添加剤について特定がない点
B 本願補正発明においては、「Ni、Te、Se、Cu、Feの中から選択される金属元素を有する有機金属化合物を一切含有していない」のに対し、引用発明においては、そのような特定がない点
C 鉄道車両が、本願補正発明においては、「降雪地走行」鉄道車両と特定されているのに対し、引用発明においては、そのような特定がない点
(以下、それぞれ「相違点A」?「相違点C」という。)

オ 検討
(ア)相違点Aについて
刊行物2には、「潤滑剤組成物の一つであるグリースは、・・・車両等の回転部材や摺動部材に広く適用されているが、・・・使用条件が厳しくなると(負荷荷重の増大、滑り摩擦による油膜切れ等)、その転がり箇所、特に転がり-滑り部が境界潤滑になりやす」く、「この様な環境下で潤滑を良好に維持するには、耐荷重性を向上させたり、摩擦抵抗を軽減して発熱を抑制したりして、潤滑寿命を改善することが不可欠であるが、これはグリースの特性に大きく左右される」こと(摘示2a)が記載されており、「上記のような問題点を改善するために、グリースに極圧添加剤を配合する例が一般的」であり、「ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(MoDTC)、ジアルキルジチオリン酸モリブデン(MoDTP)等の有機モリブデン化合物」等が効果があること(摘示2b)が記載されている。
刊行物3にも、「鉄道車両」を含む「高荷重下における潤滑性および耐摩耗性に優れるグリース組成物」(摘示3a)について記載されており、従来より、モリブデン化合物が「良好な潤滑性能および極圧性能を有する」極圧剤として使用されていた(摘示3b)ことが記載されている。
また、周知例として挙げた文献A及び文献Bにも示されるように、グリース用添加剤の一種である摩擦面で被膜を形成し、金属同士の接触を防いで焼付を防止する極圧添加剤として、有機モリブデン化合物は周知慣用のものである(摘示A2、A3、B3)。
他方、刊行物1には、鉄道車両の車軸軸受用グリース組成物について、「メンテナンスフリー化が要望され」(摘示1b)、「優れた潤滑特性を示し、且つ軸受寿命も十分に長い」グリース組成物(摘示1c)を提供することが課題とされていたことが記載されている。
してみると、上記のように有機モリブデン化合物等の極圧添加剤は、鉄道車両等におけるグリースの潤滑性及び耐摩耗性を向上させる剤として周知慣用であったといえるから、引用発明のグリース組成物の潤滑特性及び軸受寿命効果をさらに向上させるために、有機モリブデン化合物を添加すること、その際、添加量を、優れた潤滑特性、且つ十分に長い軸受寿命効果を期待できる範囲とすることは当業者が容易に想到し得ることに過ぎない。
したがって、引用発明において、添加剤として、「有機モリブデン化合物を0.5?5.0重量部」添加することは、当業者が容易に想到し得ることである。

(イ)相違点Bについて
刊行物1には、「Ni、Te、Se、Cu、Feの中から選択される金属元素を有する有機金属化合物」を含有する点については、何ら記載されておらず、上記相違点Aで示した周知慣用の添加剤である有機モリブデン化合物を配合することにより課題が解決されるのであれば、その他の有機金属化合物を配合するまでもないといえるから、上記有機金属化合物を一切含有しないとすることは当業者が適宜なし得ることである。

(ウ)相違点Cについて
あ 本願補正発明における「降雪地走行」の技術的意義を一義的に明確に理解することができないので、本願補正により手続補正された明細書(以下、「本願補正明細書」という。)の発明の詳細な説明の記載を参酌すると、「降雪地走行によってグリース中に水が混入しても、耐摩耗性や耐荷重性が著しく低下しない」(段落【0004】)との記載があり、実施例において、グリース組成物に水10%混入させた場合の各種試験を行っていることからみて、実質的に、「グリース組成物に水の混入する条件(以下、「水混入条件」という。)での走行」であると解される。
ところで、鉄道車両が降雨地又は降雪地をも走行することは通常の運行形態であり、特に降雨地での走行は鉄道車両の運行において日常不可避である。そして、降雨地での走行も、水混入条件での走行といえるが、鉄道車両は晴天でも雨天でも問題なく走行しているのであるから、引用発明の鉄道車両の車軸軸受用グリース組成物は、その実施態様として、降雨地走行、すなわち、水混入条件での走行も包含しているといえる。
したがって、相違点Cは、実質的な相違点であるとはいえない。

い また、本願発明における「降雪地走行」が、単に「降雪地を走行すること」と解されるとしても、上記のように、鉄道車両が降雨地を走行することも、降雪地を走行することも通常の運行形態であるから、引用発明の鉄道車両を、「降雪地走行」鉄道車両とすることは、通常の実施態様の一つに特定したに過ぎず、当業者が容易に想到し得ることである。

(エ)本願補正発明の効果について
本願補正発明は、本願補正明細書に記載されるように、「表1及び表2の結果から見て、耐摩耗性と耐荷重性能を有し、且つ高温下での繰返しせん断を受けても軟化や硬化をしないような機械安定性を持ち、また降雪地走行によってグリース中に水が混入しても、耐摩耗性や耐荷重性が著しく低下しないことにより軸受寿命も大幅に延長されてメンテナスフリーに寄与する新規な降雪地走行鉄道車両用車軸軸受グリース組成物を提供できた」(段落【0029】)という効果を奏するものである。
上記効果に関し、本願補正明細書の実施例を参酌すると、有機モリブデン化合物を配合した実施例1と配合していない比較例3とでは、実施例1が、いずれの試験においても、加水前、加水後に関わらず、比較例3より優れた結果となっている。
しかしながら、加水前の条件での、摩耗痕経、融着荷重の試験に優れ、寿命が長いという効果が、前記「(ア)」に示したように、周知慣用の極圧添加剤である有機モリブデン化合物を所定量添加することにより得られるものであり、当業者の予測を超えるものとはいえない。
そして、加水前後の結果を比較すると、実施例1と比較例3では、高速4球試験(摩耗痕経、融着荷重)において、いずれの例でも、加水後では加水前より性能が多少低下し、加水前後での性能の差は同程度であり、かつ、その差は大きなものであるとはいえない。前記「(ウ)」に示したように、鉄道車両が、水混入条件で走行することが通常の運行形態であることを考慮すれば、上記結果は、加水前に優れた効果を有するものが、水混入条件である加水後でも、多少性能は低下しても同様に優れた効果を示すことを確認したに過ぎないものであり、水混入条件での走行、中でも降雪地走行において、格別顕著な効果を奏したといえるものではない。
よって、本願補正発明による上記効果は、当業者の予測を超える格別顕著なものということはできない。

カ まとめ
以上のとおり、本願補正発明は、本願出願前に頒布された刊行物1に記載された発明並びに刊行物2、3の記載及び周知慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではない。

3 補正の却下の決定のむすび
したがって、上記補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、その余の点を検討するまでもなく、本願補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成19年4月20日付けの手続補正は、上記のとおり却下されたので、この出願の請求項1?3に係る発明は、平成17年12月19日付けの手続補正により補正された明細書(以下、「本願明細書」という。)の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。

「40℃の動粘度が100?200mm^(2)/sの範囲であるポリα-オレフィン油及び/または鉱油からなる基油100重量部に、一般式(1) R^(l)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3)(式中、R^(l)及びR^(3)は、同一であっても又は異なっていてもよく、炭素数6?22の直鎖アルキルを示し、R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤を2?30重量部配合したグリース組成物に、有機モリブデン化合物を0.5?5.0重量部添加した降雪地走行鉄道車両用車軸軸受グリース組成物。」

2 原査定の拒絶の理由
原査定は、「この出願については、平成17年10月7日付け拒絶理由通知書に記載した理由 1-A,1-B によって、拒絶をすべきものである。」というものであるところ、その「理由1-B」は、次のとおりである。
「1.この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。・・・
記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
・・・
請求項:1-4 理由:1 引用文献等:(1)-(5)
B、引用例(2)には、ポリα-オレフィン油又は鉱油からなる基油と、本願所定のジウレア化合物からなる増稠剤とを、同所定の量比で含む、鉄道車両の車軸軸受用グリース組成物が記載されている。
そして、引用例(1)、(3)-(5)には、軸受用グリースに本願所定量の有機モリブデン化合物を添加することにより、その潤滑特性が向上することが記載されているから、上記引用例(2)に記載されたグリース組成物に、同所定量の有機モリブデン化合物を添加することに、格別の困難性は認められない。

また、上記引用例には、基油として本願所定の動粘度を有するものを用いること、有機モリブデン化合物として本願所定のモリブデンジチオホスフェート又はモリブデンジチオカルバメートを用いることも記載されている。

引 用 文 献 等 一 覧

(1)特開平10-17884号公報
(2)特開平11-310787号公報
(3)国際公開第97/15644号パンフレット
(4)特開2000-26874号公報
(5)特開平10-324885号公報」

3 刊行物について
原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された刊行物である「(2)特開平11-310787号公報」、「(3)国際公開第97/15644号パンフレット」及び「(5)特開平10-324885号公報」(以下、同様にそれぞれ「刊行物1」、「刊行物2」及び「刊行物3」という。)とそれらの記載事項、また、周知例としての文献A及び文献Bとその記載事項は、前記「第2 2(2)」の「ア」及び「イ」のとおりである。

4 刊行物1に記載された発明
先に「第2 2(2)ウ」で述べたのと同様の理由により、刊行物1には、
「ポリα-オレフィン油及び鉱油から選ばれた少なくとも一種であって、40℃の動粘度が50?180mm^(2)/sの範囲である基油100重量部に、
一般式 R^(1)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3) (I)
(式中、R^(1)及びR^(3)は、同一又は異なって、n-オクチル基及びn-ドコシル基を示し、これらの構成割合は、モル%で、n-オクチル基:n-ドコシル基=95:5?50:50である。R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤を2?30重量部配合したグリース組成物に、酸化防止剤、防錆剤、耐摩耗剤等の添加剤を添加した鉄道車両の車軸軸受用グリース組成物」
の発明(以下、同様に「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

5 対比
本願発明は、本願補正発明における「Ni、Te、Se、Cu、Feの中から選択される金属元素を有する有機金属化合物を一切含有していない」との特定がないものであるから、先に「第2 2(2)エ」で述べた点を踏まえて本願発明と引用発明を対比すると、両者は、
「40℃の動粘度が100?200mm^(2)/sの範囲であるポリα-オレフイン油及び/または鉱油からなる基油100重量部に、一般式(1)
R^(l)-NHCONH-R^(2)-NHCONH-R^(3)(式中、R^(l)及びR^(3)は、同一であっても又は異なっていてもよく、炭素数6?22の直鎖アルキルを示し、R^(2)は、炭素数6?15の二価芳香族炭化水素基を示す。)で表されるジウレア化合物である増ちょう剤を2?30重量部配合したグリース組成物に、添加剤を添加した鉄道車両用車軸軸受グリース組成物。」
である点で一致し、以下の点で相違するといえる。

A’ 添加剤について、本願発明においては、「有機モリブデン化合物を0.5?5.0重量部」添加したものであるのに対し、引用発明においては、添加剤について特定がない点
C’ 鉄道車両が、本願発明においては、「降雪地走行」鉄道車両と特定されているのに対し、引用発明においては、そのような特定がない点
(以下、それぞれ「相違点A’」及び「相違点C’」という。)

6 検討
(1)相違点について
ア 相違点A’について
相違点A’は、前記「第2 2(2)エ」における相違点Aと同じであるから、先に「第2 2(2)オ」の「(ア)」で述べたのと同様の理由により、引用発明において、添加剤として、「有機モリブデン化合物を0.5?5.0重量部」添加することは、当業者が容易に想到し得ることである。

イ 相違点C’について
相違点C’は、前記「第2 2(2)エ」における相違点Cと同じであるから、先に「第2 2(2)オ」の「(ウ)」で述べたのと同様の理由により、実質的な相違点であるとはいえないか、引用発明の鉄道車両を、「降雪地走行」鉄道車両とすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

(2)本願発明の効果について
本願発明は、本願明細書に記載されるように、「表1及び表2の結果から見て、耐摩耗性と耐荷重性能を有し、且つ高温下での繰返しせん断を受けても軟化や硬化をしないような機械安定性を持ち、また降雪地走行によってグリース中に水が混入しても、耐摩耗性や耐荷重性が著しく低下しないことにより軸受寿命も大幅に延長されてメンテナスフリーに寄与する新規な降雪地走行鉄道車両用車軸軸受グリース組成物を提供できた」(段落【0029】)という効果を奏するものである。
しかしながら、前記「第2 2(2)オ(エ)」で述べたのと同様の理由により、本願発明による上記効果は、格別顕著なものということはできない。

7 まとめ
したがって、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物1に記載された発明並びに刊行物2、3の記載及び周知慣用技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 請求人の主張について
1 請求人は、平成19年4月20日付けで手続補正された審判請求書「拒絶理由通知に対して」の「(理由1Bについて)」において、
「引用例(2)に・・・は、・・・各種添加剤を添加しても良い。・・・と記載されているが、耐摩耗剤として知られているモリブデンジチオホスフェート又はモリブデンジチオカルバメイトを用いること及びこれを用いると、降雪地走行に問題になるグリース中に水が混入しても、耐摩耗性や耐荷重性が低下しない・・・鉄道車両用車軸軸受グリース組成物については何らの開示もない。
したがって、たとえ引用例(3)-(5)に、軸受用グリースに本願所定量の有機モリブデン化合物を添加することにより、その潤滑特性が向上することが記載されていたとしても、・・・降雪地走行鉄道車両用車軸軸受グリース組成物を想到するに至ることは、当業者といえども決して容易なものではないと言わなければならないと思慮いたします。」と主張する。
また、同書「(4)」において、
「本件発明の背景について述べておく必要があると思われ、・・・。
・・・鉄道車両の車軸軸受は、車軸の両端部にある筐体に収められています。雪の降る中を、走行する鉄道車両では、走行中の降雪や巻上げた雪が特に車軸の両端部にある筐体全体に付着します。走行中・・・、筺体内部は外部に比べ、温度が高い状態にあります。車両が停車すると車軸回転が停止するため、車軸軸受を収納している筐体内部は、冷却されて、筐体内部の温度が低下し、内部は減圧状態になります。車軸軸受を収納している筐体の内部が減圧状態になると、呼吸作用により車軸と筐体との隙間部分から外気を取り込むために、筐体に付着した雪や融雪水が筐体内部に浸入し、軸受のグリースに水が混入してくるのであります。グリースに水が混入してくると、グリースが軟化し、ついには軸受からグリースが漏れ出す(軟化漏洩)ことになります。
本件発明は、このような降雪地走行鉄道車両用車軸が直面する雪道独特の問題点を解決した、「降雪地走行鉄道車両用車軸軸受グリース組成物」を目的としたものであります。」と主張し、
さらに、同書「(5)」において、前記軟化漏洩に関し、
「引用例(1)に記載されたグリース組成物の混和ちょう度は、280から300であり、もし水が混入すると、混和ちょう度は、300以上になることは必至であり、グリースが軸受から漏洩する軟化漏洩を起こす可能性が大であります。これに対して、本件明細書に示されているグリース組成物の混和ちょう度は、250から270であり、水が混入しても、降雪地走行条件(室温以下)では混和ちょう度は、300以下に保たれ、軟化漏洩を起こす心配はありません(本件明細書表1の加水10%シェルロール試験<室温6時間>参照)。」
と主張している。

2 しかしながら、走行中に筐体全体に水分が付着し、走行中筐体の温度が高い状態にあり、車両が停車すると、筐体内部が冷却される、という現象は、降雪地でも降雨地でも同様であるから、降雪地で水が混入するような隙間を有する筐体であれば、降雨地でも同様に水が混入するといえ、降雪地走行特有の現象であるということはできない。
そして、鉄道車両用の車軸軸受グリース組成物に、有機モリブデン化合物を添加することの容易性及び効果の予測性については、前記「第3 6」(及び前記「第2 2(2)オ」)で述べたとおりである。
また、前記「1」において、混和ちょう度が300を超えると軟化漏洩の問題が生じるとの主張がされているが、本願明細書表1の「加水10%シェルロール試験」を参酌しても、実施例2の方が、比較例3より高い混和ちょう度となっているように、必ずしも、混和ちょう度と、耐摩耗性や寿命が直接的な関連があるとはいえない。また、上記主張は、審査時の拒絶理由における「引用例(1)」に対するものであるところ、当審決の引用発明に関しては、刊行物1(原査定の引用例(2))の実施例(摘示1e、1f)に記載されているとおり、混和ちょう度が280から300のような高いものではないから、該主張によっても、本願発明の効果が格別顕著なものであるとすることはできない。
したがって、請求人の前記「1」の主張は採用することができず、前記「第3 7」の結論を左右するものではない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、その余の点を検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-05-21 
結審通知日 2010-05-26 
審決日 2010-06-08 
出願番号 特願2000-284021(P2000-284021)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C10M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山本 昌広  
特許庁審判長 柳 和子
特許庁審判官 松本 直子
橋本 栄和
発明の名称 降雪地走行鉄道車両用車軸軸受グリース組成物  
代理人 中野 修身  
代理人 中野 修身  

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