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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1237296
審判番号 不服2010-9910  
総通号数 139 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-05-10 
確定日 2011-05-19 
事件の表示 特願2005- 29761「液体噴射装置」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 8月17日出願公開、特開2006-212992〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成17年2月4日の出願であって、平成22年1月27日に手続補正がなされ、同年2月9日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、同年5月10日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、同時に手続補正がなされたものである。
なお、請求人は、当審における平成22年10月13日付け審尋に対して、同年11月29日に回答書を提出している。

第2 平成22年5月10日付け手続補正についての補正却下の決定

〔補正却下の決定の結論〕
平成22年5月10日付け手続補正を却下する。

〔理由〕
1 補正の内容
(1)平成22年5月10日付け手続補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲及び明細書についてするもので、特許請求の範囲について、本件補正前に、
「 【請求項1】
液体を注入するための液体注入口と、
注入された前記液体を貯蔵するための液体貯蔵部と、
貯蔵された液体を噴射する液体噴射口と、
前記液体貯蔵部に貯蔵された前記液体を前記液体噴射口から噴射するために前記液体に圧力を加えるための圧電駆動素子と、
該圧電駆動素子によって振動させられる振動板と、
を有し、
前記液体注入口が先端側に行くほど穴径が小さくなるテーパー状であり、
前記圧電駆動素子が非強誘電性の圧電体膜を有し、
前記圧電体膜がウルツ鉱型結晶構造の化合物を主成分とし、
前記ウルツ鉱型結晶構造の化合物がC軸に一軸配向していることを特徴とする液体噴射装置。
【請求項2】
前記圧電駆動素子は、圧電体膜の上下に形成された上部電極膜及び下部電極膜を備え、
下部電極が振動板に接合形成されていることを特徴とする請求項1記載の液体噴射装置。
【請求項3】
前記圧電駆動素子は、圧電体膜の上下に形成された上部電極膜及び下部電極膜を備え、
前記振動板と下部電極膜との間に導電性を有する金属膜からなる切合成中間層を有することを特徴とする請求項1記載の液体噴射装置。
【請求項4】
前記金属膜がTi又はCrからなることを特徴とする請求項3記載の液体噴射装置。
【請求項5】
駆動速度が40kHz以上であることを特徴とする請求項1?4のいずれか一項に記載の液体噴射装置。」とあったものを、

「 【請求項1】
液体を注入するための液体注入口と、
注入された前記液体を貯蔵するための液体貯蔵部と、
貯蔵された液体を噴射する液体噴射口と、
前記液体貯蔵部に貯蔵された前記液体を前記液体噴射口から噴射するために前記液体に圧力を加えるための圧電駆動素子と、
該圧電駆動素子によって振動させられるシリコンウエハからなる振動板と、
を有し、
前記液体注入口が先端側に行くほど穴径が小さくなるテーパー状であり、
前記圧電駆動素子が非強誘電性の圧電体膜と、該圧電体膜の上下に形成された上部電極膜及び下部電極膜とを有し、
該下部電極膜が前記振動板に接合形成され、
前記圧電体膜がウルツ鉱型結晶構造の窒化アルミニウムを主成分とし、
前記ウルツ鉱型結晶構造の窒化アルミニウムがC軸に一軸配向しており、
振動速度が40kHz以上であることを特徴とする液体噴射装置。
【請求項2】
液体を注入するための液体注入口と、
注入された前記液体を貯蔵するための液体貯蔵部と、
貯蔵された液体を噴射する液体噴射口と、
前記液体貯蔵部に貯蔵された前記液体を前記液体噴射口から噴射するために前記液体に圧力を加えるための圧電駆動素子と、
該圧電駆動素子によって振動させられるシリコンウエハからなる振動板と、
を有し、
前記液体注入口が先端側に行くほど穴径が小さくなるテーパー状であり、
前記圧電駆動素子が非強誘電性の圧電体膜と、該圧電体膜の上下に形成された上部電極膜及び下部電極膜とを有し、
前記振動板と前記下部電極膜との間に導電性を有するTi又はCrからなる金属膜である切合成中間層を有し、
前記圧電体膜がウルツ鉱型結晶構造の窒化アルミニウムを主成分とし、
前記ウルツ鉱型結晶構造の窒化アルミニウムがC軸に一軸配向しており、
振動速度が40kHz以上であることを特徴とする液体噴射装置。」に補正するものである(下線は審決で付した。以下同じ。)。

(2)「振動速度」について
ア 本件補正後の請求項1、請求項2、【0013】及び【0014】には、それぞれ、「振動速度が40kHz以上」との記載があるが、本件出願の願書に最初に添付された明細書又は図面(【0032】参照。)には、「駆動速度が40kHz以上」と記載されており、振動速度に関する記載はない。

イ 更に、明細書【0032】に記載された「駆動速度が40kHz以上」との記載についても、kHzが通常は周波数の単位であるため、「駆動速度」との用語の意味が不明である。

ウ 上記ア及びイの点について、平成23年3月18日に審判請求人代理人に尋ねたところ、同日付けで次の(ア)及び(イ)の回答(同日付けの応対記録参照。)があったため、本件補正後の請求項1、請求項2、【0013】及び【0014】にそれぞれ記載された「振動速度が40kHz以上」は、いずれも「駆動速度が40kHz以上」の誤記であり、かつ、「駆動周波数が40kHz以上」であることを意味するものと認める。

(ア)拒絶査定不服審判の請求時に提出した手続補正書(平成22年5月10日付)の【請求項1】欄における「振動速度が40kHz以上である?」という記載、【請求項2】欄における「振動速度が40kHz以上である?」という記載、【0013】欄における「振動速度が40kHz以上である?」という記載、【0014】欄における「振動速度が40kHz以上である?」という記載は、いずれも出願当初明細書の【0032】欄に記載があるように、「駆動速度が40kHz以上である?」の誤記である。

(イ)また、かかる駆動速度は、駆動周波数を意味するものである。

(3)上記(1)の本件補正後の特許請求の範囲に係る補正は、次のアないしウの補正内容を含んでいる。
ア 本件補正前の請求項1を引用する請求項2を更に引用する請求項5を独立形式で記載して新たな請求項1となし、かつ、請求項1を引用する請求項3を引用する請求項4を更に引用する請求項5を独立形式で記載して新たな請求項2となして、本件補正前の請求項1ないし4を削除する。

イ 被引用請求項である本件補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「振動板」について、「シリコンウエハからなる」と限定する。

ウ 被引用請求項である本件補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「ウルツ鉱型結晶構造の化合物」について、「ウルツ鉱型結晶構造の窒化アルミニウム」と限定する。

2 補正の目的
本件補正後の請求項1及び2に係る本件補正は、上記1(3)アないしウのとおり、本件補正前の請求項1を引用する請求項2を更に引用する請求項5に係る発明及び請求項1を引用する請求項3を引用する請求項4を更に引用する請求項5に係る発明を特定するために必要な事項をそれぞれ限定するものであるから、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第4項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3 刊行物の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された「本願の出願前に頒布された刊行物である特開昭64-73782号公報(以下「引用例」という。)」には、図とともに次の事項が記載されている。

(1)「[従来技術]
真空成膜法による圧電体薄膜の製造方法としては、スパッタ法、CVD法、イオンプレーティング法等種々試みられ、目的の機能を示す圧電体薄膜が得られている。さらに、これらの薄膜を使った種々の素子も実用化されている。圧電体薄膜を機能素子として使用する場合、一般に圧電性の軸の向きを一方向にそろえて基板上に成膜することが必要であるが、従来の成膜法ではこの圧電軸の向きが基板に対して、上向きなのか、下向きなのか当該圧電軸の符号の向きを、確認しながら成膜することは行われていなかった。
すなわち、従来における圧電体薄膜素子の応用は、電気-機械的共振素子や表面弾性波素子など、高周波の交流電圧で駆動する素子にほぼ限られており、圧電軸の符号の向きは、問題にならなかったことがあげられる。しかしながら、近年圧電体薄膜の応用範囲は交流駆動に限られず、直流やパルス電圧での駆動による静電的変位素子や非振動形の素子へと拡大しつつある。その例として、逆圧電効果を用いたインクジェットプリンタのヘッドや、各種の直流、およびパルス駆動のアクチュエータがあげられる。」(第2頁左上欄第9行?同頁右上欄第11行)

(2)「しかしながら、従来技術ではZnO,AlN等、非強誘電性の圧電体薄膜に関しては圧電軸の符号の向きを制御する方法が見出されていなかった。また圧電軸の符号の向きを簡便な手段で確認する方法も見出されていなかった。
本発明は、従来技術において非強誘電性圧電体薄膜の製造に際し、圧電軸の符号の向きを制御できないという問題点を解決し、圧電体薄膜の応用範囲を高周波駆動素子に限らず直流、低周波の交流あるいはパルス駆動の素子へと飛躍的に拡大するものであり、さらには従来にない新規の多層構造機能素子を提供するものである。」(第2頁右上欄第19行?同頁左下欄第10行)

(3)「第2図は上記の圧電軸の符号の向きを判断するための微小変位測定装置の模式図であり、4は試料基板、5は試料基板支持台、6はリード線、7は微小変位センサーである。8は低周波交流電源、9は増幅器、10はシンクロスコープである。以上の構成の微小変位測定装置を使用して、圧電体薄膜の圧電軸の符号の向きを判断した。
本発明者は、種々の試料基板を上記微小変位測定装置により符号の向きを調べた。
第1図は、試料基板4の断面図である。1は基板、2は圧電体薄膜、3は金属電極である。基板1の形状は8mm×30mmの長方形の板で、厚みは0.1から3mm程度が適当である。基板1の材質は、銅、アルミニウムなどの金属基板、あるいは、ガラス、セラミックスなどの絶縁体の表面に金属などの電気導伝性材料を蒸着、メツキ、塗布などの方法により付着した基板を用いた。
この基板1上に、所定の真空成膜法により圧電体薄膜2を基板1の全面に対して1/5程度の面積にわたって数千Aから数mmの膜厚で成膜した。
更に前記の圧電体薄膜2の上に下部基板1との電気的接触を起さない様にパターンマスクを使って、アルミニウム、銀、金、等の金属電極3を蒸着した。
以上の試料基板4を使用して、圧電体薄膜2の圧電軸の向きを下記方法によって調べた。すなわち、試料基板4はその長手方向の一端を、不図示の2枚の樹脂板ではさみ固定し、片持ちの梁のように他端が梁の屈曲により動く状態にする。試料基板4の基板1と上部の金属電極3には所定のワイヤボンディング法でリード線6を取りつけ給電できる様にする。
微小変位センサー7としてはフォトニックセンサ-と呼ばれる投光した光の試料からの反射光量がセンサ一端と試料基板4の表面との距離により変化することを利用しするものを用いた。微小変位の最小感度は0.01μm程度である。微小変位センサー7としてはフォトニックセンサーに限るものでなく上記の最小感度程度の感度を有するセンサーであれば使用可能である。リード線6を本発明においては低周波の交流電源に接続し、5?50Hz程度の低周波交流により、試料基板4の圧電体薄膜2に印加電界を印加すると、逆圧電性の横効果として圧電体薄膜は基板の長手方向に収縮または伸張の変形をする。このとき、基板の圧電体をつけた面は収縮または伸張の応力を受け、わずかに長手方向の基板面に垂直な面内で屈曲変形する。微小変位センサー7の先端を基板の可動端付近に置くと、上記の屈曲変形に伴なう微小変位を観測できる。微小変位の方向は圧電体の圧電軸の符号の向きと印加電界の符号の向きにより一義的に決まる。すなわち、変位の方向と印加電界の方向を調べることにより、成膜した圧電体の圧電軸の符号の向きを求めることができる。」(第2頁右下欄第6行?第3頁右上欄第20行)

(4)「実施例1
本実施例においては、RFマグネトロンスパッタ装置を使用し、ターゲット材料として金属アルミニウムと窒化アルミニウムの焼結体を出いてスパッタ蒸着法により成膜を行なった。基板温度は室温から200℃程度とし、他の成膜条件は第1表に示す条件とした。形成した膜のC軸優先配向性はX線回折およびSEMによる膜表面、断面の観察により確認した。
上述の方法で作製した窒化アルミニウム薄膜の形成した基板を第2図に示す微小変位測定装置に取りつけ、圧電軸の符号の向きを評価した。その結果ターゲットに窒化アルミニウムの焼結体を用いた試料基板はすべて第3図(a)に示すような印加電圧と変位の位相関係となり、また、ターゲットに金属アルミニウムを用いた試料基板はすべて第3図(b)に示すような印加電圧と変位との位相関係となった。この変位の向きを解析するとターゲットに窒化アルミニウムの焼結体を用いたときのC軸優先配向窒化アルミニウム膜では、圧電軸の正の向きは上部電極3から基板1に向う方向である。またターゲットに金属アルミニウムを用いたときのC軸優先配向窒化アルミニウム膜では、圧電軸の正の向きは基板1から上部電極3に向う方向である。ただし、ここで圧電軸の符号の向きは圧電体に張力を加えたとき誘起される電荷の符号をもって定めている。
以上のことから本実施例のスパッタ蒸着法による圧電性窒化アルミニウム薄膜の製造において、ターゲット材料として金属アルミニウムと窒化アルミニウムの焼結体を区別して用いることにより、圧電軸の符号の向きを自由に制御して製造できる。更に本発明においては金属アルミニウムと窒化アルミニウムの焼結体の2種類のターゲットを交互に使い、圧電軸の向きを上下層間で逆転させながら積層した多層構造の薄膜機能素子をつくることも可能となる。」(第4頁右上欄第13行?同頁右下欄第9行)

(5)上記(1)ないし(4)からみて、引用例には、
「圧電体薄膜を機能素子として使用する場合、一般に圧電性の軸の向きを一方向にそろえて基板上に成膜することが必要であるが、従来技術ではZnO,AlN等、非強誘電性の圧電体薄膜に関しては圧電軸の符号の向きを制御する方法が見出されていなかったところ、非強誘電性圧電体薄膜の製造に際し、圧電軸の符号の向きを制御できないという問題点を解決することにより、前記圧電体薄膜を応用した、逆圧電効果を用いたインクジェットプリンタのヘッドであって、
前記圧電体薄膜は、金属基板等の基板上に成膜し、該圧電体薄膜の上に前記基板との電気的接触を起さない様に金属電極を蒸着して試料基板を作成し、前記基板と上部の金属電極に所定のワイヤボンディング法でリード線を取りつけ給電できる様にして、試料基板の圧電体薄膜に印加電界を印加すると、基板の圧電体をつけた面は収縮または伸張の応力を受け、わずかに長手方向の基板面に垂直な面内で屈曲変形するものであり、
前記圧電体薄膜を、RFマグネトロンスパッタ装置を使用し、ターゲット材料として金属アルミニウムと窒化アルミニウムの焼結体を出いてスパッタ蒸着法により成膜されるC軸優先配向窒化アルミニウム膜とし、圧電軸の正の向きは、上部電極から基板に向う方向又は基板から上部電極に向う方向に制御して製造できる
インクジェットプリンタのヘッド。」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

4 対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
(1)引用発明の「非強誘電性の圧電体薄膜」、「窒化アルミニウム」、「C軸」及び「インクジェットプリンタのヘッド」は、それぞれ、本願補正発明の「非強誘電性の圧電体膜」、「窒化アルミニウム」、「C軸」及び「液体噴射装置」に相当する。

(2)引用発明の「液体噴射装置(インクジェットプリンタのヘッド)」は、「非強誘電性の圧電体膜(非強誘電性の圧電体薄膜)」を応用した、逆圧電効果を用いたものであるから、「非強誘電性の圧電体膜」を有する圧電素子を備えたものであることが当業者に自明であるところ、その圧電素子は本願補正発明の「圧電駆動素子」に相当する。
そして、引用発明の「圧電駆動素子」と本願補正発明の「圧電駆動素子」とは「非強誘電性の圧電体膜を有」する点で一致する。

(3)引用発明の「窒化アルミニウム」は、「非強誘電性の圧電体膜(非強誘電性の圧電体薄膜)」であり、圧電性の軸の向きを一方向にそろえた、C軸優先配向窒化アルミニウムであるから、引用発明の「窒化アルミニウム」と本願補正発明の「窒化アルミニウム」とは「ウルツ鉱型結晶構造」である点及び「C軸に一軸配向して」いる点で一致し、引用発明の「圧電体膜」と本願補正発明の「圧電体膜」とは「ウルツ鉱型結晶構造の窒化アルミニウムを主成分と」する点で一致する。
なお、請求人は平成22年11月29日付け回答書において、引用例には、圧電膜がウルツ鉱型結晶構造の窒化アルミニウムを主成分としたことは記載がない旨を主張し、同年5月10日付け審判請求書において、窒化アルミニウムはウルツ鉱型結晶構造以外に閃亜鉛鉱構造も取り得る旨を主張しているが、ウルツ鉱型構造は4つの軸を有する六方晶系の結晶構造であり、該4つの軸は3つの同等の軸及びcという符号を付して参照される1つの異なる軸からなるものであるのに対し、閃亜鉛鉱型構造は3つの軸を有する立方晶系の結晶構造であり、該3つの軸はいずれも同等のものである(「岩波 理化学事典 第4版」、第8刷、1993年6月10日、(株)岩波書店、p.110, 701, 1448, 1449参照。)。ここで、閃亜鉛鉱型構造の3つの軸のうちの一つを仮にC軸と呼ぶとしても、該C軸は他の軸と同等のものであるから、3つの軸のうちのどれがC軸かを判別することはできないことは明らかである。したがって、引用発明の窒化アルミニウムが、圧電性の軸の向きを一方向にそろえた、C軸優先配向のものである以上、その結晶構造が閃亜鉛鉱型構造ではなく、ウルツ鉱型構造であることは当業者に自明である。

(4)上記(1)ないし(3)からみて、本願補正発明と引用発明とは、
「圧電駆動素子が非強誘電性の圧電体膜を有し、
前記圧電体膜がウルツ鉱型結晶構造の窒化アルミニウムを主成分とし、
前記ウルツ鉱型結晶構造の窒化アルミニウムがC軸に一軸配向している液体噴射装置。」である点で一致し、次の点で相違する。

相違点1:
前記「液体噴射装置」が、本願補正発明では「液体を注入するための液体注入口と、注入された前記液体を貯蔵するための液体貯蔵部と、貯蔵された液体を噴射する液体噴射口と、前記液体貯蔵部に貯蔵された前記液体を前記液体噴射口から噴射するために前記液体に圧力を加えるための圧電駆動素子と、該圧電駆動素子によって振動させられるシリコンウエハからなる振動板と、を有し、前記液体注入口が先端側に行くほど穴径が小さくなるテーパー状であり、前記圧電駆動素子が非強誘電性の圧電体膜と、該圧電体膜の上下に形成された上部電極膜及び下部電極膜とを有し、該下部電極膜が前記振動板に接合形成され」るものであるのに対して、引用発明では「非強誘電性の圧電体膜を有する圧電駆動素子」を有しているといえるものの、それ以外の具体的構造については不明である点。

相違点2:
前記「液体噴射装置」が、本願補正発明では「駆動速度が40kHz以上である」のに対して、引用発明では駆動速度については不明である点。

5 判断
(1)相違点1について
上記相違点1について検討する。
ア シリコン単結晶からなる振動板、インク流路、圧力室、ノズル孔を有し、振動板上に下部電極層、圧電体層及び上部電極層が順に形成され、インク液を前記インク流路から前記圧力室に満たし、上下両電極に電圧を印加することにより圧電体層が変形し、それによって振動板が振動して圧力室内のインク液に吐出圧力が加わり、圧力室内のインクがノズル孔からインク滴となって吐出するようにされたインクジェットヘッドは、本願出願前に周知である(以下「周知技術1」という。例.特開平6-206317号公報(【0014】、【0024】?【0027】、図1及び図8参照。)、特開2002-67316号公報(【0001】、【0035】?【0037】、【0042】、【0046】、図1及び図2参照。「弾性膜50」が「振動板」に相当する。)、特開2002-234156号公報(【0003】、【0023】?【0025】、【0030】、図1及び図2参照。))。

イ シリコンウエハからなる振動板を有するインクジェットヘッドは、本願出願前に周知である(以下「周知技術2」という。例.上記特開平6-206317号公報(【0014】参照。)、特開平9-267479号公報(【請求項1】参照。)、特開平9-286101号公報(【0009】参照。))。

ウ インク貯蔵部へのインク供給口が、前記インク貯蔵部に向かって径が小さくなるテーパ状にされたインクジェットヘッドは、本願出願前に周知である(以下「周知技術3」という。例.特開平11-48478号公報(図10及び図13参照。)、特開平9-24615号公報(図4参照。))。

エ 引用発明において、逆圧電効果を用いた「液体噴射装置(インクジェットプリンタのヘッド)」を、シリコン単結晶ウエハからなる振動板、インク流路、圧力室、ノズル孔を有し、振動板上に下部電極層、非強誘電性圧電体薄膜からなる圧電体層及び上部電極層が順に形成されたものとするとともに、インク貯蔵部である圧力室へのインク供給口であるインク流路を前記インク貯蔵部に向かって径が小さくなるテーパ状にした構造とし、インク液を前記インク流路から前記圧力室に満たし、上下両電極に電圧を印加することにより圧電体層が変形し、それによって振動板が振動して圧力室内のインク液に吐出圧力が加わり、圧力室内のインクがノズル孔からインク滴となって吐出するものとなすことは、当業者が周知技術1ないし3に基づいて容易になし得たことである。

オ 上記エの「インク」、「インク供給口であるインク流路」、「インク貯蔵部である圧力室」、「ノズル孔」、「シリコン単結晶ウエハからなる振動板」、「圧力室内のインクがノズル孔からインク滴となって吐出」、「吐出圧力」、「前記インク貯蔵部に向かって径が小さくなるテーパ状」、「下部電極層、非強誘電性圧電体薄膜からなる圧電体層及び上部電極層」及び「『振動板上に下部電極層』が『形成』」は、それぞれ、本願補正発明の「液体」、「液体を注入するための液体注入口」、「注入された前記液体を貯蔵するための液体貯蔵部」、「貯蔵された液体を噴射する液体噴射口」、「シリコンウエハからなる振動板」、「液体貯蔵部に貯蔵された前記液体を前記液体噴射口から噴射」、「圧力」、「先端側に行くほど穴径が小さくなるテーパ状」、「『非強誘電性の圧電体膜と、該圧電体膜の上下に形成された上部電極膜及び下部電極膜とを有』する『圧電駆動素子』」及び「下部電極膜が前記振動板に接合形成」に相当し、引用発明において上記エのようになすことで、引用発明の「圧電駆動素子」は、「シリコンウエハからなる振動板」を「振動させ」るものとなり、かつ、「前記液体貯蔵部に貯蔵された前記液体を前記液体噴射口から噴射するために前記液体に圧力を加えるための」ものとなるから、引用発明において、上記相違点1に係る本願補正発明の構成となすことは、当業者が周知技術1ないし3に基づいて容易になし得たことである。

(2)相違点2について
上記相違点2について検討する。
ア インクジェットヘッドにおいて、印字速度を高めるため又は印字速度を低下させないために駆動周波数を高くすることは、本願出願前に周知である(以下「周知技術4」という。例.特開2000-190478号公報(【0005】、【0006】参照。)、特開2004-202707号公報(【0100】参照。))。

イ 駆動周波数を40kHzとしたインクジェットヘッドは、本願出願前に周知である(以下「周知技術5」という。例.特開2002-331658号公報(【0076】参照。)、特開2003-341021号公報(【0131】、【0144】参照。))。

ウ 引用発明において、印字速度を高くするために駆動周波数を40kHz以上となすことは、当業者が周知技術4及び5に基づいて容易に想到し得たことである。

エ 上記ウの「駆動周波数」は、上記1(2)ウに照らせば、本願補正発明の「駆動速度」に相当するから、引用発明において、上記相違点2に係る本願補正発明の構成となすことは、当業者が周知技術4及び5に基づいて容易に想到し得たことである。

(3)効果について
本願補正発明の奏する効果は、引用発明の奏する効果及び周知技術の奏する効果から当業者が予測し得た程度のものである。

(4)まとめ
以上のとおりであるから、本願補正発明は、当業者が引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものである。
したがって、本願補正発明は、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

6 小括
上記5で検討したとおり、本願補正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものである。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項に係る発明は、平成22年1月27日付け手続補正によって補正された特許請求の範囲、明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項によって特定されるものであるところ、請求項1を引用する請求項2を更に引用する請求項5に係る発明(以下「本願発明」という。)は、上記「第2〔理由〕1(1)」で、本件補正前の請求項1を引用する請求項2を更に引用する請求項5として記載したとおりのものである。

2 刊行物の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用例及びその記載事項は、上記「第2〔理由〕3」に記載したとおりである。

3 対比・判断
本願補正発明は、上記「第2〔理由〕2」で述べたように、本願発明を特定するために必要な事項について限定を付加したものに相当する。
そうすると、本願発明の構成要件を全て含み、更に減縮したものに相当する本願補正発明が、上記「第2〔理由〕5(4)」に記載したとおり、当業者が引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も同様の理由により、当業者が引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものである。

4 むすび
以上のとおり、本願発明は、当業者が引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-03-24 
結審通知日 2011-03-25 
審決日 2011-04-07 
出願番号 特願2005-29761(P2005-29761)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (B41J)
P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 里村 利光  
特許庁審判長 長島 和子
特許庁審判官 星野 浩一
笹野 秀生
発明の名称 液体噴射装置  
代理人 白崎 真二  
代理人 勝木 俊晴  
代理人 阿部 綽勝  

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