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審決分類 審判 全部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  H01L
審判 全部無効 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  H01L
審判 全部無効 2項進歩性  H01L
審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  H01L
審判 全部無効 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正  H01L
管理番号 1275437
審判番号 無効2011-800217  
総通号数 164 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-08-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-10-26 
確定日 2013-05-08 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第2751963号発明「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 事案の概要
本件は、請求人が、被請求人が特許権者である特許第2751963号(以下「本件特許」という。平成12年2月23日付けの訂正請求による訂正後の請求項の数は4である。)の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とすることを求める事案である。

第2 手続の経緯
1 設定登録の経緯
本件特許は、平成5年5月7日に出願され(国内優先権主張の日平成4年6月10日及び平成4年11月4日)、平成10年2月27日にその設定登録がなされ、その後、特許異議の申立て(平成10年異議第75365号)がなされ、取消理由通知がなされ、平成12年2月23日に訂正請求がなされ、上記異議に係る異議決定において、「訂正を認める。特許第2751963号の請求項1ないし4に係る発明の特許を維持する。」とされたものである。
上記国内優先権主張の日のうち、最先の平成4年6月10日を、以下「優先日」という。

2 本件審判の経緯
平成23年10月26日 審判請求
平成24年 1月10日 審判事件答弁書提出(被請求人)
平成24年 1月10日 訂正請求書提出(被請求人)
平成24年 3月 9日 審判事件弁駁書提出(請求人)
平成24年 6月27日 審判事件答弁書提出(被請求人)
平成24年 6月27日 訂正請求書提出(被請求人)
平成24年10月22日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
平成24年10月29日 上申書(被請求人)
平成24年11月 5日 口頭審理
平成24年11月19日 上申書(請求人)
平成24年11月21日 上申書(被請求人)

第3 訂正請求についての当審の判断
1 訂正請求の内容
平成24年6月27日付けの訂正請求による訂正(以下「本件訂正」という。)は、平成12年2月23日付けの訂正請求により訂正された明細書(以下「本件明細書」という。)についてするものであり、その訂正の内容は、次のとおりである(下線は、平成24年6月27日付けの訂正請求書に添付した明細書のとおりである。)。
(1) 訂正事項a
特許請求の範囲の請求項1について、
「有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該窒化ガリウム層の上に、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」とあったのを、
「基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、 前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」と訂正する。

(2) 訂正事項b
特許請求の範囲の請求項2について、
「前記原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」とあったのを、
「前記有機金属気相成長法において、原料ガスを前記基板に押圧するガスを流すと共に、
前記押圧するガスとして前記窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」と訂正する。

(3) 訂正事項c
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(4) 訂正事項d
特許請求の範囲の請求項4について、項の番号を3として請求項3とするとともに、
「前記窒化インジウムガリウム半導体成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、0.1以上にすることを特徴とする請求項1乃至3の内のいずれか1項に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」とあったのを、
「前記窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」と訂正する。

(5) 訂正事項e
段落【0007】について、
「即ち、本発明の成長方法は、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該窒化ガリウム層の上に、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、窒化インジウムガリウム層を成長させることを特徴とする。」とあったのを、
「即ち、本発明の成長方法は、基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする。」と訂正する。

(6) 訂正事項f
段落【0018】について、
「続いて、温度を510℃まで下げ、石英ノズル5からアンモニア(NH_(3))4リットル/分と、キャリアガスとして水素を2リットル/分で流しながら、TMGを27×10^(-6)モル/分流して1分間保持してGaNバッファー層を約200オングストローム成長する。この間、コニカル石英チューブ7からは水素を5リットル/分と、窒素を5リットル/分で流し続け、サセプター2をゆっくりと回転させる。」とあったのを、
「続いて、温度を510℃まで下げ、石英ノズル5からアンモニア(NH_(3))4リットル/分と、キャリアガスとして水素を2リットル/分で流しながら、TMGを27×10^(-6)モル/分流して1分間保持してGaNバッファ一層を約200オングストローム成長する。この間、コニカル石英チューブ6からは水素を5リットル/分と、窒素を5リットル/分で流し続け、サセプター2をゆっくりと回転させる。」と訂正する。

(7) 訂正事項g
段落【0020】について、
「GaN層成長後、温度を800℃にして、キャリアガスを窒素に切り替え、窒素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNを60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ7から供給するガスも窒素のみとし、10リットル/分で流し続ける。」とあったのを、
「GaN層成長後、温度を800℃にして、キャリアガスを窒素に切り替え、窒素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNを60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ6から供給するガスも窒素のみとし、10リットル/分で流し続ける。」と訂正する。

(8) 訂正事項h
段落【0025】について、
「[比較例]実施例と同様にして、サファイア基板をクリーニングした後、800℃にして、キャリアガスとして水素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNをサファイア基板の上に60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ7からは窒素5リットル/分、水素5リットル/分で流し続ける。」とあったのを、
「[比較例]実施例と同様にして、サファイア基板をクリーニングした後、800℃にして、キャリアガスとして水素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNをサファイア基板の上に60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ6からは窒素5リットル/分、水素5リットル/分で流し続ける。」と訂正する。

2 訂正の適否
(1) 訂正事項aについて
ア 訂正事項aの内訳
訂正事項aは、次の訂正事項a1ないし訂正事項a4からなる。
(ア) 訂正事項a1
訂正前は、バッファ層を成長させる対象が特定されていなかったのを、訂正により、該対象を基板とする。

(イ) 訂正事項a2
訂正前は、窒化ガリウム層を形成する際に用いる原料ガスのキャリアガスが特定されていなかったのを、訂正により、該キャリアガスを水素とする。

(ウ) 訂正事項a3
訂正前は、窒化インジウムガリウム半導体を形成する際に用いる原料ガスのキャリアガスが特定されていなかったのを、訂正により、該キャリアガスを窒素とする。

(エ) 訂正事項a4
訂正前は、窒化インジウムガリウム半導体を形成する際の成長温度及びインジウム源のガスのインジウムとガリウムのモル比が特定されていなかったのを、訂正により、該成長温度を、600℃より高く900℃以下とし、該モル比を、ガリウム1に対し1.0以上とする。

イ 訂正事項aによる訂正の目的
(ア) 訂正事項a1による訂正は、バッファ層が成長する対象を明確にするもの、またはバッファ層の成長条件を限定するものであるから、明りょうでない記載の釈明、または特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(イ) 訂正事項a2による訂正は、窒化ガリウム層の成長条件を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(ウ) 訂正事項a3及び訂正事項a4による訂正は、窒化インジウムガリウム半導体の成長条件を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

上記(ア)ないし(ウ)によれば、訂正事項a1ないし訂正事項a4による訂正は、明りょうでない記載の釈明、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ 訂正事項aについての本件明細書の記載
(ア) 訂正事項a1についての記載
基板上にバッファ層を形成することについては、本件明細書の段落【0028】に、「また、GaN層を成長させる前にサファイア基板上に低温でバッファ層を成長させることにより、」と記載されている。

(イ) 訂正事項a2についての記載
窒化ガリウム層を形成する際に用いる原料ガスのキャリアガスとして水素を用いることについては、本件明細書の段落【0019】に「バッファ層成長後、TMGのみ止めて、温度を1030℃まで上昇させる。温度が1030℃になったら、同じく水素をキャリアガスとしてTMGを54×10^(-6)モル/分で流して30分間成長させ、GaN層を2μm成長させる。」と記載されている。

(ウ) 訂正事項a3についての記載
窒化インジウムガリウム半導体を形成する際に用いる原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いることについては、本件明細書の段落【0020】に「GaN層成長後、温度を800℃にして、キャリアガスを窒素に切り替え、窒素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNを60分間成長させる。」と記載されている。

(エ) 訂正事項a4についての記載
窒化インジウムガリウム半導体を形成する際の成長温度を、600℃より高く900℃以下とすることについては、本件明細書の段落【0011】に、「InGaNの成長温度は600℃より高い温度が好ましく、さらに好ましくは700℃以上、900℃以下の範囲に調整する。」と記載されている。
窒化インジウムガリウム半導体を形成する際のインジウム源のガスのインジウムとガリウムのモル比を、ガリウム1に対し1.0以上とすることについては、本件明細書の段落【0009】に、「InGaN成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比は、ガリウム1に対し、0.1以上に調整することを特徴とする。さらに好ましくは1.0以上に調整する。」と記載されている。

上記(ア)ないし(エ)によれば、訂正事項a1ないし訂正事項a4による訂正は、本件明細書に記載されている事項の範囲内のものである。

エ 小括
上記アないしウによれば、訂正事項a1ないし訂正事項a4からなる訂正事項aによる訂正は、特許請求の範囲の減縮、明りょうでない記載の釈明を目的とし、いずれも、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項aによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(2) 訂正事項bについて
訂正事項bによる訂正は、訂正前の請求項2の「原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いる」との限定が、訂正事項aによる訂正によって、請求項2の引用する請求項1で既にされたことにともない、重複を避けるために、該限定を請求項2から削除するとともに、有機金属気相成長法について、「原料ガスを基板に押圧するガスを流すと共に、前記押圧するガスとして窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いる」との限定を付加するものであるから、明りょうでない記載の釈明及び特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
また、「原料ガスを基板に押圧するガスを流すと共に」との事項については、本件明細書の段落【0015】に「6は不活性ガスを基板に向かって垂直に供給することにより、原料ガスを基板面に押圧して、原料ガスを基板に接触させる作用のあるコニカル石英チューブ」と記載されており、「押圧するガスとして窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いる」との事項については、本件明細書の段落【0020】に「・・・InGaNを60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ7から供給するガスも窒素のみとし、10リットル/分で流し続ける。」と記載されている。したがって、訂正事項bによる訂正は、本件明細書に記載した事項の範囲内のものである。
以上のことから、訂正事項bによる訂正は、特許請求の範囲の減縮、明りょうでない記載の釈明を目的とし、いずれも、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項bによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(3) 訂正事項cについて
訂正事項cによる訂正は、特許請求の範囲の請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とし、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項cによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(4) 訂正事項dについて
訂正事項dによる訂正は、訂正事項cによる訂正(請求項3の削除)にともない、項番を4から3に繰り上げるとともに、訂正前の請求項4において、「窒化インジウムガリウム半導体成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、0.1以上にする」との記載によって、インジウムとガリウムのモル比が限定されているところ、訂正事項aによる訂正によって、訂正後の請求項3の引用する訂正後の請求項1で該モル比の限定がされたことにともない、該記載を訂正前の請求項4から削除するとともに「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」を、「X線ロッキングカーブの半値幅が8分以下」の窒化インジウムガリウム半導体が得られる成長方法に限定するものであるから、明りょうでない記載の釈明及び特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
また、本件明細書には、
「【0016】[実施例1]まず、よく洗浄したサファイア基板を・・・
【0022】さらに、InGaN層のX線ロッキングカーブを取ると、In0.25Ga0.75Nの組成を示すところにピークを有しており、その半値幅は8分であった。この8分という値は従来報告されている中では最小値であり、本発明の方法によるInGaNの結晶性が非常に優れていることを示している。
【0023】[実施例2]実施例1において、GaN層成長後、InGaNを成長させる際に、TMIの流量を2×10^(-7)モル/分にする他は同様にして、InGaNを成長させる。このInGaNのX線ロッキングカーブを測定すると、In0.08Ga0.92Nの組成のところにピークが現れ、その半値幅は6分であった。」
との記載がある。上記記載によれば、実施例1及び実施例2において、X線ロッキングカーブの半値幅が8分以下である窒化インジウムガリウム半導体が得られたことが理解できる。
よって、訂正事項dによる訂正は、本件明細書に記載した事項の範囲内のものである。
以上のことから、訂正事項dによる訂正は、特許請求の範囲の減縮、明りょうでない記載の釈明を目的とし、いずれも、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項dによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(5) 訂正事項eについて
訂正事項eによる訂正は、訂正事項aによる特許請求の範囲の訂正にともない、特許請求の範囲と発明の詳細な説明の整合性を図るために、本件明細書の段落【0007】に訂正事項aによる訂正と同様の訂正を加えるものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
また、訂正事項eによる訂正は、上記「(1) ウ」で述べたのと同じ理由により、本件明細書に記載した事項の範囲内のものである。
したがって、訂正事項dによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

(6) 訂正事項fないし訂正事項hについて
訂正事項fないし訂正事項hによる訂正は、コニカル石英チューブの符号を7から6に変更するものであり、本件明細書段落【0029】の【符号の説明】に「6・・・・コニカル石英チューブ6」とあることに整合させるものであるから、誤記の訂正を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項fないし訂正事項hによる訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書に適合し、特許法134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合する。

3 まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正は、適法な訂正であり、これを認める。

第4 本件発明
上記のとおり、本件訂正が認められたので、本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1」ないし「本件発明3」という。)は、次の各請求項に記載したとおりのものと認められる。
「 【請求項1】 基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、
前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【請求項2】 前記有機金属気相成長法において、原料ガスを前記基板に押圧するガスを流すと共に、
前記押圧するガスとして前記窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【請求項3】 前記窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」

第5 請求人の主張の概要
1 無効理由
(1) 無効理由1(特許法第29条第2項違反)
本件発明1ないし本件発明3は、優先日前に頒布された甲第1号証(「TMG・TMI-NH_(3)系のMOVPE」小澤隆弘修士学位論文)の記載及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件発明1ないし本件発明3についての特許は、同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。

(2) 無効理由2(特許法第29条第2項違反)
本件発明1ないし本件発明3は、優先日前に頒布された甲第2号証(特開平3-203388号公報)の記載及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件発明1ないし本件発明3についての特許は、同法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである。

(3) 無効理由3(平成6年改正前特許法第36条第5項第2号違反)
本件発明3は、InGaNのX線ロッキングカーブの半値幅に係る構成の意味が不明確であるから、平成6年法律第116号による改正前の特許法第36条第5項第2号に規定された要件を満たしておらず、本件発明3についての特許は、同法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきである。

2 甲号証
(1) 請求人が提出した甲号証は、以下のとおりである。
甲第1号証:「TMG・TMI-NH_(3)系のMOVPE」小澤隆弘修士学位論文(写し)
甲第2号証:特開平3-203388号公報
甲第3号証:平成13年行(ケ)第172号審決取消請求事件の判決
甲第4号証:平成4年行(ケ)第16号審決取消請求事件の判決
甲第5号証:(名古屋大学工学部・工学研究科電気系図書館での甲第1号証の論文複写についての)証明書
甲第6号証:小澤隆弘氏陳述書
甲第7号証の1?3:澤木宣彦氏に配布した複写物等
甲第8号証の1?2:平松和政氏に配布した複写物等
甲第9号証の1?2:小出康夫氏に配布した複写物等
甲第10号証:工学博士赤崎勇氏の意見書
甲第11号証:特開昭52-23600号公報
甲第12号証:日本結晶学会誌 vol.15 No.3&4、1988、平松和政外「MOVPE法によるサファイア基板上のGaN結晶成長におけるバッファ層の効果」
第13号証:JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS, VOL.30. NO.10A, OCTOBER 1991, PP.L1705-L1707, "GaN Growth Using GaN Buffer Layer"
甲第14号証:特開平4-297023号公報
(以上、審判請求書に添付して提出。)

甲第15号証:Institute of Physics Confeence Series, No.106: Chapter 3 (1989), pp.141-146, " Wide-Gap Semiconductor (In,Ga)N"
甲第16号証:Journal of Electronic Materials, Vol.21, No.2 (1992), pp.157-163, "Wide-Gap Semiconductor InGaN and InGaAlN Grown by MOVPE"
甲第17号証:Applied Physics Letters, Vol.59, No.18 (1991), pp.2251-2253, "Photoluminescence of InGaN films grown at high temperature by metalorganic vapor phase epitaxy"
甲第18号証:Japanese Journal of Applied Physics, Vol.31, Part 2, No.10B(1992), pp.L1457-L1459, "High-Quality InGaN Films Grown on GaN Films"
甲第19号証:特許第2628404号特許公報
甲第20号証:特開平9-292353号公報
(以上、審判事件弁駁書に添付して提出。)

甲第21号証:特開昭55-120129号公報
甲第22号証:特開昭60-175412号公報
(以上、口頭審理陳述要領書に添付して提出。)

甲第23号証:東京地裁平成10年(ワ)28407号証拠説明書(乙第16?18号証)
甲第24号証:東京地裁平成10年(ワ)28407号証拠説明書(乙第19?23号証)
甲第25号証:東京地裁平成10年(ワ)28407号証拠説明書(乙第46号証の1?乙第48号証)
甲第26号証:東京地裁平成10年(ワ)28407号証拠説明書(乙第49?51号証)
甲第27号証:東京地裁平成10年(ワ)28407号証拠説明書(乙第59?67号証)
甲第28号証:東京高裁平成13年(行ケ)第172号原告証拠説明書(甲第43-甲第51号証)
甲第29号証:東京高裁平成13年(行ケ)第172号原告証拠説明書(甲第52-甲第56号証)
甲第30号証:審判請求書(無効2007-800109)(抄)
甲第31号証:審決(無効2007-800109)(抄)
(以上、上申書に添付して提出。)

(2) 甲第1号証の頒布日について
甲第1号証の表紙には、次の記載がある。
「名古屋大学大学院工学研究科
博士課程(前記課程)
修士学位論文
題目
TMG・TMI-NH_(3)系のMOVPE

指導教官 印
(手書き文字)赤崎勇 (印影)赤崎

昭和62年3月
電気工学,電気工学第2及び電子工学専攻
氏名 小澤隆弘」

甲第1号証は修士学位論文の写しであり、その原本を確認できないものの、修士論文の一般的な性質をかんがみれば、上記記載中の日付「昭和62年3月」から、同論文は、優先日(平成4年6月10日)に先立つ昭和62年3月末までに頒布されていたと推認することができる。

(3) 甲第5号証、甲第6号証、甲第7号証の2、甲第7号証の3、甲第8号証の2、甲第9号証の2及び甲第10号証について

甲第5号証、甲第6号証、甲第7号証の2、甲第7号証の3、甲第8号証の2、甲第9号証の2及び甲第10号証については、被請求人がその成立について争う(第1回口頭審理調書)ところ、署名、捺印された原本を確認できないから、証拠として採用しない。

3 請求人の主張の要点
請求人の主張の要点は、以下のとおりである。
(1) 無効理由1について
ア 審判請求書の主張
甲第1号証には、「有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該窒化ガリウム層の上に、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」が開示されている。
したがって、訂正前の本件発明1は、甲第1号証に記載された発明と同一である。(審判請求書11頁1?23行)
甲第1号証には、窒化ガリウム半導体を600℃より高い温度で成長させること(訂正前の本件発明3における限定)が記載され、窒化ガリウム半導体成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、0.1以上にすること(訂正前の本件発明4における限定)が実質的に記載されているに等しいから、訂正前の本件発明3及び4は、甲第1号証に記載された発明と同一である。(審判請求書11頁末行?12頁18行)
原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いること(訂正前の本件発明2における限定)に関して、甲第1号証の記載は、TMIの分解を抑える意味でキャリアガスに窒素を混合することも可能であることを示唆しており、甲第2号証には、キャリアガスとして水素に代えて窒素を用いることが開示されているから、訂正前の本件発明2は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。(審判請求書12頁19行?13頁15行)

イ 審判事件弁駁書の主張
(ア) キャリアガス切り替えについて
乙1号証及び甲第13号証に記載されているとおり、GaN膜の形成においては、キャリアガスとして水素を用いることが一般的であった。
MOCVD法によるInGaN膜の形成については、原料ガスのキャリアガスに窒素を用いることが甲第2号証に記載されている。甲第15?17号証に記載された、キャリアガスに窒素を用いたInGaN膜の成長方法に関する過去の成功例を踏まえれば、当業者がGaN膜上にInGaN膜を形成することを試みるに当たって、InGaNの原料ガスのキャリアガスとして、水素ではなく窒素を用いることは容易に想到し得ることであり、ごく当然の選択に過ぎないといえる。
他方、上記のように、GaN膜の形成においては、キャリアガスとして水素を用いることが一般的であったから、InGaN膜の下層となるGaN膜を形成する際、GaNの原料ガスのキャリアガスとして、水素を用いることもまた当業者にとってごく当然の選択である。
それゆえ、GaN膜上にInGaN膜を形成する際、GaN成長の間は原料ガスのキャリアガスとして水素を、InGaN成長の間は原料ガスのキャリアガスとして窒素を使用することは、当業者には極めて容易に想到し得ることであり、当然の選択・組合せに過ぎない。(審判事件弁駁書3頁15行?8頁末行)

(イ) 押圧ガスとして窒素のみを用いる点について
被請求人は、「甲1には、窒化インジウムガリウム半導体を成長させる際に押圧ガスとして窒素のみを用いる構成が記載されていない。」旨主張するが、該構成は甲第19号証に記載されている。したがって、当該構成は、本件発明に進歩性があることの理由にならない。(審判事件弁駁書12頁13行?13頁7行)

(ウ) 成長温度について
被請求人は、「甲1には、窒化ガリウム成長時には原料ガスのキャリアガスに水素を用い、600℃より高い温度で窒化インジウムガリウム半導体を成長させる際に原料ガスのキャリアガスを水素から窒素に切り替える構成が記載されていない。」旨主張するが、該構成は、キャリアガスを水素から窒素に切り替える構成、及び600℃より高い温度で窒化インジウムガリウム半導体を成長する構成の組合せに過ぎない。
そして、キャリアガスを水素から窒素に切り替える構成は、上記(ア)に述べたように本件発明の新規性進歩性を肯定する理由にならない。さらに、600℃より高い温度で窒化インジウムガリウム半導体を成長する構成は、甲第2号証に開示がある。
したがって、被請求人の主張は、本件発明に新規性進歩性があることの理由にはならない。(審判事件弁駁書13頁14行?14頁1行)

(エ) X線ロッキングカーブ半値幅について
本件発明におけるInGaNのX線ロッキングカーブの半値幅に係る構成は、単なる作用・効果に関する記載でしかないため、他の構成要件を充たすことで当然に得られる構成と解さざるを得ない。したがって、新規性進歩性の検討に当たって、当該構成について対比する必要がない。
また、甲第18号証には、「The FWHM of the XRC from the InGaN films grown on the GaN films was about 8 minutes.」(L1459頁右欄16?19行。和訳「GaN膜上に成長したInGaN膜のX線ロッキングカーブの半値幅は、約8分であった。X線ロッキングカーブの半値幅のこの値は、InGaN膜について報告された最小のものだった。」)等とあって、X線ロッキングカーブの半値幅が8分であるInGaN膜を形成することのできるInGaNの成長法が記載されている。
したがって、InGaNのX線ロッキングカーブの半値幅に係る構成は、本件発明に新規性進歩性があることの理由とならない。(審判事件弁駁書15頁16行?16頁16行)

ウ 口頭審理陳述要領書の主張
(ア) キャリアガス切り替えについて
甲第21号証及び甲第22号証に記載されているように、優先日当時、LED分野の結晶成長において、キャリアガスを結晶成長の途中で切り替える技術は周知であった。
それゆえ、審判事件弁駁書で述べたように、GaN膜の形成において原料ガスのキャリアガスとして水素を用いることが一般的であり、他方、InGaN成長時のキャリアガスとして窒素のみを用いることが当然であることを踏まえると、GaN膜上にInGaN膜を形成する際、GaN成長の間は原料ガスのキャリアガスとして水素を、InGaN成長の間は原料ガスのキャリアガスとして窒素を使用することは、ごく当然の選択・組合せであり、当業者が容易に想到できたといえる。(口頭審理陳述要領書3頁4行?4頁14行)。

(イ) 成長温度について
甲第2号証、甲第16号証及び甲第17号証には、InGaNの成長温度を800℃とすることが記載されており、InGaNの成長温度を「600℃より高く、900℃以下」とすることは、優先日当時、当業者にとって周知の日常的な設計事項に過ぎない。

(2) 無効理由2について
ア 審判請求書の主張
甲第2号証に、基板/第1のバッファ層/GaN層/GaInN層とする本件発明1と同様の層構成が示唆されていることと、甲第11?14号証等より、GaN層の下にバッファ層を低温で成長させることが周知慣用の手段と認められることから、訂正前の本件発明1は、甲第2号証に開示された事項及び周知慣用の技術に基づいて、当業者が容易に想到し得たものと認めることができる。(審判請求書25頁下から3行?26頁10行)
甲第2号証には、原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いること(訂正前の本件発明2における限定)、窒化ガリウム半導体を600℃より高い温度で成長させること(訂正前の本件発明3における限定)、窒化ガリウム半導体成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、0.1以上にすること(訂正前の本件発明4における限定)が記載されている。
してみると、訂正前の本件発明2?4も、甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものというべきである。(審判請求書26頁14?24行)

イ 審判事件弁駁書の主張
審判事件弁駁書の無効理由1についての主張と同様。

ウ 口頭審理陳述要領書の主張
口頭審理陳述要領書の無効理由1についての主張と同様。

(3) 無効理由3について
ア 審判事件弁駁書の主張
本件発明は、InGaNの成長方法に関するものであるところ、InGaNについての「X線ロッキングカーブ半値幅が8分以下」という半値幅が得られたとしても、そのことから、当該InGaNが具体的にいかなる成長方法で得られたものであるか理解できないから、平成24年1月10日付の訂正請求により訂正された本件特許の請求項4に係る発明(以下「本件発明4」という。)の技術的範囲を全く把握することができない。
さらに、X線ロッキングカーブの測定に測定誤差が避けられないことは明らかであり、測定誤差を含む測定値によって発明の技術的範囲の外延を画することは不可能であるから、本件発明4の技術的範囲は明確ではあり得ない。(審判事件弁駁書14頁13行?15頁1行)

イ 口頭審理陳述要領書の主張
X線ロッキングカーブ半値幅が結晶品質の評価に用いられたとしても、測定誤差が避けられないのであれば、本件発明3の技術的範囲が不明確であることに変わりがない。(口頭審理陳述要領書7頁1?3行)

第6 被請求人の主張の概要
1 無効理由1ないし3に対して
(1) 無効理由1に対して
本件発明1ないし3は、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件発明1ないし本件発明3についての特許は、請求人の主張する無効理由によって無効とされるべきものではない。

(2) 無効理由2に対して
本件発明1ないし3は、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
よって、本件発明1ないし本件発明3についての特許は、請求人の主張する無効理由によって無効とされるべきものではない。

(3) 無効理由3に対して
本件発明3の技術的範囲は明確である。

2 乙号証
被請求人が提出した乙号証は、以下のとおりである。
乙第1号証:「エピタキシャル成長のメカニズム」、中嶋一雄編集、共立出版株式会社、2002年5月25日発行、118?119頁
(以上、平成24年1月10日付け審判事件答弁書に添付して提出。)

乙第2号証:甲第15号証の追加抄訳
乙第3号証:甲第16号証の追加抄訳
乙第4号証:甲第17号証の追加抄訳
(以上、平成24年6月27日付け審判事件答弁書に添付して提出。)

3 被請求人の主張の要点
被請求人の主張の要点は、以下のとおりである。
(1) 本件発明の技術的意義
本件発明は、窒化インジウムガリウムの成長においては、成長温度を、従来の500?600℃程度から、600℃より高く、900℃以上とするとともに、成長温度を高くすることによる窒化インジウムガリウム中のInNの分解を抑制するために、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整してInNをGaNの結晶中に入れるとともに、キャリアガスを水素から窒素に切替えてInNが分解して結晶格子中から出て行くのを抑制して高品質な窒化インジウムガリウムの結晶を得るものである(本件明細書の【0009】?【0013】)。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書4頁9?22行)

(2) 無効理由1について
ア キャリアガス切り替えについて
(ア) 平成24年1月10日付け審判事件答弁書の主張
甲第1号証の成長方法では、成長全体を通じてキャリアガスは水素であり、キャリアガスを切替えるとの記載はなく、このことは、甲第1号証の成長に用いた成長炉がキャリアガスとして水素を用いていることからもわかる。(平成24年1月10日付け審判事件答弁書14頁18?21行)
甲第2号証に記載の発明には、窒化インジウムガリウムの成長時における窒化インジウムガリウム中の窒化インジウムの分解を抑制するとの解決課題や、その手段として窒化インジウムガリウムの成長時にキャリアガスを水素から窒素に切替えるとの手段については記載も示唆もされていない。
なお、甲第2号証には、原料ガスのキャリアガスとして「H_(2)又はN_(2)を用い(る)」ことは記載されているが、キャリアガスの種類を層に応じて切り替えることについては記載も示唆もない。(平成24年1月10日付け審判事件答弁書24頁10?16行)

(イ) 平成24年6月27日付け審判事件答弁書の主張
甲第1号証は、基板/バッファ層/GaN層/InGaN層の成長方法について開示するが、本件発明のように、GaN層の成長時にはキャリアガスとして水素を用い、InGaN層の成長時には、キャリアガスである水素を窒素に切替えて、下地となるGaN層の結晶性を良好に保ちながら、同時に、InGaNの成長時におけるInGaN中のInNの分解を抑制して高品質なInGaNの成長を可能とするものではなく、解決課題及び手段において本件発明とは異なる。また、甲第15号証?甲第17号証も、InGaN成長中にキャリアガスとして窒素を用いてInNの分解を抑制することを記載や示唆するものではない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書5頁18?26行)

(ウ) 平成24年10月29日付け上申書の主張
甲第21号証に記載の発明は、1種類の半導体の成長中にキャリアガスの水素濃度を変えることでドーパントのドーピング量を制御するものであり、本件特許のように、GaN上に、これとは材料が異なるInGaNを成長するにあたり、材料に応じてキャリアガスを水素から窒素に切替えてInGaN中のInNの分解を抑えて良好な結晶を得るものとは全く異なっている。(平成24年10月29日付け上申書4頁11?15行)
甲第22号証に記載の発明は、GaNの成長において、初期の核形成段階を不活性雰囲気で行うが、GaNの成長は実質的に水素雰囲気で行うものであり、本件特許のように、GaN上に、これとは材料が異なるInGaNを成長するにあたり、材料に応じてキャリアガスを水素から窒素に切替えてInGaN中のInNの分解を抑えて良好な結晶を得るものとは全く異なっている。(平成24年10月29日付け上申書5頁3?7行)

イ 成長温度について
甲第1号証では、InGaN層の成長温度は1030℃であり、本件発明の成長温度である「600℃より高く、800℃以下」とは異なる。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書8頁20?22行)

ウ 押圧ガスとして窒素のみを用いる点について
本件発明2は、窒化インジウムガリウムの成長時に、原料ガスのキャリアガスを水素から窒素に切替えるとともに、原料ガスを基板に押圧するガスにも窒素を用いることを特徴としており、それによって窒化インジウムガリウムの成長時における窒化インジウムガリウム中の窒化インジウムの分解をさらに抑制して、一層高品質の窒化インジウムガリウムを実現できる。この特徴は、甲第1号証には記載も示唆もなく、甲第19号証は、原料ガスを基板に押圧するガスに不活性ガスを用い、その例として水素、窒素を記載するにすぎない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書9頁22?29行)
エ X線ロッキングカーブ半値幅について
本件発明3は、本件発明の結果物である窒化インジウムガリウム半導体についてX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下の場合に限定したものである。この特徴は、甲第1号証には記載も示唆もない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書10頁5?10行)

(3) 無効理由2について
ア キャリアガス切り替えについて
甲第2号証は、基板/バッファ層(少なくとも1層)/InGaN層の成長方法について開示するが、本件発明のように、GaN層の成長時にはキャリアガスとして水素を用い、InGaN層の成長時には、キャリアガスである水素を窒素に切替えて、下地となるGaN層の結晶性を良好に保ちながら、同時に、InGaNの成長時におけるInGaN中のInNの分解を抑制して高品質なInGaNの成長を可能とするものではなく、解決課題及び手段において本件発明とは異なる。また、甲第15号証?甲第17号証も、InGaN成長中にキャリアガスとして窒素を用いてInNの分解を抑制することを記載や示唆するものではない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書6頁2?10行)

イ 押圧ガスとして窒素のみを用いる点について
本件発明2は、窒化インジウムガリウムの成長時に、原料ガスのキャリアガスを水素から窒素に切替えるとともに、原料ガスを基板に押圧するガスにも窒素を用いることを特徴としており、かかる内容は甲第1号証に記載された発明から容易に想到できるものではない。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書9頁18行?10頁3行)

(4) 無効理由3について
請求人は、審判事件弁駁書において、「X線ロッキングカーブの測定に測定誤差が避けられないことは明らかであり、測定誤差を含む測定値によって発明の技術的範囲の外延を画することは不可能であるから、本件発明3の技術的範囲は明確ではあり得ない。」と述べているが、甲第18号証において、InGaN膜やGaN膜の特性をX線ロッキングカーブの半値幅で評価していることからも分かるように、結晶品質を評価するにあたってX線ロッキングカーブの半値幅を用いることは当該技術分野で普通に行われていることであり、本件発明3の技術的範囲は明確である。(平成24年6月27日付け審判事件答弁書10頁20?28行)

第7 無効理由3についての当審の判断
事案にかんがみ、まず、無効理由3について検討する。
(1) 本件明細書(本件訂正後のもの。以下同じ。)には、
「【0016】[実施例1]まず、よく洗浄したサファイア基板を・・・
【0022】さらに、InGaN層のX線ロッキングカーブを取ると、In_(0.25)Ga_(0.75)Nの組成を示すところにピークを有しており、その半値幅は8分であった。この8分という値は従来報告されている中では最小値であり、本発明の方法によるInGaNの結晶性が非常に優れていることを示している。
【0023】[実施例2]実施例1において、GaN層成長後、InGaNを成長させる際に、TMIの流量を2×10^(-7)モル/分にする他は同様にして、InGaNを成長させる。このInGaNのX線ロッキングカーブを測定すると、In_(0.08)Ga_(0.92)Nの組成のところにピークが現れ、その半値幅は6分であった。」
との記載がある。上記記載によれば、実施例1及び実施例2において、X線ロッキングカーブの半値幅が8分以下である窒化インジウムガリウム半導体が得られたことが理解できる。
してみると、本件発明3における「窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下であること」との特定事項は、「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」を、「X線ロッキングカーブの半値幅が8分以下」の窒化インジウムガリウム半導体が得られる成長方法に限定するものと解することができる。

(2) 請求人は、「X線ロッキングカーブの測定に測定誤差が避けられないことは明らかであり、X線ロッキングカーブ半値幅が結晶品質の評価に用いられたとしても、測定誤差が避けられないのであれば、本件発明3の技術的範囲は不明確である。」旨を主張する(上記「第5 3 (3)」参照。)。
しかしながら、本件発明3における、「窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅」との特定事項は、測定誤差の有無にかからわず、上記(1)で検討したとおり、「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」を、「X線ロッキングカーブの半値幅が8分以下」の窒化インジウムガリウム半導体が得られる成長方法に限定するものと解することができ、格別不明確なところは認められない。
よって、請求人の上記主張は採用できない。

(3) 上記(1)及び(2)の検討によれば、本件発明3は、InGaNのX線ロッキングカーブの半値幅に係る構成の意味が不明確であるとはいえないから、本件特許の請求項3の記載は、平成6年法律第116号による改正前の特許法第36条第5項第2号に規定された要件を満たしており、本件発明3についての特許は、同法第123条第1項第4号に該当しないから、無効とすることはできない。

第8 無効理由1についての当審の判断
1 甲号証及び乙号証の記載
請求人が、本件発明1ないし3のキャリアガス切り替えに係る構成についての主張において引用している甲第1号証、甲第2号証、甲第15号証ないし甲第17号証、甲第21号証、甲第22号証及び乙第1号証の記載を、以下に摘記する。
(1) 甲第1号証
優先日前に頒布された刊行物と認められる甲第1号証には、以下の記載がある。
ア 「ここでは有機金属気相成長(MOVPE)法を用いて、GaNと、同じ窒化物III-V族化合物半導体であるInNとの混晶In_(1-x)Ga_(x)Nを作製することにより、青色発光の実現の可能性について検討した。」(4頁3?6行)

イ 「第2章 In_(1-x)Ga_(x)N混晶
In_(1-x)Ga_(x)N混晶は、Osamuraらにより電子線プラズマ法を用いサファイア(0001)面及び石英上に多結晶膜が作製され、X=0?1までの組成のものが得られているとの報告がある。彼らは基礎吸収端を測定しInNの室温でのエネルギーギャップ(Eg)が1.95Vであること、Egの組成依存性が下膨らみの曲線となりbowing parameter がdielectric two band model(DM)法による計算値1.05Vとほぼ一致すること、また赤外反射よりTOフォノンを測定し、その振舞いがone-mode-type であること、などを示している。しかし、この混晶系に関する研究例は少なく、またIn_(1-x)Ga_(x)N単結晶膜も得られていない。本章では結晶成長法としてMOVPE法を用い、良質のIn_(1-x)Ga_(x)N膜の実現の可能性について検討した。
§2-2 成長方法
成長はトリメチルガリウム(TMG)、トリメチルインジウム(TMI)及びアンモニア(NH_(3))を原料とする系を初めて試みた。成長炉は通常の縦型常圧炉であり、その概略図を図2-1に示す。キャリアガスにはH_(2)を使い基板の加熱はRF誘導方式を用いている。サセプタはカーボン製で、SiCコーティングなどはしていない。III属原料であるTMG、TMIは恒温槽で一定温度に保たれ、H_(2)でバブリングすることによりその飽和量が供給される。キャリアガス及びNH_(3)は導入口直前で混合され基板上に供給される。流量のコントロールは流量計を用いており、エアオペレートバルブで有機金属化合物の供給をON/OFFすることにより成長期間を制御する。基板はサファイア(0001)面で、リン酸系エッチャント(H_(3)PO_(4):H_(2)SO_(4)=1:3)により200℃で100分間エッチングしたあと、トリクレン、アセトン、メタノールで有機洗浄を行い、さらに成長直前にH_(2)雰囲気1200℃で10分間熱処理した。
§2-3 InNの成長
§2-3-1 成長条件
InNはこれまで反応性スパッタリング法^(12,13))や電子線プラズマ法^(9))などによりサファイアや石英を基板として多結晶膜が作製され、またInCl_(3)-NH_(3)系のVPE成長により成長温度620℃でサファイア(0001)面上にエピタキシャル膜が得られたとの報告がある^(11))が、MOVPE法を用いて成長が試みられた例はまだない。そこで先ずInNの成長を試みた。サファイア基板上にAlNバッファ層^(14))を940℃で25?30秒間成長させ、その上に500?1000℃で20?60分間成長を試みた。表2-1に成長条件を示す。
§2-3-2 結果及び検討
成長後基板上には灰白色を呈する膜が得られるが、付着力は弱く、容易に取り除くことが出来る。図2-2に試料の表面SEM像を示す。基板上にはドロップレット状の付着物がみられるので、RHEEDによってもInNエピタキシャル膜は得られていないことが解った。GaNの場合は同様な条件のもとで成長温度700℃以上で単結晶が得られることが確認されており、NH_(3)の分解により、基板上の窒素分圧は十分保たれているものと考えられる。しかしTMIの分解温度は非常に低いため、TMIが分解しドロップレットとなって基板に付着するものと思われる。ここでメチル系の有機金属化合物はH_(2)雰囲気では水素化反応、N_(2)雰囲気では熱分解反応により分解し、分解温度はH_(2)雰囲気よりN_(2)雰囲気のほうが高いことが知られている。そこでTMIの分解を抑える意味でキャリアガスにN_(2)を混合した。しかしInN膜は得られなかった。また基板上のドロップレットは成長後の冷却過程に於いて付着していることも考えられるため、GaN cap層を連続成長させ冷却過程での膜質の変化を防ぐことを試みたが、良い結果は得られなかった。InNモル分率の多い組成領域での混晶成長についても同様な結果であった。
§2-4 GaNモル分率の多い組成領域における成長及びその評価
§2-4-1 成長条件
§2-3においてInNおよびInNモル分率の多い組成領域での混晶成長は極めて困難であることが解った。ここでGaNは現在比較的良好な結晶が得られているため、GaNモル分率の多い組成領域での結晶成長を行った。サファイア基板上にAlNバッファ層を950℃で30秒間成長後、ノンドープGaNを1030℃で4分間成長させ、その上にIn_(1-x)Ga_(x)N混晶を連続成長させている。混晶層の成長条件を表2-2に示す。」(6頁1行?10頁2行)

ウ 「 表2-1 成長条件
- AlNバッファ層 -
TMA(15℃) 20 cc/min
H_(2) 3 l/min
NH_(3) 2 l/min
成長温度 940 ℃
成長時間 25?40sec
- InN層 -
TMI(0?20℃) 100 cc/min
H_(2) 2 l/min
NH_(3) 1.5 l/min
成長温度 500?1000 ℃
成長時間 20?60min 」(7頁右下)

エ 「 表2-2 成長条件
- In_(1-x)Ga_(x)N混晶 -
TMG(-15℃) 10 cc/min
TMI(0?20℃) 30?100 cc/min
H_(2) 2 l/min
NH_(3) 1.5 l/min
成長温度 1030 ℃
成長時間 30 min 」(10頁右上)

(2) 甲第2号証
同じく甲第2号証には、以下の記載がある。
ア 「2. 特許請求の範囲
(1) 窒化処理した基板と、この基板上に形成したバッファ層と、このバッファ層上に形成したGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)のpn接合構造とを備え、前記バッファ層がAlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層である半導体発光素子。
(2) 基板が、酸化アルミニウム単結晶であることを特徴とする請求項(1)記載の半導体発光素子。
(3) キャリアガスとして、H_(2)またはN_(2)を用い、III族の原料ガスとして、有機In化合物、有機Al化合物、有機Ga化合物を用い、V族の原料ガスとして、NH_(3)を用いて結晶成長を行う有機金属気相成長法であって、
基板を昇温する際、NH_(3)雰囲気中で行い、前記基板の表面を窒化処理した後に、この窒化処理した基板の表面に、バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN歪超格子層および
Al_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を成長させる工程と、
この表面にGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)のpn接合構造を形成する工程とを含む半導体発光素子の製造方法。」(1頁左下欄4行?右下欄7行)

イ 「〔実施例]
第1図はこの発明の一実施例の半導体発光素子を示す構造図である。
第1図に示すように、サファイア基板1と、このサファイア基板1上にバッファ層として形成したAlN層2と、このAlN層2上に形成したn-Ga_(x)In_(1-x)N層3(0≦x≦1)およびp-Ga_(x)In_(1-x)N層4(0≦x≦1)からなるpn接合構造と、この表面に形成したAlの電極5,6とを備えたものである。
なおバッファ層として、AlN層2を形成したが、AlN/GaN歪超格子層またはAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦Z≦1)を形成しても良い。
このように構成された半導体発光素子Xは、波長420nmの青色で発光する(A方向)。
第2図はこの発明の一実施例のために用いられる有機金属気相(MOVPE)装置を示す概念図である。
第2図に示すように、有機金属気相(MOVPE)装置Yは、キャリアガス20として、H_(2)またはN_(2)を用い、原料ガスとして、III族にはTMA(トリメチルアルミニウム)10,TMG(トリメチルガリウム)11,TMI(トリメチルインジウム)12を用い、V族にはNH_(3)を用いた。またp型ドーパントには、CP_(2)Mg(シンクロペンタジエニルマグネシウム)13を用い、n型ドーパントには、H_(2)Se(セレン化水素)15を用いた。
有機金属気相(MOVPE)装置Yは、石英製のリアクタ16内に載置されたカーボン製のサセプタ17を高周波誘導加熱することにより、このサセプタ17上に載置した基板21を加熱し、この基板21上に化合物半導体層単結晶等を成長させるものである。
なおリアクタ16内の圧力は、76Torrである。
この発明の一実施例の半導体発光素子の製造方法を第2図および第3図に基づいて説明する。
第3図はこの発明の一実施例の半導体発光素子の製造方法を示す工程図である。
なお有機金属気相(MOVPE)装置として、第2図に示す装置を用いた。
第3図(a)に示すように、結晶成長を開始する前に、サファイア基板1をNH_(3)雰囲気中で1000℃まで昇温して、10分間熱処理を施し、サファイア基板1の表面を薄いAlN膜(図示せず)で覆ってしまう。その後、サファイア基板1の温度を950℃に下げて、バッファ層として厚さ0.5μmのAlN膜2を成長させる。
このように、結晶成長前の昇温時に、サファイア基板1の表面を窒化処理し、薄いAlN膜を形成することにより、この表面に形成するAlN層2(バッファ層)とサファイア基板lとの格子定数および熱膨張係数の整合性が共に良くなる。
次に第3図(b)に示すように、サファイア基板1の温度を800℃まで下げ、AlN層2(バッファ層)の表面に、n型のGa_(x)In_(1-x)N層3およびp型のGa_(x)In_(1-x)N層4を形成する。
なお、n型のGa_(x)In_(1-x)N層3は層厚1μmであり、n型ドーパントであるH_(2)Se15をドープして結晶成長させたものであり、p型のGaxIn_(1-x)N層4は層厚1.5μmであり、p型ドーパントであるCp_(2)Mg13をドープして結晶成長させたものである。
なおこの際、原料ガスの流量は、TAM10は10_(cc)/_(min)、TMG11は5_(cc)/_(min)、TMI12は20_(cc)/_(min)とし、
NH_(3)の流量は、12_(cc)/_(min)とし、ドーパントの流量は、各々H_(2)Se(セレン化水素)15は25_(cc)/_(min)、Cp_(2)Mg13は10_(cc)/_(min)とした。
またリアクタ16内に入るキャリアガスの総流量は、5l/_(min)とした。」(3頁左上欄8行?右下欄20行)

ウ 「以下第1図および第3図に示すバッファ層(AlN層2)として、AlN/GaN歪超格子層またはAl_(z)Ga_(1-z)N(0≦z≦1)層を形成した場合について、以下説明する。
バッファ層の形成には、AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていき、AlN/GaN歪超格子層を形成する方法と、組成のみのAl_(z)Ga_(1-z)N(0≦z≦1)層を形成する方法とがあるが、この表面に形成するGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)の結晶性は、後者に比較すると、前者の方が優れる傾向がある。ただし、後者もバッファ層として、十分に使用できる。」(4頁右上欄末行?左下欄12行)

(3) 甲第13号証
同じく甲第13号証には、以下の記載がある。
ア 「A novel MOCVD reactor, which is shown in Fig.1, was developed for the GaN growth. It has two different gas flows. One is the main flow which carries the reactant gas parallel to the substrate with a high volocity through the quarts nozzle. Another flow is the subflow which transports the inactive gas perpendicular to the substrate for the purpose of changing the direction of the main flow to bring the reactant gas into contact with the substrate (see Fig.2). This subfolw was very important. Without the subflow, a continuous film was not obtained and only few island growths were obtained on the substrate. A gas mixture of H_(2) and N_(2) was used as the subflow.」(L1705頁左欄19?31行)
和訳:「図1に示される新規な有機金属気相成長法(MOCVD: Metal Organic Chemical Vapor Deposition)反応装置がGaNの成長のために開発された。この反応装置は2つの異なるガスのフローがある。1つは、石英ノズルを通って高速で、基板と平行方向に反応ガスを搬送するメインフローである。もう1つのフローは、反応ガスを基板に接触させるように運ぶべくメインフローの向きを変えるため、基板に垂直に不活性ガスを送るサブフローである(図2参照)。このサブフローは非常に重要である。サブフローがなければ、基板上に連続的な膜は得られず、わずかの島状の成長が得られるのみである。サブフローには、水素と窒素の混合物が使われた。」

イ 上記記載アが参照するFig.2には、「SUBFLOW N_(2)+H_(2)」及び「MAIN FLOW TMG+NH_(3)+H_(2)」との記載がある。

(4) 甲第15号証
同じく甲第15号証には、以下の記載がある。
ア 「We have succeeded in growing single-crystals of InN and (In, Ga)N on a sapphire substrate using metalorganic vapor phase epitaxy (MOVPE) for the first time.」(142頁下12行?下6行)
和訳:「我々は、有機金属気相成長法(MOVPE)を用いてサファイア基板上にInNと(In,Ga)Nの単結晶を成長することに初めて成功した。」

イ 「The source gases were trimethylindium (TMI), triethylgallium (TEG) and ammonia. Both carrier and bubbling gases were nitrogen.」(143頁6?8行)
和訳:「原料ガスはトリメチルインジウム(TMI)、トリエチルガリウム(TEG)及びアンモニアだった。キャリアガスとバブリングガスは、ともに窒素だった。」

(5) 甲第16号証
同じく甲第16号証には、以下の記載がある。
ア 「We have achieved InGaN growth on sapphire substrates at temperatures substantially higher than conventional growth temperatures for InGaN.」(157頁前文1?2行)
和訳:「我々は、従来のInGaNの成長温度よりもかなり高い温度で、サファイア基板上でInGaN膜を形成することに成功した。」)

イ 「The source gases were trimethylindium (TMI), triethylgallium(TEG), trimethylaluminium(TMA) and purified ammonia. Both carrier and bubbling gases were purified nitrogen.」(157頁右欄下3行?158頁左欄1行)
和訳:「原料ガスは、トリメチルインジウム(TMI)、トリエチルガリウム(TEG)、トリメチルアルミニウム(TMA)と精製アンモニアであった。キャリアガスとバブリングガスは、ともに精製窒素だった。」

(6) 甲第17号証
同じく甲第17号証には、以下の記載がある。
ア 「InGAN films were grown on (0001) plane sapphire substrates by MOVPE in a vertical cold wall reactor. sapphire substrates were decreased with organic solvents and sulfuric acid. The source gases were triethylgallium(TEG), trimethylindium(TMI) and the purified ammonia. Both the bubbling and carrier gases were nitrogen.」(2251頁左欄下10行?下5行)
和訳:「InGaN膜は、垂直冷間ウォール反応器において、有機金属気相成長法(MOVPE)によって(0001)面サファイア基板上に成長させられた。サファイア基板は、有機溶剤と硫酸によって減少させられた。原料ガスは、トリエチルガリウム(TEG)、トリメチルインジウム(TMI)及び精製アンモニアであった。バブリングガスとキャリアガスは、ともに窒素だった。」

(7) 甲第21号証
同じく甲第21号証には、以下の記載がある。
ア 「2.特許請求の範囲
1.III-V族化合物半導体の気相成長法において、
720℃以上の成長温度でドーパントの供給量を実質的に一定に維持しながら、キャリヤーガスを水素と窒素ガス又は不活性ガスとの混合系から窒素ガス又は不活性ガス系に切換えることにより、高ドーピング濃度の化合物半導体エピタキシャル層を生成することを特徴とする半導体の気相成長法。」(1欄4?13行)

イ 「かかる方法により、GaAsFET,GaAsインパットダイオード,GaAsガンダイオード,バラクタダイオードなどの半導体素子が製造される。かかる半導体素子の活性領域を電極とオーミック接続するために素子の一部に不純物濃度が高いGaAs半導体層を形成する必要がある。」(2欄9?15行)

ウ 「上記の如くキャリヤーガスの切換えにより製造される半導体素子の一具体例として、GaAsFETの例を第5図及び第6図により説明する。約10^(7)ohm・cmの比抵抗を有するクロムドープ半絶縁性GaAs基板2の上にGaAsのノンドープエピタキシャル成長を行い比抵抗が10^(6)ohm・cm(キャリヤー濃度10^(14)/cm^(3)以下)のバッハー層を成長する。この成長に続いて連続的にGaAsのエピタキシャル成長を行い、この際、FETの活性層に必要なキャリヤー濃度を与えるように硫黄を適切な温度に加熱する。かくして得られた活性層4のキャリヤー濃度は10^(15)?10^(17)/cm^(3)となる。活性層4の成長を水素と窒素の混合ガスのキャリヤーガスを用いて行い、続いて窒素のキャリヤーガスにより電極層5を連続エピタキシャル成長させる。」(9欄下から5行?10欄10行)

エ 「以上の説明においては、GaAsFETの例を説明したが、GaAsインパットダイオード,GaAsガンダイオード,バラクタダイオードの製造にも本発明の方法を適用することができる。また、キャリヤーガスとしては水素及び窒素の例を説明したが、窒素と同様に化合物半導体成長反応に対して不活性であるガス、例えばヘリウム,アルゴン,その他の不活性ガス,を窒素の代りに又は窒素と混合して使用してもよい。」(11欄下から4行?12欄5行)

(8) 甲第22号証
同じく甲第22号証には、以下の記載がある。
ア 「1.窒化ガリウムの成長方法
2.特許請求の範囲
(1)有機ガリウム化合物とアンモニアとの反応による結晶基板への窒化ガリウム生成過程を、不活性雰囲気中で行なう第1工程と、水素雰囲気中で行なう第2工程とで行なう窒化ガリウムの成長方法。
(2)有機ガリウム化合物が、トリメチルガリウムもしくはトリエチルガリウムから選ばれる特許請求の範囲第1項に記載の窒化ガリウムの成長方法。
(3)不活性雰囲気が、窒素,アルゴンもしくはヘリウムから選ばれる特許請求の範囲第1項に記載の窒化ガリウムの成長方法。」(53頁左下欄2?15行)

イ 「さらに、本実施例のうち、第1工程の雰囲気N_(2)を、ArあるいはHeに代えても、ほとんど同じ結果が有られる。」(54頁左下欄下から4行?下から2行)

ウ 「発明の効果
本発明によれば、MOCVD法でのGaN結晶の育成が、第1段階でのGaN核の生成と、次の結晶生成の第2段階とで雰囲気条件を不活性雰囲気から水素雰囲気に変えることにより、安定で、しかも、良質の結晶層に実現される。」(54頁右下欄3?8行)

(9) 乙1号証
優先日後に頒布された刊行物である乙第1号証には、以下の記載がある。ア 「なぜVPE法のキャリアガスとして水素が多く用いられるのか?
VPE法のキャリアガスには、水素が用いられることが一般的である。水素が空気中に漏れると引火、爆発しやすい(爆発限界:4?75%)ことは良く知られており、安全の観点から考えると不利である。これにも関わらず、広く使われている理由は以下の利点のためである。」(118頁1?6行)

イ 「3.成長速度
水素分子は小さくて軽いため、水素ガス中の原料分子の拡散速度は大きくなる。っこの結果、基板表面に到達する原料分子の量が多くなり、エピタキシャル膜の成長速度が大きくなる。キャリアガスを変更すると、流れの様子が大きく変化するので、成長速度について単純な比較はできないが、水素から窒素に変更することにより、成長速度は、1/2から1/3に小さくなる。」(119頁4?9行)

2 甲第1号証に記載された発明
上記「1 (1)」によれば、甲第1号証には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「有機金属気相成長(MOVPE)法を用いた、GaNとInNとの混晶In_(1-x)Ga_(x)NからなるIn_(1-x)Ga_(x)N膜の成長方法であって、
トリメチルガリウム(TMG)、トリメチルインジウム(TMI)及びアンモニア(NH_(3))を原料ガスとし、キャリアガスにはH_(2)を使い、
サファイア基板上にAlNバッファ層を950℃で30秒間成長後、ノンドープGaNを1030℃で4分間成長させ、その上にIn_(1-x)Ga_(x)N混晶層を連続成長させ、
該混晶層の成長条件は、
TMG(-15℃)10cc/min、TMI(0?20℃)30?100cc/min、H_(2)2l/min、NH_(3)1.5l/min、成長温度1030℃、成長時間30minである、
In_(1-x)Ga_(x)N膜の成長方法。」

3 甲第2号証に記載された発明
(1) 上記「1 (2) ア」には、(3)として、次のとおりの半導体発光素子製造方法が記載されている。
「キャリアガスとして、H_(2)またはN_(2)を用い、III族の原料ガスとして、有機In化合物、有機Al化合物、有機Ga化合物を用い、V族の原料ガスとして、NH_(3)を用いて結晶成長を行う有機金属気相成長法であって、
基板を昇温する際、NH_(3)雰囲気中で行い、前記基板の表面を窒化処理した後に、この窒化処理した基板の表面に、バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN歪超格子層および
Al_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を成長させる工程と、
この表面にGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)のpn接合構造を形成する工程とを含む半導体発光素子の製造方法。」

(2) 上記「1 (2) イ」には、上記(1)の半導体発光素子製造方法の実施例が記載されていると認められるところ、これによれば、上記(1)の半導体発光素子製造方法における「バッファ層」、「『有機In化合物とその流量」、「『有機Al化合物』とその流量」、「『有機Ga化合物』とその流量」、「『基板』を『NH_(3)雰囲気中』で『昇温』し『窒化処理』する工程」、「窒化処理した基板の表面に、バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層を成長させる工程」及び「この表面にGa_(x)In_(1-x)N層(0≦x≦1)のpn接合構造を形成する工程」は、具体的には、「AlN層」、「TMI(トリメチルインジウム)20_(cc)/_(min)」、「TMA(トリメチルアルミニウム)10_(cc)/_(min)」、「TMG(トリメチルガリウム)5_(cc)/_(min)」、「サファイア基板をNH_(3)雰囲気中で1000℃まで昇温して、10分間熱処理を施し、サファイア基板の表面を薄いAlN膜で覆い」、「サファイア基板の温度を950℃に下げて、バッファ層として厚さ0.5μmのAlN膜2を成長させ」及び「サファイア基板の温度を800℃まで下げ、バッファ層の表面に、n型のGa_(x)In_(1-x)N層及びp型のGa_(x)In_(1-x)N層からなるpn接合構造を形成する」であることが認められる。

(3) 上記(1)の半導体発光素子製造方法の「バッファ層」は、「AlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦z≦1)のうちの少なくとも一層」を成長させたものである。
加えて、上記「1 (2) イ」の「なおバッファ層として、AlN層2を形成したが、AlN/GaN歪超格子層またはAl_(z)Ga_(1-z)N層(0≦Z≦1)を形成しても良い。」との記載によれば、バッファ層は、AlN層に代えてAlN/GaN歪超格子層でもよいことが認められる。
そして、上記「1 (2) ウ」のとおり、甲第2号証には、バッファ層をAlN/GaN歪超格子層で形成する方法について、「AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていき」との記載があり、これによれば、上記(2)で検討した実施例において、バッファ層を、AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていき、AlN/GaN歪超格子層として形成してよいことが認められる。

(4) 以上によれば、甲第2号証には、次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されているものと認められる。
「キャリアガスとして、H_(2)またはN_(2)を用い、III族の原料ガスとして、TMA(トリメチルアルミニウム),TMG(トリメチルガリウム),TMI(トリメチルインジウム)を用い、該原料ガスの流量は、TMAは10_(cc)/_(min)、TMGは5_(cc)/_(min)、TMIは20_(cc)/_(min)とし、V族の原料ガスとして、NH_(3)を用いて結晶成長を行う有機金属気相成長法であって、
サファイア基板をNH_(3)雰囲気中で1000℃まで昇温して、10分間熱処理を施し、サファイア基板の表面を薄いAlN膜で覆い、
その後、サファイア基板の温度を950℃に下げ、AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていくことにより、バッファ層としてのAlN/GaN歪超格子層を形成し、
次に、サファイア基板の温度を800℃まで下げ、該バッファ層の表面に、n型のGa_(x)In_(1-x)N層及びp型のGa_(x)In_(1-x)N層からなるpn接合構造を形成することを含む、半導体発光素子の製造方法。」

4 甲号証及び乙号証に記載された技術事項
(1) 甲第13号証に記載された技術事項
メインフローを、「TMG+NH_(3)+H_(2)」と表記していることから、ガリウムの原料ガスがTMGであり、窒素の原料ガスがアンモニアであり、これら原料ガスを運ぶ水素は、キャリアガスといえる。
しかしながら、メインフローは水素と窒素の混合物であるサブフローで向きを変えられ基板に接触するのであるから、基板に原料ガスを運ぶ気体はメインフローとサブフローが混じった水素と窒素の混合物となるので、キャリアガスが水素であるのか、それとも水素と窒素の混合物であるのか定かでない。
このように、キャリアガスが何であるのか把握しにくいものの、上記「1 (3)」によれば、甲第13号証には、
「有機金属気相成長法によるGaNの成長方法であって、
原料ガスとして、ガリウムにはTMG、窒素にはNH_(3)を用い、
該原料ガスと水素からなるメインフローの向きを変えて基板に接触させるためのサブフローとして、水素と窒素の混合物を用いる、
GaNの成長方法。」
が記載されているものと認められる。

(2) 甲第15号証に記載された技術事項
上記「1 (4)」によれば、甲第15号証には、
「有機金属気相成長法により、
原料ガスとして、トリメチルインジウム(TMI)、トリエチルガリウム(TEG)及びアンモニアを用い、
キャリアガス及びバブリングガスとして、ともに窒素を用いて、
サファイア基板上にInNまたはInGaNの単結晶を成長する方法。」
が記載されているものと認められる。

(3) 甲第16号証に記載された技術事項
上記「1 (5)」によれば、甲第16号証には、
「従来のInGaNの成長温度よりもかなり高い温度で、サファイア基板上でInGaN膜を形成する方法であって、
原料ガスとして、トリメチルインジウム(TMI)、トリエチルガリウム(TEG)、トリメチルアルミニウム(TMA)及び精製アンモニアを用い、
キャリアガス及びバブリングガスとして、ともに精製窒素を用いる、
InGaN膜の形成方法。」
が記載されているものと認められる。

(4) 甲第17号証に記載された技術事項
上記「1 (6)」によれば、甲第17号証には、
「有機金属気相成長法によって(0001)面サファイア基板上にInGaN膜を成長させる方法であって、
原料ガスとして、トリエチルガリウム(TEG)、トリメチルインジウム(TMI)及び精製アンモニアを用い、
バブリングガス及びキャリアガスとして、ともに窒素を用いる、
InGaN膜の成長方法。」
が記載されているものと認められる。

(5) 甲第21号証に記載された技術事項
上記「1 (7) ア」には、「III-V族化合物半導体の気相成長法」とあるが、該気相成長法の実施例として、甲第21号証には、上記「1 (7) ウ」に記載されたIII-V族化合物半導体がGaAsである実施例のみが記載されている。

上記「1 (7) ウ」によれば、該実施例は、GaAs基板上に連続的にGaAsのエピタキシャル成長を行うものであって、最初はノンドープとしてバッハー層を成長させ、次に、キャリヤーガスとして水素と窒素の混合ガスを用い、硫黄をドープしてFETの活性層を成長させ、次に、キャリヤーガスを窒素として電極層を成長させるものである。

上記「1 (7) エ」によれば、該実施例のキャリヤーガスは、窒素に換えて不活性ガス(ヘリウム,アルゴン等)または窒素と不活性ガスとを混合したものを使用してもよいとされていることが認められる。

してみると、甲第21号証には、
「GaAs基板上に連続的にGaAsのエピタキシャル成長を行うものであって、最初はノンドープとしてバッハー層を成長させ、次に、キャリヤーガスとして水素と窒素の混合ガスを用い、硫黄をドープしてFETの活性層を成長させ、次に、キャリヤーガスとして、窒素、不活性ガス(ヘリウム,アルゴン等)または窒素と不活性ガスとを混合したものを使用して、電極層を成長させるGaAsの気相成長法。」
が記載されているものと認められる。

(6) 甲第22号証に記載された技術事項
上記「1 (8)」によれば、甲第22号証には、
「有機金属気相成長法(MOCVD法)によるGaN結晶の成長方法であって、
第1段階でGaN核を生成する際には、窒素,アルゴンもしくはヘリウムから選ばれる不活性雰囲気とし、
次の結晶生成の第2段階では、水素雰囲気とし、
該第1段階と該第2段階とで、雰囲気条件を不活性雰囲気から水素雰囲気に変えることにより、安定で良質の結晶層を実現する、
GaN結晶の成長方法。」
が記載されているものと認められる。

(7) 乙第1号証に記載された技術事項
上記「1 (9)」によれば、乙第1号証には、
「気相エピタキシー法(VPE法:vapor phase epitaxy)のキャリアガスとして、空気中に漏れると引火、爆発しやすく、安全の観点から考えると不利であるにも関わらず、水素が多く用いられる理由のひとつは、水素分子は小さくて軽いため、水素ガス中の原料分子の拡散速度は大きくなり、この結果、基板表面に到達する原料分子の量が多くなり、エピタキシャル膜の成長速度が大きくなるので、水素から窒素に変更することにより、成長速度は、1/2から1/3に小さくなるからである。」
ことが記載されているものと認められる。

5 本件発明1と甲1発明との対比、判断
(1) 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
ア 甲1発明における「サファイア基板」、「トリメチルガリウム(TMG)」、「トリメチルインジウム(TMI)」、「アンモニア(NH_(3))」「GaNとInNとの混晶In_(1-x)Ga_(x)NからなるIn_(1-x)Ga_(x)N膜」及び「In_(1-x)Ga_(x)N膜の成長方法」は、それぞれ、本件発明1における「基板」、「ガリウム源のガス」、「インジウム源のガス」、「窒素源のガス」、「窒化インジウムガリウム半導体」及び「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」に相当する。

イ 甲1発明における「AlNバッファ層」及び「ノンドープGaN」は、それぞれ、本件発明1の「バッファ層」及び「窒化ガリウム層」に相当する。

ウ 甲1発明の「バッファ層」(AlNバッファ層)の成長温度950℃は、「窒化ガリウム層」(ノンドープGaN)の成長温度1030℃より低い。

エ 炭素C、水素H、ガリウムGa、インジウムIn、トリメチルガリウムC_(3)H_(9)Ga、トリメチルインジウムC_(3)H_(9)Inの質量数は、それぞれ、12、1、70、115、115、160であるから、甲1発明における、TMG10cc/min、TMI30?100cc/minは、インジウム源のガスのインジウムのガリウムに対するモル比でいえば、(30?100)×115/160:10×70/115=(3.5?11.8):1であり、これは、本件発明1における、「インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上」との条件を満たしている。

オ 甲1発明のキャリアガスは、「窒化ガリウム層」(ノンドープGaN)成長時は本件発明1と同じく水素であるが、「窒化インジウムガリウム半導体」(In_(1-x)Ga_(x)N膜)成長時は水素であって、本件発明1で用いられる窒素とは異なる。

以上によれば、本件発明1と甲1発明は、以下の<一致点>で一致し、以下の<相違点1>及び<相違点2>で相違する。
<一致点>
「基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、 原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させる窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」

<相違点1>
本件発明1は、 「窒化インジウムガリウム半導体」を成長させるときに用いるキャリアガスを、「窒化ガリウム層」を成長させるときに用いる水素から窒素に切り替えるのに対して、甲1発明は、キャリアガスの切り替えを行わず、「窒化ガリウム層」(ノンドープGaN)を成長させるときに用いるキャリアガスと、「窒化インジウムガリウム半導体」(In_(1-x)Ga_(x)N膜)を成長させるときに用いるキャリアガスが、ともに水素である点。

<相違点2>
「窒化インジウムガリウム半導体」の成長温度が、本件発明1では、「600℃より高く、900℃以下」であるのに対して、甲1発明では、1030℃である点。

(2) 判断
<相違点1>について検討する。
ア 甲1発明において、キャリアガスとして水素を用いて「窒化ガリウム層」(ノンドープGaN)を形成し、続けて「窒化インジウムガリウム半導体」(In_(1-x)Ga_(x)N膜)を形成する際に、キャリアガスを窒素に切り替えれば製造工程が複雑になることは自明であるから、該切り替えを採用するには相応の動機が必要と認められる

イ 請求人は、上記「第5 3 (1) ア」のとおり、「甲第1号証の記載は、TMIの分解を抑える意味でキャリアガスに窒素を混合することも可能であることを示唆しており」と主張する。
しかしながら、甲第1号証の、
「ここでメチル系の有機金属化合物はH_(2)雰囲気では水素化反応、N_(2)雰囲気では熱分解反応により分解し、分解温度はH_(2)雰囲気よりN_(2)雰囲気のほうが高いことが知られている。そこでTMIの分解を抑える意味でキャリアガスにN_(2)を混合した。しかしInN膜は得られなかった。また基板上のドロップレットは成長後の冷却過程に於いて付着していることも考えられるため、GaN cap層を連続成長させ冷却過程での膜質の変化を防ぐことを試みたが、良い結果は得られなかった。InNモル分率の多い組成領域での混晶成長についても同様な結果であった。
§2-4 GaNモル分率の多い組成領域における成長及びその評価
§2-4-1 成長条件
§2-3においてInNおよびInNモル分率の多い組成領域での混晶成長は極めて困難であることが解った。」
との記載(上記「1 (1) イ」参照。)は、TMIの分解を抑える意図でキャリアガスに窒素を混合したが、その結果、InN及びInNモル分率の多い組成領域での混晶成長は極めて困難であることが解ったことを示すにとどまり、引用発明において、キャリアガスとして水素を用いて「窒化ガリウム層」(ノンドープGaN)を形成し、続けて「窒化インジウムガリウム半導体」(In_(1-x)Ga_(x)N膜)を形成する際に、キャリアガスを窒素に切り替えることを示唆するものとは認められない。

ウ 上記「第5 3 (1) イ (ア)」及び「第5 3 (1) ウ (ア)」のとおり、請求人は、「甲第21号証及び甲第22号証に記載されているように、優先日当時、LED分野の結晶成長において、キャリアガスを結晶成長の途中で切り替える技術は周知であった。それゆえ、乙1号証及び甲第13号証に記載されているとおり、GaN膜の形成において原料ガスのキャリアガスとして水素を用いることが一般的であり、他方、甲第2号証及び甲第15?17号証の記載によれば、InGaN成長時のキャリアガスとして窒素のみを用いることが当然であることを踏まえると、GaN膜上にInGaN膜を形成する際、GaN成長の間は原料ガスのキャリアガスとして水素を、InGaN成長の間は原料ガスのキャリアガスとして窒素を使用することは、ごく当然の選択・組合せであり、当業者が容易に想到できたといえる。」旨の主張をしている。
しかしながら、以下の(ア)ないし(ウ)の検討によれば、甲第2号証、甲第15号証ないし甲第17号証、甲第21号証、甲第22号証及び乙第1号証の記載は、引用発明において、「窒化インジウムガリウム半導体」(In_(1-x)Ga_(x)N膜)を成長させるときに用いるキャリアガスを、「窒化ガリウム層」(ノンドープGaN)を成長させるときに用いる水素から窒素に切り替えることを示唆するものとは認められないから、該主張は採用できない。
(ア) キャリアガスを切り替える点
上記「4 (5)」によれば、甲第21号証には、FETのGaAs組成の活性層を成長させるときには、キャリヤーガスとして水素と窒素の混合ガスを用い、次に、GaAs組成の電極層を成長させるときには、キャリヤーガスとして、窒素、不活性ガス(ヘリウム,アルゴン等)または窒素と不活性ガスとを混合したものを用いることが記載されるにとどまり、GaNの層及びInGaNの層を続けて成長する際にキャリアガスを切り替えることを示唆する記載は認められない。
上記「4 (6)」によれば、甲第22号証には、単一組成のGaN結晶を成長する途中で、雰囲気を、窒素,アルゴンもしくはヘリウムから選ばれる不活性雰囲気から水素雰囲気に切り替えることが記載されるにとどまり、GaNの層及びInGaNの層を続けて成長する際にキャリアガスを切り替えることを示唆する記載は認められない。

(イ) GaN膜形成のキャリアガスに水素を用いる点
上記「4 (7)」によれば、乙第1号証には、成長させるエピタキシャル膜の組成を限定せず、一般論として、成長速度の観点からはキャリアガスとして水素が好ましい旨が記載されているのであって、GaN膜形成のキャリアガスに水素を用いることは記載されていない。なお、乙第1号証は、優先日後に頒布された刊行物であるから、優先日時点の一般的技術水準を示すものとは、かならずしもいえない。
上記「4 (1)」によれば、甲第13号証の記載からは、キャリアガスが水素であるのか水素と窒素の混合物であるのか把握できない。また、甲第13号証に記載されたものは、メインフローとサブフローを使う特殊なものである。
してみると、乙第1号証及び甲第13号証の記載を根拠として、優先日時点で、GaN膜形成のキャリアガスに水素を用いることが一般的であったとは、必ずしもいえない。

(ウ) InGaN成長時のキャリアガスとして窒素のみを用いる点
上記「(3)」によれば、甲第2号証には、InGaN成長時のキャリアガスとして水素または窒素を用いることが記載されており、上記「4 (2)」、「4 (3)」及び「4 (4)」によれば、甲第15号証ないし甲第17号証には、InGaN成長時のキャリアガスとして窒素を用いることが記載されているといえるが、甲第2号証、甲第15号証ないし甲第17号証には、InGaN成長時のキャリアガスとして窒素のみを用いることが当然であることが記載されているとまではいえない。

ウ 以上によれば、甲1発明において、請求人が、キャリアガス切り替えに係る周知技術が記載されているとする甲第1号証、甲第2号証、甲第15号証ないし甲第17号証、甲第21号証、甲第22号証及び乙第1号証の記載に基づいて、本件発明1の<相違点1>に係る構成を備えることが、当業者に想到容易であったとは認められない。
したがって、<相違点2>について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

6 本件発明2及び本件発明3について
本件発明2及び本件発明3は、それぞれ、本件発明1が記載された請求項1を引用する請求項2及び請求項3に記載された発明であり、本件発明1の特定事項をすべて含むものであるから、本件発明1が、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえない以上、本件発明2及び本件発明3が、甲第1号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえないことは明らかである。

7 無効理由1についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件発明1ないし本件発明3についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものではなく、同法第123条第1項第2号に該当しないから、無効とすることはできない。

第9 無効理由2についての当審の判断
1 本件発明1と甲2発明との対比、判断
(1) 対比
本件発明1と甲2発明(上記「第8 3 (4)」参照。)とを対比する。
ア 甲2発明における「サファイア基板」、「TMG(トリメチルガリウム)」、「TMI(トリメチルインジウム)」、「NH_(3)」、「n型のGa_(x)In_(1-x)N層及びp型のGa_(x)In_(1-x)N層」及び「半導体発光素子の製造方法」は、それぞれ、本件発明1における「基板」、「ガリウム源のガス」、「インジウム源のガス」、「窒素源のガス」、「窒化インジウムガリウム半導体」及び「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」に相当する。

イ 甲2発明における「AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていくことにより」形成される「バッファ層としてのAlN/GaN歪超格子層」の、AlN層から徐々に組成が変わっていく部分及びGaN層となった部分は、それぞれ、本件発明1の「バッファ層」及び「窒化ガリウム層」に相当する。

ウ 甲2発明における「窒化インジウムガリウム半導体」(n型のGa_(x)In_(1-x)N層及びp型のGa_(x)In_(1-x)N層)の成長温度である「800℃」は、本件発明1における「窒化インジウムガリウム半導体」の成長温度である「600℃より高く、900℃以下」に含まれる。

エ 炭素C、水素H、ガリウムGa、インジウムIn、TMG(トリメチルガリウム)C3H9Ga、TMI(トリメチルインジウム)C3H9Inの質量数は、それぞれ、12、1、70、115、115、160であるから、甲2発明における、TMG5_(cc)/_(min)、TMI20_(cc)/_(min)は、インジウム源のガスのインジウムのガリウムに対するモル比でいえば、20×115/160:5×70/115=4.7:1であり、これは、本件発明1における、「インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上」との条件を満たしている。

オ 本件発明1と甲2発明とは、キャリアガスとして、水素または窒素を用いる点で共通している。

カ 本件発明1は、「窒化ガリウム層」が「バッファ層」より高温で成長するのに対して、甲2発明の「バッファ層」(AlN/GaN歪超格子層の、AlN層から徐々に組成が変わっていく部分)及び「窒化ガリウム層」(AlN/GaN歪超格子層のGaN層となった部分)は、AlN/GaN歪超格子層が基板温度950℃で形成されることから、ともに同じ温度950℃で成長している。

キ 以上によれば、本件発明1と甲2発明は、以下の<一致点>で一致し、以下の<相違点1>及び<相違点2>で相違する。
<一致点>
「キャリアガスとして、水素または窒素を用い、
基板上に、有機金属気相成長法により、バッファ層を介して成長させた窒化ガリウム層の上に、
原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させる窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。」

<相違点1>
本件発明1は、キャリアガスとして水素を用いて「窒化ガリウム層」を成長させ、その後、キャリアガスを切替えて、キャリアガスとして窒素を用いて「窒化インジウムガリウム半導体」を成長させるのに対して、甲2発明は、キャリアガスとして水素または窒素を用いるものの、「窒化ガリウム層」成長時と「窒化インジウムガリウム半導体」成長時とで、それぞれキャリアガスとして水素または窒素のどちらを用いるのか不明である点。

<相違点2>
本件発明1は、「窒化ガリウム層」が「バッファ層」より高温で成長するのに対して、甲2発明の「バッファ層」(AlN/GaN歪超格子層の、AlN層から徐々に組成が変わっていく部分)及び「窒化ガリウム層」(AlN/GaN歪超格子層のGaN層となった部分)は、同じ温度950℃で成長している点。

(2) 判断
<相違点1>について検討する。
ア 半導体発光素子の製造において、キャリアガスとして水素を用いてGaN層を形成し、続けてGaInN層を形成する際に、キャリアガスを窒素に切り替えれば製造工程が複雑になることは自明であるから、該切り替えを採用するには相応の動機が必要と認められる。
しかしながら、甲第2号証には、該切り替えを採用する必要性を示唆する記載は認められない。

イ 上記「第8 5 (2) イ」と同様の理由で、キャリアガスとして水素又は窒素を用いて、GaN層及びその上のInGaN層を形成する甲2発明において、GaN層を形成する際にキャリアガスとして水素を用いるとともに、GaInN層を形成する際にキャリアガスを水素から窒素に切り替えることを、請求人が、キャリアガス切り替えに係る周知技術が記載されているとする甲第1号証、甲第2号証、甲第15号証ないし甲第17号証、甲第21号証、甲第22号証及び乙第1号証の記載が示唆するものとは認められない。

ウ 以上によれば、甲2発明において、周知技術に基づいて、本件発明1の<相違点1>に係る構成を備えることが、当業者に想到容易であったとは認められない。
したがって、<相違点2>について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。

2 本件発明2及び本件発明3について
本件発明2及び本件発明3は、それぞれ、本件発明1が記載された請求項1を引用する請求項2及び請求項3に記載された発明であり、本件発明1の特定事項をすべて含むものであるから、本件発明1が、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえない以上、本件発明2及び本件発明3が、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものといえないことは明らかである。

3 無効理由2についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件発明1ないし本件発明3についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものではなく、同法第123条第1項第2号に該当しないから、無効とすることはできない。

第10 むすび
以上のとおり、請求人が主張する無効理由によっては、本件発明1ないし3についての特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
窒化インジウムガリウム半導体の成長方法
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、
前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【請求項2】前記有機金属気相成長法において、原料ガスを前記基板に押圧するガスを流すと共に、
前記押圧するガスとして前記窒化インジウムガリウム半導体の成長時に窒素のみを用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【請求項3】前記窒化インジウムガリウム半導体のX線ロッキングカーブの半値幅が8分以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は青色発光ダイオード、青色レーザーダイオード等に使用される窒化インジウムガリウム半導体の成長方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
青色ダイオード、青色レーザーダイオード等に使用される実用的な半導体材料として窒化ガリウム(GaN、以下GaNと記す。)、窒化インジウムガリウム(In_(x)Ga_(1-x)N、0<X<1、以下InGaNと記す。)、窒化ガリウムアルミニウム(Al_(Y)Ga_(1-Y)N、0<Y<1、以下AlGaNと記す。)等の窒化ガリウム系化合物半導体が注目されており、その中でもInGaNはバンドギャップが2eV?3.4eVまであるため非常に有望視されている。
【0003】
従来、有機金属気相成長法(以下MOCVD法という。)によりInGaNを成長させる場合、成長温度500℃?600℃の低温で、サファイア基板上に成長されていた。なぜなら、InNの融点はおよそ500℃、GaNの融点はおよそ1000℃であるため、600℃以上の高温でInGaNを成長させると、InGaN中のInNの分解圧がおよそ10気圧以上となり、InGaNがほとんど分解してしまい、形成されるものはGaのメタルとInのメタルの堆積物のみとなってしまうからである。従って、従来InGaNを成長させようとする場合は成長温度を低温に保持しなければならなかった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
このような条件の下で成長されたInGaNの結晶性は非常に悪く、例えば室温でフォトルミネッセンス測定を行っても、バンド間発光はほとんど見られず、深い準位からの発光がわずかに観測されるのみであり、青色発光が観測されたことはなかった。しかも、X線回折でInGaNのピークを検出しようとしてもほとんどピークは検出されず、その結晶性は、単結晶というよりも、アモルファス状結晶に近いのが実状であった。
【0005】
青色発光ダイオード、青色レーザーダイオード等の青色発光デバイスを実現するためには、高品質で、かつ優れた結晶性を有するInGaNの実現が強く望まれている。よって、本発明はこの問題を解決するべくなされたものであり、その目的とするところは、高品質で結晶性に優れたInGaNの成長方法を提供するものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
我々は、InGaNをMOCVD法で成長するにあたり、従来のようにサファイア基板の上に成長させず、次に成長させるGaN層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該GaN層の上に成長させることによりその結晶性が格段に向上することを新規に見出した。
【0007】
即ち、本発明の成長方法は、基板上に、有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で原料ガスのキャリアガスとして水素を用いて成長させた該窒化ガリウム層の上に、前記キャリアガスを窒素に切替え、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、600℃より高く、900℃以下の成長温度で、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、1.0以上に調整して、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする。
【0008】
原料ガスには、Ga源としてトリメチルガリウム(TMG)、トリエチルガリウム(TEG)、窒素源としてアンモニア(NH_(3))、ヒドラジン(N_(2)H_(4))、インジウム源としてトリメチルインジウム(TMI)、トリエチルインジウム(TEI)等を好ましく用いることができる。
【0009】
原料ガスを供給しながら、InGaN成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比は、ガリウム1に対し、0.1以上に調整することを特徴とする。さらに好ましくは1.0以上に調整する。インジウムのモル比が0.1より少ないと、InGaNの混晶が得にくく、また結晶性が悪くなる傾向にある。なぜなら、例えば600℃より高い温度でInGaNを成長させた場合、多少なりともInNの分解が発生する。従ってInNがGaN結晶中に入りにくくなるため、好ましくその分解分よりもインジウムを多く供給することによって、InNをGaNの結晶中に入れることができる。インジウムのモル比は高温で成長するほど多くする方が好ましく、例えば、900℃前後の成長温度では、インジウムをガリウムの10?50倍程度供給することにより、例えばX値を0.5未満とするIn_(X)Ga_(1-X)Nを得ることができる。
【0010】
また、原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いることを特徴とする。窒素をキャリアガスに用いることにより、成長中にInGaN中のInNが分解して結晶格子中から出ていくのを抑制することができる。
【0011】
InGaNの成長温度は600℃より高い温度が好ましく、さらに好ましくは700℃以上、900℃以下の範囲に調整する。600℃以下であるとGaNの結晶が成長しにくいため、結晶性のよいInGaNの結晶ができにくくなる傾向にある。また、900℃より高い温度であるとInNが分解しやすくなるため、InGaNがGaNになりやすい傾向にある。
【0012】
インジウムガスのモル比、成長温度は目的とするInGaNのインジウムのモル比によって適宜変更できる。例えばInを多くしようとすれば650℃前後の低温で成長させるか、または原料ガスのInのモル比を多くすればよい、一方Gaを多くしようとするならば900℃前後の高温で成長させればよい。
【0013】
【作用】
最も好ましい本発明の成長方法によると、原料ガスのキャリアガスを窒素として、600℃より高い成長温度において、InGaNの分解を抑制することができ、またInNが多少分解しても、原料ガス中のインジウムを多く供給することにより高品質なInGaNを得ることができる。
【0014】
さらに、従来ではサファイア基板の上にInGaN層を成長させていたが、サファイアとInGaNとでは格子定数不整がおよそ15%以上もあるため、得られた結晶の結晶性が悪くなると考えられる。一方、本発明ではGaN層の上に成長させることにより、その格子定数不整を5%以下と小さくすることができるため、結晶性に優れたInGaNを形成することができる。図2は本発明の一実施例により得られたInGaNのフォトルミネッセンスのスペクトルであるが、それを顕著に表している。従来法では、InGaNのフォトルミネッセンスの青色のスペクトルは全く測定できなかったが、本発明では明らかに結晶性が向上しているために450nmの青色領域に発光ピークが現れている。
【0015】
【実施例】
以下、図面を元に実施例で本発明の成長方法を詳説する。
図1は本発明の成長方法に使用したMOCVD装置の主要部の構成を示す概略断面図であり、反応部の構造、およびその反応部と通じるガス系統図を示している。1は真空ポンプおよび排気装置と接続された反応容器、2は基板を載置するサセプター、3はサセプターを加熱するヒーター、4はサセプターを回転、上下移動させる制御軸、5は基板に向かって斜め、または水平に原料ガスを供給する石英ノズル、6は不活性ガスを基板に向かって垂直に供給することにより、原料ガスを基板面に押圧して、原料ガスを基板に接触させる作用のあるコニカル石英チューブ、7は基板である。TMG、TMI等の有機金属化合物ソースは微量のバブリングガスによって気化され、メインガスであるキャリアガスによって反応容器内に供給される。
【0016】
[実施例1]
まず、よく洗浄したサファイア基板7をサセプター2にセットし、反応容器内を水素で十分置換する。
【0017】
次に、石英ノズル5から水素を流しながらヒーター3で温度を1050℃まで上昇させ、20分間保持しサファイア基板7のクリーニングを行う。
【0018】
続いて、温度を510℃まで下げ、石英ノズル5からアンモニア(NH_(3))4リットル/分と、キャリアガスとして水素を2リットル/分で流しながら、TMGを27×10^(ー6)モル/分流して1分間保持してGaNバッファー層を約200オングストローム成長する。この間、コニカル石英チューブ6からは水素を5リットル/分と、窒素を5リットル/分で流し続け、サセプター2をゆっくりと回転させる。
【0019】
バッファ層成長後、TMGのみ止めて、温度を1030℃まで上昇させる。温度が1030℃になったら、同じく水素をキャリアガスとしてTMGを54×10^(ー6)モル/分で流して30分間成長させ、GaN層を2μm成長させる。
【0020】
GaN層成長後、温度を800℃にして、キャリアガスを窒素に切り替え、窒素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNを60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ6から供給するガスも窒素のみとし、10リットル/分で流し続ける。
【0021】
成長後、反応容器からウエハーを取り出し、InGaN層に10mWのHe-Cdレーザーを照射して室温でフォトルミネッセンス測定を行うと、図2に示すように450nmにピークのある強い青色発光を示した。
【0022】
さらに、InGaN層のX線ロッキングカーブを取ると、In_(0.25)Ga_(0.75)Nの組成を示すところにピークを有しており、その半値幅は8分であった。この8分という値は従来報告されている中では最小値であり、本発明の方法によるInGaNの結晶性が非常に優れていることを示している。
【0023】
[実施例2]
実施例1において、GaN層成長後、InGaNを成長させる際に、TMIの流量を2×10^(-7)モル/分にする他は同様にして、InGaNを成長させる。このInGaNのX線ロッキングカーブを測定すると、In_(0.08)Ga_(0.92)Nの組成のところにピークが現れ、その半値幅は6分であった。
【0024】
【0025】
[比較例]
実施例と同様にして、サファイア基板をクリーニングした後、800℃にして、キャリアガスとして水素を2リットル/分、TMGを2×10^(-6)モル/分、TMIを20×10^(-6)モル/分、アンモニアを4リットル/分で流しながら、InGaNをサファイア基板の上に60分間成長させる。なお、この間、コニカル石英チューブ6からは窒素5リットル/分、水素5リットル/分で流し続ける。
【0026】
以上のようにして成長したInGaNのフォトルミネッセンス測定を同様にして行った結果を図3に示す。この図を見ても分かるように、このInGaNの結晶は550nmの深い準位の発光が支配的である。しかも、この発光センターは一般に窒素の空孔と考えられており、InGaNは成長していないことが明らかである。従って、この結果を見る限り、成長中にInNの形でほとんどのInGaNが分解し、GaNの形で少しだけ成長しているように見受けられる。
【0027】
このことを確かめるために同様にしてX線ロッキングカーブを測定したところ、その半値幅は約1度近くあり、またピーク位置はGaNの所にあり、結晶はInGaNではなく、GaNがアモルファス状になっていることが判明した。
【0028】
【発明の効果】
本発明の成長方法によると従来では不可能であったInGaN層の単結晶を成長させることができる。また、GaN層を成長させる前にサファイア基板上に低温でバッファ層を成長させることにより、その上に成長させるGaN層の結晶性がさらに向上するため、InGaNの結晶性もよくすることができる。
【0029】
このように本発明の成長方法は、将来開発される青色発光デバイスに積層される半導体材料をダブルヘテロ構造にできるため、青色レーザーダイオードが実現可能となり、その産業上の利用価値は大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の方法の一実施例に使用したMOCVD装置の主要部の構成を示す概略断面図。
【図2】本発明の一実施例により形成されたInGaNのフォトルミネッセンスを測定した図。
【図3】従来法により形成されたInGaNのフォトルミネッセンスを測定した図。
【符号の説明】
1‥‥‥‥反応容器 2‥‥‥‥サセプター
3‥‥‥‥ヒーター 4‥‥‥‥制御軸
5‥‥‥‥石英ノズル 6‥‥‥‥コニカル石英チューブ
7‥‥‥‥基板
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2012-11-27 
結審通知日 2012-11-30 
審決日 2012-12-21 
出願番号 特願平5-106555
審決分類 P 1 113・ 852- YA (H01L)
P 1 113・ 534- YA (H01L)
P 1 113・ 121- YA (H01L)
P 1 113・ 853- YA (H01L)
P 1 113・ 851- YA (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 門田 かづよ  
特許庁審判長 服部 秀男
特許庁審判官 江成 克己
松川 直樹
登録日 1998-02-27 
登録番号 特許第2751963号(P2751963)
発明の名称 窒化インジウムガリウム半導体の成長方法  
代理人 田村 啓  
代理人 阿部 隆徳  
代理人 中野 晴夫  
代理人 吉村 誠  
代理人 中野 晴夫  
代理人 言上 惠一  
代理人 田村 啓  
代理人 鮫島 睦  
代理人 阿部 隆徳  
代理人 黒田 健二  
代理人 言上 恵一  
代理人 野本 健太郎  
代理人 鮫島 睦  
代理人 池上 慶  

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