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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H02H
審判 全部無効 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正  H02H
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  H02H
管理番号 1271344
審判番号 無効2011-800199  
総通号数 161 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-05-31 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-10-06 
確定日 2013-02-21 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4624400号発明「車両用の電線保護方法および電線保護装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第4624400号に係る出願は、平成19年11月19日に特許出願され、平成22年11月12日に特許の設定登録がなされた。
これに対して、請求人より平成23年10月6日に、本件請求項1ないし5に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明5」といい、これらをまとめて「本件特許発明」という。)の特許について無効審判の請求がなされ、被請求人より平成23年12月26日付で答弁書が提出された。
その後、平成24年1月24日付で審理事項通知書が通知され、請求人より平成24年2月24日付口頭審理陳述要領書、平成24年3月16日付口頭審理陳述要領書、平成24年3月16日付口頭審理陳述要領書(2)が提出され、被請求人より平成24年2月24日付口頭審理陳述要領書、平成24年2月29日付上申書、平成24年3月16日付口頭審理陳述要領補足書が提出され、平成24年3月16日に口頭審理が行われると共に、無効理由が告知され、同日付で訂正請求書、訂正特許請求の範囲、訂正明細書が提出されると共に、審理を終結した。


2.訂正の可否
当審では、平成24年3月16日の口頭審理で、
「請求項1において、「下記関係式におけるRw(n)を、前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n)であって温度に依存しない一定値として」と、「Rw(n)=Rw(0)×(1+κw×(Tw-To)):検出n回時の電線抵抗(Ω)」とは、内容が矛盾するため、発明の構成が明確でなく、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしておらず、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。請求項2も同様である。」との無効理由を告知した。

これに対し、被請求人より平成24年3月16日付で提出された訂正請求書の訂正の内容は、本件特許発明の特許請求の範囲、明細書を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲、訂正明細書のとおりに訂正しようとするものである。即ち、
(イ)本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1の「Rw(n)」を「Rw(n-1)」に訂正すると共に、「Rw(n)=Rw(0)×(1+κw×(Tw-To)):検出n回時の電線抵抗(Ω)」を「Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)」と訂正し、「Rw(0):温度Toでの電線抵抗(Ω)」、「κw:電線抵抗温度係数(/℃)」を削除する(以下、「訂正事項1」という)。
(ロ)本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項2の「Rw(n)」を「Rw(n-1)」に訂正すると共に、「Rw(n)=Rw(0)×(1+κw×(Tw-To)):検出n回時の電線抵抗(Ω)」を「Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)」と訂正し、「Rw(0):温度Toでの電線抵抗(Ω)」、「κw:電線抵抗温度係数(/℃)」を削除する(以下、「訂正事項2」という)。
(ハ)本件特許明細書の【0005】の「Rw(n)」を「Rw(n-1)」に訂正すると共に、「Rw(n)=Rw(0)×(1+κw×(Tw-To)):検出n回時の電線抵抗(Ω)」を「Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)」と訂正し、「Rw(0):温度Toでの電線抵抗(Ω)」、「κw:電線抵抗温度係数(/℃)」を削除する(以下、「訂正事項3」という)。
(ニ)本件特許明細書の【0013】の「Rw(n)」を「Rw(n-1)」に訂正すると共に、「Rw(n)=Rw(0)×(1+κw×(Tw-To)):検出n回時の電線抵抗(Ω)」を「Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)」と訂正し、「Rw(0):温度Toでの電線抵抗(Ω)」、「κw:電線抵抗温度係数(/℃)」を削除する(以下、「訂正事項4」という)。

これら訂正事項について検討すると、訂正事項1ないし4は、特許請求の範囲の文章の記載内容が式の記載内容との関係において不合理を生じている記載を正すものであるから、明りょうでない記載の釈明と認められ、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でなされたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものではなく、当該訂正は特許法第134条の2第1項第3号に掲げる事項を目的とし、かつ、同条第5項で準用する特許法第126条第3項及び第4項の規定に適合し、訂正事項1ないし4の訂正を認める。


3.本件特許発明
本件特許発明は、平成24年3月16日付訂正特許請求の範囲、訂正明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
車両において電源から負荷へ電力を供給するために用いられる電線を保護する方法であって、
前記負荷への通電電流を所定時間毎に検出する工程と、
前記検出された通電電流に起因する前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を推定する工程と、
前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定する工程と、
前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度未満であると判定された場合、前記上昇温度を用いて、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の前記基準温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を新たに推定する工程と、
前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が所定の上限温度以上であると判定された場合、前記電源から前記負荷への電力の供給を停止する工程とを含み、
前記電線の温度を推定する工程は、前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、下記関係式に基づき算出し、
その算出において、
下記関係式におけるRw(n-1)を、前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n-1)であって温度に依存しない一定値として、前記電線の上昇温度を算出し、
前記基準温度を、前記電線が配設された場所の環境温度のうち最高温度の環境温度に設定する、車両用の電線保護方法。
ΔTw(n)= ΔTw(n-1)×exp(-Δt/τw)+Rthw
×Rw(n-1)×I(n-1)^(2)×(1-exp(-Δt/τw))
ここで、 I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)
ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)
Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)
Rthw:電線熱抵抗(℃/W)
τw:電線放熱時定数(s)
Δt:所定時間(s)
Tw=基準温度+ΔTw(n)
:検出n回時の電線温度(℃)
【請求項2】
車両において電源と負荷との間に設けられ、前記電源から前記負荷へ電力を供給するために用いられる電線を保護する装置であって、
前記電源から前記負荷への通電路に設けられ、前記負荷への電力供給をスイッチする半導体スイッチ素子と、
前記半導体スイッチ素子に流れる負荷への通電電流を所定時間毎に検出する電流検出回路と、
前記検出された通電電流に起因する前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を推定する演算回路と、
前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定し、
前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度未満であると判定した場合には、前記演算回路に、前記上昇温度を用いて、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の前記基準温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を新たに推定させ、
前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度以上であると判定した場合には、前記半導体スイッチ素子をオフして、前記電源から前記負荷への電力の供給を停止させる保護回路と、
前記基準温度を、前記電線が配設された場所の環境温度のうちの最高温度の環境温度に設定する基準温度設定回路と、
を備え、
前記演算回路は、前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、下記関係式に基づき算出し、その算出において、下記関係式におけるRw(n-1)を、前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n-1)であって温度に依存しない一定値として、前記電線の上昇温度を算出する、車両用の電線保護装置。
ΔTw(n)= ΔTw(n-1)×exp(-Δt/τw)+Rthw
×Rw(n-1)×I(n-1)^(2)×(1-exp(-Δt/τw))
ここで、 I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)
ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)
Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)
Rthw:電線熱抵抗(℃/W)
τw:電線放熱時定数(s)
Δt:所定時間(s)
Tw=基準温度+ΔTw(n)
:検出n回時の電線温度(℃)
【請求項3】
前記通電電流を電圧に変換し、変換信号を生成する変換回路と、前記変換信号をフィルタリングするローパスフィルタとをさらに備え、前記ローパスフィルタの時定数は、前記所定時間より大きく、前記電線の放熱時定数より小さい請求項2に記載の車両用の電線保護装置。
【請求項4】
前記電線は、前記半導体スイッチ素子から前記負荷までの間に配設される車両用のワイヤーハーネスであり、
前記演算回路および保護回路は、マイクロコンピュータとして構成される請求項2または請求項3に記載の車両用の電線保護装置。
【請求項5】
前記演算回路および保護回路は、ハードウェアロジックによって構成される請求項2?請求項4のいずれか一項に記載の車両用の電線保護装置。」


4.請求人の主張
審判請求人は、本件発明1ないし本件発明5を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする旨の審決を求める無効審判を請求し、証拠方法として、甲第1号証(特開2007-295776号公報)、甲第2号証(特開昭63-204307号公報)、甲第3号証(特開平8-242533号公報)を提出し、本件発明1ないし本件発明5は甲第1号証に記載された発明並びに甲第2号証及び甲第3号証に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、無効とすべきであると主張している。


5.被請求人の主張
被請求人は、請求人の主張している無効理由に根拠はなく、本件発明1ないし本件発明5は、特許法第29条第2項の規定に該当しないと主張している。


6.甲各号証に記載された発明及び技術
(1)甲第1号証には、図面と共に以下の事項が記載されている。

1-a「本発明は、電線の温度が上昇した際にこれを検出して負荷回路を保護する負荷回路の保護装置に関する。」(【0001】)

1-b「ところが、このような負荷回路では、上記した閾値電流を超える程度の過電流が流れた場合、即ち、デッドショート発生時には即時にこれを検出して回路を保護できるが、通常電流よりも大きく且つ閾値電流を超えない程度の電流が流れた場合、即ち、レアショート発生時には、これを検出することができないことがある。」(【0004】)

1-c「本発明は、このような従来の課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、レアショート発生時に、電線の温度上昇に基づいて回路を遮断するか否かを判断し得る負荷回路の保護装置を提供することにある。」(【0009】)

1-d「以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る負荷回路の保護装置を含む負荷回路の構成を示す回路図であり、例えば、車両に搭載されるランプやモータ等の負荷に、車両に搭載されたバッテリよりの電力を供給して駆動するための回路である。
同図に示すように、負荷回路1は、車両に搭載されるバッテリ(電源)2と、ランプやモータ等の負荷4と、バッテリ2と負荷4との間に設けられ、負荷4への電力の供給、停止を切り換えるMOSFET等の電子スイッチ(スイッチ)3とを備えている。
また、負荷4に流れる電流を検出する電流計(電流検出手段)5と、電子スイッチ3のオン、オフを制御する制御回路6を備えている。更に、バッテリ2と電子スイッチ3との間、及び電子スイッチ3と負荷4との間は、電線7にて接続されている。ここで、本実施形態に係る負荷回路の保護装置10は、電子スイッチ3と、電流計5と、制御回路6により構成される。」(【0015】-【0017】)

1-e「上昇温度算出部(上昇温度算出手段)61は、電子スイッチ3がオンとされ、負荷4に電流が流れているときの電流計5により検出される負荷電流、及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性(後述する熱抵抗R及び熱容量C)に基づいて、所定のサンプリング時間(例えば、5msec)毎の電線7の上昇温度を算出する。
下降温度算出部(下降温度算出手段)62は、回路中の接触導体と電線7とが離間する等の理由により、電流計5にて電流が検出されないとき、或いは電流計5で検出された電流が下降したときに、電流が検出されなくなったとき、或いは電流の下降が開始されたときの電線7の推定温度と、電線7を含む導体の熱特性に基づいて、所定のサンプリング時間毎の電線7の下降温度を算出する。」(【0019】-【0020】)

1-f「推定温度算出部(推定温度算出手段)64は、上述した上昇温度算出部61で算出された所定のサンプリング時間毎の上昇温度、下降温度算出部62で算出された所定のサンプリング時間毎の下降温度、及びアーク上昇温度算出部63で算出された所定のサンプリング時間毎の上昇温度を積算して、現在における電線7の推定温度を算出する。更に、算出した推定温度を記憶保存するためのメモリ64aを備えている。
温度判定部65は、上述した推定温度算出部64で算出された電線7の推定温度Tnowと、予め設定した許容温度(所定の閾値温度)Tthとを比較し、推定温度Tnowが許容温度Tthを超えた(Tnow>Tth)と判定した場合に、スイッチ制御部66に回路遮断指令信号を出力する。
スイッチ制御部(遮断制御手段)66は、温度判定部65より、上記の回路遮断指令信号が出力された際に、電子スイッチ3をオフとして通電を停止させ、回路を保護する。」(【0022】-【0024】)

1-g「(イ)上昇温度算出部61における上昇温度の算出
電線7に電流が流れることによる発熱に伴う電線7の温度T1は、次の(1)式で示される。
【数3】



……(1)
ここで、各記号は以下の通りである。
T1 : 電線の温度[℃]
T2 : 周囲温度[℃]
i : 電流[A]
r : 導体の抵抗[Ω]
R : 導体の熱抵抗[℃/W]
C : 導体の熱容量[J/℃]或いは[W・sec/℃]
t : 経過時間[sec]
(1)式において、周囲温度T2は、電子スイッチ3がオンとされたときの電線7の温度であり、初期状態では固定値として例えば、通常の環境下では25℃、エンジンルーム等の高温環境下では85℃等に設定される。電流iは電流計5により測定される値である。抵抗rは定数である。熱抵抗Rは、電線7を含む導体の熱の伝わり易さを示す値であり、電線7の材質、太さ、形状等に基づく固有の値を含む導体の値である。熱容量Cは、電線7を含む導体の温度を1℃高めるのに必要な熱量であり、電線の材質、太さ、形状等に基づく固有の値を含む導体の値である。
従って、電流iと時間tが決定されると、(1)式を用いることにより、電線7の現在の温度T1を求めることができる。」(【0027】-【0030】)

1-h「(ロ)下降温度算出部62における下降温度の算出
電流計5で電流が検出されないとき、或いは検出される電流値が下降したときの、放熱に伴う電線の温度T1は、次に(2)式で示される。
【数4】


……(2)
ここで、(2)式における各記号は以下の通りである。
T1 : 電線の温度[℃]
T2 : 周囲温度[℃]
r : 導体の抵抗[Ω]
R : 導体の熱抵抗[℃/W]
C : 導体の熱容量[J/℃]或いは[W・sec/℃]
t : 経過時間[sec]
(2)式において、周囲温度T2は、電流計5で電流が検出されないとき或いは検出される電流値が下降したときの、電線7の温度である。また、「i」は、電流計5で電流が検出されないとき或いは検出される電流値が下降したときの、電線7の温度(上記した(1)式で求められる温度T1)にて発熱が飽和する電流[A]であり、電線7の温度が飽和状態である場合には、電流計5で電流が検出されないとき或いは検出される電流値が下降する直前の電流[A]となる。詳細については後述する。従って、電流iと時間tが決定されると、(2)式を用いることにより、電線7の現在の温度T1を求めることができる。」(【0031】-【0034】)

1-i「次に、上述のように構成された本実施形態に係る負荷回路1の動作について、図3に示すフローチャートを参照しながら説明する。なお、本フローチャートに示す処理は、例えば、5[msec]のサンプリング時間で周期的に実行される。
まず、ステップS1において、電流計5により負荷電流が流れているか否かが判定される。即ち、電子スイッチ3がオンとされて、バッテリ2と負荷4が電気的に接続され、電線7に電流が流れているか否かが判定される。
そして、電流が検出されたと判定された場合には(ステップS1でYES)、ステップS2において、今回のサンプリング時の検出電流と前回のサンプリング時の検出電流とを比較する。
そして、今回の検出電流が前回の検出電流以上であると判定された場合(ステップS2でYES)、即ち、負荷4に流れる電流が上昇しているか、或いは定電流で安定していると判定された場合には、ステップS4において、上昇温度算出部61は、タイマを作動させて時間経過を計時すると共に、電流計5で検出された電流値iと、タイマにより計時される経過時間に基づき、上述した(1)式を用いて、電線7の温度T1を算出する。なお、(1)式における周囲温度T2は初期温度として、例えば、25℃等の値を設定する。
次いで、ステップS7において、推定温度算出部64は、ステップS4で算出された温度T1を現在の電線7の推定温度Tnowとしてメモリ64aに記憶保存する。
ステップS8では、温度判定部65により、上記のメモリ64aに記憶されている電線7の推定温度Tnowと、電線7が発煙しない程度に設定された許容温度(所定の閾値温度)Tthとが比較判定され、推定温度Tnowが許容温度Tth以下である場合(推定温度Tnow≦許容温度Tth)には、処理を元に戻す(ステップS8でYES)。
そして、上記の負荷4に流れる電流が上昇或いは定電流で安定している場合には、ステップS1,S2,S4,S7の処理が繰り返され、電線7の温度は(1)式においてt=∞として、次の(4)式に示す温度T1に収束する。
T1=T2+i^(2)・r・R ・・・(4)
ここで、負荷回路1にレアショートが発生し、負荷4に流れる電流iが増大した場合には、電線7の温度が上昇し、現在の電線7の推定温度Tnowが許容温度Tthを上回るので、ステップS8でNOとなり、ステップS9にてスイッチ制御部66が電子スイッチ3をオフとして回路を遮断し、負荷回路1を発熱から保護する。」(【0037】-【0044】)

上記記載事項及び図面を参照すると、電線の推定温度が予め設定した許容温度以下である場合、処理を元に戻して、新たに検出された負荷電流及び予め設定されている前記電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて経過時間tでの前記電線7の周囲温度からの新たな上昇温度を算出し、前記周囲温度からの前記新たな上昇温度を前記周囲温度に加算して電線の推定温度を算出している。

上記記載事項及び図面からみて、甲第1号証には、
「車両においてバッテリより負荷へ電力を供給するために用いられる電線の温度が上昇した際にこれを検出して負荷回路を保護する方法であって、
前記負荷への負荷電流を所定のサンプリング時間毎に検出する工程と、
今回の検出電流が前回の検出電流以上であると判定された場合、前記検出された負荷電流及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて経過時間tでの前記電線7の周囲温度からの上昇温度を算出し、前記周囲温度からの前記上昇温度を前記周囲温度に加算して電線の推定温度を算出する工程と、
前記推定温度が予め設定した許容温度を超えたかどうか判定する工程と、
前記判定する工程において、前記推定温度が予め設定した許容温度以下である場合、処理を元に戻して、新たに検出された負荷電流及び予め設定されている前記電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて経過時間tでの前記電線7の周囲温度からの新たな上昇温度を算出し、前記周囲温度からの前記新たな上昇温度を前記周囲温度に加算して電線の推定温度を算出する工程と、
前記判定する工程において、前記推定温度が予め設定した許容温度を超えたと判定した場合、通電を停止する工程とを含み、
前記推定温度を算出する工程は、前記経過時間tでの前記検出された負荷電流及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づく前記電線の推定温度を、下記関係式に基づき算出し、
その算出において、
下記関係式におけるrを、定数として、前記電線の推定温度を算出し、
前記周囲温度を、固定値であるエンジンルームの85℃に設定する、車両の負荷回路を保護する方法。



……(1)
T1 : 電線の温度[℃]
T2 : 周囲温度[℃]
i : 電流[A]
r : 導体の抵抗[Ω]
R : 導体の熱抵抗[℃/W]
C : 導体の熱容量[J/℃]或いは[W・sec/℃]
t : 経過時間[sec]」
との発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

(2)甲第2号証には、図面と共に以下の事項が記載されている。

2-a「〔産業上の利用分野〕
本発明は、マイクロコンピュータを使用して実現した過電流検出装置に関する。特に、数値制御される自動制御機械等すでにマイクロコンピュータ等を使用している機械においては、経済的負担をともなうことなく、構成を簡素化し、感度や精度を向上することができる過電流検出装置に関する。
〔従来の技術〕
電動機・発電機等の電磁機械には、短時間であっても過大な電流が流れることによって発生する過大な電磁力(機械力)からの保護と、それ程過大な電流でなくても長時間流れることによって発生するジュール熱にもとづく過熱からの保護とが必要である。」(第1頁右下欄9行?第2頁左上欄4行)

2-b「〔発明が解決しようとする問題点〕
このようなアナログ回路またはパルス制御回路を使用した過電流検出装置は、保護される電動機等の制御回路にも過電流検出装置に必要とするアナログ回路またはパルス制御回路と同種のアナログ回路またはパルス制御回路が使用されているときは甚だ大きな利益を有する。
しかし、保護される電動機等の制御回路がマイクロコンピュータ応用技術をもって実現されることになると、その利点はある程度失われることになり、保護される電動機等の制御回路がマイクロコンピュータ応用技術をもって実現されるように推移するとともに、マイクロコンピュータ応用技術をもって実現され過電流検出装置の開発が望まれることになった。
本発明の目的は、この要請に応えることにあり、マイクロコンピュータを使用して実現した過電流検出装置を提供することにある。」(第2頁右上欄1行?18行)

2-c「〔作用〕
電動機・発電機等の電磁機械の温度上昇は、負荷電流の二乗に電磁機械の巻線の電気抵抗とを乗じて得られた発熱量と放熱量との差によって決定され、指数関数的に上昇することは知られている。
そこで、第3図に模式的に示す電気回路を使用して、温度上昇θ(t)を、解くと、
θ(n+1)=P(n)r(1-exp(-T/Cr))[注:(T/Cr)は誤記]
+exp(-T/Cr)θ(n)[注:(T/Cr)は誤記]
=K1P(n)+K2θ(n)
を得ることができる。
ここで、Cは電磁機械の熱容量であり、
rは電磁機械の巻線の電気抵抗であり、
Tはサンプリング周期であり、
P(n)は発熱量である。
本発明は、サンプリング方式を使用して、発熱量P(n)を逐次求め、これに、第1の係数K1を乗じて累積し、この累積値θ(n)に第2の係数K2を乗じた数K2θ(n)と、次のサンプリングにおける発熱量に第1の係数を乗じた値K1(Pn)との和を求めて温度上昇θ(n+1)を求め、この値が、電動機・発電機等の電磁機械の許容温度上昇値から周囲温度を差し引いた値を超過したことをもって過電流と判定することとしたものであり、マイクロコンピュータ応用技術を利用して過電流検出装置を実現しうる。」(第2頁右下欄6行?第3頁左上欄15行)

2-d「図は全体構成図を示す。図において、1はサンプリング周期毎に電流を検出する電流検出手段であり、2は前記のサンプリング周期毎に、前記の電流検出手段1によって検出された電流の二乗に負荷の巻線の電気抵抗と第1の係数とを乗じて記憶する第1の演算記憶手段であり、3は前記のサンプリング周期毎に、前記の第1の演算記憶手段2の記憶している数値情報を移送されてこの数値情報に第2の係数を乗じて記憶する第2の演算記憶手段であり、4は前記のサンプリング周期毎に、前記の第2の演算記憶手段3の記憶している数値情報と前記の第1の演算記憶手段2の記憶している数値情報とを加算して記憶する第3の演算記憶手段であり、5は前記のサンプリングの累積サンプリング周期毎に、前記の第3の演算記憶手段4の記憶している数値情報を前記の累積サンプリングの累積数をもって除して得られた数値情報が前記の負荷の許容温度上昇値を超過するまでは、前記の累積サンプリングを継続し、前記の数値情報が前記の負荷の許容温度上昇値を超過したとき、過電流と判定する過電流判定手段である。」(第3頁右上欄2行?第3頁左下欄3行)


7.本件発明1と甲1発明との対比
そこで、本件発明1と甲1発明とを比較すると、甲1発明の「バッテリ」、「電線の温度が上昇した際にこれを検出して負荷回路を保護する方法」、「負荷電流」又は「検出電流」、「所定のサンプリング時間毎」、「電線の推定温度を算出する工程」、「推定温度」、「予め設定した許容温度」、「通電を停止する工程」、「推定温度を算出する工程」、「定数」、「電線の推定温度を算出」、「車両の負荷回路を保護する方法」は、各々本件発明1の「電源」、「電線を保護する方法」、「通電電流」、「所定時間毎」、「電線の温度を推定する工程」、「推定された電線の温度」、「所定の上限温度」、「電源から負荷への電力の供給を停止する工程」、「電線の温度を推定する工程」、「温度に依存しない一定値」、「電線の上昇温度を算出」、「車両用の電線保護方法」に相当するものと認められる。

甲1発明は、電線の温度上昇時には(1)式より発熱特性のみを考慮しているから、甲1発明の「前記検出された負荷電流及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて経過時間tでの前記電線7の周囲温度からの上昇温度を算出し、前記周囲温度からの前記上昇温度を前記周囲温度に加算して電線の推定温度を算出する工程」と、本件発明1の「前記検出された通電電流に起因する前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を推定する工程」は、「検出された通電電流に起因する電線の所定の発熱特性に基づいて前記電線の関連温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記電線の関連温度に加算して前記電線の温度を推定する工程」との概念で共通する。
甲1発明の「前記推定温度が予め設定した許容温度を超えたかどうか判定する工程」と、本件発明1の「前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定する工程」は、「推定された電線の温度が所定の上限温度との関係がどうかを判定する工程」との概念で共通する。
甲1発明の「前記判定する工程において、前記推定温度が予め設定した許容温度以下である場合、処理を元に戻して、新たに検出された負荷電流及び予め設定されている前記電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて経過時間tでの前記電線7の周囲温度からの新たな上昇温度を算出し、前記周囲温度からの前記新たな上昇温度を前記周囲温度に加算して電線の推定温度を算出する工程」と、本件発明1の「前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満であると判定された場合、前記上昇温度を用いて、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を新たに推定する工程」は、「判定する工程において、推定された電線の温度が所定の上限温度と所定の関係であると判定された場合、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の所定の発熱特性に基づいて前記電線の関連温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな上昇温度を前記関連温度に加算して前記電線の温度を新たに推定する工程」との概念で共通する。
甲1発明の「前記判定する工程において、前記推定温度が予め設定した許容温度を超えたと判定した場合、通電を停止する工程」と、本件発明1の「前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が所定の上限温度以上であると判定された場合、前記電源から前記負荷への電力の供給を停止する工程」は、「判定する工程において、推定された電線の温度が所定の上限温度と所定の関係であると判定された場合、前記電源から前記負荷への電力の供給を停止する工程」との概念で共通する。
甲1発明の「前記推定温度を算出する工程は、前記経過時間tでの前記検出された負荷電流及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づく前記電線の推定温度を、下記関係式に基づき算出し」と、本件発明1の「前記電線の温度を推定する工程は、前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、下記関係式に基づき算出し」は、「電線の温度を推定する工程は、電線の発熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、所定の関係に基づき算出し」との概念で共通する。

したがって、両者は、
「車両において電源から負荷へ電力を供給するために用いられる電線を保護する方法であって、
前記負荷への通電電流を所定時間毎に検出する工程と、
前記検出された通電電流に起因する前記電線の所定の発熱特性に基づいて前記電線の関連温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記電線の関連温度に加算して前記電線の温度を推定する工程と、
推定された電線の温度が所定の上限温度との関係がどうかを判定する工程と、
前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度と所定の関係であると判定された場合、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の所定の発熱特性に基づいて前記電線の関連温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな上昇温度を前記関連温度に加算して前記電線の温度を新たに推定する工程と、
前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度と所定の関係であると判定された場合、前記電源から前記負荷への電力の供給を停止する工程とを含み、
前記電線の温度を推定する工程は、前記電線の発熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、所定の関係に基づき算出する、車両用の電線保護方法。」
の点で一致し、以下の各点で相違している。

〔相違点1〕
電線の温度を推定する工程において、本件発明1は、検出された通電電流に起因する所定時間内の電線の発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記基準温度に加算するのに対し、甲1発明は、今回の検出電流が前回の検出電流以上であると判定された場合、検出された負荷電流及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて経過時間tでの前記電線7の周囲温度からの上昇温度を算出し、前記周囲温度からの前記上昇温度を前記周囲温度に加算する点。
〔相違点2〕
推定された電線の温度が所定の上限温度との関係がどうかを判定する工程において、本件発明1は、上限温度未満かどうかを判定するのに対し、甲1発明は、許容温度を超えたかどうか判定する点。
〔相違点3〕
電線の温度を新たに推定する工程において、本件発明1は、推定された電線の温度が所定の上限温度未満であると判定された場合、前記上昇温度を用いて、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな上昇温度を前記基準温度に加算するのに対し、甲1発明は、推定温度が予め設定した許容温度以下である場合、処理を元に戻して、新たに検出された負荷電流及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づいて経過時間tでの前記電線7の周囲温度からの新たな上昇温度を算出し、前記周囲温度からの前記新たな上昇温度を前記周囲温度に加算する点。
〔相違点4〕
電源から負荷への電力の供給を停止する工程について、本件発明1は、推定された電線の温度が所定の上限温度以上であると判定された場合であるのに対し、甲1発明は、推定温度が予め設定した許容温度を超えたと判定した場合である点。
〔相違点5〕
電線の温度を推定する工程において、本件発明1は、所定時間内の電線の発熱及び放熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、関係式に基づき算出し、前記関係式におけるRw(n-1)を、前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n-1)であって温度に依存しない一定値として、前記電線の上昇温度を算出し、前記基準温度を、前記電線が配設された場所の環境温度のうち最高温度の環境温度に設定し、前記関係式は、
ΔTw(n)= ΔTw(n-1)×exp(-Δt/τw)+Rthw
×Rw(n-1)×I(n-1)^(2)×(1-exp(-Δt/τw))
ここで、 I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)
ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)
Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)
Rthw:電線熱抵抗(℃/W)
τw:電線放熱時定数(s)
Δt:所定時間(s)
Tw=基準温度+ΔTw(n)
:検出n回時の電線温度(℃)
であるのに対し、甲1発明は、経過時間tでの検出された負荷電流及び予め設定されている電線7と接触導体からなる導体の熱特性に基づく前記電線の推定温度を、関係式に基づき算出し、前記関係式におけるrを、定数として、前記電線の推定温度を算出し、周囲温度を、固定値であるエンジンルームの85℃に設定し、前記関係式は、



……(1)
T1 : 電線の温度[℃]
T2 : 周囲温度[℃]
i : 電流[A]
r : 導体の抵抗[Ω]
R : 導体の熱抵抗[℃/W]
C : 導体の熱容量[J/℃]或いは[W・sec/℃]
t : 経過時間[sec]
である点。


8.本件発明1についての判断
(1)相違点1、3、5について
甲1発明は、車両の負荷電流が、今回の検出電流が前回の検出電流以上であると判定された場合に上昇温度を算出しているが、電流の増加と減少が繰り返される場合、甲1発明では電流の減少時には上昇温度を算出しておらず、これは、通常電流よりも大きく且つ閾値電流を超えない程度の電流が流れた場合、即ち、レアショート発生時に、電線の温度上昇に基づいて回路を遮断するか否かを判断することが発明の目的であるからであり、車両用ワイヤハーネス特有のオンオフを繰り返す様なショート電流によって電線温度が上昇しても電線温度を正確に検知したいという課題は存在しない。
甲1号証には、上昇温度を算出する場合は、(1)式のみを用い、下降温度を算出する場合は、(2)式のみを用いるが、上昇温度を算出する場合に(1)式と(2)式を同時に用いることは記載がないから、甲1発明の上昇温度の算出のための熱特性とは、(1)式、即ち発熱特性のみを意図しており、放熱特性は意図していない。
更に、甲1発明は、所定時間毎に温度を算出してはいるが、本件発明1のように所定時間内の上昇温度を算出しているのではなく、経過時間tにおける上昇温度を算出している。
更に、甲1発明は、推定された電線の温度が上限温度より低いとき、再度演算は行うが、本件発明1のように先に算出した上昇温度を用いて新たな上昇温度は算出せず、検出電流値と経過時間から上昇温度を求めている。
これらは、甲1発明の関係式と、本件発明1の関係式との差異に基づくものである。

甲2号証記載のものは、車両用ハーネスに比べて熱容量の大きい電動機・発電機等の電磁機械の上昇温度を求めるものであり、具体的には巻線の電流値を用いるが、巻線は固定されておりハーネスのようなオンオフを繰り返す様なショート電流を想定しておらず、車両用ハーネスのように、短時間のショートで瞬時に温度が上昇して被覆の溶融等が生ずるものではない。

そうであれば、車両用ハーネスのレアショート発生時に電線の温度上昇に基づいて回路を遮断するか否かを判断する甲1発明に、車両用ハーネスに比べて熱容量の大きい電動機・発電機等の電磁機械の上昇温度を求める甲2号証記載のものを適用する動機付けが無く、仮に、甲2号証記載の温度上昇を求める式が周知であるとしても、上記したように動機付けがない以上、甲1発明の(1)式全てに代えて甲2号証記載の温度上昇を求める式を適用することは、当業者が容易に考えることができたものとは認められない。

なお、請求人は、審判請求書において甲3号証に関し「また、甲第3号証は,電線路の温度の監視をより簡便な方法で行う場合は、監視線路の電線表面温度の推定値を、監視線路の周囲の気象条件の検出値から演算して求める代わりに、所定値に設定することで、演算等が簡素化し、電線路の温度が簡便に監視できるというものであり、本件発明1と課題が共通するといえる。 よって、甲第3号証に記載された技術を引用発明1に適用して、相違点1-3に係る本件発明1の構成要件1H1とすることは、当業者が容易に想到できたものである。」と主張するが、
甲3号証記載の技術は本来甲2号証記載の式に適用すべきものであり、仮に甲1発明に適用できたとしても、上記したように甲1発明に甲2号証記載の技術を適用することは当業者が容易に考えることができたものとは認められない以上、本件発明1は、甲1発明と甲2号証記載の技術及び甲3号証記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

(2)相違点2、4について
相違点2及び4の実質的内容は、本件発明1は、推定温度が上限温度と同じとき、過熱状態と判断しているのに対し、甲1発明は、推定温度が許容温度(「上限温度」に相当)と同じとき、過熱状態とは判断しない点にあるといえる。
しかし、算出値・検出値等と基準値を比較する場合、算出値・検出値等と基準値が同じとき、その状態を異常状態とするか否かは当業者であれば適宜選択し得ることと認められるから、甲1発明においても、推定温度が許容温度と同じとき過熱状態とすることにより、相違点2及び4に係る本件発明1の構成とすることは当業者であれば適宜なし得ることと認められる。

(3)結論
上記したように、甲1発明において、相違点2、4に係る本件発明1の構成とすることは当業者が適宜なし得るものであっても、相違点1、3、5に係る本件発明1の構成とすることは当業者が容易に考えることができたものとは認められないから、本件発明1は、甲1発明と甲2号証記載の技術及び甲3号証記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。


9.本件発明2ないし本件発明5についての判断
本件発明1は、甲1発明と甲2号証記載の技術及び甲3号証記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められないから、本件発明1と発明のカテゴリーは物と方法で異なるが内容は実質的に同じである本件発明2も、同様に甲1発明と甲2号証記載の技術及び甲3号証記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
本件発明3ないし本件発明5は本件発明1を引用しているから、同様に甲1発明と甲2号証記載の技術及び甲3号証記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。


10.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては本件発明1ないし本件発明5を無効にすることはできない。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
車両用の電線保護方法および電線保護装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用の電線保護方法および電線保護装置に関し、特に車両において電源から負荷へ電力を供給するために用いられる電線の保護方法および電線保護装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両用ワイヤーハーネスは、経時劣化や磨耗などにより内部の芯線がボディーなどと接触してショートする恐れがある。そのため、こうしたショートによる電線被覆の発煙や電流制御素子(スイッチ素子)の保護のために、従来、過熱状態を検出して溶断する熱ヒューズが使用された。しかしながら、このような熱ヒューズの使用は、電装品の増加に伴い設置スペースの確保が課題となってきている。また、溶断後復帰させるには、新しい熱ヒューズの付け替えが必要であり、メンテナンスが煩雑であった。そのほか、ヘッドランプ等の突入電流の大きな負荷に対して繰り返し通電した場合、劣化により溶断時間が短くなる性質がある。また、初期バラツキや温度依存性により溶断時間が異なる反面、正常動作時に溶断してはならない制約があるため、ある程度電流容量の大きな熱ヒューズを使用する必要があった。それに伴い、熱ヒューズでの保護が可能な発煙電流の大きな太めの電線を使用しなければならない課題があった。
また、近年では直接電線に温度センサーを取り付け、電線の温度を測定し、電線が異常な温度に達した場合に通電電流を遮断させる技術が報告されている(特許文献1参照)。
【特許文献1】
特開平11-139223号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、上記特許文献1に示された、ワイヤーハーネス自身に線状サーミスタ等の測温素子を取り付け、ハーネスの温度を直接測定する方法においては、構造が複雑になり、コストが増加するという不都合が生じる。また、束ねられたワイヤーハーネスのうち、中央付近に配置された電線1本が温度上昇する場合には、正確に温度を把握するのは不可能であった。
【0004】
そこで、本発明は上記のような事情に基づいて完成されたものであって、簡単な構造で、様々なショート電流による温度上昇から電線を確実に保護できる電線の保護方法および保護装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するための手段として、本発明の一形態に係る車両用の電線保護方法は、車両において電源から負荷へ電力を供給するために用いられる電線を保護する方法であって、前記負荷への通電電流を所定時間毎に検出する工程と、前記検出された通電電流に起因する前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を推定する工程と、前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定する工程と、前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度未満であると判定された場合、前記上昇温度を用いて、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の前記基準温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を新たに推定する工程と、前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が所定の上限温度以上であると判定された場合、前記電源から前記負荷への電力の供給を停止する工程とを含み、前記電線の温度を推定する工程は、前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、下記関係式に基づき算出し、その算出において、下記関係式におけるRw(n-1)を、前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n-1)であって温度に依存しない一定値として、前記電線の上昇温度を算出し、前記基準温度を、前記電線が配設された場所の環境温度のうち最高温度の環境温度に設定する、車両用の電線保護方法。
ΔTw(n)=ΔTw(n-1)×exp(-Δt/τw)+Rthw×Rw(n-1)×I(n-1)^(2)×(1-exp(-Δt/τw))
ここで、I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)
ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)
Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)
Rthw:電線熱抵抗(℃/W)
τw:電線放熱時定数(s)
Δt:所定時間(s)
Tw=基準温度+ΔTw(n)
:検出n回時の電線温度(℃)
【0006】
この構成においては、所定時間毎に、通電電流を検出し、その通電電流を用いて現在の電線温度を推定し、現在の電線温度と電線の許容される上限温度とを比較している。そのため、図11に示すような、オン/オフを繰り返すようなショート電流によって電線温度が上昇した場合であっても、それを確実に検知して、電線が発煙温度に達する前に通電電流を遮断して、電線の発煙を防止することができる。また、従来の熱ヒューズのように突入電流によって劣化する要因がなく、また温度を正確に推定することができるため、電線が発煙する寸前まで電流を流して使用すすことが可能となる。
【0007】
さらに、電線温度を通電電流のみの検出によって推定するため、電線保護に係る構造を簡単に構成することができる。
【0013】
また、上記の目的を達成するための別の手段として、本発明の一形態に係る車両用の電線保護装置は、車両において電源と負荷との間に設けられ、前記電源から前記負荷へ電力を供給するために用いられる電線を保護する装置であって、前記電源から前記負荷への通電路に設けられ、前記負荷への電力供給をスイッチする半導体スイッチ素子と、前記半導体スイッチ素子に流れる負荷への通電電流を所定時間毎に検出する電流検出回路と、前記検出された通電電流に起因する前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を推定する演算回路と、前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定し、前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度未満であると判定した場合には、前記演算回路に、前記上昇温度を用いて、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の前記基準温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を新たに推定させ、前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度以上であると判定した場合には、前記半導体スイッチ素子をオフして、前記電源から前記負荷への電力の供給を停止させる保護回路と、前記基準温度を、前記電線が配設された場所の環境温度のうちの最高温度の環境温度に設定する基準温度設定回路と、を備え、前記演算回路は、前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、下記関係式に基づき算出し、その算出において、下記関係式におけるRw(n-1)を、前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n-1)であって温度に依存しない一定値として、前記電線の上昇温度を算出する、車両用の電線保護装置。
ΔTw(n)=ΔTw(n-1)×exp(-Δt/τw)+Rthw×Rw(n-1)×I(n-1)^(2)×(1-exp(-Δt/τw))
ここで、I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)
ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)
Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)
Rthw:電線熱抵抗(℃/W)
τw:電線放熱時定数(s)
Δt:所定時間(s)
Tw=基準温度+ΔTw(n)
:検出n回時の電線温度(℃)
【0014】
この構成によれば、上記本発明による電線保護方法と同様の作用・効果を得ることができる。
【0016】
また、上記構成において、前記通電電流を電圧に変換し、変換信号を生成する変換回路と、前記変換信号をフィルタリングするローパスフィルタとをさらに備え、前記ローパスフィルタの時定数は、前記所定時間より大きく、前記電線の放熱時定数より小さいことが好ましい。この場合、高速な電流変動信号をなまらせることで、マイクロコンピュータでの演算が可能となる。
【0017】
また、上記構成において、前記電線は、前記半導体スイッ素子から前記負荷まで間に配設される車両用のワイヤーハーネスであり、前記演算回路および保護回路は、マイクロコンピュータとして構成されることが好ましい。この場合、安価な構成で演算処理が可能となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、簡単な構造で、様々なショート電流による温度上昇から電線を確実に保護することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
<実施形態>
本発明の実施形態を図1?図5を参照しつつ説明する。なお、本実施形態においては、保護される電線として車両のワイヤーハーネスを想定しているが、これに限られない。
【0020】
図1は、本発明による電線(ワイヤーハーネス)の保護の概念を示す説明図である。図1に示されるように、本発明においては、通電電流Iによるハーネスの損失、すなわちハーネスの発熱とハーネスの放熱時定数τwとからハーネスの温度上昇ΔTwを直接算出する。次いで、ハーネスの温度上昇ΔTwからハーネスの温度を推定する。この推定されたハーネス温度と所定のしきい値(上限値)とが比較され、ハーネス温度が所定のしきい値以上のとき、通電電流Iを遮断してハーネスを保護する。
【0021】
より詳しくは、電線(ワイヤーハーネス)を介して負荷へ供給される通電電流Iを所定時間毎に検出し、検出された通電電流に起因する所定時間内の電線の発熱及び放熱特性に基づいて電線の基準温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記基準温度に加算して電線の温度を推定する。次いで、推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定し、推定された電線の温度が所定の上限温度未満であると判定された場合、上昇温度を用いて、新たに検出された通電電流に起因する電線の所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて電線の基準温度からの新たな上昇温度を算出し、その新たな電線の上昇温度を基準温度に加算して電線の温度を新たに推定する。そして、推定された電線の温度が所定の上限温度以上であると判定された場合、電源から負荷への電力の供給が停止されて、電線が保護される。
【0022】
次に、図2を参照して本発明による電線保護装置を説明する。図2は、本発明による電線保護装置100の概略的な構成図である。電線保護装置100は、マイクロコンピュータ10、複数(本実施形態では8個)の入力回路20、複数(本実施形態では8個)の出力回路30、基準温度設定回路40、およびレギュレータIC50等を含む。なお、入力回路20および出力回路30の数は、保護する電線数に応じて適宜変更される。
【0023】
マイクロコンピュータ10は、本発明による、「演算回路」および「保護回路」に相当し、以下で詳述するように、ワイヤーハーネスの上昇温度ΔTwを算出するとともに、ワイヤーハーネスの温度Tpを推定する。マイクロコンピュータ10は、WDT(ウォッチドッグ端子)11、発振子端子12、複数のI/O端子13、複数のA/D変換入力端子14等を備える。なお、マイクロコンピュータ10は、以下に示す本発明に係る電線を保護するための演算、判定および保護等の動作、すなわち電線保護方法に係る動作を、例えばマイクロコンピュータ10内のメモリ(図示せず)に格納されたプログラムの命令に従って実行する。
【0024】
各入力回路20は、入力I/F(インターフェース)回路を含む。入力回路20には、マイクロコンピュータ10に対する様々な入力信号が入力され、各入力信号がマイクロコンピュータ10に適合する信号に変換される。
【0025】
出力回路30は、出力I/F(インターフェース)回路31、IPS(Intelligent Power Switch)32、CRローパスフィルタ33および電流電圧変換回路(変換回路)34等を含む。
【0026】
IPS32は、半導体スイッチ素子(ここでは、nチャネルMOSFET)35、チャージポンプ36、自己保護回路37、およびセンスMOSFET(本発明の「電流検出回路」に相当する)38を含む。半導体スイッチ素子35は、電源Vdcからの負荷への通電電流Iをオン/オフし、チャージポンプ36は半導体スイッチ素子35への制御電圧を昇圧する。自己保護回路37は半導体スイッチ素子35を過電流から保護し、センスMOSFET38は負荷電流Iと所定の比率関係を有するセンス電流を生成する。
【0027】
センス電流は、電流電圧変換回路34によって、センス電流と比例関係を有するセンス電圧信号(変換信号)Vsensに変換される。電流電圧変換回路は、例えばセンス電流検出抵抗によって構成される。センス電圧信号VsensはCRローパスフィルタ33に供給される。CRローパスフィルタ33はセンス電圧信号Vsensから所定の高周波成分を除去し、高周波成分が除去されたセンス電圧信号Vsensをマイクロコンピュータ10のA/D変換入力端子14に供給する。ここで、CRローパスフィルタ33の時定数は、サンプリンング間隔に対して十分大きく、ハーネスの放熱時定数に対して十分小さいことが好ましい。本実施形態では、CRローパスフィルタ33の時定数は20msとしている。
【0028】
マイクロコンピュータ1は、センス電圧信号Vsensを通電電流Iに換算する。例えば、センス電圧信号Vsensと通電電流Iとの対応マップによって通電電流Iの実際の値を得る。この対応マップは、例えばマイクロコンピュータ10内のメモリ(図示せず)に格納されている。
【0029】
基準温度設定回路40は、マイクロコンピュータ10が電線温度の推定を開始する際の基準温度を設定する。基準温度設定回路40は、例えば車両のエンジンルームに設けられた温度センサ(図示せず)と、該温度センサからのセンサ信号を増幅してエンジンルームの温度を示す温度信号を生成する増幅回路(図示せず)とを含む。基準温度設定回路40はエンジンルームの温度を示す温度信号を基準温度としてマイクロコンピュータ10のA/D変換入力端子14に供給する。なお、基準温度設定回路40は検出する環境温度の数に応じて複数の温度センサおよび複数の増幅回路を含む。さらに、基準温度設定回路40は、検出された複数の環境温度の中から1つの基準温度を選択するための比較回路等を含んでもよい。
【0030】
レギュレータIC50は、所定の直流電圧、例えば12Vをマイクロコンピュータ10の電源電圧、例えば5Vに変換して、5Vの直流電圧をマイクロコンピュータ10に供給する。
【0031】
<電線温度の推定方法>
次に、マイクロコンピュータ10による電線温度の推定方法を図3?図5を参照して説明する。図3は電線温度推定モデルを説明する図であり、電線上昇温度ΔTは、電線導体の発熱T1と電線の放熱T2との差として示される。図3の等価回路は熱に関する等価回路を示すものである。
【0032】
マイクロコンピュータ10は、図4および下に示す式1の電線の放熱および発熱に関する関係式に、検出された通電電流Iの値を代入して電線の上昇温度ΔTwを算出する。式1は、図4に示されるように、電線の放熱に係る項と電線の発熱に係る項からなる。
ΔTw(n)=ΔTw(n-1)×exp(-Δt/τw)+Rthw×Rw(n-1)×I(n-1)^(2)×(1-exp(-Δt/τw)) …(式1)
ここで、I(n):サンプリング(検出)n(1以上の整数)回目の電流値(A)
ΔTw(n):サンプリングn回時での電線上昇温度(℃)
Rw(n):サンプリングn回時の電線抵抗(Ω)
Rw(0):温度Toでのハーネス(電線)抵抗(Ω)
Rthw:ハーネス(電線)熱抵抗(℃/W)
τw:ハーネス(電線)放熱時定数(s)
κw:ハーネス(電線)抵抗温度係数(/℃)
Δt:サンプリング間隔(所定時間)(s)
マイクロコンピュータ10は、基準温度に、算出された電線の上昇温度ΔTwを加算して現在の電線温度Tpを推定する。その際、電線のサンプリング間隔(所定時間)Δt当たりの温度変化ΔTsを算出し、このサンプリング間隔Δt当たりの温度変化ΔTsを用いて電線の上昇温度ΔTwを算出する。
【0033】
次に、マイクロコンピュータ10は、この現在の電線温度Tpを、電線の所定の上限温度Tmaxと比較し、電線温度Tpが上限温度Tmax未満かどうかを判定する。電線温度Tpが上限温度Tmax未満であると判定した場合には、マイクロコンピュータ10は、次のサンプリング間隔Δt当たりの温度変化ΔTsを計算し、サンプリング間隔Δt当たりの温度変化ΔTsを前回算出した電線の上昇温度ΔTw(n-1)に加算し、今回までの基準温度からの電線の上昇温度ΔTw(n)を新たに算出する。マイクロコンピュータ10は、算出した上昇温度ΔTw(n)を基準温度に加算して今回の電線温度Tpとする。電線温度Tpが上限温度Tmax以上となるまで、上昇温度ΔTwの算出、電線温度Tpの推定、および電線温度Tpと上限温度Tmaxとの比較を繰り返す。
【0034】
なお、サンプリング間隔Δt当たりの温度変化ΔTsは、式1を変形した下の式1Aで示される。
ΔTs=ΔTw(n)-ΔTw(n-1)=(Rthw×Rw(n-1)×I(n-1)^(2)-ΔTw(n-1))×(1-exp(-Δt/τw)) …(式1A)
そして、電線温度Tpが上限温度Tmax未満でない、すなわち、電線温度Tpが上限温度Tmax以上であると判定した場合、マイクロコンピュータ10は、半導体スイッチ素子35をオフして電線を保護するための保護信号を生成し、保護信号をIPS32に供給する。半導体スイッチ素子35は、保護信号によってオフされ、電線への通電が遮断される。そのため、電線のさらなる温度上昇が避けられる。
【0035】
図5は、式1をさらに詳しく説明する図である。ここで、図5および下の式2に示されるように、サンプリングn回時の電線抵抗Rw(n)は電線上昇温度ΔTw(n)、すなわち(Tw-To)に依存する変数である。
【0036】
Rw(n)=Rw(0)×(1+κw×(Tw-To)) …(式2)
ここで、Tw:検出n回時での電線温度(℃)
To:所定温度(例えば、20℃)
また、図5に示される電線上昇温度ΔTw(n)に係る式は、式1に至るまでの経過を示すもので、式1と同一内容を示す。ここで、サンプリング間隔Δt、ハーネス放熱時定数τw、ハーネス熱抵抗Rthw、およびハーネス抵抗(初期値、例えば20℃での値)Rw(0)は定数であり、温度推定される電線に応じて設定される。
【0037】
<試験例>
次に、本発明に係る電線温度推定の試験例を図6?図10を参照しつつ説明する。図6は、本発明に係る電線温度推定の試験条件を示す説明図である。本試験においては、試験電線として断面積0.85平方mm、長さ3mの銅線(AVSS0.85sq)が使用され、3.5mΩのオン抵抗を有する半導体スイッチ素子が使用された。電線の実測温度の測定は、電線の中間点にて行われた。試験電線および電線温度推定試験装置は、無風状態で温度25℃の恒温槽内に配置された。
【0038】
図7は、試験に使用されたステップ電流の波形を示すグラフであり、図8は、そのステップ電流に対する演算電線温度および実測電線温度の変化を示すグラフである。図8に示されるように、演算電線温度の変化が実測電線温度の変化にほぼ一致することが確認された。
【0039】
図9は、電流値の異なる試験ステップ電流に対する演算電線温度の時間変化を示すグラフであり、図10は、各試験ステップ電流による限界特性の試験結果と従来の熱ヒューズの溶断特性との関係を示すグラフである。上限(遮断)温度は150℃に設定された。図9に示されるように、試験ステップ電流として、5種類の電流値(25.0A、29.0A、30.0A、40.0A、50.0A)を有するステップ電流が使用され、試験開始から、それぞれ194.3秒、65.6秒、59.3秒、24.5秒、14.0秒の後に、電流が遮断されることが確認された。また、試験による遮断に至るまでの通電時間と電流値との関係をプロットすると、そのプロット点は、図10に示されるように、銅電線の発煙曲線(限界特性)に沿うものであることが確認された。そのため、同図10に示される、従来の熱ヒューズを使用する場合と比較して、本発明に係る電線温度推定方法によれば、突入電流によって劣化する要因がなく、また温度を正確に推定することができるため、電線が発煙する寸前まで電流を流すことも可能となる。
【0040】
<効果>
上記したように、本実施形態においては、所定のサンプリング間隔Δt毎に、通電電流Iを検出し、その通電電流Iを用いて現在の電線温度Tpを推定し、電線温度Tpと電線の許容される上限温度Tmaxとを比較している。そのため、図11に示したような、オン/オフを繰り返すようなショート電流によって電線温度Tpが上昇した場合であっても、電線温度Tpの上昇を確実に検知して、電線が発煙温度に達する前に通電電流を遮断することができる。その結果、電線の発煙を防止することができる。
【0041】
さらに、電線温度Tpを通電電流Iのみの検出によって推定するため、電線保護に係る構造を簡単に構成できる。
【0042】
また、本発明による電線保護回路100の構成は、既存の素子によって構成可能である。そのため、その製造コストを安く抑えることができ、また既存の保護回路からの変更も容易となる。
【0043】
さらに、本発明による電線保護回路100を、1個のマイクロコンピュータ10の制御で複数の出力回路10、すなわち複数の電線に対する保護に適応させることもできる。そのため電線保護回路100全体の部品点数およびコストを低減させることもできる。
【0044】
<他の実施形態>
本発明は上記記述及び図面によって説明した実施形態に限定されるものではなく、例えば次のような実施形態も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0045】
(1)上記実施形態においては、サンプリングn回時の電線抵抗Rw(n)は電線上昇温度ΔTw(n)に依存する変数として、式2によって求める例を示したが、特にこれに限定されない。電線抵抗Rwを温度によらず一定値として電線の上昇温度ΔTwを算出するようにしてもよい。この場合、その一定値を適宜選択することにより、電線温度Tpが上限温度Tmaxに到達するまでの時間を電線を保護する要求に応じて適宜変更することができる。すなわち、電線保護の度合いに対応させて、電線の保護対策を講じることができる。
【0046】
例えば、電線抵抗Rwを電線上限温度Tmaxに対応する値に固定して上昇温度ΔTwを算出するようにしてもよい。この場合、実際より電線の温度上昇が厳しい条件、すなわち実際より電線の温度上昇が大きい条件で上昇温度ΔTwが算出される。そのため、電線抵抗Rwを電線上限温度Tmaxに対応する値に固定することは、電線をより早く保護したい場合に、好適である。
【0047】
(2)上記実施形態においては、エンジンルームの温度を基準温度とする例を示したが、基準温度はこれに限定されない。例えば、保護する電線が車両室内に配設される場合には、車両室温が基準温度とされてもよいし、保護する電線が主に車外に配設される場合には、車外温が基準温度とされてもよい。要は、基準温度は、保護される電線が配設された場所の環境温度に応じて設定されるものであればよい。
【0048】
さらに、保護する電線がエンジンルームおよび車両室内のように温度の異なる環境に渡って配設される場合には、基準温度は、電線が配設された場所の環境温度のうち最高温度の環境温度(この場合、エンジンルームの温度)に設定されるようにしてもよい。この場合、電線の温度上昇が最も厳しい条件、すなわち電線の温度上昇が最も大きい条件で上昇温度ΔTwが算出される。そのため、電線が早い段階で確実に保護される。
【0049】
(3)上記実施形態においては、基準温度設定回路40をマイクロコンピュータ10とは個別の構成としたが、基準温度設定回路40の機能をマイクロコンピュータ10が行うように構成してもよい。その際、マイクロコンピュータ10は個別に配置される温度センサから環境温度に係る情報を受け取り、その温度情報を用いて基準温度を設定する。
【0050】
(4)上記実施形態においては、半導体スイッチ素子35として、nチャネルMOSFETを使用する例を示したが、これに限定されない。例えば、半導体スイッチ素子35として、pチャネルMOSFETを使用してもよいし、バイポーラトランジスタを使用してもよい。
【0051】
(5)上記実施形態においては、通電電流IをセンスMOSFET38によって検出する例を示したがこれに限定されない。例えば、シャント抵抗を用いて通電電流Iを検出するようにしてもよい。
【0052】
(6)上記実施形態においては、演算回路および保護回路をマイクロコンピュータによって構成し、本発明による電線保護方法に係る動作をマイクロコンピュータによって実行する例を示したが、特にこれに限られない。演算回路および保護回路は、例えば、個別に、論理回路によって構成されるようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】
本発明の電流保護方法を説明する説明図
【図2】
本発明の電流保護装置の構成を示す概略的なブロック図
【図3】
本発明に係る電線温度推定モデルを説明する説明図
【図4】
本発明に係る電線温度推定演算を説明する説明図
【図5】
本発明に係る電線温度推定演算式を説明する説明図
【図6】
電線温度推定の試験条件を示す説明図
【図7】
電線温度推定の試験に使用した試験ステップ電流の波形図
【図8】
図7の試験電流に対する電線温度の変化を示すグラフ
【図9】
電流値の異なる試験ステップ電流に対応する演算電線温度の時間変化を示すグラフ
【図10】
電線温度推定の試験結果による遮断特性と従来の熱ヒューズの溶断特性との関係を示すグラフ
【図11】
従来の、ステップ電流と電線温度との関係を示すグラフ
【符号の説明】
【0054】
10…マイクロコンピュータ(演算回路、保護回路)
30…出力回路
33…CRローパスフィルタ
34…電流電圧変換回路
35…nチャネルMOSFET(半導体スイッチ素子)
38…センスMOSFET(電流検出回路)
40…基準温度設定回路
100…電線保護装置
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両において電源から負荷へ電力を供給するために用いられる電線を保護する方法であって、
前記負荷への通電電流を所定時間毎に検出する工程と、
前記検出された通電電流に起因する前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を推定する工程と、
前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定する工程と、
前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度未満であると判定された場合、前記上昇温度を用いて、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の前記基準温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を新たに推定する工程と、
前記判定する工程において、前記推定された電線の温度が所定の上限温度以上であると判定された場合、前記電源から前記負荷への電力の供給を停止する工程とを含み、
前記電線の温度を推定する工程は、前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、下記関係式に基づき算出し、
その算出において、
下記関係式におけるRw(n-1)を、前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n-1)であって温度に依存しない一定値として、前記電線の上昇温度を算出し、
前記基準温度を、前記電線が配設された場所の環境温度のうち最高温度の環境温度に設定する、車両用の電線保護方法。
ΔTw(n)=ΔTw(n-1)×exp(-Δt/τw)+Rthw×Rw(n-1)×I(n-1)^(2)×(1-exp(-Δt/τw))
ここで、I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)
ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)
Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)
Rthw:電線熱抵抗(℃/W)
τw:電線放熱時定数(s)
Δt:所定時間(s)
Tw=基準温度+ΔTw(n)
:検出n回時の電線温度(℃)
【請求項2】
車両において電源と負荷との間に設けられ、前記電源から前記負荷へ電力を供給するために用いられる電線を保護する装置であって、
前記電源から前記負荷への通電路に設けられ、前記負荷への電力供給をスイッチする半導体スイッチ素子と、
前記半導体スイッチ素子に流れる負荷への通電電流を所定時間毎に検出する電流検出回路と、
前記検出された通電電流に起因する前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の基準温度からの上昇温度を算出し、該電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を推定する演算回路と、
前記推定された電線の温度が所定の上限温度未満かどうかを判定し、
前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度未満であると判定した場合には、前記演算回路に、前記上昇温度を用いて、新たに検出された通電電流に起因する前記電線の前記所定時間内における発熱及び放熱特性に基づいて前記電線の前記基準温度からの新たな上昇温度を算出し、該新たな電線の上昇温度を前記基準温度に加算して前記電線の温度を新たに推定させ、
前記推定された電線の温度が前記所定の上限温度以上であると判定した場合には、前記半導体スイッチ素子をオフして、前記電源から前記負荷への電力の供給を停止させる保護回路と、
前記基準温度を、前記電線が配設された場所の環境温度のうちの最高温度の環境温度に設定する基準温度設定回路と、
を備え、
前記演算回路は、前記所定時間内の前記電線の発熱及び放熱特性に基づく前記電線の上昇温度を、下記関係式に基づき算出し、その算出において、下記関係式におけるRw(n-1)を、前記所定の上限温度に対応する前記Rw(n-1)であって温度に依存しない一定値として、前記電線の上昇温度を算出する、車両用の電線保護装置。
ΔTw(n)=ΔTw(n-1)×exp(-Δt/τw)+Rthw×Rw(n-1)×I(n-1)^(2)×(1-exp(-Δt/τw))
ここで、I(n):検出n(1以上の整数)回目の検出通電電流値(A)
ΔTw(n):検出n回時での電線上昇温度(℃)
Rw(n-1):一定値の電線抵抗(Ω)
Rthw:電線熱抵抗(℃/W)
τw:電線放熱時定数(s)
Δt:所定時間(s)
Tw=基準温度+ΔTw(n)
:検出n回時の電線温度(℃)
【請求項3】
前記通電電流を電圧に変換し、変換信号を生成する変換回路と、前記変換信号をフィルタリングするローパスフィルタとをさらに備え、前記ローパスフィルタの時定数は、前記所定時間より大きく、前記電線の放熱時定数より小さい請求項2に記載の車両用の電線保護装置。
【請求項4】
前記電線は、前記半導体スイッチ素子から前記負荷までの間に配設される車両用のワイヤーハーネスであり、
前記演算回路および保護回路は、マイクロコンピュータとして構成される請求項2または請求項3に記載の車両用の電線保護装置。
【請求項5】
前記演算回路および保護回路は、ハードウェアロジックによって構成される請求項2?請求項4のいずれか一項に記載の車両用の電線保護装置。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2012-04-13 
出願番号 特願2007-299647(P2007-299647)
審決分類 P 1 113・ 852- YA (H02H)
P 1 113・ 121- YA (H02H)
P 1 113・ 113- YA (H02H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高野 誠治  
特許庁審判長 堀川 一郎
特許庁審判官 槙原 進
神山 茂樹
登録日 2010-11-12 
登録番号 特許第4624400号(P4624400)
発明の名称 車両用の電線保護方法および電線保護装置  
代理人 特許業務法人暁合同特許事務所  
代理人 特許業務法人暁合同特許事務所  
代理人 特許業務法人暁合同特許事務所  
代理人 ▲廣▼瀬 文雄  
代理人 特許業務法人暁合同特許事務所  
代理人 豊岡 静男  

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