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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 取り消して特許、登録 B23K
審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 B23K
管理番号 1292578
審判番号 不服2014-785  
総通号数 179 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-11-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-01-16 
確定日 2014-11-04 
事件の表示 特願2012-135430「被加工物の加工方法、被加工物の分割方法およびレーザー加工装置」拒絶査定不服審判事件〔平成24年 9月27日出願公開、特開2012-183590、請求項の数(17)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成22年6月28日を出願日とする特願2010-146248号の一部を,新たに平成24年6月15日に出願したものであって,平成25年8月26日付けで拒絶理由が通知され,同年9月11日付けで意見書が提出されたが,同年12月10日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成26年1月16日に拒絶査定不服審判の請求がなされると同時に,手続補正(以下「本件補正」という)がなされたものである。

第2 原査定の拒絶の理由の概要
この出願の請求項1?31に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された下記の刊行物1?8に記載された発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

1.特開2009-214182号公報
2.特開2005-034862号公報
3.特開2008-098465号公報
4.特開平09-141484号公報
5.特開平09-019787号公報
6.国際公開第2005/102638号
7.特開2000-270833号公報
8.特開2005-314198号公報
(以下「刊行物1」?「刊行物8」という)

第3 本件補正について
本件補正は,補正前の特許請求の範囲を,以下のとおり補正するものである。(下線は補正箇所を示す)
「【請求項1】
被加工物に分割起点を形成するための加工方法であって、
被加工物をステージに載置する載置工程と、
前記ステージに載置された前記被加工物の被加工面の上に、前記被加工物の加工に用いるパルスレーザー光に対して透明である液体によって液層を形成する液層形成工程と、
前記ステージと前記パルスレーザー光の光源とを連続的に相対移動させながら、前記パルスレーザー光を、前記液層を透過させつつ、かつ、個々の単位パルス光ごとの被照射領域が前記被加工面において離散的に形成されるように前記被加工物に照射し、前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成することによって、前記被照射領域同士の間で前記被加工物の劈開もしくは裂開を順次に生じさせることで、前記被加工物に分割のための起点を形成する照射工程と、
を備えることを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項2】
被加工物に分割起点を形成するための加工方法であって、
被加工物をステージに載置する載置工程と、
前記ステージに載置された前記被加工物の被加工面の上に、前記被加工物の加工に用いるパルスレーザー光に対して透明である液体によって液層を形成する液層形成工程と、
前記ステージと前記パルスレーザー光の光源とを連続的に相対移動させながら、前記パルスレーザー光を、前記液層を透過させつつ、かつ、個々の単位パルス光が前記被加工面に離散的に照射されるように前記被加工物に照射し、前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成し、前記個々の単位パルス光が被照射位置に照射される際の衝撃もしくは応力によって直前にもしくは同時に照射された前記単位パルス光の被照射位置との間に劈開もしくは裂開を生じさせることにより、前記被加工物に前記分割のための起点を形成する照射工程と、
を備えることを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の加工方法であって、
前記パルスレーザー光が、パルス幅がpsecオーダーの超短パルス光である、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の加工方法であって、
前記液層形成工程においては、少なくとも前記照射工程が行われている間、前記ステージの上に構成した貯留槽の内部にて前記被加工物を前記液体に浸漬させることにより、前記被加工面の上に前記液層を形成する、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項5】
請求項4に記載の加工方法であって、
前記液層形成工程においては、前記貯留槽に対して連続的または断続的に前記液体を供給および排出させることによって前記被加工面の上に流液層を形成する、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の加工方法であって、
前記液層形成工程においては、少なくとも前記照射工程が行われている間、連続的または断続的に前記液体を流すことによって、前記被加工面の上に流液層を形成する、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項7】
請求項6に記載の加工方法であって、
前記液層形成工程においては、前記被加工物が前記ステージに載置された状態で、前記被加工面に対して所定の吐出手段から前記液体を吐出させることにより前記流液層を形成する、
ことを特徴とする被加工物の加工方法。
【請求項8】
被加工物を分割する方法であって、
請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の方法によって分割起点が形成された被加工物を、前記分割起点に沿って分割する、
ことを特徴とする被加工物の分割方法。
【請求項9】
パルスレーザー光を発する光源と、
被加工物が載置されるステージと、
を備えるレーザー加工装置であって、
前記ステージに載置された前記被加工物の被加工面の上に、前記被加工物の加工に用いるパルスレーザー光に対して透明である液体によって液層を形成する液層形成機構をさらに備え、
前記ステージに前記被加工物を載置し、かつ、前記被加工面の上に前記液層を形成した状態で、前記パルスレーザー光の個々の単位パルス光ごとの被照射領域が前記被加工面において離散的に形成されるように前記ステージと前記光源とを連続的に相対移動させつつ前記パルスレーザー光を前記被加工物に照射し、前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成することによって、前記被照射領域同士の間で被加工物の劈開もしくは裂開を順次に生じさせることにより、前記被加工物に分割のための起点を形成する、
ことを特徴とするレーザー加工装置。
【請求項10】
パルスレーザー光を発する光源と、
被加工物が載置されるステージと、
を備えるレーザー加工装置であって、
前記ステージに載置された前記被加工物の被加工面の上に、前記被加工物の加工に用いるパルスレーザー光に対して透明である液体によって液層を形成する液層形成機構をさらに備え、
前記ステージに前記被加工物を載置し、かつ、前記被加工面の上に前記液層を形成した状態で、前記パルスレーザー光の個々の単位パルス光が前記被加工面に離散的に照射されるように前記ステージと前記光源とを連続的に相対移動させつつ前記パルスレーザー光を前記被加工物に照射し、前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成し、前記個々の単位パルス光が被照射位置に照射される際の衝撃もしくは応力によって直前にもしくは同時に照射された前記単位パルス光の被照射位置との間に劈開もしくは裂開を生じさせることにより、前記被加工物に前記分割のための起点を形成する、
ことを特徴とするレーザー加工装置。
【請求項11】
請求項9または請求項10に記載のレーザー加工装置であって、
前記液層形成機構が、前記ステージの上に配置されることで前記液体を貯留可能な貯留槽を構成する筒状部材を有し、
前記被加工物を、前記貯留槽の内部において前記ステージに載置し、かつ前記液体に浸漬させることにより、前記被加工面の上に前記液層を形成する、
ことを特徴とするレーザー加工装置。
【請求項12】
請求項11に記載のレーザー加工装置であって、
前記筒状部材が、前記ステージの上において前記被加工物を固定する固定部材よりも外周に配置されることを特徴とするレーザー加工装置。
【請求項13】
請求項11に記載のレーザー加工装置であって、
前記筒状部材が、前記ステージの上において前記被加工物に接着された固定用シートの上に配置されることを特徴とするレーザー加工装置。
【請求項14】
請求項9または請求項10に記載のレーザー加工装置であって、
前記液層形成機構が、前記ステージを底部とする貯留槽を有し、
前記被加工物を、前記貯留槽の内部において前記ステージに載置し、かつ前記液体に浸漬させることにより、前記被加工面の上に前記液層を形成する、
ことを特徴とするレーザー加工装置。
【請求項15】
請求項11ないし請求項14のいずれかに記載のレーザー加工装置であって、
前記液層形成機構が、前記貯留槽に対して連続的または断続的に前記液体を供給および排出させることによって前記ステージに載置された前記被加工物の前記被加工面の上に流液層を形成する流液層形成手段を備え、
前記流液層を形成した状態で前記パルスレーザー光を照射することにより、前記被加工物に前記分割のための起点を形成する、
ことを特徴とするレーザー加工装置。
【請求項16】
請求項11ないし請求項15のいずれかに記載のレーザー加工装置であって、
前記貯留槽の上面に前記パルスレーザー光に対して透明な部材からなる窓部が設けられており、前記貯留槽においては前記窓部に接するように前記液層が貯留されてなる、
ことを特徴とするレーザー加工装置。
【請求項17】
請求項9または請求項10に記載のレーザー加工装置であって、
前記液層形成機構が、前記被加工物が前記ステージに載置された状態で、前記被加工面に対して前記液体を吐出可能な吐出手段、
を備え、
前記吐出手段から吐出された前記液体によって流液層を形成した状態で、前記パルスレーザー光を照射することにより、前記被加工物に前記分割のための起点を形成する、
ことを特徴とするレーザー加工装置。」

そして,本件補正は,補正前の請求項1,2,9および10に係る発明の特定事項である「照射工程」について「前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成」すると限定するものであり,本件補正前の請求項請求項1,2,9および10に記載された発明と、本件補正後の請求項1,2,9および10に記載された発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であることは明らかであるから,本件補正の目的は,特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮に該当する。
また、「照射工程」が「前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成」するものであることは,本願明細書の段落【0071】,【0072】,【0086】,【0087】および【0094】の記載からみて明らかであるから,本件補正は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内おいてしたものであり,特許法第17条の2第3項の規定に適合する。
さらに、本件補正前の請求項1,2,9および10に記載された発明と,本件補正後の請求項1,2,9および10に記載された発明とが,特許法第37条の発明の単一性を満たす一群の発明に該当するものとなっていることは明らかであるから,本件補正は、特許法第17条の2第4項の規定に適合する。
次に,本件補正後の請求項1?17に係る発明(以下「本願発明1」?「本願発明17」という)が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について以下に検討する。

第4 独立特許要件(進歩性)について
1 各刊行物の記載内容
(1)刊行物1には,「加工対象物切断方法」について,図1?24とともに次の事項が記載されている。

(1-ア)
「【発明の属する技術分野】
【0001】
本発明は、半導体材料基板、圧電材料基板やガラス基板等の加工対象物の切断方法に関する。」

(1-イ)
「【0005】
本発明の目的は、加工対象物の表面に不必要な割れを発生させることなくかつその表面が溶融しないレーザ加工装置を提供することである。
【0006】本発明に係る加工対象物切断方法は、ウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、パルス幅が1μs以下のパルスレーザ光を照射することで、加工対象物の切断予定ラインに沿って加工対象物の内部に改質スポットを複数形成し、複数の改質スポットによって、切断の起点となる改質領域を形成する工程を備え、加工対象物の厚さ方向と略直交する断面において、隣り合う改質スポット間のピッチを、切断予定ラインに沿った方向の改質スポットの寸法よりも大きくすることにより、改質スポットを切断予定ラインに沿って加工対象物の内部に断続的に形成し、ウェハ状の加工対象物に形成された改質領域のみを起点として加工対象物を切断することを特徴とする。」

(1-ウ)
「【0008】
また、本発明に使用するレーザ加工装置によれば、加工対象物の内部に局所的に多光子吸収を発生させて改質領域を形成している。よって、加工対象物の表面ではレーザ光がほとんど吸収されないので、加工対象物の表面が溶融することはない。以上のことはこれから説明するレーザ加工装置についても言えることである。」

(1-エ)
「【0012】
本発明に使用するレーザ加工装置は、パルス幅が1μs以下のパルスレーザ光を出射するレーザ光源と、レーザ光源から出射されたパルスレーザ光の集光点のピークパワー密度が1×10^(8)(W/cm^(2))以上になるようにパルスレーザ光を集光する集光手段と、集光手段により集光されたパルスレーザ光の集光点を加工対象物の内部に合わせる手段と、加工対象物の切断予定ラインに沿ってパルスレーザ光の集光点を相対的に移動させる移動手段と、速度の大きさの入力に基づいて移動手段によるパルスレーザ光の集光点の相対的移動速度の大きさを調節する速度調節手段と、を備え、加工対象物の内部に集光点を合わせて1パルスのパルスレーザ光を加工対象物に照射することにより、加工対象物の内部に1つの改質スポットが形成され、加工対象物の内部に集光点を合わせかつ切断予定ラインに沿って集光点を相対的に移動させて、複数パルスのパルスレーザ光を加工対象物に照射することにより、切断予定ラインに沿って加工対象物の内部に複数の改質スポットが形成され、入力された速度の大きさに基づいて隣り合う改質スポット間の距離を演算する距離演算手段と、距離演算手段により演算された距離を表示する距離表示手段と、を備えることを特徴とする。」

(1-オ)
「【0061】
次に、本実施形態に係るレーザ加工装置について説明する。図17はこのレーザ加工装置100の概略構成図である。レーザ加工装置100は、レーザ光Lを発生するレーザ光源101と、レーザ光Lの出力やパルス幅等を調節するためにレーザ光源101を制御するレーザ光源制御部102と、レーザ光Lの反射機能を有しかつレーザ光Lの光軸の向きを90°変えるように配置されたダイクロイックミラー103と、ダイクロイックミラー103で反射されたレーザ光Lを集光する集光用レンズ105と、集光用レンズ105で集光されたレーザ光Lが照射される加工対象物1が載置される載置台107と、載置台107をX軸方向に移動させるためのX軸ステージ109と、載置台107をX軸方向に直交するY軸方向に移動させるためのY軸ステージ111と、載置台107をX軸及びY軸方向に直交するZ軸方向に移動させるためのZ軸ステージ113と、これら三つのステージ109,111,113の移動を制御するステージ制御部115と、を備える。」

(1-カ)
「【0088】
次に、レーザ光源101からレーザ光Lを発生させて、レーザ光Lを加工対象物1の表面3の切断予定ライン5に照射する。レーザ光Lの集光点Pは加工対象物1の内部に位置しているので、溶融処理領域は加工対象物1の内部にのみ形成される。そして、切断予定ライン5に沿うようにX軸ステージ109やY軸ステージ111を移動させて、溶融処理領域を切断予定ライン5に沿うように加工対象物1の内部に形成する(S113)。そして、加工対象物1を切断予定ライン5に沿って曲げることにより、加工対象物1を切断する(S115)。これにより、加工対象物1をシリコンチップに分割する。
【0089】
本実施形態の効果を説明する。これによれば、多光子吸収を起こさせる条件でかつ加工対象物1の内部に集光点Pを合わせて、パルスレーザ光Lを切断予定ライン5に照射している。そして、X軸ステージ109やY軸ステージ111を移動させることにより、集光点Pを切断予定ライン5に沿って移動させている。これにより、改質領域(例えばクラック領域、溶融処理領域、屈折率変化領域)を切断予定ライン5に沿うように加工対象物1の内部に形成している。加工対象物の切断する箇所に何らかの起点があると、加工対象物を比較的小さな力で割って切断することができる。よって、改質領域を起点として切断予定ライン5に沿って加工対象物1を割ることにより、比較的小さな力で加工対象物1を切断することができる。これにより、加工対象物1の表面3に切断予定ライン5から外れた不必要な割れを発生させることなく加工対象物1を切断することができる。」

(1-キ)
「【0091】
以上説明したように本実施形態によれば、加工対象物1の表面3に切断予定ライン5から外れた不必要な割れや溶融が生じることなく、加工対象物1を切断することができる。よって、加工対象物1が例えば半導体ウェハの場合、半導体チップに切断予定ラインから外れた不必要な割れや溶融が生じることなく、半導体チップを半導体ウェハから切り出すことができる。表面に電極パターンが形成されている加工対象物や、圧電素子ウェハや液晶等の表示装置が形成されたガラス基板のように表面に電子デバイスが形成されている加工対象物についても同様である。よって、本実施形態によれば、加工対象物を切断することにより作製される製品(例えば半導体チップ、圧電デバイスチップ、液晶等の表示装置)の歩留まりを向上させることができる。
【0092】
また、本実施形態によれば、加工対象物1の表面3の切断予定ライン5は溶融しないので、切断予定ライン5の幅(この幅は、例えば半導体ウェハの場合、半導体チップとなる領域同士の間隔である。)を小さくできる。これにより、一枚の加工対象物1から作製される製品の数が増え、製品の生産性を向上させることができる。
【0093】
また、本実施形態によれば、加工対象物1の切断加工にレーザ光を用いるので、ダイヤモンドカッタを用いたダイシングよりも複雑な加工が可能となる。例えば、図24に示すように切断予定ライン5が複雑な形状であっても、本実施形態によれば切断加工が可能となる。これらの効果は後に説明する例でも同様である。
【0094】
また、本実施形態によれば、パルスレーザ光の繰り返し周波数の大きさの調節や、X軸ステージ109、Y軸ステージ111の移動速度の大きさの調節により、隣合う溶融処理スポットの距離を制御できる。加工対象物1の厚さや材質等を考慮して距離の大きさを変えることにより、目的に応じた加工が可能となる。」

(2)刊行物2には,「レーザ加工方法、レーザ加工装置、液滴吐出ヘッドの製造方法および液滴吐出ヘッド」について,図1?6とともに次の事項が記載されている。

(2-ア)
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、一方の部材に対し、他方の部材の端面に沿ってレーザ光を照射して、一方の部材を切断するレーザ加工方法、レーザ加工装置、液滴吐出ヘッドの製造方法および液滴吐出ヘッドに関するものである。」

(2-イ)
「【0005】
本発明は、一方の部材に対し、他方の部材の端面に沿ってレーザ光を照射して、その端面による境界線(投影線)に沿って一方の部材を切断しても、一方の部材の飛散物が加工対象物の表面に固着することがないレーザ加工方法、レーザ加工装置、液滴吐出ヘッドの製造方法および液滴吐出ヘッドを提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明のレーザ加工方法は、第1部材およびその上側に配設された第2部材を備えた加工対象物に対して、第2部材の端面に沿ってレーザ光を照射して、第1部材を切断するレーザ加工方法において、レーザ光は、第2部材に対する吸収率に比して、第1部材に対する吸収率が高く、加工対象物の上面および下面の少なくとも一方を液流にさらした状態でレーザ光を照射することを特徴とする。
・・・・・
【0009】
これらの構成によれば、加工対象物の表面(上面および下面の少なくとも一方)を液流にさらすことで、レーザ光の照射により第1部材の飛散物が飛散しても、その飛散物は液流と共に流される。このため、第1部材の飛散物が加工対象物の表面に固着することなく、第1部材に対する第2部材の端面による境界線(投影線)に沿って、第1部材を切断することができる。また、液体が流れを有していることから、液体がレーザ光の照射を受けても加熱されにくいため、気泡の発生を防ぐことができ、気泡が発生したとしても、その気泡は液流と共に流されるため、レーザ光の照射が気泡によって妨げられることがない。・・・・・」

(2-ウ)
「【0017】
この構成によれば、液体の液面が光透過板に接することから、液面が乱れることがないため、液面の乱れによるレーザ光の散乱が生ずることがない。」

(2-エ)
「【0058】
図6は、第4実施形態に係るレーザ加工装置1の概略図である。本実施形態のレーザ加工装置1は、レーザ光26をインクジェットヘッド101に照射するレーザ発生装置11と、インクジェットヘッド101を水密に囲む液体容器12と、液体容器12をレーザ発生装置11に対して移動させるXYテーブル13と、インクジェットヘッド101の上下両面に純水16の流れを作る液流発生装置14と、各装置を統括制御するコントローラ15と、を備えている。同図に示した加工対象物であるインクジェットヘッド101は、図5(c)の段階のものであり、封止基板111、およびアクチュエータ基板113の間に薄膜ピエゾ112を積層したものである。なお、図示しないが、レーザ加工装置1の一端には搬入装置が設けられ、他端には搬出装置が設けられている。加工対象となるインクジェットヘッド101は、搬入装置からレーザ加工装置1に移載・搬送され、レーザ加工を終えると、搬出路へ移載・搬送されるようになっている。」

(2-オ)
「【0061】
液体容器12の内部には4本(図示では2本)の支柱32が設けてあり、支柱32上に、封止基板111側からレーザ光26が照射されるようにインクジェットヘッド101が載置される。また、液体容器12の上面の一部は、レーザ光26を透過する光透過板38で構成されてため、レーザ発生装置11から発生したレーザ光26は、インクジェットヘッド101に対し、純水16の液面上に配置された光透過板38を通って照射されるようになっている。したがって、液体容器12内の純水16の液面が乱れることなく、液面の乱れによるレーザ光26の散乱が生ずることがない。なお、液体容器12の上面は気泡が介在しないように純水16と接している。」

(2-カ)
「【0063】
液流発生装置14は、インクジェットヘッド101の上下両面に純水16を流入させるための流入口41と、インクジェットヘッド101を挟んで流入口41に対向する位置に配置され、インクジェットヘッド101の上下両面を通過した純水16を液体容器12の外に流出させるための流出口42と、純水16を流出口42から流入口41まで管路44を介して循環させる循環ポンプ43と、を備えている。」

(3)刊行物3には,「半導体発光素子の分離方法」について,図1?6とともに次の事項が記載されている。

(3-ア)
「【0007】
請求項1に係る発明は、基板上に形成された半導体発光素子の分離方法において、パルス幅が10ピコ秒未満であるパルスレーザを基板において集光させて、多光子吸収を発生させることにより、基板の表面の分離予定線に沿って、パルスレーザにより形成された実質的に分離予定線方向に連続した溝部と、基板の内部の所定の深さに、分離予定面に対応して、パルスレーザにより形成された分離予定線方向に連続しない内部改質部とを形成し、外力を加えて、連続した溝部と連続しない内部改質部に沿って分離面を形成することで各半導体発光素子を分離することを特徴とする半導体発光素子の分離方法である。本発明において、改質部とは、溶融部を含む概念であるものとする。」

(3-イ)
「【0017】
図1は本発明の半導体発光素子の分離方法の概略を示す断面図である。サファイア基板10の一方の面12に、III族窒化物系化合物半導体発光素子部30をエピタキシャル成長及び電極形成その他により形成する。サファイア基板10の他方の面11から、対物レンズ40を介してフェムト秒パルスレーザ光41をサファイア基板10の所望の深さに集光させる。これにより、多光子吸収が起こる集光部において、改質部51、52、53及び54並びに溝部50が形成される。図1は、分離予定面(紙面に垂直)とサファイア基板10の面11及び12とに垂直な断面図である。分離線は分離予定面とサファイア基板10の面11の交線であって、紙面手前から奥側に連続した線である。溝部50はこの分離線上に形成される。改質部51は、溝部50と接続されており、且つ分離線方向に、連続して形成される。一方、改質部52は、改質部51及び53とはサファイア基板10の深さ方向に接続されておらず、且つ分離線方向にも、連続されずに個々に形成される。改質部53及び54も、改質部52と54、53とはサファイア基板10の深さ方向には接続されておらず、且つ分離線方向にも、連続されずに個々に形成される。分離面に表れる改質部52乃至54の形状は後に示す。」

(4)刊行物4には,「レーザ加工装置」について,図1?3とともに次の事項が記載されている。

(4-ア)
「【請求項1】 加工用レーザ光を発するレーザ光源と、その加工用レーザ光を被加工物上に照射する照射光学系と、前記被加工物を載置するステージとを備えたレーザ加工装置において、
前記ステージ上に載置された前記被加工物の少なくともレーザ加工面を光透過性液体で覆う液体供給手段を備えたことを特徴とする、レーザ加工装置。
【請求項2】 前記液体供給手段は、少なくともレーザ加工時に前記レーザ加工面上の前記光透過性液体を循環させる液体循環手段を備えていることを特徴とする、請求項1に記載のレーザ加工装置。
【請求項3】 前記ステージ上に載置された前記被加工物を所定間隔を開けて覆う光透過性カバーを備え、前記液体供給手段は、前記間隔に光透過性液体を充填するものであることを特徴とする、請求項1または2に記載のレーザ加工装置。」

(4-イ)
「【0004】本発明は従来の装置が有する上記問題点に鑑みてなされたものであり、レーザ加工時にアブレーションによりすすが発生しても、均一かつ良好な加工を行うことができる新規かつ改良されたレーザ加工装置を提供することを目的としている。
【0005】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために、本発明によれば、加工用レーザ光(104)を発するレーザ光源(102)と、その加工用レーザ光(104)を被加工物(114)上に照射する照射光学系(106?112)と、被加工物(114)を載置するステージ(116)とを備えたレーザ加工装置(100)に、ステージ(116)上に載置された被加工物(114)の少なくともレーザ加工面(114a)を光透過性液体で覆う液体供給手段(200)を設けている。そして、液体循環手段により、少なくともレーザ加工時に被加工物(214)のレーザ加工面(114a)上の光透過性液体を循環させるように構成している。なお、上記レーザ加工装置(100)において、ステージ(116)上に載置された被加工物(114)を所定間隔を開けて覆う光透過性カバー(204)を設け、液体供給手段(200)により、その間隔(212)に光透過性液体を充填するように構成することが好ましい。
【0006】かかる構成によれば、被加工物(114)のレーザ加工面(114a)が光透過性液体で覆われているので、加工中に発生したすす(150)は液体中に拡散し、液体循環手段により適宜排出される。従って、すす(150)により吸収される加工用レーザ光(104)の量を大幅に軽減できるので、均一な加工を行うことができる。」

(4-ウ)
「【0011】かかるすす洗浄装置200の実施の一形態について、図2を参照しながら説明する。図示のようにすす洗浄装置200は、被加工物114の周囲を囲む壁体202と、被加工物114の加工表面を所定間隔を開けて覆う天板204とを備えており、移動ステージ116上に被加工物114全体を覆う空間212を形成している。壁体202は、洗浄液供給口206と、洗浄液排出口208とを備えている。また、壁体202は、適当な封止部材210を介して移動ステージ116上に液密に設置されている。天板204は、加工用ビーム光104の透過を妨げないように、例えば石英ガラスなどの光透過性の板状部材から構成されており、封止部材214を介して壁体202に液密に固定されている。すす洗浄装置200は、不図示の洗浄液供給源を有しており、光透過性の液体、例えば純水を、不図示の脱気機構により気泡を除去した後、洗浄液供給口206を介して、被加工物114上に形成される空間212に供給することが可能である。さらにすす洗浄装置200は、不図示の洗浄液循環系、例えば循環ポンプを有しており、少なくともレーザ加工時に上記空間212に供給される洗浄液を循環させることにより、アブレーション加工により生じたすす150を、洗浄液中に拡散させ(加工用レーザ光の光路から除去し)、洗浄液排出口208から適宜排出させることが可能である。なお、光透過性の天板204および洗浄液は、透過する加工用ビーム光104のエネルギー減衰が最小限に抑えられる材料から選択することが好ましい。さらに、天板204および洗浄液はほぼ同じ屈折率を有する材料から選択することが好ましい。」

(5)刊行物5には,「非金属材料の加工方法及びその加工装置」について,図1?7とともに次の事項が記載されている。

(5-ア)
「【0012】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために本発明は、炭酸ガスレーザ光の伝搬方向に沿ってアシストガスを流しながら非金属材料の表面に炭酸ガスレーザ光を照射しつつ、非金属材料を移動させて非金属材料を加工する非金属材料の加工方法において、非金属材料の表面を水でぬらしながら加工するものである。」

(5-イ)
「【0022】
【発明の実施の形態】本発明を非金属材料の加工に適用した場合は、水でぬらした非金属材料からなる非金属材料の表面上の極微小面積部分に炭酸ガスレーザ光を照射すると共に、非金属材料の炭酸ガスレーザ光のビームスポットが照射された極微小面積部分が露出するようにアシストガスを吹き付ける。非金属材料の表面にビームスポットが直接照射されると共に、その周辺の水でぬれた領域では炭酸ガスレーザ光の光エネルギーが水に吸収される。このため非金属材料の極微小面積部分のみに光エネルギー(熱応力)が集中するので、非金属材料にはクラックの発生を伴うことなく切断或いは割断され、切断面のエッジ部が滑らかで均一となる。非金属材料の表面が水でぬれているので、切断時に発生した非金属材料の微粉末が水内を浮遊して非金属材料に付着が防止される。」

(5-ウ)
「【0044】図3は本発明の非金属材料の加工方法の他の実施例の概念図を示す図である。
【0045】これは、レーザビーム50が照射されている基板51の表面に、水52を矢印52-1方向に吹き付けつつ切断或いは割断する方法である。基板51は水の吹き付け方向と略等しい方向(矢印51-1方向)に移動する。図中53はガスノズル、54はアシストガスを示す。
【0046】基板51にレーザビーム50の伝搬方向に沿ってアシストガス54を流しながら基板51にレーザビームを照射しつつ、基板51を移動すると共に、水52を吹き付けて基板51を切断或いは割断する方法によれば、切断或いは割断した面や基板51の表面に付着したゴミや基板51の微粒子が強制的に洗い流される。尚、水52の吹き付け方向は図3に示す方向と逆方向、すなわち基板51の移動方向51-1と逆方向であってもよい。」

(6)刊行物6には,「基板の垂直クラック形成方法および垂直クラック形成装置」について,図1?6とともに次の事項が記載されている。

(6-ア)
「[0049] 図3に示すように、レーザビーム照射手段2は、図4に示した光学系14から基板上に向かって出射されるレーザビームの複数のレーザ出射口部21を具備する。また、冷媒噴射手段3は、液滴状の冷媒をジェット噴射する複数の冷媒噴射口部31を具備する。レーザ出射口部21と冷媒噴射口部31はそれぞれが一列に配置され、それぞれが互いに隣接して配置されN組のユニット51を形成する。
レーザビーム移動手段6は、ヘッド部5を所望する周期で断続的に垂直クラック形成予定ラインSの方向を含む3つの軸方向に移動させる構成を備えている。冷媒噴射口部31は、例えば、プリンタ等で広く用いられているインクジェット方式の液滴噴射機構を具備し、噴射される冷媒としては、例えば、水、アンモニア、液体窒素の液体が挙げられる。また、噴射される冷媒は、前記液体と、ヘリウム、空気あるいは二酸化炭素等の気体との混合物であってもよい。、インクジェット方式による冷媒の噴射後、空気冷却等の補助冷却手段を用いてよい。」

(7)刊行物7には,「レーザ開孔装置」について,図1?10とともに次の事項が記載されている。

(7-ア)
「【0030】このようにチップペーパPの幅方向にそれぞれ位置調整可能に設けられた4つのレーザ開孔ヘッド51a,51b,51c,51dによれば、例えばこれにの各ヘッドを幅方向の同一位置に位置付けることによりチップペーパPに開孔を1列に形成することができ、またその位置を異ならせることで最大4列の開孔を形成することができる。更に各レーザ開孔ヘッド51a,51b,51c,51dからのパルスレーザ光の照射タイミングを制御することにより、チップペーパPの搬送速度と相俟って、例えば図7(a)?(e)に示すようなパターン形状で開孔hを形成することが可能となる。」

(8)刊行物8には,「ガラス割断用レーザ装置」について,図1?10とともに次の事項が記載されている。

(8-ア)
「【0004】
ガラスに高エネルギー密度のCO_(2)レーザビームを照射すると、一般的には照射スポットにおいてレーザビームの吸収が起こり、急激な加熱の結果放射状にクラックが発生してしまい、進行方向のみに切断を進行させることは出来ない。しかしながら、レーザビームのエネルギー密度をこうしたクラックを発生させるものよりも十分低いものに設定すると、ガラスは加熱されるだけで、溶融もクラック発生も起こらない。このときガラスは熱膨張しようとするが、局所加熱なので膨張が出来ず、照射点を中心としてその周辺には圧縮応力が発生する。この局所加熱源を割断したい方向に走査するのである。加熱後に冷却液を噴霧することによって冷却を行うと、今度は逆に引っ張り張力が発生する。レーザビームの断面形状を適当なものに成形すると、光の走査方向と直交する方向のみに、引っ張り張力が発生する。この様子を図1に示す。始点に機械的方法でトリガークラックのキズをつけておくと、レーザビームの走査方向に沿ってガラスを割断することができる。この様子を図2に示す。こうした現象が理想的に発生するためには、照射レーザビームのエネルギー分布が、こうした張力を生じるために最適である必要がある。種々のガラスの割断において、この最適分布が研究されている。」

2 当審の判断
(1)引用発明
ア 上記記載事項(1-イ)の「本発明に係る加工対象物切断方法は、ウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、パルス幅が1μs以下のパルスレーザ光を照射することで、加工対象物の切断予定ラインに沿って加工対象物の内部に改質スポットを複数形成し、複数の改質スポットによって、切断の起点となる改質領域を形成する工程を備え」からみて,刊行物1には「加工対象物に切断の起点を形成するための加工対象物切断方法」が記載されているといえる。

イ 上記記載事項(1-オ)の「集光用レンズ105で集光されたレーザ光Lが照射される加工対象物1が載置される載置台107と、載置台107をX軸方向に移動させるためのX軸ステージ109と、・・・・・Y軸ステージ111と、・・・・・Z軸ステージ113と・・・・・を備える。」からみて,刊行物1には,「加工対象物をX,Y軸ステージに載置する載置工程」が記載されているといえる。

ウ 上記記載事項(1-イ)の「ウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、パルス幅が1μs以下のパルスレーザ光を照射することで、加工対象物の切断予定ラインに沿って加工対象物の内部に改質スポットを複数形成し、複数の改質スポットによって、切断の起点となる改質領域を形成する工程を備え、加工対象物の厚さ方向と略直交する断面において、隣り合う改質スポット間のピッチを、切断予定ラインに沿った方向の改質スポットの寸法よりも大きくすることにより、改質スポットを切断予定ラインに沿って加工対象物の内部に断続的に形成し」および同(1-キ)の「【0094】また、本実施形態によれば、パルスレーザ光の繰り返し周波数の大きさの調節や、X軸ステージ109、Y軸ステージ111の移動速度の大きさの調節により、隣合う溶融処理スポットの距離を制御できる。加工対象物1の厚さや材質等を考慮して距離の大きさを変えることにより、目的に応じた加工が可能となる。」からみて,刊行物1には,「ステージとパルスレーザー光の光源とを連続的に相対移動させながら,前記パルスレーザー光を,個々の単位パルス光ごとの改質領域が加工対象物内部において離散的に形成されるように前記加工対象物に照射し,前記個々の単位パルス光の被照射位置に深さ方向に延在する改質領域を形成することによって,前記加工対象物に切断のための起点を形成する照射工程」が記載されているといえる。

そして,上記ア?ウおよび上記記載事項(1-ア)?(1-キ)を総合すると,刊行物1には,以下の発明が記載されていると認められる。

「加工対象物に切断の起点を形成するための加工対象物切断方法であって,
加工対象物をX,Y軸ステージに載置する載置工程と,
前記ステージとパルスレーザー光の光源とを連続的に相対移動させながら,前記パルスレーザー光を,個々の単位パルス光ごとの改質領域が加工対象物内部において離散的に形成されるように前記加工対象物に照射し,前記個々の単位パルス光の被照射位置に深さ方向に延在する改質領域を形成することによって,前記加工対象物に切断のための起点を形成する照射工程と,
を備える被加工物の加工方法。」
(以下「引用発明」という)

(2)本願発明1について
ア 対比
本願発明1と引用発明を比較する。
(ア)引用発明の「加工対象物」が本願発明1の「被加工物」に相当し,上記記載事項(1-カ)の「加工対象物1を切断予定ライン5に沿って曲げることにより、加工対象物1を切断する(S115)。これにより、加工対象物1をシリコンチップに分割する。」からみて,引用発明の「切断の起点」が「分割起点」であるといえるから,引用発明の「加工対象物に切断の起点を形成するための加工対象物切断方法」は,本願発明1の「被加工物に分割起点を形成するための加工方法」に相当するといえる。

(イ)引用発明の「加工対象物をX,Y軸ステージに載置する載置工程」が本願発明1の「被加工物をステージに載置する載置工程」に相当することは明らかである。

(ウ)引用発明の「前記ステージとパルスレーザー光の光源とを連続的に相対移動させながら,前記パルスレーザー光を,個々の単位パルス光ごとの改質領域が加工対象物内部において離散的に形成されるように前記加工対象物に照射し,前記個々の単位パルス光の被照射位置に深さ方向に延在する改質領域を形成することによって,前記加工対象物に切断のための起点を形成する照射工程」と,本願発明1の「前記ステージと前記パルスレーザー光の光源とを連続的に相対移動させながら、前記パルスレーザー光を」、「個々の単位パルス光ごとの被照射領域が前記被加工面において離散的に形成されるように前記被加工物に照射し、前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成することによって」、「前記被加工物に分割のための起点を形成する照射工程」とは,「前記ステージと前記パルスレーザー光の光源とを連続的に相対移動させながら,前記パルスレーザー光を,個々の単位パルス光ごとの被照射領域が前記被加工物において離散的に形成されるように前記被加工物に照射し,前記個々の単位パルス光の被照射位置に直接変質領域を形成することによって,前記被加工物に分割のための起点を形成する照射工程」の点にて共通するといえる。

そうすると,両者は,
(一致点)
「被加工物に分割起点を形成するための加工方法であって,
被加工物をステージに載置する載置工程と,
前記ステージと前記パルスレーザー光の光源とを連続的に相対移動させながら,前記パルスレーザー光を,個々の単位パルス光ごとの被照射領域が前記被加工物において離散的に形成されるように前記被加工物に照射し,前記個々の単位パルス光の被照射位置に直接変質領域を形成することによって,前記被加工物に分割のための起点を形成する照射工程と,
を備える被加工物の加工方法。」
の点で一致し,以下の点にて相違する。

(相違点1)
本願発明1では「前記ステージに載置された前記被加工物の被加工面の上に、前記被加工物の加工に用いるパルスレーザー光に対して透明である液体によって液層を形成する液層形成工程」を備えており,「前記パルスレーザー光を、前記液層を透過させ」るのに対して,引用発明では「液層形成工程」を備えていない点。

(相違点2)
本願発明1では「個々の単位パルス光ごとの被照射領域が前記被加工面において離散的に形成され」ており,「前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成することによって、前記被照射領域同士の間で前記被加工物の劈開もしくは裂開を順次に生じさせる」ものであるのに対して,引用発明では「個々の単位パルス光ごとの改質領域が加工対象物内部において離散的に形成され」ており,「個々の単位パルス光の被照射位置に深さ方向に延在する改質領域を形成する」ものである点。

イ 相違点1について
本願明細書の段落【0156】には「このように透明液体からなる液層を形成した状態で、上述の各加工パターンにて劈開/裂開加工を行った場合、被照射領域からの物質の飛散は液層によって抑制されて事実上起こらないため、単位パルス光によって与えられたエネルギーの劈開/裂開面の形成に対する寄与が、液層を設けない場合に比して高まる。その結果、液層を設けない場合よりも、先端部が深い位置にまで達した分割起点が、形成される。」と記載されていることからみて,本願発明1において「液層を形成する」ことの技術的意義は,「被照射領域からの物質の飛散は液層によって抑制し,先端部が深い位置にまで達した分割起点を形成する」ことにあるといえる。
これに対して,上記記載事項(2-イ)の「【0006】・・・・・加工対象物の上面および下面の少なくとも一方を液流にさらした状態でレーザ光を照射する」からみて,刊行物2には「加工対象物の上面に液層を形成した状態でレーザ光を照射する」ことが記載されているといえるものの,同(2-イ)の「【0009】これらの構成によれば、加工対象物の表面・・・・・を液流にさらすことで、レーザ光の照射により第1部材の飛散物が飛散しても、その飛散物は液流と共に流される。」からみて,刊行物2において液層を形成することの技術的意義は,加工対象物の上面からの物質の飛散を液層により抑制することではなく,飛散した物質を液層により排除することにあるというべきであるから,本願発明1において「液層を形成する」ことの技術的意義とは相違する。
同様に,上記記載事項(4-ア)からみて,刊行物4には,「レーザ加工面を光透過性液体で覆う」ことが記載されているものの,同(4-イ)からみて,その「光透過性液体」の技術的意義は,「加工中に発生したすすを適宜排出し,すすにより吸収される加工用レーザ光の量を大幅に軽減する」こと,すなわち「光透過性液体」ですすの発生を抑制することではなく,発生したすすを「光透過性液体」で排除することであるといえるから,本願発明1において「液層を形成する」ことの技術的意義とは相違する。
さらに,上記記載事項(5-ア)からみて,刊行物5には,「非金属材料の表面に炭酸ガスレーザ光を照射しつつ、非金属材料を移動させて非金属材料を加工する非金属材料の加工方法において、非金属材料の表面を水でぬらしながら加工する」ことが記載されているものの,同(5-ウ)からみて,その技術的意義は,「切断或いは割断した面や基板の表面に付着したゴミや基板の微粒子を強制的に洗い流す」ことにあるというべきであり,本願発明1において「液層を形成する」ことの技術的意義とは相違する。
上記のとおり,刊行物2,4および5の記載からみて「飛散した物質を排除するために液層を形成する」ことは,本願出願前周知の技術ということができるところ,当該周知の技術を引用発明に適用することが,当業者にとって容易想到であるかどうかを検討すると,上記記載事項(1-ウ)の「加工対象物の表面ではレーザ光がほとんど吸収されないので、加工対象物の表面が溶融することはない」からみて,引用発明において「多光子吸収」が起こるのは,加工対象物の表面ではなく内部であるから,加工対象物の表面からの物質の飛散が発生しないというべきである。そうすると,「飛散した物質を排除するために液層を形成する」ことが本願出願前周知の技術であるとしても,引用発明は,加工対象物の表面から物質が飛散しないのであるから,当該周知の技術を適用して,相違点1における本願発明1の構成とすることには,動機付けが存在せず,当業者が容易に想到し得る事項であるとはいえない。
また,上記のとおり,当該周知の技術において「液層を形成する」ことの技術的意義は,本願発明1において「液層を形成する」ことの技術的意義とは異なるから,仮に引用発明に当該周知の技術を適用したとしても,本願発明1におけるような「先端部が深い位置にまで達した分割起点を形成する」という作用や効果を期待することはできない。
以上を総合して判断すると,引用発明および周知の技術的事項に基づいて,相違点1における本願発明1の構成を想到することは,当業者にとって容易になし得たものとはいえない。
これに対して,原審の拒絶査定では,レーザ加工による切断起点領域の加工技術において、加工原理的に、加工対象物の飛散物が発生し、加工対象物の表面に固着するといった課題が発生しえることは、従来周知の課題であるとして,特開2005-86175号公報(以下「周知例1」という),特開2005-123329号公報(以下「周知例2」という),特開2008-78236号公報(以下「周知例3」という)および特開2006-332556号公報(以下「周知例4」という)を提示し,該周知の課題を勘案すれば,引用発明に刊行物2の液層を適用する動機づけがないとまではいえない旨,説示されている。しかし,「飛散物が発生する」という課題が本願出願前周知であるとしても,上記のとおり,引用発明では,加工対象物の表面からの物質の飛散が発生しないのであるから,当該周知の課題を勘案する余地はなく,上記の相違点1に関する判断を覆すことはできない。

ウ 相違点2について
周知例4の段落【0041】には「・・・・・パルスレーザー光線の集光点Pを半導体ウエーハ20の裏面2b(上面)付近に合わせ露出変質層形成工程実施することにより、半導体ウエーハ20の裏面2b(上面)に露出する露出変質層220を形成する・・・・・」と記載され,また,周知例2の段落【0009】には「・・・・・該板状物におけるレーザー光線が照射される面と反対側の面に露出し内部に向けて該分割予定ラインに沿って変質層を形成する・・・・・」と記載されているように,「パルスレーザーにより表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成する」ことは,本願出願前周知の技術であるといえる。
しかしながら,上記記載事項(1-イ)の「【0005】本発明の目的は、・・・・・その表面が溶融しないレーザ加工装置を提供することである。」からみて,引用発明は,表面が溶融しないようにレーザ加工を行うことを目的としている。上記周知の技術的事項は,加工対象物の表面部分に直接変質領域を形成するものであって,表面が溶融し得るレーザ加工であるというべきであるから,当業者であれば,表面が溶融し得るレーザ加工である上記周知の技術を引用発明に適用しようと試みるはずはない。
また、被加工面において離散的に形成された被照射領域同士の間で、被加工物の劈開もしくは裂開を順次に生じさせることは、周知例1?4および刊行物1?8のいずれにも記載あるいは示唆がない。
してみると,引用発明において,相違点2における本願発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事項であるとはいえない。

エ 効果について
そして,相違点1および2により,本願発明1は,刊行物1?8の記載および上記周知の技術から当業者といえども予測し得ない,本願明細書に記載された格別顕著な効果を奏するといえる。

オ まとめ
したがって,本願発明1は,引用発明,刊行物2?8記載の技術および周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)本願発明2について
本願発明2は,本願発明1の「照射工程」における「個々の単位パルス光ごとの被照射領域が前記被加工面において離散的に形成されるように前記被加工物に照射し、前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成することによって、前記被照射領域同士の間で前記被加工物の劈開もしくは裂開を順次に生じさせることで」を「個々の単位パルス光が前記被加工面に離散的に照射されるように前記被加工物に照射し、前記個々の単位パルス光の被照射位置に表面部分から深さ方向にかけて延在する直接変質領域を形成し、前記個々の単位パルス光が被照射位置に照射される際の衝撃もしくは応力によって直前にもしくは同時に照射された前記単位パルス光の被照射位置との間に劈開もしくは裂開を生じさせることにより」と変更したものである。
そして,本願発明2と引用発明とを比較すると,上記「(2)本願発明1について」において検討したと同様に,両者は,前記一致点にて一致し,前記相違点1および2において相違するとともに,以下の点で相違する。

(相違点3)
本願発明2では「個々の単位パルス光が被照射位置に照射される際の衝撃もしくは応力によって直前にもしくは同時に照射された前記単位パルス光の被照射位置との間に劈開もしくは裂開を生じさせる」のに対して,引用発明ではそのような構成ではない点。

そして,相違点1および2については,上記「(2)本願発明1について」において検討したとおりである。
また,「個々の単位パルス光が被照射位置に照射される際の衝撃もしくは応力によって直前にもしくは同時に照射された前記単位パルス光の被照射位置との間に劈開もしくは裂開を生じさせる」ことは,刊行物2?8および周知例1?4のいずれにも記載あるいは示唆がない。
したがって,本願発明2は,引用発明,刊行物2?8記載の技術および周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)本願発明3?8について
本願発明3は,本願発明1あるいは2をさらに具体的に限定したものである。
そして,上記「(2)本願発明1について」において検討したように,本願発明1および2が引用発明,刊行物2?8の記載の技術および周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,それらの発明をさらに限定した本願発明3?8も引用発明,刊行物2?8記載の技術および周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(5)本願発明9および10について
本願発明9および10は,「被加工物の加工方法」という方法の発明である本願発明1および2を,「レーザー加工装置」という物の発明に変更したものであり,実質的には,それぞれ同一である。
そうすると,本願発明1および2が引用発明,刊行物2?8記載の技術および周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,同様に,本願発明9および10も引用発明,刊行物2?8記載の技術および周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(6)本願発明11?17について
本願発明11?17は,本願発明9あるいは10をさらに具体的に限定したものである。
そして,本願発明9あるいは10が引用発明,刊行物2?8記載の技術および周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,それらの発明をさらに限定した本願発明11?17も引用発明,刊行物2?8記載の技術および周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

3 むすび
以上のとおりであるから,本件補正は,特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合する。

第5 本願発明
本件補正は,上記のとおり,特許法第17条の2第3項から第6項までの規定に適合するから,本願の請求項1から17までに係る発明は,本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1から17までに記載された事項により特定されるとおりのものである。
そして,本願については,原査定の拒絶理由を検討してもその理由によって拒絶すべきものとすることはできない。
また,他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審決日 2014-10-22 
出願番号 特願2012-135430(P2012-135430)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (B23K)
P 1 8・ 575- WY (B23K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 山崎 孔徳  
特許庁審判長 長屋 陽二郎
特許庁審判官 久保 克彦
刈間 宏信
発明の名称 被加工物の加工方法、被加工物の分割方法およびレーザー加工装置  

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