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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H01L
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  H01L
審判 全部無効 出願日、優先日、請求日  H01L
管理番号 1276190
審判番号 無効2011-800191  
総通号数 164 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-08-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2011-09-30 
確定日 2013-07-23 
事件の表示 上記当事者間の特許第3995011号発明「発光ダイオード」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯の概要
本件特許第3995011号に係る手続の経緯は以下のとおりである。

平成 3年11月25日 原出願(特願平3-336011号(以下「本件最初の原出願」という。))出願
平成 9年10月20日 分割出願(第1世代)(特願平9-306393号(以下「本件第1分割出願」という。))出願
平成10年12月28日 分割出願(第2世代)(特願平10-377128号(以下「本件第2分割出願」という。))出願
平成13年 9月 3日 分割出願(第3世代)(特願2001-313286号(以下「本件第3分割出願」という。))出願
平成15年 2月 4日 分割出願(第4世代)(特願2003-67318号(以下「本件第4分割出願」という。))出願
平成16年 9月27日 分割出願(第5世代)(特願2004-280288号(以下「本件第5分割出願」という。))出願
平成17年 5月30日 分割出願(第6世代)(特願2005-158166号(以下「本件原出願」という。))出願
平成17年10月31日 分割出願(第7世代)(特願2005-317711号(以下「本件出願」という。))出願
平成18年 3月13日 拒絶理由(起案日)
平成18年 5月22日 手続補正書
平成18年 5月22日 意見書
平成18年 9月14日 拒絶理由(起案日)
平成18年11月20日 手続補正書
平成18年11月20日 意見書
平成19年 1月31日 拒絶査定(起案日)
平成19年 3月 8日 拒絶査定不服審判請求
平成19年 4月 9日 手続補正書
平成19年 6月29日 特許査定
平成19年 8月10日 登録
平成19年10月24日 特許公報発行
平成23年 9月30日 無効審判請求
平成23年12月19日 答弁書
平成24年 3月 1日 口頭審理陳述要領書(請求人)
平成24年 3月 1日 口頭審理陳述要領書(被請求人)
平成24年 3月15日 口頭審理


第2 本件特許発明
本件特許第3995011号の請求項1に係る発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。

「基板上にn型及びp型に積層されてなる窒化ガリウム系化合物半導体からなる発光素子と、
電極となる第1のメタル及び第2のメタルと、
前記発光素子を包囲する樹脂と、
前記発光素子からの青色の可視光に励起されて、励起波長よりも長波長の可視光を発して前記発光素子の色補正をする、前記樹脂中に含有されてなる蛍光染料又は蛍光顔料と、
前記窒化ガリウム系化合物半導体をエッチングしてn型層を表面に露出させてn電極を付け、該n電極と前記第1のメタル及び第2のメタルの一方とを電気的に接続させてなる金線と、を有する発光ダイオード。」(以下「本件特許発明」という。)


第3 審判請求人の主張の概要
1 審判請求書
(1)無効審判請求の根拠
本件第1分割出願は、本件最初の原出願に対して新規事項を追加したもので分割要件に違反するから、その出願日は本件最初の原出願の出願日まで遡及せず、現に出願された平成9年10月20日である。したがって、本件第1分割出願から6世代後の分割出願である本件出願についても、その出願日が本件最初の原出願の出願日まで遡及することはない。
よって、本件特許の請求項1に係る発明は、本件最初の原出願の公開公報である特開平5-152609号公報(甲1)に記載された発明であるから、又は、この発明に基いて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条第1項第3号又は同条第2項の規定により特許を受けることができないものである(5?6頁)。
(2)本件特許を無効にすべき理由
ア 分割要件違反の判断の前提
本件出願の出願日が本件最初の原出願の出願日まで遡及するためには、本件最初の原出順に対して本件第1分割出願が分割要件を満たし、本件第1分割出願に対して本件第2分割出願が分割要件を満たし、本件第2分割出願に対して本件第3分割出願が分割要件を満たし、本件第3分割出願に対して本件第4分割出願が分割要件を満たし、本件第4分割出願に対して本件第5分割出願が分割要件を満たし、本件第5分割出願に対して本件原出願が分割要件を満たし、本件原出願に対して本件出願が分割要件を満たす必要がある(7頁)。
イ 本件第1分割出願の分割の適否
本件第1分割出願の請求項1において、本件最初の原出願で「一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体」よりなるとされていた発光素子が、単に「窒化ガリウム系化合物半導体」を備えるとされている。この「一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)」の要件を削除した「窒化ガリウム系化合物半導体」は、一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体(GaAIN)の上位概念であって、例えばInGaNをも含むものということになる(14頁)。
そこで、「一般式Ga_(X)A1_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体」を上位概念の「窒化ガリウム系化合物半導体」に変更することが、「発明の構成に関する技術的事項」の実質的変更に当たるかどうかにつき検討すると、本件最初の原出願の明細書等(甲1)において、発光素子についての具体的な記載を欠く段落【0003】及び【0004】、並びに、発光素子として「一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体」しか記載されていない段落【0007】及び【0008】が、上記変更を正当化する根拠になることはあり得ない。
また、段落【0001】が上記変更を正当化する根拠になることはない。
さらに、段落【0002】が上記変更の根拠になることもない(15頁)。
(ア)段落【0005】には、一般式がGa_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体、あるいは、発光ピークが430nm付近及び370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体だけが記載されているのであって、それ以外の窒化ガリウム系化合物半導体は記載されていない(16頁)。
(イ)段落【0006】には、発光ピークが430nm付近及び370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体だけが記載されているのであって、それ以外の窒化ガリウム系化合物半導体は記載されていない(17頁)。
(ウ)段落【0009】では、せいぜい、430nm付近及び370nm付近に発光ピークを有する窒化ガリウム系化合物半導体だけに言及があり、それ以外の窒化ガリウム系化合物半導体が記載されているとはいえない(19頁)。
以上のとおり、甲1には、一般式がGa_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表わされる窒化ガリウム系化合物半導体発光素子(GaAIN)か、発光ピークが430nm付近、370nm付近の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子しか記載されておらず、それ以外の一般的な窒化ガリウム系化合物半導体発光素子については記載も示唆もない(19頁)。
したがって、本件第1分割出願において「一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体」を「窒化ガリウム系化合物半導体」に変更したことは「発明の構成に関する技術的事項」の実質的変更に当たり、本件第1分割出願は本件最初の原出願の当初明細書等の記載の範囲内で分割されたものではない(21頁)。
ウ 本件出願の出願日
本件第1分割出願は、本件最初の原出願に対して新規事項を追加したもので分割要件に違反するから、その出願日は本件最初の原出願の出願日まで遡及せず、現に出願された平成9年10月20日である。したがって、本件第1分割出願から6世代後の分割出願である本件出願についても、その出願日が本件最初の原出願の出願日まで遡及することはない。
よって、本件出願の出願日は、最先でも平成9年10月20日まで遡及するにすぎない(21頁)。
エ 特許法第29条第1項第3号又は同条第2項違反
(ア)本件特許発明
本件特許発明は、次の発明特定事項A乃至Fにより特定される。

A:基板上にn型及びp型に積層されてなる窒化ガリウム系化合物半導体からなる発光素子と、
B:電極となる第1のメタル及び第2のメタルと、
C:前記発光素子を包囲する樹脂と、
D:前記発光素子からの青色の可視光に励起されて、励起波長よりも長波長の可視光を発して前記発光素子の色補正をする、前記樹脂中に含有されてなる蛍光染料又は蛍光顔料と、
E:前記窒化ガリウム系化合物半導体をエッチングしてn型層を表面に露出させてn電極を付け、該n電極と前記第1のメタル及び第2のメタルの一方とを電気的に接続させてなる金線と、
F:を有する発光ダイオード(21?22頁)。

(イ)引用発明
本件出願の出願日はウで述べたとおりであり、その出願日前に頒布された本件最初の原出願の公開公報(甲1)には、次の発明特定事項a乃至fにより特定される引用発明が記載されている。

a:サファイア基板上にGaAINがn型及びp型に積層されてなる一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1)で表される窒化ガリウム系化合物半導体からなる青色発光素子11と、
b:電極となるメクルポスト2(第1のメタル)及びメタルステム3(第2のメタル)と、
c:青色発光素子11を包囲する樹脂モールド4と、
d:青色発光素子11からの青色の可視光に励起されて、励起波長よりも長波長の可視光を発して青色発光素子11の色補正をする、樹脂モールド4中に含有されてなる蛍光染料又は蛍光顔料と、
e:前記窒化ガリウム系化合物半導体をエッチングしてn型層を表面に露出させてn電極を付け、該n電極とメタルポスト2及びメタルステム3の一方とを電気的に接続させてなる金線と、
f:を有する発光ダイオード(22頁)。

(ウ)本件特許発明と引用発明との対比
本件特許発明と引用発明とを対比すると、本件特許発明の発明特定事項B,C,D,E,Fはそれぞれ引用発明の引用発明特定事項b,c,d,e,fに相当(一致)する。
したがって、本件特許発明と引用発明とは、発明特定事項Aと引用発明特定事項aとの差異、すなわち、窒化ガリウム系化合物半導体が一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1)で表されるものに限定されているか否かの点で相違し、本件特許発明と引用発明とは上位概念と下位概念の関係にある。
そして、上位概念で表現された本件特許発明の新規性は、下位概念で表現された引用発明に基づいて否定され、本件特許発明は新規性を有しない。
また、仮に、本件特許発明の新規性が引用発明に基づいて否定されない場合であっても、窒化ガリウム系化合物半導体発光素子がGaAlNに限られないとしただけの本件特許発明は、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許発明は進歩性を有しない(23頁)。

2 口頭審理陳述要領書
(1)答弁書の「7.理由」の第3(請求人の主張に理由がないことは裁判所や特許庁の判断で確認されていること)について
被請求人は、東京地裁平成22年(ヨ)第22058事件(以下「本件仮処分事件」という。)の決定や特許庁における別件の判断が、本件特許に無効理由がないことの証左であるかのように主張するが、それらの決定等は本件と無関係になされたものであるから、本件における分割要件の具備・不備の判断に本来的に寄与するものではないし、内容的にも妥当なものとは言い難い(4頁)。
ア 「本件に関連する裁判所の判断」について
被請求人が「本件に関連する裁判所の判断」として掲げる本件仮処分事件の仮処分決定(乙1)は、仮処分命令申立事件における単独の裁判官による決定であり、その法的な位置付けは、「仮」になされた一時的、暫定的な判断にすぎない。しかも、本件仮処分事件では、その仮処分決定(乙1)は確定しなかったばかりか、異議審で受容されることすらなく、仮処分命令の申立て自体も取り下げられているのであるから、無意義なものとしか評価し得ない。本件仮処分事件では、仮処分決定(乙1)は異議審が時間を費やしても最後まで受容することができなかった不合理なものと解するほかないから、それを「裁判所の判断」などと言い得るはずがない(4?5頁)。
イ 「本件に関連する特許庁の判断」について
請求人は、特願2006-141977号の明細書と甲1の一語一句を精査した上で拒絶理由通知書(甲11)の判断を問題視しているのである(5頁)。
拒絶理由通知書(甲11)が引用する【0008】の「窒化ガリウム系化合物半導体はLEDに使用される半導体材料中で最も短波長側にその発光ピークを有する」との記載は、その直前の「前記したように」等に鑑みれば、せいぜい「430nm付近及び370nm付近に発光ピークを有する窒化ガリウム系化合物半導体」に言及したもので、同段落の「青色LEDの色補正はいうにおよばず」との記載は、窒化ガリウム系化合物半導体一般が開示されていることの根拠にはなり得ず、【0009】の「GaA1Nがn型およびp型に積層されてなる青色発光素子」との記載は、「一般式Ga_(X)A1_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体」を指すものにすぎない。したがって、拒絶理由通知書(甲11)の判断は不合理としか言いようがない(6?7頁)。
(2)答弁書の「7、理由」の第4(甲1に「窒化ガリウム系化合物半導体」が開示されていること)について
ア 「1 はじめに」について
「発光素子」との記載がある甲1から、「技術水準」(答弁書18頁13行等)又は「周知・慣用の技術」(答弁書23頁7行等)まで加味して、実にありとあらゆる「発光素子」を分割することができることになるのは不当である(8頁)。
また、甲1の明細書に開示にされていた発明は、【0006】の記載に従えば「発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体よりなる発光素子を有するLEDの視感度を良くし、またその輝度を向上させる」ものであるから、特定の波長に関するものである。出願時に自ら積極的に波長を特定していながら、この期に及んでそうした特定を「有り得ない」とする請求人の主張は暴論である(9頁)。
イ 「2 被請求人の主張」の(1)、(2)ア及びウについて
被請求人は、甲1の【0001】、【0005】、【0006】、【0008】、【0009】を根拠として「甲1に青色に発光する「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」についての開示があることに異論の余地はない」などと主張する(9頁)。しかしながら、
(ア)【0001】は、甲1に係る発明が属する【産業上の利用分野】を記載したものであり、分割の対象となり得る出願人の発明は【課題を解決するための手段】等にこそ記載されているはずであるから、そもそもこの段落を根拠に分割をするということ自体が考えられない(10頁)。
(イ)【0005】は、甲1に係る発明に対する【従来の技術】を記載したものであるが、分割出順はもとの出願に開示されている出願人の発明を新たな出願とするものであって、分割の対象となり得る出願人の発明は【課題を解決するための手段】等にこそ記載されているはずであるから、そもそもこの段落を根拠に分割をするということ自体が考えられない。また、【0005】が引用する甲6を根拠としては、「430nm付近及び370nm付近に発光ピークを有する窒化ガリウム系化合物半導体」しか導出されず、【0005】にそれ以外の「窒化ガリウム系化合物半導体」が記載されていると判断することは不可能である(11?12頁)。
(ウ)【0006】に記載されている「窒化ガリウム系化合物半導体」は、あくまで「発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体」であって、何らの限定もない「窒化ガリウム系化合物半導体」でないことは当然である。このことは、甲1の目的が、たとえ「視感度を良くし、またその輝度を向上させることであっても変わるはずがなく、「窒化ガリウム系化合物半導体」の波長は短波長でさえあればよいという解釈、換言すると、「「窒化ガリウム化合物半導体」は、青色等の短波長の光を発光することに意義があるものとして把握でき、それ以上にその組成が具体的にどのようなものであり、また、その発光波長が具体的にどのような範囲にあるのかということを問うものではない」という解釈は、技術的な観点からも、信義則の観点からも、断じて許されるべきではない。甲1に係る発明が志向していたのは、【0006】の「発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体」という波長を積極的に明示した記載からも、それを導く【0005】の後段の記載からも、あるいは、目的と表裏?体である効果が記載された【0009】の「前記したように窒化ガリウム系化合物半導体はLEDに使用される半導体材料中で最も短波長側にその発光ピークを有するものであり、しかも紫外域にも発光ピークを有している。」との記載からも、明らかである。特に、「視感度」に着目するのであれば、単なる「窒化ガリウム系化合物半導体」は視感度が最も高い緑色領域までカバーし得るから、視感度の向上を議論する対象としては概念が広範に過ぎて不適切である。また、「発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体」と「窒化ガリウム系化合物半導体」とが上記のように言わば別物である以上、「発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体」はあくまで「430nm付近、および370nm付近」という波長に意味のある「窒化ガリウム系化合物半導体」なのであって、そこから波長だけを無視して「窒化ガリウム系化合物半導体」が読み取れるなどと言い得ないことは、日本語的にも常識的にも当然である(12?15頁)。
(エ)【0008】には、発光素子として「サファイア基板の上にGaA1Nがn型およびp型に積層されてなる青色発光素子」しか記載されておらず、組成や波長につき何らの限定もない「窒化ガリウム系化合物半導体」が記載されていないことは明らかである(15頁)。
(オ)【0009】において、「窒化ガリウム系化合物半導体」の語は、「前記したように窒化ガリウム系化合物半導体はLEDに使用される半導体材料中で最も短波長側にその発光ピークを有するものであり、しかも紫外域にも発光ピークを有している。」の一文にしかないところ、その「前記したように」の指すところを明細書の記載を遡り探してみると、【0005】における「pn接合の窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDの発光波長は、主として430nm付近にあり、さらに370nm付近の紫外域にも発光ピークを有している。その波長は上記半導体材料の中で最も短い波長である。」との記載しかない。この記載と上記一文とを対比すると、「430nm付近」が「最も短波長側」の発光ピークに、「370nm付近」が「紫外域」の発光ピークにそれぞれ対応し、上記一文が【0005】の当該記載を言い換えたものであることは明らかである(16頁)。
ウ 「2 被請求人の主張」の(2)イ及びエについて
被請求人は、甲1の「窒化ガリウム系化合物半導体」には、「技術水準」や「周知・慣用の技術」を踏まえればInGaN等が含まれるかのように主張するが、甲1が出願された1991年当時には、「技術水準」や「周知・慣用の技術」を構成するものではなかった。
また、仮に、InGaNが周知、慣用技術であったとしても、それが甲1の記載からみて自明な事項であるか否かは、甲1に係る発明の目的との関連において判断すべきものであり、その発明の属する技術分野における全ての周知、慣用技術が自明な事項であるとはいえないところ、甲1に係る発明の目的は、「発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体材料よりなる発光素子を有するLEDの視感度を良くし、またその輝度を向上させること」であるから、これとの関連なくInGaNが周知、慣用技術である旨の主張は、全て失当である。
なお、InGaNは、「発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体」とは言えず、しかも、ピーク波長が420nmでもかなり明るく長波長化の必要性を看取し得ないものであるから、甲1に係る発明の目的との関連においてInGaNを自明な事項と解することは、被請求人の主張内容にかかわらず困難と判断するほかない(17?18頁)。


第4 被請求人の反論の概要
1 被請求人の反論の概略
請求人の主張は、要するに、本件第1分割出願の請求項1に係る発明について,特に「前記発光素子はサファイア基板上に青色の可視光を発光するn型およびp型に積層されてなる窒化ガリウム系化合物半導体を備え,」との部分について、本件最初の原出願の明細書(甲1)に開示がないという点をその基礎とするものであるが、このような主張は誤りであって、上記発明が甲1に 開示されていることは明らかである。
また、分割要件違反があることを前提とする主張は、その前提が誤りであるから、理由がない(答弁書5?6頁)。
2 請求人の主張に理由がないことは裁判所や特許庁の判断で確認されていることについて
(1)はじめに
請求人の主張に理由がないことについては、同じ内容を争点とする事件に対する裁判所の判断や、本件特許と同じ分割出願(請求人が問題視する第1分割出願からの分割出願)の審査過程における特許庁の判断において、すでに確認されている(答弁書6頁)。
(2)本件に関連する裁判所の判断
本件特許については,請求人を債務者とし,被請求人を債権者として,特許権侵害禁止等仮処分命令申立事件(東京地裁平成22年(ヨ)第22058事件)が係属し、当該事件の審理の過程で,請求人から本件とまったく同じ主張が無効の抗弁として主張された。
しかしながら,裁判所は,この抗弁を斥けて本件特許を有効と認定し,請求人に対する特許権侵害を認める決定を行っている(答弁書7頁)。
(3)本件に関連する特許庁の判断
本件最初の原出願の明細書に「一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(0≦X≦1)」に限定されない青色に発光する「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」についての開示があることについては,既にこれを肯認する判断が特許庁において示されている(答弁書11頁)。
3 甲1に「窒化ガリウム系化合物半導体」が開示されていることについて
(1)はじめに
そもそも、甲1の明細書中に「窒化ガリウム系化合物半導体」として記載されたものを、敢えて「AlGaN/GaN」に限定して理解すべき理由はない(答弁書14頁)。
また、本件の最初の原出願の請求項の記載自体が「一般式がGa_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である。)で表される窒化ガリウム系化合物半導体」と規定しているのであり、このような組成の発光素子に波長が「発光ピークが430nm付近,370nm付近」という1点に限定されるはずがない(答弁書15頁)。
(2)本件第1出願発明
本件第1出願発明(審決注:本件第1分割出願の訂正後の請求項1に係る発明)を構成要件に分説すれば、以下のとおりである。
a:メタル上の発光素子(11)と、この発光素子(11)全体を包囲する樹脂モールド中に発光素子(11)からの波長により励起されて、励起波長と異なる波長の蛍光を出す蛍光染料又は蛍光顔料が添加された発光ダイオードにおいて、
b:前記蛍光染料又は蛍光顔料(5)は、発光素子からの可視光により励起されて、励起波長よりも長波長の可視光を出して発光ダイオードの視感度を良くすると共に、前記発光素子は、サファイア基板上に青色の可視光を発光するn型およびp型に積層されてなる窒化ガリウム系化合物半導体を備え、
c:この窒化ガリウム系化合物半導体からなる発光素子(11)は、メタルに対向する面の反対側に位置する同一面側に、一対の電極を金線によりワイヤボンドして接続しており、一方の電極はn型窒化ガリウム系化合物半導体の表面を露出させた部分に接続されたオーミック電極であることを特徴とする発光ダイオード(答弁書15?16頁)
(3)本件第1出願発明が分割要件を満たすことについて
ア 請求人が分割要件違反を主張しているのは、構成要件bの関係で、青色の可視光を発光する発光素子が、本件第1分割出願では、AIGaN/GaNあるいは特定の波長に限定されない「窒化ガリウム系化合物半導体」とされているとの点である。
しかしながら、甲1(本件最初の原出願の明細書)には、段落【0001】に「特に一種類の発光素子で多種類の発光ができ、さらに高輝度な波長変換発光ダイオードに関する」とあり、また、青色に発光する「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」に関する記載として、例えば、段落【0005】に、「また、窒化ガリウム系化合物半導体を用いて、初めてpn接合を実現したLEDが発表されている」、段落【0009】に、「窒化ガリウム系化合物半導体はLEDに使用される半導体材料中で最も短波長側にその発光ピークを有する」、「青色LEDの色補正はいうにおよばず、蛍光染料、蛍光顔料の種類によって数々の波長の光を変換することができる。」などと記載されている。さらに、段落【0008】には、構成要件bに対応する実施例が記載されている。
したがって、甲1に青色に発光する「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」についての開示があることに異論の余地はない(答弁書16?17頁)。
イ 請求人は、本件最初の原出願明細書である甲1に記載された「窒化ガリウム系化合物半導体」は、AIGaN/GaNや特定の波長に限定された窒化ガリウム系化合物半導体であると主張する。
しかしながら、「窒化ガリウム系化合物半導体」とは、特定の組成や波長に限定されたものではなく、その名称や、また乙2(特開平3-218625号)などの用例に示されているとおり、窒素(N)とガリウム(Ga)を必須の元素とする化合物半導体を意味して用いられる語である。
そして、甲1の請求項1に「一般式Ga_(X)A1_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体」とあるとおり、甲1では、「窒化ガリウム系化合物半導体」という用語を上述した一般的な意味に使用したうえで、「一般式Ga_(X)A1_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される」との修飾語を付けることによって組成を限定しているのである(答弁書17?18頁)。
ウ InGaNが窒化ガリウム系化合物半導体に使用できることは周知・慣用の技術であり、また、甲1に開示された「窒化ガリウム系化合物半導体」がInGaNを含む概念であることは自明なのである(答弁書25頁)。


第5 当審の判断
1 本件第1分割出願の分割の適否について
(1)請求人は、「甲1には、一般式がGa_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表わされる窒化ガリウム系化合物半導体発光素子(GaAIN)か、発光ピークが430nm付近、370nm付近の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子しか記載されておらず、それ以外の一般的な窒化ガリウム系化合物半導体発光素子については記載も示唆もな」く、「本件第1分割出願の請求項1において、本件最初の原出願で『一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体』よりなるとされていた発光素子が、単に『窒化ガリウム系化合物半導体』を備えるとされ」たことが、「『発明の構成に関する技術的事項』の実質的変更に当たり、本件第1分割出願は本件最初の原出願の当初明細書等の記載の範囲内で分割されたものではな」いから、「本件第1分割出願は、本件最初の原出願に対して新規事項を追加したもので分割要件に違反」し、「その出願日は本件最初の原出願の出願日まで遡及せず、現に出願された平成9年10月20日である。したがって、本件第1分割出願から6世代後の分割出願である本件出願についても、その出願日が本件最初の原出願の出願日まで遡及することはな」く、「本件出願の出願日は、最先でも平成9年10月20日まで遡及するにすぎない。」(請求書14?21頁、上記第3の1(2)イ及びウ参照。)と主張する。
(2)そこで、この点につき検討するに、本件最初の原出願(甲1)には、以下のような記載がある。
ア 「【0005】…窒化ガリウム系化合物半導体を用いて、初めてpn接合を実現したLEDが発表されている(応用物理,60巻,2号,p163?p166,1991)。それによるとpn接合の窒化ガリウム系化合物半導体を有するLEDの発光波長は、主として430nm付近にあり、さらに370nm付近の紫外域にも発光ピークを有している。その波長は上記半導体材料の中で最も短い波長である。しかし、そのLEDは発光波長が示すように紫色に近い発光色を有しているため視感度が悪いという欠点がある。」
イ 「【0006】本発明はこのような事情を鑑みなされたもので、その目的とするところは、発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体材料よりなる発光素子を有するLEDの視感度を良くし、またその輝度を向上させることにある。」
ウ 「【0007】
【課題を解決するための手段】本発明は、ステム上に発光素子を有し、それを樹脂モールドで包囲してなる発光ダイオードにおいて、前記発光素子が、一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表される窒化ガリウム系化合物半導体よりなり、さらに前記樹脂モールド中に、前記窒化ガリウム系化合物半導体の発光により励起されて蛍光を発する蛍光染料、または蛍光顔料が添加されてなることを特徴とするLEDである。」
エ 「【0009】
【発明の効果】蛍光染料、蛍光顔料は、一般に短波長の光によって励起され、励起波長よりも長波長光を発光する。…前記したように窒化ガリウム系化合物半導体はLEDに使用される半導体材料中で最も短波長側にその発光ピークを有するものであり、しかも紫外域にも発光ピークを有している。そのためそれを発光素子の材料として使用した場合、その発光素子を包囲する樹脂モールドに蛍光染料、蛍光顔料を添加することにより、最も好適にそれら蛍光物質を励起することができる。したがって青色LEDの色補正はいうにおよばず、蛍光染料、蛍光顔料の種類によって数々の波長の光を変換することができる。さらに、短波長の光を長波長に変え、エネルギー効率がよい為、添加する蛍光染料、蛍光顔料が微量で済み、輝度の低下の点からも非常に好都合である。」
(3)上記(2)によれば、本件最初の原出願には、窒化ガリウム系化合物半導体である発光素子を包囲する樹脂モールド中に蛍光染料又は蛍光顔料を添加することにより、該蛍光染料又は蛍光顔料により前記発光素子からの光の波長よりも長波長の可視光を発光させて、発光素子からの光の波長を変換し、発光ダイオードの視感度を良くすることを内容とする発明が開示されているということができる。
(4)すなわち、本件最初の原出願に開示された「窒化ガリウム系化合物半導体」は、青色等の短波長の光を発光することに意義があるものとして把握でき、それ以上にその組成が具体的にどのようなものであり、また、その発光波長が具体的にどのような範囲にあるのかということを問うものではなく、本件最初の原出願の明細書に「一般式Ga_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1)」で表される窒化ガリウム系化合物半導体」(【請求項1】)、あるいは、「GaAlNがn型およびp型に積層されてなる青色発光素子」(【0008】)等の記載があるとしても、前記「窒化ガリウム系化合物半導体」が、必ず上記組成に限定されるものである、と解すべきものではない。
(5)すなわち、本件最初の原出願には、本件第1分割出願の請求項1に記載された「(必ずしもGa_(X)Al_(1-X)N(0≦X≦1)には限られない)窒化ガリウム系化合物半導体」に関する開示がされていたものと解されるから、「甲1には、一般式がGa_(X)Al_(1-X)N(但し0≦X≦1である)で表わされる窒化ガリウム系化合物半導体発光素子(GaAIN)か、発光ピークが430nm付近、370nm付近の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子しか記載されておらず、それ以外の一般的な窒化ガリウム系化合物半導体発光素子については記載も示唆もな」く、「本件第1分割出願は、本件最初の原出願の当初明細書等の記載の範囲内で分割されたものではな」いから、「その出願日は本件最初の原出願の出願日まで遡及せず」、「したがって、本件第1分割出願から6世代後の分割出願である本件出願についても、その出願日が本件最初の原出願の出願日まで遡及することはな」い、との請求人の上記主張は採用することはできない。
(6)なお、請求人は、上記の点に関連して、「『窒化ガリウム化合物半導体』は、青色等の短波長の光を発光することに意義があるものとして把握でき、それ以上にその組成が具体的にどのようなものであり、また、その発光波長が具体的にどのような範囲にあるのかということを問うものではない、という解釈は、技術的な観点からも、信義則の観点からも、断じて許されるべきではない。」、「『発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体』と『窒化ガリウム系化合物半導体』とが上記のように言わば別物である以上、『発光ピークが430nm付近、および370nm付近にある窒化ガリウム系化合物半導体』はあくまで『430nm付近、および370nm付近』という波長に意味のある『窒化ガリウム系化合物半導体』なのであって、そこから波長だけを無視して『窒化ガリウム系化合物半導体』が読み取れるなどと言い得ない。」(口頭審理陳述要領書13?15頁、上記第3の2(2)イ(ウ))等と主張する。
しかしながら、本件最初の原出願に開示された「窒化ガリウム系化合物半導体」は、青色等の短波長の光を発光することに意義があるものとして把握でき、それ以上にその組成が具体的にどのようなものであり、また、その発光波長が具体的にどのような範囲にあるのかということを問うものではなく、必ずしも特定の組成に限定されるものではないと解すべきことは、上記(4)において判断したとおりであって、請求人の上記主張が、同判断を左右するものではない。

2 本件出願の出願日
上記1のとおり、請求人の上記主張によっては、本件第1分割出願の出願日は最初の原出願の出願日まで遡及しないということはできない。
よって、本件出願は、特許法(平成18年法律第55号による改正前のもの)第44条第2項の規定により、本件最初の原出願の出願日である平成3年11月25日に出願したものとみなされる。

3 特許法第29条第1項第3号又は同条第2項違反について
上記2のとおり、本件出願は、平成3年11月25日に出願したものとみなされるから、請求人が提出した特開平5-152609号公報(甲第1号証)は、本件出願の出願後に頒布された刊行物であって、本件出願前に頒布されたものではなく、特許法第29条第1項第3号の「特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物」にはあたらない。
したがって、本件特許発明は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明とはいえないから、特許法第29条第1号第3号に該当するものではない。
また、本件特許発明は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基いて容易に発明をすることができたものともいうことができないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないともいえない。

4 むすび
以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

審判に関する費用については、特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2012-03-16 
出願番号 特願2005-317711(P2005-317711)
審決分類 P 1 113・ 03- Y (H01L)
P 1 113・ 113- Y (H01L)
P 1 113・ 121- Y (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉野 三寛居島 一仁門田 かづよ  
特許庁審判長 吉野 公夫
特許庁審判官 服部 秀男
松川 直樹
登録日 2007-08-10 
登録番号 特許第3995011号(P3995011)
発明の名称 発光ダイオード  
代理人 鮫島 睦  
代理人 田村 啓  
代理人 大坂 憲正  
代理人 松田 純一  
代理人 言上 恵一  
代理人 篠森 重樹  
代理人 西脇 怜史  
代理人 加治 梓子  
代理人 近森 章宏  
代理人 大橋 君平  
代理人 伊藤 卓  
代理人 西村 公芳  
代理人 高橋 綾  
代理人 牧野 知彦  
代理人 玄番 佐奈恵  
代理人 古城 春実  

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