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審決分類 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 4項3号特許請求の範囲における誤記の訂正 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1235623
審判番号 不服2007-19143  
総通号数 138 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-07-09 
確定日 2011-04-20 
事件の表示 平成 7年特許願第526391号「多薄層薬物送達システム」拒絶査定不服審判事件〔平成 7年10月19日国際公開,WO95/27479,平成 9年11月25日国内公表,特表平 9-511744〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,1995年4月7日(パリ条約による優先権主張1994年4月7日,米国)を国際出願日とする出願であって,平成17年1月13日付けで拒絶理由が通知され,同年7月25日付けで意見書及び願書に添付した明細書についての手続補正書が提出されたところ,平成19年3月30日付けで拒絶査定がなされた。その後,同年7月9日付けで拒絶査定不服審判が請求され,同年8月7日付けで願書に添付した明細書についての手続補正書が提出された。

第2 平成19年8月7日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成19年8月7日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 補正後の請求項に係る発明
本件補正により,補正前の特許請求の範囲の請求項1?18が補正後の特許請求の範囲の請求項1?10に補正されたところ,そのうち,補正前の請求項1,すなわち,
「1.粒子に組み込まれた薬物を含む薬物製剤であって,
該粒子が0.5乃至100ミクロンの直径を持ち,
該粒子が(i)親水性物質及び疎水性物質よりなる群から選択される少なくとも1種を含むコア,及び(ii)親水性物質及び疎水性物質よりなる群から選択される少なくとも1種を含む,少なくとも第1層及び第2層を含み,
コアと第1層の間,及び隣接層の間の界面が,親水性物質と疎水性物質の間の界面であり,
薬物が,シクロスポリン,アンギオテンシンI,II,およびIII,エンケファリン,ACTH,抗炎症ペプチドI,II,III,ブラジキニン,カルシトニン,コレシスチキニン(CCK)断片26-33および30-33,プレ/プロ・コレシストキニン(V-9-M),β-エンドルフィン,ジノルフィン,ロイコキニン,ロイチナイジングホルモン放出ホルモン(LHRH),ニューロキニン(例えばニューロキニンA),ソマスタチン,サブスタンスP,甲状腺放出ホルモン(TRH),バソプレシン,アシクロビル,アドリアマイシン,カルバマゼピン,グリセオフルビン,アンギオテンシン転換酵素阻害剤,フルタミド,メルファラン,ニフェジピン,インドメタシン,ナプロキセン,エストロゲン,テストステロン,ステロイド,フェニトイン,スマトリパン,エルゴタミンおよびカンナビノイドから選択されるものである,ことを特徴とする薬物製剤。」
は,補正後の請求項1,すなわち,
「【請求項1】 粒子に組み込まれた薬物を含む薬物製剤であって,
該粒子が0.5乃至100ミクロンの直径を持ち,
該粒子が(i)親水性物質及び疎水性物質よりなる群から選択される少なくとも1種を含むコア,および(ii)親水性物質及び疎水性物質よりなる群から選択される少なくとも1種を含む,少なくとも第1層及び第2層を含み,
コアと第1層の間,及び隣接層の間の界面が,親水性物質と疎水性物質の間の界面であり,
薬物が,シクロスポリン,アンギオテンシンI,II,およびIII,エンケファリン,ACTH,抗炎症ペプチドI,II,III,ブラジキニン,カルシトニン,コレシスチキニン(CCK)断片26-33および30-33,プレ/プロ・コレシストキニン(V-9-M),β-エンドルフィン,ジノルフィン,ロイコキニン,ロイチナイジングホルモン放出ホルモン(LHRH),ニューロキニン,ソマトスタチン,サブスタンスP,甲状腺放出ホルモン(TRH),バソプレシン,アシクロビル,アドリアマイシン,カルバマゼピン,グリセオフルビン,アンギオテンシン転換酵素阻害剤,フルタミド,メルファラン,ニフェジピン,インドメタシン,ナプロキセン,エストロゲン,テストステロン,ステロイド,フェニトイン,スマトリパン,エルゴタミンおよびカンナビノイドから選択されるものであり,且つ
疎水性物質が,オレイン酸,オレイルアルコール,d-アルファトコフェロールポリエチレングリコール1000琥珀酸塩,モノ及びジグリセリドエステルの混合物,モノオレイン酸グリセリル,及びPeg-25トリオレイン酸グリセリルよりなるグループから選択される少なくとも1種である,ことを特徴とする薬物製剤。」
に補正された。
また,補正前の請求項12?16には,
「12.請求の範囲第1項記載の薬物製剤であって,ここで薬剤が80%以下の生物学的利用能を持つことを特徴とする薬物製剤。
13.請求の範囲第1項記載の薬物製剤であって,ここで薬剤が15個以下のアミノ酸よりなるポリペプチドであることを特徴とする薬物製剤。
14.請求の範囲第1項記載の薬物製剤であって,ここで薬剤が12個以下のアミノ酸よりなるポリペプチドであることを特徴とする薬物製剤。
15.請求の範囲第1項記載の薬物製剤であって,ここで薬剤が1,000ダルトン以下の有機分子であることを特徴とする薬物製剤。
16.請求の範囲第1項記載の薬物製剤であって,ここで有機分子が600ダルトン以下の有機分子であることを特徴とする薬物製剤。」
と,また,補正後の請求項8には,
「【請求項8】 薬物がシクロスポリン,カルシトニン,及びソマトスタチンから選択されることを特徴とする,請求項1に記載の薬物製剤。」
と,それぞれ記載されている。
(以下,本件補正後の請求項1及び8に係る発明を,それぞれ「補正発明1」及び「補正発明8」という。)

そこで,本件補正が適法になされたものであるかどうかについて,以下に検討する。

2 目的要件について
(1)補正後の請求項1について
補正後の請求項1に係る補正は,
ア 使用される「疎水性物質」について,補正前の請求項1においては限定されていなかったものを,「オレイン酸,オレイルアルコール,d-アルファトコフェロールポリエチレングリコール1000琥珀酸塩,モノ及びジグリセリドエステルの混合物,モノオレイン酸グリセリル,及びPeg-25トリオレイン酸グリセリルよりなるグループから選択される少なくとも1種」に限定し,
イ 補正前の請求項1における「ソマスタチン」を「ソマトスタチン」に補正し,かつ,
ウ 補正前の請求項1における「ニューロキニン(例えばニューロキニンA)」を「ニューロキニン」に補正(「(例えばニューロキニンA)」を削除)する
ものである。
以下,順に検討する。
アに係る補正は,「疎水性物質」を具体的なものに限定することにより,補正前の請求項1に記載された発明と産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一ある発明の構成に欠くことができない事項の範囲内において,その補正前の発明の構成に欠くことができない事項の一部を限定するものであるといえるから,平成6年法律第116号改正附則第6条によりなお従前の例によるとされる同法による改正前(以下,単に「平成6年改正前」という。)の特許法第17条の2第3項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
イに係る補正は,同条第3項第3号に規定する誤記の訂正を目的とするものに該当する。
ウに係る補正についてみると,「ニューロキニンA」は,ニューロキニンB等と同様にタキキニン系ペプチドの一種であり(例えば,今堀和友ほか監修「生化学辞典(第2版)」株式会社東京化学同人,1990年11月22日,p.788を参照。),「ニューロキニン」は,ニューロキニンAとBの総称と考えられるから,「ニューロキニン(例えばニューロキニンA)」は誤記とは認められず,当該補正は,同条第3項第3号に規定する誤記の訂正に該当しない。また,当該補正は,仮に明りょうでない記載の釈明に該当するものであったとしても,拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものではないから,同条第3項第4号に規定する明りょうでない記載の釈明に該当しない。さらに,当該補正は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項を削除するものであるから,同条第3項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮に該当せず,明らかに,同条第3項第1号に規定する請求項の削除にも該当しない。
そうすると,補正後の請求項1に係る補正は,平成6年改正前の特許法第17条の2第3項の規定に違反する。

(2)補正後の請求項8について
補正後の請求項8には「薬物がシクロスポリン,カルシトニン,及びソマトスタチンから選択されることを特徴とする,請求項1に記載の薬物製剤。」と記載されているところ,当該補正は,請求項1に記載された「薬物製剤」において,薬物を「シクロスポリン,カルシトニン,及びソマトスタチンから選択される」ものに限定するものである。
ところで,補正前の請求項において,使用される薬物のみを請求項1に記載された発明の構成に欠くことができない事項から限定した請求項は請求項12?16であるが,補正前の請求項12では薬剤がその生物学的利用能によって限定されており,生物学的利用能についての限定のない補正後の請求項8は,補正前の請求項12を補正したものではない。また,補正前の請求項13及び14は薬剤をそのアミノ酸数により特定したポリペプチドに限定したものであり,補正前の請求項15及び16は薬剤をその分子量により特定した有機分子に限定したものである。しかし,補正後の請求項8における薬物の選択肢中の「カルシトニン」は,32個のアミノ酸よりなるペプチドで,その分子量は3418であるから(例えば,大木道則ほか編「化学大辞典」第1版,株式会社東京化学同人,1989年10月20日,p.477を参照。),補正前の請求項13及び14に規定されたアミノ酸数「15個以下」,「12個以下」のいずれにも該当せず,また,補正前の請求項15及び16に規定された分子量「1,000ダルトン以下」,「600ダルトン以下」のいずれにも該当しない。したがって,補正後の請求項8は,補正前の請求項12?16のいずれの発明の構成に欠くことができない事項を限定したものともいえない。また,補正前の請求項には,他に補正後の請求項8に対応するものも見られない。
そうすると,請求項8に係る補正は,新たな請求項を追加するものであるといえ,特許請求の範囲を拡張するものであるから,平成6年改正前の特許法第17条の2第3項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮に該当しない。また,当該補正は,同条第3項に規定する他のいずれの事項を目的とするものでもない。
よって,請求項8に係る補正は,平成6年改正前の特許法第17条の2第3項の規定に違反する。

3 独立特許要件について
上記「2(1)」に示したように,補正発明1に係る本件補正は,平成6年改正前の特許法第17条の2第3項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものには該当しないと判断するが,仮に,補正発明1に係る本件補正が,同号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると仮定して,補正発明1が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるかどうか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前(以下,単に「平成18年改正前」という。)の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するかどうか)について,以下に検討する。

(1)特許法第36条第5項第1号及び第6項(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下同様。)について
請求項に係る発明の解決しようとする課題は,本願明細書中に明確に記載されているわけではないが,その記載(特に,明細書1ページ3行?2ページ20行,4ページ22?24行,8ページ19?21行の記載)からみて,「経口投与における,(水性媒体に対して)非溶解性のペプチド又は他の薬物類の生物学的利用能の向上」にあるものと認められる。
しかし,発明の詳細な説明には,補正発明1の構成による薬物製剤を経口投与して,特定の薬物の生物学的利用能が向上できたことが客観的に確認できる記載は存在しない。実施例として具体的に記載されているのは,3つの薬物製剤の処方とそれらの製造方法にすぎず,それらを投与した試験データ等は皆無である。
ところで,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないところ(知財高裁大合議平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号)参照。),本願については,出願時の技術常識を考慮しても,上記の課題が解決できることを当業者に認識できるように,発明の詳細な説明が記載されているとは認められない。そうすると,補正発明1については,発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。
よって,本願は,特許法第36条第5項第1号及び第6項の規定に違反する。

(2)特許法第36条第4項(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下同様。)について
上記(1)に示したように,請求項に係る発明の解決しようとする課題は,「経口投与における,(水性媒体に対して)非溶解性のペプチド又は他の薬物類の生物学的利用能の向上」にあるといえるから,当該発明の効果は,同様の「経口投与における,(水性媒体に対して)非溶解性のペプチド又は他の薬物類の生物学的利用能の向上」であると認められる。
しかし,上記(1)に示したように,発明の詳細な説明には,補正発明1の構成による薬物製剤を経口投与して,特定の薬物の生物学的利用能が向上できたことが客観的に確認できる記載は存在せず,出願時の技術常識を考慮しても,そのような薬物製剤の経口投与時に,非溶解性のペプチド又は他の薬物類の生物学的利用能が向上されるとは認めることができない。そうすると,発明の詳細な説明の記載は,補正発明1について,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の効果が記載されているとはいえない。
よって,本願は,特許法第36条第4項の規定に違反する。

(3)特許法第36条第5項第2号及び第6項(平成6年法律第116号による改正前のもの。以下同様。)について
特許請求の範囲の請求項1には,「親水性物質及び疎水性物質よりなる群から選択される少なくとも1種を含むコア」及び「親水性物質及び疎水性物質よりなる群から選択される少なくとも1種を含む,少なくとも第1層及び第2層」と記載されているところ,いずれの記載にも「少なくとも1種」とあることから,コア,第1層,第2層等は,いずれも,親水性物質と疎水性物質の両者を含むことができるものと解される。しかし,それぞれに,親水性物質と疎水性物質の両者を含ませると,「コアと第1層の間,及び隣接層の間の界面」を「親水性物質と疎水性物質の間の界面」とすることができないから,請求項1の記載は不明りょうである。
よって,本願は,特許法第36条第5項第2号及び第6項の規定に違反する。

以上のとおり,本件補正は,平成18年改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反する。

4 むすび
よって,本件補正は,平成18年改正前の特許法第17条の2第4項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
また,仮に,本件補正が,同法第17条の2第4項第2号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであったとしても,本件補正は,平成18年改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成19年8月7日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項に係る発明は,当該補正前の平成17年7月25日付けの手続補正書により補正された請求項1?18に記載されたとおりのものであるところ,その請求項1には,次のとおり記載されている。
「1.粒子に組み込まれた薬物を含む薬物製剤であって,
該粒子が0.5乃至100ミクロンの直径を持ち,
該粒子が(i)親水性物質及び疎水性物質よりなる群から選択される少なくとも1種を含むコア,及び(ii)親水性物質及び疎水性物質よりなる群から選択される少なくとも1種を含む,少なくとも第1層及び第2層を含み,
コアと第1層の間,及び隣接層の間の界面が,親水性物質と疎水性物質の間の界面であり,
薬物が,シクロスポリン,アンギオテンシンI,II,およびIII,エンケファリン,ACTH,抗炎症ペプチドI,II,III,ブラジキニン,カルシトニン,コレシスチキニン(CCK)断片26-33および30-33,プレ/プロ・コレシストキニン(V-9-M),β-エンドルフィン,ジノルフィン,ロイコキニン,ロイチナイジングホルモン放出ホルモン(LHRH),ニューロキニン(例えばニューロキニンA),ソマスタチン,サブスタンスP,甲状腺放出ホルモン(TRH),バソプレシン,アシクロビル,アドリアマイシン,カルバマゼピン,グリセオフルビン,アンギオテンシン転換酵素阻害剤,フルタミド,メルファラン,ニフェジピン,インドメタシン,ナプロキセン,エストロゲン,テストステロン,ステロイド,フェニトイン,スマトリパン,エルゴタミンおよびカンナビノイドから選択されるものである,ことを特徴とする薬物製剤。」
(以下,「本願発明1」という。)

2 引用例
原査定の拒絶の理由において引用された,本願の優先日前に頒布された特開平1-230513号公報(拒絶の理由における引用文献5。以下,「引用例」という。)には,次の事項が記載されている。

(a) 「1.医薬化合物を含有する芯物質,同芯物質表面に医薬化合物の放出制御機能をもたせるべく形成されたエチルセルロースと疎水性賦形剤とからなる内部被覆層,ならびに医薬化合物を含有する速放性外部コーティング層とより成る持効性製剤。
2.内部被覆層と速放性外部コーティング層との間に,更にエチルセルロース単独,又はエチルセルロースと水溶性賦形剤との混合物からなる,医薬化合物の放出調節機能をもたせた中間被覆層が形成されて成る請求項1記載の持効性製剤。」(特許請求の範囲の請求項1及び2)

(b) 「本発明において,医薬化合物を含有する芯物質(以下,単に芯物質と略称する)としては,医薬化合物自体,或いはこれに賦形剤,結合剤,滑沢剤及び/又は凝集防止剤などを適宜配合したものが使用できる。・・・また,従来公知の方法では,芯物質自体を疎水性とすることにより製剤に持効性を付与する試みが数多くなされているが,本発明の芯物質は疎水性である必要がなく,例えば,水溶性,水不溶性芯物質のいずれも好適に用いることができる。」(2ページ左下欄7?20行)

(c) 「このため,芯物質の調製に際し用いる賦形剤,結合剤,滑沢剤又は凝集防止剤としては,この技術分野で通常使用されるものであればいずれも使用することができる。例えば,賦形剤としては,白糖,乳糖,マンニトール,グルコース等の糖類,でんぷん,結晶セルロース,リン酸カルシウム,硫酸カルシウム,乳酸カルシウムなどをいずれも好適に用いることができ,結合剤としては,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,ポリメタクリル酸,ポリビニルピロリドン,グルコース,白糖,乳糖,麦芽糖,ソルビトール,マンニトール,ヒドロキシエチルセルロース,ヒドロキシプロピルメチルセルロース,ヒドロキシプロピルセルロース,マクロゴール類,アラビアゴム,ゼラチン,寒天,でんぷんなどを用いることができる。又,滑沢剤,凝集防止剤としては,タルク,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸カルシウム,コロイダルシリカ,ステアリン酸,ワックス類,硬化油,ポリエチレングリコール類,安息香酸ナトリウム,ラウリル硫酸ナトリウム,ラウリル硫酸マグネシウムなどを好適に用いることができる。」(2ページ右下欄1行?3ページ左上欄2行)

(d) 「一方,疎水性賦形剤としては,水に不溶性であって,エチルセルロースと易混和性を示すものであればとくに制限はなく用いることができる。この様な疎水性賦形剤の具体例としては,例えば,タルク,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸カルシウム等のステアリン酸アルカリ土類金属,酸化チタン,沈降炭酸カルシウム,酸化亜鉛又はコロイダルシリカなどがあげられる。」(3ページ右上欄13?20行)

(e) 「また,上記内部被覆層を形成させた後,その表面に医薬化合物を含有する外部コーティング層を形成させるに先立ち,所望により,医薬化合物の放出制御の精度を一層向上させるため,エチルセルロース単独又はエチルセルロースと水溶性賦形剤とからなる,医薬化合物の放出調節機能をもたせた中間被覆層を更にコーティングしてもよい。」(3ページ右下欄16行?4ページ左上欄2行)

(f) 「医薬化合物を含有する速放性外部コーティング層の形成は,医薬化合物自体,或いはこれに通常の賦形剤,結合剤,滑沢剤及び/又は凝集防止剤等を適宜配合したものを使用して実施することができる。この場合,賦形剤,結合剤,滑沢剤及び凝集防止剤としては,例えば,芯物質の説明で例示したものをいずれも使用することができる。」(4ページ右上欄7?13行)

(g) 「粒状に成形する場合,この様にして得られる持効性製剤は,概ね 500μm?2500μm,とりわけ約 700μm?約2000μmの平均粒径の顆粒とするのが好ましい。」(4ページ左下欄9?13行)

(h) 「上記のような利点のある本発明の製剤は医薬化合物に広く適用することができ,・・・。このような医薬化合物としては特に制限はなく,例えば塩酸ジルチアゼム,塩酸ベラパミル,ニカルジピン,ニトレンジピン,ニモジピン等のカルシウム拮抗剤,テオフィリン,トリメトキノール等の抗喘息薬,水溶性ビタミン類,抗生物質,抗悪性腫瘍剤,解熱鎮痛剤,血糖降下剤等があげられる。」(5ページ左上欄5?13行)

(i) 「また,本発明の製剤は,生物学的利用率に優れ,また,・・・という効果も有する。」(5ページ左上欄14?20行)

3 対比・判断
(1)引用例に記載された発明
上記記載事項(a) において,請求項2の構成を採用すると,内部被覆層と速放性外部コーティング層との間に,更にエチルセルロースと水溶性賦形剤との混合物からなる中間被覆層が形成されることになる。また,記載事項(b) にあるように,芯物質として水溶性のものを用いることができる。

そうすると,引用例には,次の発明が記載されているものと認められる。
「概ね 500μm?2500μmの平均粒径を有し,医薬化合物を含有する水溶性芯物質,同芯物質表面に形成されたエチルセルロースと疎水性賦形剤とからなる内部被覆層,医薬化合物を含有する速放性外部コーティング層,及び,内部被覆層と速放性外部コーティング層との間に形成されたエチルセルロースと水溶性賦形剤との混合物からなる中間被覆層,とより成る持効性製剤。」(以下,「引用例発明」という。)

(2)対比
ここで,本願発明1と引用例発明とを対比する。
引用例発明において,持効性製剤は,粒状(粒子状)に成形でき(記載事項 (g)),医薬化合物,すなわち薬物を含有しているから,薬物製剤であるといえる。また,引用例発明の芯物質は,文字どおり本願発明1におけるコアに相当し,水溶性であるからそこに親水性物質が含まれていることは明らかである。同様に,水溶性賦形剤に親水性物質が含まれていることは明らかであるから,引用例発明における疎水性賦形剤及び水溶性賦形剤は,それぞれ,本願発明1における疎水性物質及び親水性物質に相当する。さらに,引用例発明における速放性外部コーティング層には,芯物質の説明で例示した賦形剤,結合剤,滑沢剤及び/又は凝集防止剤を適宜配合したものを使用することができるのであって(記載事項 (f)),それらの例示として挙げられているタルク,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸カルシウム,コロイダルシリカ,ステアリン酸,ワックス類,硬化油等は(記載事項 (c)),疎水性物質である。そうすると,引用例発明において,水溶性芯物質は親水性物質を含み,その外側に存在する内部被覆層は疎水性物質を含み,その外側に存在する中間被覆層は親水性物質を含み,その外側に存在する速放性外部コーティング層は疎水性物質を含むことになる。

したがって,本願発明1と引用例発明とは,
「粒子に組み込まれた薬物を含む薬物製剤であって,
該粒子が(i)親水性物質を含むコア,および(ii)疎水性物質を含む第1層,及び,親水性物質を含む第2層を含み,
コアと第1層の間,及び隣接層の間の界面が,親水性物質と疎水性物質の間の界面である,薬物製剤。」
である点で一致し,次の2点において相違する。

[相違点1]
粒子の直径が,本願発明1においては「0.5乃至100ミクロン」であるのに対し,引用例発明では「概ね500乃至2500ミクロン」である点。
[相違点2]
使用される薬物が,本願発明1においては,「シクロスポリン,アンギオテンシンI,II,およびIII,エンケファリン,ACTH,抗炎症ペプチドI,II,III,ブラジキニン,カルシトニン,コレシスチキニン(CCK)断片26-33および30-33,プレ/プロ・コレシストキニン(V-9-M),β-エンドルフィン,ジノルフィン,ロイコキニン,ロイチナイジングホルモン放出ホルモン(LHRH),ニューロキニン(例えばニューロキニンA),ソマスタチン,サブスタンスP,甲状腺放出ホルモン(TRH),バソプレシン,アシクロビル,アドリアマイシン,カルバマゼピン,グリセオフルビン,アンギオテンシン転換酵素阻害剤,フルタミド,メルファラン,ニフェジピン,インドメタシン,ナプロキセン,エストロゲン,テストステロン,ステロイド,フェニトイン,スマトリパン,エルゴタミンおよびカンナビノイドから選択されるもの」であるのに対し,引用例発明では,これらの具体的な物質に特定されていない点。

(3)判断
以下,これらの相違点について検討する。
[相違点1]について
粒子状の製剤において,その全体の体積が同じであれば,個々の粒子の粒子径の小さい方が,表面積が全体として大きくなり,それに伴い薬物の溶解速度が大きくなり,それによって薬物の吸収性が増大することは,当該技術分野において周知の事項である(例えば,松本光雄ほか編「薬剤学マニュアル」株式会社南山堂,1989年3月20日,p.59を参照。)。そして,薬物の吸収性の増大は,薬物の生物学的利用能の向上につながる事項であり,引用例発明においても生物学的利用能の向上はその課題とされているところである(記載事項 (i))。そうすると,引用例発明における製剤の粒径(粒子の直径)を,「概ね500乃至2500ミクロン」から小さくすることは当業者が容易に行い得たことであり,「0.5乃至100ミクロン」とすることに格別の困難性は見いだせない。また,直径を「0.5乃至100ミクロン」としたことにより,格別な効果を奏したものとも認められない。

[相違点2]について
引用例発明においては,使用する薬物には特に制限がなく,その例示として「塩酸ジルチアゼム,塩酸ベラパミル,ニカルジピン,ニトレンジピン,ニモジピン等のカルシウム拮抗剤,テオフィリン,トリメトキノール等の抗喘息薬,水溶性ビタミン類,抗生物質,抗悪性腫瘍剤,解熱鎮痛剤,血糖降下剤」が挙げられている(記載事項 (h))。ここで具体的に薬物名が記載されているもののうち,テオフィリンは水に溶けにくく,ニトレンジピンは水にはほとんど溶けないものであることは周知であるから(例えば,財団法人日本医薬情報センター編「医療薬 日本医薬品集」1993年版,株式会社薬業時報社,平成5年7月5日,pp.701-702,837-838を参照。),引用例に接した当業者であれば,引用例発明の技術は,水に溶けにくいあるいはほとんど溶けない医薬に対しても適用できると考えるものである。
一方,周知の医薬であるシクロスポリンは,水にほとんど溶けないことも周知であるから(例えば,同「医療薬 日本医薬品集」pp.462-464を参照。),引用例発明における薬物としてシクロスポリンを採用することは,当業者が容易に行い得たことである。また,シクロスポリンを採用したことにより,格別な効果を奏したものとも認められない。

(4)請求人の主張について
請求人は,平成17年7月25日付け意見書,審判請求書の【請求の理由】(平成19年9月14日付け手続補正書)及び平成21年5月19日付け回答書において,次のように主張している。
ア 引用例の内部被覆層は,エチルセルロースと疎水性賦形剤からなるものであって,疎水層の目的は,エチルセルロースによりコアに薬物を閉じこめることにより放出を制御することである。これに対し,本願発明の疎水層は,薬物の放出を強める効果を目的として特定の疎水性物質を含むものである(明細書第3頁第11-13行目)から,このような課題及び効果が異なる引用例に基づいて,本願発明を思いつけるものではない。
イ 本願発明の薬物製剤は,特定の薬物,特定の疎水性物質,及び親水性物質を採用し,かつ特定の直径及び特定の層状構造を備える粒子という構成上の特徴があり,かかる構成を一体不可分なものとして有することによって,経口投与されて腸管内で放出され,薬物が高い割合で吸収されて,生体内において薬物の生物活性を高めるという格段に優れた効果を奏する。

これらの請求人の主張について検討する。
アの主張について
本願発明1においては,単に「疎水性物質」が使用されるだけで,特定の疎水性物質に限定されているわけではないから,引用例発明の内部被覆層は,「疎水性物質」である疎水性賦形剤を含む点で,本願発明1の第1層と何ら異なるものではない。したがって,本願発明1の第1層と引用例発明の内部被覆層との間に相違点は存在しない。
よって,請求人の主張は採用できないものである。

イの主張について
本願発明1の薬物製剤に係る構成上の特徴は,その請求項の記載から見て,特定の薬物,疎水性物質及び親水性物質を採用し,かつ特定の直径及び特定の層状構造を備える粒子ということである(疎水性物質を特定のものとする限定は,本願発明1にはない。)。しかし,そのような構成を採用することによって,直ちに請求人主張の上記効果が奏される,とは認められない。
例えば,薬物製剤を腸溶性(すなわち,胃の中では溶けず,小腸に到達してから溶ける)とするには,通常,そのためのコーティングを施すなど,そうするための工夫がなされる必要があるところ,本願発明1においては,そのようなコーティングは特に施されず,最も外側の層が任意の親水性物質又は疎水性物質を含む層であって,かつ,該層に薬物が含まれる場合もその態様として包含されている。しかし,そのような薬物製剤について,「経口投与されて」胃内で薬物が放出されず,「腸管内で(薬物が)放出され」るとは,技術常識から見て,とても考えられることではない。少なくとも,最も外側の層が親水性物質に加え薬物を含む層である場合には,薬物は胃内で直ちに放出されるものと推認できる。
また,薬物が高い割合で吸収され,生体内において薬物の生物活性を高める,との効果については,通常,比較試験データを伴った試験データなしには,それを客観的に確認することができないものと認められる。しかし,本願明細書中にはそのような試験データが皆無であるし,そのような試験データは他の書面によっても提出されていないから,本願発明1の構成により,請求人が主張する上記効果を奏するとは認められない。
よって,請求人の主張は採用することができない。

(5)小括
したがって,本願発明1は,引用例及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
以上のとおりであるから,本願発明1は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,他の請求項に係る発明について判断するまでもなく,この特許出願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-11-17 
結審通知日 2010-11-24 
審決日 2010-12-07 
出願番号 特願平7-526391
審決分類 P 1 8・ 534- Z (A61K)
P 1 8・ 573- Z (A61K)
P 1 8・ 575- Z (A61K)
P 1 8・ 121- Z (A61K)
P 1 8・ 572- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 上條 のぶよ  
特許庁審判長 内田 俊生
特許庁審判官 鵜飼 健
星野 紹英
発明の名称 多薄層薬物送達システム  
代理人 掛樋 悠路  
代理人 斎藤 健治  
代理人 三枝 英二  

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