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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  C22C
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1269264
審判番号 無効2011-800107  
総通号数 159 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-03-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-06-27 
確定日 2013-01-31 
事件の表示 上記当事者間の特許第3868546号発明「ポーラス銀の製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3868546号の請求項1、2、5に係る発明についての特許を無効とする。 特許第3868546号の請求項3、4に係る発明についての審判請求は、成り立たない。 審判費用は、その5分の2を請求人の負担とし、5分の3を被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3868546号の請求項1?5に係る発明についての出願は、平成8年9月10日に特許出願され、平成18年10月20日にそれらの発明について特許権の設定登録がされたものである。
これに対し、平成23年6月27日に本件の請求項1?5に係る発明についての特許無効の審判請求がなされ、同年9月26日付けで審判請求の理由が補正された。
その後、被請求人から同年12月28日付けで上申書が提出され、当審において平成24年2月8日付けで口頭審理における審理事項を通知し、これに対して、請求人から、同年2月27日付けで口頭審理陳述要領書、並びに、同年3月4日付け及び同年3月9日付けで上申書が提出され、同年3月27日に口頭審理が行われるとともに、同日付けで請求人から上申書が提出された。

第2 本件発明
本件特許の請求項1?5に係る発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。

【請求項1】 加圧された酸素ガス雰囲気下に銀を溶融して凝固させることを特徴とするポーラス銀の製造方法。
【請求項2】 鋳造法において溶融および凝固させる請求項1の製造方法。
【請求項3】 引き上げ法において溶融および凝固させる請求項1の製造方法。
【請求項4】 酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下とする請求項1ないし3のいずれかの製造方法。
【請求項5】 急冷凝固させる請求項1ないし4のいずれかの製造方法。

(以下、本件特許の請求項1?5に係る発明をそれぞれ「本件発明1」?「本件発明5」といい、本件発明1?5をまとめて「本件発明」ともいう。)

第3 請求人の主張
これに対して、請求人は、本件発明1?5についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として、審判請求書、口頭審理陳述要領書及び上申書に添付して、以下の甲第1号証?甲第10号証を提出している。なお、甲第1号証?甲第10号証は、平成24年3月27日実施の口頭審理において、成立は確認されている。
また、請求人が主張する無効理由は以下のとおりである。

[無効理由1]
本件発明1、2は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、本件発明1、2についての特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
したがって、上記本件発明1、2についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

[無効理由2]
本件発明1?5は、甲第1号証に記載された発明に基いて、当業者がその出願前に容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1?5についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、上記本件発明1?5についての特許は、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

[証拠方法]
・審判請求書に添付
甲第1号証:米国特許第5181549号明細書
甲第2号証:特願平8-239580号の審判請求書の平成15年8月8日付け手続補正書

・口頭審理陳述書に添付
甲第3号証:O. Knacke et al., On Blow-Hole Formation during Solidification of Silver Melts containing Oxygen and Copper Melts Containing Oxygen and Sulphur, Z. Metallkde., Vol. 70, p. 1-8, (1979)
甲第4号証:METALS HANDBOOK 1948 EDITION, THE AMERICAN SOCIETY FOR METAL, p. 1151-1152
甲第5号証:CONSTITUTION OF BINARY ALLOYS, McGRAW-HILL BOOK COMPANY, INC. 1958, p. 36-39
甲第6号証:特公昭56-9781号公報
甲第7号証:特開平6-273084号公報

・上申書(平成24年3月27日付け)に添付
甲第8号証:The Growth of Crystals from Liquids, J. C. BRICE, 1973, p. 4-7
甲第9号証:第4版実験化学講座16無機化合物, 丸善株式会社, 1993, p. 59-61
甲第10号証:講座・現代の金属学 材料編10鋳造凝固,日本金属学会, 1992, p. 274-279

第4 被請求人の主張
被請求人は、上申書にて、本件審判について応答しない旨を述べ、口頭審理では、甲第1号証?甲第10号証の成立、及び、請求人が主張する無効理由2の対象請求項が請求項1?5であることは認め、実体的審理は審判合議体の判断に委ねる旨を述べた。

第5 証拠の記載事項(審決注:英文に続く和訳は、請求人が提出した部分和訳を参考として、合議体で作成した。また、当審にて要部に下線を付与した。)

1.甲第1号証の記載事項
甲第1号証は、発明の名称を「ポーラス物品の製造方法」とする米国特許明細書であり、以下の記載がある。
(1-ア)「A process of forming a porous solid article comprising the steps of:
providing a base material;
heating said base material to cause said base material to melt to a liquid phase;
exposing said liquid phase of said base material to a gas which dissolves into said base material, said gas having a solubility in said base material which decreases with decreasing temperature of said base material and which increases with increasing pressure of said gas;
maintaining said gas at a predetermined pressure and allowing said gas to dissolve into said liquid phase of said base material;
cooling said base material causing said base material to solidify; and
controlling the pressure of said gas during said cooling step to cause said gas to precipitate within said solidifying base material thereby forming pores in said base material and thereby forming said porous solid article.
(次の工程を含むポーラス材料の製造方法:
基材材料の準備工程;
前記基材材料が液相へと溶融するための加熱工程;
前記基材材料の前記液相を当該液相に溶解するガスに曝す工程であって、基材材料に対するこのガスの溶解度は、基材材料の温度を下げると減少し、ガス圧を上げると上昇するものである工程;
前記ガスの圧力をある設定に基き保持し、該ガスを前記基材材料の液相に溶解させるようにする工程;
前記基材材料を凝固させるために基材材料を冷却する工程;及び
前記基材材料にポアを形成し、ポーラス材料が形成されるように、該基材材料において前記ガスを放出させる前記冷却工程において、ガス圧を制御する工程)」(特許請求の範囲:請求項1)

(1-イ)「The nature of the present invention includes features more closely related to processes used for casting metals, including melting a base metal or alloy and subsequently solidifying the melt to form the required composite.(本発明の実態は、金属鋳造(すなわち、基金属や合金を溶解し、続いて溶融体を凝固し、必要とされる複合材料となすこと)に使用される方法と強く関連している事項を含んでいる。)」(第1欄第28行?第32行)

(1-ウ)「Hydrogen is desirable because of its high solubility in various molten materials. Other gases may also be used.(種々の溶融材料に対して高い溶解度を示すので、水素が好ましい。他のガスを使用してもよい。)」(第4欄第31行?第33行)

(1-エ)「Whether the solidification pressure is increased, decreased, or remains constant will depend on the desired pore structure, pore size and content.(凝固時の圧力を、増加させるか、減少させるか、又は一定とするかどうかは、好ましいポアの構造、ポアのサイズ及び容量に応じて選択される。)」(第4欄第67行?第5欄第1行)

(1-オ)「Thus, to ensure the proper development of the pore structure, it is preferred that the starting material 22 be provided in its eutectic composition. Referring now to FIG. 9, during solidification, the melt 22 will substantially proceed from a liquid phase having hydrogen gas dissolved therein directly into its crystalline phase while evolving the excess hydrogen. This is illustrated by the phase change which will occur as the melt 22 proceed from point 1, where it is a liquid (L) having hydrogen gas dissolved therein, to point 2 where the solidifying melt 29 is a solid (α) having an amount of hydrogen gas dissolved therein but also evolving the excess hydrogen gas (G) to form the cellular structure.(したがって、ポア構造を適切に形成するためには、出発材料22は、共晶組成であることが望ましい。図9を参照すると、凝固過程では、溶融体22は、水素を溶解している液相から過剰な水素を放出しながら、直接結晶相に変化していく。これは、相変化によって次のように説明できる。すなわち、溶融体22が、水素ガスを溶解している液体である点1から、凝固した溶融体29として、ある量の水素ガスを溶解し、かつ、多孔質構造を形成するため過剰なガスを放出した固体である点2になることで生じる相変化である。)」(第5欄第17行?第29行)

(1-カ)「While numerous base matrixes are contemplated by the present invention, specific examples include copper, iron, magnesium, nickel, alloys based upon these elements, and ceramics such as magnesium oxide and /or aluminum oxide.(多数の基材材料が本発明の対象として考えられるが、具体的には、銅、鉄、マグネシウム、ニッケル、これらの合金、並びに、酸化マグネシウム、及び/又は酸化アルミニウムといったセラミックスが挙げられる。)」(第6欄第63行?第68行)

(1-キ)「In one example of the present invention aluminum (9%) bronze is melted in an autoclave 10 in a hydrogen atmosphere at a pressure of 0.6 MPa. The melt 22 is heated to 1,500 K, held for five minutes, and then poured into a mold 28 having a radial heat sink 32. Simultaneously, the pressure in the autoclave 10 is increased to 0.9 MPa. The increased pressure level is held constant until solidification is completed (about five minutes). The autoclave is then depressurized and the product removed. The final product consists of porous bronze having axially oriented pores with a total void content or porosity value of 35%.(本発明の1つの例では、9%のアルミニウムを含有する銅を0.6 MPaの水素圧下でオートクレーブ内で溶融させる。溶融体22を1500Kに加熱し、5分間保持し、放射状のヒートシンク32を有する型28に注ぐ。同時に、オートクレーブ内の圧力を0.9 MPaまで増加させる。増加させた圧力を凝固が終了するまで(約5分)一定に保持する。オートクレーブはそれから圧力を下げ、製品を取り出す。最終製品は、35%の気孔量又は気孔率を有し、軸方向のポアを有するポーラス銅で構成されている。)」(第7欄第23行?第34行)

2.甲第2号証の記載事項
甲第2号証は、本件特許出願の拒絶査定に対する審判手続において、出願人である被請求人が提出したものであり、以下の記載がある。
「なぜならば、引用例3には、新聞記事という極めて限られた発表の場であるという制約を有していることも考慮し、具体例として純銀の場合が示されているとともに、当業者が常識的に判断すれば、引用例3には、実質的に、『他の合金においても急冷すると材料内部で気泡が生成すること』が記載されていると理解されるからであります。」(第5頁第8行?第11行)

3.甲第3号証の記載事項
(3-ア)「By means of modified Bridgman technique, blow-hole formation in the copper-sulphur dioxide and silver-oxygen system was studied during uni-directional solidification at normal pressure and additional inert gas pressures up to 5 bar. The distribution and morphology of the gas bubbles formed with linear solidification rates of 1 and 3 mm/min were determined from metallographic sections. In contrast to previous solidification experiments on aqueous or organic model systems, the gas bubbles in the present work showed no orientation in the direction of heat flow normal to a planar crystallisation front, but rather in the main crystallographic growth direction of the cellular-dendritically solidified metal melts.(常圧及び付加的な不活性ガスの5barまでの加圧において、一方向性凝固工程条件下で、改良ブリッジマン法によるCu-SO_(2)及びAg-O_(2)系における吹き出し孔の形成について研究した。1と3mm/minの一方向凝固速度で形成する気泡の分布と形態を、金属組織切片から決定した。水溶液又は有機物のモデル系の従来の凝固実験とは異なり、本研究における気泡は、平面状の結晶化界面の熱の流れの方向に配向しているのではなく、むしろ多孔質が樹枝状に凝固した金属溶融体の結晶学的成長方向に配向している。)」(第1頁要約)

(3-イ)「Whether in chill casting or continuous casting, in fabricating pressure vessels or in precision casting, expensive measures are taken to avoid blow-hole formation during solidification. (圧力容器組み立てにおける冷却鋳造あるいは連続鋳造、又は、精密鋳造のいずれであっても、凝固時の吹き出し孔の形成を防ぐために、高価な手法がとられている。)」(第1頁左欄第1行?第4行)

(3-ウ)「An oxygen-argon mixture with oxygen partial pressures of 0.15 and 0.35 bar was passed over the molten silver for 20 hours on average. The specimens were then solidified by lowering at rates of 1 and 3 mm/min in the relevant test gas atmosphere at normal pressure.(酸素分圧が0.15又は0.35barの酸素アルゴン混合ガスを、平均20時間、溶融銀に曝した。それらの試料を、対応する混合ガスの常圧下において、1 又は 3 mm/minの速度で下げて凝固させた。)」(第2頁左欄第8行?第10行)

(3-エ)「First, oxygen-charged silver melts were subjected to several pressure variations between 1 and 6 bar during solidification (fig. 7). On increasing the pressure to 6 bar, the initial size of the blow-holes decrease sharply corresponding to the lower gas volume associated with increased pressure. In certain areas, blow-hole formation is completely suppressed for a short time, until the critical concentration for bubble nucleation is reached again. On reducing the pressure, the bubble diameter increases sharply, in the metallographic section, blow-holes up to 10 mm long and 5 mm diameter were observed.(まず、酸素が注入されている銀溶融体が、凝固の間、1-6barのいずれかの圧力下に曝された(図7)。6barまで上げると、吹き出し孔の初期サイズは、圧力の上昇に応じたガスの体積の減少に対応して、急激に減少している。ある領域では、再び空孔核の臨界濃度に達するまで、吹き出し孔の形成はしばらくの間完全に抑制されている。圧力を下げると、空孔の直径が急激に上昇し、金属組織の切片には、長さ10mmで直径5mmまでの吹き出し孔が形成されていた。)」(第3頁右欄第33行?第38行)

(3-オ)「It is apparent, that there is still no satisfactory theory providing a quantitative description of bubble nucleation or segregation.(空孔核や空孔分離の説明に関して、満足できる理論がまだないことは明らかである。)」(第5頁左欄第8行?第10行)

(3-カ)「Consequently, the solidification rate has a critical influence on the bubble formation, in that it also defines the supersaturation at the solid/liquid interface. With infinitely slow solidification, there would be no noticeable supersaturation or bubble formation at the interface, because the dissolved gases could diffuse away. As the solidification rate is increased, the enrichment at the interface rises to the critical concentration for bubble nucleation.(結果として、凝固速度は、空孔形成に決定的な影響を及ぼしており、そこでは、凝固速度が固液界面での過飽和を決定づけてもいる。非常に低速度で凝固すると、溶解したガスが拡散できるので、検知できるほどの過飽和や空孔形成がなされない。凝固速度が高まると、界面の濃度は、空孔核の臨界濃度まで上昇することとなる。)」(第6頁左欄第15行?右欄第4行)

4.甲第4号証の記載事項
(4-ア)「Available information on the silver-oxygen system is summarized by two diagrams: temperature versus composition at one atmosphere pressure, and pressure versus temperature.
The solubility of oxygen in silver is based on the work of Steacie and Johnson. Their results, obtained between 200 and 800 C and at pressures between 20 and 80 cm Hg, indicated that the solubility was lowest at 400C, and from the curves, these authors concluded that it was greater at room temperature than at 200 C. These authors admit that the reversal in the solubility curve is difficult to explain, and suggest, after thermodynamic considerations, that it is associated with the possible existence of oxygen dissolved as Ag_(2)O at low temperatures and as atomic oxygen at temperatures above 400℃.(銀-酸素系に関する有用な情報は、2つの図に要約される。すなわち、ある気圧下の温度-組成状態図と圧力-温度状態図である。
銀に対する酸素の溶解度は、SteacieとJohnsonの業績に基いている。彼らの結果は、200?800 ℃で20?80 cm Hgの圧力下のものであって、溶解度は400℃で最も低く、この曲線によれば、溶解度は200℃より室温の方が大きいと結論づけている。また、溶解度曲線の逆転を説明することは困難であるものとし、熱力学的考察により、溶解した酸素は、低温ではAg_(2)Oとして、400℃以上では原子状の酸素として、存在可能であることを述べている。)」(第1152頁第1行?第28行)

(4-イ)温度-組成状態図(温度-銀に対する酸素含有量)



5.甲第5号証の記載事項
甲第5号証は、複数の成分を有する合金に関する刊行物であるが、銀-酸素系に関しては、甲第4号証である「Metals Handbook」を引用して記載している(第39頁第1行)。

6.甲第6号証の記載事項
「陽極缶に充填した、過酸化銀を主剤とする陽極合剤と、陽極缶に充填した陽極合剤と、前記陽極合剤と陰極合剤との間に設けたセパレータとより成る過酸化銀電池において、前記陽極合剤とセパレータとの間に銀にて形成した多孔板を前記陽極合剤に埋設することなく該陽極合剤上に載置したことを特徴とする過酸化銀電池。」(特許請求の範囲)

7.甲第7号証の記載事項
(7-ア)「蓄熱槽内の蓄熱、蓄冷材に、発泡金属、金属ウール等から成る多孔伝熱材を、蓄熱、蓄冷材の含浸が阻止される構造にして接触させ、前記蓄熱、蓄冷材に対する熱エネルギーの出入りを前記多孔伝熱材を通じて行うようにしたことを特徴とする蓄熱、蓄冷装置。」(請求項1)

(7-イ)「【作用】多孔伝熱材は表面積が非常に大きい。この発明ではそこから熱エネルギーが吸収され或いは放出されるので熱交換率が高まり、蓄、放熱、或いは熱媒体相互の熱交換に要する時間が短縮される。」(【0012】)

8.甲第8号証の記載事項
多結晶体の製造方法として、ブリッジマン法が記載されている。

9.甲第9号証の記載事項
多結晶体、単結晶及びガラスなどを得るための無機化合物の合成法として、溶融法が示されており、溶融法に関して、以下の記載がある。
(9-ア)「一致溶融物質の単結晶は引上げ法(Czochralski法)およびBridgman法などを用いて合成することができる.引上げ法は,一般に貴金属るつぼ中に目的物質を入れ,高周波誘導加熱あるいは抵抗加熱により加熱溶融させ,溶融体を形成させた後,これらを種子結晶上に固化させ,引き上げることにより,大きな結晶を合成する.一般には目的物質の融点がるつぼ材の融点より低いこと,また,るつぼ材と反応しないことが必要になる.この方法で多くの酸化物単結晶が合成されている.
Bridgman法は温度勾配のついた縦形の電気炉中で,細長いるつぼ中で目的物質を完全に溶融体にし,徐々に引き下げることで,細長のるつぼの先端に初晶を析出させ,この初晶を大きくしていく方法である.一般には,アルカリハライド化合物の場合にはるつぼ材としてグラファイトを,酸化物結晶の場合には貴金属るつぼが用いられている.」(第60頁第7行?第17行)

10.甲第10号証の記載事項
第275頁の表6.6には、「各種急冷凝固プロセスの分類」に関する記載があり、冷却速度が示されている。

第6 当審の判断
1.甲第1号証に記載された発明の認定
甲第1号証には、(1-ア)及び(1-イ)によれば、「基材材料を鋳造法において加熱溶融し、ガス圧を制御しながら、ガスを基材材料に溶解させた後、冷却することで基材材料を凝固させる際にポアを形成させる、ポーラス材料の製造方法。」が記載されており、かかる「ポーラス材料の製造方法」において、(1-ウ)及び(1-カ)には、ガスとして溶融材料に対して高い溶解度を示す水素や他のガスを用いること、並びに、基材材料として銅、鉄、マグネシウム、ニッケル等の材料を用いることが記載され、(1-オ)には、ガス及び基材材料である出発材料は、共晶組成であることが望ましいことが記載されている。さらに、(1-エ)には、必要とされるポア特性に応じて、加圧、減圧又は一定圧下で、溶融した基材材料を凝固することが記載されている。

以上によれば、甲第1号証には、以下の発明が記載されていると認められる。(以下、「引用発明」という。)

「加圧、減圧又は一定圧に制御した水素又は他のガス雰囲気下に、銅、鉄、マグネシウム、ニッケル等の基材材料を鋳造法において溶融した後、凝固させるポーラス材料の製造方法であって、溶融した基材材料に対して水素又は他のガスは高い溶解度を示し、水素又は他のガスと基材材料は共晶組成を有するものであるポーラス材料の製造方法。」

2.無効理由について
まず、無効理由2について検討する。
2-1.無効理由2について
2-1-1.本件発明1に対して
(1)対比
本件発明1と引用発明とを対比すると、本件発明の「銀」は引用発明の基材材料となるものであって、本件発明の「酸素ガス」は引用発明の気体である「ガス」の一種であるから、両者は以下の一致点、及び相違点を有する。

<一致点>
ガス雰囲気下に基材材料を溶融して凝固させるポーラス材料の製造方法

<相違点>
相違点1:本件発明1は、酸素ガス雰囲気下において銀を溶融して凝固させるのに対し、引用発明は、水素又は他のガス雰囲気下に、銅、鉄、マグネシウム、ニッケル等の基材材料を溶融し凝固させるものであって、溶融した前記基材材料に対して水素又は他のガスは高い溶解度を示し、水素又は他のガスと基材材料は共晶組成を有するものである点

相違点2:本件発明1は、溶解して凝固させるのが加圧されたガス雰囲気下であるのに対して、引用発明は、加圧、減圧又は一定圧に制御したガス雰囲気下である点

(2)相違点についての判断
(i)相違点1について
引用発明においては、ガス雰囲気を形成するガスと溶融し凝固させる基材材料との間には共晶関係があり、しかも、基材材料に対するガスの溶解度が高いものであるところ、甲第4号証の(4-イ)にも明らかなように、銀-酸素系は古くから知られた周知の共晶材料であって、共晶組成では、銀に対して酸素ガスは0.32重量%溶解するものであるから、酸素ガスは溶融銀に対して高い溶解度を示すといえる。
そうすると、銀-酸素系が共晶組成を有するものであって、酸素が銀に対して高い溶解度を示すことは技術常識といえるから、溶融した基材材料に対して高い溶解度を示すガスであって、基材材料とガスが共晶組成となる組合せを種々適用できることが示唆されている引用発明において、銀-酸素系を適用することは、当業者が容易に想到することである。

(ii)相違点2について
甲第1号証の(1-エ)には、好ましいポアの構造、ポアのサイズ及び容量に応じて圧力は決定される旨記載され、甲第1号証の(1-キ)には、0.6MPa(6気圧)下で基材材料を溶融させ、0.9MPa(9気圧)下で基材材料を冷却凝固させることで35%の気孔率を有するポーラス材料を得るという、加圧下で基材材料を溶融凝固させる例も記載されているから、引用発明において、1気圧を超える加圧されたガス雰囲気下で基材材料を溶融・凝固することは、必要とされるポア特性に応じて当業者が適宜決定し得る設計的事項である。

(iii)小括
したがって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び周知事項に基いて当業者が容易に発明することができたものであるから、本件発明1についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

2-1-2.本件発明2に対して
(1)対比
本件発明2は、本件発明1を「鋳造法」において用いるものであって、本件発明2と、引用発明とを対比すると、両者は、以下に示す一致点、上記2-1-1.(1)に示す相違点1、2(ただし「本件発明1」を「本件発明2」と読み替える。)を有する。

<一致点>
ガス雰囲気下に基材材料を鋳造法において溶融して凝固させるポーラス材料の製造方法

(2)相違点についての判断
(i)相違点1、2について
上記2-1-1.(2)において記載したとおり、引用発明において、相違点1、2における本件発明2の構成を採用することは、当業者が容易になし得ることである。

(ii)小括
したがって、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明及び周知事項に基いて当業者が容易に発明することができたものであるから、本件発明2についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

2-1-3.本件発明3に対して
(1)対比
本件発明3は、本件発明1を「引き上げ法」において用いるものであって、本件発明3と、引用発明とを対比すると、両者は、上記2-1-1.(1)の<一致点>において一致し、上記2-1-1.(1)に示す相違点1、2(ただし「本件発明1」を「本件発明3」と読み替える。)に加え、以下の相違点3を有する。

相違点3:本件発明3は、引き上げ法において溶融及び凝固させるのに対して、引用発明は、鋳造法において溶融及び凝固させる点

(2)相違点についての判断
(i)相違点3について
甲第1号証は、具体的に適用可能な製造方法について、鋳造法以外には、引き上げ法を含む他の製造方法について記載していない上に示唆する記載もしていない。
そして、引用発明は、凝固時に大量の気孔が生じるという特殊形状を有する材料を鋳造法において得るものである一方、引き上げ法の場合に大量の気孔が生じるということは、引き上げ方向に対する断面積が低下し、その切断のおそれが高まるのであって、所定形状の維持が困難となることが予測されるから、引用発明に係る鋳造法に換えて引き上げ法を採用することには、阻害要因があるものといえる。
また、請求人が提出した甲第2号証?甲第10号証のいずれにも、引き上げ法においてポーラス材料を製造することは記載されておらず、引き上げ法に関して記載がある甲第9号証には、ポーラス材料ではなく単結晶の製造方法に関する記載があるに過ぎない。
そうすると、引用発明において、鋳造法に換えて引き上げ法を採用することは、甲第2号証?甲第10号証に示された周知事項を参照しても、当業者が容易に想到することとはいえない。

(ii)小括
したがって、本件発明3は、甲第1号証に記載された発明及び周知事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明3についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

2-1-4.本件発明4に対して
(1)対比
本件発明4は、本件発明1?3において、「酸素ガスに不活性ガスを加えた混合ガス」を用いるものであって、本件発明4と、引用発明とを対比すると、両者は、上記2-1-1.(1)の<一致点>において一致し、上記2-1-1.(1)に示す相違点1(ただし「本件発明1」を「本件発明4」と読み替える。)に加え、以下の相違点4を有する。

相違点4:本件発明4は、溶解して凝固させるのが加圧された酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下であるのに対して、引用発明は不活性ガスとの混合ガスを用いることの特定がなく、加圧、減圧又は一定圧に制御したガス雰囲気下である点

(2)相違点についての判断
(i)相違点4について
本件特許明細書の実施例1の記載によると、加圧した状態で銀を溶融・凝固させるにあたり、酸素ガスのみの雰囲気下ではなく、酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下にすると、均一サイズのポアが生成されるという優れた効果を奏することが把握できる。
一方、請求人が提出した甲第1、2、4?10号証のいずれにも、酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下にすることは記載も示唆もされていない。また、甲第3号証には、(3-ウ)において、酸素ガスと不活性ガスであるアルゴンとの混合ガスについて記載されているが、(3-イ)、(3-エ)及び(3-カ)から明らかなように、同号証には、空孔を如何に発生させないように制御するかを目的とし、(3-ア)に示されているように、意図しない空孔の形態を分析したことが記載されているのであって、ポーラス材料の製造を目的とする事項は記載されていない。そして、(3-オ)では、空孔核の発生や空孔分離に関して、依然として十分な理論が構築できていないことも説明されている。
そうすると、均一なポアサイズを有するポーラス材料を製造するために、酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下を採用することは、甲第2号証?甲第10号証に記載されていないから、引用発明において、酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下で溶融及び凝固させる事項を採用し、さらに当該混合ガス雰囲気を加圧状態とすることは、当業者が容易になし得るものではなく、本件発明4は、加圧状態の酸素ガスと不活性ガスとの混合ガス雰囲気下にすることで優れた効果を奏しているのであって、本件発明4の効果は当業者といえども予測できるものではない。

(ii)小括
したがって、本件発明4は、甲第1号証に記載された発明及び周知事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件発明4についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

2-1-5.本件発明5に対して
(1)対比
本件発明5は、本件発明1?4において、「急冷凝固」するものであって、本件発明5と、引用発明とを対比すると、両者は、上記2-1-1.(1)の<一致点>において一致し、上記2-1-1.(1)に示す相違点1、2(ただし「本件発明1」を「本件発明5」と読み替える。)に加え、以下の相違点5を有する。

相違点5:本件発明5は、急冷凝固させるのに対して、引用発明はそのような特定がない点

(2)相違点についての判断
(i)相違点1、2について
上記2-1-1.(2)において記載したとおり、引用発明において、相違点1、2における本件発明5の構成を採用することは、当業者が容易になし得ることである。

(ii)相違点5について
甲第1号証には、冷却凝固速度に関する直接の記載はないが、引用発明は溶融した基材材料がポーラスになる冷却凝固速度を採用している。
一方、本件特許明細書には、「急冷」に関して特段の説明はなく、速度に関しては、【0010】において「凝固速度」を変えることが記載されているに過ぎず、具体的又は相対的な冷却凝固速度に関する記載はない。
したがって、本件発明5の「急冷凝固」とは、単に、ポーラスを形成可能な程度の速度で冷却凝固することを意味するものと認められる。
そうすると、引用発明において、ポーラスを形成可能な程度の速度で冷却凝固することである「急冷凝固」を採用することは、当業者にとって設計的事項である。

(iii)小括
したがって、本件発明5は、甲第1号証に記載された発明及び周知事項に基いて当業者が容易に発明することができたものであるから、本件発明5についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

2-2.無効理由1について
上記2-1で示したとおり、本件発明1、2についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、無効理由1について検討するまでもなく、特許法第123条第1項第2号に該当するものである。

第7 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1、2、5についての特許は、無効とすべきものである。
また、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明3、4についての特許を無効にすることはできない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第64条の規定により、その2/5を請求人が、3/5を被請求人が負担するものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2012-04-17 
出願番号 特願平8-239580
審決分類 P 1 113・ 113- ZC (C22C)
P 1 113・ 121- ZC (C22C)
最終処分 一部成立  
前審関与審査官 木村 孔一後藤 政博  
特許庁審判長 山田 靖
特許庁審判官 野田 定文
大橋 賢一
登録日 2006-10-20 
登録番号 特許第3868546号(P3868546)
発明の名称 ポーラス銀の製造方法  

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