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審決分類 |
審判 査定不服 1項1号公知 特許、登録しない。 C12N 審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 C12N 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C12N 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N |
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管理番号 | 1279338 |
審判番号 | 不服2011-4424 |
総通号数 | 167 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2013-11-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2011-02-28 |
確定日 | 2013-09-19 |
事件の表示 | 特願2001- 69249「株化歯根膜細胞」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 9月17日出願公開、特開2002-262862〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は,平成13年3月12日の出願であって,以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。 平成13年11月 6日 手続補正書 平成22年 9月 8日付け 拒絶理由通知書 平成22年11月10日 意見書・手続補正書 平成22年11月25日付け 拒絶査定 平成23年 2月28日 審判請求書・手続補正書 平成23年 4月20日 手続補正書(方式) 平成25年 1月15日付け 審尋 そして,審尋に対して回答のなかったものである。 第2 平成23年2月28日付けの手続補正についての補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 平成23年2月28日付けの手続補正は却下する。 [理由] 1 本件補正 平成23年2月28日付けの手続補正(以下,「本件補正」という。)は,本件補正前の 「【請求項1】温度感受性突然変異SV40ラージT 抗原遺伝子導入ラットの歯根膜由来で且つ継代維持可能である細胞株で,該細胞株が,Cbfa-1活性を有し,増殖が33℃で開始し37?39℃で停止する株化細胞であることを特徴とするラット歯根膜由来の細胞株。」を, 「【請求項1】温度感受性突然変異SV40ラージT 抗原遺伝子導入ラットの歯根膜由来で且つ継代維持可能である細胞株で,歯根膜の細胞に発現する受容体に対するアゴニスト又はアンタゴニストの存在下又は非存在下で維持した細胞を比較して,形態観察による細胞株の選別で取得され且つ該細胞株が,Cbfa-1活性を有し,増殖が33℃で開始し37?39℃で停止する株化細胞であることを特徴とするラット歯根膜由来の細胞株。」 とする補正を含むものである。なお,下線は補正箇所を示す。 2 新規事項の追加 請求項1に係る上記補正は,補正前の請求項1に記載されたラット歯根膜由来の細胞株について,「歯根膜の細胞に発現する受容体に対するアゴニスト又はアンタゴニストの存在下又は非存在下で維持した細胞を比較して,形態観察による細胞株の選別で取得され」たという発明特定事項(以下,「補正事項」という。)を付加したものである。 そして,補正事項の根拠として,請求人は平成23年4月20日付け手続補正書において,本件出願の願書に最初に添付された明細書(以下,「当初明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項18の「歯根膜の細胞に対する生物活性を有する化合物が,歯根膜の細胞に発現する受容体に対するアゴニスト又はアンタゴニストである」との記載,及び,同書段落【0023】の「本発明の継代維持可能な歯根膜由来の細胞株・・・を,当該対象タンパク質アゴニスト又はアンタゴニストに成り得る候補分子の存在下又は不在下で,必要に応じて検出用の標識化物と共に,インキュベートする。」との記載に基づくものであるとしている。 しかしながら,当初明細書の特許請求の範囲の請求項18に係る発明は,「歯根膜の細胞に対する生物活性を有する化合物が,歯根膜の細胞に発現する受容体に対するアゴニスト又はアンタゴニストであることを特徴とする,請求項17記載の方法」で,引用されている請求項17に係る発明は「ラット由来歯根膜細胞に対する生物活性を有する化合物の同定方法」である。 この発明は,同書段落【0023】の記載に基づくもので,この段落は,「継代維持可能なラット歯根膜由来の細胞株を用いれば,対象細胞株の機能的な活性あるいは作用(例えば,生物学的活性又は作用など)を促進(あるいは増強)する又は阻害(あるいは抑制)する化合物を同定するための,化合物のスクリーニング方法が提供される」こと,すなわち,樹立された継代維持可能な歯根膜由来の細胞株を用いて,細胞内又は細胞上の受容体等の対象タンパク質と結合し,該細胞株の機能的活性又は作用を促進・増強させるアゴニスト,若しくは,阻害・抑制するアンタゴニストを同定するためのスクリーニング方法について詳細に説明しているものである。 このスクリーニング方法は,既に樹立された細胞株を利用して,アゴニスト又はアンタゴニストを同定するための方法であり,本件補正の上記補正事項のような,「歯根膜の細胞に発現する受容体に対するアゴニスト又はアンタゴニストの存在下又は非存在下で維持した細胞を比較して,形態観察による細胞株の選別」を行って,歯根膜由来の細胞株を取得する方法ではない。 実際に,上記補正事項の根拠として請求人が指摘する当初明細書の段落【0023】の上記記載も,「本発明の継代維持可能な歯根膜由来の細胞株・・・を」「候補分子の存在下又は不在下で・・インキュベートする」となっており,樹立された細胞株をアゴニスト又はアンタゴニストの候補分子の存在等でインキュベートすることにより,アゴニスト又はアンタゴニストをスクリーニングする方法の説明となっている。 そして,特定の細胞株の取得方法として,「細胞に発現する受容体に対するアゴニスト又はアンタゴニストの存在下又は非存在下で維持した細胞を比較して,形態観察による細胞株の選別で取得」するような技術が,本願出願当時に技術常識であったともいえない。 なお,請求人は,平成23年4月20日付け手続補正書(方式)の「[3]本願が特許されるべき理由(4)本願発明と引例との対比(d)」にて,参考文献1ないし3を提示し,「本願明細書中には具体的なアンタゴニスト又はアゴニストとしての物質名は記載してはいませんが,下記の文献1?3(参考文献1?3)より,本出願前にはアンタゴニト又はアゴニストとしてのビタミンD_(3)が歯根膜に存在する歯根膜線維芽細胞の分化の調節に関与している旨が既に開示されています。」及び「本願出願前に発行されたこれら先行文献で開示されているビタミンD_(3)である1,25(OH)_(2)D_(3)を形態的に選別された本願発明の不死化処理させた株化歯根膜細胞に添加することにより,cbfa-1(Runx2)の発現が向上せしめられて,所要のCbfa-1活性を持っているラット歯根膜由来株化細胞株を樹立することが成功できていることになったのです。」と主張する。 しかしながら,請求人の主張するように,「ビタミンD_(3)である1,25(OH)_(2)D_(3)を形態的に選別された本願発明の不死化処理させた株化歯根膜細胞に添加することにより,cbfa-1(Runx2)の発現が向上せしめられて,所要のCbfa-1活性を持っているラット歯根膜由来株化細胞株を樹立することが成功でき」たことが事実であったとしても,当初明細書を詳細に検討しても,そのような細胞株の取得方法は記載されておらず,また,そのようにして細胞株を取得することが本願出願当時の技術常識に照らして,当初明細書の記載から自明であるともいえない。 したがって,補正事項は,当初明細書に記載された事項及び図面の記載全体から自明な事項でもないから,本件補正は,新たな技術的事項を導入するものである。 3 補正の却下の決定のむすび 以上のとおり,本件補正は,当初明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでなく,特許法第17条の2第3項の規定に違反するものであるから,本件補正は,その余の点を検討するまでもなく,同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 第3 本願発明の認定 平成23年2月28日付けの手続補正は,上記のとおり却下されることとなったので,この出願の請求項1ないし13に係る発明は,平成22年11月10日付けの手続補正により補正された明細書の記載からみて,特許請求の範囲の請求項1ないし13に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ,その請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,次のとおりのものである。 「温度感受性突然変異SV40ラージT 抗原遺伝子導入ラットの歯根膜由来で且つ継代維持可能である細胞株で,該細胞株が,Cbfa-1活性を有し,増殖が33℃で開始し37?39℃で停止する株化細胞であることを特徴とするラット歯根膜由来の細胞株。」 第4 原査定の拒絶の理由の概要 本願発明についての原査定の拒絶の理由の概要は,本願発明は,その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 記 歯科基礎医学会雑誌,2000年8月30日,第42巻,第5号(抄録集)p.77(413),064 1E1030(以下,「刊行物1」という) 第5 刊行物に記載された事項 この出願前に頒布された刊行物である刊行物1には,以下の事項が記載されている。なお,下線は当審で付与した。以下,同様。 1a「Oncogene transgenic ratを用いた歯根膜由来不死化細胞の樹立 ・・・ 【目的】歯の移動は歯根膜に存在する様々な細胞により調節されている。硬組織を形成する骨芽細胞,セメント芽細胞や歯根膜腔を構築する歯根膜繊維芽細胞は,歯の移動に伴い,歯根膜内の未分化な間葉系幹細胞より分化すると考えられているが分化過程は解明されていない。今回我々は,歯周組織の改造機構の解明を目的とした研究の第一段階として,SV40tsA58 transgenic rat(TG-rat)の歯根膜を用い,in vitroにおいて不死化した株化細胞を樹立し,その性質を比較検討したので報告する。」 1b「【方法】6週齢のSV40 TG-ratの臼歯歯根中央1/3部分の歯根膜を摘出した。歯根片ごと初代培養を33℃,5%CO_(2)存在下にて行った。Outgrowthしてきた付着細胞を歯根膜細胞とし,コロニー形成時に顕微鏡下で形態的に識別しクローニングを行った。石灰化培地を用い石灰化能についてアリザニン染色で調べ,硬組織形成に関わる細胞のマーカーについてはRT-PCR法を用いて調べた。」 1c「【結果】(1)形態的に差異の見られる19種類の株細胞を樹立した(2)10種類の細胞でnoduleの形成が見られ石灰化能が確認された(3)RT-PCR法によりALPでは9種,BMP-4では14種の細胞に発現が見られた。【考察と結論】SV40 TG-ratの歯根膜細胞の細胞株を樹立した。それらの細胞株は形態とマーカーに差異があり,subpopulationの存在が示唆される。」 第6 当審の判断 1 刊行物1に記載された発明 刊行物1は,「Oncogene transgenic ratを用いた歯根膜由来不死化細胞の樹立」(1a)に関し記載するものであり,この歯根膜由来不死化細胞の樹立方法として,「6週齢のSV40 TG-ratの臼歯歯根中央1/3部分の歯根膜を摘出した。歯根片ごと初代培養を33℃,5%CO_(2)存在下にて行った。Outgrowthしてきた付着細胞を歯根膜細胞とし,コロニー形成時に顕微鏡下で形態的に識別しクローニングを行った」(1b)と記載されている。ここで,「SV40 TG-rat」とは「SV40tsA58 transgenic rat(TG-rat)」(1a)のことである。 そして,得られた歯根膜由来不死化細胞につき,「石灰化培地を用い石灰化能についてアリザニン染色で調べ,硬組織形成に関わる細胞のマーカーについてはRT-PCR法を用いて調べた」(1b)結果,「(1)形態的に際の見られる19種類の株細胞を樹立した。(2)10種類の細胞でnoduleの形成が見られ石灰化能が確認された。(3)RT-PCR法によりALPでは9種,BMP-4では14種の細胞に発現が見られた。」(1c)と記載されている。 これは,樹立された19種類の細胞の内,10種類の細胞で石灰化能が確認され,ALPは9種類の細胞で,及びBMP-4は14種類の細胞でそれぞれ発現が見られたことから,樹立された19種類の細胞中には,これらの性質及び遺伝子発現を有する細胞株が存在したことが記載されているといえる。 したがって,刊行物1には, 「6週齢のSV40 TG-ratすなわちSV40tsA58 transgenic rat(TG-rat)の臼歯歯根中央1/3部分の歯根膜を摘出し,歯根片ごと初代培養を33℃,5%CO_(2)存在下にて行い,Outgrowthしてきた付着細胞を歯根膜細胞とし,コロニー形成時に顕微鏡下で形態的に識別しクローニングを行って得られ,石灰化培地を用い石灰化能についてアリザニン染色で調べ,硬組織形成に関わる細胞のマーカーについてはRT-PCR法を用いて調べた結果,noduleの形成が見られ石灰化能が確認され,並びに,ALP及びBMP-4の発現が見られる,歯根膜由来不死化細胞。」 の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 2 本願発明と引用発明との対比 (1)本願発明の「温度感受性突然変異SV40ラージT 抗原遺伝子導入ラット」とは,本願明細書の記載より「SV40の温度感受性変異株のラージT 抗原遺伝子SV40tsA58 を導入して作出したトランスジェニックラット」(【0015】)のことである。 そうすると,引用発明の「6週齢のSV40 TG-ratすなわちSV40tsA58 transgenic rat(TG-rat)」は,SV40の温度感受性変異株のラージT 抗原遺伝子であるSV40tsA58の導入されたトランスジェニックラットのことであるから,本願発明の「温度感受性突然変異SV40ラージT 抗原遺伝子導入ラット」に相当する。 (2)引用発明の「歯根膜由来不死化細胞」は,6週齢のSV40 TG-ratすなわちSV40tsA58 transgenic rat(TG-rat)の歯根膜を摘出し歯根膜細胞として樹立したものであるから,ラット歯根膜由来の細胞といえ,且つ,「不死化」細胞であるから,継代維持可能な細胞といえる。 そうすると,引用発明の「歯根膜由来不死化細胞」は,本願発明の「歯根膜由来で且つ継代維持可能である細胞株」及び「ラット歯根膜由来の細胞株」に相当する。 (3)本願発明の「Cbfa-1活性を有し」とは,当初明細書の特許請求の範囲の請求項5の「Cbfa-1活性を有する株化細胞」及び同請求項7の「遺伝子の発現が,RT-PCR 法により測定されたものであることを特徴とする請求項3?6のいずれか一記載の細胞株」という記載より,Cbfa-1(「Core binding factor α1」(同書【0027】)の遺伝子の発現がRT-PCR 法により測定されたことを意味するといえる。 一方,引用発明の「RT-PCR法によりALP及びBMP-4の発現が見られる」とは,RT-PCR法により,ALP(alkaline phosphatase)及びBMP-4(bone morphogenetic protein 4)の遺伝子の発現が測定されたことを意味する。 そうすると,引用発明の「RT-PCR法によりALP及びBMP-4の発現が見られる」と本願発明の「Cbfa-1活性を有し」とは,所定の遺伝子を発現している点で共通する。 そうすると,両者は, 「温度感受性突然変異SV40ラージT 抗原遺伝子導入ラットの歯根膜由来で且つ継代維持可能である細胞株で,該細胞株が,所定の遺伝子を発現している株化細胞であるラット歯根膜由来の細胞株。」 である点で一致し,以下の点で相違するといえる。 ア 細胞株が,本願発明では,Cbfa-1活性を有する,すなわち,Cbfa-1の遺伝子を発現しているのに対し,引用発明では,ALP及びBMP-4の遺伝子を発現している点。(以下,「相違点ア」という。) イ 細胞株の増殖が,本願発明では33℃で開始し37?39℃で停止するのに対し,引用発明では33℃で開始し37?39℃で停止するか明らかでない点。(以下,「相違点イ」という。) 3 判断 (1)相違点について ア 相違点アについて 一般に,骨芽細胞の分化と骨形成過程について,骨芽細胞の分化マーカーとしてBMP-4,ALP,Cbfa-1があること,骨形成過程においては,前骨芽細胞ではBMP-4遺伝子が発現し,新たに分化しALP遺伝子が発現した前骨芽細胞では,骨芽細胞特異的転写因子であるCbfa-1遺伝子を発現するようになり,典型的な骨芽細胞へと分化すること,そして,時間の経過とともに,類骨では石灰化することは,以下の刊行物Aの記載から明らかなように,本願出願前,周知事項であった。 また,一般に,Cbfa-1は,骨芽細胞分化の鍵となる調節因子であるのみならず骨芽細胞の機能にも重要であること,加えて,軟骨細胞の分化にも機能している可能性があることも,以下の刊行物Bの記載から明らかなように,本願出願前,周知事項であった。 引用発明の細胞株は,「石灰化能が確認され,及び,ALP及びBMP-4の発現が見られる,歯根膜由来不死化細胞」で,石灰化能があり,BMP-4のみならずALPも発現していることから,上記周知事項を勘案すると,骨形成に関与する細胞の中でも,主に,前骨芽細胞,又は更に分化した骨芽細胞と考えられる。そして,骨芽細胞の分化マーカーとしては,上記周知事項のとおり,BMP-4及びALPと並んでCbfa-1も良く知られており,Cbfa-1は更に,骨芽細胞分化における重要な調節因子のみならず骨芽細胞の機能にも重要で,且つ,軟骨細胞の分化にも機能している可能性があるという,重要な因子であることが良く知られていた。 そうすると,引用発明において,Cbfa-1に着目し,Cbfa-1遺伝子の発現を確認し,Cbfa-1遺伝子を発現している,即ち,Cbfa-1活性を有する細胞株を特定することは,当業者が容易になし得たことである。 刊行物A:Niigata Dent. J. vol.30, No.2,(2000) p.173-182 A1「-総説-メカニカルストレスにより誘導される骨芽細胞の分化と骨形成」(標題) A2「4-2.骨芽細胞の分化とBMP-4の発現 上述の骨芽細胞分化とそれに続く骨形成にかかわる因子を明らかにするため,同じ実験系で遺伝子発現を調べた。・・・骨芽細胞の分化マーカーのうち比較的初期に現れる遺伝子の発現状況をRT-PCRで調べた。・・・そこで,in situ hybridization (ISH)法により細胞レベルの発現状況を調べた。その結果,張力負荷開始3hr後には,前骨芽細胞のBMP-4遺伝子発現が増加し,新たにALP陽性となった前骨芽細胞および間葉系の線維芽細胞様細胞の一部にBMP-4遺伝子が発現するようになった(図-4)^(49))。このような変化が順次縫合部中心に向かって移動するとともに,あらたに分化したと思われるALP陽性の前骨芽細胞は,骨芽細胞特異的転写因子であるCbfa1遺伝子を発現するようになった(図-4,5)。そして,典型的な骨芽細胞へと分化すると,順次type I collagenやosteopontin,osteocalcinなどを分泌してosteoidを形成しながら,自身のBMP-4遺伝子発現は低下する。時間の経過とともに,類骨では,matrix vesicleの形成を経て石灰化に至る,という一連のプロセスを観察した(図-6)。これは生体内で見られる骨形成過程と同一のものと考えることができる。」(177頁左欄下から12行?同頁右欄15行) A3「 (図省略) 図-4 張力刺激下に培養した頭蓋冠縫合部における骨芽細胞の分化と骨形成(模式図) 図はin situ hybridization法により検出した遺伝子発現の変化を模式的に示したものである。上から順に,張力刺激開始後0時間,3時間,6時間,24?48時間における変化を示す。0時間では,osteoid(類骨,図ではBoneと示してある)に接している球形の骨芽細胞(OB)とこれに隣接する前骨芽細胞(POB)がBMP-4およびCbfa1陽性で,間葉系の線維芽細胞様細胞(FB)の中にもBMP-4弱陽性のものが散見される。3時間以降では,張力負荷方向に沿って細胞が扁平となるとともに,細胞数の増加,osteoidの伸長,そしてosteoidの一部の石灰化(骨化)という順で骨形成が起こっていることがわかる。3時間後ではOBおよび一部のFBにおいてBMP-4遺伝子発現が増加する。6時間後になると,これらの変化はさらに増加し,3時間後でBMP-4陽性となったFBはCbfa1陽性となってPOBへと分化し,さらに新しくBMP-4陽性のFBが出現する。一方で新しく分化したOBは細胞外基質を分泌してosteoidの伸長に寄与する。24時間以降になると,伸長したosteoidの一部は石灰化し骨化する(図では白抜き文字でBoneと示してある部分)が,間葉系のFBがPOBついでOBに分化する先端部ではこれまでと同様の変化が繰り返されて骨形成が進行する。」(178頁左欄図-4 説明文1?23行) A4「(図省略) 図-5 張力刺激によるBMP-4およびCbfa1遺伝子発現細胞数の経時変化 図-4に模式的に示したoriginal data( in situ hybridization)をcomputer画面上で解析し,BMP-4陽性およびCbfa1陽性の細胞数を計測した。図4の説明と一致してBMP-4陽性細胞がまず増加し,ついでCbfa1陽性細胞が増加していることがわかる。*は5%の危険率で対照群との間に有意差があることを示す。」(178頁右欄 図-5 説明文) A5「(図省略) 図-6 張力刺激によって惹起される骨芽細胞の分化と骨形成(模式図)骨芽細胞の分化,細胞当りの遺伝子発現量,および,骨形成をそれぞれ経時的に示した。BMP-4遺伝子の発現状況と骨芽細胞の分化に関するデータは我々の研究が最初のものであるが,骨芽細胞に分化し骨基質を分泌し終えるとその発現が低下することが注目される(図-4の説明参照)。これらのデータからBMP-4はautocrine/paracrine factorとして骨芽細胞の分化にかかわる可能性が示唆される。図に示したその他の因子の発現については,発現の順序,発現量とも従来の報告とほぼ一致する。」(178頁右欄図-6 説明文) 刊行物B:Developmental Dynamics,Volume 219, Issue 4, (December 2000), p.461-471(提示した翻訳は,当審での翻訳である。) B1「 ABSTRACT ・・・Cbfa1 was then shown to regulate the expression of all the major genes expressed by osteoblasts. Consistent with this ability, genetic experiments identified Cbfa1 as a key regulator of osteoblast differentiation in vivo.・・・Thus, Cbfa1 is a critical gene not only for osteoblast differentiation but also for osteoblast function. 」(461頁要約) (翻訳) 「要約 ・・その後,Cbfa1は,骨芽細胞に発現されている全主要遺伝子の発現を調節することが示された。この能力は,遺伝実験によって明らかにされた,Cbfa1は生体内で骨芽細胞分化の鍵となる調節因子であるという事実とも矛盾しない。・・・このように,Cbfa1は,骨芽細胞の分化のみならず骨芽細胞の機能にも重要な遺伝子である。」 B2「Cbfa1 Function in Chondrocyte Differentiation ・・・・・ Because Cbfa1 is expressed in hypertrophic chondrocytes, although at a much lower level than in osteoblasts, this disturbance in cell maturation could be the result of a direct role of Cbfa1 in the control of terminal differentiation of chondrocytes. ・・・ Overexpression and/or chondrocyte-specific deletion experiments should clarify the role of Cbfa1 in the chondrocyte lineage.」(466頁右欄1行?467頁右欄15行) (翻訳) 「 軟骨細胞の分化におけるCbfa1の機能 ・・・・・ 骨芽細胞よりもはるかに低レベルだが,Cbfa1は肥大軟骨細胞で発現されているから,細胞成熟におけるこの障害は,軟骨細胞の最終分化の制御におけるCbfa1の直接の機能の結果であり得る。・・過剰発現及び/又は軟骨特異的欠損実験により軟骨系統におけるCbfa1の機能が明確になるであろう。」 イ 相違点イについて 引用発明は,歯根膜由来不死化細胞を取得する際,6週齢のSV40 TG-ratすなわちSV40tsA58 transgenic rat(TG-rat)の歯根膜を摘出し,初代培養を33℃で行っている。 一般に,SV40tsA58 transgenic ratとは,癌遺伝子であるSV40の温度感受性突然変異種のT抗原遺伝子SV40tsA58を,ラットに導入して作出されたトランスジェニックラットのことであり,SV40の温度感受性突然変異種は,通常33℃?37℃で増殖を開始し,39℃で増殖を停止するという性質を有しており,このSV40tsA58が導入されたトランスジェニック動物由来の細胞株は,SV40tsA58の遺伝形質を有し,33?37℃で増殖を開始し,39℃で増殖を停止することは,以下の刊行物Cの記載から明らかなように,本願出願前,周知事項であった。 そうすると,引用発明の歯根膜由来不死化細胞は,上記周知事項を勘案すると,導入遺伝子であるSV40tsA58の遺伝形質を有しているはずであるから,33℃で増殖を開始し,39℃で増殖を停止する株化細胞であるとすることは,当業者が容易になし得たことである。 刊行物C:特許公報第2988753号公報(発行日 平成11年(1999)12月13日) C1「【発明の名称】不死化細胞株の樹立方法とその細胞株」 C2「【0001】 【産業上の利用分野】この発明は,不死化した細胞株の樹立方法とその細胞株に関するものである。さらに詳しくは,この発明は,各種臓器に由来する機能を永続的に保持し,しかもその増殖および分化形質の発現が操作可能であり,臓器組織の機能障害に関連する疾患の診断やその治療法の開発,あるいは医薬品等の有効性や安全性に関するスクリーニング等に有用な不死化した細胞株の樹立方法とその細胞株に関するものである。」 C3「【0011】 【課題を解決するための手段】この発明は,上記の課題を解決するものとして,温度感受性突然変異SV40ラージT抗原遺伝子を哺乳動物の全能性細胞に導入し,この動物の正常な産出によって得る遺伝子導入動物の各種臓器の組織細胞を採取しこれを継代培養して樹立することを特徴とする不死化細胞株の樹立方法を提供する。 【0012】またこの発明は,この方法によって樹立され33℃?37℃の培養温度で増殖する不死化細胞株そのものをも提供する。以下,この発明の構成について詳しく説明する。まず,この発明において,遺伝子導入動物を作成するにあたって使用する導入遺伝子は,SV40ウイルスの温度感受性突然変異種のT抗原遺伝子である。この突然変移種は,通常33℃?37℃の温度で増殖を開始し,39℃で増殖を停止するという性質を有している。このようなウイルスのT抗原遺伝子は,たとえばその全DNAフラグメント(SV40tsA58DNA)をクローニングベクターpBR322のBamHI部位に挿入したクローニングベクターpSVts-1より,制限酵素BamHIによって切り出して調製することができる。なお,このようにして得た遺伝子DNAは,上記のSV40T抗原遺伝子を含むラージT抗原遺伝子(5241bp) であり,その一部にプロモーター(またはエンハンサー)を内在しているため,この遺伝子を導入した遺伝子導入動物においては,その全ての体細胞にこの遺伝子が発現する。 【0013】次に,このようにして得た遺伝子DNAを常法に従い哺乳動物の全能性細胞に導入し,SV40ラージT抗原遺伝子を全ての細胞内に有する遺伝子導入動物を作成する。対象となる哺乳動物は,技術的には全ての動物種が可能であるが,特に近交系が多数作出されており,しかも受精卵の培養,体外受精等の技術が整っているマウスが最適である。・・(略)・・ 【0016】次に,この様にして得た遺伝子導入動物の各臓器の組織細胞を常法に従い採取し,初期培養の後,各細胞を継代培養してクローニングし,コロニーを形成させて細胞株を得ることができる。この様にして得た細胞株は,永久的増殖能および機能分化能を有する不死化細胞株であり,しかも導入遺伝子の遺伝形質を有しており33?37℃の温度でのみ増殖し,39℃の温度では増殖を停止するため,細胞固有の分化形質の発現を制御することが可能である。」 (2)本願発明の効果について 本願発明の効果は,本願明細書の段落【0034】の記載より,「【発明の効果】・・継代維持可能な細胞として,歯根膜骨芽細胞,歯根膜線維芽細胞,歯根膜セメント芽細胞,歯根膜破骨細胞などを樹立できる。該継代維持可能な歯根膜細胞を利用して,歯根膜線維芽細胞,歯根膜骨芽細胞,歯根膜セメント芽細胞などの歯根膜間葉系細胞の相互作用や歯胚の形成,歯槽骨のリモデリングやセメント質の修復機構に関する研究,種々の歯根膜疾患,歯周炎,歯周病などの歯科領域の疾病の治療・予防,そしてその原因などの解明,さらにそれら歯科領域の疾病に対する薬物の開発に利用できる。不死化細胞を使用して,歯根膜細胞に係わる研究を培養系で行うことが可能となり,保護薬などの有用薬物の開発を効率よく行うことが可能となる。そして,歯インプラント材,骨インプラント材などの開発研究に利用可能である。」というものである。 しかしながら,刊行物1(1a)に記載されているように,歯根膜には様々な細胞(骨芽細胞,セメント芽細胞,歯根膜繊維芽細胞等)が存在することから,刊行物1(1b)に記載の歯根膜由来の不死化細胞株の樹立方法を用いれば,歯根膜由来の継代維持可能な細胞として,歯根膜骨芽細胞,歯根膜セメント芽細胞,歯根膜線維芽細胞等を樹立し得ることは,当業者が容易に予測し得たことである。 また,不死化細胞株は,臓器に由来する機能を永続的に保持し,その増殖および分化形質の発現が操作可能であることから,臓器組織の機能障害に関連する疾患の診断やその治療法の開発,あるいは医薬品等の有効性や安全性に関するスクリーニング等に有用であることは,刊行物C(C2)の記載より周知事項であるといえ,歯根膜にこの樹立方法を適用して得られた引用発明は,歯科領域の疾病に関連する疾患診断やその治療法の開発,あるいは医薬品等の有効性や安全性に関するスクリーニング等に利用でき,有用薬物の開発を効率よく行うことが可能であることも,当業者が容易に予測し得たことである。 したがって,本願発明の効果については,刊行物1の記載事項及び本願出願前の周知事項から予測される範囲内のものであり,格別顕著なものではない。 なお,請求人は,平成25年7月9日付け手続補正書(審理再開申立書の申立の理由の補正)にて,(i)審判請求時に同時に提出された平成23年2月28日付け手続補正書につき,補正事項は当業者によって当初明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,新たな技術的事項を導入しないものであるから,新規事項の追加には当たらないと確信していること,及び,(ii)拒絶査定に示した理由につき,参考資料1,2を提出し,発明の新規性喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書として提出した文献(刊行物1)に示されている細胞と本願発明とは,互いに異なるものと確信していること,したがって,審理を再開するとの決定を希望する旨,主張している。 しかしながら,(i)については上記「第2 2」にて,(ii)については上記「第6 2,3」にて,それぞれ詳細に述べたとおりであり,審理を再開しない。 第7 むすび 以上のとおり,本願発明は,この出願の出願前に頒布された刊行物1に記載された発明及び周知事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものであるので,その余について言及するまでもなく,この出願は,拒絶すべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2013-06-24 |
結審通知日 | 2013-06-25 |
審決日 | 2013-08-02 |
出願番号 | 特願2001-69249(P2001-69249) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(C12N)
P 1 8・ 561- Z (C12N) P 1 8・ 111- Z (C12N) P 1 8・ 113- Z (C12N) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 太田 雄三 |
特許庁審判長 |
田村 明照 |
特許庁審判官 |
齊藤 真由美 安藤 倫世 |
発明の名称 | 株化歯根膜細胞 |
代理人 | 小椋 正幸 |
代理人 | 清水 英雄 |
代理人 | 水野 昭宣 |
代理人 | 中野 佳直 |
代理人 | 秋庭 英樹 |
代理人 | 高木 祐一 |
代理人 | 重信 和男 |