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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200580021 審決 特許
無効2010800191 審決 特許
無効2009800029 審決 特許
無効2008800037 審決 特許
無効2011800046 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 特29条特許要件(新規)  A61K
審判 全部無効 特174条1項  A61K
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部無効 1項2号公然実施  A61K
審判 全部無効 2項進歩性  A61K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1250240
審判番号 無効2007-800138  
総通号数 147 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-03-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-07-20 
確定日 2011-12-05 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3183520号「フルオロエーテル組成物及び、ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法」の特許無効審判事件についてされた平成22年 3月26日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成22年(行ケ)第10249号、同10250号 平成23年 4月 7日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3183520号の特許請求の範囲の請求項1?4に係る発明は、平成10年1月23日に特許出願され、平成13年4月27日に特許権の設定の登録がされたものである。
これに対して、請求人は、後記(第1の無効理由)?(第8の無効理由)により、本件請求項1?4に係る発明の特許を無効にすべき旨の審判を請求した。
これに対して、被請求人は、平成21年3月27日に訂正請求書を提出して訂正を求めるとともに、請求人が主張する(第1の無効理由)?(第8の無効理由)はいずれも成り立たない旨を主張した。
これに対して、請求人は、上記訂正は新規事項を追加するものであり、また、実質上特許請求の範囲の変更に該当するもので、認められないものである旨、及び、仮に、上記訂正が認められるとしても、依然として、(第1の無効理由)?(第8の無効理由)により、上記訂正後の本件請求項1?4に係る発明の特許を無効にすべきである旨、を主張した。
これを踏まえて、上記訂正を認めた上で、(第5の無効理由(特許法第36条第4項に規定する実施可能要件))において、訂正後の本件数値範囲(206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満)の水を含有させることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載が発明の詳細な説明にあるものと認めることはできない、という判断により、平成22年3月26日付けで「訂正を認める。特許第3183520号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(第1次審決)がされた。
これに不服の被請求人が審決取消訴訟を提起し、知的財産高等裁判所において平成22年(行ケ)10249号、10250号事件として審理され、各訂正発明に付き実施可能要件に欠けるところはない、という判断により、平成23年4月7日に、第1次審決を取り消す旨の判決が言い渡され、同判決は確定した。


2.本件訂正の可否
(1)本件訂正の内容
平成21年3月27日付け訂正請求は、本件特許の明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正しようとするものであって、その訂正の内容は次のとおりである。

訂正事項1
請求項1において、「少なくとも0.015%(重量/重量)の水を含むこと」を「206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満の水を含むこと」に訂正する。

訂正事項2
請求項4において、「少なくとも0.015%(重量/重量)の水を含むこと」を「206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満の水を含むこと」に訂正する。

(2)本件訂正の可否に対する判断
訂正事項1、2は、それぞれ、請求項1、4において、水の量を「少なくとも0.015%(重量/重量)」から「206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満」に限定する訂正であり、いずれも、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、訂正事項1、2は、本件特許明細書の
a.「例えば、フルオロエーテル化合物がセボフルランで、且つルイス酸抑制剤が水の場合、本組成物を安定化するために使用される水の量は、約0.0150%W/Wから0.14%w/w(飽和レベル)であると考えられる。」(本件特許公報7欄29行?32行参照。)
b.「表3の結果は、40℃で200時間貯蔵した場合、206ppmより以上のレベルの水があればセボフルランの分解を抑制できることを示している。」(本件特許公報13欄39行?41行参照。)
c.上記表3における、総水分量が206ppmの場合、PHが5.0、HFIP量は7ppm、そして総分解産物量が59ppmであった旨のデータ(本件特許公報7ページの表3のサンプル8の欄参照。)
との記載に基づくものであり、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
したがって、平成21年3月27日付けの訂正は、特許法134条の2第1項ただし書き第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同条第5項の規定によって準用する特許法第126条第3項及び第4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

なお、請求人は、上記訂正について、水の量の上限を0.14%(重量/重量)以下とせず、0.14%(重量/重量)未満としたことは、新規事項の追加に該当する旨主張する。
しかしながら、「0.14%(重量/重量)未満」という発明特定事項は、上記 a.の「水の量は、約0.0150%W/Wから0.14%w/w(飽和レベル)であると考えられる。」という技術的事項との関係において、特に新たな技術的事項を導入するとすべきものともいえない。したがって、請求人の上記主張は採用できない。
また、請求人は、訂正前の特許請求の範囲は、被請求人らの主張によれば、二層に分離するセボフルラン組成物、例えば、18℃で二層に分離するような1300ppm(審決注:1300ppmは0.13%と同義)の水を含む組成物を包含しないことになるところ、訂正後の特許請求の範囲では、上限が0.14%(重量/重量)未満とされ、二層に分離する1300ppmの水を含む組成物を包含することになったから、上記訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものである旨も主張する。
しかしながら、被請求人の上記主張によって、上記 a.の「水の量は、約0.0150%W/Wから0.14%w/w(飽和レベル)であると考えられる。」という技術的事項の解釈が左右される理由はない。したがって、請求人の上記主張も採用できない。


3.本件訂正発明
上記訂正の結果、本件特許の特許請求の範囲の請求項1?4に係る発明(以下、順に、「本件訂正発明1」?「本件訂正発明4」といい、あわせて、「本件訂正発明」ともいう。)は、本件訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
麻酔薬組成物であって、 一定量のセボフルラン;及び
206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満の水を含むことを特徴とする、前記麻酔薬組成物。
【請求項2】
上記一定量のセボフルランに対して水を添加するステップを含むことを特徴とする、請求項1に記載の麻酔薬組成物の調製法。
【請求項3】
水に対して上記一定量のセボフルランを添加するステップを含むことを特徴とする、請求項1に記載の麻酔薬組成物の調製法。
【請求項4】
一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法であって、該方法は、該一定量のセボフルランに対して所定量の水を添加するステップを含むことを特徴とし、但し、該所定量の水が、得られる溶液中において206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満である前記方法。」


4.請求人の主張
これに対して、請求人は、「特許第3183520号の請求項1?4に係る特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として下記の書証を提出し、以下の(第1の無効理由)?(第8の無効理由)の理由により、本件特許は無効とされるべきであると主張している。

(第1の無効理由)本件特許発明1ないし4は、甲第1号証ないし甲第17号証などに記載されている事項からみて、本件優先日前に日本国において公然実施をされた発明であるから、特許法第29条第1項第2号の規定に該当し、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当するから、無効とされるべきである。

(第2の無効理由)本件特許発明1ないし4は、本件優先日前に販売されていたセボフルラン麻酔薬に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当するから、無効とされるべきである。

(第3の無効理由)本件特許発明1ないし4は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではないので、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきである。

(第4の無効理由)本件特許発明4は明確でないので、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきである。

(第5の無効理由)本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1ないし4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、本件特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第123条第1項第4号に該当するから、無効とされるべきである。

(第6の無効理由)本件特許発明1ないし4は、未完成の発明であるから、特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていない発明に該当し、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当するから、無効とされるべきである。

(第7の無効理由)本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第123条第1項第1号の規定により無効とされるべきである。

(第8の無効理由)本件特許は、特許法第184条の4第1項の外国語特許出願に係る特許の願書に添付した明細書または図面に記載した事項が、同法第184条の4第1項の国際出願日における国際出願の明細書または図面の範囲内にないことになるから、特許法第123条第1項第5号の規定により無効とされるべきである。

証拠方法

甲第1号証 対応英国特許において出された判決(2007年3月)

甲第2号証 対応英国訴訟の原告代理人(バード&バード)から英国知的
財産権庁への書簡(2007年4月)

甲第3号証 英国知的財産権庁から対応英国訴訟の原告代理人への書簡
(2007年5月)

甲第4号証 1993年5月20日に作成した丸石製薬のロット3426
に対する成分分析表(英国判決で採用された証拠)

甲第5号証 1993年5月20日に作成した丸石製薬のロット3430
に対する成分分析表(英国判決で採用された証拠)

甲第6号証 丸石製薬のロット3426および3430の元となったバル クロット211231に対する成分分析表(英国判決で採用 された証拠)

甲第7号証 セボフルラン 充填工程管理表(セントラル硝子社作成、
1992年)(英国判決で採用された証拠)

甲第8号証 アボットによる米国医薬食品局(FDA)へのセボフルラン
新薬申請書(NDA)、245-251頁、1993年
(英国判決で採用された証拠)

甲第9号証 英国訴訟で提出されたレッサー博士供述書(2006年
10月30日)(英国判決で採用された証拠)

甲第10号証の1 英国訴訟で提出された、被請求人アボットがIIT
リサーチ・インスティテュートにセボフルランを
送った際にIITリサーチ・インスティテュートが
作成した被検物質データシート

甲第10号証の2 本件特許に対する無効審判、無効2006-8095
において被請求人らが提出した平成18年9月11日
付答弁書

甲第11号証の1 丸石製薬株式会社のインターネットのホームページの
「ごあいさつ・方針」と題する項(2006年)

甲第11号証の2 麻酔薬「セボフレン」のインタビューフォーム
(2006年)

甲第12号証 日本薬局方第12改正、カールフィッシャー法の項
B-203?B-211(1991年)

甲第13号証 オレンジブック総合版2006年 141頁

甲第14号証 関連する分割出願の侵害訴訟において被請求人らから
提出された熊谷陳述書(甲10)

甲第15号証 特許実用新案審査基準「第2章 新規性進歩性
1.2.3 公然実施をされた発明」

甲第16号証 知的財産高等裁判所平成17年10月19日判決

甲第17号証 被請求人セントラル硝子社と丸石製薬とが作成した
「Summary of sevoflurane」
(英国判決で採用された証拠)

甲第18号証 本件特許の審査段階の意見書添付の参考資料1
(=行ケの甲25)

甲第19号証 英国訴訟において提出された1997年1月より前に
セントラル硝子から丸石製薬に販売されたセボフルランの
バルクロットの水分含量に関する資料

甲第20号証 知的財産高等裁判所 平成18年(行ケ)第10489号
審決取消請求事件 第1準備書面(平成19年2月28日
付け)

甲第21号証 本件の別の無効審判事件(無効2005-80139)に
おいて被請求人らが提出した平成18年4月14日付上申 書

甲第22号証 平成18年3月発行 生物関連発明の主な判決事例集
(特許庁審判部編集)

甲第23号証 対応米国特許に関する米国訴訟判決

甲第24号証 バクスター株式会社が提出したセボフルランに関する医薬 品輸入承認申請書

甲第25号証 最判H3.3.8民集45.3.123 (リパーゼ判決)

甲第26号証 特開平7-267889号

甲第27号証 本件特許の分割出願に係る特許第3664648号特許公 報

甲第28号証 対応米国特許に関する米国訴訟における米国訴訟被請求人
証拠DX 232

甲第29号証 アボット・ジャパンホームページ
(http://www.abbott.co.jp/press/2006/060529. asp)

甲第30号証 1996年11月の熊谷氏のレシチア デルガド エレー ラ宛書簡

甲第31号証 特開平7-258138号

甲第32号証 米国侵害訴訟におけるマイケル・E・ユング博士の証言記 録、第207-210頁、第219-226頁

甲第33号証 2001年 6月18日付アボット・ラボラトリーズ社発
書状、第1、14頁

甲第34号証 Kilburn証人尋問《証人尋問6日日》
<英国訴訟において採用>

甲第35号証 本件対応米国特許において提出された『Information
Disclosure Statement』

甲第36号証 北海道大学西村紳一郎教授の鑑定意見書

甲第37号証 京都大学年光昭夫教授鑑定意見書

甲第38号証 知財高裁平成17年11月11日大合議判決

甲第39号証 Kilburn教授第1意見書<英国訴訟において採用>

甲第40号証 Kilburn証人尋問(証人尋問5日日)
<英国訴訟において採用>

甲第41号証 最高裁昭和61年10月3日判決・民集40巻6号106 8頁

甲第42号証 特許法第184条の5第1項の規定による書面に添付され た国際出願の明細書、請求の範囲および図面の必要箇所の
翻訳文(すなわち、国内段階移行時の明細書等の翻訳文、
平成11年7月26日付け)

甲第43号証 本件審査において提出された平成11年12月10日付手 続補正書

甲第44号証 本件審査において提出された平成12年11月16日付手 続補正書

甲第45号証 国際公開WO98/32430

<以上、審判請求書に添付>

甲第46号証 無効2006-80095答弁書(平成18年9月11日
付)

甲第47号証 無効2006-80095 乙5(アボット社のNDAの
「セボフルランのn-オクタノール/水分配係数の測定」
から一部分を抜粋したもの)

甲第48号証 無効2006-80095 乙6(アボット社のNDAの
「セボフルランの水への溶解度の測定」から一部分を抜粋
したもの)

甲第49号証 対応英国訴訟において提出されたWoodhouse博士
証人尋問調書(証人尋問5日目)
(2006年11月21日)

甲第50号証 Original New Drug Application sevorane, Abbott社
(1994年4月29日)

甲第51号証 アボット社によるセボフルランの新薬申請書類(英国訴訟
でも提出された資料078)

甲第52号証 注解特許法387頁下9?6行

甲第53号証 1995年版 医薬品製造指針 61?161頁、
薬業時報社

甲第54号証の1 審査基準 第I部第1章明細書及び特許請求の範囲の
記載要件(2007年版、2003年改訂後)

甲第54号証の2 審査基準 第I部第1章明細書の記載要件
(2001年版、2003年改訂前)

甲第55号証 医薬品の保存安定性試験(SCAS NEWS 2000-1)阪上重幸ら

甲第56号証 Mukaiyama et al., Chem. Lett. 1981, 431-432

甲第57号証 WALLINら、Anesthesia and Analgesia, Vol. 54, No. 6,
1975

甲第58号証 Liら、Angewandte Chemie, International Edition, 2006,
45,5652-5655

甲第59号証 「超臨界流体」佐古猛 (株)アグネ承風社(2001年
8月10日発行)表紙、1?6、122?126頁及び
奥付け

甲第60号証 対応する米国訴訟における2005年1月14日付米国訴 訟原告口頭審理後第1書面(Plaintiff's Initial Post-Tri
al Submission)、表紙、目次及び第24-27頁

甲第61号証 化学大辞典1018頁 1960年

甲第62号証 米国特許第6,147,174号

甲第63号証の1 アボット社による「Commercially Marketed
SevofIurane Vaporizers Contain Lewis Acid Metal
Oxide That Can Potentially Degrade Sevoflurane
Containing Insufficient Protective Water
Content」と称する発表、2007年

甲第63号証の2 対応米国特許に関するアメリカ合衆国イリノイ州北地 区東部地方裁判官の裁判官見解 ロナルド エイ.
グズマン裁判官 2005年

甲第64号証 分析化学辞典743頁「酸」の項、1971年

甲第65号証 知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10312号
審決取消請求事件、平成17年8月30日判決言渡

甲第66号証 化学便覧 基礎編 第5版 I-822?I-823
平成16年 丸善

甲第67号証 昭和44年1月28日最高裁判決(昭和39年(行ツ)
第92号審決取消請求事件)

甲第68号証 知財高裁審決取消平成18年(行ケ)10489号事件、
被告第3準備書面

<以上、平成20年1月15日付け弁駁書に添付>

甲第69号証 北海道大学大学院教授西村紳一郎博士 鑑定意見書
(平成20年1月29日付)

甲第70号証 本件の分割出願にかかる特許に基づく侵害訴訟控訴審
被控訴人第1準備書面(平成19年11月19日付)

<以上、平成20年2月1日付け上申書に添付>

甲第71号証 平成17年06月30目 知的財産高等裁判所
平成17年(行ケ)第10061号審決取消請求事件 判 決

甲第72号証 知的財産高等裁判所 平成18年(行ケ)第10489号
審決取消請求事件 被告第4準備書面(平成20年6月2 日付け)

甲第73号証 知的財産高等裁判所 平成18年(行ケ)第10489号
審決取消請求事件 被告第5準備書面(平成20年8月1 日付け)

甲第74号証 知的財産高等裁判所 平成18年(行ケ)第10489号
審決取消請求事件 原告第8準備書面(平成20年10月
28日付け)

甲第75号証 知的財産高等裁判所 平成18年(行ケ)第10489号
審決取消請求事件 被告第6準備書面(平成20年11月
18日付け)

甲第76号証 知的財産高等裁判所 平成18年(行ケ)第10489号
審決取消請求事件 原告第9準備書面(平成20年12月
26日付け)

甲第77号証 SCIENTIFIC REPORTと称する被請求人アボット作成に
かかる書面(1997年2月14日付)

<以上、平成21年1月27日付け口頭審理陳述要領書に添付>

甲第78号証 知財高裁平成18年(行ケ)10489号平成21年4月
23日付け判決

甲第79号証 特開平7-267889号公報(河合特許)

甲第80号証 平成18年(行ケ)10489号(第1無効審判の
審決取消訴訟)被告第3準備書面

甲第81号証 日本薬局方解説書 表紙および通則A-41頁

甲第82号証 セントラル硝子株式会社 熊谷洋一氏の平成19年2月
26日付陳述書(第1無効審判の審決取消訴訟の乙13)

甲第83号証 無効2005-80139における平成17年9月26日 付答弁書(第1無効審判の審決取消訴訟の甲21の3)

<以上、平成21年5月27日付け弁駁書に添付>

甲第84号証 第十二改正日本薬局方解説書 通則A-38,第3項,
A-49解説の項

甲第85号証 審決取消訴訟事件平成22年1月19日付け知的財産高等
裁判所判決(平成20年(行ケ)10276号事件)

甲第86号証 1996年11月16日付けの熊谷氏のDelgado
-Herrera氏への書簡(本件訴訟の甲第68号証)

甲第87号証 臨床製剤学,三嶋ら編集,南江堂,93?95頁,
2006年発行 GMPに関する一般的な説明

甲第88号証 医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に
関する省令(GMPの法令)

甲第89号証 平成18年2月23日付け回答書に添付の昭和61年12 月26日付医薬品製造承認申請書

<以上、平成22年3月5日付け上申書に添付>


5.被請求人の主張
被請求人は、「本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として下記の書証を提出し、請求人が主張する(第1の無効理由)?(第8の無効理由)はいずれも成り立たない旨主張している。

証拠方法

乙第1号証の1 第1無効審判の審決取消訴訟において提出予定の
平成19年9月28日付丸石製薬株式会社紺田哲哉氏の
陳述書本文(原本)

乙第1号証の2 乙1号証の1の添付資料1(品質管理基準書)(写し)

乙第1号証の3 乙1号証の1の添付資料2(製品出荷手順書)(写し)

乙第1号証の4 乙1号証の1の添付資料3(残存する1990年?
1991年及び1995年以降の最終製品試験記録)
(写し)

乙第1号証の5 乙1号証の1の添付資料4(海外へ輸出したセボフルラ ン製剤の分析証明書)(写し)

乙第1号証の6 乙1号証の1の添付資料5(乙1号証の4(添付資料3 )の各ロットの水分量の一覧表)(写し)

乙第1号証の7 乙1号証の1の添付資料6(乙1号証の5(添付資料4 )の分析証明書記載の水分量の一覧表)(写し)

乙第1号証の8 第1無効審判の審決取消訴訟において甲64号証として
提出されたセントラル硝子社の試験検査報告書(写し)

乙第1号証の9 丸石製薬に対するセボフルラン製剤に関する平成2年1 月23日付医薬品製造承認書(写し)

乙第2号証 第1無効審判の審決取消訴訟において提出された
平成19年2月26日付セントラル硝子株式会社
熊谷洋一氏の陳述書(原本)

乙第3号証 第1無効審判の審決書(写し)

乙第4号証 本件特許の審査段階における平成12年5月16日付発 送の拒絶理由通知書(写し)

乙第5号証の1 1996年12月18日付FDA執行報告書(写し)

乙第5号証の2 1997年10月22日付FDA執行報告書(写し)

乙第6号証 第1無効審判において提出されたチャンバーズ教授の
陳述書(原本)

乙第7号証 平成19年10月25日付セントラル硝子株式会社
熊谷洋一氏の実験成績証明書(原本)

乙第8号証 1995年版米国薬局方1781?1783頁(写し)

乙第9号証 化学大辞典8第596頁(写し)

乙第10号証 本件特許の審査段階における平成12年11月16日付
提出の意見書(写し)

<以上、平成19年11月14日付け答弁書に添付>

乙第11号証 第1無効審判の審決取消訴訟において提出された
平成20年5月27日付丸石製薬株式会社紺田哲哉氏の
陳述書(原本)

乙第12号証 第1無効審判の審決取消訴訟において提出された
平成20年5月23日付白井國雄氏の陳述書(原本)

乙第13号証 セボフルランに係る昭和61年12月26日付医薬品
製造承認申請書(写し)

乙第14号証 「特許法概説」[第11版]106?107頁(写し)

乙第15号証 薬事法第46条(写し)

乙第16号証 東京高裁平成13年(ネ)第959号事件
(いわゆるアシクロビル事件)についての判決文(写し )

乙第17号証 本件特許の分割出願にかかる特許である
特許第3664648号に対する無効審判である
無効2006-80264、同2006-80265、
及び同2007-800195についての審決書(写し )

乙第18号証 本件特許の対応欧州特許の審査段階における
2001年1月26日付書状(写し)

乙第19号証 平成19年10月31日付山崎孝博士の鑑定意見書
(原本)

乙第20号証 河北新報社の2007年度文化功労者に関する2007 年10月27日付記事(写し)

乙第21号証 「化学大辞典」第2524頁(写し)

<以上、平成20年6月17日付け上申書に添付>

乙第22号証 平成21年3月11日付丸石製薬株式会社紺田哲哉氏の
陳述書(原本)

乙第23号証 「第十三改正日本薬局方解説書」C-893?C-896
(エンフルランの項)(写し)

<以上、平成21年3月27日付け答弁書に添付>

乙第24号証 薬局方解説書通則第20項(写し)

<以上、平成21年11月4日付け上申書に添付>

口頭審理陳述要領書に添付された資料
添付資料1(被請求人ら作成、「丸石分析証明書の転記ミス」と題する資 料

添付資料2(「セボフレン水分濃度表」と題する資料(乙第1号証の6) )

添付資料3(「ボトルセボフルラン輸出一覧表」と題する資料
(乙第1号証の7)

添付資料4(「Analytical Record of Sevoflurane 1994 (BP-1)」と題す
る資料(乙第2号証別紙第5頁))

添付資料5(被請求人ら作成、「「水」特許発明の中核及び作用効果-4
(5)「最悪の場合のシナリオ」の具体的意味(2)」と題する
資料(第1無効審判の審決取消訴訟の技術説明会資料19頁) )

添付資料6(「トラニオン型ボールバルブ」と題する資料(第1無効審判
の審決取消訴訟の乙44号証))

添付資料7(被請求人ら作成、「ルイス酸によるセボ分解とその対策
本件両発明の位置付け」と題する資料(第1無効審判の
審決取消訴訟における平成20年11月18日付提出の
被告第6準備書面の添付図面3))


6.当審の判断

6.1 第5の無効理由(特許法第36条第4項)について

第5の無効理由につき判断した上記判決が確定したことを踏まえた審理であることにかんがみ、まず、第5の無効理由について検討する。

請求人が主張する第5の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「本件特許発明の目的は、「医薬品として販売可能な程度に分解が抑制され、安定している状態」を実現することにある。
しかしながら、当業者にとって、その状態が、いかなる数値であり得るか、知り得る文献も知見もなかった。当業者は、いかなる環境下で、いかなる強さ・種類・量のルイス酸がセボフルランを分解しているかについて、何の情報も持ち得ていなかったことはもとより、その分解抑制効果の達成すべき目的となる数値自体を設定できない。水を187ppm加えたセボフルランが分解する例が存在し(甲第28号証)、本件明細書の実施例6においては、約400ppmの水を含有するセボフルランでも総分解産物が669ppmも生じている。すなわち、一定の条件下では、150ppm以上の水を加えたところで、本件特許発明を実施することができない。本件明細書の実施例1?7の記載は不十分であり、本件特許発明を実施するにあたり、参考にならない。本件特許発明は、通常予想はできないが可能性としてはあり得るセボフルランの分解に対して、セボフルランに水を添加することによりセボフルランの分解を防止するという発明であるが、その原因を予想することが難しい以上、当業者がいかなる量の水を添加すればよいのかを想定して対処することは不可能である。
したがって、本件特許発明1?4は、特許法第36条第6項第4号に規定する要件を満たしていない。訂正後の数値範囲についても、206ppmの水が存在すれば、所期の作用効果を奏することを容易に理解することができたものと認めることはできず、本件特許明細書は、訂正後であっても、本件特許発明を当業者が実施可能なように記載されていない。」

そこで、検討する。
第1次審決は、本件特許発明1?4についての特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであることを理由として本件特許を無効としたところ、この点に関し、上記判決では、以下のとおりの判断が示された。(なお、以下の判決の抜粋中、「原告」とは、本審決にいう「請求人」のことである。)
「第5 当裁判所の判断
1 フルオロエーテルの1種であるセボフルランがルイス酸によって分解される機構は,訂正明細書(甲132)2頁上から2行ないし4頁下から11行,8頁上から7行ないし10行に記載されているところ,訂正明細書には,上記分解を抑制する方法に関して,次のとおりの記載がある。
・・・
2 前記1のとおり,訂正明細書の発明の詳細な説明には,ルイス酸によるセボフルランの分解を抑制する薬剤(ルイス酸抑制剤)のうち好適なものとして水を使用することが記載されており(9頁5行?11頁10行),また,実施例1に係る記載(13頁上から8行?14頁下から3行)ではセボフルランに添加する水の量が増加するに従ってよりセボフルランの分解を抑制(防止)し得ることが記載されている。そして,実施例2ないし7,とりわけ実施例4に係る記載では(14頁下から2行?26頁上から2行),各実施例における反応温度,反応時間の条件に差異があるものの,セボフルランに添加する水の量が206ppm以上の場合にセボフルランの分解を抑制し得ることが記載されており,また訂正明細書の9頁末行ないし11頁4行では,フルオロエーテル化合物としてセボフルランを選択し,ルイス酸抑制剤として水を選択した場合には,添加される水の量は飽和レベルである0.14%w/w(重量/重量パーセント)を上限とする旨が記載されている。
ところで,セボフルランを有効成分とする麻酔薬を製造する丸石製薬株式会社が,昭和61年12月26日,医薬品の製造承認を申請する際に当時の厚生大臣に対して提出した「セボフルランの長期保存試験に関する資料」では,セボフルランをガラス瓶に充填して25℃で保存しても,2年間安定であった旨が記載されているし(甲102),平成2年に我が国において上記の麻酔薬の販売を開始してから,平成8年に米国FDAから原因の追及等を求められるまで,セボフルランがガラス瓶内で分解し得ることは知られていなかったものであった(甲14,30)。また,北海道大学大学院A教授の鑑定意見書(甲36)では,「-C-O-C-F-」の化学構造を有するα-フルオロエーテルの一つであるセボフルランは,比較的ルイス酸に対して安定であり,強いルイス酸でなければこれを分解する可能性は小さいところ,医薬品用の容器内で保管する場合を含めて,日常の環境ではかかる強いルイス酸は存在しないとされている。そうすると,セボフルランはこれを成分とする麻酔薬が通常保管,使用される態様においては,相当程度安定な薬剤であることが明らかである。
上記のとおり,もともとセボフルランは麻酔剤の成分として相当程度安定であるところ,水が一般にルイス酸(触媒)を失活させる化合物,すなわちルイス酸抑制剤として周知であること(甲36。訂正明細書9頁6行11頁10行もかかる技術常識に沿ったものであると理解できる。)をも考慮すれば,前記の206ppm以上0.14%w/w未満の含有率となるよう(この点が,無効2005-80139号事件の第一次取消判決後に限定された構成である。)セボフルランに水分を添加することで,麻酔薬の保管,運搬手段として通常用いられるガラス製アンプルにセボフルランを充填した後,アンプルの一部を炎で加熱して焼き切ってアンプルを密封し(フレームシール),できあがったアンプル入り麻酔薬を一定の時間保管した後に,アンプルを破って麻酔薬を使用するという通常想定される使用方法においても,あるいはその余のこの種の薬品に通常予想される保管・使用の方法においても,相当期間セボフルランの分解を防止(抑制)し得ることを当業者において容易に理解することができるというべきである。
なお,確かにルイス酸は極めて広範な概念であり,ルイス酸の作用機序も様々である上,各訂正発明の優先日当時に,原告や各訂正発明の発明者以外の当業者が,セボフルランがルイス酸によって分解されることを知らなかったとしても,訂正明細書の発明の詳細な説明にはルイス酸がセボフルランを攻撃・分解する機構や分解を防止(抑制)する機構が一応記載されているし,各訂正発明では,前記のとおり一般にルイス酸抑制剤として周知な水が分解防止のための成分として採用されているから,麻酔薬に使用される組成物の調製程度のことであれば,必要に応じて上記の範囲内で含有水分量を適宜増量することで,当業者の技術常識に照らして,ルイス酸によるセボフルランの分解防止という各訂正発明の作用効果を奏することができるというべきである。
したがって,訂正明細書の発明の詳細な説明には,当業者が,セボフルランに一定の含有率で水を含有させた麻酔薬組成物(本件訂正発明1)及びかかる含有を特徴とする麻酔薬組成物の調製方法(本件訂正発明2,3)を実施できることはもちろん,かかる含有によりルイス酸によるセボフルランの分解を防止する方法(本件訂正発明4)についても,これを実施できる程度に明確かつ十分な記載がされているということができ,各訂正発明につき特許法36条4項1号実施可能要件に欠けるところはない。審決は実施可能要件の充足の有無につきこれと異なる判断をするものであって,その判断には誤りがある。
・・・
4 結局,第一次取消判決後に訂正された各訂正発明についての実施可能要件(特許法36条4項1号)の充足の有無に係る審決の判断には誤りがあり,この旨を主張する原告の取消事由は理由がある。」

すなわち、上記判決には、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない点で本件訂正明細書に記載上の不備があると認めた第1次審決の判断は誤りである旨の判断が示されている。
そして、この判断は、上記判決の判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断を構成するものであるから、行政事件訴訟法第33条第1項の規定により、当合議体を拘束する。そうすると、当合議体は、上記判決に示された、上記判断に従うべきことになる。
請求人の主張は、つまるところ、本件訂正発明は、水分の量によっては、当業者は本件訂正発明を実施することができない、というものである。これに対し、上記判決によれば、206ppm以上0.14%w/w未満の含有率となるようセボフルランに水分を添加することで、相当期間セボフルランの分解を防止(抑制)し得ることを当業者において容易に理解することができるというべきであり、必要に応じて上記の範囲内で含有水分量を適宜増量することで、当業者の技術常識に照らして、ルイス酸によるセボフルランの分解防止という各訂正発明の作用効果を奏することができるというべきである、という判断が示されている。
この判断によれば、本件訂正発明は、206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満、という水の含有量のすべての範囲において、本件訂正明細書の記載及び当業者の技術常識によって当業者が実施することができる、とするのが相当であり、そうすると、請求人が主張する第5の無効理由に採用の余地はない。

6.2 第3の無効理由(特許法第36条第6項第1号)について

第5の無効理由と第3の無効理由の内容にかんがみ、第5の無効理由に続いて第3の無効理由について検討する。

請求人が主張する第3の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「本件特許明細書には、セボフルランに0.015%(重量/重量)の水を添加した場合に、セボフルランを含む麻酔薬組成物が調製できることを裏付ける記載がないから、本件特許発明1に係る組成物が、麻酔薬組成物として使用可能であることを確認することができる具体的データが発明の詳細な説明に記載されていない。
そのため、本件特許明細書の記載及び出願時の技術常識に照らしても、「少なくとも0.0015%(重量/重量)の水」を含む麻酔薬組成物にまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないため、本件特許発明1?4は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。206ppmの水分量も、依然として、「有効な安定化量」ではなく、訂正後の本件特許発明には、依然としてサポート要件違反の無効理由がある。」

そこで、検討する。
請求人の主張は、つまるところ、本件訂正発明は、水分の量によっては、本件訂正明細書の記載によってサポートされていない、というものである。 これに対し、上記判決によれば、206ppm以上0.14%w/w未満の含有率となるようセボフルランに水分を添加することで、相当期間セボフルランの分解を防止(抑制)し得ることを当業者において容易に理解することができるというべきであり、必要に応じて上記の範囲内で含有水分量を適宜増量することで、当業者の技術常識に照らして、ルイス酸によるセボフルランの分解防止という各訂正発明の作用効果を奏することができるというべきである、という判断が示されている。
この判断によれば、本件訂正発明は、206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満、という水の含有量のすべての範囲において、本件訂正明細書の記載によってサポートされている、とするのが相当であり、そうすると、請求人が主張する第3の無効理由に採用の余地はない。

6.3 第6の無効理由(特許法第29条第1項柱書)について

第5、第3の無効理由と第6の無効理由の内容にかんがみ、第3の無効理由に続いて第6の無効理由について検討する。

請求人が主張する第6の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「発明が完成したというためには、当業者が反復実施して目的とする効果を挙げることができることを要するところ、本件特許発明の目的は、「医薬品として販売可能な程度に分解が抑制され、安定している状態」を実現することにある。
しかしながら、当業者にとって、その状態が、いかなる数値であり得るか、知り得る文献も知見もなかった。そうすると、本件特許発明の実施としての目的とする効果そのものが具体的・客観的に理解できるものでない以上、当業者は本件特許発明を反復実施できない。
さらに、ルイス酸によるセボフルランの分解は、ルイス酸の強さ・種類・量、及び、ルイス酸の反応条件(例えば、反応温度)が影響するところ、本件特許の優先日当時の当業者は、この点について何らの情報も持ち得ていなかったから、当業者は、ルイス酸によるセボフルランの分解の抑制のためには、どの程度の水を用いる必要があるのかについても理解することができない。その結果、当業者は、目的とする効果である、セボフルランの「医薬品として販売可能な程度に分解が抑制され、安定している状態」を反復して実現することができない。
したがって、本件特許発明1ないし4は未完成であり、特許法第29条第1項柱書に規定する要件を満たしていない。」

そこで、検討する。
請求人の主張は、つまるところ、以下の1)2)の点で、当業者は本件訂正発明を反復実施できないから、本件訂正発明は未完成である、というものである。
1)医薬品として販売可能な程度に分解が抑制され、安定している状態が、いかなる数値であり得るか、当業者は知り得ない。
2)当業者は、ルイス酸によるセボフルランの分解の抑制のためには、どの程度の水を用いる必要があるのかについても理解することができない。
しかしながら、1)の点については、本件訂正明細書の実施例の記載などを参考に、セボフルランの分解産物の量を測定し、医薬品として販売可能なものかどうか判断すればよいものと認められる。また、2)の点については、上記6.2や6.3で説示したとおり、本件訂正発明は、206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満、という水の含有量のすべての範囲において、本件訂正明細書の記載及び当業者の技術常識によって当業者が実施することができる、とするのが相当である。そうすると、請求人が主張する第6の無効理由に採用の余地はない。

6.4 第4の無効理由(特許法第36条第6項第2号)について

ここまで主に、明細書の記載要件に関する無効理由について検討してきたので、引き続き、特許請求の範囲の記載要件に関する第4の無効理由について検討する。

請求人が主張する第4の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「本件特許請求の範囲に記載されている「ルイス酸」とは、特殊な条件下において、セボフルランを分解できるほどの強い「ルイス酸」のみを意味し、日常的に接する可能性のあるルイス酸(「ルイス酸となり得る物質」)は含まれない。
ところが、本件特許明細書には、本件特許発明4が防止する対象となる「セボフルランのルイス酸による分解」における「ルイス酸」には、どのような物質が包含されるのか不明である。また、ルイス酸によるセボフルランの分解には、反応温度、時間、使用するルイス酸の量が影響するところ、本件特許発明4は、どのような条件下で生じた分解を抑制するのかも不明である。
したがって、本件特許発明4は不明確であり、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。」

そこで、検討する。
「ルイス酸」とは、電子対受容体のこととされており(例えば、乙第21号証参照。)、その意味するところは明確である。
請求人は、本件特許請求の範囲に記載されている「ルイス酸」とは、特殊な条件下においてセボフルランを分解できるほどの強い「ルイス酸」のみを意味する、という解釈をする前提に立って第4の無効理由を主張するが、そのような解釈をすべき理由は見いだせないから、請求人の主張は、その前提において妥当でない。そうすると、請求人が主張する第4の無効理由に採用の余地はない。

6.5 第1の無効理由(特許法第29条第1項第2号)について
(1)本件訂正発明1について
本件訂正発明1について、請求人が主張する第1の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「1)被請求人の取引先である丸石製薬株式会社(以下、「丸石」という。)は、本件優先日前である1993年4月26日に、ロット番号3426番のセボフルラン(以下、「3426セボフルラン」という。)を製造し(甲第4号証)、同じく1993年4月30日に、ロット番号3430番のセボフルラン(以下、「3430セボフルラン」という。)を製造した(甲第5号証)。3426及び3430セボフルランは、水分含量0.07%(重量/容量)すなわち0.0464%(重量/重量)とされる(甲第4及び5号証)から、3426及び3430セボフルランと、本件特許発明1との間に相違点は見いだせない。
一方、3426セボフルランと3430セボフルランは、ともに、バルクロット211231から製造されたものである(甲第6号証)ところ、3426セボフルランと3430セボフルランは、それぞれ約1900本のボトルとして製造されたことになる(甲第9号証)。そして、被請求人アボットが丸石より購入した3426セボフルランと3430セボフルランは、多くとも、それぞれ1200本であると考えられる。そうすると、各ロットのセボフルランには、それぞれ約700本のボトルが残っていることになる。そして、丸石は、セボフルラン麻酔薬を平成2年に日本国内で発売し、平成7年に海外で発売したから、1993年すなわち平成5年の段階でセボフルランを海外で販売することはなく、アボットに販売しなかった約700本×2=約1400本は、日本国内で販売したとしか考えられない。少なくとも約1400万円の価値があるその1400本をすべて廃棄したとは考えられない。3426セボフルランと3430セボフルランは、甲第4、5号証に、「マスター処方によって製造され、・・・それの定量との同一性が明らかになった」と記載されているものであるから、丸石が当時使用していた日本国内販売用セボフルランの製造法と同一の製造法で製造され、当時日本国内で販売されていたセボフルランと同一の成分であったことが明らかである。
そして、日本国内で販売されたセボフルラン麻酔薬については、購入者は、本件優先日前の技術常識であるカールフィッシャー法(甲第12号証)などを用いて水分量を自由に分析できる。
したがって、本件特許発明1は、本件優先日以前に、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明である。

2)また、3426セボフルランと3430セボフルランは、それらの製造後、被請求人アボットに販売されるまでは、日本国内において販売の申出がなされていたものであるといえる。この販売の申出に応じて購入した不特定人は、上記カールフィッシャー法などを用いて水分量を自由に分析できた。そのため、この販売の申出によって、本件特許発明1が技術的に知られ得るおそれのある状況が作り出されたといえ、本件特許発明1は公然実施されていたといえる。

3)また、以下のア)イ)の理由により、3426セボフルランと3430セボフルラン以外のセボフルランも、これらと同様の組成を有し、0.015%以上の水を含むことが明らかであり、丸石は、これを、1984年から1993年の間に、日本国内で販売していた、すなわち、公然と実施をしていた。
ア)3426セボフルランと3430セボフルランは、丸石のマスター処方、すなわち、当時の国内販売用セボフルランと同一の製造方法・充填工程によって製造されたものであること
イ)被請求人アボットが提出したNDA申請書(甲第8号証)に「セボフルランの開発に使用したすべてのロットの製造方法及び充填工程は、充填場所にかかわりなく、基本的に同じである。」なる記載があり、また、申請のための実験に、3426セボフルランのみならず、1984年から1993年の間に製造された24ロットを使った旨が記載され、かかる実験では、当然に同一方法で製造したロットを用いる必要があることから、上記24ロットは、3426セボフルランと同様の組成を有すると考えられること

4)実際に、上記24ロット中、C12番のセボフルランの水分含量は、0.029%と、0.015%を上回っている(甲第17号証)。丸石は、少なくとも、C12番製造時の1984年と3426セボフルラン製造時の1993年に、水分含量が0.015%を大きく上回る麻酔薬組成物を製造していたのであるから、1984年と1993年の間においても、水分含量が0.015%を大きく上回る麻酔薬組成物を製造していたと合理的に推論できる。

5)また、ロット4826の水分量は、0.023%w/vすなわち約0.0151(重量/重量)%であるから、ロット4826の販売もまた公然実施の無効事由である。

以上の事情による無効理由は、訂正後であっても、同様である。」

そこで、検討する。
1)について
まず第一に、3426セボフルランと3430セボフルランが、日本国内で販売されたものであることを直接証明する証拠は見いだせない。
請求人は、3426セボフルランと3430セボフルランについて、丸石が被請求人アボットに販売しなかった計約1400本は、日本国内で販売されたとしか考えられない旨主張するが、この主張は、請求人の単なる推測に基づくものというほかはない。単なる推測ならば、例えば、上記約1400本は、アボットからの追加発注があったときに備えて、丸石にて保管され、その後、使用期限が来た時に廃棄された、という推測も可能である。そうすると、請求人の単なる推測に基づく上記主張によっては、上記約1400本のセボフルランが日本国内で販売された、と認定するに足りない。

2)について
まず第一に、3426セボフルランと3430セボフルランについて、それらの製造後、被請求人アボットに販売されるまでは、日本国内において販売の申出がなされていたものであることを直接証明する証拠は見いだせない。
請求人は、3426セボフルランと3430セボフルランは、それらの製造後、被請求人アボットに販売されるまでは、日本国内において販売の申出がなされていたものであるといえると主張するが、この主張も、請求人の単なる推測に基づくものというほかはない。単なる推測ならば、例えば、3426セボフルランと3430セボフルランは、もっぱら、アボットに販売される予定で製造された、という推測も可能である。そうすると、請求人の単なる推測に基づく上記主張によっては、上記3426セボフルランと3430セボフルランが、それらの製造後、被請求人アボットに販売されるまでは、日本国内において販売の申出がなされていた、と認定するに足りない。

3)について
請求人は、3426セボフルランと3430セボフルラン以外のセボフルランも、これらと同様の組成を有し、丸石は、これを、1984年から1993年の間に、日本国内で販売していたていた旨主張し、その理由ア)として、3426セボフルランと3430セボフルランは、丸石のマスター処方、すなわち、当時の国内販売用セボフルランと同一の製造方法・充填工程によって製造されたものであることを挙げている。
しかしながら、まず、3426セボフルランと3430セボフルラン以外のセボフルランが、そのマスター処方によって製造されたものであることを直接証明する証拠は見いだせないし、そのマスター処方が、具体的にいかなる方法、とりわけ、最終製品の水分含量をどのように管理、調整するものであるか、が明らかではないので、該マスター処方によって製造された丸石のセボフルラン麻酔薬の水分含量が、3426セボフルラン及び3430セボフルランと、必ずしも、同じものになるとまでいうことはできない。かえって、丸石が作成したセボフルラン麻酔薬の最終製品試験記録(乙第1号証の4)によれば、この無効審判に提出された記録限りのものではあるが、平成2、3、7、8年のロットと平成9年の5月までのロットの、計194ロットは、すべて、水分含量が、0.002?0.015(w/v%)とされており、また、輸出向けに英語で作成されたと考えられる分析証明書(乙第1号証の5)によれば、この無効審判に提出された記録限りのものではあるが、1990、1992?1996年の計60ロット中、乙第1号証の4にも記載されている3ロットを除く57ロットは、3426セボフルラン及び3430セボフルランを除き、すべて、水分含量が、0.00?0.02(w/v%)とされている。こういった事情を総合すれば、3426セボフルランと3430セボフルランが丸石のマスター処方によって製造されたものであることによっては、3426セボフルランと3430セボフルラン以外のセボフルランも、これらと同様の組成を有していた、と認定するに足りない。
また、請求人は、上記主張の理由イ)として、アボットが提出したNDA申請書(甲第8号証)で用いられた上記24ロットが3426セボフルランと同様の組成を有すると考えられることを挙げているが、甲第8号証には、上記24ロットが3426セボフルランと同様の水分含量を有する旨記載されているわけではないし、上記24ロットが日本国内でも販売されているものである旨記載されているわけでもない。かえって、甲第8号証のTable XXXVによれば、セボフルランの最終製品の3つのロットについて、カールフィッシャー法による水分含量が、いずれも、0.00%w/wであったことが記載されている。こういった事情を総合すれば、甲第8号証の記載内容によっては、上記24ロットが3426セボフルランと3430セボフルランと同様の組成を有し、また、日本国内でも販売されていた、と認定するに足りない。

4)について
請求人は、上記24ロット中、C12番のセボフルランの水分含量は、0.029%と、0.015%を上回っており(甲第17号証)、丸石は、少なくとも、C12番製造時の1984年と3426セボフルラン製造時の1993年に、水分含量が0.015%を大きく上回る麻酔薬組成物を製造していたのであるから、1984年と1993年の間においても、水分含量が0.015%を大きく上回る麻酔薬組成物を製造していたと合理的に推論できると主張する。
しかしながら、まず、3)についての欄で説示したように、3426セボフルランと3430セボフルラン以外のセボフルランが、3426セボフルランと同様の組成を有していた、と認定することはできない。また、3426セボフルランと3430セボフルラン以外のセボフルランが、C12番のセボフルランと同様の組成を有していたことを直接証明する証拠も見いだせない。しかも、C12番のセボフルランの水分含量0.029%は、甲第17号証の38ページの[Standard]の欄の記載が、0.2w/v%以下であるとされていることからみて、0.029w/v%のことであると認められるところ、セボフルランの比重は、約1.525であるとされている(甲第11号証の2の4ページ)から、上記0.029w/v%は、0.029÷1.525=0.019w/w%となり、本件訂正発明1の水分含量の下限である206ppmすなわち0.0206%(重量/重量)を下回るものである。こういった事情を総合すれば、請求人がいうように、1984年と1993年の間においても、丸石が、水分含量が0.015%を大きく上回るセボフルラン麻酔薬組成物を製造していたと合理的に推論できるとも、本件訂正発明1を公然実施したことになるとも、認定するに足りない。

5)について
請求人は、ロット4826の水分量は、0.023%w/vすなわち約0.0151(重量/重量)%であるから、ロット4826の販売もまた公然実施の無効事由である、と主張する。
しかしながら、ロット4826の約0.0151(重量/重量)%なる水分含量は、本件訂正発明1の水分含量の下限である206ppmすなわち0.0206%(重量/重量)を下回るものであるから、ロット4826のセボフルランは、本件訂正発明1のものに該当しない。しかも、ロット4826は、輸出向けに英語で作成されたと考えられる分析証明書(乙第1号証の5)に記載されるものであるから、ロット4826が日本国内において販売されたものであるとする理由が見いだせない。
したがって、ロット4826の販売も、本件訂正発明1を日本国内において公然実施したことになる、と認定することはできない。

以上、1)?5)について検討したとおりであるから、本件特許発明1は、本件優先日以前に、日本国内において、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明、すなわち、公然実施をされた発明であるとすることはできない。

(2)本件訂正発明2及び3について
本件訂正発明2及び3について、請求人が主張する第1の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「本件特許発明2及び3は、本件特許発明1を調製する際に、セボフルランに水を添加するか、水にセボフルランを添加するか、という点にその特徴を有するが、それらの点は、何人も当然に理解できる程度のものであり、本件特許発明1が公然と知られ得る状態になれば、本件特許発明2及び3も公然と知られ得る状態になる。」

そこで検討するに、本件訂正発明2及び3は、それぞれ、「上記一定量のセボフルランに対して水を添加するステップ」、「水に対して上記一定量のセボフルランを添加するステップ」を発明特定事項とする、本件訂正発明1の「麻酔薬組成物」の調製法である。
しかし、(1)で説示したとおり、本件特許発明1は、本件優先日以前に、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明であるとすることはできず、また、「上記一定量のセボフルランに対して水を添加するステップ」あるいは「水に対して上記一定量のセボフルランを添加するステップ」に相当する工程が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされたことを裏付けるに足る証拠も見いだせない。
したがって、本件訂正発明2及び3も、本件優先日以前に、日本国内において、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明、すなわち、公然実施をされた発明であるとすることはできない。

(3)本件訂正発明4について
本件訂正発明4について、請求人が主張する第1の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「本件特許発明4における「一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法」(構成要件J)は、実質的な構成要件ではなく、セボフルランのルイス酸による分解の防止は、セボフルランに対して水を添加すること(構成要件K)により達成される効果であるから、構成要件Jは、構成要件Kと実質的に同一である。そうすると、上記のように、本件特許発明1ないし2が公然知られた発明又は公然知られるおそれのある発明である以上、本件特許発明4も同様である。」

そこで、検討するに、本件訂正発明4は、「一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法」及び「該一定量のセボフルランに対して所定量の水を添加するステップ」を発明特定事項としている。
しかし、(2)で説示したとおり、「上記一定量のセボフルランに対して水を添加するステップ」に相当する工程が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされたことを裏付けるに足る証拠は見いだせないし、「一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法」という技術的思想の創作が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされたことを裏付けるに足る証拠も見いだせない。
したがって、本件訂正発明4も、本件優先日以前に、日本国内において、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされた発明、すなわち、公然実施をされた発明であるとすることはできない。

請求人は、「本件特許発明4における「一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法」(構成要件J)は、実質的な構成要件ではなく、セボフルランのルイス酸による分解の防止は、セボフルランに対して水を添加すること(構成要件K)により達成される効果であるから、構成要件Jは、構成要件Kと実質的に同一である。」と主張する。
しかしながら、上述のとおり、「一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法」を提供するという技術的思想の創作が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施をされたことを裏付けるに足る証拠は見いだせないのであるから、「一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法」を発明特定事項としている本件訂正発明4の新規性は、公然実施されたものとして否定されないものというべきであり、請求人の主張は独自の見解に基づくものであって採用できない。

6.6 第2の無効理由(特許法第29条第2項)について
(1)本件訂正発明1について
本件訂正発明1について、請求人が主張する第2の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「本件優先日前には、被請求人アボットは、0.01%を超える水分含量を有するセボフルランを販売していた(甲第18号証)。この表から明らかなように、セボフルラン麻酔薬の水分含量は、当業者が適宜変更し得るものである。
また、水分含量を増加し、0.015%(重量/重量)以上の水を含ませることについて、何らの阻害要因もない。むしろ、丸石が製造した3426セボフルラン及び3430セボフルランの水分含量が0.046%(重量/重量)であるのに対し、その製剤原料であるバルクロット211231の水分含量が0.00%(甲第19号証)であることより、丸石が最終製品の製造段階において水分含量を増加していることが明白なのであるから、セボフルラン麻酔薬の製造において水分含量を増加することに阻害要因はない。
さらに、本件特許明細書においては、「0.015%(重量/重量)」の水分含量に臨界的意義があることは記載されていない。それどころか、被請求人は、本件特許に対する別の無効審判事件に対する審決取消訴訟で「「0.015%」の規定が、何ら臨界的意義など要しないことは、本件特許発明の技術思想などから明らかである。」と主張し、臨界的意義がないことを認めている。
したがって、当業者は、本件優先日前に販売されていたセボフルラン麻酔薬の水分含量を増加して、容易に本件特許発明1に想到し得るのであるから、本件特許発明1に進歩性はない。また、訂正後の「206ppm以上」という水分量にも臨界的意義はないから、訂正後の発明にも進歩性はない。」

そこで、検討する。
請求人は、「本件優先日前には、被請求人アボットは、0.01%を超える水分含量を有するセボフルランを販売していた(甲第18号証)。」と主張する。
しかしながら、まず、第一に、甲第18号証は、被請求人アボットが0.01%を超える水分含量を有するセボフルランを本件優先日前に販売していたことを証明するに足るものとはいえない。すなわち、甲第18号証は、「セボフルランの水分含量」と題する一枚紙であって、「アボット社ロット番号」と「水分含量」が一覧表の形式で記載されているものではあるが、誰が、いつ、どのような目的で作成したものかなどが何ら明らかでないから、その内容が真実であると認めるには足らず、また、各ロットがいつ製造されたものであるかも示されていないから、請求人が指摘する「0.01%を超える水分含量を有するセボフルラン」なるものが、いつ製造されたものであるかも不明である。
さらには、仮に、本件優先日前に被請求人アボットが甲第18号証に記載の71ロットのセボフルランを販売していたと認定し得たとしても、請求人が指摘する「0.01%を超える水分含量を有するセボフルラン」に該当するものは、甲第18号証によれば、71ロット中、水分含量0.0131%のロットと0.0112%のロットの2ロットのみである。そうすると、甲第18号証に基づけば、本件優先日前に被請求人アボットが販売していたセボフルランの大半のロットは、水分含量が0.01%未満ということになり、ごく一部のロットの水分含量が、高くても、0.0131%や0.0112%にとどまる、という認定が妥当なものとするほかはなく、そうであれば、本件優先日前に被請求人アボットが販売していたセボフルランに基づいて、0.0131%を更に上回る、206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満の水とセボフルランを含む麻酔薬組成物に、当業者が容易に想到するとすることはできないし、ましてや、206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満の水をセボフルランに含ませることによりルイス酸によるセボフルランの分解を抑制する、という本件訂正発明の効果を、当業者が容易に予想し得たものとすることはできない。

また、請求人は、「水分含量を増加し、0.015%(重量/重量)以上の水を含ませることについて、何らの阻害要因もない。むしろ、丸石が製造した3426セボフルラン及び3430セボフルランの水分含量が0.046%(重量/重量)であるのに対し、その製剤原料であるバルクロット211231の水分含量が0.00%(甲第19号証)であることより、丸石が最終製品の製造段階において水分含量を増加していることが明白なのであるから、セボフルラン麻酔薬の製造において水分含量を増加することに阻害要因はない。」とも主張する。
しかしながら、6.5で説示したとおり、3426セボフルラン及び3430セボフルランは、本件優先日前に、日本国内において販売されたり、販売の申出がなされていた、と認定することはできないのであるから、かかる3426セボフルラン及び3430セボフルランの発明は、本件優先日前に日本国内において公然実施をされた発明には該当せず、これらの発明に基づいて本件訂正発明の進歩性を否定することはできない。

また、請求人は、「さらに、本件特許明細書においては、「0.015%(重量/重量)」の水分含量に臨界的意義があることは記載されていない。それどころか、被請求人は、本件特許に対する別の無効審判事件に対する審決取消訴訟で「「0.015%」の規定が、何ら臨界的意義など要しないことは、本件特許発明の技術思想などから明らかである。」と主張し、臨界的意義がないことを認めている。」とも主張する。
しかしながら、セボフルランに水を加えることにより、ルイス酸によるセボフルランの分解を抑制する、という技術的思想自体が、本件優先日前の技術の中に見いだせないから、当該水の配合量の臨界的意義の有無にかかわらず、本件訂正発明1の進歩性は否定されないものというべきである。

したがって、本件訂正発明1は、本件優先日前に販売されていたセボフルラン麻酔薬に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件訂正発明2及び3について
本件訂正発明2及び3について、請求人が主張する第2の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「本件特許発明2及び3は、本件特許発明1を調製する際に、セボフルランに水を添加するか、水にセボフルランを添加するか、という点にその特徴を有するが、それらの点は、設計事項ですらなく、本件特許発明1に新規性進歩性が欠如している以上、本件特許発明2及び3も進歩性を有さない。また、訂正後の「206ppm以上」という水分量にも臨界的意義はないから、訂正後の発明にも進歩性はない。」

そこで検討するに、本件訂正発明2及び3は、それぞれ、「上記一定量のセボフルランに対して水を添加するステップ」、「水に対して上記一定量のセボフルランを添加するステップ」を発明特定事項とする、本件訂正発明1の「麻酔薬組成物」の調製法である。
しかし、(1)で説示したとおり、本件特許発明1は、請求人が主張する事情によっては、進歩性を否定することができないものであるから、同じ事情によっては、本件訂正発明2及び3も、進歩性を否定することができないものである。

したがって、本件訂正発明2及び3も、本件優先日前に販売されていたセボフルラン麻酔薬に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件訂正発明4について
本件訂正発明4について、請求人が主張する第2の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「本件特許発明4は、本件特許発明1ないし2を単純方法のクレームとして記載しただけのものであり、本件特許発明1に進歩性がないのと同様に、本件特許発明4にも進歩性なない。また、訂正後の「206ppm以上」という水分量にも臨界的意義はないから、訂正後の発明にも進歩性はない。」

しかし、本件特許発明1及び2について請求人が主張する事情には、「一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法」という技術的思想を開示又は示唆するものが見いだせないから、かかる事情によっては、本件訂正発明4も、進歩性を否定することができないものである。

したがって、本件訂正発明4も、本件優先日前に販売されていたセボフルラン麻酔薬に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

6.7 第7の無効理由(特許法第17条の2第3項)について
請求人が主張する第7の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「出願当初の明細書に記載された発明は、水の量が「有効な安定化量」であることを特徴とするものであるところ、本件特許発明においては、水が有効な安定化量であることは削除され、水が、少なくとも0.015%(重量/重量)である、という発明に補正され、このことにより、本件特許発明は、
1)水が有効な安定化量である発明、及び、
2)水が有効な安定化量未満である発明
の双方を含むものとなった。
ところが、2)の発明は、出願当初の明細書や図面には記載されていないから、本件特許発明は、出願当初の明細書又は図面の範囲内にない記載を含む補正を行った特許出願に対して特許されたものである。
また、本件訂正も、出願当初の明細書に対して新規事項を追加するものである。」

しかしながら、上記補正によって本件特許発明に導入された水の量である「少なくとも0.015%(重量/重量)」を、さらに減縮する本件訂正がなされ、この訂正が、「2.本件訂正の可否」で説示したように、適法なものであると認められる以上、もはや、上記補正の適否や本件訂正の適否を検討する余地はないから、請求人が主張する第7の無効理由に採用の余地はない。


6.8 第8の無効理由(特許法第123条第1項第5号)について
請求人が主張する第8の無効理由の概要は、以下のとおりである。
「国際出願時の明細書に記載された発明は、水の量が「有効な安定化量」であることを特徴とするものであるところ、本件特許発明においては、水が有効な安定化量であることは削除され、水が、少なくとも0.015%(重量/重量)である、という発明に補正され、このことにより、本件特許発明は、
1)水が有効な安定化量である発明、及び、
2)水が有効な安定化量未満である発明
の双方を含むものとなった。
ところが、2)の発明は、国際出願時の明細書や図面には記載されていないから、本件特許発明は、国際出願時の明細書又は図面の範囲内にない記載を含む補正を行った特許出願に対して特許されたものである。
また、本件訂正も、国際出願時の明細書に対して新規事項を追加するものである。」

しかしながら、上記補正によって本件特許発明に導入された水の量である「少なくとも0.015%(重量/重量)」を、さらに減縮する本件訂正がなされ、この訂正が、「2.本件訂正の可否」で説示したように、適法なものであると認められる以上、もはや、上記補正の適否や本件訂正の適否を検討する余地はないから、請求人が主張する第8の無効理由に採用の余地はない。


なお、請求人が提出したその他の証拠を検討しても、上記(第1の無効理由)?(第8の無効理由)についての判断を左右するものは見いだせない。


7.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
フルオロエーテル組成物及び、ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法
【発明の詳細な説明】
発明の技術分野
本発明は、一般に、ルイス酸の存在下においても分解しない、安定した麻酔用フルオロエーテル組成物に関する。また、本発明は、ルイス酸の存在下におけるフルオロエーテルの分解抑制法についても開示する。
発明の背景
フルオロエーテル化合物は麻酔薬として広く用いられている。麻酔薬として使用されているフルオロエーテル化合物の例は、セボフルラン(フルオロメチル-2,2,2-トリフルオロ-1-(トリフルオロメチル)エチルエーテル)、エンフルラン((±-)-2-クロロ-1,1,2-トリフルオロエチルジフルオロメチルエーテル)、イソフルラン(1-クロロ-2,2,2-トリフルオロエチルジフルオロメチルエーテル)、メトキシフルラン(2,2-ジクロロ-1,1-ジフルオロエチルメチルエーテル)、及びデスフルラン((±-)-2-ジフルオロメチル1,2,2,2-テトラフルオロエチルエーテル)を含む。
フルオロエーテルは優れた麻酔薬であるが、幾つかのフルオロエーテルでは安定性に問題があることが判明した。より詳細には、特定のフルオロエーテルは、1種類もしくはそれ以上のルイス酸が存在すると、フッ化水素酸等の潜在的に毒性を有する化学物質を含む幾つかの産物に分解することが明らかになった。フッ化水素酸は経口摂取及び吸入すると毒性を呈し、皮膚や粘膜を強度に腐食する。従って、医療分野では、フルオロエーテルのフッ化水素酸等の化学物質への分解に対する関心が高まっている。
フルオロエーテルの分解はガラス製の容器中で起こることが分かった。ガラス製容器中でのフルオロエーテルの分解は容器中に存在する微量のルイス酸によって活性化されるものと考えられる。ルイス酸のソースはガラスの天然成分である酸化アルミニウムであり得る。ガラス壁が何らかの原因で変質または腐食すると酸化アルミニウムが露出し、容器の内容物と接触するようになる。すると、ルイス酸がフルオロエーテルを攻撃し、フルオロエーテルを分解する。
例えば、フルオロエーテルであるセボフルランが無水条件下でガラス容器中の1種類もしくはそれ以上のルイス酸と接触すると、ルイス酸はセボフルランをフッ化水素酸と幾つかの分解産物に分解し始める。セボフルランの分解産物は、ヘキサフルオロイソプロピルアルコール、メチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル、ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル、及びメチレングリコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテルである。セボフルランの分解により生じたフッ化水素酸が更にガラス表面への攻撃を進行させ、ガラス表面に更に多くのルイス酸を露出させる。この結果、セボフルランの分解が一層促進される。
ルイス酸の存在下におけるセボフルランの分解メカニズムは次のように図解することができる:


従って、当分野においては、ルイス酸の存在下においても分解しないフルオロエーテル化合物を含有する安定した麻酔薬組成物が求められている。
発明の要約
本発明は、そこに有効な安定化量のルイス酸抑制剤が付加されたアルファフルオロエーテル部分を有するフルオロエーテル化合物を含有する安定な麻酔薬組成物に関する。好適なフルオロエーテル化合物はセボフルランであり、また、好適なルイス酸抑制剤は水である。本組成物は、ルイス酸抑制剤をフルオロエーテル化合物に加えることにより、またはフルオロエーテル化合物をルイス酸抑制剤に加えることにより、あるいは容器をルイス酸抑制剤で洗浄した後、フルオロエーテル化合物を加えることにより調製することができる。
また、本発明は、アルファフルオロエーテル部分を有するフルオロエーテル化合物の安定化法も含む。本方法は、有効な安定化量のルイス酸抑制剤をフルオロエーテル化合物に加えることにより、ルイス酸による該フルオロエーテル化合物の分解を防止することを含む。好適なフルオロエーテル化合物はセボフルランであり、また、好適なルイス酸抑制剤は水である。
図面の簡単な説明
図1は、同量の酸化アルミニウム(50mg)の存在下において、水の量を増やすとセボフルランの分解度が減少することを実証するクロマトグラムを示している。図1に示されているセボフルランの同定された分解産物は、ヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HFIP)、メチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル(P1)、ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル(P2)、及びメチレングリコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテル(S1)である。
図2は、オートクレーブ中において119℃で3時間加熱した後のセボフルランの分解度を表すクロマトグラムを示している。
図3は、水がオートクレーブ中において119℃で3時間加熱した後のセボフルランの分解を抑制する効果を表すクロマトグラムを示している。
図4は、実施例5及び6から得られる活性化されたタイプIIIの褐色ガラス製ボトルにおけるセボフルラン分解産物P2を比較した棒グラフである。このグラフは、400ppmの水を加えることにより、セボフルランの分解が抑制されることを示している。
図5は、実施例5及び6から得られる活性化されたタイプIIIの褐色ガラス製ボトルにおけるセボフルラン分解産物S1を比較した棒グラフである。このグラフは、400ppmの水を加えることにより、セボフルランの分解が抑制されることを示している。
発明の詳細な説明
本発明はルイス酸の存在下においても分解しない、安定な麻酔薬組成物を提供する。また、本発明は、該麻酔薬組成物の調製法についても開示する。
本発明の麻酔薬組成物は少なくとも1つの無水フルオロエーテル化合物を含んでいる。本明細書で用いる「無水」という用語は、そのフルオロエーテル化合物に含まれている水の量が約50ppm未満であることを意味している。本組成物に使用されるフルオロエーテル化合物は次の化学構造式Iに相当するものである。

上記の化学構造式Iにおいて、R_(1);R_(2);R_(3);R_(4);及びR_(5)は、それぞれ独立に、水素、ハロゲン、1個から4個の炭素原子を有するアルキル基(C_(1)-C_(4)アルキル)、1個から4個の炭素原子を有する置換されたアルキル(C_(1)-C_(4)置換アルキル)であり得る。化学構造式Iの好適な実施態様においては、R_(1)及びR_(3)はそれぞれ置換アルキルCF_(3)であり、R_(2)、R_(4)、及びR_(5)はそれぞれ水素である。
本明細書で用いる用語「アルキル」は、1つの水素原子を除去することにより飽和炭化水素から誘導される直鎖または分枝鎖のアルキル基を表している。アルキル基の例は、メチル、エチル、n-プロピル、イソ-プロピル、n-ブチル、sec-ブチル、イソ-ブチル、tert-ブチル、及びその他同種類のものを含む。また、本明細書で用いる「置換アルキル」という用語は、ハロゲン、アミノ、メトキシ、ジフルオロメチル、トリフルオロメチル、ジクロロメチル、クロロフルオロメチル等の1つもしくはそれ以上の基で置換されたアルキル基を表している。更に、本明細書で用いる用語「ハロゲン」は周期表VIIA族の電気的陰性元素の1つを表している。
化学構造式Iを有するフルオロエーテル化合物は、アルファフルオロエーテル部分-C-O-C-F-を含んでいる。ルイス酸はこの部分を攻撃し、それによりフルオロエーテルの分解が起こり、様々な分解産物や毒性化学物質がもたらされる。
本発明で使用できる化学構造式Iの無水フルオロエーテル化合物の例は、セボフルラン、エンフルラン、イソフルラン、メトキシフルラン、及びデスフルランである。本発明で使用するのに好適なフルオロエーテル化合物はセボフルランである。
化学構造式Iを有するフルオロエーテル化合物の製造方法は当業者に広く知られており、それらの方法を用いて本発明の組成物を調製することができる。例えば、セボフルランは、ここに参照として組み入れる米国特許3,689,571号や米国特許2,992,276号に開示されている方法を用いて調製することができる。
本発明の組成物は、合計で約98%w/wから約100%w/wの化学構造式Iを有するフルオロエーテル化合物を含んでいる。好適には、本組成物は少なくとも99.0%w/wの該フルオロエーテル化合物を含んでいる。
また、本発明の麻酔薬組成物は生理学的に許容可能なルイス酸抑制剤も含んでいる。本明細書で用いる「ルイス酸抑制剤」という用語は、ルイス酸の空軌道と相互作用し、それによりその酸の潜在的な反応部位を遮断するあらゆる化合物を表している。生理学的に許容可能なあらゆるルイス酸抑制剤を本発明の組成物に使用することができる。本発明で使用できるルイス酸抑制剤の例は、水、ブチル化ヒドロキシトルエン(1,6-ビス(1,1-ジメチル-エチル)-4-メチルフェノール)、メチルパラベン(4-ヒドロキシ安息香酸メチルエステル)、プロピルパラベン(4-ヒドロキシ安息香酸プロピルエステル)、プロポホール(2,6-ジイソプロピルフェノール)、及びチモール(5-メチル-2-(1-メチルエチル)フェノール)を含む。
本発明の組成物は有効な安定化量のルイス酸抑制剤を含んでいる。本組成物に使用できるルイス酸抑制剤の有効な安定化量は、約0.0150%w/w(水当量)からフルオロエーテル化合物中におけるルイス酸抑制剤の約飽和レベルまでであると考えられる。本明細書で用いる「飽和レベル」という用語は、フルオロエーテル化合物中におけるルイス酸抑制剤の最大溶解レベルを意味している。飽和レベルは温度依存性であり得ることが理解されよう。また、飽和レベルは、本組成物に使用する個々のフルオロエーテル化合物及び個々のルイス酸抑制剤にも依存するであろう。例えば、フルオロエーテル化合物がセボフルランで、且つルイス酸抑制剤が水の場合、本組成物を安定化するために使用される水の量は、約0.0150%w/wから0.14%w/w(飽和レベル)であると考えられる。しかし、一旦本組成物がルイス酸に晒されると、本組成物とルイス酸抑制剤の望ましくない分解反応を防止するため、ルイス酸抑制剤がルイス酸と反応するので、本組成物中のルイス酸抑制剤量は減少し得ることに留意すべきである。
本発明の組成物で使用するのに好適なルイス酸抑制剤は水である。精製水または蒸留水、あるいはそれらの組み合わせを使用することができる。先述の如く、本組成物に付加できる水の有効量は、約0.0150%w/wから約0.14%w/wであり、好適には約0.0400%w/wから約0.0800%w/wであると考えられる。他のルイス酸抑制剤の場合は、水のモル量に基づくモル当量を使用すべきである。
フルオロエーテル化合物がルイス酸に晒されると、本組成物中に存在する生理学的に許容可能なルイス酸抑制剤がルイス酸の空軌道に電子を供与し、該抑制剤と該酸との間に共有結合を形成する。これにより、ルイス酸はフルオロエーテルのアルファフルオロエーテル部分との反応が妨げられ、フルオロエーテルの分解が防止される。
本発明の組成物は様々な方法で調製することができる。ある局面では、先ずガラス製ボトル等の容器をルイス酸抑制剤で洗浄またはすすぎ洗いした後、その容器にフルオロエーテル化合物が充填される。任意に、洗浄またはすすぎ洗いした後、その容器を部分的に乾燥させてもよい。フルオロエーテルを容器に付加した後、その容器を密封する。本明細書で用いる「部分的に乾燥」という用語は、乾燥された容器または容器内に化合物の残留物が残るような不完全な乾燥プロセスを表している。また、本明細書で用いる「容器」という用語は、物品を保持するために使用することができるガラス、プラスチック、スチール、または他の材料でできた入れ物を意味している。容器の例は、ボトル、アンプル、試験管、ビーカー等を含む。
別の局面では、フルオロエーテル化合物を容器に充填する前に、乾燥した容器にルイス酸抑制剤を加える。ルイス酸抑制剤を加えた後、その容器にフルオロエーテル化合物が付加される。代替的に、既にフルオロエーテル化合物を含有している容器にルイス酸抑制剤を直接加えてもよい。
更に別な局面では、フルオロエーテル化合物が充填されている容器にルイス酸抑制剤を湿潤条件下で加えてもよい。例えば、水分が容器内に蓄積するだけの充分な時間の間、容器を湿潤チャンバー内に置くことにより、フルオロエーテル化合物が充填された容器に水を加えることができる。
ルイス酸抑制剤は製造プロセスのあらゆる適切なポイントで本組成物に加えることができ、例えば、500リットル入り出荷容器等の出荷容器に充填する前の最終製造ステップで加えることもできる。適当な量の本組成物をその容器から分注し、当産業分野で使用するのにより好適なサイズの容器、例えば250mL入りガラス製ボトル等の容器に入れて包装することができる。更に、適量のルイス酸抑制剤を含有する少量の本組成物を用いて容器を洗浄またはすすぎ洗いし、容器に残っている可能性のあるルイス酸を中和することができる。ルイス酸を中和したら容器を空にし、その容器に付加量のフルオロエーテル化合物を加え、容器を密封してもよい。
何ら制限的な意味を有することなく、例示のため、本発明の実施例を以下に挙げる。
実施例1:ルイス酸としての活性アルミナ
タイプIIIのガラスは主に二酸化珪素、酸化カルシウム、酸化ナトリウム、及び酸化アルミニウムからなっている。酸化アルミニウムは既知のルイス酸である。ガラスマトリックスは常態ではセボフルランに不活性である。しかし、特定の条件(無水、酸性)下では、ガラス表面が攻撃され、または変質し、セボフルランを酸化アルミニウム等の活性ルイス酸部位に晒すことがある。
以下の3つのレベルの水分を含有する20mlのセボフルランに様々な量の活性アルミナを付加することにより、セボフルランの分解における水の効果を試験した:1)20ppmの水-測定した量の水であって、それ以外に水は何も加えていない;2)100ppmの水-添加(spiked);3)260ppmの水-添加。次の表1は実験のマトリックスを示している。

20ppmの水は水0.0022%w/wに相当することが理解されよう。サンプルを60℃に放置し、22時間後にガスクロマトグラフィーで分析した。図1は、同量の酸化アルミニウム(50mg)の存在下において、水の量が増えるほどセボフルランの分解度が減少することを示している(表1のA列)。酸化アルミニウムの量が20mg及び10mgの場合も同様な傾向が観察された(B列及びC列)。
実施例2:水を加えた場合と加えない場合の、加熱によるアンプル内でのセボフルランの分解
約20mLのセボフルランをタイプIの1つ目の50mL入り透明アンプルに入れ、2つ目のアンプルには約20mLのセボフルランと1300ppmの水を入れた。両アンプルともフレームシール(flame-sealed)した後、119℃で3時間オートクレーブした。次いで、2つのアンプルの内容物をガスクロマトグラフィーで分析した。図2は、1番目のアンプルに入れたセボフルランが分解したことを示している。図3は、ルイス酸抑制剤、即ち水を加えた結果、2番目のアンプルに入れたセボフルランは分解しなかったことを示している。
実施例3:水添加試験(109ppmから951ppm)によるアンプル内でのセボフルランの分解
タイプIの透明ガラス製アンプルを用いて、様々なレベルの水がセボフルランの分解を抑制する効果について試験した。約20mLのセボフルランと、約109ppmから約951ppmの範囲の異なるレベルの水を各アンプルに入れた。その後、それらのアンプルをシールした。合計10本のアンプルにセボフルランと様々な量の水を充填した。そのうち5本のアンプルをセットAとし、残りの5本をセットBとした。次いで、それらのアンプルを119℃で3時間オートクレーブした。セットAのサンプルは一晩振とう機に掛け、水分をガラス表面に被覆できるようにした。セットBのサンプルはガラス表面を水で平衡化することなく調製した。幾つかの対照サンプルも調製した。オートクレーブに掛けていない2本のアンプル(対照アンプル1及び対照アンプル2)と1本のボトル(対照ボトル)に、それぞれ、20mLのセボフルランを充填した。どの対照サンプルにも水を全く加えなかった。また、対照サンプルは一晩振とうもしなかった。ヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)と総分解産物(メチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル、ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル、メチレングリコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテルを含む)のレベルをガスクロマトグラフィーで測定した。その結果が以下の表2に示されている。

上記表2の結果は、セットA及びセットBのアンプルの場合、少なくとも595ppmの水があれば充分にセボフルランの分解を抑制できることを示している。また、この結果は、一晩振とうしたアンプルと一晩振とうしなかったアンプルとの間に有意な差がないことを示している。
実施例4:60℃または40℃における水添加セボフルラン試験によるアンプル内でのセボフルランの分解
タイプIの透明ガラス製アンプルを用いて、様々なレベルの水及び温度がセボフルランの分解抑制に及ぼす影響について試験した。約20mLのセボフルランと、約109ppmから約951ppmの範囲の異なるレベルの水を各アンプルに入れた。その後、それらのアンプルをフレームシールした。分解プロセスを加速するため、各水分レベルのサンプルを2つの加熱条件下に置いた。サンプルは、60℃の恒温装置(stability station)に144時間置くか、あるいは40℃の恒温装置に200時間置いた。各サンプルにおいて得られたセボフルランをガスクロマトグラフィーで分析し、pHも調べた。ヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HFIP)とセボフルランの総分解産物を測定した。その結果が以下の表3に示されている。

表3の結果は、40℃で200時間貯蔵した場合、206ppmより以上のレベルの水があればセボフルランの分解を抑制できることを示している。また、サンプルを60℃で144時間またはそれ以上貯蔵した場合には、303ppmより以上のレベルの水があればセボフルランの分解を抑制できる。このデータは、温度が上昇すると、セボフルランの分解抑制に必要な水の量が増大することを示唆している。
実施例5:活性化されたタイプIIIの褐色ガラス製ボトル内におけるセボフルランの分解
分解したセボフルランの貯蔵に使用したタイプIIIの褐色ガラス製ボトルを試験した。ボトルの内面にかなりの量の腐食があるボトルを選んだ。合計10本のタイプIII褐色ガラス製ボトルを選択した。これらの各ボトルに含まれている分解したセボフルランを排液し、分解していない新鮮なセボフルランでこれらのボトルを数回すすぎ洗いした。約20ppmの水を含有する約100mLの分解していないセボフルランを各ボトルに入れた。開始時(時間ゼロ時)と50℃で18時間加熱した後に、すべてのサンプルをガスクロマトグラフィーで分析した。ヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HFIP)とジメチレングリコールエーテル(P2)について測定した。その結果が以下の表4及び表5に示されている。


表4及び表5の結果は、これらのボトルのガラス表面が分解したセボフルランにより「活性化」されていたことを示している。このように、「活性化」されたガラス表面は新鮮なセボフルランの分解に対する開始剤として作用した。
実施例6:活性化されたタイプIII褐色ガラス製ボトル内でのセボフルランの分解に関する追加試験
実施例5の各ボトル内でのセボフルランの分解の程度をガスクロマトグラフィーで定量化した。10本のボトルを、対照Sevoグループ(ボトル2、3、5、7、8を含む)と試験Sevoグループ(ボトル1、4、6、9、10を含む)の2つのグループに分けた。
10本のボトルすべてを、約20ppmの水を含有する分解していないセボフルランで再度数回すすぎ洗いした。5本の対照Sevoグループのボトルに対しては、約20ppmの水を含有する100mLのセボフルランを各ボトルに入れた。一方、5本の試験グループボトルに対しては、約400ppmの水(添加)を含有する100mLのセボフルランを各ボトルに入れた。
開始時(時間ゼロ時)と50℃で18時間加熱した後にすべてのサンプルをガスクロマトグラフィーで分析した。ヘキサフルオロイソプロピルアルコール(HFIP)、ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル(P2)、及び総分解産物を測定した。その結果が以下の表6に示されている。

表6の結果は、時間ゼロ時では、表4のゼロ時の結果と比べると、セボフルランの有意な分解が観察されなかったことを示している。表6の結果は、試験Sevoグループ(400ppmの水)ではセボフルランの分解度がかなり低減されたことを示している。分解産物P2(ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル)、及びS1(メチレングリコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテル)の量は、対照グループ1(20ppmの水)の場合よりもずっと少なかった。しかし、試験SevoグループのHFIP濃度はかなり高く、ガラス表面が尚も幾分活性状態にあったことを示唆している。
図4は、表5及び表6のデータから得られる分解産物ジメチレングリコールビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル(P2)量をグラフで比較したものである。また、図5は、実施例5及び6で現れる分解産物メチレングリコールフルオロメチルヘキサフルオロイソプロピルエーテル(S1)量をグラフで比較したものである。図4及び図5は共に、400ppmの水を付加によりセボフルランの分解が抑制されることを示している。
実施例7:活性化されたタイプIII褐色ガラス製ボトル内でのセボフルランの分解に関する追加試験
実施例6の試験Sevoグループの5本のボトルからセボフルランをデカントした。各ボトルを新鮮なセボフルランで充分にすすぎ洗いした。次いで、各ボトルに約125mLの水飽和セボフルランを入れた。その後、その5本のボトルを回転機に約2時間掛け、活性化されたガラス表面に水を被覆できるようにした。次いで、各ボトルから水飽和セボフルランを排液し、400(添加)ppmの水を含有する100mLのセボフルランで置換した。50℃で18時間、36時間、及び178時間加熱した後、すべてのサンプルをガスクロマトグラフィーで分析した。ビスヘキサフルオロイソプロピルエーテル(P2)と総分解産物について測定した。その結果が以下の表7に示されている。

表7の結果は、活性化されたガラス表面を加熱する前に水飽和セボフルランで処理することにより、セボフルランの分解が大いに抑制されたことを示している。
(57)【特許請求の範囲】
1.麻酔薬組成物であって、一定量のセボフルラン;及び206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満の水を含むことを特徴とする、前記麻酔薬組成物。
2.上記一定量のセボフルランに対して水を添加するステップを含むことを特徴とする、請求項1に記載の麻酔薬組成物の調製法。
3.水に対して上記一定量のセボフルランを添加するステップを含むことを特徴とする、請求項1に記載の麻酔薬組成物の調製法。
4.一定量のセボフルランのルイス酸による分解を防止する方法であって、該方法は、該一定量のセボフルランに対して所定量の水を添加するステップを含むことを特徴とし、但し、該所定量の水が、得られる溶液中において206ppm以上、0.14%(重量/重量)未満である前記方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2010-03-18 
結審通知日 2011-07-07 
審決日 2011-07-28 
出願番号 特願平10-532168
審決分類 P 1 113・ 536- YA (A61K)
P 1 113・ 537- YA (A61K)
P 1 113・ 55- YA (A61K)
P 1 113・ 1- YA (A61K)
P 1 113・ 112- YA (A61K)
P 1 113・ 121- YA (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 典之森井 隆信  
特許庁審判長 横尾 俊一
特許庁審判官 荒木 英則
内藤 伸一
登録日 2001-04-27 
登録番号 特許第3183520号(P3183520)
発明の名称 フルオロエーテル組成物及び、ルイス酸の存在下におけるその組成物の分解抑制法  
代理人 小野 誠  
代理人 小野 誠  
代理人 坪倉 道明  
代理人 金山 賢教  
代理人 長谷部 真久  
代理人 金山 賢教  
代理人 坪倉 道明  
代理人 金山 賢教  
代理人 川口 義雄  
代理人 川口 義雄  
代理人 川口 義雄  
代理人 森下 夏樹  
代理人 山本 秀策  
代理人 大崎 勝真  
代理人 大崎 勝真  
代理人 小野 誠  
代理人 安村 高明  
代理人 ▲駒▼谷 剛志  
代理人 坪倉 道明  
代理人 大崎 勝真  

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