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審決分類 |
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K |
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管理番号 | 1303705 |
審判番号 | 不服2012-21361 |
総通号数 | 189 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2015-09-25 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2012-10-29 |
確定日 | 2015-07-29 |
事件の表示 | 特願2008-525132「インスリン産生細胞の機能を保持する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 2月 8日国際公開、WO2007/016600、平成21年 1月29日国内公表、特表2009-503093〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯 本願は、2006年8月1日(パリ条約による優先権主張 2005年8月1日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、平成24年6月26日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成24年10月29日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。 その後、当審において、平成26年7月2日付けで拒絶理由が通知され、これに対し、平成27年1月8日に意見書が提出されるとともに、同日付けで手続補正がなされた。 2.本願発明 本願の請求項1?54に係る発明は、平成27年1月8日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?54に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は次のとおりのものである。 「【請求項1】 インスリン関連性疾患を有するインスリン非依存性患者のインスリン産生細胞を保持するためのインスリン含有組成物であって、 前記患者は、ハネムーン期の1型糖尿病、およびインスリン産生細胞移植体レシピエントからなる群から選択され、 前記組成物の少なくとも1つの用量が少なくとも1ヶ月の間食事の開始時に前記患者に投与され、 前記組成物は投与後約30分以内に少なくとも60mU/Lのピーク血清インスリンレベルを誘起し、そして 前記インスリン産生細胞の機能を保持する、 ことを特徴とする組成物。」 3.当審において通知された拒絶理由 一方、当審において通知された拒絶理由は、以下のとおりのものである。 「1.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。 2.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 記 1.2.について 請求項1?54 本願発明は、インスリン関連性疾患を有するインスリン非依存性患者のインスリン産生細胞を保持するためのインスリン含有組成物であって、前記患者は、ハネムーン期の1型糖尿病、およびインスリン産生細胞移植体レシピエントからなる群から選択される組成物、に関する発明であるから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるためには、上記組成物が、上記患者において、インスリン産生細胞を保持するという薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされている必要がある。 そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討するに、該発明の詳細な説明には、上記組成物が、上記患者において、インスリン産生細胞を保持するという薬理作用をもたらすことを裏付けるに足る薬理試験結果の記載は見いだせない。 すなわち、該発明の詳細な説明には、実施例1?5と題する記載があるが、これらの記載は、いずれも、上記患者とは異なる患者である、2型又は1型糖尿病の患者に関するものであって、仮に、上記組成物がこれら2型又は1型糖尿病の患者にインスリン産生細胞を保持するという薬理作用をもたらすことが明らかにされているとしても、そのことにより、ハネムーン期の1型糖尿病、およびインスリン産生細胞移植体レシピエントからなる群から選択されるインスリン非依存性患者にも同じ薬理作用をもたらすことが明らかにされているといえる理由を見いだせない。この点について審判請求人は、当審の審尋に対する回答書の中で、 「一方、ハネムーン期の1型糖尿病患者、インスリン産生細胞移植体レシピエント、及び、2型糖尿病患者では、共通して、初期相のインスリン放出は不十分であり、その結果、第二相のインスリン放出の効果が薄くなります([0022]、[0045]、[0059]をご覧下さい)。 ・・・ ハネムーン期の1型糖尿病患者、及び、インスリン産生細胞移植体レシピエントは、2型糖尿病患者と同様の食後インスリンプロファイルを示しますので、上述の2型糖尿病患者の結果は、ハネムーン期の1型糖尿病患者、及び、インスリン産生細胞移植体レシピエントにも適用し得るものです。」 と主張するが、ハネムーン期の1型糖尿病患者、インスリン産生細胞移植体レシピエント、及び、2型糖尿病患者のいずれもが、初期相のインスリン放出は不十分であることや同様の食後インスリンプロファイルを示すこと、を明らかにする薬理試験結果の記載を本願明細書中に見いだせないし、これらのことが本願出願時の技術常識に属するものであるといった事情も見いだせないから、上記主張は根拠がないものであって採用できない。 しかも、上記実施例1?5は、上記組成物が2型又は1型糖尿病の患者にインスリン産生細胞を保持するという薬理作用をもたらすことを裏付けるに足るものではない。 すなわち、実施例1では、2型糖尿病患者に、TECHNOSPHERE(登録商標)/インスリン(以下、「TI」という。)、又は、TECHNOSPHERE(登録商標)/プラセボを12週間投与し、TI投与群の方がHbA1cの低下の程度が大きいことが記載されているが、インスリンを投与すれば、インスリン産生細胞を保持できるかどうかに関わりなく、血糖値を下げることができ、血糖値を下げることを続けていれば、HbA1cも低下するのは、当然のことであるから、インスリン産生細胞を保持するという薬理作用が明らかにされているとはいえない。 また、実施例2では、2型糖尿病患者において、TIが、皮下注射によるインスリンに比較してTmaxが小さいなど、より早く効くことが記載されているが、インスリン産生細胞を保持するという薬理作用が明らかにされているとはいえない。 また、実施例3では、2型糖尿病患者において、TIが血中グルコースレベルを用量依存的に低下させたことや一日中iPi(完全プロインスリン)レベルを抑制したことが記載されているが、インスリン産生細胞を保持するという薬理作用が明らかにされているとはいえない。実施例3の末尾には「そこで第一相インスリン反応の速やかな発現および短い持続時間を模する吸入TIの使用は、インスリン産生細胞に対するストレスを減らすはずである。これは全体的β細胞機能、内因性グルコースホメオスタシス、および残留および移植β細胞の寿命を改善することができる。」なる記載はあるが、実施例3のデータからこの記載のような結論を導出し得る根拠が明らかでないから、この記載によっても、TIが2型糖尿病患者においてインスリン産生細胞を保持するという薬理作用を示すことを当業者が認識できる、とはいえない。 また、実施例4では、2型糖尿病モデルのラットにTIやインスリン皮下注射を投与し、「・・・β細胞量を評価した。」とか「増殖およびアポトーシス指数も・・・評価される。」とか「TI群における・・・β細胞寿命は、・・・示される。糖尿病への亢進は、・・・評価される。」とした記載はあるが、実際に評価した結果については何ら記載されていない。 また、実施例5では、1型糖尿病モデルのマウスにTIやインスリン皮下注射を投与し、「・・・β細胞量を評価した。」とか「増殖およびアポトーシス指数も・・・評価される。」とか「TI群における・・・β細胞寿命は、・・・示される。糖尿病への亢進は、・・・評価される。」とした記載はあるが、実際に評価した結果については何ら記載されていない。 そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明には、上記組成物が、上記患者において、インスリン産生細胞を保持するという薬理作用をもたらすことを当業者が認識できるに足る記載がなされているとはいえない。 また、本願発明は、上述のとおりの組成物の発明であるから、その課題は、上記患者において、インスリン産生細胞を保持するという薬理作用を示すことにほかならない。 しかしながら、先に説示したように、本願明細書の発明の詳細な説明には、上記組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされているとはいえないし、上記組成物が上記薬理作用を示すことは本願出願時の技術常識に属する事項であったというような、上記薬理試験結果の記載がなされていなくても上記組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。 そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載や出願時の技術常識に照らし、当業者が本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえないから、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、明細書のサポート要件に適合するものとはいえない。 」 4.判断 4-1 特許法第36条第4項に規定する要件(いわゆる実施可能要件)について 本願発明は、上述のとおり、組成物の発明であるから、特許法第2条第3項第1号にいう物の発明である。また、物の発明における実施には、その物の使用をする行為が含まれる。そして、本願発明におけるその物の使用とは、上記組成物を「ハネムーン期の1型糖尿病、およびインスリン産生細胞移植体レシピエントからなる群から選択され」る「インスリン関連性疾患を有するインスリン非依存性患者」に投与し、かつ、該患者において「インスリン産生細胞を保持する」という薬理作用をもたらすことにほかならない。そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるためには、上記組成物を上記患者に投与する際に必要な投与量、投与方法、製剤化方法に加え、上記組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされている必要がある。 そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討するに、該発明の詳細な説明には、上記組成物を上記患者に投与し、かつ、上記患者において「インスリン産生細胞を保持する」という薬理作用をもたらすことに関して、以下の(ア)?(カ)の記載がある。 (ア)「1型糖尿病は、膵臓のインスリン産生細胞(β細胞)が体自体の免疫系によって破壊される結果として起きる。これは結局は完全なインスリンホルモン欠乏症を起こす。しかし発病直後の期間中、大部分の患者は“ハネムーン”期を通過する。初期相インスリン放出はなくなっても、残りのβ-細胞がまだ機能しており、若干のインスリンを産生し、それは第二相動態において放出される。」(【0013】) (イ)「膵島移植体レシピエントで得られる血糖コントロールは、インスリン治療で、および食事療法と運動によって得られるものより一般的にすぐれている。・・・静脈内グルコース注入によって急性第一相インスリン反応を起こす際、移植に成功した患者の膵島は健常者に比較して著しく低いインスリンピークを示す。」(【0021】) (ウ)「(発明の概要) ハネムーン期の1型糖尿病、・・・および膵島移植患者における膵臓への負担を減らし、インスリン産生細胞の寿命を延長するために有用な方法および組成物が提供される。この方法の実施形態は、血清プロインスリンレベルを十分に減らしおよび/またはグルコース可動域を十分にコントロールする量のインスリンを使用して、食事関連性初期相インスリン反応を模する様態でインスリンを投与することを含む。初期相動態を模して、投与後・・・約30分以内にピーク血清インスリンレベルに到達させることができる。・・・一実施形態において、インスリン治療を必要とする患者にインスリンを食事時間に投与する・・・。・・・好ましい実施形態において、・・・とインスリンとの錯体の乾燥粉末組成物を吸入させることによって、肺内デリバリーが実現する。・・・好ましい投与量は・・・と錯化したインスリンまたはその同等物約15?90IUの範囲、または24IUより多い量である。」(【0023】) (エ)「本発明に使用されるように、生理的食事性初期相インスリン放出・・・を模することは、必ずしも生理的反応の全ての特徴を正確に複製することであるとは述べていない。・・・それはインスリン濃度のスパイクが食事開始と確実に調和し得る方法を述べることもできる。」(【0068】) (オ)「膵臓への負担は1および2型糖尿病の亢進および膵島移植体の機能喪失の原因であると考えられる。そこで膵臓への負担を減らす方法が、これら患者集団のインスリン産生細胞の機能および寿命を改善すると思われる。初期相放出を模するインスリンデリバリー法を用いて、この反応の欠如によって起きる多くの異常を緩和することができ、それによって随伴するストレス(類)を減らすことができる。食事の開始時にインスリン濃度のスパイクを生成することにより、β細胞はこの要求から免れ、その他のインスリン要求(すなわち第二相および基礎的インスリン)をより容易に供給できるようになる。」(【0079】) (カ)「(実施例1) (2型糖尿病患者における吸入TECHNOSPHERE(登録商標)/インスリンの効果および安全性に関する無作為化二重盲検プラセボ対照研究) 小型の肺吸入器によって運搬されるTECHNOSPHERE(登録商標)乾燥粉末肺インスリンは、正常な食事関連性の第一相または初期相インスリン放出を模するバイオアベイラビリティを有する。この多施設、無作為化、二重盲検、プラセボ対照研究は食事療法または経口剤治療では十分にコントロールされない2型真性糖尿病患者(HbA1c>6.5%?10.5%)で行われた。合計123名の患者が参加し、治療に同意した119名の患者集団(ITT)を1:1に無作為化し、ヒトインスリン(rDNA由来)6?48単位を含む単位量投与カートリッジから食事時吸入TECHNOSPHERE(登録商標)/インスリンを投与するか、または吸入TECHNOSPHERE(登録商標)/プラセボ(PBO)を投与した。 【0090】 グリコシル化ヘモグロビンA1c(HbA1c)の結果をあらかじめ決めた統計分析プランによって、一次効果集団(PEP、ブラインド化する前に、最小量投与および糖尿病薬同時投与の調整なし、などを含む研究の要求事項に合う人々であることが確認された集団)について、PEPサブグループA(ベースラインHbA1c6.6?7.9%の人々)について、PEPサブグループB(ベースラインHbA1c8.0?10.5%の人々)について、並びにITTについて分析した。これらの結果を表1にまとめる。この個々の用量研究において、活性治療群で各食事前に使用したTIの平均用量は約30単位、PEPサブグループAでは28単位、そしてPEPサブグループBでは33.5単位であった。 【0091】 (表1) 【0092】 【表1-1】 【0093】 【表1-2】 TI群には重症低血糖の症状はあらわれなかった。Dlco、FEV1および総肺胞容積を含む肺機能テストは、TI治療患者の値と彼らのベースライン値との間に、またはPBOを投与した結果と比較して、有意差は示されなかった。12週間の投与期間中、TIでインスリン抗体が誘発される証拠はなかった。 【0094】 (実施例2) (ヒトにおいて速やかにバイオアベイラブルに吸入されるインスリンの初期相インスリン反応を模することは、より緩徐なバイオアベイラビリティを有するインスリンと比較して食後のグルコース排出を加速する。) 2型糖尿病の12名の患者群におけるイソグリセミック・クランプ中の、時間とインスリン濃度とグルコース排出速度との関係を研究した。各患者に24IU(国際単位)の皮下インスリン(アクトラピド(登録商標)、ノボノルディスク社(Novo Nordisk))または48UのTECHNOSPHERE(登録商標)/インスリン(TI、マンカインド社(MannKind Corporation))を別々の日にクロスオーバーデザインで投与した。グルコース排出速度(GIR)は540分間の研究期間中、120mg/dLの安定血中グルコースを維持するために必要なグルコース注入量によって測定した(図3)。 【0095】 48単位のTIはインスリンの平均最大濃度(Cmax)114.8±44.1(平均値±SD)をもたらし、最大濃度に達するまでの中間時間(Tmax)は15分であった。その一方で24IU皮下インスリン(SC)は150分のTmaxで63±10.1mU/LのCmaxを示した。TECHNOSPHERE(登録商標)/インスリンは45分で最大GIR値、3.33±1.35mg/分/kg、に達し、その時点にSCでは1.58±1.03に過ぎず、255分前にはほぼ一定のインスリン濃度であるにもかかわらず最大値3.38+1.45に達しなかった。最大インスリン効果に達すると、濃度?効果関係はTIおよびSCで同じであった。180分で、TIではグルコース処理は326±119mg/kgまたは全体の61%、SCでは330±153mg/kg(全体の27%)であった。 【0096】 初期相インスリン反応と同様なインスリン濃度の早い急激な増加は最大のグルコース排出速度をもたらす。48単位のTIは45分以内に最大効果に達した。その一方で34IUのSCが同様な効果に達するのには270分かかった。この現象は2種類のインスリン型の用量-効果関係の差によって生ずるものではなく、TECHNOSPHERE(登録商標)/インスリンによって提供されるより速やかな生体適合性インスリンに対して、ある時間にわたるインスリン濃度の増加分がより小さい場合の反応の差を反映するものである。これが食後グルコースコントロールに対して影響するかも知れない。 【0097】 また、投与後3時間には48UのTIと24IUのSCが同じグルコース低下効果をあらわした。しかしSC投与では総グルコース低下効果の1/3未満が得られた。もしも食事後3時間に食事性インスリン量で正常血糖の目標値に達するならば、SCインスリンの残りの大きなグルコース低下効果は、TIに比較して遅い食後低血糖のリスクを増加させるかも知れない。 【0098】 皮下注射用の既存のインスリン組成物に関する一つの問題は、吸収の予想し難い変動、および血清インスリンレベルの上昇が約6分以内にピークに達する生理的食事関連性第一相インスリン反応に比較して遅いこと、である。そのため食事に代わるインスリン組成物の好ましい動態は、速やかで早期の作用開始および食事関連性グルコース吸収をカバーする十分長い作用持続時間を含むものである。肺TECHNOSPHERE(登録商標)/インスリンは、この機能を失った糖尿病患者において初期相インスリン反応を模することによってこの要求に合致する。膵島移植患者はまだ第一相インスリン反応をあらわさない処置ずみ糖尿病患者集団である。膵島移植患者にTECHNOSPHERE(登録商標)/インスリンを投与すると第一相様インスリン反応は回復し、それによって膵臓への負担は減り、移植細胞の寿命は改善される。 【0099】 (実施例3) (肺インスリンによるヒトの治療は血清プロインスリンレベルを下げる) TECHNOSPHERE(登録商標)/インスリン(TI)の吸入は第一相反応に比較して血清インスリンの上昇をもたらす。この研究ではTIの薬物動態および完全プロインスリン(iPi)放出に与えるその影響を研究した。2型糖尿病の24名の患者に異なる4種類のインスリン量、すなわち組換えレギュラーヒトインスリン 0、12IU、24IU、または48IUのいづれかの量を含むTECHNOSPHERE(登録商標)ベースを別々の日に、標準食の開始5分後に投与した。血中グルコース(BG)、血清インスリンおよび血清iPiを各食事開始前(0分)、各食事開始後60および120分に測定した。 【0100】 TIはBGレベルを用量依存的に低下させた。昼食の60分後、BG(mg/dL)(±SD)はプラセボで183.2(±44.4);12IUで170.8(±30.5)(p=0.266);24IUで156.3(±31.9)(p=0.020)および48IUで132.6(±29.1)(p<0.001)であった。全投与量は吸入後60分では血清インスリンの上昇をおこしたが(p<0.05)、吸入後120分では増加はなかった。24IUおよび48IUインスリンを担持したTIの投与はその日1日中のあらゆる時点でiPiレベルを抑制した(p<0.05)。そこで第一相インスリン反応の速やかな発現および短い持続時間を模する吸入TIの使用は、インスリン産生細胞に対するストレスを減らすはずである。これは全体的β細胞機能、内因性グルコースホメオスタシス、および残留および移植β細胞の寿命を改善することができる。 【0101】 図3はジケトピペラジン/インスリン粒子の肺内投与後のプロインスリンレベルの変化を時間に対して描いたものである。 【0102】 (実施例4) (肺インスリンで治療した糖尿病性脂肪ラットにおけるβ細胞の評価) 糖尿病性脂肪ラットは2型糖尿病のモデルである。2つの系統、ZDFおよびWDFが入手できる。WDF系統に高スクロース食を約1週間食べさせることによって糖尿病を起こすことができる。或いはZDFラットでは齢約13週に糖尿病が自発的に発生する。 【0103】 20匹づつの3群を、インスリン皮下注射、TI肺内吸入または空気の肺内吸入のいづれかで毎日処置する。投与は期待される糖尿病発生の1週間前に始める。用量はヒトの用量に同等の量に近づくように選択されるが、まだ糖尿病でない動物に重症または生命に危険を及ぼす低血糖を誘起する量よりは少ない量である。動物たちは血液測定をする前の一晩は絶食させるが、それ以外は随意に食べさせる。 【0104】 体重を1週間に1度測定する。血清の血中グルコース測定は1週間に2回行われる。糖尿試験は週に3回行う。250mg/dLより多い尿中グルコースレベルの場合は、糖尿病発生を確認するためにその後2日間グルコメータ試験を行う。糖尿病発生が確認されると、動物を24-48時間以内に殺す。インスリン、完全プロインスリンおよびC-ペプチドを投与前の血液試料で測定し、投与中の生存時血液試料では毎週1回測定し、最後の血液試料で測定する。投与前および生存中の血液試料を対にして、グルコース単回投与の直前および3-5分後に採取し、第一相インスリン放出を評価することができる。殺してから、全ての動物から膵臓を回収し、10%ホルマリンで固定した。膵臓組織を処理してヘモトキシリンおよびエオシン(H&E)染色し、β細胞量を評価した。増殖およびアポトーシス指数も免疫組織化学(IHC)によって評価される。 【0105】 TI群における減少したストレスおよび長くなったβ細胞寿命は、より大きいβ細胞量、より高い増殖マーカーの発現、より低いアポトーシス指数、糖尿病への亢進の遅延および糖尿病発現の遅延によって示される。糖尿病への亢進は、時の経過につれて血中グルコース、インスリンおよびC-ペプチドが上昇すること;完全血清プロインスリンの欠如またはレベル低下;および第一相インスリン放出の喪失の遅れから評価される。 【0106】 (実施例5) (肺インスリンで治療したNODマウスのβ細胞の評価) NOD(非肥満性糖尿病)マウスは1型糖尿病のモデルである。糖尿病は齢約12-14週に自発的に発生する。バラツキは雄よりも雌の方が小さい。 【0107】 40匹の雌マウスの3群をインスリン皮下注射、TI吸入、または空気吸入のいづれかを毎日行って処置した。期待される糖尿病発生の前に、齢10週で投与を始める。用量はヒトの用量の同等量に近いように選択されるが、まだ糖尿病でない動物に重症または生命に危険のある低血糖を起こすよりは少ない量である。動物たちは血液測定をする前の一晩は絶食させるがそれ以外は随意に食べさせる。 【0108】 体重を毎週測定する。血清中グルコース測定を週に2回行う。糖尿試験は週に3回行う。250mg/dLより多い尿中グルコースレベルの場合は、糖尿病発生を確認するためにその後2日間グルコメータ試験を行う。糖尿病発生が確認されると、動物たちを24-48時間以内に殺す。インスリンおよびC-ペプチドを投与前血液試料から測定し、等しい間隔を置いた2つの投与中生存時血液試料および最後の血液試料を測定する。投与前および生存中の試料を対にして、グルコース単回投与の直前および3-5分後に採取し、第一相インスリン放出を評価することができる。殺してから、全ての動物から膵臓を回収し、10%ホルマリンで固定した。膵臓組織を処理してH&E染色し、β細胞量を評価した。増殖およびアポトーシス指数も免疫組織化学(IHC)によって評価される。 【0109】 TI群における減少したストレスおよび延長したβ細胞寿命は、より多いβ細胞量、増殖マーカーのより高い発現、より低いアポトーシス指数、糖尿病への亢進および糖尿病発現の遅延となって示される。糖尿病への亢進は、時の経過につれて血中グルコースレベルの上昇、インスリンおよびC-ペプチドの低下、および第一相インスリン放出の喪失の遅れから評価される。」(【0089】?【0109】) 上記(ア)?(カ)の記載によれば、上記組成物を上記患者に投与する際に必要な投与量、投与方法や製剤化方法は、上記(ウ)に記載されているといえるものの、上記組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る薬理試験結果の記載は見いだせない。この点について更に詳述すると、まず、上記(ア)及び(イ)には、各々、1型糖尿病の発病直後の期間中、ハネムーン期にある患者は、初期相インスリン放出はなくなっている旨、及び、静脈内グルコース注入によって急性第一相インスリン反応を起こす際、移植に成功した患者の膵島は健常者に比較して著しく低いインスリンピークを示す旨が記載されているが、これらの事項を裏付けるに足る薬理試験結果、又は、これらの事項が本願発明の出願時の技術常識に属することを明らかにする文献は記載されていない。また上記(ウ)、(エ)及び(オ)は、単に本願発明の概要を説明したり、本願発明の発明者の考えを述べるものであるから、上記組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載であるとはいえない。そして上記(カ)は、実施例1?5と題する記載であるが、これについては、当審において通知された上記拒絶理由において説示したとおりである。 また、上記組成物が上記薬理作用を示すことは本願発明の出願時の技術常識に属する事項であったというような、上記薬理試験結果の記載がなされていなくても上記組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。 そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載には、上記組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされているとはいえない。 この点について審判請求人は、上記意見書において、 「(5)そして、ハネムーン期の1型糖尿病患者、インスリン産生細胞移植体レシピエント、及び、2型糖尿病患者のいずれもが、同じ食後インスリンプロファイル、即ち、食事後の不十分な初期相インスリン放出を示すことは、以下の周知文献1-3に示すように周知でした。周知文献1-3の発行は、それぞれ、1995年、2002年、2003年ですので、本願の出願日である2006年より前です。周知文献1-3の原文は、「5.周知文献」の項に添付しましたので、必要でしたら、ご覧ください。 (6)周知文献1は、1型糖尿病が進行しつつある患者(即ち、本願のハネムーン期の1型糖尿病患者に相当)においてグルコースへの急性インスリン応答(即ち、本願の初期相インスリン放出)が減少することを開示しています。 (7)周知文献2の図4Aは、インスリン産生細胞移植体レシピエントにおいて、グルコースの静脈注射後の急性インスリン応答が低いことを開示しています。このことは、インスリン産生細胞移植体レシピエントの食後の初期相インスリン放出が正常者よりも低く不十分であることを示しています。」 と主張する。 しかしながら、まず第一に、上記周知文献1及び2は、各々、Metabolism, Clinical and Experimental 及びDIABETESという学術雑誌の記事であるところ、学術雑誌は、一般に、研究者が新たな研究成果や考察内容を投稿するものであり、発行当時の最先端の知見を掲載するものであるから、1本の学術雑誌の記事に掲載された事項であることをもって、該事項が直ちに技術常識であるとはいえない。してみると、審判請求人が周知であったと主張する上記のことも、上記周知文献1及び2に記載された事項であることをもって、直ちに本願発明の出願時の技術常識であるとはいえない。 また、審判請求人は、上記周知文献1に記載される、1型糖尿病が進行しつつある患者が、即ち、本願のハネムーン期の1型糖尿病患者に相当する、と主張しているが、周知文献1に記載される被験者は、 1)抗膵島細胞抗体(ICA)陽性で、後にI型糖尿病又は耐糖能異常(IGT)に進行した9人の被験者(以下、「進行者」という。) 2)ICA陽性でリスクのある患者だけど、I型糖尿病に進展しなかった64人の被験者 3)やはり病気になっていない、365人のICA陰性の、糖尿病患者の親類 4)89人のコントロール被験者 であり、審判請求人は、上記1)の被験者を、本願のハネムーン期の1型糖尿病患者に相当する、と主張しているものと推認されるが、上記1)の被験者は、「後にI型糖尿病又は耐糖能異常(IGT)に進行した」なる事項から明らかなとおり、1型糖尿病等の発病前の被験者である。これに対し、本願発明にいうハネムーン期の1型糖尿病は、本願明細書の上記(ア)の記載から明らかなように、発病直後の一時期のこととされている。してみると、上記周知文献1に記載される、1型糖尿病が進行しつつある患者が、即ち、本願のハネムーン期の1型糖尿病患者に相当する、という上記主張も採用できない。 さらには、仮に、ハネムーン期の1型糖尿病患者、インスリン産生細胞移植体レシピエント、及び、2型糖尿病患者のいずれもが、同じ食後インスリンプロファイル、即ち、食事後の不十分な初期相インスリン放出を示すことが本願発明の出願時の技術常識であったとしても、2型糖尿病とハネムーン期の1型糖尿病及びインスリン産生細胞移植体レシピエントは、原因及び予後が異なる疾患又は状態であるから、食事後の不十分な初期相インスリン放出を示す点で共通しているからといって、2型糖尿病患者のインスリン産生細胞を保持する組成物が、ハネムーン期の1型糖尿病患者やインスリン産生細胞移植体レシピエントのインスリン産生細胞を保持するとはいえない。 なお、審判請求人は、上記意見書においてさらに、「念の為、拒絶査定の引用文献1-10に周知文献1-3を加えても、本願発明が進歩性を有することを説明します。」と主張し、続いてその説明をしているが、仮に、本願の優先日前に頒布された刊行物である周知文献1?3に基づいて、審判請求人が主張するような技術常識が本願の優先日前から存在したことが認められ、その結果、本願明細書に記載上の不備がないと認められるのであれば、本願発明は、拒絶査定の引用文献1である特表2007-517892号公報に記載された「2型糖尿病における食事に関連した生理学的第1段階インスリン応答を模倣する方法であって、該方法は、処置されるべき2型糖尿病を選択する工程、および食事に関連した生理学的第1段階インスリン応答を模倣する様式でインスリンを投与する工程、を包含する、方法」(【請求項1】)に使用されるインスリンの肺用処方物(【請求項11】)であって「β細胞機能・・・を改善し得る。」(【0024】)とされるものの発明と上記技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであると認められる点、付言する。 したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。 4-2 特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆるサポート要件)について 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり、本願明細書のサポート要件の存在は、本願出願人すなわち審判請求人が証明責任を負うと解するのが相当である。 ここで、本願発明は、上述のとおりの「ハネムーン期の1型糖尿病、およびインスリン産生細胞移植体レシピエントからなる群から選択され」る「インスリン関連性疾患を有するインスリン非依存性患者」における「インスリン産生細胞を保持する」ための組成物の発明であるから、その課題は、該患者においてインスリン産生細胞を保持するという薬理作用をもたらすことにほかならない。 しかしながら、4-1で説示したように、本願明細書の発明の詳細な説明には、上記組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるに足る記載がなされているとはいえないし、上記組成物が上記薬理作用を示すことは本願発明の出願時の技術常識に属する事項であったというような、上記薬理試験結果の記載がなされていなくても上記組成物が上記薬理作用を示すことを当業者が認識できるといえる、格別の事情も見いだせない。 そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲や、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし本願発明の課題を解決できると認識できる範囲は存在しないものとするほかはないが、それにもかかわらず、本願明細書の特許請求の範囲には本願発明が記載されているから、本願明細書の特許請求の範囲の記載は、明細書のサポート要件に適合するものとはいえない。 5.むすび 以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができない。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2015-02-25 |
結審通知日 | 2015-03-03 |
審決日 | 2015-03-16 |
出願番号 | 特願2008-525132(P2008-525132) |
審決分類 |
P
1
8・
537-
WZ
(A61K)
P 1 8・ 536- WZ (A61K) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 宮坂 隆 |
特許庁審判長 |
内藤 伸一 |
特許庁審判官 |
川口 裕美子 齋藤 恵 |
発明の名称 | インスリン産生細胞の機能を保持する方法 |
代理人 | 木村 満 |
代理人 | 森川 泰司 |
代理人 | 桜田 圭 |
代理人 | 雨宮 康仁 |
代理人 | 毛受 隆典 |
代理人 | 美恵 英樹 |