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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1279666
審判番号 不服2011-6703  
総通号数 167 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-11-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-03-30 
確定日 2013-09-25 
事件の表示 特願2007-533610「対抗適応を誘発することにより神経伝達物質系を調節する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 3月30日国際公開、WO2006/034343、平成20年 5月 8日国内公表、特表2008-514612〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2005年9月23日(パリ条約による優先権主張 2004年9月23日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、平成22年11月22日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年3月30日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、同日付けで手続補正がなされたものである。


2.本願発明
本願の請求項1に係る発明は、平成23年3月30日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるものであるところ、その発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりのものである。
「【請求項1】
患者において対抗適応を誘発することにより内因性エンドルフィン神経伝達物質系を調節する薬剤の調製のためのミューおよび/またはデルタオピエート受容体に対する非特異的なミューおよび/またはデルタオピエート受容体アンタゴニストの使用であって、前記神経伝達物質系は望ましくない精神状態または神経学的状態に否定的に関係しているミューおよび/またはデルタオピエート受容体を含み、前記アンタゴニストはナロキソン、ナルトレキソン、ナルメフェンおよびナルブフィン、ならびにそれらの医薬として許容され得る塩および誘導体のうちから選択され、前記使用は、
前記薬剤を患者に反復投与することを含み、各投与は投与半減期を有し、各投与に関連する第1期間において前記薬剤中の前記アンタゴニストを前記ミューおよび/またはデルタオピエート受容体に結合させ、それにより対抗適応を誘発し、
(i)前記対抗適応は前記神経伝達物質系のアップレギュレーションを引き起こし、
(ii)投与間の期間に対する前記投与半減期の比率は1/2以下であり、
(iii)各投与に関連する第2期間においては前記ミューおよび/またはデルタオピエート受容体に対する前記アンタゴニストの結合が解け、
(iv)前記第2期間において前記精神状態または神経学的状態に関して治療効果が現れる、使用。」


3.原査定の理由
一方、原査定の拒絶の理由は、以下のとおりのものである。
「3.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

4.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。



請求項1に係る発明は、患者において対抗適応を誘発することにより神経伝達物質系を調節する薬剤の調製のための一種の受容体に対するリガンドの使用に係るものである。
ここで、医薬についての用途発明においては、一般に、物質名、化学構造だけからその薬理効果を予測することは困難であるから、出願時の技術常識及び出願当初の明細書に記載された作用の説明等からでは、含有成分がその医薬用途として機能することが推認できない場合には、明細書に有効量、投与方法、製剤化方法が記載されている場合であってもそれだけでは当業者は当該医薬が実際にその用途として使用できるか否かを知ることはできないので、明細書に特定の薬理試験の結果である薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途を裏付ける必要がある。
これを本願明細書についてみると、発明の詳細な説明には、上記リガンドとして、サブスタンスPや、ナロキソン、ダイノルフィンといった種々の化合物が記載されており、当該化合物の投与量や投与方法は記載されているものの、具体的な薬理試験方法及び薬理データが何ら記載されておらず、出願時の技術常識を考慮しても、発明の詳細な説明に具体的に記載されている化合物が、対抗適応を誘発することによって神経伝達物質系を調節するための医薬や、当該神経伝達物質系の調節を介した、望ましくない精神状態又は神経学的状態を治療するための医薬として、実際に使用できる程度に発明の詳細な説明が記載されているとはいえない。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとも、十分な裏付けをもって記載されているとも認められない。」


4.判断
4-1 特許法第36条第4項第1号に規定する要件(いわゆる実施可能要件)について
本願発明は、要するに、「患者において対抗適応を誘発することにより内因性エンドルフィン神経伝達物質系を調節する薬剤の調製のため」の「ナロキソン、ナルトレキソン、ナルメフェンおよびナルブフィン、ならびにそれらの医薬として許容され得る塩および誘導体のうちから選択され」る「ミューおよび/またはデルタオピエート受容体に対する非特異的なミューおよび/またはデルタオピエート受容体アンタゴニスト」(以下、「ナロキソンなどのアンタゴニスト」という。)の「使用」の発明であるが、この「使用」の発明は、使用する方法の発明であると解されるから、本願発明は、特許法第2条第3項第2号にいう方法の発明であるといえる。また、方法の発明における実施とは、その方法の使用をする行為である。そして、本願発明におけるその方法の使用とは、ナロキソンなどのアンタゴニストを、患者において対抗適応を誘発することにより内因性エンドルフィン神経伝達物質系を調節するという薬理作用をもたらす薬剤を調製するための有効成分として使用すること、にほかならない。そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるためには、ナロキソンなどのアンタゴニストが上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされている必要がある。

そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討するに、該発明の詳細な説明には、ナロキソンなどのアンタゴニストが、患者に投与されることにより、上記薬理作用をもたらすことに関して、以下の(ア)?(キ)の記載がある。
(ア)「【背景技術】
【0003】
・・・うつ病と最も一般に関連している神経伝達物質系はノルエピネフリンおよびセロトニン系であるが、現在の研究では、・・・内因性エンドルフィン系(ミューおよびデルタオピエート受容体)のような他の系もうつ病に関係することも示されている。さらに、これらの神経伝達物質系は、双極性障害、強迫性障害、不安、恐怖症、ストレス障害、薬物濫用、性的障害、摂食障害、意欲障害(motivational disorders)および疼痛性障害を含む多数の他の望ましくない精神状態および神経学的状態にも関係する。」(【0003】)

(イ)「本発明の方法は、神経伝達物質系を調節するために結合するリガンド受容体の直接的な効果に頼る代わりに、望ましくない精神状態または神経学的状態に関係する神経伝達物質系を増強または抑制するために間接的な対抗適応作用を利用する。対抗適応は、リガンドの結合に対する脳の自然な反応である。リガンドの結合による初期効果として、望ましくない精神状態または神経学的状態が悪化することもある。しかしながら、系からリガンドが除去された後、対抗適応の効果は長期にわたって持続し、リガンドの反復投与を通じて増大し得るので、対抗適応は、神経伝達物質系の総体的な望ましい調節をもたらす。そして、神経伝達物質系の調節は、望ましくない精神状態または神経学的状態に関して治療効果を提供し得る。」(【0022】)

(ウ)「患者が午後6時に爽快な気分を望む場合、患者は午後2時に適切なリガンド(例えば、1時間の化合物半減期を有するナロキソン、ミューおよび/またはデルタオピエート受容体アンタゴニスト)を投与することができる。ナロキソン受容体-結合の直接効果(不快な気分)は2、3時間だけ続き、午後6時まで対抗適応によってもたらされるよい気分だけが残る。」(【0043】)

(エ)「(内因性エンドルフィン系)
本発明の別の実施形態によれば、神経伝達物質系は、神経伝達物質としてミューおよび/またはデルタオピエート受容体に選択的に結合するエンドルフィンを含む内因性エンドルフィン系である。エンドルフィンは、オピエート受容体の結合に対するそれらの影響を通じて作用する内因性のオピエート様化合物である。ミューおよびデルタ-オピエート受容体は調和して作用し、オピエートおよびオピエート様化合物によって刺激される。ミュー受容体は、主として疼痛を修飾するが、気分も修飾する。デルタ受容体は、反対の焦点を有し、主として気分を修飾するが、疼痛も修飾する。
【0078】
神経伝達物質が内因性エンドルフィン系である場合、前記一種の受容体は、ミューおよび/またはデルタオピエート受容体である。これらの受容体は望ましくない精神状態および神経学的状態に否定的に関係している。ミューオピエート受容体は、刺激されると、主としてより低レベルの疼痛に関連付けられ、一方、デルタオピエート受容体は、刺激されると、主として多幸感に関連付けられる。リガンドは、ミューおよび/またはデルタオピエート受容体アンタゴニストであり、対抗適応は、内因性エンドルフィン系のアップレギュレーションを生じる。対抗適応は、例えば、受容体末端における、かつ/または脳下垂体による、エンドルフィンの生合成または放出の増大、受容体の数および/または受容体上のエンドルフィン結合部位の数の増加、ミューおよび/またはデルタ受容体アゴニストおよび/またはエンドルフィンによる結合に対する前記受容体の感受性の増大、またはそれらの組み合わせであり得る。」(【0077】?【0078】)

(オ)「本発明のある望ましい実施形態において、ミューおよび/またはデルタオピエート受容体アンタゴニストは、ナロキソン、ナルトレキソン、ナルメフェンまたはナルブフィン、あるいはそれらの医薬として許容され得る塩もしくは誘導体である。」(【0081】)

(カ)「ミューおよび/またはデルタ受容体アンタゴニストを使用する本発明の方法は、将来的に起こることが予想される疼痛に対処するために使用されてもよい。例えば、患者が、例えば1か月以内に待機手術を予定されている場合、ミューおよび/またはデルタオピエート受容体を使用して、手術前までの期間において夜間に高投与量を用いて、本発明の方法を実施することができる。手術の後、患者は、アップレギュレートされた内因性エンドルフィン系により、疼痛に対する反応が改善されているであろう。さらに、患者は、ミューおよび/またはデルタオピエート受容体の感受性が増強されていることにより、手術後に、全体としてより少ない投与量の麻酔性鎮痛剤を必要とするだろう。本方法は、受容体対抗の直接効果により術後痛が増大しないように、手術直後に中断されることが最善であると思われる。一旦、疼痛がおさまったならば、対抗適応反応を維持するために、数日以内に本方法を再開してもよい。
【0101】
本発明による手術前療法の例において、49歳の男性が6週間以内に膝の再建手術を予定されている。前記男性は、上記に説明したように6?8時間にわたって急速に吸収されるように製剤されたナロキソンパッチ、200mgを毎晩貼付することから開始される。これが誘発する不安を和らげるために、前記男性は、ナロキソンパッチに加えて、抗不安薬としてジアゼパム(1-5mg)を夜間に投与される。この投与の2週間後、ナロキソンは毎晩400mgに増加される。必要により、抗不安薬が使用される。さらに2週間後、ナロキソンは毎晩60?800mgに増加される。外科手術の夜、および手術直後の期間の数晩については、ナロキソンは投与されない。患者は、モルヒネおよびコデインのような標準的な手術後鎮痛剤のみを与えられる。これらの薬剤の投与量は、この患者のエンドルフィン系のアップレギュレーションにより、この種の手術を受ける平均的人物と比較して、著しく低減される。別法において、ナロキソン治療の最初の2週間後、同じ患者に、疼痛を修飾するミュー受容体のアップレギュレーションを増強するために、増量した投与量のナロキソンと共に、特異的なミュー受容体アンタゴニストを与える。」(【0100】?【0101】)

(キ)「本発明の方法は、うつ病および関連する状態の治療において患者の気分を向上するために、ミューおよび/またはデルタアンタゴニストと共に使用されてもよい。最初は、対抗適応反応を誘発するために、非特異的なオピエート受容体アンタゴニスト(例えばナロキソン)が投与され得る。その後、治療において、デルタオピエート受容体は気分に大きく関係しているので、特異的なデルタオピエート受容体アンタゴニストを投与することが望ましいことがある。もちろん、特に慢性的疼痛が憂うつな気分に関連している場合には、ミューオピエート受容体アンタゴニストを使用することもできる。既にうつ状態の患者を治療する場合には、当業者は、アンタゴニスト-受容体結合によるあらゆる気分の急激な悪化による有害な作用に対して患者を注意深く監視するであろう。
【0103】
本発明の方法を使用してうつ状態の患者を治療する方法の例において、臨床的うつ病の診断を有する35歳の男性は、従来の抗うつ性薬剤に対して反応が乏しく、副作用を有していた。前記男性は、自殺傾向を含む抑うつ状態の一時的な悪化の可能性について特に診察される。潜在的に自殺する危険性が高い患者に対する治療の開始においては、病院または適切な精神病院の入院による治療が検討される。これが行われた後、患者は、非特異的なオピエートアンタゴニストナロキソンを用いて対抗適応療法プロトコルを開始される。経粘膜のナロキソン製剤が、20mgの負荷投与量を用いて、就寝前に始められる。同時に、6時間にわたって吸収されるように製剤された30mgの経皮投与量が適用される。この8時間当たり50mgの投与量が2週間与えられる。2週間で、経粘膜投与量は50mgに増加される。6時間の経皮投与量は50mgであり、合計100mgとなる。この投与量は1か月間にわたって与えられる。治療開始後の6週間においては、負荷投与量は、経粘膜投与量で100mgであり、6時間の経皮投与量は100mgである。さらに4?6週間後には、負荷投与に250mg、および6時間投与に250mgまでに増加され、合計で500mgにされる。さらに2か月までの後、この投与量は負荷投与に500mgおよび後続の6時間投与に500mgまで増加される。さらに1か月後、2か月後、または3か月後、この投与量は、負荷投与に1000mgおよび6時間経皮投与に1000mgまで増加される。最大投与量を、この2000mgの総投与量に長期間にわたって維持することができる。または、その翌年以降に、2,500mg、または3,000mgまたは4,000mgまで増量し続けることもできる。一たび、良好な臨床反応が得られるか、副作用があまりにも大きくなったならば、あるいは血液検査で肝機能酵素の上昇が見られた場合には、最大投与量は安定状態に達する。その後、維持療法のために、その最大許容投与量が長期間にわたって投与される。治療が中止される場合、患者は、気分障害の再発のあらゆる兆候について注意深く監視される。
【0104】
上述の患者に対する選択肢として、治療の最初の6週間後から3ヶ月までに、ナロキソンに、デルタオピエート受容体アンタゴニストを加えることがある。ナロキソンの投与量は増加され続けてもよし、あるいは、デルタアンタゴニストと組み合わされた場合には、ナロキソンの投与量はより早期に安定することもある。上記に議論された薬剤のナルトリンドール、ナトリベン(natriben)または上述した薬剤の一つのような非ペプチドデルタオピエート受容体アンタゴニストを使用することができる。ICI-154,129またはICI-174,864ペプチドのようなペプチドデルタアンタゴニストを使用することもできる。ナルトリンドールに対する開始投与量は、ナロキソンに対するそれよりも大きい。ナルトリンドールに対する開始投与量は、10mg/kg/投与もの高さになり得る。ナルトリンドールは経皮的化合物として投与されてもよいし、または他の有効な製剤形態も使用して投与されてもよい。
【0105】
主な問題は、初期量が大きすぎる場合、自殺の危険性があり得る深刻なうつ病の人々に対する投薬である。本発明の望ましい実施形態において、臨床的うつ病を有する患者は、自殺の危険性であるので、そのような患者については、治療を行わないか、あるいは、その患者をより監視するために、入院病院または適切な施設で治療するかのいずれかとすべきである。これらの患者は、治療の初めにおいては比較的より低投与量で投薬され、投与量の増加はより遅い速度で行われる。したがって、うつ状態の患者のためには、わずか10mgのナロキソンの負荷量と、その後6時間にわたって吸収される10mgまたは20mgとの合計30mgの開始投与量で治療を開始する必要がある。同様に、2週間後の投与量の増加は、上記の例に対してよりもより緩やかである。2週間で、20mgの初期投与量と、その後の6時間にわたる20?40mgとを投与するであろう。この段階的な増加は最大の臨床反応を得るために必要であるのと同じ月数にわたって継続される。」(【0102】?【0105】)

まず、上記(ア)、(イ)、(エ)及び(オ)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、内因性エンドルフィン系がうつ病などの望ましくない精神状態および神経学的状態に関係すること、本発明の方法は、望ましくない精神状態または神経学的状態に関係する神経伝達物質系を増強または抑制するために間接的な対抗適応作用を利用すること、対抗適応は、リガンドの結合に対する脳の自然な反応であること、系からリガンドが除去された後、対抗適応の効果は長期にわたって持続し、リガンドの反復投与を通じて増大し得るので、対抗適応は、神経伝達物質系の総体的な望ましい調節をもたらし、その調節は、望ましくない精神状態または神経学的状態に関して治療効果を提供し得ること、神経伝達物質が内因性エンドルフィン系である場合、使用するリガンドは、ミューおよび/またはデルタオピエート受容体アンタゴニストであり、対抗適応は、内因性エンドルフィン系のアップレギュレーションを生じること、対抗適応は、例えば、受容体末端における、かつ/または脳下垂体による、エンドルフィンの生合成または放出の増大、受容体の数および/または受容体上のエンドルフィン結合部位の数の増加、ミューおよび/またはデルタ受容体アゴニストおよび/またはエンドルフィンによる結合に対する前記受容体の感受性の増大、またはそれらの組み合わせであり得ること、そして、ミューおよび/またはデルタオピエート受容体アンタゴニストは、ナロキソン、ナルトレキソン、ナルメフェンまたはナルブフィン、あるいはそれらの医薬として許容され得る塩もしくは誘導体であること、が記載されている。
しかしながら、これらの記載は、その内容を裏付けるに足る先行技術文献や薬理試験結果を伴っているものではないから、単に、本願発明の発明者の独自の見解を述べたものと評価するほかはなく、これらの記載に接した当業者が、ナロキソンなどのアンタゴニストが患者において対抗適応を誘発することにより内因性エンドルフィン神経伝達物質系を調節するという薬理作用を示すことを、認識できるとはいえない。また、ナロキソンなどのアンタゴニストが上記薬理作用を示すことは本願発明の出願時の技術常識に属する事項であった、というような、上記薬理試験結果の記載がなされていなくてもナロキソンなどのアンタゴニストが上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。

続いて、上記(ウ)、(カ)及び(キ)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、午後6時に爽快な気分を望む患者に、例えばナロキソンを午後2時に投与すると、午後6時まで対抗適応によってもたらされるよい気分だけが残ること、6週間以内に膝の再建手術を予定されている49歳の男性が、ナロキソンパッチ200mgを毎晩貼付することから開始される手術前療法を受けることにより、モルヒネおよびコデインのような鎮痛剤の投与量が著しく低減されること、及び、臨床的うつ病の診断を有する35歳の男性の治療が、経粘膜のナロキソン製剤20mgの負荷投与量を用いて始められ、その後、負荷投与量が増加されたり、最大投与量を維持することができることが記載されている。
しかしながら、これらの記載は、上記各患者における、ナロキソンの投与計画や、本願発明の発明者が予想するナロキソンの治療効果を述べたものと評価するほかはなく、ナロキソンが該治療効果を示したことを裏付けるに足る薬理試験結果の記載とはいえないから、これらの記載に接した当業者が、ナロキソンが該治療効果を示すことを認識できるとはいえないし、ナロキソンなどのアンタゴニストが患者において対抗適応を誘発することにより内因性エンドルフィン神経伝達物質系を調節するという薬理作用を示すことを認識できるともいえない。また仮に、これらの記載に接した当業者が、ナロキソンが上記治療効果を示すことを認識できるものといえたとしても、ナロキソンの上記治療効果が、上記薬理作用によるものである、ということを裏付けるに足る根拠を、本願明細書の発明の詳細な説明や本願出願時の技術常識の中に見いだすことができないから、やはり、これらの記載に接した当業者が、ナロキソンなどのアンタゴニストが上記薬理作用を示すことを認識できるとはいえない。

したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。

4-2 特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、本願明細書のサポート要件の存在は、本願出願人すなわち審判請求人が証明責任を負うと解するのが相当である。
ここで、本願発明は、上述のように、患者において対抗適応を誘発することにより内因性エンドルフィン神経伝達物質系を調節する薬剤の調製のためのナロキソンなどのアンタゴニストの使用の発明であるから、その課題は、ナロキソンなどのアンタゴニストを薬剤の有効成分として使用することにより、患者において対抗適応を誘発することにより内因性エンドルフィン神経伝達物質系を調節するという薬理作用をもたらす薬剤を提供することにほかならない。
しかしながら、4-1で説示したように、本願明細書の発明の詳細な説明には、ナロキソンなどのアンタゴニストが上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る薬理試験結果の記載がなされているとはいえないし、ナロキソンなどのアンタゴニストが上記薬理作用を示すことは本願発明の出願時の技術常識に属する事項であったというような、上記薬理試験結果の記載がなされていなくてもナロキソンなどのアンタゴニストが上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。

そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲や、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は存在しないものとするほかはないが、それにもかかわらず、本願明細書の特許請求の範囲には本願発明が記載されているから、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、明細書のサポート要件に適合するものとはいえない。


5.むすび
以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-04-24 
結審通知日 2013-04-30 
審決日 2013-05-13 
出願番号 特願2007-533610(P2007-533610)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61K)
P 1 8・ 537- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 馬場 亮人  
特許庁審判長 内藤 伸一
特許庁審判官 渕野 留香
増山 淳子
発明の名称 対抗適応を誘発することにより神経伝達物質系を調節する方法  
代理人 恩田 博宣  
代理人 池上 美穂  
代理人 本田 淳  
代理人 恩田 誠  
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