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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H05B
管理番号 1249087
審判番号 不服2011-5149  
総通号数 146 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-02-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-03-07 
確定日 2011-12-19 
事件の表示 特願2005-203530号「焼入方法」拒絶査定不服審判事件〔平成19年2月1日出願公開、特開2007-26728号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成17年7月12日の出願であって、平成22年12月6日付け(発送日:同年12月8日)で拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年3月7日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、その審判請求と同時に手続補正がなされたものである。

第2 平成23年3月7日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成23年3月7日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.補正後の本願発明
本件補正により請求項1は、次のように補正された。
「円筒状被加熱物の外周壁を第1誘導加熱コイルによって誘導加熱し、円筒状被加熱物の内周壁を第2誘導加熱コイルによって誘導加熱して、これら外周壁と内周壁を焼入する方法であって、
1kHz以上50kHz以下の範囲内の周波数をもつ第1交流電力と50kHz以上1MHz以下の範囲内の周波数をもつ第2交流電力とを所定の時間比率配分に従って加熱層の温度低下が無いように、交互に切り替えて発振するように1台の発振器を制御しながら、この1台の発振器から前記第1交流電力を一方の第1誘導加熱コイルに発振し、
この発振のタイミングとは異なるタイミングで前記第1交流電力から前記第2交流電力に切り替えて該前記第2交流電力を他方の第2誘導加熱コイルに発振し、
これら2つの誘導加熱コイルにより円筒状被加熱物の外周壁と内周壁を交互に誘導加熱してこれら異なる被加熱対象部位を焼入温度にし、
この焼入温度に加熱された前記異なる被加熱対象部位を焼入れすることを特徴とする焼入方法。」(下線は補正個所を示す。)

2.補正の目的
本件補正は、補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である被加熱対象部位を円筒状被加熱物の外周壁と内周壁であることを限定し、外周壁が第1誘導加熱コイルによって誘導加熱され、内周壁が第2誘導加熱コイルによって誘導加熱されるものであることを限定するとともに、発振器による交流電力の発振が交互であることを限定するものであり、かつ、補正前の請求項1に記載された発明と補正後の請求項1に記載される発明は、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか。)について以下に検討する。

3.引用例
(1)引用例1
原査定の拒絶の理由に引用された、特開平7-224327号公報(以下「引用例1」という。)には、図面と共に次の事項が記載されている。
ア.段落【0001】
「【産業上の利用分野】本発明は、内周面、外周面、および外周面に周方向に形成された複数の凹所を備えたほぼ筒状ワークの高周波焼入方法および高周波焼入装置に関する。」(下線は当審で付与。以下、同様。)
イ.段落【0005】
「本発明は上記事情に鑑みて創案されたものであって、ほぼ筒状ワークの内周面、外周面、および外周面に周方向に形成された複数の凹所を備えたほぼ筒状ワークの外周面および内周面の同時焼入を機械的な流れ作業として連続的に行えるようにするために、ほぼ筒状ワークのこのような外周面および内周面を高周波誘導によって焼入する方法およびこの方法を実現することができる高周波焼入装置を提供することを目的としている。」
ウ.段落【0010】?【0014】
「図1に示すように、本実施例の高周波焼入装置には、スリーブ100を高周波焼入装置内へ受入れて待機させたり、焼入後の搬出を行う位置としての待機位置A、スリーブ100を加熱する加熱位置B、および加熱されたスリーブ100を焼入液中に浸漬して冷却する冷却位置Cの3つの位置がある。
図1および図2に示すように、待機位置Aの上方に位置する加熱位置Bには、スリーブ100の外周面101を取り囲み、外周面101に接近対向するように配設されてこの外周面101を加熱する螺旋状の第1高周波加熱コイル10(以下高周波加熱コイルを単に加熱コイルともいう)と、スリーブ100の内周面106に接近対向するように配設されて内周面106を加熱する螺旋状の第2加熱コイル20とが設けられている。第1、第2加熱コイル10、20とも、図示しない支持部材によって高周波焼入装置の図示しない枠体から支持されている。なお、第1、第2加熱コイル10、20は共通な軸芯線110を有する。
第1加熱コイル10は、螺旋状に巻回された加熱導体11と、加熱導体11の両端に接続された直線状の1対のリード導体12とを備えており、リード導体12は比較的低い周波数、例えば20kHz の高周波電源19に接続されている。
第2加熱コイル20は、螺旋状に巻回された加熱導体21と、加熱導体21の両端に接続された直線状の1対のリード導体22とを備えており、リード導体22は比較的高い周波数、例えば400kHz の高周波電源29に接続されている。加熱導体11および22の中空部分は、それぞれ、加熱導体11および22の冷却液の流通路となっている。
待機位置Aの下方に位置する冷却位置Cには、焼入液Lを収容し、上面が開放された焼入液タンク32が設けられている。焼入液L中には、環状の第1ジャケット30が設けられている。この第1ジャケット30は、軸芯線110が鉛直であるように焼入液L中に浸漬されて冷却されるスリーブ100の外周面101を取り囲むように配設されており、内周面に多数の焼入液噴射孔31が開設されている。」
エ.段落【0024】?【0026】
「以下、図4を参照して説明する。まず、点P1から点P2までを説明する。ワーク支持装置200のシリンダ73を動作させてロッド72を後退させることによってワーク支持部材55を上昇させてワーク支持部材55でスリーブ100の下端部分を支持後、更にワーク支持部材55を上昇させて、スリーブ100の外周面101が、第1加熱コイル10の内側に対向するように、また、スリーブ100の内周面106が第2加熱コイル20を取り囲むようにスリーブ100を配置する。
この後、モータ61を起動すると、スプライン62および歯車63を介して第1ワーク支持部材50Aは軸芯線110を中心として回転する。即ち、スリーブ100が回転する。そして、高周波電源19から本加熱を行うときより小さい高周波電流を第1加熱コイル10に通電して、スリーブ100の温度が摂氏400?450度になるまで予熱する。この後、高周波電源19から第1加熱コイル10に、20kHz の大電流を短時間通電すると共に、高周波電源29から400kHz の電流を第2加熱コイル20に通電して、それぞれ外周面101および内周面106の本加熱を同時に終了する。但し、ワーク100の形状や要求される硬化層111、112の仕様によっては、第1加熱コイル10に対する通電時間と第2加熱コイル20に対する通電時間とが同じの場合もあり、また、第1加熱コイル10への通電時間が第2加熱コイル20への通電時間より長い場合もある。いずれにしても、第1加熱コイル10による外周面101の加熱と、第2加熱コイル20による内周面106の加熱とを同時に終了させる。
次に、点P2から点P3までを説明する。本加熱が終了すると、シリンダ73を動作させてロッド72を進出させることによって、スリーブ100を待機位置Aを通過させ、更に降下させて冷却位置Cの焼入液L中に浸漬させる。スリーブ100を降下させている途中で、モータ61を制御してスリーブ100の回転を遅くする(場合によってはスリーブ100の回転を停止する)。」
オ.段落【0030】
「従って、本発明によれば、高周波焼入によってワークの外周面および内周面に所望の硬化層を形成することができる。従って、本発明の高周波焼入方法および装置を用いてほぼ筒状ワークの外周面および内周面を焼入することによって、従来のように広い設置面積を必要としたり、或いは、機械的な連続焼入ができない浸炭焼入の欠点を克服することができる。」
カ.記載事項エによれば、2つの高周波加熱コイル10,20によりほぼ筒状ワークの外周面101と内周面106を同時に誘導加熱して、外周面101と内周面106、すなわち、異なる被加熱対象部位を焼入温度にして、焼入液L中に浸漬して焼入温度に加熱された異なる被加熱対象部位焼入れが行われるものである。

これら記載事項、図示内容及び認定事項を総合し、本願補正発明の記載ぶりに則って整理すると、引用例1には、次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されている。

「ほぼ筒状ワークの外周面101を第1高周波加熱コイル10によって誘導加熱し、ほぼ筒状ワークの内周面106を第2高周波加熱コイル20によって誘導加熱して、これら外周面101と内周面106を高周波焼入する方法であって、
20kHzの高周波電源19と400kHzの高周波電源29を設け、
高周波電源19から一方の第1高周波加熱コイル10に通電し、
高周波電源29から他方の第2高周波加熱コイル20に通電し、
これら2つの高周波加熱コイル10,20によりほぼ筒状ワークの外周面101と内周面106を同時に誘導加熱してこれら異なる被加熱対象部位を焼入温度にし、
この焼入温度に加熱された前記異なる被加熱対象部位を焼入れする焼入方法。」

(2)引用例2
原査定の拒絶の理由に引用された、特開平11-329690号公報(以下「引用例2」という。)には、図面と共に次の事項が記載されている。
ア.段落【0001】
「【発明の属する技術分野】本発明は、誘導加熱を行うための誘導コイルに対する通電制御方法に関し、特に、複数の誘導コイルに対して一つの高周波電源装置を用いて通電する際の通電制御方法に関する。」
イ.段落【0002】?【0004】
「【従来の技術】一般に、複数の誘導コイルを用いて被加熱物を誘導加熱する場合、各誘導コイルに対してそれぞれ別個の高周波電源装置を接続し、それぞれ独立して通電制御を行っている。しかしながら、この方法では、複数の高周波電源装置を必要とし、設備費が高くなるという欠点がある。
そこで、複数の誘導コイルを直列或いは並列に接続し、1個の高周波電源装置に接続することもあるが、この場合には通常の手法では各誘導コイルへの供給電力をそれぞれ別個に調節或いは制御できないので、用途が限られてしまうという問題がある。
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上述の問題点に鑑みて為されたもので、複数の誘導コイルに対して一つの高周波電源装置を用いて通電する場合において、各誘導コイルへの供給電力をそれぞれ別個に調節或いは制御することを可能とした複数の誘導コイルへの通電制御方法を提供することを目的とする。」
ウ.段落【0006】
「【発明の実施の形態】本発明で通電制御の対象とする複数の誘導コイルは、任意の用途のものでよく、同一物品の異なる部位を加熱するものでもよいし、それぞれ別個の物品を加熱するものでもよい。また、その形状やサイズも任意であり、同一とする必要はない。一つの高周波電源装置の通電対象の誘導コイル数は、それぞれの誘導コイルによって形成する共振回路に設定する共振周波数、高周波電源装置の出力電流の周波数範囲、各誘導コイルへの給電時間の比率等を考慮して適宜定めればよく、例えば、誘導加熱に多用される10?40kHzの高周波電源装置を用いる場合に対して、2?10個程度とすることが好ましく、更には、3?6個程度とすることが一層好ましい。以下、3個の誘導コイルに対して通電制御する場合に本発明を適用した実施の形態を参照して、本発明を更に詳細に説明する。」
エ.段落【0007】?【0010】
「図1、図2はそれぞれ、本発明の一実施の形態を示す回路図及び概略断面図であり、1は加熱されるべき鋼管、2A、2B、2Cは、矢印A方向に移動中の鋼管1を取り囲んで配置され、それぞれの内側を通過中の鋼管部分をそれぞれ異なる温度に昇温させるように加熱する誘導コイルである。これらの3個の誘導コイル2A、2B、2Cに対して共通の高周波電源装置5を用いた通電制御を行うため、本発明では、3個の誘導コイル2A、2B、2Cにそれぞれ共振コンデンサ4A、4B、4Cを接続して、共振周波数の異なる3個の共振回路11A、11B、11Cを構成すると共に、その3個の共振回路を互いに並列として、高周波電源装置5の接続端子7a、7bに接続する。・・・略・・・この構成により、高周波電源装置5からの出力電流の発振周波数を変化させた時に各共振回路11A、11B、11Cを流れる電流は、図3のグラフに示す曲線13A、13B、13Cのように、それぞれの共振周波数f_(A) 、f_(B) 、f_(C)をピークとする山状となる。従って、高周波電源装置5の発振周波数を、一つの共振回路の共振周波数とすると、高周波電源装置5からの出力電流は、そのほとんどがその共振回路に流れ、他の共振回路には流れないので、スイッチ等の切り換え手段を用いることなく、一つの誘導コイルに通電することができ、その時の高周波電源装置の出力電力を調節或いは制御することで一つの誘導コイルに対する供給電力を調節或いは制御できる。また、高周波電源装置5の発振周波数を、3個の共振回路11A、11B、11Cの共振周波数f_(A) 、f_(B) 、f_(C)を含む周波数領域でスウィープさせることで、各誘導コイル2A、2B、2Cに順次通電することができ、且つ一つの共振回路に通電している間に(高周波電源装置の発振周波数がその共振回路の共振周波数にほぼ等しい時に)、高周波電源装置5の出力電力を調節或いは制御することで、その共振回路に対する供給電力を調節或いは制御でき、結局、単一の高周波電源装置を用いて3個の誘導コイル2A、2B、2Cへの通電制御を行うことができる。
本発明で使用する高周波電源装置は、各共振回路の共振周波数の高周波電流を出力すると共にその時の供給電力を調整或いは制御可能なもの、及び/又は、複数の共振回路の共振周波数を含む周波数領域でスウィープさせながら電力供給すると共に所望の周波数域における供給電流を調整或いは制御可能なものであれば、その構成は任意である。図1、図2に示す実施の形態では、高周波電源装置5として、商用交番電源6から供給される商用交番電流を直流電流に変換する順変換部15と、直流電流を高周波電流に変換する逆変換部16を備え、順変換部15で出力制御を行い、逆変換部で周波数制御を行う構成のものを用いている。
更に詳しく説明すると、高周波電源装置5は、商用交番電流をサイリスターの点弧角を調整する移相制御を用いて直流に変換する順変換部15と、直流をトランジスター等のスイッチング素子を用いて高周波電流に変換する逆変換部16と、順変換部15に対して出力制御を行う出力制御機構17と、逆変換部16に対して周波数制御を実行する周波数制御部18等を備えている。周波数制御部18には、任意周波数発生機構20が設けられている。この任意周波数発生機構20は、高周波電源装置5の出力電流の周波数を所望のように制御可能なものであれば任意であり、例えば、周波数を時系列的に指令するマイクロコンピュータと、指令された周波数を発振して出力するオシレータを備えたものが用いられる。この構成の任意周波数発生機構20によれば、マイクロコンピュータによる指令に基づいて、所望の周波数(経時的に一定の場合もあるし、経時的に変化する場合もある)を出力し、オシレータがその指令に基づいて所望の周波数を発して逆変換部16を発振させ、高周波電源装置5の出力電流の周波数を所望のように制御可能である。従って、この高周波電源装置5は、マイクロコンピュータへの入力により、後述するように、所望の周波数(例えば、共振回路の共振周波数)での電力供給を行うことができ、また、所望の周波数域でスウィープさせならが電力供給を行うこともできる。なお、スウィープの具体的な方式については後述する。」
オ.段落【0017】
「連続スウィープを行う場合のスウィープ周期tは、あまり長すぎると、各誘導コイル2A、2B、2Cでの通電休止期間が長くなって加熱すべき鋼管1の温度むらが大きくなり、一方、小さすぎると実施が困難となる。これらを考慮して、スウィープ周期tは0.1?10秒程度に設定することが好ましい。」
カ.段落【0019】?【0024】
「〔段階スウィープ〕段階スウィープを行う場合における発振周波数の経時的変動形態の具体例としては、図5(a)、(b)に特性線32、33で示すような形態を挙げることができる。いずれの場合においても、発振周波数を共振周波数f_(A) 、f_(B) 、f_(C)に一致する周波数で暫く滞留させる形で振る。この段階スウィープを実施するには、高周波電源装置5に設けている任意周波数発生機構20に、各共振回路の共振周波数(実測等で求めたもの)をあらかじめ入力し、その共振周波数をターゲットとした段階スウィープを実施するプログラムを組んでおき、そのプログラムに従って発振させる。この動作をPLL機構22を使用せずに行わせるのが一番簡易的な形態であり、それで実施可能な場合には、機構が簡単な点から有利である。
・・・略・・・
段階スウィープでは、各共振回路11A、11B、11Cへの電力供給の仕分けを、発振周波数の滞留期間を利用して種々の態様で行うことができる。例えば、各共振回路への供給電力を、大きさばかりでなく時間的なスケジュールを変えて行うこともできる。
・・・略・・・
段階スウィープ方式は、PLL機構を導入した場合には機構(主として制御ソフト)が複雑になるが、給電時間の比率を100%近くにすることもでき、高周波電源装置の利用効率が高まるので、同じ電力量の給電が、小さい電源装置で或いは短時間で行えることになる。すなわち、大きな電力量を要するケースなどに適している。
上記した段階スウィープを行う場合のスウィープ周期tも、連続スウィープの場合と同様に、0.1?10秒程度に設定することが好ましい。」
キ.段落【0030】
「【発明の効果】以上に説明したように、本発明によれば、複数の誘導コイルに対して単一の高周波電源装置を用いて電流供給することができると共に、且つ誘導コイルへの供給電流を別個に調節或いは制御することができ、低コストの装置を用いて、複数の誘導コイルに対する通電制御を行うことができるという効果を有している。」

上記記載事項について検討すると、記載事項アの「誘導加熱を行うための誘導コイルに対する通電制御方法」は、通電制御による誘導加熱方法とも捉えることができる。
記載事項ウには、通電制御の対象とする複数の誘導コイルについて、形状やサイズは任意であり、誘導コイルの数についても任意である旨記載されており、誘電コイルを2個とすることも記載されている。
記載事項エ、カには、誘導コイルが3個の例が記載されているが、記載事項ウのとおり、誘導コイルが2個のもの、すなわち、単一の高周波電源装置を用いて2個の誘導コイル2A、2Bへの通電制御による誘導加熱方法を認定することができる。また、共振回路11A、11Bに通電することは、それぞれ、誘導コイル2A、2Bへの通電することである。
記載事項カには、段階スウィープによる電力供給の仕分けを、発振周波数の滞留期間を利用して種々の態様で行うこと、すなわち、発振周波数の滞留期間を割り振って行うことが記載されている。
記載事項オには、スウィープ周期が長すぎると通電休止期間が長くなって加熱すべき鋼管1の温度むらが大きくなること、すなわち、加熱部の温度低下が無いようにスウィープ周期は定められることが記載されており、記載事項カにおいて、共振周波数に一致する周波数で暫く滞留させる段階スウィープにおいても同様であることが記載されている。

これら記載事項、認定事項を総合して、2個の誘電コイルによる誘導加熱方法を整理すると、引用例2には、次の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されている。
「2個の誘導コイル2A、2Bによる誘導加熱方法であって、
商用交番電源6から供給される商用交番電流を直流電流に変換する順変換部15と、直流電流を高周波電流に変換する逆変換部16を備えた高周波電源装置5の発振周波数を、2個の共振周波数f_(A) 、f_(B)に一致する周波数の滞留期間を加熱部の温度低下が無いように割り振り、各誘導コイル2A、2Bに交互に通電し、且つ一つの誘導コイル2A、2Bに通電している間に、高周波電源装置5の出力電力を調節或いは制御することで、その誘導コイル2A、2Bに対する供給電力を調節或いは制御する誘導加熱方法。」

4.対比
本願補正発明と引用発明1とを対比すると、構造、機能または作用等からみて、後者の「ほぼ筒状ワーク」は、前者の「円筒状被加熱物」に相当し、以下同様に、
「外周面101」は「外周壁」に、
「第1高周波加熱コイル10」は「第1誘導加熱コイル」に、
「内周面106」は「内周壁」に、
「第2高周波加熱コイル20」は「第2誘導加熱コイル」に、
「高周波焼入する」ことは「焼入する」ことに、それぞれ相当する。
そして、本願補正発明において、交流電力の周波数は交流電流(又は交流電圧)の周波数と同義であり(段落【0014】参照。)、交流電力を発振することは、交流電力を供給、すなわち、通電することであるから、引用発明1の「20kHzの高周波電源19」は本願補正発明の「1kHz以上50kHz以下の範囲内の周波数をもつ第1交流電力」に相当し、同様に、
「400kHzの高周波電源29」は「50kHz以上1MHz以下の範囲内の周波数をもつ第2交流電力」に、
「高周波電源19から一方の第1高周波加熱コイル10に通電」することは「第1交流電力を一方の第1誘導加熱コイルに発振」することに、
「高周波電源29から他方の第2高周波加熱コイル20に通電」することは「第2交流電力を他方の第2誘導加熱コイルに発振」することに相当する。
したがって、引用発明1の「20kHzの高周波電源19と400kHzの高周波電源29を設け、高周波電源19から一方の第1高周波加熱コイル10に通電し、高周波電源29から他方の第2高周波加熱コイル20に通電」することは、本願補正発明の「1kHz以上50kHz以下の範囲内の周波数をもつ第1交流電力と50kHz以上1MHz以下の範囲内の周波数をもつ第2交流電力とを所定の時間比率配分に従って加熱層の温度低下が無いように、交互に切り替えて発振するように1台の発振器を制御しながら、この1台の発振器から前記第1交流電力を一方の第1誘導加熱コイルに発振し、この発振のタイミングとは異なるタイミングで前記第1交流電力から前記第2交流電力に切り替えて該前記第2交流電力を他方の第2誘導加熱コイルに発振」することと、「1kHz以上50kHz以下の範囲内の周波数をもつ第1交流電力と50kHz以上1MHz以下の範囲内の周波数をもつ第2交流電力を用いて、前記第1交流電力を一方の第1誘導加熱コイルに発振し、前記第2交流電力を他方の第2誘導加熱コイルに発振」することで共通する。

そうすると、本願補正発明の用語を用いて表現すると、両者は次の点で一致する。

(一致点)
「円筒状被加熱物の外周壁を第1誘導加熱コイルによって誘導加熱し、円筒状被加熱物の内周壁を第2誘導加熱コイルによって誘導加熱して、これら外周壁と内周壁を焼入する方法であって、
1kHz以上50kHz以下の範囲内の周波数をもつ第1交流電力と50kHz以上1MHz以下の範囲内の周波数をもつ第2交流電力を用いて、
前記第1交流電力を一方の第1誘導加熱コイルに発振し、
前記第2交流電力を他方の第2誘導加熱コイルに発振し、
これら2つの誘導加熱コイルにより円筒状被加熱物の外周壁と内周壁を誘導加熱してこれら異なる被加熱対象部位を焼入温度にし、
この焼入温度に加熱された前記異なる被加熱対象部位を焼入れする焼入方法。」

そして、両者は次の点で相違する。
(相違点)
第1交流電力と第2交流電力を用いた誘導加熱が、本願補正発明では、所定の時間比率配分に従って加熱層の温度低下が無いように、交互に切り替えて発振するように1台の発振器を制御しながら、この1台の発振器から前記第1交流電力を一方の第1誘導加熱コイルに発振し、この発振のタイミングとは異なるタイミングで前記第1交流電力から前記第2交流電力に切り替えて該前記第2交流電力を他方の第2誘導加熱コイルに発振し、2つの誘導加熱コイルにより交互に行うものであるのに対し、引用発明1では、高周波電源19と高周波電源29を設け、高周波電源19から一方の第1高周波加熱コイル10に通電し、高周波電源29から他方の第2高周波加熱コイル20に通電し、2つの高周波加熱コイル10、20により同時に行うものである点。

5.相違点の判断
本願補正発明と引用発明2を対比して検討する。
まず、後者の「誘導コイル」は前者の「誘導加熱コイル」に相当し、後者の「商用交番電源6から供給される商用交番電流を直流電流に変換する順変換部15と、直流電流を高周波電流に変換する逆変換部16」は、前者において「発振器」は交流電源から出力された交流電力を直流電力に変換する1つの順変換部と、この順変換部から出力された直流電力を交流電力に変換する1つの逆変換部とを備えるものである(段落【0022】参照。)から、「1台の発信器」に相当する。
また、後者において「2個の共振周波数f_(A) 、f_(B)に一致する周波数の滞留期間を」「割り振」ることは、2個の共振周波数f_(A) 、f_(B)に一致する周波数に交互に切り替えて発振することになるから、後者の「高周波電源装置5の発振周波数を、2個の共振周波数f_(A) 、f_(B)に一致する周波数の滞留期間を加熱部の温度低下が無いように割り振り、各誘導コイル2A、2Bに交互に通電」することは、前者の「所定の時間比率配分に従って加熱層の温度低下が無いように、交互に切り替えて発振」することに相当する。
そして、後者の「各誘導コイル2A、2Bに交互に通電し、且つ一つの誘導コイル2A、2Bに通電している間に、高周波電源装置5の出力電力を調節或いは制御することで、その誘導コイル2A、2Bに対する供給電力を調節或いは制御」することは、共振周波数f_(A)の調節或いは制御された出力電力を誘導コイル2Aに通電し、このタイミングとは異なるタイミングで共振周波数f_(A)の調節或いは制御された出力電力から共振周波数f_(B)の調節或いは制御された出力電力に切り替えて共振周波数f_(B)の調節或いは制御された出力電力を誘導コイル2Bに通電することであり、前者の「1台の発振器を制御しながら、この1台の発振器から前記第1交流電力を一方の第1誘導加熱コイルに発振し、この発振のタイミングとは異なるタイミングで前記第1交流電力から前記第2交流電力に切り替えて該前記第2交流電力を他方の第2誘導加熱コイルに発振」することに相当する。
さらに、後者において「誘導コイル2A、2Bに交互に通電」することで、2つの誘導コイルにより交互に誘導加熱が行われるものである。
そうすると、引用発明2を、本願補正発明の用語を用いて表現すると「2つの誘導加熱コイルによる誘導加熱方法であって、所定の時間比率配分に従って加熱層の温度低下が無いように、交互に切り替えて発振するように1台の発振器を制御しながら、この1台の発振器から前記第1交流電力を一方の第1誘導加熱コイルに発振し、この発振のタイミングとは異なるタイミングで前記第1交流電力から前記第2交流電力に切り替えて該前記第2交流電力を他方の第2誘導加熱コイルに発振し、2つの誘導加熱コイルにより交互に行う誘導加熱方法。」と言い換えることができる。
ところで、引用発明2は、複数の誘導コイルを用いて被加熱物を誘導加熱する場合、各誘導コイルに対してそれぞれ別個の高周波電源装置を接続し、それぞれ独立して通電制御を行うものでは、複数の高周波電源装置を必要とし、また、1個の高周波電源装置としても通常の手法では各誘導コイルへの供給電力をそれぞれ別個に調節或いは制御できないという課題を解決するものとしてなされたものであり(記載事項イ参照。)、複数の誘導コイルを用いて被加熱物を誘導加熱する引用発明1と共通の技術分野に属するものである。してみると、引用発明1の誘導加熱に引用発明2の方法を適用することは、当業者が容易に成し得たことである。
したがって、引用発明1の「高周波電源19と高周波電源29を設け、高周波電源19から一方の第1高周波加熱コイル10に通電し、高周波電源29から他方の第2高周波加熱コイル20に通電し、2つの高周波加熱コイル10、20により同時に行う」ものに代えて、引用発明2の誘導加熱方法を適用して、上記相違点に係る発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

そして、本願補正発明による効果も、引用発明1及び引用発明2から当業者が予測し得た程度のものであって、格別のものとはいえない。

したがって、本願補正発明は、引用発明1及び引用発明2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

6.むすび
以上のとおり、本件補正は、改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1.本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)は、平成22年6月3日受付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「1kHz以上50kHz以下の範囲内の周波数をもつ第1交流電力と50kHz以上1MHz以下の範囲内の周波数をもつ第2交流電力とを所定の時間比率配分に従って、加熱層の温度低下が無いように切り替えて発振するように1台の発振器を制御しながら、この1台の発振器から前記第1交流電力を一方の第1誘導加熱コイルに発振すると共に、この発振のタイミングとは異なるタイミングで前記第1交流電力から前記第2交流電力に切り替えて該第2交流電力を他方の第2誘導加熱コイルに発振し、これら2つの誘導加熱コイルそれぞれで互いに異なる被加熱対象部位を同時に誘導加熱してこれら異なる被加熱対象部位を焼入温度にし、
この焼入温度に加熱された前記異なる被加熱対象部位を同時に焼入れすることを特徴とする焼入方法。」

2.引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例、その記載事項及び引用発明1、引用発明2は前記「第2 3.」に記載したとおりである。

3.対比・判断
本願発明は、前記「第2 1.」の本願補正発明から、被加熱対象部位の限定を削除するとともに、発振器による交流電力の発振の限定を削除したものである。そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、さらに、他の発明特定事項を付加したものに相当する本願補正発明が、前記「第2 5.」に記載したとおり、引用発明1及び引用発明2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様に、引用発明1及び引用発明2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
なお、請求人は、平成23年8月8日付けの審尋に対する回答書において補正案を提示しているが、整合器及び整合コンデンサについては、特開2005-102484号公報(段落【0043】、【0044】等参照。)に記載されているように公知のものであり、整合器、整合コンデンサの限定によっても進歩性は認められない。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明1及び引用発明2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、本願は、他の請求項について検討するまでもなく拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-10-21 
結審通知日 2011-10-25 
審決日 2011-11-07 
出願番号 特願2005-203530(P2005-203530)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H05B)
P 1 8・ 121- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 結城 健太郎  
特許庁審判長 森川 元嗣
特許庁審判官 長浜 義憲
青木 良憲
発明の名称 焼入方法  
代理人 吉村 勝博  

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