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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  E04H
管理番号 1287749
審判番号 無効2013-800058  
総通号数 175 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-07-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-04-09 
確定日 2014-03-24 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3839448号発明「プレストレストコンクリート構造物」の特許無効審判事件について,次のとおり審決する。 
結論 請求のとおり訂正を認める。 本件審判の請求は,成り立たない。 審判費用は,請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3839448号に係る手続の経緯の概要は以下のとおりである。
・平成16年 9月15日 出願 (特願2004-268430号)
・平成18年 8月11日 設定登録 特許第3839448号
・平成20年 4月16日 別件無効審判請求
(無効2008-800067号)
・平成20年 9月11日 別件審決(特許第3839448号の請求項1 ?2に係る発明についての特許を無効とする。)・平成20年10月27日 審決取消の提起(被請求人による)
(平成20年行(ケ)10393号)
・平成20年12月16日 別件訂正審判請求
(訂正2008-390134号)
・平成21年 2月13日 特許法181条2項の規定に基づく決定
(特許庁が無効2008-800067号事件に ついて平成20年9月11日にした審決を取り 消す。)
・平成21年 3月 5日 別件訂正請求
・平成21年 7月13日 別件審決(訂正を認める。審判の請求は成り立 たない)
・平成25年 4月 9日 本件審判請求
・平成25年 6月28日 答弁書,訂正請求書(被請求人提出)
・平成25年 8月 8日 弁駁書(請求人提出)
・平成25年 9月26日 審理事項通知
・平成25年10月25日 口頭審理陳述要領書(請求人提出)
・平成25年10月25日 口頭審理陳述要領書(被請求人提出)
・平成25年11月 8日 上申書(請求人提出)
・平成25年11月 8日 口頭審理
・平成25年11月18日 上申書(被請求人提出)
・平成25年12月 3日 上申書(請求人提出)


第2 当事者の主張
1 請求人の主張の概略
(1)審判請求書における主張
請求人は,本件特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする,審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求め,その理由として,次の理由により,本件特許の請求項1に係る発明の特許は無効とすべきであると主張し,証拠方法として甲第1号証ないし甲第5号証を提出している。
[無効理由]
本件特許の請求項1に係る発明は,甲第1号証および甲第2号証に記載された発明に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり(無効理由1),また,甲第2号証に記載された発明と同一またはこれにより容易に想到できるものであるから,特許法第29条第1項第3号または特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり(無効理由2),その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。(第6頁)

(2)平成25年4月9日付け弁駁書における主張
被請求人は,訂正請求を行い,請求項の訂正を行ったが,新たに追加された事項,および被請求人が答弁書で主張する事項には明確でないものが多く含まれ,特許法36条第6項第2号に違反するので,同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。
また,本件特許の請求項1に係る発明は,甲第1号証および甲第2号証に記載された発明および公知技術に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,また,甲第2号証に記載された発明と同一またはこれにより容易に想到できるものであるから,特許法第29条第1項第3号または特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきであると主張し,証拠方法として甲第6号証ないし甲第17号証を提出している。(第2頁)

(3)平成25年10月25日付け口頭審理陳述要領書における主張
(3)-1 特許法36条第6項第2号について
「『底版全体が一体施工され』について」及び「『過大』について」は,本審判においてはしいて争わない。(第2?3頁)
(3)-2
プレストレストコンクリートでは,鋼棒等を引っ張った状態で定着し,反力をコンクリートに取る。従って,構造物が完成した後,構造物の使用状態では,コンクリートには圧縮応力が加わっている。(第10頁)
本件訂正請求項記載「底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレスコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメント」の箇所は,従来一般的に認識されている技術的事項に過ぎない記載である。(第15頁)
供用中空液状態になる場合であっても,満液時を想定した周方向緊張力(圧縮力)によって発生する側壁の鉛直方向曲げモーメントによる側壁下端外側の引張応力が,鉛直方向のPC鋼棒の緊張力により全てキャンセルされ圧縮側になるので設計上問題ないことを示している。(第32頁)
(3)-3 追加の主張,補足について
側壁(側壁下端部を含め)に生じる曲げモーメントを極小または最適値にすることは,設計行為に携わる当業者にとって,通常行う設計事項以外の何物でもない。(第49頁)
また,証拠方法として甲第18号証ないし甲第22号証を提出している。

(4)平成25年11月8日付け上申書における主張
被請求人の陳述要領書には,出願当初の明細書に全く記載のない事項についての主張も含まれている。(第2頁)

(5)平成25年11月8日の口頭審理において,「『底版全体が一体施工され』について」及び「『過大』について」は,本審判においてはしいて争わないとして,特許法36条第6項第2号に係る無効理由は取り下げる。

(6)平成25年12月3日付け上申書における主張
明細書に記載のない「偏心モーメント」なる用語を,あえて使用していることはそれなりの理由があるはずであり,出願当初の明細書に記載されていない概念である。(第2頁)

[証拠方法]
甲第1号証:社団法人 プレストレストコンクリート技術協会
「最近のプレストレストコンクリート構造物と30年の歩み」 昭和61年1月25日発行
甲第2号証:社団法人 発電水力協会 「発電水力(HYDRO
ELECTRIC POWER) No. 123」
昭和48年3月31日発行
甲第3号証:特開昭59-126874号公報
甲第4号証:特公昭49-12202号公報
甲第5号証:社団法人 プレストレストコンクリート技術協会
「プレストレストコンクリート」,第35巻第5号(通巻207 号)平成5年9月30日発行
甲第6号証:特開2001-295305号公報
甲第7号証:特開2002-276191号公報
甲第8号証:特開平11-227880号公報
甲第9号証:社団法人 プレストレストコンクリート技術協会
「プレストレストコンクリート Vo1.44 No.6
Nov.2002」 平成14年11月30日発行
甲第10号証:土木学会 構造工学論文集 VOL.43A 「側壁と底版 が剛結された円筒タンクの断面力算定法」
1997年3月発行
甲第11号証:社団法人 プレストレストコンクリート技術協会
「プレストレストコンクリート Vo1.43 No.6
Nov.2001」 平成13年11月30日発行
甲第12号証:社団法人 日本コンクリート工学協会
「コンクリート工学 第24巻第10号」
昭和61年10月1日発行
甲第13号証:社団法人 日本水道協会 「水道用プレストレストコンクリ ートタンク設計施工指針・解説 1998年版」
平成10年5月29日発行
甲第14号証:鹿島出版会 「プレストレストコンクリート」
昭和58年9月30日発行
甲第15号証:社団法人 プレストレストコンクリート技術協会 発行
「プレストレストコンクリート Vol。24 NO。6
Nov.1982」 昭和57年11月20日発行
甲第16号証:特開昭58-143069号公報
甲第17号証:特開昭59-55961号公報
甲第18号証:金原出版株式会社 「応用力学 上巻」
昭和49年10月30日改訂第4版増刷第8回発行
甲第19号証:オーム社 「絵とき 鉄筋コンクリートの設計」
平成6年9月30日第1版第3刷発行
甲第20号証:実務出版株式会社 「図説 土木用語辞典」
昭和63年7月20日第7刷発行
甲第21号証:技報堂 「プレストレストコンクリートの設計および施工」 昭和32年11月15日発行
甲第22号証:「蓄える技術 -鹿島建設とコンクリートクンク-」
(DVD)企画 鹿島 1982年1月発行

2 被請求人の主張の概略
(1)答弁書における主張
本件審判請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする,との審決を求める。(第2頁)
甲第1号証に甲第2号証の構成を組み合わせたとしても,当業者が本件訂正発明に容易に想到できたものとは言えない。(第17頁)
本件特許と甲2発明とは,設計思想が相違し,発明の構成が相違しており,甲第2号証には,少なくとも本件訂正発明の構成A,構成Gの記載も示唆もなく,さらには,構成Gは本件発明の出願時の技術常識でないことより,甲第2号証と本件出願当時の技術常識に基づいて,本件訂正発明に容易に想到できたものと言えないことは明らかである。(第26頁)

(2)訂正請求書における主張
特許第3839448号の特許請求の範囲を本件審判請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを求める。(第2頁)
訂正事項1に係る訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり,かつ,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものである。
さらに上記訂正は,訂正前の特許請求の範囲に含まれる発明特定事項をより具体的に特定したものであって,特許請求の範囲に記載された訂正前の請求項1に係る発明の目的を逸脱するものではないから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。(第4?5頁)

(3)平成25年10月25日付け口頭審理陳述要領書における主張
甲第2号証に記載の構成を備えたタンクでは,過大な曲げモーメントを低減するための偏心モーメントは生じ得ず,過大な曲げモーメントを低減することはできないのである。
甲第2号証に記載されているのは引張応力を許容しないという思想の下,満液時を想定して側壁断面に存在し得る引張応力を可能な限り圧縮応力に変化させることであり,そのための技術的特徴が開示されているのである。(第21頁)

(4)平成25年11月18日付け上申書における主張
明細書に記載のない用語を明細書に追加しようとしているわけではなく,同義な用語を説明のために使用しているに過ぎない。(第2頁)

[証拠方法]
乙第1号証:表1.貯槽容量の変遷と側壁下端部の固定端モーメント対処策 図1 本発明が採用されたLNGタンクと甲2号証調圧水槽の 比較


第3 訂正請求について
1 訂正請求の内容
平成25年6月28日付の訂正請求(以下,「本件訂正」という。)は,
本件特許の特許請求の範囲を,本件訂正請求書に添付した明細書,特許請求の範囲によって訂正しようとするものであって,次の事項を訂正内容とするものである。
[訂正事項1]
特許請求の範囲の【請求項1】の「該段状に部材厚が大きくなるように成形された部分においても前記鉛直方向の緊張材とは別途の鉛直方向の緊張材が配設されるとともに該別途の鉛直方向の緊張材にプレストレス力が導入されており,側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっている」を「該段状に部材厚が大きくなるように成形された部分においても前記鉛直方向の緊張材とは別途の鉛直方向の緊張材が配設されるとともに該別途の鉛直方向の緊張材にプレストレス力が導入されており,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっている」と訂正する(下線は訂正箇所を示す。以下,同様。)。

2 訂正の適否
訂正事項1における訂正内容は,訂正前の特許請求の範囲の請求項1に記載された「側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっている」を,「底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっている」と限定するものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして,特許明細書の段落【0005】には「・・・そのため,タンクの完成時など貯蔵液がタンク内に収容されていない空液時においては,周方向に導入されたプレストレス力によって,側壁下端付近に,側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントが過大に生じてしまう。・・・」と記載され,段落【0007】には「・・・従来は,満液時で設計された周方向のプレストレス力によって生じる,空液時の過大な曲げモーメントに対して側壁の鉛直方向の鉄筋量などが決定されることがあり,不経済な構造物が構築されていた。・・・」と記載され,段落【0011】には「・・・構造物の品質低下とは,特に液密性(耐漏洩性)に関するものであり,外防水や内防水処理等を施したとしても,一体に構築された底版に比べて液密性が低下することは否めない。・・・」と記載され,段落【0012】には「・・・満液時で設計された構造物の周方向のプレストレス力によって生じる,側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントを,効果的に低減することのできるプレストレストコンクリート構造物を提供することを目的としている。また,底版全体を一体で施工することにより,品質のよいプレストレストコンクリート構造物を提供することを目的としている。」と記載されているから,上記訂正事項1は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものである。
以上のとおり,訂正事項1に係る訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。
したがって,訂正事項1は,特許法134条の2第1項ただし書の規定に適合している。そして,訂正事項1は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであって,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではないから,同法134条の2第9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するので,本件訂正を認める。


第4 本件特許発明
以上のように,本件訂正請求が認められることから,本件特許発明は,本件訂正請求書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。(以下,「本件特許発明」という。)
「【請求項1】
少なくとも底版全体が一体施工されてなる該底版と,該底版上に立設するとともに該底版と剛結合される側壁とから構成される円筒状または略円筒伏のプレストレストコンクリート構造物において,
前記側壁の内部には,プレストレス力を導入可能で該側壁の上端から下端まで延設する鉛直方向の緊張材および周方向の緊張材が配設されるとともに該鉛直方向および該周方向の緊張材にはそれぞれプレストレス力が導入されており,
該側壁は,縦断面形状が段付き形状になるように,側壁上端から側壁途中までは一定の部材厚に成形されており,
側壁途中から側壁下端の壁厚方向の外側に向かって段状に部材厚が大きくなるように成形されており,
該段状に部材厚が大きくなるように成形された部分においても前記鉛直方向の緊張材とは別途の鉛直方向の緊張材が配設されるとともに該別途の鉛直方向の緊張材にプレストレス力が導入されており,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっていることからなるプレストレストコンクリート構造物。」


第5 無効理由に対する当審の判断
1 甲各号証の記載事項
(1)甲第1号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第1号証(社団法人 プレストレストコンクリート技術協会 「最近のプレストレストコンクリート構造物と30年の歩み」 昭和61年1月25日発行)には,次の事項が記載されている。
なお,以下において,「○1」等と表記しているものは,刊行物では○の中に数字が描かれた記号であるが,システムの制限により審決で当該記号を記載することができないため,そのように表記を行ったものである。
(1a)「4.3 LPG地上式貯槽のPC外槽(文献4)
4.3.1 概要
大分油化興産(株)が昭和電工大分石油化学コンビナートの東北端用地に建設したLPG基地に,68,000kl(40,000t)のLPG貯槽2基を昭和56年5月から翌年10月にわたって建設した。この貯槽は内槽を密閉自立型の内槽とし,外槽をプレストレスコンクリート製のPC外槽を採用している(写真-4.2)。
PC外槽式貯槽の構造一般図を図-4.5に,工事数量を表-4.5に示す。」(第56頁第4行?第13行)

(1b)「4.3.2 設計
PC外槽は最大貯蔵量の状態で内槽より液漏れが発生し,かつ地震時の影響を受けても安全であるように設計されている。設計条件を表-4.6に示す。
荷重の組合せは,○1通常運転時{永久荷重(自重,屋根,内圧))+プレストレス+変動荷重(温度,風)},○2地震時{○1の状態で地震力が作用した場合},○3漏液時{○1の状態に液圧が作用した場合,の以上3ケ-スである。」(第57頁第1行?第11行)

(1c)「4.3.3 構造
側壁と底版は剛結構造で,底版をRC構造としている(図-4.6)。側壁はPC構造で,内径62m,壁厚を一般部55cmおよび45cm,側壁下端部を103cmとしている。」(第58頁第1行?第4行)

(1d)「4.3.4 プレストレス
円周方向には漏液時に液圧および内圧が作用してフープテンションが作用する。この引張力に対して約10kgf/cm^(2)程度の圧縮応力が残るようにプレストレスを与えた。PCテンドンの定着はディビダーク式ストランド工法を使用した。PC鋼より線φ15.2を9本束ねたテンドンを側壁6ロットまで,40段配置し,7ロット以上は7本束ねたテンドンを29段配置した。
鉛直方向プレストレスは鉛直方向に分割施工であることと円周方向プレストレスによる曲げモーメントに対応するため,PC鋼棒を配置して導入した。壁厚55cm部は28.5cm間隔,45cm部は57cm間隔である。」(第58頁第14行?第25行)

(1e)「写真-4.2 完成したLPGタンク」(第56頁)には,円筒状または略円筒状のLPGタンクが写されている。

(1f)「図-4.6 PC鋼材配置およびコンクリート施工区分」(第58頁)を参照すると,底版は「底版施工順序」として○Iと○IIの境界に縦線があることから,分割して施工された様子が図示されていると認められ,また,「図-4.8 LPGタンクの施工順序」(第59頁)のフローチャートから「底版○1コンクリート打設」と「底版○2コンクリート打設」のフローが別れていることから,継ぎ目を設ける,分割施工をする等の記載はないものの,甲第1号証のLPGタンクの底版は,全体が分割して施工されているものと認められる。
次に,「図-4.6」には,側壁上端から側壁下端まで(「側壁施工順序」で○14?○1)長さ26.788mの鉛直方向のPC鋼棒を配設すること,側壁途中から側壁下端まで(「側壁施工順序」で○7?○1)長さ14.176mの別途の鉛直方向のPC鋼棒(外側のPC鋼棒)を配設することが図示されている。
そして,記載事項(1d)も参照すると,側壁上端から側壁途中まで(「側壁施工順序」で○14?○8)は,45cmの厚さで成形されており,側壁途中から側壁下端まで(「側壁施工順序」で○7?○1)の部分では,外側に壁厚を厚くし55cmに成形されていること,縦断面形状が段付き形状となっていることが図示されている。また,「図4.8」には,[外槽工事]において「外側PC鋼棒緊張」の施工を行う旨が記載されている。

(1g)「図-4.6 PC鋼材配置およびコンクリート施工区分」(第58頁)には,側壁下端から2400mmの範囲(「側壁施工順序」で○1とされた部分)において,下になる程側壁が断面で内側に向かって厚さが増すこと,すなわち,いわゆる「ハンチ」を設けることが図示されている。

上記記載事項(1a)?(1g)および写真-4.2,図4-6,図-4.8にからみて,甲第1号証には以下の発明(以下,「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「RC構造の分割施工された底版と
該底版上に立設するとともに底版とは剛結構造とされる側壁とから構成される円筒状または略円筒状のプレストレスコンクリート製のPC外槽を用いたLPG地上式貯槽において,
前記側壁の内部には,プレストレス力を導入可能で該側壁の上端から下端まで延設する鉛直方向のPC鋼棒および円周方向のPCテンドンが配設されるとともに該鉛直方向のPC鋼棒および該円周方向のPCテンドンにはプレストレス力が導入されており,
該側壁は,縦断面形状が段付き形状となるように,側壁上端から側壁途中までは45cmの厚さに成形されており,
側壁途中から側壁下端の壁厚方向の外側に向かって段状に部材厚が大きくなるように55cmの厚さで成形されており,
側壁の途中から下端までにおいて前記鉛直方向のPC鋼棒とは別途の鉛直方向の外側のPC鋼棒が配設されるとともに該別途の鉛直方向の外側のPC鋼棒にプレストレス力が導入されており,側壁下端の内側にはハンチが設けられている,
プレストレスコンクリート製のPC外槽を用いたLPG地上式貯槽。」

(2)甲第2号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証(社団法人 発電水力協会 「発電水力(HYDRO ELECTRIC POWER)No.123」 昭和48年3月31日発行)には,次の事項が記載されている。
(2a)「まえがき
昭和34年に,わが国最初のPC水槽が横浜市水道局によって築造されて以来,今日まで,各地で数多くの水道用PC水槽が施工されている。
また最近では,原子力発電所の圧力容器としてもPCタンクの研究が盛んである。・・・
昭和47年4月工事に着手し,12月にコンクリート打設および鋼材の締付けが完了したので当水槽の設計と施工の概要を紹介する。」(第3頁左欄第1行?右欄第1行)

(2b)「(2) 水槽の構造型式の選定
構造型式の選定にあたってはPC,RCおよび鋼構造について経済比較を行い,最も経済的なPC構造をえらんだ。表-1に各々の主要数量と工事費の比較を示す。
表-1 PC,RC,鋼構造の経済比較
(表:省略)
また,側壁と底盤の接合方法は,滑動,ヒンジおよび固定が考えられたが,温度応力には難点があるが,水密性と施工性の観点から固定構造を採用した。」(第4頁左欄第8行?第14行)

(2c)「(3) 調圧水槽の概要
調圧水槽の緒元は次のとおりである。
型 式 Freyssinct方式PC円形水槽
構 造 側壁下端固定構造 底盤鉄筋コンクリート構造
内 径 25.0m
高 さ 全高 37.1m 側壁高 34.1m
側壁厚 1.1m?0.6m?0.5m?0.4m」(第4頁左欄第20行?右欄第2行)

(2d)「表-5 鋼材の配置間隔と有効プレストレス」(第7頁)を参照すると,側壁内の鉛直方向の鋼棒,円周方向のケーブルそれぞれにプレストレスが付与され,鉛直方向プレストレスとして,0?2.0mには鋼棒が25cm間隔で2列に配置され,本数は8本/mであり,ΣP_(c)が384(ton),σ_(ca)が34.9(kg/cm^(2))である旨が記載されている。そして,側壁の25.0?34.1mの高さでは,鉛直方向の鋼棒が200cmの間隔で1mあたり0.5本配置されていることが記載されており,さらに「図-7 水槽断面および鋼材配置図」(第8頁)を参照すると,側壁の高さは34.1mであることから,鉛直方向の鋼棒は側壁の上端から下端まで延設しているといえる。そうすると,「表-5」及び「図-7」には,側壁の内部には,プレストレス力を導入可能で該側壁の上端から下端まで延設する鉛直方向の鋼棒および円周方向のケーブルが配設されるとともに該鉛直方向の鋼棒および円周方向のケーブルにはそれぞれプレストレス力が導入されている点が記載されているものである。

(2e)「図-7 水槽断面および鋼材配置図」(第8頁)を参照すると,側壁の下方の壁厚内部には,鉛直方向の鋼棒が2列に配置されて,底盤に定着されている点がみてとれる。
次に,本件特許明細書の段落【0011】に「しかし,底版の周縁部と中央部を分割施工することにより,構造物の品質低下の問題と施工性の低下の問題が生じることになる。構造物の品質低下とは,特に液密性(耐漏洩性)に関するものであり,外防水や内防水処理等を施したとしても,一体に構築された底版に比べて液密性が低下することは否めない。また,仮に一体施工と同等の液密性を得ることができたとしても,一体施工と同等の工事発注サイドの安心感や信頼感を得ることは難しいものと考えられる。一方,施工性の低下とは,底版の中央部を構築する際には既に側壁が立ち上がっており,底版中央部の構築時の材料搬入や配筋,コンクリート打設といった作業効率が低下することである。また,分割施工することによって工期も長引くこととなり,結果的には施工コストの上昇に繋がる。」と記載されていることから,本件特許発明でいう分割施工は「底版の周縁部」と「中央部」を分割することが想定されている。そして,「図-2 調圧水槽断面図」(第4頁)及び「図-7」では,底版の水平方向に破線が引いてあり,富士PS施工分と清水建設施工分との境界が示されているが,底盤周縁部における縦方向の分割線は見られないことから「底版の周縁部」と「中央部」は分割されていないものである。そうすると,「図-2」及び「図-7」には,分割施工ではなく底盤全体が一体施工されている点が図示されているものと認められる。そして,これらの図を参酌すれば,甲第2号証では,底盤を一体施工した後,該底盤上に立設する側壁を構築しているものと認められる。
さらに,「図-7」を参照すると,側壁は,最下部が1100mm厚,その上部が600mm厚であり,さらに500mm厚,400mm厚となっていることから,側壁は,縦断面形状が段付き形状になるように,側壁上端から側壁途中までは400mm厚,500mm厚及び600mm厚と一定の部材厚に成形されており,側壁途中から側壁下端の壁厚方向の外側に向かって段状に部材厚が1100mmと大きくなるように成形されているといえる。

(2f)「図-20 実施工程図」(第21頁)を参照すると,折線グラフに「鋼棒締付」,「鋼棒締付(外)」及び「鋼線締付」との記載があり,さらに,「ii プレストレッシング プレストレッシングの順序は鋼棒,鋼線の順とし」(第23頁左欄第7行?第8行)との記載もあり,鉛直方向の鋼棒及び円周方向鋼線にそれぞれプレストレスが導入されていることが記載されており,鋼棒(外)にもプレストレスが導入されているといえる。

(2g)「図-21 側壁下端詳細図」(第23頁)を参照すると,側壁下方の段差部分の拡大断面図が図示されている。図-21によれば,側壁は,最下部が1100mm厚,その上部が600mm厚である。また,内側の鉛直方向の鋼棒は,内面から250mmの位置で,PCタンク下部から上部まで配設されるとともに,側壁の厚肉部の中心から300mm離れた位置である。次に,外側の鉛直方向の別途の鋼棒が内面から850mmの位置に,外壁から250mmで,側壁の厚肉部の中心から300mm離れた位置に配設されている点がみてとれる。

上記記載事項(2a)?(2g)および図,表からみて,甲第2号証には以下の発明(以下,「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。

「底盤全体が一体施工されてなる該底盤と,該底盤上に立設するとともに該底盤と固定構造とされる側壁とから構成されるPC円形水槽において,
前記側壁の内部には,プレストレス力を導入可能で該側壁の上端から下端まで延設する鉛直方向の鋼棒および円周方向のケーブルが配設されるとともに該鉛直方向の鋼棒および円周方向のケーブルにはそれぞれプレストレス力が導入されており,
該側壁は,縦断面形状が段付き形状になるように,側壁上端から側壁途中までは400mm厚,500mm厚及び600mm厚と一定の部材厚に成形されており,側壁途中から側壁下端の壁厚方向の外側に向かって段状に部材厚が1100mmと大きくなるように成形されており,
該段状に部材厚が大きくなるように成形された部分においても前記鉛直方向の鋼棒とは別途の鉛直方向の鋼棒が配設されるとともに該別途の鉛直方向の鋼棒にプレストレス力が導入されているPC円形水槽。」

(3)甲第3号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第3号証(特開昭59-126874号公報)には,次の事項が記載されている。
(3a)「2.特許請求の範囲
底版上に形成される・・・該底版を上部に該側壁が形成される外周縁部とその内側の内周部とに空隙部を設けることで分割し,・・・」
(3b)「 同図に示すタンクは,その内部に内容物を収容した運転状態では,第2図(a)に示すように内側からの圧力Aにより側壁2に円周方向の軸引張応力が生ずるので,これを打消すべく円周方向緊張材3を緊張し円周方向にプレストレス力Bを導入しようとするが,側壁2と底版1は一体化して構築されているので円周方向のプレストレス力Bにより側壁2は,第2図(b)のような変形をし,同図(c)のように側壁2下端には大きな縦方向の曲げモーメントCが生ずる。」(第349頁右欄第13行?350頁左上欄第2行)
(3c)第1図をみると,側壁2と底版1は一体化して構築されていて,側壁2と底版1は結合されている様子がみてとれる。

(4)甲第4号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第4号証(特公昭49-12202号公報)には,次の事項が記載されている。
(4a)「このようなプレストレスト撚り線の配置によって加えられるプレストレスは,水圧と釣合つて壁の竪方向モーメント第5図のbcdなる負の曲げモーメントとdfeなる正の曲げモーメントを打消すことが出来るが,水槽内の貯水が減じ水槽が空になつたときには水槽の壁には内部からの水圧はなくなり外側からのプレストレスによる圧力のみが働くことになるために壁には竪方向モーメントが起る即ち第5図の点線にて示す正のbc’dなる曲げモーメントとdf’eの負の曲げモーメントが生ずる。・・・然し根元の曲げモーメントは壁の曲げモーメントより遙に大きいので同一の緊張力では根元のモーメントを打消すことは出来ない。打消し得ない残りの曲げモーメントを壁の外側に鉄筋を配置して張力を支持することにすることが一般に行われる。然しこのためには,壁厚みを相当厚くし又竪緊張力を相当強くせねばならない。」(第2欄第34行?第3欄第25行)

(5)甲第5号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第5号証(社団法人 プレストレストコンクリート技術協会 「プレストレストコンクリート」,第35巻第5号(通巻207号),平成5年9月30日発行)には,次の事項が記載されている。
(5a)「一般の水道用PCタンクでは,PC側壁下端の部材厚を内側に厚くし軸線を変化させ,偏心モーメントを発生させることにより,外側引張に対処している。
本PC外槽では,温度荷重および内槽の内容液の有無等により,PC外槽の鉛直方向の曲げモーメントが大きく変化する。図-6に示すように,通常運転時(温度変化:無し,内容液:無し)と,通常運転時(温度荷重:夏,内容液:有り),漏液時(温度荷重:夏)で鉛直曲げモーメントの向きが反転する。このため,図-2に示すようにPC鋼材を部材の軸線上に配置し,曲げモーメントによって発生する引張力に対してPC鋼材による圧縮力のみで抵抗するように設計している。」(第19頁左欄第2行?14行)。

(6)甲第6号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第6号証(特開2001-295305号公報)には,次の事項が記載されている。
(6a)「【0011】<イ>底版及び側壁の構築
最初に,必要に応じて連続地中壁5の施工を公知の方法で行う。通常は,連続地中壁5は円筒形状に施工する。
連続地中壁5構築用の掘削溝の内部に,所望により凍結管12を設置する。凍結管12設置後に掘削溝内部にコンクリートを充填する等して連続地中壁5を構築する。
そして,連続地中壁5で囲まれた範囲を掘削し,公知の方法によって低温地下タンクの底版2及び側壁3を構築する。公知の方法とは,例えば,掘削しながら側壁3を構築する逆巻き工法,掘削後に底版2,側壁3の順に構築する順巻き工法等である。
掘削時及び側壁・底版の構築中は,必要に応じて地下水位を低下させる。」
(6b)【図2】を参照すると,底版(b)全体が一体施工され,かつ底版(b)と側壁(c)が結合されている様子がみてとれる。

(7)甲第7号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第7号証(特開2002-276191号公報)には,次の事項が記載されている。
(7a)「【0003】
【発明が解決しようとする課題】このような構造のタンクを施工するには,底版1および側壁2を一体に施工した後に,PC鋼材3を緊張して側壁2にプレストレスを導入するのであるが,側壁2の下部が底版1の外周縁部に一体化されているために,緊張による側壁2の下部の変形が底版1および杭4により拘束されてしまい,そのため側壁2に対して十分なプレストレス力を導入できないばかりか,図7(b)に示すように側壁2下部に大きな曲げモーメントが生じてしまうものである」
(7b)【図7】(a)を参照すると,底版(1)及び側壁2を一体に施工し,かつ底版(1)と側壁(2)が結合されている様子がみてとれる。

(8)甲第8号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第8号証(特開平11-227880号公報)には,次の事項が記載されている。
(8a)「【0021】次に,以上の構成からなる第一の実施の形態に示すタンク1の施工手順について説明する。初めに,底版2を打設する。このとき,高さ方向用の,シースおよびPC鋼材からなる緊張部材11,11を,下端部が底版2に埋め込まれ,上端部がタンク1の上端部付近に達するように,立てておく。そして,底版2の硬化後に,その底版2上に,第1段の内側被覆部材構成体5a,5aを,全周に渡って組み付ける。次いで,第1段の内側被覆部材構成体5a,5aの上に,第2段の内側被覆部材構成体5a,5aを全周に渡って組み付ける。このようにして,内側被覆部材構成体5a,5aを,第1段から最終段まで立設して,内側被覆部材5を完成しておく。そして,その後,あるいはその前に,周方向用の,シースおよびPC鋼材からなる緊張部材12,12を全て配設する。そして,底版2上に,第1段の外側被覆部材構成体6a,6aを,全周に渡って組み付け,さらに,それらの外側被覆部材構成体6a,6aと,それら外側被覆部材構成体6a,6aに対向する内側被覆部材構成体5a,5aとに架け渡すようにして,保持部材7,7を組み付ける。そして,第1段の内側被覆部材構成体5a,5aと第1段の外側被覆部材構成体6a,6aとの間に,生コンクリートを打設する。そして,この生コンクリートが硬化するのを待たずに,第1段の外側被覆部材構成体6a,6aの上に,パッキン9を介して,同様に,第2段の外側被覆部材構成体6a,6aおよび保持部材7,7を組み付け,そして,第2段の内側被覆部材構成体5a,5aと第2段の外側被覆部材構成体6a,6aとの間に,生コンクリートを打設する。このようにして,一段分の外側被覆部材構成体6a,6aおよび保持部材7,7の組み付けと生コンクリートの打設とを交互に行い,第1段から最終段までを一気に立ち上げる。こうして,外側被覆部材構成体6a,6aが,全て組み付けられて,外側被覆部材6が完成するとともに,生コンクリートが全て打設される。そして,この生コンクリートの硬化後に,高さ方向用および周方向用の緊張部材11,11,12,12のPC鋼材を緊張し,硬化したコンクリートにプレストレスを導入する。こうして,プレストレストコンクリート製の側壁本体4が完成する。さらに,側壁本体4の上面をモルタル13で覆い,そのモルタル13に,断面コの字形状の笠木14を被せて,このタンク1の側壁3の施工は完了する。」

(9)甲第9号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第9号証(社団法人 プレストレストコンクリート技術協会 「プレストレストコンクリート Vo 1.44 N0.6 Nov.2002」 平成14年11月30日発行)には,次の事項が記載されている。
(9a)「円筒状の側壁には,図-2に示すように側壁に作用する静水圧とバランスする円周方向プレストレスを与えるPC鋼材が配置されている。そして,側壁鉛直方向にもPC鋼材が配置されているのが一般的である。」旨が記載されている(第59頁右欄下から第8行目?5行目)。

(10)甲第10号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第10号証(土木学会 構造工学論文集 VOL.43A 「側壁と底版が剛結された円筒タンクの断面力算定法」 1997年3月発行)には,次の事項が記載されている。
(10a)「 上水用配水池などの一般的なPCタンクでは,その主たる荷重は水圧である.側壁の円周方向に適切に配置されたPC鋼材を緊張することにより,側壁には水圧とは逆向きの半径方向の外圧を作用させることができる.このように,作用する荷重を打消すようにプレストレスを設計する方法を荷重バランス法といい,・・・まったく同じように円周方向のプレストレスを設計するのが一般的である.よって解析で仮定した側壁下端の・・・PCタンクの設計上最も重要な側壁円周方向のプレストレスの設計では,大きな問題となることはない.」(第1241頁右欄第3行?第18行)。

(11)甲第11号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第11号証(社団法人 プレストレストコンクリート技術協会 「プレストレストコンクリート Vo1.43 N0.6 Nov.2001 平成13年11月30日発行)には,次の事項が記載されている。
(11a)「 PCタンクは円版状の底版,円筒状の側壁及びドーム形状の屋根からなり,底版および屋根はRC造,側壁はPC造が一般的である。円筒形の容器構造物がPCの利点を最も有効に利用した構造物であると言われる理由は,・・・円筒形PCタンクでは円周方向に配置したPC鋼材を緊張することにより,静水圧荷重とバランスするように側壁にプレストレス力を導入できるからである。」(第77頁右欄第2行?第9行)
(11b)「4.3緊張管理
PCタンクは静水圧荷重を打ち消すように円周方向にプレストレスが与えられ,満水時には荷重がバランスし,最も安定した状態となる。一方,空水時には円周方向プレストレスが残り,側壁が下端固定の場合,鉛直方向の曲げモーメントが発生する。この断面力に対処するために側壁の鉛直方向にPC鋼材を配置し,プレストレスを与えるのが一般的である。」(第80頁右欄第17行?第24行)。

(12)甲第12号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第12号証(社団法人 プレストレストコンクリート技術協会 「コンクリート工学 第24巻10号」 昭和61年10月1日発行)には,次の事項が記載されている。
(12a)円周方向のプレストレス量は,通常時満水状態での円周方向残留圧縮応力度が所定値となるように設計し,これによって,側壁下端には曲げモーメントが発生し,これに対処するために,鉛直方向にプレストレスを導入する旨が記載されている(第23頁左欄第7行?右欄第1行)。

(13)甲第13号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第13号証(社団法人 日本水道協会 「水道用プレストレストコンクリートタンク設計施工指針・解説 1998年版」 平成10年5月29日発行)には,次の事項が記載されている。
(13a)使用状態での水圧に基づいて周方向プレストレス力が設計され,空の状態において,このプレストレス力によって,側壁下端に曲げモーメントが発生すること,および,これによって生じる応力について詳細に記載されている(第12頁第8行?第11行,第87頁 表8.1,第94頁全体,第200頁?第254頁(特に,第200頁,第204頁,第205頁,第236頁?第240頁))。

(14)甲第14号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第14号証(鹿島出版会 「プレストレストコンクリート」 昭和58年9月30日発行)には,次の事項が記載されている。
(14a)「図2.1 プレストレス力Vによりコンクリート応力度σ_(b,v)が生じ,これは荷重モーメントM_(g+p)による荷重応力度と組み合わされ,コンクリートの引張応力を打ち消すか減少させる。」(5頁図2.1注釈)
(14b)「プレストレスの導入レベルは使用荷重時に部材引張部の下縁応力度σ_(b)がゼロとなるように選ぶことができる。このような場合をフルプレストレスと呼んでいる。」(第6頁第5行?第7行)

(15)甲第15号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第15号証(社団法人 プレストレストコンクリート技術協会 発行「プレストレストコンクリート Vol。24 NO。6 Nov.1982」 昭和57年11月20日発行)には,次の事項が記載されている。
(15a)「表-12 実施工程表」(第46頁)を参照すると,「外槽工」として,「底版コンクリート工」と「側壁コンクリート工」を施工した点が記載されている。

(16)甲第16号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第16号証(特開昭58-143069号公報)には,次の事項が記載されている。
(16a)「 プレストレストコンクリート(PC)のタンクは側壁に円周方向の圧縮力をプレストレスとして与え,満液時に側壁に働く円周方向の引張り力と打ち消し合うように構成されている。
ところが満液時を対象に側壁にプレストレスを与えておくと,空液時にはプレストレスのみが残り側壁には鉛直方向の曲げモーメントが生じてしまう。」(第351頁左欄15行?右欄第2行)。

(17)甲第17号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第17号証(特開昭59-55961号公報)には,次の事項が記載されている。
(17a)「 プレストレストコンクリートのタンクは,側壁に予め円周方向の圧縮力をプレストレスとして導入し,満液時に側壁に働く円周方向の引張力と打ち消し合うように構成されている。
しかしながら満液時を対象に側壁にプレストレスを導入しておくと,空液時にはプレストレスのみが残留し,側壁には鉛直方向の曲げモーメントが生起してしまう。」(第287頁左欄16行?右欄第3行)。

(18)甲第18号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第18号証(金原出版株式会社 「応用力学 上巻」 昭和49年10月30日改訂第4版増刷第8回発行)には,次の事項が記載されている。
(18a)自由端の単純梁に対して集中荷重を付与すると,梁にせん断力および曲げモーメントが生じる(第173頁,(5.6.3)図参照)。この際の梁の各部におけるせん断力と曲げモーメントは,力のつり合いとモーメントのつり合いとから算出することができる(第173頁第9行?第174頁下から4行)。

(19)甲第19号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第19号証(オーム社 「絵とき 鉄筋コンクリートの設計」 平成6年9月30日第1版第3刷発行)には,次の事項が記載されている。
(19a)一般的に,コンクリートは圧縮には強いが引張に対しては弱く,鉄筋は引張に強い(第1頁第6行?第14行)。
(19b)このため,鉄筋コンクリート構造物の設計では,断面の圧縮応力はコンクリートで負担させ,コンクリートの引張応力は無視し,引張応力は全て鉄筋で負担させる(第31頁,図3.5の説明)

(20)甲第20号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第20号証(実務出版株式会社 「図説 土木用語辞典」 昭和63年7月20日第7刷発行)には,次の事項が記載されている。
(20a)「プレストレストコンクリート prestressed conncrete 荷重によって引張応力が生じる側に,あらかじめコンクリートに圧縮応力を与え,互いに打ち消しあうように設計されるコンクリート。
[特徴] 高強度のコンクリートと鋼材をじゅうぶんに生かして断面を小さくすることができ,ひび割れが起こらず,弾性を生かした構造である。」(第380頁左欄第1行?第9行)。

(21)甲第21号証
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第21号証(技報堂 「プレストレストコンクリートの設計および施工」 昭和32年11月15日発行)には,次の事項が記載されている。
(21a)「14-7 プレストレストコンクリートタンクの設計計算方法」が記載されている。(第713頁?第743頁)

(22)甲第22号証
本件特許の出願前に公知となった甲第22号証(「蓄える技術 -鹿島建設とコンクリートクンク-」(DVD)企画 鹿島 1982年1月発行)には,次の事項が記載されている。
(22a)コンクリートクンクの構築技術の映像が記録されている。

2.無効理由について
請求人は,特許法第36条第6項第2号の無効理由を取り下げたので,無効理由1,2について検討する。
2-1 無効理由1について
(1)対比
本件発明と甲1発明を対比する。
甲1発明の「RC構造の底版」は本件発明の「底版」に相当し,以下同様に,「底版とは剛結構造とされる」は「底版と剛結合される」に,「鉛直方向のPC鋼棒」は「鉛直方向の緊張材」に,「円周方向のPCテンドン」は「周方向の緊張材」に,「壁厚45cmの厚さ」は「一定の部材厚」に,「段状に部材厚が大きくなるように55cmの厚さで成形され」は「段状に部材厚が大きくなるように成形され」に,「プレストレスコンクリート製のPC外槽を用いたLPG地上式貯槽」は「プレストレストコンクリート構造物」に,それぞれ相当する。

そうすると,本件特許発明と甲1発明は,
「底版全体が施工されてなる該底版と,該底版上に立設するとともに該底版と剛結合される側壁とから構成される円筒状または略円筒状のプレストレストコンクリート構造物において,
前記側壁の内部には,プレストレス力を導入可能で該側壁の上端から下端まで延設する鉛直方向の緊張材および周方向の緊張材が配設されるとともに該鉛直方向および該周方向の緊張材にはそれぞれプレストレス力が導入されており,
該側壁は,縦断面形状が段付き形状になるように,側壁上端から側壁途中までは一定の部材厚に成形されており,
側壁途中から側壁下端の壁厚方向の外側に向かって段状に部材厚が大きくなるように成形されており,
該段状に部材厚が大きくなるように成形された部分においても前記鉛直方向の緊張材とは別途の鉛直方向の緊張材が配設されるとともに該別途の鉛直方向の緊張材にプレストレス力が導入されているプレストレストコンクリート構造物。」である点で一致し,以下の点で相違している。

<相違点1>
本件特許発明においては,底版全体が一体施工されてなるのに対し,甲1発明においては,底版は分割施工されている点。

<相違点2>
本件特許発明においては,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっているのに対し,甲1発明においては,プレストレス力が導入された鉛直方向のPC鋼棒及び別途の鉛直方向のPC鋼棒と側壁下端の内側に設けられたハンチがあるが,側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっているか不明である点で相違している。

(2)判断
<相違点1について>
上記「(3)甲第3号証」,「(6)甲第6号証」,及び「(7)甲第7号証」に記載されているように,底版全体が一体施工されていることは従来周知の技術事項であり,甲1発明も周知技術もPCタンクの技術分野で共通するから,甲1発明の底版が分割施工されていることに代えて,従来周知の底版全体が一体施工されている技術事項を適用し,上記相違点1に係る本件特許発明の構成とすることは当業者が容易になし得たことである。

<相違点2について>
記載事項(2d)には,「鉛直方向プレストレスとして,0?2.0mには鋼棒が25cm間隔で2列に配置され,本数は8本/mであり,ΣP_(c)が384(ton),σ_(ca)が34.9(kg/cm^(2))である」と記載されていることから,鉛直プレストレスの合計ΣPc=384(ton)を2列の鋼棒の全数で除したプレストレス力がそれぞれの鋼棒に導入されること,及び2列の鋼棒はいずれも円周方向に4本/m(8本/mを2列であるから二分した本数)と同じ本数が配設されていることより,「図-7 水槽断面および鋼材配置図」及び「図-21 側壁下端詳細図」で示す2列の鋼棒に導入されるプレストレス力は同じ力となる。すなわち,2列の鋼棒を「内側の鋼棒」と,外側の鋼棒を「別途の鋼棒」とし,内側の鋼棒のプレストレス力をFz,別途の鋼棒のプレストレス力をFyとすると,両者は等しい力となる。
次に,記載事項(2g)「図-21 側壁下端詳細図」(第23頁)には,側壁下方の段差部分の拡大断面図が図示されている。図-21によれば,側壁は,最下部が1100mm厚,その上部が600mm厚である。また,内側の鉛直方向の鋼棒は,内面から250mmの位置で,PCタンク下部から上部まで配設されるとともに,側壁の厚肉部の中心から300mm離れた位置である。次に,別途の鋼棒(外側の鋼棒)が内面から850mmの位置に,側壁の外面から250mmで,側壁の厚肉部の中心から300mm離れた位置に配設されている。そうすると,内側の鋼棒と別途の鋼棒のそれぞれのかぶり位置は同じであり,また,幅1100mmの側壁の中心(図心)から内側の鋼棒と別途の鋼棒までの距離はともに300mmとなる。
したがって,別途の鋼棒と内側の鋼棒によるプレストレス力Fy,Fzによって形成される曲げモーメントをそれぞれ,Mb1及びMb2とし,その合成した曲げモーメントをMbとすると,プレストレス力FyとFzが等しく,側壁の中心から等しい距離にあるので,曲げモーメントMb1及びMb2は,大きさが同じで逆向きのモーメントとなり,これらのモーメントMb1及びMb2は相殺されることになり,曲げモーメントMbは0となる。
一方,記載事項(2d)に,円周方向のケーブルにはプレストレス力が導入されている点が記載されていることから,PC円形水槽の空液時において,円周方向のケーブルにプレストレス力を導入することにより,側壁を内側へ変形させようとする力(以下,「Fx」という)を生じさせ,この内側へ変形させようとする力Fxにより,円周方向のケーブルに導入されたプレストレス力や側壁の曲率半径,側壁下端からケーブルまでの距離によって決定される曲げモーメント(以下,「Ma」という)が生じることとなり,それが本件特許発明の「周方向の緊張材に」「プレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる」「曲げモーメント」となるものである
そうすると,空液時に側壁下端に生じる曲げモーメントは,曲げモーメントMb1及びMb2は相殺されることから,曲げモーメントMbは0となり,曲げモーメントMaが生じていることとなる。そして,側壁下端に生じている曲げモーメントMaは,内側の鋼棒と別途の鋼棒にそれぞれ鉛直方向のプレストレスカFy,Fzを導入したとしても,両者は相殺されていることから,曲げモーメントMaが低減されることはないものである。
しかしながら,相違点2に関して,請求人は以下のように主張している。
「しかし,甲第2号証には,段状に部材厚が大きくなるように成形された部分に別途の鉛直方向の緊張材が配設されるとともに該別途の鉛直方向の緊張材にプレストレス力が導入されており,側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減される点が開示されている。
図1?図3は,甲第2号証に記載された発明(以下,甲2発明)における,プレストレスの導入と側壁の撓みおよび側壁下端の曲げモーメントを図示した概念図である。
図1に示すように,本例では,側壁と底盤とが剛結合(底版が分割施工されていない)により一体化される(記載事項9)。側壁の外周側の下部には,壁圧が厚くなる段部が設けられる(記載事項12)。側壁の内部には,鉛直方向の緊張材であるPC鋼棒と,周方向の緊張材であるPC鋼線が配置される(記載事項11)。また,段部には,鉛直方向緊張材である別途のPC鋼棒が配置される(記載事項12,13)。
図1に示すように,PC鋼棒(別途のPC鋼棒含む),PC鋼線にプレストレスを導入する前には,側壁の下端に曲げモーメントが生じることがない。
図2は,別途のPC鋼棒にはプレストレスを導入せず,PC鋼線にのみプレストレスを導入した場合の側壁の撓みと側壁下端の曲げモーメントを図示した概念図である。 PC鋼線のみにプレスドレスを導入すると,側壁には,X方向の力FXが作用して,図2に示すように撓み,側壁の下端には,側壁が内側に倒れ込む方向に曲げモーメントMaが発生する。
これに対し,図3は,別途のPC鋼棒およびPC鋼線にプレストレスを導入した場合の側壁の撓みと側壁下端の曲げモーメントを図示した概念図である。別途のPC鋼棒にプレストレスが導入されると,段部にはY方向に力Fyが作用し,段部が側壁の中央よりも外側にあるので,側壁の下端に曲げモーメントMbが発生する。この曲げモーメントMbは,曲げモーメントMaを打ち消す方向に作用する。」(審判請求書第14頁第16行?第15頁第16行)
この主張に対し,一般的に曲げモーメントMbが発生した場合,曲げモーメントMaを打ち消す方向に作用することは理解できるが,この主張では,甲第2号証記載のPC鋼棒及び別途のPC鋼棒の具体的なプレストレス力及び各PC鋼棒の配置について言及していないため,曲げモーメントMbが相殺されて0になることについて検討されていない。そうすると,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるとは認められない。
また,請求人は次のように主張している。
「(ii)反論その2についての反論
甲第2号証には「側壁下端に生じる曲げモーメントが低減されるようになっている」に関する直接の記載はないが,無効審判請求書(頁14?15,図1?図3)で述べたように,自明である。すなわち,甲第2号証に記載の構造において,別途のPC鋼棒にプレストレス力を付与すれば,側壁下端には曲げモーメントが生じるのであり,この曲げモーメントが,周方向プレストレスによって生じる曲げモーメントを打ち消す方向であることは,力学的に明白であって,当業者であれば容易に理解できるものである。」(弁駁書第16頁第6行?第13行)
この主張では,別途のPC鋼棒にプレストレス力を付与すれば,側壁下端には曲げモーメントが生じるのであるが,この曲げモーメントが,周方向プレストレスによって生じる曲げモーメントを打ち消す方向であっても,PC鋼棒のプレストレス力を考慮していないこと,PC鋼棒及び別途のPC鋼棒のプレストレス力の大小及び配置について言及していない。
そうすると,この主張でも,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるとは認められない。
さらに,請求人は口頭審理陳述要領書で,特に「〈構成Gについて〉」(第41頁第7行?第46頁第9行)で過大な曲げモーメントが低減されることについて主張しているが,この主張でも,上記と同様に甲第2号証に記載された具体的な数値に基づいた主張がなされていないので,過大な曲げモーメントが低減されるとは認められない。
以上のことから,甲第2号証には,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっている点が記載されているとは認められない。
また,甲第2号証に記載された事項から,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっていることを,当業者が容易に想到し得たとまでもいえない。
さらに,甲第3号証ないし甲第22号証をみても,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっている点は記載も示唆もされていない。
そして,本件特許発明が,上記<相違点2>により「本発明のプレストレストコンクリート構造物によれば,満液時で設計された構造物の周方向のプレストレス力によって生じる,側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントを効果的に低減することができる。また,本発明のプレストレストコンクリート構造物によれば,底版全体を一体施工しながらも,発生曲げモーメントを比較的小さな数値内に収めることができ,鉛直方向の鉄筋量を低減することができる。したがって,側壁下端付近の過密配筋を防止することができ,品質のよいプレストレストコンクリート構造物を提供することができる。さらに,本発明のプレストレストコンクリート構造物によれば,施工性の向上と施工コストの低減を図ることができる。」という作用効果を奏することは明らかである。

(3)無効理由1についてのまとめ
したがって,本件特許発明は,甲1発明及び甲2発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである,とすることはできない。

2-2 無効理由2について
(1)対比
本件発明と甲2発明を対比する。
甲2発明の「底盤」は本件発明の「底版」に相当し,以下同様に,「固定構造」は「剛結合」に,「鉛直方向の鋼棒」は「鉛直方向の緊張材」に,「円周方向のケーブル」は「周方向の緊張材」に,「PC円形水槽」は「プレストレストコンクリート構造物」に,それぞれ相当する。
また,甲2発明の「側壁は,縦断面形状が段付き形状になるように,側壁上端から側壁途中までは400mm厚,500mm厚及び600mm厚と一定の部材厚に成形されており,側壁途中から側壁下端の壁厚方向の外側に向かって段状に部材厚が1100mmと大きくなるように成形されており」は,本件発明の「側壁は,縦断面形状が段付き形状になるように,側壁上端から側壁途中までは一定の部材厚に成形されており,側壁途中から側壁下端の壁厚方向の外側に向かって段状に部材厚が大きくなるように成形されており」に相当する。
そうすると,本件発明と甲2発明は,
「少なくとも底版全体が一体施工されてなる該底版と,該底版上に立設するとともに該底版と剛結合される側壁とから構成される円筒状または略円筒伏のプレストレストコンクリート構造物において,
前記側壁の内部には,プレストレス力を導入可能で該側壁の上端から下端まで延設する鉛直方向の緊張材および周方向の緊張材が配設されるとともに該鉛直方向および該周方向の緊張材にはそれぞれプレストレス力が導入されており,
該側壁は,縦断面形状が段付き形状になるように,側壁上端から側壁途中までは一定の部材厚に成形されており,
側壁途中から側壁下端の壁厚方向の外側に向かって段状に部材厚が大きくなるように成形されており,
該段状に部材厚が大きくなるように成形された部分においても前記鉛直方向の緊張材とは別途の鉛直方向の緊張材が配設されるとともに該別途の鉛直方向の緊張材にプレストレス力が導入されているプレストレストコンクリート構造物。」である点で一致し,以下の点で相違している。

<相違点3>
本件特許発明においては,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっているのに対し,甲2発明においては,そのようになっているか不明である点。

(2)判断
上記相違点3について検討する。
<相違点3>について
上記「2-1 無効理由1について (2)判断 <相違点2>について」に記載したとおり,甲第2号証には,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっている点が記載されているとは認められない。
また,甲第2号証に記載された事項から,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっていることを,当業者が容易に想到し得たとまでもいえない。
したがって,甲第2号証は「底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっている」との構成を開示するものではなく,当該構成を容易なものとすることもできないから,本件特許発明は甲2発明と同一,または甲2発明から容易になし得たものとすることはできない。
さらに,甲第3号証ないし甲第22号証をみても,底版全体が一体施工され,かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において,円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっている点は記載も示唆もされていない。

なお,被請求人は答弁書及び口頭審理陳述要領書等で,甲2発明は底版を一体施工したものではないと主張しているが,上記(2e)に記載のとおり一体施工したものと認められ,仮に一体施工したものではないとしても,特許請求の範囲にPCタンクの大きさが記載されていない以上,PCタンクの大小は関係なく,例え,甲第3,6,7号証のPCタンクが小規模のものを対象とするものであったとしても,甲第3,6,7号証のように,底版を一体施工することは従来周知であるから,甲2発明に適用して,底版を一体施工したものとすることは当業者が容易に想到し得たものである。

そして,本件特許発明が,上記<相違点3>により「本発明のプレストレストコンクリート構造物によれば,満液時で設計された構造物の周方向のプレストレス力によって生じる,側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントを効果的に低減することができる。また,本発明のプレストレストコンクリート構造物によれば,底版全体を一体施工しながらも,発生曲げモーメントを比較的小さな数値内に収めることができ,鉛直方向の鉄筋量を低減することができる。したがって,側壁下端付近の過密配筋を防止することができ,品質のよいプレストレストコンクリート構造物を提供することができる。さらに,本発明のプレストレストコンクリート構造物によれば,施工性の向上と施工コストの低減を図ることができる。」という作用効果を奏することは明らかである。

(3)無効理由2についてのまとめ
したがって,本件特許発明は,甲2発明と同一,または甲2発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである,とすることはできない。


第六 むすび
以上のとおりであるから,請求人の主張および証拠方法によっては,本件特許発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については,特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
プレストレストコンクリート構造物
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレストレストコンクリート構造物に係り、特に、側壁の周方向に導入されたプレストレス力によって側壁に生じる、側壁下端付近における該側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントを簡易に低減することのできるプレストレストコンクリート構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のLNGやLPG貯蔵用の地上タンクや地下タンクなどの容器構造物は、底版と該底版上に立設する側壁、該側壁の上端に接続する平板状またはドーム状の天井とから構成されている。底版のうち側壁と接合する箇所や側壁下端には、他の部位に比べて大きな断面力(曲げモーメントやせん断力など)が生じるため、部材断面を他の部位に比べて相対的に大きくしたり、過密に配筋するなどの措置が講じられている。上記する容器構造物は、その用途や規模によって構成材料や構造形式などが多様であるものの、地上タンクや地下タンクといった比較的大規模で耐久性が要求される容器構造物としては、鉄筋コンクリート構造物として現場施工されているのが一般的である。
【0003】
ところで、上記容器構造物を構成する底版や側壁、天井などを鉄筋コンクリートにて施工する場合に、鉄筋量の低減やひびわれ防止などを目的としてPC鋼材などの緊張材を鉄筋コンクリート内部や外部に使用する、プレストレストコンクリート構造物を採用するのが主流である。すなわち、底版や側壁などに予めシース管を埋設しておき、底版や側壁の構築後にシース管内に緊張材を挿入するとともに緊張材の端部を引っ張ることで張力(以下、プレストレス力という)を該シース管に導入し、底版や側壁に圧縮力を作用させるものである(ポストテンション方式)。さらに、予めプレストレス力が導入された緊張材を底版や側壁内部に埋め込んでおき、底版や側壁などの構築後に緊張材からプレストレス力を解放することで側壁などに圧縮力を作用させるプレテンション方式などもある。
【0004】
プレストレストコンクリート構造物の場合においても、上記するように側壁下端などには相対的に大きな断面力が生じることに変わりはなく、したがって該側壁下端には側壁上端などに比べて必要となるPC鋼材などの緊張材の量や鉄筋量が多くなる。従来のプレストレストコンクリート構造物の側壁においては、該側壁の下端から上端近傍まで伸びる鉛直方向の緊張材を側壁の周方向に所定間隔を置いて複数配設するとともに、該鉛直方向の緊張材を囲繞するように周方向の緊張材を複数配設する施工が行われている。なお、鉛直方向の緊張材は、鉄筋の配設状況や周方向の緊張材(シース管)等の制約がない場合には、側壁の壁厚中央に配設されるのが一般的である。
【0005】
上記する周方向の緊張材に導入されるプレストレス力は、タンク内に貯蔵液(液化天然ガスや水など)が満液状態となっている場合を想定して設計されるのが一般的であり、かかるプレストレス力がタンク施工時に導入されている。すなわち、貯蔵液が満液の際に液圧によって生じる側壁周方向の引張力に相当する圧縮力を、プレストレス力によって生じさせることで、引張力を相殺しようとするものである。そのため、タンクの完成時など貯蔵液がタンク内に収容されていない空液時においては、周方向に導入されたプレストレス力によって、側壁下端付近に、側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントが過大に生じてしまう。この曲げモーメントは、鉛直方向の鉄筋によって負担されることになる。
【0006】
上記するタンク(プレストレストコンクリート構造物)などの設計において、その側壁下端(付近)のプレストレス力や鉄筋量は、タンク内が空液時や満液時である常時稼動時のみならず、地震時、特に大規模なレベル2地震時によって決定される場合があることは勿論のことである。しかし、レベル2地震時には構造部材の塑性変形性能も考慮することができる一方で、常時やレベル1地震時においては、構造部材の弾性領域で検討すること(許容応力度設計)が余儀なくされるため、導入プレストレス力や鉄筋量が常時で決定されることが十分にあり得る。
【0007】
このように、従来は、満液時で設計された周方向のプレストレス力によって生じる、空液時の過大な曲げモーメントに対して側壁の鉛直方向の鉄筋量などが決定されることがあり、不経済な構造物が構築されていた。さらに、側壁下端付近に過密配筋が施されることにより、施工性の低下や施工コストの増加、コンクリートの回り込み不良による構造不良の招来といった問題も生じていた。
【0008】
そこで、底版の周縁部と中央部とを分割施工し、底版の周縁部と側壁を一体施工した後に底版の中央部を施工する方法がおこなわれている。この施工方法によれば、底版の周縁部は側壁の延長部分として扱うことができ、側壁の周方向にプレストレス力を導入した場合でも、側壁は底版に拘束されることがない。したがって、側壁下端に過大な曲げモーメント(側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメント)を生じさせないようにすることができる。側壁にプレストレス力を導入した後に、底版の中央部を施工して底版の周縁部と中央部の一体化を図ることができる。なお、特許文献1においてもかかる施工方法に関する発明が開示されており、この方法によれば、さらに、側壁下端部に導入された周方向のプレストレス力を側壁の周方向に効果的に導入できるといった効果を得ることができる。
【0009】
【特許文献1】特開2002-188164号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に開示のタンクの構築方法によれば、側壁の周方向に導入されたプレストレス力が底版に入ることがなく、効果的に側壁の周方向に導入することが可能となる。また、かかる構築方法によれば、前述してきた問題、すなわち、タンクの満液時で決定された側壁周方向のプレストレス力によって、タンクの空液時に側壁下端に過大な曲げモーメントが生じるといった問題を解消することができる。
【0011】
しかし、底版の周縁部と中央部を分割施工することにより、構造物の品質低下の問題と施工性の低下の問題が生じることになる。構造物の品質低下とは、特に液密性(耐漏洩性)に関するものであり、外防水や内防水処理等を施したとしても、一体に構築された底版に比べて液密性が低下することは否めない。また、仮に一体施工と同等の液密性を得ることができたとしても、一体施工と同等の工事発注サイドの安心感や信頼感を得ることは難しいものと考えられる。一方、施工性の低下とは、底版の中央部を構築する際には既に側壁が立ち上がっており、底版中央部の構築時の材料搬入や配筋、コンクリート打設といった作業効率が低下することである。また、分割施工することによって工期も長引くこととなり、結果的には施工コストの上昇に繋がる。
【0012】
本発明のプレストレストコンクリート構造物は、上記する問題に鑑みてなされたものであり、満液時で設計された構造物の周方向のプレストレス力によって生じる、側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントを、効果的に低減することのできるプレストレストコンクリート構造物を提供することを目的としている。また、底版全体を一体で施工することにより、品質のよいプレストレストコンクリート構造物を提供することを目的としている。さらに、従来の円筒状または略円筒状のプレストレストコンクリート構造物よりも、側壁の鉄筋量を低減することのできるプレストレストコンクリート構造物を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成すべく、本発明によるプレストレストコンクリート構造物は、少なくとも底版と該底版上に立設する側壁とから構成される円筒状または略円筒状のプレストレストコンクリート構造物において、前記側壁の内部には、プレストレス力を導入可能な鉛直方向および周方向の緊張材が配設されるとともに該鉛直方向の緊張材にはプレストレス力が導入されており、さらに、側壁の下端付近において該側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメントを生じさせる手段が講じられていることを特徴とする。
【0014】
プレストレストコンクリート構造物は、底版と、該底版上に立設する側壁と、該側壁の上端部と接続する天井などから構成される容器構造物であり、底版は地盤上に直接支持される直接基礎形式であっても、杭などに支持される杭基礎形式であってもよい。さらに、天井の形状は平板状やドーム状などの適宜の形状を選定できる。また、周方向の緊張材としてはPC鋼線やPC鋼より線が使用でき、鉛直方向の緊張材としてはPC鋼線やPC鋼より線、PC鋼棒などが使用できる。
【0015】
底版と側壁の接続部は、側壁内部に配設された鉛直方向の緊張材や鉄筋が所定長さ底版内に埋め込まれることで剛結合構造を形成している。したがって、側壁において、外力により生じる断面力が最大となる部位は、底版との接続部である側壁の下端となることが一般的である。特に、円筒状のプレストレストコンクリート構造物において、側壁の周方向の緊張材にプレストレス力を導入した際には、側壁が底版に拘束されることにより、側壁の下端において、側壁を内側へ変形させようとする過大な曲げモーメント(側壁の外側に生じる正の曲げモーメント)が生じる。すなわち、モーメント分布としては、側壁の下端から上端に向かって、下端の過大な正の曲げモーメントからモーメント零点を経て、負の曲げモーメントに移行し、側壁の上端でモーメント零点に収束する。従来は、PC鋼棒などの緊張材を側壁の壁厚中央に配設していたために、鉛直方向の緊張材は、かかる曲げモーメントの負担部材とはなっていなかった。そこで、鉛直方向の緊張材の配置位置を調整するなどした上でプレストレス力を導入することで、少なくとも側壁の下端付近において、側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメント(側壁の内側に生じる負の曲げモーメント)を生じさせようとするものである。側壁の周方向にプレストレス力を導入した際に生じる側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメント(正の曲げモーメント)は、側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメント(負の曲げモーメント)の分だけモーメントの大きさが低減されることとなる。したがって、側壁の下端付近の鉄筋量を低減することができ、過密配筋を緩和することが可能となる。さらには、効果的に側壁下端付近の曲げモーメントを低減できることから底版を分割施工する必要がなくなり、したがって構造物の液密性を確保でき、品質のよいプレストレストコンクリート構造物を構築することが可能となる。
【0016】
鉛直方向の緊張材は、周方向に所定の間隔を置いて配設されるとともに、該鉛直方向の緊張材を囲繞するように鉛直方向の緊張材の外側に周方向の緊張材を配設する。この周方向の緊張材は、貯蔵液の満液時に側壁に作用する液圧によって生じる引張力相当の圧縮力を得ることができるように、側壁の高さレベルに応じてその仕様や高さ方向の配設ピッチが調整される。施工方法としては、底版全体を一体で構築した後に側壁を立ち上げていく。底版のコンクリート打設に先立ち、側壁の鉛直方向の緊張材(シース管)の一端を所定長さだけ該底版内に埋め込んでおく。側壁の鉛直方向および周方向の緊張材を所定本数配置し、所定の鉄筋を組んだ後に側壁コンクリートの打設をおこなう。ポストテンション方式の場合は、側壁コンクリートの所定強度の発現を待ってプレストレス力を導入し、プレテンション方式の場合は予めプレストレス力を導入した状態で側壁コンクリートを打設し、側壁コンクリートが所定強度に発現するのを待ってプレストレス力を解放させる。
【0017】
また、本発明によるプレストレストコンクリート構造物の他の実施形態において、前記手段は、前記鉛直方向の緊張材が、側壁の途中から側壁の下端に向かって壁厚方向の外側に傾斜するように配設されていることからなる。
【0018】
従来と同様の鉛直方向の緊張材を、側壁の途中から側壁の下端に向かって壁厚方向の外側に傾斜するように配設するだけで、特に側壁下端付近には、側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメントを生じさせることができる。鉛直方向の緊張材は、側壁の上端から側壁の途中までは、従来と同様に壁厚の中央(付近)に配設され、側壁の途中から壁厚の外側へ傾斜するように屈曲成形されていて、側壁の下端(付近)で最も側壁の外周面に近接するようになる。ここで、鉛直方向の緊張材が屈曲する側壁の途中のレベルについては、側壁の鉛直面内に生じる設計曲げモーメントやコンクリート仕様などによって適宜のレベルに調整することができる。本発明によれば、鉛直方向の緊張材をその途中で屈曲させるだけの構成で、側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメント(側壁の周方向にプレストレス力を導入した場合)を効果的に低減することができる。したがって、側壁の下端付近の鉄筋量を低減することが可能となり、過密配筋を解消することができる。
【0019】
また、本発明によるプレストレストコンクリート構造物の他の実施形態において、前記手段は、前記側壁が、その途中から側壁の下端に向かって壁厚が大きくなる部分を有しており、前記鉛直方向の緊張材が、側壁の途中から該壁厚が大きくなる部分の下端に向かって壁厚方向の外側に傾斜するように配設されていることからなることを特徴とする。
【0020】
ここで、側壁がその途中から側壁の下端に向かって壁厚が大きくなる部分の実施形態としては、側壁上端から側壁途中までは一定の部材厚(以下、側壁一般部という)であり、側壁途中から側壁下端に向かって1段または2段以上の多段状に成形される形態(側壁一般部の外側に多段状の部分が付加された形態)がある。なお、壁厚が大きくなる側壁の途中レベルは、側壁の鉛直面内に生じる設計曲げモーメントやコンクリート仕様などによって適宜のレベルが選定される。
【0021】
本発明によれば、壁厚が大きくなる部分がない場合であって、側壁の下端付近において所定のかぶり厚が確保できなくなるような場合においても、十分なかぶり厚を確保することが可能となる。通常、鉛直方向の緊張材の外側に周方向の緊張材が配設され、さらには鉛直方向および周方向の鉄筋が配筋されており、側壁下端においては、最も外側に配設された鉄筋と側壁外周面との間に数cm?10cm程度の所定のかぶり厚を確保する必要がある。鉛直方向の緊張材が側壁の下端に向かって壁厚方向の外側に傾斜している場合には、特に側壁の下端において十分なかぶり厚が確保し難い場合が想定される。そこで、鉛直方向の緊張材の傾斜に応じて適宜の形状の壁厚が大きくなる部分を設けることにより、側壁の下端付近において十分なかぶり厚を確保することが可能となる。また、壁厚が大きくなる部分を設けることで、側壁の下端付近における鉛直方向の緊張材をより側壁の外側に配設することが可能となり、したがって、より大きな側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメントを得ることが可能となる。この壁厚が大きくなる部分の壁厚は、上記する曲げモーメントの低減の程度や必要となるかぶり厚などによって適宜の壁厚とすることができる。
【0022】
また、本発明によるプレストレストコンクリート構造物の他の実施形態において、前記手段は、前記側壁が、その途中から側壁の下端に向かって壁厚が大きくなる部分を有しており、該壁厚が大きくなる部分に鉛直方向の緊張材が配設されるとともに、該緊張材にプレストレス力が導入されていることからなる。
【0023】
側壁一般部には、該側壁の上端から下端まで延びる鉛直方向の緊張材を配設し、壁厚が大きくなる部分には別途の鉛直方向の緊張材を配設する。壁厚が大きくなる部分に配設された緊張材にプレストレス力を導入することにより、側壁を外側に変形させようとする曲げモーメントを生じさせることが可能となる。そのため、周方向の緊張材にプレストレス力を導入した際に生じる、側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントを低減することができる。
【0024】
また、本発明によるプレストレストコンクリート構造物の他の実施形態としては、前記プレストレストコンクリート構造物が、LNGまたはLPG貯蔵用の地上タンクまたは地下タンクであることを特徴とする。
【0025】
比較的大規模で、かつ耐久性が要求される円筒状または略円筒状の側壁を備えたプレストレストコンクリート構造物(容器構造物)は、LNGまたはLPG貯蔵用の地上タンクや地下タンクに適用されることが多く、本発明の底版と側壁の接合構造を備えたプレストレストコンクリート構造物も上記するタンクに適用されるのが好ましい。尤も、小規模タンクやその他の用途、例えば上下水道用の貯水タンクやファームポンドなどに適用される容器構造物を排除するものでないことは勿論のことである。
【発明の効果】
【0026】
以上の説明から理解できるように、本発明のプレストレストコンクリート構造物によれば、満液時で設計された構造物の周方向のプレストレス力によって生じる、側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントを効果的に低減することができる。また、本発明のプレストレストコンクリート構造物によれば、底版全体を一体施工しながらも、発生曲げモーメントを比較的小さな数値内に収めることができ、鉛直方向の鉄筋量を低減することができる。したがって、側壁下端付近の過密配筋を防止することができ、品質のよいプレストレストコンクリート構造物を提供することができる。さらに、本発明のプレストレストコンクリート構造物によれば、施工性の向上と施工コストの低減を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態および参考形態を説明する。図1、図2はプレストレストコンクリート構造物の参考形態を示した縦断面図であり、図3は、本発明のプレストレストコンクリート構造物の実施形態を示した縦断面図である。図4は、図3の実施形態における満液時の曲げモーメント分布を説明した図であって、周方向のプレストレス力によって生じる液圧分布相当の圧力分布を示した模式図と、満液時の曲げモーメント分布を示した模式図である。図5は、図4における壁厚が大きくなる部分にプレストレス力を導入した場合の曲げモーメント分布を示した模式図を、図6は、図4の曲げモーメント分布と図5の曲げモーメント分布を合成してなる曲げモーメント分布を示した模式図をそれぞれ示している。図7は、図3の実施形態における空液時の曲げモーメント分布を説明した図であって、周方向のプレストレス力を示した模式図と、空液時の曲げモーメント分布を示した模式図である。図8は、図7の曲げモーメント分布と図5の曲げモーメント分布を合成してなる曲げモーメント分布を示した模式図を示している。なお、シース管や鉄筋の図示は省略する。
【0028】
図1にプレストレストコンクリート構造物の参考形態である容器構造物10を示す。該容器構造物10は、地盤上に構築された底版2と、該底版2上に立設する円筒形の側壁1と、該側壁1の上端部に接続するドーム状の天井3とから構成される。地上に構築される容器構造物10としては地上タンクなどが想定される。
【0029】
側壁1内には、鉛直方向の緊張材であるPC鋼棒4が周方向に所定ピッチで配設されており、その外周に周方向の緊張材であるPC鋼線5が鉛直方向に所定ピッチで配設されている。PC鋼棒4は、側壁1の上端から所定高さ(側壁1の下端から高さh1まで)までは該側壁1の壁厚の中央に配設されており、高さh1で屈曲され、そこから側壁1の下に向かって壁厚の外側へ傾斜している。
【0030】
周方向の緊張材であるPC鋼線5にプレストレス力を導入することにより、側壁1には、図1に示すように、該側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントMaが生じる。一方、側壁1の高さh1から下方にあるPC鋼棒4は、側壁1の断面中心よりも外側に配設されているため、このPC鋼棒4にプレストレス力を導入することにより(図中のX方向)、側壁1には、該側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメントMbが生じることになる。
【0031】
側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントMaと、側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメントMbはモーメントの方向が反転しているため、小さなモーメント絶対値分だけ相殺されることで、残った曲げモーメントは相対的に小さな値となる。
【0032】
図1の参考形態では、PC鋼線5の外周に図示しない鉄筋が配筋されるため、所定のかぶり厚を確保しながら、図示するような緊張材の配設をおこなう必要がある。また、高さh1は、側壁1の鉛直面内に生じる設計曲げモーメントやコンクリートの仕様などにより、適宜のレベルを選定できる。
【0033】
図2には、他の参考形態の容器構造物10aを示している。この容器構造物10aは、側壁1の高さh2から下方において、壁厚が大きくなる部分1aを備え、縦断面的には1段の段付き形状の側壁を有した容器構造物である。側壁1の内部に配設されたPC鋼棒4は、高さh2付近で屈曲しており、PC鋼棒4の下端は壁厚が大きくなる部分1aの下端を通って、底版2の内部に定着している。PC鋼棒4の外周には、PC鋼線5が周方向に配設されている。
【0034】
容器構造物10aでは、PC鋼棒4の下端付近を、極力側壁の外側へ配設することが可能となり、必要に応じて、大きな側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメントを得ることが可能となる。また、PC鋼線5の外側に配筋される図示しない鉄筋と側壁外周との間に十分なかぶり厚を確保することが容易となる。なお、壁厚が大きくなる部分1aは、1段の段付き形状のみでなく、2段以上の形状であってもよい(図示せず)。
【0035】
図3には、本発明の容器構造物の実施の形態を示している。この容器構造物10bは、壁厚が大きくなる部分1aを備え、その内部に、鉛直方向の緊張材であるPC鋼棒4aが配設され、側壁1内には、側壁1の上端から下端まで直線状のPC鋼棒4が配設されている。この容器構造物10bでは、PC鋼棒4をその途中で屈曲加工するまでもなく、従来のように直線状のPC鋼棒のみを使用して、側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメントを低減することが可能となる。以下、図4?図8に基づいて、容器構造物10bの場合の曲げモーメントの低減について説明する。
【0036】
図4には、容器構造物10b内に液化天然ガスや水などの貯蔵液6が満液時の液圧と、周方向に導入されるプレストレス力によって、該液圧相当の圧力が側壁1に作用している状況を模式図として示されている。液圧Paは側壁1の内部から三角形分布で作用し、少なくとも、液圧Pa以上の圧力Ppを生じさせるだけの周方向のプレストレス力を周方向の緊張材に作用させる。そのため、側壁1の高さレベルで、導入されるプレストレス力は相違し、下方に行くにしたがってその大きさは増加する。
【0037】
図4の容器構造物10bの模式図の横には、周方向のプレストレス力が側壁1に導入され、貯蔵液6が容器構造物10b内に収容された際の曲げモーメント分布の一例を示している。この状態では、側壁1を左右から押す圧力がほぼ均衡しているため、側壁1の下端には過大な曲げモーメントが生じないことになる。なお、図中の+(プラス)は、正の曲げモーメント(側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメント)であり、-(マイナス)は、負の曲げモーメント(側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメント)を示している。
【0038】
また、図5には、容器構造物10bの壁厚が大きくなる部分1a内に配設されたPC鋼棒4aにプレストレス力を導入した際(矢印X方向)の曲げモーメント分布を示している。PC鋼棒4aを緊張することで、側壁1には、該側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメント(負の曲げモーメント)が生じることになる。
【0039】
以上、図4における貯蔵液6の満液時の液圧と、側壁1の周方向に導入されるプレストレス力によって生じる曲げモーメントと、壁厚が大きくなる部分1a内のPC鋼棒4aに導入されるプレストレス力によって生じる曲げモーメントとの合成曲げモーメントを図6に示す。
【0040】
一方、空液時の曲げモーメント分布を図7に示している。この曲げモーメント分布図は、PC鋼棒4aにプレストレス力が導入されていない場合の曲げモーメント分布図である。周方向の緊張材に導入されるプレストレス力は、図4に示す満液時を想定しているため、容器構造物10bが完成した直後等の空液時においては、図示するように、側壁1の下端に過大な曲げモーメント(側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメント)が生じてしまう。
【0041】
そこで、PC鋼棒4aにプレストレス力を導入し(その際の曲げモーメント分布は、図5を参照)、図7の曲げモーメント分布と図5の曲げモーメント分布を合成した曲げモーメント分布を図8に示す。図8の合成曲げモーメント分布図によれば、側壁下端に生じていた過大な曲げモーメント(側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメント)が低減されて、相対的に小さな曲げモーメントとなっていることが分かる。
【0042】
図8の合成曲げモーメント分布図は模式的に示したものであり、実際の構造設計においては、満液時を勘案しながら、空液時の合成曲げモーメントの正と負の値(絶対値)が極力小さな値となるように、最適な構造設計(緊張材やプレストレス力、壁厚が大きくなる部分の高さや壁厚など)がおこなわれることになる。
【0043】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更等があっても、それらは本発明に含まれるものである。例えば、容器構造物がLNGまたはLPG貯蔵用の二重殻式低温タンクの場合では、図示する側壁を外槽とし、その内側に保冷材などからなる内槽を備えた構成とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】プレストレストコンクリート構造物の参考形態を示した縦断面図。
【図2】プレストレストコンクリート構造物の他の参考形態を示した縦断面図。
【図3】本発明のプレストレストコンクリート構造物の実施形態を示した縦断面図。
【図4】図3の実施形態における満液時の曲げモーメント分布を説明した図であって、周方向のプレストレス力によって生じる液圧分布相当の圧力分布を示した模式図と、満液時の曲げモーメント分布を示した模式図。
【図5】図4における壁厚が大きくなる部分にプレストレス力を導入した場合の曲げモーメント分布を示した模式図。
【図6】図4の曲げモーメント分布と図5の曲げモーメント分布を合成してなる曲げモーメント分布を示した模式図。
【図7】図3の実施形態における空液時の曲げモーメント分布を説明した図であって、周方向のプレストレス力によって生じる圧力分布を示した模式図と、空液時の曲げモーメント分布を示した模式図。
【図8】図7の曲げモーメント分布と図5の曲げモーメント分布を合成してなる曲げモーメント分布を示した模式図。
【符号の説明】
【0045】
1…側壁、1a…壁厚が大きくなる部分、2…底版、3…天井、4,4a…PC鋼棒(鉛直方向の緊張材)、5…PC鋼線(周方向の緊張材)、10、10a,10b…プレストレストコンクリート構造物(容器構造物)、6…貯蔵液、Ma…側壁を内側へ変形させようとする曲げモーメント、Mb…側壁を外側へ変形させようとする曲げモーメント
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】プレストレストコンクリート構造物の参考形態を示した縦断面図。
【図2】プレストレストコンクリート構造物の他の参考形態を示した縦断面図。
【図3】本発明のプレストレストコンクリート構造物の実施形態を示した縦断面図。
【図4】図3の実施形態における満液時の曲げモーメント分布を説明した図であって、周方向のプレストレス力によって生じる液圧分布相当の圧力分布を示した模式図と、満液時の曲げモーメント分布を示した模式図。
【図5】図4における壁厚が大きくなる部分にプレストレス力を導入した場合の曲げモーメント分布を示した模式図。
【図6】図4の曲げモーメント分布と図5の曲げモーメント分布を合成してなる曲げモーメント分布を示した模式図。
【図7】図3の実施形態における空液時の曲げモーメント分布を説明した図であって、周方向のプレストレス力によって生じる圧力分布を示した模式図と、空液時の曲げモーメント分布を示した模式図。
【図8】図7の曲げモーメント分布と図5の曲げモーメント分布を合成してなる曲げモーメント分布を示した模式図。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも底版全体が一体施工されてなる該底版と、該底版上に立設するとともに該底版と剛結合される側壁とから構成される円筒状または略円筒状のプレストレストコンクリート構造物において、
前記側壁の内部には、プレストレス力を導入可能で該側壁の上端から下端まで延設する鉛直方向の緊張材および周方向の緊張材が配設されるとともに該鉛直方向および該周方向の緊張材にはそれぞれプレストレス力が導入されており、
該側壁は、縦断面形状が段付き形状になるように、側壁上端から側壁途中までは一定の部材厚に成形されており、
側壁途中から側壁下端の壁厚方向の外側に向かって段状に部材厚が大きくなるように成形されており、
該段状に部材厚が大きくなるように成形された部分においても前記鉛直方向の緊張材とは別途の鉛直方向の緊張材が配設されるとともに該別途の鉛直方向の緊張材にプレストレス力が導入されており、底版全体が一体施工され、かつ底版と側壁が剛結合されているプレストレストコンクリート構造物の空液時において、円筒状または略円筒状の側壁の周方向の緊張材に満液時で設計されたプレストレス力が導入された際に側壁下端に生じる過大な曲げモーメントが低減されるようになっていることからなるプレストレストコンクリート構造物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2014-01-27 
結審通知日 2014-01-30 
審決日 2014-02-12 
出願番号 特願2004-268430(P2004-268430)
審決分類 P 1 113・ 121- YAA (E04H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 五十幡 直子  
特許庁審判長 高橋 三成
特許庁審判官 杉浦 淳
住田 秀弘
登録日 2006-08-11 
登録番号 特許第3839448号(P3839448)
発明の名称 プレストレストコンクリート構造物  
代理人 関谷 三男  
代理人 石川 滝治  
代理人 関谷 三男  
復代理人 山内 輝和  
代理人 石川 滝治  
代理人 井上 誠一  
代理人 平木 祐輔  
代理人 平木 祐輔  

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