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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  C12N
管理番号 1277591
審判番号 無効2012-800083  
総通号数 165 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-09-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2012-05-24 
確定日 2013-08-07 
事件の表示 上記当事者間の特許第4202121号発明「哺乳動物の配偶子および胚の培養基サプリメント、およびその使用法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

1 本件特許第4202121号に係る発明(以下,「本件発明」という。)についての特許出願は,平成13年6月9日(パリ条約による優先権主張 2000年6月9日,2000年6月16日 米国)に国際出願され,平成20年10月17日にその発明についての特許権の設定登録がされたものである。

2 これに対して,請求人は,平成24年5月24日に,請求項1ないし3に係る発明の特許について,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであることを主張して特許無効審判を請求し,証拠方法として,甲第1ないし第16号証を提出した。

3 被請求人は,平成24年9月10日付けで答弁書を提出し,証拠方法として,乙第1ないし第5号証を提出した。

4 合議体は,平成24年10月22日付けで審理事項通知書を通知した(発送日 平成24年10月24日)。

5 請求人は,平成24年12月6日付けで口頭審理陳述要領書(以下,「請求人口頭審理陳述要領書」という。)を提出し,証拠方法として,公知例1ないし7を提出した。

6 被請求人は,平成24年12月7日付けで口頭審理陳述要領書(以下,「被請求人口頭審理陳述要領書」という。)を提出し,証拠方法として,乙第6ないし第12号証を提出した。

7 平成24年12月21日に口頭審理が行われた。

8 被請求人は,平成24年12月21日付けで上申書(以下,「被請求人上申書1」という。)を提出した。

9 被請求人は,平成24年12月25日付けで上申書(以下,「被請求人上申書2」という。)として乙第13号証を提出した。

10 請求人は,平成24年12月26日付けで上申書(以下,「請求人上申書1」という。)として参考資料1ないし4を提出した。

11 請求人は,平成25年1月31日付けで上申書(以下,「請求人上申書2」という。)を提出した。

12 被請求人は,平成25年1月31日付けで上申書(以下,「被請求人上申書3」という。)を提出した。

第2 本件発明

本件特許の請求項1ないし3に係る発明は,特許第4202121号明細書の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項を発明特定事項とする,以下のとおりのものである。(以下,それぞれ「本件発明1」等という。)

「【請求項1】 哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地のための組換えヒトアルブミンおよびクエン酸塩を含むサプリメントであって,該サプリメントを含む培養培地で培養した配偶子または胚細胞の生存能力を高め,さらに該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含まないサプリメント。

【請求項2】 請求項1に記載のサプリメントであって,該サプリメントを含む培養培地中に約0.1 mM から約1.0 mMの範囲のクエン酸塩が存在する場合に,該培養培地で培養した配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメント。

【請求項3】 請求項1または2に記載のサプリメントおよび胚培養培地,胚移植培地,胚低温保存培地,幹細胞培養培地もしくはインビトロ醗酵培地を含み,非組換えヒトアルブミンを含まない哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養のための調製物。」


第3 請求人の主張の概要

請求人は,「特許第4202121号発明について特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めており,その主張は,以下の(1)ないし(6)の無効理由1ないし6にあるものと認められる。
なお,請求人口頭審理陳述要領書において,無効理由7及び8についての主張は取り下げており,被請求人も平成24年12月21日付け口頭審理において取り下げに同意した(調書)。

(1)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は,甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。(以下,「無効理由1」という。)

(2)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は,甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。(以下,「無効理由2」という。)

(3)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は,甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。(以下,「無効理由3」という。)

(4)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は,甲第3号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。(以下,「無効理由4」という。)

(5)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は,甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。(以下,「無効理由5」という。)

(6)本件特許の請求項1ないし3に係る発明は,甲第4号証及び甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。(以下,「無効理由6」という。)

また,請求人が提出した甲第1ないし第16号証及び公知例1ないし7は次のとおりである。

甲第1号証: The Journal of the Society for Reproduction and Fertility (1992) 94 p.471-480

甲第2号証: Human Reproduction (1999) 14(10) p.2575-2580

甲第3号証: Seminars In Reproductive Medicine (2000) 18(2) p.205-218

甲第4号証: Handbook of In Vitro Fertilization 第2版(CRC Press),表紙,奥付,第11章「Embryo culture systems」,p.205-264

甲第5号証: Cytotechnology (1997) 24 p.243-252

甲第6号証: 生化学辞典 第3版,東京化学同人,1998年,第102頁,第138頁,第139頁,第1048頁,奥付

甲第7号証: HighWire Search Results (2012年2月24日)

甲第8号証: New Zealand's Biggest Online Store (2012年5月22日)

甲第9号証: Fertility and Sterility (1998) 69(2) p.329-334

甲第10号証: All about Albumin(Academic press),1995,表紙,奥付,第7章「Practical Aspects: Albumin in the Laboratory」,p.285-318

甲第11号証: Therapeutic Apheresis (1998) 2(4) p.257-262

甲第12号証: 国際公開第98/06822号

甲第13号証: Towards reproductive certainly (The Parthenon Publishing Group),1999,表紙,奥付,p.378-388

甲第14号証: Production Information (sigma-aldrich.com),1996, ALBUMIN, HUMAN

甲第15号証: The Journal of Biological Chemistry (1967) 242(2) p.173-181

甲第16号証: Infertility and Reproductive Medicine Clinics of North America (1998) 9(2) p.181-203

公知例1: J Am Soc Nephrol (1999)10 p.1487-1497

公知例2: Journal of Cell Science (1996)109 p.2571-2580

公知例3: Microvascular Research (1999) 57 p.162-173

公知例4: 国際公開第98/06822号

公知例5: BIOLOGY OF REPRODUCTION (1996) 55 p.1069-1074

公知例6: Acta Obst Gynaec JPN (1986) 38(1) p.102-110

公知例7: Journal of Lipid Research (1968) 9 p.667-668

第4 被請求人の主張の概要

被請求人は,「本件無効審判請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求めており,請求人の主張する理由及び証拠によっては本件特許発明を無効とすることはできないことを主張している。

被請求人の提出した乙第1ないし第13号証は次のとおりである。

乙第1号証: Reprod Fertil Dev (1991) 3 p.601-607

乙第2号証: In Vitro Cell Dev Biol (1992) 28A p.154-156

乙第3号証: J Expt Zoology (1988) 247 p.183-187

乙第4号証: Biology of Reproduction (1987) 37 p.775-778

乙第5号証: The British Society of Animal Science in September (1999) p.62

乙第6号証: デイビット・ケイ,ガードナー博士による宣言書および訳文,ならびに同博士の経歴書

乙第7号証: クリステル・シルバーサンド氏による宣言書および訳文

乙第8号証: Reproductive BioMedicine Online (2002) 4(3) p.233-236

乙第9号証: Fertility Sterility (Oct 2000) 74(3) p.S31-S32 O-086

乙第10号証: J Reproduktionsmed Endokrinol (2010) 7(4) p.302-303 M-033

乙第11号証: Abstracts of the 28th Annual Meeting of ESHRE (2012) p.i71-i72 O-183

乙第12号証: 村上正夫博士による陳述書

乙第13号証: 口頭審理資料

第5 証拠(甲乙各号証)の記載

1 甲各号証の記載 証拠の記載事項(合議体注:和訳は,請求人が提出した部分和訳を参考とした。)

(1) 甲第1号証: The Journal of the Society for Reproduction and Fertility (1992) 94 p.471-480

(甲1-1)
「ウサギ胚盤胞に対して成長促進効果を有する低Mrの因子を,商業用のウシ血清アルブミン(BSA)から抽出および精製した。この胚栄養因子はギ酸中に溶解させたBSAから膜濾過(Mr10 000のメンブレン・カットオフ)し,次いで前記濾液を凍結乾燥することにより,抽出した。前記抽出物を,連続的に,G-10 Sephadex,QAE-Sephadex A-25陰イオン交換および高速液体クロマトグラフィー(HPLC)逆相カラム上でのクロマトグラフィーにより精製した。活性な逆相物質の質量分析は,前記物質の主成分が192のMrを有することを示した。BSAの低Mrの抽出物中の胚栄養因子はクエン酸塩であることが示された。なぜならば,(i)活性な逆相物質とクエン酸塩の質量分析が一致したため,(ii)活性が,分析HPLC陰イオン交換カラムにおいて,クエン酸塩と同一の位置で溶出したため,(iii)元のBSA試料が,酵素アッセイにより,クエン酸塩がかなり混入していたことが示されたため,および(iv)クエン酸塩が胚盤胞の細胞増殖および拡張を刺激したためである。」(第471頁 要約)

(甲1-2)
「大部分の胚培養培地は,血清か血清アルブミンのいずれかを含む(Brackett,1981によるレビュー; Kane,1987a)。ウサギ胚盤胞の成長には,アルブミンの存在が必要であるようだが(KaneおよびHeadon,1980),アルブミン・バッチ間で,胚栄養特性においてかなり相違し(Kane,1983),それは,少なくとも部分的には混入物の存在に因るかもしれない。我々は,以前に,培養されたウサギ桑実胚の胚盤胞への細胞分裂を顕著に刺激し,かつ胚盤胞の拡張を増進する幾つかの商業用ウシ血清アルブミン(BSA)サンプル由来の低Mrのフラクションを抽出することが可能であることを示した(Kane,1985)。本研究では,かかる胚栄養因子のクロマトグラフィー精製を報告し,それがクエン酸塩であると特定されたことを報告する。」(第471頁下から4行から第472頁第5行)

(甲1-3)
「胚栄養活性の測定
添加を行うすべての実験について基礎培養培地の組成は,0.25% チャコール処理(脱脂処理)したウシ血清アルブミン,NaCl(108 mmol/l),KCl(4.78 mmol/l),CaCl_(2)・2H_(2)O(1.71 mmol/l),KH_(2)PO_(4)(1.19 mmol/l),MgSO_(4)・7H_(2)O(1.19 mmol/l),NaHCO_(3)(25 mmol/l),ピルビン酸ナトリウム(0.5 mmol/l),グルコース(1 mmol/l)およびアミノ酸,ビタミンおよび微量元素のHam's F10培地(Ham, 1963; KaneおよびFoote,1970)であった。チャコール処理したBSAは,チャコール処理により低Mrの混入物が取り除かれたBSAとして,前記基礎培地中に含まれ,それは,無視できる胚栄養活性を示した。クエン酸塩の効果に関する実験において,付加的なピルビン酸塩を培養2日および4日後に加えた(各回あたり0.5 mmolのピルビン酸塩)。クロマトグラフィー分離はすべて,胚栄養活性のアッセイ前にプールしたピークフラクションから凍結乾燥により得られた揮発性緩衝液を用いて行った。」(第472頁第4段落第1行から第10行)

(甲1-4)
「種々のBSAバッチおよび低Mr抽出物フラクション中のクエン酸塩含有量
ウサギ胚盤胞に対する胚栄養活性を示すことが以前に実証され,本研究において胚栄養因子の抽出に用いた,シグマ社製のBSAの2つのロット(ロット41F-9300(Kane, 1983)および120F-0089(Kane, 1985))中のクエン酸塩含有量は,それぞれBSA1mgあたり2.44および8.08μgであった。対照的に,無視できる胚栄養活性を示すBSAバッチはBSA1mgあたり0.207μgのクエン酸塩であった。また,胚栄養活性を示さないチャコール処理したBSAの3つのバッチでは,2つが検出不可能なクエン酸塩含有量であり,残りの1つがBSA1mgあたり0.092μgのクエン酸塩であった。QAE A-25のピーク2および3の分析は,これらのピークが重量あたり100%クエン酸塩であったことを示した。」(第477頁第2段落)

(甲1-5)
「ウサギ胚盤胞の拡張および細胞増殖に対するクエン酸塩の効果
胚盤胞の拡張および酸沈殿性物質への[^(3)H]チミジン取り込みにより示されるように(図3),クエン酸塩は,胚盤胞成長を刺激するにあたって明確な効果を示した。クエン酸塩の最適な濃度は0.5 mmol/lであった。クエン酸塩なしの対照の場合,平均直径は144 μmであり胚1つあたり72c.p.m.であったことと比較して,0.5 mmol/lのクエン酸塩で培養した胚は,平均357 μmの直径の胚盤胞に成長し,胚1つあたり1406c.p.m.の[^(3)H]チミジンを取り込んだ。クエン酸塩を用いずに培養した桑実胚は,胚盤胞の段階まで成長したが,培養2から3日後には拡張していない元の直径にまで縮まった。」(第477頁第3段落)

(甲1-6)



図3 桑実胚から培養されたウサギ胚盤胞による拡張(直径,黒塗り四角)および[^(3)H]チミジンの取り込み(白抜き四角)に対するクエン酸塩の効果。・・・」
(第478頁図3)

(甲1-7)
「クエン酸塩存在下での胚盤胞の成長はチャコール処理BSAのバッチに応じてある程度相違することを見出したという事実から(C.W.Gray,P.M.MorganおよびM.T.Kane,非公表データ),チャコール処理BSAでさえも他成長因子を含有し得るという可能性が示唆された。しかしながら,これは,幾つかのBSAバッチが毒性であったためかも知れない。」(第479頁第13行から第16行)。

(甲1-8)
「使用したBSAは,以前に使用した(Kane,1985)フラクションV BSAと同じロット番号,即ち,ロット番号120F-0089・・・であった」(第472頁第2段落第1行から第2行)

(甲1-9)
「着床前胚発生におけるクエン酸塩の効果に関する過去のデータは限定的である。Brinster(1965)は,クエン酸塩が2細胞胚の卵割をサポートしなかったことを見出した。しかしながら,クエン酸塩は,その他の全ての炭素源が不在である場合,8細胞マウス胚の胚盤胞期への発生をサポートした(Brinster&Thomson,1966)。Daniel(1967)は,クエン酸塩がウサギ胚盤胞の成長のための単なるエネルギー源として作用する限定的な能力を有することを見出した。我々の実験によって明らかになったクエン酸塩による成長刺激は,エネルギー源としての作用によるものではなさそうである。なぜなら,培地が,グルコース,ピルビン酸塩およびアミノ酸のようなウサギ胚が使用し得る可能性のある広い範囲のエネルギー源を含有しているからである(Kane,1987b)。」(第478頁第4段落)

(2) 甲第2号証: Human Reproduction (1999) 14(10) p.2575-2580

(甲2-1)
「アルブミンは,明確な移植後の利益を与えなかったが,培養において胚発生に作用する役割を有することは明らかである。したがって,哺乳動物原料から単離されたアルブミンではなく,むしろ組換え型で産生されたアルブミンの供給源が非常に望ましい。我々の研究室での予備的な結果は,組換えアルブミンが,哺乳動物の胚培養培地に対するアルブミンサプリメントとして有望な供給源であることを示している(GardnerおよびLane,未発表知見)。」(第2578頁左欄下から7行から右欄第2行)

(3) 甲第3号証: Seminars In Reproductive Medicine (2000) 18(2) p.205-218

(甲3-1)
「2つの培地,P1(Preimplantation 1)およびG1(Growth 1)のオリジナルの処方を表4に記載する。一見したところでは,培地は非常に異なるようだが,両方とも,第1日目から第3日目の生存能力のあるヒト胚の培養に非常に効果的に用いられた。」(第213頁右欄下から16行から下から11行)

(甲3-2)



表4 ヒト胚培養培地P1及びG1のオリジナルの組成

*非必須アミノ酸(Ala,Asn,Asp,Glu,Gly,Pro,Ser)は,Eagleにより特定されたように0.1mMで存在させる。
SSS,合成血清代替物」(第214頁 表4)

(4) 甲第4号証: Handbook of In Vitro Fertilization 第2版(CRC Press),第11章「Embryo culture systems」,p.205-264

(甲4-1)
「エネルギー基質を添加したシンプル塩培地
これらの培地は,元々は,マウスおよびそのF1交配種の特定の近交系由来の受精卵の発生を支援するために調合された。臨床IVFに用いられるこの種の培地の例としては,M16,T6,Earle’s,CZB,およびKSOMがある。この種の培地から派生したものには,ヒト卵管培地(HTF),およびP1がある。表11.1で示されるように,過去30年に渡ってこれらの培地の処方はほとんど変化していない。このような「シンプル」培地は,通常,全血清または血清アルブミンのいずれかが補充される。」(第208頁第7行から第15行)

(甲4-2)



表11.1 胚培養に用いられる添加エネルギー基質を含むシンプル塩溶液の組成(mM)」(第209頁 表11.1)

(甲4-3)



表11.1 胚培養に用いられる添加エネルギー基質を含むシンプル塩溶液の組成(mM)(続き)
・・・
P1は,50μMタウリンおよび0.5μMクエン酸塩を含む。
・・・
c 合成血清代替物が補充された培地」(第210頁 表11.1続き 第2行,第6行)

(甲4-4)
「ヒト血清アルブミン(HSA)とウシ血清アルブミン(BSA)は共に,ヒト胚の培養に成功裏に用いられている。HSAの使用は,HIV,肝炎などに対する適切なスクリーニングを必要とするが,ヒト補助生殖技術(ART)において動物産物の使用は積極的に避けるべきである。最近では,幾つかの商業的に入手可能な血清製品が用いられ,ヒト胚培養系の血清を置き換えることに大きく成功している。これらは,治療用のアルブミン溶液からグロブリン豊富化アルブミン溶液,例えばPlasmanate,Plasmatein,および合成血清代替物(SSS)に及ぶ。後者の製品の中で,84%HSAおよび16%α-およびβ-グロブリン,1%未満のγ-グロブリンを含有するSSSが,最も効果的であるようだ。」(第227頁第29行から第40行)

(甲4-5)
「重要なことに,組換えヒト血清アルブミンは近年利用可能となっており,かくして,それは血液由来の製品に内在する問題を解決できるであろうし,さらに,変動性を解消できるであろう。」(第228頁第11行から第13行)

(甲4-6)
「キレート剤
重金属キレート剤の培養培地への添加は,インビトロにおける着床前胚発生を促進すると報告されてきた。EDTAの培養培地への添加は,マウス接合子の2細胞期を超える発生および胚盤胞への発生を増大させる。しかしながら,EDTAによる刺激効果は10μから150μMの濃度においてのみ確かなのであるが,他方200μMの濃度は胚盤胞への発生を阻害するのである。ヒト胚における最近の報告では,グルコースおよびリン酸塩を含まないHTF培地へEDTAを含有させると,接合子から胚盤胞期へのインビトロにおける発生が有意に増大することが示されている。これらの研究に照らし,培養中の哺乳動物胚発生のために処方された多くの新しい培地,例えば,CZB,KSOM,G1およびmHTFは,今やEDTAを含有している。1つの市販される培地サプリメント,MediCultによるSSR2は,4.3μMのEDTAと40μMのクエン酸塩のキレーション系を含有しており,それは,形成された鉄キレート剤の安定性に基づき適切なキレーション系であると思われる。
インビトロ胚発生におけるEDTAの有益な効果は,卵割期胚に隔離されてきた。コンパクション後の培地におけるEDTAの存在は,移植後の胎児発生を有意に減少させる。したがって,EDTAはコンパクション前の発生を刺激する一方,胚盤胞発生に対するEDTAの存在は後の胚発生能力を危険にさらすものであることは明らかである。さらに,ウシにおいて,コンパクション後の発生のための培養培地中のEDTAの存在は,ICMの発生を有意に遅延させる。このICM発生におけるEDTAの有害作用は,したがって,マウス研究において観察された低下した胎児発生を説明し得るかもしれない。なぜなら,ICM発生は胚盤胞移植後の胎児発生に直接関連するからである。」(224頁「キレート剤」の項 第1および第2段落)

(5)甲第5号証: Cytotechnology (1997) 24 p.243-252

(甲5-1)
「血清由来のアルブミンは,長い間,細胞培養培地に用いられてきたが,アルブミンおよび/またはアルブミンに結合した不純物の正確な役割は,正しく定義されていなかった。本研究では,組換えヒトアルブミンを,NRKおよびSCC-9の2つの細胞系に対する成長促進活性について評価した。NRK細胞に関して,組換えヒトアルブミンは阻害作用を示すことが見出された。脂肪酸フリーのHSAも阻害的であったが,HSAフラクションVは刺激性であったという事実は,脂肪酸または幾つかの他の結合成分がHSAフラクションVによる成長刺激の役割を担うことを示唆する。しかしながら,オレイン酸,コレステロール,フォスファチジルコリン,ホスファチジルセリンまたはこれらの脂質の組合せの添加は,脂肪酸フリーのHSAまたは組換えヒトアルブミンのいずれの成長刺激活性も有意に改善しなかった。SCC-9細胞に関して,組換えヒトアルブミンと脂肪酸フリーのHSAの両方が,僅かな刺激性を示し(これらはHSAフラクションVの活性ほどではなかった),幾つかの細胞系においては,アルブミン分子自体が細胞成長および生存を促進し得ることを示唆する。」(第243頁 要約)

(甲5-2)
「略語:rHA=組換えヒトアルブミン;HSA-faf=ヒト血清アルブミン-脂肪酸フリー;HSA-frV=ヒト血清アルブミン-フラクションV;BSA-faf=ウシ血清アルブミン-脂肪酸フリー;BSA-frV=ウシ血清アルブミン-フラクションV」(第243頁 略語の項)

(甲5-3)
「組換えヒトアルブミンは化学的に明確な原材料を用いて酵母中で産生されたため,動物やヒト由来のウイルスおよび他の関連する混入物が存在しないことが想定され,細胞培養系が安全で,より明確で一致した原材料を利用できることを可能にし得る。」(第244頁左欄第4段落第7行から第12行)

(甲5-4)
「HSAフラクションV(A1653,ロット86F-9383)およびHSA脂肪酸フリー(A3782,ロット119F-9303),オレイン酸,コレステロール,ホスファチジルコリン,ホスファチジルセリン,およびパラニトロフェノール・ホスフェートは全て,シグマ・ケミカル社から得た(英国);組換えヒトアルブミン(ロットGA91006)はデルタ・バイオテクノロジー,ノッティンガム,英国から得た;」(第244頁左欄第5段落第7行から右欄第3行)

(甲5-5)
「細胞 正常ラット腎臓(NRK)細胞は,親切にもlan Pragnell, Beatson Institute for Cancer Research, Glasgow, Scotlandにより提供された。SCC-9,舌のヒト扁平上皮癌細胞系は,アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(CRL 1629)から入手した。細胞は,規則的にマイクロプラズマ混入について試験し,陰性であることを確認した。」(第244頁右欄第2段落)

(甲5-6)
「アルブミン・ローディング実験 アルブミン・ローディング実験は,Jagerら(1988)により記載された方法を用いた実施した。20μlのオレイン酸のエタノール溶液(20 mg/ml)を,1mlのrHA(PBS A中,50 mg/ml)またはHSA-faf(PBS A中,50 mg/ml)にゆっくりと加えた。次いで,前記混合液を,一晩4℃で穏やかに回転(end-over-end rotation)させて複合体とした。次に,前記混合物を濾過滅菌し,使用するまで4℃で保存した。リン脂質およびコレステロールは,まずクロロフォルムに溶解し,次いで窒素ガス気流下で乾燥させた。次いで,脂質をエタノールに溶解させ,オレイン酸と同様にして複合体とし,濃縮した。」(第245頁左欄第4段落)

(甲5-7)
「結果 成長促進因子としての,及び細胞培養培地中のウシ血清アルブミンの代替物としての,組換えヒトアルブミンの可能な役割を評価するために,rHAを,BSA-frV,BSA-faf,HSA-frVおよびHSA-fafと比較した。」(第245頁左欄第5段落)

(甲5-8)
「組換えヒトアルブミンのNRK細胞の増殖に対する効果」(第245頁左欄第6段落第1行から第2行)

(甲5-9)
「組換えヒトアルブミンのSCC-9細胞に対する効果」(第246頁右欄第2段落第1行)

(甲5-10)
「rHAのNRK細胞に対する活性を増強させるための,脂質複合体の添加」(第246頁右欄第3段落第1行から第2行)

(甲5-11)
「組換えヒトアルブミンの脂質ローディング 商業的に入手可能な脂質混合物は,NRK細胞に対して,単独でも,rHAもしくはHSA-fafとの組合せのいずれにも刺激性ではなかったため,アルブミン・フラクションVで見出された刺激を回復させることを試みるべく,組換えアルブミンに対する脂質のローディングを実施した。分析には,オレイン酸,コレステロール,ホスファチジルコリンおよびホスファチジルセリンを選んだ。」(第247頁左欄下から5行から右欄第4行)

(甲5-12)
「試験したアルブミンに関して,rHAは理論的にHSA-fafに最も似ているはずである,というのは,それは同じアミノ酸構造を有しており,かつ,フラクションVアルブミンに付随し,共通して見出される混入物を含まないはずだからである。」(第250頁左欄第3行から第7行)

(甲5-13)
「幾つかの可能な刺激因子(血清由来のアルブミンに存在し得るが組換えアルブミンには存在しないであろう)をrHAやHSA-fafに直接ロードすることは,活性を増強しなかった。」(第251頁左欄下から10行から下から7行)

(甲5-14)
「アルブミンは,脂肪酸に加えて広範囲の分子に対する結合部位を有し(例えば,L-トリプトファン(BrownおよびShockeley, 1982),ステロイド(Kragh-Hansen, 1981),Cu^(2+),Zn^(2+),Ni^(2+)およびCo^(2+)(Peters, 1970),クエン酸塩(Kane, 1990),リゾレシチン(Nilausen, 1968),エコサノイド(Unger, 1975),グルコース(Shaklai, 1984)および葉酸塩(SolimanおよびOlesen, 1976)),これらのいずれかがアルブミンの活性に関与する可能性を考慮しない訳にはいかない。また,高純度に精製されたアルブミン分子が,培地由来の必須成分と隔離され,細胞に対する利用性が低下し,それ故にNRK細胞の細胞増殖を妨害するかもしれない。」(第251頁右欄第2段落)

(甲5-15)
「rHAやHSA-fafの脂質ローディングは,アルブミン・フラクションVで観察されたレベルにまで成長促進活性を回復しなかった。その活性因子は,脱脂により部分的に/完全に除去または破壊され得る,アルブミン・フラクションVの何らかの混入物であり得る。活性を回復させるすべての試みにおいて,rHAは,HSA-fafと類似した定性的な傾向を示した。さらなる研究により,rHAが,それ単独で,又は脂質もしくは他の成分のいずれかの担体として,刺激効果を奏するさまざまな細胞系を明らかにするであろう。」(第251頁右欄下第8行から第252頁左欄第2行)

(6)甲第6号証 : 生化学辞典 第3版,東京化学同人,1998年,第102頁,第138頁,第139頁,第1048頁

(甲6-1)
「代表的なものとして,卵白中に含まれるオボアルブミン,乳中のラクトアルブミン,血清アルブミン,・・・などがある。」(第102頁左欄「アルブミン」の項の第10行から第14行)

(甲6-2)
「試験管内で異種のDNA・・・の組換え分子(⇒組換えDNA)を作製し,それを生細胞に移入し,増殖させる実験を組換えDNA実験(recombinant DNA experiment)という。この技術を用いて,・・・遺伝子を単離,解析し,また,これら遺伝子に人為的変換を加えたりすることを一般に遺伝子操作(gene manipulation)とよんでいる。」(第138頁右欄「遺伝子工学」の項の第2行から第12行)

(甲6-3)
「⇒遺伝子工学」(第139頁左欄「遺伝子操作」の項)

(甲6-4)
「哺乳類の初期発生において,卵割期の終わった胚をいう」(第1048頁左欄「胚盤胞」の項の第1行から第2行)

(7)甲第7号証 : HighWire Search Results (2012年2月24日)

(甲7-1)
「Embryo nutrition and energy metabolism and its relationship to embryo growth, differentiation, and viability.DK Gardner, TB Pool , M Lane Semin Reprod Med,Jan 2000;18(2):205-18」

(8)甲第8号証 : New Zealand's Biggest Online Store (2012年5月22日)

(甲8-1)
「Handbook of In Vitro Fertilization ・・・
フォーマット:ハードバック,574頁,第2版・・・
発行: 合衆国,1999年9月28日」

(9)甲第9号証 : Fertility and Sterility (1998) 69(2) p.329-334

(甲9-1)
「卵母細胞回収後48時間から72時間への遅い胚移植による体外受精の向上した臨床転帰:グルコースおよびリン酸塩を含まない培地の使用」(第329頁表題)

(甲9-2)
「管理された卵巣過剰排卵を受けている176名のIVF-ET患者」(第329頁 患者の項)

(甲9-3)
「3日目のETは,着床率および妊娠率における顕著な増大と関連した。3日目までETを遅らせることは,2日目よりも,より生存能力のある胚の選択を可能にし得る。」(第329頁 結論の項)

(甲9-4)
「培地 Preimplantation 1培地を用いた。」(第330頁右欄第4段落第1行)

(10)甲第10号証 : All about Albumin(Academic press),1995,第7章「Practical Aspects: Albumin in the Laboratory」,p.285から318

(甲10-1)
「体外受精およびその後の胚培養に関して,HSAは安全で効果的な血清の代替物である(Holst et al., 1990; Khan et al., 1991)。BSAは前記手法に,または卵子吸引用の採取液に用いるべきではないことに留意すべきである;BSAに対するアレルギー反応が複数回生じている(Moneret-Vautrin et al., 1991; Gamboa et al., 1992)。」(第309頁下から3行から第310頁第2行)

(11)甲第11号証 : Therapeutic Apheresis (1998) 2(4) p.257-262

(甲11-1)
「構造分析の結果は,精製したrHSAは血漿由来のHSAと同一の立体構造を有していたことを示唆する。さらに,血漿由来のHSAの新生の抗原性と異ならないことも観察された。rHSAの有効性および安全性を臨床試験で検査し,比較試験においてrHSAと血漿由来のHSAとでは差がないことが示された。この不利な反応性がほとんど又は全くないrHSAの高い有効性が,これらの試験で確認された。」(第257頁要約左欄下から2行から右欄第7行)

(甲11-2)



表2.精製したrHSAの構造分析」(第259頁右欄 表2)

(12)甲第12号証 : 国際公開第98/06822号

(甲12-1)
「しかし,血清含有培地を使用する際には以下の様な問題があった。
(1)血清自体が高価なためコスト高となる。
(2)血清にはロット差があり,再現性が要求される培養には不利である。
(3)細胞産生物の培養上清からの精製が困難となる。
(4)ウイルスやマイコプラズマの汚染源となる恐れがある。
(なお,甲第12号証原文においては「(1)」ないし「(4)」は丸付き数字の1ないし丸付き数字の4で記載されている。)
このような現状に鑑みて,培地中の血清濃度を減少させる方法が検討されている。しかし,血清濃度の減少によって細胞はその増殖性を著しく低下させるか死滅し,所望の細胞産生物(例えばタンパク質等の生理活性物質)の収量が著しく減少するなどの問題があり,培地中の血清濃度の減少は困難であった。このような理由から,血清を含まず,尚且つ細胞が増殖性を失わずに培養されうる無血清培地に対して多大な関心が持たれるようになった。
ところで,従来の無血清培地においては,細胞の増殖性を維持するための添加物として,血漿由来ヒト血清アルブミン(以下HSAともいう)が使用されている。しかしながら,血漿由来HSAは必ずしも品質が一定とは言えない。例えば,夾雑する血漿由来成分,例えばリポタンパク質,α1-アンチトリプシン等のタンパク質分解酵素阻害物質,トランスフェリン,セルロプラスミン,ハプトグロビンなどの金属やヘムの担体タンパク質等,脂肪酸,カルシウムイオン,トリプトファン,システイン,グルタチオン,微量の金属成分等の混入度合がその製品ロット毎に異なる。従って,これらの成分が動物細胞等の培養に与える影響が懸念される。」(第1頁下から8行から第2頁第12行)

(甲12-2)
「遺伝子操作により得られたHSA(rHSA)を基本培地の添加物として用いることにより,培養時の効果を血漿由来のHSAを用いた場合と変えることなく,細胞の十分な増殖性を維持することができることを見出し本発明を完成した。即ち,本発明の培地においては品質が一定したrHSAを用いていることから,培養効果における影響をより少なく抑える(即ち,再現性を確保する)ことができる」(第2頁下から7行から下から2行)

(甲12-3)
「本発明の培養用培地で培養可能な動物細胞としては,その細胞自体が生理活性物質産生可能なものでも,遺伝子工学により形質転換され異種の生理活性物質を産生するものであってもよい。」(第8頁第4行から第6行)

(甲12-4)
「本発明の培養用培地に,品質の一定な遺伝子操作により得られたヒト血清アルブミン(rHSA)を使用することにより,血清含有培地及び/または血漿由来HSAを含有してなる従来の無血清培地を使用した場合と同等の細胞増殖及び生理活性物質産生性等の効果を維持し,且つ培地の品質の安定化,培養の再現性の確保が可能となった。」(第10頁第7行から第11行)

(13)甲第13号証 :Towards reproductive certainly (The Parthenon Publishing Group),1999,表紙,奥付,p.378-388

(甲13-1)
「ヒト胚盤胞のインビトロ培養」(第47章の表題)

(甲13-2)
「組換えヒトアルブミンの導入によって,バラツキが最小限で血清製剤由来の汚染物質の可能性を除去した完全に明確で生理的な培地が利用可能となるだろう。」(第386頁右欄第5行から第10行)

(14)甲第14号証: Production Information (sigma-aldrich.com),1996,ALBUMIN, HUMAN
(甲14-1)



製品番号 調製/精製 特性
A 1653 フラクションV 粉末
ヒト血清由来 アガロースゲルにより96から99%
(大部分のグロブリンは残存)
・・・
A 1887 フラクションV 粉末
加熱工程 アガロースゲルにより≧96%
A 1653から調製 本質的に脂肪酸フリー(?0.0005%)
・・・
A 8763 A 1653から調製 粉末
本質的にグロブリン・フリー
A 3782 A 8763から調製 粉末
本質的に脂肪酸フリー(?0.0005%)
本質的にグロブリン・フリー
・・・
」(第1頁の表 第1行,第2行,第4行,第6行および第7行)

(甲14-2)
「R.F. Chen, J. Biol. Chem., 242, 173 (1967).」(第3頁 引用文献(REFERENCES)2.)

(甲14-3)
「グロブリンは,カプリル酸塩の添加後の加熱工程で沈殿させ,次いで,ろ過により除去する」(第3頁 引用文献(REFERENCES)4.)

(15)甲第15号証: The Journal of Biological Chemistry (1967) 242(2) p.173-181

(甲15-1)
「血清アルブミンからのチャコール処理による脂肪酸の除去」(第173頁表題)

(16)甲第16号証: Infertility and Reproductive Medicine Clinics of North America (1998) 9(2) p.181-203

(甲16-1)
「卵母細胞および胚培養-基本概念および近時の進展」(第181頁表題)

(甲16-2)
「培養環境における高分子の役割
タンパク質が培地のパフォーマンス特性を改善する機序を理解することは不可欠な事項であり,その後,科学的なアプローチを実施して,胚培養におけるタンパク質成分を最適化しリファインすることができる。体細胞培養において,血清サプリメントは,一連のポリペプチド成長因子および接着分子を培養環境に提供する。しかしながら,体細胞とは異なり,初期卵割期のヒト胚は,成長調節である細胞外メディエーターに頼っていない。成長因子が存在しないインビトロ下で初期の胚発生が成功したという事実が,唯一のタンパク質源としてアルブミンを用いた,CaroおよびTrounson,ならびに他の研究者により実証された。胚培養培地におけるタンパク質の他の推定される役割には,培地中の重金属または他の潜在的な胎毒性実体(embryotoxic entities)に結合すること,割球膜(blastomere membranes)の内在性タンパク質に有害であり得る混入した細胞外プロテアーゼの基質として機能すること,培地に界面活性を与えること,並びに胚成長に重要な小分子のキャリアー機能を提供することが挙げられる。最後の概念は,Kaneの研究室でウサギ胚を用いて実施された研究により支持される。このグループ,ならびに他のグループは,血清アルブミンのバッチ,供給源およびロットのすべてで,インビトロでの胚発生に対して同じ影響を示さないこと,ならびに,幾つかは優れた成長促進活性を示すことを明らかにした。Grayおよび共同研究者らは,慎重な化合物単離および同定実験を通じて,この性質の重要な成分がアルブミン分子の機能ではなく,すなわち,アルブミンに結合したクエン酸ナトリウムの量に帰することを実証した。さらに,彼らは,クエン酸ナトリウムを培地に添加した場合に,ウサギの胚盤胞増殖・拡張(expansion)に対する用量依存的な影響を明らかにした。用量依存的な関係が確立されたが,クエン酸ナトリウム単独での添加は,クエン酸塩-含有アルブミン(citrate-containing albumin)を用いて見られたレベルでの成長促進を完全には回復することができなかった。高分子についての更なる役割は,この知見により示される。」(第187頁第6行から第188頁第2行)

(甲16-3)
「著者らは,HTFのオリジナルの処方から,グルコースとリン酸塩の両方を除き,クエン酸ナトリウムとタウリンを添加することによってモディファイした。加えて,抗生物質のペニシリンおよびストレプトマイシンにかえて,ゲンタマイシン硫酸塩を用いる。初期のヒト発生の間の生理学的に異なる幾つかの期間を,ステージ特異的栄養要求,例えばエネルギー基質によりキャラクタライズする。従って,著者らは,この培地を,ヒトの着床前(preimplantation)ステージ初期の間での使用を意図し,「preimplantation stage 1」の略称である,改変P1と命名した。」(第196頁第12行から第20行)

(甲16-4)
「P1中で配偶子および胚成長させた37名の患者のうち,21名が妊娠した(56.8%)。続きの妊娠率および移植率は,HTF培地と比較して,P1培地で共に高かった(データは示さない)。このデータは,専らIVF-ETにおけるP1の使用を奨励し,より広範囲の経験の結果をテーブル6に示す。」(第196頁第24行から第27行)

(甲16-5)
「体細胞培養技術を借用した方法は,臨床IVFにおいていくらかの矛盾を構築した-借用した材料は臨床状況における卵母細胞および胚培養を許容したが,同時に最適な成長を制限した。ヒト胚の成長のために特異的な培養培地およびサプリメントの実験的な最適化は比較的新しいものであるが,より低い多胎妊娠率を伴うより高い妊娠率に対する要請が増大するにつれ,当該最適化に対する興味は拡大している。」(第182頁下から6行から第183頁第2行)

(17)公知例1: J Am Soc Nephrol (1999)10 p.1487-1497

(公1-1)
「アルブミンは,ネフローゼ状態で,大量に近位尿細管に漏れ出す。このタンパク質は尿細管上皮細胞に対して毒作用を有し,間質性炎症や瘢痕化の開始に関与し得ると提案されている。野生型オポッサム腎細胞およびホスファチジルイノシチド3キナーゼ(PI3キナーゼ)のドミナントネガティブp85サブユニット(Δp85)でトランスフェクトした類似の細胞における組換えヒトアルブミンの細胞分裂促進作用を研究した。本研究は,組換えヒトアルブミンが培養下でのオポッサム腎細胞の増殖を刺激することを実際に示す。」(第1487頁要約左欄)

(公1-2)
「アルブミンは,OK細胞の増殖を刺激する
我々は,まず,アルブミンが血清枯渇OK細胞の増殖を刺激することができるかどうかを調べた。培養培地へのrHSAの添加は,[^(3)H]チミジン取り込みで測定されたように,野生型OK細胞の増殖での有意な増加を結果的にもたらした(図1A)。」(第1489頁右欄第4段落第1行から第6行)

(公1-3)
「血清または種々の濃度の酵母組換えヒトアルブミン(rHSA)に応じた[(^(3)H)]チミジン取り込みとして測定されたオポッサム腎(OK)細胞の増殖。」(第1490頁左欄 図1の説明 第1行から第3行)

(18)公知例2: Journal of Cell Science (1996)109 p.2571-2580

(公2-1)
「ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)」(第2571頁右欄第2行)

(公2-2)
「酵母で生成された組換えHSA(rHA)は,デルタバイオテクノロジー社(Nottingham,UK)により寄贈された。」(第2572頁左欄下から10行から下から8行)

(公2-3)
「アポトーシスを研究するための細胞培養条件
HUVECおよびヒト皮膚微小血管内皮細胞(HDMEC)をコンフルエンスまで増殖させた。」(第2573頁左欄第1行から第3行)

(公2-4)
「HSAおよび培地単独(MED)と比較した,rHAおよびオボアルブミン(OVALB)の800μM(または4%,w/v)でのアポトーシス保護指数に対する効果。rHAとHSAの両方がHUVECを保護した(P<0.001)。一方で,オボアルブミンは,たとえ効果があったとしても殆ど保護しなかった。」(第2577頁右欄 図7の説明)

(公2-5)
「Albまたはオボアルブミンの有無による,HUVEC(A,B)およびHDMEC(C,D)のアポトーシス保護指数;エラーバーはs.d.を示す。(A)HUVECを血清非存在下で,増加濃度のBSA(黒三角)およびHSA(黒丸)または(B)rHAを用いて24時間培養した。(C)rHA(580μMまたは4%,w/v)は,同濃度のHSAと同じく,血清枯渇48時間を超えて,HDMECを保護するのに有効であった(P<0.01)。一方で,オボアルブミン(OVALB)(800μMまたは4%,w/v)は培地単独(MED)と類似の結果を与えた。(D)HDMECに対する保護の用量応答は,HUVECに関してrHAを用いたのと同じであった。」(第2578頁 図8の説明)

(19)公知例3: Microvascular Research (1999) 57 p.162-173

(公3-1)
「血流が微小血管の形状に影響を及ぼすため,血漿因子は,内皮細胞(EC)のアポトーシスを抑制するようである。」(第162頁左欄第1行から第3行)

(公3-2)「酵母で生成されたrHAは,デルタバイオテクノロジー社(Nottingham, England)により寄贈された。」(第163頁右欄下から6行から下から4行)

(公3-3)
「培地M199単独と比較した,血清(20%),BSA(4%),HSA(4%),rHA(4%),ME-BSA(4%),及びオボアルブミン(Ovalb.)(4%)のラット皮膚移植片培養におけるアポトーシスECの相対パーセンテージに対する効果。移植片培養の血清フリー・インキュベーションでは,ECアポトーシスが増加した。これは,BSA,HSAおよびrHAにより抑制された。ME-BSAおよびオボアルブミンは,保護活性を示さなかった。これらのデータは,Albが,ラット皮膚移植片培養におけるECアポトーシスを抑制すること,及びこれは前記分子の天然の立体構造に依存し,非特異的なタンパク質の影響ではないことを示唆する。」(第169頁右欄 図4の説明)

(20)公知例4: 国際公開公報第98/06822号

(公4-1)
「実施例1 培養用培地の作成
基本培地としてRPMI1640培地[Goding, J. W (1980) J. Immunol. Methods 39, 285, JAMA 199 (1957)]10.2gを用い,添加物としてrHSA1g,インスリン1mg,牛肉由来ペプトン5g,トランスフェリン10mg,ヒポキサンチン13mg,チミジン4mg,α-トコフェロール0.13mg及びセレン4μgを用いて培養用培地1Lを作製した。rHSAとしては特開平8-116985号に準じて調製したピキア・パトリス酵母由来のものを用いた。
実施例2 ヒト腎細胞株の培養
ヒト腎細胞株をマイクロキャリアビーズに付着させたものを実施例1で作製した培養用培地中に細胞数として,10^(7)個/mlとなるように添加した。37℃,5% CO_(2)の条件下で培養したところ,2日間で培養液中に0.6から2.5U/ml相当のプロUKの産生が確認できた。その後,2から3日毎に培養液を交換し,長期間(少なくとも1ヶ月以上)の連続培養が可能であった。」(第9頁下から8行から第10頁第5行)

(21)公知例5: BIOLOGY OF REPRODUCTION (1996) 55 p.1069-1074

(公5-1)



表6.BSA-V(Sigma A-8022*)の異なるロットを補充されたBECM-3における6日目までの胚発生(計5回反復)。

* Sigma A-8022a = ロット34H0275; Sigma A-8022b = ロット35H1073; Sigma A-8022c = ロット124H024。」(第1072頁右欄 表6)

(公5-2)
「実験5および6
本研究において,これらの実験はBECM-3に対するサプリメントとして用いたBSA-VおよびBSA-FAFの同じ製品番号の異なる製品ロットに関する変動性を試験するために設計された。インビトロで6日まで桑実胚/胚盤胞の発生をサポートするにあたってBSA-Vの異なるロット間に差はなかった(p = 0.48)(表6),また,胚の平均細胞数に差はなかった(p = 0.63)。インビトロで6日まで桑実胚/胚盤胞の発生をサポートするBSA-FAFの異なるロットの性能に差はなかった(p = 0.32)(表7),また,胚の平均細胞数に差はなかった(p = 0.82)。」(第1072頁右欄第2段落)

(公5-3)



表7.BSA-FAF(Sigma A-6003*)の異なるロットを補充されたBECM-3における6日目までの胚発生(計4回反復)。

* Sigma A-6003a = 122H932; Sigma A-6003b =124H930。」(第1073頁左欄 表7)

(22)公知例6: Acta Obst Gynaec JPN (1986) 38(1) p.102-110

(公6-1)
「ヒト体外受精および胚移植プログラムに用いられる培地の比較」(第102頁 タイトル)

(公6-2)
「ヒト体外受精に使われている培養液を,ICRマウス2細胞期卵の発育により比較・検討した.・・・(略)・・・またヒトならびにウシ血清アルブミンは,胞胚形成率においてはICC婦人血清と同様であったが,孵化率において著しい低下を認めた.ヒトのウシの血清アルブミンの間には差が認められなかった.・・・(略)」(第102頁概要(第110頁 概要の和訳))

(公6-3)



表3.様々な培地におけるマウス2細胞期胚のインビトロでの発生

各値は5回反復実験の合計である(反復実験1回あたり培地につき20の胚)。
§ 培養した2細胞期胚の数のパーセンテージ.
2細胞期胚の発生に関する培地間の差異はカイ二乗検定により評価した。
・・・ 」(第104頁 表3)

(公6-4)
「胚から胚盤胞への発生においてBSA,HSAおよびICC-WSの中のいずれのペア間でも有意差はなかったが(それぞれ89%,85%,86%),ICC-WSでは,BSA(24%)またはHSA(20%)のいずれよりも多くの胚がハッチングした(71%)。全胚盤胞の中でハッチングした胚盤胞のパーセンテージは,BSA,HSA,ICC-WS,DC-WSおよびDC-CBSにおいてそれぞれ27%,24%,83%,75%および81%であった。BSAとHSAとの間に有意差はなく,ICC-WS,DC-WSおよびDC-CBSの中のいずれのペア間にも有意差はなかった。」(第108頁左欄第10行から第21行)

(23)公知例7: Journal of Lipid Research (1968) 9 p.667-668

(公7-1)
「市販の血清アルブミンのクエン酸塩,ピルビン酸塩および乳酸塩混入物」(第667頁 タイトル)

(公7-2)
「市販の血清アルブミンが,脂肪酸に加えて,乳酸塩,ピルビン酸塩,そして特にクエン酸塩を含有することが見出された。グルコース,アスパラギン酸塩,およびα-ケトグルタル酸塩もまた存在したが低濃度であった。チャコール処理に続く,長期間の透析は,これらの混入物のほとんどを除去するのに有効であった。」(第667頁 要約)

(公7-3)
「表1で示されるように,商業的に入手可能な血清アルブミンは,さまざまな量の脂肪酸だけでなく,クエン酸塩,乳酸塩およびピルビン酸塩を含む。」(第667頁右欄下から18行から下から15行)

(公7-4)



表1 血清アルブミンの混入物

血清アルブミン試料は,本文中で概説したように,過塩素酸を用いて抽出し,代謝中間体について分析した。血清アルブミンの分子量は69,000とした(11)。丸括弧内の値は,チャコール処理し0.9%NaClに3日間透析した後のアルブミンに存在する特定の中間体の濃度である。
FFA,脂肪酸;n.d.,検出されない。・・・」(第668頁 表1)

2 乙各号証の記載 証拠の記載事項(合議体注:和訳は,被請求人が提出した部分和訳を参考とした。)

(1)乙第6号証: デイビット・ケイ,ガードナー博士による宣言書および訳文,ならびに同博士の経歴書

(乙6-1)
「この組換えヒトアルブミンそのものは,2000年には市販されており,したがって容易に入手可能であった。」(翻訳文第2頁第12行から第13行)

(乙6-2)
「それにもかかわらず,HSAをrHAに単純に置換することは不可能であった。単純な置換では胚生存能力の低下を招く。この事実は,哺乳動物の配偶子および胚培養の分野における世界中の研究者に知られていた。」(翻訳文第2頁第17行から第20行)

第6 当審の判断

1 請求人が主張する無効理由1について
1-1 本件発明1について
(1)無効理由

本件無効審判において,請求人は,本件発明1は,甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。

(2)甲第1号証に記載された事項

甲第1号証には,アルブミン・バッチ間で,胚栄養特性が相違したこと,それは少なくとも部分的には混入物の存在に因るかもしれないこと(記載事項(甲1-2)),ウサギ胚盤胞に対して成長促進効果を有する低Mrの因子を,商業用のウシ血清アルブミン(以下,「BSA」という。)からギ酸で抽出し精製したところ,BSAの低Mrの抽出物中の胚栄養因子はクエン酸塩であったことが記載され(記載事項(甲1-1)),胚栄養活性を示さないチャコール処理したBSAの3つのバッチでは,2つが検出不可能なクエン酸塩含有量であり,残りの1つがBSA1mgあたり0.092μgのクエン酸塩であったこと(記載事項(甲1-4))が記載されている。また,チャコール処理により低Mrの混入物が取り除かれたBSAが前記基礎培地中に含まれた場合,無視できる胚栄養活性を示したこと,クエン酸塩の効果に関する実験において,付加的なピルビン酸塩を培養2日および4日後に加えたところ,クエン酸塩を添加することにより胚盤胞成長刺激に効果があったことが示されている(記載事項(甲1-3),(甲1-5),(甲1-6))。
これらのことから,甲第1号証には,審判請求書第11頁下から2行からの部分にも記載されているように,ウサギ胚において,チャコール処理したBSAとクエン酸塩を組み合わせること,チャコール処理したBSAにクエン酸塩を組み合わせることで胚栄養活性が回復したことが記載されていると認められる。

(3)本件発明1と甲第1号証に記載された事項との対比

甲第1号証には,配偶子の培養については記載されていないが,胚細胞と配偶子が同様に培養されることは本件優先日当時,周知の技術的事項であった上,本件明細書においても両者の培養方法は区別されていないから,甲第1号証に記載のウサギ胚培養培地は配偶子の培養においても当然に用いられるものと認められる。
ここで,本件発明1と甲第1号証に記載された発明とを比較すると,甲第1号証に記載のチャコール処理したBSAとクエン酸塩の組み合わせはウサギ胚盤胞の成長刺激に必要なものであるから,本件発明1のサプリメントに相当するので,両者は,哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地のためのアルブミンおよびクエン酸塩を含むサプリメントであって,該サプリメントを含む培養培地で培養した配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメント,である点で一致し,クエン酸塩とともに用いるアルブミンが,本件発明1においては,組換えヒトアルブミン(以下,「rHA」という。)であって,該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含まないのに対し,甲第1号証においては,チャコール処理したBSAである点で相違する。

(4)本件発明1と甲第1号証に記載された事項との相違点に係る進歩性の判断

上記相違点について検討する。

本件発明1のrHAについて,アルブミンには記載事項(甲6-1)にあるように様々な種類のものが包含されるが,明細書の実施例において用いたアルブミンは血清アルブミンのみであること,及び,細胞の培養培地に添加するのは通常血清アルブミンであるのが技術常識であること,から,本件発明1のアルブミンは血清アルブミンであることが認定できる。なお,この点について,請求人及び被請求人において争いはない。

甲第1号証において用いたチャコール処理BSAについて,チャコール処理の条件は記載されておらず,一般的なチャコール処理によりBSAから除去されるのは,脂肪酸(記載事項(甲1-3)には「チャコール処理(脱脂処理)」と記載され,記載事項(甲15-1)には「血清アルブミンからのチャコール処理による脂肪酸の除去」と記載されている)の他,ウイルス,ホルモン,ある種の成長因子,サイトカイン,親油性物質などの無極性因子であり(必要ならば,ハイメディアラボラトリーズ,細胞培養血清,第8頁,チャコール処理済みウシ胎仔血清の欄,http://www.enbio-japan.co.jp/HM_Cellculture_BR.pdf),BSAの夾雑物全てが除去されるわけではない。そして,甲第1号証に記載のチャコール処理したBSAが依然として夾雑物を含むことは,記載事項(甲1-4)及び(甲1-7)にも示されており,請求人上申書2第21頁下から12行に「甲第1号証で用いられたBSAは,単にチャコール処理されたBSAではなく,チャコール処理により低Mrの混入物が取り除かれたことが確認されたBSAである(審判請求書,第9頁,抄訳1-3(合議体注:記載事項(甲1-3)):チャコール処理したBSAは,チャコール処理により低Mrの混入物が取り除かれたBSAとして,前記基礎培地中に含まれ,・・・)。チャコール処理したBSAでも,クエン酸塩が含まれ得ることは,甲第1号証,第477頁第2段落下3行から下2行「胚成長活性を示さないチャコール処理したBSAの3つのバッチでは,2つが検出不可能なクエン酸塩含有量であり,残りの1つがBSA1mgあたり0.092μgのクエン酸塩であった。」(審判請求書,第9頁,抄訳1-4(合議体注:記載事項(甲1-4))で示される」とあるように請求人もこの点について認めている。よって,甲第1号証において用いたチャコール処理BSAは依然として夾雑物を含むものである。

ここで,請求人も主張するように,血清由来のアルブミンよりも安全性,再現性の点でrHAが好ましく,血清からの夾雑物を含まないrHAに置換したいという課題は既に知られていたから(記載事項(甲4-5),(甲5-3),(甲12-1),(甲12-4),および(甲13-2)),甲第1号証に記載のチャコール処理BSAをrHAに置換したいという動機づけは一応存在する。
しかし,そもそも細胞培養培地に血清アルブミンなどの血清由来成分を添加するのは,血清に存在する公知の種々の成分に加え,未知の成分が細胞の維持,成長に必要であるという技術背景がある。(必要ならば,「新生化学実験講座18 細胞培養技術」,(社)日本生化学会編,第1版,1990年発行,第40頁3・4・4 培養細胞に対する血清の作用の欄,特に第41頁下から3行から第42頁第1行の「このような作用の多様性のために,今日でも血清は細胞培養の最も重要な要素の一つとしての地位を保っているといえる。したがって,血清の作用をすべて置換するのは容易でなく無血清培地の開発が進んでも,当分は血清の必要性は,たとえば,少量の透析血清の添加という形でつづくものと思われる。」など参照のこと。)
また,本件優先日より後の2008年発行の「バイオ応用技術の最前線 安価な新規増殖促進因子を用いた動物細胞の培養技術,2008年,ケミカル・エンジニアリング,第53巻,第11号,第844から849頁」には,「一般に,細胞培養のための培地には,グルコースやアミノ酸,無機塩といった低分子基質だけでなく,いわゆる成長因子を含んだタンパク質の添加が不可欠である。これら目的で加えられるタンパク質には,ウシ血清アルブミンを始め,インスリンやトランスフェリン,サイトカイン類など多種多様なものが利用されており,細胞の由来する臓器/組織によっても依存性が異なる。さらに,これら既知因子だけでなく未知の因子も細胞培養には重要であり,不純物をほとんど含まない組み替え体ではなく,血清から抽出された活性因子が利用されることもしばしばで,この場合には血清を添加した培養で生じる人畜共通感染症の懸念が払拭できない。一方で,血清や哺乳動物由来因子を全く含まない「ケミカルデファインド」な無血清培地では細胞の増殖能が劣る,あるいは様々なストレスが誘因となって細胞死滅が生じやすい,といった問題点がある。・・・すなわち,無血清培地にはまだまだ改善の余地が残されている。」(第845頁右欄「2.無血清培地とは」の欄第1から21行)と記載されているように,本件出願後においてすら,血清の機能を再現する目的で,血清を血清由来成分を含まない他の物質で置換することは困難であった。
そして,血清アルブミンについて,アルブミンはタンパク質それ自体が細胞増殖活性を有するというよりは,記載事項(甲5-14)にもあるように,アルブミンが様々な分子との結合部位を有することで,担体として働くものであり,このことは無血清培地において,担体物質として血清アルブミンを添加することが技術常識であることからも伺える。(必要ならば,「新生化学実験講座18 細胞培養技術」,(社)日本生化学会編,第1版,1990年発行,第35頁i)の欄」参照のこと。)そして,血清アルブミン自体でなく,血清アルブミンの夾雑物中の成分が胚成長に寄与する可能性があることも記載事項(甲1-1),(甲1-2)及び(甲1-3)に記載されている。

クエン酸塩の機能については,甲第1号証に「クエン酸塩がウサギ胚盤胞の成長を刺激する方法にはいくつかの可能性がある。クエン酸塩あるいはイソクエン酸塩により脂肪酸の合成が大きく活性化される。クエン酸塩がアセチルCoAカルボキシラーゼのアロステリック活性化剤であり,脂肪酸合成の制御において中心的役割をする(略)。・・・クエン酸塩が金属イオンをキレートする活性はよく知られている。・・・クエン酸塩がCa^(2+)キレーターとして働き,上皮のタイトジャンクションを開くのかもしれない。それにより細胞間の溶質輸送の短絡経路が活性化される(略)。・・・このようにしてクエン酸塩はCa^(2+)あるいはFe^(3+)の輸送の促進に関与し得る。」(甲第1号証第478頁下から10行から第479頁第1行)と記載されているように,キレート剤やアロステリック活性化剤としての機能が予測されているものの,クエン酸塩がどのような機構で胚細胞の成長活性化に働くか,どのように作用することでチャコール処理したBSAに活性を付与するのか,などのメカニズムは甲第1号証に開示されていない。

ここで,甲第1号証において示されたのは,夾雑物を含むチャコール処理BSAにクエン酸塩を添加したところ胚栄養活性が見られたことだけであり,クエン酸塩の作用機構も上記のように不明である。そして,血清由来の夾雑物が細胞の維持に重要であること,アルブミン自体は細胞の成長に関与しないことが上記のように技術常識であるから,血清由来の夾雑物が含まれない血清アルブミンとクエン酸塩のみで,甲第1号証に記載の胚細胞を活性化するという効果を奏することを当業者が理解するとはいえない。
したがって,甲第1号証において,クエン酸塩とともに使用している,夾雑物を含むチャコール処理BSAを,血清由来夾雑物を含まないrHAに置換することに当業者が容易に想到し得るとはいえず,また,クエン酸塩とrHAが所望の活性を再現できることは予測できない。
そして,例えば本件明細書の実施例8の表9において,rHA単独では胚盤胞の細胞数がBSAと比較して低下したのに対し,クエン酸塩共存下ではBSAと同程度の細胞数を示したことが示されているので,本件発明1が予想に反して所望の効果を奏することが示されているといえる。

よって,本件発明1は,甲第1号証に記載された発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)請求人の無効理由1に関わる主張

請求人は,本件発明1の無効理由1について,概略以下のように主張している。

(5)-1 審判請求書における無効理由1に関わる主張の概要

請求人は審判請求書において,本件特許優先日当時の技術常識を以下の3(1)ないし(4)(なお,原文においては「3」は丸付き数字の3で記載されている。以下同様。)のように認定し(以下,「技術常識3(1)」などという。),該技術常識3(1)ないし(4)を甲第1号証に適用することで本件発明1は容易であることを以下アのように主張している。また,効果が顕著なものとはいえないことについて以下イのように主張している。

技術常識3(1)
本件特許の出願当時,哺乳動物の胚細胞(ヒト胚)のための培養培地に関する技術分野において,BSAとHSAとが代替可能であったことは,「ヒト血清アルブミン(HSA)とウシ血清アルブミン(BSA)は共に,ヒト胚の培養に成功裏に用いられている」(甲4-4)から理解されるとおりである。

技術常識3(2)
本件特許の出願当時,哺乳動物(ヒト)の胚細胞のための培養培地に関する技術分野において,他の種(ヒト以外の種)由来の血清アルブミンよりも,ヒト由来の血清アルブミン,すなわちHSAを用いることが望まれていたことは,「HSAの使用は,HIV,肝炎などに対する適切なスクリーニングを必要とするが,ヒト補助生殖技術(ART)において動物産物の使用は積極的に避けるべきである」(甲4-4)および「体外受精およびその後の胚培養に関して,HSAは安全で効果的な血清の代替物である(Holst et al., 1990; Khan et al., 1991)。BSAは前記手法に,または卵子吸引用の採取液(rinsing fluids)に用いるべきでないことに留意すべきである;BSAに対するアレルギー反応が複数回生じている(Moneret-Vautrin et al., 1991; Gamboa et al., 1992)」(甲10-1)から理解されるとおりである。

技術常識3(3)
本件特許の出願当時,血漿由来のHSAと組換えヒトアルブミン/rHSA/rHAとが,同一または実質同一のポリペプチドまたはタンパク質であるとされていたことは,記載事項(甲11-1)および記載事項(甲11-2)から理解されるとおりである。

技術常識3(4)
本件特許の出願当時,哺乳動物細胞のための培養培地に関する技術分野において,特にヒトの胚細胞のための培養培地に関する技術分野において,ウイルス汚染や品質の変動といった問題があった血漿由来の血清アルブミン(BSAまたはHSA)よりも,培養条件の標準化または再現性および安全性の確保の観点から,組換えヒトアルブミン/rHA/rHSAが好ましいと考えられていたことは,哺乳動物細胞のための培養培地に関する技術分野に関して,記載事項(甲5-3),(甲12-1),および(甲12-4),ヒトの胚細胞のための培養培地に関する技術分野に関して,記載事項(甲4-5),および(甲13-2)から理解されるとおりである。

ア 本件特許の出願当時,哺乳動物の胚細胞の培養培地に関する技術分野において,ヒト血清アルブミン/HSAは,ウシ血清アルブミン/BSAと代替可能に哺乳動物の胚細胞培養に用いられ(技術常識3(1)),特にヒトの胚細胞培養においてはウシ血清アルブミン/BSAを用いるよりもヒト血清アルブミン/HSAが好ましいとされていた(技術常識3(2))。
組換えヒトアルブミン/rHAは,ヒト血清アルブミン/HSAと同じ構造を有し(技術常識3(3)),再現性および安全性の観点からウシ血清アルブミン/BSAまたはヒト血清アルブミン/HSAよりも好ましいと考えられていた(技術常識3(4))。
従って,本件特許の出願当時,甲第1号証に記載のウシ血清アルブミン/BSAおよびクエン酸塩を含むサプリメントにおいて,該ウシ血清アルブミン/BSAに換えて組換えヒトアルブミン/rHAを用い,組換えヒトアルブミンおよびクエン酸塩を含むサプリメントとすることは,当業者がその通常の創作能力の範囲内で適宜変更し得る程度のものであり,かかる構成を採用する上で困難性はないというべきである。
かくして,本件特許発明1は,甲第1号証から当業者が容易に想到し得たものである。

イ 本件特許発明の効果1は,「rHAを含む培地サプリメントにクエン酸(塩)を加えることによって,rHAにHSAまたはウシ血清アルブミン(BSA)の性質をきっちりと再現させることが可能である」(本件明細書段落[0011])ことと認められる。
甲第12号証第13頁第1行から第5行には,「本発明の培養用培地に,品質の一定な遺伝子操作により得られたヒト血清アルブミン(rHSA)を使用することにより,血清含有培地及び/または血漿由来HSAを含有してなる従来の無血清培地を使用した場合と同等の細胞増殖及び生理活性物質産生性等の効果を維持し,且つ培地の品質の安定化,培養の再現性の確保が可能となった。」と記載されている。
甲第12号証は,哺乳動物細胞のための培養培地の技術分野に関すると認められるから,本件特許の出願当時,哺乳動物細胞のための培養培地に関する技術分野において,ヒト血清アルブミン/HSAに換えて,品質の一定な組換えヒトアルブミン/rHA/rHSAを用いることで,血清含有培地及び/または血漿由来HSAを含有してなる従来の無血清培地を使用した場合と同等の細胞増殖及び生理活性物質産生性等の効果を維持し,且つ培地の品質の安定化,培養の再現性の確保が可能となることは,自明の効果であったと理解される。

(5)-2 請求人口頭審理陳述要領書における無効理由1に関わる主張の概要

審理事項通知書において「血漿由来の血清アルブミンを用いることなく,組換えヒトアルブミンを哺乳動物細胞,特にヒト胚細胞のための培養培地として実際に使用できたことを示す文献等を,可能であれば提示されたい。」と要請したのに対し,請求人は公知例1ないし4(公知例4は甲第12号証と同一である。)を提出し,請求人口頭審理陳述要領書において以下ウからクのように主張している。

ウ 公知例1から4は血漿由来の血清アルブミンを用いることなく組換えヒトアルブミンが哺乳動物細胞のための培養培地として実際に使用できたことを示す。

エ 被請求人答弁書の「(4-1)技術常識3(1)について」に対する主張
エ-1 記載表現としての“代替可能”に関して
被請求人は,甲第4号証の記載を挙げたうえで(記載事項(甲4-4)),該記載中に表現上“代替可能”との文言がないことを問題視しているが,甲第4号証の記載事項(甲4-4)の“HSAとBSAとが,ヒト胚の培養に成功裏に用いられている”との技術的内容は明白であり,HSAとBSAとを同一適用対象・用途(ヒト胚の培養)に関して特段区別することなく併記していることからもその適用対象・用途に関する代替可能性は明らかである。本件特許の出願当時(優先日当時),HSAとBSAとがヒト胚のための培養培地に関して代替可能と考えられていたことを裏付ける文献として公知例6を提出する。本件特許の出願当時(優先日当時),哺乳動物の胚細胞(ヒト胚)のための培養培地に関する技術分野において,BSAとHSAとが代替可能と考えられていたとの技術常識3(1)は,公知例6によっても裏付けられるものである。

エ-2 クエン酸塩との関係でBSAをHSAに置換できない等の特段の事情に関して
被請求人の「当該相違点を埋めるためには,より具体的に,例えば,培地中のクエン酸塩との相互作用等について両者が代替可能であることが示されなければならないはずである。HSAとBSAとでは互いに異なる構造を有するのであるから,当該相違にかかわらず,両者のクエン酸塩との相互作用は同一であるとする具体的な証拠が提出されない限り,クエン酸塩との関係において置換可能であるとは認められないものである。」との主張は,クエン酸塩との関係で,BSAをHSAに置き換えることができない等の特段の事情,例えば,クエン酸塩存在下ではHSAはその機能を損なうことが技術常識であった等の事情があればさておき,そのような特段の事情がない限り,無効理由1,2の反論として失当である。そして,そのような特段の事情は審判事件答弁書には示されておらず,また,本件特許の出願当時(優先日当時)に公知ないし周知であったとも認められない。
ここで,請求人は,本件特許の出願当時(優先日当時),上記のような特段の事情が当該分野に存在しなかったことの例証として,市販のHSAがBSAと同様にクエン酸塩を含有していることを示す公知例7を提出する。公知例7は,市販のHSAとBSAとを比較・検討し,HSAが,BSAと同様にクエン酸塩を混入物として含有していることを示している。BSAとHSAが共に哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地のサプリメントとして用い得ることは技術常識であるから,公知例7の開示内容に照らし,HSAがクエン酸塩存在下でその機能を損なう等の特段の事情が,本件特許の出願当時(優先日当時)に実験事実として存在したとは認められない。
また,哺乳動物細胞の培養培地のサプリメントとしてHSA,BSAおよびrHAとを比較・検討した甲第5号証が,アルブミンの結合部位に鑑みて,rHAの活性に関与する因子としてクエン酸塩を挙げていることからも(記載事項(甲5-13)),本件特許の出願当時(優先日当時)に,ヒト由来のアルブミンがクエン酸塩の存在下でその機能を損なうと考えられていたとの特段の事情もなかったと認められる。

オ 被請求人答弁書の「(4-2)技術常識3(2)について」に対する主張
オ-1 本件特許発明の培養対象は「ヒト」を含むことに関して
被請求人の「技術常識3(2)は哺乳動物(ヒト)の胚細胞培養においては他の種(ヒト以外の腫)由来の血清アルブミンよりもHSAを用いることが望まれていたというものであるが,該主張は本件特許発明の進歩性を論じるうえで無意味である。本件特許発明は培養対象を「ヒト」に限定していない。ウサギを培養対象とする甲第1号証においてBSAをHSAに置換する動機づけにならない。」との主張について,本件特許発明の培養対象は,「ヒト」を含む哺乳動物であるから,「ヒト」を含む哺乳動物の配偶子または胚細胞をその培養対象とする本件特許発明が,“哺乳動物(ヒト)の胚細胞のための培養培地に関する技術分野”に属することは明白である。
従って,本件特許発明の進歩性を検討するにあたって,当該技術分野の技術常識3(2)を採用することが,「本件特許発明の進歩性を論じるうえでは無意味である。」とする被請求人の主張は,失当である。

オ-2 技術常識3(2)の認定の誤りに関して
被請求人は,「むしろ,本件実施例1から10は培養対象を「マウス」または「ウシ」としたものであるが,アルブミンとしては「ヒト」アルブミンを使用しているのである。もし,当該技術常識3(2)に従うのであれば,甲第1号証の培養対象を「マウス」または「ウシ」に変更した場合,アルブミンとして「マウス」または「ウシ」に由来する製品を使用するように動機づけられるというべきであり,当該アルブミンとして「ヒト」アルブミンを採用するための阻害要因にすらなり得る」と主張するが,技術常識3(2)は,ヒトの胚細胞のための培養培地には,他の種(ヒト以外の種)由来の血清アルブミンよりも,ヒト由来の血清アルブミンを用いることが望まれていたことを示すものであって(尚,このような要求は,対象がヒトであることに鑑みれば,当然のことである),ヒト以外の動物種に関して培養対象の起源(動物種)にあわせて,アルブミンの起源(動物種)を揃えることを示すものではない。
このように,上記被請求人の主張は,技術常識3(2)の誤った認識に基づくものであり,失当である。

カ 被請求人答弁書の「(4-3)技術常識3(3)について」及び「(4-4)技術常識3(4)について」に対する主張
被請求人の「哺乳類胚培養において,血清由来アルブミンを組換えアルブミンに単に置換するだけでは,所望の性質を再現することはできないという厳然たる事実に対する考慮を全く欠くものである。」又は「繰り返すが,胚培養における血清由来アルブミンを単に組換えアルブミンに置換しただけでは,血清由来アルブミンから得られる効果を再現することは不可能なのである。」との主張について,平成24年10月22日付けの審理事項通知書でも指摘されているところであるが,被請求人が主張する「厳然たる事実」は証拠に基づかない主張であり,本件特許の出願当時(優先日当時)の技術常識と認められない。
従って,かかる証拠に基づかない主張はその主張自体失当である。

キ 被請求人答弁書の「第3 無効理由1について」に対する主張
被請求人の「rHAの技術上の問題点の解決は,HSAから離れて,一から検討,考察しなければならなかったものである。したがって,基本的に,HSAあるいはBSAに基づく従来技術は,本件特許発明の進歩性を判断する上で参考となるものではないというべきである。」との主張の根拠は示されておらず,自論の域を出ない主張である。仮に,かかる被請求人の主張の根拠が,「天然HSAと組換えrHAのペプチド構造が同一だとしても,そっくりそのまま置き換えることはできないという厳然たる事実」(審判事件答弁書,第30頁下から10行から下から9行)に基づくものであっても,かかる「厳然たる事実」の根拠は示されておらず,やはり,被請求人の上記主張は自論の域を出ないものである。万が一,そのような「厳然たる事実」が技術常識であったことを示す具体的な根拠が示された場合であっても,HSAと同一の技術分野にかかるサプリメントであるrHAを含むサプリメントを,同一の目的で使用するにあたっての技術的な課題を検討,考察しようとする際に,HSAから離れて一から検討,考察しなければならなかったとする論理は,依然として不明である。

ク 被請求人答弁書の「第1 本件特許発明について」及び「第10 本件特許発明が奏する効果について」に対する主張
被請求人の「実施例6では,同じくマウス受精卵培養において,最初の48時間,後の48時間または全期間におけるクエン酸塩添加効果を確認したものである(表7)。」との主張について,表7の表記を善解してみたところで,どのカラムがrHAおよびクエン酸添加を含むカラムであるか又は含まないカラムであるのかが不明であり,本件特許発明の効果を確認することは困難である。従って,当業者であっても,表7の記載から,本件特許発明の効果を認識することはできないものである。

(5)-3 請求人上申書2における無効理由1に関わる主張の概要

請求人は,請求人上申書2において以下ケからシのように主張している。

ケ 請求人は,被請求人が平成24年12月25日に提出した上申書に添付された乙第13号証の成立は認めない。

コ 被請求人の主張する「厳然たる事実」の内容に対する主張
コ-1 技術背景6に関して
被請求人の主張する技術背景6には,(i)本件明細書(特に,実施例7および実施例8)を参酌して,“厳然たる事実”(「本件特許の優先日当時において,哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地のためのサプリメントにおいて,血清由来アルブミンをrHAに単に置換するだけでは所望の性質を再現することはできなかった。」)が実験的に証明されている旨を主張するもの,(ii)被請求人陳述要領書で新たに提出された乙第6号証に基づいて,“厳然たる事実”が世界中の研究者に知られていたことを主張するもの,(iii)技術背景1および2の存在下,rHAを哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地において実際に使用できたことを示す文献が存在しないことが(技術背景3),“厳然たる事実”の極めて強力な間接的証拠であると主張するもの,が記載されていると認められる。

コ-1-(i) (i)に関して
rHAは,血清由来アルブミンの所望の性質を再現できたものである。本件明細書の実施例1の段落[0034]で「少なくとも1.25から2.5mg/mlの濃度で,培養中に胚を発生させるために,HSAをrHAで置き換えることができた」と明記されている。したがって,実施例1の結果・結論を無視ないし否定して,血清由来アルブミンを本件rHAに単に置換するだけでは所望の性質を再現できないと当業者は理解したとする,被請求人の主張は成立しない。
被請求人の実施例7および8に基づく主張は,実施例7(段落[0053]表8)および実施例8(段落[0057]表9)で示される本件rHAの培養成績が,BSAの培養成績と比較した場合に劣ることから,単なるrHAへの置換では所望の性質を再現できないことが実験的に証明されているとするものである(被請求人陳述要領書,第4頁から第5頁)。
しかしながら,当業者であれば,実施例7および8に用いられた本件rHA(5mg/ml)の培養成績は,個々の評価基準(例えば,培養生物種,評価時点,評価項目等)によっては多少のばらつきがあるものの,総じて所望の性質が再現できるものと正しく把握できる。実施例1の結果および結論を無視ないし否定して,加えて,実施例7から把握される本件rHAの評価時点でのばらつきを無視して,「血清由来のアルブミンをrHAに単に置換するだけで,所望の性質を再現することができない」と理解されるような事項でない。

コ-1-(ii) (ii)に関して
被請求人は,「ガードナー博士による宣言書においても,当該事項が事実でありかつ哺乳動物の配偶子および胚培養の分野における世界中の研究者に知られていたことが宣言されている(記載事項(乙6-2))。」(技術背景6)と主張するが,かかる主張の根拠となる乙第6号証の宣言者は,本件特許の発明者(利害関係人)である。その記載内容は,客観的な証拠に基づくものではなく,利害関係人の主観的な意見の表明に過ぎないものである。すなわち,本件特許の出願当時(優先日当時)の技術常識を示す客観的な内容でない。

コ-2 (iii)の技術背景6の根拠である技術背景1から3に関して
被請求人は,技術背景6において,「技術背景1および2の存在下で,rHAを哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地において実際に使用できたことを示す文献が存在しないこと」(技術背景3)が,厳然たる事実(単純な置換では所望の性質を再現することはできなかったこと)の極めて強力な間接的証拠であると新たに主張する。請求人は,被請求人が主張する技術背景1,つまり,本件特許の出願当時,哺乳動物細胞,特にヒトの胚細胞のための培養培地サプリメントとして,ウイルス汚染や品質の変動といった問題があった血清由来製品(BSAまたはHSA)よりも,培養条件の標準化または再現性および安全性の確保の観点から,組換えヒトアルブミン/rHAに置換したいという強い願望/動機づけが存在していたことには同意するが,技術背景2,3及び技術背景1ないし3から導かれる技術背景6については以下のように反論する。

コ-2-(i)被請求人の主張する技術背景2に関して
被請求人上申書において,被請求人は,技術背景2として「rHA自体は本件特許の優先日より前において既に入手可能であった」と主張し,rHAに置換したいという課題があり(技術背景1),入手可能であったのに(技術背景2),rHAを哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地において実際に使用できたことを示す文献が存在しないこと(技術背景3)が,厳然たる事実(単純な置換では所望の性質を再現することはできなかった)の極めて強力な間接的証拠であると主張する。被請求人の主張する技術背景2は,1996年に提出され,1997年に出版された甲第5号証の記載「組換えヒトアルブミン(ロットGA91006)は,デルタ・バイオテクノロジー,ノッティンガム,英国より入手した」(記載事項(甲5-4))に基づき,少なくとも1996年において,rHAは既に市販品として容易に入手可能だったというものである。
請求人上申書1で提出した参考資料1から3について,本件特許の優先日前の1999年11月30日に頒布された刊行物である参考資料1(日経バイオ年鑑2000,第393頁から第395頁)には,
「97年10月に世界で初めて製造承認申請を行った吉富製薬(旧ミドリ十字)の組換えアルブミン製剤「アルブレック」は,順調に審査が進めば2000年秋にも,発売される見込みだ。認可されれば,血液由来の製剤を代替するものになるだろう。」(第394頁,左欄,第5行から第10行)と記載され,組換えアルブミン製剤は,医薬製剤に関するから,参考資料1は,医薬製剤の技術分野に関する。
医薬製剤の技術分野と,哺乳動物細胞(例えば,体細胞,胚細胞および配偶子)の培養培地のためのサプリメントに関する技術分野とは,一見すると,相違するように思われる。しかしながら,医薬製剤としてのrHAは,哺乳動物細胞(体細胞,胚細胞および配偶子)の培養培地のためのサプリメントとして用いられるものである。実際に,医薬製剤としてのrHAが,哺乳動物の体細胞の培養培地のためのサプリメントとして用いられていたことは,例えば,請求人口頭審理陳述要領書に添付して提出した公知例1で用いられたrHAの登録商標および寄贈元から理解できる。すなわち,公知例1は,組換えヒトアルブミンを哺乳動物の体細胞のための培養培地として実際に使用できたことを示す文献であり,公知例1で用いられたrHAに関して,記載事項(甲1-4)より,公知例1で用いられたrHAは,デルタバイオテクノロジー社から寄贈されたものである。デルタバイオテクノロジー社のrHA(Recombumin)が,医薬製剤分野にかかる組換えアルブミン製剤として開発中のものであることは,参考資料1,第394頁,表中,最後の項目に,「提携・組織名」として,英国デルタバイオテクノロジー(Delta Biotechnology)社が記載され,その「対象・物質名」として組換えヒトアルブミン「Recombumin」と記載され,さらに,「開発段階」・「概要」にそれぞれ,「フェーズI」・「対象は天然のアルブミン製剤と同一」と記載されることから理解される。
このように,医薬製剤分野にかかる組換えヒトアルブミン製剤は,哺乳動物細胞(例えば,体細胞)の培養培地のためのサプリメントとして用いられることが客観的に裏付けられる。したがって,組換えヒトアルブミンに関しては,医薬製剤分野と,哺乳動物細胞の培養培地のためのサプリメントに関する技術分野とが密接に関連することが認められる。
被請求人が,rHAが1996年には市販品として容易に入手可能であったと主張する根拠は,甲第5号証で用いられたrHAの記載「組換えヒトアルブミン(ロットGA91006)は,デルタ・バイオテクノロジー,ノッティンガム,英国より入手した」(記載事項(甲5-4))である。
一方で,参考資料1,第394頁,左欄,第5行から第10行の記載「97年10月に世界で初めて製造承認申請を行った吉富製薬(旧ミドリ十字)の組換えアルブミン製剤「アルブレック」は・・・」と記載されている。すなわち,1997年10月以前には,世界のどこにも組換えヒトアルブミン製剤の製造承認は申請されていない。
したがって,哺乳動物細胞,特に胚細胞および配偶子の培養培地のサプリメントとして使用され得る組換えヒトアルブミン製剤は,1996年に市販されていなかったことが客観的に認められる。
参考資料1,第394頁,左欄第5行から第10行に記載されたように,世界で初めて製造承認申請が行われた組換えアルブミン製剤「アルブレック」であっても,その市販時期は少なくとも2000年秋以降である。参考資料3を参酌すると,組換えヒトアルブミン製剤の市販時期は2002年である。
哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地のためのサプリメントとして用い得る組換えヒトアルブミンは,少なくとも1996年当時,また,本件特許の出願当時(優先日当時),市販されておらず,入手することは容易ではなかった。したがって,被請求人の主張する技術背景2は客観的に成立しない。

コ-2-(ii)技術背景3に関して
上記コ-2-(i)の欄において主張したように,技術背景2(本件特許の優先日より4年も前において,当業者はrHAを容易に入手することが可能だった)が成立せず,組換えアルブミン製剤の市販時期に鑑みれば,当業者は,本件特許の出願当時(優先日当時),哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地のためのサプリメントとして用い得るrHAは容易に入手できる状況ではなかったのであるから,rHAを哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地において実際に使用できたことを示す文献が存在しないこと(技術背景3)は不思議なことではない。

コ-2-(iii)技術背景6の“厳然たる事実”の極めて強力な間接的証拠が成立しないことに関して
上記のように,被請求人上申書において主張されている技術背景2は成立しないものであり(コ-2-(i)),技術背景3(rHAを哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地において実際に使用できたことを示す文献が存在しないこと)も,本件特許の出願当時(優先日当時)のrHAは市販状況に鑑みれば特に不思議なことではない(コ-2-(ii))から,技術背景3が,被請求人が主張するように単純な置換では所望の性質を再現することはできなかったこと(技術背景6)を示す極めて強力な間接的証拠とはならない。

コ-2-(iv)乙第6号証(翻訳文)で示される市販時期との関係に関して
記載事項(乙6-1)には,「この組換えヒトアルブミンそのものは,2000年には市販されており,したがって容易に入手可能であった。」と記載されているが,かかる内容は,客観的な証拠に基づかないものである。したがって,被請求人の主張する技術背景2および/または3を補強できるような客観的な証拠ではない。

サ 技術背景4および5に関して
被請求人は,「本件特許の優先日当時において,哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地のためのサプリメントにおいて,血清由来アルブミンをrHAに単に置換するだけでは所望の性質を再現することはできないと考えられていた」(技術背景5)が,それは,技術背景4(血清由来製品には哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養に影響を与え得る夾雑物が存在していたという事実)から論理的に帰結される客観的な事実であると主張する。
技術背景5で示される「血清由来アルブミンをrHAに単に置換するだけでは所望の性質を再現することはできないと考えられていた」は,つまるところ,技術背景4から導かれる“懸念”である。すなわち,被請求人が主張する,「血清由来アルブミンを,単にrHAに置き換えただけでは所望の性質を再現することができなった“厳然たる事実”」は,再現することができなかったデータを示す証拠によって何ら裏付けておらず,“厳然たる事実”を間接的な証拠として裏付けるとする技術背景6も,成立しない。結局,技術背景5は,技術背景4(血清由来製品には哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養に影響を与え得る夾雑物が存在していたという事実)から導かれる“懸念”であって,証拠により裏付けられた“事実”とは一線を画するものである。

シ 技術背景7に関して
被請求人は,技術背景7として「真にヒト組換えアルブミンと組合せたときに血清由来アルブミンの性質をきっちりと再現できるものとして「クエン酸塩」を特定することが決して容易とはいえなかった」と主張するが,仮に,本件明細書で用いられたrHAが,血清由来のアルブミンを単に置換するだけで所望の性質を再現できないものであり,アルブミンの可能な刺激因子の組み合わせを複数試行したうえで,「クエン酸塩」のみが,血清由来のアルブミンの性質をきっちりと再現できることが確認されたのであれば格別,本件明細書において,そのような刺激因子群を比較検討した記載は一切なく,まして,本件明細書で用いられた本件rHAは,上記のとおり,単に置換するだけで血清由来のアルブミンの所望の性質を再現できたものである。
したがって,被請求人が技術背景7で示した,rHAにクエン酸塩を組合せた技術的意義は,本件明細書から客観的に把握される事項に基づかないものである。
本件特許発明においてrHAにクエン酸塩を組合せたことの技術的意義は,少なくとも被請求人が主張する技術背景7ではなく,血清由来のアルブミンを単に置換するだけで所望の性質を再現できるrHAに対して,当該分野で他の促進的な影響のあるものとしてのクエン酸塩を組合せたことであると客観的に把握される。
技術背景7は,本件明細書から客観的に把握される,本件特許発明における技術的意義と符号しないものである。かくして,被請求人の技術背景7における主張「真にヒト組換えアルブミンと組合せたときに血清由来アルブミンの性質をきっちりと再現できるものとして「クエン酸塩」を特定することが決して容易とはいえなかった」は,本件明細書から客観的に把握される本件特許発明の技術的意義に基づかないものであり,失当である。

(6)請求人の無効理由1に関わる主張についての判断

技術常識3(1)について
本件特許の出願当時,哺乳動物の胚細胞(ヒト胚)のための培養培地に関する技術分野において,BSAとHSAとが代替可能であったこと自体は技術常識であったと認める。

技術常識3(2)について
本件特許の出願当時,ヒトの胚細胞のための培養培地に関する技術分野において,ヒト以外の種由来の血清アルブミンよりも,ヒト由来の血清アルブミン,すなわちHSAを用いることが望まれていたことは認める。

技術常識3(3)について
血漿由来HSAとrHAの純粋な物質としてのタンパク質自体の構造に相違がないことは記載事項(甲11-1)及び(甲11-2)のとおりである。

技術常識3(4)について
安定性及び安全性の観点からHSAでなくrHAを用いることが望ましいことは課題として認識されていたことは認める。

アについて
BSAやHSAには夾雑物が含まれ,該夾雑物が細胞の維持,成長活性に寄与していることが知られているから(記載事項(甲1-2),(甲5-1),(甲12-1)),技術常識3(1)のように,BSAとHSAの代替可能性があるからといって,BSAを,血清由来の夾雑物を全く含まないrHAに置換することが容易とはいえない。
また,血漿由来のHSAには夾雑物が含まれており(記載事項(甲5-1),(甲12-1),(公7-2)),夾雑物の有無により活性が異なることも知られているから,夾雑物を含めた組成物としてはHSAとrHAとの間に相違があることは技術常識である。また,細胞培養に用いた場合に,夾雑物を有するHSAと夾雑物を有さないrHAの効果が同じであることを示すものではない。
そして,アルブミン自体は担体として機能するだけで細胞の維持,成長活性がなく,夾雑物が活性に寄与することが知られているから,技術常識3(2)のようにHSAを用いることが望まれており,技術常識3(3)のように血漿由来HSAとrHAのタンパク質自体の構造に相違がなく,技術常識3(4)のようにHSAをrHAに置換するという課題があったとしても,甲第1号証に記載のBSAと代替可能である夾雑物を含むHSAを夾雑物を含まないrHAに単純に置換することを当業者が容易に想到し得ないことは上記(4)の欄に記載したとおりである。

イについて
甲第12号証の結果は特定の体細胞をrHAを含む特定の成分の培地で培養した結果に過ぎない。そして,細胞培養培地に血清アルブミンなどの血清由来成分を添加するのは,血清に存在する公知の種々の成分に加え,未知の成分が細胞の維持,成長に必要であるという技術背景があることを考慮すると,血清由来アルブミンをrHAに単純に置換した場合に所望の性質を再現できることは予想できなかったから(このことは,rHAを用いて実際に胚細胞を培養することができたことを示す文献を請求人が提出できなかったことからも伺える。),BSAとは異なり血清に含まれる種々の夾雑物を含まないrHAにクエン酸塩のみを添加することで所望の性質を再現できたことは当業者が予想できない効果である。
そして,本件明細書の実施例において得られた結果にばらつきはあるものの,rHA及びクエン酸塩を用いることでBSA及びHSAと同等,あるいは,より培養効率が上がることが示されており,該結果は当業者が予測できない顕著な効果といえる。

ウについて
公知例1には,体細胞であるオポッサム腎細胞の培養にrHAを使用したことが記載され,公知例2には,rHAの添加が体細胞であるHUVECをアポトーシスから保護したことが記載されている。公知例3には,rHAがラット皮膚移植片培養において内皮細胞のアポトーシスを抑制したことが示され,公知例4(甲第12号証)には,rHAを含む培地中でヒト腎細胞を培養したところ,プロUKの産生がもたらされたことが示されている。
ここで,公知例2及び3に示されたのは,rHAの体細胞に対するアポトーシスの抑制効果であるから,rHAを培養に用いることとは関連がなく,仮に体細胞の培養に使用できることが示されているとしても,公知例1から4には,体細胞の培養にrHAを用いることが示されているにとどまり,胚細胞の培養にrHAが使用できることは示されていない。
そして,体細胞培養と胚細胞培養とでは,技術分野が異なることは記載事項(甲16-2),(甲16-5)にも記載されており,培養に用いる培地や培養条件が異なるから(必要ならば,本件出願後の文献である「臨床婦人科産科,2008,Vol.62,No.7,p.956-961,特に第956頁左欄第1から6行の「ヒト胚は,以前は体細胞培養用に開発された培養液や,平衡塩類,栄養素と患者血清からなる培養液を用いて培養されていた。しかし,前者は胚培養用に設計されたものではなく,構成成分の一部が胚発育に悪影響を及ぼすことが明らかにされた。」など参照のこと),体細胞培養における知見を胚細胞培養に適用できるものではない。

エ-1について
公知例6には,BSAとHSAの両方が有意差無くヒト胚の培養培地に使用可能であること自体は示されているが,BSA及びHSAはともに夾雑物を含んでおり,BSAとHSAが代替可能であるからといって,BSAを,血清由来の夾雑物を全く含まないrHAに置換することを当業者が容易に想到し得るとはいえないことは上記アについての欄に記載したとおりである。

エ-2について
公知例7には,市販のHSAが脂肪酸,乳酸塩,ピルビン酸に加えてクエン酸塩を含むことが記載されており,このことは,請求人の主張するようにクエン酸塩存在下でHSAが機能を損なわないことを示すものではあるが,だからといって,血清由来の夾雑物を含むHSAを夾雑物を含まないrHAに置換することが容易とはいえないことは上記アについての欄に記載したとおりである。

オ-1,2について
本件発明1において,胚細胞にはヒト由来の胚細胞も包含され,ヒトの胚細胞の培養培地においてHSAを用いることが望まれていたことは上記技術常識3(2)のとおりであるが,HSAを用いる動機づけがあるとしても,夾雑物を含むHSAを夾雑物を含まないrHAに単純に置換することは当業者が容易に想到し得るとはいえないことは上記アについての欄に記載したとおりである。

カ,キについて
血清由来アルブミンを組換えアルブミンに単に置換するだけでは,所望の性質を再現することはできないという「厳然たる事実」について,HSAとrHAは血清由来の夾雑物の有無において相違するから,血清由来アルブミンをrHAに単に置換するだけでは所望の性質を再現できないと予想されることは,上記アについての欄に記載したとおりであって,単純に置換可能とはいえない。
また,このことは,本願出願後の2007年7月13日に出願され,2009年1月29日に公開になった公開公報ではあるが,特開2009-17847号公報に「細胞培養分野においては,細胞の細胞増殖能の向上を目的として,細胞培養培地に血清アルブミンを添加することが慣行されている。しかしながら,添加する血清アルブミンは,通常,生体由来のものを選択するため,原材料にウイルスが存在すると,当該血清アルブミンを用いた細胞培養系にもウイルスが混入する虞がある。上述の細胞培養は,例えば,培養皮膚,培養骨,培養角膜,造血管細胞移植及び活性リンパ球療法などヒトの治療に利用する場合があり,当該ウイルスの混入はより大きな問題となる。係る事情を鑑みて,遺伝子操作により得られる組換え血清アルブミンを,従来の血清アルブミンと代替する試みがなされている(特許文献1から4参照)。しかしながら,組換え血清アルブミンを含む培地を以て細胞を培養しても,従来の血清アルブミンを用いた細胞増殖能と比較して,その細胞増殖能が下がるという問題があった。」(段落【0002】から【0005】)と記載されていることからも,組換えアルブミンに単に置換するだけでは,所望の性質を再現することはできなかったことが伺える。

クについて
本件明細書の段落【0048】の記載をみれば,表7における処理「-/-」とした行は,最初の48時間および次の48時間の何れにおいてもクエン酸塩を添加しなかった処理群を,「+/-」とした行は,最初の48時間においてはクエン酸塩を添加したものの次の48時間ではクエン酸塩を添加しなかった処理群を,「-/+」とした行は,逆に,最初の48時間においてはクエン酸塩を添加しなかったものの次の48時間ではクエン酸塩を添加した処理群を,そして,「+/+」とした行は,最初の48時間および次の48時間の何れにおいてもクエン酸塩を添加した処理群を表わすものであることは,容易に理解し得るものである。

ケについて
乙第13号証は,被請求人が口頭審理において用いた資料であり,それまでの被請求人の主張をまとめたもので新たな主張を含むものではない。
請求人の主張する「成立」とは,文書が,ある特定人の意思に基づいて作成されたこと(偽造でないこと)をいい,乙第13号証は,作成者である被請求人の意思に基づいて作成したものと認められるので,「成立」はしているものと認められる。
また,乙第13号証が成立しているか否かは本件発明1が容易に発明をすることができたかどうかの結論とは関係がない。

コ-1-(i)について
審理事項通知書において,請求人に対し「血漿由来の血清アルブミンを用いることなく,組換えヒトアルブミンを哺乳動物細胞,特にヒト胚細胞のための培養培地として実際に使用できたことを示す文献等を,可能であれば提示されたい。」と通知したのに対し,請求人は,rHAを動物胚細胞あるいはヒト胚細胞の培養に使用できたことを示す文献を提示しなかった。そして,血清アルブミンの単なるrHAへの置換が所望の性質を再現しないことに対する請求人の反論の根拠は本件明細書のみであるが,本件明細書の実施例7,8には,単にrHAに置換したときに所望の性質を再現できなかったことが示されているから,請求人の主張は失当である。

コ-1-(ii)について
乙第6号証の有無にかかわらず,本件優先日当時,甲第1号証に記載のBSAを夾雑物を含まないrHAに単純に置換することを当業者が容易に想到し得ないことは上記アについての欄に記載したとおりである。

コ-2-(i)から(iv)について
請求人が提出した参考資料の記載にあるように,製造承認申請を経て,2002年に市販されたのは,血液製剤レベルのrHAであり,乙第6号証の記載が客観的事実であるか否かにかかわらず,胚培養に用いるrHAは甲第5号証(1997年公表)や公知例1から3(それぞれ1999年,1996年,1999年公表)において使用されていることから,少なくとも本願優先日の2000年にはrHAを入手しようとすれば入手できたものと認定できる。

サについて
本件明細書の実施例7,8には,単にrHAに置換したときに所望の性質を再現できなかったことが示されている。そして,請求人が主張するように「血清由来アルブミンをrHAに単に置換するだけでは所望の性質を再現することはできないと考えられていた」ことが単なる「懸念」であれば,胚細胞の培養において用いる血清アルブミンをrHAに置換しようという強い動機づけがあるのだから,rHAを用いて胚細胞を培養した文献が存在するはずであるにもかかわらず,審理事項通知書において,請求人に対し「血漿由来の血清アルブミンを用いることなく,組換えヒトアルブミンを哺乳動物細胞,特にヒト胚細胞のための培養培地として実際に使用できたことを示す文献等を,可能であれば提示されたい。」と通知したのに対し,請求人は,rHAを動物胚細胞あるいはヒト胚細胞の培養に使用できたことを示す文献を提示しなかった。このことからも,単なる「懸念」であるという請求人の主張は採用できない。

シについて
技術背景7はさておき,甲第1号証において,チャコール処理BSAをrHAに置換できないことは上記アについての欄に記載したとおりであって,rHAとクエン酸塩の組み合わせは,各甲号証及び公知例のいずれにも記載されておらず,これらを組み合わせる動機づけがない。

以上のとおりであるから,請求人の上記主張はいずれも採用することができない。

(7) 小括(無効理由1について)

したがって,本件発明1は,甲第1号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。

2 請求人が主張する無効理由2について
2-1 本件発明1について
(1)無効理由

本件無効審判において,請求人は,本件発明1は,甲第1及び第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。

(2)甲第2号証に記載された事項

甲第2号証は,哺乳動物の胚細胞のための培養培地,特に該培養培地のためのサプリメントの技術分野に関すると認められ,記載事項(甲2-1)には,哺乳動物の胚培養培地に対するアルブミン・サプリメントとして組換えアルブミン(rHA)を使用するのが望ましいとの記載がある。

(3)本件発明1と甲第1号証に記載された発明との対比・進歩性の判断

本件発明1と甲第1号証に記載された発明とを比較すると,前記1の1-1(3)の欄に記載したように,両者は,哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地のためのアルブミンおよびクエン酸塩を含むサプリメントであって,該サプリメントを含む培養培地で培養した配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメント,である点で一致し,クエン酸塩とともに用いるアルブミンが,本件発明1においては,rHAであって,該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含まないのに対し,甲第1号証においては,チャコール処理したBSAである点で相違する。

上記相違点について検討する。
甲第2号証には,上記(2)のように,哺乳動物の胚培養培地に対するアルブミン・サプリメントとして組換えアルブミンが有望であるとの一般的記載はあるが,血清由来の成分を含まない組換えアルブミンが非組換えアルブミンの代わりに実際に使用可能であったことは示されていない。
そして,前記1の1-1(4)において記載したように,血清における夾雑物が細胞の維持,成長活性に寄与することが技術常識であったこと,甲第2号証には,rHAを用いるにあたり,夾雑物の役割を補完する具体的手段が記載されていないことから,甲第1号証においてクエン酸塩とともに用いる,夾雑物を含むチャコール処理BSAにかえて夾雑物を含まないrHAを用いることは当業者が容易に想到し得ない。
よって,本件発明1は,甲第1及び第2号証に記載された発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)請求人の無効理由2に関わる主張
請求人は,本件発明1の無効理由2について,概略以下のように主張している。

(4)-1 審判請求書における無効理由2に関わる主張の概要

請求人は,本件発明1の無効理由2について,審判請求書において,記載事項(甲2-1)から本件特許優先日当時の技術常識を4(1)(なお,原文においては「4」は丸付き数字の4で記載されている。以下同様。)と認定し(以下,「技術常識4」という。),該技術常識4すなわち甲第2号証の記載を甲第1号証に適用することで本件発明1は容易であることを以下アのように主張している。

技術常識4
本件特許の出願当時,哺乳動物の胚細胞のための培養培地,特に該培養培地のためのサプリメントに関する技術分野において,組換えヒトアルブミン/rHAが,哺乳動物の胚培養培地に対するサプリメントとして有望であったとの教示があったと認められる。

ア 本件特許の出願当時,哺乳動物の胚細胞のための培養培地,特に該培養培地のためのサプリメントに関する技術分野において,組換えヒトアルブミン/rHAが,哺乳動物の胚培養培地に対するサプリメントとして有望であったとの教示があったと認められる(技術常識4)。そうすると,かかる教示のもと,甲第1号証に記載のウシ血清アルブミン/BSAおよびクエン酸塩を含むサプリメントにおいて,組換えヒトアルブミン/rHAを用いることによる安全性および再現性の確保を期待して(技術常識3(4)),該“ウシ血清アルブミン/BSA”に換えて甲第2号証に記載の組換えヒトアルブミン/rHAを用い,組換えヒトアルブミンおよびクエン酸塩を含むサプリメントとすることに強い動機づけがあったといえ,本件特許発明1の構成を採用することは,当業者には当然のことであったという外ない。

(4)-2 請求人上申書2における無効理由2に関わる主張の概要

請求人は,請求人上申書2において,以下イ,さらにイ-1及びイ-2のように主張している。

イ 甲第2号証の記載「rHAが哺乳動物の胚培養培地に対するアルブミンサプリメントとして有望な供給源であることを示している」(記載事項(甲2-1))は,本件特許の出願当時(優先日当時),rHAさえ入手できれば,当業者に哺乳動物の胚細胞の培養培地の有望なサプリメントとして用い得るとの合理的な成功の期待をいだかせるものである。

イ-1 “懸念”の内容に関して
被請求人の主張する,技術背景5「血清由来アルブミンをrHAに単に置換するだけでは所望の性質を再現することはできないと考えられていた」は,技術背景4(血清由来製品には哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養に影響を与え得る夾雑物が存在していたという事実)から導かれる“懸念”である。「血清由来のアルブミンをrHAに単に置換するだけでは所望の性質を再現することはできないと考えられていた」という“懸念”は,客観的な証拠(例えば,データが記載された文献等)で裏付けられていないからその内容を客観的に把握することはできない。しかしながら,“懸念”の内容としては,(a)アルブミンサプリメントを含まない基礎培地での培養成績よりも劣る場合,(b)劣らないにしても所望の性質を再現できない場合,(c)所望の性質を再現できる場合,あるいは,(d)所望の性質以上の培養成績を奏する場合,の4つが合理的に想定される。懸念(a)及び(b)については異論はないであろうから,場合(c)および場合(d)が,技術背景4から合理的に推定されるとする理由を以下に述べる。
記載事項(甲1-7)は,チャコール処理したBSAでさえ毒素が残留していることを示している。同様の内容が,本件明細書,段落[0002]第4行から第7行「これらの血清系培地サプリメントが,・・・魅力的ではない候補である主な理由の1つは,・・・体液中に見出される不純物,毒素および感染因子によって汚染される可能性があるためである。」に記載されている。
すなわち,血清由来アルブミンは,胚成長因子/栄養因子と考えられた夾雑物だけではなく,不純物,毒素および感染因子などの夾雑物も含み得るものである。
したがって,血清由来の夾雑物,例えば毒素を含まないことが合理的に推定されるrHAを用いた場合に,血清由来アルブミンでの培養成績と比べて,(c)所望の性質を再現できる場合および(d)それ以上の培養成績を奏する場合は,技術背景4(血清由来製品には哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養に影響を与え得る夾雑物が存在していたという事実)から合理的に推認される。

イ-2 “懸念”と甲第2号証の教示との関係に関して
甲第2号証の記載「rHAが哺乳動物の胚培養培地に対するアルブミンサプリメントとして有望な供給源であることを示している」に触れた当業者がいだく合理的な成功の期待は,少なくとも上記の懸念(a)を払拭するのに十分である。なぜならば,甲第2号証には,「有望な供給源」と明記されており,その程度は不明であるとしても,「有望な供給源」との記載をみた当業者が,基礎培地での培養成績よりも劣るサプリメントであると解する合理的な理由は見出せないからである。

(5)請求人の無効理由2に関わる主張についての判断

ア,イについて
甲第2号証には,組換えアルブミンが哺乳動物の胚培養培地に対するサプリメントとして有望であるとの教示があったと認められるものの,血清由来の夾雑物を含まないrHAを用いて胚細胞を培養できたことは具体的に示されておらず,前記1の1-1(4)において記載したように,夾雑物が培養に必須であると考えられていたところ,甲第1号証に記載のクエン酸塩とともに用いる夾雑物を含むチャコール処理BSAを夾雑物を含まないrHAに置き換えることは当業者が想到し得るとはいえない。

イ-1について
毒素に限らず,血清由来成分には汚染物質など不要な夾雑物が含まれ得ることは既に周知であり,rHAに置き換えたいという動機づけが存在したことは事実である。
ここで,毒素については,記載事項(甲1-7)の「幾つかのBSAバッチが毒性であったためかも知れない」との記載は,そもそも毒素が存在するかもしれないと単に推定しているだけであり,チャコール処理したBSAに残留している毒素が培養成績を下げるほどの毒性を有していたことは記載されていない。そして,毒素を含まず血清由来の夾雑物も含まないrHAが,毒素を含む可能性のあるBSAと比較して,同様,あるいはそれ以上の培養成績を有するとまでは推認できない。

イ-2について
甲第2号証の「有望」との記載は,組換え型で産生されたアルブミンが動物原料からの夾雑物がない点で有望であることにとどまり,前記1の1-1(4)において記載した夾雑物の有用性を補完する具体的な解決方法は示していない。

以上のとおりであるから,請求人の上記主張はいずれも採用することができない。

(6) 小括(無効理由2について)

したがって,本件発明1は,甲第1及び第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。

3 請求人が主張する無効理由3について
3-1 本件発明1について
(1)無効理由

本件無効審判において,請求人は,本件発明1は,甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。

(2)甲第3号証に記載された事項

記載事項(甲7-1)より,甲第3号証は,本件優先日前の2000年1月に発行された刊行物であり,甲第3号証は,記載事項(甲3-1)より,哺乳動物(ヒト)の胚細胞のための培養培地の技術分野に関すると認められ,胚細胞の培養に用いる2つの培地,P1(Preimplantation 1)およびG1(Growth1)が記載されている。P1には,クエン酸塩,およびSSSが補充されており(記載事項(甲3-2)参照),SSSは合成血清代替物であること(記載事項(甲3-2)参照)が記載されている。
また,「合成血清代替物(SSS)」については,甲第4号証に「84%HSAおよび16%α-およびβ-グロブリン,1%未満のγ-グロブリンを含有するSSS」と記載されている(記載事項(甲4-4))。
よって,甲第3号証には,哺乳動物の胚細胞の培養に用いるP1が,HSAおよびクエン酸塩を含むことが記載されていると認められる。

(3)本件発明1と甲第3号証に記載された事項との対比

甲第3号証には,配偶子の培養については記載されていないが,胚細胞と配偶子が同様に培養されることは本件優先日当時,周知の技術的事項であった上,本件明細書においても両者の培養方法は区別されていないから,甲第3号証に記載のヒト胚培養培地は配偶子の培養においても当然に用いられるものと認められる。
ここで,本件発明1と甲第3号証に記載された発明とを比較すると,両者は,哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地に関する発明である点で一致するが,以下の点で相違する。

ア 培地に含まれるアルブミンが,本件発明1においては,rHAであるのに対し,甲第3号証においては,HSAである点。

イ 本件発明1には,rHAおよびクエン酸塩を含むサプリメントであって,該サプリメントを含む培養培地で培養した配偶子または胚細胞の生存能力を高め,さらに該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含まないサプリメントが記載されているのに対し,甲第3号証においては,培地がHSAおよびクエン酸塩を含むだけであって,これらの組み合わせが配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメントとして記載されていない点。

(4)本件発明1と甲第3号証に記載された事項との相違点に係る進歩性の判断

上記相違点について検討する。
相違点アについて,HSAにも血清由来の夾雑物が含まれているから(記載事項(甲12-1)),甲第3号証に記載の血清由来アルブミンを夾雑物を含まないrHAに単純に置換することは,前記1の1-1(4)において記載したように動機づけがない。

相違点イについて,P1にHSA及びクエン酸塩が,たまたま含まれているものの,甲第3号証においてクエン酸塩をHSAと組み合わせて,配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメントとして用いるという思想は記載されておらず,クエン酸塩の意義についても言及されていないから,クエン酸塩とrHAとを組み合わせてサプリメントとする動機づけはない。
仮にHSAとクエン酸塩を組み合わせたサプリメントが記載されていたと仮定しても,前記1の1-1(4)に記載したように,rHAがHSAの機能を単純に再現できないという技術常識が存在し,甲第3号証には,クエン酸塩が,HSAをrHAに置換した場合にrHAに欠けている性質を補完する機能を有することの示唆もないから,HSA及びクエン酸塩を含むサプリメントのHSAをrHAに置換することは当業者が容易に想到し得たとはいえない。

よって,本件発明1は,甲第3号証に記載された発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)請求人の無効理由3に関わる主張

請求人は,本件発明1の無効理由3について,概略以下のように主張している。

(5)-1 審判請求書における無効理由3に関わる主張の概要

請求人は審判請求書において以下アのように主張している。

ア 本件特許発明1の構成と甲第3号証に記載された発明の構成は,哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地のための,アルブミンおよびクエン酸塩を含むサプリメントであって,該サプリメントを含む培養培地で培養した配偶子または胚細胞の生存能力を高める点で一致すると認められる。
しかしながら,両者は,該サプリメントに含まれるアルブミンが,本件特許発明1ではrHAであるのに対し,甲第3号証に記載の発明ではHSAである点で相違し,かかる相違に付随して,本件特許発明1では,さらに該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含ないサプリメントであるのに対し,甲第3号証に記載の発明では,さらに該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含むサプリメントである点で相違すると認められる。
本件特許の出願当時,組換えヒトアルブミン/rHAは,ヒト血清アルブミン/HSAと同じ構造を有し(技術常識3(3)),哺乳動物細胞の培養培地に関する技術分野において,再現性および安全性の観点からウシ血清アルブミン/BSAまたはヒト血清アルブミン/HSAよりも好ましいと考えられていた(技術常識3(4))。
従って,本件特許の出願当時,甲第3号証に記載のHSAおよびクエン酸塩を含むサプリメントにおいて,該HSAに換えてrHAを用い,rHAおよびクエン酸塩を含むサプリメントとすることは(付随して,該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含まないこととなる),当業者がその創作能力の範囲内で適宜変更し得る程度のものであり,かかる構成を採用する上で困難性はないというべきである。

(5)-2 請求人口頭審理陳述要領書における無効理由3に関わる主張の概要

請求人は口頭審理陳述要領書において以下イ及びウのように主張している。
イ 本件特許発明1の構成B「配偶子または胚細胞の生存能力を高める」は効果に関する規定である。そして,被請求人の審判事件答弁書での主張(例えば審判事件答弁書,第37頁)により明らかになったことであるが,かかる構成Bの効果に関する規定は,rHAおよびクエン酸塩を含むサプリメントにより奏される効果を表したに過ぎないものである。そうすると,本件特許発明1の構成B「配偶子または胚細胞の生存能力を高める」は,本件特許発明に係るサプリメントを“もの”として何ら規定するものではない。
すなわち,本件特許発明の無効理由を検討するにあたって,構成Bの検討は,本件特許発明において,サプリメントがrHAおよびクエン酸塩を含むこと検討することで足りるものである。

ウ 被請求人の反論における誤りに関して
ウ-1 被請求人は,構成Bで規定される効果の意味するところとして,本件明細書0008段落を参照したうえで(審判事件答弁書,第37頁第1行から第10行),その効果が「本件明細書の実施例8において実証されたものである。実施例8では,rHAとクエン酸塩の組合せを添加した場合に,rHAを単独で添加した場合に比べて胚細胞の生存能力が高まったこと(胚盤胞の細胞数および内部細胞塊数が増大したこと)が確認されている。」と主張する(審判事件答弁書,第37頁第13行から第17行)。
しかしながら,これは被請求人が本件明細書0008段落に基づいて主張した構成Bの定義に反する。即ち,被請求人は,構成Bに関して本件明細書0008段落の記載「本発明のサプリメントを含む培地中で培養すると,サプリメントを含まない同じ培地で培養するのと比べて,・・・胚の全体的な生存能力が高まること,を含むのとして定義する」としているにも関わらず,本件特許発明のrHAおよびクエン酸塩を含むサプリメントを含有する培地での培養成績と,rHA(もしくはBSA)を含む培地での培養成績と比較している。
本件特許発明にかかるサプリメントが“クエン酸塩”の場合には,被請求人の比較の仕方でも本件明細書0008段落の記載と整合するものであるが,本件特許発明にかかるサプリメントは,クエン酸塩およびrHAを含むものである。従って,被請求人の当該主張は,請求項の記載に基づかないものである。

ウ-2 被請求人は,甲第3号証の記載(記載事項(甲3-1))を挙げたうえで,「甲第3号証には,クエン酸塩を含有するP1培地が,クエン酸塩を含有しないG1培地と同様に用いられてきたと教示されているのであり,少なくとも,P1培地がG1培地と比べて配偶子または胚細胞の生存能力を「高める」ことが記載されていないことは明らかである。」と主張する(審判事件答弁書,第38頁第11行から第15行)。
かかる主張において,被請求人は,P1培地とG1培地とを比較しているが,被請求人が明らかにした構成Bの定義に従えば,クエン酸塩およびHSA(SSS)を含むサプリメントが補充されているP1培地と,かかるサプリメントが補充されていない同じ培地とを比較すべきであり,クエン酸塩以外に培地組成の異なるG1培地と比較することは,被請求人が明らかにした構成Bの定義に反する。

ウ-3 被請求人は,「P1培地においては何故クエン酸塩が添加されているのであろうか?」と疑問を呈し(審判事件答弁書,第39頁第18行から第19行),「すなわち,P1培地おけるクエン酸塩はキレート剤として機能することが期待されていたのである。」と主張する(審判事件答弁書,第39頁第22行から第23行)。しかし,本件特許発明においても,クエン酸塩の添加目的は,「クエン酸(塩)を加えることは,培養した細胞物質の成長に対して他の促進的な影響がある。」(本件特許明細書,段落[0011]第6行から第7行)と記載されるのみであり,本件特許発明において,クエン酸塩がrHAと相互作用を介して一体的な関係により効果が奏される等の関係は,本件明細書の開示内容を参酌しても,明らかではない。
仮に,被請求人が主張するように,「P1培地におけるクエン酸塩はキレート剤として機能することが期待されていた」としても,甲第3号証で示されるクエン酸塩およびHSA(SSS)を含むP1培地において胚細胞または配偶子を培養した際に該クエン酸塩がキレート剤として作用し,結果的に,胚細胞または配偶子の生存能力が高まったとしても,結局のところ,甲第3号証に記載の“クエン酸塩およびrHAを含むサプリメント”は,基礎培地に対して,胚細胞および配偶子の培養における培養成績の向上を期待して添加された哺乳動物の胚細胞または配偶子の培養培地のためのサプリメントであることに変わりはない。

(5)-3 請求人上申書2における無効理由3に関わる主張の概要

請求人は,請求人上申書2において以下エ及びオのように主張している。

エ 本件特許発明の技術的意義を正しく把握すれば,本件特許発明の容易相当性を検討するうえでの出発点は,“他の促進的な影響のあるものとして当該分野で用いられていた試薬としてのクエン酸塩および血清由来のアルブミンを含むサプリメント”であって,クエン酸塩の技術的な意義は,あくまでも,なんらかの意味において他の促進的な影響があるものとして当該分野で用いられていたクエン酸塩である。そして,甲第3号証に記載される「P1」培地にサプリメントとして用いられているクエン酸塩は,シンプル培地に対してなんらかの他の促進的な影響があるものとして添加されたものと合理的に理解される。なぜならば,シンプル培地に対して,胚細胞の培養成績に負の影響を与えるものをあえて添加すべき合理的な理由は見出せないからである。

オ 本件特許発明は,被請求人が主張する技術背景7「真にヒト組換えアルブミンと組合せたときに・・・きっちりと再現できるものとして「クエン酸塩」を特定することが決して容易とはいえなかった」ではなく,所望の性質を再現できるrHAに対して,他の促進的な影響のあるクエン酸塩を組合せたものである(本件明細書段落[0011])。
したがって,被請求人の「P1培地にクエン酸塩が含まれていることを奇貨としてHSAからrHAに置換しさえすれば本件発明と同一の構成になるという後知恵である」との主張は,本件明細書から客観的に把握される本件特許発明の技術的意義に基づかないものであり,失当である。

(6)請求人の無効理由3に関わる主張についての判断

アについて
甲第3号証には,培地にHSA及びクエン酸塩が含まれていることが記載されているだけであって,クエン酸塩の機能が不明であるから,HSA及びクエン酸塩を含む,配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメントが記載されているわけではない。
仮に記載されていると仮定しても,HSAをrHAに単純に置換できないことは上記(4)についての欄に記載したとおりである。

イ,ウ-1,ウ-2,ウ-3について
サプリメントの効果について検討するまでもなく,甲第3号証に記載のHSAをrHAに単純に置換できないことは前記1の1-1(4)において記載したのと同様であり,rHAとともに用いることでrHAに血清アルブミンの効果を再現させるものとして,P1中の一成分であるクエン酸塩を選択する動機づけはないから,rHAとクエン酸塩を含むサプリメントとする構成が容易とはいえない。

エについて
甲第3号証には,クエン酸塩の機能についての特段の記載はなく,P1の培地成分の中から,クエン酸塩とrHAを選択して配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメントとする動機づけはない。

オについて
rHAが所望の性質を再現できることについて,請求人が主張する根拠は,本件明細書の結果のみであり,そもそも細胞培養培地に血清アルブミンなどの血清由来成分を添加するのは,血清に存在する公知の種々の成分に加え,未知の成分が細胞の維持,成長に必要であったという技術背景,及び,前記1の1-1(6)のカ,キについての欄に記載したように,本願出願後に公開になった特開2009-17847号公報の「組換え血清アルブミンを含む培地を以て細胞を培養しても,従来の血清アルブミンを用いた細胞増殖能と比較して,その細胞増殖能が下がるという問題があった。」(段落【0005】)との記載からも,rHAが所望の性質を再現できることが本件優先日前に当業者に自明であった客観的事実とはいえない。そして,rHAとクエン酸塩を組み合わせる動機づけがないのはエについての欄に記載したのと同様である。

以上のとおりであるから,請求人の上記主張はいずれも採用することができない。

(7) 小括(無効理由3について)

したがって,本件発明1は,甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。

4 請求人が主張する無効理由4について
4-1 本件発明1について
(1)無効理由

本件無効審判において,請求人は,本件発明1は,甲第3及び第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。

(2)甲第2号証に記載された事項

前記2の2-1(2)に記載したのと同様である。

(3)本件発明1と甲第3号証に記載された事項との対比・進歩性の判断

本件発明1と甲第3号証に記載された発明とを比較すると,両者は,哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地に関する発明である点で一致するが,以下の点で相違する。

ア 培地に含まれるアルブミンが,本件発明1においては,rHAであるのに対し,甲第3号証においては,HSAである点。

イ 本件発明1には,rHAおよびクエン酸塩を含むサプリメントであって,該サプリメントを含む培養培地で培養した配偶子または胚細胞の生存能力を高め,さらに該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含まないサプリメントが記載されているのに対し,甲第3号証においては,培地がHSAおよびクエン酸塩を含むだけであって,これらの組み合わせが配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメントとして記載されていない点。

上記相違点について検討する。
相違点アについて,甲第2号証には,哺乳動物の胚培養培地に対するアルブミン・サプリメントとして組換えアルブミンが有望であるとの一般的記載はあるが,血清由来の成分を含まない組換えアルブミンが非組換えアルブミンの代わりに実際に使用可能であったことは示されていない。
そして,前記1の1-1(4)において記載したように,血清における夾雑物が細胞の維持,成長活性に寄与することが技術常識であったこと,甲第2号証には,rHAを用いるにあたり,夾雑物の役割を補完する具体的手段が記載されていないことから,甲第3号証における夾雑物を含むHSAにかえて夾雑物を含まないrHAを用いることは当業者が容易に想到し得たとはいえない。

相違点イについて,前記3の3-1(4)に記載したのと同様に,P1にHSA及びクエン酸塩が,たまたま含まれているものの,甲第3号証においてクエン酸塩をHSAと組み合わせて,配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメントとして用いるという思想は記載されておらず,クエン酸塩の意義についても言及されていないから,クエン酸塩とrHAとを組み合わせてサプリメントとする動機づけはない。
仮にHSAとクエン酸塩を組み合わせたサプリメントが記載されていたと仮定しても,前記1の1-1(4)に記載したように,rHAがHSAの機能を単純に再現できないという技術常識が存在し,甲第3号証には,クエン酸塩が,HSAをrHAに置換した場合にrHAに欠けている性質を補完する機能を有することの示唆もないから,HSA及びクエン酸塩を含むサプリメントのHSAをrHAに置換することは当業者が容易に想到し得たとはいえない。

よって,本件発明1は,甲第3及び第2号証に記載された発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)請求人の無効理由4に関わる主張

請求人は,本件発明1の無効理由4について,概略以下のように主張している。

(4)-1 審判請求書における無効理由4に関わる主張の概要

ア 本件特許の出願当時,哺乳動物の胚細胞のための培養培地,特に該培養培地のためのサプリメントに関する技術分野において,rHAが,哺乳動物の胚培養培地に対するサプリメントとして有望であったとの教示があったと認められる(技術常識4)。そうすると,かかる教示のもと,甲第3号証に記載のHSAおよびクエン酸塩を含むサプリメントにおいて,rHAを用いることによる安全性および再現性の確保を期待して(技術常識3(4)),該HSAに換えて甲第2号証に記載のrHAを用い,rHAおよびクエン酸塩を含むサプリメントとすること(付随して,該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含まないこととなる)に強い動機づけがあったといえ,本件特許発明1の構成を採用することは,当業者には当然のことであったという外ない。
従って,本件特許発明1は,甲第3号証および甲第2号証から当業者が容易に想到し得たものである。

(4)-2 請求人上申書2における無効理由4に関わる主張の概要

イ 甲第2号証の教示は,被請求人が主張するような「望ましい」という願望を超えるものではないとされるものではなく,技術背景4から導かれる“懸念”のうち,少なくとも懸念(a)「アルブミンサプリメントを含まない基礎培地での培養成績よりも劣るのではないか」を払拭するには十分な合理的な成功の期待を抱かせるものである。
そうすると,甲第2号証の教示に触れた当業者であれば,“動機づけ”のもとで,甲第3号証に記載された“クエン酸塩およびHSAを含むサプリメント”において,HSAを,本願特許の出願当時(優先日当時)rHAを入手可能であった一部の研究者が置換することは容易であったとの結論が導かれる。

(5)請求人の無効理由4に関わる主張についての判断

ア,イについて
甲第2号証の「有望」との記載は,組換え型で産生されたアルブミンが動物原料からの夾雑物がない点で有望であることにとどまり, 前記1の1-1(4)において記載した夾雑物の有用性を補完する具体的な解決方法は示していない。そして,本件出願後においても「組換え血清アルブミンを含む培地を以て細胞を培養しても,従来の血清アルブミンを用いた細胞増殖能と比較して,その細胞増殖能が下がるという問題」(特開2009-17847号公報の段落【0005】)が知られていた以上,HSAをrHAに置換することが容易であったとはいえない。

以上のとおりであるから,請求人の上記主張はいずれも採用することができない。

(6) 小括(無効理由4について)

したがって,本件発明1は,甲第3及び第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。

5 請求人が主張する無効理由5及び6について
5-1 本件発明1について
(1)無効理由

本件無効審判において,請求人は,本件発明1は,甲第4号証あるいは甲第4及び第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張する。

(2)甲第4号証及び甲第2号証に記載された事項

記載事項(甲8-1)より,甲第4号証は,本件優先日前の1999年に発行された刊行物であり,甲第4号証には,胚培養に用いられた培養培地の組成,特に,P1の組成が示されており(記載事項(甲4-1),(甲4-2)),P1培地が,シンプル塩溶液に,クエン酸塩および合成血清代替物を添加したものであることが示されている(記載事項(甲4-3))。
ここで,「合成血清代替物(synthetic serum substrate)」は,「84%HSAおよび16%α-およびβ-グロブリン,1%未満のγ-グロブリンを含有するSSS」と記載され(記載事項(甲4-4)),合成血清代替物/SSSは,ヒト血清アルブミンを含む添加物であることが示されている。
したがって,甲第4号証には,哺乳動物の胚細胞の培養に用いるP1が,HSAおよびクエン酸塩を含むことが記載されていると認められる。

甲第2号証に記載された事項は,前記2の2-1(2)に記載したのと同様である。

(3)本件発明1と甲第4号証に記載された事項との対比及び進歩性の判断

甲第4号証には,配偶子の培養については記載されていないが,胚細胞と配偶子が同様に培養されることは本件優先日当時,周知の技術的事項であった上,本件明細書においても両者の培養方法は区別されていないから,甲第4号証に記載のヒト胚培養培地は配偶子の培養においても当然に用いられるものと認められる。
ここで,本件発明1と甲第4号証に記載された発明とを比較すると,両者は,哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地に関する発明である点で一致するが,以下の点で相違する。

ア 培地に含まれるアルブミンが,本件発明1においては,rHAであるのに対し,甲第4号証においては,HSAである点。

イ 本件発明1には,rHAおよびクエン酸塩を含むサプリメントであって,該サプリメントを含む培養培地で培養した配偶子または胚細胞の生存能力を高め,さらに該サプリメントおよび培養培地が非組換えヒトアルブミンを含まないサプリメントが記載されているのに対し,甲第4号証においては,培地がHSAおよびクエン酸塩を含むだけであって,これらの組み合わせが配偶子または胚細胞の生存能力を高めるサプリメントとして記載されていない点。

上記相違点について,前記3の3-1(4)に記載したのと同様の理由により,本件発明1は,甲第4号証に記載された発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

また,上記相違点について,甲第2号証を考慮しても,前記4の4-1(3)に記載したように,当業者が容易に想到し得たとはいえないから,本件発明1は,甲第4及び第2号証に記載された発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3) 請求人の無効理由5及び6に関わる主張

請求人は,本件発明1の無効理由5及び6について,概略以下のように主張している。

(3)-1 請求人口頭審理陳述要領書における無効理由5及び6に関わる主張の概要

ア クエン酸塩の機能に関して
被請求人は,甲第4号証において「P1培地におけるクエン酸塩はキレート剤として機能することを期待されていたのである。」とP1培地におけるクエン酸塩の機能を推定したうえで(審判事件答弁書,第49頁第9から10行),「甲第4号証で,このようなキレート剤の添加は初期胚培養においてこそ有用であるが,コンパクション後においてはむしろその後の発生に不利益をもたらすと教示されているのである(記載事項(甲4-6))」と主張を続けている(審判事件答弁書,第49頁第19行から第21行)。
しかしながら,被請求人の上記主張の根拠とされた甲第4号証の記載箇所は,「インビトロ発生におけるEDTAの有益な効果は,卵割期胚に隔離されてきた。コンパクション後の培地におけるEDTAの存在は,移植後の胎児発生を有意に減少させる。したがって,EDTAはコンパクション前の発生を刺激する一方,胚盤胞発生に対するEDTAの存在は後の胚発生能力を危険にさらすものであることは明らかである。」(記載事項(甲4-6))であり,明らかにEDTAに関する記載である。
また,本件特許の出願当時(優先日当時),哺乳動物の胚細胞および配偶子のための培養培地の技術分野において,クエン酸塩は,少なくとも“胚成長因子/胚栄養因子”(甲第1号証,甲第2号証(合議体注:甲第3号証の誤記か。)および甲第4号証),エネルギー源(炭素源)(記載事項(甲1-9)),キレート剤,pH調整剤として知られていた。
このように,哺乳動物の胚細胞および配偶子の培養培地の技術分野において,EDTAの機能がキレート剤として周知であったとしても,クエン酸塩については種々の機能が提言されており,キレート剤としてのクエン酸塩を直ちに認識できたものではない。
従って,甲第4号証の記載事項(甲4-6)にはクエン酸塩に関する言及はなく,あくまでEDTAがコンパクション後において胎児発生を有意に減少させることが記載さているに過ぎない。
かくして,本件特許の出願当時(優先日当時),当業者が,甲第4号証の上記記載をみたとしても,そこにキレート剤としてのクエン酸塩が記載されていると疑いもなく認識できたとは認められず,上記被請求人の主張は,甲第4号証の恣意的な解釈に基づくものである。

(4)請求人の無効理由5及び6に関わる主張についての判断

アについて
甲第4号証には,クエン酸塩の機能についての記載も,それがrHAの機能を補完することも記載されておらず,前記1の1-1(4)に記載したようなHSAの夾雑物の機能をクエン酸塩単独で補完できることは記載も示唆もないから,甲第4号証の記載から,HSAとクエン酸塩を含むサプリメントが記載されていると認めることはできない。

以上のとおりであるから,請求人の上記主張は採用することができない。

(5) 小括(無効理由5及び6について)

したがって,本件発明1は,甲第4号証あるいは甲第4号及び第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。

6 本件発明2及び3について

本件発明1を引用する本件発明2について,本件発明1と同様に,「組換えヒトアルブミンおよびクエン酸塩を含むサプリメント」を発明特定事項とするものであって,クエン酸塩の濃度を特定の範囲に限定したものであり,本件発明1をさらに減縮した発明であるから,前記1から5の欄に記載したように,本件発明1について当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない以上,本件発明2についても当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

本件発明1を引用する本件発明3についても,本件発明1をさらに減縮した発明であるから,同様に,当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

第7 むすび

以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件特許の請求項1ないし3に係る発明の特許を無効にすることはできない。

審判に関する費用については,特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第64条の規定により,その全てを請求人が負担するものとする。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-03-13 
結審通知日 2013-03-15 
審決日 2013-03-28 
出願番号 特願2002-502095(P2002-502095)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 ▲高▼ 美葉子  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 鈴木 恵理子
六笠 紀子
登録日 2008-10-17 
登録番号 特許第4202121号(P4202121)
発明の名称 哺乳動物の配偶子および胚の培養基サプリメント、およびその使用法  
代理人 佐藤 剛  
代理人 坂田 啓司  
代理人 松谷 道子  
代理人 青山 葆  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  

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