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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01Q
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01Q
管理番号 1297749
審判番号 不服2014-1803  
総通号数 184 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-04-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-01-31 
確定日 2015-02-19 
事件の表示 特願2011- 89001「アクティブアレイアンテナ装置」拒絶査定不服審判事件〔平成24年11月12日出願公開、特開2012-222725〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成23年 4月13日の出願であって、平成25年11月 6日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成26年 1月31日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同日付で手続補正書が提出され、同年 5月28日に上申書が提出されたものである。



第2 補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成26年 1月31日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.本願発明と補正後の発明
平成26年 1月31日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)は、平成25年 7月17日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された、

「 M個(M≧2)のアンテナ素子又はアンテナサブアレイにより受信された受信信号に対して所定の帯域を通過させるM個の受信フィルタと、
前記M個の受信フィルタからのM個の受信信号を増幅するM個の低雑音増幅器と、
前記M個の低雑音増幅器で増幅されたM個の増幅信号の各々の増幅信号について、増幅信号をN個(N≧2)の分配信号に分配するM個の分配器と、
前記各々の分配器毎に設けられ、前記分配器で分配されたN個の分配信号の位相を移相させるN組M個の移相器と、
前記N組M個の移相器からのN組M個の移相信号を減衰させるN組M個の減衰器と、
N組M個の減衰器に対応して設けられ、各減衰器毎に前記M個の分配器分の減衰器出力を加算することによりビームを合成するN個のビーム合成回路と、
前記低雑音増幅器と超電導素材により構成される前記受信フィルタとを収納する断熱用保温容器と、
断熱用保温容器に収納される前記受信フィルタ及び前記低雑音増幅器とを冷却し前記受信フィルタを超電導状態にする冷却手段と、
前記断熱用保温容器に収納され、前記受信フィルタ及び前記低雑音増幅器を載せるとともに前記冷却部により冷却される冷却プレートと、
を備えることを特徴とするアクティブアレイアンテナ装置。」

という発明(以下、「本願発明」という。)を、本件補正に係る手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された、

「M個(M≧2)のアンテナ素子又はアンテナサブアレイにより受信された受信信号に対して所定の帯域を通過させるM個の受信フィルタと、
前記M個の受信フィルタからのM個の受信信号を増幅するM個の低雑音増幅器と、
前記M個の低雑音増幅器で増幅されたM個の増幅信号の各々の増幅信号について、増幅信号をN個(N≧2)の分配信号に分配するM個の分配器と、
前記各々の分配器毎に設けられ、前記分配器で分配されたN個の分配信号の位相を移相させるN組M個の移相器と、
前記N組M個の移相器からのN組M個の移相信号を減衰させるN組M個の減衰器と、
N組M個の減衰器に対応して設けられ、各減衰器毎に前記M個の分配器分の減衰器出力を加算することによりビームを合成するN個のビーム合成回路と、
前記低雑音増幅器と超電導素材により構成される前記受信フィルタとを収納する断熱用保温容器と、
前記断熱用保温容器に収納される前記受信フィルタ及び前記低雑音増幅器とを冷却し前記受信フィルタを超電導状態にする冷却手段と、
前記断熱用保温容器に収納され、前記受信フィルタ及び前記低雑音増幅器を載せるとともに前記冷却部により冷却される冷却プレートと、
を備え、
前記M個の受信フィルタ及び前記M個の低雑音増幅器は、複数の前記断熱用保温容器に分割されて収納されていることを特徴とするアクティブアレイアンテナ装置。」(下線は、請求人が手続補正書において補正箇所を示すものとして付加したものを援用したものである。)

という発明(以下、「補正後の発明」という。)に補正することを含むものである。


2.補正の適否
(1)新規事項の有無、補正の目的要件、シフト補正の有無
上記補正の内容は、「前記M個の受信フィルタ及び前記M個の低雑音増幅器」に関して「複数の前記断熱用保温容器に分割されて収納されていること」を特定する補正である。
そうしてみると、上記補正は、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたことは明らかであり、構成をさらに特定する補正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当し、特許法第17条の2第3項(新規事項)、及び同法第17条の2第5項(補正の目的)の規定に適合している。また、特許法第17条の2第4項(シフト補正)の規定に違反しないことも明らかである。
なお、審判請求人は、上記補正に関して平成26年 1月31日付け審判請求書の【本願発明が特許されるべき理由】欄の冒頭において「・・・本出願人は本願発明の特許請求の範囲の元の請求項1と元の請求項3とを組み合わせる補正を行って新請求項1とし・・・」と記載しているが、本件補正前の請求項3は「同一の前記ビーム合成回路に入力される受信信号を構成する前記M個の受信フィルタ及び前記M個の低雑音増幅器の全て又はその一部は、複数の前記断熱用保温容器に分割されて収納されていることを特徴とする請求項1記載のアクティブアレイアンテナ装置。」というものであって、これをみると、受信フィルタ及び低雑音増幅器の「全て又はその一部」という構成が存在するが、これは本件補正後の請求項1に組み込まれていない。
したがって、上記補正は本件補正前の請求項3を新たな請求項1とするものとはいえず、本件補正前の請求項1を本件補正前の請求項3に記載の構成の一部によって限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当する。


(2)独立特許要件
上記補正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、補正後の発明が特許出願の際に独立して特許を受けることができるものであるのかどうかについて、以下に検討する。

[補正後の発明]
上記「1.本願発明と補正後の発明」の項において、「補正後の発明」として認定したとおりである。

[引用発明]
原査定の拒絶理由に引用された特開2008-113450号公報(以下、「引用例1」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。

イ.「【技術分野】
【0001】
本発明は、主に無線通信システムの無線送受信装置に用いる無線通信用アダプティブアレイ及びアダプティブアレイを用いた無線通信システムに関する。」(2頁)

ロ.「【0022】
・・・(略)・・・上記アダプティブアレイの受信部分は、例えば図2に示したような構成を持つDBFアレイなどを用いてSDMAを実現できる。
【0023】
アレイアンテナ201は複数のアンテナ素子を直線状あるいは円形状といった所定形状に配列して構成される。アレイアンテナ201の各アンテナ素子の出力信号はフィルタ(例えば、帯域通過フィルタ)202により不要成分が除去され、さらに低雑音増幅器(LNA)203により増幅された後に乗算器206に入力される。そしてローカル発振器204から分配器205を介して供給されるローカル信号と乗算されることにより、周波数変換される。乗算器206の出力はフィルタ207により不要成分が除去され、直交復調器208により復調された後、A/D変換器209によりデジタル信号に変換される。フィルタ202、低雑音増幅器203、乗算器206、ローカル発信器204、分配器205、フィルタ207、およびA/D変換器209はアレイアンテナ201のアンテナ素子数と同数個設けられる。
【0024】
この後、セクタービームCB-Aの処理を行なう回路216aとセクタービームCB-Bの処理を行なう回路216bがそれぞれに続く。A/D変換器209から出力されるデジタル信号は、まず複素乗算器210に入力される。そこで振幅および位相についての重み係数(複素重み係数)が乗じられ、その出力は加算器211により加算処理される。この出力が検波回路212によって復調されビーム制御回路214へと導かれる。ビーム制御回路214にはさらにA/D変換器209からのディジタル信号と受信制御回路215からの信号も入力されており、これらの情報から複素乗算器210に対する重み係数が決定される。この重み係数を適切に取ることによってどのようなアンテナ指向性になるかが決まる。復調された信号は通信端末からの受信信号として受信制御回路215へ接続され、通信データとして使用される。また受信制御回路215からビーム制御回路214への信号によって、複素乗算器210に与えられる重み係数を操作しアンテナ指向性のビームパターンを操作することができる。」(5?6頁)

上記摘記事項の記載及び図面並びにこの分野における技術常識を考慮すると、

a.上記摘記事項イ.によれば引用例1に記載のものは、無線通信システムの無線送受信装置に用いる無線通信用アダプティブアレイに関するものである。

b.上記摘記事項ロ.及び図2によれば、引用例1に記載されたものは、アンテナアレイ201は4つのアンテナ素子によって構成され、各アンテナ素子の出力信号は不要成分を除去する帯域通過フィルタ等の4つのフィルタ202に接続されている。
また、前記4つのフィルタ202の4つの出力信号をそれぞれ入力して増幅する4つの低雑音増幅器203が接続されている。そして当該低雑音増幅器203の4つの出力はA/D変換器209等を経て、それぞれ2つに分配される。したがって、前記4つの低雑音増幅器203の4つの増幅出力を、各々2つの信号に分配する4つの分配器を有しているということができる。

c.そして、上記摘記事項ロ.及び図2によれば、4つの分配器の出力は回路216aと回路216bに分配され、複素乗算器210に入力される。そこで振幅および位相についての重み係数(複素重み係数)が乗じられる。ここで複素乗算器210は回路216aと回路216bにそれぞれ4つ設けられている。したがって、前記分配器毎に設けられ、前記分配器で分配された回路216aと回路216bへの2つの信号に対して、振幅および位相についての重み係数(複素重み係数)を乗じる2つの回路216aと216bにそれぞれ4つずつ設けられた複素乗算器210を有しているといえる。
前記複素乗算器210の出力は、回路216a、216b毎に加算器211により加算処理される。したがって、2つの回路216aと216bにそれぞれ4つずつ設けられた複素乗算器210が加算器211と接続されることになるから、加算器211は2つの回路216aと216bにそれぞれ4つずつ設けられた複素乗算器210に対応して設けられているということができる。また、この加算処理によって、各アンテナ素子の出力信号が位相に重み付けされて加算されるから、回路216a、216b毎にビームが合成されることになるのは技術常識である。
したがって、2つの回路216aと216bにそれぞれ4つずつ設けられた複素乗算器210に対応して設けられ、前記複素乗算器210の出力を、回路216a、216b毎に加算処理しビームを合成する2つの加算器211を有しているということができる。

したがって、摘記した引用例1の記載及び図面を総合すると、引用例1には以下のような発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

(引用発明)
「4つのアンテナ素子の出力信号に対して不要成分を除去する帯域通過フィルタ等の4つのフィルタ202と、
前記4つのフィルタ202の4つの出力信号が入力されて増幅する4つの低雑音増幅器203と、
前記4つの低雑音増幅器203の4つの増幅出力を、各々2つの信号に分配する4つの分配器と、
前記分配器毎に設けられ、前記分配器で分配された回路216aと回路216bへの2つの信号に対して、振幅および位相についての重み係数(複素重み係数)を乗じる2つの回路216aと216bにそれぞれ4つずつ設けられた複素乗算器210と、
2つの回路216aと216bにそれぞれ4つずつ設けられた複素乗算器210に対応して設けられ、前記複素乗算器210の出力を、回路216a、216b毎に加算処理しビームを合成する2つの加算器211と、
を備えた無線通信システムの無線送受信装置に用いる無線通信用アダプティブアレイ。」


[技術事項]
原査定の拒絶理由に引用された特開2009-38567号公報(以下、「引用例2」という。)には、図面とともに以下の事項が記載されている。

ハ.「【0001】
本発明は、例えば無線基地局などに使用される、超伝導フィルタデバイス、超伝導フィルタパッケージ及び超伝導フィルタ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、無線通信の急速な発展に伴い、高速および大容量の伝送技術が不可欠となってきており、高温超伝導体を用いた超伝導フィルタに対する期待が増している。
超伝導体は、マイクロ波などの高周波領域においても、通常の電気的良導体に比べて表面抵抗が非常に小さい。このため、複数の共振器を並べて多段化しても伝送損失を小さく抑えることができ、優れた周波数遮断特性を得ることができ、周波数資源を有効活用することができる。
・・・・・(略)・・・・・
【0012】
以下、図面により、本発明の実施の形態にかかる超伝導フィルタデバイス、超伝導フィルタパッケージ及び超伝導フィルタ装置について、図1?図6を参照しながら説明する。
本実施形態にかかる超伝導フィルタ装置は、マイクロストリップライン型の超伝導フィルタデバイスを用いた超伝導フィルタ装置であって、例えば図2に示すように、筐体20と、筐体20内に備えられた真空容器21と、真空容器21内に備えられた超伝導フィルタパッケージ23と、筐体20内に備えられ、超伝導フィルタパッケージ23を冷却するための冷凍機24とを備える。
【0013】
本実施形態では、超伝導フィルタパッケージ23として、超伝導受信フィルタパッケージ23Aと、超伝導送信フィルタパッケージ23Bとを備える。このうち、超伝導受信フィルタパッケージ23Aは、一端が同軸ケーブル25Aを介してアンテナ(図示せず)に接続されており、他端が同軸ケーブル25Bを介して低雑音増幅器26に接続され、さらに、低雑音増幅器26は同軸ケーブル25Cを介して変復調系に接続されている。一方、超伝導送信フィルタパッケージ23Bは、一端が同軸ケーブル25Dを介してアンテナ(図示せず)に接続されており、他端が同軸ケーブル25Eを介して変復調系に接続されている。
【0014】
また、冷凍機24にはコールドプレート27が接続されており、このコールドプレート27に超伝導受信フィルタパッケージ23A及び超伝導送信フィルタパッケージ23Bが接するように構成されている。これにより、コールドプレート27を介して、冷凍機24によって、超伝導受信フィルタパッケージ23A及び超伝導送信フィルタパッケージ23Bを約70K程度の極低温まで冷却できるようにしている。ここでは、コールドプレート27を介して、冷凍機24によって、低雑音増幅器26も冷却されるようになっている。
【0015】
ここでは、超伝導フィルタパッケージ23は、図4に示すように、超伝導フィルタデバイス1と、これを収める高周波シールド用の金属パッケージ2とを備える。
ここで、超伝導フィルタデバイス1は、図3に示すように、基板3上に超伝導薄膜によって形成された超伝導配線4を備える。
本実施形態では、基板3は誘電体基板である。具体的には、基板3は、LaAlO3,MgO,サファイア,CeO2,TiO2,Al2O3からなる群から選択されるいずれか1種の材料からなる。特に、伝送損失が小さいという点で、MgO,LaAlO3,サファイアを用いるのが好ましい。
【0016】
また、超伝導配線4は、図3に示すように、一端側と他端側とに設けられた入出力線(信号入出力線)4A,4B、及び、複数の共振器4Cを構成するフィルタパターンを備える。ここでは、誘電体基板3の表面上に、超伝導薄膜を例えばフォトリソグラフィなどの手法でパターニングしてフィルタパターンを形成している。一方、誘電体基板3の裏面には全面に超伝導薄膜が形成されており、この裏面側の超伝導薄膜を金属パッケージ2の表面に密着させてグランド5としている。
【0017】
ここで、超伝導配線4は、R-Ba-Cu-O(Rは、Y、Nd、Yb、Sm及びHoからなる群から選択されるいずれか1種の元素である)系超伝導体材料、Bi-Sr-Ca-Cu-O系超伝導体材料、Pb-Bi-Sr-Ca-Cu-O系超伝導体材料、及びCuBapCaqCurOx(1.5<p<2.5、2.5<q<3.5、3.5<r<4.5)系超伝導体材料からなる群から選択されるいずれか1種の超伝導体材料からなる。」(2頁34行?5頁10行)

上記摘記事項の記載及び図面並びにこの分野における技術常識を考慮すると、

a.【0002】の記載から、超伝導フィルタは伝送損失を小さく抑えるために用いられているといえる。

b.真空容器21は断熱を目的とした断熱用保温容器として使われていることは当業者には明らかである。

c.上記摘記事項ニ.【0014】の記載と図2の記載をみれば、超伝導受信フィルタパッケージ23に加えて、低雑音増幅器26もコールドプレート27に接するように構成されていると考えるのが自然である。

したがって、上記摘記事項ニ.及び図2によれば、引用例2には以下のような事項(以下、「技術事項」という。)が記載されているものと認められる。

(技術事項)
「無線通信に用いられ、フィルタの伝送損失を小さく抑えるため、
低雑音増幅器26と超伝導体材料により構成される超伝導受信フィルタパッケージ23とを収納する断熱用保温容器(真空容器21)と、
前記断熱用保温容器に収納される前記超伝導受信フィルタパッケージ23及び前記低雑音増幅器26とを冷却し前記受信フィルタを超電導状態にする冷凍機24と、
前記断熱用保温容器に収納され、前記超伝導受信フィルタパッケージ23及び前記低雑音増幅器26に接するとともに前記冷凍機24により冷却されるコールドプレート27と、
を用いる超伝導フィルタ。」


[対比]
補正後の発明を引用発明と対比すると、

a.引用発明の「4つのアンテナ素子」の「4つ」は補正後の発明の「M個(M≧2)」に含まれるので、引用発明の「4つのアンテナ素子」は、補正後の発明の「M個(M≧2)のアンテナ素子又はアンテナサブアレイ」に相当する。
また、引用発明の「(アンテナ素子の)出力信号に対して不要成分を除去する帯域通過フィルタ等の4つのフィルタ」はアンテナ素子の出力信号、すなわち受信信号、に対して不要成分を除去する帯域通過フィルタ等の4つのフィルタであるから、補正後の発明の「受信信号に対して所定の帯域を通過させるM個の受信フィルタ」に相当する。
b.引用発明の「前記4つのフィルタ202の4つの出力信号が入力されて増幅する4つの低雑音増幅器203」は、フィルタ202の4つの出力信号は「受信信号」ともいうことができるから、補正後の発明の「前記M個の受信フィルタからのM個の受信信号を増幅するM個の低雑音増幅器」に相当する。
c.引用発明の「前記4つの低雑音増幅器203の4つの増幅出力を、各々2つの信号に分配する4つの分配器」の「4つ」、「2つ」は補正後の発明の「M個(M≧2)」、「N個(N≧2)」にそれぞれ含まれるので、引用発明の「前記4つの低雑音増幅器203の4つの増幅出力を、各々2つの信号に分配する4つの分配器」は、補正後の発明の「前記M個の低雑音増幅器で増幅されたM個の増幅信号の各々の増幅信号について、増幅信号をN個(N≧2)の分配信号に分配するM個の分配器」に相当する。
d.引用発明の「前記分配器毎に設けられ、前記分配器で分配された回路216aと回路216bへの2つの信号に対して、振幅および位相についての重み係数(複素重み係数)を乗じる2つの回路216aと216bにそれぞれ4つずつ設けられた複素乗算器210」という構成において、「振幅および位相についての重み係数(複素重み係数)を乗じる・・・複素乗算器210」は重み係数を乗じることによって振幅調整器および移相器として機能し、補正後の発明の「減衰器」及び「移相器」の「減衰器」も振幅調整を行うものであるから、引用発明の「複素乗算器」と補正後の発明の「減衰器」及び「移相器」とは「振幅調整器」及び「移相器」という点で一致する。
また、同様の構成を有する回路216aと回路216bは2つの組を構成しているといえるから、引用発明は2つの組にそれぞれ4つの複素乗算器210を有することになる。
したがって、引用発明の「前記分配器毎に設けられ、前記分配器で分配された回路216aと回路216bへの2つの信号に対して、振幅および位相についての重み係数(複素重み係数)を乗じる2つの回路216aと216bにそれぞれ4つずつ設けられた複素乗算器210」は、「前記各々の分配器毎に設けられ、前記分配器で分配されたN個の分配信号の位相を移相させるN組M個の移相器」と「前記N組M個の移相器からのN組M個の移相信号を減衰させるN組M個の振幅調整器」という点で補正後の発明と共通する。
e.上記d.での検討を踏まえると、引用発明の「2つの回路216aと216bにそれぞれ4つずつ設けられた複素乗算器210に対応して設けられ、前記複素乗算器210の出力を、回路216a、216b毎に加算処理しビームを合成する2つの加算器211」と、補正後の発明の「N組M個の減衰器に対応して設けられ、各減衰器毎に前記M個の分配器分の減衰器出力を加算することによりビームを合成するN個のビーム合成回路」とは、「N組M個の振幅調整器に対応して設けられ、各振幅調整器毎に前記M個の分配器分の振幅調整器出力を加算することによりビームを合成するN個のビーム合成回路」という点で共通する。
f.引用発明は「無線通信システムの無線送受信装置に用いる無線通信用アダプティブアレイ」であるのに対して、補正後の発明は「アクティブアレイアンテナ装置」であるが、両者は「アレイアンテナ装置」である点では共通する。

したがって、両者は以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
「M個(M≧2)のアンテナ素子又はアンテナサブアレイにより受信された受信信号に対して所定の帯域を通過させるM個の受信フィルタと、
前記M個の受信フィルタからのM個の受信信号を増幅するM個の低雑音増幅器と、
前記M個の低雑音増幅器で増幅されたM個の増幅信号の各々の増幅信号について、増幅信号をN個(N≧2)の分配信号に分配するM個の分配器と、
前記各々の分配器毎に設けられ、前記分配器で分配されたN個の分配信号の位相を移相させるN組M個の移相器と、
前記N組M個の移相器からのN組M個の移相信号を減衰させるN組M個の振幅調整器と、
N組M個の振幅調整器に対応して設けられ、各振幅調整器に前記M個の分配器分の振幅調整器出力を加算することによりビームを合成するN個のビーム合成回路と、
を備えるアレイアンテナ装置。」

(相違点1)
「振幅調整器」に関して、補正後の発明は「減衰器」であるのに対して、引用発明では、振幅についての重み係数を乗じる複素乗算器であって、減衰器といえるのかが不明な点。

(相違点2)
補正後の発明は、
「前記低雑音増幅器と超電導素材により構成される前記受信フィルタとを収納する断熱用保温容器と、
前記断熱用保温容器に収納される前記受信フィルタ及び前記低雑音増幅器とを冷却し前記受信フィルタを超電導状態にする冷却手段と、
前記断熱用保温容器に収納され、前記受信フィルタ及び前記低雑音増幅器を載せるとともに前記冷却部により冷却される冷却プレートと、
を備え、
前記M個の受信フィルタ及び前記M個の低雑音増幅器は、複数の前記断熱用保温容器に分割されて収納されている」構成を有しているのに対して、引用発明はこれを有しない点。

(相違点3)
補正後の発明は「アクティブアレイアンテナ装置」であるのに対して、引用発明は「無線通信システムの無線送受信装置に用いる無線通信用アダプティブアレイ」である点。


[判断]
イ.上記相違点1について検討する。
引用発明の複素乗算器においても、所定のビームを合成することができるように低雑音増幅器の出力から合成回路への信号振幅を調整するのであるから、当該調整は、低雑音増幅器の増幅度と合成回路に必要なレベルから決まるものであって、低雑音増幅器を相応のレベルとし、複素乗算器の振幅調整で減衰するようにすることは適宜なし得ることである。
よって、引用発明の「複素乗算器」はこれに乗じる重み係数を調節して「減衰器」として動作させることは当業者にとって格別困難な事項とはいえず、相違点1とした補正後の発明の構成は、当業者が引用発明に基づいて容易に想到することができたものである。

ロ.上記相違点2について検討する。
上述したように、
「無線通信に用いられ、フィルタの伝送損失を小さく抑えるため、
低雑音増幅器26と超伝導体材料により構成される超伝導受信フィルタパッケージ23とを収納する断熱用保温容器(真空容器21)と、
前記断熱用保温容器に収納される前記超伝導受信フィルタパッケージ23及び前記低雑音増幅器26とを冷却し前記受信フィルタを超電導状態にする冷凍機24と、
前記断熱用保温容器に収納され、前記超伝導受信フィルタパッケージ23及び前記低雑音増幅器26に接するとともに前記冷凍機24により冷却されるコールドプレート27と、
を用いる超伝導フィルタ。」
は、引用例2に記載されるように公知の技術事項である。
ここで、無線通信機に用いるフィルタの伝送損失を小さく抑えることは周知の課題にすぎないものであり、また、上記技術事項のように低雑音増幅器を冷却するなどして増幅器の低雑音化を図ることも周知の課題にすぎない(例えば、特開2003-234660号公報参照。)。
これらの周知の課題を鑑みると、引用発明においても上記技術事項の超伝導フィルタと冷却した低雑音増幅器を用いるようにすることは格別の困難性を要することなく容易になし得ることにすぎない。
また、上記技術事項では「コールドプレート27」は「前記超伝導受信フィルタパッケージ23及び前記低雑音増幅器26に接する」ように構成されているが、これを補正後の発明のように「載せる」構成とすることは、「接する」形態の1つとして適宜選択し得る設計上の選択事項にすぎない。
さらに、上記技術事項では超伝導受信フィルタパッケージと低雑音増幅器の1つの組を1つの断熱用保温容器に収納しているので、これを引用発明に適用すれば、引用発明のフィルタと低雑音増幅器の各組をそれぞれ1つの断熱用保温容器に収納し、4つの断熱用保温容器を有する構成となることは自明である。そうすれば、引用発明において、断熱用保温容器は複数になるから、M=4とした場合の補正後の発明の構成である「前記M個の受信フィルタ及び前記M個の低雑音増幅器は、複数の前記断熱用保温容器に分割されて収納されていること」に相当する構成とすることができることは明らかである。
よって、上記相違点2とした補正後の発明の構成は、引用発明及び引用例2記載の技術事項に基づいて当業者が容易に想到することができたものである。
なお、請求人は平成26年 1月31日提出の審判請求書、及び同年 5月28日提出の上申書において、補正後の発明の「前記M個の受信フィルタ及び前記M個の低雑音増幅器は、複数の前記断熱用保温容器に分割されて収納されていること」について、例えば「断熱用保温容器を適切な大きさに分割し、その内部に収納する受信回路数も適切な数に抑えて複数の断熱用保温容器を用いている」(上申書)などと主張していることからみて、補正後の発明が、1つの断熱用保温容器に複数の受信フィルタと低雑音増幅器が含まれる、本願図3に記載されたような構成に特定されることを前提とした主張を行っている。
補正後の発明の請求項1の記載では、当該主張に係る構成は必ずしも明確ではないが、仮に補正後の発明がこのような構成に特定されるとしても、断熱用保温容器を適切な大きさに分割し、その内部に収納する受信フィルタ及び低雑音増幅器を適切な数とすることは、実装する際の実装スペースや冷却の効率性などを考慮して適宜決定すべき設計的事項にすぎず、このように構成することが格別困難なものとはいえない。

ハ.上記相違点3について検討する。
引用発明は受信側の構成のみが記載されているが、引用発明を備える基地局において、アレイアンテナが送受信用として構成され、各アンテナ素子に送受信回路が具備されることは、例えば、引用例1の図6や、特開平11-330841号公報(図18)、特開2000-236206号公報に記載されているように周知の構成にすぎない。
よって、引用発明をアクティブアレイアンテナ装置とすることは、当業者が適宜なし得たことにすぎない。


そして、補正後の発明が奏する効果も、引用発明、引用例2に記載された技術事項、並びに周知技術から想到し得る構成から、容易に予測できる範囲内のものである。

よって、補正後の発明は、引用発明、引用例2に記載された技術事項、並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定によって、特許請求の範囲出願の際、独立して特許を受けることができないものである。


3.結語
以上のとおり、本件補正は、補正後の発明が特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合していない。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。



第3 本願発明について
1.本願発明
平成26年 1月31日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願発明は上記「第2 補正却下の決定」の項中の「1.本願発明と補正後の発明」の項で「本願発明」として認定したとおりのものである。

2.引用発明
引用発明、引用例2に記載された技術事項及び周知技術は、上記「第2 補正却下の決定」の項中の「(2)独立特許要件」の項で引用発明、引用例2に記載された技術事項及び周知技術として認定したとおりである。

3.対比・判断
本願発明は補正後の発明から本件補正に係る限定を省いたものである。
そうすると、本願発明の構成に本件補正に係る限定を付加した補正後の発明が、上記「第2 補正却下の決定」の項中の「(2)独立特許要件」の項で検討したとおり、引用発明、引用例2に記載された技術事項及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も同様の理由により当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明、引用例2に記載された技術事項及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願は、他の請求項について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-12-15 
結審通知日 2014-12-16 
審決日 2015-01-05 
出願番号 特願2011-89001(P2011-89001)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H01Q)
P 1 8・ 121- Z (H01Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 麻生 哲朗  
特許庁審判長 田中 庸介
特許庁審判官 山澤 宏
山本 章裕
発明の名称 アクティブアレイアンテナ装置  
代理人 三好 秀和  

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