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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F02F
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F02F
管理番号 1299178
審判番号 不服2014-10629  
総通号数 185 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-05-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-06-04 
確定日 2015-03-26 
事件の表示 特願2012-257132「内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドのバルブシート部の表面硬化処理方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 5月16日出願公開、特開2013- 92150〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願は、平成18年5月16日に出願した特願2011-135789号の一部を平成24年11月26日に新たな特許出願としたものであって、同日に上申書が提出され、平成25年7月5日付けで拒絶の理由が通知され、これに対して平成25年9月13日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成26年2月27日付けで拒絶査定がされ、これに対して平成26年6月4日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出されたものである。


第2 平成26年6月4日付けの手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成26年6月4日付けの手続補正を却下する。
[理由]
〔1〕本件補正の内容
平成26年6月4日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、特許請求の範囲に関して、本件補正により補正される前の(すなわち、平成25年9月13日に提出された手続補正書における特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された)下記の(A)に示す請求項1及び2を、下記の(B)に示す請求項1及び2と補正するものである。
(A)本件補正前の特許請求の範囲の請求項1及び2
「 【請求項1】
内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッド(15)の吸気バルブ(16)と排気バルブ(17)の摺動部となるバルブシート部(19)に、金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物を塗布して塗膜を形成し、該塗膜を乾燥させ、該塗膜にレーザ光(8)を照射し、前記金属粉末を焼結及び拡散させることにより、前記バルブシート部(19)に、MC系炭化物を生成するとともに、該MC系炭化物をシリンダヘッド(15)に対して接合する内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドのバルブシート部の表面硬化方法において、
前記バルブシート部(19)の前記混合物を塗布して乾燥させた塗膜の上に、黒鉛粉末をシンナー等の溶剤で希釈した吸収剤(10)を塗布被覆して塗膜を形成し、
前記吸収剤(10)の塗膜を乾燥させた後、該塗膜にレーザ光(8)を照射し、金属粉末が加熱溶融されてバルブシート部(19)及びバルブシート部(19)とシリンダヘッド(15)との界面部分で焼結及び拡散が促進されることにより、
バルブシート部(19)の表面に、MC系炭化物を生成するとともに、該MC系炭化物をシリンダヘッド(15)に対して接合し、合金層(21)を形成する
ことを特徴とする内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドのバルブシート部の表面硬化処理方法。
【請求項2】
請求項1記載の内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッド(15)のバルブシート部(19)の表面硬化方法において、前記金属粉末が、バナジウムの粉末、タングステンの粉末、またはクロムの粉末であることを特徴とする内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドのバルブシート部の表面硬化方法。」

(B)本件補正後の特許請求の範囲の請求項1及び2
「 【請求項1】
内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッド(15)の吸気バルブ(16)と排気バルブ(17)の摺動部となるバルブシート部(19)に、モリブデンとカーボンの混合粉末、バナジウムとカーボンの混合粉末、タングステンとカーボンの混合粉末、またはクロムとカーボンの混合粉末を金属粉末として、これらいずれか一つの金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物を塗布し、
前記バルブシート部(19)の前記混合物を塗布して乾燥させた塗膜の上に、黒鉛粉末をシンナーで希釈した吸収剤(10)を塗布被覆して塗膜を形成し、
前記吸収剤(10)の塗膜を乾燥させた後、該塗膜にレーザ光(8)を照射し、前記金属粉末が加熱溶融されてバルブシート部(19)及びバルブシート部(19)とシリンダヘッド(15)との界面部分で焼結及び拡散が促進されることにより、
前記バルブシート部(19)の表面に、MC系炭化物を生成するとともに、MC系炭化物をシリンダヘッド(15)に対して接合し、耐磨耗性のある合金層(21)を形成する
ことを特徴とする内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドのバルブシート部の表面硬化処理方法。
【請求項2】
前記耐磨耗性のある合金層のビッカース硬度が1000?3000Hvであることを特徴とする請求項1記載の内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドのバルブシート部の表面硬化処理方法」(なお、下線は、請求人が補正箇所を明示するために付したものである。)

〔2〕本件補正の目的要件について
本件補正は、特許請求の範囲の請求項1に関しては、本件補正前の請求項1に係る発明における発明特定事項である「金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物」について、「モリブデンとカーボンの混合粉末、バナジウムとカーボンの混合粉末、タングステンとカーボンの混合粉末、またはクロムとカーボンの混合粉末を金属粉末として、これらいずれか一つの金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物」とし、混合物に混合される金属粉末を限定する補正、及び、本件補正前の請求項1に係る発明における発明特定事項である「合金層(21)」について、「耐磨耗性のある合金層(21)」とし、合金層(21)の機能を限定する補正である。
よって、特許請求の範囲の請求項1についての本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1に係る発明の発明特定事項を限定したものであって、本件補正後の請求項1に記載される発明と、本件補正前の請求項1に記載された発明とは、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「改正前の特許法」という。)第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正によって補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際に独立して特許を受けることができるものであるか(改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について、以下に検討する。

〔3〕本願補正発明の独立特許要件について
1.本願補正発明
本願補正発明は、平成26年6月4日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものである(上記〔1〕(B)に示す請求項1を参照。)。

2.引用刊行物
(1)引用刊行物の記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された、本件出願前に頒布された刊行物である特公平4-80988号公報(以下、「引用刊行物」という。)には、図面とともに次の事項が記載されている。
a)「産業上の利用分野
この発明は自動車用デイーゼルエンジン等の内燃機関に使用される鋳鉄製シリンダヘツドおよびその製造方法に関し、特にバルブシート部を改良したシリンダヘツドおよびその製造方法に関するものである。
従来の技術
周知のように内燃機関のシリンダヘツドのバルブシート部には優れた耐摩耗性と耐熱性が要求される。そこで鋳鉄製シリンダヘツドについても、従来から耐摩耗性の優れたCr-Mo系等の焼結合金をバルブシート部にインサートすることが行なわれている。しかしながらインサートした場合、そのインサート部材とシリンダヘツド母材との接触面が熱障壁となつて熱伝導が悪くなり、そのため特に熱負荷の高い場合にはバルブシート面からの放熱・冷却に問題がある。またこのようなインサートによる方法では、予めインサート部材を別途製造・加工しておかなければならないため、工程が複雑となる問題もある。
そこで既に鋳鉄製シリンダヘツドのバルブシート部にレーザ等の高密度エネルギ源を用いてCrを合金化し、インサートを用いることなくバルブシート部の高温耐摩耗性を向上させる方法が「工業材料」第32巻第3号P31?39の「レーザによる表面処理」の記事(特にP35?36)において報告されている。
発明が解決すべき問題点
前述の報告におけるバルブシート部に対するレーザによるCrの合金化層は、合金化したままであつて硬さがHv700?800と著しく硬いものであり、また10%を越える高濃度のCrを合金化してCr炭化物主体の組織としたものであることが記載内容から推察される。
このようなバルブシートでは硬さが高過ぎるため加工が著しく困難であり、またバルブシート自体の耐摩耗性は良好であつても、相手バルブのバルブフエース面を著しく摩耗させる問題があり、したがつてシリンダヘツドのバルブシートとしては実用的ではなかつた。
この発明は以上の事情を背景としてなされたもので、前述の報告に示されているようなレーザ等の高密度エネルギを用いた合金化による鋳鉄製シリンダヘツドのバルブシート部の耐摩耗性向上策の改良図り、バルブシート部の耐摩耗性に優れると同時に相手バルブフエース面の摩耗も防止され、しかも耐熱性にも優れるとともに加工性に優れかつバルブシート部の欠けも防止されるようにした鋳鉄製シリンダヘツドおよびその製造方法を提供することを目的とするものである。」(2欄7行ないし3欄32行)

b)「問題点を解決するための手段
第1発明の鋳鉄製シリンダヘツドは、本体が鋳鉄からなり、かつバルブシート部に相当する部位の表面に、Feよりも炭化物形成傾向が高い金属元素の1種または2種以上が合計で0.1?10重量%含有された合金化鋳鉄層が0.2mm以上の深さにわたつて形成されており、しかもその合金化鋳鉄層は、基地をパーライトもしくはパーライト主体とするとともに2?15%の残留セメンタイトが存在しかつ塊状黒鉛が晶出した組織からなる硬さHv250?400の層とされていることことを特徴とするものである。
また第2発明の鋳鉄製シリンダヘツド製造方法は、鋳鉄を原料としてシリンダヘツド本体を鋳造した後、そのシリンダヘツド本体のバルブシート部に相当する部位の表面に、Feよりも炭化物形成傾向が高い金属元素の1種または2種以上もしくはそれらの合金またはそれらの1種または2種以上と鉄との合金を配置し、その上から高密度エネルギを照射して急速溶融-急速再凝固させることにより、前記金属元素の1種または2種以上の合計濃度が0.2?10重量%となるように前記金属元素が鋳鉄に合金化されかつチル化された合金層を形成し、次いでそのチル化合金層をA1変態点以上固相線温度未満の温度域に加熱した後冷却する熱処理を施して、基地をパーライトもしくはパーライト主体とするとともに2?15%の残留セメンタイトが存在しかつ塊状黒鉛が晶出した組織からなる硬さHv250?400の合金化鋳鉄層を0.2mm以上の深さにわたつて形成することを特徴とするものである。」(3欄33行ないし4欄19行)

c)「作 用
シリンダヘツドの本体となる鋳鉄としては、鋳造性、加工性およびコストの面から、JIS FC20,FC25などの普通鋳鉄が好ましいが、低合金鋳鉄なども用いることができる。またこれらに脱酸のために微量のCe,Mg等を添加した鋳鉄を用いることもできる。
この発明では、上述のような普通鋳鉄等からなる鋳鉄製シリンダヘツドのうち、特に耐摩耗性が要求される部位、すなわちインテークバルブやエキゾーストバルブに対するバルブシート部に相当する部位に、後述するような合金化鋳鉄層が0.2mm以上の深さにわたつて形成される。
この合金化鋳鉄層は、成分的には本体の鋳鉄成分のほか、特に炭化物形成傾向がFeよりも高い金属元素、すなわちCr,Mo,W,Ta,Nb,V,Ti,ZrあるいはMn等の金属元素の1種または2種以上を0.2?10重量%の範囲内で含有するものである。またその合金化鋳鉄層の組織は、基地としてのパーライト(もしくはパーライト主体の組織)と、2?15%の残留セメンタイトと、塊状の晶出黒鉛とからなるものとされ、その硬さがHv250?400の範囲内とされている。
前述のようにCr,Mo等の炭化物形成傾向が高い金属元素が含有されることによつて、バルブシート部の合金化鋳鉄層は、その組織中の残留セメンタイトおよびパーライトを構成しているセメンタイトが強化・安定化され、これらを添加しない場合と比較して耐摩耗性および耐熱性が著しく改善される。すなわち、バルブシート部は、インテークバルブに対する部分で150?250℃、エキゾーストバルブに対する部分で250?400℃となるが、このような温度でも組織、硬さが著しく変化せず、そのバルブシート部の耐摩耗性が低下しないのである。ここで、合金化鋳鉄層におけるCr,Mo等の炭化物形成元素の含有量が0.2重量%未満ではセメンタイトを強化して耐摩耗性、耐熱性を向上させる効果が充分に得られず、一方10重量%を越えれば最終的に前述のような硬さ、組織に調整することが困難となるから、炭化物形成元素の含有量は0.2?10重量%の範囲内とした。なおこの範囲内でも特に0.5?3.0重量%の範囲内が好ましい。
また合金化鋳鉄層の金属組織に関しては、炭化物形成元素の合金化と併せて、特に前述のような組織とすることによつて、耐摩耗性が優れると同時に相手材としてのバルブフエース面に対する攻撃性(相手摩耗性)も小さくでき、しかも加工性も良好となり、さらに靭性面でも有利となつて欠けが生じにくくなる。
すなわち、先ず基地組織のパーライト自体がフエライト基地の場合よりも耐摩耗性の点で有利であり、その基地組織中に残留セメンタイトが存在していることによつてさらに耐摩耗性が向上しているのである。ここで残留セメンタイトが2%未満では充分な耐摩耗性が確保できない。一方残留セメンタイト量が増大すれば耐摩耗性のみの点からは有利であるが、相手バルブフエース面の摩耗が大きくなり、また加工性も低下する。本発明者等の実験によればバルブシート面の耐摩耗性を確保しつつ相手バルブフエース面の摩耗を小さくしかつ良好な加工性を得るためには、残留セメンタイト量が10%以下であることが必要であることが判明しており、したがつて残留セメンタイト量は2?10%の範囲内とした。一方組織中に晶出する黒鉛は、その形状が塊状であることによつて、普通鋳鉄の如き片状黒鉛の場合と比較して靭性面で有利となり、バルブシート面の欠けを防止することができる。なおここで合金化鋳鉄層の基地組織は、パーライトのみであつても、パーライト主体のものでも良いが、基地組織の少なくとも50%以上がパーライトであることが望ましい。
さらに合金化鋳鉄層の硬さに関しては、Hv250未満ではバルブフエース面の耐摩耗性を確保できず、一方Hv400を越えれば相手バルブシートの摩耗が過大となり、また加工性も低下するから、Hv250?400の範囲内とする必要がある。
上述のような成分、組織、硬さを有する合金化鋳鉄層の深さが0.2mmでは充分な耐摩耗性、耐熱性が確保できず、したがつてその深さは0.2mm以上とすることが必要である。
以上のように、所定量のCr,Mo等の炭化物形成元素を合金化した、所定の組織、所定の硬さ、所定の深さを有する合金化鋳鉄層をバルブシート面に形成しておくことによつて、バルブシート面自体の耐摩耗性の確保と相手バルブフエース面の摩耗防止、さらには加工性確保、欠けの防止、および耐熱性の確保を同時に図ることができたのである。
次に前述のようにバルブシート面に合金化鋳鉄層を有するシリンダヘツドの製造方法、すなわち第2発明について説明する。
先ずシリンダヘツド本体の製造方法としては、前述のような普通鋳鉄等の鋳鉄材料を原料として、砂型鋳造等の通常の鋳造法により鋳造すれば良い。
得られたシリンダヘツド本体に対しては、先ず高密度エネルギ源を用いて、Cr,Mo,W,Ta,Nb,V,Ti,ZrあるいはMn等の炭化物形成元素の合金化処理を行なう。すなわち、シリンダヘツド本体における特に耐摩耗性、耐熱性が要求されるバルブフエースの表面に、前述のような炭化物形成元素の1種または2種以上もしくはそれらの合金、あるいはそれらの1種以上とFeとの合金を配置し、その上からレーザ、電子ビーム、プラズマアーク、TIGアーク等の高密度エネルギを照射することにより、表面に配置されたCr,Mo等の炭化物形成元素やそれらを含む合金とその下側の鋳鉄母材表面層とを瞬時に急速溶融させて鋳鉄に対しCr,Mo等の炭化物形成元素を合金化し、続いてそのエネルギ照射位置の移動もしくは照射停止によりその溶融した合金層を瞬時に急速凝固させる。ここで、高密度エネルギの照射により溶融した部分はシリンダヘツド全体の質量に比べれば格段に小さい質量であるから、高密度エネルギ照射位置の移動もしくは照射停止によつてシリンダヘツド母材側への熱移動により溶融した合金層は瞬時に凝固し、チル化された合金層となる。
なお、Cr,Mo等の炭化物形成元素やそれらを含む合金をシリンダヘツド本体のバルブフエース面に配置するための具体的手法としては、例えばそれらの粉末、圧粉体、薄板等を載置または溶射したりあるいはスラリーとして塗布したり、さらには必要部位に溝を加工してその中に充填したりすれば良い。
上述のような高密度加熱エネルギを用いた合金化処理のままでは、合金層はいわゆるチル鋳鉄組織が形成されており、これは硬さHv550以上で、セメンタイト+トルースタイト+マルテンサイト組織を呈している。このようなチル鋳鉄組織では、硬さが高過ぎるため相手バルブフエース面を著しく摩耗させ、また脆いため欠けが生じやすく、さらには加工自体も困難であるから、そのままでシリンダヘツドのバルブシート面に使用するには支障がある。そこで合金化処理の後に、チル鋳鉄組織の合金層を、前述の硬さ、組織に調整するための熱処理を行なう。この熱処理はA1変態点以上、固相線温度未満の温度域で加熱保持して、黒鉛化およびセメンタイトの一部分解・凝集を行ない、これに続く冷却過程でパーライトを安定に残すものである。この熱処理における加熱時間は数分?数10分であれば良いが、具体的に最適な温度、時間は合金化した炭化物形成元素の種類、量などによつても異なる。すなわち炭化物形成元素の添加量が多かつたり、添加した合金元素の炭化物形成傾向が特に強かつたり(例えばTi,Zr,Nbなど)の場合には、高温で長時間加熱しなければならない。また冷却条件も合金化した炭化物形成元素の量や種類などによつて異なるが、通常は空冷とすれば良い。
なお以上の加熱処理においては、チル化合金層の部分のみを加熱する局部加熱、例えば高周波誘導加熱や火炎加熱(バーナ加熱)等を用いることが熱効率等の点から望ましいが、場合によつてはシリンダヘツド全体を加熱する炉中加熱を用いても良い。
以上のように、高密度エネルギを用いた合金化処理により表面層にCr,Mo等の炭化物形成元素と鋳鉄とのチル化合金層を形成した後、熱処理を施すことによつて、前述のような組織、硬さを有する合金鋳鉄層を摺動面に形成することができる。
なお前述の熱処理後は、適宜研削加工、研磨加工等の機械加工を行なつて最終的にシリンダヘツド製品に仕上げれば良い。」(4欄20行ないし8欄9行)

d)「実施例
[実施例 1]
2400c.c.デイーゼル機関用4気筒シリンダヘツドを製造するにあたつて、先ずJIS FC25鋳鉄にてシリンダヘツド粗形材を通常の方法により鋳造した。次いで第1図に示すようにシリンダヘツド粗形材1のインテークおよびエキゾーストのバルブシート部2を下加工し、その部分に、150?350メツシユの純Cr粉末をポリビニルアルコールをバインダとして混練したものを塗布し、乾燥後、TIGアークにより合金化・チル化処理を行なつた。この処理の条件は、平均電流75A、送り速度3mm/secとし、流速12/minのアルゴンガスをシールドガスとして用いた。この処理によつて、バルブシート部に深さ1.1mm、Cr濃度1.5重量%の合金化・チル化層が形成された。次いで各バルブシート部に、高周波誘導加熱装置を用いて1000℃×3分間加熱した後空冷する熱処理を施した。
以上の処理によつてバルブシート部に、Cr1.5重量%を含有しかつ金属組織が塊状黒鉛+8%の残留セメンタイト+パーライト基地からなり、硬さHvが360のCr合金化鋳鉄層が形成された。その状態の概要を第2図に示す。第2図において3が合金化鋳鉄層を示す。またこの合金化鋳鉄層の金属組織写真を第4図に示す。
なお上述の熱処理後には仕上げ加工を施した。その仕上げ加工後のバルブシート部付近の概要を第3図に示す。なお仕上げ加工後の合金化鋳鉄層3の深さは0.8mmである。
[実施例 2]
実施例1におけるCr粉末の代りに、Mo粉末(150?350メツシユ)を用いた点以外は、実施例1と同じ方法、条件にて合金化・チル化処理および熱処理を行なつた。
その結果、バルブシート部に、Moを1.3重量%含有しかつ金属組織が塊状黒鉛+2.5%の残留セメンタイト+パーライト基地からなる、硬さHv310のMo合金化鋳鉄層が形成された。その合金化鋳鉄層の金属組織写真を第5図に示す。なお仕上げ加工後のMo合金化鋳鉄層の深さは0.8mmである。」(8欄10行ないし9欄7行)

e)「発明の効果
この発明の鋳鉄製内燃機関用シリンダヘツドにおけるバルブシート面は、所定の合金化鋳鉄層を形成したことによつて、耐摩耗性に優れると同時に相手バルブフエース面に対する攻撃性も少なく、しかも耐熱性、加工性にも優れるとともに欠けも防止できるなど、種々の優れた性能を発揮し得る。またこの発明のシリンダヘツドは、本体部分は普通鋳鉄などの鋳造性、加工性に優れた鋳鉄を用いることができるため、鋳造性や加工性を損わずかつコスト的にも特に不利とはならない。さらにこの発明のシリンダヘツドは、バルブシート面に従来の一般的な焼結合金インサート材を用いた場合と異なり、バルブシート面の合金化鋳造層が本体部分と一体に連続しているため、その間で熱障壁が生じることなく、バルブシート付近における冷却性が改善され、従来よりも内燃機関の高出力化が可能となり、さらにインサート材を用いた場合よりも製造工程が簡略化されてコスト低減をもたらすことができる。そしてまたこの発明のシリンダヘツド製造方法によれば、前述のように優れたバルブシート面性能を有する鋳鉄製シリンダヘツドを実質的に低コストで製造することができる。」(10欄7ないし30行)

(2)上記(1)及び図面の記載から分かること
a)上記(1)a)ないしd)及び第1ないし3図の記載(特に、上記(1)c)の6欄21行ないし7欄13行及び上記(1)d)の記載)によれば、内燃機関に使用される鋳鉄製シリンダヘッドの製造方法において、内燃機関に使用される鋳鉄製シリンダヘッドのインテークバルブとエキゾーストバルブの摺動部となるバルブシート部2に、モリブデンの粉末、バナジウムの粉末、タングステンの粉末、またはクロムの粉末を金属粉末として、これらいずれか一つの金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物を塗布することが分かる。
ここで、上記(1)d)には、バインダーとしてポリビニルアルコールを用いることが記載されているところ、溶剤が用いられていることは明らかである。

b)上記(1)a)ないしd)及び第1ないし3図の記載(特に、上記(1)c)の6欄21行ないし7欄13行の記載)によれば、内燃機関に使用される鋳鉄製シリンダヘッドの製造方法において、バルブシート部2の混合物を塗布して乾燥させた塗膜にレーザ光を照射し、金属粉末が加熱溶融されて、バルブシート部2の表面に、耐磨耗性のある合金層を形成することが分かる。
ここで、上記(1)c)の6欄36ないし38行に記載された、「レーザ」の「高密度エネルギ」がレーザ光であることは明らかである。
そして、バルブシート部2の混合物を塗布して乾燥させた塗膜にレーザ光を照射し、金属粉末が加熱溶融されるところ、上記(1)c)における「すなわち、シリンダヘツド本体における特に耐摩耗性、耐熱性が要求されるバルブフエースの表面に、前述のような炭化物形成元素の1種または2種以上もしくはそれらの合金、あるいはそれらの1種以上とFeとの合金を配置し、その上からレーザ、電子ビーム、プラズマアーク、TIGアーク等の高密度エネルギを照射することにより、表面に配置されたCr,Mo等の炭化物形成元素やそれらを含む合金とその下側の鋳鉄母材表面層とを瞬時に急速溶融させて鋳鉄に対しCr,Mo等の炭化物形成元素を合金化し、続いてそのエネルギ照射位置の移動もしくは照射停止によりその溶融した合金層を瞬時に急速凝固させる。」(6欄31ないし末行)という記載によれば、金属粉末は鋳鉄母材表面層と共に加熱溶融されるのであるから、金属粉末が加熱溶融されてバルブシート部及びバルブシート部とシリンダヘッドとの界面部分で焼結及び拡散が促進されることは明らかである。
また、加熱溶融される金属粉末が、モリブデン、バナジウム、タングステン、クロム等の炭化物形成元素からなるものであるから、バルブシート部2の表面に、MC系炭化物を生成するとともに、MC系炭化物をシリンダヘッドに対して接合し、耐磨耗性のある合金層が形成されることも明らかである。

(3)引用発明
上記(1)及び上記(2)を総合して、本願補正発明の表現に倣って整理すると、引用刊行物には、次の事項からなる発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認めることができる。
「内燃機関に使用される鋳鉄製シリンダヘッドのインテークバルブとエキゾーストバルブの摺動部となるバルブシート部2に、モリブデンの粉末、バナジウムの粉末、タングステンの粉末、またはクロムの粉末を金属粉末として、これらいずれか一つの金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物を塗布し、
前記バルブシート部2の前記混合物を塗布して乾燥させた塗膜にレーザ光を照射し、前記金属粉末が加熱溶融されてバルブシート部及びバルブシート部とシリンダヘッドとの界面部分で焼結及び拡散が促進されることにより、
前記バルブシート部2の表面に、MC系炭化物を生成するとともに、MC系炭化物をシリンダヘッドに対して接合し、耐磨耗性のある合金層を形成する内燃機関に使用される鋳鉄製シリンダヘッドの製造方法。」

3.対比
本願補正発明(以下、「前者」ともいう。)と引用発明(以下、「後者」ともいう。)とを、その機能、構造又は技術的意義を考慮して対比する。
・後者における「内燃機関に使用される鋳鉄製シリンダヘッド」又は「シリンダヘッド」は、前者における「内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッド(15)」又は「シリンダヘッド(15)」に相当し、以下同様に、「インテークバルブ」は「吸気バルブ(16)」に、「エキゾーストバルブ」は「排気バルブ(17)」に、「バルブシート部2」は「バルブシート部(19)」に、「合金層」は「合金層(21)」に、「内燃機関に使用される鋳鉄製シリンダヘッドの製造方法」は「内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドのバルブシート部の表面硬化処理方法」に、それぞれ相当する。

・後者における「モリブデンの粉末、バナジウムの粉末、タングステンの粉末、またはクロムの粉末を金属粉末として」は、前者における「モリブデンとカーボンの混合粉末、バナジウムとカーボンの混合粉末、タングステンとカーボンの混合粉末、またはクロムとカーボンの混合粉末を金属粉末として」に、「モリブデンを用いた粉末、バナジウムを用いた粉末、タングステンを用いた粉末、またはクロムを用いた粉末を金属粉末として」という限りにおいて、相当する。

・後者における「前記バルブシート部2の前記混合物を塗布して乾燥させた塗膜にレーザ光を照射し」は、前者における「前記バルブシート部(19)の前記混合物を塗布して乾燥させた塗膜の上に、黒鉛粉末をシンナーで希釈した吸収剤(10)を塗布被覆して塗膜を形成し、前記吸収剤(10)の塗膜を乾燥させた後、該塗膜にレーザ光(8)を照射し」に、「バルブシート部の前記混合物を塗布して乾燥させた塗膜にレーザ光を照射し」という限りにおいて、相当する。

したがって、両者は、
「内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドの吸気バルブと排気バルブの摺動部となるバルブシート部に、モリブデンを用いた粉末、バナジウムを用いた粉末、タングステンを用いた粉末、またはクロムを用いた粉末を金属粉末として、これらいずれか一つの金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物を塗布し、
前記バルブシート部の前記混合物を塗布して乾燥させた塗膜にレーザ光を照射し、前記金属粉末が加熱溶融されてバルブシート部及びバルブシート部とシリンダヘッドとの界面部分で焼結及び拡散が促進されることにより、
前記バルブシート部の表面に、MC系炭化物を生成するとともに、MC系炭化物をシリンダヘッドに対して接合し、耐磨耗性のある合金層を形成する内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドのバルブシート部の表面硬化処理方法。」の点で一致し、以下の点で相違している。

[相違点1]
モリブデンを用いた粉末、バナジウムを用いた粉末、タングステンを用いた粉末、またはクロムを用いた粉末を金属粉末とすることに関し、本願補正発明においては、「モリブデンとカーボンの混合粉末、バナジウムとカーボンの混合粉末、タングステンとカーボンの混合粉末、またはクロムとカーボンの混合粉末を金属粉末と」するのに対して、引用発明においては、「モリブデンの粉末、バナジウムの粉末、タングステンの粉末、またはクロムの粉末を金属粉末と」する点(以下、「相違点1」という。)。

[相違点2]
バルブシート部の混合物を塗布して乾燥させた塗膜にレーザ光を照射することに関し、本願補正発明においては、「前記バルブシート部(19)の前記混合物を塗布して乾燥させた塗膜の上に、黒鉛粉末をシンナーで希釈した吸収剤(10)を塗布被覆して塗膜を形成し、前記吸収剤(10)の塗膜を乾燥させた後、該塗膜にレーザ光(8)を照射」するのに対して、引用発明においては、「前記バルブシート部の前記混合物を塗布して乾燥させた塗膜にレーザ光を照射」するものである点(以下、「相違点2」という。)。

4.判断
上記相違点について検討する。
(1)相違点1について
モリブデンとカーボンの混合粉末、バナジウムとカーボンの混合粉末、タングステンとカーボンの混合粉末、またはクロムとカーボンの混合粉末を金属粉末として、これを金属母材に塗布して形成した塗膜に、レーザ光を照射して、金属母材に金属の炭化物層を形成することは、本件出願前に周知の技術(以下、「周知技術1」という。必要であれば、特開昭61-296976号公報(特に、2ページ右下欄1行ないし4ページ右下欄18行及び第1ないし9図)、特開平3-13585号公報(特に、2ページ右上欄8行ないし3ページ左下欄5行及び第1ないし3図)及び特開平1-242786号公報(特に、2ページ左上欄1行ないし5ページ右上欄10行及び第1図)を参照。)である。
そして、周知技術1は、金属の炭化物層を金属母材に対して能率良く、また、密着力が強くなるように形成することを可能とするものであり(特開昭61-296976号公報の2ページ右下欄1行ないし3ページ左上欄11行、特開平3-13585号公報の3ページ右上欄15ないし末行及び特開平1-242786号公報の5ページ右上欄2ないし10行を参照。)、そのようなことは、引用発明においても、当然に考慮されるべきことであるから、引用発明において、周知技術1を適用し、バルブシート部2(バルブシート部)に、モリブデンとカーボンの混合粉末、バナジウムとカーボンの混合粉末、タングステンとカーボンの混合粉末、またはクロムとカーボンの混合粉末を金属粉末として、これらいずれか一つの金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物を塗布するようにして、上記相違点1に係る本願補正発明の発明特定事項とすることは、当業者が容易になし得たことである。

(2)相違点2について
原査定の拒絶の理由に引用された特開昭61-149424号公報(特に、2ページ左下欄11行ないし3ページ左上欄15行)にもみられるように、 被加熱部材の上に、黒鉛を用いたレーザー光を吸収する材料を塗布被覆して塗膜を形成し、該塗膜にレーザ光を照射することにより被加熱部材を加熱することは、本件出願前に周知の技術(以下、「周知技術2」という。他に必要であれば、特開昭62-207883号公報(特に、2ページ右上欄15行ないし同ページ左下欄18行)を参照。)であり、周知技術2により、レーザー光の照射による被加熱部材の加熱を効率よく行えることは明らかである。
また、塗膜を形成する際に、塗膜を形成する材料の粉末をシンナーで希釈した塗布剤を塗布被覆して乾燥させることは、本件出願前に慣用技術である。
そして、引用発明において、バルブシート部2に金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物を塗布して乾燥させた塗膜を、効率よく加熱することは当然に考慮されるべきことであるから、周知技術2及び慣用技術に基づいて、バルブシート部2(バルブシート部)の金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物を塗布して乾燥させた塗膜の上に、黒鉛粉末をシンナーで希釈した塗布剤(吸収剤)を塗布被覆して塗膜を形成し、前記塗布剤の塗膜を乾燥させた後、該塗膜にレーザ光を照射するようにして、相違点2に係る本願補正発明の発明特定事項とすることは、当業者が容易になし得たことである。

そして、本願補正発明は、全体としてみても、引用発明、周知技術1、周知技術2及び慣用技術から予測される以上の格別な効果を奏するものではない。
したがって、本願補正発明は、引用発明、周知技術1、周知技術2及び慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

〔4〕むすび
以上のとおり、本件補正は、改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。


第3 本願発明について
1.本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので、本件出願の請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)は、平成25年9月13日に提出された手続補正書における特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものである。(「第2[理由]〔1〕(A)」を参照。)

2.引用刊行物
原査定の拒絶の理由に引用された引用刊行物及びその記載事項、並びに、引用発明は、前記「第2[理由]〔3〕2.」に記載したとおりである。

3.対比・判断
本願発明は、前記「第2[理由]〔3〕」で検討した本願補正発明において、「モリブデンとカーボンの混合粉末、バナジウムとカーボンの混合粉末、タングステンとカーボンの混合粉末、またはクロムとカーボンの混合粉末を金属粉末として、これらいずれか一つの金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物」という発明特定事項を、「金属粉末とバインダー及び溶剤を混合した混合物」として、混合物における金属粉末の限定事項を削除し、また、「耐磨耗性のある合金層(21)」という発明特定事項を、「合金層(21)」として、合金層(21)の機能の限定を削除したものに相当する。
そして、本願発明の発明特定事項を実質的に全て含む本願補正発明が、上記第2[理由]〔3〕に記載したとおり、引用発明、周知技術1、周知技術2及び慣用技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるところ、本願発明と引用発明とを対比すると、両者は実質的に、上記第2[理由]〔3〕3.対比で示した相違点2の点でのみ相違するのであるから、本願発明は、引用発明、周知技術2及び慣用技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本件出願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-01-26 
結審通知日 2015-01-27 
審決日 2015-02-10 
出願番号 特願2012-257132(P2012-257132)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F02F)
P 1 8・ 121- Z (F02F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 赤間 充  
特許庁審判長 伊藤 元人
特許庁審判官 金澤 俊郎
槙原 進
発明の名称 内燃機関用鋳鉄製シリンダヘッドのバルブシート部の表面硬化処理方法  
代理人 矢野 寿一郎  

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