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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 (159条1項、163条1項、174条1項で準用) 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1260547
審判番号 不服2009-3986  
総通号数 153 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-02-23 
確定日 2012-07-25 
事件の表示 特願2002-576969「腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する腫瘍を治療するための製薬組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成14年10月10日国際公開、WO02/78703、平成16年12月 2日国内公表、特表2004-536045〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、2001(平成13)年7月2日を国際出願日とする出願であって、平成19年10月12日付け拒絶理由通知に対して平成20年2月22日付けで手続補正がなされ、同年3月13日付け拒絶理由通知に対して同年7月18日付けで手続補正がなされたが、同年11月18日付けで補正却下の決定がなされると共に、同日付けで拒絶査定がなされたのに対し、平成21年2月23日付けで拒絶査定不服審判が請求され、同年3月25日付けで手続補正がなされたものである。
なお、平成23年2月23日付けで審尋がなされたが、当該審尋で指定された期間内に回答書は提出されていない。

第2 平成21年3月25日付けの手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成21年3月25日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正後の本願発明
平成21年3月25日付けの手続補正のうち、特許請求の範囲の請求項1についての補正事項(以下、「本件補正」という。)は、同請求項について、補正前(平成20年2月22日付け手続補正書参照)に

「【請求項1】
腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためのヘッジホッグ/スムーズンド信号伝達を使用して腫瘍を治療する製薬組成物であって、前記組成物は、
ヘッジホッグ/スムーズンド信号伝達を特異的に阻害するシクロパミン又はその誘導体を含み、
前記製薬組成物は、シクロパミン又はその誘導体を十分な量にて含み、かつ前記腫瘍細胞のアポトーシスを誘導するとともに同腫瘍の大きさを低減させるか又は同腫瘍を消失するのに十分な量にて投与されるものである、製薬組成物。」

とあったものを、

「【請求項1】
腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する腫瘍を治療する製薬組成物であって、前記組成物は、
シクロパミン若しくはその製薬的に許容される塩を含み、
前記シクロパミン若しくは前記塩は、前記腫瘍細胞のアポトーシスを誘導するとともに同腫瘍の治療前の大きさを低減させるか又は同腫瘍を消失させるのに十分な用量である、製薬組成物。」
(以下、「本願補正発明」という。また、下線は補正箇所を示す。)

と補正しようとするものである。

2.補正の目的
(1)本件補正のうち、「腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためのヘッジホッグ/スムーズンド信号伝達を使用して腫瘍を治療する」を、「腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する腫瘍を治療する」とする点は、誤記の訂正を目的とするものである。
すなわち、本願の願書に最初に添付した明細書の段落番号【0001】には、
「BCC(当審注:基底細胞癌)と、増殖のため、及びアポトーシスの防止のためのヘッジホッグ/smoothenedシグナル信号伝達経路を使用する他の腫瘍との治療において、シクロパミンの使用が、非常に望ましいものとなった。」
と記載されているから、BCCを含む特定の腫瘍が「アポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する」ものであることは明らかである。したがって、「信号伝達を使用して腫瘍を治療する」とした点は誤記であり、上記補正事項はその訂正を目的とするものである。
また、本件補正のうち「消失する」を「消失させる」とする点も、明らかに、誤記の訂正を目的とするものである。
さらに、本件補正のうち「治療前の」を挿入する点は、平成20年3月13日付け拒絶理由通知において、補正前の請求項1の「腫瘍の大きさを低減させる」という構成が、先行技術文献の記載事項と区別できないと指摘されたことに対して、不明りょうな記載の釈明を目的とするものである。また、本件補正のうち「量」を「用量」とする点も、不明りょうな記載の釈明を目的とするものといえる。

(2)一方、本件補正のうち、「ヘッジホッグ/スムーズンド信号伝達を特異的に阻害するシクロパミン又はその誘導体」を「シクロパミン若しくはその製薬的に許容される塩」とする点は、有効成分であるシクロパミン及び特定の活性を有するその誘導体を、シクロパミン若しくはその製薬的に許容される塩に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。「製薬組成物は、シクロパミン又はその誘導体を十分な量にて含み、かつ」を「シクロパミン若しくは前記塩は、」とする補正事項も同様である。

(3)本件補正により、請求項1に係る発明は製薬組成物の有効成分及びその用量等について減縮された結果、全体として減縮されていることになるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「改正前特許法」という。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

(4)そこで、本願補正発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか。)について、以下に検討する。

3.引用例の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の国際出願日前に頒布された国際公開第00/41545号(原審における引用例2。以下、「引用例」という。)には、次の事項が記載されている。なお、原文は英語であるため、訳文を示す。また、下線部は当審で付加した。

(ア)(第7ページ第3?8行)
「発明の要約
本発明は、ヘッジホッグ機能増進、ptc機能喪失、スムースンド機能増進等のヘッジホッグシグナリング経路の異常型の活性を調節するための利用可能な方法及び試薬であって、細胞をヘッジホッグ経路と拮抗する(例えば、正常なptc経路を作動させ又はスムースンド活性と拮抗する)のに十分な量のptcアゴニスト例えばステロイド性アルカロイド又は他の小分子と接触させることを含む、上記の方法及び試薬を作成する。」

(イ)(第48ページ第20?25行)
「他の態様においては、主題の方法を(例えば中枢神経系において起こる)悪性又は過形成性形質転換の治療に用いることができる。例えば、主題の化合物を用いて、そのような形質転換細胞を分裂終了又はアポトーシス状態にすることができる。従って本発明の方法は、例えば悪性神経膠腫、髄膜腫、髄芽細胞腫、神経外胚葉腫及び脳室上皮腫の治療の一部に用いることができる。」

(ウ)(第52ページ第4?23行)
「 Fujita他(1997)Biochem Biophys Res Commun238:658には、Sonicヘッジホッグがヒト肺扁平上皮癌及び腺癌において発現することが報告されている。Sonicヘッジホッグの発現は、ヒト肺扁平上皮癌組織において検出されたが、同じ患者の正常な肺組織においては検出されなかった。上記文献は、SonicヘッジホッグがBrdUの癌細胞への取り込みを刺激し、細胞成長を刺激する一方で、抗Shh-Nが細胞成長を阻害することも報告している。これらの結果は、ptc、ヘッジホッグ及び/又はスムースンドが、そのように形質転換した肺組織の細胞成長に関与していることを示唆し、従って主題の方法を、肺癌及び腺癌、並びに肺上皮に関する増殖疾患の治療の一部として用いることができることを示している。
これらの腫瘍にヘッジホッグ経路が関与していること、又は発達の際にこれらの組織中にヘッジホッグ及びその受容体の発現が検出されることに鑑みて、主題の化合物による処置によって、他の多くの腫瘍に影響を与えうる。そのような腫瘍の例としては、ゴーリン症候群に関する腫瘍(例えば基底細胞癌腫、髄芽細胞腫、髄膜腫など)、pctノックアウトマウスにみられる腫瘍(例えば血管腫、横紋筋肉腫など)、gli-1増幅の結果起こる腫瘍(例えば神経グリア芽細胞腫、肉腫など)、TRC8、ptc相同体に連結した腫瘍(例えば腎臓癌、甲状腺癌など)、Ext-1関連腫瘍(例えば骨癌など)、Shh誘導腫瘍(例えば肺癌、軟骨肉腫など)及び他の腫瘍(例えば乳癌、尿生殖器(例えば腎臓、膀胱、尿管、前立腺など)癌、副腎癌、胃腸(例えば胃、腸など)癌など)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。」

(エ)(第60ページ第14?22行)
「 更に他の態様において、主題の方法を、ヒトの癌、特に基底細胞癌及び皮膚などの上皮組織の他の腫瘍の処置に用いることができる。例えば主題の化合物を、主題の方法で、基底細胞母斑症候群(BCNS)及び他のヒトの癌、腺癌、肉腫などの処置の一部として用いることができる。
好ましい態様において、主題の方法を、基底細胞癌の治療(又は予防)のための予防養生法の一部として用いる。ptc突然変異により生じる基底細胞癌の一般的な特徴と思われるのが、ヘッジホッグシグナリング経路の調節停止である。」

(オ)(第63ページ第15?24行)
「 当分野で通常の技術を有する医者又は獣医は、必要とされる薬剤組成物の有効量を容易に決定し処方することが可能である。例えば、医者又は獣医は、薬剤組成物に用いられる本発明の化合物の用量を、必要とされる量より低いレベルから始めて、望ましい効果が達成できるまで徐々に用量を増加させることができる。
一般に、好ましい一日の用量は、治療効果を生み出すのに有効な最も低い化合物量である。そのような有効な量は、一般に上記したような要因に依存する。一般に、患者に対する本発明の化合物の静脈内、脳内及び皮下投与の量は、約0.0001?100mg/kg(体重)/日である。」

(カ)(第73ページ第26行?第74ページ第16行)
「生体外での影響
ヘッジホッグ(Hh)シグナリング経路の活性化に媒介される細胞増殖に、ジェルビン及びシクロパミン(シクロパミン)がどのような影響を与えるかを調べるために、髄芽腫細胞を一次培養で育成した。これらの髄芽腫細胞は、ptc遺伝子における不活性化突然変異について、ヘテロ接合であるマウス(「ヘテロ接合のptcノックアウトマウス」)の脳において起こる腫瘍に由来する。ptc突然変異は、Hhシグナリング経路の不適当な活性を引き起こし、これらのptcノックアウトマウスにおいてptc突然変異は髄芽細胞腫を引き起こした。髄芽腫細胞をニューロン培養基(10%ウシ血清、25mM KCl及び2mMグルタミンを含むイーグル培地)中の一次培養で培養した。細胞は24ウェルプレート上に0.5mlの培養基(1ウェルあたり)を用いて、0.5又は1.0×10^(6)細胞/ウェルで培養された。培養1日後(すなわち生体外(DIV)1日目に)、細胞をシクロパミン又はジェルビン(最終濃度10μM)又は等量の対照化合物(トマチジン、Hhシグナリング経路を阻害することは知られていない)、又は賦形剤(最終濃度0.1%のエタノール)で処理した。2-3DIVから、ブロモデオキシウリジン(BrdU)を培養に添加し、増殖細胞に標識付けした。3DIVに、細胞をパラホルムアルデヒドで固定した。培養内で増殖した細胞を同定するためにBrdUに対する抗体で細胞を免疫染色し、全細胞数を調べるためにビスベンゾイミド(ヘキスト33258)で対比染色した。全細胞数及びBrdU(+)細胞数を、各条件のウェル内の複数のフィールドで勘定し、異なる処理を受けた増殖細胞のパーセントを調べた。細胞処理に関しては、記録者に目隠しを行った。ジエルビン及びシクロパミンの両方が、髄芽腫細胞の増殖を強く阻害することが分かった。例えば、通常の実験において、対照条件下(トマチジン)での増殖率は5.9%であったが、ジェルビンで処理したものについてはわずか0.2%であった。この結果は、Hh経路阻害剤が、Hhシグナリング経路の活性化に関与する腫瘍細胞の増殖を阻害できることを示している。」

(キ)(第74ページ第17行?第75ページ第5行)
「 生体内での影響
Hhシグナリング経路阻害剤が生体内での腫瘍の成長を阻害できるかどうかを調べるために、ptcノックアウトマウスから得た髄芽細胞腫を無胸腺症(「ヌード」)マウスの脳に移植した。注射部位において腫瘍細胞を成長させた後(例えば5週間後)、移植マウスを2つのグループに分けた。第一のグループでは、1.1mg/kg用量のシクロパミンを1日1回、腹腔内注射した。他のグループでは、同量の賦形剤(2.5%エタノール)を注射した。14日間この処置を行った(シクロパミングループのうち1個体は疾患を得たので12日目に処理した)。犠牲にしたマウスをパラホルムアルデヒド/グルタルアルデヒド混合物の灌流によって固定し、脳を取り出してビブラトーム上で切断した。ptcノックアウトマウスから移植された髄芽腫細胞は、β-ガラクトシダーゼをコードするlacZ導入遺伝子を含んでいる。従って、腫瘍細胞を同定するために、発現細胞を青に染色する基質Xgalを用いて、β-ガラクトシダーゼ活性について脳切片を染色した。腫瘍の体積を、連続的なビブラトームスライス上の腫瘍領域(青色)面積を測定することによって調べた。シクロパミンで処理したマウスは、対照マウスに比べて小さな腫瘍を有することが分かった。対照マウスにおける平均腫瘍サイズは104.2(相対体積単位、N=2匹)であり、シクロパミンで処理したマウスにおける平均腫瘍体積は16.0(N=3匹)に過ぎなかった。この結果は、シクロパミンでの全身処置が、生体内で腫瘍の成長を阻害したことを示唆している。シクロパミンで処理したマウスは健全に見えたが、これはここで有効に見える用量(1.1mg/kg)が、毒性を起こすと報告されているジェルビンの用量に比べてずっと低いという事実に一致する。例えばOmnell他(Teratology42:105、1990)は、マウスの系統に応じて120-260mg/kgのジェルビンが50%致死量であると報告している。これらの結果は、Hhシグナリング経路の活性化に関与する腫瘍が、シクロパミン、ジェルビン又は他のHhシグナリング阻害剤で処理することによって生体内で効果的に阻害されることを示唆している。」

(ク)(図3)(図省略)

4.対比
(1)上記2.の(ア)?(ク)(特に下線部)によれば、引用例には、
「細胞増殖がヘッジホッグ(Hh)シグナリング経路の活性化に媒介される腫瘍を処置するための製薬組成物であって、ヘッジホッグ(Hh)シグナリング経路に拮抗するのに十分な量のシクロパミンを含む、製薬組成物。」
の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

(2)本願補正発明と引用発明を対比すると、本願補正発明の「腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する腫瘍」について、本願明細書には明確な定義はなされていないが、段落番号【0001】には、
「従来の癌の化学療法薬により達成されなかった、これらの新規の効果により、癌治療に、さらにBCCと、増殖のため、及びアポトーシスの防止のためのヘッジホッグ/smoothenedシグナル信号伝達経路を使用する他の腫瘍との治療において、シクロパミンの使用が、非常に望ましいものとなった。」
と記載され、また段落番号【0003】には、
「パッチドの不活性化変異は、ヘッジホッグ/smoothened経路を経由する構造的な(リガンドなしの)信号伝達を生じることが見出された。ヘッジホッグ/smoothened経路の過活性は、パッチド及び/又は更に下流の経路の要素の変異により生じ、全てのBCC内で見出される。母斑性基底細胞癌症候群(NBCCS)は、パッチドのハプロ不全により生じる。NBCCSの患者は、全ての細胞が既に変異パッチドのため、老化するにつれ、複数のBCCを発生させる。」
と説明されている。
これらのことから、本願補正発明の「腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する腫瘍」とは、パッチド遺伝子の不活性化変異などにより、ヘッジホッグ/smoothened経路が過活性状態にあり、アポトーシス状態にない腫瘍を漠然と指すものといえる。

(3)一方、引用発明の「細胞増殖がヘッジホッグ(Hh)シグナリング経路の活性化に媒介される腫瘍」は、髄芽細胞腫のように、ヘッジホッグ(Hh)シグナリング経路が活性化状態にあり、かつ、上記(イ)に記載されるように、シクロパミン処理によってアポトーシス状態にされるものであるから、同処理前ではアポトーシス状態にない腫瘍であるといえる。

(4)してみれば、引用発明の「細胞増殖がヘッジホッグ(Hh)シグナリング経路の活性化に媒介される腫瘍」は本願補正発明の「腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する腫瘍」に相当する。

(5)したがって、本願補正発明と引用発明の一致点、相違点は次のとおりである。
(一致点)
両者が「腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する腫瘍を治療する製薬組成物であって、前記組成物は、シクロパミン若しくはその製薬的に許容される塩を含む、製薬組成物。」である点。

(相違点)
本願補正発明では「シクロパミン若しくは前記塩は、前記腫瘍細胞のアポトーシスを誘導するとともに同腫瘍の治療前の大きさを低減させるか又は同腫瘍を消失させるのに十分な用量である」のに対し、引用発明においては、「ヘッジホッグ(Hh)シグナリング経路に拮抗するのに十分な量」としか特定されていない点。

5.相違点の判断
(1)上記相違点について検討する。
引用例には、当分野で通常の技術を有する医者又は獣医は、望ましい効果が達成できるような投与量を容易に決定しうることが記載されており、本発明の化合物の静脈内、脳内及び皮下投与の量として約0.0001?100mg/kg(体重)/日という範囲を示している(上記(オ)参照)。
また、シクロパミンを有効成分とする薬剤組成物の効果として、引用例には、腫瘍細胞を分裂終了又はアポトーシス状態にすること(上記(イ)参照)、腫瘍細胞の成長又は増殖の阻害(上記(ウ)、(カ)参照)、並びに腫瘍サイズの減少(上記(キ)、(ク)参照)といった作用が記載されている。引用例にはさらに、インビトロ実験で髄芽腫細胞の増殖を阻害しうる濃度が10μMであること(上記(カ)参照)、並びにマウスを用いたインビボ実験では、1.1mg/kg用量のシクロパミンを1日1回、14日間腹腔内注射することにより、髄芽細胞腫の増殖を阻害し、一つの動物では腫瘍体積をゼロにできたことが記載されている(上記(キ)(ク)参照)。
したがって、これらの記載に基づいて、インビトロ実験での10μM及びインビボ実験での1.1mg/kgを参考に、十分な程度に腫瘍細胞の増殖を阻害し、腫瘍の大きさを治療前と比べて低減ないし消失させるような投与量や用量を決定することは、当業者が格別の創意工夫なく、適宜なし得たことである。
そして、本願補正発明の「前記腫瘍細胞のアポトーシスを誘導するとともに」との記載について、本願明細書には、以下の記載がなされている(なお、下線は当審で付加した)。

「 【0009】
図2A及び図2Bは、組織切片上で、視覚的に消失した腫瘍の小結節に対応した皮膚領
域を示している。腫瘍は、非常に少量の物質の内部と、検出不可能な腫瘍細胞とを含む嚢胞性の構造を残して、消失したように観察され得る。
【0010】
図2Cは、inVivoにおいて、依然として可視的なBCCが含まれる皮膚領域の顕
微鏡の外観を示している。これらの領域は、腫瘍の中心内の巨大な嚢胞を示す残留BCC
、及び外周に向かう、様々な大きさにより、残留BCC細胞の間に位置した小さな嚢胞構造が含まれることが観察される。
【0011】
図2D及び図2Eは、残留BCCの、内部と柵状化した周囲の領域の1000倍の外観
を示し、腫瘍領域には関係なく、残留BCC細胞の間の大規模なアポトーシス活性の存在を示している。高倍率は、アポトーシスの形態、及び、図2Dにおいて実証されたように
、アポトーシス性の中隔細胞の除去により、三つの小さな嚢胞が、大きな嚢胞に近接結合
する、細胞のアポトーシス性の除去による、嚢胞構造の形成を示すBCC細胞の非常に増加した頻度を示している。」

すなわち、本願明細書には、腫瘍の大きさを治療前と比べて低減ないし消失させるのに十分な用量のシクロパミン又はその塩を用いた場合に、腫瘍細胞のアポトーシス誘導も観察されることが記載されているから、上記の用量は、「腫瘍細胞のアポトーシスを誘導する」のに十分なシクロパミン又はその塩の用量でもあるといえる。そして、上述のとおり、当該用量を決定することは、当業者が格別の創意工夫なく、適宜なし得たことであり、また腫瘍の大きさを治療前と比べて低減ないし消失させる効果に基づいて用量が決定されている以上、その効果も当業者の予測を超えるものとはいえない。

(2)請求人は審判請求書の理由について補正する手続補正書において、以下の(i)?(iv)の点を指摘し、本願補正発明が従来技術を考慮しても新規性及び進歩性を備えるものである旨、主張している。

(i)従来技術に記載されているシクロパミン処置の結果は、腫瘍の成長を阻害することであり、本願補正発明のように、患者の腫瘍が縮小したり消失したりするという治療結果を達成したことを記載している従来技術は全く存在しない。
引用例の図3によれば、シクロパミン投与群は対照群と比較してより小さい「相対腫瘍体積」を有するという傾向が示されているが、統計学的に有意なものではなく、また治療期間の最後に測定された腫瘍体積は腫瘍開始時の腫瘍体積と比較して表現されたものではないため、同引用例に記載の実験からは腫瘍細胞におけるHh/Smo信号のシクロパミンによる阻害の可能性を示唆するのみである。

(ii)腫瘍細胞における増殖効果の阻害を達成するシクロパミンの用量では、同じ細胞のアポトーシスを期待することはできない。引用例において髄芽腫担持マウスに投与されるシクロパミンの用量(1.1mg/kgの量を毎日14日間投与する)は、マウスにおいて同じ腫瘍細胞のアポトーシスを誘導するには不十分であることが既に明らかとされている用量(Sanchez(サンチェス)Pら、Mechanisms of Development、第122巻、223-230頁(2005年):意見書に文献R10として添付、)に記載の10mg/kgの用量で1日おきに30日間投与する場合と比較しても、はるかに少ない用量である。同様に、マウスにおいて髄芽腫のアポトーシスを引き起こし、かつ髄芽腫の縮小又は消失を引き起こすのに有効であると記載されているシクロパミンの用量(Berman(ベルマン) DMら、Science、第297巻、1559-1561頁(2002年):意見書に文献R17として添付)である「約50mg/kgの量を毎日24日間投与」は、引用例に記載されている用量よりもはるかに大きいものである。

(iii)正常細胞に損傷を与えることなく、腫瘍細胞をアポトーシスにより排除するという本願補正発明の選択性は大いに驚くべき結果であり、予測できないものである。

(iv)Hh/Smo信号の阻害剤の生体への投与に対して、推測的な、非常に多種にわたる応答の可能性が存在しており、本願発明のような特定の技術的効果及び治療の結果を従来技術の示唆のみから予測することは不可能であり、またシクロパミンを用いた腫瘍細胞のインビボでの処置の結果は、少なくともインビボ環境がインビトロと比較して遥かに複雑であるために、必ずしもインビボの状態に対して情報を与えるものでもないし、同様に解釈できるものでもない。

(3)以下、上記(i)?(iv)について検討する。

(上記(i)について)
引用例の図3には、腫瘍体積が0となっている例も見られることから、シクロパミンが腫瘍サイズを減少させうることは理解できるものといえる。
したがって、この知見に基づいて、同様の効果を十分に達成できるシクロパミンの用量を当業者が検討することは自然なことであり、上記の指摘は当たらない。

(上記(ii)について)
本願明細書には、シクロパミンの投与量について、18mMのシクロパミンを含むクリームを局所塗布したことについて記載されているだけであり、従来技術におけるシクロパミンの投与量ではアポトーシスを誘導するのに不十分であることや、特定の腹腔内投与量または皮下投与量がアポトーシスを誘導するのに十分であるといったことは記載されていない。したがって、請求人の指摘が本願明細書のどの記載に基づくものか、不明確である。
さらに、当業者は引用例のインビボ実験で用いられた投与量のみならず、インビトロ実験で用いられた10μMの濃度に基づいても、シクロパミンの投与量及び用量を決定しうるのであるところ、Sanchezらの文献R10には、10μMのシクロパミン存在下で腫瘍細胞の増殖能力が減少し、アポトーシスも誘導されたこと(第224ページ右欄第24?43行参照)、またBermanらの文献R17には、5μMのシクロパミン存在下で髄芽腫細胞の増殖低下及び分化誘導が見られ、0.3?3μMのシクロパミン存在下でも、腫瘍細胞の生存能力の著しい低下が誘導されたこと(第1560ページ右欄第6?17行、第1560ページ右欄第49?58行及び図2、図4参照)が、それぞれ記載されている。
したがって、当業者が引用例の記載から、本願補正発明に規定するシクロパミンの用量を容易に決定できないとはいえない。

(上記(iii)について)
ヘッジホッグ経路はそもそも、胎生期の形態形成に関わるシグナルとして研究の対象であったことが知られているところ(例えば引用例の第3ページ第8行?第5ページ第7行参照)、引用例の上記(ア)?(ク)にも記載のとおり、シクロパミンを用いた腫瘍の治療は、成熟個体において、ヘッジホッグ経路が異常に活性化された腫瘍細胞を主要な標的とするものである。このことから、上記治療が高い選択性を有するであろうことは、当業者であれば十分予測しうる効果である。

(上記(iv)について)
引用例のインビトロ実験の結果は、同引用例のインビボ実験の結果等、その他の記載と矛盾するものではなく、シクロパミンが腫瘍の治療に有効である点で一貫している。
したがって、当業者であれば、これらの記載を基にシクロパミンの効果と投与量の関係を検討することは自然なことであり、またそのことに対する技術的な阻害事由は、具体的なものとして何ら見あたらない。

よって、上記の点はいずれも採用できない。

(4)以上より、本願補正発明は、その国際出願の日前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

6.補正却下についてのむすび
以上のとおり、本件補正は、改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、第2[理由]1.に本件補正前の請求項1として記載したとおりのものである。

第4 引用例の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用文献、及びその記載事項は、前記「第2 3.」に記載したとおりである。

第5 対比・判断
本願発明は、前記「第2 1.」の本願補正発明の、「シクロパミン若しくはその製薬的に許容される塩」及び「シクロパミン若しくは前記塩」と限定された有効成分を「ヘッジホッグ/スムーズンド信号伝達を特異的に阻害するシクロパミン又はその誘導体」及び「シクロパミン又はその誘導体」としたものである。
また、本願発明は、本願補正発明の「腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する腫瘍を治療する」及び「消失させる」を、「腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためのヘッジホッグ/スムーズンド信号伝達を使用して腫瘍を治療する」及び「消失する」としたものであるが、上述したとおり、後者の記載はいずれも前者の記載の誤記である。また、本願発明は、「腫瘍の大きさを低減させる」について、本願補正発明の「治療前の」を削除し、さらに有効成分の「用量」を「量」と記載したものであるが、これらは実質的に本願補正発明を変更するものではない。

そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含むものに相当する本願補正発明が、前記「第2 5.」に記載したとおり、その国際出願の日前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、本願発明も同様に、そのその国際出願の日前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものである。

なお、請求人は平成20年7月18日付け意見書において、上記「第2 5.(2)」の(i)?(iii)の点を指摘し、本願発明が従来技術を考慮しても新規性及び進歩性を備えるものである旨、主張しているが、上記「第2 5.(3)」で述べたとおり、これらの主張は採用できない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、本願は、他の請求項について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-02-21 
結審通知日 2012-02-28 
審決日 2012-03-12 
出願番号 特願2002-576969(P2002-576969)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (A61K)
P 1 8・ 56- Z (A61K)
P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 齋藤 恵  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 新留 豊
大久保 元浩
発明の名称 腫瘍細胞のアポトーシスを阻害するためにヘッジホッグ/スムーズンド信号を使用する腫瘍を治療するための製薬組成物  
代理人 恩田 誠  
代理人 恩田 博宣  
代理人 本田 淳  

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