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審決分類 審判 全部無効 特123条1項6号非発明者無承継の特許  A45D
管理番号 1280624
審判番号 無効2013-800010  
総通号数 168 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-12-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-01-25 
確定日 2013-10-25 
事件の表示 上記当事者間の特許第4356901号発明「繰り出し容器」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 I 手続の経緯
本件特許第4356901号に係る発明についての出願は、平成19年3月1日に特許出願され、平成21年8月14日にその請求項1?5に係る発明について特許の設定登録がなされ、その後、平成25年1月25日に請求人(日本ロレアル株式会社)より、本件特許の請求項1?5に係る発明についての特許を無効とする、との審決を求める本件無効審判の請求がなされ、平成25年4月16日に被請求人(太田悦嗣)より答弁書が提出され、請求人及び被請求人よりそれぞれ平成25年7月11日付けの口頭審理陳述要領書が提出され、平成25年7月25日に口頭審理が行われ、請求人及び被請求人よりそれぞれ平成25年8月8日付けの上申書が提出され、請求人より平成25年8月29日付けの上申書が提出されたものである。
なお、本件特許について、平成23年1月14日に別件の無効審判(無効2011-800008号)の請求がされ、平成23年4月4日に訂正請求がなされ、平成23年10月12日付けで、訂正を認めて上記無効審判の請求は成り立たないとする審決がなされ、同審決は平成25年3月5日に確定している。

II 本件発明
本件特許の請求項1?5に係る発明は、上記訂正請求により訂正された特許請求の範囲に記載された以下の事項により特定されるとおりのものである(以下、「請求項1?5に係る発明」を「本件特許発明1?5」といい、本件発明1?5を併せて「本件特許発明」という。また、審判請求書の記載と同様に、分説して記載する。)。
「【請求項1】
A)内周面に螺旋溝(3a)を設けた筒状の外筒部(3)内に、
B)上下方向にガイド孔(4a)を有した筒状の内筒部(4)を相対回転可能に収容し、
C)この内筒部(4)内に、ガイド孔(4a)を貫通し外筒部(3)の螺旋溝(3a)に係合する主導突起(5a)を設けた筒状の受皿(5)を収容し、
D)外筒部(3)に対して内筒部(4)を相対回転させることにより受皿(5)が内筒部(4)内を螺旋溝(3a)に沿って上下方向に移動可能とした繰り出し容器において、
E)内筒部(4)の外壁に水平方向に突き出す変形可能な突片部(6)を設け、
F)内筒部(4)を外筒部(3)に収容する際に、突片部(6)が外筒部(3)に押し倒されて斜め下方に変形され、
G)分別時においても突片部(6)が変形していることで、使用済み確認を可能にしたことを特徴とする
H)繰り出し容器。
【請求項2】
I)突片部(6)に当接する係合面(7)を外筒部(3)の内周面に設け、
内筒部(4)において、突片部(6)よりも下方には、径方向外方に突出する部分が設けられ、
J)係合面(7)が設けられた外筒部(3)の下端部は、前記突出する部分に対向配置されることを特徴とする請求項1記載の繰り出し容器。
【請求項3】
K)突片部(6)に弾性変形可能な先端部(6a)を設けたことを特徴とする請求項1記載の繰り出し容器。
【請求項4】
L)突片部(6)が当接する係合面(7)の最下部に段部(16)を設けたことを特徴とする請求項1記載の繰り出し容器。
【請求項5】
M)突片部(6)が当接する係合面(7)を透明にしたことを特徴とする請求項1記載の繰り出し容器。」

III 請求人及び被請求人の主張の概略
1 請求人の主張
本件特許は、発明者でないものであってその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対して特許されたものであるから、平成23年法律第63号改正附則第2条第9項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第123条1項6号に該当し、無効とされるべきである。

<証拠方法>
甲第1号証の1:ロット番号2C361の本件口紅を分解したものを被写体とする写真
甲第1号証の2:本件口紅の完成前の部品を被写体とする写真
甲第2号証:判定2010-600036の判定
甲第3号証の1:本件ランコムの設計図(2005年図面)
甲第3号証の2:本件ランコムの設計図(2006年図面)
甲第4号証:平成23年(ワ)第7407号の第2回口頭弁論調書
甲第5号証:実用新案登録第3116256号公報
甲第6号証:平成23年(ワ)第7407号の被告第6準備書面
甲第7号証:バイク便の領収書
甲第8号証:特許第3197160号公報
甲第9号証:無効2011-800008号の審決
甲第10号証:平成23年(行ケ)第10381号の判決
甲第11号証の1:「被請求人とシャシン社とのメールのやりとり」を印刷したもの(2007年4月19日23時10分)
甲第11号証の2:「被請求人とシャシン社とのメールのやりとり」を印刷したもの(2007年4月25日午後2時10分)
甲第11号証の3:「被請求人とシャシン社とのメールのやりとり」を印刷したもの(2007年4月25日午後6時47分)
甲第11号証の4:「被請求人とシャシン社とのメールのやりとり」を印刷したもの(2007年4月19日午後7時41分)
甲第12号証:2007年4月25日付本件使い切り容器の図面
甲第13号証:2005年6月22日付本件使い切り容器の試作品の図面
甲第14号証:標題を「陳述書」とする文書(作成日平成25年1月18日、作成者永井匡)
甲第15号証:標題を「要求書」とする文書(作成日平成25年11月25日、作成者弁護士喜多村洋一)
甲第16号証:標題を「被疑侵害物件に関しまして」とする文書(2010年12月25日付、株式会社コクミンお客様相談室宛、作成者太田悦嗣)
甲第17号証の1:封筒の写し(消印日2011年1月11日、株式会社コクミン代表取締役社長宛て)
甲第17号証の2:標題を「被疑侵害物件」とする文書(2011年1月11日付、株式会社コクミン代表取締役社長宛て、作成者太田悦嗣)
甲第18号証の1:封筒の写し(消印日2011年1月17日、株式会社コクミン代表取締役社長宛て)
甲第18号証の2:標題を「警告書」とする文書(2011年1月17日付、株式会社コクミン代表取締役社長宛て、作成者太田悦嗣)
甲第19号証:判定2010-600036の答弁書
甲第20号証:標題を「被疑侵害物件に関しまして」とする文書(2011年1月11日付、株式会社マツモトキヨシお客様相談室宛て、作成者太田悦嗣)
甲第21号証:標題を「警告書」とする文書(2011年1月18日付、株式会社マツモトキヨシ代表取締役会長兼社長宛て、作成者太田悦嗣)
甲第22号証の1:封筒の写し(消印日2010年12月18日、株式会社井田両国堂代表取締役社長宛て)
甲第22号証の2:標題を「ご協力願い書」とする文書(2010年12月18日付、株式会社井田両国堂代表取締役社長宛て、作成者太田悦嗣)
甲第23号証:標題を「警告書」とする文書(2011年1月13日付、株式会社井田両国堂代表取締役社長宛て、作成者太田悦嗣)
甲第24号証の1:封筒の写し(消印日2011年1月19日、株式会社東京ドーム代表取締役社長宛て)
甲第24号証の2:標題を「警告書」とする文書(2011年1月19日付、株式会社東京ドーム宛て、作成者太田悦嗣)
甲第25号証:平成23年(ワ)第7407号の判決
参考資料1:平成23年(ワ)第7407号の答弁書
参考資料2:平成23年(ワ)第7407号の被告第2準備書面
参考資料3:平成23年(ワ)第7407号の被告第3準備書面
参考資料4:平成23年(ワ)第7407号の被告第6準備書面
参考資料5:平成25年(ネ)第10018号の控訴理由書
参考資料6:平成23年(ワ)第7407号の被告第4準備書面
参考資料7:標題を「甲第38号証録音テープ反訳文」とする文書
参考資料8:標題を「無効2013-800010口頭審理資料」とする文書
参考資料9:平成25年(ネ)第10018号の判決

2 被請求人の主張
本件特許発明の発明者が被請求人であることは明らかであるから、本件特許は平成23年法律第63号改正附則第2条第9項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第123条1項6号に該当せず、無効とされるべきものではない。

<証拠方法>
乙第1号証の1:平成10年1月28日付産経新聞朝刊
乙第1号証の2:2005年3月30日付日刊工業新聞
乙第1号証の3:平成17年4月22日付夕刊フジ
乙第1号証の4:平成17年4月28日付産経新聞夕刊
乙第1号証の5:平成17年5月16日付週間粧業
乙第1号証の6:平成17年6月11日付日本経済新聞夕刊
乙第2号証:ジャパンデザイン グッドデザインアワード・イヤーブック2008-2009
乙第3号証:平成24年(行サ)第10030号上告事件の上告の取下書
乙第4号証:平成24年(行ヒ)第429号の調書(決定)
乙第5号証:平成23年(ワ)第7407号の本人調書
乙第6号証:写真
乙第7号証:標題を「memorandum」とする文書
乙第8号証:写真撮影報告書(平成25年4月16日付)
乙第9号証:標題を「AGREEMENT」とする文書
乙第10号証:電子メールを印刷したもの
乙第11号証:標題を「要請書」とする文書
乙第12号証:広辞苑第6版1986頁
乙第13号証:平成23年(ワ)第7407号の原告らの準備書面(2)
乙第14号証の1:特開平9-87142号公報
乙第14号証の2:特開2000-342329号公報
乙第14号証の3:特開2003-310349号公報
標題を「無効2013-800010口頭審理被請求人説明資料」とする文書

IV 本件特許発明の発明者についての、請求人と被請求人の主張
1 請求人の主張
(1)チャン・リーチュン氏が本件特許発明の発明者であること
(1-1)請求人の販売する商品「メイベリンウォーターシャイニーピュアダイヤモンド」の容器(以下、「本件容器」という。)は、その内筒部に変形可能な突片部(以下、「本件突片部」という。)を有している。
(1-2)そして、本件突片部を有する本件容器は、Suzhou Shya Hsin Plastic Co.,Ltd. (以下、「シャ・シン社」という。)の○立群氏(※審決注:○は、「危」の字の部首「ふしづくり」に代えて「八」と「言」を縦に並べた字。本件事件に係る書面及び証拠において、「○立群」は、「チャン・リーチュン」(甲第4号証等を参照。)、「▲せん▼立群」(甲第5号証を参照。)とも記載されているが、以下、これらを「チャン・リーチュン」に統一して記載する。)が、自身の保有する実用新案登録第3116256号(2005年10月19日登録、甲第5号証を参照。)に係る考案(以下、「本件実用新案」という。)に基づき、2005年11月19日に作成し、2006年2月14日に修正した「LANCOME」ブランドの商品の容器に係る設計図(以下、2005年11月19日に作成された図面を「本件ランコム図面(2005年図面)」、2006年2月14日に作成された図面を「本件ランコム図面(2006年図面)」、これらの図面を総称して「本件ランコム図面」という。)に基づいて、製造されたものである。
(1-3)また、本件突片部を有する本件容器の構造は、本件特許発明1及び2の構成要件A)ないしJ)を全て充足している。
(1-4)したがって、本件特許発明1及び2は、本件ランコム図面の作成者であるシャ・シン社のチャン・リーチュン氏が発明したものである。また、本件特許発明3ないし5は、本件容器の構造について、何ら新たな本質的な要素を付け加えたものではないから、これらの発明も、本件ランコム図面の作成者であるシャ・シン社のチャン・リーチュン氏が発明したものである。

(2)被請求人は、本件特許発明の発明者でないこと
(2-1)被請求人は、本件特許権に係る出願日より約1ヶ月前である2007年2月7日に、シャ・シン社から本件突片部を有する本件容器の現物を見せられたというのであるから、同時点でチャン・リーチュン氏の発明した本件突片部を有する本件容器の構造を認識するに至ったことは明らかである。
(2-2)被請求人は、本件特許権に係る出願日より約1年1ヶ月も前である2006年2月8日の、被請求人の保有する特許第3197160号に係る発明に関連する化粧用容器(以下、「使い切り容器」という。)の製造に関する打合せの会議の時に、シャ・シン社の○玲郎氏(※審決注:○は、「危」の字の部首「ふしづくり」に代えて「八」と「言」を縦に並べた字。本件事件に係る書面及び証拠において、「○玲郎」は、「チャン・リンラン」(甲第4号証等を参照。)とも記載されているが、以下、これらを「チャン・リンラン」に統一して記載する。)に「内筒に突片部を有する製品のアイデア」を説明し、その会議の後に、突片部の形状や配置等指示書を送付したというが、「使い切り容器」とは何の関係もない突片部が、唐突に打合せのテーマになったという主張自体が作り話としか言いようがない。また、本件ランコム図面(2005年図面)に既に突片部の記載が存在するから、本件ランコム図面(2006年図面)の突片部が被請求人の指示により書き加えられたということは有り得ない。
(2-3)本件特許発明の特徴的部分とは、「内筒部を該当部に収容する際に、突片部が該当部に押し倒されて斜め下方に変形され、分別時においても突片部が変形していることで、使用済み確認を可能にし」ている部分、すなわち、本件突片部が押し倒されて斜め下方に変形する点である。
一方、シャ・シン社が2007年4月25日付けで作成した図面の符号Fで示された箇所には、「使い切り容器」についての突片部が記載されている。そして、その突片部は本件突片部と同じものである。
本件特許発明の発明者であれば、本件特許発明の特徴部分である本件突片部の変形について十分に理解していなければならないはずであるにも拘わらず、被請求人は、シャ・シン社に対し、本件使い切り容器の突片部について「羽根が折れる危険性はありませんか。」と質問をしているから、その突片部について理解していない。
このような被請求人の言動から、被請求人が本件特許発明の特徴的部分に創作的に寄与していたということはできない。
(2-4)したがって、被請求人が本件容器の突片部を発明し、その発明内容をシャ・シン社に指示して本件容器を製造させたということはありえない。

(3)本件特許発明の課題について
(3-1)本件特許発明が掲げる「課題」は、「繰り出し容器から分別された部材について、被繰り出し物の用途に応じてリユースをしてはいけない場合や、衛生面に特に配慮が必要な部材を分別後、又は、部材洗浄後にも特定可能とすること」であるが、かかる「課題」は、「課題を解決するための手段」の当然の効果を記載したものに過ぎず、実質的には「課題」ではない。
(3-2)本件特許発明が「課題を解決するための手段」として掲げていることは、要するに、「口紅容器の内筒部に上から圧力をかけた場合に下方向に変形する突片部を作り、使用済み確認をできるようにすること」である。ここでは、突片部の変形を見て、「使用済み」であると判断すると言っているのであるから、その前提として、「突片部が変形しないので使用済み確認ができない」という「課題」が存在していなければならない。また、仮に、「使用済み確認」なることが必要とされていたとしても、本件特許発明は、「突片部の変形」を見ることを「手段」として選択したのであるから、その前提として、「突片部が変形しないので使用済み確認ができない」という「課題」がなければ、「手段」自体が無意味なものである。
(3-3)仮に「突片部が変形しないので使用済み確認ができない」という「課題」が、言葉の上では存在するとしても、そのような「課題」は、本件ランコム図面における「ポリプロピレン」という指定に注目するならば、本件ランコム図面に記載された発明によって解決されている。すなわち、そのような「課題」は、本件ランコム図面に記載された発明における「突片部が変形している」という「課題を解決するための手段」の当然の効果であるところの「使用済み確認が可能になっている」ことを述べているに過ぎない以上、単なる言葉として存在するだけであり、実体を伴う「課題」なのではない。
(3-4)したがって、本件特許発明が掲げる「発明が解決しようとする課題」は、典型的な「弾塑性材質」であるプラスチックを使用して内筒に突片部を形成するという技術常識に照らせば、そもそも「課題」と呼ぶに値しないものであり、また、仮にこれを「課題」と呼んだとしても、本件ランコム図面に記載されているシャ・シン社発明によって解決済みの「課題」であり、実体を伴わないものである。

2 被請求人の主張
(1)本件特許発明の発明者は被請求人であり、チャン・リーチュン氏ではないこと
(1-1)本件特許発明は、使い切り容器の開発により現実味を帯びてきたロ紅容器のリサイクルに関連した発明であり、口紅容器のリサイクルの提唱者である被請求人の問題意識が結実した発明である。
(1-2)本件特許発明において、「被繰り出し物の用途に応じてリュースをしてはいけない場合や、衛生面に特に配慮が必要な部材を分別後、又は、部材洗浄後にも特定可能な構造の繰り出し容器を得ようとする」ことが課題として挙げられているところ、かかる課題を着想したのは、紛れもなく、被請求人である。一方、かかる課題の着想にチャン・リーチュン氏が何ら関与していないことは、本件実用新案に係る明細書又は図面(甲第5号証)に本件特許発明の課題が開示も示唆もされていないことから明らかである。
(1-3)上記の課題を解決するために、本件特許発明1では、内側の外壁に水平方向に突き出す変形可能な突片部を設け、内筒を外筒部に収容する際に、突片部は外筒部に押し倒されて斜め下方に変形され、分別時においても突片部が変形していることで、使用済確認を可能にする構成を採用し、本件特許発明2では、更に、外側部の下端部が、内筒の突出する部分に対向配置される構成を採用しているが、上記の課題解決のためにかかる構成を着想し、具体化していったのも被請求人である。これに対し、チャン・リーチュン氏は、そもそも、上記の課題すら認識していないから、課題解決のための着想の具体化をするということもあり得ない。
(1-4)請求人は、本件容器が本件実用新案の実施品として製造されたものであると主張するが、そうであるならば、本件容器に設けられた突片部は、容器の使用済確認のためのものではなく、「嵌設時の2個の管間の弾性サポートを形成し、該2個の管面間は適当な間隙を保持し、一定の摩擦阻害力を達成し円滑な回転制御を確保する」(甲第5号証)ためのものであるということになる。すなわち、請求人の主張は、突片部を容器の使用済み確認のために設ける発想については被請求人がしたものであることを前提とするものである。
(1-5)したがって、本件特許発明の発明者は被請求人であって、チャン・リーチュン氏ではない。

(2)本件容器は被請求人の指示に基づいて製作されたものであること
(2-1)被請求人は、2006年2月8日の午後、チャン・リンラン氏と大阪で面談し、内筒に突片部を有する製品のアイデアを説明し、その日の夜、チャン・リンラン氏の宿泊していたホテルあてに指示書を送付した(乙第5号証)。
(2-2)その後、シャ・シン社の本社工場にて突片部を有する製品の試作品の製造が進められ、平成18年2月14日に本件ランコム図面(2006年図面)が完成したが、その図面には、被請求人が上記指示書で指示した内容がすべて具体的に表現されている。また、その図面に記載の底部の形状は、使い切り容器に係る図面に記載の底部の形状と一致している。
(2-3)被請求人は、平成19年2月7日に、シャ・シン社の本社を訪ね、この際に、「ランコム」の既存の容器をもとに製造された突片部を有するロ紅容器の現物と、この製品の突片部が使用後にきちんと折れ曲がることとを確認し、平成19年3月1日に本件特許出願を行った(乙第5号証)。
(2-4)請求人は、チャン・リーチュン氏の証言に基づいて、本件容器は、本件特許の出願前にチャン・リーチュン氏が本件実用新案に基づき作成した本件ランコム図面に基づいて製作されたものであると主張するが、本件容器は本件実用新案の実施品といえず、また、本件ランコム図面(2005年図面)はその信憑性が極めて低いものであり、また、チャン・リーチュン氏の証言は信用できないものであり、さらに、本件ランコム図面はチャン・リーチュン氏により作成されたものでないことは明らかであるから、その主張は理由がないものである。
(2-5)したがって、本件容器は、被請求人の指示に基づいて製作されたものであって、チャン・リーチュン氏によるものではない。

V 当審の判断
A 本件特許発明について
1 本件明細書には、次のとおり記載されている。
(1)「【技術分野】
【0001】
本発明は、主に口紅、リップクリーム、スティックアイシャドー、スティックファンデーション等適量を露出させることができる棒状化粧料を収容する繰り出し容器に関するものである。このような繰り出し容器に収容される内容物、即ち、被繰り出し物としては、口紅やリップクリームのように比較的柔らかいスティック状に形成されたものが代表的であるが、その他に、ファンデーション、アイシャドー、頬紅、クリーム(下地、美白、クレンジングなど)等の仕上げ又は皮膚用化粧品類、整髪料、染毛料、ヘアトリートメント等の頭髪用化粧品類、香料類、ハップ剤、皮膚防護剤、殺菌剤、日やけ止め又は日やけ用等の特殊用途化粧品類、スティック糊等の事務用品類、靴下止め、カー用品としての曇り止めや傷補修材、しみ取り、靴墨等の雑貨類など種々の用途のものがある。」
(2)「【背景技術】
【0002】
・・・。繰り出し容器は、携帯性に優れていることから幅広く使用され、従来に比べて軟らかい皮膚用化粧品類や殺菌剤に用いられるなど多様化している。
【0003】
ところで、近年、環境問題への取り組みから繰り出し容器のリサイクルや、部材のリュースなどを可能にしようとする技術が多く、・・・」
(3)「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の様に、金属製部品と樹脂製部品を分別することや、分別した部材を変形させることなく取り出し、部材のリュースを可能にすることは開発のテーマの一つである。
【0006】
この種の技術では、部材を分別し、分別後の変形を抑えることで部材をリュースし、有効利用させることで環境に配慮しようとするものであるが、皮膚用化粧品類や殺菌剤の容器への部材の再利用は安全の観点から衛生面に配慮されなければならない。
【0007】
部材によっては、過去に充填されていた被繰り出し物の特定が必要になる医薬品等の容器として使用される可能性もでている。」
(4)「【0008】
そこで、この発明は、被繰り出し物の用途に応じてリュースをしてはいけない場合や、衛生面に特に配慮が必要な部材を分別後、又は、部材洗浄後にも特定可能な構造の繰り出し容器を得ようとするものである。」
(5)「【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明は、上記の課題を解決するために、内周面に螺旋溝3aを設けた筒状の外筒部3内に、上下方向にガイド孔4aを有した筒状の内筒部4を相対回転可能に収容し、この内筒部4内に、ガイド孔4aを貫通し外筒部3の螺旋溝3aに係合する主導突起5aを設けた筒状の受皿5を収容し、外筒部3に対して内筒部4を相対回転させることにより受皿5が内筒部4内を螺旋溝3aに沿って上下方向に移動可能とした繰り出し容器において、内筒部4の外壁に変形可能な突片部6を設け、内筒部4を外筒部3に収容する際に、突片部6を変形させ、分別時の使用済み確認を可能にしたことを特徴とする繰り出し容器である。」
(6)「【0010】
このように、容器の分別後には突片部6が変形しているので使用済み部材であることを容易に確認することができる。」
(7)「【発明の効果】
【0015】
上記のように、この発明は、一旦組み込まれた部材や使用済みの部材であることを知らせると共に、取扱に何らかの注意が必要であることを喚起し、また、確認することができるものである。」
(8)「【発明を実施するための最良の形態】
・・・
【0018】
・・・水平方向に突き出した二対の突片部6は、外筒部3に押し倒され係合面7に当接し斜め下方向に変形する。・・・
【0019】
図3は、この発明に係る繰り出し容器の一部断面図を含む平面図である。図3(a)は、外筒部3に内筒部4を収容する前の状態を示す図で、(b)は、外筒部3に内筒部4を収容した状態を示す図である。図3(a)に示すように収容前、二対の突片部6は水平方向に突き出し、(b)に示すように外筒部3に内筒部4を収容すると突片部6は外筒部3に押し倒され係合面7に当接し斜め下方向に変形する。
【0020】
図4は、この発明に係る繰り出し容器の内筒部4の平面図である。図4(a)は、使用前の内筒部4を示す図で、図4(b)は、使用後の内筒部4を示す図である。この実施例では、図4(a)に示すように使用前の二対の突片部6は、水平方向に突き出し、・・・。使用後の突片部6は図4(b)に示すように斜め下方向に変形している。このように一度収容された内筒部4は、突片部6が変形しているために、使用された部材であることを容易に確認することができる。また、変形した突片部6を水平方向に再び戻そうとする際には、基部6bが折れ、内筒部4から離脱するように設定することも可能である。・・・」

2 判断
(1)本件明細書には、技術分野について「本発明は、主に口紅、リップクリーム、スティックアイシャドー、スティックファンデーション等適量を露出させることができる棒状化粧料を収容する繰り出し容器に関するものである。」(摘記事項(1)を参照。)と記載され、従来技術について「繰り出し容器は、携帯性に優れていることから幅広く使用され、従来に比べて軟らかい皮膚用化粧品類や殺菌剤に用いられるなど多様化している。」、「近年、環境問題への取り組みから繰り出し容器のリサイクルや、部材のリュースなどを可能にしようとする技術が多く、」(摘記事項(2)を参照。)と記載され、本件発明の解決しようとする課題について「この種の技術では、部材を分別し、分別後の変形を抑えることで部材をリュースし、有効利用させることで環境に配慮しようとするものであるが、皮膚用化粧品類や殺菌剤の容器への部材の再利用は安全の観点から衛生面に配慮されなければならない。」、「この発明は、被繰り出し物の用途に応じてリュースをしてはいけない場合や、衛生面に特に配慮が必要な部材を分別後、又は、部材洗浄後にも特定可能な構造の繰り出し容器を得ようとするものである。」(摘記事項(3)及び(4)を参照。)と記載されている。
一方、特許請求の範囲に「【請求項1】・・・繰り出し容器において、内筒部(4)の外壁に水平方向に突き出す変形可能な突片部(6)を設け、内筒部(4)を外筒部(3)に収容する際に、突片部(6)が外筒部(3)に押し倒されて斜め下方に変形され、分別時においても突片部(6)が変形していることで、使用済み確認を可能にしたことを特徴とする繰り出し容器。」(上記IIの欄の記載を参照。)と記載されているところ、本件明細書には、本件発明の作用効果として「【0010】・・・容器の分別後には突片部6が変形しているので使用済み部材であることを容易に確認することができる。」(摘記事項(6)を参照。)、「【発明の効果】・・・この発明は、一旦組み込まれた部材や使用済みの部材であることを知らせると共に、取扱に何らかの注意が必要であることを喚起し、また、確認することができるものである。」(摘記事項(7)を参照。)と記載され、また、本件発明の実施例の作用効果として「【発明を実施するための最良の形態】・・・使用後の突片部6は図4(b)に示すように斜め下方向に変形している。このように一度収容された内筒部4は、突片部6が変形しているために、使用された部材であることを容易に確認することができる。」(摘記事項(8)を参照。)と記載されている。

(2)以上を総合して、本件特許発明は、(ア)棒状化粧料を収容する繰り出し容器に関するものであり、(イ)解決しようとする課題を、繰り出し容器から分別された部材について、被繰り出し物の用途に応じてリュースをしてはいけない場合や、衛生面に特に配慮が必要な部材を分別後、又は、部材洗浄後にも特定可能とすることとし、(ウ)課題を解決するための手段を、繰り出し容器の部材としての内筒部(4)の外壁に水平方向に突き出す変形可能な突片部(6)を設け、内筒部(4)を外筒部(3)に収容する際に、突片部(6)が外筒部(3)に押し倒されて斜め下方に変形され、分別時においても突片部(6)が変形していることで、使用済み確認を可能とする構成を有するものとし、それにより(エ)その部材が、一旦組み込まれた部材や使用済みの部材であることを知らせると共に、取扱に何らかの注意が必要であることを喚起し、また、確認することができるとの作用効果を奏するものと認められる。
すなわち、本件特許発明は、繰り出し容器から分別された部材について、被繰り出し物の用途に応じてリュースをしてはいけない場合や、衛生面に特に配慮が必要な部材を分別後、又は、部材洗浄後にも特定可能(上記(イ)を参照。)とするとの課題や、その部材が、一旦組み込まれた部材や使用済みの部材であることを知らせると共に、取扱に何らかの注意が必要であることを喚起し、また、確認することができる(上記(エ)を参照。)との課題を、繰り出し容器の部材としての内筒部(4)の外壁に水平方向に突き出す変形可能な突片部(6)を設け、内筒部(4)を外筒部(3)に収容する際に、突片部(6)が外筒部(3)に押し倒されて斜め下方に変形され、分別時においても突片部(6)が変形していることで、使用済み確認を可能とする構成(上記(ウ)を参照。)を採用することにより解決するものと認められる。

B 被請求人が本件特許発明の発明者でないといえるかどうかについて

請求人は「被請求人は、本件特許権に係る出願日より約1ヶ月前である2007年2月7日に、シャ・シン社から本件突片部を有する本件容器の現物を見せられたというのであるから、同時点でチャン・リーチュン氏の発明した本件突片部を有する本件容器の構造を認識するに至たったことは明らかである」と主張している(請求書16?17頁)。

1 そこで、被請求人が2007年2月7日に見せられたとされる容器はどのようなもので、それにより何を確認できたかについて検討する。

(1)被請求人は次のとおり主張している。
「チャン・リンランの日本訪問にあわせて打ち合わせをすることになり、平成18年2月8日(※審決注:2006年2月8日、以下、年号の記載は西暦に置き換えて記載する。)の午後、三菱化学株式会社の大阪支社の会議室で、被請求人とチャン・リンラン、カレン・チャンとで打ち合わせを行い、この際に被請求人はチャン・リンランから使い切り容器の試作品を受け取った(乙5の本人尋問調書4頁)。
また、この日の三菱化学での打ち合わせの際に、被請求人が、チャン・リンランに対し内筒に突片部を有する製品のアイデアを説明し、「使用済み確認をするための印をつけるという技術があるのだけれども、興味があるか」「もし興味があるなら、試作品を作ってもらえないか」と持ち掛けたところ、チャン・リンランはこれを快諾した(乙5の本人尋問調書5頁)。この三菱化学での打ち合わせの時点では、突片部を有する容器の試作品の製作にチャン・リンランが応じてくれるかどうかが不確かであったため、図面などは渡さなかったが、詳しいメモはその日の晩にチャン・リンランらが宿泊していた日航ホテルに届けることにし、その日の夜のバイク便で、チャン・リンランが宿泊していた日航ホテル大阪あてに突片部の形状や配置等に関する指示書を送付した(乙5の本人尋問調書5頁、甲8)。
被請求人は、この指示書の中で、[1](※審決注:[1]は丸数字の1、以下の[2]、[3]についても同様。)突片部の配置、[2]突片部の形状、[3]ランコムの通常の容器に設けられているストッパーを外すことについての・・・指示を記載した(乙5の本人尋問調書6頁?7頁)。」(答弁書10頁)、「被請求人は、2007年2月7日に、使い切り容器の量産金型の確認のためにシャ・シン社の本社を訪ねたが、この訪問の際に、被請求人はチャン・リンランから、「ランコム」の既存の容器をもとに製造した突片部を有するロ紅容器の現物を確認した(乙5の本人尋問調書10頁)。そして、被請求人は、この製品の突片部が使用後にきちんと折れ曲がることを確認し、その後、2007年3月1日に本件特許出願を行った(乙5の本人尋問調書11頁)。」(答弁書14頁)

上記主張によれば、被請求人の主張は、「被請求人は、2007年2月7日に、「ランコム」の既存の容器をもとに、被請求人の指示に従って製造され、使用済み確認をするための印としての突片部が付いた口紅容器を見せられ、それにより、突片部が使用後にきちんと折れ曲がることを確認した」という趣旨と認められる。

(2)上記主張は、被告本人についての尋問調書にのみ基づくものであって、客観的証拠に基づくものではない(なお、被請求人の「突片部が使用後にきちんと折れ曲がることを確認し」との主張については、当該調書にも裏付ける記載がないから、本人尋問調書に基づくものであるともいえない。)。
また、請求人は、「被請求人は、・・・2006年2月8日に、・・・本件容器とは構造の異なる化粧品容器の製造に関する打合せをシャ・シン社の先代社長であるチャン・リンラン氏・・・等と行ったときに、内筒に突片部を有する製品のアイデアを説明し、・・・。しかし、そもそも、被請求人が主張している打ち合わせなるものは、被請求人が別に特許権を有している「使い切り容器」と称する、本件容器とは構造の異なる化粧品容器の製造に関するものであったというのであるから、それとは何の関係もない本件突片部が、唐突に打合せのテーマになったという主張自体が作り話としか言いようがない」と主張している(請求書17?18頁)。
そうすると、被請求人は、2007年2月7日に、被請求人の指示に従って製造されたものとは別の容器を見せられたとも考えられるので、その場合について、さらに検討する。

(2-1)請求人の、「本件突片部を有する本件容器は、シャ・シン社のチャン・リーチュン氏が、本件実用新案に基づき、作成及び修正した本件ランコム図面に基づいて、製造されたものである」(請求書16頁)との主張と、「被請求人は、本件特許権に係る出願日である2007年2月7日に、シャ・シン社から本件突片部を有する本件容器の現物を見せられたというのであるから、・・・」(請求書16頁)との主張からみて、請求人は、被請求人は、2007年2月7日に、「甲第5号証の記載に基づき作成された本件ランコム図面に基づき製造された、本件突片部を有する本件容器と同じ構造を持つ容器」を見せられた、と主張していると考えられる。
そこで、まず、被請求人が、「甲第5号証の記載に基づき作成された本件ランコム図面に基づき製造された、本件突片部を有する本件容器と同じ構造を持つ容器」を見せられたとして検討する。

(2-1-1)甲第5号証について
a 甲第5号証には、次のとおり記載されている。
(a)「出願日 平成17年8月30日(2005.8.30)」
(b)「考案者 チャン・リーチュン」
(c)「【請求項1】
主に内管を含み、
該内管底部は回転台と相互に連結し、該内管両側にはそれぞれスライド槽を形成し、外側に嵌設する嵌合管上の螺旋導入槽に対応し、該内管の中空内部には口紅本体を設置する充填台を組合せ、該内管の回転により口紅の昇降を形成し、
該内管底部と該回転台が相互に接続する周囲縁上には、数個の突出排列する弾性係合固定片を等分に設置し、該嵌合管により外側を覆う時、該係合固定片の突出により、嵌設時の2個の管間の弾性サポートを形成し、該2個の管面間は適当な間隙を保持し、一定の摩擦阻害力を達成し、円滑な回転制御を確保することを特徴とする口紅ケース内管の回転制御構造。
【請求項2】
前記弾性係合固定片は薄片状で適当な高さの突出設計を呈し、挿入組立て後は適当に傾斜湾曲し緊密に固定される構造を形成することを特徴とする請求項1記載の口紅ケース内管の回転制御構造。」
(d)「【技術分野】
【0001】
本考案は一種の口紅ケース内管の回転制御構造に関する。特に一種の口紅内管底部の環状周囲面上に適当に突出する数枚の弾性係合固定片を設置し、嵌合管底部と相互に嵌設後は適当な係合状態を呈し、嵌合管はオーバーハング設置を形成し、口紅充填台との間は適当な間隙を具え、口紅の回転力を一致させ円滑な昇降操作を確保可能で、潤滑剤を一切使用する必要がないため、口紅本体の使用が安全で衛生的となる口紅ケース内管の回転制御構造に係る。」
(e)「【考案が解決しようとする課題】
【0003】
公知構造には以下の欠点があった。
すなわち、公知構造では管面の硬度の不足、成型時の塑性変形による真円度の不足、組立て時に生じ得る押し込みによる偏りなどのために、回転が非円滑となり緩み、また滑移動する状況が発生する。
本考案は上記構造の問題点を解決した口紅ケース内管の回転制御構造を提供するものである。」
(f)「【0006】
図1、2、3に示すように、本考案は主に内管10底部に回転台11を連結し、相互に結合させることにより回転可能な構造体を構成する。該内管10の管面両側にはそれぞれL型のスライド槽12を形成し、管底部の該回転台11と相互に接続する周囲縁上には、数個の突出排列する薄片状の弾性係合固定片13を等分に設置し、適当な高さの突出を形成する。こうして、挿入組立て後は適当に傾斜湾曲し緊密に固定される構造を形成する。
また管体内部には両側のスライド槽12に沿って上下にスライド移動を行う口紅充填台14を挿入設置する。該充填台14両側にはそれぞれ凸軸15を突出し、該スライド槽12内に設置することにより、該スライド槽12は固定方向の上下スライド移動を行う。また該内管10の外側は嵌合管16により覆うため、該内管10底部環状周囲面上に設置する係合固定片13により、該嵌合管16において嵌設する時、弾性サポート組立てを形成する。こうして、両管面は適当な間隙を保持しつつ組合される。
該嵌合管16内縁面上には螺旋導入槽17を設置し、該充填台14両側の凸軸15は該嵌合管16の導入槽17内に突出進入する。該回転台11の回転制御により、該充填台14は該嵌合管16の螺旋導入槽17により駆動され、該内管10のスライド槽12に対応し、固定方向の上下昇降伸縮操作を行う。
該係合固定片13の緊密な定位により、該内管10を回転操作する時、相互に穿設される2個の管間は一定の弾性摩擦阻害力を保持するため、組立て変形による干渉を受けることはない。こうして内部に充填する口紅本体18の伸縮使用はスムーズとなる。特に該係合固定片13の弾性による適当なサポートにより、該口紅本体18を伸ばし使用する時も圧力により該内管10が回転し、該口紅本体18が内部へと収縮する状況の発生を防止することができる。すなわち、口紅使用時の安全と安定、実用性を確保可能である。」
(g)「【0007】
本考案は該内管10底部環状周囲面上に等分に排列する係合固定片13の突出係合設計を通して、該内管10と該嵌合管16間の挿入組立てにおいて、一定の間隙を保持する。また2個の管面間は直接接触せず、底部環状周囲面の係合固定片13だけが相互に緊密に固定、接触するため、2個の管面は適当に分離する。こうして該内管10全体の回転操作時に、安定的かつ円滑、さらに無駄な力を省きながら操作可能である。
さらに管縁全体の摩擦力が一定で相互に接触しないため、該充填台14両側のスライド移動する凸軸15とスライド槽17間は点接触のスライド移動を形成する。よって、潤滑剤の塗布は一切必要なく、該口紅本体18の包装使用において、異物と接触する恐れを完全に払拭することができる。こうして安全と衛生を確保可能である。また、塑性或いは管面の硬度不足が原因の組立て時の変形による相互摩擦が非円滑となる欠点を改善することができる。
すなわち、本考案の内管10と嵌合管16間の構造設計は口紅の構成部品を大幅に減らすことができる他、公知の口紅ケースにおいて回転操作がスムーズに行かないという欠点を改善可能である。」

図1の記載から、内管10、嵌合管16及び口紅充填台14の形状が筒状であることが窺える。
また、図2の記載から、弾性係合固定片13が内管10の軸線に対して斜めになった状態でその端部において嵌合管16の内面に接していることが窺える。
上記図2の記載と摘記事項(f)とを併せてみて、弾性サポートは、弾性係合固定片13が内管10の軸線に対して斜めになった状態でその端部において嵌合管16の内面に接することにより形成されるものである。

したがって、甲第5号証には、2005年8月30日の出願に係るものであって、発明者をチャン・リーチュン氏とする次の発明が記載されている(以下、「甲第5号証発明」という。)。
「内周面に螺旋導入槽17を設けた筒状の嵌合管16内に、上下方向にスライド槽12を有した筒状の内管10を相対回転可能に収容し、
この内管10内に、スライド槽12を貫通し嵌合管16の螺旋導入槽17に突出進入する凸軸15を設けた筒状の口紅充填台14を収容し、
嵌合管16に対して内管10を相対回転させることにより口紅充填台14が内管10内を螺旋導入槽17に沿って上下方向に移動可能とした口紅ケースにおいて、
内管10の周囲縁上に突出排列する弾性係合固定片13を設け、嵌合管16により内管10の外側を覆う時、弾性係合固定片13が内管10の軸線に対して斜めになった状態でその端部において嵌合管16の内面に接し弾性サポートを形成するようにした口紅ケース。」

b そして、弾性係合固定片13は、「該係合固定片13の緊密な定位により、該内管10を回転操作する時、相互に穿設される2個の管間は一定の弾性摩擦阻害力を保持するため、組立て変形による干渉を受けることはない。こうして内部に充填する口紅本体18の伸縮使用はスムーズとなる。特に該係合固定片13の弾性による適当なサポートにより、該口紅本体18を伸ばし使用する時も圧力により該内管10が回転し、該口紅本体18が内部へと収縮する状況の発生を防止することができる。すなわち、口紅使用時の安全と安定、実用性を確保可能である。」(上記摘記事項(f)を参照。)との効果を奏するためのものと認められる。

c 一方、甲第5号証には、弾性係合固定片13が、口紅ケースの分別時において変形していることで、使用済み確認を可能とするものであるかどうかについて記載も示唆もない。

(2-1-2)本件ランコム図面について
a 本件ランコム図面(2005年図面)
請求人の主張によれば、本件ランコム図面(2005年図面)は、甲第5号証に基づいて作成されたものであるから、甲第5号証発明の口紅ケースに関するものであり、また、本件ランコム図面(2005年図面)の「5/5」と記載された図面(以下、「本件ランコム図面(2005年図面5頁)」という。)に記載の部材は甲第5号証発明の内管10に対応するものであると認められる。
本件ランコム図面(2005年図面5頁)の右上には、甲第5号証発明の内管10に対応する部材の一部分について正面から見た断面の拡大図が「A」として記載され、また、同じく図面の左下には、同部分について側面から見た断面の拡大図が「E-E」として記載されている。
そして、拡大図の「A」には、甲第5号証発明の弾性係合固定片13に対応する部材が、先端部分について「φ17±0.08」及び「R0.2」、幅について「0.2」、内管近傍部分について「R0.1」との寸法を有するとして記載されている。
また、拡大図の「E-E」には、上記弾性係合固定片13に対応する部材が内管10に対応する部材の外周面に4つ設けられることが記載されている。
さらに、同図面の右下の表に「MAT’L」、「PP」と記載されているから、内管10に対応する部材は「ポリプロピレン」からなると認められる。

b 本件ランコム図面(2006年図面)
本件ランコム図面(2005年図面)と同様の記載が認められる。

c 一方、本件ランコム図面(2005年図面)と本件ランコム図面(2006年図面)の何れにも、甲第5号証発明の弾性係合固定片13に対応する部材が、口紅ケースの分別時において変形していることで、使用済み確認を可能としているものかどうかについて記載も示唆もない。

この点について、請求人は、「技術常識であったのは、本件ランコム図面で指定されているとおり、「ポリプロピレン」等のプラスチック素材を使用して内筒に突片部を形成することなのであり、プラスチックが「弾性」と「塑性」の両性質を具有する「弾塑性材質」であることは技術常識である。すなわち、典型的な「弾塑性材質」であるプラスチックを使用して内筒に突片部を形成すれば、自然と「分別時においても突片部が変形している」ことになるのであるから、その当然の効果として「使用済み確認をできる」」(陳述要領書6頁)と主張している。
しかしながら、甲第5号証の記載に基づいて作成された突片部は、一定の弾性摩擦阻害力を保持し弾性による適当なサポートを生じさせるために設けられるものであって、口紅ケースの分別時において変形していることで、使用済み確認を可能にするために設けられるものではなく、また、ポリプロピレンが弾塑性物質であることが技術常識であるとしても、ポリプロピレンから形成される上記突片部が口紅ケースの分別時において変形していることで、使用済み確認を可能とする程度に変形するものであるとはいえない。
よって、請求人の当該主張は理由がない。

d そうすると、甲第5号証の記載に基づき作成された本件ランコム図面に基づき製造された口紅ケースにおける突片部は、ポリプロピレンからなり、(2-1-2)欄のa及びbに記載したとおりの寸法を有し、内管10に対応する部材の外壁に4つ設けられ、「嵌合管16に対応する部材により内管10に対応する部材の外側を覆う時、突片部が内管10に対応する部材の軸線に対して斜めになった状態でその端部において嵌合管16に対応する部材の内面に接し弾性サポートを形成」するように設けられるものであるに止まり、「分別時においても突片部が変形していることで、使用済み確認を可能に」するように設けられるものとはいえないし、また、「分別時においても突片部が変形していることで、使用済み確認を可能に」するとの作用効果を奏するかどうかの特定もできないものである。

(2-1-3)小括
よって、容器が「甲第5号証の記載に基づき作成された本件ランコム図面に基づき製造された、本件突片部を有する本件容器と同じ構造を持つ口紅ケース」であって、被請求人は、2007年2月7日に、その容器を見せられたとしても、その突片部について「分別時においても突片部が変形していることで、使用済み確認を可能にした」ものであることを確認できたとまではいえない。

(2-2)次に、甲第5号証発明が既に存在していたことから、本件ランコム図面に基づくものではないものの、何らかの内筒部の外壁に変形可能な突片部を設けた容器が存在しており、被請求人は、2007年2月7日にその容器を見せられたことも考えられる。
しかしながら、この場合、容器の突片部についての具体的な形状も作用も特定できないから、被請求人は、2007年2月7日にこの様な容器を見せられたとしても、その突片部について「分別時においても突片部が変形していることで、使用済み確認を可能にした」ものであることを確認できたとまではいえない。

(2-3)よって、被請求人は、2007年2月7日に、「甲第5号証の記載に基づき作成された本件ランコム図面に基づき製造された、本件突片部を有する本件容器と同じ構造を持つ容器」を見せられたとしても、また、「本件ランコム図面に基づくものではないものの、何らかの内筒部の外壁に変形可能な突片部を設けた容器」を見せられたとしても、その突片部について「分別時においても突片部が変形していることで、使用済み確認を可能にした」ものであることを確認できたとまではいえない。

2 まとめ
以上のとおりであるから、被請求人は、2007年2月7日に、「甲第5号証の記載に基づき作成された本件ランコム図面に基づき製造された、本件突片部を有する本件容器と同じ構造を持つ容器」を見せられたとしても、また、「本件ランコム図面に基づくものではないものの、何らかの内筒部の外壁に変形可能な突片部を設けた容器」を見せられたとしても、その突片部について「分別時においても突片部が変形していることで、使用済み確認を可能にした」ものであることを確認できたとまではいえず、仮に、突片部がついた容器を見せられ、それにより、突片部が使用後にきちんと折れ曲がることを確認したとしても、それは、「ランコム」の既存の容器をもとに、被請求人の指示に従って製造され、使用済み確認をするための印としての突片部が内筒に付いた口紅容器によるものであった可能性があるにすぎない。
したがって、被請求人は、本件特許に係る出願前の2007年2月7日に本件特許発明を知ることになったとはいえない。
よって、請求人の主張するとおり、本件突片部を有する本件容器は、シャ・シン社のチャン・リーチュン氏が、本件実用新案に基づき、作成及び修正した本件ランコム図面に基づいて、製造されたものであり、また、被請求人は、本件特許権に係る出願日である2007年2月7日に、シャ・シン社から本件突片部を有する本件容器の現物を見せられたとしても、被請求人は、同時点で、本件特許発明を認識するに至ったとはいえないから、本件特許発明について、被請求人は発明者でないとはいえない。

C 請求人の、本件特許発明はチャン・リーチュン氏が発明したものである、との主張について

1 本件特許発明の課題とその解決手段について
本件特許発明は、上記A2(2)欄に記載したとおり、繰り出し容器から分別された部材について、被繰り出し物の用途に応じてリュースをしてはいけない場合や、衛生面に特に配慮が必要な部材を分別後、又は、部材洗浄後にも特定可能とするとの課題や、その部材が、一旦組み込まれた部材や使用済みの部材であることを知らせると共に、取扱に何らかの注意が必要であることを喚起し、また、確認することができるとの課題を、繰り出し容器の部材としての内筒部(4)の外壁に水平方向に突き出す変形可能な突片部(6)を設け、内筒部(4)を外筒部(3)に収容する際に、突片部(6)が外筒部(3)に押し倒されて斜め下方に変形され、分別時においても突片部(6)が変形していることで、使用済み確認を可能とする構成を採用することにより解決するものと認められる。

2 請求人の主張
請求人は、本件特許発明の発明者について、「本件ランコム図面の記載から明らかな本件容器の構造は、本件特許権の構成要件A)ないしJ)を全て充足しており、本件特許権の請求項1及び請求項2にかかる発明は、本件ランコム図面の作成者であるシャ・シン社のチャン・リーチュン氏が発明したことは明らかである。」(請求書15頁)、「本件容器は、チャン・リーチュン氏が保有する2005年10月19日登録の実用新案権(甲5)に係る考案に基いて作成された本件ランコム図面に基づいて、製造されたものである。」(請求書16頁)と主張している。
また、「本件特許発明が掲げる「発明が解決しようとする課題」は、典型的な「弾塑性材質」であるプラスチックを使用して内筒に突片部を形成するという技術常識に照らせば、そもそも「課題」と呼ぶに値しないものであり、また、仮にこれを「課題」と呼んだとしても、本件ランコム図面に記載されているシャ・シン社発明によって解決済みの「課題」であり、実体を伴わないものである。」(陳述要領書5?8頁)と主張している。

3 判断
(1)甲第5号証発明の弾性係合固定片13は、上記B1(2-1-1)b欄に記載したとおり、「該係合固定片13の緊密な定位により、該内管10を回転操作する時、相互に穿設される2個の管間は一定の弾性摩擦阻害力を保持するため、組立て変形による干渉を受けることはない。こうして内部に充填する口紅本体18の伸縮使用はスムーズとなる。特に該係合固定片13の弾性による適当なサポートにより、該口紅本体18を伸ばし使用する時も圧力により該内管10が回転し、該口紅本体18が内部へと収縮する状況の発生を防止することができる。すなわち、口紅使用時の安全と安定、実用性を確保可能である。」との効果を奏するためのものである。
一方、上記B1(2-1-1)c欄に記載したとおり、甲第5号証には、弾性係合固定片13が、容器の分別時において変形していることで、使用済み確認を可能としているかどうかについて記載も示唆もない。
また、上記B1(2-1-2)c欄に記載したとおり、甲第5号証発明に基づいて作成されたとされる本件ランコム図面にも、弾性係合固定片13に対応する部材が、容器の分別時において変形していることで、使用済み確認を可能としているものかどうかについて記載も示唆もない。
したがって、甲第5号証と本件ランコム図面のいずれも、繰り出し容器から分別された部材について、被繰り出し物の用途に応じてリュースをしてはいけない場合や、衛生面に特に配慮が必要な部材を分別後、又は、部材洗浄後にも特定可能とするとの課題を解決のために、あるいは、その部材が、一旦組み込まれた部材や使用済みの部材であることを知らせると共に、取扱に何らかの注意が必要であることを喚起し、また、確認することができるとの課題を解決のために、繰繰り出し容器の部材としての内筒部の外壁に水平方向に突き出す変形可能な突片部を設け、内筒部を外筒部に収容する際に、突片部が外筒部に押し倒されて斜め下方に変形され、分別時においても突片部が変形していることで、使用済み確認を可能とする構成を採用することについての記載も示唆もあるとすることはできない。

(2)そうすると、請求人の主張するとおり、甲第5号証発明の発明者及び本件ランコム図面の作成者がチャン・リーチュン氏であって、また、本件容器の構造は本件特許発明の構成要件を全て充足するものであるとしても、チャン・リーチュン氏は上記の課題を解決するための手段としての構成について発明をしたとはいえないから、本件特許発明について発明をしたとはいえない。

VI むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張するとおり、本件突片部を有する本件容器は、シャ・シン社のチャン・リーチュン氏が、本件実用新案に基づき、作成及び修正した本件ランコム図面に基づいて、製造されたものであり、また、被請求人は、本件特許権に係る出願日である2007年2月7日に、シャ・シン社から本件突片部を有する本件容器の現物を見せられたとしても、本件特許発明について、被請求人は発明者でないとはいえず、また、請求人の主張するとおり、甲第5号証発明の発明者及び本件ランコム図面の作成者がチャン・リーチュン氏であって、また、本件容器の構造は本件特許発明の構成要件を全て充足するものであるとしても、本件特許発明について、チャン・リーチュン氏は発明をしたとはいえない。
したがって、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件発明に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-08-28 
結審通知日 2013-08-30 
審決日 2013-09-10 
出願番号 特願2007-89375(P2007-89375)
審決分類 P 1 113・ 152- Y (A45D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 永安 真  
特許庁審判長 高木 彰
特許庁審判官 松下 聡
関谷 一夫
登録日 2009-08-14 
登録番号 特許第4356901号(P4356901)
発明の名称 繰り出し容器  
代理人 坂井 健吾  
代理人 立花 顕治  
代理人 山田 威一郎  
代理人 山下 未知子  
代理人 渡部 峻輔  
代理人 鈴木 秀彦  

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