• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  H01J
管理番号 1309870
審判番号 無効2013-800031  
総通号数 195 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-03-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-02-22 
確定日 2016-01-12 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第5128814号発明「質量分析器およびこの質量分析器のための液体金属イオン源」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第5128814号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第5128814号(以下「本件特許」という。)は、平成16年7月1日を国際出願日として国際特許出願されたものであって(優先権主張 平成15年8月25日)、平成24年11月9日にその設定登録がなされた。
その後、平成25年2月22日に無効審判が請求され、同年7月10日付けで被請求人から答弁書が提出され、同年11月1日に口頭審理が行われた。
また、同日付けで請求人から上申書が提出され、同年11月15日付けで被請求人から上申書が提出され、同年11月22日に請求人から再度上申書が提出された。
当審において、同年12月17日付けで審決の予告がなされたのち、平成26年3月26日付けで被請求人から上申書が提出されるとともに、同日付けで訂正請求がなされた。
これに対して、同年5月7日に請求人から上申書が提出された。

第2.訂正の請求について
1.訂正請求の内容
被請求人の平成26年3月26日付けの訂正請求は、本件の特許請求の範囲の請求項1を訂正請求書に添付した特許請求の範囲の請求項1のとおりに訂正すること(以下「本件訂正」という。)を求めるものであり、その内容は以下のとおりである。

訂正事項
特許請求の範囲の請求項1に「試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と」とあるのを、「固体試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と」に訂正する。
請求項1を引用する請求項2及び請求項3も同様に訂正する。

2.訂正の適否
(1)請求項1に係る訂正について
訂正事項は、訂正前の請求項1に記載された発明の発明特定事項である「試料」を「固体試料」と限定するものである。
上記訂正事項は、訂正前の請求項1に記載された試料を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そして、上記訂正事項は、本件特許の明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてするものであって本件特許明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
また、上記訂正事項は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
さらに、上記訂正事項に係る請求項1?3は、請求項2及び請求項3がそれぞれ請求項1を引用しているから、一群の請求項である。

3.むすび
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書き、並びに、同条第9項において準用する同法第126条第4項ないし第6項の規定に適合するので、結論のとおり訂正を認める。

第3 本件特許発明
本件訂正は、上記のとおり認められたので、本件特許の請求項1?3に係る発明(以下それぞれ「本件発明1」?「本件発明3」という。)は、それぞれ、訂正請求書に添付した特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって、固体試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と、二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており、前記イオン源は、加熱可能なイオンエミッタを有しており、該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており、該液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており、該一次イオンビームは、異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものにおいて、
前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり、その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり、該ビスマスイオン混合ビームから、それらの質量が単原子の1重または多重に電荷されたビスマスイオンBi_(1)^(P+)の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が、フィルタ手段により、質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり、該イオンビームは1種類のBi_(n)^(P+)イオンのみから成っており、その際n≧2およびp≧1であり、かつnとpはそれぞれ自然数であることを特徴とする質量分析器。
【請求項2】
質量の純粋なイオンビームのためにろ過されるイオンは、Bi_(2)^(+)、Bi_(3)^(+)、Bi_(3)^(2+)、Bi_(4)^(+)、Bi_(5)^(+)、Bi_(6)^(+)、Bi_(5)^(2+)またはBi_(7)^(2+)のうちの1種に属している請求項1記載の質量分析器。
【請求項3】
二次イオン質量分析器は、飛行時間型二次イオン質量分析器として動作可能である請求項1または2記載の質量分析器。」

第4 当事者の主張
1.請求人の主張及び証拠
請求人は、本件発明1?3についての特許を無効とする、審判費用は、被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として甲第1?5号証を提出し、以下のとおりの無効理由IIを主張している。
なお、無効理由Iは本件訂正に伴い撤回された(請求人が平成26年5月7日に提出した上申書参照)。
(無効理由II)
本件発明1?3は、甲第1号証及び甲第2号証に記載された発明並びに周知技術に基いて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

(甲第1?5号証)
請求人が提出した証拠方法は、次のとおりである。
(1)甲第1号証:Nonlinear effects in sputtering of organic liquids by keV ions,Iosif S.Bitensky,Douglas F.Barofsky,PHYSICAL REVIEW B VOLUME56,NUMBER21,pp.13815-13825
(2)甲第2号証:LIQUID METAL ION SOURCES-MASS SPECTROSCOPIC STUDY OF Ga,In,Sn,Au,Pb,AND Bi,Masanori Komuro,Proc.Int’l Ion Engineering Congress-ISIAT’83&IPAT’83,Kyoto(1983),pp.337-348
(3)甲第3号証の1:PRACTICAL SURFACE ANALYSIS SECOND EDITION VOLUME2-Ion and Neutral Spectroscopy(D.Briggs,M.P.Seah編、John Wiley&Sons Ltd)
(4)甲第3号証の2:表面分析、SIMS-二次イオン質量分析法の基礎と応用-D.ブリッグス、M.P.シーア編、志水隆一、二瓶好正 監訳、アグネ承風社)
(5)甲第4号証:A NOVEL,PULSED,LIQUID METAL ION TIME-OF-FLIGHT MASS SPECTROMETER,D.F.Barofsky,L.F.Jiang,and T.Y.Yen,(「ION FORMATION from ORGANIC SOLIDS(IFOS V)」(A.HEDIN,B.U.R.SUNDQVIST and A.BENNINGHOVEN編、John Wiley&Sons社、英国、1990年)87?91頁
(6)甲第5号証:Impact of slow gold clusters on various solids:nonlinear effects in secondary ion emission,M.Benguerba,A.Brunelle,S.Della-Negra,J.Depauw,H.Joret,Y,Le Beyec,M.G.Blain,E.A.Schweikert,G.Ben Assayag,and P.Sudraud,Nuclear Instruments and Methods in Physics Reserch B62(1991)8-22

2.被請求人の主張
被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として乙第1及び2号証を提出している。

(乙第1及び2号証)
被請求人が提出した証拠方法は、次のとおりである。
(1)乙第1号証:特願2006-524234号の拒絶査定不服審判の審判請求書
(2)乙第2号証:Low energy Ar^(+) ion sputtering of liquid and solid indium,Barry L.Hurst and C.Burleigh Cooper,Journal of Applied Physics.53(9)(1982)pp.6372-6375

3.口頭審理における両者の主張
口頭審理において、請求人及び被請求人は、それぞれ以下のとおり主張した。
(1)請求人
(a)本件特許発明は、固体ターゲットを対象とするものに限定解釈されるべきではない。
仮に、限定解釈されたとしても、無効理由2により無効とされるべきものである。
(b)測定効率を高めるという本件特許発明の目的からすれば、重要なのは二次イオン生成量であって、なぜ生成効率が問題となるのかは本件特許明細書からは明らかではない。

(2)被請求人
(a)本件特許発明は、明細書の記載及び当業者の出願当時の技術常識に照らして、固体ターゲットを対象とするものに限定解釈されるべきものである。
(b)本件特許発明が固体ターゲットを対象とするという前提で、ターゲットの消費を少なくするためには、二次イオン生成効率が重要となる。
このことは、イオン源にBiを用いることの動機付けに関して重要である。

第5 当審の判断
1.本件発明1について
(1)無効理由II
上記のとおり(「第4 当事者の主張」の「1.請求人の主張及び証拠」参照)無効理由Iは撤回されたので、無効理由IIについて判断する。

(2)甲各号証の記載
(a)甲第1号証の記載事項
甲第1号証刊行物には、次の事項が記載されている。(請求人の訳文を採用し、日本語訳を記載する。)
(a1)訳文3頁22行?36行
「最近、有機液体からスパッターの研究結果がYenとBarofskyから報告された。モノヌクレオチドの陰イオンや有機界面活性剤の陽イオンや水素化物イオンの生成量も含め、この新しいデータが、以前可能なより広範囲の一次粒子と照射エネルギーの両方に関して、スパイク確率モデルの有効性を検討する機会を提供する。一般に、液体マトリックスの表面層から放出された二次検体イオンの数は、検体の化学環境やその表面活性や衝突する一次粒子の動的性質に支配される。有機液体システムは、エネルギースパイクが生ずる可能性がほとんど無い、まさにそのスパッタリング領域に飛び込んでくる。それにもかかわらず、モノヌクレオチドと有機界面活性剤の完全なイオンの放出は、スパイクの形成によって支配される非線形スパッタリング現象を明確に反映する。水素化物イオンの放出は、対照的に、線形衝突カスケードの形成によって支配される過程を示す。従って、このデータもまた、明らかに異なるクラスの二次イオン放出に於ける、エネルギースパイクの効果に対するスパイク確率モデルをテストする機会を提供する。
現在の論文では、スパイク確率モデルの的確な特徴が要約されており、モデルに基づく計算が、有機物液体から最近得られたkeVイオンスパッタリングデータと比較される。」
(a2)訳文7頁14行?8頁17行
「IV.実験
この論文の実験的基礎データは、7-66keVの範囲の運動エネルギーを持つ様々な単原子や多原子金属イオンで液状有機マトリックスを照射することにより得られた。このデータを得るために用いられた装置と手法は、詳細に別論文で述べられた。従って、実験システムの主な特徴の簡潔な説明だけ、この論文では与えられる。
全ての測定は、特別に組み立てられた、飛行時間型(TOF)二次イオン質量分析器にて行われた。Ga、In、Sn、Au又はBiの一次イオンビームは、本装置において、ウィーンフィルターと組み合わせた液体金属イオンカラムによって生成された。液体金属イオンカラムは、研究のために選択した金属の単原子及び多原子の1価や多価のイオンビームを生成する。ウィーンフィルターは、液体金属イオンカラム中に生成された金属イオンのうち、同種のもののみ、即ち、同じ数の原子数且つ同じ荷電状態を有するものから構成される粒子のみを通すために、一次イオン源の質量分析器として設けられた。この配置により、一次イオンビームの組成、エネルギー及び運動量が、二次イオン生成量測定に対して、正確に特定されるようになった。
スパッタリングターゲットは、ヘキサデシルピリジニウム(HDP;C_(21)H_(38)N)酢酸塩(C_(2)H_(3)O_(2))とグリセリン(C_(3)H_(8)O_(3))の溶液で溶かされたデオキシアデノシン-5’-一燐酸(dAMP;C_(10)H_(14)N_(5)O_(6)P)或いはデオキシグアノシン-5’-一燐酸(dGMP;C_(10)H_(14)N_(5)O_(7)P)のどちらかでできている。界面活性剤であるHDP酢酸塩の役割は、dAMP又はdGMPの陰イオンとのイオン対を形成し、それによってグリセリン・マトリックスの表面上に検体を局在化させることであった。ターゲット溶液は、糸上のビーズのように、細い(25μm)タングステン線上の小滴(?3nL)として、質量分析器のイオン源へ導入された。
通常とは異なる方法が用いて、ターゲットに一次イオンのパルスを運んだ。一次ビームをブランキング或いはチョッピングして、小さく、時間・空間的にパンチされたイオンのパケットの代わりに、収束された一次イオンビーム(スポット直径?10μm)が、ターゲット小滴(直径?160μm)の全幅を周期的(1.2kHz)に掃引され、ターゲットの表面から二次イオンの約6nsのバーストが周期的にスパッターされた。与えられた実験中での一次イオンのドーズ量は、ビームがターゲットを横切るのに必要な時間、掃引回数(300000)及び測定されたビーム電流から決められた。
生成量の絶対値の実験的評価には、TOF分析器の透過率及び検出器の検出効率が正確に分かることが必要である。これらの2つの装置パラメーターの普遍的な値を得るのは難しいが、一連の測定の間、それらは本質的に一定に保たれる。これが、ある参照種のために集めた二次イオンの数で、各二次イオン種に対して集めたイオンの数を割ることによって、相対的に、透過率と検出効率を固定して、全データを表すことを可能にする。この研究で、参照にした測定として、与えられた種の相対的生成量が、1価の単原子の金一次イオンの比較可能なドーズ量の照射によって生成されてプロトン脱離させられたdAMPイオンの数で割られた、用いられた一次イオンの与えられたドーズ量に対するTOF分析器で検出された二次イオンの数として、決められた。」
(a3)訳文10頁3行?25行
「B.実験との比較
グリセリンの表面領域からの二次イオン生成量の非線形性は、入射Bi原子当たりの二次分子イオン生成量が入射Bi原子当たりの運動エネルギーに対してプロットされた、図2でより明らかに見ることができる。最大の効果は、一次イオンがBi^(+)からBi_(2)^(+)に変えられた際に起こる。Bi_(2)^(+)の原子当たりの生成量が、Bi^(+)の原子当たりのものより約4倍大きいという事実は、スパッタリング生成量が一次イオンエネルギーと共にかなりゆっくり増加することとBi_(2)^(+)一次粒子の全運動エネルギーがBi^(+)の一次粒子のたった2倍であるということを考慮すれば、衝撃的である。
単原子及び多重原子のAuイオンによる衝突の下、プロトン脱離させられたdAMPの測定生成量と式(5)からつくられた理論曲線との類似した比較は、図3と4に示される。図3と4に見られる傾向は、固体有機フィルムを金原子クラスター衝突した際の、Benguerba等によって測定された、分子イオン生成量で見られるものと一致している。
図1-4に示される曲線から、後者のものがAu^(+)やBi^(+)のような重い単原子イオンによって衝突された場合、スパイク形成確率が、凝集相の有機マトリックスの表面領域から放出される大きな非破壊分子の二次イオン生成量に影響を与えることは明らかである。keVイオンによって生成された非線形スパッタリング効果に対するエネルギースパイクの影響の更なる証拠は、軽い、単原子の一次イオンGa^(+)やIn^(+)に対する生成量データに含まれる。Ga^(+)、In^(+)及びBi^(+)一次イオンに対して、グリセリンの表面領域からのプロトン脱離させられたdAMP分子の二次イオン生成量が、核阻止能(Nuclear stopping power)と一次イオンエネルギーに対して、図5及び6それぞれに示されている。再び、式(5)の計算結果は、実験データと十分一致するが見られる。フィッティングパラメーターが2つの図中で示される理論的曲線の全てに同じ値を持つということは、これらのパラメーターがマトリックスと二次分子の特性にのみ依存するという仮定を支援する。」
(a4)「図2


(a5)「図4


(a6)「図6



(b)甲第2号証の記載事項
甲第2号証刊行物には、次の事項が記載されている。(請求人の訳文を採用し、日本語訳を記載する。)
(b1)訳文1頁5行?23行
「1.はじめに
半径0.1-10umの針に保持された液体金属の表面は、(テーラーコーン形成の)臨界値を超える高電界にさらされると、針頂点における液滴の形が円錐形となり、同時にイオンの放出が観測される。このような種類のイオン源は液体金属イオン源(LMIS)又は電気流体(EHD)イオン源と呼ばれ、微小な放出面積から大電流が得られガスの発生がないことから、収束イオンビームによる微細加工や分子線エピタキシーによる薄膜成長時の不純物ドーピングなどの多くの応用に向けた開発が行われてきた。
現在、低電流時(およそ10uA未満)では電界蒸発が主要な過程であり、電流を増すことにより気相電界電離などの表面を離れた中性粒子の電離過程の寄与が大きくなると考えられている。確かに、単原子金属イオン源の主イオン種については電界蒸発に必要な電界の大きさの計算から予想される通りであると報じられているが、クラスターイオンを含むイオン種について定量的な議論はない。
B、SiやAsなどの高融点で高蒸気圧な元素をイオン化するために共晶合金からなるイオン源が最近作られた。その多くで純金属の蒸発電界から期待されるとおりの価数のイオンが得られている、しかしながら蒸発電界の計算に用いた昇華エネルギーなどの物理パラメーターは合金と純金属では異なっている。
この論文では、Ga、In、Sn、Au、PbとBiの液体金属イオン源についてさまざまな条件下で測定した質量スペクトルを用いて示し、これらの結果に基づいてこれらのイオンのイオン放出機構についてより定量的な議論を行う。」
(b2)訳文1頁24行?2頁10行
「2.実験
放出されたイオンの運動量分布を、図1に示す径15cmの60度扇形磁石を用いて測定した。イオン源は通常、電圧を2.5-3kVの一定値に保ち、引き出し電極に印加する負電圧により全イオン電流を制御した。いくつかの事例においては、イオン源の輝度を上げ、検出限界を高めるために加速電圧を最大8kVまで上げた。全イオン電流Itを正確に測定するために、2次電子反射器の電位は全電流捕集電極に対して負に保った。引き出されたイオンはエミッターからの見込み角8mradの磁石の入射スリットを通り、質量分解されて、ファラデーカップ前面のスリットに収斂する。最初にこのスリット幅を1mmに設定し、加速電圧2kVで質量分解能160、エネルギー分解能15eVの条件下でイオン電流、イオン源温度をいろいろと変えて、いくつかの放出角度における質量スペクトルを取得した。
定量的な議論を深めるために各イオン種ごとの積分強度を算出する必要がある。この目的のために、スリットの間隔を0.2mmに狭め、2.5kVにおける質量とエネルギーの分解能をそれぞれ800と3eVに高めた。質量の掃引は目的とする質量ピークの近傍に留め、各イオン種のエネルギースペクトルを記録した。この時のエネルギースケールは加速電圧の正確な増分により校正し、各イオン種の積分強度は、電圧-周波数変換機とパルスカウンターからなる積分電流計を用いて測定した。
イオン源のエミッターの構造は、Ga、InとSnではW針を取り巻きコイル状に整形されたTa線の金属溜からなる。Au、PbとBiではそれぞれW、Niとニクロムの線からなる。
これらの元素のイオン放出機構にかかわる物理的性質は表1にまとめて示す。」
(b3)訳文2頁11行?27行
「3.結果
3.1放出されたイオンの組成
Ga、In、Sn、Pb、BiとAuのいくつかのイオン電流における質量スペクトルを図2-7に示す。これらのスペクトルに共通して認められる特徴は2価の原子イオンM^(++)のピークの高さがM^(+)のそれに比べてItの増加に対して急速に増加していること、It<=1uAでのクラスターイオンのピーク幅がとても狭く、M^(+)やM^(++)のそれと同程度であることである。明らかに見て取れるように高電流におけるAuとPbのスペクトルで、クラスターイオンは2つのピークに分裂し、そのことはこれらのイオン種においてエネルギー分配が大きく変わっていることを意味する。ピークの高さからそれぞれのイオン種の強度を正確に求められないとしても、表2に示すように、M^(+)、M^(++)とクラスターイオン電流の割合を示すことは実用上重要である。クラスターイオン放出が基本的に液体金属の性質に依存するのは尤もなことである。言い換えるならば、GaとIn、SnとPbのように周期律表の同じ族に属する元素では、クラスターイオン電流は同じである。このことはGaは高温において単位面積単位時間当たりに蒸発する原子数が、BiやPbの融点におけるそれに匹敵するにも関わらず、クラスターイオンの量は40-600℃の温度範囲においてあまり変化しないことからも示される。SnやPbのクラスターイオンの場合についてもItの増大によりM_(2)^(+)のピーク高さが増し、M_(7)^(++)がつねに観測されるという類似性を見出せる。」
(b4)「表2


(b5)「図16


(b6)「図17



(c)甲第3号証の記載事項
甲第3号証の1及び2には、二次イオン質量分析器及びそれに用いる液状金属イオン源に関する技術が記載されている。

(d)甲第4号証の記載事項
甲第4号証には、飛行時間型二次イオン質量分析器に関する技術が記載されている。

(e)甲第5号証の記載事項
甲第5号証には、液体金属イオン源からの様々なAuのクラスターイオンを一次イオンとして様々なターゲットに衝突させた際に生成される二次イオンに関する飛行時間型質量分析器を用いた研究が記載されている。

2.甲第1号証に記載された発明
上記記載を含む甲第1号証全体の記載及び当業者の技術常識を総合すると、甲第1号証には、以下の発明(「引用発明」という。)が記載されている。
「飛行時間型(TOF)二次イオン質量分析器にて行われる測定に用いる分析装置であって、研究のために選択した金属の単原子及び多原子の1価や多価のイオンビームを生成する液体金属イオンカラムと、液体金属イオンカラム中に生成された金属イオンのうち、同種のもののみ、即ち、同じ数の原子数且つ同じ荷電状態を有するものから構成される粒子のみを通すウィーンフィルターとを組み合わせることによって、Ga、In、Sn、Au又はBiの一次イオンビームの組成、エネルギー及び運動量が、二次イオン生成量測定に対して、正確に特定されるようになっており、
一次イオンがBi^(+)からBi_(2)^(+)に変えられた際に、Bi_(2)^(+)一次粒子の全運動エネルギーがBi^(+)の一次粒子のたった2倍であるのに対してBi_(2)^(+)の原子当たりの生成量が、Bi^(+)の原子当たりのものより約4倍大きいという事実が測定され、
Ga^(+)、In^(+)及びBi^(+)一次イオンに対して、グリセリンの表面領域からのプロトン脱離させられたdAMP分子の二次イオン生成量が一次イオンエネルギーに対して測定された、
分析装置。」

3.検討
(1)対比
本件発明1と引用発明とを対比する。
(a)引用発明の「飛行時間型(TOF)二次イオン質量分析器にて行われる測定に用いる分析装置」は本件発明1の「二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器」に相当する。
引用発明は「グリセリンの表面領域からのプロトン脱離させられたdAMP分子の二次イオン生成量を一次イオンエネルギーに対して」測定しているから、当業者の技術常識を参酌すれば、本件発明1の「試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と、二次粒子の質量分析のための分析ユニット」に相当する構成を有する。
(b)引用発明の「液体金属イオンカラム」中の「選択した金属の単原子及び多原子の1価や多価のイオンビーム」は、本件発明1の「一次イオンビーム」と同様に「異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有して」いる。
したがって、引用発明は、本願発明1の「液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有して」いる構成に相当する構成を有する。
(c)また、引用発明の上記「ウィーンフィルター」と本件発明1の「フィルタ手段」は、ともに「イオン混合ビームから、それらの質量が単原子の1重または多重に電荷された特定イオンの複数倍となる複数の特定イオン種のうちの1種が質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であるフィルタ手段、」で共通する。
(d)引用発明のイオンビームの「多原子の値」及び「多価の値」は、それぞれ本件発明1のn及びpに相当し、これらの値が自然数(n≧1およびp≧1)であることは自明である。

(2)一致点
以上のことより、本件発明1と引用発明とは、
「二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって、試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と、二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており、液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており、該一次イオンビームは、異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものにおいて、
イオン混合ビームから、それらの質量が単原子の1重または多重に電荷された特定イオンの複数倍となる複数の特定イオン種のうちの1種が、フィルタ手段により、質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり、該イオンビームは質量が単原子のn倍でp重に電化された1種類の特定イオンのみから成っており、p≧1であり、かつnとpはそれぞれ自然数である質量分析器。」
の発明である点で一致し、次の点で相違する。

(3)相違点
(a)相違点1
本件発明1では、イオン源が「加熱可能なイオンエミッタを有しており、該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており」、「前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり、その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり」、用いるイオンビームが「n≧2」であるのに対して、引用発明では、「一次イオンビームはGa、In、Sn、Au又はBiの液体金属イオンカラム中に生成された金属イオン」であるものの、イオン源の具体的構成が不明で、用いるイオンビームが「n≧1」である点。

(b)相違点2
本件発明1の試料が「固体試料」であるのに対して、引用発明のそれは「グリセリン」であって、甲第1号証全体の記載を参酌すれば「液体試料」である点。

(4)相違点に関する判断
(a)相違点1
甲第3号証の1及び2によれば、本件特許出願の優先日当時、二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器において、イオン源として「加熱可能なイオンエミッタを有しており、該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されて」いる構成のイオン源を用いることは、周知技術であった事実が認められる。
そして、引用発明のイオン源として当該周知のものを用いることに、格別の技術的困難性も、阻害要因も認められない。
ところで、(あ)引用発明において「一次イオンがBi^(+)からBi_(2)^(+)に変えられた際に、Bi_(2)^(+)一次粒子の全運動エネルギーがBi^(+)の一次粒子のたった2倍であるのに対してBi_(2)^(+)の原子当たりの生成量が、Bi^(+)の原子当たりのものより約4倍大きいという事実が測定され」たことから、当業者は引用発明においてはBiの一次イオンとしては単原子イオンよりクラスターイオンの方が二次イオンの生成量が多くなるという認識を持つ。
同様に、(い)甲第1号証の図6に接した当業者は、引用発明においてはGaやInよりはBiを用いた方が二次イオンの生成量が多くなるという認識を持つ。
また、(う)甲第2号証の表2には、針に保持された液体金属の表面からイオンが放出される種類の液体金属イオン源においては、Biのクラスターイオン比率の値はGa、In、Sn、Au及びPbに比べて高いことが開示されている。
同様に、(え)甲第2号証の図16及び図17には、同様のイオン源においては、Auイオンに比べてBiイオンの方がクラスターイオンが含まれる割合が大きいことが示されている。
上記(あ)?(え)の事実を考慮すれば、当業者が引用発明を実施する際に、その対象となる「液体金属イオンカラム中に生成されたGa、In、Sn、Au又はBiの金属イオン」の中から「n≧2」であるBiクラスターイオンを選択しようとすることを妨げる積極的な理由は存在しない。
してみると、引用発明に上記相違点1に係る構成を採用することは、当業者が容易になしうる事項である。

(b)相違点2
本件発明1のような、試料に一次イオンビームを照射することによって発生した二次粒子を分析する構成の質量分析器においては、試料として、従来から液体試料も固体試料もともにその対象とされていたこと(甲第4号証参照)、甲第1号証には固体試料の測定結果に関する記載が見てとれること(第13819頁右欄「B.Comparision with experiment」の欄の15?18行参照)、引用発明を固体試料に適用することに、格別の技術的困難性も阻害要因も認められないこと、等を総合的に勘案すれば、引用発明の試料を固体試料とすることは当業者が容易になしうる事項というべきである。
なお、この点について被請求人は、平成26年3月26日付けの上申書(第9頁12?26行参照)において「本件特許明細書等に示す実験結果は、固体試料であればこそ可能であって、液体試料においては、試料のスパッタリングされた箇所は常に周囲の液体試料によって補充されるので、試料の量は無限になる可能性があり、二次イオン生成効率が高くなる一次イオンビームを選択する理由がない」旨主張している。
しかしながら、本件発明1が二次イオン生成効率を高くすることによって分析時間を短縮することをも目的とするもの(本件特許明細書段落【0007】参照)であることに照らせば、被請求人の上記主張には理由がない。
また、被請求人の上記主張は、カラーフィルタのような「分析対象が表面にのみ存在し、しかもその量が極めて限定されたものである」固体試料を前提としているが、本件発明1は試料の表面のみならず内部もその分析対象としている(答弁書第13頁8?10行参照)ものであり、しかも、液体試料と固体試料とにかかわらず、試料のスパッタリングされた箇所が破壊されることに変わりはないのであるから、被請求人の上記主張には、重ねて理由がない。

(5)本件発明1が奏する効果
本件発明1によってもたらされる効果は、引用発明及び周知技術から当業者が予測し得る程度のものであるから、格別のものではない。

(6)小括
以上のとおり、本件発明1は、引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4.本件発明2について
(1)本件発明2と引用発明の一致点・相違点
本件発明2と引用発明を対比すると、上記「3.(2)一致点」で述べた一致点で一致し、「3.(3)相違点」で述べた相違点1及び2に加えて次の相違点3において相違する。

(2)相違点3
質量の純粋なイオンビームのためにろ過されるイオンが、本件発明2では「Bi_(2)^(+)、Bi_(3)^(+)、Bi_(3)^(2+)、Bi_(4)^(+)、Bi_(5)^(+)、Bi_(6)^(+)、Bi_(5)^(2+)またはBi_(7)^(2+)のうちの1種に属している」のに対して、引用発明では具体的な特定がない点。

(3)判断
相違点1及び2については、上記「3.」の「(4)相違点に関する判断」において既に検討したとおりである。
相違点3について、引用発明にBi_(2)^(+)が含まれており、甲第1号証にBi_(2)^(+)及びBi_(3)^(+)に関する言及がある(図2参照)ことを考慮すれば、引用発明に上記相違点3に係る構成を採用することは、当業者が容易になしうる事項である。

(4)本件発明2が奏する効果
そして、本件発明2によってもたらされる効果は、引用発明及び周知技術から当業者が予測し得る程度のものであるから、格別のものではない。

(5)小括
以上のとおりであり、本件発明2は、引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5.本件発明3について
(1)本件発明3と引用発明一致点・相違点
本件発明3と引用発明を対比すると、上記「3.(2)一致点」で述べた一致点で一致する。
また、引用発明の「飛行時間型(TOF)二次イオン質量分析器」は、本件発明3の「飛行時間型二次イオン質量分析器」に相当する。

(2)相違点
そうすると、本件発明3と引用発明は、上記「3.(2)一致点」及び「3.(3)相違点」で述べた一致点を有し、相違点1及び2を有する。

(3)判断
そして、相違点1及び2については、上記「3.」の「(4)相違点に関する判断」において既に検討したとおりである。

(4)本件発明3が奏する効果
また、本件発明3によってもたらされる効果は、引用発明及び周知技術から当業者が予測し得る程度のものであるから、格別のものではない。

(5)小括
以上のとおり、本件発明3は、引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

6.まとめ
本件発明1?3は、いずれも、甲第1号証に記載された発明及び周知技術及に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。

第6 結論
以上のとおりであるから、他の証拠を検討するまでもなく、本件特許第5128814号の請求項1ないし3に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきものである。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
質量分析器およびこの質量分析器のための液体金属イオン源
【技術分野】
【0001】
本発明は、二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって、試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と、二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており、前記イオン源は、加熱可能なイオンエミッタを有しており、該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており、該液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており、該一次イオンビームは、異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものに関する。本発明は、またこの質量分析器のためのイオン源に関する。
【背景技術】
【0002】
本明細書では、「ビスマス」をIUPAC命名法推奨の“Wismut”の代わりに“Bismut”と表記することを選択する〔ROEMPP;CHEMIELEXIKON(レンプ著「化学辞典」、第9版)、“Bismut”と“Wismut”の項参照〕。さらに、質量と電荷とに関するクラスターにおけるイオンのための以下のような通常の表示が使用されている。
Bi_(n)^(p+)
この場合、nは、クラスターにおける原子の数を示し、p+は、電荷を示している。
【0003】
特に、飛行時間型二次イオン質量分析器(Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectroscopy; TOF-SIMS)として操作される二次イオン質量分析器において、液状金属イオン源を使用するのは公知である。本出願人により、本明細書冒頭部の本発明の上位概念に記載の従来技術を示す、分析器用液状金属(金クラスター)イオン源が提供されている(カタログ“Liquid Metal Gold Cluster Ion Gun for Improved Molecular Spectroscopy and Imaging”、日付なし、2002年発行参照)。
【0004】
単原子のガリウムイオンから成る一次イオンビームと比較すると、TOF-SIMSの効率は、例えばタイプAu_(3)^(+)のような、金一次クラスターイオンにより、著しく向上している。一次イオンビーム用の材料として金を使用する場合の欠点は、金イオンの発生の際にタイプAu_(1)^(+)の金イオンがもちろん優勢になり、Au_(2)^(+)、Au_(3)^(+)のようなクラスターフォーマットが全イオン流における僅かの部分しか占めない。
【0005】
二次イオン質量分析器用の、他のクラスターを形成する、ただ1つの天然の同位元素を有する物質を強く探し求める過程で、ビスマスが探し当てられた。ビスマスは、271.3℃の融点を持つ異方性物質である。ビスマスと並んで、Bi+Pb,Bi+Sn、Bi+Znの様なビスマス合金が公知である。これらビスマス合金は、純粋なビスマスよりも低い融点(46℃乃至140℃)を有している。液体金属イオン源にとって、しかしながら、純粋なビスマスのほうが優れている。
【0006】
米国特許第6002128号明細書には、ビスマスは、電荷された粒子を発生するために適していると記載されている。しかし、ビスマスによるクラスター形成も液体金属イオン源の可能性も記載されていない。特開平03-084435号明細書にも、高い分解能を有する質量スペクトルが得ることができる、二次イオン質量分析器用の較正用合金が記載されている。この場合、 負の二次イオン化率の高い元素として、V,Ge、Cd、OsおよびBiが挙げられている。これら挙げられた元素の同位元素曲線(パターン)は、再現可能な特性スペクトルを示している。しかしながら、この公報には、クラスター形成または液状金属イオン源については何も記載されていない。さらに、ビスマスが、クラスター発生にとって特に適していることも述べられていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、高いデータレート(Datenraten)と短い分析時間とによる二次イオン形成の高い効率を達成するために、二次イオン質量分析器の操作のための、クラスターイオンに関し改善された生成量を有するイオン源を提供する点にある。提案された改良は、不変の試料表面の二次イオン形成の高い効率Eと、大きなクラスター流とを組み合わせて、分析時間の相応する短縮を導いている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この課題は、請求項1もしくは6の冒頭に記載の前提部の二次イオン質量分析器もしくは所属のイオン源において、液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり、その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり、該ビスマスイオン混合ビームから、それらの質量が単原子の1重または多重に電荷されたビスマスイオンBi_(1)^(P+)の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が、フィルタ手段により、質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり、該イオンビームは1種類のBi_(n)^(P+)イオンのみから成っており、その際n≧2およびp≧1であり、かつnとpはそれぞれ自然数であることにより解決されている。
【0009】
二次イオン質量分析は、分析される固体表面の破壊によるので、表面の一部は壊される。所与の固体表面から、従って、分子二次粒子が、限定数だけ発生し検出することができる。特に、固体表面の分子成分は、一次イオン衝撃により崩壊し、分析に使用できなくなる。分子表面の分析のためのTOF-SIMSのより広範な使用のため、有機体に対するこれまで達成可能な検出感度の向上が要求される。このような検出感度の向上は、厚い有機体層からの、二次粒子、特に二次イオンの効率的な形成が必要となる。提案された改良により、不変な試料表面の二次イオン形成の効率Eが向上する。
【0010】
効率Eの値は、分析器により検出された、表面単位につき、完全に使い尽くされた単層から捕捉できる二次粒子の数に対応する。この効率から、どのくらいの二次イオンが、選択された衝撃条件下の小さな面の化学分析において検出できるのか算出される。
【0011】
特に好適にものは、質量の純粋なイオンビームのためにろ過されるイオンが、Bi_(2)^(+)、Bi_(3)^(+)、Bi_(3)^(2+)、Bi_(4)^(+)、Bi_(5)^(+)、Bi_(6)^(+)、Bi_(5)^(2+)またはBi_(7)^(2+)のうちの1種に属していることである。好ましくは、全イオン数における比較的高い割合を占めるイオン種で作業すべきである。
【0012】
二次イオン質量分析器は、飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)として動作可能であると有利である。なぜなら、この型式に関しては、豊富な経験があり、その操作の潜在利用者が一番多いからである。
【0013】
湿潤性、安定性および作業性から、ビスマス被覆のための、ニッケルクロム先端部を備えたイオンエミッタが、現在の水準では、適している。
【0014】
二次イオン質量分析器の動作中の平均的な放射流の強さとして、10^(-8)と5×10^(-5)Aの間の一次イオンビームの放射流の強さが選ばれる。
【0015】
純粋なビスマスの代わりに、ビスマスの金属合金が採用される場合には、好ましくは、ビスマスの割合が高く、低い融点を有する金属合金が選択される。例えば、Ni,Ag,Pb,Hg,Cu,Sn,Znから選ばれた1つ又は複数の金属とのビスマス合金が、液体金属被覆として選択されており、この場合有利には、融点が、純粋なビスマスの融点以下である合金が選択されている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の主要な特性、利点および構造原理を図に基づいて説明する。
図1は、液状金属イオン源の発生システムの構造の略示図である。図2は、1μAの放射流における相応するエミッタ用の原子の、容易に電荷される種Bi_(1)^(+)若しくはAu_(1)^(+)に正規化される放射流比率が示されている。図3は、異なる一次イオン種を有する色素フィルター配列の色素の横分配(413uと640u)の種々の写真であり、この場合、分析条件として、視野サイズ50×50μm^(2)における25keVが選択されている。TOF-SIMSの構造自体は、周知であり、本出願人のドイツ国特許公開第4416413号の明細書と図1を参照のこと。
【0017】
TOF-SIMSに適した液体金属イオン源は、本出願の図1に図示されている。液体金属イオン源は、材料加工および表面分析のために非常に広く使用されている。このイオン源は、約10nmの非常に僅かな実際の大きさと高い指向性の特性をもつ。これらの特性により、液体金属イオン源では、非常に良好にビーム収束させることができる。その際、7nmまでのビーム直径が可能で、その際比較的大きなビーム流を得ることができる。
【0018】
図1には、液体金属イオン源からのイオンのための発生システムが、エミッタユニット1として略示されている。担体ユニット7が、両端部にそれぞれ1つの剛性の供給線6を有している。この場合、供給線6を介して、強さを調節可能なヒータ電流が供給される。両供給線6は、貯留部5と接続されている。貯留部5内には、エミッタユニット1の稼働中に、溶融したビスマスが貯蔵されている。貯留部5と同心上に、エミッタニードル1が突出している。エミッタユニット1は、ビスマスが溶融状態に維持されかつニードルをぬらしている温度に保持される。
【0019】
エミッタニードル1は、ニッケルクロム合金からなりかつその先端まで、液状のビスマス4でぬらされている。エミッタニードルは、約200μmの線材直径と、先端部において2μm乃至4μmの曲率半径を有している。エミッタユニット1は、射出シャッタ2に対して同心上に配置され、かつ抑制ユニット3によって取り囲まれている。
【0020】
高電圧を、射出シャッタ2とぬれたエミッタニードル4との間に印可すると、ニードル4の先端に、所定の電圧から、液状のビスマスから形成される鋭角的な円錐、いわゆるテイラーコーンが形成される。ニードル4の先端の、先端と結合されたテーパー部は、電場強度の明らかな上昇につながる。電場強度が、電界脱離に十分になると、テイラーコーンの先端部において、金属イオンが放射される。図示の形式の液体金属イオン源の放射流は、ほぼ0.2μAと5μAとの間にある。
【0021】
図2には、1μAの放射流におけるAuGeエミッタおよびBiエミッタ用の原子の、容易に電荷されるイオンに正規化された形で、ビスマスと金の放射流比率が図示されている。
【0022】
ビスマスの正規化された放射比率は、金の正規化された放射比率よりも明らかに良好であることが認識される。低融点を達成するために、合金成分が必要である金に比べて、ビスマスは、純金属として使用できるさらに別の利点がある。融点は、271.3°Cで比較的低い。これに加えて、ビスマスの場合、金の場合に比べて、融点を支配する蒸気圧が低い。別の利点として重要なことは、金の場合、放射されたイオン流が、ゲルマニウムのような合金成分と混合するので、質量フィルタに対する仕様が高くなってしまう点である。
【0023】
Au_(1)^(+)とBi_(1)^(+)との絶対放射流は、ほぼ等しい。従って、原子の、容易に電荷されるビーム成分Au_(1)^(+)とBi_(1)^(+)とが明らかに大きいと、生成クラスター量において明確な相違が表れる。容易に電荷されるイオンの場合、Au_(n)^(+)に対するBi_(n)^(+)の利点は、クラスターの大きさと共に、常に大きくなる。二重電荷されるクラスターイオンは、ビスマスの場合しか、顕著な強さで放射されない。
【0024】
図2に示したクラスター成分は、1μAの総放射流に関連する。クラスター成分は、放射流と関連するので、クラスター流は、ビスマスのための別のパラメータと関連してさらに大きくなる。
【0025】
従来技術と本発明を比較するために、同一の液状金属イオン質量分光計で、同一の有機表面を、異なる一次イオン種で分析する(図3参照)。試料は、例えば、デジタルカメラにおいて、色情報を提供するために、受光CCD面の前に装着されるカラーフィルタ(colour filter array)である。この試料は、比較基準として非常に適当である、なぜならこの試料は、非常に均質でかつ再現可能に製作されるからである。その上、一次イオン種間の得られた相違は、全く類型的でかつ定性的に、別の分子固体表面に置き換えることができる。
【0026】
図3に示す画像列は、質量413uと質量641uとを有する2つの使用された色素の横分配を示している。一次イオン衝撃後の表面の増大する破壊により、信号強度が連続的に減少する。図示の種類の全ての一次イオン種のためには、表面が同じ損傷度の場合の合計された信号強度が示されている(信号強度の1/e低下)。得られた信号強度は、従って分析の効率の尺度である。
【0027】
非常に僅かなAu_(3)^(+)クラスター流は、比較的長い測定時間につながる。Bi_(3)^(+)クラスターの使用により、一次イオン流は、Au_(3)^(+)に比べてファクタ4乃至5だけ増大する。生成量の僅かな増大により、データレートの上昇が生じる。信号強度の1/e低下は、Au_(3)^(+)一次イオンでは、750s後に、Bi_(3)^(+)一次イオンでは、既に、180sの明らかに短い分析時間で達成される。測定時間の減少は、この場合、増大したBi_(3)^(+)クラスター流に帰するものである。Bi_(3)^(++)の選択も類似の短い測定時間につながる。効率の向上は、例えばBi_(7)^(++)のようなより大きなクラスターを使用することにより達成される。もちろんこれらクラスター流は、比較的僅かであるので、分析時間は、全体では、延長されることになる。
【0028】
測定時間は、分析時間の主要な部分であるので、Bi_(3)^(+) もしくはBi_(3)^(++)の使用によるデータレートの上昇が、試料の処理能力の相応する増大につながる。
【0029】
測定時間に関する上記記載の利点に加えて、ビスマスエミッタは、金エミッタに比較して、放射流が少ない場合の放射の安定性と、放射されたイオンの種類の質量分離とに関する利点を有している。上記記載の利点は、従って、ビスマスエミッタが、従来では期待できなかった、著しい経済的かつ分析技術的な利点を有していることを認識させるものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】液状金属イオン源の発生システムの構造の略示図
【図2】1μAの放射流における相応するエミッタ用の原子の、容易に電荷される種Bi_(1)^(+)若しくはAu_(1)^(+)に正規化される放射流比率を示すグラフ
【図3】異なる一次イオン種を有する色素フィルター配列の色素の横分配(413uと640u)の種々の写真図
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
【請求項1】
二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって、固体試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と、二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており、前記イオン源は、加熱可能なイオンエミッタを有しており、該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており、該液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており、該一次イオンビームは、異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものにおいて、
前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり、その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり、該ビスマスイオン混合ビームから、それらの質量が単原子の1重または多重に電荷されたビスマスイオンBi_(1)^(P+)の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が、フィルタ手段により、質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり、該イオンビームは1種類のBi_(n)^(P+)イオンのみから成っており、その際n≧2およびp≧1であり、かつnとpはそれぞれ自然数であることを特徴とする質量分析器。
【請求項2】
質量の純粋なイオンビームのためにろ過されるイオンは、Bi_(2)^(+)、Bi_(3)^(+)、Bi_(3)^(2+)、Bi_(4)^(+)、Bi_(5)^(+)、Bi_(6)^(+)、Bi_(5)^(2+)またはBi_(7)^(2+)のうちの1種に属している請求項1記載の質量分析器。
【請求項3】
二次イオン質量分析器は、飛行時間型二次イオン質量分析器として動作可能である請求項1または2記載の質量分析器。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2014-05-26 
結審通知日 2014-05-30 
審決日 2014-06-10 
出願番号 特願2006-524234(P2006-524234)
審決分類 P 1 113・ 121- ZA (H01J)
最終処分 成立  
前審関与審査官 佐藤 仁美  
特許庁審判長 神 悦彦
特許庁審判官 北川 清伸
土屋 知久
登録日 2012-11-09 
登録番号 特許第5128814号(P5128814)
発明の名称 質量分析器およびこの質量分析器のための液体金属イオン源  
代理人 太田 隆司  
代理人 齋藤 誠二郎  
代理人 北村 修一郎  
代理人 橋口 尚幸  
代理人 太田 隆司  
代理人 森 俊也  
代理人 森 俊也  
代理人 増井 和夫  
代理人 北村 修一郎  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ