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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1295671
審判番号 不服2012-12799  
総通号数 182 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-02-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-07-05 
確定日 2014-12-24 
事件の表示 特願2007-552724「ネブライザー処方物」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 8月 3日国際公開、WO2006/079841、平成20年 7月31日国内公表、特表2008-528565〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成18年1月30日(パリ条約による優先権主張2005年1月31日、英国)を国際出願日とする出願であって、平成23年10月17日付けで拒絶理由が通知され、平成24年1月30日に意見書、手続補正書が提出されたが、同年2月28日付けで拒絶査定がなされ、これに対し同年7月5日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに、同日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成24年7月5日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成24年7月5日付けの手続補正を却下する。

[理由]
(1)補正後の本願発明
本件補正は、
補正前の
「【請求項1】
COPDまたは喘息の治療のための医薬の製造における薬学的に受容可能なキャリア中にレバルブテロールおよびイプラトロピウムを含む処方物の使用であって、該医薬が、2.2ml以下の該処方物を含有するネブライザーアンプルを介して投与される、使用。」

「【請求項1】
COPDまたは喘息の治療のための医薬の製造における薬学的に受容可能なキャリア中にレバルブテロールおよびイプラトロピウムを含む処方物の使用であって、該医薬が、1から2mlの処方物を含有するジェットネブライザーアンプルを介して投与され、該処方物が、0.57mg/mlから2.5mg/mlのレバルブテロールまたはその薬学的に受容可能な塩、0.23mg/mlから1mg/mlのイプラトロピウムまたはその薬学的に受容可能な塩、および水を含む、使用。」
とする補正を含むものである。

上記補正は、補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項である「処方物」についてその成分と濃度とを特定し、また、「ネブライザー」についてその種類を特定することにより、概念的に下位にしたものである。
そうすると、上記補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。また、上記補正によって、発明が解決しようとする課題や産業上の利用分野は変更されていない。
そこで、補正後の請求項1に記載した発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか、すなわち、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する特許法第126条第5項の規定に適合するかについて、以下、検討する。

(2)引用例の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布されたことが明らかな国際公開第03/037159号(以下、「引用例1」という。)には、次の事項が記載されている。なお、引用例1は、外国語で記載されているため、以下においては、日本語訳を記す。括弧内に引用箇所を示す。

a-1)「【特許請求の範囲】
【請求項1】慢性閉塞性肺疾患を患う患者において気管支拡張を誘発するかまたは気管支痙攣を緩和するための、治療有効量の1単位用量のアルブテロールおよび臭化イプラトロピウムを含む既調合、既測量の水性処方物であって、
吸入溶液中のアルブテロール量は約0.60mg?約5.0mgの範囲内で、臭化イプラトロピウム量は約0.01mg?約1.0mgの範囲内であって、
溶液は1容器で提供される水性処方物を含む吸入溶液。

(請求項2?5 省略)

【請求項6】前記アルブテロールは、酸添加塩の形であることを特徴とする請求項1記載の吸入溶液。

(請求項7 省略)

【請求項8】前記アルブテロールは、ラセミ混合物の形であることを特徴とする請求項1記載の吸入溶液。

(請求項9、10 省略)

【請求項11】前記吸入溶液は、ネブライザーでの噴霧に適していることを特徴とする請求項1記載の吸入溶液。

【請求項12】前記ネブライザーは、ジェットネブライザー、超音波ネブライザーおよび呼吸作動ネブライザーからなる群から選択されることを特徴とする請求項11記載の吸入溶液。」
(請求項13?95 省略)」(特許請求の範囲)

a-2)「アルブテロール
本発明は、COPDに伴う症状を緩和するアルブテロールの気管支拡張効果に依拠する。
ここで使用されるように、「アルブテロール」の用語は、患者に所望の気管支拡張効果を生じ得るあらゆる形のアルブテロールを含むがこれに限定されず、そのような形には、アルブテロールの全ての互変異性形、鏡像異性体、立体異性体、無水物、酸添加塩、塩基塩、溶媒和物、類似体、誘導体が含まれるがこれに限定されない。」(4頁10?16行)

a-3)「本発明において、アルブテロールおよびイプラトロピウムは、水または薬学的に受容可能な量の浸透圧性薬剤からなる他の水溶液を含みこれに限定されないさまざまな薬学的に受容可能な媒体で提供されうる。」(6頁4?6行)

a-4)「COPDの投薬療法の非遵守や投薬ミスは、無視できない問題である。これらの問題は、COPD患者に既包装、既調合、既測量のアルブテロールおよびイプラトロピウムを投与することで大幅に削減することができる。・・・本発明は、既包装、既調合、既測量の、かつ/または単位用量に分けられた治療有効量のアルブテロールおよびイプラトロピウムの両方を投与することで上記の問題を克服している。一実施形態では、本発明は、1つ以上の既充填容器を有する。1つ以上の容器は、それぞれCOPD治療のための治療有効量のアルブテロールおよびイプラトロピウムからなる1単位用量の水溶液を有する。このような方法で吸入溶液を提供することで、COPD治療薬を希釈または調合して治療用の適切な用量を得る必要性がなくなる。」(13頁下から8行?14頁11行)

a-5)「一代替的実施形態において、本発明は、1つの容器に入った1単位用量の治療有効量のアルブテロールおよびイプラトロピウムを含む既滅菌、既調合、既測量、BAC非含有の吸入溶液である。各単位用量容器は、既滅菌水溶液中に3.0mg/3ml(アルブテロール2.5mgに相当)のアルブテロール硫酸塩および0.5mgの臭化イプラトロピウムを有する。塩化ナトリウムを添加して溶液をアイソトニックにしてもよいし、また、塩酸を添加して溶液のpHを約4.0に調整してもよい。・・・他の代替的実施形態において、本発明の吸入溶液は、約0.20?約0.5mgの臭化イプラトロピウムおよび約0.75mg/3ml?約3.0mg/3mlのアルブテロール硫酸塩からなる3mlの既滅菌、BAC非含有のネブライザー用溶液として供給できる。ネブライザー用溶液は、単位用量の低密度ポリエチレン(LDPE)容器に入れられる。」(15頁1?13行)

a-6)「投与するアルブテロールおよびイプラトロピウムの分量は、個人ごとに決定され、少なくとも患者の体格、治療する症状の重症度、目標とする結果をいくぶん考慮することによって決定される。実際の用量(1回に投与されるアルブテロールおよびイプラトロピウムの分量)および1日の投与回数は、吸入器、ネブライザー、経口投与などの投与方法により異なる。例えば、約2.5mgのアルブテロールおよび約0.5mgの臭化イプラトロピウムを1日4回ネブライザーで投与し、必要に応じて1日3mlの用量を2回まで追加することを許可すると、ほとんどの患者に所望の気管支拡張効果を充分生み出すことができるであろう。」(16頁下から13行?下から5行)

a-7)「他の代替的実施形態において、本発明の吸入溶液は、ネブライザーで投与できる。このようなネブライザーには、ジェットネブライザー、超音波ネブライザー、呼吸作動ネブライザーが含まれるが、これに限定されない。ネブライザーには、充分な空気流を有するエアコンプレッサに接続されたジェットネブライザーが好ましい。ネブライザーには、マウスピースまたは適切なフェースマスクが備え付けられている。特に、PRONEB(商標)コンプレッサに接続された(フェースマスクまたはマウスピース付き)Pari-LC-Plus(商標)ネブライザーを使用して本発明の吸入溶液を患者に供給できる。」(17頁6?12行)

a-8)アルブテノール(塩基)2.5mg、臭化イブラトロピウム0.5mg、またはそれらの混合薬を、647名の患者に対して、1日4回Pari LC Plus(商標)ネブライザーおよびPari Proneb(商標)コンプレッサを用いた吸入によって投与された実験において、FVE1の平均増加量は混合薬のほうが単独薬より有意に高く、混合薬の改善率は、アルブテノール単独に対して23.6%、イブプラトロピウム単独に対して37.2%であったことが記載されている。(30頁10行?32頁末行)

a-9)アルブテロール硫酸塩吸入溶液に使用されるラベルの例として、
吸入溶液
1.1.25mg/3mL及び0.63mg/3mL(アルブテロールとしてあらわされる有効成分量は、1.5mgと0.75mgのアルブテロール硫酸塩に相当)の吸入溶液
使用上の説明
1.ホイルポーチからバイアルを1本取り出す。残りのバイアルは、ホイルポーチに保管するために、残しておく。
2.キャップをねじ回して完全バイアルから離し、中身をネブライザーのリザーバに搾り出す(図)。
ことが記載されている。(図7)

同じく原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布されたことが明らかなTRUITT, T. et al.,Chest,2003年,Vol.123,p.128-135(以下、「引用例2」という。)には、次の事項が記載されている。なお、引用例2は、外国語で記載されているため、以下においては、日本語訳を記す。

b-1)「研究目的:ラセミ体アルブテロールで処置された患者に対して、レバルテノールで処置された入院患者の臨床効果、患者予後及び医療コストを比較すること
患者:1998年7月1日から12月31日、1999年7月1日から12月31日までの間のCOPDまたは喘息の診断コードを有するハリファックス地域病院入院患者が対象であった。1998年に、125人の患者が噴霧されたラセミ体アルブテロール(2.5mg 4時間ごと)で処置された。1999年に、109人の患者がレバルテノール(1.25mg 8時間ごと)で処置された。レバルブテロールで処置された患者は、ラセミ体アルブテロール処置された患者に比べて、より少ないβーアゴニストによる処置と臭化イプラトロピウムによる処置を必要とした。
結果:ラセミ体アルブテロール処置された患者に比べて、レバルブテロールで処置された患者は、より少ない投薬を必要とし、より短い入院期間を実現し、ネブライザー治療と入院コストを低減し、より長期にわたる治療上の利点を有するように見えた。これらの治験は、COPD又は喘息で入院中の大人に対して、レバルブテロールを第一選択薬としての使用を裏付けるものである。
」(アブストラクト)

b-2)「(R)-アルブテロール(以降、レバルブテロールという)は治療効果のある気管支拡張剤である。最近の証拠は(S)-アルブテロールは気管支拡張効果を欠いていることを示している。むしろ、(S)-アルブテロールは、インビトロで気道の平滑筋の細胞内カルシウムを増加する。細胞内カルシウムは平滑筋収縮を促進し、気管支拡張作用を妨げる。」(129頁左欄8?14行)

b-3)「レバルブテロールを投与された患者はまた、有意に、より少ない臭化イプラトロピウムによる補助的な呼吸療法を必要とした。」 (130頁右欄下から10行?下から8行)

引用例1には、上記a-1)に摘示した吸入溶液が記載されており、また、該吸入溶液に治療有効量含まれているアルブテロールと臭化イプラトロピウムの混合薬がPari LC Plus(商標)ネブライザーを用いた吸入によって投与された実験がなされたことが記載されている(上記a-8))。そして、a-7)の記載によれば、Pari LC Plus(商標)ネブライザーは、ジェットネブライザーの一種である。
以上の記載からみて、引用例1には、「慢性閉塞性肺疾患を患う患者において気管支拡張を誘発するかまたは気管支痙攣を緩和するための、治療有効量の1単位用量のアルブテロールまたは酸添加塩、および臭化イプラトロピウムを含む既調合、既測量の水性処方物であって、吸入溶液中のアルブテロール量は約0.60mg?約5.0mgの範囲内で、臭化イプラトロピウム量は約0.01mg?約1.0mgの範囲内であって、溶液はジェットネブライザーで噴霧される1容器で提供される水性処方物を含む吸入溶液。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

(3)対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
本願補正発明の「COPD」は「慢性閉塞性肺疾患」と同義である。また、本願補正発明の「イプラトロピウムを含む処方物」の「イプラトロピウム」は、請求項1に、「該処方物が」、「イプラトロピウムまたはその薬学的に受容可能な塩」を含む、と規定されていることから、イプラトロピウムの薬学的に受容可能な塩をも含む概念を表すものと認められるから、引用発明の「臭化イプラトロピウム」を含むものである。
そして、引用発明の「水性処方物」が水を含むことは引用例1の記載から明らかである(上記a-3),a-4))。また、引用発明の「吸入溶液」は、「慢性閉塞性肺疾患を患う患者において気管支拡張を誘発するかまたは気管支痙攣を緩和するための」、「水性処方物を含む」ものであるから、医薬であることは明らかであり、これを、医薬に含まれる「水性処方物」の観点からみると、「慢性閉塞性肺疾患を患う患者において気管支拡張を誘発するかまたは気管支痙攣を緩和するための」医薬の製造に使用されていると言い換えることができるものと認められる。
そうすると、本願補正発明と引用発明とは、共に、「COPDの治療のための医薬の製造におけるイプラトロピウムの薬学的に受容可能な塩を含む処方物の使用であって、該医薬が、ジェットネブライザーを介して投与され、該処方物が、イプラトロピウムの薬学的に受容可能な塩、および水を含む、使用。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点
A.前者が「薬学的に受容可能なキャリア中にレバルブテロールおよびイプラトロピウムを含む処方物の使用」と規定しているのに対して、後者は処方物として、レバルブテロールではなくアルブテロールを含むとされている点、「薬学的に受容可能なキャリア中に」処方物の成分である「レバルブテロールおよびイプラトロピウムを含む処方物」を使用する旨の規定がない点。
B.前者が「医薬が、1から2mlの処方物を含有するジェットネブライザーアンプルを介して投与され」ると規定し、また、処方物に「0.57mg/mlから2.5mg/mlのレバルブテロールまたはその薬学的に受容可能な塩、0.23mg/mlから1mg/mlのイプラトロピウムまたはその薬学的に受容可能な塩」を含むと規定しているのに対して、後者においては、水性処方物を含む吸入溶液はジェットネブライザーで噴霧される1容器で提供されうるとされているが、該1容器に含有される吸入溶液の容量、およびレバルテロール、イプラトロピウムの各濃度について規定がない点。

(4)判断
そこで、これらの相違点について、以下、検討する。

(相違点Aについて)
A-1 アルブテロールに代えてレバルブテロールを含むとする点
引用例1には、「アルブテロール」の用語は、患者に所望の気管支拡張効果を生じ得るあらゆる形のアルブテロールを含むことが記載されており、請求項8に記載されているラセミ混合物の形に限定されず、アルブテロールの鏡像異性体などが含まれる旨が記載されている(上記a-2))。
そして、アルブテロールに(R)-体、(S)-体の鏡像異性体が存在することは本願優先日前に知られており、そのうち、(R)-アルブテロールがレバルブテノールである(上記b-2))。引用例2には、上記に加えて、アルブテロールのもう一つの鏡像異性体である(S)-アルブテロールは、気管支拡張効果を欠いていることを示す証拠や、インビトロで気道の平滑筋の細胞内カルシウムを増加し、かえって気管支拡張を妨げる作用を有することを示す証拠が存在する旨が記載されている。
これらの記載に接した当業者は、アルブテロールの気管支拡張効果はもっぱら(R)-体の有する作用により奏されるものと理解すると認められる。また、引用例2には、実際に、COPDまたは喘息と診断された患者を、ラセミ体アルブテロールまたはレバルブテロールで処置した実験において、レバルブテロールで処置された患者は、ラセミ体アルブテロール処置された患者に比べて、より少ない投薬で治療できたことや、より少ない臭化イプラトロピウムによる処置で治療できたことが確認された旨が記載されているところである(上記b-1),b-3))。
そうすると、引用例1記載の「アルブテロール」として、高い気管支拡張効果を期待できるアルブテロールの(R)-鏡像異性体であるレバルブテノールを用いることは、引用例2の記載に基づいて当業者が容易になしうることである。

A-2 薬学的に受容可能なキャリア中にレバルブテロールおよびイプラトロピウムを含む処方物を使用する点
本願明細書には、「薬学的に受容可能なキャリア」に関して、たとえば、「本発明の処方物および組成物は、一般的に、薬学的に受容可能なキャリアを含む。キャリアは、好ましくは液体キャリアである。さらに、キャリアは、好ましくは水を含み、そして他の成分を含み得る。・・・水は、キャリアを供給するために使用され、そして注射用水が、その純度のため好ましい。」(段落0026、0027)と記載されている。これらの記載から、本願補正発明の「キャリア」は、好ましくは水を含む液体であることが理解される。
一方、引用例1には、アルブテロールおよびイプラトロピウムは、水または薬学的に受容可能な量の浸透圧性薬剤からなる他の水溶液を含みこれに限定されないさまざまな薬学的に受容可能な媒体で提供されうる旨が記載されており(上記a-3))、より具体的には、COPD治療のための治療有効量のアルブテロールおよびイプラトロピウムからなる1単位用量の水溶液(上記a-4))、あるいは各単位用量容器は、既滅菌水溶液中にアルブテロール硫酸塩および臭化イプラトロピウムを有する(上記a-5))旨が記載されている。これら記載からみて、引用発明の水性処方物は、薬学的に受容可能な、水性の媒体で提供されるものであり、ここで、媒体は、本願補正発明のキャリアに相当するものと認められるから、薬学的に受容可能なキャリア中にレバルブテロールおよびイプラトロピウムを含む処方物を使用する点については実質的な相違点ではない。

(相違点Bについて)
B-1 処方物を含有するジェットネブライザーアンプルを介して医薬が投与されるとする点
引用発明の吸入溶液は、その使用に際して、水性処方物を含む吸入溶液をジェットネブライザーで噴霧される1容器の形態で提供されるものである。 引用例1には、該容器が、たとえば、単位用量の低密度ポリエチレン(LDPE)容器であること(上記a-5))、キャップをねじ回して中身をネブライザーのリザーバに搾り出すことができるバイアルの形態であることが記載されているが、容器が「アンプル」であるとの記載はない。
ところで、本願明細書には、本願補正発明の処方物を含有する「アンプル」について、ブローフィルシール技術を使用して処方物がアンプルに充填される旨が記載されており(段落0029)、ここで、ブローフィルシール法とは、1回の無菌操作で、プラスチック製のパリソンがポリマーから押し出し成形され、容器に形作られ、充填され、そして密封されるという原理であること、低密度および高密度のポリエチレンおよびポリプロピレンが上記プロセスに最も一般的に使用されること(段落0046、0047)が記載されている。そして、実施例1、2に、具体的に、ひねり型キャップ付きプラスチック製アンプルに処方物を充填した旨の記載がなされており、これら本願明細書の記載からみて、本願補正発明の「アンプル」は、キャップをひねることによって開封することができるプラスチック製の容器を含むものである。
そして、引用発明の容器が、本願補正発明の容器と同様、ポリエチレンを材料として製造された、キャップをねじることにより開けることができる、1回分のジェットネブライザー用処方物を含有する容器であることは上記のとおりであって、両者は、その名称は異なるものの、その材料、機能において異なるところはなく、実質的に同一の容器であるから、相違点Bは実質的な相違点ではない。

B-2 吸入溶液を1容器中に1から2ml含有させる点
引用例1には、吸入溶液の量に関して、たとえば、3mlの既滅菌、BAC非含有のネブライザー用溶液として供給できる旨の記載(上記a-5))や、約2.5mgのアルブテロールおよび約0.5mgの臭化イプラトロピウムを1日4回ネブライザーで投与し、必要に応じて1日3mlの用量を2回まで追加すること(上記a-6))が記載されている。
これらの記載に接した当業者は、ジェットネブライザー用処方物の1単位容量を、たとえば3mlとすることは本願優先権主張日前にすでに行われていたと理解することができる。
ところで、本願発明において用いるとされているPari LC Plusネブライザーなどのジェットネブライザーを用いて投与される、COPDなどの肺高血圧の治療のための噴霧化療法において、各治療にかかる時間は、患者にとって負担となるために1日に必要な用量を省いてしまう原因となり得ることから、患者のコンプライアンスを左右する重要な因子であることは、本願優先権主張日前における当業者の技術常識であったと認められる(たとえば、国際公開第2005-000270号 第27頁8?17行)、MCCALLION, O.N.M. et al.,International Journal of Pharmaceutics,1996年,Vol.130,第7頁右欄下から13行?下から8行)。そして、たとえば、ネブライザーの吸入溶液の容量を、2.5mlまたは3.0mlといった従来の容量よりも少なくすることによって、患者が各々の噴霧化治療においてより少ない時間で薬物の投与を受けることができること、そのため、従来法に比べて処方される投与計画に従いやすくなり、結果として、患者のコンプライアンスを高めることができることも知られていたところである(たとえば、国際公開第2005-000270号 第27頁18行?第28頁14行、第29頁下から2行?第30頁16行、MCCALLION, O.N.M. et al.,International Journal of Pharmaceutics,1996年,Vol.130,同上、p.8 表1)。
本願優先権主張日前に上記した技術常識が存在していたことからみて、引用発明において単位容量を3mlとした噴霧化療法を行った場合にもコンプライアンスの問題が生ずることを当業者は理解することができるものと認められるから、当業者であれば、患者のコンプライアンスを向上させるために、該課題を解決する手段として本願優先権主張日前にすでに広く知られていた、より少ない単位容量で治療を行うとすることを容易に想到しえたものと認める。そして、その際に、上記した国際公開や、International Journal of Pharmaceuticsに好適な容量として記載されているか、あるいは具体的に記載されている1mlや2mlの容量とすることにも格別の困難性は見いだせない。

B-3 処方物に0.57mg/mlから2.5mg/mlのレバルブテロールまたはその薬学的に受容可能な塩、0.23mg/mlから1mg/mlのイプラトロピウムまたはその薬学的に受容可能な塩を含むとする点
引用発明の、吸入溶液中のアルブテロール量は約0.60mg?約5.0mgの範囲内である。また、臭化イプラトロピウム量は約0.01mg?約1.0mgの範囲内であり、この臭化イプラトロピウム量はイプラトロピウム量として約0.0081mg?約0.81mgの範囲内に相当する。
そして、B-2で検討したとおり、コンプライアンスの向上のためには単位容量を少なくするとの動機付けが存在し、1容器中の含有量を1から2mlとすることも当業者が容易になしうるといえる。したがって、例えば、単位容量が2mlの吸入溶液を製造する場合に各成分を上記と同等の用量投与するために必要な処方物中の濃度は、アルブテロール量は約0.30mg/ml?約2.5mg/mlの範囲内であり、イプラトロピウム量約0.00405mg/ml?約0.405mg/ml、臭化イプラトロピウム量は約0.005mg/ml?約0.5mg/mlの範囲内となる。
もっとも、本願補正発明は、レバルブテロールを含有し、アルブテロールを含有する引用発明とはその含有成分が異なるものであるから、本願補正発明において必要とされる用量は上記引用例1記載のものと必ずしも同じではないし、成分の用量が、患者の体格、治療する症状の重症度、目標とする結果などの個人的条件によって左右されることもまた明らかである。
しかしながら、吸収溶液中の含有成分の濃度について、引用例1に記載される類似の成分を含有する水性処方物の成分濃度を参考に、成分の性質や患者の症状などを考慮して、目標とする治療効果を達成する各成分濃度を、当業者が検討し、数値化する程度のことに格別の困難性は認められない。そして、実際、「処方物に0.57mg/mlから2.5mg/mlのレバルブテロールまたはその薬学的に受容可能な塩、0.23mg/mlから1mg/mlのイプラトロピウムまたはその薬学的に受容可能な塩を含む」という本願補正発明で規定する濃度は、同様の治療効果を発揮する薬剤において採用されている、引用例1記載の用量から算出される上記検討の濃度と一部重複するものである。

請求人は、単位用量を減少させる点に関連して、甲第1号証に、ジェットネブライザーが0.5ml?1mlの範囲の機能性デッドスペースを有し、医薬充填用量を約2.5ml以上に希釈することが要求される旨が、また、上記したInternational Journal of Pharmaceuticsに、デッドボリュームが通常0.5?1mlである(第8頁左欄4?7行)旨が記載されていることや、特表2004-535454号公報に、より少量のより濃縮された溶液は、ネブライザーに典型的なデッドスペース容積(1ml)により不利であり、少なくとも1mlの溶液は廃棄されることとを意味している旨が記載されていることを指摘して、本願出願時には、ジェットネブライザーにデッドスペース容量が存在するために、処方物を廃棄せざるをえないとの技術常識があったから、ジェットネブライザーを用いるアンプル容量を2.5ml以下に減少することについて阻害要因があったし、さらには、処方物は比較的不溶性の成分(イプラトロピウム)を含むため、当業者は、イプラトロピウムの溶解が不完全になるというリスクを考慮し、アンプル容量を減少しようとする動機を有し得ない、と主張する。
ネブライザーにデッドスペースが存在することは事実であるものの、たとえば、上記した国際公開第2005/000270号には、従来の2.5mlまたは3mlが充填された吸入溶液に比べて、より少量の吸入溶液が充填されたネブライザーシステム内に残存する溶液はより少なく、たとえば0.05ml未満でありうることが記載されているし(第29頁3?13行)、また、上記したInternational Journal of Pharmaceuticsには、種々のネブライザーを用いて、実際に2mlの容量で成分を噴霧試験した例が記載されている(第8頁 表1)。そして、デッドボリュームとして残存する医薬の割合は、より少ない充填容量において顕著であるが、ネブライザーのフローレートを増すことによって減少させうる旨の記載が上記International Journal of Pharmaceuticsになされているように(第8頁左欄11?15行、表2)、ネブライザーの作動条件によってその影響を低減することができるのであるから、デッドスペース容量が存在することをもってアンプル容量を2.5ml以下に減少するとの動機を当業者は持ち得ない、と結論付けるのは妥当ではない。
また、本願補正発明は、イプラトロピウムのみならず、その薬学的に受容可能な塩を含む処方物を使用した発明をも含むものであって、イプラトロピウムの塩に相当する臭化イプラトロピウム(審決注:イプラトロピウム臭化物に同じ)は、前置報告書において言及された「アトロベントエアゾル20μg添付文書,第7版」の「有効成分に関する理化学的知見」の「性状」の項に記載されるとおり、水に溶けやすいという性質を有する成分であり、そのような成分を含む処方物にあっては、請求人が主張するような、その溶解が不完全になるというリスクは存在するとはいえない。

そして、本願明細書記載の本願補正発明の効果をみても、「新規なネブライザー処方物を提供し、・・・この処方物は、成分の損失を減少させおよび/または患者のコンプライアンスを高めるとともに、種々の公知のネブライザー器具に利用され得る」(段落0007)、というものであって、その効果は、本願優先権主張日前に、当該技術分野における技術常識と認められる課題とその課題を解決する手段を用いて、処方物の容量を減少した結果、投与時間が短縮しえたことにより得られることが予測される効果を奏したというにすぎない。

したがって、本願補正発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明、並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(5)むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について
平成24年7月5日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、平成24年1月30日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものと認める。(以下、「本願発明」という。)

「【請求項1】
COPDまたは喘息の治療のための医薬の製造における薬学的に受容可能なキャリア中にレバルブテロールおよびイプラトロピウムを含む処方物の使用であって、該医薬が、2.2ml以下の該処方物を含有するネブライザーアンプルを介して投与される、使用。」

(1)引用例等の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用例、及びその記載事項、並びに周知技術は、前記「2.(2)」に記載したとおりである。

(2)対比・判断
本願発明の「処方物」、「ネブライザー」について、概念的に下位に限定したものが本願補正発明である(前記「2.(1))。
そして、前記「2.(4)」に記載したとおり、本願補正発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明、並びに本願優先権主張日前の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、当該本願補正発明を包含する本願発明も、同様の理由により、引用例1及び引用例2に記載された発明、並びに本願優先権主張日前の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(3)むすび
以上のとおりであるから、本願請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、その余の請求項に係る発明について論及するまでもなく、本願は拒絶されるべきである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-03-03 
結審通知日 2014-03-11 
審決日 2014-08-01 
出願番号 特願2007-552724(P2007-552724)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (A61K)
P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高橋 樹理  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 岩下 直人
穴吹 智子
発明の名称 ネブライザー処方物  
代理人 進藤 卓也  

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