• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特39条先願 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09C
管理番号 1306824
審判番号 不服2013-12134  
総通号数 192 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-06-26 
確定日 2015-10-14 
事件の表示 特願2008-512400「カーボンブラックおよびこれを含むポリマー」拒絶査定不服審判事件〔平成18年11月23日国際公開、WO2006/124773、平成20年11月20日国内公表、特表2008-540806〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件審判請求に係る出願(以下「本願」という。)は、特許法第184条の3第1項の規定により、2006年 5月16日(パリ条約による優先権主張:2005年 5月17日(US)米国)の国際出願日にされたものとみなされる国際特許出願であって、以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成19年11月16日 国内書面(願書)提出
平成19年12月18日 翻訳文(明細書等)提出
平成21年 3月 5日 出願審査請求
平成24年 1月27日付け 拒絶理由通知
平成24年 5月29日 意見書・手続補正書
平成25年 2月21日付け 拒絶査定
平成25年 6月26日 本件審判請求
同日 手続補正書
平成25年 7月 4日付け 前置審査移管
平成25年 9月 3日付け 前置報告書
平成25年 9月 6日付け 前置審査解除
平成25年10月 8日付け 審尋
平成26年 1月 9日 回答書
平成26年 5月16日付け 拒絶理由通知
平成26年10月 8日 意見書・手続補正書

第2 平成26年5月16日付け拒絶理由通知について
当審は、平成26年5月16日付けで拒絶理由を通知したが、その拒絶理由通知書の内容の概略は以下のとおりのものである。

「第3 拒絶理由
しかるに、本願は以下の拒絶理由を有するものである。

理由1:本願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備であるから、特許法第36条第6項の規定を満たしていない。
理由2:本願は、明細書の発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備であるから、特許法第36条第4項第1号の規定を満たしていない。
理由3:本願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
・・(中略)・・


I.理由1について
・・(中略)・・
2.特許法第36条第6項第1号(いわゆる「明細書のサポート要件」)について

(1)本願発明の解決課題
本願発明の解決課題は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載(【0002】?【0003】)からみて、「より低い充填量でABS等のポリマーコンパウンド中において黒色度及び青色同等の色味を好ましく与え、さらに衝撃強さ等の機械特性および表面外観等の特性の許容できるバランスを与え維持するための許容できるレベルまで分散可能なカーボンブラック」の提供にあるものと認められる。

(2)本願明細書の発明の詳細な説明の記載内容
・・(中略)・・
(3)検討
なお、上記本願の請求項1に記載された規定を具備するカーボンブラックが、上記課題に対応する効果を奏するであろうと当業者が認識することができる技術常識が存するものとも認められない。
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載では、たとえ技術常識に照らしたとしても、本願の請求項1に記載された規定を具備する発明が、上記課題を解決することができるであろうと当業者が認識することができるものとはいえない。
したがって、本願請求項1に係る発明は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものとは認められない(必要ならば知財高裁平成17年(行ケ)10042号判決参照)。

(4)小括
以上のとおりであるから、本願請求項1及び同項を引用する請求項2ないし27の記載では、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するものではない。

3.理由1のまとめ
以上のとおり、本願の請求項1ないし27の記載は、特許法第36条第6項第1号・・の規定に適合するものではないから、本願は、同法同条同項(柱書)に規定する要件を満たしていない。

II.理由2について
・・(中略)・・
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載では、上記課題に対応する効果を奏するという技術的意義を有する本願発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものということはできない(知財高裁平成23年(行ケ)10251号判決参照)。
したがって、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

III.理由3及び4について
上記I.のとおり、本願請求項1の記載では、発明が明確でないが、理由3及び4につき判断するにあたり、同請求項に記載されたとおりであるとして判断を行う。
(なお、請求項11及び同項を引用して記載した各請求項については、下記2.(6)を参照されたい。)

引用刊行物:
・特表2004-527625号公報(原審における「引用文献1」)
(以下、上記文献を「引用例」という。)
・・(後略)」

第3 当審の判断
当審の上記拒絶理由通知に対して、指定期間内に意見書及び手続補正書が提出されたので、その補正された本願につき上記「第3 拒絶理由」で示した各理由と同様の理由が存するか否か再度検討を行う。

I.本願の請求項1に記載された事項
上記平成26年10月8日付けで手続補正された特許請求の範囲の請求項1には、以下の事項が記載されている。
「以下の特徴、
(a)ヨウ素吸着量が265mg/gから600mg/g;
(b)DBP吸収量が40から90cc/100g;
(c)窒素表面積/統計的厚さ表面積の比が、1.40から1.70;および
(e)水拡張圧値が21.5mJ/m^(2)以下、
を含んでなる、カーボンブラック。」
(以下の検討において、上記請求項1に記載された事項で特定される発明を「本願発明」という。)

II.各理由についての検討

1.上記「理由1」(特許法第36条第6項に係る理由)について
特許法第36条第6項第1号(いわゆる「明細書のサポート要件」)について検討する。

(1)本願発明の解決課題
本願発明の解決課題は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載(【0002】?【0003】)からみて、「より低い充填量でABS等のポリマーコンパウンド中において黒色度及び青色同等の色味を好ましく与え、さらに衝撃強さ等の機械特性および表面外観等の特性の許容できるバランスを与え維持するための許容できるレベルまで分散可能なカーボンブラック」の提供にあるものと認められる。

(2)本願明細書の発明の詳細な説明の記載内容

ア.実施例(比較例)に係る部分以外の部分(【0001】?【0077】)について
本願明細書の発明の詳細な説明のうち実施例(比較例)に係る部分以外の部分の記載につき検討すると、本願請求項1における「(a)ヨウ素吸着量」、「(b)DBP吸収量」、「(c)窒素表面積/統計的厚さ表面積の比」及び「(e)水拡張圧値」なる各物性値を規定することにより、上記課題に対応する「ポリマーコンパウンド中」における「色味」、「機械特性」及び「表面外観」などの特性に係る効果の発現の有無について、その作用機序に係る事項が記載されていない。
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明のうち実施例(比較例)に係る部分以外の部分の記載からみて、当業者が上記課題に対応する各効果の発現の有無につき認識できるものとは認められない。

イ.実施例(比較例)に係る部分(【0078】?【0082】)について
本願明細書の発明の詳細な説明のうち実施例(比較例)に係る部分の記載につき検討すると、「CB“X”」、「CB“Y”」、「CB“A”」、「CB“B”」及び「CB“C”」の全ての実験例につき請求項1における「(b)DBP吸収量」の物性に係る規定を具備するものであるところ、それら5者の各カーボンブラックをそれぞれ0.5%使用した場合を対比すると、前2者を使用した場合には「(a)ヨウ素吸着量」、「(c)窒素表面積/統計的厚さ表面積の比」及び「(e)水拡張圧値」のいずれの物性についても請求項1における規定を具備せず、後3者を使用した場合には、「(a)ヨウ素吸着量」、「(c)窒素表面積/統計的厚さ表面積の比」及び「(e)水拡張圧値」の各物性につきいずれも請求項1における規定を具備するものと認められる(【表1】の「分析データ」参照)。
そして、各実験例の結果となる性能データ(【表1】の「ABS性能データ」参照)につき対比すると、「CB“Y”」を使用した場合はさておき、「CB“A”」、「CB“B”」及び「CB“C”」を使用した場合に、従来技術である「CB“X”」を使用した場合に比して、「コンパウンドL^(*)」(この数値が小さい方が黒色度が高いことが当業者に自明である。)については優れるものの、「コンパウンドb^(*)」(この数値が小さい方が青みが強いことは当業者に自明である。)、「(非)切り欠き衝撃強さ」及び「プレスアウト分散等級」についてはいずれも有意に劣るものと認められ、それらの各特性のバランスについても格段の相違が存するものでもない(「コンパウンドL^(*)」の改善に伴いその他の特性が犠牲となってバランスをとっているといえる。)から、請求項1における規定を具備する「CB“A”」、「CB“B”」及び「CB“C”」を使用した場合が、同規定を具備しない「CB“X”」を使用した場合に比して、上記課題に対応する効果(特に各特性のバランスに係る効果)を特に奏するものと当業者が客観的に認識することはできない。

(3)検討
また、上記本願の請求項1に記載された規定を全て具備するカーボンブラックが、いずれかの規定を具備しないカーボンブラックに比して、上記課題に対応する格別な効果を奏するであろうと当業者が認識することができる技術常識が、本願出願前(優先日前)に存するものとも認められない。
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載では、たとえ本願出願前の当業者の技術常識に照らしたとしても、本願の請求項1に記載された規定を具備する発明が、上記課題を解決することができるであろうと当業者が認識することができるものとはいえない。
したがって、本願請求項1に係る発明は、本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものとは認められない(必要ならば知財高裁平成17年(行ケ)10042号判決参照)。

(4)理由1のまとめ
以上のとおり、本願の請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するものではないから、本願は、同法同条同項(柱書)に規定する要件を満たしているものではない。

2.上記「理由2」(特許法第36条第4項第1号に係る理由)について
上記1.でも示したとおり、本願発明の解決課題は、「より低い充填量でABS等のポリマーコンパウンド中において黒色度及び青色同等の色味を好ましく与え、さらに衝撃強さ等の機械特性および表面外観等の特性の許容できるバランスを与え維持するための許容できるレベルまで分散可能なカーボンブラック」の提供にあるものと認められるところ、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても、本願の各請求項に記載された事項で特定される本願発明が、上記課題に対応する効果を従来技術に比して特に奏するものと認識することはできないものと認められる。
また、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を更に検討すると、実施例(比較例)に係る記載からみて、「CB“X”」なるカーボンブラックを0.75重量%含有する場合につき、同一のカーボンブラックを0.5重量%含有する場合に比して、コンパウンドL^(*)は増大するものの、衝撃強さ及びプレスアウト分散等級が大きく低下しているから、本願発明のカーボンブラック(「CB“A”」、「CB“B”」及び「CB“C”」)であっても、0.5重量%を超えて(例えば本願請求項1における0.5超?1.5重量%の範囲で)使用量を増加させた場合、本願発明の上記解決課題に対応する効果(例えば請求項11において「(a)」及び「(b)」とされる物性など)を奏し得ない蓋然性が極めて高いものと理解するほかはない。
してみると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載では、上記課題に対応する効果を奏するという技術的意義を有する本願発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものということはできない(必要ならば知財高裁平成23年(行ケ)10251号判決参照)。
したがって、本願は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

3.上記「理由3」(特許法第29条に係る理由)について

引用刊行物:
・特表2004-527625号公報(原審における「引用文献1」)
(以下、上記文献を「引用例」という。)

(1)引用例の記載事項
上記引用例には、以下の事項が記載されている。

(a)
「【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体ビヒクル及び400m^(2)/g以上のt-面積を有する炭素生成物を含んで成る、コーティング組成物。
・・(中略)・・
【請求項4】
前記炭素生成物がカーボンブラックである、請求項1に記載のコーティング組成物。
【請求項5】
前記炭素生成物が400m^(2)/g?600m^(2)/gのt-面積を有する、請求項1に記載のコーティング組成物。
【請求項6】
前記炭素生成物が400m^(2)/g?500m^(2)/gのt-面積を有する、請求項5に記
載のコーティング組成物。
【請求項7】
前記炭素生成物がさらに60?150cc/100gのDBPAを有する、請求項1に記載のコーティング組成物。
【請求項8】
前記炭素生成物がさらに80?120cc/100gのDBPAを有する、請求項7に
記載のコーティング組成物。
・・(後略)」

(b)
「【技術分野】
【0001】
本発明は、液体ビヒクル及び400m^(2)/g以上のt-面積を有する炭素生成物を含んで成るコーティング組成物に関する。さらに本発明は、液体ビヒクル及び350m^(2)/g以上のt-面積を有する修飾炭素生成物を含んで成るコーティング組成物に関する。」

(c)
「【0004】
コーティング組成物の顔料は不透明度及び色を与える。顔料の量及び種類は最終フィルムの光沢のような特性を調節し、その機械的な特性に関して重要な効果を有することができる。いくつかの顔料は腐食を抑制さえする。さらに、顔料は粘性に作用して、コーティングの適用特性を向上させる。炭素生成物及び特にカーボンブラックは、コーティングの適用に用いられる共通顔料である。
【0005】
コーティング組成物における炭素生成物の性能を決定する重要な変量は表面積である。コーティング組成物における炭素生成物の表面積が大きくなるほど、結果として得られるコーティングの着色性能はよくなる(例えば、“Black Pearls(登録商標)1400、Monarch(登録商標)1400:優れた高級カラーカーボンブラック”と題したキャボットコーポレーションの技術レポートS-140を参照)。粒子サイズと逆の相関にある表面積は、光沢、漆黒度(jetness)及び青の度合いのような特性に影響することが公知である。
【0006】
いくつかの異なる表面積の測定法がある。1つの共通の技術は、炭素の表面上に吸収できるプローブ材料の量を測定することである。典型的なプローブ分子は(BET法として公知の)窒素、ヨウ素及び臭化セチルトリメチルアンモニウム(CTAB)である。
【0007】
異なるプローブ分子は異なる表面積の値につながり、炭素表面の異なる態様を反映することができる。例えば、CTAB及びヨウ素の表面積は、炭素表面の化学的性質に依存している。同じ粒子サイズを有する2つのカーボンブラックは、それら表面の化学的性質が異なる場合には、非常に異なるCTAB及びヨウ素の値を有する。さらにまた、BET表面積は顔料の多孔度に依存している。炭素表面は一般に細孔を含む。それゆえ、(BET法によって測定される)顔料の全表面積は、(細孔からの)その内部表面積とその外部表面積との総和である。したがって、2つの顔料が同様に同じ粒子サイズを有する場合でも、それらの多孔度によって非常に異なるBET表面積を有する場合がある。(統計的厚さ表面積又はSTSAとして公知でもある)t-面積は、炭素生成物の外部表面積のみの測定値であり、BET値から多孔度(内部表面積)の値を減ずることによって算出される。結果として、炭素生成物のt-面積は常にBET値よりも小さい。」

(d)
「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように、コーティング供給業者の目的は、最良の全体的な着色特性を有するコーティングを提供することである。一般には、より小さい粒子の顔料がこれらの結果を得るために所望とされる。しかしながら、より小さい粒子サイズの(より高表面積の)顔料はまた、コーティング組成物の粘性における上昇につながる。さらに及び恐らくより重要には、顔料の粒子サイズ及び表面積は、コーティング組成物への顔料の分散性に変化をもたらす。コーティングを製造する際に、全てではないにしても、ほとんどの顔料粒子が個々の粒子に分離される安定した分散を達成するような方法で、顔料を分散させることが望ましい。顔料を分散させるメカニズムは、湿潤、分離及び安定化を必要とする。顔料の表面積が大きくなるほど、顔料を湿らせることが困難になり、それゆえコーティング組成物に用いられるビヒクル中に顔料を分散させることが困難になる。顔料の分散が乏しいとコーティング特性の低下を招く。分散の安定性は不利を招く場合もある。高表面積の顔料は、時に安定した分散及びそれゆえ十分な着色性能を得るために、(摩砕などの)高エネルギー処理を必要とする。これらの理由のために、商業的に入手可能な高級カラーコーティング用顔料は、表面積と分散の品質及び安定性との最良の歩み寄りを与えるよう設計される。」

(e)
「【0017】
1つの実施態様においては、本発明のコーティング組成物は400m^(2)/g以上のt-面積を有する炭素生成物を含んで成る。上述のように、(統計的厚さ表面積又はSTSAとして公知でもある)t-面積は、プローブ材料として窒素を用いて測定される炭素生成物の外部表面積である。したがって、t-面積はBET表面積-(マイナス)多孔度(内部表面積)である。好ましくは、本発明のコーティング組成物の炭素生成物は、400?600m^(2)/gのt-面積を有し、より好ましくはt-面積は400?500m^(2)/gである。
【0018】
400m^(2)/g以上のt-面積を有する任意の炭素生成物が本発明のコーティング組成物に使用できるが、さらには、規定のDBPA(フタル酸ジブチル吸着)値を有するものが好ましい。DBPAは炭素生成物の構造又は分岐の尺度である。構造が大きくなるほど、一般には炭素生成物の分散性がよくなる。しかしながら、構造が大きくなるほど、コーティング組成物の粘性が高くなる。さらに、より大きな構造は一般には乏しい着色性能、即ち、より低い光沢及び漆黒度につながる。したがって、本発明のコーティング組成物に用いる好ましい炭素生成物は、60?150cc/100gのDBPA値を有する。最も好ましくは、さらに80?120cc/100gのDBPA値を有する炭素生成物である。
【0019】
好適な炭素生成物の例は、黒鉛、カーボンブラック、ガラス状炭素、炭素繊維、活性木炭及び活性炭を含むがそれに限定されない。炭素は結晶質又は非結晶質型でもよい。最終的には上記の微細な形状が好ましく、さらに異なる炭素の混合物を利用することもできる。これらの炭素生成物のうち、カーボンブラックが好ましい。」

(f)
「【0039】
本発明のコーティング組成物は、当業者に公知の任意の技術を用いて調製できる。したがって、例えば、炭素生成物は高速混合機及び/又は粉砕機において、液体ビヒクル及び他のコーティング成分と組合せることができる。本発明のコーティング組成物に用いられる炭素生成物の量は、結果として得られるコーティングの所望の性能に依存している。一般には、これらのコーティング組成物は炭素生成物などの顔料を約30wt%まで含んで成る。炭素生成物の量は、漆黒度、粘性及び分散安定性などの特性を最適にするよう調整できる。
【0040】
本発明のコーティング組成物は、例えば自動車のトップコートなど、さまざまな異なる最終用途の適用に用いられ、改善された全体的な性能特性を有するコーティングを与えることができる。本発明のコーティング組成物に用いられる炭素生成物は高t-面積を有し、コーティング組成物に容易に分散され、改善された漆黒度及び青の度合いのコーティングを得ることができる。このことは以下の例によってさらに明確にされるが、この例は単に本発明の例示であることを意図している。
【実施例】
【0041】
以下の例で使用及び試験されるカーボンブラックの特性を下の表1に示す。これらのブラックのそれぞれについて、BET表面積をASTMの手順D-3037に従って測定し、t-面積をASTMの手順D-5816に従って測定し、DBPAをASTMの手順D-2414に従って測定して、硫黄含有量をASTMの手順D-1619に従って測定した。
【0042】
【表1】


・・(中略)・・
【0044】
これらの条件のもとで、カーボンブラック生成物を約170lbs/hの速度で回収した。プロセス全体の燃焼率は約60%と測定された。結果として得られたカーボンブラック生成物CB-Bの特性を上の表1に示す。
・・(中略)・・
【0046】
[例1及び例2]
コーティング組成物を調製するために以下の一般的な手順に従った。
【0047】
十分な撹拌を備えた高速のDisperMatミキサーにおいて、酢酸ブチル29.1g中にDisperByk 161(30%)(BYK-ケミーから商業的に入手可能なブロックコポリマー分散剤)65gを前もって混合することによりミルベースを調製した。そのミルベースに所望の炭素生成物CB-A又はCB-Bを20g添加し、2000rpmで2分間とした。最後に、Setalux 27-1597(80%)(アクゾ・ノベルから入手可能なハイソリッドアクリル樹脂)80gをこの混合物に添加して、4000rpmで10分間とした。次いで、ケイ酸ジルコニウムのビーズ(0.6?0.8mm)を用いて、室温で20分間、10.8m/sの先端速度で混合物をEigerミルによって再循環した。
【0048】
このミルベースを含有する塗料調合物は、十分な撹拌を備えた容器において、すべてのミルベースを580gのSetalux 27-1597及び220gのCymel 202(サイテックインダストリーズから商業的に入手可能なアミド樹脂)と混合することによって調製した。粘性は、#4フォードカップを通して30秒の流れを得るよう(シェルから入手可能な)Aromatic 100を用いて調節した。
【0049】
ベースコートは、冷間圧延鋼の上にこの塗料調合物をスプレーし、室温で20分間フラッシュ乾燥して、華氏300度で20分間強制乾燥することによって調製した。コーティングの特性を測定して、それを下の表2に示す。
【0050】
ベースコート/クリアコートはまた、冷間圧延鋼の上にこの塗料調合物をスプレーし、室温で10分間フラッシュ乾燥することによって調製した。次いで、アクリル系クリアコートをこのベースコート上にスプレーし、室温でさらに20分間空気乾燥させ、最後に、華氏300度で20分間強制乾燥させた。このベースコート/クリアコートの特性を測定して、それを下の表3に示す。
【0051】
[比較例1?5]
さらに、表1の炭素生成物を用いて比較例1?5を調製するために、例1及び例2のコーティング組成物を調製するのに用いた手順に従った。その結果も同様に下の表2及び表3に示す。
【0052】
【表2】


【0053】
ハンター色彩計をL(漆黒度)、a(赤の度合い)及びb(青の度合い)の値を測定するのに用いた。より低いL値はより高レベルの漆黒度を意味し、一方で、a値がbに対して負になるにつれて、青の度合いが強くなる。McはL、a及びbから算出できる色依存性ブラック値(color-dependent black value)である。より高いMc値も同様により高レベルの漆黒度を示す。
【0054】
【表3】


【0055】
上の表2及び表3に記載される結果から理解できるように、高t-面積のブラックを含むコーティングは、より低いt-面積のブラックを含むコーティングと同様の結果を与えた。例えば、例1のコーティングは比較例1と類似のL、a、b、Mc及び光沢の値を与え、例2は比較例2?5と類似の結果を与えた。
【0056】
上の例においては、分散剤の含量が最適ではなかったことに注意することが重要である。配合者は、典型的には顔料の表面積(例えば、顔料のt-面積)に基づいて顔料の分散必要量を算出する。例1及び例2においては、CB-A及びCB-Bに用いられた分散剤の含量は、比較例1?5と同じであった。しかしながら、当業者は、比較例のブラックに比べてこれら高t-面積のブラックが、同じ分散剤の要件に達するのにより多くの分散剤を必要とするとわかるであろう。下の表4は、使用した分散剤の活性含量がブラックの表面積に基づいていることを示している。FW-200と比較すると、比較例3よりも例1及び例2において、平方メートル当たり少ない分散剤が用いられたことを知ることができる。したがって、比較例3で用いられた所望のレベルに達するには、例1及び例2において追加の分散剤を必要とする。必要な追加の分散剤はまた、FW-200と同じ分散剤のレベルを得るために必要とされる、結果としての全分散剤含量とともに表4に示される。
【0057】
【表4】


【0058】
これらの分散剤含量が上記のコーティングを調製するのに用いられた場合(即ち、分散剤含量が用いられる特定のカーボンブラックについて最適であった場合)、高t-面積のブラックを含むコーティングは、改善された漆黒度とより強い青の基調色を有するよう示されるであろうと理解される。例1及び例2について結果として得られるMc値は、少なくとも10の位の数以上増加し、それによって向上した漆黒度を有するコーティング組成物になると期待される。
【0059】
結果として、本明細書で説明される炭素生成物を含むコーティング組成物は、さまざまなコーティング用途において高い着色性能、並びに良好な機械的及び適用特性を提供することが見出された。」

(2)引用例に記載された発明
上記引用例には、400m^(2)/g以上のt-面積を有し、当該炭素生成物が60?150cc/100gのDBPA、すなわちDBP吸収量を有するカーボンブラックなどの炭素生成物及び当該炭素生成物を含有するコーティング組成物が記載されており(摘示(a)参照)、当該コーティング組成物が改善された漆黒度とより強い青の基調色を有するコーティングを与えることも記載されている(摘示(c)【0005】並びに摘示(f)【0040】及び【0058】など参照)。
そして、上記引用例には、当業者の技術常識として、表面積の測定に用いられるプローブ分子(吸着材料)としてBET法で用いられる窒素及びヨウ素が挙げられており、BET表面積が、顔料の多孔度に依存し、外部表面積と(孔部の)内部表面積との総和になっていること及び上記「t-面積」が統計的厚さ表面積(STSA)であって、上記外部表面積のみの測定値であることも記載され、炭素生成物のt-面積は常にBET表面積よりも小さいことが記載されている(摘示(c)【0006】?【0007】参照)。
また、上記引用例には、実験例(実施例又は比較例)につき、「CB-B」、「M1400」、「Ultra 2」及び「Ultra 3」なる名称又は商品名のカーボンブラック20gをそれぞれ使用し、分散剤として「DisperByk」なる商品名のポリマー湿潤分散剤19.5g(65g×30%)及び「Setalux」なる商品名のハイソリッドアクリル樹脂64g(80g×80%)を含むカーボンブラックを19重量%程度(対固形分比)含むミルベース組成物及び当該ミルベース組成物を「Setalux」なる商品名のハイソリッドアクリル樹脂464g(580g×80%)及び「Cymel」なる商品名のメラミン樹脂系架橋剤220gと所要量の溶剤により希釈してなるコーティング組成物が記載されており、当該コーティング組成物(固形分濃度として約5重量%のカーボンブラックを含有するものと認められる。)により乾燥塗膜を構成した場合に1.3以下のL値(本願でいう「L^(*)」と同義と認められる。)が得られること及び上記「CB-B」及び「M1400」の場合には、DBPA、すなわちDBP吸収量が90cc/100g以下であることも記載されている(摘示(f)【0041】?【0055】)。
なお、上記「CB-B」、「M1400」、「Ultra 2」及び「Ultra 3」なる名称又は商品名のカーボンブラックを使用した場合の「t-面積」及び「BET」の各物性値からみて、BET/t-面積の比は、1.48?1.68の範囲にあるものと認められ、当該「BET/t-面積の比」は、本願発明でいう「窒素表面積/統計的厚さ表面積の比(N2SA/STSA)」に相当するものと認められる。
してみると、上記引用例には、
「以下の特徴、
(a)DBP吸収量が60から150cc/100g;
(b)窒素表面積/統計的厚さ表面積の比が、1.48から1.68;
を有するカーボンブラック」
に係る発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものといえる。

(3)本願発明との対比・検討
本願発明と引用発明とを対比すると、両者は、
「以下の特徴、
(b)DBP吸収量が60から90cc/100g;
(c)窒素表面積/統計的厚さ表面積の比が、1.48から1.68;
を含んでなる、カーボンブラック」
の点で明らかに一致し、下記の2点で一応相違している。

相違点1:本願発明では、「(a)ヨウ素吸着量が265mg/gから600mg/g」であるのに対して、引用発明では、ヨウ素吸着量につき特定されていない点
相違点2:本願発明では「(e)水拡張圧値が21.5mJ/m^(2)以下」であるのに対し、引用発明では、「水拡張圧値」につき特定されていない点

しかるに、上記相違点1につき検討すると、上記引用例にも記載されている(摘示(c)【0006】?【0007】参照)とおり、表面積の測定に用いられるプローブ分子(吸着材料)としてBET法で用いられる窒素及びヨウ素はいずれも当業者に周知慣用されているものであり、窒素を用いたBET法による表面積とヨウ素吸着表面積に則したヨウ素吸着量との間には、技術常識からみて、概して正の相関関係が存するものと理解せざるを得ない。
そして、本願明細書の発明の詳細な説明(特に表1「分析データ」の欄)を参酌すると、「m^(2)/g」単位で表された窒素表面積と「mg/g」単位で表されたヨウ素吸着量とは、略同一かヨウ素吸着量の方が若干大きい数値となるものと理解することができるから、引用例に記載されたBET表面積326?603m^(2)/gのカーボンブラックであれば、330?600mg/g程度のヨウ素吸着量を有する蓋然性が極めて高いものと理解するほかはない。
また、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を更に検討すると、上記1.及び2.でも説示したとおり、本願発明のヨウ素吸着量に係る事項を具備しない「CB“X”」を使用した場合であっても本願発明に係る「CB“A”」、「CB“B”」及び「CB“C”」を使用した場合と効果上の格別な差異は存していないのであるから、上記ヨウ素吸着量の範囲を「265mg/gから600mg/g」に規定した点に格別な技術的意義が存するものともいえない。
してみると、上記相違点1は、実質的な相違点であるとはいえない。

次に、上記相違点2につき、本願明細書の発明の詳細な説明の記載(表1「ABS性能データ」)を参酌しつつ検討すると、上記1.及び2.でも説示したとおり、本願発明の「水拡張圧」に係る事項を具備しない「CB“X”」を使用した場合であっても、本願発明に係る「CB“A”」、「CB“B”」及び「CB“C”」を使用した場合に比して、効果上の格別な差異が存していないのであるから、本願発明における「水拡張圧値が21.5mJ/m^(2)以下」に規定した点に格別な技術的意義が存するものともいえない。
してみると、上記相違点2についても実質的な相違点であるとはいえない。

したがって、本願発明は、引用発明と実質的に同一であり、上記引用例に記載された発明であるというほかはない。

(4)理由3についてのまとめ
以上のとおりであるから、本願発明は、上記引用例に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

4.請求人の主張
なお、請求人は、平成26年10月8日付け意見書において、以下の(A)ないし(C)の主張を行っている。

(A)上記「理由1」につき、
「本願審判請求人は、上記の補正により、請求項1において、(a)ヨウ素吸着量の下限値を265mg/gとし、また(e)水拡張圧値を21.5mJ/m^(2)以下とする補正を行いました。
本願明細書の段落0079に「”A” ”B”および”C”として特定される本発明の3つのカーボンブラック」と記載したとおり、本願実施例で示したカーボンブラック”A”、”B”および”C”は本願発明のカーボンブラックです。従って、CB”A”は、従来技術として記載したものではなく、比較例でもありません。
そして、CB”A”、CB”B”およびCB”C”は、表1に示したように、ヨウ素吸着量、DBP吸収量、窒素表面積/統計的厚さ表面積の比、および水拡張圧値の各特性において、本願請求項1の範囲に包含されるものであり、一方で、比較例として示したCB”X”およびCB”Y”は、それらのいずれかの特性値において、本願請求項1の範囲から外れるものです。
従って、本願明細書の実施例に示した本願発明の例と比較例のデータを参酌すれば、当業者は、本願発明の構成によってもたらされる本願発明の効果を、客観的に認識することができるものと思料します。」(「(4-2)特許法第36条第6項第1号(いわゆる「明細書のサポート要件」)について」の欄)との主張。
(B)上記「理由2」につき、
「本願明細書の表1に示されているように、比較例のCB”X”およびCB”Y”のカーボンブラックは、Terlon L*値は、本願発明の範囲ですが、窒素表面積/統計的厚さ表面積の比、すなわちそれぞれ1.23と1.12は、本願請求項1で規定する範囲から著しく低い値であって、その範囲外であり、ヨウ素吸収量および水拡張圧においても、本願請求項1で規定する範囲から外れるものです。これらの比較例と本願発明のカーボンブラックを対比して観れば、本願発明のカーボンブラックによって達成することができる特性のバランスを得るという課題は、従来技術からは決して得られるものではないことが理解されるものと思料します。
更に、本願明細書の表1の「ABS性能データ」を参照すれば、本願発明による特性値を有するカーボンブラック、すなわち、CB”A”、CB”B”およびCB”C”のうちの1つ、を含むABSポリマーは、所望の黒色度値(コンパウンドL*)、好適な切り欠きアイゾッド衝撃強さおよびプレスアウト試験におけるコンパウンド分散等級を示しており、これらは本願請求項11の規定に合致するものです。これに対して、それらとは異なる窒素表面積/統計的厚さ表面積の比や水拡張圧を有する比較例のCB”X”およびCB”Y”のカーボンブラックを含むポリマーは、本願請求項11で規定する特性値のバランスを有していません。すなわち、比較例のポリマーは、本願請求項11に規定する特性値の内、コンパウンド黒色度、切欠き衝撃強さ、プレスアウト分散等級のいずれかの項目において、本願請求項11の規定を満足しないものです。
一方、審判官殿は、CB”X”のカーボンブラックを0.75重量%含有する場合と、同一のカーボンブラックを0.5重量%含有する場合を比較して、コンパウンドL*は増大するものの、衝撃強さ及びプレスアウト分散等級が大きく低下しているから、本願発明のカーボンブラックであっても、0.5重量%を超えて使用量を増加させた場合、本願発明の上記解決課題に対応する効果(例えば請求項11において「(a)」及び「(b)」とされる物性など)を奏し得ない蓋然性が極めて高いものと理解するほかはない、と述べられています。
しかしながら、上記のCB”X”のカーボンブラックやCB”Y”のカーボンブラックとは、上記で説明したように、本願発明のカーボンブラック、例えば、本願明細書の表1のCB”A”、CB”B”およびCB”C”とは、表1に示したデータから明らかなように、その構造が異なるものです(例えば、両者の間では、窒素表面積/統計的厚さ表面積の比が著しくことなっています)。従って、CB”X”のカーボンブラックを0.5質量%含むポリマーとそれを0.75質量%含むポリマーとの衝撃強さなどの値の比較に基づいて、本願発明のカーボンブラックにおいても、使用量を増加させた場合に、本願発明の上記解決課題に対応する効果(例えば請求項11において「(a)」及び「(b)」とされる物性など)を奏し得ない蓋然性が極めて高いとすることは、合理的ではなく、根拠がないものと思料します。
本願明細書のカーボンブラックCB”X”を0.75質量%含有するポリマーのデータは、本願発明のカーボンブラックでは、0.5質量%の含有量であっても、従来技術のカーボンブラックポリマーの黒色度(コンパウンドL*値)と同等か、またはそれより優れた黒色度が得られることを示すものです。」(「(5)理由2;特許法第36条第4項第1号による拒絶理由について」の欄)との主張。
(C)上記「理由3」につき、
「(6-1)引用文献1に記載された発明
引用文献1には、「液体ビヒクル及び400m^(2)/g以上のt-面積を有する炭素生成物を含んで成る、コーティング組成物」が記載されています(引用文献1の請求項1)。
(6-2)本願発明と引用文献1に記載された発明との対比
本願発明の目的は、「より低い充填量でポリマーコンパウンド中において同等の色味を好ましく与え、さらに機械特性および表面外観を維持するための許容できるレベルまで分散可能なカーボンブラックを提供すること」です(本願明細書の段落0003)。このことは、良好な物性バランスを与えるカーボンブラックであることを意味しています。この課題は、本願請求項1で規定されたように、(a)?(c)および(e)の要件を有するカーボンブラックによって解決されるものです。
審判官殿は、引用文献1に記載されたカーボンブラック”CB-B”および他の幾つかのカーボンブラックを参照されており、そのCB-Bは、408m^(2)/gのt-面積、すなわちSTSA、603m^(2)/gのBET表面積(BESTSA)、87cc/100gのDBPA、および2.7の高い酸性のpHを有しています(引用文献1の第10頁、表1)。引用文献1のCB-BのBETSA/STSAの比は、約1.48(603/408)であると思料されます。審判官殿は、「Ultra2」および「Ultra3」もまた、1.48?1.68の範囲のBET/t-面積非(審決注:「面積比」の誤記と認められる。)を有すると示唆されています。
しかしながら、例えそうであったとしても、M1400は、要件(b)について、上限値である90cc/100gのDBPA値を有しているものの、Ultra2およびUltra3は、それぞれ95cc/00gのDBPAを有しており、この値は、本願請求項1の要件(b)で規定する40?90cc/100gの範囲外です。更に、M1400、Ultra2およびUltra3のBET/t-面積比の値は、それぞれ1.52、1.64および1.68であり、CB-Bの値1.48よりは高く、そして本願請求項1に規定する範囲の上限値1.70により近いものです。更には、M1400、Ultra2およびUltra3に適用可能な製造方法は、引用文献1には示されていません。そのような理由から、引用文献1に示されたCB-B、M1400、Ultra2およびUltra3の中で、本願発明のカーボンブラックとの比較をするのに最も近い試料は、CB-Bであるものと思料します。従って、本願発明のカーボンブラックが、引用文献1に記載されたCB-Bと異なるものであることを明確にすれば、本願発明と引用文献1に記載された発明との相違は明らかとなるものと思料します。
更に、引用文献1に記載されたM1400は、本願審判請求人の製品であり、このカーボンブラックは、23mJ/m^(2)よりも十分に大きな水拡張圧値を有するものであることを申し述べておきます。本願審判請求人は、必要であれば、その値を、上申書によって提出する用意があります。
引用文献1に記載された発明において、良好な黒色度値(低いL^(*)値)を得るためには、引用文献1に記載された発明の全てのカーボンブラックは、高い酸性のカーボンブラック(pH=2.72)であるか、または、-C_(6)H_(4)SO_(4)Na基が結合されています(CB-A)。平成25年6月26日提出の審判請求書において、実例を以て説明したとおり、高いpHのカーボンブラックまたはベンゼンスルホン酸ナトリウム(-C_(6)H_(4)SO_(4)Na)基で変性されたカーボンブラックは、固有に非常に親水性であり、そして典型的には35mJ/m^(2)超の水拡張圧値を有しています。それとは対照的に、本願発明のカーボンブラックは、ポリマーコンパウンドとした場合に良好な黒色度と衝撃強さを有するものですが、より疎水性であり、そして21.5mJ/m^(2)以下の水拡張圧値を有しています。本願明細書の段落0048で説明するように、本願発明のカーボンブラックは、反応パラメータを変えることによって、種々の特性を制御することができるものであり、本願発明は、水拡張圧値を21.5mJ/m^(2)以下と、過剰に増大させることなく、N2SA/STSA比を1.40?1.70の所望の範囲に増大させることによって、上記の課題を解決するものです。引用文献1に記載された発明では、そのような問題も認識されていませんし、ましてやその課題を如何に解決するかについて、何ら記載も示唆もされていません。
更に、補正後の請求項1の特徴(a)は、ヨウ素吸着量が265?600mg/gであることを要件としています。審判官殿によって相違点1として認識されているように、引文献1には、引用文献1の表1に記載されたカーボンブラックCB-Bまたは他のカーボンブラックについてヨウ素吸着量の値が示されていません。
引用文献1に記載された発明におけるカーボンブラックの製造方法は、以下に説明するように、本願発明とは同じではありません。引用文献1によれば、カーボンブラックCB-B(表1、t-面積が408m^(2)/g、BET表面積が603m^(2)/g、DBPAが87cc/100g、そして高い酸性のpH2.7)は、米国特許第3922335号明細書に記載された製造方法および装置を用いて調製されており(引用文献1の段落0043)、その装置の概略図が引用文献1の図1に示されています。本願発明では、カーボンブラックは、米国特許第6156837号および第5877250号明細書に記載されるのと同様に、管型反応器を用いて生成することができ(本願明細書の段落0043)、そのような反応を明細書中に記載したように調製して用いることを記載しています(同段落0044?0045、0079)。これらの米国特許も上記の米国特許第3922335号が引用されていますが、しかしながらそれに変更が加えられたことが記載されています。
米国特許第3922335号明細書の方法および装置は、本願発明と引用文献1に記載された発明の間で、共通して用いられている訳ではありません。本願明細書の段落0048では、とりわけ、「酸化剤流の酸素濃縮を増大させると、モルホロジーおよび/または界面特性が変化してカーボンブラックがより高いTerlon L^(*)値を有するようになる」ことを開示しています。例えば、本願明細書の表1には、本願発明の実施例を表すCB”A”、CB”B”およびCB”C”について、滞留時間、空気中の酸素濃度(mol%)、および他の反応条件が、商業的に入手可能な比較のカーボンブラックCB”X”およびCB”Y”に用いられたものとは異なるものであることを具体的に示しています。表1に示したように、比較のカーボンブラックCB”X”およびCB”Y”は、本願請求項1に規定した範囲内のTerlon L^(*)値および水拡張圧値を示していますが、それらの窒素表面積/統計的厚さ表面積の比(N2SA/STSA)は、有意に小さく、本願請求項1の範囲1.40?1.70の範囲外です。これらの比較例の結果は、本発明の請求項1に規定したカーボンブラックによって得られる特性のバランスを得ることの困難性を如実に示すものであり、このような課題は、本願発明の前には認識も、従って解決もされていませんでした。引用文献1や上記の米国特許第3922335号明細書では、酸化剤中の酸素含量、滞留時間の組み合わせ、および本願明細書の表1に示したようなそれらと組み合わせた他のパラメータを特には具体的に述べていませんので、これらの先行文献のいずれかの例のカーボンブラックが、本願請求項1に規定した特性のバランスを有すると推認することは、全く合理的であるとは言えないものと思料します。
上記のことから鑑みて、引用文献1に開示されていない性質、例えばCB-Bのヨウ素吸着量や他のカーボンブラックの特性値を、引用文献1の表1に示されたBET値のみから推定することは可能ではないものと思料します。また、審判官殿は、「窒素を用いたBET法による表面積とヨウ素吸着表面積に則したヨウ素吸着量との間には、技術常識からみて、概して正の相関関係が存するものと理解せざるを得ない」と述べられています。審判官殿のこのご認識は、ヨウ素吸着量は、表面積に直接に関係するものであるから、従って、更なるパラメータを導入することによって進歩性が生じることはないとするものであると思料します。しかしながら、このご認識は誤りであると思料します。ヨウ素吸着量と窒素表面積値は、当技術分野において、異なる基準に基づく試験によって測定されるものです。そして、異なる単位が用いられており、そして、ヨウ素吸着量からNSA(BET)へと、またはその逆に変換するような、容認された変換方法は知られていません。ヨウ素吸着量と表面積(BET)は、カーボンブラックの多孔性や酸化の水準などの、多くの因子に因って、予想外に変化するものであり、そして互いに相関するものではありません。従って、引用文献1の表1の表面積(BET)値は、それ自体で、カーボンブラックのヨウ素吸収量を推認できるとの仮定は、合理的ではないものと思料します。
審判官殿が述べられた相違点2については、上記で述べたように、本願明細書の表1のCB”A”は、明細書の段落0079に記載したとおり、本願発明の実施例に相当するものであることに注意しなければなりません。本願明細書の表1のデータでは、比較例のCB”X”は、N2SA/STSA比が1.23であり、これは、本願請求項1で規定した特徴(c)の1.40?1.70の範囲外です。一方で、本願発明のCB”A”は、1.43のN2SA/STSA比を有しています。少なくともこのデータからだけでも、本願発明のCB”A”は、比較のCB”X”とは、有意に異なる構造およびモルフォロジーを有することを理解することができます。これらそれぞれのカーボンブラックを0.5質量%含有する、表1に示したABSコンパウンドのL^(*)値は、CB”X”では4.88であり、これは本願請求項11で規定した4.6以下の要件から外れるものであり、一方で、本願発明のCB”A”を0.5質量%含有するポリマーは、4.40のL*値であって、請求項11の要件を満足するものです。同じく、ポリマーの切り欠きアイゾッド衝撃強さは、CB”X”を0.5質量%含有するポリマーでは、本願請求項11で要求される13,600J/m^(2)を満足していますが、これは、請求項11の要件であるコンパウンドL*値をも同時に満足するものではありません。更に、表1のデータは、CB”X”は、0.75質量%の充填量でさえも、そしてCB”Y”を含有するポリマーも、切り欠きアイゾッド衝撃強さが、本願請求項11で規定する要件の13,600J/m^(2)以上を満足しないことを示しています。本願発明のカーボンブラックCB”A”を0.5質量%含むポリマーは、本願請求項11で規定する、コンパウンドL^(*)、切り欠きアイゾッド衝撃強さ、およびプレスアウト試験におけるコンパウンド分散等級の全ての要件に合致するものです。そして、本願明細書の表1に示した例において、本願発明で規定した特性を有するカーボンブラック含むポリマーは、所望の黒色度、切り欠きアイゾッド衝撃強さ、およびプレスアウト試験におけるコンパウンド分散等級を示しています。これとは対照的に、本願請求項1の要件のいずれかを満足しないカーボンブラックを用いたポリマーは、所望の物性パランスを有するものではありません。これらの理由により、本願発明のカーボンブラックCB”A”と比較のカーボンブラックCB”X”およびCB”Y”との間の相違は、技術的に有意なものであると思料します。
更に、引用文献1に記載された発明は、コーティング組成物に関する発明であり、ビヒクルと400m^(2)/g以上のt-面積を有するカーボンブラックとを含む組成物です(引用文献1の段落0001)。従って、引用文献1に記載された発明は、本願発明とは全く異なる技術課題を解決しようとするものです。本願発明は、種々のポリマー中に用いることができる、改善されたカーボンブラック製品に関する発明であるのに対して、引用文献1に記載された発明は、液状のコーティング組成物に関する発明であり、全く異なる技術分野の発明です。従って、当業者は、本願発明が解決しようとする課題を解決するために、引用文献1に記載された発明を考慮することはないものと思料します。
引用文献1に記載された発明では、特定の窒素表面積/統計的厚さ表面積の比、水拡張圧値および/またはTerlon L^(*)を有するカーボンブラックをABSポリマー中で用いることの効果について、何ら記載も示唆もしていないので、本発明のカーボンブラックをABSポリマーに加えて、所望の物性バランスを有するポリマーコンパウンドを得ることを可能にする本願発明は、引用文献1に記載された発明から、容易になされるものではないものと思料します。
本願発明は、上記の構成をとることによって、従来技術からは予期できない効果、すなわち、本願発明による特定のカーボンブラックを含むABSポリマーの向上した特性、を発現するものです。そして、引用文献1に記載された発明は、本願発明を教示も示唆もするものではありません。」(「(6)理由3および4;特許法第29条第1項第3号および第29条第2項による拒絶理由について」の欄)との主張。

そこで、上記各主張につき検討する。
上記(A)の主張及び(B)の主張につき併せて検討すると、各主張は、それぞれ、本願明細書の発明の詳細な説明における実施例及び比較例の結果の対比により本願発明の効果が顕著なものと客観的に認識できることを前提とするものと認められるところ、上記1.(特に(2)イ.)及び2.でもそれぞれ説示したとおり、当該実施例及び比較例の結果の対比により本願発明の効果について格別顕著なものと客観的に認識することはできないのであるから、上記(A)の主張及び(B)の主張は、いずれも、その前提を欠くものであり、当を得ないものである。
また、上記(C)の主張につき検討すると、カーボンブラックの比表面積は、単一粒子の大きさ(粒径)によりほぼ定まり、カーボンブラックの表面に存する細孔中の表面積を含む「全比表面積」と細孔中の表面積を除外した「非多孔比表面積」に大別できることが、当業者の技術常識であり、さらに、当該「全比表面積」がBET低温窒素吸着法及びヨウ素吸着法により測定され、全比表面積が大きいカーボンブラックは単位重量あたりの粒子個数が増加するため、樹脂に配合すると黒色度が向上する傾向にあることも、当業者の技術常識である(必要ならば下記参考文献等参照のこと。)。
してみると、同一の「全比表面積」なる物性値を測定する方法であるBET低温窒素吸着法による「BET表面積(N2SA)」とヨウ素吸着法による「ヨウ素吸着量(ヨウ素#)」とは、具体的に数値を変換算出できるかどうかはさておき、同一の増減傾向を示すものであり、先の拒絶理由通知で説示したとおり、「正の相関関係を有するものと理解」できるものとするのが自然であるから、請求人の上記意見書における「ヨウ素吸着量と表面積(BET)は、・・互いに相関するものではありません。従って、引用文献1の表1の表面積(BET)値は、それ自体で、カーボンブラックのヨウ素吸収量を推認できるとの仮定は、合理的ではないものと思料します。」との相違点1に係る主張は、明らかに当を得ないものである。
さらに、請求人は、相違点2につき上記のとおりるる主張しているが、いずれも本願発明の効果が請求項1に規定された特性を具備しない従来のカーボンブラック(例えば「CB“X”」等)に対して顕著な効果を有することを前提とするものと理解されるところ、上記1.(特に(2)イ.)、2.及び3.(3)でも説示したとおり、本願発明の効果が格別顕著であるとはいえないのであるから、当該主張は、その前提を欠くものであって、当を得ないものである。
したがって、請求人の上記(C)の主張は、いずれも失当であり、採用することができない。

参考文献:「カーボンブラック便覧<第三版>」平成7年4月15日、カーボンブラック協会編集発行、第9頁(「5.1.4 比表面積と非多孔比表面積」の欄)

以上のとおりであるから、請求人の上記意見書における主張は、いずれも当を得ないものであり、採用することができず、当審の上記1.ないし3.における検討の結果を左右するものではない。

III.検討のまとめ
以上の検討をまとめると、本願は、特許法第36条第6項に規定する要件及び同法同条第4項第1号に規定する要件を満たしているものではないから、同法第49条第4号の規定に該当するとともに、本願の請求項1に係る発明につき特許法第29条第1号第3号に該当し特許をすることができるものではないから、他の請求項に係る発明につき検討するまでもなく、本願は、同法第49条第2号の規定に該当する。

第4 むすび
以上のとおり、本願は、特許法第49条第2号又は同法同条第4号の規定に該当し、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-05-13 
結審通知日 2015-05-19 
審決日 2015-06-01 
出願番号 特願2008-512400(P2008-512400)
審決分類 P 1 8・ 4- WZ (C09C)
P 1 8・ 121- WZ (C09C)
P 1 8・ 113- WZ (C09C)
P 1 8・ 536- WZ (C09C)
P 1 8・ 537- WZ (C09C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 仁科 努  
特許庁審判長 豊永 茂弘
特許庁審判官 橋本 栄和
菅野 芳男
発明の名称 カーボンブラックおよびこれを含むポリマー  
代理人 小林 良博  
代理人 古賀 哲次  
代理人 青木 篤  
代理人 石田 敬  
代理人 出野 知  
代理人 永坂 友康  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ