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審決分類 審判 一部無効 2項進歩性  C04B
審判 一部無効 1項3号刊行物記載  C04B
管理番号 1264599
審判番号 無効2012-800012  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-02-22 
確定日 2012-10-10 
事件の表示 上記当事者間の特許第3080873号発明「耐摩耗性アルミナ質セラミックス及びその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
本件特許第3080873号の請求項1?3に係る発明は、平成8年2月13日に特許出願され、平成12年6月23日にその特許の設定登録がなされたものである。
これに対し、株式会社比良セラミックスから平成24年2月22日付けで請求項1に係る発明の特許について無効審判の請求がなされたところ、その後の手続の経緯は、次のとおりである。

答弁書: 平成24年 5月10日
口頭審理陳述要領書(請求人): 平成24年 7月18日
口頭審理陳述要領書(被請求人): 平成24年 7月26日
口頭審理: 平成24年 8月 2日

第2.本件特許発明
本件無効審判請求の対象となった請求項1に係る発明は、本件特許明細書の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのもの(以下、「本件発明1」という。)である。

【請求項1】 Al_(2)O_(3) 88重量%以上95重量%未満、SiO_(2) 3.6?10重量%、MgO 0.2?2.5重量%、CaO 0.2?2.5重量%、及び不可避的不純物0.5重量%以下からなり、副成分である前記SiO_(2)、MgO及びCaOの含有量の和が5?12重量%であって、当該副成分のSiO_(2)、MgO及びCaOの含有量の和を100としたとき各成分の割合がSiO_(2 )72?85重量%、MgO 3?25重量%、CaO 3?25重量%であって、前記不可避的不純物のうちアルカリ金属酸化物0.4重量%以下、TiO_(2) 0.2重量%以下、前記副成分がアルミナ結晶粒界にガラス層として存在し、平均結晶粒径1.0から5.0μm、かさ密度3.60g/cm^(3)以上、ビッカース硬さ1100以上、曲げ強さ40kgf/mm^(2)以上であることを特徴とする耐摩耗性アルミナ質セラミックス。

第3.請求人の主張と証拠方法
1.請求人の主張
請求人は、証拠方法として甲第1号証ないし甲第4号証(甲第4号証訳文、甲第4号証の1を含む)、参考資料、甲第5号証の1ないし甲第5号証の4、周知例1ないし周知例5、公知例1ないし公知例2、参考例を提出し、審判請求書及び口頭審理(口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書を含む)において、主張した事項を調書の記載事項と併せて(後記の「第5」を参照)整理すると、概ね次のとおりである。
(1)無効理由1;本件発明1は、甲第1号証に記載された発明あるいは同発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものであって、同発明に係る特許は、特許法第29条第1項3号該当し、または、同法同条第2項の規定に違反してなされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効にすべきものである。

2.甲号証の記載事項
(1)甲第1号証:特開平7-237961号公報
(1-1)「【請求項1】Al_(2)O_(3)を90?95重量%と、SiO_(2)、MgO、B_(2)O_(3)の添加剤を以下の範囲でそれぞれ含有してなり、焼結体中のアルミナ平均結晶粒子径が2?5μmで、且つロックウェル硬度が89kg/mm^(2) 以上であることを特徴とする耐摩耗性アルミナ焼結体。
SiO_(2):3.0?5.0重量%
MgO :1.0?1.5重量%
B_(2)O_(3):0.5?3.5重量%
【請求項2】平均粒子径1μm以下で、且つ比表面積5m^(2)/g以上の易焼結性アルミナ粉末90?95重量%に対し、SiO_(2) 、MgO、B_(2)O_(3)の添加剤を以下の範囲で添加し、さらに成形用バインダーとともに粉砕・造粒を行ったあと成形し、焼成温度1400?1500℃の酸化雰囲気中で焼成することを特徴とする耐摩耗性アルミナ焼結体の製造方法。
SiO_(2):3.0?5.0重量%
MgO :1.0?1.5重量%
B_(2)O_(3):0.5?3.5重量%」(【特許請求の範囲】)
(1-2)「即ち、易焼結性アルミナ粉末は、既に一度焼成した粉体であるために硬く、また、微小径で均一な粒度分布をもっている。しかも、焼成時の粒子成長が遅いものの、低い温度での焼成でも高い焼結性が得られる。」(【0012】)
(1-3)「また、アルミナ焼結体の耐摩耗性を高めるためには、焼結体のアルミナ平均粒子径を小さくすることが重要となるが、そのためには、主原料であるアルミナ粒子の粒子径が小さく、且つ均一な粒度分布をもっていなければならず、特に本発明のアルミナ焼結体を製造するには、アルミナ粉末の平均粒子径を1μm以下で、且つ比表面積を5m^(2)/g以上とする。」(【0014】)
(1-4)「特に、上記三種類の添加剤の中でも、B_(2)O_(3)は焼成時のアルミナ粒子の成長を抑制する作用が大きく、焼成温度を下げることができる。その為、B_(2)O_(3)の含有率が0.5重量%未満であると、含有量が少な過ぎるために充分なアルミナ粒子の成長を抑制する作用が得られず、耐摩耗性を高めることができないばかりか、焼成温度を下げることができない。ただし、B_(2)O_(3)の含有率が3.5重量%より多いと、アルミナ焼結体の持つ優れた特性の一つである耐食性が低下するため、B_(2)O_(3)の含有率は3.5重量%までとする。」(【0020】)
(1-5)「また、SiO_(2)およびMgOにはアルミナ粒子同士を強固に結合させる作用を有しており、さらにSiO_(2)にはアルミナ粒子の成長を抑制する作用がある。その為、SiO_(2)の含有率が3.0重量%未満であると、含有量が少な過ぎるためにアルミナ粒子同士を強固に結合することができず、また、アルミナ粒子の成長を充分に抑制することができないため、焼結体の硬度を高めることができず、逆にSiO_(2)の含有率が5.0重量%より多いと、アルミナの含有率が低下するために、やはり硬度を高めることができない。また、MgOの含有率が1.0重量%未満であるとアルミナ粒子同士の結合が弱く、逆にMgOの含有率が1.5重量%より大きいと、アルミナの含有率が低下する。
なお、本発明のアルミナ焼結体は、上記3種類の添加剤以外に他の添加剤、あるいは不純物を含んでいてもよいが、合計で1.0重量%以下の範囲で含有していることが好ましい。」(【0021】、【0022】)
(1-6)「これは、焼成温度が1500℃より高いと、アルミナ粒子の成長を促進してしまうばかりか、添加剤として添加しているB_(2)O_(3)が蒸発してしまうためにアルミナ焼結体の内部に多数の空孔が形成され、緻密質体とすることができないことから硬度を高めることができないためで、逆に、焼成温度が1400℃未満では、充分なアルミナ粒子同士の焼結が得られず、やはり緻密質体とすることができないからである。
また、本発明のアルミナ焼結体は、焼結体のアルミナ平均結晶粒子径が2?5μm、好ましくは2?3μmの範囲にあり、且つロックウェル硬度が89kg/mm^(2)以上でなければならなず、いずれか一方でも範囲外であると本発明が望む耐摩耗性を得ることができない。」(【0024】、【0025】)
(1-7)「以下、本発明実施例を具体的に説明する。
例えば、主原料として純度99.9%で、平均粒子径0.6μm、比表面積7m^(2)/gの易焼結性アルミナ粉末に、焼結助剤としてSiO_(2)を3.0?5.0重量%、及びMgOを1.0?1.5重量%の範囲で添加するとともに、粒子成長抑制剤としてB_(2)O_(3)を0.5?3.5重量%の範囲で添加し、さらに成形のための有機バインダーを添加して、ボールミル、アトラクションミル、ピンミル、振動ミル等により混練し、スプレードライヤーなどにより造粒して2次原料の顆粒を製作した。次に、この2次原料を800?1200kg/cm^(2)のプレス圧で成形したあと、バッチ炉、電気炉、トンネル炉等の焼成炉にて焼成温度1400?1500℃の酸化雰囲気中で焼成した。」(【0026】、【0027】)
(1-8)「〔実験例1〕ここで、本発明実施例に係るアルミナ焼結体と、比較例として仮焼きしていない従来のアルミナ粉末に、添加剤としてSiO_(2)、MgO、B_(2)O_(3)、CaOを添加し、各添加剤の添加量を変化させたアルミナ焼結体を試作して、焼結体中のアルミナ平均結晶粒子径、ロックウェル硬度、及び曲げ強度について測定した。なお、比較例のアルミナ焼結体は、主原料に平均粒子径が2.5?4.0μmで、且つ比表面積が1.0?2.0m^(2)/gの範囲にある仮焼きしていないアルミナ粉末を用い、このアルミナ粉末に上記添加剤をそれぞれ添加し、さらに有機バインダーとともに混練乾燥して顆粒を製作し、この顆粒を800?1200kg/cm^(2)程度のプレス圧で成形したあと、酸化雰囲気中にて焼成したものである。
それぞれの測定結果については、表1に示す通りである。」(【0029】、【0030】)
(1-9)【表1】(【0031】)


(1-10)「また、試料5及び試料6のアルミナ焼結体は、共にB_(2)O_(3)の含有率が0.5重量%未満であるため、焼成温度は1500℃以上であった。しかも、B_(2)O_(3)の含有率が0.5重量%未満で有るため、アルミナ粒子成長の抑制作用が不充分であり、また、出発原料が易焼結性アルミナ粉末でないため、焼結体中のアルミナ平均結晶粒子径を5μm以下とすることができず、ロックウェル硬度も89kg/mm^(2) 未満であった。
なお、試料6のアルミナ焼結体はB_(2)O_(3)の含有率は0%であるが、試料5のアルミナ焼結体と比べ差ほど違いが見られないことから、B_(2)O_(3)が0.5重量%未満ではB_(2)O_(3)の持つ作用が充分得られていないことが判る。」(【0033】、【0034】)

(2)甲第2号証:特開平7-206514号公報
(2-1)「【請求項1】i)a)Al_(2)O_(3)を95?98重量%、及びb)SiO_(2)40?85重量%、MgO10?55重量%及びCaO5?50重量%の三成分からなる焼結助剤の各成分を合計量として2?5重量%、
含有するアルミナ焼結体からなり、
ii) 結晶粒径(D)がD(25容積%)≧0.8μm、1.0μm≦D(50容積%)≦3.0μm、D(80容積%)≦4.5μmであり、
iii)ビッカース硬さが1350以上、
iv) かさ密度が3.70g/cm^(3)以上
であることを特徴とする耐摩耗性アルミナ質セラミックス。」(【特許請求の範囲】)
(2-2)「また、アルカリ金属酸化物は、焼結体中に0.5重量%以下であることが好ましく、これを上回るとSiO_(2)等とガラス相を多く形成するので好ましくない。」(【0013】)

(3)甲第3号証:特開平5-4863号公報
(3-1)「【請求項1】 アルミナ含有量が99.9重量%以上で平均結晶径が0.5μm以下のアルミナ原料を粉砕・分散し、成形、焼成することを特徴とするアルミナ含有率99.9重量%以上、アルミナ結晶の平均粒子径2.5μm以下、相対密度98%以上の焼結体からなるアルミナ製粉砕機用部材の製造方法。」(【特許請求の範囲】)
(3-2)「(a) 焼結体中のアルミナ含有量を99.9重量%以上とする。
本発明者の研究によれば、焼結体中のアルミナ含有量を99.9%以上とすることにより、焼結体の耐摩耗性が急激に向上することが判った。この関係は、後記実施例1の結果を示す図1から明らかである。
アルミナ量が99.9%以上となることによる急激な耐摩耗性の向上の理由は、明確ではないが、焼結体が高純度化するに従って、粒界巾が狭くなり、その結果、アルミナ結晶粒の粒界が優先的に破壊されて生じる摩耗、所謂粒子脱離摩耗が生じ難くなることが理由であると推測される。従って焼結体中のアルミナ量は99.9%以上とし、好ましくは、99.95%以上とする。」(【0010】?【0012】)
(3-3)「本発明方法では、まず、アルミナ原料を振動ミルなどの粉砕機を用いて乾式又は湿式で、粉砕・分散し、乾燥して原料粉体を得る。次いでこの粉体を用いて、セラミックスの製造における常法に従って鋳込み成形、射出成形、押出し成形、プレス成形などの方法で所定の形状に成形した後、1250?1600℃程度の温度で焼成し、アルミナ焼結体とする。更に、粉砕機用部材に仕上げ加工し、必要に応じて接着などの方法で施工を行なうことにより粉砕機用部材が得られる。
上記製造方法においては、成形助剤、焼結助剤、水等の種類や品質の選定、また、粉砕工程、焼成道具等の選定を適宜行なうことにより、焼成などにより飛散除去できない成分の混入をできるだけ防ぎ、アルミナ含有量を所定範囲内とすることが必要である。また、粒径、焼結体密度を所定の範囲内にするためには、焼結過程で粒成長を促進する成分、例えばTi,Ca、アルカリ等の混入を避けると共に、粉砕等の処理で原料を微粉化し、易焼結性とすることが望ましく、また、焼成前の成形体の相対密度を40%以上とすることが望ましい。尚、Ti、Ca、アルカリ等の不純物の混入は焼結過程で粒成長を促進したり粒界にアルミナ以外の不純物相を形成したりするので好ましくない。そのため500ppm以下にすることが好ましい。」(【0022】、【0023】)



























(4の1)甲第4号証:ASTM E140-07







(4の2)甲第4号証訳文








(4の3)甲第4号証-1:ビッカース硬さ-ロックウエル硬さの近似的換算値

(5の1)甲第5号証-1:試験結果報告書

(5の2)甲第5号証-2:試験結果報告書

(5の3)甲第5号証-3:試験結果報告書

(5の4)甲第5号証-4:試験結果報告書

(6)周知例1:特開平7-291738号公報
(6-1)「【請求項1】シート状セラミックス生成形体の厚さ方向における粉末充填率が低い面同士が接するように当該成形体を積層し、次いで焼成することを特徴とする積層セラミックス薄板の製造方法。」(【特許請求の範囲】)
(6-2)「上記セラミックス原料粉末としては、ジルコニア、アルミナ等の酸化物系セラミックス、窒化珪素等の非酸化物系セラミックスのあらゆるものが使用でき、製品の用途に応じて適宜選択すれば良い。例えば、固体電解質、刃物等の作製に使用する場合にはイットリア安定化ジルコニアの粉末、またIC基盤の用途に使用する場合にはアルミナ粉末を用いれば良い。上記原料粉末の粒径は、粉末の種類によって異なるが、通常1μm以下とする。1μmを超える場合には強度の向上が望めなくなるので好ましくない。一方、下限は、粉末の種類、用途等によって適宜定めれば良い。粉末の調製法は、ボールミル等の公知の方法に従って行えば良い。」(【0012】)

(7)周知例2:特開平7-41359号公報
(7-1)「【請求項1】アルミナを主成分とするマトリックス中に金属Siを含む焼結体であり、体積固有抵抗が10^(10)?10^(13)Ω・cmであることを特徴とする静電チャック用セラミックス。
【請求項2】焼結体中に金属Siを0.175?11.4重量%含む請求項1に記載の静電チャック用セラミックス。
【請求項3】Si粉末を0.175?11.4重量%含み、残部が実質的にアルミナ粉末である粉末の混合物であり、両粉末の平均粒径がいずれも10μm以下であることを特徴とする静電チャック用セラミックス製造用組成物。」(【特許請求の範囲】)
(7-2)「これらの粉末原料は、必要に応じて純度を落とさないように注意しながら粉砕し、いずれも平均粒径10μm以下の粉末としているが、焼結性を高めて強度の大きいセラミックスを得るため、特には平均粒径が0.1?2μmのものを使用するのが好ましい。」(【0019】)

(8)周知例3:特開平6-340481号公報
(8-1)「【請求項1】炭化タングステンとアルミナを主成分とし、X線回折測定におけるW_(2)Cの(101)面のピーク高さをI_(1)、WCの(100)面のピーク高さをI_(2)とした時、I_(1)/I_(2)で表されるピーク強度比が1/1000?200/1000である焼結体の表面に単層或いは複層からなる表面被覆層を形成するとともに、この表面被覆層を周期律表第4a族元素の炭化物、窒化物、硼化物、炭窒化物、炭酸窒化物およびAlの酸化物、酸窒化物のうちの少なくとも一種の化合物により構成したことを特徴とする表面被覆炭化タングステン-アルミナ質焼結体。」(【特許請求の範囲】)
(8-2)「即ち、アルミナ粉末、炭化タングステン粉末、所望により焼結助剤を前述の割合で混合する。この時、配合される原料粉末の平均粒径が2μm以下、特に0.5?1.5μmが好ましく、平均粒径が2μm以下では焼成時における粒成長が過度にならず、高い抗折強度を維持できるのに対し、平均粒径が2μmより大きいと焼成時の粒成長をコントロールすることが難しくなり、強度、靱性とも低下し易い。一方、0.5μm以下であれば特性的に優れた焼結体が得られるが、製造上粉体の取扱が難しくなるという問題がある。」(【0014】)

(9)周知例4:特開平5-279114号公報

(10)周知例5:住友化学カタログ「アルミナ製品」


(11)公知例1:特開平1-320263号公報

(12)公知例2:特開昭60-103090号公報

(13)参考例:特開昭60-137821号公報
(13-1)(第1頁の第1表)


(13-2)「・・・得られたアルミナの純度は99.7%・・・」(第3頁第4?5行)
(13-3)(第3頁の第2表)



第4.被請求人の反論
1.被請求人は、請求人の上記無効理由の主張に対して乙第1?4号証を提出し、答弁書、口頭審理(口頭審理陳述要領書、第1回口頭審理調書を含む)において、調書の記載事項と併せて整理すると(後記の「第5」を参照)、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明ではなく、甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと、反論している。

2.乙号証の記載事項
(14)乙第1号証:「セラミックスの力学的特性評価」(昭和61年8月29発行、編著者 西田俊彦/安田榮一、発行所 日刊工業新聞社
(14-1)「セラミックスは通常,焼結という過程を通して製造されるため、その原料粉末,焼結助剤および焼結条件などにより,その微構造(Microstructure)や機械的特性は千差万別であり,それらがセラミックスの摩擦・摩耗にも大きく影響すると考えられる。」(第160頁)
(14-2)図9.7(第160頁)


(15)乙第2号証:粉体工学誌の研究報告論文「粉砕用ジルコニアボールの摩耗特性」(1993年発行)
(15-1)「ボールの摩耗に影響を及ぼす因子は空ずりの場合と同様に破壊靱性,曲げ強さおよび平均結晶粒径が得られた。Fig.8にEq.(4)による計算値と実測値とをプロットした。・・・Fig.7およびFig.8はほぼ直線関係にあることよりボールの摩耗率は破壊靱性,曲げ強さに反比例し,平均結晶粒径に正比例していることがわかる。すなわち耐摩耗性にすぐれるジルコニアボールは破壊靱性,曲げ強さが大きく結晶粒径の小さい物性を持っているものと判断される。」(第85頁右欄)

(16)乙第3号証:「JIS R 1610 ファインセラミックスのビッカース硬さ試験方法」(平成3年12月31日発行、編集兼発行人 西家王起、発行所 日本工業規格協会)
(16-1)「高硬度材料を対象とする硬さ試験方法のJISとして,ロックウエル硬さ試験方法(JIS Z 2245),ビッカース硬さ試験方法(JIS Z 2244)及び微小硬さ試験方法(JIS Z 2251)があるが,これらは主として金属材料を対象にして規定されたものである。したがって,ファインセラミックスのような特に高い硬さを示す材料に,これらの試験方法を適用する場合,硬さ値の顕著な試験荷重依存性や,き裂・はく離の発生によって測定値の再現性や信頼性に問題が生じる。・・・ファインセラミックスの硬さ試験方法の調査研究を実施し,ファインセラミックスに適した硬さ試験方法の検討を行ってきた。取り上げた硬さ試験方法は,ロックウェル硬さ,ビッカース硬さ,・・・である。その結果,ロックウェル硬さは,ファインセラミックスのような高硬度材料においては材料間の測定値の差がつきにくく,かつ,大きなはく離を起こすこともあるから,今回は検討対象から外すこととした。」(第5頁、「ファインセラミックスのビッカース硬さ試験方法 解説」)

(17)乙第4号証:ASTM E140-07(甲第4号証と同一文献)
(17-1)「The conversion values given in the tables, or calculated by the equations given in the appendixes, should only be considered valid for the specific materials indicated. This is because conversions can be affected by several factors, including the material alloy, grain structure, heat treatment, etc.
(当審訳)表中の換算値、または注釈の式によって計算される換算値は、示された特定の具体的な材料にのみ有効である。これは、換算値が種々の因子(材料合金、結晶粒構造、熱処理などを含む)の影響を受けるからである。」

第5.本件審判請求に係る審理範囲と審理すべき無効理由
1.請求人が平成24年7月18日付けの口頭審理陳述要領書に添付した甲第5号証の1ないし甲第5号証の4、周知例4、及び公知例1ないし公知例2の提出並びにそれらに基づく主張については、第1回口頭審理調書に記載されたとおり、請求の趣旨及び理由を変更することが明らかであるから、当審は、特許法第131条の2第2項の規定により、当該提出及び主張を許可しないとの請求理由の補正諾否の決定をしており、これらに基づく主張は審理対象としない。

2.口頭審理において、請求人は、特許法第36条を根拠条文とする無効理由は主張しない旨の陳述をしており(第1回口頭審理調書を参照)、しかも、口頭審理陳述要領書において、「上記「曲げ強さ40kgf/mm^(2)以上」が上記の意味において格別の意義を有する事項であるかに関わらず、特許請求の範囲の請求項1に記載されている事項を全てその発明を特定する事項と見なし、そのようにして特定された発明について発明の進歩性を判断することには本請求人に異論はない」と記載されているから(請求人の口頭審理陳述要領書第26頁第1行?第4行)、請求人の主張する無効理由検討に当たって、本件発明1の発明特定事項である「曲げ強さ40kgf/mm^(2)以上」なる特定は、耐摩耗性アルミナ質セラミックスの構成事項を明確に特定するものとして扱い、以下、本件発明1が甲第1号証に記載された発明であるか、同発明及び甲2?4号証に記載された発明から当業者が容易に想到し得るものであるかについて検討する。

第6.当審の判断
1.甲第1号証発明
甲第1号証の記載事項(1-8)には、「・・・本発明実施例に係るアルミナ焼結体と、比較例として仮焼きしていない従来のアルミナ粉末に、添加剤としてSiO_(2)、MgO、B_(2)O_(3)、CaOを添加し、各添加剤の添加量を変化させたアルミナ焼結体を試作して、焼結体中のアルミナ平均結晶粒子径、ロックウェル硬度、及び曲げ強度について測定した。なお、比較例のアルミナ焼結体は、主原料に平均粒子径が2.5?4.0μmで、且つ比表面積が1.0?2.0m^(2)/gの範囲にある仮焼きしていないアルミナ粉末を用い、このアルミナ粉末に上記添加剤をそれぞれ添加し、さらに有機バインダーとともに混練乾燥して顆粒を製作し、この顆粒を800?1200kg/cm^(2)程度のプレス圧で成形したあと、酸化雰囲気中にて焼成したものである。
それぞれの測定結果については、表1に示す通りである。」と記載されているから、同(1-9)の表1の比較例は、「仮焼きしていない従来のアルミナ粉末に、添加剤としてSiO_(2)、MgO、B_(2)O_(3)、CaOを添加し、各添加剤の添加量を変化させたアルミナ焼結体を試作して、焼結体中のアルミナ平均結晶粒子径、ロックウェル硬度、及び曲げ強度について」記載されているといえ、そのうちNo.6で示される比較例についてみてみると、アルミナ焼結体の成分は、
「アルミナ含有率:92重量%
SiO_(2):5?7重量%
MgO:1?1.5重量%
CaO:0.2?0.4重量%」
であり、
「ロックウェル硬度(H_(R30N)):87(kg/mm^(2))
曲げ強度(3点曲げ):34?35(kg/mm^(2))
比重:3.6
焼結体のアルミナ粒子径:5?10μm」
である。
また、甲第1号証は、その記載事項(1-1)に記載されるように、耐摩耗性のアルミナ焼結体に関するものであり、同(1-9)の表1のNo.6で示される試料についても、比較例といえども、ある程度の耐摩耗性を有するものと推認される。
また、同(1-9)の表1のNo.6には、アルミナ焼結体の成分として、アルミナ(Al_(2)O_(3) )、SiO_(2)、MgO、CaOのみが示されているが、当該技術分野の技術常識を勘案すれば、その他の成分として不可避不純物も含んでいることは明らかである。
よって、甲第1号証の表1に記載されているもののうちのNo.6に係る記載を、本件発明1の記載ぶりに則して整理すると、下記のとおりである。
「Al_(2)O_(3) 92重量%、SiO_(2) 5?7重量%、MgO 1?1.5重量%、CaO 0.2?0.4重量%、及び、不可避不純物からなり、焼結体のアルミナ粒子径5?10μm、比重3.6、ロックウェル硬度(H_(R30N))87(kg/mm^(2))、曲げ強度(3点曲げ)34?35(kg/mm^(2))とする耐摩耗性アルミナ焼結体。」(以下、「甲第1号証発明」という。)

2.本件発明1と甲第1号証発明との対比・判断
ア 甲第1号証発明における副成分は、SiO_(2) 、MgO、CaOであることは明らかであり、その含有量は、それぞれ、SiO_(2) 5?7重量%、MgO 1?1.5重量%、CaO 0.2?0.4重量%であり、不可避不純物の量が極めて少ないと仮定すれば、これらの和は、実質的に、最小で6.2重量%、最大で8.9重量%である。
イ アルミナ焼結体は、通常多結晶体であり、アルミナ結晶粒界に上記副成分がガラス層として存在することは、当該技術分野において技術常識である。
ウ 比重とかさ密度は、その定義が異なるものではあるが、緻密体においてこれらはほぼ同程度であって、実用上は同一とみなし得ることも技術常識である。
エ そして、アルミナ焼結体がアルミナ質セラミックスであることも明らかである。
オ そうすると、両者は、
「Al_(2)O_(3) 92重量%、SiO_(2) 5?7重量%、MgO 1?1.5重量%、CaO 0.2?0.4重量%、及び、不可避不純物からなり、副成分である前記SiO_(2)、MgO及びCaOの含有量の和が6.2?8.9重量%であって、前記副成分がアルミナ結晶粒界にガラス層として存在し、かさ密度3.60g/cm^(3)とする耐摩耗性アルミナ質セラミックス。」である点で一致し、
次の(ア)?(オ)の点で相違している。
(ア)本件発明1が「副成分のSiO_(2)、MgO及びCaOの含有量の和を100としたとき各成分の割合がSiO_(2 )72?85重量%、MgO 3?25重量%、CaO 3?25重量%」であるのに対し、甲第1号証発明はかかる事項を有しているか判然としない点
(イ)本件発明1が「不可避的不純物のうちアルカリ金属酸化物0.4重量%以下、TiO_(2) 0.2重量%以下」であるのに対し、甲第1号証発明はかかる事項を有していない点
(ウ)本件発明1において、アルミナ質セラミックスの平均結晶粒径が1.0から5.0μmであるのに対し、甲第1号証発明において、焼結体のアルミナ粒子径が5?10μmである点
(エ)本件発明1が「ビッカース硬さ1100以上」であるのに対し、甲第1号証発明は、「ロックウェル硬度(H_(R30N))87kg/mm^(2)」である点
(オ)本件発明1が「曲げ強さ40kgf/mm^(2)以上」であるのに対し、甲第1号証発明は「曲げ強度(3点曲げ)34?35kgf/mm^(2)」である点

3.相違点についての検討
(1)相違点(ア)について
ア 甲第1号証発明において、Al_(2)O_(3) が92重量%含まれているから、不可避不純物の量が極めて少ないと仮定すれば、残りの成分は実質的に8(=100-92)重量%となる。そこで、この残りの成分が実質的にSiO_(2)、MgO、CaOの3成分、すなわち副成分からなるとして、副成分の含有量の和を100としてこれら3成分の割合を計算すると、
SiO_(2):72?85重量%
MgO:3?25重量%
CaO:3?25重量%
となり、これら3成分の割合は、本件発明1の副成分である3成分の割合と重複する部分がある。
イ しかしながら、甲第1号証発明において、副成分の含有量の和:8重量%の例として、SiO_(2):6.3重量%、MgO:1.5重量%、CaO:0.2重量%である場合があり得る。この場合において、副成分の和を100としてこれら3成分の割合を計算すると、SiO_(2):78.75重量%、MgO:18.75重量%、CaO:2.5重量%となり、この場合は、本件発明1で特定される副成分3成分の割合に含まれない。
ウ してみると、この相違点(ア)は、重複しない部分があるものの、上記アのように重複する部分があるから、必ずしも実質的な相違点であるとまではいえない。

(2)相違点(イ)について
ア 甲第1号証の記載事項(1-8)には、「比較例のアルミナ焼結体は、主原料に平均粒子径が2.5?4.0μmで、且つ比表面積が1.0?2.0m^(2)/gの範囲にある仮焼きしていないアルミナ粉末を用い」と記載されており、この記載からは甲第1号証発明において、どのような純度のアルミナ粉末を用いたかは不明である。
イ そこで、甲第1号証の記載事項(1-9)をみると、比較例No.6の「アルミナ粉末の状態」として「ローソーダ」なる記載がなされている。
「アルミナ粉末の状態」として「ローソーダ」なる記載は、同(1-9)の「本発明」とされるNo.1?4にも「易焼結性ローソーダ」と記載されており、この「易焼結性ローソーダ」については、同(1-7)に「以下、本発明実施例を具体的に説明する。・・・主原料として純度99.9%・・・の易焼結性アルミナ粉末」との記載があるから、純度99.9%のアルミナといえる。
しかし、比較例No.6と「本発明」とされるNo.1?4とは、「アルミナ粉末の状態」に関し、「ローソーダ」と「易焼結性ローソーダ」と異なるものである。これは、純度が異なるのか、焼結特性が異なるのかは不明であるが、焼結特性は異なるものの純度に関しては同程度の純度を有すると仮定すると、甲第1号証発明のアルミナ粉末は不可避不純物のアルカリ金属酸化物やTiO_(2)の含有量が低いものとみることができ、「ローソーダ」が「低ソーダアルミナ」のことであれば、このことは周知例5の低ソーダアルミナの化学組成の記載とも整合する。
ウ しかしながら、甲第3号証の記載事項(3-3)に「本発明方法では、まず、アルミナ原料を振動ミルなどの粉砕機を用いて乾式又は湿式で、粉砕・分散し、乾燥して原料粉体を得る。次いでこの粉体を用いて、セラミックスの製造における常法に従って・・・所定の形状に成形した後、・・・焼成し、アルミナ焼結体とする。・・・。上記製造方法においては、成形助剤、焼結助剤、水等の種類や品質の選定、また、粉砕工程、焼成道具等の選定を適宜行なうことにより、焼成などにより飛散除去できない成分の混入をできるだけ防ぎ、・・・」と記載され、周知例2の記載事項(7-2)に「これらの粉末原料は、必要に応じて純度を落とさないように注意しながら粉砕し、・・・」と記載されているように、焼結体であるアルミナ質セラミックにおける不可避的不純物は、原料のアルミナ粉末のみに起因したもののみではなく、副成分原料に起因するものや焼結工程において不可避的に混入するもの等があり、単に原料のアルミナ粉末の純度が高いことだけから焼結体であるアルミナ質セラミックにおける不可避的不純物が本件発明1に特定される範囲になるとまでは必ずしも言い切れない。
エ さらに、甲第1号証発明の不可避的不純物において「アルカリ金属酸化物」や「TiO_(2)」といった特定の化合物の含有量を本件発明1で特定される範囲とすることを導き出す事項は何ら見当たらない。
オ しかしながら、甲第1号証発明において、副成分の割合が一番少ない場合を検討すると、Al_(2)O_(3) 92重量%、SiO_(2) 5重量%、MgO 1重量%、CaO 0.2重量%で、その合計は98.2重量%であるから、不可避的不純物の割合は最大でも1.8重量%であると認められる。その場合、上記したような「アルカリ金属酸化物」や「TiO_(2)」といった特定の化合物についても、ある程度以下であることは予想されることであり、また、この甲第1号証発明において「ローソーダ」のアルミナ粉末を用いていることから、これらの不純物の量を減らしたいとの思想をみることもできる。
カ してみると、この相違点(イ)については、実質的な相違点でない場合もあり得、実質的な相違点であったとしても、上記オを考慮すると、当業者にとって容易に想到し得るものともいえる。

(3)相違点(ウ)について
ア まず、甲第1号証発明において焼結体のアルミナ粒子径が5?10μmであることについてみてみる。ここで、アルミナ焼結体はアルミナ質セラミックスであり、焼結体の粒子径は、セラミックスの結晶粒径であるから、「焼結体のアルミナ粒子径」を、本件発明1の「アルミナ質セラミックの結晶粒径」と置き換えて議論する。
イ アルミナ質セラミックの結晶粒径が5?10μmの範囲に含まれるということは、結晶粒径が5?10μmの範囲に分布するということであるから、その平均結晶粒径が5μm以下となるためには、すべての結晶の粒径が実質的に5μmである必要がある。このようなことが起こることは非常に考えにくいが、全くあり得ないとまでは言い切れない。
ウ そうすると、この相違点(ウ)は、実質的な相違点でない場合もあり得る。

(4)相違点(エ)について
ア まず、「ビッカース硬さ」と「ロックウェル硬度」について検討する。
乙第3号証の記載事項(16-1)に、「高硬度材料を対象とする硬さ試験方法のJISとして,ロックウエル硬さ試験方法(JIS Z 2245),ビッカース硬さ試験方法(JIS Z 2244)及び微小硬さ試験方法(JIS Z 2251)があるが,これらは主として金属材料を対象にして規定されたものである。したがって,ファインセラミックスのような特に高い硬さを示す材料に,これらの試験方法を適用する場合,硬さ値の顕著な試験荷重依存性や,き裂・はく離の発生によって測定値の再現性や信頼性に問題が生じる。・・・ファインセラミックスの硬さ試験方法の調査研究を実施し,ファインセラミックスに適した硬さ試験方法の検討を行ってきた。取り上げた硬さ試験方法は,ロックウェル硬さ,ビッカース硬さ,・・・である。その結果,ロックウェル硬さは,ファインセラミックスのような高硬度材料においては材料間の測定値の差がつきにくく,かつ,大きなはく離を起こすこともあるから,今回は検討対象から外すこととした。」と記載されている。つまり、アルミナ焼結体を含むファインセラミックスの技術分野においては、従来の金属材料に対しての硬さ試験方法をそのまま適用すると測定値の再現性や信頼性に問題があり、特に、ロックウェル硬さについては、材料間の測定値の差がつきにくく、大きなはく離を起こすことことから、上記乙第3号証のJIS規格では、検討対象から外されている。この経緯からみて、ロックウェル硬さをもとに、他の硬さのビッカース硬さに換算することは困難との推測ができる。してみると、ビッカース硬さとロックウェル硬さとの間に定量的な関係が成立するとは直ちにいえない。
イ 次に、請求人が正確な換算でない旨を自認した甲第4号証-1の記載について検討する(請求人の口頭審理陳述要領書19頁11?12行)。
請求人は、甲第4号証-1として「ビッカース硬さ-ロックウエル硬さの近似的換算値」を示し、ビッカース硬さHv1100はロックウエル硬さH_(R)87.1Kg/mm^(2)であり、甲第1号証発明はロックウエル硬さH_(R)が87.1Kg/mm^(2)は実質的にビッカース硬さHv1100に相当する旨を主張している(審判請求書17頁15?19行)。
甲第4号証-1の近似的換算値はどのようにして求めたものか、請求人は明言していないが、この近似的換算値に示されているビッカース硬さ940?238とロックウエル硬さ 85.6?60.5との間のそれぞれの対応関係をみると、甲第4号証に記載されている「Vickers Hardness Number (HV)(当審訳:「ビッカース硬度(HV)」)」と「Rockwell Haradness Number(当審訳:「ロックウエル硬度」)」の「A Scale 60-kgf (HRA)(当審訳:「Aスケール 60-kgf(HRA)」)」との対応関係を基に計算したものと推認される。
しかし、甲第1号証発明の「ロックウエル硬度(H_(R30N))」は、甲第4号証の記載に則せば、「Rockwell Superficial Haradness Number(当審訳:「ロックウエル表面硬度」)」の「30-N Scale, 30-kgf (HR 30-N)(当審訳:「30-N スケール、30-kgf(HR 30-N)」)」であって、上記近似的換算値に用いた、「Rockwell Haradness Number(当審訳:「ロックウエル硬度」)」の「A Scale 60-kgf (HRA)(当審訳:「Aスケール 60-kgf(HRA)」)」とは異なるものであり、仮に、上記アの検討結果を無視して、「ビッカース硬さ-ロックウエル硬さの近似的換算」が技術的に可能であったとしても、甲第4号証-1の近似的換算値は換算すべきものの前提が違っており、採用することはできない。
さらに、甲第4号証と同一の文献である乙第4号証の記載事項(17-1)にも記載されているように、甲第4号証として示されたASTM E140-07においては、「表中の換算値、または注釈の式によって計算される換算値は、示された特定の具体的な材料にのみ有効である。これは、換算値が種々の因子(材料合金、結晶粒構造、熱処理などを含む)の影響を受けるからである。」と記載されており、そもそも、甲第4号証は「非オーステナイト鋼(ロックウエルC硬度範囲)に対する近似的な換算値)」であるから、この甲第4号証-1に記載された換算値は、非オーステナイト鋼でないアルミナ焼結体に適用できないものである。
したがって、甲第1号証発明の「ロックウェル硬度(H_(R30N))」を本件発明1のビッカース硬さに換算して議論することはできない。
ウ よって、この相違点(エ)については、表現上は実質的な相違点である。
エ この相違点(エ)の判断は、後記の(5)の検討結果により、審決の結論に影響しないので、これ以上の検討は行わない。

(5)相違点(オ)について
ア 上記第5.2.で述べたように、「曲げ強さ40kgf/mm^(2)以上」なる特定は、本件発明1に係る耐摩耗性アルミナ質セラミックスの構成事項を明確に特定する発明特定事項である。
イ そこで、甲第1号証発明における「曲げ強度(3点曲げ)34?35kgf/mm^(2)」を「曲げ強さ40kgf/mm^(2)以上」とすることが当業者にとって容易か否かについて検討する。
ウ 本件発明1の「曲げ強さ」の測定方法についてみてみる。
本件特許明細書【0041】に「曲げ強さはじS1601に規定する3点曲げ法において・・・」と記載されており(当審注:上記「じS」は、「JIS」の誤記と認める。)、JIS R 1601「ファインセラミックスの室温曲げ強さ試験方法」の3点曲げ法を用いたものと認められ、この測定方法はファインセラミックスの技術分野において極めて一般的なものである。
これに対して、甲第1号証発明は、「曲げ強度(3点曲げ)」であり、測定方法についての記載は特段なされていないが、「3点曲げ」であることは明らかであり、アルミナ質セラミックスのようなファインセラミックスにごく普通に用いられている「曲げ強さ」の測定が行われているとみることが自然であるから、上記本件発明1と同様のJIS R 1601の「3点曲げ法」で測定されたものと認める。
エ ところで、甲第1号証の記載事項(1-9)の表1には、「本発明No.1?4」として、曲げ強度が40kgf/mm^(2)を超えているアルミナ焼結体の例が記載されている。
ここで、上記「本発明No.1?4」についてみてみると、甲第1号証の記載事項(1-2)に「易焼結性アルミナ粉末は、既に一度焼成した粉体であるために硬く、また、微小径で均一な粒度分布をもっている。しかも、焼成時の粒子成長が遅いものの、低い温度での焼成でも高い焼結性が得られる。」と記載され、同(1-4)に「上記三種類の添加剤の中でも、B_(2)O_(3)は焼成時のアルミナ粒子の成長を抑制する作用が大きく、・・・B_(2)O_(3)の含有率が・・・未満であると、含有量が少な過ぎるために充分なアルミナ粒子の成長を抑制する作用が得られず、耐摩耗性を高めることができない」と記載されていることからみて、甲第1号証の「本発明No.1?4」は「易焼結性アルミナ粉末」および「B_(2)O_(3)添加剤」を用いることによりアルミナ焼結体の粒子径を小さくでき、その結果、曲げ強さを向上させることができると認められる。
オ これに対し、甲第1号証発明は、甲第1号証において比較例として記載されたものであって、「易焼結性アルミナ粉末」および「B_(2)O_(3)添加剤」を含有していないアルミナ焼結体であり、焼結体の粒子径を小さくする思想もなく、焼結体の粒子径を小さくしたことによる曲げ強さの向上を目的としたものでもない。
カ つまり、甲第1号証の「本発明No.1?4」のアルミナ焼結体は「易焼結性アルミナ粉末」および「B_(2)O_(3)添加剤」によってアルミナ焼結体の粒子径、即ちセラミックスの結晶粒子径を小さくし、その結果として「40kgf/mm^(2)を超える曲げ強度」が達成されていると理解できるものであり、甲第1号証発明のアルミナ焼結体と前提条件である焼結体の原料特性や組成が異なっている。
よって、甲第1号証における「本発明No.1?4」のアルミナ焼結体の曲げ強度の数値を単に抜き出して甲第1号証発明に適用することはできない。
キ ところで、乙第2号証の記載事項(15-1)に「・・・ボールの摩耗率は破壊靱性,曲げ強さに反比例し,平均結晶粒径に正比例していることがわかる。すなわち耐摩耗性にすぐれるジルコニアボールは破壊靱性,曲げ強さが大きく結晶粒径の小さい物性を持っているものと判断される。」と記載されているように、セラミックスの曲げ強さを考慮するにあたり、セラミックスの結晶粒径が小さいものが有利であることは技術常識であるといえる。
ク そして、アルミナ質セラミックスの結晶粒径を小さくする因子として、アルミナ粉末の粒子径を小さくすることが考えられる。
そこで、原料であるアルミナ粉末の粒子径を小さくすることによって、曲げ強さが向上するかについて検討する。
ケ 当審で発見した技術常識を示す文献である、「セラミックス編集委員会講座小委員会編、「セラミックスの機械的性質」、社団法人窯業協会、昭和54年5月1日」(以下、「技術文献A」という)には、
「IV.4 機械的強度と気孔率
・・・強度も気孔率によって変化することになる.材料の強度は,荷重を支えるその荷重方向に垂直な断面の有効面積に比例するので,素地のち密化が進み気孔が少なくなるほど単純に考えても,当然強度は大きくなるはずである.・・・直接,気孔率と強度との関係についても多くの研究が行われている.例えばDuckworthはアルミナ,マグネシア,ジルコニアについての測定結果から次式を導いている.
σ=σ_(0)exp(-bp) (IV-11)
ここでσとσ_(0)はそれぞれ気孔率pと0のときの強度,bは定数である.」(第33頁左欄12行?同頁右欄10行)
「IV.7 粒子の大きさの影響
多結晶質の焼結セラミックス中のき裂の長さは結晶粒子の大きさに関係していることを述べたが,図IV-24はKirchnerらによるチタニアセラミックス中のルチル結晶の平均粒子径と最大き裂長さとの関係を示したもので,これらの間に明らかに比例関係が認められる.これらの関係から多結晶質セラミックスの場合には,それを構成している結晶粒子が細かい方がき裂が短く,強度が大きいと推定される.・・・推定どおり粒子径の小さくなるほど,曲げ強さが大きくなっているのがわかる.
このような粒子の大きさと強度との関係についてはすでに多くの研究が行われ,また次のような関係式が導かれている.
σ=σ_(∞)+σ_(1)D^(-1/2) (IV-19)
σ=σ_(1)D^(-α) (IV-20)
σは強度,Dは粒子径,σ_(∞),σ_(1)は定数である.Carnigliaはこれらのうち(IV-19)式の方が実際のデータと良く合致すると述べている.
・・・アルミナセラミックス中のき裂の長さが粒子径と気孔径の和に近いことを見出しているので,この点から強度は粒子の大きさばかりでなく,気孔の存在も同時に関係することになる.Knudsenはこれらをともに考慮に入れて,
σ=KD^(-a)e^(-bp) (IV-21)
の式を,またPassmoreらは次式を導いている.
σ=Ke^(-bp)D^(-a+cp) (IV-22)
K,a,b,cは定数である.」(第36頁右欄22行?第37頁左欄18行)
と記載されている。
そうすると、上記の(IV-21)式と(IV-22)式からみて、結晶粒子の大きさ「D」が小さく、気孔率「p」が小さいときに、アルミナ質セラミックスの強度が大きくなることが技術常識であるといえる。
コ そこで、気孔率を左右する因子について検討する。
さらに、上記技術文献Aには、
「VII.1 セラミックスの強度と製造操作上の因子
・・・セラミックスの強度は
1)材料本来の特性としてそのものの自身の結合力の強いものを選ぶこと,
2)製造操作を調整することによって
<1> 気孔率を小さくすること,
<2> 粒成長を抑制すること,
(当審注:○付数字は表記できないため、<1>等で代替した。以下同様。)
により高めることが可能となる.
・・・製造操作上では2)-<1>,<2>の因子が最大の課題である.
・・・強度は,例えばF.P.Knudsenによればσ=σ_(0)exp(-bp),
あるいはR.M.Spriggsによれば,E=E_(0)exp(-bp)などからわかるように(ただしbは定数),気孔率pと相関しており,多少表現の相違はあるにしても R.L.Cobleの結論したように気孔を減らすことが強度を増大するための第1条件である.
・・・焼結体の製造の際,経験的に気孔率を小さくし,また粒成長を抑えることにより強度を増大させる努力をしてきた.その目安として,密度の変化(できるだけ密度を大きくすること),収縮率の変化,粒径の変化などを用いてきた.
・・・気孔率は,焼結体を製造する際の諸過程すなわち原料の製造から焼成に至るまでの,あらゆる操作により種々変化する.したがってこの気孔率を0に近づけるため,密度と焼結体製造操作との関係を明らかにしなければならない.
浜野は焼結に影響を与える因子を表VII-1のように分類している.


」(第141頁左欄1行?第142頁左欄1行)
と記載されている。
この記載からみて、気孔率を制御する因子としては、原料粒子のもつ本質的な要因(粒子の大きさ、粒度分布、粒子の形状、表面状態等)に加えて、副次的な要因(不純物の種類、不純物の量、構造欠陥、状態の安定度合等)、外的要因(焼結助剤をはじめとする添加剤の種類や量、成形方法、成形時の圧力、焼結時の温度や圧力や時間、加熱速度、焼結雰囲気等)の影響が避けられないといえる。
サ また、これらの本質的な要因、副次的な要因、外的要因は、気孔率を左右するだけでなく、いずれも原料であるアルミナ粉末を焼結する際の結晶成長にも影響を及ぼすものといえるから、原料として小さい粒子径のアルミナ粉末を用いたとしても、焼結後のアルミナ質セラミックスの結晶粒径がどの程度になるのかについても不明と言わざるを得ない。
つまり、原料であるアルミナ粉体の粒子径を小さくしたとしても、外的要因である添加する焼結助剤やその後の焼結条件をはじめとする、上記したような各種要因によって、その曲げ強さは変化するものであるから、甲第1号証発明において原料であるアルミナ粉末の粒子径を小さくしたことのみから直ちに「40kgf/mm^(2)以上」という曲げ強さを得ることが容易であるとはいえない。
シ そして、上記したように、原料であるアルミナ粉体の粒子径を小さくしただけでは、所望の曲げ強さを得ることができないであろうことは、甲第1号証において、「本発明No.1?4」が、甲第1号証発明である「比較例No.6」で用いられた原料アルミナ粉末の粒子径を小さくしただけでなく、「易焼結性アルミナ粉末」および「B_(2)O_(3)添加剤」を用いることにより所望の特性を得ていることからも裏付けられているといえる。
ス よって、この相違点(オ)に係る本件発明1の発明特定事項を導き出すことはできず、当業者にとって容易に想到し得るものとすることはできない。

(6)小括
上記のとおりであるから、少なくとも、相違点(オ)に係る本件発明1の発明特定事項は、請求人が提出したすべての甲号証、周知例、参考例、及び、本件出願時の技術常識から導き出すことができない。

第6.まとめ
以上のとおり、本件請求項1に係る発明についての特許は、請求人の主張する理由によっては、無効とすることができない。
また、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2012-08-31 
出願番号 特願平8-25218
審決分類 P 1 123・ 121- Y (C04B)
P 1 123・ 113- Y (C04B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 米田 健志  
特許庁審判長 木村 孔一
特許庁審判官 國方 恭子
中澤 登
登録日 2000-06-23 
登録番号 特許第3080873号(P3080873)
発明の名称 耐摩耗性アルミナ質セラミックス及びその製造方法  
代理人 江間 晴彦  
代理人 宮崎 栄二  
代理人 言上 恵一  
代理人 園田 敏雄  
代理人 鮫島 睦  
代理人 山尾 憲人  

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