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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01M
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01M
管理番号 1311130
審判番号 不服2014-19332  
総通号数 196 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-09-29 
確定日 2016-02-10 
事件の表示 特願2011-179018「電池用電解液」拒絶査定不服審判事件〔平成24年 4月 5日出願公開、特開2012- 69513〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成23年8月18日(パリ条約による優先権主張 2010年8月20日 英国(GB))の出願であって、平成25年6月26日付けの拒絶理由通知に対して、同年11月25日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成26年5月16日付けで拒絶査定がなされた。
そして、同年9月29日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書及び誤訳訂正書が提出された。

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成26年9月29日に提出された手続補正書による手続補正を却下する。

[理由]
1 本件補正の内容
平成26年9月29日に提出された手続補正書による手続補正(以下「本件補正」という。)は、平成25年11月25日に提出された手続補正書により補正された本件補正前の特許請求の範囲の請求項1?13を補正して、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1?13とするものであり、そのうち、本件補正前の請求項1及び本件補正後の請求項1については、以下のとおりである。

(1) 本件補正前の請求項1
「【請求項1】
‐少なくとも1つのリチウムイオンを含む導電性塩、
‐少なくとも1つの溶媒、及び、
‐少なくとも1つの湿潤剤、
を備えなる電解液の、電気化学セルへの真空下での充填における使用。」

(2) 本件補正後の請求項1
「【請求項1】
‐少なくとも1つのリチウムイオンを含む導電性塩、
‐少なくとも1つの溶媒、及び、
‐少なくとも1つの湿潤剤、
を備えなる電解液の、電気化学セルへの圧力約10から500 mbar absの真空下での充填における使用。」

2 補正事項の整理
本件補正後の請求項1に係る補正事項を整理すると、次のとおりである。

(1) 補正事項1
本件補正前の請求項1に記載された「電解液の、電気化学セルへの真空下での充填」を、本件補正後の請求項1に記載された「電解液の、電気化学セルへの圧力約10から500 mbar absの真空下での充填」と補正する。

3 新規事項の追加の有無、シフト補正の有無及び補正の目的の適否についての検討
(1) 新規事項の追加の有無及びシフト補正の有無について
本願は、特許法第36条の2第2項の外国語書面出願であるところ、補正事項1は、適法になされた平成26年9月29日付けの誤訳訂正書による補正後の明細書、特許請求の範囲若しくは図面(以下、「当初明細書等」という。)の【0036】に記載されており、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものである。
したがって、補正事項1は、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてなされたものであるから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たすものである。
また、補正事項1は、特許法第17条の2第4項に規定する要件を満たすものである。

(2) 補正の目的について
補正事項1は、本件補正前の請求項1の「電解液の、電気化学セルへの真空下での充填」における「真空下」の圧力について、本件補正後の請求項1で「圧力約10から50 mbar abs」と補正することにより、「真空下」の圧力の範囲を限定しようとするものであり、また、補正の前後で産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
したがって、補正事項1は、特許法第17条の2第5項に規定する要件を満たすものである。

(3) 新規事項の追加の有無、シフト補正の有無及び補正の目的の適否についての検討のむすび
以上検討したとおり、補正事項1は、特許法第17条の2第3項、第4項及び第5項に規定する要件を満たすものである。

そして、本件補正は、上記(2)で検討したように、特許法第17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、本件補正後の特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件を満たすか)否かを、更に検討する。

4 独立特許要件を満たすか否かの検討
(1) 本願補正発明
上記1(2)における本件補正後の請求項1に記載されている「備えなる」については、「備える」の明らかな誤記と認められるから、本件補正後の請求項1に係る発明は、本件補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、次のとおりのものと認められる。

「【請求項1】
‐少なくとも1つのリチウムイオンを含む導電性塩、
‐少なくとも1つの溶媒、及び、
‐少なくとも1つの湿潤剤、
を備える電解液の、電気化学セルへの圧力約10から500 mbar absの真空下での充填における使用。」(以下、「本願補正発明」という。)

(2) 引用例1の記載
ア 本願の優先日前に日本国内において頒布され、原査定の根拠となった平成25年6月26日付けの拒絶の理由において引用文献1として引用された刊行物である、特開2003-346765号公報(以下「引用例1」という。)には、「複合シート及びそれを用いた非水電解質二次電池」(発明の名称)に関して、次の記載がある。

(ア-1) 「【0033】
【実施例】以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
1.電池の作製
<実施例1>
・・・(中略)・・・
【0040】(非水電解液の調製)非水電解液は、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)とを体積比1:1で混合した溶媒に、LiPF_(6)を1mol/l溶解したものを用いた。
【0041】(電池の作製)正極板20を40枚、負極板30を41枚、セパレータ40である複合シートを80枚積層して発電要素10を作製した。この発電要素10をアルミニウム製の角筒型の電池容器に収納して非水電解質二次電池を作製した。非水電解液は正極板20、負極板30及びセパレータ40を十分湿潤し、発電要素10外に余剰な電解液が存在しない量を真空注液した。なお、この電池の容量は約10Ah、重量は約3kgとした。」(当審注:下線は当審が付与した。以下、同様である。)

(ア-2) 「【表2】

【0053】<実施例16ないし20>実施例1と非水電解液の組成のみ異なる非水電解質二次電池を作製した。界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル(CF_(3)(CF_(2))_(9)COOC_(2)H_(5))を非水電解液に対して表2に示すような割合で添加した。なお、それぞれの実施例において電解質塩LiPF_(6)の濃度は1mol/lとしている。」

(3)引用例1に記載された発明
引用例1の実施例16に記載された非水電解液の真空注液に注目して引用例1に記載された発明について認定する。

ア 上記(ア-1)の【0040】の記載事項から、実施例1における非水電解液は、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)とを体積比1:1で混合した溶媒に、LiPF_(6)を1mol/l溶解したものであるところ、上記(ア-2)の記載事項から、実施例16における非水電解液は、実施例1の非水電解液に、さらに、界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル(CF_(3)(CF_(2))_(9)COOC_(2)H_(5))を非水電解液中の濃度が0.008wt%となるように添加したものであると解されるから、実施例16における非水電解液は、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを体積比1:1で混合した溶媒、前記溶媒に対する濃度が1mol/lのLiPF_(6)(以下、「1mol/lのLiPF_(6)」という。)、及び、非水電解液中の濃度が0.008wt%の界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル(以下、「0.008wt%の界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル」という。)を備えているといえる。

イ 上記(ア-2)の記載事項から、実施例16と実施例1とは、非水電解液の組成のみ異なり、非水電解質二次電池の作製については同様になされているものと解されるから、上記(ア-1)の【0041】の記載事項から、実施例16の非水電解質二次電池の作製においても、非水電解液は真空注液されているといえる。
そうすると、実施例16の非水電解質二次電池の作製においては、非水電解液を、非水電解質二次電池へ真空注液する方法が記載されていると認められる。

ウ 上記ア及びイの検討事項に基づき、本願補正発明の記載ぶりに則して整理すると、引用例1には以下に示す発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「1mol/lのLiPF_(6)、
エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを体積比1:1で混合した溶媒、及び、
0.008wt%の界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル、
を備える非水電解液を、非水電解質二次電池へ真空注液する方法。」

(4)対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。

ア 平成26年9月29日に提出された誤訳訂正書により補正された本願明細書(以下、単に「本願明細書」という。)【0013】の「リチウムイオンを含有する導電性塩はLiPF_(6)・・・などでよく又はこれらの少なくとも1つを含んでもよい。」との記載によれば、本願補正発明の「少なくとも1つのリチウムイオンを含む導電性塩」は、LiPF_(6)を含み得るから、引用発明の「1mol/lのLiPF_(6)」は、「少なくとも1つのリチウムイオンを含む導電性塩」であるといえる。
そうすると、引用発明の「1mol/lのLiPF_(6)」は、本願補正発明の「少なくとも1つのリチウムイオンを含む導電性塩」に相当する。

イ 引用発明の「エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを体積比1:1で混合した溶媒」は、「エチレンカーボネート」と「ジエチルカーボネート」の2つの溶媒からなるものであるから、少なくとも1つの溶媒からなるものであるといえる。
そうすると、引用発明の「エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを体積比1:1で混合した溶媒」は、本願補正発明の「少なくとも1つの溶媒」に相当する。

ウ 本願明細書【0015】の「前記少なくとも1つの湿潤剤はイオン性界面活性剤、特にフッ素系界面活性剤などのアニオン性界面活性剤でよく又はこれを含んでなってもよい。」との記載によれば、本願補正発明の「少なくとも1つの湿潤剤」は、フッ素系界面活性剤でよく又はこれを含んでなってもよいものであるところ、引用発明の「0.008wt%の界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル」は、フッ素系界面活性剤であるといえるから、当該「0.008wt%の界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル」は、「少なくとも1つの湿潤剤」であるといえる。
そうすると、引用発明の「0.008wt%の界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル」は、本願補正発明の「少なくとも1つの湿潤剤」に相当する。

エ 引用発明の「非水電解液」は、「1mol/lのLiPF_(6)」、「エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとを体積比1:1で混合した溶媒」、及び、「0.008wt%の界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル」を備えており、他方、本願補正発明の「電解液」は、「少なくとも1つのリチウムイオンを含む導電性塩」、「少なくとも1つの溶媒」、及び、「少なくとも1つの湿潤剤」を備えており、上記ア?ウの検討事項を勘案すると、引用発明の「非水電解液」は、本願補正発明の「電解液」に相当する。

オ 本願明細書【0008】の「電気化学セルは少なくとも1つの陽極、少なくとも1つの陰極及び前記少なくとも1つの陽極と前記少なくとも1つの陰極との間に配置された少なくとも1つのセパレータを備えてなる。電解液は前記少なくとも1つの陽極と前記少なくとも1つの陰極との間に満たされる。」との記載、及び、同【0024】の「電気化学セル2は2つの電極、陽極10及び陰極20を備えてなる。陽極10及び陰極20はセパレータ30で離隔されている。」との記載によれば、本願補正発明の「電気化学セル」は、「電解液」のほかに、陽極、陰極及びセパレータを備えているといえる。
他方、引用例1の上記(ア-1)の【0041】の記載事項から、引用発明の「非水電解質二次電池」も、「非水電解液」のほかに、正極板、負極板及びセパレータを備えているといえる。
引用例1に記載の上記「正極板、負極板及びセパレータ」は、それぞれ、本願明細書の記載の上記「陽極、陰極及びセパレータ」に相当するから、上記エの検討事項も勘案すると、引用発明の「非水電解質二次電池」及び本願補正発明の「電気化学セル」は、いずれも、電解液のほかに、陽極、陰極及びセパレータを備えているといえる。
したがって、引用発明の「非水電解質二次電池」は、本願補正発明の「電気化学セル」に相当する。

カ 本願明細書【0036】の「ポーチ5にパックされた電気化学セル2a, 2bへの電解液4の注入は、例えば圧力約10から500 mbar absの真空下で行える。」(当審注:下線は、平成26年9月29日に提出された誤訳訂正書による補正箇所を示すため合議体が付与した。以下、同様である。)との記載によれば、電解液は、電気化学セルへ真空下で注入する、すなわち、充填するものであるといえるから、本願発明の「電解液の、電気化学セルへの」「真空下での充填における使用」は、電解液の使用方法であって、電解液を、電気化学セルへ真空下で充填することを意味するものと認められる。
他方、引用発明における「非水電解液を、非水電解質二次電池へ真空注液する方法」は、非水電解液を、非水電解質二次電池へ真空下で充填する方法に他ならない。
そうすると、上記エ及びオの検討事項も勘案すると、引用発明の「非水電解液を、非水電解質二次電池へ真空注液する方法」は、本願補正発明の「電解液の、電気化学セルへの」「真空下での充填における使用」に相当する。

キ 以上から、本願補正発明と引用発明の一致点と相違点は次のとおりとなる。

(ア) 一致点
「‐少なくとも1つのリチウムイオンを含む導電性塩、
‐少なくとも1つの溶媒、及び、
‐少なくとも1つの湿潤剤、
を備える電解液の、電気化学セルへの真空下での充填における使用。」

(イ) 相違点
「電解液の、電気化学セルへの」「真空下での充填」の際の真空の圧力につき、本願補正発明においては、「圧力約10から500 mbar abs」であるのに対して、引用発明は、どの程度であるか不明である点。

(5) 当審の判断
ア 相違点について
(ア) 引用発明においては、非水電解液の真空注液が行われるところ、このような真空注液が、非水電解液を二次電池へ注液する際の含浸の速度を速めるため、また、気泡の除去のために行われるものであることは、当業者にとって技術常識であり、その際の真空度をどの程度とするかについては、非水電解液を注液する際の含浸の速度が、常圧時の注液の際の含浸の速度に比べて速まり、また、気泡がより容易に除去されるような範囲で適宜選択し得るものであるところ、引用発明において、非水電解液を二次電池へ真空注液する際の真空の圧力を、本願発明のような、10?500mbar absの範囲内とすることは、当業者であれば、下記の周知文献1?3に記載されている周知の圧力を参考に適宜なし得るものである。

(イ) 本願優先日前に頒布された周知文献1(特開2001-210367号公報)には、非水電解質電池の製造方法について(【0001】参照)、非水電解液を注液するために、真空で注液することが好ましく、含浸の速度を速める観点から13332Pa(133.32mbar)以下の真空度が望ましく、また、電解液の溶媒の揮発を抑える観点から1333Pa(13.33mbar)以上の真空度が望ましく(【0022】参照)、実施例として、筒状の金属樹脂複合体からなる外装材に極群を配置した後、非水電解液を1333Pa(13.33mbar)の真空度で注液すること(【0039】参照)が記載されている。

本願優先日前に頒布された周知文献2(特開2003-297332号公報)の【0001】、【0026】及び【0045】にも、周知文献1と同様の内容が記載されている。

本願優先日前に頒布された周知文献3(特開2003-223926号公報)には、リチウムポリマー二次電池の製造方法に関し(【0001】参照)、非水系溶媒及び溶質から構成される電解液と、重合性化合物と、重合開始剤と、界面活性剤を含有するプレゲル電解質溶液を注液して、外装体に収納した平板積層型電池積層体に当該プレゲル電解質溶液を含浸させるにあたり(【0017】、【0055】参照)、上記外装体に収納した平板積層型電池積層体を減圧雰囲気下に保持すること、そして、当該減圧雰囲気とは、通常12000Pa(120mbar)以下、好ましくは10000Pa(100mbar)以下、より好ましくは5000Pa(50mbar)以下であり、12000Pa以下とすれば、電池積層体内に残存する気泡を容易に取り除けるようになること(【0065】参照)、実施例として減圧含浸装置内部を1000Pa(10mbar)まで真空排気した後にプレゲル電解質溶液を注入すること(【0096】参照)が記載されている。

イ 本願補正発明の効果について
(ア) 本願明細書の【0010】に記載されている、「電解液で湿潤剤を使用すると、電気化学セルを速く満たすことが出来る。また電解液で湿潤剤を使用すると、陽極と陰極との間が狭くても大型の電気化学セルを満たすことができるようになる。少なくとも1つの陽極と少なくとも1つの陰極との間に電気化学セルの電解液を満たすのにかかる時間が大幅に短縮される。電解液で湿潤剤を使用すると、少なくとも1つの陽極と少なくとも1つの陰極との間の電解液の分散を、特にガス泡や他の異質物を含むことなく均一にできる。」という本願補正発明の効果は、いずれも電解液に湿潤剤を使用したときの効果であるから、非水電解液に界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステルすなわち、湿潤剤を使用している引用発明においても当然に奏するものと認められる。

(イ) なお、本補正発明において、真空注液の圧力を約10から500 mbar absとしたことについては、本願明細書には、【0036】に「ポーチ5にパックされた電気化学セル2a, 2bへの電解液4の注入は、例えば圧力約10から500 mbar absの真空下で行える。」と記載されているのみであり、真空注液の圧力を約10から500 mbar absとしたことよって得られる効果については、何ら記載されていない。

(ウ) 請求人が主張する本願補正発明の作用効果について
請求人は、平成26年9月29日に提出した審判請求書の「(4-1)拒絶における本願発明の認定について」において、本願補正発明の作用効果について、「本願出願当初の明細書の段落0010には『電解液で湿潤剤を使用すると、少なくとも1つの陽極と少なくとも1つの陰極との間の電解液の分散を、特にガス泡や他の異質物を含むことなく均一にできる。』と記載されており、同段落0017には『前記少なくとも1つの湿潤剤は、泡の形成を制限するために、約5000 ppm (パーツパーミリオン)以下の最終濃度、特に約500 ppm以下の濃度で電解液に提供される。---(中略)---これらの濃度で、組み立てられたセルの中に電解液が迅速かつ均一に満されるという良好な結果が得られることがわかった。』と記載されており、同段落0037には『陽極10及び陰極20との間に電解液4が非常に均一に分布することが重要であり、特に陽極10及び陰極20の間には、気泡や他の不具合は望ましくない欠陥やバッテリー容量の減少に繋がるのであってはならない。』と記載されており、同段落0046には『湿潤剤の濃度が電解液の0.05wt%以上だと、泡形成が増加して湿潤力を低下させることがわかった。』と記載されている。
以上から、本願発明が湿潤剤と真空充填という2つの要素を組み合せにより、『発泡の防止』(裏返せば、電解液の均一な分布)という作用効果を達成するものであることは、上記の本願出願当初の明細書の記載から当業者には十分に明らかであるものと思料する。」と主張している。
しかし、請求人が主張の根拠とする、本願明細書の【0017】及び【0046】には、湿潤剤の濃度を約5 ppm以上、約5000 ppm以下、特に、約50 ppm以上、約500 ppm以下とすれば、組み立てられたセル中に電解液が迅速かつ均一に満たされることが記載されており、また、湿潤剤の濃度が電解液の0.05wt%以上であれば、泡形成が増加して湿潤力を低下させることが記載されており、後者については、湿潤剤の濃度が電解液の0.05wt%未満であれば、泡形成が増加せず湿潤力を低下させないことが示唆されているといえるものの、これらの記載はいずれも、湿潤剤の濃度を特定の範囲としたときの効果に関するものである。しかし、本願補正発明においては、湿潤剤の濃度は特定されていないから、同【0017】及び【0046】の記載を根拠とする請求人の主張は、特許請求の範囲の記載に基づくものではない。
また、請求人が主張の根拠とする、同【0010】、【0017】、【0037】及び【0046】には、湿潤剤については記載されているものの、真空充填については何ら記載されていない。
そうすると、出願人が主張の根拠とする本願明細書の記載からは、本願補正発明が、湿潤剤のみによって、発泡の防止という作用効果を奏することは認められるが、本願補正発明が、湿潤剤と真空充填の2つの要素の組合せにより「発泡の防止」という作用効果を奏するものであるとはいえない。
また、本願明細書の他の記載を精査しても、本願補正発明が、湿潤剤と真空充填の2つの要素の組合せにより「発泡の防止」という作用効果を奏するものであることが、記載ないし示唆されている箇所は発見できない。
したがって、本願補正発明が、湿潤剤と真空充填の2つの要素の組合せにより「発泡の防止」という作用効果を奏するものであることが、本願明細書に記載されているとはいえないし、また、本願明細書の記載から当業者には十分に明らかであるともいえない。
なお、仮に、本願補正発明が、湿潤剤と真空充填の2つの要素の組合せにより「発泡の防止」という作用効果を奏するものであったとしても、引用発明も、「非水電解液」は「界面活性効果を有する化合物であるフッ素化アルキルエステル」、すなわち、湿潤剤を備え、かつ、「非水電解液」を「真空注液」、すなわち、真空充填しているから、「発泡の防止」という作用効果は当然に奏するものと認められる。
よって、請求人の主張は採用できない。

ウ 判断についてのまとめ
以上、検討したとおり、本願補正発明は、引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願補正発明は、特許法第29条第2項の規定によって、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(6) 独立特許要件についてのまとめ
したがって、本件補正による補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しない。

5 補正の却下の決定のむすび
以上のとおりであるから、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
以上のとおり、本件補正(平成26年9月29日に提出された手続補正書による補正)は却下されたので、特許請求の範囲についての最新の手続補正書は、平成25年11月25日に提出されたものである。
そして、平成25年11月25日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?13のうち、請求項1(上記第2 1(1)に記載された請求項1)に記載されている「備えなる」については、「備える」の明らかな誤記と認められるから、請求項1に係る発明は、次のとおりものと認められる。

「【請求項1】
‐少なくとも1つのリチウムイオンを含む導電性塩、
‐少なくとも1つの溶媒、及び、
‐少なくとも1つの湿潤剤、
を備える電解液の、電気化学セルへの真空下での充填における使用。」(以下、「本願発明」という。)

2 引用例1の記載及び引用発明
原査定の根拠となった拒絶の理由に引用された引用例1の記載事項と引用発明については、上記第2 4(2)及び(3)において、それぞれ摘記し、認定したとおりである。

3 対比・判断
(1) 上記第2 3(2)において検討したように、本願補正発明は、本願発明の「電解液の、電気化学セルへの真空下での充填」における「真空下」の圧力について、本件補正後の請求項1で「圧力約10から50 mbar abs」と補正することにより、「真空下」の圧力の範囲を限定したものである。すなわち、本願発明は、本願補正発明から、上記の限定を省いたものである。

(2) そして、上記第2 4(4)ア?カにおける検討事項からすると、本願発明と引用発明との間に相違するところはないから、本願発明は引用例1に記載された発明である。
また、仮に、両者の間に相違するところがあったとしても、本願発明は、引用例1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないし、仮に、そうでないとしても、本願発明は、引用例1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、本願は、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-08-05 
結審通知日 2015-08-19 
審決日 2015-09-01 
出願番号 特願2011-179018(P2011-179018)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H01M)
P 1 8・ 121- Z (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 宮部 裕一  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 宮澤 尚之
河本 充雄
発明の名称 電池用電解液  
代理人 井出 正威  

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