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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  C10L
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C10L
管理番号 1288134
審判番号 無効2013-800128  
総通号数 175 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-07-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-07-22 
確定日 2014-05-26 
事件の表示 上記当事者間の特許第5197305号発明「ディーゼル燃料添加剤組成物及びそれを用いた洗浄方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許第5197305号は、発明の名称を「ディーゼル燃料添加剤組成物及びそれを用いた洗浄方法」とする特許発明に係る特許権であって、その出願からの手続の経緯の概要は、以下のとおりである。

平成20年10月31日 特許出願(特願2008-280957)
平成25年 2月15日 特許権の設定登録(請求項の数8)
平成25年 7月22日 本件特許無効審判請求
平成25年10月28日 被請求人:答弁書提出
平成26年 2月13日 被請求人:口頭審理陳述要領書提出
平成26年 2月13日 請求人:口頭審理陳述要領書提出
平成26年 2月25日 口頭審理
平成26年 2月28日 請求人:上申書提出

第2 本件特許発明

本件特許第5197305号の請求項1?8に係る特許発明は、本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
(a)下記の一般式(1)で示されるポリオキシアルキレンアルキルアミン、
(b)下記の一般式(2)で示されるグリコールモノアルキルエーテル、
(c)下記の一般式(3)で示されるグリコールジアルキルエーテル、
(d)ヘテロ環状化合物、及び
(e)水からなり、
上記(a)成分を50?80質量%含有し、上記(b)成分を5?20質量%含有し、上記(c)成分を5?15質量%含有し、上記(d)成分を5?15質量%含有し、上記(e)成分を1?5質量%含有することを特徴とするディーゼル燃料添加剤組成物。
【化1】

(なお、R^(1)は炭素数8?25のアルキル基を示し、A^(1)及びA^(2)はそれぞれ炭素数2?4のアルキレン基であり、繰り返す場合、A^(1)及びA^(2)はそれぞれ同一のアルキレン基であっても異なるアルキレン基であってもよく、k及びlはそれぞれ1?30の数を示す。)
【化2】

(なお、R^(2)は炭素数1?8のアルキル基である。A^(3)は炭素数2?3のアルキレン基であり、繰り返す場合、A^(3)は同一のアルキレン基であっても異なるアルキレン基であってもよく、mは1?4の数を示す。)
【化3】

(なお、R^(3)及びR^(4)はそれぞれ炭素数1?8のアルキル基である。A^(4)は炭素数2?3のアルキレン基であり、繰り返す場合、A^(4)は同一のアルキレン基であっても異なるアルキレン基であってもよく、nは1?4の数を示す。)
【請求項2】
請求項1において、上記(a)成分は、ラウリルジエタノールアミンであることを特徴とするディーゼル燃料添加剤組成物。
【請求項3】
請求項1又は2において、上記(b)成分は、エチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテルのうち1種又は2種以上であることを特徴とするディーゼル燃料添加剤組成物。
【請求項4】
請求項1?3のいずれか1項において、上記(c)成分は、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジブチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテルのうち1種又は2種以上であることを特徴とするディーゼル燃料添加剤組成物。
【請求項5】
請求項1?4のいずれか1項において、上記(d)成分は、N-メチル-2-ピロリドン、1,4ジオキサン、γ-ブチロラクトンのうち1種又は2種以上であることを特徴とするディーゼル燃料添加剤組成物。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか1項において、上記(a)成分と、上記(e)成分との含有量比は、(e)の含有量/(a)の含有量が0.1以下であることを特徴とするディーゼル燃料添加剤組成物。
【請求項7】
請求項1?6のいずれか1項において、上記ディーゼル燃料添加剤組成物は、ディーゼル燃料に対し、0.5?2質量%添加して使用することを特徴とするディーゼル燃料添加剤組成物。
【請求項8】
コモンレール式の燃料噴射装置を備えたディーゼルエンジンのインジェクターノズルに付着したポリマー系物質由来の付着物、水溶性の付着物、及び非水溶性の付着物を洗浄除去する方法であって、
ディーゼル燃料に対して請求項1?7のいずれか1項に記載のディーゼル燃料添加剤組成物を0.5?2質量%添加することにより洗浄を行うことを特徴とする洗浄方法。」

以下、本件特許に関し、その請求項1?8に係る特許をそれぞれ、「本件特許1」、「本件特許2」などといい、これらをまとめて「本件特許」ということがある。また、本件請求項1?8に係る特許発明をそれぞれ、「本件特許発明1」、「本件特許発明2」などといい、これらをまとめて「本件特許発明」ということがある。さらに、本件特許に係る明細書、特許請求の範囲をそれぞれ、「本件明細書」、「本件特許請求の範囲」という。

第3 請求人の主張の概要

請求人は、本件特許1?8を無効にする、との審決を求めるところ、その無効理由及び証拠方法は以下のとおりである。
<無効理由1>
本件特許1?8は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきものである、と請求人は主張し、その証拠方法として、下記甲第12、13、15号証を提示している。
<無効理由2>
本件特許1?8は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである、と請求人は主張し、その証拠方法として、下記甲第1?11、14、16号証を提示している。

甲第1号証:特開2008-081627号公報
甲第2号証:国際公開第2001/023503号再公表特許
甲第3号証:特開2008-081626号公報
甲第4号証:特開平10-001698号公報
甲第5号証:国際公開第2001/088066号
甲第6号証:特開2006-257934号公報
甲第7号証:特開昭62-068891号公報
甲第8号証:特開平11-106763号公報
甲第8号証の2:特開2003-138278号公報
甲第8号証の3:http://www.mokutikusaku.net/index_QA.html(2013年7月6日ダウンロード)木竹酢液認証協議会ホームページの出力物
甲第9号証:特開平7-018271号公報
甲第10号証:特開平7-197052号公報
甲第11号証:界面活性剤カタログ(日本乳化剤株式会社発行、2008年版)
甲第12号証:特開2004-123947号公報
甲第13号証:特開2009-051939号公報
甲第14号証:グリコールエーテル(日本乳化剤株式会社発行、2008年版)
甲第15号証:審判請求人による検証実験結果(2013年6月28日?6月29日)
(以上の写しを、審判請求書に添付して提出。)
甲第16号証:三洋化成ニュース、2006冬、No.439「活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス64、軽油用添加剤」阿尾信博著、三洋化成株式会社、URLhttp://www.sanyo-chemical.co.jp/tech_info/pdf/jpn/pk64.pdfのダウンロード印刷物(2014年1月10日)
(上記の写しを、口頭審理陳述要領書に添付して提出。)

第4 被請求人の主張の概要

これに対して、被請求人は、本件無効審判の請求は成り立たない、との審決を求め、証拠方法として下記乙第1号証を提示し、請求人が主張する無効理由は理由がない旨主張している。

乙第1号証:被請求人による試験結果報告書
(上記の写しを、答弁書に添付して提出。)

第5 当審の判断

当審は、本件特許1?8につき請求人が主張するいずれの無効理由についても、理由がない、と判断する。
以下、詳述する。

1 無効理由1(特許法第36条関係)について

請求人が主張する無効理由1は、特許法第36条第4項第1号の規定違反を根拠とするものであり、その違反理由を要約すると次のとおりである(審判請求書4頁「(ロ)理由の要約」の「(ロ-1)」の項参照)。

「本件明細書の発明の詳細な説明における段落【0053】、【0056】の安定性の検討において、目視で水の分離を確認したことは記載されている。しかしながら、軽油組成物中における水の分離について、目視での水の分離を確認するための保存温度、時間、保存状態などの条件や目視判断のための条件が記載されていない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件特許発明1?7に係るディーゼル燃料添加剤組成物を過度の試行錯誤を行うことなく実施できるように記載されていない。
本件特許発明8についても同様に、本件特許発明1?7に関し、当業者が容易に実施できるように記載されていないから、本件特許発明8に関しても当業者が過度の試行錯誤を行うことなく実施できるように記載されていない。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が本件特許発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。」

(1) 特許法第36条第4項第1号の規定

この無効理由は、いわゆる実施可能要件に関するものであるが、当該要件について、特許法第36条第4項第1号には次のように規定されている。
「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一 ・・・その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」
そして、この条文中の「その実施」とは、請求項に係る発明の実施のことであると解され、「その(発明の)実施をすることができる」とは、特許法第2条第3項第1号及び第2号において定められる「実施」の定義に照らすと、請求項に係る発明が物の発明にあってはその物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであり、方法の発明にあってはその方法を使用できることであると理解するのが相当である(要すれば、審査基準第I部第1章「3.2 実施可能要件」の項参照)。
ただし、この要件を満たすためには、その前提として、請求項に係る発明自体が認定でき、その発明が発明の詳細な説明の記載から読み取れる必要があることはいうまでもない。

(2) 実施可能要件について

このような視点に立って、改めて請求人の主張を俯瞰すると、請求人は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された安定性評価試験につき、その具体的な評価手法及び評価基準が明確でないことをもって、実施可能要件違反と結論付けているように推察される。
そこで、安定性評価試験の具体的評価手法及び評価基準が、発明の詳細な説明において明確でないことが、実施可能要件違反といえるか否かについて検討する。
本件特許発明は、上記「第2 本件特許発明」のとおり、当該安定性評価試験に関する技術的事項を、発明を特定するために必要な事項として具備するものではないから、その評価手法及び評価基準が不明確であるからといって、これが直接、上記実施可能要件の判断、すなわち、本件特許発明1?7に係るディーゼル燃料添加剤組成物という物を作ることができ、かつ、その物を使用できるか否か、あるいは、本件特許発明8に係る洗浄方法という方法を使用できるか否か、といった判断に影響を与えるものとはいいがたく、当該不明確さのみをもって、直ちに実施可能要件違反であるということはできない。
このように、上記請求人の主張によって、直ちに実施可能要件を満たさないとすることができないが、請求人が指摘する安定性評価試験の不明確さに起因して、本件特許発明1?7に係るディーゼル燃料添加剤組成物を製造ないし使用する際、あるいは、本件特許発明8に係る洗浄方法を使用する際に何らかの支障が生じ得るか否か、すなわち、本件明細書の段落【0052】に記載された表4において、安定性評価結果が「合格○」となっている実施例であっても、実際の使用等に支障を来すことがないか否か、について考察してみる。
本件特許発明1?7に係るディーゼル燃料添加剤組成物あるいは本件特許発明8に係る洗浄方法の使用形態は、当該燃料添加剤組成物を燃料タンクに投入するか、予め燃料と配合するものであるから(【0039】、【0042】)、該添加剤組成物を軽油に添加するにあたっては、燃料タンクへの投入段階または事前の燃料への配合段階、さらにいえば、振動を伴う走行時などにおいて、少なからず攪拌作用が付与されることとなり、この時点において、ディーゼル燃料中に水が安定的に分散した状態ならば特段の支障はない。
この点を踏まえて、両当事者が、甲第15号証、乙第1号証として提出した実験結果を検討すると、本件特許発明の実施例にあたるディーゼル燃料添加剤組成物(具体的には、本件明細書の表2の試料E3に相当)を、軽油(ディーゼル燃料)に添加した場合、攪拌前であっても、既にある程度の乳化状態に至ることが確認でき(甲第15号証の「6.」に掲載された拡大写真B、及び乙第1号証の「2-2-3.」に掲載された添加直後の写真参照)、仮に、攪拌前(添加直後)にはこのような乳化状態に至っていないとしても(甲第15号証の「6.」に掲載された拡大写真A参照)、攪拌後には、乳化状態になることが看取できる(両証拠の攪拌後の写真参照)。
そうすると、上記両当事者から提出された実験結果からみて、本件特許発明に係るディーゼル燃料添加剤組成物が添加された軽油組成物は、実際の使用時において、乳化状態にあると考えるのが妥当であって、この状態が極短時間で破壊されることを示す証拠も見当たらない。
そして、この乳化状態は、請求人が主張するとおり、微視的には水が分離した形態とみることができるかもしれないが、分散形態という観点からみれば、ある程度均一に水が分散した状態であるということができるから、このような燃料であれば実際の使用に際し、特段問題が生じるとは考えにくい。
加えて、本件明細書における安定性評価試験の詳細が定かでないとしても、当該安定性評価の目的は、ディーゼル燃料中に水が安定的に分散していない場合の不具合、すなわち、被洗浄物の腐食の発生や被洗浄物を用いたシステムへの悪影響を確認することにあるから、その試験内容は、この確認ができる程度であれば事足り、さほど高い精度を要求する筋合のものではないと解される。
したがって、安定性評価試験の不明確さは、本件特許発明1?7の製造・使用、及び本件特許発明8の使用に支障をもたらすほどのものとはいえないから、これに起因する実施可能要件違反は認められない。

(3) 無効理由1についてのまとめ

以上のとおり、請求人が主張する無効理由1によっては、本件特許を無効にすることができない。

2 無効理由2(特許法第29条関係)について

請求人が主張する無効理由2は、特許法第29条第2項の規定違反を根拠とするものであるが、これを要約すると次のとおりである(審判請求書15?26頁の「(ホ-1-1)請求項1に係る特許発明と証拠との対比」?「(ホ-1-8)請求項8に係る特許発明と証拠との対比」の項参照)。

「本件特許発明1?8は、甲第1号証に記載された発明および甲第2号証?甲第10号証にそれぞれ記載された周知・慣用技術に基いて当業者により容易に発明をすることができたものである。」

ここで、請求人は、甲第1号証から摘示される発明を主となる引用発明とし、これと、他の証拠から導出される周知・慣用技術との組合せにより、特許法第29条第2項の規定違反、すなわち、本件特許発明の進歩性を否定しようとするものであるから、この請求人の主張に従い、まず、甲第1号証から主となる引用発明を認定していくこととする。

(1) 甲第1号証の記載事項

本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第1号証(特開2008-081627号公報)には、以下の事項が記載されている。

(1-a)
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
被洗浄物に付着した付着物を洗浄除去するための洗浄剤組成物において、
該洗浄剤組成物は、炭化水素系の基材と界面活性剤と水とからなり、
上記界面活性剤の含有量は、上記洗浄剤組成物全体において0.1?50重量%であり、
上記水の含有量は、0.01?5重量%であり、
残部が、上記基材よりなることを特徴とする洗浄剤組成物。
【請求項2】
請求項1において、上記基材は、軽油あるいはガソリンであることを特徴とする洗浄剤組成物。
・・・・
【請求項5】
請求項1?4のいずれか一項において、上記界面活性剤は、ポリエチレングリコールラウリルアミンであることを特徴とする洗浄剤組成物。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか一項において、更に、アルコールを添加することを特徴とする洗浄剤組成物。
・・・・
【請求項9】
請求項1?8のいずれか一項において、上記洗浄剤組成物は、上記被洗浄物としての、内燃機関の燃料と接触する部品に付着する付着物を洗浄除去する際に用いられることを特徴とする洗浄剤組成物。」

(1-b)
「【背景技術】
【0002】
従来より、燃料噴射機器の噴孔部やエンジン内部で代表される、内燃機関の燃料と接触する部品等には、長期間使用することにより、付着物が付着する。これらの部品を適正に使用するためには、付着物を洗浄する必要があり、付着物の除去には、ポリブテンアミンやポリエーテルアミン等を主成分にした洗浄剤が用いられている。
【0003】
しかしながら、これらの洗浄剤は、カーボン系の付着物を洗浄除去することはできるが、一般的に、インジェクタ燃料噴射機器の内部に付着するナトリウムやカリウム化合物からなる水溶性の付着物と、燃料劣化物や添加剤等からなる非水溶性の付着物が混合した混合性の付着物についてほとんど洗浄除去することができない。
従って、これらの混合性の付着物に対し、洗浄効果の高い洗浄剤の開発が望まれていた。」

(1-c)
「【課題を解決するための手段】
・・・・
【0008】
そして、このように、水との親和性が低い炭化水素系の基材中に、界面活性剤と水が安定的に分散した洗浄剤組成物を得ることができるので、界面活性剤により非水溶性の付着物の洗浄除去を行うことができると共に、水によって水溶性の付着物の洗浄除去を可能にすることができ、上述した混合性の付着物を洗浄除去することができる。」

(1-d)
「【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の洗浄剤組成物は、炭化水素系の基材と界面活性剤と水とからなる。
上記炭化水素系の基材としては、後述するように、例えば、軽油、ガソリン、有機溶剤等が挙げられる。
・・・・
【0018】
本発明の洗浄剤組成物は、上記基材は、軽油あるいはガソリンであることが好ましい(請求項2)。
軽油あるいはガソリンは、比較的揮発性が高く、これを基材として用いることにより、付着物の洗浄除去後にシステム中に洗浄剤組成物が残存しにくく、また、残存していても問題がほとんどない。特に、後述するごとく、被洗浄物が、内燃機関の燃料と接触する部品である場合には、その燃料が軽油あるいはガソリンである場合がほとんどであり、非常に有効である。
・・・・
【0022】
また、上記洗浄剤組成物は、更に、アルコールを添加することが好ましい(請求項6)。
この場合には、上記洗浄剤組成物の凝固点を低下させることができるため、冬場など、低温の環境下においても、作業時の流動性を確保することができる。
・・・・
【0024】
また、上記アルコールは、水酸基を1つ以上有する炭素数2?6の物質であることが好ましい(請求項8)。
この場合にも、特に優れた流動性を得ることができる。
【0025】
上記アルコールの炭素数が1の場合には、上記被洗浄物を用いたシステムのゴムや樹脂部品に悪影響を与えるおそれがあり、一方、上記アルコールの炭素数が7以上の場合には、低温時の流動性を確保できないおそれがある。
また、上記アルコールとしては、例えば、イソプロピルアルコール、イソブチルアルコール、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等が挙げられる。
・・・・
【0027】
なお、本発明の洗浄剤組成物は、上記のごとく、基本組成が、基材、界面活性剤、水、あるいは、これにアルコールを加えたものよりなる。しかしながら、液体状のものであることから、更に他の成分を加えることが可能である。そのため、実使用においては、本発明の作用効果を阻害しない範囲で、種々の目的により他の成分を更に添加しても良い。」

(1-e)
「【実施例】
・・・・
【0039】
(実施例2)
本例は、本発明の洗浄剤組成物について、低温流動限界評価試験を行い、低温流動限界を評価した。
まず、表3に示す比率で、水、界面活性剤、及びアルコールを含有する洗浄剤組成物(試料E11?試料E14)を作製した。
各試料について、-5℃で流動するか否かを試験し、低温流動限界を評価した。-5℃で流動するものを○、-5℃で流動しないものを△とする。結果を表3に合わせて示す。
【0040】
【表3】

【0041】
表3より知られるごとく、アルコールの含有量が本発明の好ましい範囲の下限を下回る試料E11及び試料E12は、-5℃において、流動しなかった。
また、アルコールの含有量が本発明の好ましい範囲内である試料E13及び試料14は、低温流動限界が優れている。
これにより、本発明の洗浄剤組成物は、作業性の観点から、アルコールを、上記界面活性剤に対して、重量%で0.2倍以上含有していることが好ましいことがわかる。」

(2) 甲第1号証の刊行物に記載された発明(引用発明)

上記摘記事項(1-a)より、甲第1号証の刊行物には、その請求項1、2、5、6のすべてを引用する請求項9に係る発明として、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

「被洗浄物に付着した付着物を洗浄除去するための洗浄剤組成物において、
該洗浄剤組成物は、炭化水素系の基材としての軽油と、界面活性剤としてのポリエチレングリコールラウリルアミンと、水と、アルコールからなり、
上記界面活性剤としてのポリエチレングリコールラウリルアミンの含有量は、上記洗浄剤組成物全体において0.1?50重量%であり、
上記水の含有量は、0.01?5重量%であり、
残部が、上記炭化水素系の基材としての軽油よりなる洗浄剤組成物であって、
上記洗浄剤組成物は、上記被洗浄物としての、内燃機関の燃料と接触する部品に付着する付着物を洗浄除去する際に用いられる洗浄剤組成物。」

(3) 本件特許発明1についての検討

ア 本件特許発明1

本件特許発明1は、上記「第2 本件特許発明」に記載したとおりであり、再掲すると次のとおりである。
「【請求項1】
(a)下記の一般式(1)で示されるポリオキシアルキレンアルキルアミン、
(b)下記の一般式(2)で示されるグリコールモノアルキルエーテル、
(c)下記の一般式(3)で示されるグリコールジアルキルエーテル、
(d)ヘテロ環状化合物、及び
(e)水からなり、
上記(a)成分を50?80質量%含有し、上記(b)成分を5?20質量%含有し、上記(c)成分を5?15質量%含有し、上記(d)成分を5?15質量%含有し、上記(e)成分を1?5質量%含有することを特徴とするディーゼル燃料添加剤組成物。
【化1】

(なお、R^(1)は炭素数8?25のアルキル基を示し、A^(1)及びA^(2)はそれぞれ炭素数2?4のアルキレン基であり、繰り返す場合、A^(1)及びA^(2)はそれぞれ同一のアルキレン基であっても異なるアルキレン基であってもよく、k及びlはそれぞれ1?30の数を示す。)
【化2】

(なお、R^(2)は炭素数1?8のアルキル基である。A^(3)は炭素数2?3のアルキレン基であり、繰り返す場合、A^(3)は同一のアルキレン基であっても異なるアルキレン基であってもよく、mは1?4の数を示す。)
【化3】

(なお、R^(3)及びR^(4)はそれぞれ炭素数1?8のアルキル基である。A^(4)は炭素数2?3のアルキレン基であり、繰り返す場合、A^(4)は同一のアルキレン基であっても異なるアルキレン基であってもよく、nは1?4の数を示す。)」

イ 本件特許発明1と引用発明との対比

ここで、上記本件特許発明1と引用発明とを対比する。
引用発明の「ポリエチレングリコールラウリルアミン」は、本件特許発明1の(a)成分に相当し、また引用発明の「水」は、本件特許発明1の(e)成分に相当する。
さらに、両発明とも内燃機関に使用される組成物という点で共通するものである。
したがって、両発明の一致点を、本件特許発明1の表現に即して記載すると次のようになる。
「(a)一般式(1)(式省略)で示されるポリオキシアルキレンアルキルアミン、及び、(e)水を含む内燃機関に使用される組成物。」
これに対して、両発明は、次の点で相違している。
<相違点1>
本件特許発明1は、ディーゼル燃料添加剤組成物であるのに対して、引用発明は、内燃機関の燃料と接触する部品に付着する付着物を洗浄除去する際に用いられる洗浄剤組成物である点。
<相違点2>
本件特許発明1は、上記(b)成分、(c)成分、及び(d)成分を含有するとともに、(a)?(e)の各成分の含有量を、「上記(a)成分を50?80質量%含有し、上記(b)成分を5?20質量%含有し、上記(c)成分を5?15質量%含有し、上記(d)成分を5?15質量%含有し、上記(e)成分を1?5質量%含有する」と特定しているのに対して、引用発明は、このような特定がない点。

ウ 相違点の検討

(ア) 相違点1について

上記相違点1に関し、甲第1号証の刊行物を仔細にみても、引用発明に係る洗浄剤組成物を燃料に添加して使用することについて、明示的な記載は見当たらない。また、引用発明に係る洗浄剤組成物は、既に軽油を含有する上、洗浄剤組成物全体に対する界面活性剤と水の割合が特定されており、これをそのまま、燃料に添加して使用すると、当該割合が変化してしまうことから、直接、燃料添加剤として使用する形態が想定されていないことは明らかである。
しかしながら、引用発明における「内燃機関の燃料と接触する部品に付着する付着物」としては、インジェクタ燃料噴射機器の内部の付着物(摘記事項(1-b)【0003】参照)などが想定されているところ、このような燃料系部品を洗浄するにあたっては、当該部品を分解して洗浄する方式に加え、燃料に洗浄添加剤を添加して洗浄する方式が慣用されていることから(例えば、甲第4号証の【0001】、【0002】、甲第6号証の【0005】、【0006】などを参照)、引用発明に係る洗浄剤組成物を、後者の方式において利用することを試みること自体に特段、困難な点は見当たらない。
そして、引用発明における、界面活性剤及び水、並びにアルコールは、それぞれ非水溶性の付着物及び水溶性の付着物の洗浄除去、並びに低温流動性向上に有効な成分であり(摘記事項(1-c)【0008】、摘記事項(1-d)【0022】などを参照)、一方、炭化水素系基材としての軽油は、有機溶剤と同列のものであって(摘記事項(1-d)【0010】参照)、いわば一種の希釈溶剤として位置付けられる成分であるということができる。
そうすると、上記後者の方式を選択した場合、引用発明に係る洗浄剤組成物は、燃料(摘記事項(1-d)【0018】からみて、引用発明の基材は軽油であるから、対象となる燃料も軽油と解される。)と混合されることになるところ、当業者であれば、この燃料(軽油)自身が、引用発明における炭化水素系基材としての役割を担うことを理解することに困難性はなく、さらに混合後の燃料(軽油)組成物が、引用発明に係る洗浄剤組成物において規定される割合となるよう、その有効成分の組成を予め調整する程度のことは、当業者が容易になし得る事項というべきである。
結局のところ、本件明細書の段落【0037】に記載された「ディーゼル燃料中に添加される濃縮液」との表現を借りれば、燃料系統の部品を洗浄する場合、濃縮液、すなわち、燃料へ添加することを想定した濃縮形態の洗浄剤とするか、予め燃料を含んだ希釈形態の洗浄剤とするかは、その使用方式により当業者が適宜選択し得る事項にすぎないのであって、この選択に応じて、洗浄剤の組成を予め調整することも(場合によっては、本件明細書の上記段落【0037】に記載されているような濃縮液自体の安定性の確認も含めて)、当業者の通常能力の発揮の範疇と解するのが妥当である。
よって、本件特許発明1の相違点1に係る技術的事項は、当業者が容易に想到し得るものと認められる。

(イ) 相違点2について

この相違点は、本件特許発明1の(b)成分?(d)成分、及び(a)?(e)の各成分の含有量に関連するものであるから、はじめに、本件特許発明1において、これらの成分及び含有量を特定する技術上の意義(有利な効果)について確認しておく。

(イ-1)本件特許発明1の有利な効果

本件特許発明1に係るディーゼル燃料添加剤組成物が解決しようとする主たる課題は、次の三種の付着物が混合した混同性の付着物(以下、単に「三種混合付着物」という。)を洗浄対象とし、これらを同時に洗浄することにある。
<付着物1>
ナトリウムやカリウム化合物からなる水溶性の付着物
<付着物2>
燃料劣化物や添加剤等からなる非水溶性の付着物
<付着物3>
ディーゼル燃料中に低温流動性向上材等として含まれるエチレン-酢酸ビニルコポリマー等が、コモンレール式の燃料噴射システムにおける高温、高圧に曝されることで変性して生じたポリマー系物質由来の付着物

このうち、付着物3のポリマー系物質由来の付着物は、ディーゼル燃料添加剤であるエチレン-酢酸ビニルコポリマー等の低温流動性向上材が、コモンレール式の高温、高圧条件下に曝され、変成・変質してはじめて発生する、コモンレール式特有の付着物であるということができ、逆に、コモンレール式でない方式にあっては、ディーゼル燃料中に、エチレン-酢酸ビニルコポリマー等の低温流動性向上材などが添加されていても、これが変成・変質することはないため、上記ポリマー系物質由来の付着物は生じないと解される。
なお、ポリマー系物質由来の付着物に関しては、甲第6号証に以下のように記載されており、当該記載からも、上記ポリマー系物質由来の付着物が、コモンレール式特有の付着物であることが理解できる。
「【背景技術】
【0002】
従来、ディーゼルエンジン燃料噴射系において、いわゆるデポジットやスラッジと言われるカーボン、異物(鉄系化合物、塩、ゴミなど)からなる黒物が発生・析出し、これが各部品に付着・蓄積する現象が良く知られている。この黒物が多量に付着・蓄積することにより、エンジン性能の低下、燃料噴射の不均一性が起きることが予想される。
【0003】
この黒物の付着・蓄積の原因は、冬期に燃料中に添加される低温流動性向上剤や、潤滑性向上剤等が原因と考えられており、これらが添加された燃料が、例えば、コモンレールシステムの採用等により高圧条件下で燃料供給ポンプからインジェクターで噴射される間に、外部もしくは燃料供給ポンプ内部にて発生した気泡が燃料供給ポンプ内で断熱圧縮を受けて高温化され、これに伴い燃料中の各種添加剤が、高温化することで熱分解し、新たなデポジットが生成されることが明らかになってきた。ここで生成されるデポジットは従来のカーボンを主体とするデポジットと異なりエステル系化合物を含み粘着性を有し、これがインジェクターのニードル弁などに付着するものと考えられる。」

このように、本件特許発明は、コモンレール式特有のポリマー系物質由来の付着物を含む、上記「三種混合付着物」の同時除去を課題とするわけであるが、これを解決するためには、特定の化学構造の(a)?(e)成分を、同時かつ特定割合で含有させることが肝要であるといえる(本件明細書の【0011】などを参照)。
ところで、本件明細書には、甲第1号証の刊行物に相当する特許文献2(特開2008-81627号公報)が既に挙げられ、当該文献記載の洗浄剤組成物は、水溶性付着物と非水溶性付着物が混合した混同性の付着物を洗浄除去することは可能であるものの、上記ポリマー系物質由来の付着物に対する洗浄効果はない旨説明されていることから、逆に、この特許文献2(甲第1号証)記載の洗浄剤組成物が具備していない成分、すなわち、引用発明に係る洗浄剤組成物が具備していない(b)成分?(d)成分が、特に、上記ポリマー系物質由来の付着物の除去に寄与していることが予想され、このことは本件明細書の表4に示された実施例及び比較例の洗浄性評価からも確認することができる。

以上を整理すると、本件特許発明1は、特定化学構造を有する(a)成分?(e)成分を同時かつ特定割合で含有することによってはじめて、上記三種混合付着物の同時洗浄という作用効果を奏するものであるが、それらの成分のうち、特に(b)成分?(d)成分のすべてを含有し、かつ、当該成分の含有量を最適範囲に調整することにより、引用発明に係る洗浄剤組成物では対処することができなかったポリマー系物質由来の付着物の除去が可能になったものと理解することができ、このように(b)成分?(d)成分によってもたらされる本件特許発明1の作用効果は、まさしく引用発明と比較した場合の有利な効果であって、本件特許発明1の進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌されるべきものである。

そうすると、本件特許発明1の進歩性を否定するためには、単に、当該(b)成分、(c)成分、及び(d)成分の各々が、本件特許発明1が属する技術分野における周知慣用成分であるというだけでなく、引用発明に対してこれらの成分を同時かつ特定割合含有させること、さらには、上記引用発明と比較した有利な効果が、技術水準から予測される範囲のものであることを要するものと解される。
しかしながら、このような前提の下、請求人が提示した各証拠を検討しても、本件特許発明1が有する相違点2に係る技術的事項については、当業者が容易に想到し得たものということはできないので、以下詳述する。

まず、上記(b)成分及び(c)成分に関する個別の相違について検討した上、各成分の含有量など組成物全体の相違について詳述していく。

(イ-2) 引用発明への(b)成分の適用について

まず、引用発明に対して、上記(b)成分を適用し得るか否かについて検討すると、甲第1号証の段落【0025】(摘記事項(1-d)参照)には、アルコールとして、ジエチレングリコールモノエチルエーテルが挙げられているから、引用発明におけるアルコールとして、当該ジエチレングリコールモノエチルエーテル、すなわち、本件特許発明1における(b)成分を用いることまでは、当該甲第1号証の示唆に基いて、当業者が容易に想到し得るものと認められる。

(イ-3) 引用発明への(c)成分の適用について

次に、上記(c)成分についてみると、請求人は、引用発明に、本件特許発明1の(c)成分を適用することに関し、審判請求書第16、17頁の「(イ)グリコールジアルキルエーテルについて」の項において、甲第8号証、甲第9号証、及び甲第10号証を挙げるとともに、「甲第8号証?甲第10号証に記載される通り、ジアルキルグリコールエーテル類が、噴射ノズルの清浄作用を有することに関しては周知慣用的なものである」と主張し、さらに、口頭審理陳述要領書第13?17頁の「(ハ-2-1)甲第1号証に記載された動機付け及び甲第2号証乃至甲第9号証の記載」の項においては、甲第2号証、甲第5号証、甲第6号証、及び甲第8号証を列記し、本件特許発明1と引用発明との間の(c)成分の相違は、本質的な相違ではなく、甲第2号証、甲第5号証、甲第6号証、及び甲第8号証に記載された周知成分の形式的な付加であって、これにより、何ら顕著な作用効果を奏するものではない旨主張するので、最初に、これらの証拠につき、当該(c)成分に着目しながら精査する。

(イ-3-1) 甲第2号証

甲第2号証には、従来のガソリン清浄剤を凌駕する性能を備え、さらにディーゼルエンジンの噴射ノズル清浄性にも優れ、しかもそれ自身はスラッジ化することのない特徴を有している燃料油添加剤が開示され(49頁[産業上の利用可能性]など)、具体的には、その特許請求の範囲に次のように記載されている。
「【請求項1】 少なくとも1個以上の塩基性窒素を持つポリエーテルアミンとポリエーテルからなる燃料油添加剤。
・・・
【請求項3】 ポリエーテルが、下記一般式(12)で表される化合物であ
ることを特徴とする請求の範囲第1項記載の燃料油添加剤。
R^(12)-O-(A^(3)O)_(e)-R^(13) (12)
(一般式(12)において、R^(12)及びR^(13)はそれぞれ個別に水素原子又は炭素数1?30の炭化水素基を示し、A^(3)は炭素数2?18のアルキレン基を示し、eは1?200の整数である。) 」

そうすると、甲第2号証には、ポリエーテルアミンとポリエーテルの併用により、ディーゼルエンジンのノズル清浄性を向上させる技術が開示されているといえる。
ただし、上記ポリエーテルの一般式(12)は、本件特許発明1の(b)成分及び(c)成分を包含する化学構造式であるものの、その具体的な化合物として、当該(b)成分及び(c)成分に相当するものが示されているわけではない(49頁の一般式(14)及び53頁の表2参照)。

ここで、請求人は、甲第1号証の段落【0027】(摘記事項(1-d)参照)には、「実使用においては、本発明の作用効果を阻害しない範囲で、種々の目的により他の成分を更に添加しても良い。」と記載されているから、引用発明に、他の成分を追加的に加えることの動機付けは十分に存在する旨主張する(口頭陳述要領書15頁15?24行参照)。
そこで、当該段落【0027】の記載に関し、甲第1号証を仔細にみても、ここでいう「種々の目的」及び「他の成分」がどのようなものを想定しているのかについて明示的な記載は確認できないため、その詳細は定かでないが、例えば、分散剤、乳化剤、消泡剤といった、既に添加目的及びその効能が明確な公知成分(市販品等)の添加を想定したものと解するのが相当であり、当然のことながら、このような公知成分を追加するにあたっては、被添加剤成分との関係(影響)が問題となることから、当該関係(影響)についても既にある程度知られていることが前提となることはいうまでもない。

上記甲第1号証の段落【0027】の記載をこのように解釈した上で、改めて、引用発明に対する(c)成分の追加について検討すると、甲第2号証に記載された燃料油添加剤は、上記のとおり、ポリエーテルアミンとポリエーテルを必須成分とするものであるから、引用発明にこれを他成分として追加する場合には、これら二つの必須成分から、単独での効能が定かでなく、むしろ甲第2号証の表4に示された比較例4の結果からみて単独での効能が認められない、ポリエーテルのみを抽出することは到底、想定し得ない。
確かに、引用発明には、ポリエーテルアミンに属するポリエチレングリコールラウリルアミンが既に存在するのであるから、甲第2号証に接した当業者が、ポリエーテルのみを引用発明に追加適用して、実質的に、ポリエーテルアミンとポリエーテルを併用した、甲第2号証記載の燃料油添加剤の如き形態を実現することも形式的には考えられるが、この場合、引用発明の水、アルコールといった既存成分との関係(これらへの影響)が不確かであること、上述したとおり、甲第2号証におけるポリエーテルの化学構造式(【請求項3】参照)は、一応、本件特許発明1における(c)成分をも包含するものであるが(同様に(b)成分も包含)、具体例として、本件特許発明1
における(c)成分に合致するものは示されていないこと、及び、本件特許発明1の(c)成分の化学構造には技術上の意義が存在すること(本件明細書の【0026】?【0029】参照)に照らすと、甲第2号証に記載されたポリエーテルに包含される種々の化合物の中から、本件特許発明1における(c)成分に合致するもののみを選択して、これを、引用発明に追加的に添加することが、当業者にとって容易なことであるとはいいがたい。
加えて、上記「(イ-2) 引用発明への(b)成分の適用について」にて説示したとおり、引用発明のアルコールとして、ジエチレングリコールモノエチルエーテルを採用し、上記相違点1に係る技術的事項を克服した時点で、当該ジエチレングリコールモノエチルエーテルは既に甲第2号証におけるポリエーテルの化学構造式を満足するのであるから、わざわざ、さらに当該化学構造式を満たす他のポリエーテル(なかでも本件特許発明1の(c)成分に合致するもの)を追加して、ポリエーテルアミンとの併用形態を実現しようとする動機付けは、なおさら見当たらないといわざるを得ない。

(イ-3-2) 甲第5号証及び甲第6号証

甲第5号証及び甲第6号証には、本件特許発明1の(d)成分に関する記載は確認できるものの、(c)成分に関し、特記すべき記載は見当たらない。

(イ-3-3) 甲第8号証

甲第8号証には、「炭素数2?15の含酸素化合物を無鉛ガソリン全量で酸素元素換算で0.1?15重量%含有する筒内直接噴射式ガソリンエンジン用無鉛ガソリン」が記載され(【請求項1】)、これを筒内直接噴射式ガソリンエンジン用として用いることにより、スモーク排出量が低減でき、さらに点火プラグのくすぶりや燃焼室デポジットの生成を抑制するなどエンジンの耐久性を向上させることができることが開示されている(【0003】など)。
そして、当該「含酸素化合物」としては、
「具体的には例えば、下記一般式(1)で表される化合物が挙げられる。
R^(1)-O-(R^(2)-O)_(n)-R^(3) (1)
(上記式(1)において、R^(1)およびR^(3)はそれぞれ別個に水素または炭素数1?15の炭化水素基を示し、R^(2)は炭素数2?4のアルキレン基を示し、nは0?7の整数を示す。但し、分子中の合計炭素数は2?15であり、nが0の場合R^(1)とR^(3)は同時に水素になることはない。)」(【0005】)と記載され、その例として、ジプロピレングリコールジアルキルエーテル等が挙げられている(【0007】)。

そうすると、甲第8号証には、炭素数2?15の含酸素化合物として、ジプロピレングリコールジアルキルエーテル等が記載されており、これは確かに、本件特許発明1の(c)成分に相当するものと認められるが、この含酸素化合物は、筒内直接噴射式ガソリンエンジン用無鉛ガソリンとして用いられるものであり、期待される効能も、その用途において「スモーク排出量が低減でき、さらに点火プラグのくすぶりや燃焼室デポジットの生成を抑制するなどエンジンの耐久性を向上させることができる」というものであるから、上記甲第1号証の段落【0027】に記載された「種々の目的により他の成分を更に添加しても良い」との示唆における「種々の目的」に、当該ジプロピレングリコールジアルキルエーテル等の添加目的が合致しないことは明らかである。
よって、甲第8号証に接した当業者が、引用発明に追加的に添加し得る成分として、本件特許発明1における(c)成分を想起することは困難であるというべきである。

(イ-3-4) 甲第9号証

甲第9号証には、
「一般式
R_(1) O(AO)_(n )R_(2) (I)
[式中、R_(1) は炭素数1?10個のアルキル基を示し、R_(2) は水素原子、炭素数1?10個のアルキル基又は炭素数2?10個の脂肪族アシル基を示し、Aは炭素数1?4個のアルキル側鎖を有していてもよいエチレン基又はトリメチレン基を示し、nは1?10の整数を示す。但しAが炭素数1?4個のアルキル側鎖を有してもよいエチレン基のときはnは1?10であり、Aが炭素数1?4個のアルキル側鎖を有してもよいトリメチレン基のときはnは1である]
で表されるグリコ-ル・エ-テル化合物を含有していることを特徴とするディ-ゼル機関用燃料改質剤。」が記載され(【請求項1】)、該「グリコ-ル・エ-テル化合物」の具体例としては、ジエチレングリコール・モノ・n-ブチルエーテルのようなグリコール・モノ・エーテル化合物や、ジエチレングリコール・ジ・メチルエーテルのようなグリコールエーテル・ジ・エーテル化合物が挙げられ(【0011】、【0012】)、さらに当該化合物は単独または2種以上併用することもでき、更に、アルコール化合物を併用することもできることが記載されている(【0013】)。
そして、当該ディーゼル機関用燃料改質剤による効果として、
「【発明の効果】ディ-ゼル機関に使用する燃料に、本発明の改質剤を添加することにより、ディ-ゼルエンジンからの燃焼排気ガス中のNOxおよびHCを顕著に減少させる事ができ、さらに燃焼排気ガスの臭気および黒色煙をも大幅に減少させることが可能となった。本発明の燃料改質剤は、現用エンジンの構造をそのまま使用し、特殊な物理的・化学的装置を付加設置することなく排気ガス中の環境汚染物質の排出を減少させる事ができ、大気汚染による諸公害の改善に役立つ事ができる。」(【0029】)と説明されている。

そうすると、甲第9号証には、確かに、本件特許発明1における(c)成分に合致するものが開示されていると確認できるものの、上記ディーゼル機関用燃料改質剤は、そもそも燃料を改質するためのものであって、ディ-ゼルエンジンからの燃焼排気ガス中のNOx及びHCの減少が目的であることから、たとえ甲第1号証の段落【0027】に上記示唆があるからといって、洗浄剤組成物である引用発明に対して、当該グリコール・エーテル化合物を、追加的に添加する動機に乏しいといわざるを得ない。

(イ-3-5) 甲第10号証

甲第10号証には、エンジンにおける要求オクタン上昇に有意な影響を与えることなく吸気弁堆積物を制御することを目的とする燃料添加剤組成物が開示され(【0001】)、具体的には次のとおりのものである。
「吸気弁の堆積物を制御する燃料添加剤組成物において、
a)(i)アルキル基が約600から約3000の数平均分子量を有する高分子量のアルキル置換フェノールと(ii)アミンと(iii)アルデヒドとの、ガソリンに溶解性を示すマンニッヒ反応生成物、および
b)未希釈状態の粘度が40℃で少なくとも約70cStでありそして100℃で少なくとも約13cStである、ガソリンに溶解性を示すポリ(オキシアルキレン)化合物、を含んでおり、ここで、a)対b)の比率が、a)中の活性マンニッヒ塩基がb)1重量部当たり約0.2から約5重量部になるような比率である燃料添加剤組成物。」(【請求項1】)。
そして、その段落【0029】、【0030】には、好適なポリ(オキシアルキレン)化合物の化学構造式などが記載され、段落【0045】には、「好適には、ガソリン沸騰範囲にある炭化水素混合物または炭化水素/酸素化物(oxygenate)混合物または酸素化物の中で本発明の上記添加剤組成物を用いるが、これらはまた、中間溜分燃料、主にディーゼル燃料およびガスタービンエンジン用燃料の中で用いるにも適切である。」と記載されている。

しかしながら、当該燃料添加剤組成物の構成成分であるポリ(オキシアルキレン)化合物は、マンニッヒ反応生成物と併用してはじめてその効能を発揮し得るものであるから、引用発明に対して、その効能が不確かなポリ(オキシアルキレン)化合物のみを抽出して添加することは当業者といえども想起し得ないことであるし、上記甲第1号証の段落【0027】における示唆が予定するところでもない。加えて、甲第10号証には、ポリ(オキシアルキレン)化合物として、本件特許発明1の(c)成分に合致する具体的な化合物は示されていないから、当該ポリ(オキシアルキレン)化合物の中から、本件特許発明1の(c)成分に合致する化合物を選択する段階において既に過度の試行錯誤を要するものといわざるを得ない。

(イ-3-6) その他の証拠

その他の証拠をみても、当該(c)成分に関しては、甲第14号証の「グリコールエーテル」というカタログに、その一般的な特性が示されているにとどまり、洗浄剤組成物である引用発明に対して、当該(c)成分を追加的に適用することを示唆する記載は見い出せない。

なお、上述のとおり、甲第6号証には、コモンレール式特有の付着物であるポリマー系物質由来の付着物に関して記述されているが、それ以外の甲各号証の証拠には、この点に関して何ら記載されていない。

(イ-3-7) 引用発明への(c)成分の適用についてのまとめ

以上検討したとおり、甲各号証のうち、特に、甲第8号証、甲第9号証には、本件特許発明1における(c)成分に相当する具体的な化合物が例示され、また、甲第2号証、甲第10号証には、当該(c)成分を包含する化学構造式などが示されているものの、これらの開示内容に基いて、該(c)成分を、引用発明に追加的に適用することは、請求人が主張する甲第1号証の段落【0027】の記載に照らしても、当業者にとって容易なこととは認められない。

(イ-4) 各成分の含有量について

上記「(イ-3) 引用発明への(c)成分の適用について」における検討のとおり、引用発明に、本件特許発明1における(c)成分を追加する段階で既に困難性を伴うものであるから、ましてや(a)成分?(e)成分のすべてを含有せしめることは当業者といえども容易なこととはいえないし、いわんや各成分の含有量についても容易に調整し得るものとは到底いえない。

ここで、請求人は、口頭陳述要領書の第13頁第15?21行(「(ハ-2-1)」の項参照)、及び、第24頁第18?22行(「(ハ-4)相違点4について」の項参照)において、本件特許発明1の(c)成分のグリコールジアルキルエーテル及び(d)成分のヘテロ環状化合物については、「甲第1号証の組成物E14のアルコール類の添加量」をそれらに振り分けた構成となっており、「甲第1号証の記載に接した当業者であれば、甲第1号証に記載されたグリコールモノアルキルエーテル成分の一部を、甲第2号証乃至第10号証に記載されたグリコールジアルキルエーテル及びヘテロ環状化合物に置換して、本件特許発明1の構成することは何の困難性もなくなし得たことである。」と主張する。
そこで、甲第1号証の当該組成物E14が掲載された表3(上記摘記事項(1-e)【0040】参照)をみると、この表には、具体的な試料E11?E14として、水、界面活性剤としてのポリエチレングリコールラウリルアミン、アルコールとしてのイソプロピルアルコールの三成分の重量比が、E11(1:30:1)、E12(1:30:3)、E13(1:30:6)、E14(1:30:12)であるものが示されている。
そして、これらの重量比を、上記三成分の全重量に対する各成分の割合(質量%)に換算すると、E11(3.1%,93.8%,3.1%)、E12(2.9%,88.2%,8.8%)、E13(2.7%,81.1%,16.2%)、E14(2.3%,69.8%,27.9%)となる(請求人提出の口頭陳述要領書10頁表1なども参照)。
そうすると、これらの試料E11?E14において、水、界面活性剤としてのポリエチレングリコールラウリルアミン、及び、アルコール(ただし、イソプロピルアルコールであって、ジエチレングリコールモノエチルエーテルではない)の含有量(質量%)が、本件特許発明1の規定、すなわち、(e)成分が1?5質量%、かつ(a)成分が50?80質量%、かつ(b)成分が5?20質量%に合致するものは存在しないことが分かる。
また、甲第1号証からは、これら三成分の割合を、上記本件特許発明1の規定となるように調整し得ることを認めるに足る記載が確認できないばかりか、上記請求人の主張のとおり、試料E14のアルコールの含有量(27.9質量%)を、(c)成分及び(d)成分に振り分けることを裏付ける根拠も見当たらないから、このような置換(振り分け)が容易想到であるとは到底いえない。仮に、このような置換が可能であったとしても、置換後の組成物全体の組成(各成分の含有量)をどのようにすればよいかまで容易に推考できるわけではない。
加えて、本件特許発明1における各成分の含有量の調整には、三種混合付着物の同時除去といった技術上の意義(有利な効果)が存在することは、既に説示したとおりであるから、上記請求人の主張は採用に値しない。

(イ-5) 相違点2についての小括

上記のとおり、本件特許発明1は、上記(b)成分、(c)成分、及び(d)成分を含有するとともに、(a)?(e)の各成分の含有量を、「上記(a)成分を50?80質量%含有し、上記(b)成分を5?20質量%含有し、上記(c)成分を5?15質量%含有し、上記(d)成分を5?15質量%含有し、上記(e)成分を1?5質量%含有する」と特定することによりはじめて、三種混合付着物の同時除去という、引用発明と比較した有利な効果を奏するところ、請求人が提出した甲各号証を検討しても、引用発明において、上記(c)成分を含有せしめることをはじめ、特定化学構造を有する上記(a)?(e)成分を同時かつ特定割合で含有せしめることについて、当業者が容易に想到し得たというに足る根拠を見いだすことはできない。

エ 本件特許発明1についてのまとめ

以上のとおり、本件特許発明1は、引用発明及び甲各号証から導出される周知慣用技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4) 本件特許発明2?8についての検討

本件特許発明2?7に係るディーゼル燃料添加剤組成物の発明は、本件発明1を特定する技術的事項をすべて含むものであるし、本件特許発明8に係る洗浄方法の発明は、本件特許発明1?7に係るディーゼル燃料添加剤組成物を用いるものである。
したがって、本件特許発明2?8についても、本件特許発明1と同様の理由により、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5) 無効理由2についてのまとめ

以上のとおり、本件特許発明1?8は、甲第1号証に記載された発明、及び請求人が提出した他の証拠に記載された周知慣用技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、上記無効理由2には、理由がない。

第6 むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件特許発明1?8の特許を無効とすることはできない。また、他にこれら発明を無効にすべき理由を発見しない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-03-31 
結審通知日 2014-04-02 
審決日 2014-04-15 
出願番号 特願2008-280957(P2008-280957)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (C10L)
P 1 113・ 536- Y (C10L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 森 健一  
特許庁審判長 星野 紹英
特許庁審判官 菅野 芳男
日比野 隆治
登録日 2013-02-15 
登録番号 特許第5197305号(P5197305)
発明の名称 ディーゼル燃料添加剤組成物及びそれを用いた洗浄方法  
代理人 特許業務法人エム・アイ・ピー  
代理人 特許業務法人あいち国際特許事務所  

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