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審決分類 審判 一部無効 特38条共同出願  A61C
審判 一部無効 特123条1項6号非発明者無承継の特許  A61C
管理番号 1312149
審判番号 無効2013-800224  
総通号数 197 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-05-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2013-12-12 
確定日 2016-03-09 
事件の表示 上記当事者間の特許第4444410号発明「歯列矯正ブラケットおよび歯列矯正ブラケット用ツール」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4444410号の請求項1ないし18に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 I 手続の経緯
本件特許第4444410号(以下、「本件特許」という。)に係る発明についての出願は、平成11年10月8日に特許出願され、平成22年1月22日にその請求項1?19に係る発明について特許の設定登録がなされ、その後、平成25年12月12日に請求人(アメリカン・オーソドンティクス・コーポレーション)より、本件特許の請求項1?18に係る発明についての特許を無効とする、との審決を求める本件無効審判の請求がなされ、平成26年3月11日に被請求人(トミー株式会社)より答弁書及び営業秘密に関する申出書が提出され、請求人より平成26年6月6日付けの口頭審理陳述要領書が提出され、被請求人より平成26年6月6日付けの口頭審理陳述要領書及び営業秘密に関する申出書が提出され、平成26年6月20日に口頭審理が行われ、被請求人より平成26年6月27日付けの上申書が提出され、請求人より平成26年7月4日付けの上申書が提出され、平成26年8月19日付けで審決の予告がされ、被請求人より平成26年9月25日付けの上申書、証人尋問申出書及び尋問事項書が提出されたものである。

II 本件特許発明
本件特許の請求項1?18に係る発明は、特許請求の範囲に記載された以下の事項により特定されるとおりのものである(以下、「請求項1?18に係る発明」を「発明1?18」といい、発明1?18を総称して「本件特許発明」という。)。
「【請求項1】
歯面に固着されるベースを備え、該ベースから垂直方向に延びるブラケット本体、該ブラケット本体の中央にて近遠心方向に延び前方に開放したアーチワイヤスロットを備えており、前記アーチワイヤスロットを開閉するべく移動可能なロック部材を備えた歯列矯正ブラケットであって、
前記ロック部材は、一端側が前記ベース側に該ベースに沿って延びるベース側部と、他端側が前記アーチワイヤスロットの長さと略同じ幅を有してスロット上方側に延びる反ベース側部とを備える断面形状がU字形状になされ、且つ該反ベース側部の中央に切欠き部が設けられた弾性体から構成されており、
前記ブラケット本体には、前記アーチワイヤスロットの開放縁部に、前記ロック部材の先端をスロット閉じ位置に係止する閉じ係止溝と、該係止溝とは反対側の縁部に前記ロック部材の先端をスロット開放位置に係止する開放係止凹部が形成されており、該係止溝の長手方向中央部分には、前記切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成されたことを特徴とする歯列矯正ブラケット。
【請求項2】
前記ベース側部の後端部には、凹み又は切欠きからなる係合端部が形成されたことを特徴とする請求項1に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項3】
前記ブラケット本体は、近心側タイウイングと遠心側タイウイングとによって挟まれた中溝をもつツインブラケットであり、前記リブは前記中溝の全幅にわたって形成され且つ前記近心側タイウイング及び前記遠心側タイウイングに繋がって形成されていることを特徴とする請求項1に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項4】
前記ブラケット本体がタイウイングを備えるシングルブラケットであることを特徴とする請求項1又は2に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項5】
前記ブラケット本体が歯の裏面側に装着するリンガルブラケットであることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項6】
前記リブの上端面に凹部が形成されたことを特徴とする請求項1又は3に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項7】
前記ブラケット本体には、近遠心方向に沿って貫通する開口が形成されたことを特徴とする請求項1?6のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項8】
前記ブラケット本体は、前記ロック部材の縁部が摺動するタイウイング側面に、該縁部に当接可能な突起が設けられ、ロック部材のスロット閉塞時に該突起が縁部よりも外側に位置するように構成されたことを特徴とする請求項1?7のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項9】
前記ブラケット本体に、該ブラケット本体のタイウイングの近遠心方向に立ち上がって張り出したフックが設けられたことを特徴とする請求項1?8のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項10】
前記ロック部材は、一枚板材からなり、その歯軸方向の中断部分を境にして前記ベース寄りのベース側部が、ブラケットのアンギュレーションに一致した傾斜角とし、一方、前記ベース寄りの側とは反対側の反ベース側部がブラケットアンギュレーションの傾斜角に加えて、アーチワイヤを押圧するための曲がり分に対応する角度を補正した傾斜角とし、
さらに、前記ベース側部と前記反ベース側部との両者を結ぶ湾曲部分は、正弦曲線の一部となるように構成されたことを特徴とする請求項1?9のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項11】
前記ブラケット本体は、ロンボイド形の形状であり、前記ロック部材の反ベース側部の近遠心両縁部および前記ベース側部の近遠心両縁部がブラケット上方から見たときに、ブラケット近遠心縁部に沿って平行であり、且つ前記反ベース側部の近遠心方向に延びる各縁部が前記アーチワイヤスロットに平行に形成されたことを特徴とする請求項1?10のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項12】
前記ブラケット本体は、アーチワイヤスロットが歯軸に対して傾斜したカットアンギュレーション型であり、前記ロック部材の反ベース側部の近遠心方向に延びる各縁部が前記アーチワイヤスロットに平行になるように構成されたことを特徴とする請求項1?11のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項13】
前記ロック部材が超弾性部材にて構成されたことを特徴とする請求項1?12のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項14】
前記ロック部材がβ・チタニウム合金にて構成されたことを特徴とする請求項1?12のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項15】
前記ロック部材がクローム(Cr)およびモリブデン(Mo)を含有するコバルト-ニッケル基合金(Co-Ni基合金)にて構成されたことを特徴とする請求項1?12のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項16】
前記ロック部材が加工硬化型ニッケル-チタニウム(Ni-Ti)合金にて構成されたことを特徴とする請求項1?12のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項17】
前記ブラケット本体がトルクインベース構造であり、前記ロック部材のベース側部がトルクに応じて傾いたベースに平行に位置するように構成されたことを特徴とする請求項1?16のいずれか1項に記載の歯列矯正ブラケット。
【請求項18】
前記ロック部材のベース側部が前記ベース上を摺動するように構成されたことを特徴とする請求項17に記載の歯列矯正ブラケット。」

III 請求人及び被請求人の主張の概略
1 請求人の主張
本件特許発明の発明者は折笠正明(以下、「折笠」という。)及びジョン・シー・ブドーリス(以下、「ブドーリス」という。)であるが、被請求人はこれら発明者から、本件特許発明についての特許を受ける権利を承継せずに本件特許出願をし、同出願に対し本件特許がされたものであるから、本件特許発明についての特許は、平成23年法律第63号附則第2条第9項によりなお従前の例によるとされた平成23年改正前特許法(以下、「改正前特許法」という。)第123条第1項第6号に該当し、無効とされるべきである。
仮に、被請求人が折笠の特許を受ける権利の共有持分については継承したとしても、被請求人はブドーリスの特許を受ける権利の共有持分については承継しておらず、被請求人単独でされた本件特許出願は同法38条に違反してされたものであるから、本件特許発明についての特許は、同法123条1項2号に該当し、無効とされるべきである。

<証拠方法>
甲第1号証:本件特許公報(特許第4444410号)
甲第2号証:平成11年10月8日付願書
甲第3号証:2013年5月15日付宣誓供述書及びその訳文
甲第4号証:平成22年10月15日付書簡
甲第5号証:平成25年1月8日付け回答書
甲第6号証:平成25年10月24日付け回答書
甲第7号証:米国特許第6,368,105号明細書及びその抄訳
甲第8号証:2014年5月30日付け宣誓供述書及びその訳文
甲第9号証:平成24年10月24日付書簡
甲第10号証:平成24年10月25日付郵便物等配達証明書
甲第11号証:平成25年10月10日付書簡
甲第12号証:平成25年10月11日付郵便物等配達証明書

2 被請求人の主張
少なくとも発明1?8、10?13、15?18は、折笠が単独で発明したものであるから、これらの発明についての特許は、改正前特許法第123条第1項第6号及び同法123条第1項第2号に該当せず、無効理由は存在しない。
仮に、発明9、14にブドーリスの貢献が認められる発明があったとしても、ブドーリスと被請求人との間の黙示的合意によってブドーリスが有するこれらの発明についての特許を受ける権利の共有持分は被請求人に譲渡され、又は、ブドーリスはかかる譲渡を事後的に追認していたものである。そして、かかるブドーリスの共有持分の譲渡によって、発明9、14についての特許を受ける権利は、折笠と被請求人との共有になったのであり、折笠の共有持分を被請求人に譲渡するに際して、ブドーリスの同意は要求されない。よって、本件特許は改正前特許法123条第1項6号と同項第2号とのいずれにも該当せず、無効理由は存在しない。

<証拠方法>
1 書証
(被請求人の「被請求人は、従前乙第3号証の1頁にあった開発・設計計画書のみをもって同号証を差し替えるとともに、従前その2頁にあった本件製品の構想図の原本を改めて別途乙第20号証として提出する。」(陳述要領書2頁)との記載と「平成26年6月6日付け口頭審理陳述要領書添付の乙第3号証を乙第22号証と訂正する。」との陳述(調書)に従い、答弁書に添付された乙第3号証の1頁、2頁をそれぞれ乙第22号証、乙第20号証と読み替えて記載する。以下同様。)
乙第1号証:1999年1月6日 ブドーリスから折笠への書簡及びその抄訳
乙第2号証:トミー社社内報「ゆうかり」第196号(1999年5月31日発行)の抜粋
乙第4号証:ミーティング事前資料(1999.5.11 GAC作成)及びその部分訳
乙第5号証:ミーティング議事録(1999.5.26 GAC作成)及びその全文訳
乙第6号証:STRITE社のカタログ及びその抄訳
乙第7号証:2014年3月4日付陳述書
乙第8号証:ブドーリスのシュルツに対する1999年(平成11年)9月21日付電子メール及びその抄訳
乙第9号証:シュルツの折笠に対する2000年2月22日付ファックス状及びその訳文
乙第10号証:折笠のシュルツに対する2000年2月23日付電子メール及びその訳文
乙第11号証:折笠のブドーリスに対する2000年10月31日付電子メール及びその訳文
乙第12号証:ブドーリスによる折笠宛ての2000年11月1日付電子メール及びその訳文
乙第13号証:ブドーリスによる折笠宛ての2000年11月2日付レター及びその抄訳
乙第14号証:シュルツの折笠に対する2000年11月4日付電子メール及びその抄訳
乙第15号証:折笠のブドーリスに対する2000年11月14日付電子メール及びその訳文
乙第16号証:折笠のブドーリスに対する2000年12月21日付電子メール及びその抄訳
乙第17号証:ブドーリスの折笠に対する2001年1月31日付ファックス状及びその抄訳
乙第18号証:折笠のブドーリスに対する2001年2月5日付電子メール及びその抄訳
乙第19号証:ブドーリスの米国代理人の被請求人に対する2013年1月10日付書簡及びその訳文
乙第20号証:本件製品の構想図(1999.5.10 片寄真吾(以下「片寄」という。)作成。但し、手書き部分について、折笠及びブドーリスによるものは1999.5.18、遠藤浩正によるものは1999.5.20)
乙第21号証:折笠の2014年6月4日付陳述書
乙第22号証:開発・設計計画書(1999.5.8 折笠作成)
乙第23号証:折笠の2014年6月26日付陳述書
乙第24号証:米国特許審査便覧第602.01条(b)項の規定(2014年3月 米国特許商標庁作成)及びその抄訳
乙第25号証:譲渡書モデルフォーム(作成日不明 米国特許商標庁作成)及びその抄訳
乙第26号証:本件特許出願の願書の英訳文(1999年12月頃 GAC作成)及びその抄訳
乙第27号証:シュルツの被請求人及びエド・マリルに対する1999年12月22日付電子メール及びその抄訳
乙第28号証:エド・マリルの2014年8月22日付陳述書及びその訳文

2 人証
氏名 折笠正明

IV 本件特許発明の発明者について
A 発明1について
1 請求人の主張
(1-1)被請求人は、自ら作成し特許庁に提出した本件特許に係る願書において、折笠と並んでブドーリスを本件特許発明の発明者として記載し、また、その記載は、その後も何ら補正されることなく、特許登録に至り、本件特許公報にも同様の記載がされている。
しかも、被請求人は、本件特許に係る出願をした後も引き続きブドーリスが本件特許発明の発明者であることを前提として、米国対応特許出願につき同人に対して特許を受ける権利の共有持分の譲渡を打診する等していた。加えて、上記米国対応特許出願に関して、米国特許商標庁に提出されたDECLARATION FOR PATENT APPLICATION(特許出願宣言書)には、ブドーリスと折笠が連署した上で「歯列矯正ブラケット及びそのツール」と題され、その明細書が同宣言書に添付されている発明について、両者が本来の、最初の共同発明者であると宣言している。
したがって、本件特許発明の発明者は、被請求人が特許庁に提出した平成11年10月8日付願書に記載し、本件特許公報にも記載されているとおり、折笠及びブドーリスである。(請求書6頁、陳述要領書3?5頁)
(1-2)1999年5月の米国矯正学会の期間中、ブドーリスは、折笠やGAC International,Inc.(以下、「GAC」という。)のシュルツらが同席するミーティングにおいて、「縁から離れたブラケットの係止溝の部位にリブかブロックを設ける着想をスケッチして出席者に見せ」たのであるから、本件特許発明の基本的な構成についてもブドーリスが着想したことは明らかである。
また、被請求人が提出した乙第8号証は被請求人の主張する折笠の発明時点から4か月後の平成11年9月21日付けのブドーリスの電子メールであるところ、その電子メールには、ブドーリスが被請求人からブラケット試作品の20倍モデルを受け取り、試験中であることが記載されている。
そうすると、上記のとおり、ブドーリスが基本的な構成を着想して折笠との間で情報共有した本件特許発明につき、その後、矯正歯科の臨床医であり、かつ、歯列矯正器具の基本発明をしている発明家であるブドーリスが、共同開発者として、試作品につき良好な結果が出るまで試験を行い、最終的に良好な結果が得られたことで初めて、本件特許発明に係る技術的思想が当業者において反復実施できる程度に具体的・客観的なものとして完成したということができる。
したがって、このような本件特許発明の完成に至るまでの過程にブドーリスが実質的に関与していることが認められ、少なくともブドーリスが共同発明者の一員であることは疑いがない。(陳述要領書10?12頁)

2 被請求人の主張
(2-1)被請求人は、1995年(平成7年)頃、GACから、歯列矯正器材について、セルフライゲーションブラケット製品の開発を要請され、ブドーリスの意見を採り入れながらその開発を開始したが、2000年(平成12年)頃、その開発を終え、ほどなくIn-Ovationシリーズとして当該開発製品(以下「本件製品」という。)の製造販売を開始した。
被請求人が本件製品の開発を行う過程で様々な派生的な発明や意匠が生まれたが、その一つが本件特許発明である。
本件特許発明は、ロック部材を有するセルフライゲーションタイプの歯列矯正ブラケットにおいて、アーチワイヤがスロットから外れて係止溝内にはまり込むような事態を回避しつつ、アーチワイヤの係止をより確実なものとし且つ操作性のよいロック部材を提供することを基本的な課題とし、その課題を解決する手段として、ロック部材の反ベース側部の中央に切欠き部を設けるとともに、当該ロック部材の先端をスロット閉じ位置に係止するためにブラケット本体に設けられた閉じ係止溝の長手方向中央部分に、当該ロック部材の切欠き部に対応して上記係止溝を埋めるように突出したリブを形成する点に主要な特徴を有する。
かかる主要な特徴を有する本件特許発明の大部分は折笠が単独で着想したものであり、ブドーリスはこの発明に何ら貢献していない。(答弁書5頁)
(2-2)乙第20号証の図面は、5月10日に、当時被請求人の開発部長であった折笠が、当時被請求人の開発部開発課に所属していた片寄に指示し、片寄が作成した本件製品の構想図(CAD図面)であり、折笠は、この図面を、1999年5月15日から18日にかけてアメリカ合衆国力リフォルニア州のサンディエゴ市で開催された米国矯正学会への参加にあたって行われた5月16日のGACとの製品開発に関する会議に、その資料として持参している。(陳述要領書3頁)
(2-3)発明1は、セルフライゲーションブラケットにおいて、(i)アーチワイヤがクリップ係止溝に嵌り込むのを防止するという課題(以下「本件発明課題1」という。)と(ii)外力によりアーチワイヤが捻れるのを制御するという課題(以下「本件発明課題2」という。)を解決する手段として、係止溝の長手方向の中央部分に突出したリブを形成し、クリップの中央に同リブに対応する切欠きを設けるという構成を提供するものである。(陳述要領書3?4頁)
(2-4)折笠は、(i)5月15日又は翌16日に、米国矯正学会のSTRITE社のブースで、同社のSPEEDブラケットの「トルキングレール(torquing raiIs)」を見て、本件発明課題2を認識し、(ii)5月16日の会議の後、セルフライゲーションブラケットである本件製品についてリブを係止溝の両端ではなく、係止溝中央部に設けるという構成によっても本件発明課題2は解決されるうえ、その構成を採用すれば、クリップ先端部の幅をスロットと同じ長さにすることも可能で、より効果的なローテーションコントロールを実現することが可能であるという点で、むしろ優れているのではないかと思うに至り、(iii )係止溝にリブを設けることにより、矯正初期に用いるような細いアーチワイヤがクリップ係止溝に嵌り込むことを防止するという効果があることを発見し、(iv)この「アーチワイヤのクリップ係止溝への嵌りこみの防止」という課題は、「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という課題よりも実際上より重要なのではないかと考えるに至ったものである。
したがって、折笠は、「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という本件発明課題2のみならず、「アーチワイヤのクリップ係止溝への嵌りこみの防止」という本件発明課題1が本件製品に存在すること、そして、係止溝の中央部にリブを設けるという構成を採用することにより、これら2つの課題を同時に解決することができることを発見した、その瞬間に発明1に想到したのである。(陳述要領書4?7頁)
(2-5)折笠とブドーリスが参加した1999年5月18日の会議において、本件製品について「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という本件発明課題2が議論になったが、その解決方法として、ブドーリスは、係止溝の両端部にリブを設けることを提案し、そのリブを設ける場所を黒のペンで乙第20号証の図の●(省略)●に書き込んでいる(●(省略)●)。
これに対し、折笠は、係止溝の中央部にリブを設けるという構成をブドーリスに提案し、係止溝にリブを設けるという構成により、「アーチワイヤのクリップ係止溝への嵌りこみの防止」という、それまで注目されていなかった別の課題も同時に解決されるであろうことを説明し、乙第20号証の図の●(省略)●と書き込み、係止溝にリブを設けることによって、そのような課題が解決される旨を記入している。●(省略)●が係止溝の端部にあるのか中央部にあるのかは図面上不明であるが、上記書き込みが、本件発明課題1に言及したものであることはその文面上明らかである。
そして、ブドーリスは、この折笠の提案に直ちに賛同していない。(陳述要領書7?9頁)
(2-6)よって、発明1は折笠による単独発明であってブドーリスはその共同発明者ではない。

3 判断
(3-1)発明1の特徴的部分について
(3-1-1)本件明細書の記載
a「【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は歯列矯正ブラケットに関し、更に詳しくは、ブラケット本体のアーチワイヤスロットを開閉するべく移動可能なロック部材を備えた歯列矯正ブラケット・・・に関するものである。」
b「【0002】
【従来の技術】
・・・
【0003】
・・・、この歯列矯正ブラケットは、例えば、ブラケット本体に形成されたスロットの三次元的な傾斜やアーチワイヤの任意の曲げなどによって、歯に対して所望の方向(歯を移動させたり、歯を回転させたり、更には歯を傾けたりする方向)に力を加えることができる。
・・・
【0007】
・・・このロック式歯列矯正ブラケットは、結紮用のタイワイヤを必要としない構造であって、ブラケットに組み入れられて該ブラケットのスロットを開閉するために移動できるロック部材を備えている。そして、このロック部材としては、例えば回転式やスライド式のロック部材があり、該ロック部材は移動できることで、アーチワイヤをスロット内に押し止めたり、或いはスロットから外したりすることが極めて容易にできる。・・・」
c「【0008】
【発明が解決しようとする課題】
前掲のスライド式のロック部材を有する歯列矯正ブラケットでは、例えば、図13に示すように、ブラケット本体82に設けられたアーチワイヤスロット85内のアーチワイヤ50が、ブラケット本体82に装着されたロック部材120の先端部分によって、スロット内に閉じこめられている。このロック部材120はその先端部分が、例えばスロット85と連続した係止溝86によって開き方向の動きを制限されている。そして、通常において、スロット85内のアーチワイヤ50は、図13に示すように、スロット底面側に位置している。しかし、アーチワイヤ50に不測の大きな外力が加わったときには、図14に示すように、アーチワイヤ50が、係止溝86内に入り込んでしまい、引っかかった状態になることがある。このような状態になると、スロット内をアーチワイヤ50が円滑に移動できなくなり、矯正治療に支障がでてしまう。このような状態を回避するために、係止溝86の幅Wを小さくすることも考えられるが、該高さWを小さくすると、ロック部材120の機能(細い丸ワイヤからフルサイズの角ワイヤまで弾性範囲内でしなやかに圧下する機能)が低下してしまい、望ましくない。また、アーチワイヤ50に不測の大きな外力が加わったときには、図15に示すように、アーチワイヤ50が捻れたときに、ロック部材120の先端部分121が捻れてしまい、ワイヤ保持が不安定になるという問題があった。米国特許明細書第5906486号に開示された構造においては、係止溝の両端側を閉じるようにして、ロック部材の先端部分の位置規制をする構成が示されている。しかし、このような構造においては、係止溝の両端部を閉じるように構成されるために、ロック部材の先端部分の幅を、スロット長さに比べて小さくせざるを得ない。したがって、ロック部材の先端部分は、アーチワイヤを押さえる長さが短いために、ローテーションコントロールが充分でないと言う欠点を抱えていた。」
d「【0009】
本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、アーチワイヤがスロットから外れて係止溝内にはまり込むような事態を回避でき、また、アーチワイヤの係止をより確実にでき且つ操作性のよいロック部材を備えた歯列矯正ブラケットを提供すること・・・である。」
e「【0019】
(作用)
本発明に係る歯列矯正ブラケットによれば、ロック部材は、一端側がベース側に該ベースに沿って延びるベース側部と、他端側がアーチワイヤスロットの長さと同じ幅を有してスロット上方側に延びる反ベース側部とを備える断面形状がU字形状になされ、且つ該反ベース側部の略中央に切欠き部が設けられた弾性体から構成されており、ブラケット本体には、アーチワイヤスロットの開放縁部に、ロック部材の先端をスロット閉じ位置に係止する閉じ係止溝と、該係止溝とは反対側の縁部に前記ロック部材の先端をスロット開放位置に係止する開放係止凹部が形成されている。この構成により、ロック部材は、ブラケット本体上において、アーチワイヤスロットを開閉するようにスライドできる。また、係止溝の長手方向中央部分に、ロック部材の切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成されていることにより、アーチワイヤがスロットから外れて係止溝内にはまり込むような事態を回避でき、さらに、係止溝のリブに対してロック部材の切欠き部が嵌り込むように対応していることにより、ロック部材の先端部分のスロット長手方向への動き及び捻れを効果的に抑える。すなわち、ロック部材の先端部分のスロット長手方向への動きや捻れに対して、これらの動きを係止溝の中央領域に設けられたリブにより抑えることができ、しかも、ロック部材の先端の近遠心方向における押さえる距離は、ブラケット本体の構造に制約されることなく大きくすることができる。(請求項1)・・・」
f「【0064】
【発明の効果】
・・・ロック部材は、ブラケット本体上において、アーチワイヤスロットを開閉するようにスライドできるだけでなく、係止溝の長手方向中央部分に、ロック部材の切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成されていることにより、アーチワイヤがスロットから外れて係止溝内にはまり込むような事態を回避でき、さらに、係止溝のリブに対してロック部材の切欠き部が嵌り込むように対応していることにより、ロック部材の先端部分のスロット長手方向への動き及び捻れを効果的に抑える。すなわち、ロック部材の先端部分のスロット長手方向への動きや捻れに対して、これらの動きを係止溝の中央領域に設けられたリブにより抑えることができ、しかも、ロック部材の先端の近遠心方向におけるアーチワイヤーをローテンション方向に押さえる距離は、ブラケット本体の構造に制約されることなく(ロック部材の左右両端部分がブラケット本体にて位置規制されるような構造ではないことから)大きくすることができる歯列矯正ブラケットを提供できる。(請求項1)」

(3-1-2)上記記載から、本件明細書には、従来技術とその問題点、目的及び作用効果に関して次の事項が記載されていると認められる。

(従来技術とその問題点について)
図13?15に示されるようなスライド式のロック部材を有する歯列矯正ブラケット(以下、この構造を有する歯列矯正ブラケットを「歯列矯正ブラケット」という。)は、アーチワイヤ50に不測の大きな外力が加わったときには、アーチワイヤ50が、係止溝86内に入り込んでしまい、引っかかった状態になることがあり、このような状態になると、スロット内をアーチワイヤ50が円滑に移動できなくなり、矯正治療に支障がでてしまう、及び、アーチワイヤ50に不測の大きな外力が加わったときには、アーチワイヤ50が捻れたときに、ロック部材120の先端部分121が捻れてしまい、ワイヤ保持が不安定になる、との問題を有するものであること、及び、係止溝の両端側を閉じるようにしてロック部材の先端部分の位置規制をする構成をもつ歯列矯正ブラケットは、ロック部材の先端部分の幅を、スロット長さに比べて小さくせざるを得ないから、ロック部材の先端部分は、アーチワイヤを押さえる長さが短いために、ローテーションコントロールが充分でないとの問題を有するものであること。(摘記事項b及びcを参照。)

(目的について)
アーチワイヤがスロットから外れて係止溝内にはまり込むような事態を回避でき、また、アーチワイヤの係止をより確実にでき且つ操作性のよい歯列矯正ブラケットを提供するものであること。(摘記事項dを参照。)

(作用効果について)
歯列矯正ブラケットの係止溝の長手方向中央部分に、ロック部材の切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成されていることにより、アーチワイヤがスロットから外れて係止溝内にはまり込むような事態を回避できること、及び、係止溝のリブに対してロック部材の切欠き部が嵌り込むように対応していることにより、ロック部材の先端部分のスロット長手方向への動きや捻れに対して、これらの動きを係止溝の中央領域に設けられたリブにより抑えることができ、しかも、ロック部材の先端の近遠心方向における押さえる距離は、ブラケット本体の構造に制約されることなく大きくすることができること。(摘記事項e及びfを参照。)

(3-1-3)一方、発明1は、【特許請求の範囲】の【請求項1】に記載された事項(以下、「発明特定事項」という。)により特定されるところ、ロック部材は「反ベース側部の中央に切欠き部が設けられ」との発明特定事項を有するものであり、また、ブラケット本体は「係止溝の長手方向中央部分には、前記切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成され」との発明特定事項を有するものである。

(3-1-4)以上から、発明1の特徴的部分は、歯列矯正ブラケットにおいて、アーチワイヤがスロットから外れて係止溝内にはまり込むような事態を回避したり、ロック部材の先端部分のスロット長手方向への動きや捻れを抑えたり、ロック部材の先端の近遠心方向における押さえる距離をブラケット本体の構造に制約されることなく大きくすることができるようにするために、ロック部材を「反ベース側部の中央に切欠き部が設けられ」たものとするとともに、ブラケット本体について「係止溝の長手方向中央部分には、前記切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成され」たものとする点であると認められる。

(3-2)発明1の発明者について
請求人は、発明1の発明者は折笠とブドーリスであると主張し、被請求人は、折笠のみであってブドーリスはその共同発明者ではないと主張している。(上記1及び2欄を参照。)
そうすると、両者は、少なくとも折笠が発明1の発明者である点についての争いはなく、ブドーリスも発明者の1人であるかについての争いがあると認められるので、ブドーリスが発明者であるかどうかについて検討する。
最初に、両者の提出した証拠についてみてみる。

(3-2-1)請求人の提出した証拠について
a 甲第7号証
本件特許に係る出願を優先権の基礎として米国にされた出願に係る特許明細書であって、次のとおり記載されている(請求人が提出した翻訳文に基づいて記載する。)。
(a-1)「(76)発明者:
ジョン、シー、ブドーリス・・・
折笠正明・・・
(30)外国出願優先権データ
1999年10月8日(日本)....11-288785」(翻訳文1頁4?11行)
(a-2)「クレーム:
1.以下の構成を備える歯面に固着される歯列矯正ブラケット:
歯面に固着されるベース;
該ベースから実質的に垂直方向に延びるブラケット本体であり、該ブラケット本体の中央にて実質的に近遠心方向に延び前方に開放したアーチワイヤスロットを備えている;
前記アーチワイヤスロットを開閉するべく移動可能なロック部材;
前記ロック部材は、断面形状が実質的にU字形状であり、一端側かベース側に所在し該ベースに沿って延びるベース側部と、他端側か前記アーチワイヤスロットの長さと実質的に同じ幅を有してスロット上方側に延びる反ベース側部とを備え、前記ロック部材は弾性体から構成されており、該反ベース側部の実質的に中央に突出した切欠き部が設けられている;
前記ブラケット本体には、前記アーチワイヤスロットの開放縁部に、前記ロック部材の先端をスロット閉じ位置に係止する閉じ係止溝と、該係止溝とは反対側の縁部に前記ロック部材の先端をスロット開放位置に係止する開放係止凹部が形成されており、該係止溝の長手方向中央部分には、前記切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成されている。」(同2頁2?19行)

b 甲第8号証
ブドーリスの宣誓供述書であって、次のとおり記載されている(請求人が提出した翻訳文に基づいて記載する。)。
(b-1)「3.私は、セルフ・ライゲーション分野の教職及び専門家として、学部時代及び大学院の歯列矯正学科時代以来、29年間以上にわたってセルフライゲーション歯列矯正装置に関連する大学レベルのコースを国際的に教えてきました。したがって、私は、早くも1985年ころには、セルフライゲーション装置についての専門知識を形成し始めています。」(翻訳文1頁11?15行)
(b-2)「4.1999年(5月と記憶しています)にサンディエゴで開催された米国矯正学会の会合において、私は私的なミーティングを持ちましたが、・・・。当時、GACはトミー株式会社(「トミー」)を歯列矯正ブラケットの製造を行う下請けとして利用していました。そのため、この会議において、同日遅れて、私はトミーの折笠正明氏の紹介を受けました。会議中、私は、秘密裏にかつGACとの契約の履行の一環として、縁から離れたブラケットの係止溝の部位にリブかブロックを設ける着想をスケッチして出席者に見せました。このコンセプトの利点としては、小さなアーチワイヤが係止溝に入り込むのを防止できること、トルクを改善できること、クリップと接触しクリップをスロット閉じ位置により良好に保持することができること、を挙げることができます。従来技術で用いられていたサイドリブのデザインの問題点としては、クリップの幅を小さくせざるをえないことと歯列のデローテーションの達成にマイナスの影響を与えていることが挙げられました。」(同1頁16?末行)

(3-2-2)被請求人の提出した証拠について
c 乙第1号証
ブドーリスから折笠への書簡とされるものであって、次のとおり記載されている(被請求人が提出した翻訳文に基づいて記載する。)。
(c-1)「●(省略)●」(翻訳文1頁12?15行)
(c-2)「TOMYにとって最善の方法は、同封するIn-Ovationの変更されたクローズ&オープンポジションのカラー図面上に、正しく変更の確認をしたリストをつけて、私にFAXしてくれることです。」(同頁21?23行)

d 乙第4号証
GACが1999年5月11日に作成したミーティング事前資料とされるものであって、次のとおり記載されている(被請求人が提出した翻訳文に基づいて記載する。)。
「●(省略)●」(翻訳文1頁7?16行)

e 乙第5号証
GACが1999年5月26日に作成したミーティング議事録とされるものであって、次のとおり記載されている(被請求人が提出した翻訳文に基づいて記載する。)。
「●(省略)●」(翻訳文1頁6?17行)

f 乙第7号証
折笠の2014年3月4日付けの陳述書であって、次のとおり記載されている。
「1.私は、1999年5月16日に、GAC社・・・の当時の社長のシュルツさんと、IN-Ovationという新しい製品モデルの開発について、会合を持ちました。この会合では、現状のIN-Ovationのモデルの改善点について話し合われました。」(1頁8?11行)

g 乙第8号証
ブドーリスからGACのシュルツへ1999年9月21日に送信した電子メールを「nobuattomy@aol.com」宛てに転送したとされるものを紙面に印刷したものであって、次のとおり記載されている(被請求人が提出した翻訳文に基づいて記載する。)。
「送信者:”ジョン・C・ブドーリス”・・・
宛先:”チャールズ・J・シュルツ”、・・・
日付:1999年9月21日 午後2:30
表題:IN-OVATION20倍モデル
チャーリー
すでに20倍モデルを受け取っています。我々の要求する仕様を満たすか、現在試験しているところです。貴方が言うとおり、ざっと分析したところ、これは確かに非常にすばらしい出来栄えで、見事に作動します。これが十分な機能性を備えていることを確信しています。間もなく完全な評価を終えて、貴方に連絡いたします。
スロットブロッカー特許は今や重大です。折笠氏に賛辞を送ります。
ジョン」(翻訳文1頁3?13行)

h 乙第13号証
ブドーリスから折笠への2000年11月2日付レターとされるものであって、次のとおり記載されている。
(h-1)「DECLARATION FOR PATENT APPLICATION」(2頁枠内1行)
(h-2)「Full name of sole or first inventor(・・・)Jorn C.Voudouris
Inventor's signature ・・・ Date ・・・
Full name of second joint inventor,if any(・・・)Masaaki ORIKASA
Second inventor's signature ・・・ Date ・・・」(2頁枠内下から12?6行)
(h-3)
上記記載事項(h-2)の「Inventor's signature」の右側部分と、「Second inventor's signature」の右側部分に署名されていることが窺える。

i 乙第20号証
片寄が1999年5月10に作成した本件製品の構想図とされるものである。
(i-1)その構想図には、●(省略)●が記載されている。
また、それらのうち●(省略)●ことが窺える。
(i-2)上記●(省略)●ことが窺える。
(i-3)上記●(省略)●ことが窺える。

j 乙第21号証
折笠の平成26年6月4日付けの陳述書であって、次のとおり記載されている。
(j-1)「3.私が本件発明1に至ったのが1999年5月に米国サンディエゴで開催された米国矯正学会(第99回)に参加していた時のことであり、・・・。
4.当時トミーは、GAC社のコンサルタントであるブドーリス氏の協力を得ながら、トミーにとっての最初のセルフライゲーションブラケットであるIn-Ovationブラケットを開発する最中にあり、私は当時トミーの開発部部長として、同製品開発の責任者の地位にありました。」(1頁最下行?2頁11行)
(j-2)「乙20号証の図面は、第99回米国矯正学会参加のため渡米する直前の1999年5月10日、当時トミーの開発部開発課主任であった遠藤浩正氏が私の指示のもと作成した、In-Ovationブラケットの構想図(CAD図面)です。」(2頁11?14行)
(j-3)「私は、予定されていたGAC社シュルツ氏との会議に備え、In-Ovationブラケット開発に関する資料として、他の資料と共に、これら5枚の構想図を米国に持参しました。」(2頁16?19行)
(j-4)「本件発明1を極めて簡単に説明すれば、セルフライゲーションブラケットにおいて、○1(審決注:○1は丸数字の1、以下同様に示す。)アーチワイヤがクリップ係止溝に嵌り込むのを防止するという課題(以下「本件課題1」といいます。)、及び○2外力によりアーチワイヤが捻れるのを制御するという課題(以下「本件課題2」といいます。)、という2つの課題を解決する手段として、係止溝の長手方向の中央部分に突出したリブ(トミーやGACはこれを「スロットブロッカー」と呼んでいます。)を形成し、クリップの中央にスロットブロッカーに対応する切欠きを設けるという構成を提供するものと言うことができます。」(3頁6?13行)
(j-5)「7.SPEEDブラケットの製品カタログ(乙第6号証)に、「new torquing rails for superior control(優れたトルク制御をする新しいトルキングレール)」という記載がありますが、ここにいう「トルク制御」とは、外力によるアーチワイヤの捻れを制御すること、すなわち本件課題2にほかなりません。・・・私は、こうして米国矯正学会の会場のSTRITE社のブースで、SPEED ブラケットとその商品説明を見て、初めて本件課題2を認識したのです。」(4頁1?19行)
(j-6)「8.16日のGAC社との会議にはいくつかの議題が用意されていましたが、In-Ovationブラケットの開発は、特に大きな議題の一つでした。・・・、シュルツ氏は、私が発言するより一早く、STRITE社のSPEEDブラケットについて言及し、同製品が提示する「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という課題(本件課題2)をIn-Ovationブラケットにおいても解決すべきである旨指摘しました。・・・その解決方法としては、SPEEDブラケットと同じく、係止溝の両端部にリブを設けるという構成を取り入れることが検討されたのみで、その場では、それ以外のアイデアが出されることはありませんでした。」(4頁最下行?5頁10行)
(j-7)「9.翌17日あるいは18日なのか、・・・ともかく、このGAC社との会議の後、・・・係止溝の両端部にリブを設ける構成・・・を係止溝が歯肉側奥で閉じた構造のIn-Ovationブラケットに採用するとそもそも製造に用いる金型の製作が極めて困難であることに気付きました。そして、リブを係止溝の両端ではなく、係止溝中央部に設けるという構成にすれば製造上の困難性はなく、そのような構成によっても「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という本件課題2は解決されるうえ、係止溝の両端にリブを設ければ、その分係止溝に入るクリップの先端部の幅をスロットの長さより短くせざるを得ないのに対し、係止溝の中央部にリブを設け、クリップの先端部に対応する切欠きを設けるという構成を採用すれば、クリップ先端部の幅をスロットと同じ長さにすることも可能であり、より効果的なローテーションコントロールを実現することが可能という点で、そのような構成の方がむしろ優れているのではないかと思うに至りました。さらに、私は、この係止溝の中央部にリブを設けるという構成を頭に思い描くうちに、係止溝にリブを設けることにより、矯正初期に用いるような細いアーチワイヤがクリップ係止溝に嵌り込むことを防止するという効果があることを発見しました。そして、この「アーチワイヤのクリップ係止溝への嵌りこみの防止」という課題は、「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という課題よりも実際上より重要なのではないかと考えるに至りました。すなわち、ここにおいて、私は、「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という本件課題2のみならず、「アーチワイヤのクリップ係止溝への嵌りこみの防止」という本件課題1がIn-Ovationブラケットに存在すること、そして、係止溝の中央部にリブを設けるという構成を採用することにより、これら2つの課題を同時に解決することができることを発見したのです。私が本件発明1に想到したのは、まさにこれらのことを発見した瞬間にほかなりません。」(5頁13行?6頁12行)
(j-8)「10.私は、第99回米国矯正学会の最終日である1999年5月18日、同じく同学会に参加していたブドーリス氏らと会議を持ちました。・・・
11.乙第20号証の図面には手書きの記載が多数あります。そのうち、●(省略)●という記載は、遠藤氏が●(省略)●書き込んだものですが、それ以外は全て、私とブドーリス氏のいずれかが同月18日に書き込んだもので、・・・手書き部分には赤字のものと黒字のものがあるのがわかりますが、赤字のものは全て私が5月18日の会議の場で書き込んだものです。次に、黒字の手書き部分のうち、●(省略)●という書き込みや、●(省略)●はブドーリス氏が同会議の場で書き込んだものです。最後に、黒字部分のうち、遠藤氏による上記書き込み部分以外の日本語による書き込み部分は、全て私が同会議で協議したことをその場で又は当日ホテルの部屋に帰ってから備忘録として書き込んだものです。」(6頁13行?7頁4行)
(j-9)「12.このブドーリス氏との1999年5月18日の会議においても、「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という本件課題2が議論の一つになりました。・・・ブドーリス氏は、本件課題2の解決方法として、SPEEDブラケット同様、係止溝の両端部にリブを設けることを提案しました。そして、同氏は、そのリブを設ける場所を黒のペンで乙第20号証の図の●(省略)●に書き込みました。私が●(省略)●手書きで書き入れていますが、●(省略)●が書き込まれています。これらはいずれも、ブドーリス氏が、「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という課題を解決するためのリブを設ける位置として、同会議で自身書き込んだものです。・・・私が、ブドーリス氏に、「そこではなく、こちらなのではないですか?」と尋ねながら書き込んだのが、●(省略)●です。これらの書き込みからわかるように、ブドーリス氏は、この会議において、「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という本件課題2の解決方法として、係止溝の両端部にリブを設けるというSPEEDブラケットと同じ構成を採用することを提案したのです。」(7頁5?25行)
(j-10)「13.これに対して、私は、上記のとおりこの会議の前に想到した本件発明1の構成、すなわち、係止溝の中央部にリブを設けるという構成をブドーリス氏に提案しました。そして、係止溝にリブを設けるという構成により本件課題1、すなわち、「アーチワイヤのクリップ係止溝への嵌りこみの防止」という、それまで注目されていなかった別の課題も同時に解決されるであろうことを説明しました。乙第20号証の●(省略)●という書き込みがありますが、これは、係止溝にリブを設けることによって、そのような課題が解決される旨を私が記入したものです。●(省略)●のですが、上記書き込みが、本件課題1に言及したものであることはその文面上明らかです。」(7頁26行?8頁9行)
(j-11)「ブドーリス氏は、本件課題1及び同2の双方の課題を解決する手段として、係止溝の中央部にリブを設けるという私のアイデア、すなわち、本件発明1の構成を採用することに賛同してくれたのですが、それは1999年5月18日の会議の場ではなく、同会議の少し後のことでした。」(8頁18?22行)

k 乙第22号証
折笠が1999年5月8日に作成した開発・設計計画書とされるものである。
●(省略)●との記載とともに、●(省略)●が窺える。

l 乙第23号証
折笠の平成26年6月26日付けの陳述書であって、次のとおり記載されている。
「乙第20号証の構想図は、・・・片寄氏が作成したものであることが確認できました。」(2頁9?10行)

(3-2-3)判断
a ブドーリスと折笠が共同して製品開発をしていたものについて
被請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスと折笠は、本件特許に係る出願前の、少なくとも1999年1月30日?1999年9月21日の期間において、共同して、セルフライゲーションブラケットの1つであるIn-Ovationブラケットについての製品開発を行っていたと認められる(「被請求人の提出した証拠について」の欄のc?g及びjを参照。)。
また、同じく被請求人の提出した証拠によれば、In-Ovationブラケットは、大略歯列矯正ブラケットの構造を有するものと認められる(「被請求人の提出した証拠について」の欄のi及びkを参照。)。
以上から、被請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスと折笠は、本件特許に係る出願前の、少なくとも1999年1月30日?1999年9月21日の期間において、共同して、歯列矯正ブラケットについての製品開発を行っていたと認められる。

b 発明1の特徴的部分について
(b-1)発明1の特徴部分についての貢献について検討する。
1999年5月頃、GACは、被請求人を歯列矯正ブラケットの製造を行う下請けとしていた(「請求人の提出した証拠について」の欄のb(b-2)を参照。)ことと、折笠は、当時被請求人の開発部部長であった(「被請求人の提出した証拠について」の欄のj(j-1)を参照。)ことと、1999年9月21日の時点において、ブドーリスは、In-Ovationブラケットの20倍モデルを受け取り、試験及び分析を行うとともに「我々の要求する仕様を満たすか、現在試験しているところです。」、「スロットブロッカー特許は今や重大です。折笠氏に賛辞を送ります」と述べている(「被請求人の提出した証拠について」の欄のgを参照。)ことと、「スロットブロッカー」とは歯列矯正ブラケットにおける、係止溝の長手方向の中央部分に突出したリブを意味するものであって(「被請求人の提出した証拠について」の欄のj(j-4)を参照。)、発明1の「係止溝の長手方向中央部分には、前記切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成され」た構造に当たるものと認められることと、を総合してみて、1999年9月21日の時点において、ブドーリスは、折笠と被請求人の製作した、発明1の特徴的部分を有する歯列矯正ブラケットの20倍モデルについて、試験及び分析を行っていたと認められる。
すなわち、請求人及び被請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスと折笠は、本件特許に係る出願前に、共同して、発明1の特徴的部分の創作について実質的に貢献していたと認められる。
この点について、被請求人は、「○1係止溝の長手方向中央部分に、係止溝を埋めるように突出したリブを形成し、○2当該リブの形状に対応してクリップ(弾性体)の反ベース側部の中央に切欠き部が設けるという機械的構成(発明1の特徴的部分)を採用することにより、「アーチワイヤのクリップ係止溝への嵌りこみの防止」という本件特許発明課題1及び「外力によるアーチワイヤの捻れの制御」という本件特許発明課題2の双方の課題を解決できることは、実験を経ずとも当業者にとって明らかであるといえますから、折笠が当該構成を着想した時点で発明1は完成したのであり、その後本件製品の20倍モデルの試験行為においてブドーリスが発明1の効果の確認行為に加担したとしても、当該行為は、発明完成後における発明に係る製品の具体的仕様の決定作業にすぎず、これをもって発明1の特徴的部分の完成にブドーリスが創作的な寄与をしたものと認めることはできません。」と主張している(平成26年9月25日付けの上申書11頁)。しかしながら、ブドーリスは、発明1の特徴的部分を有する歯列矯正ブラケットそのものではなく、その20倍モデルを用いて試験及び分析を行っている。一方、一般に、歯列矯正ブラケットそのものは、小さく、かつ精密に加工されているものである。そうすると、このような歯列矯正ブラケットそのものについて、発明1の特徴的部分である、ロック部材を「反ベース側部の中央に切欠き部が設けられ」たものとするとともに、ブラケット本体について「係止溝の長手方向中央部分には、前記切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成され」る構造を有するものとすると、ブラケット本体としての本来の機能を有した上で、アーチワイヤがスロットから外れて係止溝内にはまり込むような事態を回避したり、ロック部材の先端部分のスロット長手方向への動きや捻れを抑えたり、ロック部材の先端の近遠心方向における押さえる距離をブラケット本体の構造に制約されることなく大きくすることができるとの作用を奏するものであると、当業者が試験や分析を行うことなく直ちに理解することは困難であると考えられる。したがって、発明1は、その特徴的部分を有する歯列矯正ブラケットについての試験や分析等によりその作用効果を矯正歯科の臨床医という立場から確認・検討することが当然必要とされるものであり、また、その確認・検討をしてはじめて発明が完成したといえるものである。
よって、発明1は、その特徴的部分に係る構成を着想した時点で完成したといえず、一方、ブドーリスは、発明1について上記作用効果の確認・検討を行っているのであるから、少なくとも、ブドーリスは、発明1の特徴的部分の完成に創作的な寄与をしたものと認められ、被請求人の当該主張は理由がない。

(b-2)次に、発明1の特徴部分の着想について検討する。
(b-2-1)請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスは、1999年5月にサンディエゴで開催された米国矯正学会の会合で、ブラケットの係止溝に小さなアーチワイヤが入り込むのを防止したり、トルクを改善したり、クリップと接触しクリップをスロット閉じ位置により良好に保持できるようにするために、縁から離れたブラケットの係止溝の部位にリブかブロックを設ける着想をスケッチして出席者に見せている(「請求人の提出した証拠について」の欄のb(b-2)を参照。)。ここにいうスケッチされた「ブラケット」は、折笠と共同して開発を行っていた歯列矯正ブラケットであることは明らかである。
そして、「縁から離れたブラケットの係止溝の部位にリブかブロックを設ける」構造は、「係止溝の長手方向中央部分には、該係止溝を埋めるように突出したリブが形成され」たものといえる。
また、歯列矯正ブラケットは、ロック部材が、反ベース側部の先端が係止溝に係止されるものであることと、係止溝が、上記の長手方向中央部分に突出したリブが形成された構造のものであることから、その係止溝に対するロック部材は、当然、その突出したリブに干渉しないようための、反ベース側部の先端に、当該リブに対応して切欠き部を有するものといえる。
したがって、請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスのスケッチしたブラケットは、ロック部材を「反ベース側部の中央に切欠き部が設けられ」たものとするとともに、ブラケット本体について「係止溝の長手方向中央部分には、前記切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成され」た構造のものといえる。

よって、請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスは、歯列矯正ブラケットについて、本件特許に係る出願前である1999年5月に、ブラケットの係止溝に小さなアーチワイヤが入り込むのを防止したり、トルクを改善したり、クリップと接触しクリップをスロット閉じ位置により良好に保持できるようにするために、クリップとしてのロック部材を「反ベース側部の中央に切欠き部が設けられ」たものとするとともに、ブラケット本体について「係止溝の長手方向中央部分には、前記切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成され」たもの、すなわち、発明1の特徴的部分についての着想に関与したことが窺える。
この点について、被請求人は、「ブドーリスの供述のみに基づいてブドーリスが発明1の特徴的部分の着想に関与したと認定することは到底できません。・・・ブドーリスの供述は、何ら発明1の完成にブドーリスが創作的な寄与をしたことを実質的に裏付ける証拠となるものではありません。」と主張している(平成26年9月25日付けの上申書12頁、18頁)。しかしながら、被請求人の主張するとおり、ブドーリスが発明1の特徴的部分の着想に関与していない、すなわち、折笠のみが発明1の特徴的部分の着想に関与したとしても、ブドーリスは、上記(b-1)欄に記載したとおり、発明1の特徴的部分の着想に関与したか否かに拘わらず、少なくとも発明1の特徴的部分を有する歯列矯正ブラケットの20倍モデルについての試験及び分析を行っていたことにより発明1の特徴的部分の創作について実質的に貢献していたといえるから、被請求人の当該主張は結論を左右するものではない。
また、被請求人は、「発明1は自分の単独発明である旨述べる折笠の証人尋問の実施も不可欠であろう」と主張している(平成26年9月25日付けの上申書24頁)。しかしながら、上記したとおり、折笠のみが発明1の特徴的部分の着想に関与したとしても、ブドーリスは、発明1の特徴的部分を有する歯列矯正ブラケットの20倍モデルについての試験及び分析を行っていたことにより発明1の特徴的部分の創作について実質的に貢献していたといえることにかわりはないから、折笠の証人尋問を実施する必要性は認められない。

(b-2-2)これに対して、被請求人は、1999年5月18日の会議において、ブドーリスが、係止溝の両端部にリブを設けることを提案し、そのリブを設ける場所を黒のペンで乙第20号証の図の●(省略)●に書き込んでいるのに対し、折笠は、係止溝の中央部にリブを設けるという構成をブドーリスに提案し、「アーチワイヤのクリップ係止溝への嵌りこみの防止」という、それまで注目されていなかった別の課題も同時に解決されるであろうことを説明した。また、乙第20号証の図の●(省略)●と書き込み、係止溝にリブを設けることによって、そのような課題が解決される旨を記入した。さらに、ブドーリスは、この折笠の提案に直ちに賛同していない。したがって、ブドーリスは発明1の特徴的部分についての発明をしていないと主張している(「2 被請求人の主張」の(2-5)を参照。)。

被請求人の上記主張は、本件製品についての図面である乙第20号証の図面に、手書きにより発明1の特徴的部分が書き込まれていることを前提とするものである。
そこで、乙第20号証の図面をみてみると、その図面には上記(3-2-2)のi欄に記載した事項が認められるにすぎず、係止溝の長手方向中央部分にリブを設けることやロック部材の反ベース側部の中央に切欠き部を設けることについての直接的な記載は認められない。
この点について、被請求人は「乙第20号証の図の●(省略)●という書き込みがあるが、これは、係止溝にリブを設けることによって、そのような課題が解決される旨を折笠が記入したものである。●(省略)●であるが、上記書き込みが、本件発明課題1に言及したものであることはその文面上明らかである」(陳述要領書8?9頁)と主張している。しかしながら、リブが●(省略)●ようにするためのものであっても、そのこととリブが係止溝の長手方向の中央部であることとは直接関連するとは認められないから、図面に当該記載があるからといって、そのリブは係止溝の長手方向中央部分に設けられたとはいえない。
よって、乙第20号証の図面には、歯列矯正ブラケットのロック部材を「反ベース側部の中央に切欠き部が設けられ」たものとすることについて、及び、ブラケット本体について「係止溝の長手方向中央部分には、前記切欠き部に対応して該係止溝を埋めるように突出したリブが形成され」たものとすることについて記載も示唆もないから、発明1の特徴的部分について記載も示唆もあるとはいえない。

(b-2-3)上記したとおり、乙第20号証の図面に、発明1の特徴的部分についての記載も示唆もないから、当該図面の記載に基づき、1999年5月18日の会議において、折笠は、係止溝の中央部にリブを設けるという構成をブドーリスに提案し、さらに、ブドーリスは、この折笠の提案に直ちに賛同しなかったとすることはできない。
したがって、被請求人の提出した証拠によっても、発明1の特徴部分についての着想に折笠のみが関与したとまではいえない。
また、他にブドーリスは発明1の特徴的部分についての着想に関与していないとする証拠もない。

(b-3)よって、請求人及び被請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスと折笠は、本件特許に係る出願前において、共同して、発明1の特徴部分について実質的に貢献しており、また、請求人の提出した証拠によれば、発明1の特徴部分についての着想にブドーリスの関与が窺えるのに対し、被請求人の提出した証拠によっても、その特徴部分についての着想に折笠のみが関与したとまではいえない。

c 米国への特許出願について
甲第7号証は本件特許に係る出願を優先権の基礎として米国にされた出願(以下、「本件対応米国特許出願」という。)に係る特許明細書であるところ、その発明者の欄には、ブドーリスが折笠と並んで記載され、また、クレームの1には、本件特許に係る請求項1と大略同様の記載が認められる。
したがって、被請求人は、本件特許に係る出願のみならず、その後にされた本件対応米国特許出願についても本件特許に係る出願と同様に発明者をブドーリスと折笠としていたものと認められる。
この点について、被請求人は、「本件対応米国特許出願においてブドーリスが折笠と共に発明者として記載されていることは、両名が全ての請求項に係る発明の共同発明者であることを示すものではありません。よって、かかる発明者の記載は、ブドーリスが発明1の共同発明者であることを裏付ける証拠となるものではありません。」と主張している(平成26年9月25日付けの上申書14頁)。ところで、本件特許に係る特許請求の範囲には、請求項2?19が、いずれも請求項1を直接的又は間接的に引用する形式で記載されているから、本件特許に係る出願は、発明1を主たる発明とするものついてのものであり、一方、本件対応米国特許出願に係る特許明細書には、クレームの2?20が、いずれもクレームの1を引用する形式で記載されているから、本件対応米国特許出願はクレームの1に係る発明を主たる発明とするものについてのものであり、しかも、上記したとおり、本件対応米国特許出願に係るクレームの1の記載は、本件特許に係る請求項1と大略同様の記載であるから、発明1とクレームの1に係る発明とは大略同じである。よって、本件特許に係る出願と本件対応米国特許出願とは、いずれも発明1を主たる発明とするものについてのものである。
そして、特段の事情がなければ、記載された発明者は主たる発明の発明者であると通常、推認でき、また、ブドーリスが、発明1を主たる発明とするものについての本件特許に係る願書に関し、発明者欄の記載について自分の名前が最初に記載されることについて要望をしたのに対し、折笠は、同じく発明1を主たる発明とする本件対応米国特許出願においてその要望に応じる旨回答し(答弁書18頁)、更に、発明9、14(本件対応米国特許出願に係るクレームの9、14)のみが共同発明であると折笠とブドーリスが認識を共有していたとする証拠もない。
そうすると、本件特許に係る願書及び本件対応米国特許出願それ自体の記載からみても、また、本件対応米国特許出願に至る経緯からみても、被請求人は、本件特許に係る出願についても、また、その後にされた本件対応米国特許出願についても発明1の発明者はブドーリスと折笠であると認識していたといえるものである。よって、本件対応米国特許出願においてブドーリスが折笠と共に発明者として記載されていることは両名が全ての請求項に係る発明の共同発明者であることを示すものではないことを前提とする被請求人の当該主張は、その前提において理由がない。

(3-2-4)小括
請求人または被請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスと折笠は、本件特許に係る出願前において、共同して、歯列矯正ブラケットについての製品開発を行うとともに、発明1の特徴的部分の創作について実質的に貢献し、また、発明1の特徴部分についての着想にブドーリスの関与が窺える。
さらに、本件特許に係る出願後にされた本件対応米国特許出願においても、ブドーリスは、折笠とともに発明者として記載されている。
これに対し、被請求人の提出したいずれの証拠にも、発明1の特徴的部分についての着想から発明の完成に至るまでの全てを折笠が単独でしたことを裏付けるものはない。
以上を総合して判断すれば、ブドーリスは、発明1の発明者の1人でないとすることはできない。

(3-3)まとめ
以上から、発明1は、ブドーリスと折笠が共同して発明したものである。

B 発明2?18について
発明2?18は、いずれも発明1の発明特定事項のすべてを発明特定事項の一部とするものである。
そして、発明1がブドーリスと折笠が共同して発明したものであるから、詳細を検討するまでもなく、発明2?18もブドーリスと折笠が共同して発明したものである。

C まとめ
以上のとおりであるから、本件特許発明は、いずれもブドーリスと折笠が共同して発明したものである。

V 本件特許発明に係る出願について
1 上記したとおり、本件特許発明は、いずれもブドーリスと折笠が共同して発明したものであるから、特許を受ける権利もブドーリスと折笠であったものである。
一方、本件特許発明に係る出願は被請求人単独によりされている(甲第2号証を参照。)。
そうすると、特許法第38条の要件を満たすためには本件特許発明に係る出願前に、ブドーリス及び折笠から被請求人へ特許を受ける権利の譲渡がされていたことが必要とされるので、その点について検討する。

2 ブドーリス及び折笠から被請求人への特許を受ける権利の譲渡について
(1)請求人の提出した証拠には次のとおり記載されている。
a 甲第3号証
ブドーリスの宣誓供述書であって、次のとおり記載されている(請求人が提出した翻訳文に基づいて記載する。)。
「4.私は、・・・日本国特許第4,444,410号(「410号特許」)の発明者として記載されています。
5.私は、個人的に又はいかなる事業体や第三者を通じても、これまでにトミーに対し、・・・410号特許についての権利を譲渡ないしその他移転したり、歯列矯正器具の製造及び/又は販売に係る独占的ライセンスを付与することを内容とする書面に署名したことはありません。私は、・・・410号特許について私からトミーに対しいなかる権利や独占的ライセンスの権利を移転することを意味する口頭での声明を出したこともありません。・・・
6.わたしは、これまでにトミーに・・・410号特許におけるいかなる種類の権利を与えることを内容とする書面に署名したことはありません。
7.私は・・・410号特許については適法な保有者の1人であることを確信しております。」(翻訳文1頁18行?2頁2行)

b 甲第8号証
ブドーリスの宣誓供述書であって、次のとおり記載されている(請求人が提出した翻訳文に基づいて記載する。)。
「7.・・・私は、別のライセンシーであるアメリカン・オーソドンティクス・コーポレーション(「AO」)からの連絡により、日本国特許第4,444,410号(「410号特許」)の存在に気づきました。私は、AOから、410号特許の特許出願がトミー単独の名前で行われ、登録に至ったことを聞きました。トミーも折笠氏も、私に対し、この特許出願が行われるまでに、同出願及び登録がトミー単独の名前で行われることを伝えたことはありませんでした。
8.私は、トミーの従業者ではありませんし、従業者であったこともありません。私は個人的に又はいかなる事業体や第三者を通じても、これまでにトミーに対し、・・・410号特許についての権利を譲渡ないしその他移転したことはありません。・・・」(翻訳文2頁9?23行)

(2)上記の請求人の提出した証拠をみてみると、本件特許発明の発明者の1人であるブドーリスは、本件特許に係る出願前に、本人の特許を受ける権利の共有持分を被請求人に譲渡したことを窺わせる記載は見当たらない。
また、折笠の特許を受ける権利の共有持分に関し、仮に、折笠が本件特許に係る出願前に被請求人に譲渡しようとしていたとしても、ブドーリスがその譲渡に同意したことを窺わせる記載も見当たらない。

(3)この点について、被請求人は、請求項1?8、10?13、15?18に記載された発明は折笠が単独で発明したものであるとしたうえで、「ブドーリスはわずかに請求項9、14・・・に係る発明について一部貢献したにすぎず、これらの発明以外の請求項に係る発明はいずれも折笠の単独発明であった。」(答弁書17頁)と主張している。
しかしながら、上記「IV 本件特許発明の発明者について」において記載したとおり、本件特許発明は、いずれもブドーリスと折笠が共同して発明したものである。したがって、発明1?8、10?13、15?18についての被請求人の主張は理由がない。
また、発明9及び14は、いずれも発明1の発明特定事項のすべてを発明特定事項の一部とするものであるから、請求項9及び14に記載された発明特定事項以外の発明特定事項にもブドーリスと折笠が共同して発明しているものが含まれているものである。したがって、発明9及び14も、ブドーリスが折笠との共同発明者として貢献していたものであって一部貢献したにすぎないものではない。
よって、発明9及び14についての被請求人の上記の「ブドーリスはわずかに請求項9、14・・・に係る発明について一部貢献したにすぎず、これらの発明以外の請求項に係る発明はいずれも折笠の単独発明であった。」との主張も理由がない。

また、被請求人は、「ブドーリスは、被請求人による本件特許出願について何ら自己の権利に関する主張を行わなかったのであるから、本件特許の請求項9、14・・・に係る発明について同人が有する特許を受ける権利の共有持分を黙示的に被請求人に譲渡したものと認められる。」(答弁書19頁)、「本件特許出願から13年以上もの期間、ブドーリスが被請求人に対し本件特許発明に関する権利を譲渡する意思がないことを明示したり、披請求人の譲渡書送付依頼に対する拒絶の意思表示をした事実は一切ありません。そして、2013年の時点においては既に、ブドーリスが本件特許発明について有していた特許を受ける権利の共有持分は、ブドーリスと被請求人との間の事前の合意又は事後の追認により被請求人に譲渡されています。」(平成26年9月25日付けの上申書20頁)、「被請求人はGACを介して、本件特許出願の願書の英訳(乙第26号証)を1999年12月頃ブドーリスに送付しています。したがって、ブドーリスは遅くともこの英訳を見た時点において、自身が筆頭発明者として記載されていないことだけでなく、本件特許出願が被請求人の単独名義でなされたこと、すなわち、特許されれば、被請求人が本件特許発明の単独の特許権者となることをその時点で認識したにもかかわらず、そのことについて被請求人に何ら異議を述べませんでした。」(平成26年9月25日付けの上申書17、23頁)と主張している。
しかしながら、被請求人の主張するとおり、本件特許出願から13年以上もの期間、ブドーリスが被請求人に対し本件特許発明に関する権利を譲渡する意思がないことを明示したり、披請求人の譲渡書送付依頼に対する拒絶の意思表示をした事実がなかったとしても、その事実のみに基づいて直ちに、ブドーリスが本件特許発明について有していた特許を受ける権利の共有持分は被請求人に譲渡されたといえるものではない。
また、乙第26号証の記載から、当該証拠の作成者や作成日を特定することができない。したがって、被請求人の主張するとおり、被請求人はGACを介して、本件特許出願の願書の英訳を1999年12月頃ブドーリスに送付していたとしても、その英訳が乙第26号証の記載と同様であったか否か特定することができないから、ブドーリスがその英訳を見た時点において、特許されれば、被請求人が本件特許発明の単独の特許権者となることをその時点で認識したと特定することはできない。
よって、被請求人の提出した証拠により、ブドーリスが、本件特許に係る出願が特許されれば、被請求人が本件特許発明の単独の特許権者となることを認識していたとすることはできない。
以上から、請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスが本件特許に係る出願前において、当該出願が被請求人単独の名前で行われることについて知らなかった(上記(1)bを参照。)と認められるところ、このことを覆す証拠は見当たらない。そうすると、ブドーリスは、当該出願が被請求人単独の名前で行われることについて知らず、そのために自己の権利に関する主張を行わなかったことも十分考えられるものである。
以上から、ブドーリスは、本件特許発明について同人が有する特許を受ける権利の共有持分を黙示的に被請求人に譲渡したものと認められず、被請求人の当該主張は理由がない。

さらに、被請求人は、「本件対応米国特許出願の経緯において、ブドーリスは被請求人に対し、本件特許発明についての特許を受ける権利の共有持分の譲渡を追認している。」(答弁書19?23頁)、「ブドーリスは、折笠に対する2000年(平成12年)11月1日付電子メール(乙第12号証)において、「I will sign the declaration assignment today and send it to you.(・・・)」と書いているのであり、・・・また、折笠が2001年(平成13年)1月31日に受信したファックス状(乙第17号証)において、ブドーリスは、「I thought I had seen this assignment and I will try to address it now.(・・・)」と記載しております。
これら乙第12号証及び同17号証の記載により、ブドーリスが被請求人の求めに応じ、本件対応米国特許出願に係る同人の権利を被請求人に譲渡する意思表示をし、これによってブドーリスと被請求人との間に同権利の譲渡合意が成立したことは明らかです。」(平成26年9月25日付けの上申書21?23頁)と主張している。
被請求人の当該主張は、乙第12号証に記載の「assignment」が本件対応米国特許出願に係る発明についての特許を受ける権利の共有持分を被請求人に譲渡するための譲渡書を意味し、乙第17号証の「assignment」が上記した乙第12号証に記載の「assignment」を意味することを前提とするものである。しかしながら、乙第12号証及び乙第17号証のその余の記載のみならず、被請求人の提出した乙第11号証等の記載を併せてみても、これらの記載から上記「assignment」が被請求人の主張する譲渡書を意味するものかどうか特定することはできない。したがって、被請求人の当該主張は、その前提において理由がない。

したがって、被請求人の提出した証拠によって、ブドーリスは、本件特許発明についての特許を受ける権利の共有持分の譲渡を追認しているとすることはできない。

3 小括
以上のとおり、上記の請求人の提出した証拠によれば、ブドーリスは、本件特許に係る出願前において、本件特許発明についての特許を受ける権利の共有持分を被請求人に譲渡したものでなく、また、折笠の特許を受ける権利の共有持分に関し、被請求人に譲渡することに同意したものでもない。
一方、被請求人の提出した証拠により、本件特許発明について、ブドーリスと被請求人との間の黙示的合意によってブドーリスが有する本件特許発明についての特許を受ける権利の共有持分は被請求人に譲渡され、又は、ブドーリスは係る譲渡を事後的に追認していたとはいえない。
よって、本件特許に係る出願前に、本件特許発明についてのブドーリスの特許を受ける権利の共有持分と折笠の特許を受ける権利の共有持分とのいずれについても、被請求人に譲渡されていないと認められる。

VI むすび
以上のとおりであるから、本件特許発明についての特許は、被請求人が、ブドーリスと折笠の何れからも特許を受ける権利を承継することなくした特許出願についてされたものであるから、改正前特許法第123条第1項第6号に該当し、また、本件特許発明についての特許は、ブドーリスと折笠との共有に係るものであり、少なくともブドーリスと共同でなければ特許出願できなかったものであるから、改正前特許法123条第1項第2号にも該当し、無効とされるべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2014-10-28 
結審通知日 2014-10-30 
審決日 2014-11-12 
出願番号 特願平11-288785
審決分類 P 1 123・ 151- Z (A61C)
P 1 123・ 152- Z (A61C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 川島 徹  
特許庁審判長 高木 彰
特許庁審判官 土田 嘉一
関谷 一夫
登録日 2010-01-22 
登録番号 特許第4444410号(P4444410)
発明の名称 歯列矯正ブラケットおよび歯列矯正ブラケット用ツール  
代理人 特許業務法人 信栄特許事務所  
代理人 磯田 直也  
代理人 伊藤 晴國  
代理人 深井 俊至  
代理人 井上 康一  

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