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審決分類 |
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01L 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L |
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管理番号 | 1308765 |
審判番号 | 不服2014-14989 |
総通号数 | 194 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-02-26 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2014-07-31 |
確定日 | 2015-12-17 |
事件の表示 | 特願2011-500187「熱支援書き込みを用いる磁気素子」拒絶査定不服審判事件〔平成21年 9月24日国際公開、WO2009/115505、平成23年 6月 9日国内公表、特表2011-517502〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、平成21年3月17日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2008年3月18日、フランス)を国際出願日とする出願であって、平成22年11月19日付けで手続補正書の提出がなされ、平成25年5月30日付けで拒絶理由の通知がなされ、同年11月22日付けで意見書及び手続補正書の提出がなされ、平成26年3月12日付けで拒絶査定がなされ、これに対して同年7月31日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに手続補正書の提出がなされ、同年9月2日付けで前置報告がなされ、同年12月5日付けで上申書の提出がなされたものである。 第2 補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 平成26年7月31日付けの手続補正書による補正を却下する。 [理由] 1 補正の内容 平成26年7月31日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は、補正前の特許請求の範囲の請求項1乃至10(平成25年11月22日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1乃至10)を補正して、補正後の特許請求の範囲の請求項1乃至10とするものであり、補正前の「磁気素子」に係る発明の請求項である請求項1は補正後の請求項1に対応しているところ、補正前後の請求項1は、各々次のとおりである。 (補正前) 「熱支援磁場書き込みまたは熱支援スピン移動書き込みを用いる磁気素子であって、 ・当該磁気素子は、固定方向の磁化を有する基準磁性層を有し、 ・当該磁気素子は、反強磁性層によって交換ピンニングされる記憶磁性層を有し、前記磁気素子が、前記反強磁性層の臨界温度より少なくとも高い温度に加熱され得るときに、前記記憶層の磁化方向が変化でき、 ・当該磁気素子は、前記基準層と前記記憶層との間に設けられたトンネル障壁を有する当該磁気素子において、 前記基準磁性層および/または前記磁性記憶層は、前記磁気素子を加熱するための少なくとも1つの不連続の電気抵抗薄層を有することを特徴とする磁気素子。」 (補正後) 「熱支援磁場書き込みまたは熱支援スピン移動書き込みを用いる磁気素子であって、 ・当該磁気素子は、固定方向の磁化を有する基準磁性層を有し、 ・当該磁気素子は、反強磁性層によって交換ピンニングされる記憶磁性層を有し、前記磁気素子が、前記反強磁性層の臨界温度より少なくとも高い温度に加熱され得るときに、前記記憶層の磁化方向が変化でき、 ・当該磁気素子は、前記基準層と前記記憶層との間に設けられたトンネル障壁を有する当該磁気素子において、 前記基準磁性層および/または前記磁性記憶層は、前記磁気素子を加熱するための少なくとも1つの不連続で導電性の抵抗薄層を有することを特徴とする磁気素子。」 本件補正では、本件補正前後の請求項1を比較すると、本件補正後の請求項1に係る本件補正には、以下の補正事項が含まれる。 [補正事項] 補正前の「少なくとも1つの不連続の電気抵抗薄層」を「少なくとも1つの不連続で導電性の抵抗薄層」とする補正。 2 補正の適否 本願において、特許法第36条の2第6項の規定により明細書、特許請求の範囲及び図面とみなされた、平成22年11月15日に提出された外国語書面の翻訳文(以下「当初明細書等」という。)には、「基準磁性層」および「記憶磁性層」に形成される「抵抗薄層」が「不連続」であることについて、段落【0043】に、 「これらの酸化物または窒化物層の厚さは、好ましくは不連続層を得るために1ナノメートル未満であるのが好ましく、それらが関連する強磁性または反強磁性層の磁気特性の連続性を維持できるようにする。」 こと、段落【0060】に 「このように達成される1つまたは複数の金属酸化物層48は、層48が内部、表面または界面に堆積される強磁性または反強磁性層の磁気特性の連続性をまさに保証するために、図4に示すように、好ましくは不連続である。」 ことが記載され、図4の断面図に、記憶磁性層(40)内に形成された薄い抵抗層(48)が不連続な部分を有する構造であることが記載されている。 一方、当初明細書等には、そのような不連続な「抵抗薄層」が「導電性」であることは明記されていないものの、段落【0061】には、 「かかる金属酸化物または窒化物層を用いるによって、スタックの全抵抗は、トンネル障壁42の特有の抵抗に影響せずに増加させることができる。そうする際に、加熱効率は、それが式RI^(2)に比例するので、特に書き込み段階中に向上させることができるが、ここで、Rは、トンネル障壁の抵抗R_(MTJ)およびこのように堆積された金属酸化物または窒化物層の抵抗R_(NOL)の和を表す。」 ことが記載され、さらに、平成26年7月31日付け審判請求書の「請求の理由の「3.本願発明が登録されるべき理由」には、「これに対して本願発明では、電流が、薄層48を通電する結果、当該薄層48においてジュール熱RI^(2)を生成することが分かります(明細書[0061]?[0062]参照)。つまり、当該薄層48は、導電性の層であることが明細書[0061]?[0062]の記載から分かります。」と記載されており、電流が通電するものが「導電性」を有しないとまではいえない。 そうすると、補正事項は当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものではない。したがって、補正事項は、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものであるから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たす。 また、補正事項が、特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たすことは明らかである。 さらに、補正事項は、補正前の請求項1における「不連続の電気抵抗薄層」を限定するものであるから、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。したがって、補正事項2は、特許法第17条の2第5項に規定する要件を満たす。 3 独立特許要件について 本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含むものであるから、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定によって、本件補正による補正後の特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであることを要する。 そこで、本件補正による補正後の特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について、以下に検討する。 3.1 補正後の発明 補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1(以下「補正後の請求項1という。)の記載は、再掲すると次のとおりである。 「熱支援磁場書き込みまたは熱支援スピン移動書き込みを用いる磁気素子であって、 ・当該磁気素子は、固定方向の磁化を有する基準磁性層を有し、 ・当該磁気素子は、反強磁性層によって交換ピンニングされる記憶磁性層を有し、前記磁気素子が、前記反強磁性層の臨界温度より少なくとも高い温度に加熱され得るときに、前記記憶層の磁化方向が変化でき、 ・当該磁気素子は、前記基準層と前記記憶層との間に設けられたトンネル障壁を有する当該磁気素子において、 前記基準磁性層および/または前記磁性記憶層は、前記磁気素子を加熱するための少なくとも1つの不連続で導電性の抵抗薄層を有することを特徴とする磁気素子。」 ここで、補正後の請求項1に記載の「前記記憶層」及び「前記磁性記憶層」が、いずれも補正後の請求項1に記載の「記憶磁性層」を指し示していることは、補正後の請求項1の記載より明らかであり、また、このことは、平成22年11月15日に提出された外国語書面の翻訳文において、特許請求の範囲の請求項1に「記憶磁性層(40)」、「前記記憶層(40)」及び「前記磁性記憶層(40)」と記載されていることからも裏付けられる。 そうすると、補正後の請求項1に記載の「前記記憶層」及び「前記磁性記憶層」は、いずれも「前記記憶磁性層」を意味すると解されるから、補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正発明」という。)は、次のとおりのものと認める。 「熱支援磁場書き込みまたは熱支援スピン移動書き込みを用いる磁気素子であって、 ・当該磁気素子は、固定方向の磁化を有する基準磁性層を有し、 ・当該磁気素子は、反強磁性層によって交換ピンニングされる記憶磁性層を有し、前記磁気素子が、前記反強磁性層の臨界温度より少なくとも高い温度に加熱され得るときに、前記記憶磁性層の磁化方向が変化でき、 ・当該磁気素子は、前記基準層と前記記憶磁性層との間に設けられたトンネル障壁を有する当該磁気素子において、 前記基準磁性層および/または前記記憶磁性層は、前記磁気素子を加熱するための少なくとも1つの不連続で導電性の抵抗薄層を有することを特徴とする磁気素子。」 3.2 引用文献 (1)引用文献1について 原査定の拒絶の理由に引用された特表2007-525840号公報(以下、「引用文献1」という。)には、下記の事項が記載されている。 A 「【0023】 このような構造の動作について以下のように説明する。 すなわち、記憶層及び基準層のブロック温度は、加熱していないメモリの動作温度より高くなくてはならず、情報を安定的に記憶することが必要になったらなるべく早く、その動作温度よりも著しく高くしなくてはならない。記憶層のブロック温度は、基準層のブロック温度よりも低くなくてはならない。 【0024】 このように、書き込み段階で、メモリ点(40)に結合しているトランジスタ(46)は、線(47)の電圧パルスによってブロックモードに切り替えられる。同時に、線(48)を通して電圧パルスがメモリ点(40)に印加され、よってトランジスタ(46)を介して電流がトンネル接合(40)を流れる。電圧レベルは、接合に関連して生成された電力密度により、トンネル接合(40)の温度が反強磁性層(42)のブロック温度より高く且つトラップ層(45)のブロック温度よりも低い温度に上昇するように規定される。この温度では、記憶層(41)の磁化は層(42)によってトラップされておらず、したがって書き込み磁界の作用下で反転することができる。一方、磁気結晶異方性の高い材料からなり、且つ絶縁層(43)によって記憶層(41)から分離されている基準層(44)の磁化は、ブロック温度が層(42)よりも高い層(45)によってトラップされたままであるので、書き込み磁界の作用下で切り替わらない。 制御トランジスタ(46)の寸法を制限するための10mA/μm^(2)の最大電流密度、及び単一バリア及び二重バリア接合のためのそれぞれ100及び200オーム/μm^(2)のトンネル接合(40)の製品R×A(抵抗×表面積)を考慮する際、印加する電圧は1?2ボルトのオーダーであることに留意されたい。この値は、力学レジームで完全に許容可能である(短期間の電気パルス)。」 B 「【0026】 記憶層が交換相互作用によってトラップ層(42)にトラップされていない従来技術では、メモリの熱的安定性は、メモリ点の形状異方性によって保証され、その異方性は、メモリ点の長さと幅とのアスペクト比に直接的に関係している。そこで、体積単位当たりのバリアのエネルギーは次式のように表される。」 C 「【0027】 本発明では、記憶層(41)は層(42)との交換によってトラップされており、メモリ点の熱的及び時間的安定性を保証するために形状異方性を使用する必要はない。円形又はほぼ円形のジオメトリ(AR=1)を選択することによって、形状異方性の項は削除されるので、バリアエネルギーは次式のように表される。」 D 「【0014】 従って、本発明は、熱アシスト型の書き込みを行う磁気メモリに関し、この磁気メモリでは、各メモリ点は磁気トンネル接合からなっており、・・・(以下省略)。」 E 「【0033】 更に、静磁気エネルギーが全ての空間方向で同じであるので、多重記憶が容易になる。その結果、基準の方向に関連する磁化にいかなる方向が付与されようとも、書き込み磁界は同じである。このアーキテクチャによって、図4及び5には示さない外部加熱素子によって加熱することができることも指摘する。この加熱素子は、層(42)又は(45)の上又は下にそれぞれ配置された電気抵抗の高い層とすることができる。」 F 図4には、反強磁性層(42)、記憶層(41)、絶縁層(43)、基準層(44)、トラップ層(45)の順に積層されたトンネル接合(40)の構成が記載されている。 次に、上記引用文献1の記載について検討する。 G トンネル接合(40)の構成について 上記Fには、トンネル接合(40)が、反強磁性層(42)、記憶層(41)、絶縁層(43)、基準層(44)、トラップ層(45)の順に積層された構成であることが記載され、また、上記Eには、加熱のための電気抵抗の高い層を反強磁性層(42)の上又はトラップ層(45)の下に配置できることが記載されている。 よって、引用文献1には、「反強磁性層、電気抵抗の高い層、記憶層、絶縁層、基準層、トラップ層の順に積層されたトンネル接合」が記載されていると認められる。 H 反強磁性層(42)と記憶層(41)の交換相互作用について 上記Cには、「記憶層(41)は層(42)との交換によってトラップ」されていることが記載され、該「交換」が上記Bの「記憶層が交換相互作用によってトラップ層(42)にトラップ」の記載から「交換相互作用」であることを踏まえると、引用文献1には、「記憶層は反強磁性層との交換相互作用によってトラップされる」ものであることが記載されている。 I 記憶層の磁化方向の反転について 上記Aには、「書き込み段階」に「線(48)を通して電圧パルスがメモリ点(40)に印加され、よってトランジスタ(46)を介して電流がトンネル接合(40)を流れ」、「トンネル接合(40)の温度が反強磁性層(42)のブロック温度より高く且つトラップ層(45)のブロック温度よりも低い温度に上昇」することで、「記憶層(41)の磁化は層(42)によってトラップされておらず、したがって書き込み磁界の作用下で反転する」ことができ、「反強磁性層(42)の上記ブロック温度まで加熱したら、トランジスタ(46)を閉鎖することによって加熱を停止」することが記載されている。 よって、引用文献1には、「電圧パルスを印加して電流をトンネル接合に流して反強磁性層を加熱し、トンネル接合の温度を反強磁性層のブロック温度より高くすると、記憶層の磁化は反強磁性層によってトラップされず、書き込み磁界の作用下で反転できる」ことが記載されていると認められる。 J 磁気トンネル接合の書き込みの型について 上記Dには、「本発明は、熱アシスト型の書き込みを行う磁気メモリに関し、この磁気メモリでは、各メモリ点は磁気トンネル接合」からなっていることが記載されていることから、引用文献1には、「熱アシスト型の書き込みがされる磁気トンネル接合」が記載されているといえる。 よって、上記A乃至J及び図4の記載から、引用文献1には、下記の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 「反強磁性層、電気抵抗の高い層、記憶層、絶縁層、基準層、トラップ層の順に積層されたトンネル接合であって、 前記記憶層は前記反強磁性層との交換相互作用によってトラップされ、 電圧パルスを印加して電流を前記トンネル接合に流して前記反強磁性層を加熱し、前記トンネル接合の温度を前記反強磁性層のブロック温度より高くすると、前記記憶層の磁化は前記反強磁性層によってトラップされず、書き込み磁界の作用下で反転できる、熱アシスト型の書き込みがされるトンネル接合。」 (2)引用文献2について 原査定の拒絶の理由に引用された特開2006-319343号公報(以下、「引用文献2」という。)には、下記の事項が記載されている。 K「【0052】 (第1実施形態) 図1は、本発明の第1実施形態にかかる磁気抵抗効果素子の断面構造を表す概念図である。すなわち、本発明の磁気抵抗効果素子10Aは、図示しない所定の基板の上に、反強磁性層A、第1の磁性層P、非磁性中間層S、第2の磁性層Fの順に積層されている。そして、第1の磁性層Pには抵抗調整層R1が挿入され、第2の磁性層Fには抵抗調整層R2が挿入されている。なお、反強磁性層A、第1の磁性層P、非磁性中間層S、第2の磁性層Fは磁気抵抗効果膜を構成する。 【0053】 さらに、この積層構造の上下には、電極層ELが設けられ、センス電流Iを膜面に対して垂直方向に流すことが特徴となっている。 【0054】 本実施形態においては、第1の磁性層Pは、その磁化が反強磁性層Aによる一方向異方性により固定された「ピン層」として作用する。また、第2の磁性層Fは、図示しない磁気記録媒体などから発生される外部磁場(例えば信号磁界など)により磁化回転される「磁場感受層」あるいは「フリー層」として作用する。 【0055】 第1の磁性層Pと第2の磁性層Fは、それぞれ抵抗調整層R1、R2が挿入され、強磁性体層FM/抵抗調整層R1または抵抗調整層R2/強磁性体層FMという積層構造を有する。この構造においては、抵抗調整層R1、R2を挟んだ両側の強磁性体層は強磁性磁気結合をしており、その磁化は実質的に一体として振舞う。すなわち、この強磁性体層/抵抗調整層/強磁性体層の積層構造に含まれるそれぞれの強磁性体層の磁化は、全てほぼ平行にそろった状態にあり、ピン層(第1の磁性層P)においてはほぼ同一方向に磁化固着されており、フリー層(第2の磁性層F)においては外部磁場に対してほぼ同一の磁化方向を持つ。 【0056】 本具体例においては、電流Iは上部電極ELから下部電極ELに向かって流れるが、抵抗調整層R1、R2は、電流を膜厚方向に流しつつ、かつその電流量を低減するものであり、抵抗調整層の挿入により磁気抵抗効果素子の抵抗を上げることができる。つまり、抵抗調整層R1、R2は、センス電流Iの通過量を制限する「フィルター層」、または、センス電流Iを構成する伝導電子の一部を透過させる「電流狭窄層」、または、センス電流Iの電流量を低減させる「障壁層」、として作用する。上記抵抗調整層の一具体例の構成および作用を、図30を参照して説明する。この具体例の抵抗調整層Rは、絶縁体層中にピンホールHが形成された構成となっている。この抵抗調整層Rを、磁気抵抗効果膜を構成する膜20、21の間に挟み、これらの膜にそれぞれ電極EL1、EL2を接続し、膜面に垂直に電流を流すと、電流は図30の破線に示すように、ピンホールHを通って流れるため、電流量が低減され、抵抗が増大することになる。なお、抵抗調整層の構成及び作用は、後述するように、これに限られるものではない。 【0057】 さらに、低減された電流Iの一部は2つの抵抗調整層R1、R2の間で何度か反射を繰り返しながら流れる。しかし、反射を繰り返しながら流れる電流の量はセンス電流全体からみるとさほど多くはない。しかし、これによって電子がCPPスピンバルブ構造を無反射で通過する確率は多少減少するため更に電気抵抗を増大させることが可能となる。なお、これらの抵抗調整層は、CIP型スピンバルブ素子の電子反射層とは、形態的(morphological)に異なった構成となっている。 【0058】 CPPスピンバルブ膜においては、強磁性体層/非磁性体層の界面における電子散乱の効果、すなわち界面抵抗が、大きなスピン依存性を持ちCPP-MRを増大させる役目を担っている。また、界面抵抗は、比較的大きな値を持つ傾向がある。これらの特徴は、図28に関して前述したCPP人工格子における作用と同様である。 【0059】 従って、抵抗調整層を設けることにより、膜面垂直方向の抵抗値を増大させることができる。その結果として、本発明によれば、より多くの界面抵抗を利用することができ、従来のCPPスピンバルブ膜に比べて、高抵抗で高MR変化率のCPP-SVを実現することが可能となる。」 L「【0073】 図4の具体例においては、電子の透過確率はピンホールHを通した電気伝導によって決まる。従って、抵抗調整層R1、R2を構成する材料として、バリアハイトの大きい絶縁体、例えばAl(アルミニウム)酸化物やSi(シリコン)酸化物などを用いることもできる。ただし、Co(コバルト)酸化物、Ni(ニッケル)酸化物、Cu(銅)酸化物などのバリアハイトの低い材料を用いることもできる。その場合でも、電気伝導は主にピンホールHによって支配される。 【0074】 また、図4の具体例における抵抗調整層R1、R2の厚さも適宜決定することができるが、ピンホールHの形成を確実且つ容易にするためには、0.5nm?10nmの範囲に設定することが望ましい。」 よって、上記K乃至L及び関連図面の記載から、引用文献2には、下記の事項が記載されていると認められる。 「抵抗調整層は、厚さを0.5nmとすることでピンホールが形成されて膜厚方向に電流を流しつつ電流量が低減できるものであり、磁気抵抗効果素子のピン層およびフリー層に挿入することで、膜面垂直方向の抵抗値を増大することができること。」 3.3 対比 (1)本件補正発明と引用発明との対応関係について ア 引用文献1の上記Aには、「磁気結晶異方性の高い材料からなり、且つ絶縁層(43)によって記憶層(41)から分離されている基準層(44)の磁化は、ブロック温度が層(42)よりも高い層(45)によってトラップされたままであるので、書き込み磁界の作用下で切り替わらない」と記載されているから、引用発明の「基準層」は磁化方向が固定されているといえるので、引用発明の「基準層」は本件補正発明の「固定方向の磁化を有する基準磁性層」に相当している。 イ 引用発明の「記憶層」は、「反強磁性層との交換相互作用によってトラップ」されているので、本件補正発明の「反強磁性層によって交換ピンニングされる記憶磁性層」に相当している。 ウ 引用発明の「反強磁性層のブロック温度」は、本件補正発明の「反強磁性層の臨界温度」に相当しており、また、引用発明では、トンネル接合が反強磁性層のブロック温度より高く加熱されると、記憶層の磁化が書き込み磁界の作用下で反転できることになるので、引用発明も「前記反強磁性層の臨界温度より少なくとも高い温度に加熱され得るときに、前記記憶磁性層の磁化方向が変化でき」るものである。 エ 引用発明の「絶縁層」は、「記憶層」と「基準層」の間に介在し、本件補正発明の「トンネル障壁」を形成するものと認められる。 オ 引用発明の「熱アシスト型の書き込み」は、加熱後書き込み磁界により記憶層の磁化を反転させるものであるから、本件補正発明における「熱支援磁場書き込みまたは熱支援スピン移動書き込み」という択一的記載のうちの「熱支援磁場書き込み」に相当している。 カ 引用発明の「トンネル接合」も「基準層」、「記憶層」及び「絶縁層」を有していることから、引用発明の「トンネル接合」は、下記の相違点を除いて、本件補正発明の「磁気素子」に相当している。 キ 引用発明の「電気抵抗の高い層」は、トンネル接合を加熱するためのものであり、また、トンネル接合内の反強磁性層と記憶層の間に形成される層であるから薄層であるといえるので、本件補正発明と引用発明は、「磁気素子を加熱するための少なくとも1つの抵抗薄層を有する」点で共通している。 (2)本件補正発明と引用発明の一致点及び相違点について 上記の対応関係から、本件補正発明と引用発明は、下記の点で一致し、相違する。 (一致点) 「熱支援磁場書き込みまたは熱支援スピン移動書き込みを用いる磁気素子であって、 ・当該磁気素子は、固定方向の磁化を有する基準磁性層を有し、 ・当該磁気素子は、反強磁性層によって交換ピンニングされる記憶磁性層を有し、前記磁気素子が、前記反強磁性層の臨界温度より少なくとも高い温度に加熱され得るときに、前記記憶磁性層の磁化方向が変化でき、 ・当該磁気素子は、前記基準層と前記記憶磁性層との間に設けられたトンネル障壁を有する当該磁気素子において、 前記磁気素子を加熱するための少なくとも1つの抵抗薄層を有することを特徴とする磁気素子。」 (相違点) 本件補正発明の「抵抗薄層」は、「前記基準磁性層および/または前記記憶磁性層は、前記磁気素子を加熱するための少なくとも1つの不連続で導電性の抵抗薄層を有する」ものであるのに対し、引用発明はそのような構成ではない点。 3.4 当審の判断 (1)相違点について 最初に、本件補正発明における「不連続で導電性の抵抗薄層」の意味について検討し、次に、引用発明の基準層または記憶層がそのような抵抗薄膜を有するものとすることを当業者が容易に想到し得たかについて検討する。 (1-1)「不連続で導電性の抵抗薄層」について 当初明細書等には、「基準磁性層」および「記憶磁性層」に形成される「抵抗薄層」が「不連続」であることについて、段落【0043】に、 「これらの酸化物または窒化物層の厚さは、好ましくは不連続層を得るために1ナノメートル未満であるのが好ましく、それらが関連する強磁性または反強磁性層の磁気特性の連続性を維持できるようにする。」 こと、段落【0060】に 「このように達成される1つまたは複数の金属酸化物層48は、層48が内部、表面または界面に堆積される強磁性または反強磁性層の磁気特性の連続性をまさに保証するために、図4に示すように、好ましくは不連続である。」 ことが記載され、図4の断面図に、記憶磁性層(40)内に形成された薄い抵抗層(48)が不連続な部分を有する構造であることが記載されてことから、「抵抗薄層」が「不連続」とは、「層において不連続な部分を有すること」と解される。 また、当初明細書等には、「抵抗薄層」が「導電性」であることは明記されていないが、段落【0061】には、 「かかる金属酸化物または窒化物層を用いるによって、スタックの全抵抗は、トンネル障壁42の特有の抵抗に影響せずに増加させることができる。そうする際に、加熱効率は、それが式RI^(2)に比例するので、特に書き込み段階中に向上させることができるが、ここで、Rは、トンネル障壁の抵抗R_(MTJ)およびこのように堆積された金属酸化物または窒化物層の抵抗R_(NOL)の和を表す。」 ことが記載され、さらに、平成26年7月31日付け審判請求書の「請求の理由」の「3.本願発明が登録されるべき理由」には、「これに対して本願発明では、電流が、薄層48を通電する結果、当該薄層48においてジュール熱RI^(2)を生成することが分かります(明細書[0061]?[0062]参照)。つまり、当該薄層48は、導電性の層であることが明細書[0061]?[0062]の記載から分かります。」と記載されていることから、「抵抗薄層」が「導電性」とは、「電流が通電すること」であると解される。 以上から、「不連続で導電性の抵抗薄層」とは、「層において不連続な部分を有し、電流が通電する抵抗薄層」であると解することができる。 (1-2)引用発明の基準層または記憶層が抵抗薄膜を有するものとすることについて 引用発明は、電気抵抗の高い層に電流を流すことで反強磁性層が加熱され熱アシスト型の書き込みが行われるものであるから、トンネル接合内に電気抵抗の高い層を設けることが加熱に必要であることがわかる。 一方、磁気抵抗効果素子において、素子の抵抗値を大きくするために記憶層内または基準層内に抵抗薄層を形成することは、原査定の拒絶の理由に引用された上記引用文献2及び特開2002-359412号公報に記載されているように周知技術である。そして、上記3.2の「(2)引用文献2」に記載したように、引用文献2には、該抵抗薄膜に対応した抵抗調整層について、「抵抗調整層は、厚さを0.5nmとすることでピンホールが形成されて膜厚方向に電流を流しつつ電流量が低減できるものであり、磁気抵抗効果素子のピン層およびフリー層に挿入することで、膜面垂直方向の抵抗値を増大することができること。」が記載され、ここにおいて、該ピンホールは「抵抗調整層において不連続な部分」であり、また、該抵抗調整層は「膜厚方向に電流を流し」ているので「導電性」であるということができるから、引用文献2に記載された「抵抗調整層」は「不連続で導電性の抵抗薄層」であるといえる。 してみると、引用文献2に接した当業者であれば、引用発明において、記憶層内、基準層内に電気抵抗の高い層を形成することが反強磁性層の加熱に有用である事は明らかであり、また、電気抵抗の高い層を形成するために、記憶層内、基準層内に「不連続で導電性の抵抗薄層」を形成して相違点の構成とすることは、格別に困難無く推考できたものである。 よって、引用発明に引用文献2に記載された事項を適用し、記憶層、基準層に抵抗調整層を挿入すること、すなわち、相違点である「前記基準磁性層および/または前記記憶磁性層は、前記磁気素子を加熱するための少なくとも1つの不連続で導電性の抵抗薄層を有する」構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものである。 (4)本件補正発明の作用効果について 引用文献2に記載された抵抗調整層を引用発明の記憶層および基準層に挿入した場合にも、本願発明と同様に「磁気素子を加熱する」ことになるので、本件補正発明の作用効果も、引用発明、引用文献2の記載事項、及び周知技術から当業者が予測できる範囲のものである。 また、審判請求人は、平成26年12月5日付けの上申書において、「反強磁性層」も「不連続で導電性の抵抗薄層」を有することを限定する補正案を提示しているが、膜面に対して垂直方向に電流を流す磁気抵抗効果素子において、磁気抵抗効果素子の抵抗を増加するために、自由層や固定層だけでなく固定層の磁化を固定する反強磁性層にも高抵抗層を配置することは、原査定の拒絶の理由に引用された特開2002-359412号公報の段落【0008】乃至【0010】に記載されている。 よって、審判請求人に補正案のとおりに補正する用意があるとしても、該補正案では進歩性を肯定することはできないため、当審よりさらなる通知をすべき特別な事情を見出すことはできない。 3.5 むすび よって、本件補正発明は、引用発明、引用文献2に記載された事項、及び周知技術から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 第3 補正却下の決定を踏まえた検討 1 本願発明 平成26年7月31日付けの手続補正は、上記のとおり却下された。そして、平成25年11月22日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1(以下「本願請求項1」という。)の記載は、再掲すると次のとおりである。 「熱支援磁場書き込みまたは熱支援スピン移動書き込みを用いる磁気素子であって、 ・当該磁気素子は、固定方向の磁化を有する基準磁性層を有し、 ・当該磁気素子は、反強磁性層によって交換ピンニングされる記憶磁性層を有し、前記磁気素子が、前記反強磁性層の臨界温度より少なくとも高い温度に加熱され得るときに、前記記憶層の磁化方向が変化でき、 ・当該磁気素子は、前記基準層と前記記憶層との間に設けられたトンネル障壁を有する当該磁気素子において、 前記基準磁性層および/または前記磁性記憶層は、前記磁気素子を加熱するための少なくとも1つの不連続の電気抵抗薄層を有することを特徴とする磁気素子。」 ここで、上記「第2」「3」「3.1」のとおり、本願請求項1に記載の「前記記憶層」及び「前記磁性記憶層」は、いずれも「前記記憶磁性層」を意味すると解されるから、本願請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりのものと認める。 「熱支援磁場書き込みまたは熱支援スピン移動書き込みを用いる磁気素子であって、 ・当該磁気素子は、固定方向の磁化を有する基準磁性層を有し、 ・当該磁気素子は、反強磁性層によって交換ピンニングされる記憶磁性層を有し、前記磁気素子が、前記反強磁性層の臨界温度より少なくとも高い温度に加熱され得るときに、前記記憶磁性層の磁化方向が変化でき、 ・当該磁気素子は、前記基準層と前記記憶磁性層との間に設けられたトンネル障壁を有する当該磁気素子において、 前記基準磁性層および/または前記記憶磁性層は、前記磁気素子を加熱するための少なくとも1つの不連続の抵抗薄層を有することを特徴とする磁気素子。」 2 引用文献 これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された引用文献の記載事項及び引用発明は、上記「第2」「3」「3.2」に記載したとおりである。 3 対比・判断 本願発明は、上記「第2」「2」で検討した本件補正発明における限定を省いたものである。 そうすると、本願発明の構成要素を全て含み、さらに特定の点に限定を施したものに相当する本件補正発明が、上記「第2」「3」「3.4」に記載したとおり、引用発明、引用文献2の記載事項、及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用発明、引用文献2の記載事項、及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 4 むすび 以上のとおり、本願発明は、当業者が引用発明、引用文献2の記載事項、及び周知技術に基いて容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 したがって、本件は、他の請求項について検討するまでもなく、拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2015-06-19 |
結審通知日 | 2015-06-24 |
審決日 | 2015-08-04 |
出願番号 | 特願2011-500187(P2011-500187) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(H01L)
P 1 8・ 575- Z (H01L) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 石坂 博明、小田 浩 |
特許庁審判長 |
鈴木 匡明 |
特許庁審判官 |
飯田 清司 河口 雅英 |
発明の名称 | 熱支援書き込みを用いる磁気素子 |
代理人 | 鍛冶澤 實 |
代理人 | 江崎 光史 |
代理人 | 清田 栄章 |