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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61L
審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 A61L
管理番号 1278788
審判番号 不服2011-5523  
総通号数 166 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-10-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-03-11 
確定日 2013-09-02 
事件の表示 特願2005- 54858「体着具およびその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 9月14日出願公開、特開2006-238937〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成17年2月28日の出願であって、平成22年7月14日付けの拒絶理由通知に応答して同年9月6日付けで意見書及び手続補正書が提出され、その後、同年9月30日付けの最後の拒絶理由通知に応答して同年11月19日付けで意見書が提出されたが、同年12月10日付けで拒絶査定がなされた。これに対し、平成23年3月11日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、その審判の請求と同時に手続補正がなされ、平成23年5月6日付けで手続補正書(方式)が提出されたものである。

2.平成23年3月11日の手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成23年3月11日の手続補正を却下する。

[理由]
(1)補正の概略
平成23年3月11日の手続補正(以下、「本件補正」という。)は、
特許請求の範囲について、
補正前(平成22年9月6日付け手続補正書参照)の
「【請求項1】
人体の内部又は外部に装着される体着具において、
チタン又はチタン合金からなる基体の表面を、炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を用いて当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理するか、炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理することにより、表面層の少なくとも一部を、炭素がTi-C結合の状態でドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる炭素ドープ酸化チタン層とした、ことを特徴とする体着具。
【請求項2】
炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層が炭素を0.3?15at%含有している、ことを特徴とする請求項1に記載の体着具。
【請求項3】
炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層と心材とで構成されており、該心材がチタン又はチタン合金である、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の体着具。
【請求項4】
炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層と中間層と心材とで構成されており、該中間層がチタン又はチタン合金であり、該心材がチタン及びチタン合金以外の材質で構成されている、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の体着具。
【請求項5】
表面層の炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層がTi-C結合を介してその下層のチタン又はチタン合金に結合されている、ことを特徴とする請求項1乃至4の何れか一項に記載の体着具。
【請求項6】
人体の内部又は外部に装着される体着具において、
表面層の少なくとも一部に、炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる微細柱が林立している層が露出している、ことを特徴とする体着具。」から、
補正後(審判の請求と同時に提出された手続補正書参照)の
「【請求項1】
人体の内部又は外部に装着される体着具において、
チタン又はチタン合金からなる基体の表面を、炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を用いて当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理するか、炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理することにより、表面層の少なくとも一部を、炭素がTi-C結合の状態でドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなり、ビッカース硬度が300以上である炭素ドープ酸化チタン層とした、ことを特徴とする体着具。
【請求項2】
炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層が炭素を0.3?15at%含有している、ことを特徴とする請求項1に記載の体着具。
【請求項3】
炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層と心材とで構成されており、該心材がチタン又はチタン合金である、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の体着具。
【請求項4】
炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層と中間層と心材とで構成されており、該中間層がチタン又はチタン合金であり、該心材がチタン及びチタン合金以外の材質で構成されている、ことを特徴とする請求項1又は2に記載の体着具。
【請求項5】
表面層の炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層がTi-C結合を介してその下層のチタン又はチタン合金からなる基体に結合されている、ことを特徴とする請求項1乃至4の何れか一項に記載の体着具。
【請求項6】
人体の内部又は外部に装着される体着具において、
表面層の少なくとも一部に、炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる微細柱が林立している層が露出している、ことを特徴とする体着具。
【請求項7】
人体の内部又は外部に装着される体着具の製造方法において、 チタン又はチタン合金からなる基体の表面を、炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を用いて当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理するか、炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理することにより、表面層の少なくとも一部を、炭素がTi-C結合の状態でドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる炭素ドープ酸化チタン層とする、ことを特徴とする体着具の製造方法。 【請求項8】
人体の内部又は外部に装着される体着具の製造方法において、 チタン又はチタン合金からなる基体の表面を、炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理するか、炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理することにより、表面層の少なくとも一部を、炭素がTi-C結合の状態でドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる炭素ドープ酸化チタン層とする、ことを特徴とする体着具の製造方法。
【請求項9】
炭素ドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層に炭素を0.3?15at%含有させる、ことを特徴とする請求項7又は8に記載の体着具の製造方法。」(下線は原文のとおり)
とする補正を含むものである。

そこで、本件補正の前後の特許請求の範囲の記載を対比すると、補正後の請求項1?6は、補正前の請求項1?6に対応するものであることが明らかであり、
(i)請求項1において、炭素ドープ酸化チタン層について「ビッカース硬度が300以上」であることを特定する
(ii)請求項5において、「その下層のチタン又はチタン合金に」を「その下層のチタン又はチタン合金からなる基体に」と補正する
(iii)請求項7?9の「体着具の製造方法」の発明を新たに追加する
との補正がされたものと認められる。

(2)本件補正の適否
本件補正は、拒絶査定不服審判を請求する場合において、その審判の請求と同時になされたものであって、特許法第17条の2第1項第4号の補正に該当する。そして、そのような補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされた同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前の特許法」ともいう。)第17条の2第4項第1号乃至第4号に掲げる事項(請求項の削除、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明)を目的とするものに限るとされている。

そこで、この点について検討すると、本件補正のうち、前記(iii)の請求項7?9を新たに追加する補正は、増項されたものであり、請求項の削除、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明のいずれの事項を目的とするものでもないことが明らかである。

よって、本件補正は、上記(iii)の補正事項以外の補正について検討するまでもなく、同法第17条の2第4項の各号に掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当せず、同法第17条の2第4項の規定に違反するものである。

(3)むすび
したがって、本件補正は、平成18年改正前の特許法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について
(1)本願発明
平成23年3月11日の手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の特許請求の範囲に記載された発明は、平成22年9月6付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定されたとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明は、次のとおりのものである。(以下、「本願発明」という。)

「人体の内部又は外部に装着される体着具において、
チタン又はチタン合金からなる基体の表面を、炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を用いて当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理するか、炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理することにより、表面層の少なくとも一部を、炭素がTi-C結合の状態でドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる炭素ドープ酸化チタン層とした、ことを特徴とする体着具。」

(2)引用例
本件出願日前である昭和60年5月24日に頒布され、原査定の拒絶の理由に引用された「特開昭60-92761号公報」(以下、「引用例1」という。)には、次の事項が記載されている。(下線は当審による。)

(1-a)「チタンを主成分とする金属体の表面に厚さtが150?5000Åの酸化チタンを主成分とするコート層を被着したことを特徴とする生体インプラント用金属部材。」(特許請求の範囲)

(1-b)「本発明は、上記のように生体インプラント部材の耐蝕性、親和性は該インプラント部材の有する表面状態に関係し、親和性でかつ緻密で均質な不溶性酸化皮膜を機械的に高強度のチタン合金の表面に形成することにより生体中において耐蝕性と親和性を有し、かつ高強度のインプラント部材を提供せんとするものである。」(2頁上左欄14?20行)である

(1-c)「このチタン合金の特性としてヤング率が11550kg/mm2であるのに対し、人骨のヤング率は1900kg/mm2であるため、骨とチタン合金によりなるインプラント部材との境界面における力学的強度差は比較的大きいきらいはあるけれども・・・、これら従来の材料に較べれば、より好ましい特性をもっている。」(2頁下右欄6?15行)

また、本件出願日前である平成16年に頒布され、原査定の拒絶の理由に引用された「古谷正裕,耐久性と触媒活性を向上させた可視光応答型光触媒『フレッシュグリーン』の開発,日本機械学会年次大会講演論文集,2004年,No.6,pp.311-312」(以下、「引用例2」という。)には、次の事項が記載されている。(下線は当審による。)

(2-a)「1.はじめに 抗菌、防臭、防汚効果が得られる光触媒製品は酸化チタン皮膜をスプレーコーティングやスピンコーティング等によって成膜したものが一般的である。しかしながら、これら皮膜は耐久性が乏しく、剥離や磨耗によって長期間の使用が困難である。また、光触媒を屋内で使用するためには、より長波長に応答することが望ましい。
皮膜耐久性に優れ、さらに長波長光に応答する酸化チタン皮膜を開発できれば、塗り直しが困難な場所や、紫外光強度が弱い室内での長期利用が可能になる。」(311頁左欄1?9行)

(2-b)「そこで、チタンをアセチレン燃焼雰囲気中で加熱・酸化処理する(以下、「アセチレン焼成」という)ことにより、カーボンドープ酸化チタン皮膜を作成し、可視光応答型光触媒(以下、「フレッシュグリーン」という)を開発した。」(311頁左欄10?13行)

(2-c)「2.試験方法 開発したフレッシュグリーンの耐久性、光応答性、消臭性能および防汚性能について、市販品の光触媒と比較しながら評価を行った。
《中略》
3.試験結果および考察 アセチレン焼成した皮膜構造を同定するため、SSI社S-Probe ESCAを用いてX線光電子分光分析(XPS)を実施した。図1にCls結合状態を示す。アセチレン焼成した被膜中には、結合エネルギー281.7eVにおいて高いピークが観察された。Ti-C金属結合の結合エネルギーが281.6eVであるので、フレッシュグリーン被膜にはTi-C金属結合としてドープされていると考えられる。
フレッシュグリーンと市販品について耐久性を測定した結果を図2?図4に示す。図2は、硬度を測定した結果であり、フレッシュグリーンは市販品よりも高硬度を有していることがわかる。同図よりビッカース硬度を求めた結果、市販品が約160、ニッケルめっきが500程度、硬質クロムめっきが1000程度であるのに対し、フレッシュグリーンは約1340と大きな値を示している。
図3は、スクラッチ試験の結果の一部であるが、同図よりフレッシュグリーンは、市販品よりも剥離が発生しにくいことがわかる。図4は、トライボ測定結果であり、フレッシュグリーンは市販品と比較すると、摩擦係数が小さく、かつ緩やかに上昇していることが確認される。このことから、フレッシュグリーンは耐摩耗性にも優れていることが確認される。
《中略》
フレッシュグリーンを1M硫酸および1M水酸化ナトリウム水溶液にそれぞれ一週間浸漬した後に被膜硬度、耐摩耗性および光電流密度を測定したが、いずれの試験においても、浸漬前後で結果に有為な差が認められず、高い薬品耐性を有することを確認した。」(311頁左欄17行?312頁右欄7行)

(2-d)「図5に、フレッシュグリーンと市販品について、以下の式で定義される光エネルギー変換効率を照射光波長に対して示す。
《中略》
同図に示すように、フレッシュグリーンTiO_(1.76)C_(0.24)の水分解効率は波長370nmでは約8%であり、350nm以下では10%を超えており、市販酸化チタン皮膜よりも優れた光エネルギー変換効率を示している。」(312頁右欄8?16行)

(3)対比
引用例1には、上記(1-a)?(1-b)の摘示の記載からみて、「チタンを主成分とする金属体の表面に酸化チタンを主成分とするコート層を被着した、生体インプラント用金属部材。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されている。

そこで、本願発明と引用発明を対比する。
(イ)引用発明の「生体インプラント」は、上記(1-c)からみて、骨の代わりに使用されるインプラントであると認められ、一方、本願発明の体着具は、本願明細書の発明の詳細な説明に「本発明は、義肢、人工関節などの人工骨、入れ歯などの人工歯、装身具など、人体の内部又は外部に装着される体着具(本明細書において、これらを「体着具」という)に関し」(本願明細書段落【0001】、下線は当審による。)と記載されて、人工関節及び入れ歯が「具体例」としても記載されていることから(本願明細書段落【0103】?【0110】、図20?21)、引用発明の「生体インプラント」は、「人工関節などの人工骨、入れ歯などの人工歯」の点において、本願発明の「人体の内部又は外部に装着される体着具」と一致する。
(ロ)引用発明の「チタンを主成分とする金属体」は、本願発明の「チタン又はチタン合金からなる基体」に相当するから、引用発明の「生体インプラント用金属部材」の「チタンを主成分とする金属体の表面」は、本願発明の「人体の内部又は外部に装着される体着具において、チタン又はチタン合金からなる基体の表面」に相当する。
(ハ)引用発明の「酸化チタンを主成分とする」は、本願発明の「酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる」に相当する。
(ニ)引用発明の「酸化チタンを主成分とするコート層」は、「チタンを主成分とする金属体の表面」に被着されたものであって、該金属体の表面に位置することが明らかであるところ、本願発明の「表面層の少なくとも一部」の「酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる」「層」も、「チタン又はチタン合金からなる基体の表面」に位置するものであるから、引用発明の「酸化チタンを主成分とするコート層」は、本願発明の「表面層の少なくとも一部」の「酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる」「層」に相当する。

そうすると、両発明は、
「人体の内部又は外部に装着される体着具である人工関節などの人工骨、入れ歯などの人工歯(生体インプラント)において、チタン又はチタン合金からなる基体の表面を、表面層の少なくとも一部を、酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層とした、体着具。」
の点で一致し、
本願発明は、「酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる層」が、「炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を用いて当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理するか、炭化水素を主成分とするガスの燃焼ガス雰囲気中で当該基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理することにより、炭素がTi-C結合の状態でドープされた酸化チタン又はチタン合金酸化物からなる炭素ドープ酸化チタン層とした」ものであるのに対し、引用発明は、「酸化チタンを主成分とするコート層を被着した」ものである点で、両発明は相違する(以下、「相違点」という。)。

(4)判断
前記相違点について検討する。
引用例1には、引用発明の酸化チタンを主成分とするコート層について、生体中において耐蝕性と親和性を有する皮膜であることが記載されているところ(上記(1-b))、生体インプラント用金属部材の表面に、生体中における耐蝕性や親和性に加えて、硬度や耐摩耗性が求められることは、当該技術分野における技術常識である(例えば、特開平4-200557公報の「チタン材は、上記したような優れた生体適合性、強度、耐蝕性、軽量性等の特性を有する反面、表面硬度が十分ではないために、表面が傷付き易くまた耐磨耗性にも劣るものであり、従ってこのようなチタン材により構成される生体用インプラント材料の使用寿命の低下、摩耗粉による問題等を生じるものであった。このようなチタン材よりなる生体用インプラント材料の表面硬度の問題に対処するために、種々の表面改質法が試みられている。」(2頁左上欄4?13行、下線は当審による。(以下、同様。))、特開昭63-38464号公報の「本発明は、耐食性、硬度、耐摩耗性等に優れた表面層を形成した生体用インプラント材料に関する。」(1頁左欄下から6?4行)を参照。)。
一方、引用例2には、チタンをアセチレン燃焼雰囲気中で加熱・酸化処理することにより、炭素がTi-C金属結合としてドープされ、ビッカース硬度が約1340であり、市販品と比較して、剥離が発生しにくく、摩擦係数が小さくて耐摩耗性に優れ、高い薬品耐性を有するカーボンドープ酸化チタン皮膜を作製したことが記載され(上記(2-b)、(2-c))、かつ、一般的な酸化チタン皮膜は耐久性が乏しく、剥離や摩耗によって長期間の使用が困難であるという課題の認識のもと、皮膜耐久性に優れ、さらに長波長光に応答する酸化チタン皮膜として前記カーボンドープ酸化チタン皮膜を作製したことも記載されている(上記(2-a))。
そうしてみると、生体インプラント用金属部材の表面における硬度や耐摩耗性の向上という上記周知の課題を考慮して、引用例1に記載された酸化チタン皮膜に代えて引用例2に記載された上記物性及び特性を有するカーボンドープ酸化チタン皮膜を採用することは、当業者が容易に為し得たことである。

なるほど、本願発明の炭素ドープ酸化チタン層は、炭化水素を主成分とするガスの燃焼炎を用い、または、該ガスの燃焼ガス雰囲気中、基体の表面温度が900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間だけ加熱処理して製造されるものであるのに対して、引用例2には、アセチレン燃焼雰囲気中での加熱・酸化処理の条件が記載されていない。
しかし、本願の発明の詳細な説明には、本願発明の加熱処理で製造された炭素ドープ酸化チタン層に関し、アセチレン炎を用い、厚さ0.3mmのチタン板をその表面温度が約1100℃となるように5秒加熱処理することにより形成した実施例1の皮膜は、炭素がTi-C結合の状態でドープされ、蛍光X線分析装置で求めた炭素含有量が8at%、該炭素含有量に基づいて仮定した分子構造がTiO_(1.76)C_(0.24)であり、ビッカース硬度が1340であり、市販品である比較例1の酸化チタン皮膜と比較して、耐スクラッチ性(耐剥離性)、耐摩耗性、耐薬品性等に優れることが記載されており(本願の明細書の段落【0054】?【0066】)、すなわち、本願発明の実施例1の皮膜と引用例2(上記(2-b)?(2-d))に記載された前記皮膜は、炭素がTi-C結合の状態でドープされ、分子構造がTiO_(1.76)C_(0.24)であり、ビッカース硬度が1340であり、市販品と比較して、耐剥離性、耐摩耗性、耐薬品性に優れる点で物性及び特性が一致し、相違するところがないことから、引用例2に記載されたカーボンドープ酸化チタン皮膜は、前記の製造方法で特定される本願発明の炭素ドープ酸化チタン層と同じ皮膜であると認められる。
したがって、本願発明において加熱・酸化処理の条件が特定されたことにより、炭素ドープ酸化チタン層に引用発明との相違が生じるわけではない。

しかも、所望の皮膜を製造するための具体的な処理条件の検討は、当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎず、引用例2に接した当業者が、前記のごとき物性及び特性のカーボンドープ酸化チタン皮膜を得るべく、処理条件を検討して温度及び時間を決定することに、格別の困難は認められない。
なお、アセチレン燃焼炎を用いた金属の表面処理における処理条件を検討した論文も既にある(例えば、Y. Shibuya,Surface Modification of Metals by Using the Combustion Flame of O_(2) - C_(2)H_(2),High Temperature Materials and Processes,1994年,Vol.13,No.2,173?180頁には、酸素とアセチレンの流量比によって調節された酸素アセチレン炎の内炎長と金属上の浸炭層又は炭化物の形成との関係が研究された旨、及び、酸素アセチレン炎の適用により、チタンとチタン合金上にはTiCが形成される旨(要約)、一般に炎の温度は、アセチレン流量が過剰であれば低く、酸素流量が過剰であれば高い旨、及び、材料は炎の長さに応じて300秒?480秒の間、炎に曝された旨(174頁右欄7?12行)が記載されている。)。
また、本願の発明の詳細な説明には、皮膜を製造するための加熱処理について、表面温度が900℃未満の場合には目的としている耐久性を得られず、同温度が1500℃を超える場合及び加熱処理時間が長い場合には、加熱処理後の冷却時にその基体表面部から極薄膜の剥離が生じ、目的としている耐久性を得られないことが記載されているところ(本願の明細書の段落【0031】)、当業者が引用例2に記載された物性及び特性のカーボンドープ酸化チタン皮膜を製造する際に、目的が達成されなかったり、剥離が生じたりするような条件を選択することはあり得ないから、引用例2に記載された加熱・酸化処理の条件が、本願発明の製造方法における処理条件と格別異なるとする理由はない。
加えて、本願発明の製造方法における処理条件の特定に関連して、本願の発明の詳細な説明には、天然ガスの燃焼炎を用い、厚さ0.3mmのチタン板をその表面温度が850℃となるように5秒加熱処理することにより形成した比較例3の皮膜のビッカース硬度が160と小さかったことが示されているが(本願の明細書の段落【0076】、【0078】、【表2】)、該比較例3は、皮膜の製造にアセチレン炎でなく天然ガスの燃焼炎を用いており、実施例と該比較例3とは、処理温度のみでなく用いた炎にも相違があることから、該比較例3を考慮しても、本願発明の製造方法における処理条件の「900℃」という下限値に、格別の臨界的意義を認めることができない。

ところで、請求人は、審判の請求の理由において、平成22年11月19日付け意見書にて提示した甲1号証の「一般的に、チタン基合金の機械的性質は熱処理の影響を強く受けることが知られている。特に773K以上の熱処理では機械的性質が大きく変化し、目的とする性質から逸脱する。したがって、表面修飾プロセスにおける処理温度を低下させることは非常に重要である。」との記載を根拠に、これまで酸化チタンの生成のための加熱処理が773K(=500℃)以上で行われることはほとんどなく、また仮にあったとしても本願発明に用いられる多機能材が有する物性の酸化チタンは得られないため、本願発明が採用する「900?1500℃なる条件で400秒以下の加熱時間」という条件は、チタン又はチタン合金を基体とした場合にその表面に酸化チタン層を生成する上では特殊な加熱条件(常識的でない加熱条件)であって、当業者が一般に採用することがないものである旨を述べ、よって、引用文献4(これは、本審決における引用例2である。)に本願発明の多機能材の概略がその性質や特徴をもって開示されているとしても、該引用文献4にはどのような温度条件や時間条件でアセチレン焼成するかについては一切触れられていないから、該引用文献4を見た当業者が本願発明の内容を想到して実施することができない旨、主張する(平成23年5月6日付け手続補正書(方式)の【請求の理由】の3.(2)の「(d)拒絶査定の理由について」)。
しかし、前記甲1号証は、そのタイトル「水熱処理によるチタンの表面処理」及び「低温プロセスの一種である水熱処理は水のふっ点と臨界点の間で行うプロセスであり」(甲1号証599頁右欄8?9行)の記載にみられるように、水熱処理という低温プロセスを利用した表面処理方法に関する文献であって、引用例2に記載されているような、極めて高温になることが周知のアセチレン炎を用いる表面処理方法とは、関連性が低い文献である。
一方、本願明細書の発明の詳細な説明(段落【0002】)に従来技術として記載されているAkira Fujishima et al.,Hydrogen Production under Sunlight with an Electrochemical Photocell,Journal of the Electrochemical Society,1975年11月,Vol.122,No.11,1487-1489頁には、金属上に酸化皮膜を形成する種々の方法の中で、(i)金属上の電気化学的酸化皮膜形成、(ii)電気炉内での酸化皮膜の熱形成、(iii)シンプルな加熱による酸化皮膜の熱形成の3つの方法が検討された旨(1487頁右欄1?6行)、ガスバーナーによる酸化物の熱形成において、チタン板が都市ガスの火で加熱されて酸化物がチタン金属の上に容易に形成された旨、バーナーの火の温度は1100?1400℃の間で変化させた旨、及び、加熱時間は5分間(300秒)であった旨(1488頁右欄15?26行、図1)が記載されており、これらの記載事項からみて、本願発明が採用する900?1500℃で400秒以下という処理条件は、チタンの表面に酸化チタン層を生成する際の処理条件として既知であることから、特殊なものとも常識的でないものともいえないと認められる。
したがって、請求人の上記主張は、その前提が誤っているから、採用できない。

そして、本願発明の奏する効果は、本願の明細書全体を参酌しても引用例2に記載されたカーボンドープ酸化チタン皮膜の奏する効果にとどまり、本願発明が引用例1?2の記載及び当該技術分野における技術常識から予測できない格別の効果を奏するものと認めることはできない。

よって、本願発明は、引用例2に記載の技術的事項及び当該技術分野における技術常識を勘案し、引用発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。

(6)むすび
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、引用例2に記載された技術事項を勘案し、引用例1に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願は、他の請求項について論及するまでもなく拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-07-08 
結審通知日 2013-07-09 
審決日 2013-07-22 
出願番号 特願2005-54858(P2005-54858)
審決分類 P 1 8・ 57- Z (A61L)
P 1 8・ 121- Z (A61L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 辰己 雅夫  
特許庁審判長 川上 美秀
特許庁審判官 渕野 留香
天野 貴子
発明の名称 体着具およびその製造方法  
代理人 畑▲崎▼ 昭  
代理人 武政 善昭  

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